2013-02-23

神に立てられる。

この週末ですが、雨のようですね。
やはり、予想は変わらず、ボストン方面の方は雪のようですが。
今、外に出たら、小雪が舞っていました。
でも、夜中の12時半で2.5度C。
朝には雨になるでしょう。

さて日付が変わってしまったので、一昨日21日の「日々のみことば」。
一昨日は、出エジプト記の2章でした。
いよいよモーセの登場。

「だれがあなたを立てて、われわれのつかさ、また裁判人としたのですか。」14節。

われこそは!と立ち上がったモーセに、同胞であったユダヤ人が言った言葉。
本当に、一念発起で立ち上がったんですけどね。
でも、「誰が立てたのか?」が問われたんですね。

「我こそは」と立ち上がったんだけれども、
自分でそう思っていただけで、
神様が立ててくださったわけではなかった。
それが問題だったんですね。
いや、この人自身は「われわれは認めてないよ」という感じだったのでしょうが、 それよりも大切だったのは神様が認めておられなかったということ。
神様は荒野で40年、モーセに訓練を与えられるお考えだった。

神様が立ててくださったことに謙虚にしたがって行こうと思う。
そして、使命を果たさせていただこう。

主よ、
あなたの使命に忠実に従う者とならせてください。
あなたがどのように導いておられるのか、自分の願望ではなく、
あなたのみ声に従うことができますように。

2013-02-21

実験系はたのしい。

いやあ、今日もまた寒かったですね。
昼間も0度は超えましたが、2度どまりだったでしょうか。
今は夜の10時半ですが、既に-5度C。
明日の朝はまた-8度Cコースかな。

そして、週末のストームですが、
多分土曜日の明け方の降り始めは雪。土曜日は一日雨。日曜日ちょっと雪になって朝のうちに上がる。という感じかな。

で、やっぱりボストンの西の郊外はまた大雪になるかも。
いやあ、大変でしょうね。
今日はカンザスとかミズーリで大雪みたいです。

さて、今日はキッズクラブの日。
今月は実験系だったんですよね。

クエン酸とベーキングソーダを混ぜて手作り入浴剤を作るというプロジェクト。


つなぎにコーンスターチも混ぜます。
みんな食べられるものばかり。
「クエン酸」と言うのにね。
ぶくぶくができますが、それも二酸化炭素。
ソーダの中に溶けてるのと同じです。


お好みで、着色料と香料を足して、ちょっと水で湿らせて、固めるという作業。
みんな一生懸命。たのしんでいました。

でも、一番たのしいのはお風呂にはいってぶくぶくやるのですね。
実験ぽくて、盛り上がりますよね。

さて、昨日の「日々のみことば」。
昨日から出エジプト記にはいりました。
昨日はその1章。

「助産婦たちは神をおそれたので・・・」21節。

この間の日曜日の礼拝で「恐れるべきものはなに?」という説教を語りました。
私たちはいろんなものを恐れる。
このエジプトの王様はイスラエルの民が増え広がるのを恐れた、と言います。
実際は、自分たちの立場、支配する側の民という立場を失うのを恐れたんでしょうね。

この助産師さんたちも、王様を恐れてもおかしくなかったと思います。

でも、彼女たちは神様を恐れた。
そして、その彼女たちを神様は守った。

自分はいったい何を恐れているのか、
もう一度問われたように思った。
神様を恐れる者でありますように。

神様、
あなたを恐れて、人を恐れない、そして、人を愛する者とならせてください。
自分に対して善意と誠実をもって接してくださる方々にたいしてはもちろんのこと、
そうではないことがあっても愛する愛を与えてください。

2013-02-20

悪も良きに変えられる。

今日は寒かったです。
夕方から夜NYCに出たのですが、毛糸の帽子をかぶっても、寒かったです。
バスがなんでかわからないですが20分も来なくて、待たされたのもあったのですが・・・。でも、バスに乗ったら、快適。

雲があった方が夕日はきれい。




夜の12時で外の気温は-4.5度C。
明日の朝はやっぱり-10度C近くに下がるんでしょうね。

さて、昨日の「日々のみことば」から。
昨日は創世記の最後、50章でした。

「あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。」20節。

悪は悪。
罪は罪。

でも、それも神様は良きに変わらせることができる。
いろいろ考えさせられます。

でも、とにかくヨセフはそう感じた。
それはもしかしたら、兄たちの悔い改めた姿を見ていたから、なのかもしれない、そうも思わされます。もしも兄たちが「自分たちは何も悪いことはしていない」と思っているとしたら、ヨセフはこんなことを言えたか?

