今日、嵐来ましたねえ。
ちょうど9月再開して、初めてのJOYJOYキッズの最中、
どーっと雨が降ってきましたが、
それくらいだったでしょうか。
うちの方は停電もあったようですが、
教会は大丈夫だったので、無事キッズクラブができました。
そして、その後、もっと東のほうで大変なことになったようです。
今もQueensやLong Islandは交通がまひ状態みたいです。
Tornadoも発生したようです。
今日もたくさんの感謝があるのですが、
今夜は1週間で唯一の何も予定のない夜なので、
明日から週末に備えて、ありえないくらい早く休みます。
でも、一言だけ。
今日の朝の家庭集会は、
小さな集会でしたが、
赤ちゃんを抱えている方々や、
赤ちゃんが与えられて、今つわりで苦しんでおられる方々が来られました。
そんな方々とお話しながら、
「お母さんは命がけだよなあ」と思い、
自分の母の存在に心から感謝しました。
今、ここに生かされていることに感謝。
2010-09-16
2010-09-14
「片付け魔になります!」宣言。
何度したことだろうか?この宣言。
でも、片付いているのはせいぜい3日だよね。
というか、「思いついたように」片付けるヤツは、
つまり片付けのできないヤツなんだ。
この10日間ほどの間に、4組9人の方々にお泊りいただいたのだが、
そのお泊りいただく部屋は、私の勉強スペースを通らないと行けない。
JOYJOYキャンプが終わってから(・・・もう1ヶ月!)、
なかなかかたづけることができない。
だから、お客さまに「バレバレ」なんですよね。
「片付けられない男・かきごおり」の評判は全地にあまねく響きわたっている、です。
そんなところに、こんな記事が・・・。
片付けられない人は・・・。
・他人の話をあまり聞かない
・自分の損得を考えて行動する
・時間にルーズ
・決断ができない
・持ち物の管理ができない
なんていろいろ出てくるけど、
いやあ、当たっているからねえ。
「思い切りがよい」と、きれいになるでしょうかね。
何事も「あとで・・・」と思うからいけない・・・のかな。
でも、「今日できることは明日にしない」という生き方よりも、
「明日でいいことは、無理に今日しない」という、力を抜いた生き方の方が、
個人的には好きなんですが・・・。
今日はこの記事を読んで、「よし、片付けるぞ」と思ったのですが、
「ま、明日からかな・・・」と、落ち着くべきところに落ち着いています。
今朝、起きたら、あたりは霧で包まれていました。
教会に行くのに、ちょっとスピードを出したら、コワイくらい。
でも、なんと教会についたら、スカッと晴れています。
途中、ホンの数百メートルでがらっと視界が変わるところもありました。
オモシロイですねえ。天気は本当に不思議。
昨日の「日々のみことば」から。
第1列王記5:1−18。
「ヒラムはダビデといつも友情を保っていたからである」1節。
ソロモンが神殿を建てるために、大きな助けとなったヒラムは、
ダビデの存在ゆえに、ソロモンに助けを申し出た。
ダビデが準備して、ソロモンは神殿を建てることができたのだ。
次の世代への投資。
それによって、今の私たちは生かされている。
先輩たちが投資をしたら、今の自分が生かされていて、
自分は恩恵にあずかっている。
自分も次の世代のために、どんな投資ができるだろうか。
ダビデが自分が生きている間に、その投資の実である神殿を見ることができなかったように、
私たちは自分の投資の結果を見ることができないかもしれない。
でも、たとえ、自分でその結果を見ることができなかったとしても、
勇気と信仰を持って、投資をしていこうと思う。
意味のある投資をしていきたいと思う。
主よ、
私も意味のある投資をしたい。
人生自体をあなたのために、次の世代のために、投資をしたい。
自分がその実を見ることができなくても、
誰もそのために自分が投資したことに気がつかなくても、
あなたが導かれるような投資をしたい。
人生全体をあなたのために投資させてください。
でも、片付いているのはせいぜい3日だよね。
