2009-08-22

受け入れる。

今日は昨日に比べるとずいぶん涼しくなりましたが、
それでもこちらの日差しは暑いです。

NJは雨で大変だったようですが、
大丈夫でしょうか?

明日はこちらは大丈夫そうですが、NJはまだ雷雨の予報です。

今日は午前中入寮で、午後オリエンテーション。
同室者はニック君。ラストネームはちゃんと聞きませんでしたが、
「ジャガー」ではないようです。(笑)

母親はこんなとき、いろいろ手出しをしたいようで、
「こんなのがあったらいい」「これが必要だ」と次々メモ。
これには脱帽。
でも、もっとすごいのはニック君の母君。
夫婦そろって歯科医だそうですが、
「さて、ベッドはどこに置く?あなたたち決めて、そうね、こうしたらどう?」(って、誰が決めるの?)って感じ。

「自分たちで決めるよ」「そうね、そうしたらいいわ」という会話が何度交わされたことか・・・。

お父様は、「向こうの部屋見た?ピアノがあるよ」「トイレ、なかなかきれいだぞ」と、お母さんの気を他に向けようと一生懸命。(私の解釈)

そしておにいちゃんとやたら仲良さなそうな、1-2歳年下らしい、美人さんの妹。彼女が一番お兄ちゃんの気持ちを汲んでいるようでした。

とてもいい感じのご家族。
大学から20分のところにお住まいのようなので、
家の息子もちょくちょくお世話になるでしょう。

そして午後は買い物に行って、
かえってきてしばし祈ってお別れ。

その後、「親としてこれから起こることの覚悟をしておく」セミナーでした。

これがとても面白かったです。
ためになりました。

いくつかのことを覚えているのですが、
とにかく、次に帰ってくるときに、
今までのその子とは変わっている。違っている。
親に対してやたら批判的だったり、
今まで守ってきた家族のルールを否定したり、
そんなことがある。

でも、それは成長し、いい意味で変わって行った結果なのだというのです。

親としてできることは、「受け入れること」。

もちろん、ルールの種類によるのでしょうが、
子供の成長と変化を喜ぶことが大切なようです。

さて、8月18日の聖書。
18日はコリント第2の手紙の10:12-18でした。

「しかし、彼らが自分たちの間で自分を量ったり、比較したりするのは、知恵のないことなのです。」12節。

自分たちの中で自分を量ることのおろかさ。
自分たちの中で、比較することのおろかさ。

でも、自分たちはどれだけそれをしているかと思います。
口に出さないだけで、どれだけそれをしているかと思います。

ただただ、神様が褒めてくださればいいのに。
ただただ、神様に忠実に従っていればいいのに。
弱いですね。
目に見える人に褒められたり、
目に見える形で成果が現れて、
人と比べて、いい働きができたり、
そんなものを求めていないだろうかと思います。

でも、主が誇ってくださる。
主が喜んでくださる。
それで、それだけでいいのでは、と思います。

主の前に真実に、
人々も前にも、ただただ、真実さだけをも求めていきたいです。

主よ、
あなたに集中できますように。
あなたの願うことをしていくことができますように。
あなたが誇ってくださることに感謝します。
あなたに褒められるだけで十分、という思いに満たしてください。

コカ・コーラ大学(almost)

乾杯も、アイスもコカ・コーラ。

配られた資料によると、学校名も、もう少しでCoke大学になるところだったそうです。

はじまります。


いよいよです。


ここはいつもCokeです。
ペプシはありません。

主が与えられた権威。

さて、日付が変わりましたが、
まだ大丈夫みたいなので、もうちょっと行きます。

今週月曜日、8月17日の聖書。
「あなたがたを倒すためではなく、立てるために主が私たちに授けられた権威については、たとい私が多少誇りすぎることがあっても、恥とはならないでしょう。」8節。

