2007-03-10

天国の祝福

そして、朝になりました。
昨日はグッと寒さがゆるみ、
風もなく、穏やかな一日でした。
朝は-12度ですから寒かったですけどね。

でも、もう厳しい冷え込みも終わりです。
今日から10度くらいの日が続きます。
春になるみたいです。
来週の週末には一時寒気が入ってきますが、
大したことはなくて、
その後はぐんと春らしくなるでしょう。

去年は13日にクロッカスの花が咲いていました。
今年はもうちょっと遅れそうですが、
来週中には咲くのでは・・・。

いよいよ明日からDaylight Saving Time。
皆さん礼拝に遅れないように・・・。

昨日、金曜日の聖書。
昨日は黙示録の7章を読みました。
15-17節に、天国の様子が垣間見えています。

「彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」16-17節

特に「いのちの泉」という言葉に目が留りました。
いのちがわき上がってくる泉がある。
この地上で経験できることと、
天国に行ってから経験することとの間には
大きな開きがあるんだろうと思います。
でも、この地上でも「いのちの泉」を経験することができる、
その幸いを思いました。

私たちは確かに泉なしには生きていないのだと。
ため池の水を飲みながら、生きていくことはできないのだと。
滾々とわき出る泉を自分の内側に持たなければ・・・と思います。

イエスはそれを与えて下さる。

満たして頂きたいと思いました。

主よ、
私の心を満たして下さい。
あなたが天国に持っておられる「いのちの泉」からの水を、
私の地上の生涯でも味わわせて下さい。
喜びにあふれて、生かしてください。

天国でもっともっと豊かないのちが待っていることに感謝します。

また朝に・・・

今日は先ほどまで深夜祈祷会をしていたので、
12時20分頃帰ってきました。
また朝起きてから更新します。

ではでは。

結構冷えてますね。
今-4度C。

2007-03-08

天変地異

今日もまた寒い日でした。
朝は-10度くらいまで下がって、
その後、昼間の気温は2度くらいまで上がりましたが、
また夜になって-7度くらいまで下がっています。
今夜はこの時期としては記録的な冷え込みのようです。
-12度とか、-14度とかの予想が出ています。

ブルブルです。
この「ブルブル」もしかしたら、英語から来てるんでしょうかね。
それとも世界共通の感覚なんでしょうか。
英語ではBrrrrr...です。

今日のキッズクラブ、久しぶりににぎやかでした。
20人を超える仲間が集まりました。
日が延びたからでしょうかね。
終わって片づけをして、6時前に教会を出てもまだ明るかったです。
そして、今度の日曜日にはDaylight Saving Timeが始まります。
今の6時は来週の7時ですから、
7時まで明るいんですよ!3月だというのに!
そして、うれしいことに来週は暖かくなりそうで、
何だか「春がやってきた」って感じになりそうです。
わくわくします。

さて、今日の聖書。
今日はヨハネの黙示録の6章を読みました。
「天は、巻き物が巻かれるように消えてなくなり、すべての山や島がその場所から移された。」という14節の言葉が目に留りました。

やがて、そんな時が来るのだ、
天が消えてなくなり、山や島が動くようなときが。
これがあるから大丈夫だというものは何もない。
何も私たちを守ってくれない。

でも、そんな中で変わらないものがある。
変わらない方がいる。

「神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。
このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、われらは恐れない。
一つの川がある。その流れは神の都を喜ばせ、いと高き者の聖なるすまいを喜ばせる。
神がその中におられるので、都はゆるがない。神は朝はやく、これを助けられる。」
詩篇の46篇の言葉です。

そこに私たちの希望があるのです。
そこに私たちの希望を持つべきなのです。
他に土台とするものが何もなくなったときに、
神を希望として、神を頼って生きる、ということが分ってくるのです。

主よ、
世の終わりの天変地異の中でもあなたを見上げて、信頼していけるでしょうか?
私の人生の中での嵐の中でも、あなたを信頼して、平安な心で生きていけるでしょうか?
主よ、
どうか、すべてが揺さぶられたときに、すぐにあなたの元に飛んでいけますように。
あなたの支配を信頼して、安心して歩んでいくことができますように。
どうかあなたが守って下さい。

2007-03-07

すべてのものが主をほめる

今日も寒い一日でした。
朝は雪が降っていました。
1センチくらい積ったでしょうか?
-10度くらいのとても低い気温でしたので、
パウダースノーでした。

そして、最高気温も-2度くらい。
夜の9時で-6.4度まで下がってきています。

この寒さ、金曜日まで続くようです。
早く暖かくなって欲しいものです。

さて、今日の聖書。
今日はヨハネの黙示録の5章を読みました。

「また私は、天と地と、地の下と、海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物がこう言うのを聞いた。『御座にすわる方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように。』」13節。

すべての造られたものが、父なる神と、キリストとをほめる。
聖書は人間だけが神を礼拝するものであると言っているわけではない。
この自然界のすばらしさも、
動物たちも、みんな神をほめている。
日本では大きな滝や、大きな山や、大きな木、大きな岩、
みんなその中に神が宿っていると思われてきた。
でも、そうじゃない。
その大きな滝も、大きな山も、大きな木も、大きな岩も、
神をほめたたえているのだ。