というか、「思いついたように」片付けるヤツは、
つまり片付けのできないヤツなんだ。
この10日間ほどの間に、4組9人の方々にお泊りいただいたのだが、
そのお泊りいただく部屋は、私の勉強スペースを通らないと行けない。
JOYJOYキャンプが終わってから(・・・もう1ヶ月!)、
なかなかかたづけることができない。
だから、お客さまに「バレバレ」なんですよね。
「片付けられない男・かきごおり」の評判は全地にあまねく響きわたっている、です。
そんなところに、こんな記事が・・・。
片付けられない人は・・・。
・他人の話をあまり聞かない
・自分の損得を考えて行動する
・時間にルーズ
・決断ができない
・持ち物の管理ができない
なんていろいろ出てくるけど、
いやあ、当たっているからねえ。
「思い切りがよい」と、きれいになるでしょうかね。
何事も「あとで・・・」と思うからいけない・・・のかな。
でも、「今日できることは明日にしない」という生き方よりも、
「明日でいいことは、無理に今日しない」という、力を抜いた生き方の方が、
個人的には好きなんですが・・・。
今日はこの記事を読んで、「よし、片付けるぞ」と思ったのですが、
「ま、明日からかな・・・」と、落ち着くべきところに落ち着いています。
今朝、起きたら、あたりは霧で包まれていました。
教会に行くのに、ちょっとスピードを出したら、コワイくらい。
でも、なんと教会についたら、スカッと晴れています。
途中、ホンの数百メートルでがらっと視界が変わるところもありました。
オモシロイですねえ。天気は本当に不思議。
昨日の「日々のみことば」から。
第1列王記5:1−18。
「ヒラムはダビデといつも友情を保っていたからである」1節。
ソロモンが神殿を建てるために、大きな助けとなったヒラムは、
ダビデの存在ゆえに、ソロモンに助けを申し出た。
ダビデが準備して、ソロモンは神殿を建てることができたのだ。
次の世代への投資。
それによって、今の私たちは生かされている。
先輩たちが投資をしたら、今の自分が生かされていて、
自分は恩恵にあずかっている。
自分も次の世代のために、どんな投資ができるだろうか。
ダビデが自分が生きている間に、その投資の実である神殿を見ることができなかったように、
私たちは自分の投資の結果を見ることができないかもしれない。
でも、たとえ、自分でその結果を見ることができなかったとしても、
勇気と信仰を持って、投資をしていこうと思う。
意味のある投資をしていきたいと思う。
主よ、
私も意味のある投資をしたい。
人生自体をあなたのために、次の世代のために、投資をしたい。
自分がその実を見ることができなくても、
誰もそのために自分が投資したことに気がつかなくても、
あなたが導かれるような投資をしたい。
人生全体をあなたのために投資させてください。
2010-09-13
友と同労者と先輩と。
もうすっかり秋ですね。
「もう夏は終わってしまったんですか?」なんて
寂しそうに言う方もおられますが、
今年の夏は十分暑かったです。
日本ほどじゃないですが、
かなり暑かったです。
で、もう秋です。
30度を超える日は来年の5月くらいまではもうないのでは・・・と思います。
明日は、晴れ。
明日の夜はぐっと冷えますから、
お風邪などお召しになりませんように。
先週末は、シカゴから、
はちこさんとぼぼるさんと2人のお子さんたちがおいでになりました。
前回、2年前はあちらは4人の子供たち、こっちも3人の子供たち+KO-NY高校に行っていた男の子で8人の子供たちで、8人の子供たちと4人の大人でそれぞれ盛り上がったのですが、今回は、互いに2人ずつ。時の流れを感じないではいられませんでした。
でも、大人は、面と向かってゆっくりお話をするのは2回目、とは思えないほど、語り合いい、祈り合い、幸いな時を過ごすことができました。本当に良き友が与えられたと感謝。
そんな一時を過ごしていると、同労者親友のK先生から電話。
「鹿にぶつかってしまった!」
え〜!?
ですよね。
ご存じの方も多いかと思いますが、(かな?)
