土曜日の朝です。
結構霧が深かったです。
教会の駐車場はそれほどでもありませんでしたが、
運転中は視界100メートル以内。
朝霧は怖いときがありますよね。
去年の2月にアトランタに行ったときも、
帰り、ワシントンDCあたりを夜明け前に通ったのですが、
前の車しか見えない、
だから、前の車から余り離れたくない、
でも、前の車も前が見えないだろうから、
あんまり近寄っても、急ブレーキはコワイ、って感じで、
緊張しながら運転しました。
でも、7時にはほとんど霧が晴れていて、
「朝霧が出ている日は暑くなる」ということが多いのですが、
さて、今日はどうでしょうか?
さて、昨日の聖書。
昨日はエペソ6:1-9を読みました。
「良いことを行えば、奴隷であっても自由人であっても、それぞれその報いを主から受けることをあなたがたは知っています。」8節。
報いを「主から」受けるというところに目が留まりました。
私たちが忠実に仕えていく中で、
仕えているところで、仕えている人に報いを受けるのではなくて、
主から受けるのだということ、その視点の大切さを感じました。
いろいろがっかりすること、イライラすることあるかもしれません。
でも、それは人からの報い、や組織からの報いを期待しているからなのではないか、
本当にわたしたちが期待して待ち望み、楽しみにしていくのは、
主からの報い、そこに集中することがどれほど大切かと思わされたのです。
何年か前に読んだ文章の中に、
戦前、日本で伝道をしていた宣教師の方の話がありました。
日米戦争のときに、外国人にいろいろな差別が始まっていく中で、
ある役人か、軍人かのひどい言葉に、一瞬「ここまで日本の人々のためにやってきたのに、こんなことを言われなければいけないのか」と思ったそうです。しかし、その時に主が彼女に語りかけた、「あなたは人々に認められるためにやってきたのか?」と。
主からの報いを待ち望み、
主に「よくやった、良い僕よ」と言われることを楽しみにしながら、
歩ませて頂きたいです。
主よ、
あなたからの報いを待ち望みます。
どうか、わたしたちが人の評価や、人からの報いに、心を集中させることがありませんように。焦点をあなたにぴたっと合わせることができますように。
2009-05-16
2009-05-14
妻を愛しなさい。
今日はちょっとだけ雨が降りました。
ホントは花粉を流してくれるような雨が欲しかったのですが、
そこまでは行かなかったですね。
でも、空気がしっとりして良かったです。
明日は晴れるようです。25度を超えて汗ばむようになりそうです。
今日は早速聖書。
今日の聖書はエペソ5:22-33。
「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。」25節。
まず、今日はイエスの愛を覚えました。
イエスが愛してくださっていることの幸いを感じました。
私のために自分を与えてくださったこと、
その大きな愛に感謝しました。
そして、そのような愛で妻を愛すること、
いつもそうですが、そこに足りなさを感じます。
愛すること、それも、イエスが私を愛してくださった愛で愛すること。
自分のからだのように愛すること。
これは永遠の課題ですね。
主よ、
わたしの愛はなんて身勝手な愛でしょうか?
愛ってわからない、と思います。
どうか、愛することを教えてください。
愛することを学ばせてください。
妻を自分のからだのように大切にすることができますように。
ホントは花粉を流してくれるような雨が欲しかったのですが、
そこまでは行かなかったですね。
でも、空気がしっとりして良かったです。
明日は晴れるようです。25度を超えて汗ばむようになりそうです。
今日は早速聖書。
今日の聖書はエペソ5:22-33。
「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。」25節。
まず、今日はイエスの愛を覚えました。
イエスが愛してくださっていることの幸いを感じました。
私のために自分を与えてくださったこと、
その大きな愛に感謝しました。
そして、そのような愛で妻を愛すること、
いつもそうですが、そこに足りなさを感じます。
愛すること、それも、イエスが私を愛してくださった愛で愛すること。
自分のからだのように愛すること。
これは永遠の課題ですね。
主よ、
わたしの愛はなんて身勝手な愛でしょうか?
愛ってわからない、と思います。
どうか、愛することを教えてください。
愛することを学ばせてください。
妻を自分のからだのように大切にすることができますように。
2009-05-13
主に求める。
今日もいい天気でしたね。
朝は寒いくらいでしたが、昼間には汗ばむくらい。
でも快適です。
明日は夕方から雨ですね。
しばらく晴れていたので、
うれしい雨です。
土曜日にはレオニアの教会でガレージセールですが、
天気は「微妙」。
40パーセントの確率で雷雨。
うーん、去年と同じかも。
くわしくはこちら。
JOYJOYキャンプ、教会の子たちを入れない段階で24名まで行きました。
教会の子たちは油断して、まだ申し込んでいない子が多いですからねえ。
リピーターもたくさんおられますが、
ニューフェースもたくさん。
楽しいキャンプになりそうです。
できれば「抽選」とかしなくてすむ、ぴったりの人数だといいのですが・・・。
今日は一つの予定がキャンセルになってちょっと残念。
最近教会に来られている方とゆっくりお話しする予定でしたから。
でも、神様には他のご計画があったようです。
その時間に読んでいた、今年の修養会の講師で来られる先生が訳された
「家の教会」という本の中で、著者のヒューストンにある韓国語教会の牧師さんの言葉。
「祈りによって牧会をするのは、私が副牧師だからです。私が副牧師なら、主任牧師なるイエスの御声を必ず聞くべきです。そうしたとき、そのお方の御心に従って牧会することができるのです。私は祈りの時間に主の御声を聞こうと努めています。ヒューストン・ソウル教会に対する神の御心が何であるかを見出そうと努めています。」
この祈りについて書いてある章を読み終わったときには、
祈りに心が向いていました。
ニューヨークの市立図書館だったので、
勿論声を出してお祈りすることはできなかったのですが、
目の前にあるPCの電源を切って、私に祈りなさい、
と主が求めておられることがわかりました。
PC用の席、限られていて、一度席を立つともうなかなか取れないのですが、
何のためらいもなく、立ち上がって、他の席にいって祈ろうと思いました。
主の招きにこころから感謝しました。
さて、今日の聖書。
今日はエペソ人への手紙5:15-21
「詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。」19節。
互いに語る言葉が何か?
主に向かって歌う賛美。
ああ、自分の人々との会話が、
主への賛美に満たされますようにと思わされました。
主への賛美にあふれた、会話があふれますようにと祈りました。
無理して、わざとらしく、神様のことを話すのではなくて、
何だかわからないんだけど、話していると、最後は賛美で終わっている、
主への祈りに自然と導かれていく、
そんな会話があふれますようにと祈らされました。
主よ、
私の会話をきよめてください。
周りの人と話すときに、
どんな話も、主よ、あなたを賛美するところへと導かれますように。
あなたへの祈りへと導かれるものとなりますように。
朝は寒いくらいでしたが、昼間には汗ばむくらい。
でも快適です。
明日は夕方から雨ですね。
しばらく晴れていたので、
うれしい雨です。
土曜日にはレオニアの教会でガレージセールですが、
天気は「微妙」。
40パーセントの確率で雷雨。
うーん、去年と同じかも。
くわしくはこちら。
JOYJOYキャンプ、教会の子たちを入れない段階で24名まで行きました。
教会の子たちは油断して、まだ申し込んでいない子が多いですからねえ。
リピーターもたくさんおられますが、
ニューフェースもたくさん。
楽しいキャンプになりそうです。
できれば「抽選」とかしなくてすむ、ぴったりの人数だといいのですが・・・。
今日は一つの予定がキャンセルになってちょっと残念。
最近教会に来られている方とゆっくりお話しする予定でしたから。
でも、神様には他のご計画があったようです。
その時間に読んでいた、今年の修養会の講師で来られる先生が訳された
「家の教会」という本の中で、著者のヒューストンにある韓国語教会の牧師さんの言葉。
「祈りによって牧会をするのは、私が副牧師だからです。私が副牧師なら、主任牧師なるイエスの御声を必ず聞くべきです。そうしたとき、そのお方の御心に従って牧会することができるのです。私は祈りの時間に主の御声を聞こうと努めています。ヒューストン・ソウル教会に対する神の御心が何であるかを見出そうと努めています。」
この祈りについて書いてある章を読み終わったときには、
祈りに心が向いていました。
ニューヨークの市立図書館だったので、
勿論声を出してお祈りすることはできなかったのですが、
目の前にあるPCの電源を切って、私に祈りなさい、
と主が求めておられることがわかりました。
PC用の席、限られていて、一度席を立つともうなかなか取れないのですが、
何のためらいもなく、立ち上がって、他の席にいって祈ろうと思いました。
主の招きにこころから感謝しました。
さて、今日の聖書。
今日はエペソ人への手紙5:15-21
「詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。」19節。
互いに語る言葉が何か?
主に向かって歌う賛美。
ああ、自分の人々との会話が、
主への賛美に満たされますようにと思わされました。
主への賛美にあふれた、会話があふれますようにと祈りました。
無理して、わざとらしく、神様のことを話すのではなくて、
何だかわからないんだけど、話していると、最後は賛美で終わっている、
主への祈りに自然と導かれていく、
そんな会話があふれますようにと祈らされました。
主よ、
私の会話をきよめてください。
周りの人と話すときに、
どんな話も、主よ、あなたを賛美するところへと導かれますように。
あなたへの祈りへと導かれるものとなりますように。
2009-05-12
不思議な人間の頭。
今日も、私の目の前では雨も降らず、いい天気でした。
ちょっと平凡すぎてお天気的には余り面白くない。
そして、ざあーっと雨が降って、芝生を潤して欲しいし、
あと、花粉もすべて流して欲しいですが、
木曜日あたりにそんな雨が降るかもしれません。
でも明日も、もう一日晴れです。
そして、今夜はまた4-5度まで下がります。
どうでもいい話題ですが、
こんな記事 がありました。
その中の問題の文章をこぴぺすると・・・。
こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき
その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく
だって。皆さん、よめました?
フォントに何を使うかによってとか、
字の大きさによって、微妙に違うのですが、
かなり読めちゃいますよねえ。
でも、自分で適当に文章を作っても、ここまでうまくいかないですよ。
結構考えられているのかもしれませんね。
神様が造ったわたしたちの脳にはいろいろ不思議なことが起っています・・・。
今日の集会も感謝でした。
聖書の言葉に一人一人が応答されているのに、
こころから感謝します。
お一人一人に神様の語りかけが今もありますように。
さて、今日の聖書。
今日はエペソ5:8-14
「けれども、明るみに引き出されるものは、みな、光によって明らかにされます。明らかにされたものはみな、光だからです。」13-14節。
自分のこともそうだけれども、人のことだと本当に明るみに出してはいけないのでは・・・ということがある。勿論、人間の間で「明るみに出す」ことが間違いなことはたくさんあります。でも、それと「神様の光の前に引き出す」ということが混同されることがどれほどあるでしょうか?
