2007-04-21

主が牧者

今日も暖かくなり最高は26度。
いやあ、本当にいいですねえ。
鼻はむずむずしますが・・・。

でも夜は、今11時過ぎで13度ほど。
この温度差には気をつけなければいけません。

ちなみに月曜日の予想は28度。
来週の後半には最高が13度くらいの日もあるようです。
気をつけましょう。

さて、今日の聖書。
今日は詩篇の28篇です。
「どうか、御民を救ってください。あなたのものである民を祝福してください。どうか彼らの羊飼いとなって、いつまでも、彼らを携えて行ってください。」9節。

これも今私の祈りです。
主が羊飼いになってくださること。
一人一人に語りかけ、一人一人を導いてくださること。
一人一人の罪を示し、砕き、
そして赦しの宣言を与え、立たせてくださること。
それが私の祈りです。

そのサポートをするのが自分の役割だと思わされています。
主との関係をしっかり築いていくこと。

そして、また自分自身も主に養っていただく必要を感じます。
弱い者だから。主に養っていただかなければいけないことを感じます。

主よ、
どうか、私を養ってください。
どうか、教会の一人一人を養ってください。
あなたが私たちの牧者であってください。
あなたに目を向けることができますように。
あなたご自身に目を向けることができますように。

待ち望め主を

昨日も暖かかったですが、
今日も暖かくなりました。

どんどんいろんな花が咲いてきています。

昼頃で23度まで行きました。

もう寒くならないでほしいものです。

さてさて、昨日の聖書箇所。
昨日は詩篇の27篇を読みました。

「待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。」14節。

主よ、
自分の心が守られますように。
恐れや怒りに支配されることがありませんように。
あなたの御顔を望み見ながら歩む者となりますように。
主の支配を信頼して歩むことができますように。
あなたを待ち望み、勇気を持って歩むことができますように。

2007-04-20

更新は明日

今日は夜集会があったので、
更新はまた明日。

今日は本当に暖かくなりました。

ではでは。

2007-04-19

心を調べてください

今日は午後から晴れてきて、
とてもうれしかったですね。

気温も上がって15度くらいまで来ました。

明日は朝からすっきり晴れて、
気温も20度近くまで行きます。

そして月曜日には25度くらい行くみたいです。
いきなり春全開になるみたいです。

今日の朝の祈り会、
エペソ人への手紙の1章の後半を読みました。
そこで、「心の目を開いてください」という祈りについて考えさせられました。

その中でまた旧約聖書のエリシャが敵の軍隊に包囲された時のことを思い出しました。
エリシャの住んでいる町が敵に包囲された時に、
エリシャのしもべは、あわてふためいたのですが、
エリシャには見えていました。
敵の軍隊よりも多くの天の軍勢が自分を守っていることが・・・。

心の目が開かれる時に、勇気を持って進むことができる、
そのように語らせていただきました。
語りながら、自分に言い聞かせているようでした。

さて、今日の聖書。
今日は詩篇の26篇を読みました。

「主よ。私を調べ、私を試みてください。私の思いと私の心をためしてください。」2節。

この祈りは私の祈りです。
純粋な主への思いを持ちたいと願います。
自分の中に不純なものがないかどうか、
自分が神様以外のものを見て、
それに動かされていないだろうかと、思わされます。

ですから、「私を調べてください」と祈らないではいられません。

主よ、
どうか私の心を探ってください。
私の心を調べてください。
私の中に、
不純なものがあるならば、
どうか聖めてください。
私が傲慢であるならば、それを教えてください。
私が何かを恐れているならば、それを取り除いてください。

あなたの道を見せてください。

道を教えられる主

遅くなりました。
日付が変わって昨日のことになりますが、
昨日もまたどんよりとした一日でした。
でも日に日に気温は上がって、
昨日は11度くらいまで行きました。

今日もまたどんよりで、またぱらぱら雨が降るかもしれません。

でも、それも今日まで。
金曜日からはどんどん春らしくなって、
日曜日以降は毎日20度くらいまで上がるようです。
花粉症が心配ですが、まあ、とにかく暖かくなるのは楽しみです。

