2011-04-09

はるだよ〜。

はるだよ〜と題に書いておいて、なんですが、
ホントに寒いです。
今朝なんて、危なく氷点下でした。


でも、でもですよ。
月曜日の最高気温の予想が80度Fですよ!
・・・つまり、27度C。ほとんど夏じゃん。


楽しみです・・・。


イースターまではあと2週間ありますが、
今日はJOYJOYイースターでした。
今年はどれくらい来るかな〜とちょっと心配しつつ、お待ちしていましたが、
なんと61人の子どもたちと、家族で100人は軽く超える方々が集まりました。
教会のHP(www.jccofnj.org)から「イベントフォト」で様子が見れます。
みんな大興奮して、楽しんでくれて、とてもよかったです。


そして、聖書の話をしている時のみんなの真剣な顔。
本当に印象に残っています。
この子どもたちに神様の愛と力を伝える使命、
ちゃんと果たさせていただきたいと思わされます。


のんち情報は、
さっき、夜、電話でちらっと話しましたが、
一日休養日があって、なんと日曜日で、教会に行ける〜!と喜んでいました。
知り合いの方がおられる仙台の教会です。


先日の余震で避難所にまたたくさんの方が入って来られて、
診療はできないと思うから・・・ということで、
あと、「のんちさん、一週間働いて疲れているでしょうから休んでください」だそうです。
日曜日にそんなこと言われたら、パワーもらいに教会に行っちゃいますよね。


土曜日までの予定をとりあえず月曜日の夜までは延ばして、
火曜日からのことは引き続き検討祈り打診連絡待ち中、だそうです。
皆さんのお祈りに心から感謝して。


さて、今日の聖書。
今日はマルコによる福音書12:13-27。


「神のものは神に返しなさい」17節。

神の肖像が刻まれた者。
神のかたちとして作られたわたしたち。
だから、わたしたちの存在自身を神様に返しなさいと。

そうだな、自分の何かを神様にささげるのではなくて、
自分の存在自体、それは神様のものなのだから、
当然、神様にお返しするんですよね。

自分の存在を神様にささげるって、どういうことなのかな、具体的に。
先日、誰かの言葉にあったなあ、人生全体を神様のためにささげます、というのよりも、この1時間を神様にささげます、の方が難しいって。具体的じゃないと意味がないんだよね。具体的じゃないと、いくらでも逃げられる。

時間って大きいと思う。
いや、わたしたちにまかされているもののなかで、
一番大切なものは時間だと思うから、
それを神様にささげるっていうことを、具体的にしていくことが大切なんだよな。
自分の時間、すべてがかみさまのもの、そんな歩みをしているだろうか、
そんなことを思わされた。

さあ、早く休もう。日付が変わってしまう。

主よ、
わたしのすべてはあなたのものです。
具体的に、わたしの時間をささげ、財をささげます。
あなたに支配され、あなたに導かれ、
あなたとともに歩む歩みに生かしてください。
わたしのすべてがあなたのものである、ということがどういうことなのか、
知ることのできるような経験を与えてください。
それはちょっと痛いことなんじゃないかと、思います。
でも、必要なものは与えてください。
明日の礼拝があなたご自身の臨在にあふれたものでありますように。

2011-04-08

ちゃんと休む。

はい、今夜はちゃんと休みます。
さっき、のんちと電話が通じました。
普通に通じてよかったです。

あちらは「これからミーティング〜」。
「こっちもこれから集会〜」と答えました。

ま、いつでもつながると確認してホッとして終わり。

ちゃんと夜はねようね。お互い。

じゃ。

あ、補習校の書類、記入してない。
あ、また日本語のお弁当作んなきゃ。

2011-04-07

そこにいてくれること。

今日も午前中は雨。
なんだかなかなか春になりません。


午後からは天気がよくなってきましたが、
冷えています。
今は夜の11時で4.4度C。


土曜日、JOYJOYイースターなんですが、
こっちもちょっとぐずつくみたいです。
皆さんへのメールには「土曜日は天気にも恵まれそう」と書いてしまいましたが・・・。