神様の光の前に引き出された時に、
神様の前で明るみに出された時に、
本当の光の中に引き出された時に、
それは光となる。
それはすごいことだ。
大きな励ましになった。
誰かが罪を犯している時に、
それを放っておくのではなく、
共に神様の光の前に持ち出せるように、
祈り、導いていくことの大切さを思わされました。
光の中に出される時に、それが光になるのですから。
主よ、
御言葉に感謝します。
自分の罪もそうです。光の下に持ち出すことができますように。
また誰かが明らかな罪を犯している時、
11節にあるように「明るみに出す」あなたの光の前に・・・、
その働きができますように。
そして、光に照らされたものが、今度はまた光となることを、
経験させてくださいますように。
御言葉の真実を、もう一つ教えてください。
ちょっと平凡すぎてお天気的には余り面白くない。
そして、ざあーっと雨が降って、芝生を潤して欲しいし、
あと、花粉もすべて流して欲しいですが、
木曜日あたりにそんな雨が降るかもしれません。
でも明日も、もう一日晴れです。
そして、今夜はまた4-5度まで下がります。
どうでもいい話題ですが、
こんな記事 がありました。
その中の問題の文章をこぴぺすると・・・。
こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき
その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく
だって。皆さん、よめました?
フォントに何を使うかによってとか、
字の大きさによって、微妙に違うのですが、
かなり読めちゃいますよねえ。
でも、自分で適当に文章を作っても、ここまでうまくいかないですよ。
結構考えられているのかもしれませんね。
神様が造ったわたしたちの脳にはいろいろ不思議なことが起っています・・・。
今日の集会も感謝でした。
聖書の言葉に一人一人が応答されているのに、
こころから感謝します。
お一人一人に神様の語りかけが今もありますように。
さて、今日の聖書。
今日はエペソ5:8-14
「けれども、明るみに引き出されるものは、みな、光によって明らかにされます。明らかにされたものはみな、光だからです。」13-14節。
自分のこともそうだけれども、人のことだと本当に明るみに出してはいけないのでは・・・ということがある。勿論、人間の間で「明るみに出す」ことが間違いなことはたくさんあります。でも、それと「神様の光の前に引き出す」ということが混同されることがどれほどあるでしょうか?
神様の光の前に引き出された時に、
神様の前で明るみに出された時に、
本当の光の中に引き出された時に、
それは光となる。
それはすごいことだ。
大きな励ましになった。
誰かが罪を犯している時に、
それを放っておくのではなく、
共に神様の光の前に持ち出せるように、
祈り、導いていくことの大切さを思わされました。
光の中に出される時に、それが光になるのですから。
主よ、
御言葉に感謝します。
自分の罪もそうです。光の下に持ち出すことができますように。
また誰かが明らかな罪を犯している時、
11節にあるように「明るみに出す」あなたの光の前に・・・、
その働きができますように。
そして、光に照らされたものが、今度はまた光となることを、
経験させてくださいますように。
御言葉の真実を、もう一つ教えてください。
2009-05-11
きよい生活。
今日もいい天気でした。
雨が続くとちょっと気持ちも重くなりますが、
また、このようにいい天気が続くと、やっぱり物足りない。
雷雨とかあってほしいなあ、と思います。
明日も基本的にはいい天気ですが、
夕方には一時にわか雨もあるかも。
やはり夜9時に更新は難しいですね。
今日は朝は歯のチェックアップ。
特に問題なし。
あんまりまじめに磨いているとは言い難い方なのですが、
唾液の成分でしょうかね、
すごーく丁寧に磨くのんちにまけず、
歯は問題ありません。
でも、「ちゃんとフロスしてくださいねえ」と
優しいお兄さん(おじさん?でも自分よりは若い)先生に言われてしまいました。
夜になってから、ショッピングにつきあいました。
自分と関係ないショッピングでもなかったので、
ついていって、ちょっと意見を言ったりしたのですが、
やはりここらへんは、一番、男と女の違いが出るところですよね~。
中には奥さんの着るものも全部コーディネートする方もおられますが、
コーディネートに喜びを感じるご夫君もすごいですが、
まあ、それをそのまま着てくださる奥様もまたすごい。
ちょっと想像できません。
でも、最近、いっしょに出かけることも少なくなってきたので、
ちょっと貴重な一時。
ということで、更新が遅れました。
今日はエペソ5:1-7
「不品行な者や、汚れた者や、むさぼる者──これが偶像礼拝者です、──こういう人はだれも、キリストと神との御国を相続することができません。」5節。
きよく歩むことを語られました。
罪に対して鈍感になってはいけない、
本当に自分の罪に泣く、もだえる気持ちを忘れないでいたいと思います。
そのような主の目を、自分自身にも持たせて頂きたいと思います。
あの、マタイの山上の説教の中で、
「悲しんでいる人は幸いである」という言葉がありますが、
それは「罪に悲しんでいる人は」という意味だと言われます。
自分が罪を犯した時にも
人が罪を犯し続ける時にも、
それに対して悲しみを覚えるような、
そのような霊的な感性を持たせて頂きたいです。
主よ、
私の心を守ってください。
子供の頃に比べると、
だんだん罪に対して鈍感になっていないだろうかと思います。
「自分の弱さ」でごまかしてしまっていることがないでしょうか?
罪に対して泣く者でありますように。
雨が続くとちょっと気持ちも重くなりますが、
また、このようにいい天気が続くと、やっぱり物足りない。
雷雨とかあってほしいなあ、と思います。
明日も基本的にはいい天気ですが、
夕方には一時にわか雨もあるかも。
やはり夜9時に更新は難しいですね。
今日は朝は歯のチェックアップ。
特に問題なし。
あんまりまじめに磨いているとは言い難い方なのですが、
唾液の成分でしょうかね、
すごーく丁寧に磨くのんちにまけず、
歯は問題ありません。
でも、「ちゃんとフロスしてくださいねえ」と
優しいお兄さん(おじさん?でも自分よりは若い)先生に言われてしまいました。
夜になってから、ショッピングにつきあいました。
自分と関係ないショッピングでもなかったので、
ついていって、ちょっと意見を言ったりしたのですが、
やはりここらへんは、一番、男と女の違いが出るところですよね~。
中には奥さんの着るものも全部コーディネートする方もおられますが、
コーディネートに喜びを感じるご夫君もすごいですが、
まあ、それをそのまま着てくださる奥様もまたすごい。
ちょっと想像できません。
でも、最近、いっしょに出かけることも少なくなってきたので、
ちょっと貴重な一時。
ということで、更新が遅れました。
今日はエペソ5:1-7
「不品行な者や、汚れた者や、むさぼる者──これが偶像礼拝者です、──こういう人はだれも、キリストと神との御国を相続することができません。」5節。
きよく歩むことを語られました。
罪に対して鈍感になってはいけない、
本当に自分の罪に泣く、もだえる気持ちを忘れないでいたいと思います。
そのような主の目を、自分自身にも持たせて頂きたいと思います。
あの、マタイの山上の説教の中で、
「悲しんでいる人は幸いである」という言葉がありますが、
それは「罪に悲しんでいる人は」という意味だと言われます。
自分が罪を犯した時にも
人が罪を犯し続ける時にも、
それに対して悲しみを覚えるような、
そのような霊的な感性を持たせて頂きたいです。
主よ、
私の心を守ってください。
子供の頃に比べると、
だんだん罪に対して鈍感になっていないだろうかと思います。
「自分の弱さ」でごまかしてしまっていることがないでしょうか?
