2011-02-03

天の賛美。

久しぶりに月と明けの明星のランデブー。
でも、実はこの写真は先週末。
今は月は夕方、木星と一緒に輝いています。



今朝は予想通り、-5度C。
昼間は0度をちょっと超えたようで、
太陽の熱もあり、ちょっと雪解けが進みました。


今夜は冷えています。
今11時で-6.8度C。
明日の朝は-10度C以下に下がるようです。


そして、焦点はあさって土曜日の雪。
明け方から降り始めて、昼頃に一度雨に変わって、
でも、また夕方から雪。


5−10センチくらいの積雪が予想されています。


まあ、今年の冬の天気に慣れている私たちにとっては「全然大丈夫」だと思います。


まだ3日目ですが、
集会をお休みにして、祈るときを持っていますが、
ホントに幸いを感じさせていただいています。
どうして、今までこれをして来なかったんだろうか?とまで思います。


本当に帰るべきところに帰って来たというか。
「なくてはならないものは多くはない」と言われたイエスの言葉を思い出させられた。


ここ何年か、25年前に通った自動車教習所でクランクやS字走行をさせられたときに、「お前は車を運転しているんじゃない、車に振り回されている!」と怒鳴られたことを思い出すくらい、自分の生活をコントロールできないでいました。
特に牧会について、また礼拝や他の集会の準備について、いつも何かに追われていたように思います。
そして、教会の方向性とか、大切な軸とか、そういうことについてしっかりと確信を持って進んで行くということができないでいました。


それは誰かがそのように要求したというよりも、
自分があえてそのようにしていたんでしょうね。
悔い改めます。


さて、今日の聖書。
今日は詩篇103:14-22。


「しかし、主の恵みはとこしえからとこしえまで、主を恐れる者の上にある。」17節。

神は賛美されるにふさわしい方。
永遠に恵みを注いでくださる方。

月から地球までは光が1.3秒で届くのですが、
金星と地球が今どんな関係にあるのかわかりませんが、
太陽の向こう側に行っているときなど最大で15分くらいかかるときもあるでしょうね。

でも、その光が何億年、何十億年、百億年以上も旅をして、地球に届くというものもある。その光が百億年ずっとずっと神様を賛美して来た、賛美していたと思うとすごいですよね。

その歴史の一番最後のほんのちょっとのところに人間が造られて、今、自分がそこに生きている。50年なのか、60年なのか、70年なのか、80、90年なのか、時が与えられて、その神への賛美をちょっとシェアさせていただいている。

私ももっともっと賛美したいと思う。
この月よりも、この金星よりも、
100億年かけて地球に届く光を放つ銀河よりも、
すべての光を飲み込んでしまうブラックホールよりも、
神様を賛美したいと思う。

神様、
あなたへの賛美をこの宇宙の星々とシェアできることを感謝します。
この歴史の一こまに、私の存在を置いてくださったことに感謝します。
どうか、私の使命を果たすことができますように。
あなたの願っておられるように生きることができますように。

2011-02-02

静まって。

今朝起きたらやっぱりfreezing rain。
バスが止まっていたので、もう今日の朝のNYでの祈り会はパスかな、と思ったのですが、「やっぱり車で行こう!」と決心して、朝の6時過ぎから、車の氷はがし。
気温が-1.6度Cまで上がって来ていたので、思っていたよりも簡単にはがせて、早速NYCへ。
途中、対向車線からシャーベットの山が飛んで来て、前が見えなくなってひやっとしましたが、その他は特に大きな問題もなく、7時半前にはNYに着いていました。


感謝、感謝。


昼間は暖かくなっていましたが、夜は風もでて気温も下がり、寒くなって来ています。
今は夜の11時45分ですが、まだプラスの0.7度C。
でも、この後冷えて、明日の朝は-5度くらいかな。


そして、次の天気イベントは、土曜日の雪。
うーん、降ることはほぼ確実ですが、
どこまで雨になるか、どれだけ積もるかですね。
大したことはないと思いますが・・・。


この同じ低気圧の影響で、
明日はHousetonでも雪だそうですよ。
積雪もあるかも。


昨日から、日曜日と祈り会以外のすべての集会を休んで、
教会のこれからの歩みのために祈っていますが、
この2日間でわかったことは、
これは私自身が主の前に整えられることが必要で、
御言葉によって取り扱われることが必要だと言うこと。


