2007-11-24

謙虚に。

今朝は寒かったです。
最低気温は-5.5度。
昼間も5度まで行きませんでした。

でも、今夜は冷え込みもゆるむようです。
そして明日は10度くらいまで上がるようですね。

でもその後、12月上旬には本格的な寒気が来るようです。
暖冬が予想されているこの冬はこれが一番かも・・・
と思っている専門家もいるくらいです。

さて、標題ですが・・・、

昨日、もうテレホンショッピングなんかで、「これはいいなあ」と思うようなことは
なくなったなんて、豪語していましたが、
そんなこと言うと、やっぱり、神様は聞いておられるんですね。
今日ちょっと見ていたヤツで、
「室内野菜栽培セット」みたいなのに、
「あ、これいいかも・・・」と思っている自分に気がつきました。
GrowNow.com
ってやつ。

いやあ、弱いですね、本当に。
「36日間、タダでお試し!その後、気に入ったら、たったの49.99ドルを3回!」
と言うのを聞いて、さっと引きましたけどね。
これが「19.99ドルを3回!今から30分間の申し込みに限り、1回の支払いを免除して、2回でOK!」
なんて言われたら、ヤバかったかもしれません・・・。(^^;)

つくづく、謙虚じゃなきゃダメだなあと思いました。

「立っていると思っている者は、倒れないように注意しなさい」とありますから・・・。

さて、今日の聖書。
今日はペテロ第1の手紙の2章でした。

「旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。」
11節の言葉です。

地上では旅人。
どこまで行っても旅人でしかない。
寄留者でしかない。

そして、たましいのふるさとがある。
神様が最高のものを用意して待っていてくださるところがある。

その道を邪魔する、肉の欲の攻撃。
それはたましいに対して戦いを挑んでくる。

それを遠ざける。

今日は、自分の戦いに目を留めるだけではなくて、
主が待っていてくださる、
主が備えていてくださる、
天国のすばらしさを思い見る歩みをしたいと思いました。

そこに焦点を当てて、
歩んでいきたいと思いました。
そうしたら、この地上のいろんなものも、
本当に相対的なものでしかないんだと思いますよね。

天国に宝を積んで、
地上ではできるだけ身軽でいたいと思いました。

主よ、
天国のすばらしさを見上げます。
そこに焦点を当てて生きていく者であらせてください。

明日の日曜日の教会を祝福してください。
聖霊様の特別な満たしを求めます。
礼拝を豊かなものにし、
総会も、祝福にあふれた、
前向きに立ち上がっていくような総会としてください。

あなたの最善を信頼しています。

2007-11-23

Black Fridayだけど

今日は寒い一日でした。
最高気温は5度止まり。
今は夜の10時ですが、すでに-1.1度まで下がっています。
明日の朝は-5度くらいという予報になっています。

そして、明日も寒い一日だそうです。

で、今日はサンクスギビングデーの翌日で、
いろんなものが安く売られる日です。
特に朝早くから10時頃まで・・・。
Black Friday・・・お店が黒字になるからblackと言われていますが、
Wikipediaによると、起源は「車が混んで気分が暗くなるから」だそうですね。

まあ、お店がたくさんある我が家の周辺は、
確かに、これからが一年で一番混んで大変な時期です。
10分でいける教会まで30分かかったりします。

で、今日はゆっくり寝てました。
そして、家族誰も今日はお金を使わないで終わった一日でした。
以前は、よく6時頃に並んだものですが、
まあ、今年は別にいいかな・・・と。

特別に「これは買わなきゃ・・・」というものもなく、
どっちでもいいけど、安いから買っておこうという程度のものに使える元手もなく、
おとなしくしていました。
「安いよ!」という宣伝に惑わされて、
使うかも・・・と思って買うのは、もうなくなったかな。
テレビのテレホンショッピングみたいなのも、
以前は「いやあ、すごい、こんなのあったらいいなあ」なんてひっかかっておりましたが、
それも安心して、笑いながら見ていられる今日この頃です。

そして、一日じっくりと礼拝説教の準備をしておりました。

お店関係の皆さんは朝早くから、お疲れ様でした。

さて、今日の聖書。
今日からペテロの手紙を一日一章で。

今日はペテロ第1の手紙1章でした。

「あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。」15節の言葉です。

13節にも「救われたんだから安心しなさい」じゃなくて、
「心を引き締め、身を慎み・・・」とありますよね。

そして、聖なる者となりなさいと、語られました。

それも神様の聖を求めて、
神様が聖なる方だから、と。

そのようにして頂きたいと思いました。
それを求めていきたいと思いました。

神様のように、イエスさまのように、
させられるということはすごいことですよね。

もう、心の中すべてを、主に支配して頂きたいです。

今日ものんちと「聖霊に満たされること」ということを話していました。

他のものではなくて、
神様が心のすべてを支配してくださるように、
他のものが入り込めないくらい、
聖霊様が満たしてくださるようにと祈ります。

主よ、
私は聖なる者となりたい。
世離れしていると言われても、
とにかく、神様のきよさにあずかりたい。

イエスさまが歩まれたように歩みたい。

聖霊様が心を支配してくださいますように。
聖霊様の御声に従順で歩んでいきたい。
どうか、助けてください。
いつもいつも御声を聞かせてください。
御思いを教えてください。

