2009-04-11

Good Friday。

今日は雨の予報でしたが、
一日天気は持って、雨もパラパラ程度。
夜、我が家で集会だったので、
これは助かりました。

明日の午前中は雨の予報です。
でも、レーダーを見る限り、
このまま雨は終わってしまうのではないかと思います。

今日はイエスが十字架にかかったGood Friday。
夜の集会では、
その前の晩にイエスが弟子たちの足を洗ったところを、
読んで、味わいました。

私は特にペテロが「私の足を洗わないでください」といったところと、
自分の心の状態が重なりました。
「大丈夫、私は、あなたを見上げて平安です」と
本当は主に癒して頂かなければいけないところがあるのに、
「私はクリスチャンですから、乗り越えています」
「いやあ、ちゃんと赦していますよ。赦せないなんてことはあるわけないじゃないですか・・・」
「怒ってなんかいませんよ、ただ、正義を守ろうと思っているだけです」
なんて宣言をしながら、
一生懸命自分できれいにして、自分で何とか、取り繕って、
主の前に持っていかないことがどれほどあるだろうか、
と思いました。

主が与えられる癒しと救いの必要を思わされました。

さて、4/5、日曜日の聖書。
日曜日はヨハネ18:1-11。

「イエスが彼らに、『それはわたしです』と言われたとき、彼らはあとずさりし、そして地に倒れた。」6節。

この「それは私です」は「エゴー・エイミ」つまり、神の自己啓示の言葉ですね。
そのイエスの言葉に人々は圧倒されて倒れた。

その方が、その自己啓示をされ、
その自己啓示によって、
人々が圧倒されるような、お方が、
私と共にいてくださる主である、ということの事実に、
本当に励まされました。

この方がすべてを支配しておられる。
この方にとってはわたしたちのように、
自分のコントロールを超えている、ということはない。

そう思うと、
いろいろ「どうして?」ということも、
恐れなくてすむ。

神様の御手の中にあることだから。

どんなことがおこっても、
どんなカオスに投げ込まれても、
この方がおられるから、大丈夫。
そう思わされました。

主よ、
私の手に負えないことも起ってきます。
どうしよう、と思うこともあります。
そして、「どうして?」ということも。
でも、それらもすべてあなたの御許しなしには起らないこと。
あなたの権威と支配の中にあること。
だから、安心して祈ります。
あなたの最善を、あなたの御業を見せてくださいと。


2009-04-10

イエスが弟子たちの足を洗われた夜。

今日は朝は冷えましたが、
とても気持ちよく晴れて、
午後にはずいぶん暖かくなりました。


でも、明日は午後からまた雨のようです。
今日暖かかった分、また底冷えする雨に感じそうです。
そして、土曜日の午前中まで雨が残るようです。


今日は朝、何故か目覚ましが鳴らず、寝過ごしてしまいました。
気がついたら7時半。
「時差ぼけ完全回復宣言」はまだできないみたいです。


最近、6時からの祈りの時は自分一人で守っているので、
今日に限ってこられた方がおられたら、それはまた申し訳ないのですが、
また、明日から、新しくスタートです。


そして、今日はイエスが弟子たちの足を一つ一つ洗われた夜。
明日は十字架の日です。


イエスはどんな思いで足を洗われたのだろうか。
「あなた方も互いに足を洗い合いなさい」と言われた、
その「互いに足を洗う」とはどういうことなんだろうか、
そのことを思わされています。


仕えることの難しい者です。
仕えることの意味を教えて頂きたいと思います。


さて、先週土曜日4月4日の聖書。
4/4はヨハネ17:20-26でした。


「あなたがわたしに下さったものをわたしのいる所にわたしといっしょにおらせてください。あなたがわたしを世の始まる前から愛しておられたためにわたしに下さったわたしの栄光を、彼らが見るようになるためです。」24節。

「日々のみことば」のコメントに、
あなたは我が子の救いのために、どれだけ真剣に祈りを捧げていますか?
とあります。

それを読みながら、自分はどれだけ、家族のために、
子供たちのために祈ってきただろうか、
どれだけ祈りを捧げてきただろうか、
考えさせられました。

教会の一人一人のために、
場所場所でお会いした方々のために祈る時はあっても、
子供たちのために、家族のために、
必死に真剣に祈ったことがどれだけあっただろうか、
子供たちが、妻が主の栄光を見ることができるように、
どれだけ祈ってきたかと思います。

祈りの課題がまた一つ与えられました。
家族のこと、もう大丈夫、なんて思ってはいけない。
サタンは「ここを突けば一番効果的だ」と
攻撃してくるでしょう。
ですから、祈っていこうと思います。

主よ、
教会の一人一人が守られるように、
ささえられますように祈ります。
それと共に家族のためにも祈ります。
主が守ってくださいますように。

2009-04-08

この世の中で守られる

もう一回更新。

今夜も冷えて、今は夜の12時頃ですが、2.4度まで下がっています。
明日の日中は15度くらい上がって、今週の中で一番穏やかないい天気の日になりそうです。


書いてきませんでしたが、
今週はイエスが十字架への道を歩んだ受難週。
明日は最後の晩餐の日です。
JOYJOYキッズクラブもありますが、
祈りつつ過ごしたいと思います。

