2013-05-08

見えることか?見えないでも信じることか?

日付が変わったので、昨日(5/7)のこと。
昨日も時々もくもくと雲がのぼっていましたが、
本当にいい天気で、暖かくなりました。

でも、いよいよそろそろとっても久しぶりの雨が降ってきそうです。
そして、今日こそ一日雨の予報です。

さて、ここ数日恒例の、「今日のヒラタケ」
・・・ま、正確に言うと「昨日のヒラタケ」だけど。
こんな感じ。




どうでしょうかね。大きくなったでしょうかね。
でも、この株、この先あまり大きくならないかも。


もうこの段階で傘が開いているみたいです。

ま、いずれにせよ、木曜日には出かけるので、それまでに食べちゃいます。(笑)

さて、昨日5/7の「日々のみことば」。
昨日は列王紀下の6章を読みました。

「そしてエリシャが祈って『主よ、どうぞ、彼の目を開いて見させてください』と言うと、主はその若者の目を開かれたので、彼が見ると、火の馬と火の戦車が山に満ちてエリシャのまわりにあった。」17節。

ここを読んで、自分は何を求めるべきなんだろうかと思わされた。

「自分を守る者たちの姿が見えるようになること」なのか?

それとも、

「見えなくても、守られていることを信頼していくこと」なのか?

私は2つ目のことを求めるようにと導かれているように思う。
やはり、私たちはこの世では見えないことがたくさんある。
でも、その中でも、見えない中にも、神様が助けを送り、守りを送り、
今も、私の周りには主の軍勢が守っておられることを信頼して歩むようにと、
招かれているのだと思う。

主よ、
あなたの守りを信頼して歩む者でありますように。
あなたが見えなくなってしまったときも、あなたを信頼して歩めますように。

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