2007-08-09

低い者を顧みられる主

こちらのバイブルキャンプを準備してこられた方と、
昨晩はお食事を共にさせて頂きましたが、
その信仰の姿勢には大いに励まされ、学ばされます。
いつも御言葉をしたって、
御言葉に励まされて、準備をしてこられたことを感じました。
その姿勢に、このバイブルキャンプの祝福を確信しました。

今日の夕方から始まるバイブルキャンプのために
お祈りください。

そして、今日の聖書。
今日は詩篇の138篇です。

「まことに、主は高くあられるが、
低い者を顧みてくださいます。」
6節。

主が見ていてくださる。
主が共に歩んでくださる。
そのことを今朝も覚えます。

日曜日に礼拝で話したように、
御言葉を反芻して一日を過ごしたいと思います。

「主は低い者を顧みてくださる」
高ぶることなく、謙虚に歩みたいと思いました。
そして、それを一瞬一瞬教えて頂きたいと思いました。
具体的に、私自身が高ぶりそうになってしまうときに、
主がその瞬間に「それだよ、今のその思いだよ」と教えてくださいますように。

そして、砕かれる、整えられる、ということがどういうことなのか、
教えて頂きたいと思いました。

主よ、
どうか、今日から始まるバイブルキャンプを祝福してください。
あなたのすばらしさを見ることができますように。
あなたの招いておられるところに進んでいくことができますように。

どうか、私自身の歩みの中で、
「低い者」がどんな者であるか、
自分が「高ぶる者」になっている時がどんな時であるか、
教えてください。

神への愛

訂正。
Weather Channelありました。
このホテルの名誉のために・・・。
別にどっちでもいいでしょ、
っていう特別な方も中にはおられるかもしれませんが。

こちらは先ほどから雨が降っています。
でもここから4時間(つまり200マイルくらい?)のキャンプ場は大丈夫なようです。
大きな州なので、州内でいろんな天気があるようです。
NJ州だったら、4時間走ったら、絶対に州内じゃないですよね。

NJはまた今日の午後から今夜にかけて雷雨の予報ですね。
昨日の朝の雷雨はひどかったみたいで、
TVで、NYの地下鉄が止まっていたことなど見ました。

さて、つながらなくなる前に追いついておこうと思い、
昨日の聖書。
昨日は詩篇の137篇でした。

「エルサレムよ。  もしも、私がおまえを忘れたら、  私の右手がその巧みさを忘れるように。」
5節です。

この詩は聖書学院時代に、
聖歌隊で歌ったので、
ものすごく印象的に覚えています。

神の都エルサレムを慕って歌っている歌です。
バビロンに連れて行かれて、
酒の席で「一曲讃美歌を歌ってくれよ」と言われて、
「こんなところで歌えるか」と
屈辱を覚え、傷つき、怒り、歌った歌です。

振り返って自分のあり方を覚えるときに、
自分はこの詩人ほど神様を愛しているか、
この詩人ほど神が侮辱されたときに痛みを覚え、怒りを覚えるだろうか、
そのように思いました。

自分の神様に対する愛はそこまで熱いだろうか。
いや、もっと言うならば、自分の神様に対する愛は、
神様の自分に対する愛ほど熱いだろうか、
そのように思いました。

神様からの熱い愛をもっともっといっぱいに感じて、
神様をもっともっと熱く愛する者でありたいと思いました。

主よ、
あなたが私を熱く熱く愛してくださる愛に、
私の目を開いてください。
そのあなたの愛を感じさせてください。

どうか、その熱い愛によって、
私も熱い者となりますように。
あなたを熱く愛する者でありますように。

2007-08-08

主の恵みを数えつつ

ミシガン州はAnn ArborのHampton Inn。
ここは、ロビーに日経新聞がおいてあったり、
チェックインの時に、日本語での案内がもらえたり、
極めつけは、部屋でTV Japanが見られたり、
自分の家にいるよりも日本的なホテル。
朝の無料の食事にも日本食メニューがあるとか・・・。
なぜかテレビのリストにWeather Channelがないことをのぞけば、
非常に快適に過ごしています。

明日からはここから車で4時間のLutherという田舎町にある
キャンプ場での4日間です。

Verizonは携帯が通じるそうですが、
私の使っているCingularは通じないそうなので、
あと12時間で、このページの更新も4日間できません。
日曜日の夜から使えるかもしれませんが、
確実なのは火曜日の夜の帰宅後。

