2013-05-11

主の声を聞こう。

11日、アトランタの朝はモワッとしています。
今日は雨も降るみたいです。
今日は朝から、親子ともエモリー出身の人たちのセレモニーに行ってきます。

あさっての卒業式当日はいい天気になりそう!


5月9日木曜日の「日々のみことば」。
木曜日は列王紀下の18章でした。

「ヒゼキヤが「主は必ずわれわれを救い出される。この町はアッスリヤ王の手に陥ることはない」と言っても、あなたがたは主を頼みとしてはならない』。あなたがたはヒゼキヤの言葉を聞いてはならない。」アッスリヤの王はこう仰せられる、『あなたがたはわたしと和解して、わたしに降服せよ。』」30−31節。

ヒゼキヤの言葉を聞くか、
アッスリヤの王の言葉を聞くか、
人々は問われていました。

最後の往復。たぶん。

間があいてしまいました。
金曜日から休暇を取るために、いろいろやらなければいけないことを片付けておりました。

水曜日、ホントに雨が降りました。
それもかなり。

木曜日も降りました。ざあっと。

今週初めに「大降りにはならないでしょう」と言っていたことはハズレてしまいましたね。

木曜日の夜に出て、途中で一泊して、
アトランタにやってきました。
月曜日のハジの卒業式のためです。

2013-05-08

見えることか?見えないでも信じることか?

日付が変わったので、昨日(5/7)のこと。
昨日も時々もくもくと雲がのぼっていましたが、
本当にいい天気で、暖かくなりました。

でも、いよいよそろそろとっても久しぶりの雨が降ってきそうです。
そして、今日こそ一日雨の予報です。

さて、ここ数日恒例の、「今日のヒラタケ」
・・・ま、正確に言うと「昨日のヒラタケ」だけど。
こんな感じ。




どうでしょうかね。大きくなったでしょうかね。
でも、この株、この先あまり大きくならないかも。

2013-05-06

今はどんな時?

今日も、朝のうちは曇っていましたが、
昼間にはすっかり晴れていい天気になりました。

あしたもまあまあ、大丈夫そうですね。
雨はあさってが中心のようです。

今日のヒラタケはこんな感じ。
もう1つ1つの傘が1センチ、
株の大きさが5センチくらいになっています。


やっぱり木曜日かなあ。

2013-05-05

難しことを求める。

5月5日の「日々のみことば」
5月5日は列王紀下の2章でした。

「彼らが渡ったとき、エリヤはエリシャに言った、『わたしが取られて、あなたを離れる前に、あなたのしてほしい事を求めなさい』。エリシャは言った、『どうぞ、あなたの霊の二つの分をわたしに継がせてください』。エリヤは言った、『あなたはむずかしい事を求める。』」9−10節。

エリシャはエリヤに「難しいこと」を求めた。
でも、エリヤにとっても、神様にとってもうれしいことだったと思う。

私たちはともすると、自分の中で勝手に納得して、
難しいことを求めないことがあるのではないかと思う。
もちろん、みこころとはかけ離れた願いをするのは違うと思う。

あなたの道を帰りなさい

5月4日の「日々のみことば」。
5月4日は列王紀上19章でした。

「あなたの道を帰って行って・・・」14節。

この言葉が、私に迫ってきました。
これが私とって具体的にどんな意味をもつのかはまだわからないのですが、
心に留めておこうと思いました。

祭壇を繕う。

5月3日の日々のみことば。
5月3日は列王紀上の18章でした。

「彼はこわれている主の祭壇を繕った。」30節。

エリヤは、神に祈る時に、まず壊れていた主の祭壇を繕った。


まず神のために。

5月2日の「日々のみことば」。
列王紀上の17章でした。

「主がエリヤによって言われた言葉のように、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えなかった。」16節。

神様が養ってくださる。いつも必要を与えてくださる。
この時、エリヤを養ったのは、カラスであって、やもめであったと、そのことに、本当に大きな意味を感じさせられる。
神様はあえて、そういう存在を用いて、エリヤを養われた。


神の時間軸。

5月1−5日分は毎日書いていたので、
その分をまとめて、アップ。

5月1日の「日々のみことば」。
5月1日は列王紀上の16章でした。

「主がヌンの子ヨシュアによって言われた言葉のとおりである。」34節。

これはヨシュアによってエリコの町が陥落したときのヨシュアの言葉の成就。
それから、ここまでは数百年という月日が経っていました。
人々の心にどれほど残っていたのでしょうか。


