2006-07-29

山は動く

今日も暑かったですね。
うちの温度計は最高が33.9度。
今も25度以上あります。

これから水曜日くらいまで熱波のようです。
特に水曜日はまた100度F、37度Cくらいまで行きそうです。

それに今回の特徴は、夜の温度が下がらない
熱帯夜も何日かあるみたいです。

お体に気をつけて。
無理はしない。
たっぷり休む・・・うーん、中高生のキャンプが月曜日から泊まりがけ3日間。
ちょっと心配。

今日もさっそく聖書。
今日は、イエスさまのこの言葉が私に語られました。
「たとい、この山に向かって、『動いて、海にはいれ。』と言っても、そのとおりになります。」
それは今日読んだマタイの21章の21節の言葉です。

この言葉が私に語られたように感じました。
特に、この「山」が、自分の心にあるように思ったのです。
自分の心の中に山があるのではないだろうか、
絶対に動くことがない、と思っていることがあるのではないだろうかと感じました。
本当に、変わらないのでは、もうこれはいつまでもついてくるのではないだろうか、
と感じていることがありました。
でも、今日、この聖書の言葉で、「あなたは、この山も動くことを信じるか?」と語られたように思ったのです。
すぐに、ハイ、信じます。山を動かして下さい。と祈りました。
そして、信じて疑わないことが大切、とあります。
単純に信じていきたいと思いました。
神様が山を動かして下さる、
私の心の中の山も動かして下さる、
そう信じることができました。
自分の力ではなく、神様にはそれができると信じることができました。

主よ、
あなたが私のうちにある「山」をも動かして下さる方であることを、
信じます。
私が信じ続けることができますように、
そしてあなたの御業を見ることができますように。
どうか助けて下さい。
私は弱いのです。
どうか、山を動かして下さい。

2006-07-28

気前のいい神

遅くなりました。
今日は午後になって、
急にYの応援に行く話が出てきて、
慌てて、やらなければいけないことを片づけて、行って参りました。
普通行けない、とってもいい席でしたよ。下さった方に感謝。

試合はWangの好投で完封勝利。
前回も彼でしたね。
今日は全く危なげのない試合でした。

試合は10時前に終わったのですが、
その後の駐車場から出るのが大変。
ウチにつくまで1時間40分以上かかりました。

で、今、夜中の12時前。

今日も蒸し暑くて、午後は雷雨がありましたが、
おかげで少し温度が下がったように思います。
でも、明日以降もっと蒸し暑さがパワーアップするみたいです。

早速、今日の聖書。
今日はマタイによる福音書の20章でした。
心に留ったのは、「私が気前がいいので・・・」という15節の言葉です。
この20章前半のたとえ話は「なんだこりゃ」と思う話ですが、
また私の好きな話でもあります。

日雇いで働いてもらう農園の主人の話です。
朝早く、働いてくれる人を探しに行って、一人一日1デナリで、人を集めます。
でも、9時にも12時にも3時にも5時にも探しに行くのです。
そして、自分の農園で働いてもらうのです。
6時になって、賃金を払う時になって、
夕方きた人たちから始めて、みんな賃金をもらっていきました。
見ていると、何と夕方来た人にも、1デナリ渡しているではありませんか。
朝に来た人は色めきだちます。
「じゃあ、俺たちはどんなにたくさんもらえるだろうか。」と。
でも、実際もらってみると、彼らにも1デナリ。
「不公平だ!」と文句を言った彼らに、
「私は一日1デナリの約束をしたじゃないか、あなた方に何の不当なこともしていないよ、
私はその上で、あの夕方に来た人たちにも同じようにしてやりたいんだ。
私が気前がいいので、ねたましく思うのか?」
と主人が言ったという話です。

神様は気前のいい方。
それが今日はとてもありがたく感じました。
わたしのようなものにも1デナリ準備して下さるんだなあと。

神様には借金があるような私たちです。
自分が働いた分だけ手にしようとしたら、何にももらえることのできないような者です。
神様が気前がいいから、初めて救いを頂くことができるのです。

その気前の良さ、に感謝。
それがなかったら自分は受け入れられなかったんだろうなあ、と思いました。

主よ、
あなたの大きさに感謝します。
あなたを信頼して、あなたの大きさの中にどっぷりつかって、
安心して歩んでいくことができますように。
あなたの気前の良さのゆえに、今の自分がいることを忘れることがありませんように。