罪に対して泣く者でありますように。
2009-05-10
憤ったまま日が暮れてはいけない。
もう10時ですが、とにかく追いついておきたいので、もう一回更新。
今日、日曜日の聖書。
今日はエペソ4:25-32。
「日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。」26節。
まあ、いろいろありますよねえ。
でも、怒ったとしても、憤ったとしても、
そのまま夜を迎えるようではいけない、と。
これは象徴的な意味でとらえることが多いと思います。
でも、やはり、これは文字通り取って、心がけることが大切だと思いました。
怒った時に、憤りが収まらない時に、
何とか、その日のうちに解決するようにする。
その日のうちに答えをもらえるように祈る。
それを実際に実行していこうと思わされました。
翌日まで持ち越さない。
夜寝るまで持ち越さない。
とにかくその日のうち、日が暮れるまでには、
(いや、日が暮れてからのバトルもあると思いますが・・・)
答えをもらって、解決をして、
自分の心の中でも、また人との関係においても、
解決をもらって、進んでいこうと思います。
主よ、
御言葉に感謝します。
この通りに行動できる者としてください。
この通りに実行することができますように。
いつまでもいつまでも憤っていない、
そのような者でいたいと思います。
今日、日曜日の聖書。
今日はエペソ4:25-32。
「日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。」26節。
まあ、いろいろありますよねえ。
でも、怒ったとしても、憤ったとしても、
そのまま夜を迎えるようではいけない、と。
これは象徴的な意味でとらえることが多いと思います。
でも、やはり、これは文字通り取って、心がけることが大切だと思いました。
怒った時に、憤りが収まらない時に、
何とか、その日のうちに解決するようにする。
その日のうちに答えをもらえるように祈る。
それを実際に実行していこうと思わされました。
翌日まで持ち越さない。
夜寝るまで持ち越さない。
とにかくその日のうち、日が暮れるまでには、
(いや、日が暮れてからのバトルもあると思いますが・・・)
答えをもらって、解決をして、
自分の心の中でも、また人との関係においても、
解決をもらって、進んでいこうと思います。
主よ、
御言葉に感謝します。
この通りに行動できる者としてください。
この通りに実行することができますように。
いつまでもいつまでも憤っていない、
そのような者でいたいと思います。
母の日。
今日はホントに風が強い日でした。
でも、もう、冷たい風ではなくて、
春が来たんだなあ、というか、もう初夏。
新緑が目にまぶしい季節になりました。
今日も強風でたくさん花粉が飛んでいたと思いますが、
このあと、落ち着いて欲しいものです。
明日はまた一日晴れ。
でも、今夜はよく晴れるので、
ちょっと冷えそうです。6-7度くらい。
今日は母の日。
ここも読んでくれている母に、
こころから感謝。
朝電話してたら、私はすぐ話す事はなくなってしまうのですが、
のんちのほうは、結構いろいろ話し込んでいました。
こういうのはやっぱり女同士なんでしょうかね。
男ばかりの兄弟でしたので、
母はこの年齢になるとちょっと淋しいかもしれませんね。
ま、実家にちょくちょく行ってくれる兄弟もいるので、
遠く離れて親孝行できない息子の分までやってもらって感謝しています。
そして、昨日、土曜日の聖書。
土曜日はエペソ4:17-24。
「真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきことでした。」24節。
神のかたちに作られたわたしたち。
ちょっと前にも書いたように、
この神がわたしたちを造られた時に、
どれほど、喜びを持って、
どれほど喜びにあふれて、造られたかということを思わされています。
それ故に、またどれほどこの神に背を向け、罪を犯したことが、
神にとってはどれほどの痛みだったか、
神にとってはどれほどの悲しみだったかと言うことを思わされます。
罪の恐ろしさ。
でも、わたしたちのために、もう一度神にかたどって作られた新しい人があるというのです。
悔い改めて、信じる時に与えられる新しい人に、
また、神はどれほどの喜びを込めておられるかを感じました。
この喜びを私も頂いて、歩きたいと思います。
主が私を喜んでくださっている、
その喜びを自分も喜びとして、歩んでいきたいと思います。
主よ、
あなたの喜びを感謝します。
あなたが私に着せてくださった、新しい人の中に、
どれほどの思いを込めてくださっているか、
知って、こころから感謝します。
どうか、あなたの喜びを私の喜びとさせてください。
新しい人を着て生きる喜びに生かしてください。
でも、もう、冷たい風ではなくて、
春が来たんだなあ、というか、もう初夏。
新緑が目にまぶしい季節になりました。
今日も強風でたくさん花粉が飛んでいたと思いますが、
このあと、落ち着いて欲しいものです。
明日はまた一日晴れ。
でも、今夜はよく晴れるので、
ちょっと冷えそうです。6-7度くらい。
今日は母の日。
ここも読んでくれている母に、
こころから感謝。
朝電話してたら、私はすぐ話す事はなくなってしまうのですが、
のんちのほうは、結構いろいろ話し込んでいました。
こういうのはやっぱり女同士なんでしょうかね。
男ばかりの兄弟でしたので、
母はこの年齢になるとちょっと淋しいかもしれませんね。
ま、実家にちょくちょく行ってくれる兄弟もいるので、
遠く離れて親孝行できない息子の分までやってもらって感謝しています。
そして、昨日、土曜日の聖書。
土曜日はエペソ4:17-24。
「真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきことでした。」24節。
神のかたちに作られたわたしたち。
ちょっと前にも書いたように、
この神がわたしたちを造られた時に、
どれほど、喜びを持って、
どれほど喜びにあふれて、造られたかということを思わされています。
それ故に、またどれほどこの神に背を向け、罪を犯したことが、
神にとってはどれほどの痛みだったか、
神にとってはどれほどの悲しみだったかと言うことを思わされます。
罪の恐ろしさ。
でも、わたしたちのために、もう一度神にかたどって作られた新しい人があるというのです。
悔い改めて、信じる時に与えられる新しい人に、
また、神はどれほどの喜びを込めておられるかを感じました。
この喜びを私も頂いて、歩きたいと思います。
主が私を喜んでくださっている、
その喜びを自分も喜びとして、歩んでいきたいと思います。
主よ、
あなたの喜びを感謝します。
あなたが私に着せてくださった、新しい人の中に、
どれほどの思いを込めてくださっているか、
知って、こころから感謝します。
どうか、あなたの喜びを私の喜びとさせてください。
新しい人を着て生きる喜びに生かしてください。
2009-05-09
花粉峠を越す!?
JOYJOYキャンプの受付申し込み殺到中。
現在定員50名のところ、12名。
でも、郵便が届き始めたのが昨日ですから、
2日で12名。あと2週間です。
できれば、お断りする方々が出ないように、
ぴったり50名となりますように。
今日も朝は雨が残っていましたし、
雲も多い時間帯もあったのですが、
とてもいい天気になりました。
夕方、北の方では雷雨もあったようですが、
こちらは素通り。
明日は風が強いものの、いい天気になりそうです。
さっき、教会帰って北のですが、
Oakの花がどんどん散っていました。
もう、Oakの花粉も終わりですね。
これで、一雨、ざっと降って、すべてを流してくれるといいのですが・・・。
でも、これからはイネ科の花粉症はひどくなるのでは・・・。
お大事に。
今日、中高生の祈り会があったのですが、
そこで、中高生に、「何時頃に寝てる?」と聞いたら、
結構みんな早い。健康的。10時とか11時とか。
そして、朝はみんな6時台だったりする。
たっぷり寝ているなああ。と思いながら、
自分も早く寝ようと思った。
だから、これからは9時更新を目指します。
そして、早くできなかったら、更新パス+翌日あっさりと、で行こうと思います。
さて、昨日の聖書。
昨日はエペソ4:1-16
「こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。」11節。
キリストご自身が私を牧師として立てたことの重さを感じました。
「キリストご自身が」この言葉です。
他の誰かではない。
勿論形の上では、教団本部があったり、
教会の総会があったりする。
でも、究極的に、私を牧師として招き、召し、立たせたのは、
イエス・キリストご自身。
そのイエス・キリストご自身が建ててくださったのだから、
私の使命はキリストに対して、あると言える。
それがいつの間にか、人間の間の取り決めばかりに目がいってしまって、
主の召命が、どこかに行ってしまっていないだろうか?
主に対しての責任を果たし続ける者でありたいと思う。
主よ、
あなたが私を牧師として立ててくださったことの意味を思います。
どうか、あなたの使命に対して忠実な者とならせてください。
あなたの御言葉に、あなたの導きに従っていく者とならせてください。
現在定員50名のところ、12名。
でも、郵便が届き始めたのが昨日ですから、
2日で12名。あと2週間です。
できれば、お断りする方々が出ないように、
ぴったり50名となりますように。
今日も朝は雨が残っていましたし、
雲も多い時間帯もあったのですが、
とてもいい天気になりました。
夕方、北の方では雷雨もあったようですが、
こちらは素通り。
明日は風が強いものの、いい天気になりそうです。
さっき、教会帰って北のですが、
Oakの花がどんどん散っていました。
もう、Oakの花粉も終わりですね。
これで、一雨、ざっと降って、すべてを流してくれるといいのですが・・・。
でも、これからはイネ科の花粉症はひどくなるのでは・・・。
お大事に。
今日、中高生の祈り会があったのですが、
そこで、中高生に、「何時頃に寝てる?」と聞いたら、
結構みんな早い。健康的。10時とか11時とか。
そして、朝はみんな6時台だったりする。
たっぷり寝ているなああ。と思いながら、
自分も早く寝ようと思った。
だから、これからは9時更新を目指します。
そして、早くできなかったら、更新パス+翌日あっさりと、で行こうと思います。
さて、昨日の聖書。
昨日はエペソ4:1-16
「こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。」11節。
キリストご自身が私を牧師として立てたことの重さを感じました。
「キリストご自身が」この言葉です。
他の誰かではない。
勿論形の上では、教団本部があったり、
教会の総会があったりする。
でも、究極的に、私を牧師として招き、召し、立たせたのは、
イエス・キリストご自身。
そのイエス・キリストご自身が建ててくださったのだから、
私の使命はキリストに対して、あると言える。
それがいつの間にか、人間の間の取り決めばかりに目がいってしまって、
主の召命が、どこかに行ってしまっていないだろうか?