ま、それもいいかな・・・と。

NJを出てくるときは、ものすごい蒸し暑さでしたが、
こちらに着いたら、ふつうの蒸し暑さです。
でも、明日からのキャンプ場はちょっとましかもです。

さて、昨日、月曜日の聖書。
詩篇の136篇でした。

何節ということではなくて、すべての節に出てくる、
神様がどんなことをしてくださるかということと、
「その恵みはとこしえまで。」
という応答が心にとまりました。

そして、自分の人生でこの詩篇を書いたらどうなるかと思いました。
一つ一つの主がしてくださったすばらしいこと、
それを一つ一つ書いて、
「その恵みはとこしえまで」
と続けて書いてみようと思いました。

一度、教会の人たちと、
そのことを分かち合ってみたいと思いました。
私たちは主からどれくらいの恵みをいただいているのか、
私たち一人一人の人生に、
主はどれほどのすばらしいことをしてくださってきたのか、
分かち合いつつ、
主に感謝を捧げる時を持ちたいと思いました。

主よ、
あなたが、私の人生の中で、
どんなにすばらしいことをしてくださったか、
忘れることがありませんように。
忘れていることがあったら、思い出させてください。
あなたに感謝します。
自分の人生にあなたがしてくださったよいことを、
思いだし、分かち合う、チャンスも与えてください。

2007-08-07

神の宝とされた恵み

今日はまた暑かったですねえ。
34度くらいまで行きました。
夜になっても、蒸し暑さが続いています。
11時で27度。
雨も今までのところ、パラパラ程度ですが、
この後ちょっと降るかもしれません。

明日も蒸し暑い日が続くようです。

で、明日から行くミシガンの気温を見ると、
朝の最低気温はずっと15度程度。
こっちよりもずっと涼しいようです。
助かります。

昨日あったいろいろなことの第2。

チケットをありがたくちょうだいした後、
その足でNYに行ってきました。
初めての場所。
ウガンダの国連代表部?(正式名称はPermanent Mission of the Republic of Uganda for the United Statesだったかな・・・)
息子のウガンダへの観光ビザをとっておこうということで。
現地に着いてから空港でも取れるみたいなんですが、
なんと言っても一人ですからね。一応取っておいた方が無難だろうと言うことで。

国連の真ん前の一等地。
とてものんびりしたオフィスでした。
日本領事館はセキュリティーが厳しくて、
荷物とか全部チェックされますが、
こちらは、一応金属探知器を通るんですが、
鳴っても、ドアマンは気にすることもなく、入れてくれました。
とっても気さくなドアマンで、
「Paramusに住んでるの?近所じゃん。ボクはFort Lee。」
「そうだねえ、近所だね(って車で15分)」
「アンニョンハセヨ~」
「残念、日本人なんだ」
「アリガト」
「そうそっちの方・・・」
ってかんじで楽しい人でした。

で、オフィスに行ったら、
受付のおばさまが、
「私にだして」っていうんだけど、
だいじょうぶかなあ、ってかんじかな。
「引換証」とか「預かり証」とかない。
帰り道では「もしも届かなかったら、どうやってクレームすればいいんだろうか」と考えてしまいました。

でも・・・
今日の朝、速達(こっちで前もって封筒や切手を準備して渡しておく)で来ました。
すばらしい。疑ってごめんなさい。
でもこんなに早くできるなら、
あの場ですぐやってくれればいいのに・・・。

とにもかくにも、ホッとしました。

昨日の聖書。
昨日は詩篇の135篇でした。

「まことに、主はヤコブを選び、ご自分のものとされ、  イスラエルを選んで、ご自分の宝とされた。」
4節の言葉です。

もちろん、ここでのヤコブとか、イスラエルは、今では教会を指します。
主は私たちを選んで、神様の宝としてくださった。
主の宝として受け入れてくださったことのすばらしさ、ありがたさを感じます。

主が私たちの宝でもあるのですが、
その前に、主の方が私たちを宝として受け入れてくださっている、
大切にしてくださっている、喜んでいてくださっている。
それが本当に感謝です。