4月3日金曜日の聖書。
先週の金曜日はヨハネ17:9-19。


「彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。」15節。

わたしたちはこの世で生きるように使命を与えられている。
この世から逃げるのではなく、
気の合った者同士集まって仲良くするのではなくて、
この世に生きる使命を頂いている。

でも、この世に同化するのではない。
この世に埋没するのではない。

でも、それはわたしたちのがんばりによるのではなくて、
かみさまの守りによる。
神様のきよめによる。

だから祈っていこう。
一人一人のために祈っていこう。
今日も、明日も、
教会の一人一人がこの世の中で守られていくように。
この世に埋没するのではなく、
この世から遊離するのでもなく、
この世の中で守られていくように。

神様、
一人一人を守ってください。
あなたが砦となってくださって、
あなたが光となってくださって、
教会の一人一人を守ってください。
明日の一人一人の歩みを守って下さい。

いのち。

今日は(個人的)連休明けのNY Dayです。
朝早く出てきたのですが、
本当に寒かったです。
「久しぶりにパッチもはいて、ベストも着て、スーツで決めて・・・オーバー着た方がいいよねえ・・・でも、マフラーはいらないかな・・・」
これは失敗でした。
NYのビルの谷間は風も強く、
とても寒く感じます。
まあ、考えてみたら、東京の真冬なみ。
山形の雪の夜以来の寒さなんですから、
無理もありません。


風邪引かないようにしないと・・・。


休み中に進むかと思ったのですが、
思いの外、進まず、たくさんたまっているので、
とりあえず、4月2日(木)の聖書。
ヨハネ17:1-8でした。


「その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」3節。

永遠のいのちというと、いつまでも生きるとか、
死んだあと、天国に行くとか、考えますが、
ここを読むならば、永遠のいのちは、「神を知り、キリストを知る」ということですよね。

自分はどこまで神様のことを「知っている」か、
いろいろ考えさせられました。

聖書を通して、知識として知っている、
ということも大切です。
信仰において、理性的な、知識がどれほど大切か、
思わされます。

でも、それだけではなくて、
神様のことを自分の経験としてもっともっと知りたい、
もっともっとパーソナルに知りたい、と思います。
神様はわたしにこんなことをしてくださった、と、
そして、日々、神様から聞いて、
神様に訴えて、
神様から答えをもらって、
歩んでいきたいと思います。

主よ、
わたしはもっともっと、
永遠のいのちの豊かさを知りたい。
もっともっと広く、完全に知りたい。
あなたと共に歩く喜びにあふれて歩みたい。
永遠のいのちの豊かさを教えてください。

2009-04-07

いよいよ。

今日はホントに肌寒い一日でした。
朝は、予想ほど冷え込まず、6度くらい。
でも昼間もずっと10度以下でした。
今は夜の10時過ぎですが、既に5.4度。
明日の朝は氷点下の予報が出ていますが、
さて、どうでしょうか。


明日の天気は曇りがち。
来週初めまで、ずっと低めの気温で推移するようです。


今日はもう一日休日を頂いて、
疲れを癒させて頂きました。
家のこともたまっていたので、
ちょっとやったり、
ハジの大学の学費を計算したり・・・。


今、日本の国立はどれくらいかなあ、と思って、
母校のサイトに行って、調べてみると、大体53万円くらい。
あ、それから入学料が28万円くらい。初年度合計で80万円も払うんですね。
ずいぶん高くなりましたね。
自分の時代の2倍近いかな。
(ま、30年近く経っているわけですが・・・)
実際それだけのものを払うのは大変な若者たちもたくさんいると思います。


そんな状況の中で、今回、こちらで大学にやるのは、
決して悪い話ではないんだと思わされています。



こちらの大学の正規の授業料はすごいです。
私学で一年で2万ドルから4万ドル。
それに寮費とか入れると、年間4万ドルから6万ドル。
これが平気で払えてしまう方もおられるそうですから、それはそれでまた驚き。

でも、かなりの学生は奨学金を受けながら、勉強しています。


先日も書いたように、「授業料も寮費もいらないから、是非キミに来てほしい!」みたい話は、残念ながらどこからも来なかったのですが、経済状況を見て、かなり助けてくれる大学はありました。決して楽な話ではないのですが、神様が必要を満たしてくださると信じていこうと思います。


いよいよ、です。本当に神様を信頼して祈っていくことが問われていると思います。

さて、先週水曜日、4月1日の聖書。
4/1はヨハネ16:25ー33でした。


「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」33節。

勇敢であること。
そのことが本当に大切なことだと思わされました。
いろいろな困難があります。
途中で投げ出したくなる時もあります。
ちょっとおとなしくしていた方がいいのかな、ということもあります。