2006-07-27

初「ふるさと」体験

「ふるさと」といえば、
「うさぎ追いしかの山・・・」と始まる歌。

でも、何を隠そう、シテーボーイだったかきごおり牧師は、ウサギなんて追っかけたことはなかった。
もちろん小鮒も釣ったことはない。

それどころか、
ずっとあの歌は「うさぎ、おいしい、かの山」とウサギを食ってウマカッタという思い出を歌った歌だとばっかりおもっていた、結構大人になるまで・・・。

でも、あの歌にはジーンと来るから不思議だ。

しかし、今日は、とうとうそれを経験してしまった。
ウサギを追いかけたのである。

この写真を見たらわかりますよね。

今日、何の気なしに庭を見たら、ちょうど何者かによって食い荒らされているあたりに、ぐたっと横になっているウサ公
(もしかしたらウサ子)を発見。

ナスはぼろぼろ、ミニトマトも日に日に株が小さくなってくる、一本だけ路地植えしたモロヘイヤは丸裸。犯人はコイツか!と短絡的に考え逆上した私は庭に出て、思いっきり脅かして差し上げました。

まさにウサギを追いかけたのである。
「ふるさと」体験である。
・・・でも、アメリカで経験してしまったのはまずかったかもしれない。

自分の中で今度から「ふるさと」を聞く(または歌う)時に、ウチの庭の風景が浮かんできてしまうかも・・・ますます日本人ではなくなってしまうかもである。

しかし、このウサ公(子?)は今日ので学習していただいただろうか?
「あそこには近づいてはならない・・・」と。

それから、こちらも今日の夕方、

インゲンを収穫していたら、
おばけを発見。
写真の一番右のヤツ。
普通のモノの4倍くらいあり。
このままほっておいたら、ほんとのお豆が取れるんだろうなあ、と思いながら、収穫。
インゲンは葉っぱの陰に隠れて実がなっていると、わからなくなって、こんなことになることもあります。

今年は今まで230本ほどの収穫あり。
きゅうりも74本まで行きました。
3株で100本も夢ではなくなりました。

ナスは8本。実が大きくなり始めると何者かが持っていきます。コイツも犯人は不明。

今日の午前中は祈り会。
久しぶりの方々が2名来られて、共に祈ることができました。
とても幸いな祈り会でした。感謝。

そして、午後から夜は電話をしたり、デスクワークをしたり、個人的に人にお会いしたり・・・。

あ、その中で、
ある方々とちょっと庭で立ち話。
その時、どこかでゴロゴロと始まり、
風で木がザワザワしてきたなあ、と思ったら、
突然、木の枝が一本折れて、飛んできました。

私の頭に当たったのですが、マジ痛かったです。
小枝だったんですがね。

簡単に手でポキッと折れるような細い枝でも、これだけ痛かったら、
太い枝だったらどうなるかと思いました。
時々、落ちてきた枝で亡くなる方もおられますが、
これはそういうこともあるだろうと思いました。

雷雨の前の「ザワザワ」にはくれぐれもご注意下さい。

今日の聖書はマタイによる福音書19章。
イエスが言われた言葉、「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。」が心に留りました。
この言葉は弟子たちが、「そしたら誰が救われることができるでしょうか?」と聞いた時に、言われた言葉です。
ここ何週間かの間に洗礼を受けた方、信仰を持つようになられた方、洗礼を受ける決心をされた方々一人一人のことを思い出していました。そして、一人一人皆さんを、「神様が導いてくださった」と思わされました。本当に奇跡だと思いました。人の力ではない、神様の力が注がれているのだと思いました。
ですから、これからもそのことを求めていきたいと思います。
人の知恵や特別な方法ではなくて、
ただただ、神様を信頼して、神様が語ってくださるように、
その心に触れてくださるように、
その心に語ってくださるように、
そのように求めていきたい、と思います。
これからも日々、新しくイエスを救い主として受け入れて歩み始める方々が起こされるようにと、願います。

主よ、
一人一人を導いてくださっていること、
一人一人の心に触れてくださっていることに心から感謝します。
これからのお一人一人の信仰の歩みを導いてください。
そして、あなたの奇跡によって、一人でも多くの方々が、
導かれ、あなたの愛に突き動かされて歩む、信仰の歩みをスタートすることができますように。