決してニューエイジなんかに勝手に解釈させていてはいけない。
小川の水の音も、鳥の声も、
みんな神をほめたたえているのだ。
キリストの救いをほめたたえているのだ。

その全世界の賛美、全自然界の賛美に私たちは参加させて頂いているだけなんだ。
私たちが賛美をささげるときに、キリストを賛美するときに、
全世界の自然界の賛美に参加しているのだ。

主よ、
感謝します。
私の目を開いて下さって、
世界の賛美に参加している、その喜びを
感じさせて下さっていることに感謝します。
どうか、私たちの賛美が、
独りよがりのものになりませんように、
全世界の賛美と調和するものでありますように。
自然界の賛美と調和するものでありますように。


2007-03-06

ここに上ってきなさい!

いやあ、寒いですねえ。
ホント寒いです。
今朝は-12度。
昼間も-5度止まり。
そして夜の11時にはまた-12度。

明日の朝は何度まで下がるんでしょうか?

でも、これから曇ってきて、
明日は一時雪です。
大したことはありません。
もっと南の方、ワシントンとかの方にエネルギーがいっちゃうみたいです。
学校は休みにはなり得ません。
とても軽いパウダースノーです。

その後も寒くて、暖かくなってくるのは土曜日あたりみたいです。
結婚式は大丈夫ですね。
よかったよかった。

さて、今日はさっそく聖書。
黙示録の4章を読みました。

「その後、私は見た。見よ。天に一つの開いた門があった。また、先にラッパのような声で私に呼びかけるのが聞こえたあの初めの声が言った。『ここに上れ。この後、必ず起こる事をあなたに示そう。』」1節の言葉です。

ここから黙示録の難しいところが始まりますが、
今朝はゆっくりこの言葉を読んで思いを巡らしていました。
天に開かれた門がある。
そして「ここに上れ」と声をかけて頂く。
主が私たちを招いておられることを思わされました。

主は毎日毎日、私たちを待っていて下さる。
御言葉によって語ろうと、私たちを招いて下さっている。
天の門を開いて、「ここに上れ」と。
そのこと自体に喜びを覚えました。
主が私たちにもっといろんなことを見せようとしておられる。
その招きに従って、
もっともっと主に近づけて頂きたいと思います。
もっともっとspiritualなことに目を開かせて頂きたいと思います。
そうそう、今ニューエイジの影響か、
spiritualという言葉が何か誤解されそうですが、
「霊が見えます」とか、そういうことではなくて、
御言葉によって取り扱われる、という面で、
もっともっと世界が開かれていくようにと思います。

主よ、
あなたの招きを感謝します。
もっともっとあなたの愛の深さ、
あなたの与えて下さる力の大きさを、
知る者となれますように。
どうか、あなたの懐深く、踏み行かせて下さい。

2007-03-05

開かれた門

寒くなりました。
今日の午後3時頃、急に雪が激しく降りました。
ほんの数分だったので、何ともなかったですが、
まだまだ冬なんだなあと思います。
今は夜の9時半。
-4.3度まで下がりました。
今夜は-12度まで下がるそうで・・・。

明日は一日氷点下。
そしてあさっては雪のようです。
「ちょい雪」。
でも3-5インチの予報を出しているところもあります。

その後はどんどん春になるようです。

今朝「成分献血」に行って来ました。
血小板だけを取り出すというヤツ。

実はこのところ、時々電話がかかってきて、
「次の月曜日の朝ならできる」と2回も答えていたのに、
2回とも結局行けず、申し訳ないなあ、と思っていました。
そしたら、先週、また電話がかかってきて、
「バスケットのチケットがもらえるプロモーションやっているから・・・」とお声がかかり、
その話の中で、「今、血小板がほんとうに必要なんです、よろしくお願いします」と頼まれて、
「じゃあ、月曜日の朝に」と予約を入れてあったのでした。

そして、今朝9時にいざ出陣、
簡単なチェックをした後、
献血開始・・・しかし、右腕で血を採っていたのですが、
開始間もなく痛くなり、チェックしたら、針が他の血管を圧迫しているということで、中止。
「帰るか、それとも、左腕で採るか」と聞かれ、
今日は月曜日で休日でもあり、「役に立ちたい」と思ったので、
「左腕でお願いします」と再度挑戦。
「なんだ、こっちの血管の方が簡単じゃない。これから、いつも左腕でやって、と言ってね」と言われて、「最初から、両方見ればいいだろうに・・・」と思いつつ、おとなしく、針を刺されました。
「ほら、こっちは大丈夫」と言っておられたのですが、
最初ちょっと血を採って、その中から血小板を取り出して、血をまた戻すときに、
「おー!」っと声を挙げるような激痛。
針がずれていたようで、返ってきた血が内出血状態。腫れ上がりました。
即、献血中止。