でも、そんな時に、「勇敢でありなさい」といわれる主。

既に勝利を得てくださっているから、
わたしたちは信頼して、大胆になっていい。

主を信じて進んでいくことについては、
大胆であっていい。

勇気を出して、福音を伝えていく者でありたいと思います。

主よ、
明日も、福音を伝えさせてください。
出会いを与えてくださって、
あなたのことを伝えさせてください。
そして、あなたを信頼して歩んでいくことができますように。

2009-04-06

年に一度のケーキ。

年に一度のケーキ作り、
今年は学校が休みだった娘たちが参加。


ま、とりえず合格、というところです。
うちは、「何も言わなくても子供たちが・・・」ということは、
今までのところ、ありません。


他のお宅のそんな話を聞くとちょっとうらやましいですが、
まあ、ないものねだりはよして、
自分が言い出しっぺになって、
できる限り子供たちを巻き込むようにと思っています。


結構がんばってくれました・・・。


のんちも喜んでくれました。
おいしゅうございました。


天気ですが、今日は一日雨で、肌寒かったです。
でも、このあと、ぐっと冷えそうです。
今は夜の11時半頃、外の気温は10度ですが、
明日の朝は3度くらいに下がるようです。
明日はにわか雪がふるかも・・・です。


お風邪などお召しになられませんように。


さて、先週火曜日31日の聖書。
3月31日(火)はヨハネ16章16-24節。


「 あなたがたにも、今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなたがたに会います。そうすれば、あなたがたの心は喜びに満たされます。そして、その喜びをあなたがたから奪い去る者はありません。」22節。


イエスと共に歩んだ3年。
イエスと別れることは、
それも、十字架にイエスを失うことは、
どれほどの悲しみだったかと思う。
でも、イエスはよみがえられた。

そのよみがえりの主の喜びを、わたしはどれだけ知っているだろうか。

十字架のめぐみは「知っている」というと、言い過ぎのような気持ちになるけれど、
ある程度、感じることができている。

でも、イエスの復活の喜びは、
復活の主にお会いした喜びは、本当に経験しているだろうかというと、
まだまだのような気がする。

この、イエスが弟子たちに約束された喜び、
「弟子たち、主を見て喜べり」とヨハネの20章にある弟子たちの喜びを、
復活の主にお会いした喜びを、
もっともっと自分のものとさせて頂きたい。

主よ、
あなたがわたしを救ってくださったこと、
十字架で罪をあがなってくださったことに、
心から感謝します。
でも、復活の主にお会いした喜びも、
味わいたいです。
どうか、わたしに教えてください。
復活の主にお会いした喜びにあふれさせてください。




JOYJOYイースターはすごかった!

何がすごかったって、集まった人数。
たぶんJOYJOYイースター史上最高。きっと。

中高生以上を除いて76人。

でも、自分が子供の頃には、
クリスマスとかだと、小さな教会の建物に100人位の子供たちが
集まってきていました。
あのころはまたすごかったんだなあ、と思います。

でも、この時代にも、決してJOYJOYは負けません。
これからも、テレビ見るよりも、ビデオゲームするよりも、
カラオケやるよりも、麻雀やるよりも、携帯メールするよりも、
教会の方が、ずっとずっと楽しく、ずっとずっとエキサイティングな
プログラムを目指します。

内容も楽しくいい一時でした。
子供たちの楽しそうな顔が一番です。


そして、イエスさまの話を思いっきり、
中高生たちが劇にしてくれました。


今年の秋には何人かが巣立っていきます。
次の世代の若者たちがどんどん育っていきますように。

2009-04-05

この人がこの世に生まれたこと。

今日はのんちの誕生日。
神様が、わたしと共に歩むようにと、
伝道者の道を共に歩むようにと、
導いてくださった、この人を、この地上に送ってくださった日。


感謝。


いのちがけで、絶対に産むんだと、
守ってくれた、義母にも心から感謝。


今日は遅くなったので、明日、何をしようか。


子供たちも学校が休み。
本人は仕事に出てしまうので、
その間に、ちょっと子供たちと一緒に考えてみよう。


今日はいい天気でした。
明日はどうやら雨のようです。


さて、また一日休んだので、
遅れが広がってしまいましたね。

3月30日(月)の聖書。
ヨハネ16:1-15でした。


「 しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。」7節

イエスが十字架にかかり、よみがえって天に帰っていかれたことは、
弟子たちにとって、どんなに心細いことだっただろうかと思う。
でも、イエスは、「わたしが去ることは良いことなのだ、あなた方にとってプラスなのだ」と言われました。

聖霊様が与えられるからです。
聖霊様が与えられることはそれほどすばらしいこと。
それは本当に幸いなこと。

今日も聖霊様に満たして頂きたい。
聖霊様の導きを頂いて、
聖霊様に喜んで頂いて、
歩んでいきたい。

神様、
わたしを守ってください。
わたしを罪から守り、
あなたの栄光を表す者となしてください。
聖霊様の導きに敏感にならせてください。