23年。

今日も朝は5度くらい、
昼間は20度くらいという天気のいい日。

昨日のイチゴに続いて、ツツジも咲き始めました。



でも、ちょっと涼しかったかな。
今は夜の10時半ですが、8.4度C。

明日の朝もまた5度くらいまで下がりそうです。

明日からしばらくあまり天気がよくなさそうですね。
大崩れはしないでしょうが、パッとしない天気が続きそうです。

キノコの成長にはいいかも。



2013-05-04

バトンタッチ。

今日も朝は5度くらいまで冷えましたが、
昼間は20度を超えて暖かくなりました。
でも、ちょっと乾燥しているように思いますね。
4月は歴史的なほど雨が少なかったようです。

来週の半ばくらいからちょっと雨が降りそうですが、
どうなることやら。

今は夜の12時頃で7.6度C。
明日も朝は冷えそうですね。

さて、しつこいようですが、今日のoak tree。



満開、ですが、ちょっと色が黄色から、茶色に変色して来たみたいです。
相変わらず、車は花粉だらけですが、どうやら峠を越しそうですね。
明日あたりから、枯れたおしべがボロボロ降ってきそうです。

そして、今日はこんな花を見つけました。



これは、去年植えたイチゴの花。
立派な花がついたので、きっと立派な実がなるでしょう。
あちらこちらにつぼみを付けているので、
これから毎日のようにイチゴの花が咲きそうです。
oak treeからstrawberryへのバトンタッチです。

フルーツアレルギーで生のイチゴは食べられないのですが、
たくさん取れたら、ジャムにしましょう・・・。

さて、なかなか追いつけないのですが、月曜日、4月29日の「日々のみことば」。
4月29日は列王紀上の12章。

「国は今ダビデの家にもどるであろう。もしこの民がエルサレムにある主の宮に犠牲をささげるために上るならば、この民の心はユダの王である彼らの主君レハベアムに帰り、わたしを殺して、ユダの王レハベアムに帰るであろう」 26−27節。

北王国イスラエルの初代の王ヤラベアムの言葉。

元々、ヤラベアムを王として立てたのは神様だったのに、
ヤラベアムは民は自分を捨ててしまうのではないかと恐れて、
偶像を造った。そして、「これがあなたがたをエジプトから導いた神だ!」と宣言した。
おかしな話である。

自分が王であることの土台は、人々の人気ではなかったはずなのに、
神様ご自身の選びによって、王となったのに、
その神様ではなくて、人々のことを気にしていた。

でも、それは自分の中にもあるかもしれない。
神様の召しが、私の牧師職の土台なのに、
それが始まりなのに、いつの間にか、人の評価を気にするようになってしまっていないか。

神様ご自身に聞いてこう。
神様の与えてくださる使命に立たせていただこう。

主よ、
あなたが立ててくださったのですから、
いつもいつもあなたに聞きながら、あなたに求めながら、判断をしていけますように。
あなたのみ声に耳を澄ませていくことができますように。

2013-05-03

NOと言う強さ。

今日はまた暖かかったです。
朝晩は結構冷えるのですが・・・。

今晩はNYCに出たのですが、歩くとちょっと寒いくらいでした。
今は夜の11時過ぎで、9.3度C。
明日の朝は5度くらいまで下がりそうです。

さて、先週日曜日、28日の「日々のみことば」。
28日は列王紀上の11章。

「彼には王妃としての妻七百人、そばめ三百人があった。その妻たちが彼の心を転じたのである。 」3節。

多分、ソロモンは優しい人だったのだと思う。
妻たちが「自分は子供の頃から拝んでいた神を持っていきたい」と言ったら、それを聞いていたんだろうと思う。
言うままにさせていたんだろうと思う。

しかし、それによってイスラエルにはいろいろな偶像がはびこるようになっていった。

でも、それは本当は優しさなんて呼んではいけないんだろうな。
タダの無関心なんだろう。

何をしても許す。

それは単なる無関心。
自分が傷つきたくない、ぶつかりたくない、自分を守りたいだけ、なんだろうと思う。

自分もちゃんとNOを言うことを学ばなければ。
愛をもって、勇気をもって、
「それは違うと思う」という勇気をもちたいと思う。

主よ、
私に愛と勇気を与えてください。
NOと言うべき時に、NOが言える者にならせてください。

2013-05-02

空が黄色い?