ぼぼるさんはこの2年余りで2回も鹿との衝突を経験されていて、
今回も祈りながらの運転です。
1回目。
2回目。
うーん、こうやって改めて写真を拝見してみると、2回目は、ほんと、すごかったんですね。
話は戻って、K先生の鹿との衝突。
立派な角をした大きな鹿で、
角がヘッドライトに突き刺さって、
体が助手席側のドアにぶつかってきたそうです。
そして、助手席のドアは開かなくなって・・・と、
本当に動揺されているようでした。
一言祈って電話を切ったのですが、
その経験で、先生は目がさめるような気持ちになったそうです。
暗い中、気がつかないで走っていて、
突然どかっとぶつかって気がつく、
私たちの心の状態もそういう時があるのではないかと。
この経験はwake up callだったそうです。
そして、神の前に引き出されて守った礼拝は、
先生ご自身にとっても、
礼拝に出られた方々にとっても、
本当に素晴らしい礼拝になったそうです。
そんな話を、今日の牧師会のあと、分かち合ってくださって、
共に祈る時を持たせていただきました。
私自身も神様の前に引き出されるような気持ちでした。
こんな素晴らしい同労者を与えられていることに本当に感謝。
ちなみに、今日、牧師会にその車に乗ってこられたので、ご紹介。
うーん、はちこさんとぼぼるさんの車の写真を見たあとだと、
「え、これだけ?」って感じもしますが、
ものすごい衝撃だったそうです。
今頃、ちょうど、はちこ&ぼぼるご一家はシカゴまでの道をひた走っている最中でしょう。
無事に戻られることを祈りつつ。
そして、夜はNYでのVIP-NYの集会。
こちらでメッセージをされたのは元気なL先生。
この先生のパワーにはいつも励まされ、圧倒されています。
牧師としては私の方が長いのかもしれませんが、
人生の先輩で、またいろいろな経験をしてこられた先輩です。
「解放されることの大切さ」をお話してくださいました。
一つまた祈りの課題を示されています。
主が多くの方々を私の周りに置き、
私を恵もうとされていることに、喜びが与えられます。
長くなりました。
最近の「日々のみことば」から。
先週の金曜日は第1列王記3:16−28を読みました。
ソロモン王の知恵を紹介するエピソードです。
一人の子供を、「自分の子だ」と主張してやまない二人の女性に対して、
ソロモンは言います。「その子を切って二つに分けなさい」と。
その時のそのうちの一人の女性の様子を表す言葉です。
「すると、生きている子の母親は、自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、王に申し立てて言った。『わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください』」26節。
この聖書のポイントはソロモンの知恵ですから、
そのポイントとは外れるのですが、
この愛の母親の姿に、
私は本当にこのような愛で人々を愛しているだろうかと、
そのことを探られたのです。
教会を愛し、教会の人々を愛し、
その他、出会う一人ひとりをこの母親の胸が焦げるような愛で、
愛しているだろうか?
何か本人の祝福にならないことがあっても、「まあ、しょうがない」と思ったりしていないだろうか?
本当にその人が永遠の命をいただくために胸を焦がしているだろうか?
がっかりしたり、傷ついたりするのが怖くて、嫌で、
最初から諦めたり、対面するところから逃げていることはないだろうか?
愛することを教えていただきたい。
愛することを経験させてもらいたい。
主よ、
愛することを教えてください。
あなたが与えてくださった、周りの方々を、
愛することを教えてください。
逃げないで、愛することができますように。
「もう夏は終わってしまったんですか?」なんて
寂しそうに言う方もおられますが、
今年の夏は十分暑かったです。
日本ほどじゃないですが、
かなり暑かったです。
で、もう秋です。
30度を超える日は来年の5月くらいまではもうないのでは・・・と思います。
明日は、晴れ。
明日の夜はぐっと冷えますから、
お風邪などお召しになりませんように。
先週末は、シカゴから、
はちこさんとぼぼるさんと2人のお子さんたちがおいでになりました。
前回、2年前はあちらは4人の子供たち、こっちも3人の子供たち+KO-NY高校に行っていた男の子で8人の子供たちで、8人の子供たちと4人の大人でそれぞれ盛り上がったのですが、今回は、互いに2人ずつ。時の流れを感じないではいられませんでした。
でも、大人は、面と向かってゆっくりお話をするのは2回目、とは思えないほど、語り合いい、祈り合い、幸いな時を過ごすことができました。本当に良き友が与えられたと感謝。
そんな一時を過ごしていると、同労者親友のK先生から電話。
「鹿にぶつかってしまった!」
え〜!?