主に対しての責任を果たし続ける者でありたいと思う。
主よ、
あなたが私を牧師として立ててくださったことの意味を思います。
どうか、あなたの使命に対して忠実な者とならせてください。
あなたの御言葉に、あなたの導きに従っていく者とならせてください。
2009-05-08
朝日。
今朝は、ちょうど6時前に東の空から真っ赤な太陽が昇ってきていました。
とてもきれいでした。
久しぶりの晴れの一日。
夕方から夜にかけては雷雨の予報が出ていましたが、
もちましたね。
本当に気持ちが良かったです。
でも、ちょっと外に出ると、くしゃみの10連発。
急に暖かくなって、一番花粉が飛ぶ時に、雨が続いて、
一気に、飛んで、一気に雨で流されるという最高のパターンで、
今年は結構楽をさせてもらっているように思います。
でも、さすがに花粉症の季節はまだ終わっていないようです。
このあと、少しずつ、天気が安定してくるようです。
さて、昨日の聖書。
昨日はエペソ3:13-21。
「どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。」16節。
神様が何よりも、わたしたちの内なる人を強くしてくださるようにと、パウロは祈ります。
そのなかで、「その栄光の豊かさに従い」という言葉が心に留まりました。
神様の豊かさに従って、わたしたちは力を与えられる。
ただ、神様に力を与えられるのではなくて、
そのゆたかさに「従って」与えられるのだ。
だから、豊かに与えられると信じていい。
それはすごいことだと思いました。
私が考える豊かさに従う場合と、神様の豊かさに従う場合では全然違います。
神様の豊かさが、昨日も、今日も、わたしの内に注がれていたこと、
自分では、あまり気がついていなかったと思います。
明日も、主が、私の自覚を超えて、豊かさを与えてくださることを、感謝しつつ。
とてもきれいでした。
久しぶりの晴れの一日。
夕方から夜にかけては雷雨の予報が出ていましたが、
もちましたね。
本当に気持ちが良かったです。
でも、ちょっと外に出ると、くしゃみの10連発。
急に暖かくなって、一番花粉が飛ぶ時に、雨が続いて、
一気に、飛んで、一気に雨で流されるという最高のパターンで、
今年は結構楽をさせてもらっているように思います。
でも、さすがに花粉症の季節はまだ終わっていないようです。
このあと、少しずつ、天気が安定してくるようです。
さて、昨日の聖書。
昨日はエペソ3:13-21。
「どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。」16節。
神様が何よりも、わたしたちの内なる人を強くしてくださるようにと、パウロは祈ります。
そのなかで、「その栄光の豊かさに従い」という言葉が心に留まりました。
神様の豊かさに従って、わたしたちは力を与えられる。
ただ、神様に力を与えられるのではなくて、
そのゆたかさに「従って」与えられるのだ。
だから、豊かに与えられると信じていい。
それはすごいことだと思いました。
私が考える豊かさに従う場合と、神様の豊かさに従う場合では全然違います。
神様の豊かさが、昨日も、今日も、わたしの内に注がれていたこと、
自分では、あまり気がついていなかったと思います。
明日も、主が、私の自覚を超えて、豊かさを与えてくださることを、感謝しつつ。
2009-05-07
福音へのこだわり。
今日はまた雨でした。
でも、朝と午後一時にわか雨で、
昼間と、夕方から夜にかけてはいい天気でした。
気温もソコソコ上がりました。
明日も今日みたいな天気のようです。
今日は隔週の我が家での家庭集会。
今日も、いろんな方々が来られて、とてもよい集まりでした。
今日来られたお一人一人に神様の語りかけがありますように。
今夜も、主が心に語ってくださいますように。
でも、朝と午後一時にわか雨で、
昼間と、夕方から夜にかけてはいい天気でした。
気温もソコソコ上がりました。
明日も今日みたいな天気のようです。
今日は隔週の我が家での家庭集会。
今日も、いろんな方々が来られて、とてもよい集まりでした。
今日来られたお一人一人に神様の語りかけがありますように。
今夜も、主が心に語ってくださいますように。
この部分は、音声認識メールというソフトで入力しています。
iPhoneに向かって話すと、それを文字にしてくれます。うまくいくときは面白いくらい上手くいきます。でも、うまくいかないときは、何度やっでもうまくいきません。
それがまた面白いです。
時々使ってみようと思います。
ここからはPC。でも、この数行の認識ほぼ100パーセント正解。
なかなか優秀です。
なかなか優秀です。
さて、昨日の聖書。
昨日は、エペソ3:1-12。
「それは、異邦人が、福音によりキリスト・イエスにあって、わたしたちと共に神の国をつぐ者となり、共に一つのからだとなり、共に約束にあずかる者となることである。」6節。
パウロの「奥義」はユダヤ人と異邦人が、イエスにあって一つになること。
やはり「イエスにあって」というのがポイントなんだろうと思う。
今「イエス」にこだわることが、人々にとってのつまずきになることがある。
「そんなに、『イエス』を強調しなければ、もっと多くの人々に受け入れられる」と言うことが言われたりする。でも、私にとって、「イエス」を抜いてしまうのは、神様の愛を安っぽいものにすることなのだろうと思う。
あえて、イエスの十字架がわたしたちの救いなんだということにこだわること。
狭いと言われようが、排他的だと言われようが、
イエスがなくなってしまったら、イエスのことにこだわらなかったら、
それは聖書への裏切りだし、神の愛を安っぽく提供することになるだろう。
どんなにそこに人が集っても、それはむなしい。
どんなに仲良くやっていても、むなしい。
どこまでも、イエスにあって、わたしたちが神に結ばれ、
お互いに神によって、近づけられる関係に生きていきたい。
主よ
イエスに、十字架に、福音に、こだわります。
このイエスによって、私はあなたの愛を知りました。
この十字架によって、愛を知りました。
どうか、この福音の力を大胆に語る者としてください。
2009-05-06
キリストにつながって一つ。
今日は昼間はずいぶん暖かくなりました。
でも、夜になって冷えてきて、
またNYを歩いていたら大粒の雨が降ってきてあせりました。
明日も今日みたいな天気かな。
どんより、時々晴れ、それから雨も降るって感じ。
さて、昨日の聖書。
昨日はエペソ人への手紙2章の後半、11-22節でした。
「しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。」13節。
聖書の「和解」はやはり、まず神との和解があって、
その神との和解故に、お互いに神との関係に生きるが故に、
互いの和解が与えられる、ということのようだ。
互いの人間通しが仲良くすると言うのが先にあるのではなくて、
まず、神と私、そして、神とあなた、その向こうがわに、
あなたと私の関係が作られる。
だから、まず自分と神様との関係が正されていくことが大切だ。
まず、神の前に砕かれて、癒されて、新しく作りかえられて、
神様との関係がしっかりと造り上げられて、
その上で、その中で、周りの人との関係が癒されていく、
すぐに癒されなくても、恐れない強さ、
すべての人とうまくいかなくても、動じない強さも持ちながら、
でも、いつもいつも謙虚に歩んで行かせて頂きたいと思います。
主よ、
あなたと共に歩むことができることを感謝します。
どうか、その中で、あなたとの歩みの中で、
周りの人々との関係も、豊かなものにしてください。
豊かな歩みをさせてください。
でも、夜になって冷えてきて、
またNYを歩いていたら大粒の雨が降ってきてあせりました。
明日も今日みたいな天気かな。
どんより、時々晴れ、それから雨も降るって感じ。
さて、昨日の聖書。
昨日はエペソ人への手紙2章の後半、11-22節でした。
「しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。」13節。
聖書の「和解」はやはり、まず神との和解があって、
その神との和解故に、お互いに神との関係に生きるが故に、
互いの和解が与えられる、ということのようだ。
互いの人間通しが仲良くすると言うのが先にあるのではなくて、
まず、神と私、そして、神とあなた、その向こうがわに、
あなたと私の関係が作られる。
だから、まず自分と神様との関係が正されていくことが大切だ。
まず、神の前に砕かれて、癒されて、新しく作りかえられて、
神様との関係がしっかりと造り上げられて、
その上で、その中で、周りの人との関係が癒されていく、
すぐに癒されなくても、恐れない強さ、
すべての人とうまくいかなくても、動じない強さも持ちながら、
でも、いつもいつも謙虚に歩んで行かせて頂きたいと思います。
主よ、
あなたと共に歩むことができることを感謝します。
どうか、その中で、あなたとの歩みの中で、
周りの人々との関係も、豊かなものにしてください。
豊かな歩みをさせてください。
2009-05-05
もっともっと大切なものを。
今日も雨。
そして、今日は暖房も入れました。
ホント冷えました。
でも、明日は晴れてきて、
気温も20度を超えそうです。
今日はわたしたちの19年目のAnniversaryでした。
で、今年は息子が大学に行くこともあり、
来年が区切りの年で、まあ、今年はそれほどでも・・・ということで、
何とか安上がりにこの日を過ごそうと思いました。
で、一生懸命考えたら、
もう10年くらい前ですが、
BENIHANAの創業者のご令息の結婚式の司式をしたことがあり、
その関係で、何年か前に、汚職事件お食事券を頂いたことがありました。
それを思い出したのです。確か・・・まだ残っているはず・・・。
ありました、ありました。1枚。・・・2名様。
おお、ぴったりじゃないですか。
でも、発行日が2005年。
裏を見ると、1年間有効・・・。
つまり、もう2年以上も前に切れているじゃないですか!
あ、だめだ、と捨てようとしたところに、
「いや、ここはアメリカ、すべては交渉次第」と、
心に炎が燃え上がり、
最寄りの店に電話しました。
「あの~、手元にお食事券があるのですが、ちょっと古くて、2005年発行で、1年間有効って書いてあるんですが、なんとか、これでお食事ができませんでしょうか?」って、書いてて恥ずかしいようなことですが、イチかバチか、いや、ダメもとで、聞いてみたんです。
そしたら、「まあ、1年間有効だと言うことはもう切れていますよね」と、ちょっとつれない。
でも、そこで引き下がったら、男がすたる・・・ということで、もう一押し。「そこを何とか・・・」
「誰からもらったんですか?」・・・お、来た来た!それを聞かれたらもうこっちのもの・・・「創業者、そう、R. A.さん(2回しか会ってない・・・)の息子さんのKさん(こちらも2回かな)の・・・」と、小さなつながりを、一生懸命アピール。「結婚式の司式をした牧師です」までは言わなかったのですが・・・。
で、その店長とおぼしき人物「本部に電話して聞いてみる」とこちらの連絡先を聞いてくれました。まあそこまで行けば、何とかなる!しばらくして、「とにかく、おいでください」との連絡あり。ヤッタネ。
はい、おいしく頂きました。もちろん、エキストラの注文もして、チップも弾んで・・・。
アメリカ人向けにアレンジされた日本食ですから、余りそういうお招きでもないと行こうと思わないのですが、「もうこれは紙切れだ」と思ったものが、交渉で、なんとか、価値を取り戻すと、なんだか、とてもおいしく感じます。いや、ほんと、おいしく頂きました。
でも、そんな「求めて、交渉して、道が開かれる」アメリカ社会の中で、すぐにあきらめない、何とか、道が開かれないか、求めてみる、という姿勢が身に付いてしまいました。
でも、果たして、自分は同じことを神様にしているだろうかと思いました。求めなさい!とおっしゃる神様に、「いえいえ、私にはこれくらいがちょうどいい」とか、「そんなずうずうしい求めは・・・」なんて、簡単にあきらめていることがたくさんあるのではないかと思ったのです。変に物わかりがいいというか、あきらめが早いというか、お食事券の有効期限を3年間延長してもらうために交渉する情熱の何倍もの情熱をかけて、神様に祈る者でありたいと思います。
さて、昨日の聖書。
昨日はエペソ人への手紙2章1-10節でした。
「あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって・・・」1節。
金、土、日とエペソ人への手紙を読んでいて、
1章はずっと、「神がどんなに豊かなものを与えてくださってきたか」について、
書かれていました。
本当に心奮い立たせられる思いがしました。
どんなにすばらしいものを自分がいただいているかを感じました。
でも、2章に入っていきなり、「罪」の話です。
でも、がっかりはしませんでした。
嫌な気持ちもしませんでした。
かえって、そんな者に対して、この神様の豊かなものを与えてくださっている、
そのすばらしさを感じました。
そのありがたさを感じました。
罪のことが語られて、本当に神様の愛を感じました。
罪がわかると、愛がもっとわかる、そのことが実感できました。
主よ、
あなたが、この罪に死んでいた者を、
生かしてくださったことを、生きるようにしてくださったことを、
こころから感謝します。
この喜びを、もっともっと多くの方々と共有できますように。
そして、今日は暖房も入れました。
ホント冷えました。
でも、明日は晴れてきて、
気温も20度を超えそうです。
今日はわたしたちの19年目のAnniversaryでした。
で、今年は息子が大学に行くこともあり、
来年が区切りの年で、まあ、今年はそれほどでも・・・ということで、
何とか安上がりにこの日を過ごそうと思いました。
で、一生懸命考えたら、
もう10年くらい前ですが、
BENIHANAの創業者のご令息の結婚式の司式をしたことがあり、
その関係で、何年か前に、汚職事件お食事券を頂いたことがありました。
それを思い出したのです。確か・・・まだ残っているはず・・・。
ありました、ありました。1枚。・・・2名様。
おお、ぴったりじゃないですか。
でも、発行日が2005年。
裏を見ると、1年間有効・・・。
つまり、もう2年以上も前に切れているじゃないですか!
