2006-07-08

約束された勝利

今日も暑かったですが、暑すぎず、気持ちのいい一日でした。
朝は18度、昼は30度。ちょうどいい夏の日です。
今日はキュウリもお休み。インゲンは20本収穫。

今日は記念すべき聖書全巻読了の日。
何回目か忘れましたが、188日は、自己最速かな。
一気に朗読すると100時間だそうです。
ということは黙読だったらもっと早いでしょうから、
読むだけだったら一日3時間かければ1ヶ月もいらないということでしょう。
いつかそれもやってみたいなあ、と思います。

でも今回、得たモノはどうかなあ、と思いました。
「全体像をつかむ」ほど早くもなかったし、
もう少し丁寧に読みたい気持ちも残ったし。
ということで、明日、7月10日から「新約聖書一日一章」を始めます。
260日かかりますから、来年3月頃までですね。
楽しみです。

そして、今日は黙示録の17-22章を読みました。
心に留った言葉は17:14 です。
「この者どもは小羊と戦うが、小羊は主の主、王の王だから、彼らに打ち勝つ。小羊と共にいる者、召された者、選ばれた者、忠実な者たちもまた、勝利を収める。」
私たちにはもう勝利が約束されている。
悪魔の力は私たちに挑戦してくる。
憎しみや、怒りをかき立てようとしてくる時もある。
また誘惑を仕掛けてくる時もある。
けれども、「小羊」であるキリストはサタンに勝利している。
そして、私たちもこの方と共にいるならば、勝利を与えられているのだ。
勝利が約束されているのだ。
勝敗が決まっているのは、スポーツを見ている時はスリルがない。
でも、この闘いにはスリルはいらない。
圧倒的な勝利で十分。
それが約束されているのだから、恐れる必要はない、と思った。
ただ、主と共に歩むこと、それだけを心がけていこうと思った。

神様、
あなたと共に歩んでいきます。
どうかわたしを守って下さい。
あなたの力による勝利を経験させて下さい。
明日の日曜日、礼拝を祝福して下さい。
一人一人を励まして送って下さい。
そして、あなたのすばらしさを見ることができますように。


2006-07-07

忍耐

おととい、昨日と記念日が二つ続いて、
ちょっと気合いが入ったのが2日続いたので、
今日はいつものペースに戻って・・・。

今日も気持ちのいい一日でした。
朝は15度くらいまで下がって、肌寒いくらい・・・。
でも、昼間は日差しの強さが痛いくらいでした。
湿度が下がると、温度が同じでも楽ですねえ。
最高気温28.6度。

こんな天気がもうしばらく続きそうです。
さすがに15度というのはあまりないと思いますが・・・。
今、夜の12時前ですが、もう20度まで下がっています。

このいい天気で野菜君達も元気です。
今朝もインゲン13本、キュウリ2本収穫。インゲンは通算100本突破(^^)/
キュウリはちょっとこのあとスローダウンしそうですが、
インゲンはまだまだいきます。
ナスもこれからです。

今日の朝は久しぶりに集会がありました。
いいですねえ、やっぱり。
そして、今月日本に帰られる方もあり・・・。
いろいろ考えさせられました。
もっともっといろんな出会いの場があったらいいなあと、
心が触れ合うような場があったらいいなあと、思いました。

あんまり忙しくなってはいけないと思うのですが、
この地域に長く住んでいる者として、
新しく来られる方々に対して、何かすべきことがあるのでは・・・と。

そして、今日の聖書。
今日は黙示録の11-16章を読みました。
その中で心に留った言葉。
「ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である。」13章10節。
忍耐ですよね。これが自分にどれだけ必要かということを思いました。
今は平和な時代から、不安な時代になりつつある時です。
いえ、もうすでに不安な時代に突入していますが、
そんな中でも、みんな「平和」な時代だと思いたい、
その名残を楽しんでいる時代かなあ、と思います。
でも、これからどんなことが起ってくるか・・・。
今日もテロリストがNYのトンネルを標的に動いていたことが報道されていました。
当局はそれをもっと前から知っていたのでしょう。
私たちは知らなかっただけ。
もしもその動きを捕らえることができなかったら・・・と考えるとぞっとします。
こんな時代だから、
だから、忍耐と信仰が大切。
本当にそう思います。
自分の子ども達の時代はもっとそうでしょう。
忍耐が大切。不安な時代の中で、何を信じていったらいいのか、という時代の中で、
見つめるべきものを見つめて、
振り回されないでいたいと思いました。

