2007-07-07

主の奇しい業

今日は暑くなりました。
今朝は予想通りの17度くらいの
ちょっと半袖では肌寒いくらいの気温でしたが、
その後、昼頃からは暑くなって、
33度くらいまでいったと思います。

その後、日が暮れるまでは30度くらいありました。
日が暮れてからはどんどん涼しくなってきています。

夜の10時半を過ぎて、
外は23度くらいまで下がっていますが、
家の中はまだ外の熱気が残っています。

明日はもっと暑くなって、
たぶん家の温度計では36-7度まで行くでしょう。

写真とっていませんが、
今日、待望のキュウリ初収穫でした。
すぐに5つに分けられて、たべられました。
去年は100本以上行きましたが、
今年もそれに負けないくらいたくさん穫れますように・・・。

いんげんはすでに40本くらい穫れています。
でも、100本くらいにならないと、ちょっと料理にはものたりません。
これからだと思います。

今日の聖書。
今日は詩篇の105篇を読みました。

「主に歌え。主にほめ歌を歌え。  そのすべての奇しいみわざに思いを潜めよ。」
2節の言葉に心が留まりました。

そして、25節には、
「主は人々の心を変えて、御民を憎ませ、  彼らに主のしもべたちを、ずるくあしらわせた。」
とあります。

主の不思議な御業、
それは良いことばかりではありませんでした。

それは、「人々から憎まれる」ということもあったのです。
でも、それを通して、主はイスラエルに求めを起させ、
人々をエジプトから解放させられたのです。

「主がなさる不思議なこと」
その不思議さは、私たちの理解や想像を超えていることを、
今日ももう一度思わされました。

自分の小さな頭で考えて、
それでわかってしまうような、
ちっぽけな神さまではありません。

「憎まれる」ことさえ恐れないで、
神さまを信頼して、
大胆に歩んでいきたいと思わされました。

主よ、
あなたのなしてくださる不思議な業、
それは私の理解や想像を遙かに超えたことです。

「人に憎まれる」ことさえ、その中にはいるなんて・・・
ですから、私がそれをも恐れないように守ってください。
人から憎まれることや理解されないことを、
恐れない者でありますように。

ただただ、あなたを見上げて、あなたについて行く者であらせてください。

2007-07-06

私の心の思いが

今日は朝からスカッと晴れました。
そして「蒸し暑い」は外れて、
気持ちの良い晴れの日でした。
暑かったですが・・・。

場所によっては雷雨になったみたいですが、
Paramusは素通りで、まったく雨は降りませんでした。

今夜もそこそこ涼しい風が入ってきます。
明日の朝は6時半からFort Leeの
川沿いの公園で朝の祈り会ですが、
気温は17度くらい。
とても気持ちの良い朝になりそうです。

5連休の最終日は、
半分休み、半分は週末に向けての準備。
出かけるのもいいですが、こういうのもいいなあという、
1週間でした。

さて、明日からまた全開です。

今日の聖書。
今日は詩篇の104篇でした。

「私の心の思いが神のみこころにかないますように。」
34節の言葉です。

自然界の中の神さまの御業をたたえた後、
この言葉が締めくくりに出てきます。

自分が何かした後に、
「これが御心でありますように」という人の言葉を聞いたことがありますが、
出発点が違うと思いました。

まず、自分の思いが主の御心に叶っているか、
それを知っていくこと、それを求めていくこと、
自分の気持ちさえも主に寄り添っていく、
そのような者でありたいと思いました。

どうしたらそうなれるのかとも思います。
でも、それはやはり御言葉によると、
「試練によって、主のきよさに与る」ということなんでしょうね。
自分でがんばって、「神さまの御心に自分の思いが寄り添っていくようにしよう」
というよりも、主が訓練を与えて、主がいろんな試練の中で、
一つ一つ教えてくださるんだろうと、
そして、いつの間にか、主が願っておられることを、
自然に思えるものとなるんだろうと思います。

そのように整えて頂きたい、そのように思いました。

主よ、
この1週間を感謝します。
明日からの週末の働きのために、
あなたの特別な支えを与えてください。
強く雄々しくあることができますように。

そして、あなたの願っておられることを、
教えてください。
私の思いがあなたの御心に沿ったものとなりますように。

2007-07-05

赦しの神

今朝起きたら、
まだ雨が降っていました。
でも、明るくなるにつれて、
だんだん晴れ間も出て、
蒸し暑くなってきました。

今は夜の8時過ぎですが、
なんだかとても蒸し暑く感じます。

今夜はもう一雨あるでしょう。
そして明日以降は蒸し暑く、30-35度の日が続くようです。
いよいよ夏本番です。


昨日の午後、餃子の材料を買いに行こうと
玄関から出たとたんに、向こうから、duckの群れが・・・。
一匹だけちょっと大きなお母さん、
他のはちょっと大きくなりかけの雛みたいです。