あ、だめだ、と捨てようとしたところに、
「いや、ここはアメリカ、すべては交渉次第」と、
心に炎が燃え上がり、
最寄りの店に電話しました。
「あの~、手元にお食事券があるのですが、ちょっと古くて、2005年発行で、1年間有効って書いてあるんですが、なんとか、これでお食事ができませんでしょうか?」って、書いてて恥ずかしいようなことですが、イチかバチか、いや、ダメもとで、聞いてみたんです。
そしたら、「まあ、1年間有効だと言うことはもう切れていますよね」と、ちょっとつれない。
でも、そこで引き下がったら、男がすたる・・・ということで、もう一押し。「そこを何とか・・・」
「誰からもらったんですか?」・・・お、来た来た!それを聞かれたらもうこっちのもの・・・「創業者、そう、R. A.さん(2回しか会ってない・・・)の息子さんのKさん(こちらも2回かな)の・・・」と、小さなつながりを、一生懸命アピール。「結婚式の司式をした牧師です」までは言わなかったのですが・・・。
で、その店長とおぼしき人物「本部に電話して聞いてみる」とこちらの連絡先を聞いてくれました。まあそこまで行けば、何とかなる!しばらくして、「とにかく、おいでください」との連絡あり。ヤッタネ。
はい、おいしく頂きました。もちろん、エキストラの注文もして、チップも弾んで・・・。
アメリカ人向けにアレンジされた日本食ですから、余りそういうお招きでもないと行こうと思わないのですが、「もうこれは紙切れだ」と思ったものが、交渉で、なんとか、価値を取り戻すと、なんだか、とてもおいしく感じます。いや、ほんと、おいしく頂きました。
でも、そんな「求めて、交渉して、道が開かれる」アメリカ社会の中で、すぐにあきらめない、何とか、道が開かれないか、求めてみる、という姿勢が身に付いてしまいました。
でも、果たして、自分は同じことを神様にしているだろうかと思いました。求めなさい!とおっしゃる神様に、「いえいえ、私にはこれくらいがちょうどいい」とか、「そんなずうずうしい求めは・・・」なんて、簡単にあきらめていることがたくさんあるのではないかと思ったのです。変に物わかりがいいというか、あきらめが早いというか、お食事券の有効期限を3年間延長してもらうために交渉する情熱の何倍もの情熱をかけて、神様に祈る者でありたいと思います。
さて、昨日の聖書。
昨日はエペソ人への手紙2章1-10節でした。
「あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって・・・」1節。
金、土、日とエペソ人への手紙を読んでいて、
1章はずっと、「神がどんなに豊かなものを与えてくださってきたか」について、
書かれていました。
本当に心奮い立たせられる思いがしました。
どんなにすばらしいものを自分がいただいているかを感じました。
でも、2章に入っていきなり、「罪」の話です。
でも、がっかりはしませんでした。
嫌な気持ちもしませんでした。
かえって、そんな者に対して、この神様の豊かなものを与えてくださっている、
そのすばらしさを感じました。
そのありがたさを感じました。
罪のことが語られて、本当に神様の愛を感じました。
罪がわかると、愛がもっとわかる、そのことが実感できました。
主よ、
あなたが、この罪に死んでいた者を、
生かしてくださったことを、生きるようにしてくださったことを、
こころから感謝します。
この喜びを、もっともっと多くの方々と共有できますように。
2009-05-04
雨が続きます。
今日は一日雨でした。
夕方には庭に出て、ニラを刈って、
ギョーザの材料に。
春の雨に打たれて、
心なしか、ニラも柔らかく感じました。
去年、潤さんが作ってくれた、
お天気の歌を思い出します。
わたしたちの歩みの中では、
雨が続くような日もある。
でも、そんな時も神様の御手の中にあるんですよね。
ギョーザ、ちょっとしょっぱくなっちゃいました。
いや、涙じゃなくて、塩と醤油入れすぎ。(笑)
明日も肌寒い雨が続きそうです。
さて、昨日、日曜日の聖書。
昨日の箇所も心励まされました。
エペソ1:15-23。
「また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。」18-19節。
神様の全能の力がわたしたちのうちに働いている。
全能の力がです。
その力がどんなに偉大なものか、それを知って欲しい、とパウロは祈っているのです。
イースターの時に、イエスを復活させた神の力がわたしたちのうちに働く、
ということのすばらしさを感じました。
そして、ここでは、全能の神の力。
それがわたしたちのうちに働いている、とはなんというすばらしいことかと思います。
その力を見失わないようにしたいと思います。
それをもっと知らせて頂きたいと思います。
主よ、
あなたの全能の力が、わたしの内にも注がれていること、
こころから感謝します。
どうか、わたしの内に働いているあなたの力を100パーセント知ることができますように。
夕方には庭に出て、ニラを刈って、
ギョーザの材料に。
春の雨に打たれて、
心なしか、ニラも柔らかく感じました。
去年、潤さんが作ってくれた、
お天気の歌を思い出します。
わたしたちの歩みの中では、
雨が続くような日もある。
でも、そんな時も神様の御手の中にあるんですよね。
ギョーザ、ちょっとしょっぱくなっちゃいました。
いや、涙じゃなくて、塩と醤油入れすぎ。(笑)
明日も肌寒い雨が続きそうです。
さて、昨日、日曜日の聖書。
昨日の箇所も心励まされました。
エペソ1:15-23。
「また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。」18-19節。
神様の全能の力がわたしたちのうちに働いている。
全能の力がです。
その力がどんなに偉大なものか、それを知って欲しい、とパウロは祈っているのです。
イースターの時に、イエスを復活させた神の力がわたしたちのうちに働く、
ということのすばらしさを感じました。
そして、ここでは、全能の神の力。
それがわたしたちのうちに働いている、とはなんというすばらしいことかと思います。
その力を見失わないようにしたいと思います。
それをもっと知らせて頂きたいと思います。
主よ、
あなたの全能の力が、わたしの内にも注がれていること、
こころから感謝します。
どうか、わたしの内に働いているあなたの力を100パーセント知ることができますように。
2009-05-03
脱帽。
何を隠そう、かきごおりの父も牧師です。
ここまでは知っている人も多い。
でも、もう一つあるんです。
何を隠そう、彼はブロガーなんです。
はい、75歳。現役です。
去年の秋から始めたようです。
今まで紹介しないで来たのですが、
最近、本当にこの親父の牧師としての姿勢に脱帽しているので、
紹介してしまいます。
http://blogs.yahoo.co.jp/nishi4005/
5月3日(日)の記事には、
20年ぶりに教会に帰ってこられた方の話が書いてありました。
20年前、ちょうど、私が聖書学院にいた頃でした。
ご夫妻で来られなくなった方々。
どんなに心が痛んだことかと思います。
その中で、あきらめないで関係を持ち続けて、
祈り続けて、訪問し続けて、20年。
20年前、私はまだ牧師になっていませんでした。
だから、それがどんなことなのか、想像もできません。
人をほめるのは違いますよね。
神様のしてくださったことがすばらしいんだと思います。
そして、これは奇跡だと思います。
でも、その一方で、私は自分の心を問われたように思いました。
さて、昨日、土曜日の聖書。
土曜日はエペソ人への手紙1章7-14節。
「この方にあって私たちは御国を受け継ぐ者ともなりました。」11節。
金曜日の続きで、神様の祝福がここにも書かれているのですが、
ここでは2回出てきている言葉が、これ。
「御国を受け継ぐ者」。
わたしたちは神の国を相続する者として、招かれている。
先日、ある学びの中で、神がわたしたちに対して持っている思いは、
Aestheticなものではなかったか、ということを思わされた。
この英語に相当する日本語を見つけるのは難しいのだけれども、
美しいものを純粋に楽しむ、という感じだ。
この聖書の言葉にもそれに通じるような印象がある。
神様にとって、わたしたちが神の国の相続人となることは、
とてもうれしい、ことだったのだ。
わたしたちはいろいろ理由を考えたい。
いろんな意味を求めたい。
でも、本当に、神様がわたしたちを喜んでくださり、
相続人としてくださるのは、
本当に神様にとって純粋な喜びなんだと思うと、
とてもうれしくなってしまう。
神様、
ありがとうございます。
あなたが私を喜んでくださる方であることに、
こころから感謝します。
私をあなたの相続人としてくださったことにこころから感謝します。
あなたが与えようとしておられるもののものすごさを、
まだまだわかっていないんだろうと思います。
どうか少しずつでも、その豊かさを教えてください。
ここまでは知っている人も多い。
でも、もう一つあるんです。
何を隠そう、彼はブロガーなんです。
はい、75歳。現役です。
去年の秋から始めたようです。
今まで紹介しないで来たのですが、
最近、本当にこの親父の牧師としての姿勢に脱帽しているので、
紹介してしまいます。
http://blogs.yahoo.co.jp/nishi4005/
5月3日(日)の記事には、
20年ぶりに教会に帰ってこられた方の話が書いてありました。
20年前、ちょうど、私が聖書学院にいた頃でした。
ご夫妻で来られなくなった方々。
どんなに心が痛んだことかと思います。
その中で、あきらめないで関係を持ち続けて、
祈り続けて、訪問し続けて、20年。
20年前、私はまだ牧師になっていませんでした。
だから、それがどんなことなのか、想像もできません。
人をほめるのは違いますよね。
神様のしてくださったことがすばらしいんだと思います。
そして、これは奇跡だと思います。
でも、その一方で、私は自分の心を問われたように思いました。
さて、昨日、土曜日の聖書。
土曜日はエペソ人への手紙1章7-14節。
「この方にあって私たちは御国を受け継ぐ者ともなりました。」11節。
金曜日の続きで、神様の祝福がここにも書かれているのですが、
ここでは2回出てきている言葉が、これ。
「御国を受け継ぐ者」。
わたしたちは神の国を相続する者として、招かれている。
先日、ある学びの中で、神がわたしたちに対して持っている思いは、
Aestheticなものではなかったか、ということを思わされた。
この英語に相当する日本語を見つけるのは難しいのだけれども、
美しいものを純粋に楽しむ、という感じだ。
この聖書の言葉にもそれに通じるような印象がある。
神様にとって、わたしたちが神の国の相続人となることは、
とてもうれしい、ことだったのだ。
わたしたちはいろいろ理由を考えたい。
いろんな意味を求めたい。