神様、
私に忍耐を与えて下さい。
私に信仰を与えて下さい。
そして、これからもっと不安が広がっていくでしょう、この時代の中で、
大切なものから、目を離さないでいることができますように。

2006-07-06

アメリカ上陸記念日

スカンク記念日の翌日、今日は我が家のアメリカ上陸記念日です。
今から14年前の今日、私たち夫婦と1歳の息子の3人で、サンノゼの空港に降り立ちました。
そのまま飛行機を乗り継いでサンディエゴへ。
空から下を見ると赤茶けた山々。
大変なところに来てしまった、と思いました。
ただただ、青く澄み切った空の下で、
サンディエゴでたくさんの方々のご好意に支えられました。
何かお返しを、と思う私たちは、
「いいんだよ、また君が新しくアメリカに渡ってきた人たちに同じことをしてくれれば・・・」
という言葉を何度聞いたことでしょうか?

時々"Remember San Diego" と夫婦で話します。
あの時、私たちは私費の留学生。
これだけあれば、ずいぶん暮らせると、たくさんの方々の援助でためたお金を持って、
こちらに来たつもりだったのですが、車、コンピューター・・・と大きな出費が続く中で、
何とか次の学校に進もう、そのためには節約しよう、と目標を持ってがんばりました。
1ヶ月の食費は100ドル?150ドル、電気代節約のために、昼間の暑い時間は私は図書館、
カミさんと息子はショッピングモール(もちろん、何も買ってはいけない・・・ジュースもお昼も持参)。
もともとエアコンのない家だったですが・・・。
そして夜は、一つだけ電球の代わりにつける蛍光灯(消費電力が3分の1以下)を買って、
それを使い回し。ご飯の時にはダイニングで、夕食が終わったらテレビの部屋で・・・。
電気代、ずいぶん安くすみました。電気とガスを合わせて20ドルくらい。
何か必死でしたね。でも、楽しかったです。たった半年のSan Diegoの生活。

それから・・・
2,3年で帰る・・・と言っていたのに、もうこんなに経ってしまいました。

「いいんだよ、また君が新しくアメリカに渡ってきた人たちに同じことをしてくれれば・・・」

その約束、今守っているかなあ。と思わされます。

「受けるより、与える方が幸いである」使徒行伝20:35

昨日もお二人、今日もお二人の方に個人的にお会いしてお話しし、お祈りしました。
明日は久しぶりの家庭集会です。楽しみです。
そして、日曜日の礼拝の準備もいよいよ追い込みにかかります。

キュウリは今日は2本。インゲンは14本でした。
キュウリは20本到達です。グランドホッグに食べられなければ、これくらい穫れるんですねえ。
夕方は裏の芝刈り。雨も降るし暖かいし、ガンガン伸び放題です。

今日の聖書。
今日はヨハネの黙示録6-10章を読みました。
心に留った言葉は、6章16節です。
『山と岩に向かって、「わたしたちの上に覆いかぶさって、玉座に座っておられる方の顔と小羊の怒りから、わたしたちをかくまってくれ」と言った。』

あまり読んでいて気持ちのよくなる言葉ではありません。
でも、本当は私もこの言葉を言わなければいけない人間なんだと思いました。
神の怒りをまともに受けたら、生きていけない、そのような存在なんだと思いました。
でも、イエス・キリストの十字架によって、
イエス・キリストが私の身代わりになって死んで下さったことによって、
赦された、その事実に心から感謝しました。
自分が何かいい人間ではない、神から認められる人間ではない、
それは自分が一番よく知っています。
他人が知らない部分も自分は知っています。

だから、ただ、イエスが私を覆って下さることのゆえに
私は歩んでいける、神に祈れる、そのことを感謝しました。

主よ、
あなたに感謝します。
私も人のことをとやかく言うことのできる存在ではないことを教えて下さってありがとうございます。
イエスさま、あなたの十字架の血潮で私を覆って下さっていることを心から感謝します。
どうか、明日も、あなたの守りの中で生かしてください。




2006-07-05

スカンク記念日

Happy Skunk Day!