ちょうど持っていた携帯電話のビデオで撮りました。
のんちが、えさをやっているところです。



そんなことしたら、毎日期待して来てしまうじゃないか、
これから厳しい自然界の中を生き延びなければいけないのに、
そんなに甘やかしてどうする!と思うのですが・・・。

それに、最後に
「さあ、もう終わりだよ、お隣さんいきな。さ、こっちだよ」ってのも・・・。

今日、NYの自然史博物館に行ったら、
「たぶんこれだろう」というのがありました。
black duck。
日本ではduckというと、白い「アヒル」というイメージがありますが、
こちらでは、水鳥のかなり広い範囲で、アヒルくらいの大きさのヤツは、
duckって呼んじゃうみたいですね。
これから玄関から出る時は要注意です。

さて、今日の聖書。
今日は詩篇の103篇でした。
「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」
という3節の言葉も、もう一度心に留まりましたが、
今日はもう一つ、

「東が西から遠く離れているように、
 私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。」
という12節の言葉も心に留まりました。


主がしてくださった良いことと言うと、
私はすぐに、何か病気が治ったとか、
いい人に巡り会えたとか、
励まされたとか、
必要が満たされているとか、
いろんなことを考えるのですが、

何よりも「良いこと」は、
「罪を赦されたこと」ではないかと思うのです。

何年も前ですが、
一つの行き違いを、どうしても赦して頂けない経験をしました。
確かに「行き違い」ですから、
100%自分に非があったとは思えなかったのですが、
やはりまずかったよな、ということでした。
その時に、「赦されないということはこんなにきついことなのか」と思いました。
その時には、自分をサポートしてくださる方もたくさんおられたのですが、
それでも、最終的には自分に責任があったわけです。
ですから、赦されないことの不安や恐れ、きつさを感じました。

でも、もしも、神さまが赦してくださらなかったら、それはどんなにきついことかと思います。
というか、絶望ですよね。
でも、主は「東が西から遠く離れているように、罪を遠くにしてくださる」というのです。
ありがたいことだと思いました。

赦されないことのきつさを感じれば感じるほど、
赦されていることの大きさを感じるのだと思います。

主に赦されている。
このことをいつも感謝して歩んでいきたいと思いました。

主よ、
あなたに感謝します。
あなたのしてくださった良いこと、
全て感謝します。

そして、その中で、
「罪赦されたこと」その大きさを
決して忘れることがありませんように。
私を守ってください。
そこに感謝しつつ歩む者としてください。

この特別な1週間に感謝しつつ。

2007-07-04

主のいつくしみの時

独立記念日でした。
花火は日曜日に、コンサートは月曜日に、終わっていますので、
なんだか、今ひとつ実感のわかない一日でしたが、
午後、ちょっと買い物に出た時に、
走る車の少なさに、「ああ、今日は休日なんだなあ」と、思いました。

今日はまた一日涼しかったですが、
昨日までのさわやかさとは違った、
どんよりとした涼しさでした。

そして夕方からは雨。
あちらこちらの花火大会も雨で水を差された感じです。

でも、さすがにNYの花火はすごいですね。
テレビで見ていましたが、
一度行ってみようかな、と思いました。

明日も引き続き、どんより+雨の一日のようです。

結局今日は天気予報と相談の上、
午前中は家庭内UNO大会。
2007年度版のYankees UNO
(こちらで13ドルのを10ドルちょっとで買って「高い!」と思っていたのですが、日本では3800円!)

なぜか、長女が参加拒否。で、4人で対決。
4×年の人生の中で「たぶん3回目」というのんちと、
手の内を全部見せてくれる5歳の末娘と、
16歳で、この手の遊びは一番得意なはずなのに、
大きな賭けに出て撃沈をする息子とを相手に、「圧勝」。

「たくさん遊んできたんでしょう」と言われると、
あんまりうれしくないのですが、

否定はできません。

一番やっていたのは高校時代かな。
高校のオケの合宿なんかの自由時間は
なんだか、いろいろゲームをやっていました。ハイ。
まあ、定番は今の子たち(NJの)と同じで
「大貧民」「ナポレオン」「UNO」それから、「たこ八」かな。

昼休みを挟んで、夕方からは、
庭に生えているニラを使ってやろうと、
「皮から手作りの餃子をみんなで作る大会」。

これは参加拒否をするヤツもなく、
(まあ、拒否したら、夕食も食べられなくなるでしょうから、当然ですが・・・)
2時間かけて、130個!。
おいしかったです。さすがに5人で全部は食べ切れませんでしたが・・・。