2006-07-26

同じしもべ仲間

今日は久しぶりにNYの早朝祈祷会に出席。
3人で心を合わせて教会のこと、教会の方々のこと、
そして、特にNYで働いておられる方々のことを覚えてお祈りしました。

午前中はいろいろな連絡や仕事をNYPublic LibraryのMidtown Branchでしています。
まるでNYにオフィスを持っているかのような気分です。
図書館なので、電話がかかってきても、その場では出られないこと、
たくさんの人がいるので、コンピューターを起きっぱなしにして席を立てないこと、
などはありますが、全然不便とは思わないです。
安上がりなJCCNJ-NY Officeですね。

NJの郊外に住んでいる私にはNYに出てくると、人の多さに圧倒されます。
もっともっとここで伝道したいなあ、と夢は広がります。
そのこともお祈り中です。
神様がどんなビジョンを与えて下さるか、今は「待ち」です。

今朝はマタイによる福音書18章を読みました。
今日のところの最後の方では、「赦しなさい」という話が出てきます。
私の好きな話の一つです。
1万タラント・・・日雇いで働く人が5000回人生をして、稼げるお金・・・の借金を主人に帳消しにしてもらった人が、同じ主人の下で働く人に貸していた100デナリ・・・同じく100日働いて稼げるお金・・・を赦せなかった、そしたら、彼を赦した主人が怒って、彼のことを牢獄に入れてしまった、という話です。

100デナリなんて「はした金」だ、と説明してある本もあります。
でも、待って下さい。100デナリって、すごいお金ですよね。
100日働いて・・・ってことは週休1日で大体4ヶ月。週休2日だと5ヶ月くらい働いて稼げるお金です。
「簡単に赦せる」って人がおられたら、私はマジで借りたい。無利子無期限で・・・。

そんな赦せるもんじゃない。
だから、このお話は意味がある。
だから赦すことに意味がある。

お互い様じゃない。
一方的に向こうに貸しがある。
だから、赦すことに意味がある。

自分が赦されたこと、ものすごい大きな借りを神様から赦されたこと、
そのことに心を向けることです。

それはいつも思うことです。
今日はもう一つ、この100デナリを貸していた人が、
「同じしもべ仲間」と書かれているところに心が留りました。

私たちお互いは「主のしもべ仲間」なのだと。

お互いをとても近く感じました。
私たちは主のしもべ仲間なのだ。

うーん、教会でもっと使おう。この言葉。

主よ、
私にたくさんの「しもべ仲間」を与えて下さっていることに感謝します。
共に歩む喜び、共に労する喜びを与えて下さい。
どうかお互いをあなたに愛されている者、
あなたに受け入れられ、支えられている者として、
感謝して受け入れることができますように。
あなたに愛され、赦されている喜びに満たして下さい。
今日の出会い、今日の働きのために助けを与えて下さい。

2006-07-25

できないことはない

今日は昨日よりも蒸し暑さちょっとアップ。
明日はまたもうちょっとアップするみたいです。

そして、今日もちょっとだけ雨と雷がありましたが、
明日もそうかもしれません。

まあ、先週の暑さと雷を経験したら、ちょっとやそっとのことでは驚きません。
そして、今週はその驚くようなことは起らない予想が出ています。

でも、

天気ではなくて・・・

今日もまた「あいつ」が驚かせてくださいました。

昨日のようなセンセーショナルな遭遇ではなかったのですが、

きょうもまた8時すぎ、
散歩に出た(私たち家族?15歳息子)の4人が、
ウチの玄関をゆっくり横切って行く「あいつ」を目撃。

いやあ、あっちも同じ時間に散歩をするのが日課になっているのか、
そして散歩コースにウチの庭が入っているのか・・・

ぞっとしますねえ。


いつ、
「じゃ、ちょっと買い物行ってくるわ・・・」と出かけた誰かが、
玄関を開けたとたんに、たまたまそこを散歩中の「あいつ」に遭遇して、
びっくりした「あいつ」に一発スプレーを食らう、みたいなことが
起こらないとも限らないじゃないですか。

きっと。


そして、記念写真ですが
さすがに今日も「あいつ」が横切っている玄関からうちに入って、
カメラを持って来ることもできず・・・。
カメラはいつも肌身離さず持っているべし・・・ですね。