誰かが権威を与えられているのであるならば、
それは人を立たせるため。
倒すためではなくて、立たせるため。

単なる批判でなく、それによって人が生まれ変わるため。
それによって新しい歩みが始まるため。

そのことを忘れないでいよう。
「権威」というのは難しいもの。
振り回すと、それは人々を傷つける。
でも、それが与えられているのに、逃げていては無責任。

正しく用いる。責任を持って用いる。
逃げないで用いる。
愛を持って用いる。
人のために用いる。
「あなたのため」押し付けないで用いる。

そのために愛と知恵を与えていただきたい。

主よ、
あなたが権威を与えてくださっているならば、
それを正しく用いることができるように、
知恵と愛を与えてください。
振り回して人を傷つけることがありませんように。
恐れて自分の責任から逃げることがありませんように。
あなたの知恵と、あなたの愛を与えてください。

与える者は与えられる。

もう一日分行きます。
8月16日(日)は第2コリント9:1-15。

「神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかりに与えることのできる方です。」8節。

素直に読むと、私たちが与えることに喜んでいくときに、
主は、「もっと与えることができるように」ともっと豊かに与えてくださる。

そう、自分が豊かになるためではなくて、
もっと与えることができるようになるため。
そこを勘違いしてしまうこともあるように思います。

主に思い切ってささげるときに、
それに報いて豊かにしてくださるときがあります。
でも、それを「自分が与えられたもの」と勘違いしてしまうんですよね。
それは「もっと与える喜びを知りなさい」と、
与えるために与えてくださるもの。
私たちの手を通り過ぎていくべきものであるのに、
いつの間にか、それを握り締めようとしてしまう。

主が任せてくださったもの、
主はそれにどんな思いを込めておられるのか、
それにもっともっと目を注いで行きたいです。

主よ、
あなたが任せてくださったもの、
あなたがどんな思いで与えてくださったのか、
もっとそこに目を留める者でありますように。
与える喜び、与える恵みに富む者となりますように。

2009-08-21

人に対しても

ちょっとできるときにもう一日分更新。

8月15日(土)の聖書。
第2コリント8章16-24節。

「それは、主の御前ばかりではなく、人の前でも公明正大なことを示そうと考えているからです」21節。

神様の前に真実であることは確かに何よりも大切。
でも、だからといって、人の前の説明責任が軽んじられてはいけない。
自分はどうだろうなあ。

主の前にはすべてがばれているから、
ただただ憐れみで生かしていただいているなあと思う。
人に対して、本当に真実であるだろうか。
お金のことは間違いがないようにと思う。
そして、そのようにしていると思う。

でも、他の事も本当に真実だろうか。

本当に真実な歩みをする者でありたいと思いました。

主よ、
あなたの前に真実でしょうか?
そして、人に対しても私はすべての分野で真実でしょうか?
本当に誠実な歩みをさせてください。

Because so much is riding on your tires.

今日はNJでは夕方、雷雨だったのでしょうか?
気温はずいぶんさがったようですね。
涼しい、という感じではないかもしれませんが・・・。

私たちもドライブ中は守られて、
夕方、目的のアトランタ郊外の知り合いの方のお宅に到着。

今、夜の10時半ですが、
外では雷がごろごろ言っています。
そろそろザーッと降ってくるのでは、と思います。

いよいよ明日が今回のメインイベントです。
朝、大学に行って、入寮。
親子3人で行って、親2人で帰る日です。

昨日の夜、制限速度が時速70マイル(≒112キロ)に上がって、
みんなが寝静まっている中を運転しているときに、
自分自身の責任の大きさを感じていました。

Because so much is riding on your tires.
これは数年前までよく聞いた、タイヤメーカーの宣伝文句です。

とてもいいコピーだと思っていました。

その言葉が心に響いてきました。

大切な存在がこの車に乗っている。
そしてその大切な人たちの安全は自分の運転にかかっている。
(もちろん、タイヤメーカーが言うように、タイヤにもですが・・・)