神様に感謝。

もう、日付は変わってしまいましたが、
また22日のつもりで書きます。

今朝は暖かな朝で、
一日暖かかったです。
もっと早く雨が降ってくるかと思いましたが、
夕方5時頃に雨になりました。
そしてそれから気温が下がって、
今は真夜中の12時過ぎですが、
4度です。

明日の朝は0度くらいまで下がるようです。

そして、日曜日くらいまでは寒い日が続くようです。

今日はThanksgiving Dayでした。
主に感謝すべきことを数える時も持ちました。

自分のこともさることながら、
教会の方々、一人一人のことを覚えて、
主の守りに感謝します。

そして、個人的には、
新しい夢が与えられていることが、
今本当に感謝したいことです。

そして、先ほどNYに行く用事があって、
帰り道、George Washington Bridgeを渡ったら、
ライトアップされていました。

つい、2日前、見た時には、
2本のタワーはライトアップされていなかったので、
あれ、Thanksgiving Dayだからかなあ、と思いましたが、
どうなんでしょうか?

とてもきれいでした。

さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の5章13-20節を読みました。

「義人の祈りは働くと、大きな力があります。」
16節です。

NIVでは
"The prayer of a righteous man is powerful and effective."
とあります。

今日は、本当にわたしを「義人」として下さい、
祈る時にpowerfulでeffectiveな祈りを捧げさせてください、と願いました。

自分の心を探って頂きたい、
そして罪があるならば示して頂きたい。

そして、イエスによって「義人」とならせて頂きたい。

祈る時に、聞かれる祈り、
力強い祈りをする者でありたいと思います。
自分のためにではなく、
自分が「彼の祈りは聞かれる」と言われるためにではなく、

ただただ、主に祈りを聞いて頂きたい。
祈りに応えて、主の御業をして頂きたい。

あの方を、この方を癒して頂きたい、
そのように願いました。

主よ、
わたしをきよめてください。
「義人」にして下さい。
そして、powerful and effectiveな祈りをさせてください。
癒してください。
語ってください。
きよめてください。
目を開いてください。
造り変えてください。

明日からは続けて第1ペテロの手紙を1章ずつ読んでいきます。

2007-11-21

「主」の意味

今日も穏やかな日でした。
それほど暖かい、というほどではありませんでしたが、
昼間はほどほどだったと思います。

夜になって霧が深くなりました。
気温は夜の11時半で9.5度と妙に暖かです。
明日も暖かい雨でしょう。

そして、夜になって冷えてきて、
金、土と寒い日が続きそうです。

今日はお休みをいただいていたので、
明日の朝日本に帰られる先生方と、
Lancaster, PAまで行ってきました。

電気と車を使わない、Amishの人々の生活。
でも、ガスやガソリンとかは使うんですね。
洗濯機はガソリンで、
冷蔵庫はガスを使うみたいです。
「どうして?」と思います。

できるだけ「便利」に振り回されないでいたいと願いながら、
でも、どうしても現代の一般の人々の生き方に影響されないではいられない、
彼らの生き方。

でも、私たちは、あまりにこの世にどっぷりつかっているのかもしれません。

なかったらなかったで済んでしまうものを手に入れて、
いつの間にか、それに支配されてしまって、
なかったらなかったで済まなくなってしまう。

電気なんかはその代表的なものでしょう。

今、私たちは停電の時、どれほど不安になるでしょうか?
サバイバルできるでしょうか?

インターネットが通じない時、
どれだけ社会から切り離されてしまっていると感じるでしょうか?