こんな提案をするオヤジについてくる、
子供たちはなかなかエライかも・・・。
(関西弁の「エライ」でもあるかも・・・)



今日の聖書。
今日は詩篇の102篇を読みました。

「今やいつくしみの時です。  定めの時が来たからです。」
13節の言葉です。

この詩は、賛美の歌に挟まれた、「嘆きの歌」です。

13節は、その中で、「主のいつくしみの時がきた!」と感謝がわいてきているところです。
必ず、主の助けの時がくる。主が御手をさしのべてくださる時がくる。
それを疑わないで、信頼して歩んでいこうと思いました。
もっと主の御手を楽観的に信じて、
大胆に歩んでいこうと思いました。
賛美しつつ歩んでいこうと思いました。

主は私たちの祈りをないがしろにはされないから。

主よ、
あなたの守りを感謝します。
あなたの時を待ち望みます。
あなたが御手をさしのべて、勝利を与えてくださる時が来る、
だから、安心して、信頼して歩んでいこうと思います。
主よ、守ってください。

2007-07-03

真実な者たち

今日2回目の更新。

夜、行ってきましたよ。
Yankeesの応援。
家族そろって(というか、女性軍と一緒にというのは)、4年ぶり。
言われるまで気がつきませんでした。
その間、何回行ったことか・・・。
今回は、本当に高かったです。
物理的な高さが・・・。
後ろに4列しかありませんでした・・・。

そして、今日はすっきりした試合でした。
8-0で圧勝。

ワンサイドゲームなんておもしろくない、と思っていたのですが、
どうしてどうして、気持ちいいですねえ。
攻撃の時に、怒濤のように攻めたり、
守りの時に、ダブルプレーが決まったり、
本当に気持ちよかったです。

明日から金曜日なんですが、
アイディアはいくつか出るんですが、
決定打が出ないでいます。
16歳男、12歳女、5歳女で共通の興味を見つけるのは、
かなり難しいですね。

花火のできる州に行ってキャンプをして、花火を楽しむ。
(NJは個人での花火は全面禁止ですよね。
去年のJuly 4thには近所でやっている家があったけど・・・)
というのも真剣に考えたのですが、
2晩とも60-80%の確率で雷雨。
そういう予報の範囲を避けようとすると、
ノースカロライナくらいまで行かなければいけません。
そこまではねえ・・・。

さて、今日の聖書。
今日は詩篇の101篇です。

「私の目は、国の中の真実な人たちに注がれます。」
6節の言葉です。

「真実な者たち」というところに目が留まりました。
これは元々王様の歌。
王様が曲がった者たちに正しい裁きをすること、
そして、真実な者たちに目を留めること、
それを宣言したところです。

イエスを王として読むと、
本当に自分の心が主に対して、真実であるかどうか、
問われているように思いました。
もう一度悔い改めるべきことを悔い改め、
主が全ての罪から、
心の中の罪からも、守ってくださるようにと祈りました。

また教会を導いている者として、
教会の一人一人が主に対して
真実であるようにと、祈らされました。

主よ、
あなたに対して、本当に真実であらせてください。
裸の心で、安心して、
あなたの前にでて、赦しと平安とをいただいて歩むことができますように。
あなたの赦しを決して安っぽく考えることがないように、
守ってください。導いてください。
罪の恐ろしさを教えてください。

主の羊

昨日11時頃休んだおかげで、
今朝は5時半にはぱっちり目が覚めて、
また新しい気持ちで教会に行ってお祈りしてきました。

どこででも祈ることはできるのですが、
やはり、あそこに行くと、祈れる、心が神さまの方に向く、
という場所があるんだろうと思います。

今日もさわやかな一日となるようです。

でも、この天気も今日まで、
明日からは「一時雷雨」の予報が金曜日まで続いてきます。
来週は暑い、「プール日和」になるようです。

昨日、ちょっと書きましたが、
コンサートの緊張感、
練習の時よりもいい感じがしました。
とても懐かしい感じでした。

人々の前に立って神さまの話をする時にも、
「緊張感」があります。
どちらかというと、「責任」とか「大切さ」の面では、
そちらの方が大きいと思います。
でも、やはり使命感もあると思いますし、
神さまが特別な助けを与えてくださるのでしょう、
喜びと、力が与えられるのだと思います。