まさに「リトリート」です。
戦いのさなか、一度退却して、体勢を整えて次の戦いのために備える、
そんなときです。
NJでの牧会の歩みの中でどんどんスケジュールに振り回されるようになって来ているように感じています。
だから、今日、詩篇46:10の「静まって、私こそ神であることを知れ」という言葉のThe Messageという訳の言葉、


“Step out of the traffic! Take a long,
loving look at me, your High God,
above politics, above everything.”



に出会ったときには、ああ、私のためのメッセージだなと思いました。


trafficからstep outしなさいと。


この祈りのときを通して、焦点がしっかり合った働きをさせていただけるようになりたいと思います。


さて、今日の聖書。
今日は詩篇103:1-13。
「主の御計らいを何一つ忘れてはならない」2節。

私はこの3節の「主はすべての病を癒し」という言葉に引っかかってしまうんですよね。
すべてを癒すことはおできになるけれども、神様はしばしば癒しの御業をなされない。
今日も一人の方が召されたことをお伺いしました。

「主はすべての病を癒し・・・」ということはどういうことなんだろうかと思います。

いや、こう聖書に書いてあるのに、癒されない人もいることは何なんだろうかと思います。

だから、新改訳で「主の良くしてくださったこと」と訳されている言葉が、「主のお計らい」と訳されていることに、心が留ったのです。

すべては主の御計らいの中にある。
私たちがそれを「良きこと」と思えないようなことの中にも、
主の御計らいがある。

だから、それに心を向けているならば、受け入れられるのかな。

未だに納得いっていない「人の死」がいくつもある。
癒されなかった人たちがいる。

本当に栄光の中に、「主に召されたんだなあ」という場合もある。
すばらしいと思う。主をほめたたえたい。
でも、どうしても、どうしても、納得できない場合もやっぱりある。

ある人は信仰が強ければ癒されると言うかもしれない。
でも、そんなことはなかった、十分強かった、そう言える。
もっと祈れば・・・と言うかもしれない。
とんでもない、必死に祈った!

でも癒されなかった。
何年経っても納得いっていない。

でも、それは多分、一生「納得」がいかないんだろうな。
でもいい。私よりも大きな方の御計らいの中にあるのだから。
このちっぽけな頭で納得できなければおかしいなんて、それはとんでもない、傲慢なんだから。

主よ、
私のこれからの歩みの中でも、
たくさんの癒しの御業をなしてください。
どんな病をも癒すことのできるあなたを信頼します。
だから、癒さないであなたのもとに召されるとき、
それが私の納得いかないことであったとしても、
あなたを信頼することが、できますように。

2011-02-01

自然の力の前に。

今日は割合早くfreezing rainになって、
午後早い時間には小康状態に。
今もまだやんでいる。


でも、次の雨雲がペンシルベニアの東部まで広がって来ている。
だから、真夜中の12時頃には雨が降り出すだろう。
でも、気温は一日−4度Cくらいで固まったまま。


確実にfreezing rainになります。


かなり降るんじゃないかな。
今のところ、明日は子供たちの学校は2時間遅れスタート。
でも、もしかしたら、朝5時に電話が来て、休校になるかも。


あと、停電も心配。
重くなった木の枝が電線を切ります。
明日、起きたら、電気が生きていることを祈りながら。


さて、今日の聖書。
今日は詩篇102篇の後半、12-28節。


「あなたははるか以前に地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。これらのものは滅びるでしょう。しかし、あなたはながらえます。」25-26節

最近、ホントに自然界や、天気や、宇宙やそれから日本で噴火している火山、そんなものに目が向きます。そして、その前に自分の小ささを思われます。

どんなに天気の予報のためにコンピューターモデルが正確に計算するようになっても、不確定要素はたくさんあって、実際にどんなことが起こるかは、私たちの考えを超えています。