今日はいろいろありました。


朝、6時前に教会に行こうとしていると、
サキが泣きながら起きてきて、「喉が痛い」と。
でも、今日は高校で学校区合同のコンサートの日。
絶対休みたくない、というので、
なんとか、行かせましたが、
「いつ学校から電話がかかってくるか」びくびくものでした。


その中で、のんちに電話。
この先の予定の調整とか、
今日一日の様子とか、話しながら、
でも、向こうはもう夜の11時半。
もう寝なきゃと、電話を切ろうとしたそのときに、
「あ、地震だ、地震。・・・あ、大きい、・・・大きい・・・」
その後ろでは、ガタガタとモノがぶつかり合う音がしています。


そして、ぶちっと電話が切れてしまいました。
もちろん、かけ直しても通じません。


その間、やっぱり不安でした。
前回の地震でもほとんど被害がなかった病院の中にいるわけですから、特別心配する理由もないのですが、さすがに電話で話している間に「あ、地震、大きい・・・」で切れてしまうっていうのは、きつかったですね。


15分後には「大丈夫。(><)」という携帯からのメールが届いて、ホッとしたのですが、
その15分間は長かったです。


でも、そのときいくつものことを同時に感じました。
まず、あの時には、こういう電話の切れ方の人がどれほどいただろうか、そして、「大丈夫だから」の携帯メールを、15分どころじゃない、何日も何日も待った方がどれほどいただろうか、今もそれを待っている方々がどれだけいるだろうか。どんな思いで待っておられるんだろうかと。心が痛いです。


そして、次の二つのことを感じていました。


1. 特別な大切な人がそこにいるということは、感じ方が全然違うこと。
2. 全然感じ方が違ってもいい、違っていいから、誰かにそこにいてほしいということ。


私はたまたまPCの前にいたので、Twitterで何人もの方々が「祈っています」と声をかけてくださいました。それがどんなにありがたかったことか。


わたしたちは「ホントのところは、その人の痛み、わからないだろうから・・・」と逃げてしまうこともあると思います。でも、そんなこと心配しないでいい、そんなの、当たり前すぎるくらい当たり前だから、「私はあなたのことを思っているし、力になりたい、祈っているし、何でも言ってほしい」と伝えることが大切なんだなと思います。黙って祈ってくださっている方々が何倍もおられることも、その気持ちが、伝えてくださる方々に負けないくらい強いことも、神様はそのような祈りも聞いてくださることも、わかっています。でも、やっぱり伝えてもらうと、ほんとに助かるんだと。


続けて、被災地の方々のために祈ります。
そして、全く状況は違うけど、今日、誰かにそこにいてほしいという思いの中で歩んでおられる方々のために。


あ、あといろいろあった、に続くのは・・・。
午後は日曜日に生まれたばかりのベビーにお会いしてきました。
このような時に、生まれてくる命。
特別な使命が与えられていると思わされます。


そして、夜はそのサキの学校区のコンサート。
楽しかったですが、5時に最初に集合して、
その後、自分だけ帰って、一仕事して、
6時にもう一回行って、夜9時まで。


いやあ、よかったですが、疲れました。
3時間のプログラムって、オペラじゃないんだから・・・。


長くなりました。さて、今日の聖書。
マルコ11:12-26。


「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」17節。

そう、祈りの家なのだ。
教会は、祈るところなのだ。
わたしの生活も祈りで満たされるものとなりますように。

そう、招かれていると思う。
祈りの世界に招かれていると思う。

そして、19節からのところでも、祈りの大切さが説かれる。
信じて祈ること。
信頼して祈ること。

主を信頼して祈る。
信頼しているんだから、信頼して踏み出す。
祈ることは勇気を与えてくれる。
祈ることによって平安と確信が与えられる。

もっともっと祈りの中で答えをいただいて前進して行こう。

主よ、
あなたが祈りの世界に招いてくださっていることに、
祈りに招いてくださっていることを感謝します。
祈りつつ進んで行くことができますように。
日本の国を守り、支えてください。
また、他にも困難の中にある人々のことも、
目を留める注意深さを与えてください。