今日はとってもいい天気で、とても暖かくなりました。
でも、気のせいか、花粉のせいか、空の下半分が黄色く見えました。
これはNYCに行くバスの中で撮った写真ですが、そんな感じしますよね。


まあ、さすがに、花粉だけでこの色になるとは思わないのですが、
かなり、たくさん飛んでいます。

明日も晴れて暖かいです。

もう5月だというのに、ミネソタからアイオワにかけて雪のようですね。
オクラホマ州でも雪になったところがあるようです。

さて、先週土曜日、27日の「日々のみことば」。
27日は列王紀上9章でした。

「しかし、あなたがた、またはあなたがたの子孫がそむいてわたしに従わず、わたしがあなたがたの前に置いた戒めと定めとを守らず、他の神々に行って、それに仕え、それを拝むならば、わたしはイスラエルを、わたしが与えた地のおもてから断つであろう。」6-7節。

旧約聖書の歴史は、まさにこの歴史。
このあと、ソロモン王の後の人々が、神を捨て、他の神々を礼拝していた。

そして、それは私たちのストーリーでもある。
でも、そこにイエスが与えられた。

本当は捨てられても仕方がない者であるのに、
代わりに捨てられてくださって、
私たちが赦され、生かされている。

主よ、
イエスの恵みをもう一度覚えて感謝します。
本来、捨てられてもしかたない者を救い、あなたの者としてくださって感謝します。
更に恵みの中に生きることができますように。

2013-05-01

神はどこにおられるのか?

今朝はよく晴れたせいか、そこそこ冷えました。
でも昼間は気持ちのいい天気で、さわやかな暖かさの日でした。

明日も暖かいようです。
というか、本当に心配になるくらい、雨の予報がありません。
今度は水不足を心配しないといけないかもしれません。

今日はほったらかし畑のアスパラの写真。



いい天気が続くのでどんどん出てきています。
太さも鉛筆くらいのもありますが、親指くらいの太さのも出てきました。

雄株と雌株があって、どっちかが太くて、どっちかがたくさん取れるだそうです。
どっちがどっちでもいいですし、太い方もたくさん取れる方もどっちもいいですね。

そして、アスパラとコーンは取ってすぐ食べるのがおいしい。
どんどん糖が消費されてしまったり、セルロースに変わってしまったりするんだったかな。ですから、このアスパラ、ちょっと伸びて来たら、すぐにポキッと折って(折れるところから上がおいしいらしい・・・)、すぐにゆでて食べてしまいます。夜まで取っておいたりしたらもったいなかったりしますから、なかなか、みなさんに味わっていただけないのが残念ではありますが、ホントうまいです。

ただ、植えてから食べられるようになるまで3年かかりますから(その後は毎年)、庭のある家にある程度の長さ住むことがわかっている方にお勧めです。

さて、先週の金曜日、26日の「日々のみことば」。
先週の金曜日は列王紀上の8章。

「しかし神は、はたして地上に住まわれるでしょうか。見よ、天も、いと高き天もあなたをいれることはできません。ましてわたしの建てたこの宮はなおさらです。」27節。

神様は大いなる方で、どんなに立派な建物を建てても、そこにお住まいになるわけではない、とソロモンは知っていました。そして、そのことを神殿が完成して、奉納する時に、祈ったのでした。

本当にそうですね。

神様は建物の中に閉じ込められているお方ではない。

でも、また、新約聖書はこのように言っています。

「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。」第一コリント3:16

だから、神様が私たちのうちに宿ってくださる。来てくださる。住んでいてくださる。
ちっぽけな私たちのところに住んでくださる。

そのことに感謝して歩みたいと思います。

主よ、
あなたが私たちと共に歩んでくださり、
私たちのうちに住んでくださるから感謝します。
どうか、あなたと共に歩む喜びに、日々、満たしてください。

2013-04-30

満開宣言。

今日は暖かくなりました。
20度以上まで上がりました。

明日も暖かいようです。
というか、この先どーんと暖かくて、ずっと天気がいいようです。

そして、いろいろな花が咲き誇っています。
今日はいくつか紹介。



言わずと知れたチューリップ。
何年も前に植えて、そのまま毎年放りっぱなしなのですが、今年は大きな花が咲きました。


そして、こちらはdogwood、ハナミズキですね。
十字架のために使われて、もう二度とそんなことのために使われたくない、という願いで、背の低い、曲がった木になった、という「お話」があります。
そして、花も十字架で、両手、頭、足、のところは、イエスの十字架を思わせる赤い色になっています。