そして、この宇宙の大きさ!
宇宙を旅をして120億年かけて届く光。
なんだか、私たちの考えを完璧に超えています。

そんな大きな自然、そんな大きな宇宙。

しかし、それも、やがて滅んで行く。変わって行く。
でも、いつまでも変わらない、いつも同じ方がおられる。

その宇宙を、自然を造られた神様だ。

その神様、変わらない神様を見つめて、
信頼して、歩んで行けるとは、なんという幸いだろうか。

神様、
あなたはいつも変わらない方であること、
それは喜びです。
それは平安を与えるものです。
あなたを信頼します。
そして、私自身も動かされない者となりますように。

Update。

今日は雪よりもsleetやfreezing rainが中心みたいです。
午後には一度峠を越えそうです。


そして、夜から明日の明け方にかけて、
freezing rainが激しく降りそうです。


明日の午後には気温も上がって峠を越えそうですが、
今夜から明日の朝は注意が必要です。


あと、もう一つ。
昨日の詩篇102篇は前半だけだったんですね。
後半は神への信頼に満ちた賛美がわき上がっています。

それについては、また後ほど。

2011-01-31

守りか攻めか。

先週の水曜日のstormは
「外れたらゴメン」という気持ちで大胆な予想をした。
そして、ほとんどの天気予報よりも正確だった。


でも、今回は明らかに「守り」の姿勢にはいっていることがわかる。
無難な予想をしている自分がいる。


これって、だけどすべての面について言えるんだろうなあと思う。


趣味の天気予報でもそうなんだから、
本当の使命である牧師としての働きではどんなに守りの姿勢にはいってしまいやすいだろうかと思う。


主を信頼して大胆な歩みをすることができるか、問われていると思う。


明日から2月。
2月は初めての試みで、すべての集会を休んで、
いつも追われている、走り回っている生活を見直して、
とにかく、祈って主の導きを求める。


この1ヶ月の祈りの中で、
守りの姿勢ではなくて、主にあって大胆に歩むための備えができますように。


今日の聖書。
「日々のみことば」では、マルコによる福音書を少し休んで、
昨日と今日は詩篇から、
今日は詩篇の102篇。


「私が苦しんでいるときに、御顔を私に隠さないでください。私に耳を傾けてください。私が呼ぶときに、早く私に答えてください。」2節。

この詩篇はなんだか、救いがないというか、
最後まで嘆きで終わっている。
ものすごい励まされるとか、
そういう詩でもない。

でも、読んでいる中で、
「ああ、自分もこんな風に感じていることがあるなあ」
と思わされて行く。

そして、この2節の言葉に目が留った。
この詩人は本当に苦しい中で、
とにかく主に嘆いた。
とにかく主に心を向けた。

それでいいんだろうな。
今日も、私が神様に叫ぶことができますように。
今日も、教会に連なる一人一人が神に声を上げることができますように。

主よ、
あなたに目を向けます。
あなたに声を上げます。
どうか、あなたが応えてください。
あなたとともに歩むことを教えてください。
はっきりとした答えがないときにも、
そこでも、あなたを信頼して歩めますように。


あ、最後に大胆な予想。
明日の朝、起きたら10センチは雪が積もっている。
そして、昼までが一つの山かな。


午後はsleetや雨。


そして、本番は火曜日の夜から水曜日の朝。
先週と同じで、夜になってから雪に変わって結構積もるかな。
さて、どうなるか。

Storm for the Record Book

先週のstormをかなり的確にあててからというもの、
ちょっと「今度のはどうですか?」と聞かれることも増え、
使命を感じちゃったり、プレッシャーを感じちゃったり、
正直、明日からのstormの予報は結構緊張しています。(笑)


でも、今回のstormはNY/NJではそれほどでもないかもしれませんが、
全米的に見るとhistoric stormになる可能性があります。


特に中西部やNYの北の方は大きな影響を受けそうです。


NJ/PAは ice stormの可能性が騒がれています。
freezing rainはスリップの危険とともに、
木が倒れたり、電線が切れたり、停電のおそれがあります。


明日、NJ北部は15センチくらいの雪。そして、sleetも降りそうです。
その先のことはわかりません。
降水の中心は水曜日なのですが、それが雪だったら30センチ、でもsleetかな、と思っています。


なんだか、プレッシャーで真面目な文章になってしまいました。^^;


ま、とりあえず・・・。