昨日は日本からのお客さんが来て、
夜のNYの集会に出られました。
20代の若者なのですが、
牧師の息子で、4人男の兄弟だそうで、
「牧師の息子のプレッシャー」を感じていたそうで、
「おなじじゃん」って感じです。

3ヶ月NYに滞在されるそうで、
これからの交わりが楽しみです。

さてさて、
昨日の聖書の言葉、
詩篇の25篇を読みました。

「主を恐れる人は、だれか。主はその人に選ぶべき道を教えられる。」12節。

吹っ切れたかな。
ちょっと悩んでいたこと。
「主を恐れる人に選ぶべき道が示される」と。

主を恐れて歩むことが大切なんだよね。
他の何かではなく、理屈でもなく、
主を恐れて歩む姿勢が大切。

他に恐れるべきものは何もない、
ただ、主を恐れて、主に従っているという平安を求めて、
祈っていこう。

主よ、
あなたを恐れます。
あなたの前に、あなたの導きを待ち望みます。
他の何かではなく、あなたを恐れて、
決断をすることができますように、
あなたが教えられることを待ち望むことができますように。

2007-04-17

戦いに力ある主

今日も一日どんよりしていましたが、
雨はほとんど降らず、
薄日も差し込むようになってきました。

一日一日回復に向かっています。
でも、まだ渡れない橋、あふれている川があるようですね。

大変なstormでした。

明日も今日と同じような天気でしょう。
金曜日あたりから天気がぐんぐんよくなって、
土曜日からは15度を超える日が出てくるようです。
やっと・・・ですね。

また繰り返された乱射事件。
歴史はわかるけれども、
今、銃の所持が許されているのはどうしてなんだろうか?
人が怒ったり、恨みに支配されたり、
妬みに焼かれたりすると、ふつうのコントロールがきかなくなるのはわからないのだろうか?

銃規制が問題を解決しないのはわかっている。
けれども、せめて銃をもっと社会から閉め出していれば・・・という場面がたくさんある。

今の時代、「銃を持っていて助かった」というケースはどれくらいあるんだろうか・・・。

8年前のコロンバインの時、私も若かったのだろうか、
銃規制よりも、心の問題だと考えた。
でも、心の問題がそれほど簡単に解決できない大きな問題だということを
たくさんたくさん経験していく中で、
コントロールできるものをコントロールすべきだと思うようになった。
たとえそれが根源的な問題の解決にはならないとしても・・・。

さて、今日の聖書です。
今日は詩篇の24篇です。

「門よ。おまえたちのかしらを上げよ。永遠の戸よ。上がれ。栄光の王が入って来られる。栄光の王とは、だれか。強く、力ある主。戦いに力ある主。」7-8節。

この最後の、「戦いに力ある主」という言葉が心にとまりました。
これはこの時代にはやはり「戦争」を指していたのでしょうが、
私にとっては、「信仰の戦い」のことを思わされます。
最近、本当に信仰は戦いだなあ、と思わされます。

だから、戦いに力ある主が私と共にいてくださるのは本当にうれしいことです。
自分の力で戦うのではない、主が私のために戦ってくださる。
それがどれほど心強いことかと思います。

この方を頼って、この方を信頼して、
この方の力をいただいて歩みたいと思います。

主よ、
どうか私を守ってください。
あなたが私の主であってくださることに感謝します。
あなたが私のために戦ってくださることに感謝します。
どうか、私がこの信仰の戦いの中にあっても、
勝利をしていくことができますように。

教会の一人一人も日々の戦いの中で勝利していくことができますように。

2007-04-16

恐れない

今日も一日どんよりしていました。
ものすごい嵐だったみたいですね。
いくつもの記録を塗り替えたようです。
特に雨量はすごかったみたいです。

確かに、昨日は朝からでしたが、
礼拝中も、礼拝後も、役員会の後帰る時も、
帰って家でくつろいでいる時も、
ものすごい降り方でしたから・・・。

明日もまたどんよりとした一日みたいです。
そして肌寒い一日でしょう。

去年のtax returnのfileは今年は明日までなんですね。
私も終わりました。
毎年、「早くやろう」と思うのですが、
なかなか締め切りまではできません。

「締め切り」があるということはなんとありがたいことかと思います。
それがないと、どこまでもどこまでもたまってしまうんですね。

人によって違うと思いますが、
私は締め切り必要派です。
直前になると気合いが入ります。
でも、時々、その直前に初めて、
やっているうちに途中で必要なものが見つかって、
それを手配している間に間に合わなくなってしまうことがあります。