でも、トロンボーンの場合は、
まだ本番で「楽しい」と言えるほど吹き込んでいないせいでしょうか、
ものすごい「緊張感」があります。
トロンボーンは3人だったのですが、
1stトロンボーンのご婦人はとても上手な方、
そして、Bass トロンボーンの人は昨日だけ頼まれた助っ人。
もちろん上手。
その間に挟まれて、びびりましたよ。
ハーモニーを造るところなんかは、ちょっとしたピッチのずれが、
3人のバランスを崩したりします。
音を外すなんて問題外です。(何度もありましたが・・・)
その緊張感がまた懐かしかったです。

でも、やっぱり音楽自体を「楽しい」と思えるほどできたらいいなあ、
と思った昨日のコンサートでした。

さてさて、昨日の聖書。
昨日は詩篇の100篇を読みました。

「私たちは主のもの、主の民、 その牧場の羊である。」
3節の言葉です。

今朝ももう一度読み直しました。
そして、昨日よりももっと深くいろんなことを思いめぐらしていました。
特に「私たちは主の羊である」ということ。

イエスがヨハネによる福音書の10章で、
「わたしはよい羊飼である」と話された時に、
「羊は羊飼の行くところ、どこへでもついて行く」
と言われたことを、思い出しました。

わたしは主の行かれるところ、どこへでもついて行っているだろうか?
おとといの日曜日に礼拝で語ったことが、
自分自身に問われているように感じました。
主の御声を聞かせて頂きたい、
主の導きを知りたい。それに忠実に従っていく者でありたい、
そのように思いました。

もっともっと貪欲に主の御声を聞かせてください、と祈る、
そのような者でありたいと思います。

主よ、
あなたの御声を聞かせてください。
あなたが語ってください。
聖書を開く時、祈る時、
主よ、あなたがわたしに語り、
あなたがわたしに教えてください。
そして、それに対して忠実に、従順に従っていく者でありますように。

2007-07-02

また明日

今日は月から金の休暇の初日。
でも、元々月曜日は元々週に一回のお休みの日だし、
水曜日は独立記念日なので、3日お休みをいただければ5連休。
まあ、日曜日の説教の準備だとか、JOYJOYキャンプの準備だとかで、
ぼちぼちやってる、って感じの1週間だと思いますが・・・。

今日は23年ぶりのコンサート。
緊張感がなかなか気持ちよかったです。

また、今日はなんだかもう眠くて仕方がないので、
明日の朝更新します。

ではでは。

2007-07-01

裁きと赦し

今日は気持ちのいい一日でした。
特に、夜は町の花火大会に行って来たのですが、
長袖でないと肌寒いくらい。

11時で17度。
今夜は12度くらいまで冷えそうです。

その花火大会、
久しぶりに(初めて?)家族そろって出かけました。

毎年見るポイントを変えているのですが、
今年は立体駐車場の屋上。
結果は・・・特等席でした。

約30分間、何連発だったでしょうか?
とにかく、年々派手になっているように思います。
今年も大満足でした。

思い出すのは、去年も書いたかも知れませんが、
23歳の時に、夏に過ごした、北海道の士別市の花火大会。
もう21年前なんですね。
一発上がるごとに「提供は~商店」とアナウンスが入ります。
なんだか、のどかな花火大会でした。
今もそのころと同じなのかなあ、
また行ってみたいと思いました。

さて、明日はオーケストラのコンサート。
最後にコンサートに出たのは21歳の冬だったかな。
23年ぶりですよ、こっちは。

ちゃんと練習しよう。

さて、今日の聖書。
そう、今年ももう半分。6ヶ月が立ちました。
これから後半戦ですね。
今日は詩篇の99篇でした。

「われらの神、主。あなたは、彼らに答えられた。  あなたは、彼らにとって赦しの神であられた。  しかし、彼らのしわざに対しては  それに報いる方であった。」8節。

「彼ら」にとっては、「赦しの神」
「彼らのしわざ」に対しては「報いる方」

罪に対しては厳しい方。
でも、私たちに対しては何とかして赦そうとされる方。

その罪に対する厳しさを忘れて、
「赦してくれるから・・・」と甘えやすい自分自身。

わたし自身、罪に対して厳しい者でありたいと思いました。
そして、人に対しては、もっと愛を持って歩める者とさせて頂きたいと。
主が愛されたように、愛することを教えて頂きたいと思いました。

「愛する」とはどういうことだろうか?
その人が主に目を向けて、
主との深い関係に導かれていく、助けをすることができれば、
と思います。

自分がどう思われるかではなくて、
とにかく、1人の人が主に心が向けられていく、
それを願い、祈っていこうと思います。

主よ、
今日の一日も感謝します。
今日、礼拝に来れた1人1人に感謝します。
どうか、おいでになることができなかった、
お一人一人に、主の慰めがありますように。

あなたが罪に対して持っておられる目を、
わたしにも与えてください。
あなたが人に対して持っておられる目を、
わたしにも与えてください。