そして、この「Oak並木」。


ちょっと大きな通りから、ウチの前の道に入ってくると、風景が変わります。
これ全部Oakですからねえ。

そして、それぞれの木にはこんな花が咲いています。


 これが全部おしべだっていうんですから、たまりません。

はい、満開になりました。

でも、それほど辛くありません。

・・・・もしかしたら、「花粉症治ったかも!」
あんまり期待していないですが、このまま2週間何ともなかったら、天国だよねえ。
マジ信じていますが、「天国には花は咲いていても、きっと花粉はない。」

さて、先週木曜日、25日の「日々のみことば」。(野球に行った日だ!)
25日は列王紀上5章でした。

「主が父ダビデに『おまえに代って、おまえの位に、わたしがつかせるおまえの子、その人がわが名のために宮を建てるであろう』と言われたように、わが神、主の名のために宮を建てようと思います。」5節。

この神殿建設は、ダビデの代から準備して、ソロモンが実現したことでした。
ダビデはどんなにか、自分の代で、それを建てたかっただろうかと思います。
でも、神様は、それを許されませんでした。

そして、次の世代が建てることになります。
でも、その神殿のための準備はダビデの代から始めていました。

ダビデは自分ではそれを見ることもできませんでした。
ダビデはそこに入ることはできませんでした。

でも、喜んで備えたのです。

私たちの信仰の姿勢が問われると思います。

受けるより与える方が幸い。

その祝福に自分は預かることはないかもしれないけれども、
次の世代のために投資をしていく。
与えていく。

与える者でありますように。

主よ、
私が自分がその実を見ることができなくても、
それでも、大胆に与えていく者であることができるように、愛と情熱を与えてください。

2013-04-29

傷つくことを恐れない。

今日は一日どんより+時々小雨。
そして、少し肌寒かったですね。

でも、明日からはまた晴れるようです。
暖かくなるでしょう。

もう4月も終わりますからね・・・。
暖かい日が続いてほしいものです。

でも、今年は花粉症楽かも・・・
治ったかも・・・

・・・って毎年言っているかも・・・。

さて、先々週の週末に家族で行ったコンサートで下の娘が「これ知っている」と喜んでいたのが、「オペラ座の怪人」の中からの曲。それで、先週一週間休みだったので、「ファントムのビデオみたい」といいだして、図書館に借りにいくことに。

ウチの町の図書館、なんと日本語の本やビデオいろいろあります。(これはホント)

で、何かないかなあ、と物色して出会ったのが、20年前のこのドラマ。



これって、台湾で出されているみたいだけど、またマレーシアのシールも貼ってあるけど、正規版?海賊版?と思いながら、図書館に入っているんだから、まあ、いいでしょう、と。

この放送やってた頃、夜遅くまで若者たちと時間を共有していたから、
(あ、自分もまだ20代だった・・・)
見なかったと思うなあ。

見たとしてもストーリーは覚えていない。

まあ、こういうのを「おお懐かしい」と思って見ようと思うのも、自分が年を取った証拠かと思いますが、

で、一気に見ておりますが、

見ながら、単純ですから、影響されやすいですから、いろいろ考えてしまいます。
特に、薫さんの方が亡くなった婚約者に似ている人に心動かされていくところ、で、身を引いてしまう達郎さんのこと。

物わかりが良いのか、意気地がないのか、思いやりなのか、いい人なのか・・・。

でも、一番思わされるのは「傷つきたくない」気持ち。

傷つきたくないから、優しい振りをして、物わかりがいい振りをして、自分の中で気持ちを整理して、何もなかったかのように生きていく、それって違うよなあ、と思いながら、見ておりました。(中年オヤジが気持ちを込め過ぎか?)