でも、本当に、神様がわたしたちを喜んでくださり、
相続人としてくださるのは、
本当に神様にとって純粋な喜びなんだと思うと、
とてもうれしくなってしまう。
神様、
ありがとうございます。
あなたが私を喜んでくださる方であることに、
こころから感謝します。
私をあなたの相続人としてくださったことにこころから感謝します。
あなたが与えようとしておられるもののものすごさを、
まだまだわかっていないんだろうと思います。
どうか少しずつでも、その豊かさを教えてください。
経験すること。
昨日は、夜、礼拝メッセージの準備をしていたら12時を回ってしまったので、更新はあきらめました。どうしても週末になってしまいます。追い込まれないとなかなか準備ができない方です。もっと計画的にできれば、と思うのですが、これも神様が与えてくださった自分のpersonalityの一部。焦らず、気をつけながら、でも、自分の神様から与えられているものを肯定的に受け取ろうと思っています。
今日は朝から雨。
結構まとまった雨になりました。
今回の雨は、「花粉を流してくれる」雨になったと思います。
このあと、ぐっと花粉症が楽になってくれることを祈っています。
でも、ちょっと肌寒いです。
明日も、明日の夜も、あさっても雨のようです。
ちょっと3日続くと思うと、
ちょっとどんよりしてしまいますね。
そんな日もあるよね、モードで乗り切ろうと思います。
さて、今日はまた7時前には家に帰っていたので、
たまっていたTVの中からつまみ食い。
今回はProfessionalで行きました。
また衝撃的でしたね。
32歳女性の「武装解除のエキスパート」の話。
「心の武装解除」という言葉、
本当にそうだなあと思います。
単に平和ぶっているのではなくて、
何とか平和を保っているんじゃなくて、
心の武装解除が大切だと。
ホント、自分の心の中が探られるように感じました。
それから少年兵士たちの話。
2年前にウガンダに行ったハジからいろんな話は耳にしていましたが、
ホントに傷ついている心がたくさんある。
その心が癒されるために、ただ、その話を聞く、
いや、「癒されるために」なんて方向性はいらないのかも、
ただ、人として、当たり前のこととして、その心の叫びを聞く。
その時に、その子供たちの中に起ってくることがある。
決して紛争地域に行かなければ経験できないことではなくて、
私たちの日常にあることだと思います。
まず、私の心の武装解除かな。
さて、金曜日の聖書。
5月になった金曜日からはエペソ人への手紙になりました。
金曜日はエペソ1章1-6節。
「神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。」3節。
私たちがどれほど大きなものを与えられているのか、
神様が私たちに与えてくださったものがどんなにすばらしいものなのか、
それを教えてもらいました。
天にあるすべての霊的な祝福を、わたしたちに注いでいてくださっている。
それをもう少し具体的に言ったのが、
4節の「きよい者」にしてくださるということ、
そして、5節の「神の子供にしてくださる」ということ。
それがどれほどすばらしいことなのか、
味わったように思いました。
でも、その幸いな気持ちの中で、
もっともっと教えて欲しいと思いました。
神様からどれほどの豊かさを頂いているのか、
どれほどのすばらしいものを与えられているのか、
エペソ人への手紙を読みながら、
いろいろ教えて頂けそうで、楽しみです。
また実生活の中でももっと教えて頂きたいです。
主よ、
あなたの与えてくださっているもののすばらしさを教えてくださり、ありがとうございます。
でも、まだまだわかっていないと思います。もっともっと教えてください。
今日は朝から雨。
結構まとまった雨になりました。
今回の雨は、「花粉を流してくれる」雨になったと思います。
このあと、ぐっと花粉症が楽になってくれることを祈っています。
でも、ちょっと肌寒いです。
明日も、明日の夜も、あさっても雨のようです。
ちょっと3日続くと思うと、
ちょっとどんよりしてしまいますね。
そんな日もあるよね、モードで乗り切ろうと思います。
さて、今日はまた7時前には家に帰っていたので、
たまっていたTVの中からつまみ食い。
今回はProfessionalで行きました。
また衝撃的でしたね。
32歳女性の「武装解除のエキスパート」の話。
「心の武装解除」という言葉、
本当にそうだなあと思います。
単に平和ぶっているのではなくて、
何とか平和を保っているんじゃなくて、
心の武装解除が大切だと。
ホント、自分の心の中が探られるように感じました。
それから少年兵士たちの話。
2年前にウガンダに行ったハジからいろんな話は耳にしていましたが、
ホントに傷ついている心がたくさんある。
その心が癒されるために、ただ、その話を聞く、
いや、「癒されるために」なんて方向性はいらないのかも、
ただ、人として、当たり前のこととして、その心の叫びを聞く。
その時に、その子供たちの中に起ってくることがある。
決して紛争地域に行かなければ経験できないことではなくて、
私たちの日常にあることだと思います。
まず、私の心の武装解除かな。
さて、金曜日の聖書。
5月になった金曜日からはエペソ人への手紙になりました。
金曜日はエペソ1章1-6節。
「神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。」3節。
私たちがどれほど大きなものを与えられているのか、
神様が私たちに与えてくださったものがどんなにすばらしいものなのか、
それを教えてもらいました。
天にあるすべての霊的な祝福を、わたしたちに注いでいてくださっている。
それをもう少し具体的に言ったのが、
4節の「きよい者」にしてくださるということ、
そして、5節の「神の子供にしてくださる」ということ。
それがどれほどすばらしいことなのか、
味わったように思いました。
でも、その幸いな気持ちの中で、
もっともっと教えて欲しいと思いました。
神様からどれほどの豊かさを頂いているのか、
どれほどのすばらしいものを与えられているのか、
エペソ人への手紙を読みながら、
いろいろ教えて頂けそうで、楽しみです。
また実生活の中でももっと教えて頂きたいです。
主よ、
あなたの与えてくださっているもののすばらしさを教えてくださり、ありがとうございます。
でも、まだまだわかっていないと思います。もっともっと教えてください。
2009-05-01
祈るということ。
今日は昨日よりもちょっと蒸し暑くなって、
雨がしとしと。
花粉がどんどん流れて欲しいです。
明日も曇りでにわか雨。
明日の夜から、あさってにかけてはまとまった雨になりそうです。
昨日、ある牧師さんと電話で話していて、
本当に励まされました。
自分の働きの中で、一番大切なのは、
「祈り」であることを教えられました。
最初の教会のリーダーたちも、
自分たちの働きの中で絶対に大切なのは、
「御言葉と祈り」であると言っています。
そして、多くの人々が寄せてくる祈りの課題を、
しっかり祈っていたら、あっという間に時間は過ぎていってしまいます。
でも、それが、他のことを置いても第一とすべき、
自分の使命であることを再確認させて頂きました。
祈る者とならせて頂きたいです。
では、昨日の聖書。
昨日は第3ヨハネ9-15節。
「悪を見ならわないで、善を見ならいなさい。」11節。
ここでは、デオペレスの態度、行動が非難されています。
教会を混乱させ、傷つけることです。
でも、そのような行動に捕らえられている人々のようにならないで、
善を行っている人々を見習いなさいと、言われている。
善をもって悪に報いる、
本当に誠実に主に仕えていく者とならせてください。
悪に振り回されない、そんな者とならせてください。
主よ、
あなたを見つめて、あなたに対して誠実に歩ませてください。
人の行動や、言葉に振り回されることがありませんように守ってください。
明日の祈り会を祝福して、共に祈る喜びを与えてください。
祈りが聞かれた!という経験を与えてください。
雨がしとしと。
花粉がどんどん流れて欲しいです。
明日も曇りでにわか雨。
明日の夜から、あさってにかけてはまとまった雨になりそうです。
昨日、ある牧師さんと電話で話していて、
本当に励まされました。
自分の働きの中で、一番大切なのは、
「祈り」であることを教えられました。
最初の教会のリーダーたちも、
自分たちの働きの中で絶対に大切なのは、
「御言葉と祈り」であると言っています。
そして、多くの人々が寄せてくる祈りの課題を、
しっかり祈っていたら、あっという間に時間は過ぎていってしまいます。
でも、それが、他のことを置いても第一とすべき、
自分の使命であることを再確認させて頂きました。
祈る者とならせて頂きたいです。
では、昨日の聖書。
昨日は第3ヨハネ9-15節。
「悪を見ならわないで、善を見ならいなさい。」11節。
ここでは、デオペレスの態度、行動が非難されています。
教会を混乱させ、傷つけることです。
でも、そのような行動に捕らえられている人々のようにならないで、
善を行っている人々を見習いなさいと、言われている。
善をもって悪に報いる、
本当に誠実に主に仕えていく者とならせてください。
悪に振り回されない、そんな者とならせてください。
主よ、
あなたを見つめて、あなたに対して誠実に歩ませてください。
人の行動や、言葉に振り回されることがありませんように守ってください。
明日の祈り会を祝福して、共に祈る喜びを与えてください。
祈りが聞かれた!という経験を与えてください。
2009-04-30
Skype会議。
今日も過ごしやすい一日でした。
朝は寒いくらいでしたが・・・。
雨が降る予報が出ていますが、
かなり北の方にそれそうですね。
また花粉を洗い流してくれるほどでもないようです。
明日は気温が少し上がり、蒸し暑い雨になるでしょう。
今年の夏は、JOYJOYキャンプに加えて、
教会に来ている子たちのための泊まりがけのキャンプを、
周辺の教会と合同でします。
今日はそのスタッフがNew HavenからPrincetonまで広い範囲に散らばっているので、Skypeでのカンファレンスをしました。
すごいですよねえ、みんなすぐそこにいるかのように話ができるんですから。
今までも、日本との会話に使ったこともありますが、
今日は4台のコンピューターで6人での会話。
途中、何回か、一人がいつの間にか切れていたり、ということもありましたが
これは、ホント助かります。
今回、もしかしたら当日まで一回も全員で集ることができないかもしれません。
でも、このように共に語り合い、共に祈ることができるのはホントにすごいと思います。
さて、昨日の聖書。
昨日は第3ヨハネ1-8節。
「彼らは御名のために出て行きました。異邦人からは何も受けていません。ですから、私たちはこのような人々をもてなすべきです。そうすれば、私たちは真理のために彼らの同労者となれるのです。」7-8節。