そのときに、教会のことも考えさせられました。
自分も牧師として、大切な人たちのことを神様から預かっている。
そして、それはその方々の「いのち」、それも「霊的ないのち」「永遠の命」を預かっているのだと・・・。
人によっては「運転手は牧師ではなくて、神様でしょう」という方もおられるとは思いますが、
それには同感しますが、それと共に、やはり神様から任されている、という部分があると思います。

「どうか、あなたがた自信に気をつけ、また、すべての群れに気を配っていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。」(使徒行伝20:28)

霊的な居眠り運転をしてきたのではないかと、
自分の今までの歩みを反省させられました。

どれほど大切なものを任されているのか、もう一度確認させられました。

さて、1週間遅れになった「日々のみことば」から。
(毎日、そのところを読んではいるのですが、なかなかここにアップできません。1週間遅れになってしまいました・・・。)
先週の金曜日、14日は第2コリント8:1-15でした。

「この恵みのわざにも・・・」7節。
「それはあなたがたの益になることだからです。」10節。

献金について書いているところです。
それを「めぐみのわざ」「益になる」といっているところに心が留まりました。

それを義務とか、当然すべきこと、
という程度のこととして、自分で守ってきた部分を感じます。

でも、パウロはこれを、「恵みの業」として、人々に伝えました。
献金をするのは神の恵みなのだと。
それはその人にとって益となるということ。

それは頭では分かっているのですが、
なかなか、自分で「ああ恵みだなあ」と思っているかというと、
どうだろうかと思います。
献金ができるのは確かに嬉しいことです。
そのようなものが与えられていることに、
そのような気持ちも与えられていることに、
感謝が沸いてきます。
でも、それが「神の恵みだ」というのとはもっとすごいんだろうなあと思います。
もっともっと自分の経験として、
「ああ恵みだなあ」という経験をさせていただきたいと思います。

そして、「これはものすごいすばらしい恵みなんですよ!」と喜んで献金のお勧めができるような者になりたいと願います。

主よ、
私がこの恵みの業に富む者となりますように。
そのすばらしさを証しする者となりますように。

楽ちん。

昨日ほとんど運転したので、今日は三人で分担です。

まずはハジ。

楽ちんです。
こうやってiPhoneで更新できちゃいます。

今日の優先順位・・・。

早起きはできませんでした。
そして、Birthday Girlが朝早くから、
「プール行こう」「朝ご飯行こう」と、
にぎやかで、早朝更新は断念。


今日は東海岸NJからNCからGAまで、
ずっと暑くて、午後は雷雨の予報です。


ここまで書いて、Birthday Girlが
「ねえ、プール」とうるさいので、
「もうちょっと待って、どうしてあんたはそう・・・」と言い出したところで、
今日の自分の優先順位はどっちだ?と思わされました。


あとで、またチャンスを見て更新かも・・・です。

2009-08-20

もう一つのイベント

今日も暑かったですね。
NJも、フィラデルフィアもボルチモアもノースカロライナもみんな暑いです。


今日は9時間半のドライブ。
7割方来ました。
明日の午前中はゆっくりできそうです。


下の写真は、ボルチモアのカニです。
スパイスたっぷり、5人で半ダースで、
かなり満足です。


近くのテーブルでは、2人で1ダースを食べていたご婦人達もおられましたが、
たぶん、彼女たちは、わたしたちの半分も食べていないと思います。
たぶん、彼女たちの出したゴミを頂いて帰れば、
立派な「カニ雑炊」を作ることもできると思います。(笑)


もう一つのイベントは、
フィラデルフィアのシニアのためのアパートに引っ越された方をご訪問すること。
お元気そうで、大喜びで迎えてくださいました。
施設の方々も、良くしてくださっているようです。
そして、「彼女のことうちのブログに写真付で載っているわよ」と教えてくださいました。
リンクはこちら。
http://plushmills.typepad.com/pmblog/2009/07/mataro-dolls-displayed-at-plush-mills.html
ただ、どうしても日本語で話すチャンスがないので、その必要を感じておられます。
近くの日本語教会の方々が訪問してくださっているそうです。
今日はどうしてもNCまで来ておきたかったので、
2時間遅れのこともあり、1時間ほどで失礼しました。

「日々のみことば」の更新は、たぶんまた明日の朝、一人で早く目が覚めると思うので、明日の朝にでも・・・。

イベントの一つ。

半ダースでちょうどよかったです。

意外と少ない

予定を1時間程遅れて出発したのですが、郵便局とか、銀行とか、
教会とか、色々まわっている間に、忘れ物を思い出して、結局二時間遅
れ。

これが今朝明け方までかかってつくった荷物。

意外と少なくて、拍子抜け。

では、行って来ます。

いよいよ・・・か?