って、別に全米のホリデーではありません。
去年の今日、スカンクとの対決をした記念日です。

それは、去年の春、グランドホッグにキュウリの苗を食べられるところから始まります。
2月のGroundhog Dayの時にも書きましたが、
野菜の苗を食い尽くすグランドホッグ対策に、おり式のワナ(こういうの)を買って

グランドホッグを次々に捕まえては遠いところに放しに行っていました。
グランドホッグは昼行性。昼間だけでいいんです。
でも、ものぐさな私は夜もそのままワナの入り口を開けっ放しにしていました。
ある朝起きてみると、何だか得体の知れない動物がかかっていました。
オポッサムです。たぶん。

そんなこともあり、去年の7月5日の朝、ワナに何かがかかっていることに気がついた時にも、
「またか・・・」程度の気持ちでした。
しかーし、かかっていたのはスカンクだったんですねえ。

途方に暮れました。
スカンクは、見つけても近づいてはいけませんよね。
間違ってスプレーされると大変ですから・・・。
でも、ワナから外に出すためにはワナの扉を開けなければいけないわけです。
逃がさなければ、ガンガン悪臭を放たれる。
でも、逃がすために近づくと自分がもろにスプレーをかけられる・・
・。

ジレンマ。

しばらくの間、どうしようかと考えあぐねていました。
そして名案が浮かびました。

スカンクは夜行性。
昼間は寝ているはず。


寝ている間にワナの扉を開けておけば、
夜になって目を覚ましたスカンクは「あ、俺はここで何をしているんだ?」とのそのそ外に出るだろう、と考えたのです。
そして待ちました。
そして・・・朝10時頃に、スカンクが寝たのです。

「やった!」

その時を待っていた私は、抜き足差し足忍び足でワナに近づきます。

3歩ほど近づいた時、スカンクがぱっと顔を上げて、そのままさっと臨戦態勢。
絵が描ければその時の様子を描きたいのですが・・・。
そのような仕草の瞬間の写真があったら、リンクを貼るのですが、それもなく・・・。
(そりゃそうですよね、臨戦態勢の写真なんか撮っているゆとりはないですよね。)
言葉で説明するのは難しいのですが、
しっぽを上げて、ケツの穴と顔の両方をこっちに向けてキッとにらみつけているんですよ。

「来るか!来たら一発お見舞いしたやるぞ!」って勢いでした。
そりゃコワイのコワクナイのって、慌てて逃げました。

なんて言ったって、あのスカンクのスプレーを浴びた日には、
しばらくにおいが抜けないと言うじゃないですか。

翌々日から日本に行くというその時。

迷いましたが、このままにしていくこともできずに意を決して、また寝た頃を見計らって、
今度は決死の覚悟で、捨てていい長袖シャツ、捨てていい長ズボン、捨てていい靴、を身につけて、
そして紙袋を頭にかぶって、ワナに近づきました。
さっと目を覚ましたスカンクがまた臨戦態勢。
こちらは覚悟を決めているので、それにひるまず射程距離内に侵入。
敵はスプレーをガンガン浴びせかけてきます。
そりゃ向こうも必死。でも、こっちも必死。
スカンクスプレーまみれになりながら、

ワナに手をかけます。
向こうもこちらのひるまない様子にパニック状態。
キーキー叫びながら、もう空っぽになっているらしいスプレー液を絞り出すように、かけてきます。
そして、こっちもパニック状態って別にパニックしなくてもよかったんですけどね。
でもパニックで、かぶっていた紙袋は外れ、顔と頭は無防備の中、

やっとの事でワナの扉を開けたのでした。
それでも、しばらく奴はおびえてワナの奥の方でふるえていましたが、
奥の方をたたいたらまたびっくりして、扉の外に逃げていきました。
はー。

気がついたらめがねには3滴の黄色い液体が・・・。
これが例のスプレー液か・・・ときれいに洗い流しました。
今考えれば、ちゃんと写真を撮っておくんだったと思います。


身につけていたものは肌着や靴を含めてすべて処分。
あそこまでまともに浴びると何だか、臭いんだか何だかわからなくなります。
とにかくシャワーを浴びて、Baking Soda振りかけて頭を洗って・・・。
後で帰ってきたカミさんからは「大丈夫じゃない・・・」と言われて、ほっとしました。

長い文章、おつきあい下さってありがとうございます。

それからは、必ず夕方、暗くなる前にワナの扉を閉じるようにしました。


同じ失敗をしたらしゃれになりませんよね。

業者の人はどのようにして捕まえるんでしょうか?