主よ、
あなたが私のことを、
あなたの宝物としてくださっていることに、
心から感謝します。

宝物とされている喜びをもっともっと満たし、
感謝にあふれて歩ませてください。

明日からのミシガンの1週間の中で、
あなたのご臨在をおぼえて、
あなたの奇跡を拝させてください。

そして、祈りを持って送り出してくださるNJの皆さんの上にも、
豊かな祝福がありますように。

いつでも主に仕える

昨日はいろいろあって、帰ってきたのが深夜だったので、
そのまま夢の国に直行。更新はできませんでした。

いろいろあったことその1。

9年ぶりにチケットをもらってしまいました。
イベントとか、野球とかのチケットだったら喜んでもらうのですが、
今回はちょっとうれしくないやつ。
ちょっと坂道で勢いがついていたので、
無意識で行っちゃっていたんですね。
courtに行くべきか、行かざるべきか・・・。

チケットくれたお兄さんは、「Courtに行ったら?」と優しくアドバイスしてくださいました。

でも、つくづく思いました。
人間にはルールが必要で、
そのルールをしっかり守るように、強く言ってくれる人が必要だってこと。
そしてそれを強く言ってくれる人に感謝すべきであること。
「線を引くことの大切さ」を感じました。

反省。

さて、日曜日の聖書。
日曜日は詩篇の134篇でした。

「夜ごとに主の家で仕える者たちよ」
1節の言葉です。

「夜ごとに・・・」という言葉が特に印象深く残りました。
夜は自分の時間・・・みたいな思いを持つときがあります。
でも、昼も、夜も、やはり私の時間は主のものなんだと思わされたのです。
すべては主から管理をまかされたもの、
時間もそうです。

リラックスする時間や、
寝る時間も、主が私に必要だと与え、
管理を任せてくださったものなのだと思わされました。

だから、いつもいつも、
この時間は主が与えてくださった、
主の時間なんだと、思いつつ歩みたいと思いました。

主よ、
私の時間もあなたの御手の中にあります。
あなたのものです。
私が正しく使うことができるように。
昼も、そして、夜も、あなたの時間として、
用いることができるように守ってください。

2007-08-05

兄弟たちが一つになる

昨日は中高生のキャンプで、
更新できませんでした。

が、昨日はまた大ニュースが・・・。

金曜日の夜の雷雨は本当にひどかったですよね。
で、土曜日の朝、早朝祈祷会に行って、
帰ってきて、
キュウリを3本もいだときは気がつかなかったのですが、
昼頃、何の気なしに外を見ると、またもや・・・庭に大きな枝が・・・。


今回はもうすぐ6歳になる下の娘に、大きさがわかるように近くにたってもらいました。
今度のも特大サイズで、今度のも前回と同じ家の木です。
高さといい、豪快さといい、前回の方がちょっと上のように思いますが、
それでも、こんなのくらったら、ひとたまりもありません。

今回も、まあ、よく誰も枝の下にいなかったもんだなあ、と思います。

ちなみに金曜日の雷雨、近くの浄水施設にも落雷があったようで、
月曜日までは、水道の水はわかしてから使うように、というお達しが出ています。

きょうはJOYJOYSunday!
結構たくさんのご家族がJOYJOYキャンプから続けて礼拝に出席してくださいました。
心から感謝。
そして、みんなで教会の中のセットを撤収。
5日間大活躍だった迷路も、あとかたもなくなくなってしまいました。
夏が終わったような、・・・でも暑い・・・。

さて、昨日の聖書。
昨日は詩篇の133篇でした。

「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、  
なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。」
1節の言葉です。

この「兄弟」は私たちにとっては、単なる家族という意味ではなくて、
神様による兄弟、主を信じる仲間、ということです。
その者たちが一つになって、ともにいることは、
何という幸いなんだろうかと思います。
口語訳では「なんと麗しいことか」になっていたと思います。
主がそこにいてくださるから、
神様がそこにともにいてくださるから、
私たちには、喜びがあり、楽しさがあります。

JOYJOYキャンプでも、
ユースのキャンプでも、
また今日の教会でも、
本当に共に主に仕えられることが、
共に主の前に出られることが、

心から感謝です。
このようなすばらしい仲間たちを与えてくださった、
神様に心から感謝です。

主よ、
あなたが与えてくださった、
すばらしい仲間たちに感謝します。
どうか、私たちをさらにあなたにあって、
よい交わりへと導いてください。
本当に「なんと麗しいことだろうか」という、
関係へと導いてください