でも、これがクリスチャンの信仰と結びつけられると、

「ゆだねました」という一言で美化されてしまうことはないだろうか、

そんなことを思ったのです。

ほんとは自分が傷つきたくないだけなのに、逃げているだけなのに、「ゆだねました」と言えば、それがいかにも信仰的な言葉に聞こえてしまう。また自分をも納得させられる。

もしかしたら、自分もそんなことをして来なかったかと思います。

ホントはぶつからなければいけなかったところで、
「ゆだねました」「神様は最善にしてくださるから」と逃げて、
自分を納得させて、傷つかないように、自分を守っていたことがあったのではないかと。

神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。」第2テモテ1:7

もう一度、この言葉が心にひびいてきました。
神様から来る勇気をもって、人への愛をもって、問題に対することができますように。

さて、ずいぶん遅れてしまいましたが、先週水曜日、24日の「日々のみことば」。
24日は列王紀上に進んで、3章を読みました。

それゆえ、聞きわける心をしもべに与えて、あなたの民をさばかせ、わたしに善悪をわきまえることを得させてください。だれが、あなたのこの大いなる民をさばくことができましょう」9節。

これを読んだ時に、
ソロモンは何を見ていたんだろうかと思いました。
彼は民を見ていたんだと。
自分がすばらしい王になることとか、
多くの富を得るとか、
周りの国より強くなるとか、
そういうことよりも、民を見ていたんだと。

だから、知恵を求めた。
民を治めるために知恵を求めたのです。

自分は何を見ているんだろうかと問われました。

同じように、人を見て、人を大切にする者となれますように、
そのように願いました。
そのために必要な愛と知恵を与えてください、と祈りました。

主よ、
私の場合は、知恵ばかりではなく、愛も必要です。
愛を与えてください。
人を大切にする、愛を与えてください。


2013-04-26

イチローの背中満喫。

昨日も、今日も、結構暖かくなりました。
本当に春本番。
この先もずっと天気が良さそうです。
花粉症の方も、恐れていたのですが、
それほどひどくならないで守られています。

このまま、いつの間にか終わっている、というのが一番いいのですが・・・。

昨日は更新ができませんでしたが、
朝は「聖書の教え基礎コース」で幸いな学びのときを持ち、
午後はキッズクラブ。
そして、夜はお出かけしました。

日本からおいでになったご夫妻が、日曜日に、

「先生、金曜日帰るんですけど、いつか、ゆっくりお話ししたいですねえ。いつか、予定空いている日はありませんか?」

と聞かれて、カレンダーを頭の中で繰っていると、
「うーん、木曜日の夜くらいしか、空いていないなあ・・・。」
「あ、その日、Yankeesの試合に行こうと考えているんですよ。一緒にどうですか?できれば運転も・・・。」という話になって・・・。

はい、行って参りました。3年ぶり。

こんな日本人投手の投げる日。



はい、クロダ君。
最初2本ホームランを打たれて、今日はダメかな、と思いましたが、その後立ち直って、勝ち投手。

そして、こんな日本人外野手の真後ろ。



我らがイチロー君ですねえ。
今年はスタメン落ちが何回かあったし、
前日はレフトだったりしたので、心配しましたが、この日はちゃんとライト。

彼の真後ろだったので、たくさん写真を撮りました。
でも、ホントに後ろ姿ばっかり。
そして、ホントにボールが飛んできませんでしたねえ。
去年の同僚/川崎の二塁打を処理しただけで、一度もアウトにするチャンスがなかったです。

なんとか横顔を撮れたのがこの写真。
9回ツーアウトということで、ちょっとうれしいそう。



でも、2安打を打った彼は、こんな盗塁をしてくれました。



タイミング的には厳しかったのですが、セカンドがボールを取れずにセーフ。

そして、締めは、この人。


守護神リベラですが、昨夜は全く危なげなし。
ちなみに、彼は熱心なクリスチャンです!
よく見ると握りは得意のカッターですね。

ご一緒させていただいた、ご夫妻にも登場願いましょう。


はい、ちゃんとイチロー君も一緒に写ってくれました!

楽しかったです。
試合も逆転勝ちだし、一緒に行ったお二人もとても楽しい方々で、3人で盛り上がって、大満足。

その後、夜遅くまで、ウチの夫婦と4人になって、
最初の目的(?)だった、同じ信仰をもつ者としての話、
時を忘れて、たくさんたくさん、分かち合いました。感謝。

さて、火曜日、23日の「日々のみことば」
火曜日はサムエル記下の12章。

「主もまたあなたの罪を除かれました」13節。

ダビデが罪を隠し通そうとしたときに、
神は預言者ナタンを送ってダビデの罪を示されました。

ダビデが悔い改めた時にナタンは罪の赦しを宣告します。
しかし、その生まれた赤ん坊は亡くなり、
またその後にもこの家庭にはいろいろなトラブルが続きます。

じゃあ、「赦される」ってどういうことなんだろうと思います。

万事うまくいってくれればいいんですが、
このダビデのケースだと、赤ん坊も助かり、
ダビデ自身もその家族も、守られるといいのですが、
そうではなかった・・・。

では赦しって何だろう?