スカンクにはくれぐれもお気をつけ下さい。
ちなみに、スカンクは夜行性。
昼間うろうろしているスカンクがいたら狂犬病かもしれません。
そっちの方もくれぐれもご注意。

<学んだこと>
スカンクも生きることに必死。
スカンクの視点に立てば、私が大男に見えただろう。怖かっただろう。
こっちも怖かったけど。
自分の視点だけではなくて、他者の視点に立って物事を見直してみることがどんなに大切か。

そして、今年の今日は・・・平和でした。

グランドホッグの食害にもあわず、今日もキュウリが4本穫れました。
一人一本!

インゲンも17本。ナスの実も少しずつ大きくなってきました。

今日もまだ蒸し暑いです。
でも、温度は下がってきました。
今夜は涼しくなって、明日はカナダの方から乾いた空気が入って、涼しいでしょう。
きっと。

週末までいい天気みたいです。
ちょっとほっとしています。

さて、本題の聖書。
今日からヨハネの黙示録に入りました。
今日読んだのは1-5章。
その中で心に語られたのは、2章9節の言葉です。
「わたしは、あなたの苦難や貧しさを知っている。だが、本当はあなたは豊かなのだ。」
本当はあなたは豊かなのだ、と主がいわれている。
胸を張って歩みたい。
私は豊かさを知っている、と。
主にあって豊かに歩ませて頂いていることに感謝しよう。
もっともっと主の与えてくださっているものに感謝しよう。

主よ、
あなたが日々必要なものを与えて下さっていることに感謝します。
あなたが与えて下さった豊かなものに目を留めて歩んでいく者でありますように。
日々に必要な霊的な力を与えて下さい。

2006-07-04

光の中を歩む

今日はJuly 4th。
アメリカの独立記念日でした。
蒸し暑い一日でした。
寝苦しい夜を過ごして、
蒸し暑い日で、
夜はまたむっとしています。
日本の夏を思い出します。
時々、夜中に抜け出してコンビニに行って、
涼んで、デザートを買って帰って、また寝たものです。
コンビニに散歩に行けないのが、ちょっと残念。

今日の夜は家族で散歩に出ました。
そしたら、あちらこちらで花火の音
「ああ、いろんな町で花火大会なんだねえ」と話ながら歩いたのですが、
何か、そんな遠くではなくて、近所で上がっているような音。
そう、あちらこちらの家で、花火をやっているんですねえ。
NJでは違法です。
まだ、違法のようです。
「まだ」というのは、多くの州で解禁されてきているみたいなので・・・。

カルフォルニア、ジョージア、ニュージャージー、と移ってきましたが、
どの州でも花火はできませんでした。
手持ち花火を含めて禁止でした。
夏に日本に帰ると、「花火ができるね」と話していました。
また、ジョージアの周りの州との州境の向こう側には必ず花火やさんがありました。
州を超えると、花火を買うことができるので・・・。
でも、やっぱり州内に持ち込んだり、州内で打ち上げてはいけなかったんですよね。

でも最近はカルフォルニアもジョージアも制限付きですが、いいみたいですね。
ここに、PDFですが、どの州でどうなっているか、去年の6月現在の状況が出ています。
禁止の州はかなり少数派なんですね。
乾燥している州だったらわかるのですが、
こちらの方は蒸し暑いので、いいんじゃないかなあ、なんて思うのですが、
解禁になったら、夏の夜は若い子達が花火ばっかりやっていて、うるさいかも・・・。

でも、子ども達と花火をして楽しみたいなあ、と思います。
子供が小さい今のうちくらいしかできないので・・・。

今日の雷雨は騒いでいたほどではありませんでした。
明日も雨の予報ですが、どうなることでしょうか?
あさってからは晴れて湿度も下がって、爽やかな日が何日か続くようです。