2011-04-06

今日は昼間は天気がよかったのですが、
夜になって、ちょっと雨模様。
野球も中止になるくらいだったみたいですね。


明日の午前中くらいまで雨のようです。


さて、先日紹介したSan Diegoの高校の日本へのメッセージ、
できたみたいですね。
ちょっと音声のレベルが上がったり下がったりだけど、
熱い思いが伝わってきますね。


ありがとう。



最近、途中まで読んでる本。
いつかも紹介したけど、
お金の使い方の本。


「ためる」「献金する」程度しか考えていなかった自分に「どこに使うか」を考えさせてくれる本。


今までは、「欲しい物を買う」と「我慢してためる」の2種類しかなかったような気がするなあ。


でも、この本を読んでいる中で、消極的に「使わない」のではなくて、何に投資したらいいか、ということを考えさせられて、「つながりを豊かにするため」「人に仕えるため」に使うときに、そこには喜びを感じるという、そういう使い方をしなさい、というのだ。


よし、ここにもっともっと投資しよう。


ハハ、でも、元手が必要だな。


今日ののんち情報、
3月22日に書いたKEN君に会えたそうです。
ちょうど、前の日に出産された奥さんと
生まれた赤ちゃんがのんちがいる病院を退院したばかりで、
自分自身被災者でありながら、ボランティアを受け入れて
被災者の方々のために尽力している彼に、
水曜日の夜に出産後に必要な物ものを渡せたそうです。

ほんと、震災の1週間前に消息が分かって、
震災から3週間後に、同じ病院にいたなんて。

すごすぎ。

この週末から来週のためにまた動き始めています。
主が道を整えてくださるようにお祈りください。

さて、今日の聖書。
マルコ11:1-11。
「主がお入り用なのです」3節。

主が呼ばれたら、それに従うのが一番だよね。
そして、それに対して周りの人々が「どうして」というかもしれない。

でも、「主がお入り用なのです」、それがわかれば、それで十分だ。

ホントにそうだと思う。

主よ、
あなたの御言葉に感謝します。
あなたがわたしを招き、のんちを招き、
教会の一人一人を招いてくださっていることを感謝します。
「主がお入り用なのです」との招きに従うことができますように。

2011-04-05

どんどんつながる。

今日の朝は暖かかったのですが、
午後からちょっと肌寒くなり、
明日の朝には0度くらいまで下がりそうです。
この先一週間、毎日、30-50%の降水確率。
春らしい日はちょっと先になりそうですね。


のんちは、月曜日はなんだかすごいーい長い時間働いたようですが、
それがさすがにまずいと思ったのでしょうか?
火曜日には、避難所のドクターが、午後、少し休みましょう、ということになったそうです。
月曜日は午後から避難所の統合で特別に忙しかったようです。
火曜日からは毎日午後少し休めるようにと考えているようです。


今日の朝は、火曜日に出会った何人かの方々の話をしてくれました。
のんちにしがみついて泣きじゃくった9歳の男の子。
「アメリカから来た看護婦さんは誰?」と探しにきて、「どうして来たの?」と話しかけてきた70歳のおじさん。「来てくれてありがとう」「住所教えて」「親戚が青森でりんご作ってるから、送るからね」と。
ブラジル人の奥さんをもつおじさん。
何人かの方々と、声を潜めて、祈ることができたと言っていた。


たくさんの出会いがあると思う。
一つ一つが真実なものでありますように。
心がふれあうような出会いがありますように。


そして、周りの教会の先生方に連絡を取っている。互いに励まし合うために。
日曜日にお伺いした塩釜聖書バプテスト教会
塩釜ともしびチャペル・・・ここの牧師さんとは木曜日に会うそうだ。
利府オアシスチャペル・・・ここの牧師さんの弟さんはウチに泊まっていただいたことがある。そして、その奥さんは出産のため、なんと、のんちのいる病院に火曜日まで入院していたそうだ。わかったのは水曜日の朝だけど。なんとか、出産後に必要なものを渡したい!そうだ。自分では持って行けないので、取りに来て!だそうだが。