やはり、ヨセフが癒されるためには、兄たちの自分たちの罪を自覚して、弟ベニヤミンのために自分たちの身を差し出す姿が必要だったのかと思います。

その一方で、もしも相手がどうであれ、神様がすべてを良きにかえてくださる(実際、ヨセフの場合も、この兄たちの態度に関係なく、ヨセフは大臣になっていたのですから)と信じていれば、それは本当に力だと思います。

自分のエネルギーを使うところが変わってくる、恨みに捕われないで、神様が良くしてくださったことに目を向けて歩んで行くことができる。それは本当に感謝だなあと思います。神様の最善を信頼して行きたいと思います。人がどうであれ、神様を信頼して行けますように。

神さま、
あなたがいてくださるから感謝します。
どうか、あなたの最善を信頼して、歩んで行くことができますように。
人の悪に目を留めて、心乱れてしまうことがありませんように。





2013-02-19

主の救いを待ち望む。

昨日はまた9時半頃にものすごい睡魔で、
もうそのまま寝てしまいました。
夜中の2時頃に目は覚めたのですが、
更新する元気はなく、朝までぐっすり。

おかげで今日はすっきり元気な目覚めでした。

今日は午前中は暖かだったのですが、
雨が降ってきて、肌寒い一日でした。

夜10時頃にはおぼろ月が出ていたので、
写真を撮ろうと思ったら、なんだかんだしているうちに11時半にはもう快晴。
星が瞬いていました。

今夜はこのまま冷えて、明日の朝は氷点下。
明日も一日晴れて寒い日になりそうです。

そして、今度注目は週末です。
ちょっと雨が降るか、ちょっと雪が降るか、
すごい雨が降るか、すごい雪が降るか、
また、「わからない」状態です。
今年はこのパターン、かなり多いかも。

また、土曜日の夜とか、ボストン方面大雪かもです。

さて、昨日の「日々のみことば」。
昨日は創世記の49章でした。

「主よ、わたしはあなたの救を待ち望む。」18節。

この言葉、ヤコブが子供たちのために祝福を祈る言葉の中に出てきますが、昨日は、ここを読みながら、この言葉が心の中に飛び込んできました。ちょっと前後の文脈とどんな関係になるのかわからないのですが、でも、本当に飛び出すように心に飛び込んできました。

この祈りの言葉は私の祈りの言葉でもあるなあと。

神様の救いなしには、
神様の守りと支えなしには、
本当に歩んで行くことができないと。

自分の力ではなく、神の恵みによって歩んでいます。

神様、
私もあなたを待ち望んでいます。
日々のあゆみの中で、支えてください。
いろいろなすべきことに溺れてしまうことがないように。

2013-02-17

寒いですねえ。

一度、寒さがゆるんだ後に冷え込むとまた寒いですねえ。
今日は一日氷点下で、今はまだ夜の10時半ですが、-9.1度C。
連休なのに、家族みんな寝てしまったので、余計に冷える感じがします。
明日は-10度Cより下がりますね、確実に。

で、昼間はいい天気で0度ちょっと越える予報が出ています。

今日の日曜日、祈り会の日で、教会のためにもっともっと心を合わせて共に祈ることを示されて、礼拝もみなさんと一緒に守ることができてすばらしい日曜日。風邪がはやっている割には、多くのみなさんがおいでになりました。

今週もお一人一人が守られますように。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の48章。

「生れてからきょうまでわたしを養われた神、すべての災からわたしをあがなわれたみ使よ、この子供たちを祝福してください。」15-16節。

ヤコブが生涯を振り返ってこのことを言っていることに驚きを感じる。
いろんな災いがヤコブには襲ってきたのではなかったのか。
それなのに、彼は「すべての災いからわたしをあがなわれた」と言った。

わたしたちにとって災いの中で守られること、って何なんだろうと思う。

あまりに、表面的なレベルで「神様の守り」ということを受け取っていなかっただろうか?

闘いはある、悩みはある、困難はある、迫害がある、とイエスは言われた。
でも、そこで「勇気を出しなさい」と言われたのだ。
そのレベルの主の守りを本当に経験できますように。