きょうもいんげん10本、キュウリ4本収穫
今は息子がいないので、キュウリちょうど一人一本ずつ丸かじりでした。
明日もちょうど4本穫る予定。これからもこの調子でいってほしいものです。

今日はお休みなので、ゆっくりサッカーを見ました。
イタリアの選手の「倒された時の反応」が大げさで、
紳士的なドイツの方を密かに応援していたのですが、
まあ試合の流れから言って、イタリアで順当でしょう。
あれでイタリア勝たないとかわいそうなくらい。
119分目に入った1点目のゴールは、とにかく、beautiful! でした。

夜には北朝鮮の残念なニュース。
このあと世界はどう動くのでしょうか?
聖書には世の終わりには戦争と戦争の噂を聞く、とありますから、
争いがあるのはしょうがないのでしょうか?
平和的な解決を祈りつつ。

今日の聖書はヨハネの手紙第1-第3とユダの手紙でした。
心に留った言葉は第1の手紙の1章7節。
「しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。」
光の中を歩む。
それは暗闇の中を歩く、の反対だから、
「ウソがない歩み」「ごまかさない」と言うことの大切さを思わされた。
罪があっても、それを光の許に持っていく。
ちょうど9節にあるように、「罪を告白するならば・・・」とあるように、
神の前に持っていく。
そのような歩みをしていきたいと思いました。
そして、いつも主の前に歩んでいきたいと思いました。
神様との交わりの中に生きていきたいと思いました。
それだけではなく、「互いに」ということが神様と私たちが互いにではなくて、
私たち同士が「互いに」と読むこともできますよね。
そのような関係を皆さんと持っていきたいと思いました。
互いに光の中を歩んでいく中で、本当の交わりを与えられて、
歩んでいくことができる。
そのように歩みたいと思いました。

主よ、
私をあなたの光の中で歩ませて下さい。
あなたから逃げることなく、
あなたの光の中に歩みたいです。
どうかあなたとの交わりの中に、
そして、人々との交わりの中に私を導いて下さい。



2006-07-03

群れを牧しなさい

今日も暑かったですね。
娘にねだられ、今年2回目のプール。
まだpoison ivyのかぶれの痕が生々しいので、
ちょっと他の方に不快な思いをさせないかと、
申し訳ない思いを持ちつつ、でも、楽しんできました。

よく、日本ではプールに行くためにスタイルを整える、
というような話を聞きますが、
私はプールに行って運動すればいい、と思っています。
でも、いかんせん4歳児のお供。
数段上手を行くような体格のお父さん達に混じって、ちゃぽちゃぽやっています。

今朝はインゲン10本、キュウリ3本、
やっと複数本収穫出来るようになってきました。
いい天気が数日続いているおかげです。
この調子で行ってもらいたいものです。
今日は33度くらいまで上がりました。
夜になっても蒸し暑い状態が続いています。
そして、明日は蒸し暑く、雷雨あり。
花火はどうなんでしょうかねえ。昨日見たので、私的には気にしていないのですが、
NYの花火を楽しみにしている方々は心配なところでしょう。

今日もまた眠いので、こんなもんにして、聖書にいきます。

今日読んだのはペテロの手紙第1と第2全体です。
これを読んでおられる方々のことよりも、自分のことだけを考えて、
自分自身が感じたことをご紹介すると、
第1の5章の2-3節が心に留りました。
「あなたがたにゆだねられている、神の羊の群れを牧しなさい。強制されてではなく、神に従って、自ら進んで世話をしなさい。卑しい利得のためにではなく献身的にしなさい。ゆだねられている人々に対して、権威を振り回してもいけません。むしろ、群れの模範になりなさい。」
やはり自分に語られているように感じました。
自分は本当に喜んで奉仕をしているか、自分自身を振り返りました。
確かに、強制ではありません。喜びです。
でも、本当に「牧師としての仕事をこなしている」レベルなのか、
「神の羊の群れを牧している」というレベルなのか、問われているように感じました。
一人一人をもっともっと愛して、
一人一人の必要を覚えて祈り、導いていく、
決して期待に応えることが第一ではないのだけれども、
一人一人に必要なことを主に求め、祈り、
そして、御言葉を語っていく、神様を指し示していく、
その働きをさせて頂きたいと思いました。
「雇われ牧師になって欲しくない」・・・何年も前に聞いたある方の言葉が、
今、大切なメッセージとして、心に響いてきます。