ですよね。
ご存じの方も多いかと思いますが、(かな?)
ぼぼるさんはこの2年余りで2回も鹿との衝突を経験されていて、
今回も祈りながらの運転です。
1回目。
2回目。
うーん、こうやって改めて写真を拝見してみると、2回目は、ほんと、すごかったんですね。
話は戻って、K先生の鹿との衝突。
立派な角をした大きな鹿で、
角がヘッドライトに突き刺さって、
体が助手席側のドアにぶつかってきたそうです。
そして、助手席のドアは開かなくなって・・・と、
本当に動揺されているようでした。
一言祈って電話を切ったのですが、
その経験で、先生は目がさめるような気持ちになったそうです。
暗い中、気がつかないで走っていて、
突然どかっとぶつかって気がつく、
私たちの心の状態もそういう時があるのではないかと。
この経験はwake up callだったそうです。
そして、神の前に引き出されて守った礼拝は、
先生ご自身にとっても、
礼拝に出られた方々にとっても、
本当に素晴らしい礼拝になったそうです。
そんな話を、今日の牧師会のあと、分かち合ってくださって、
共に祈る時を持たせていただきました。
私自身も神様の前に引き出されるような気持ちでした。
こんな素晴らしい同労者を与えられていることに本当に感謝。
ちなみに、今日、牧師会にその車に乗ってこられたので、ご紹介。
うーん、はちこさんとぼぼるさんの車の写真を見たあとだと、
「え、これだけ?」って感じもしますが、
ものすごい衝撃だったそうです。
今頃、ちょうど、はちこ&ぼぼるご一家はシカゴまでの道をひた走っている最中でしょう。
無事に戻られることを祈りつつ。
そして、夜はNYでのVIP-NYの集会。
こちらでメッセージをされたのは元気なL先生。
この先生のパワーにはいつも励まされ、圧倒されています。
牧師としては私の方が長いのかもしれませんが、
人生の先輩で、またいろいろな経験をしてこられた先輩です。
「解放されることの大切さ」をお話してくださいました。
一つまた祈りの課題を示されています。
主が多くの方々を私の周りに置き、
私を恵もうとされていることに、喜びが与えられます。
長くなりました。
最近の「日々のみことば」から。
先週の金曜日は第1列王記3:16−28を読みました。
ソロモン王の知恵を紹介するエピソードです。
一人の子供を、「自分の子だ」と主張してやまない二人の女性に対して、
ソロモンは言います。「その子を切って二つに分けなさい」と。
その時のそのうちの一人の女性の様子を表す言葉です。
「すると、生きている子の母親は、自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、王に申し立てて言った。『わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください』」26節。
この聖書のポイントはソロモンの知恵ですから、
そのポイントとは外れるのですが、
この愛の母親の姿に、
私は本当にこのような愛で人々を愛しているだろうかと、
そのことを探られたのです。
教会を愛し、教会の人々を愛し、
その他、出会う一人ひとりをこの母親の胸が焦げるような愛で、
愛しているだろうか?
何か本人の祝福にならないことがあっても、「まあ、しょうがない」と思ったりしていないだろうか?
本当にその人が永遠の命をいただくために胸を焦がしているだろうか?
がっかりしたり、傷ついたりするのが怖くて、嫌で、
最初から諦めたり、対面するところから逃げていることはないだろうか?