本当に、一つ一つ神様の導きだと思う。
明日は1ヶ月に1回の隣の英語教会での日本語での集まり。
震災のあと初めて会う方々もたくさんおられる。
祈りつつ、主の与えてくださる出会いを思いながら。


「宝のあるところに心もある」
今、心は日本にもNJにも。
あ、アトランタにもね。


今日の聖書。
今日はマルコ10:46-52。


「わたしに何をしてほしいのか」51節。

神様はいつも「わたしに何をしてほしいのか」と聞いてくださっている。
わたしはいつもそのことがわかっているだろうか?
答えることができるだろうか?

心が神様によって満たされること、
喜びにあふれて歩むことができるようになること。
なんだか、「聖書ではね・・・」なんて言わなくても、
神様の愛が伝わるような者とならせていただきたい。

ああ、ちゃんと言わないと、
ちゃんと祈らないと、
そして、そのように生きないと。

主よ、
どうか、あなたの命でわたしを満たしてください。
あなたの願われるように生きることができるように。
喜びにあふれて、歩むことができるように。

2011-04-04

Happy Birthday! のんち。

月曜日の夜。
昨日の夜はベッドの中で、iPhoneで更新しようとしたら、
何度も途中で寝てしまって・・・。
なんだか、何を書いていたんだか・・・。


で、今日は雨だと思っていたのですが、
昼間は暖かくなって、晴れ間も出て、
過ごしやすい一日でした。


今夜はこれから雨。
明日も朝のうち雷雨となるでしょう。
夕方からはグンと冷えそうです。


日本ではもう5日なりましたが、
のんちの誕生日。
キリ番の誕生日だったので、
盛大なパーティーを・・・と思っていたら、
日本に行ってしまって、
もう、それどころではないようです。
さっき、塩釜に入って初めて電話で話をしたのですが、
昨日は新学期を迎えて、学校を開けるために、
避難所をいくつもまとめる日だったようで、
それも、それまでのリーダーが帰るということで、
年の功か、たくさんの新しい方々を迎える避難所のリーダーをまかされたそうで、
午後から大忙しだったみたいです。
ドクターも短い期間でどんどん入れ替わる。
寝たのは夜の2時・・・。
昨日の夜、今までなかった熱の出た子どもがいた。
感染症の広がりが、ちょっと心配・・・だとか。


おつかれさまです。


電話は朝の8時までか、夜の10時から、だそうですから、14時間くらい働いているわけね。今日も守られますように。今日はもう少し休める時間が与えられますように。


でも、塩釜はまだよい方で、石巻や女川、南三陸町、陸前高田、はずっとたいへんなわけですから、本当にこれからの皆さんの健康のために祈らされます。


ま、誕生日は、帰ってきてから、いろいろいっぺんに盛大にやりましょう。


さて、今日の聖書。
今日はマルコ10:32-45。


「みなのしもべになりなさい。」44節。

ま、そのままです。
先日の金曜日のレント集会でも学んだのですが、
主に満たされて、主に認められて、主に愛されて、
だから、人に仕えられる。
そのような歩みをさせていただきたいと思いました。

その道を究めたい、と思います。
しもべ道。

イエス様のように。

主よ、
しもべになること、教えてください。
しもべの喜びを経験させてください。
無理しているのではなく、自然なしもべとなれますように。

2011-04-03

ちから。

今日は午前中は、牧師の不在の教会のメッセージと聖餐式。午後は、NJの教会の礼拝と聖餐式。さすがに、ちょっと疲れを覚えたかな。

でも、そんな時こそ、神様の力を求めて出ることが大切。

のんちも日曜日の教会に行けたようだ。

すごい。

でも本当に命をいただかないと枯れちゃうからな。