日付が変わって1時間経ちました。


昨日は全然涼しくなりませんでしたね。
暑かったです。
最高気温は33.5度。
今も、23.5度です。
でも、湿度が高いので、熱帯夜的気分です。


今日も暑くなるようですが、
今日からはNJよりも南部の天気が気になります。


・・・と思って確認しましたが、
南部もNJもこの後1週間、まだまだ暑いみたいですね。
帰ってくる頃に、やっと涼しくなるようです。


昨日も夜の集会が終わって帰ったのが10時過ぎ。
もう部屋もすっかり片づいて、
荷物もまとまって、ゆっくり最後の夜を過ごすか、
と思っていたのですが、


あり得ないくらい、散らかったまま。


12時頃から、荷造り再開のようです。


出発まであと8時間足らず。
ゆっくり語り合ったり・・・は行の車の中か、
木曜日、金曜日の夜になるのでしょうか?
それ以前に、ホントに、出発出来るのでしょうか?


この先1週間は不定期の更新になると思います。(いつもか・・・)


さて、8月13日(木)の聖書。
第2コリント7章2-16節です。


「あの手紙によってあなたがたを悲しませたけれども、私はそれを悔いていません。あの手紙がしばらくの間であったにしろあなたがたを悲しませたのを見て、悔いたけれども、今は喜んでいます。あなたがたが悲しんだからではなく、あなたがたが悲しんで悔い改めたからです。」8-9節。


パウロの勇気と愛。
人々が自分の手紙を読んで、悲しんだ時、
パウロはどんな気持ちだっただろうか?
「自分は間違っていたのだろうか?」と思っただろうと思う。
自分の判断は間違っていたのではないか?
と不安になったのではないかと思う。

彼自身「悔いたけれども・・・」と言っている。

不安だっただろうと思う。

でも、主は彼らを悔い改めに導かれた。

自分自身の姿はどうだろうかと思わされました。
愛と勇気があるだろうか?
本気で相手を心配しているだろうか。
事なかれ主義で、なあなあになって、
一人の人を悔い改めに導くこともできなくなっていないだろうか?

主にある愛によって、
兄弟姉妹を愛する愛によって、
はっきりと言うべき時にははっきりと言うことができますように。

主よ、
私に愛と勇気を与えてください。
あなたの完全な愛によって、私の中にある恐れを取り除いてください。
人を愛して語る者とならせてください。

2009-08-18

神様からの情熱。

今日も暑かったですねえ。34度くらいいったでしょうか?
もっとでしょうか?
今もまだ暑くて、汗が流れてきます。


今、夜の11時過ぎですが、
まだ26度あります。
でも、この暑さも今日が峠。
今もあちらこちらで雷雨のようですが、
明日も雷雨になって、少しずつ、気温は下がってくるようです。


今日は、1ヶ月半前に持たれた、
小学生キャンプの感謝反省会。
3教会からスタッフが、キャンプ後初めて集合して、
今後の展望についても話し合いました。


幸いな一時を持ちました。


でも、先週のJOYJOYキャンプでも、
ある方々は仕事を休んで、
ある方々は家族の助けをもらって、
ある方々は日本から犠牲を払って、
たくさんのスタッフが奉仕をしてくださいました。