愛することを教えていただきたい。
愛することを経験させてもらいたい。
主よ、
愛することを教えてください。
あなたが与えてくださった、周りの方々を、
愛することを教えてください。
逃げないで、愛することができますように。
2010-09-12
仲間が与えられていること。
今朝は、雲が広がって、朝焼けの綺麗な朝でした。
でも、朝焼けの綺麗な朝は雨の日につながっていることが多いです。
今日も雨が降ってきました。
それほどひどい雨ではなかったのですが、
運動会が中止になって子供たちもいたみたいです。
今日の礼拝で読んだのは使徒行伝の18章。
コリントでのパウロの伝道の様子です。
彼に与えられたアクラとプリスキラ。
彼らの姿を見ながら、
自分にも多くの同労者が与えられてきたことを、
心から感謝しました。
人を頼りにしてはいけない、
主だけを頼りにしていこう、
そのように思いますが、
主が与えてくださっている仲間のゆえに、
心から、主に感謝します。
私たち夫婦にも与えられているアクラとプリスキラのみなさんのゆえに感謝します。
さて、先週の後半の「日々のみことば」から。
第1列王記3章。
神様がソロモンに知恵を与えられた箇所です。
それはソロモンがそれを求めたからです。
それがこのことがです。
「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。」9節。
「聞き分ける心」という言葉が心に留まりました。
ただの知恵ではなくて、「聞き分ける心」。
まず聞くことから始まるんですよね。
そして、それを正しく判断する。
それは私も主に頂きたいと思います。
主に与えていただきたいと思います。
主よ、
ソロモンに知恵を与えられたあなたが、
今日も、私にも必要な知恵を与えてくださることに感謝します。
どうか、私にも人の話を聞いて、
それを正しく判断する力を与えてください。
でも、朝焼けの綺麗な朝は雨の日につながっていることが多いです。
今日も雨が降ってきました。
それほどひどい雨ではなかったのですが、
運動会が中止になって子供たちもいたみたいです。
今日の礼拝で読んだのは使徒行伝の18章。
コリントでのパウロの伝道の様子です。
彼に与えられたアクラとプリスキラ。
彼らの姿を見ながら、
自分にも多くの同労者が与えられてきたことを、
心から感謝しました。
人を頼りにしてはいけない、
主だけを頼りにしていこう、
そのように思いますが、
主が与えてくださっている仲間のゆえに、
心から、主に感謝します。
私たち夫婦にも与えられているアクラとプリスキラのみなさんのゆえに感謝します。
さて、先週の後半の「日々のみことば」から。
第1列王記3章。
神様がソロモンに知恵を与えられた箇所です。
それはソロモンがそれを求めたからです。
それがこのことがです。
「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。」9節。
「聞き分ける心」という言葉が心に留まりました。
ただの知恵ではなくて、「聞き分ける心」。
まず聞くことから始まるんですよね。
そして、それを正しく判断する。
それは私も主に頂きたいと思います。
主に与えていただきたいと思います。
主よ、
ソロモンに知恵を与えられたあなたが、
今日も、私にも必要な知恵を与えてくださることに感謝します。
どうか、私にも人の話を聞いて、
それを正しく判断する力を与えてください。
2010-09-11
共に。
青空がとても悲しい日です。
仕事に行ったまま帰ってこなかった方々がたくさんおられました。
それが自分であってもちっともおかしくないことを実感していました。
そして、その中のお一人の家族に寄り添いながら、
教会が「何かが起こってから手を差し伸べる」のではなくて、
日常の中で、共に歩むことの大切さを思わされた日々を思い出します。
痛みの中を通って行ったたくさんの家族の中で、
日本語教会とつながりのあった家族がほんの一握りであったことに、
申し訳ない思いになっていました。
それから9年。
自分は今、その思いをどのように行動に移してきただろうか。
私たちとどこまでも共に行ってくださる主の恵みを知った者として、
人々と共に歩ませてください、そのように祈らされました。
今も、痛みの中を通っている方々に、主の慰めを祈ります。
2010-09-10
少しずつ。
今、庭には、ニラの花が満開です。蜂がせっせと飛び回っています。涼しくなり始めると、あっという間ですから、彼らも必死ですね。
今日は涼しい一日でした。
今、夕方の6時ですが、20度です。
半袖半ズボンではちょっと肌寒い・・・。

ちょっと、更新をお休みしておりましたが、
少しずつ、少しずつ、リカバリーモードです。
幸いなファミリーキャンプだったのですが、
子供集会をずっとやるのは、さすがに体力的にはきつく、