そんなことを思いめぐらしていた時に、
「聖書の教え基礎コース」で学んでいたことを思い出しました。

「神様との関係の回復」なんだと。

ダビデはこのあともたくさん戦いがあります。

でも、その中で、神様との関係に生かされていった。
詩篇32篇や51篇を読んでみて、
罪を悔い改める前のダビデはどんなに苦しかっただろうか、と。
でも、赦されたダビデは戦いや困難の中でも、
神様と共に歩む平安を知っていた。

私もそうだ、神様と共に生きる平安が与えられている。
それでいいんだと思わされました。
最近、ちょっと捕われている不全感、これでいいんだろうかと。
でも、イエスによって赦され、神様と共に生きる者とされている喜びを続けて味わっていきたいと思います。

主よ、
わたしの罪を赦してくださってありがとうございます。
困難や戦いの中でも、あなたの恵みの中に、感謝しつつ歩む者とならせてください。

2013-04-24

開花宣言。

今日は今日は昼間暖かくなりましたね。
20度を超えて、春らしい一日。
日差しがぽかぽか。
でも、日が暮れてからやっぱり肌寒いです。
夜の12時で14度は十分暖かいですが、
このあと、寒冷前線が通過するので、一時雨が降って、
その後グンと気温が下がります。

明日は今日よりもワンランク気温が下がって15度くらいでしょう。

そんな陽気に誘われて、ウチの前の通りのOak Treeもついに開花です。


このぶら下がっているおしべにビッチリ花粉が詰まっております。
それがこれから2週間くらい飛びまくります。

今年も「君子危うきに近寄らず」で行こうと思います。
一気に暖かくなって、一気に開花して、その後大雨が降って、一気にすべてが流される、のが一番助かるのですが、今年はこのあとも気温が低めで、ずーっと、この花を楽しめそうです。勘弁してほしいです。

さて、月曜日の「日々のみことば」。
月曜日はサムエル記下の11章でした。

「女は妊娠したので・・・」5節。

もしも、バテシバが妊娠しなかったらどうだったんだろうかと思わされた。
ダビデは知らんぷりをしていたのだろうか?
ウリヤは死ななくてすんだのだろうか?
バテシバはウリヤに対してどんな態度を取っただろうか?

もしかしたら、もしもバテシバが妊娠しなかったら、
ダビデはその罪を告白することもなく、
罪をごまかして、そのまま逃げていたかもしれない、ふと思った。

でも、ダビデは結局のところはうまくいったのだった。
逃げることができたと思ったかもしれない。

酔わせてウチへ帰らせて、妊娠した子供がウリヤの子だと思い込ませることには失敗した。

でも、ウリヤを戦死させるという作戦には成功したのだった。

でも、ダビデはそれで逃げ切ることはできなかった。
彼は罪を示された。

もしも、ここでバテシバが妊娠していなくても、
神様はダビデにその罪を示されたんだろうと思う。
バテシバの妊娠自体がダビデの罪を暴いたのではなく、
神様がナタンを遣わして、罪を示されたのだ。

だから、結局は罪を示されるのは神様、
そして、私たちはその罪が示された時に、それを認めて悔い改めることが大切なんだ。

私も、聖霊様に罪が示された時に、それを恵みとして受け取ることができますように。
罪が明らかにされる時に、それによって自分が神様との関係に引き戻されるチャンスとして受け取ることができますように。
そして、悔い改めることができますように。

神様、
私に罪があるならば、それを示してください。
あなたが示される時に、従順に悔い改める者とならせてください。


2013-04-23

一日の春。

今日はまた寒かったですね。
朝は5度くらいありましたが、
どんよりしていたので、その後気温は上がらず、12度どまり。

夜になってまた10度を切っています。

でも、明日は晴れて南風も入り、暖かくなりそうです。
一気に上がって、25度くらい。
それも1日限りで、木曜日はまたヒンヤリしそうです。
今のところ15度くらいはいきそうな感じですが・・・。