今日の午後は一人の方と個人的にお会いして、
その前後はずっとデスクワーク+電話+メール、
結構いろいろあります。

キャンプもあと2週間を切りました。
楽しみ+やらなきゃいけないこと山積み。

明日は月に一度のNY Dayです。

暑くなりそうです。

ん、でも今月こそ、長袖持っていかないと・・・。
バスのエアコンで凍えてしまわないように。


今日の聖書。
今日読んだのはマタイによる福音書17章でした。
ここで弟子たちが癒せなかった子供を主が癒やされた時に、
イエスが言われた言葉が心に刺さりました。
「信仰が薄いからだ。・・・どんなことでもあなた方にできないことはない」と。
「そうなのかな」という思いもあったわけですが、
それ以上に心に語られたのは、
「神様によってあなたにできないことはない、なのに、あなたは自分でできないと思いこんでいる」ということでした。
自分の力を信じるのではない。
主の力をどこまで信じるのか、それが問われているように感じました。
主を信じていきたいと思いました。
そして、いろんなことにぶつかっていきたいと思いました。
計算高くなりたくないと思いました。
「あなたがたにはできないことはない」・・・感謝。
今年のJOYJOYキャンプに対するメッセージとも思いました。

主よ、
どうか私の信仰を増してください。
信仰を与えて下さい。
そして、あなたの奇跡を見ていくことができますように。
あなたの不思議を見ていくことができますように。
信じます。不信仰な私をお赦しください。


2006-07-24

獣害再び、そしてあいつも再び

いやあ、今もまだドキドキしています。


40代のオヤジの「ドキドキ」は
「ちょっと不気味」
または
「発作が心配」

かもしれませんが、
まだ落ち着きません。


ホントに危なかったです。

先ほど、暗くなってきた8時20分頃、下の娘にねだられて、
庭の様子を見に行きました。


そこで、「獣害」発見!


ミニトマトの芽と葉っぱが食われています。
しばらく、獣害がなかったので、良かったなあ、と思っていた矢先。

この食われ方は、タダモノではない、
グランドホッグに違いない・・・と思って、
悔しさの余り写真を撮っていたら、
そこにホタルが何匹か・・・。

そして、今度はホタルの撮影に挑戦。
ただのコンパクトカメラですから、まあ、ちゃんとは撮れないのですが、
光った瞬間をキャッチ。


わからないかもしれませんが、
手前右が食われたミニトマトの茎。
そして真ん中の上の方の黄色い光がホタルの光です。


そして、もうちょっといい写真が撮れないかなと思いつつ。
次のシャッターチャンスをねらっていると・・・
そこにゴソゴソ・・・と歩いてくる何者かの足音が・・・。


ん、グランドホッグのヤツ、こんな時間にのこのことやってきたか・・・
脅かしてやろうと、顔を上げた時、
私の目に飛び込んできたのは、



黒い体に一本だか二本だかの白い筋・・・



そう、そいつはあいつだったんです。
愛読者の皆さんだったらわかりますよね。
あいつ。


だめ、絶対脅かしてはいけない。
脅かし体勢に入っていた自分の体の暴走を何とか食い止め、
次の瞬間にはヤツに背中を向けていました。


山で熊に出会ったら、一発で襲われるタイプです。自分。


でも、焦ったのなんのって、ぶっ飛んで慌てて家の中に駆け込みました。
もう二度とあのスプレーを浴びたくありませんからね。
去年はちゃんと臨戦態勢を整えてから浴びたのですが、
出会い頭の一発はたまったもんじゃありません。

一目散」という言葉がありますが、
それがぴったり当てはまる慌て方でした。

でも今思うと、せっかく手にカメラを持っていたんだから、
記念に一枚くらい撮っておけば良かったなあと悔やまれます。

でも、やっぱり無理だったかな。

家に入って窓から庭を見ると、
向こうも慌てて来た方向に戻っていきます。
去年ワナにかかったのを放したヤツが戻っていったのと
同じ方向に歩いていきました。

ウチの軒下に向かっていかなかったのがせめてもの救い・・・。

深呼吸。

でも、まだ、心臓のドキドキが止まりません。


止まりませんが、聖書の話に進んでいきます。
今日読んだのはマタイによる福音書16章
イエスが弟子たちに聞きます。
「あなたはわたしを誰と呼ぶか?」
それに対するペテロの答えは
「あなたこそ、生ける神の子キリストです」
でした。
イエスはそれを喜ばれて、自分の使命について語り始められます。
「自分はこれから苦しめられて、殺されるのだ」と。