このような一人一人の情熱があったから、
できた2つのキャンプだったと思います。


でも、それはやはり、その人自身と言うよりも、
神様からの情熱。


さっき、実家に電話をしたら、76歳になろうとしている父が、
泊まりがけで「小学生キャンプ」のスタッフをしているみたいで。
これには「参った」と思いました。


最近、子どもと一緒に何かをするよりも、
座り込んでしまうことの増えてきた自分の限界を感じ始めていただけに、
もう一度、主からの情熱を与えて頂きたいと思いました。


来年も是非、やりたいね、という話になった、小学生キャンプ。
さて、主がどのように導いてくださるか、楽しみです。
主が与えてくださった情熱に、素直に従って、行こうと思います。


さて、8月12日(水)の聖書。
第2コリント6:14-7:1


「私たちは生ける神の宮なのです。」16節。

わたしたちのうちに主が住んでくださる。
そのために、自らをきよめなさいと。
でも、本当のところは自分ががんばって掃除をするわけではない、
と言うことは聖書の他のところから明らか。

主に明け渡していくときに、
主の支配に自分自身を差し出していくときに、
きよめてくださるのは主の御業。

わたしたちのなすべきことは、
握りしめているものを手放すことであり、
主の支配を受け入れること。

奥の間の扉まで開けて、
そこも主に見て頂くこと。

頑固にこだわっていることさえ、
子どもの頃のいろんな出来事から傷さえ、
主の御手にゆだねていくこと。

主のなさることを、これからも見せて頂きたい。

神様、
あなたが私の心をあなたの住まいとしてくださることに、
心から感謝します。
どうか、私の心をきよめてください。
あなたの支配に差し出します。
私が自分の手で握りしめているものがあるならば、
それをあなたに差し出します。
どうか、あなたのものとしてください。

2009-08-17

ハリケーンシーズン到来か?

今日も暑かったです。
明日も暑いそうです。
これで3日連続90度F(約33度C)オーバーだそうです。
でも、この後の予報を見ていると、
この週末からどんどん涼しくなって、
わたしたちがアトランタから帰ってくる、来週後半には、
すっかり、秋の気配のようです。


15年前に初めて来たNJ。
8月の25日くらいだったでしょうか。
本当に涼しかったです。


今年もそんな感じですね。


そうそう、今日、今年初めてのハリケーンが大西洋に発生しました。
2つのTropical Stormも発生していて、
このさき、ちょっと目が離せない感じですね。


わたしたちの予定にもちょっと影響があるかもしれません。


JOYJOYキャンプが金曜日に終わって、
土、日、とあわただしく時を過ごして、
今日、久しぶりに日常に戻ったという感じです。


でも、あと中2日でハジを連れてアトランタに出発します。


楽しみでもありますが、
行きは5人で、帰りは4人というのは、ちょっと複雑な気持ちもします。
男4人兄弟で育った自分にとっては、
想像もできなかった、「女の中に男が一人」家庭になってしまいます。
洋式トイレで蓋が上がっていたら、「パパ使ったな」と言われる環境ですよね。
ちょっと肩身狭いかも・・・。


さて、久しぶりの「日々のみことば」。
8月11日(火)は第2コリント6:1-13でした。


「私たちは人をだます者のように見えても、真実であり・・・」8節

これ、厳しいことですね。
真実に歩んでいるのに、人から見たら、
「この人は人を騙しているのでは・・・」と思われるなんて。

どんなにつらいことかと思います。
なげだしたくなるのでは、と思います。
そんな風に思われるなんて、
そんな風に言われるなんて、
自分は何のためにやってきたんだろうかと、
思うだろうと思います。

でも、それでもパウロは真実に主の僕として歩んだ。

それが大切なことだと思いました。
そのように生きたいと思いました。

主よ、
あなたに対して、人に対して、
真実に歩むことができますように。
どのように言われても、変わらない強さを与えてください。

2009-08-16

あ〜あ、おわっちゃった。

今日、JOYJOYキャンプのセットをかたづけて、とうとう、終わって
しまいました。ほっとしたような、さびしいような、
PCを教会に忘れて来たので、
あとまた遅くなったので、
更新は、またあした。