日曜日の「日々のみことば」より。
日曜日はサムエル記下の7章でした。

「主はまた『あなたのために家を造る』と仰せられる。」11節。

私たちは、自分が神様のために一生懸命にならなければいけないと、どこかで思っている。
ダビデもそう思っていた。神様のために神殿を建てよう、と。

でも、神様が言われた、「あべこべだ、私があなたの家を建て上げるんだぞ」と。
これは建物ではなくて、ダビデ王朝の話なんだけど。

本当にそうだなあと思う。
神様が私たちに必要なものを与えてくださるのであって、
私たちが神様の必要を満たすためにがんばるんじゃない。

神様ができないことを、ボクたちががんばらなければ、じゃない。

神様が必要なものを与えてくださるんだ、
それを信頼して歩んでいこうと思う。

会堂のこともそうだな。
神様が必要なものを与えてくださる、それを信じて、信頼して、歩んでいこうと思う。

主よ、
あなたがすべての源であり、
供給者であってくださることに感謝します。
あなたを信頼して、歩ませてください。

2013-04-22

裏、取ろうよ。

一昨日あたりから寒い日が続いています。
昼間、車に乗ってたりすると、十分春なのですが、
外を歩いたり、朝夕だったりすると本当に冬みたいです。

昨日の朝、最低気温がウチの庭で0.1度C。
惜しい、って感じで氷点下になりませんでしたが、
今朝も1度まで下がって、車にはバッチリ霜が降りていました。


奥で咲いているのはレンギョウ。
もうちょっと前から満開です。
最近、チューリップが咲いてきましたね。

そして、本命、Oak Treeもホントスタンバっています。
おしべが降りて来たので、もう花粉が飛び始めるのも時間の問題です。


牧師をしていると、人前で話をする機会があって、その話の内容がホントかどうかって、かなり気になります。センセーショナルな話は人の心をとらえるのですが、それが間違いだったときのダメージはまた計り知れません。出所のはっきりしない話をして、それがあとで間違いだとわかって、自分の語っていることすべてが信用していただけなくなっては、聖書を私たちに託してくださった神様に申し訳なく思います。

先日もボストンの爆弾事件の時、亡くなった方の人数とか、犯人像とか、いろいろな報道がされていました。やはり混乱していたのだと思います。でも、報道に携わるならば、「裏を取る」ということの大切さは叩き込まれているのだと思いますが、ちょっと首をひねりたくなるようなことも最近はありますね。それが、FacebookやTwitterでみんなが互いに発信者になり得るこの時代、そして、情報が多くなって裏が取りやすくなったこの時代、裏を取ろうとする努力、もっとしなくては・・・と思います。

先日も鷲だったでしょうか、40歳くらいで自分のくちばしを壊して再生させるとか、自分の羽をむしってはえかわらせるとか、そういうことを通して、長く元気で生きられるのだ、私たちもそうだ、現状に甘えないで、今までの自分から脱皮することが大切なんだ、みたいな話が出回っていました。そりゃあ、それを読めばミッドライフクライシスを通っている(もうかなり出口に近いと思うけど)我らには「へえ」「オレもがんばろう」ってことになるのですが、これはかなり古典的なデマだそうで、検索をすると、すぐにそれについてのいろいろな情報がヒットします。(その「デマだ」という情報がデマじゃないかどうかも、また調べないといけないんですけどね・・・)

だれもが自分で発信する、発信できる時代、ホントに気をつけないといけないですね。でも、最初に発信する人はどんな意図で発信するんでしょうかね。勘違いなんでしょうか?それとも、やっぱり伝言ゲームみたいに途中で話が変わっちゃうんでしょうか・・・。

さて、また遅れてしまった「日々のみことば」。
今日は先週土曜日の分。

「ダビデは力をきわめて、主の箱の前で踊った。」14節。

夫人が行っているように、王様は威厳のあるもの。
威厳が似合う。
でも、その王様がいたずらっ子のように踊った、
力一杯踊った。

人がどう思うかではない、
どう反応するかではない、
神様ご自身を見上げて、そこに目を注いで、賛美をしていく、
それでいいんだと思う。

人々の「こうあってほしい」っていう期待で自分を作ってしまいやすい私たち、
本当に真実に歩ませていただきたいと思う。
自分勝手じゃなくて、愛をもって、
でも、真実に歩ませていただきたいと思う。

主よ、
あなたを賛美します。
こころから賛美します。
あなたを賛美する喜びに満たしてください。
あなたとの時間を楽しみ、あなたと共に歩むことができますように。