納得できないものはあるのですが、
それでも、真剣に、神様に従うことを考えている
彼らの生き方に、熱いものを感じました。

先日、読んでいた本で、
20世紀の初めに中国に来た宣教師の方が、
「あなた方はキリストのことを主と告白するけれども、そのように生きているだろうか?あなた方は偽善的だ!」と語り続けたことを読みました。

実際、自分は本当に完全にキリストを主とする生活をしているだろうか?と問われました。

電気を使ってもいいでしょう。
コンピューターの恩恵を受けることが悪いことではないと思います。
でも、本当にキリストを主とする生き方をさせて頂きたいと思います。

さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の5章7-11節を読みました。

「兄弟たち。互いにつぶやき合ってはいけません。」
9節の言葉です。

もう単純に主のみことばに従っていこう、
というモードです。
いろいろ考えないで、
とにかく、みことば通りに生きようと思います。

できる、できない、ではなくて、
みことばがこう言っているんだから、
そのように生きよう、
生かして頂こう、
そのように思いました。

もっともっと満たして頂きたいと、
もっともっと輝かして頂きたいと、
ただ、それだけです。

それがどんな牧会方針よりも、
どんな弟子訓練よりも大切なことだと
目が覚まされた思いです。

主よ、
私の口から、
私の心から、
すべてのつぶやきを取り除き、
焼き尽くし、
あなたへの賛美で満たしてください。
あなたと人々への愛で満たしてください。

みことばに生きる者にしてください。
あなたを主として生きることを教えてください。

明日は5章12-20節、最後まで読みます。

燃えるもの

日付は変わってしまいましたが、
20日のつもりで書きます。

今日は午前中は雨も降る、
肌寒い一日でした。
午後は天気も持ち直しましたが、
夜になってまた霧が出てきています。

夜の1時過ぎで、4.2度。
今夜もほとんどこのままの気温で朝を迎えるでしょう。

明日、あさってと気温は高め。
サンクスギビングデーは暖かな雨ですが、
その後、ぐっと冷え込みそうです。

お客さんの来訪の話、
落ち着いて書く時間がないのが残念ですが、
私たちにとって本当に大きな神様からのプレゼントでした。

たくさんのことを分かち合い、
励まし合い、
そして、何よりも神様に心が向く交わりを与えられています。
悔い改めさせられることもありました。

本当に、私自身が何よりも、
神様から恵まれて、
神様からいのちをいただいて、
燃えるものをいただいて、
歩んでいくことの大切さを思わされます。

先生の奉仕しておられる「大島泉の家」。
私自身がそこで、どれほど、神様からの取り扱いを受けたことでしょうか。

自分自身、牧師になって、教会が成長の場となることの大切さを痛感させられていますが、
実際、自分が多くを学んだのは、教会でもそうなんですが、
泉の家でもたれたキャンプという場であり、
大学生になってからは、キリスト者学生会(KGK)という超教派のクリスチャン学生の集まりという場でした。

同世代の仲間と語り合う中で、
日常の生活から離れて、いつもと違う場で、
どれほどたくさんのエポックメーキングな経験をしてきたことでしょうか。

そのキャンプ場ができたのはちょうど私が中学に上がる頃。
30年ちょっと前でした。
去年の今頃、父が出した本に、
その時の様子が出てきて、
どんなに熱い思いで、いろんな意見のある中、
次の世代を担う者たちのために、
時間と労力と財とをささげた人々がいたか、
思わされました。

ちょうど父が私くらいの年齢の時の話です。

私も主から力をいただいて、歩ませて頂きたいと思わされた夜でした。

さて、20日の聖書は
ヤコブの手紙の4章11-17節でした。

「自分の兄弟の悪口を言い、自分の兄弟をさばく者は、律法の悪口を言い、律法をさばいているのです。あなたが、もし律法をさばくなら、律法を守る者ではなくて、さばく者です。」

11節の言葉です。

私の使命は神様のみことばに従うこと。
人を裁くことではなくて、
自分自身、神様のみことばに従うことです。

自分自身が大切なんだと思いました。

私たちは、
人のことが気になります。
人のことばかり目につきます。

でも、大切なのは自分のことですよね。
自分自身が主の前にどのように歩んでいるか、
それなんですよね。

とにかく、自分が神様のいのちに生きること、
自分があのモーセが輝いていたように、輝くこと。
それを求めていこうと思いました。

主よ、
私をあなたの臨在の中に、
あなたとの生きた関係の中に、
あなたがわたしの中に生きてくださっている、
という信仰の中に生かしてください。

人のことよりも、
自分自身があなたによって満たされて、
あなたの輝きを映す者として、
歩むことができますように。

明日は、ヤコブの手紙5章7-12節です。(1-6節は前に1章を読んだ時に一緒に読みました)

2007-11-19

来客感謝。

今日は朝の雪が、
昼頃には雨に変わって、
そして、午後は曇り。

明日もスッキリしない天気のようですが、
だんだん暖かくなるようです。

今、夜の12時頃で気温は4.6度。
朝にかけてもこれ以上あまり下がらないようです。

今日は夜に日本からのお客さんが来られました。
自分が中高生の頃にお世話になった、教会関係のキャンプ場、
大島泉の家のチャプレンをされている先生ご夫妻。
カミさんも、私も大変お世話になった先生方です。