主よ、
私に愛を与えて下さい。
一人一人の本当の必要を知る愛を与えて下さい。
その人自身が感じているよりも、もっと正しく本当の必要を知ることができるような愛を与えて下さい。
そして、あなたを指し示すものとしてください。
大牧者であるあなたの許にお連れすることができますように。


2006-07-02

御言葉を行う人になりなさい

今日のトップニュースは何といっても洗礼式です。
一人の男性が洗礼を受けられました。
喜びです。
祈りの中で「あなたに負けました・・・」と祈ったその言葉、
心に深く響きました。

神に負ける時にこそ、私たちは勝利を頂くのです。

とにかく一番の喜びです。一人の人が悔い改めて新しい歩みを始められる時に、
天国では大きな喜びがある、その喜びを経験させて頂きました。

午前中はグリニッチの教会で礼拝説教でした。
礼拝のあと、10人くらいで丸くなって、
礼拝のテーマについて、
自分自身が問われたことについて、
心の中にあることを語り合うのですが、
とてもいい一時でした。
私たちの教会でも、あったらいいなあと思いました。
深いところで一つになることができるのではないだろうかと思いました。

7月4日は独立記念日。
今日は私たちの町の花火大会がありました。
昨日あたりから、毎日のようにあちらこちらの町で花火大会があります。

今年はキャンプに泊まりがけで行っている息子を除いて
4人で見に行きました。
去年は会場からちょっと離れてみたのですが、
今回は花火を打ち上げているところから200メートルも離れていない直近で見ました。
ド迫力でした。
花火の技術は日本がトップで、
アメリカに来たばかりの頃、14年前は、かなりバカにしていました。
「西武園の花火の方がいいよ」なんてね・・・。

でも、年々よくなっていきます。
町の花火大会なのですが、
なかなかいいです。
迫力があります。きれいですし、何十連発、何百連発みたいなのもありました。

町の花火と言えば、印象に残っているのは、
北海道の地方都市の花火大会。
今から20年前ですが、夏2ヶ月を北海道で過ごしました。
牧師の訓練学校の夏の実践トレーニングの一環で、2ヶ月間、アメリカ人で英語を教えながら、
神様のことを伝えたい、という若者と一緒に生活をしながら、過ごしました。
そんな夏のある夜、町の花火大会がありました。夏の一大イベントです。
それが何かとてものんびりしていて、
「次は『牡丹』、提供はかきごおり洋品店」とアナウンスが入って、ドーンと一発上がって、
しばらくしてから、またアナウンスで、
「続きましては『菊』、提供はかきごおり商店」ドーン、と続くんですね。
河原で場所取りも不要。
いい思い出です。

今日は雨が心配でしたが、
パラパラ降っただけ。
とにかく蒸し暑い一日でした。
明日も30%位で予報が出ていますが、
まあ、降らないでしょう。
そしてまた蒸し暑い一日です。
庭の水やりが必要です。

今日の聖書はヤコブの手紙1-5章全体を読みました。
今日心に留ったのは「御言葉を行う人になりなさい」という1:22の言葉です。
読むだけじゃね。
読んで、ここに「この言葉が心に残りました」だけじゃね。
神様からガツンとやられたような感じです。
みことばはそこに従ってこそ、意味がある、
従った時にこそ、主は更に語ってくださる。
従った時にこそ、自分の姿が見えてくる。
23節に、読むだけだと、自分の顔を鏡で見る人と同じだ・・・という。
そのココロは・・・離れたらすぐ忘れるってことでしょう。
聖書を横に置いたとたんに、椅子から立ち上がったとたんに、
忘れてしまうのだという。
本当に御言葉に従ってみよう。
従って生きてみよう。
そして、主が語ってくださること、
味わわせてくださること、それを経験しようと思う。

神様、
御言葉に従います。
どうか、あなたが語ってください。
御言葉に生きます。バカみたいに、単純に、御言葉に歩んでいきます。
あなたの奇跡を見せてください。