でも、弟子たちはもちろん、そんなこと受け入れられません。
さっき、イエスに喜ばれたペテロは、今度は
「イエスさま、そんなことがあっていいわけはありません」と言うのです。

その時、ペテロをしかったイエスの言葉が心に留りました。

「あなたは神のことではなく、人のことを考えている」

自分の心が探られるような思いがしました。
本当に自分は神様のことを考えているだろうか、
自分の考え、自分の願い。
それも、神様を計算に入れるのではなくて、
神様の思いを考えるのではなくて、
人の考え、人の顔色、を見て、判断していないだろうか?

いつもいつも神様の御心を求めていくものでありたいと思いました。

主よ、
どうか、あなたのことを思う者として下さい。
あなたの御心を求める者としてください。
自分の思い、人の顔色、
それよりも、
あなたの御心を求める者としてください。
あなたのお考え、あなたの方法を教えてください。

2006-07-23

それをここに持ってきなさい

今日は一転涼しく、また夕方からは爽やかになりました。
最高気温は26度くらいまで行ったようですが、
今は夜の12時前で20度を切っています。
いいですね。
こういう天気が続いて欲しいものです。
でも、「そうは問屋が卸さない」。
明日までは湿度も低いみたいですが、
あさってからはまた蒸し暑い日が週末にかけて続くようです。

JOYJOYキャンプまであと2週間になって、
キャンプ自体はほとんど建物の中なのであんまり心配していないのですが、
午後上級生の男の子を外に連れ出すので、
雨やめちゃくちゃ暑いのだけは、何とか避けて欲しいです。
大体毎年大丈夫で、ちょうどいいか、「今年は暑いよね」くらいですむのですが、
先週の月火みたいな暑さや
木金土みたいな雨が続くとそれはお手上げです。

これからは天気予報が趣味の世界ではなくって、
マジに見るようになります。

今日の礼拝もたくさんの方々と守ることができました。
初めての方々や久しぶりの方々もおられて、うれしかったです。
そして、何よりもうれしいのは心からの賛美。
ただの音楽じゃないんですよね。賛美なんです。賛美。
賛美しました!もっと賛美したいと思いました。

今日の聖書は昨日の間違いにより本来昨日読むはずだった、
マタイによる福音書14章。
特に18節の「それを、ここに持って来なさい。」という言葉がもう一度語られました。
そう、この言葉は、今から9年前に私がこの教会の牧師として立つ時に与えられた言葉。
ちょうど今から9年前の今頃でしたね、就任式。
早いものです。
自分の手の中にあるものがどれほどちっぽけに思えたでしょうか?
周りの状況がどれほど大変に見えたでしょうか?
そんな中で、主が語ってくださった言葉でした。
弱くていい。小さくていい。情けなくていい。
ただ、この方のところに自分の手の中にあるものを持っていく勇気さえあればいい。
「持ってきなさい」というお方の声に、「ハイ」と言える気持ちさえあればいい。
「こんなもの・・・」と思いつつも、従う単純さだけがあればいい。
そう信じて、従いました。

この7月。本当に主はたくさんの奇跡を見せてくださって、
今、本当にここに生かされている喜びを感じています。

でも、主のなさる奇跡はもっと大きいんだろうと思います。
もっともっとたくさんの方々が神様に出会って、
人生が変えられて、喜びに溢れて歩んで行かれる姿、
それを見たい、見せて頂きたいと思います。
「人々は食べて満腹した」とあります。
その奇跡を見せて頂きたいと祈ります。

主よ、
もう一度、語ってくださってありがとうございます。
あなたの手に、わたしの「5つのパンと2匹の魚」が渡される時、
あなたは人々が満腹するほどまでの大きなことをしてくださると語ってくださいました。
それを信じて、信頼して、ここまで歩んできました。
その中には、「どうして・・・」と思うようなこともありました。
未だに納得いかないことだってあります。
でも、今も信頼しています。
あなたは人々を満腹にしてくださる方だと。
あなたはこの地域に住む方々、出会う方々に豊かに与えて下さる方だと。
どうか、あなたの奇跡をもっと見せてください。
人がイエスに出会って、変えられる奇跡を。
主よ、もっともっとたくさんの御業をなしてください。
もう一度、このパンと魚とをあなたに捧げます。