巡回伝道者たちが、他からのサポートをあてにしないで、
ただ、同じ信仰を持つ者たちのサポートだけで、その働きを支えていたことがここに書かれています。
だから、クリスチャンのあなたがたが一生懸命支えなさいと。
私もその支える働きを担わせて頂きたいと思いました。
もちろん、私自身も支えられている身です。
でも、また必要が与えられている中で、
その中で、本当に他からのサポートを当てにしないで、
信仰者からのささげものだけで歩んでおられる方々に対して、
私自身も支える責任を感じさせられました。
いや、支えたいと思いました。
主よ、
あなたの示されたことに感謝します。
あなたが示されたように行動する者でありますように。
あなたがいつもいつも一切の必要を満たしてくださることを感謝します。信頼します。
朝は寒いくらいでしたが・・・。
雨が降る予報が出ていますが、
かなり北の方にそれそうですね。
また花粉を洗い流してくれるほどでもないようです。
明日は気温が少し上がり、蒸し暑い雨になるでしょう。
今年の夏は、JOYJOYキャンプに加えて、
教会に来ている子たちのための泊まりがけのキャンプを、
周辺の教会と合同でします。
今日はそのスタッフがNew HavenからPrincetonまで広い範囲に散らばっているので、Skypeでのカンファレンスをしました。
すごいですよねえ、みんなすぐそこにいるかのように話ができるんですから。
今までも、日本との会話に使ったこともありますが、
今日は4台のコンピューターで6人での会話。
途中、何回か、一人がいつの間にか切れていたり、ということもありましたが
これは、ホント助かります。
今回、もしかしたら当日まで一回も全員で集ることができないかもしれません。
でも、このように共に語り合い、共に祈ることができるのはホントにすごいと思います。
さて、昨日の聖書。
昨日は第3ヨハネ1-8節。
「彼らは御名のために出て行きました。異邦人からは何も受けていません。ですから、私たちはこのような人々をもてなすべきです。そうすれば、私たちは真理のために彼らの同労者となれるのです。」7-8節。
巡回伝道者たちが、他からのサポートをあてにしないで、
ただ、同じ信仰を持つ者たちのサポートだけで、その働きを支えていたことがここに書かれています。
だから、クリスチャンのあなたがたが一生懸命支えなさいと。
私もその支える働きを担わせて頂きたいと思いました。
もちろん、私自身も支えられている身です。
でも、また必要が与えられている中で、
その中で、本当に他からのサポートを当てにしないで、
信仰者からのささげものだけで歩んでおられる方々に対して、
私自身も支える責任を感じさせられました。
いや、支えたいと思いました。
主よ、
あなたの示されたことに感謝します。
あなたが示されたように行動する者でありますように。
あなたがいつもいつも一切の必要を満たしてくださることを感謝します。信頼します。
2009-04-29
テレビの魔力。
今日は急に涼しくなりました。
でも、本当に気持ちよかったです。
これが普通なんですよねえ。
寒かったり、暑かったり、
ちょっときつかったですね。
これからしばらくこのくらいの気温が続きそうなので、
ちょっと疲れが癒せそうですね。
昨夜の雨もパラパラ、程度だったみたいで、
花粉が流れる・・・というところまでは行きませんでしたが、
まあ、涼しくなって、花粉も落ち着いていたと思います。
楽でした。
さて、この前の日曜日は
7時頃にはもう家に帰っていました。
そんなとってもゆとりのある日曜日の夜だったので、
テレビの録画がたまっているのを、見ていました。
先週の「ためしてガッテン」。
これはやられました。
ハンバーグの作り方だったんですが、
これがうまそう!
肉汁があふれ出るようなハンバーグの映像に、
もう我慢ができません。
HPでも見ることができる のですが、
やっぱりテレビでやっているのを見ると、
「これは作らなければ・・・」という気持ちになってしまいます。
あいにくさいわい、月曜日は、のんちが仕事に出て、私が休みの日。
早速、牛挽肉と豚挽肉と、麩とを買って、
レシピの5倍量の肉で、11個のハンバーグを作りました。
1個だけ余ったので、5人で10個食べたってことかな。
ちょっと手間がかかって、疲れましたが、
確かに、今までのと違う。
おいしかったです。
まだ改良の余地はあると思いました。
もっと「生か焼けたか」のぎりぎりのタイミングを見極めるとか、
塩加減をどうするか、ナツメグの量をどうするかとか、
そこら辺はやはり経験というか料理の勘というかなんでしょうね。
でも、たぶん次にやるのは1年後くらい・・・。
勘は磨かれそうにありません。ハイ、マニュアル人間ですから。
でも、作ったあと、やっぱりテレビに踊らされてたなあ、と思いました。
まあ、ハンバーグ作るのは踊ってもいいのですが、
テレビって、ホントに、人を動かす力があると思います。
演出や映像で、ぐんと、「おいしそう」感を盛り上げ、
「作らなきゃ損」と思わせるんですよねえ。
これが悪い風に使われたら大変ですよね。
メディアが守られるように祈らされます。
今頃、日本では麩が飛ぶように売れているんじゃないでしょうか(笑)。
さて、昨日、火曜日の聖書。
火曜日は第2ヨハネ7-13節。
「よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい。」8節。
また、自分に欠けているところを示されたように思います。
私はどこまで「よく気をつけて」来ただろうか。
一人一人のSpiritualな状態に気をつけてきただろうか。
労苦の実を台無しにするような場面がどれだけあっただろうか。
それは「大丈夫」と勝手に楽天的に決めつけて、
一人一人のspiritualな状態に気をつけないで来たからではなかったか。
もっともっと注意深く歩むようにしよう。
一人一人の霊的な状態を知り、
そこに祈って行こう。
労苦の実を台無しにしないように。
豊かな報いを受けるために。
主よ、
あなたが教えてくださったことに感謝します。
これからの歩みを導いてくださり、
一人一人の霊的な状態に気をつけ、
心を配ることができますように。
そのために必要なすべてをあなたが与えてくださいますように。
でも、本当に気持ちよかったです。
これが普通なんですよねえ。
寒かったり、暑かったり、
ちょっときつかったですね。
これからしばらくこのくらいの気温が続きそうなので、
ちょっと疲れが癒せそうですね。
昨夜の雨もパラパラ、程度だったみたいで、
花粉が流れる・・・というところまでは行きませんでしたが、
まあ、涼しくなって、花粉も落ち着いていたと思います。
楽でした。
さて、この前の日曜日は
7時頃にはもう家に帰っていました。
そんなとってもゆとりのある日曜日の夜だったので、
テレビの録画がたまっているのを、見ていました。
先週の「ためしてガッテン」。
これはやられました。
ハンバーグの作り方だったんですが、
これがうまそう!
肉汁があふれ出るようなハンバーグの映像に、
もう我慢ができません。
HPでも見ることができる のですが、
やっぱりテレビでやっているのを見ると、
「これは作らなければ・・・」という気持ちになってしまいます。
あいにくさいわい、月曜日は、のんちが仕事に出て、私が休みの日。
早速、牛挽肉と豚挽肉と、麩とを買って、
レシピの5倍量の肉で、11個のハンバーグを作りました。
1個だけ余ったので、5人で10個食べたってことかな。
ちょっと手間がかかって、疲れましたが、
確かに、今までのと違う。
おいしかったです。
まだ改良の余地はあると思いました。
もっと「生か焼けたか」のぎりぎりのタイミングを見極めるとか、
塩加減をどうするか、ナツメグの量をどうするかとか、
そこら辺はやはり経験というか料理の勘というかなんでしょうね。
でも、たぶん次にやるのは1年後くらい・・・。
勘は磨かれそうにありません。ハイ、マニュアル人間ですから。
でも、作ったあと、やっぱりテレビに踊らされてたなあ、と思いました。
まあ、ハンバーグ作るのは踊ってもいいのですが、
テレビって、ホントに、人を動かす力があると思います。
演出や映像で、ぐんと、「おいしそう」感を盛り上げ、
「作らなきゃ損」と思わせるんですよねえ。
これが悪い風に使われたら大変ですよね。
メディアが守られるように祈らされます。
今頃、日本では麩が飛ぶように売れているんじゃないでしょうか(笑)。
さて、昨日、火曜日の聖書。
火曜日は第2ヨハネ7-13節。
「よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい。」8節。
また、自分に欠けているところを示されたように思います。
私はどこまで「よく気をつけて」来ただろうか。
一人一人のSpiritualな状態に気をつけてきただろうか。
労苦の実を台無しにするような場面がどれだけあっただろうか。
それは「大丈夫」と勝手に楽天的に決めつけて、
一人一人のspiritualな状態に気をつけないで来たからではなかったか。
もっともっと注意深く歩むようにしよう。
一人一人の霊的な状態を知り、
そこに祈って行こう。
労苦の実を台無しにしないように。
豊かな報いを受けるために。
主よ、
あなたが教えてくださったことに感謝します。
これからの歩みを導いてくださり、
一人一人の霊的な状態に気をつけ、
心を配ることができますように。
そのために必要なすべてをあなたが与えてくださいますように。
2009-04-28
低金利時代のForever Stamp。
今日はまた暑かった。
最高気温は34.3度。
もう、何だか季節がわからない。
そして、今夜寒冷前線が通るらしい。
是非とも、大雨が降って欲しいところ。
花粉を全部流して欲しい。
家の中が外より暑いから、
窓を開けたら、花粉が入る入る。
そして、明日からは普通に戻る。
助かります。
昨日、教会のためにForever Stampを買ってきました。
これは今の42セントの郵便料金が将来値上がりしたとしても、
そのまま追加料金を払わなくても使える、すごい切手です。
今日、42セントで買った切手が、5月11日には44セントの価値になるのです。
去年の今頃、ちょうど、普通の封書の切手が41セントから42セントになったときに、
これはどれくらい得かと考えましたが、
その時は9ヶ月以内に使う分は買っておいた方が、
そのお金を預金するよりも得、という結論でした。
しかし、前回の値上げからちょうど1周年の5月11日に今回は2セント値上げされます。
42セントから44セントの値上げですから、4パーセント台後半の上げ率です。
それも、去年はオンラインバンクの預金が3パーセントくらいでした。
しかし、今年は私が使っている一番高い利子が付く預金で1.65パーセント。
つまり、このまま低金利が続くとすると、
この切手は2年先まで残っていてもお得、ということです。