ということで、あえなく、役に立てずに帰ってきました。

nurseの方も、立て続けの失敗に激しく落ち込んでおられました。
神様が造られたわたしの両腕ですが、
血管の走り方が、複雑なんでしょうかねえ。

でもめげないでまた挑戦しようと思います。

「受けるより与える方が幸い」ですから・・・。

今日の聖書。
今日は黙示録の3章。
心に語られた言葉がありました。

「見よ。わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた。」
8節の言葉です。

主が門を開かれるときに、
誰もそれを閉じることはできない。
ものすごい励ましを頂きました。

主が開かれるときに、
人の力も、
力関係も、
経済力の問題も、
何もそれを閉ざすことはできないのです。

主が開いてくださっていること、
そのことのすばらしさを感じました。

主よ、
どうか、私にあなたの開かれた門を見せてください。
あなたを信頼します。
あなたを見上げます。
水の上を歩くときに、
波ではなくて、嵐ではなくて、
あなたのことを見つめ続けることができますように。

2007-03-04

両刃の剣

今日はグッと冷え込んで、
朝は小雪が舞いました。
さっき外にゴミを捨てにいったらまた小雪が舞っていました。

明日も寒い日のようです。
そして、火曜日が寒さの底で、
木曜日までは一日中氷点下の日が続くようですね。

水曜日はGFSのモデルでは「ちょい雪」です。

今日は礼拝後、
教会堂のことで教会全体の話し合い。
皆さんのいろんな意見を伺ったり、
考えたり、考えて頂いたり、考えさせられたり、
必要な時だったのだと思います。

今まで19年間も、私たちはアメリカの教会の会堂を使わせて頂いています。
今日の礼拝も80名くらい。決して「開拓教会」ではありません。
でも、なかなか自分たちの会堂を持つことができないでいます。
狭くても、とにかく自らの懐を痛めて、また祈って奇跡を見せて頂いて、
自分たちの建物を持つことが、信仰の成長のために必要だと思っています。

そんなことで、
私たちに会堂を貸して下さっているザイオン教会の歴史を見てました。
1899年に創立。
1903年に土地購入。住宅2軒分の敷地。
1904年に建物完成。・・・ちなみにこれは今お借りしている建物ではなくて、教会の裏の坂道を上がった右側の建物です。土地と建物で2340ドル。そのうち、教団からの無利子の借り入れが620ドル、教会債が500ドル、その他が積み立てですから、計算すると1220ドル。
5年で、初めての会堂です。この町の2軒分のロットは決して大きくありません。最初は礼拝を守れるだけのスペースだったのでしょう。でも現在、同じことをしようと考えると最低でも60万ドルくらいはかかるんでしょう。

そして少しずつ少しずつ周りの土地を買い足していったようですね。
今から50年くらい前に今の土地の半分を買って移転。
それから10年ほどして、残りの半分を取得。駐車場としたようです。
それからまた10年後、今から30年前ですが、入って右側の部分、ジムとロビー、オフィス、コワイアルーム、キッチンあたりを造ったそうです。それも、78年に計画が始まって完成は82年。いくらかかったかはもう少し調べないと分りませんが、工事が遅れてよけいにかかったお金だけで約40万ドル。

今はかなり人数も減っていますが、10年前は2回の礼拝をしていましたし、200人以上の方々が集っていた教会。その教会が100年かけて造ってきた教会堂、それを何だか当たり前のように使わせて頂いて、もっともっと、感謝すべきだなあと思いました。

そして、この108年の歴史全体では何千人になるだろう人々の汗と涙と祈りの重さを考えるときに、私たちが会堂を与えられるために、主がどんなことを備えておられるか、そのためのプロセスにどれほどのことが待っているのか、それをほんとうに自分は甘く見ていなかったか、いろいろ考えさせられました。

こんなこと、わたしも今までちゃんと調べたこともありませんでしたし、
もちろん、お話ししたこともありませんでした。
こうやって書きながら、ザイオン教会の方々への、その歴史を背負ってこられたお会いしたこともない方々への、感謝と、それを知らなかったことへの申し訳なさ、知らないで口に出してきたたくさんのわがままについての悔い改めの気持ちがどんどん湧いてきました。そして、こういうことを日本語教会に集う方々にお話ししないできたことに悔恨の思いも湧いてきます。

主よ、この一時を感謝します。気づかせて下さってありがとうございます。

今日の聖書。(って書いているうちに日付は変わってしまいましたが・・・)
今日はヨハネの黙示録2章。
「鋭い、両刃の剣を持つ方」12節の言葉です。

イエスは「優しい人」そんなイメージがあります。
でも、それと共に「両刃の剣を持っておられる方」です。
ここに「口の剣」とありますが、「御言葉」のことです。
神の言葉、イエスの言葉、聖書の言葉は私たちの心に剣のように
刺さってくるときがあります。

決してここちよいときばかりではありません。
でも、その方がいいのだと思います。
御言葉が心に刺さってきて、
それで整えられる、悔い改めさせられる、
そうなんだと思います。

御言葉によって整えられる、
それを恐れないで、それを真剣に受け止めて、
歩んでいきたいと思います。

主よ、
どうか、わたしに語ってください。
日々語ってください。
そして、御言葉によって取り扱ってください。
御言葉によってきよめてください。
御言葉によって整えられて、
あなたの用いやすい器としてください。