だから、毎回、もっと早く準備しようと思います。

でもこれがまた難しいのが性格なんですよね。

今日できることは今日やる。
明日があるとは思うな。

と思います。

「あなたがたは、あすのこともわからぬ身なのだ。」ヤコブの手紙4章14節。

さて、今日の聖書。
今日は詩篇の23篇を読みました。

いつも読んでいる詩篇の23篇ですが、
今日また新しい感動を覚えながら読みました。

「私は、乏しいことがありません。」1節
「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。」4節
「いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。」6節

一つ一つの言葉の豊かさを覚えます。
特に痛みの中で、悩みの中で、この言葉がどれほど慰めであり励ましであるかと思います。
乏しいことない歩み、
死の陰の谷のようなところを歩む時にも、災いを恐れない平安。
そして恵みが私たちを追っかけてくる幸い。

そのような歩みを与えられていることに心から感謝します。

霊的な豊かさを求めていきたいと思います。
調子のいい言葉ではなく、
表面的な楽しさではなく、
どんな戦いの中でも、平安が与えられていく
霊的な豊かさを求めていきたいと思います。

まさに数日前に与えられた、
「主の前にある喜び」
それが私には必要なんだと思わされます。

主よ、
どうか私の歩みをお守りください。
あなたと共に歩めることに感謝します。
もっともっとあなたと共にいることを喜ばせてください。
あなたから来る慰めで満たしてください。支えてください。

悩みを聞かれる主

なんだか目が冴えて、眠れないので、
ここで更新。

夜の2時半。
なんだか雨の音が静かになりました。

昨日1日24時間で116mmの雨。
あちらこちらで川があふれているようです。

昨日の礼拝の中で、子供のためのお話がありました。
そのお話の中で、子供たちから質問が出ました。

「先生は会社行かないの?」
「行かないよ。先生は神様のお話しするのがお仕事なの」
「じゃあ、先生お金はどうするの?」
「その話はまた後でするね・・・」

あとで、ちゃんとしておいた方がよかったかなと思いました。
嘘つきにならないように、今度ちゃんとしたいと思います。

牧師の給与は(日本では牧師謝儀という言葉が一般的です)、
教会にささげられた献金を会計さんがまとめて、
教会の中から選ばれた役員さんが、
予算を組んで、総会での承認を経て、
対外援助を含めて、
様々な教会の働きのために使うのですが、
その中に、「牧師の給与」という項目があります。

そこから出ているのです。ハイ。

さーて、子供たちにはどうやって説明しようかな。

さて、昨日、日曜日の聖書。
昨日は詩篇の22篇を読みました。

「まことに、主は悩む者の悩みをさげすむことなく、いとうことなく、御顔を隠されもしなかった。むしろ、彼が助けを叫び求めたとき、聞いてくださった。」24節

悩む者の声を聞いてくださる主。
そんな馬鹿なことで悩むなとは言われない方。
面倒くさがらずに聞いてくださる方。

前半を読むと、神に捨てられているかに見える者が、
後半を読むと、決してそうではなかったことが明らかになる。

主は私の悩みも、私の叫びも聞いてくださる。
そのほとんどが愚かな、レベルの低い悩みだろうと思う。
主から見るならば、「そんなことで心配するな」「そんなことで恐れるな」ということだろうと思う。
でも、主は聞いて下さる。

主よ、
あなたの元に行けることを感謝します。
あなたのところで、平安をいただき、
あなたのところで答えをいただけることに感謝します。
どうか、あなたの御顔を拝させてください。
あなたとのチャンネルをじゃまするすべてのものを取り去り、
あなたのみ声を聞くことができますように。

2007-04-15

すごい雨

もう、峠は越したのでしょうか?
今日は一日すごい雨でした。
明日も今日のような降り方はしないと思いますが、
雨は続くようです。
雪が混じるという予報を相変わらず出している天気予報もあります。

一日一章はまた明日書きます。

ではでは。