「銀行に預けるお金があるなら、Forever Stampを買え!」という状態です。
もちろん、景気が回復して、金利が上がると、あっという間にお得感はなくなります。そういう意味ではノーリスクではありません。
あと、一生かかっても出し切れないほど買っても意味はないです。
ご購入はあくまでも自己責任で・・・。
さて、昨日の月曜日の聖書。
昨日は第2ヨハネ1-6節。
「愛とは、御父の命令に従って歩むことであり、命令とは、あなたがたが初めから聞いているとおり、愛のうちを歩むことです。」6節。
神様の命令は、私たちが神の愛の中を歩むこと。
神の愛の中に生きること。
何かをがんばってすることではなくて、
神の愛の中に安らぐこと。
信頼。
主の前におなかを見せてしまうこと。
主が受け止めてくださるから、
主が受け入れてくださるから、
心にあるありのままの思いを、
神様の前に持ち出すこと。
その愛の中に歩もう。
主よ、
あなたの愛の中に生きることの意味を教えてください。
あなたの愛の中に、平安に歩むことができますように。
最高気温は34.3度。
もう、何だか季節がわからない。
そして、今夜寒冷前線が通るらしい。
是非とも、大雨が降って欲しいところ。
花粉を全部流して欲しい。
家の中が外より暑いから、
窓を開けたら、花粉が入る入る。
そして、明日からは普通に戻る。
助かります。
昨日、教会のためにForever Stampを買ってきました。
これは今の42セントの郵便料金が将来値上がりしたとしても、
そのまま追加料金を払わなくても使える、すごい切手です。
今日、42セントで買った切手が、5月11日には44セントの価値になるのです。
去年の今頃、ちょうど、普通の封書の切手が41セントから42セントになったときに、
これはどれくらい得かと考えましたが、
その時は9ヶ月以内に使う分は買っておいた方が、
そのお金を預金するよりも得、という結論でした。
しかし、前回の値上げからちょうど1周年の5月11日に今回は2セント値上げされます。
42セントから44セントの値上げですから、4パーセント台後半の上げ率です。
それも、去年はオンラインバンクの預金が3パーセントくらいでした。
しかし、今年は私が使っている一番高い利子が付く預金で1.65パーセント。
つまり、このまま低金利が続くとすると、
この切手は2年先まで残っていてもお得、ということです。
「銀行に預けるお金があるなら、Forever Stampを買え!」という状態です。
もちろん、景気が回復して、金利が上がると、あっという間にお得感はなくなります。そういう意味ではノーリスクではありません。
あと、一生かかっても出し切れないほど買っても意味はないです。
ご購入はあくまでも自己責任で・・・。
さて、昨日の月曜日の聖書。
昨日は第2ヨハネ1-6節。
「愛とは、御父の命令に従って歩むことであり、命令とは、あなたがたが初めから聞いているとおり、愛のうちを歩むことです。」6節。
神様の命令は、私たちが神の愛の中を歩むこと。
神の愛の中に生きること。
何かをがんばってすることではなくて、
神の愛の中に安らぐこと。
信頼。
主の前におなかを見せてしまうこと。
主が受け止めてくださるから、
主が受け入れてくださるから、
心にあるありのままの思いを、
神様の前に持ち出すこと。
その愛の中に歩もう。
主よ、
あなたの愛の中に生きることの意味を教えてください。
あなたの愛の中に、平安に歩むことができますように。
2009-04-27
アシュリーのこと。
夜の10時です。
今日は結局家の庭では31.5度まで上がり、
結構暑かったです。
でも、昨日に比べると4度も下がりました。
明日はまた35度くらいいくんでしょう。
でも、この暑さも、明日までです。
そのあとは20度くらいの日が続くでしょう。
過ごしやすい季節です。
昨日、教会のある方から、
アシュリーちゃんが亡くなったんだそうですよ、
とお伺いしました。
以前、何回かフジテレビでとりあげられた難病を抱える女の子。
10代にして体はもう老人になっています。
お母さんが神様に出会って、クリスチャンになられた様子がウェブページに載っていて、
その日本語版がなかったので、「訳していいですか?」と伺って、
教会の月報でもご紹介しました 。
日本に行っている時に、たまたま、
彼女の町、カナダのレスブリッジで日本語教会をされている
牧師さんにお会いしたのですが、
「最近はペットショップのアルバイトもしておられないみたいだし、あまり状態は良くないのかもしれませんね。」とお伺いしていて、彼女ももう17歳。もう厳しい状況なんだろうと思っていました。
今日、検索をかけると、その町の地方紙の死亡広告欄 に21日に召天されたことが、
書かれていました。
また、彼女自身の証 が英語で、書かれています。
2005年に個人的に主を救い主として受け入れた、とあります。
母親のロリーさんと何度かメールのやりとりをしたことがありますが、
日本の普通のテレビ番組で、彼女の信仰の姿勢がちょっと違って報道されていることをお知らせして、彼女も一生懸命番組のスタッフとコミュニケーションを取られたのだと思います。そのあとに出された本にははっきりと、自分たちを支えているのは神様なんだと、明らかにされています。
その今や文庫本にもなっている本、「みじかい命を抱きしめて」 の最後のロリーさんの言葉、それは信仰の告白です。
プロジェリアという病気を解明することは、人の老化を解明することだとよく言われます。人類の永遠の課題である老化を解き明かすために、プロジェリアは神様が遣わされた病気だと言う人もいます。ただ、私にはこう思えてしかたがないのです。短い人生を一生懸命生きることの大切さを教えたい。そして、自らの死や生きる目的を考えてほしい。そうお望みになった神様が送り込んでくれた天使ーーそれがアシュリーなのだ。と。
主の慰めがご一家にありますように。
さて、昨日、日曜日の聖書。
昨日のところは本当に心に語られました。
今日も、何度もその言葉が心に響いてきました。
昨日はゼパニヤ書3章9-20節。
「わたしは、あなたのうちに、へりくだった、寄るべのない民を残す。彼らはただ主の御名に身を避ける。」12節。
寄るべのない民・・・他に頼るもののない民、ということでしょう。
その時に、ただ神様を頼るしかない。
それこそが、神様の祝福の道なのだということですね。
私には他に神様以外に頼るものがあるだろうか、と思います。
お金も、能力も、・・・でも、やっぱり自分がすぐ頼ってしまうのは、
「人」なんじゃないか、と思います。
人に頼って、「あの人がいるから大丈夫」と思うこともたくさんあります。
でも、頼ると神様に取り去られてしまうんですよね。
ああ、それは困る。じゃあ、頼りにしないようにします。
ん、でも「それじゃ困る」と思うこと自体、頼りにしている証拠ですね。
頼りにして、寄りかかってしまうのではなくて、
互いに神様を頼りにする同労者として、
神様の前に恵みを受ける者として、
「主にあって」信頼して行こうと思います。
主よ、
あなた以外のもので、私が頼りにしているものはないでしょうか?
あなたを頼りにして、あなたに信頼して歩む者とならせてください。
今日は結局家の庭では31.5度まで上がり、
結構暑かったです。
でも、昨日に比べると4度も下がりました。
明日はまた35度くらいいくんでしょう。
でも、この暑さも、明日までです。
そのあとは20度くらいの日が続くでしょう。
過ごしやすい季節です。
昨日、教会のある方から、
アシュリーちゃんが亡くなったんだそうですよ、
とお伺いしました。
以前、何回かフジテレビでとりあげられた難病を抱える女の子。
10代にして体はもう老人になっています。
お母さんが神様に出会って、クリスチャンになられた様子がウェブページに載っていて、
その日本語版がなかったので、「訳していいですか?」と伺って、
教会の月報でもご紹介しました 。
日本に行っている時に、たまたま、
彼女の町、カナダのレスブリッジで日本語教会をされている
牧師さんにお会いしたのですが、
「最近はペットショップのアルバイトもしておられないみたいだし、あまり状態は良くないのかもしれませんね。」とお伺いしていて、彼女ももう17歳。もう厳しい状況なんだろうと思っていました。
今日、検索をかけると、その町の地方紙の死亡広告欄 に21日に召天されたことが、
書かれていました。
また、彼女自身の証 が英語で、書かれています。
2005年に個人的に主を救い主として受け入れた、とあります。
母親のロリーさんと何度かメールのやりとりをしたことがありますが、
日本の普通のテレビ番組で、彼女の信仰の姿勢がちょっと違って報道されていることをお知らせして、彼女も一生懸命番組のスタッフとコミュニケーションを取られたのだと思います。そのあとに出された本にははっきりと、自分たちを支えているのは神様なんだと、明らかにされています。
その今や文庫本にもなっている本、「みじかい命を抱きしめて」 の最後のロリーさんの言葉、それは信仰の告白です。
プロジェリアという病気を解明することは、人の老化を解明することだとよく言われます。人類の永遠の課題である老化を解き明かすために、プロジェリアは神様が遣わされた病気だと言う人もいます。ただ、私にはこう思えてしかたがないのです。短い人生を一生懸命生きることの大切さを教えたい。そして、自らの死や生きる目的を考えてほしい。そうお望みになった神様が送り込んでくれた天使ーーそれがアシュリーなのだ。と。
主の慰めがご一家にありますように。
さて、昨日、日曜日の聖書。
昨日のところは本当に心に語られました。
今日も、何度もその言葉が心に響いてきました。
昨日はゼパニヤ書3章9-20節。
「わたしは、あなたのうちに、へりくだった、寄るべのない民を残す。彼らはただ主の御名に身を避ける。」12節。
寄るべのない民・・・他に頼るもののない民、ということでしょう。
その時に、ただ神様を頼るしかない。
それこそが、神様の祝福の道なのだということですね。
私には他に神様以外に頼るものがあるだろうか、と思います。
お金も、能力も、・・・でも、やっぱり自分がすぐ頼ってしまうのは、
「人」なんじゃないか、と思います。
人に頼って、「あの人がいるから大丈夫」と思うこともたくさんあります。
でも、頼ると神様に取り去られてしまうんですよね。
ああ、それは困る。じゃあ、頼りにしないようにします。
ん、でも「それじゃ困る」と思うこと自体、頼りにしている証拠ですね。
頼りにして、寄りかかってしまうのではなくて、
互いに神様を頼りにする同労者として、
神様の前に恵みを受ける者として、
「主にあって」信頼して行こうと思います。
主よ、
あなた以外のもので、私が頼りにしているものはないでしょうか?
あなたを頼りにして、あなたに信頼して歩む者とならせてください。
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