ウィスコンシンまで来られると言うことで、
せっかくそこまでこられるなら・・・ということで、
NJにまで回ってくださいました。

でも、乗り継ぎ便で、それから飛行機が遅れたとかで
昼頃向こうを出られて、こちらに着かれたのが10時頃。
「ちょっと寄る」って感じではないですよね。
ですから、こちらに回って頂いたのは、
とてもうれしいです。

去年の年末にフロリダに行った時に、
本当にそこまで来たからと、
ご挨拶のつもりでお伺いした方が、
とっても喜んで、歓迎してくださったことを、
思い出しました。

本当にうれしいんですよね。
遠くからお客さんが来られること。

また、いろんな日本の共通の知り合いの情報とか、
いろいろ伺えて、最初の夜から、とても楽しいです。

さて、今日の聖書。
予告を忘れていましたが、
今日はヤコブの手紙の4章の1-10節でした。

「世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです。」4節の言葉です。

主を愛しているだろうか、
本当に心から主を愛し、
主に心のすべてをささげているだろうかと思いました。

主は私が他の所に目を向ける時に、
ねたまれる、とあります。

主ではなくて、世の方に注目し、
世に喜ばれることを、求めていくならば、
ねたまれるんですね。

祈りの中で、
本当にもっともっと主を愛する者となりたいと思いました。
祈ることが神様と語り合う時であるならば、
もっともっと祈ることに喜びを感じる者でありたいと思いました。

結局、心にあるものが、外側に出てくる。
主を愛しているならば、そのような歩みをするようになるのだろうと思います。

心を尽くして、主を愛する、とはどういうことなのか、教えて頂きたいと思います。
もっともっと「ああ、こういうことなんだ」と経験させて頂きたいと思います。

主よ、
あなたを愛することを教えてください。
私の心は今、どこにあるでしょうか。
私の心は今、どこに向いているでしょうか。

詩篇1編にあるように、あなたのことを昼も夜も、思い、
あなたの言葉を口ずさむ者でありますように。

明日はヤコブの手紙の4章11-17節です。

上からの知恵

今日は朝起きたら、
やっぱり雪が降っていました。
ちょっとだけですが・・・。

そして、気温も1.3度。
雪化粧するにはちょっと高いですね。

この後、木曜日のサンクスギビングデーまでは、
暖かくなるみたいです。

さて、昨日の聖書。
ヤコブの手紙の3章の13-18節でした。

「しかし、上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、見せかけのないものです。」
17節の言葉です。

時々、神様からの知恵は厳しいけれども、
人間的な妥協で、「寛容」というか、「いいじゃないか・・・」モードに入っていることはないかなあ、と思うことがあります。

でも、ここを見ると、神様からの知恵は「純真、平和、寛容、温順」だそうです。

傲慢になってはいけないなと思わされます。

その一方で、「妥協」「いいじゃないか・・・」という
ちょっと世渡り上手な、
ちょっと逃げが入ったレベルの気持ちと、
神様の与えてくださる「寛容」とはどのように違うのか、
教えて頂きたいと思いました。

たぶん自分にとっては、本当の「寛容」をもつことが一番難しいんだと思います。

厳しい態度は簡単です。(いえ、それなりに難しいですが・・・)
そして、「まあまあ・・・」と逃げるのはもっと簡単です。
でも、神様の知恵の中にある「寛容」はどんなのだろうかと思います。

ガラテヤ人への手紙の5章に出てくる「御霊の実」の一つなので、
是非、聖霊様に教えて頂きたいと思いました。

主よ、
どうか、「寛容」という実を結ぶ者とならせてください。
大きな心を持たせてください。
それが決して「ホントはおかしいんだけど、まあいいか・・・」
という事なかれ主義ではなくて、
逃げの気持ちから来るものではなくて、
聖霊様の与えてくださる「寛容」を教えてください。

2007-11-18

サンクスギビング礼拝

今日はサンクスギビング直前の日曜日なので、
サンクスギビング礼拝でした。
子供を入れると120人くらいの方々と、
共に礼拝を守りました。
幸いな一時でした。

新しい出会いもいくつか与えられて、
いろいろな方とお話をする時間も与えられて、
神様に、感謝します。

さて、今夜は雪が降るみたいですね。
今11時半過ぎですが、4.4度。
曇りです。気温はこの30分くらいで0.7度下がっています。
これからみぞれが降り始めて、雪に変わるようです。

今朝は「どうかな」と思って起きましたが、
何にもなっていませんでした。タダの曇り空。
でも、明日の朝は違うでしょう。きっと。

で、聖書の通読の更新は、また明日の朝にします。

ではでは。