メインの集会にでられなかったことも、
微妙に心に不安定さを与えていたようです。
(子供集会が「裏番組」的な位置というのも、ちょっと難しいです。2年前の合同ファミリーキャンプで、そう感じて、去年から子供の集会のことだけを考えればいい「子どもキャンプ」を始めることになったことを思い出しました。)
今日の午後、1回の集会のメッセージを聞くことができました。
本当に心に届くメッセージでした。
神様に従って、歩んでいきたいと思いました。
「ああ、みなさんは、こういう一時を持っていたんだ・・・」と知って、元気が出てきました。よかったな、と。
だから、子供集会の奉仕者のためには、並行して持たれていた集会のメッセージをあとでCDやビデオで見せていただくこともそうですが、みなさんがどんなことを感じられたか、教えられたか、それを分かち合っていただくことが、深いところでの励ましなんじゃないかな、と思いました。
でも、前後のゲストの皆さんとの時間は楽しかったです。
今回は、キャンプ前はメインスピーカーご夫妻、キャンプ後は音楽ゲストの方々、そして、昨日は通訳をして下さった方がお泊り下さって、エキサイティングな日々を送ってきました。
明日はまた友人が来られるので楽しみにしています。
さて、ここ数日の「日々のみことば」から味わっていること。
「こうして、王国はソロモンによって確立した。」第1列王記2:46。
2章はずっと、ソロモン王の権力の確立について、そのために一つ一つの問題が整理されていく様子が書かれています。意地悪な見方をすると、反対勢力の一掃のようなところもあるわけですが、私たちの心の中に、神の支配が確立されていくことのたとえとしてみることができると思いました。
私たちの心の王座にイエス・キリストに入っていただいたあとも、私たちの心のなかにはいろいろな問題がある。それが一つ一つ整理され、取り除かれていく中で、主の支配が確立されていくのだと思います。
それをいい加減にしないで、一つ一つ主のもとに持っていく、そのことは大切だと思います。先日、聞いていたメッセージでは、「小さなマムシを心の中に放っておくな」と言われていました。
心のなか、すべてを主の前に差し出すことができますように。
主よ、
私の心のなかをご覧ください。
あなたの支配が、その隅々まで及びますように。
小さなマムシをほうっておくことがありませんように。
今日は涼しい一日でした。
今、夕方の6時ですが、20度です。
半袖半ズボンではちょっと肌寒い・・・。

ちょっと、更新をお休みしておりましたが、
少しずつ、少しずつ、リカバリーモードです。
幸いなファミリーキャンプだったのですが、
子供集会をずっとやるのは、さすがに体力的にはきつく、
メインの集会にでられなかったことも、
微妙に心に不安定さを与えていたようです。
(子供集会が「裏番組」的な位置というのも、ちょっと難しいです。2年前の合同ファミリーキャンプで、そう感じて、去年から子供の集会のことだけを考えればいい「子どもキャンプ」を始めることになったことを思い出しました。)
今日の午後、1回の集会のメッセージを聞くことができました。
本当に心に届くメッセージでした。
神様に従って、歩んでいきたいと思いました。
「ああ、みなさんは、こういう一時を持っていたんだ・・・」と知って、元気が出てきました。よかったな、と。
だから、子供集会の奉仕者のためには、並行して持たれていた集会のメッセージをあとでCDやビデオで見せていただくこともそうですが、みなさんがどんなことを感じられたか、教えられたか、それを分かち合っていただくことが、深いところでの励ましなんじゃないかな、と思いました。
でも、前後のゲストの皆さんとの時間は楽しかったです。
今回は、キャンプ前はメインスピーカーご夫妻、キャンプ後は音楽ゲストの方々、そして、昨日は通訳をして下さった方がお泊り下さって、エキサイティングな日々を送ってきました。
明日はまた友人が来られるので楽しみにしています。
さて、ここ数日の「日々のみことば」から味わっていること。
「こうして、王国はソロモンによって確立した。」第1列王記2:46。
2章はずっと、ソロモン王の権力の確立について、そのために一つ一つの問題が整理されていく様子が書かれています。意地悪な見方をすると、反対勢力の一掃のようなところもあるわけですが、私たちの心の中に、神の支配が確立されていくことのたとえとしてみることができると思いました。
私たちの心の王座にイエス・キリストに入っていただいたあとも、私たちの心のなかにはいろいろな問題がある。それが一つ一つ整理され、取り除かれていく中で、主の支配が確立されていくのだと思います。
それをいい加減にしないで、一つ一つ主のもとに持っていく、そのことは大切だと思います。先日、聞いていたメッセージでは、「小さなマムシを心の中に放っておくな」と言われていました。
心のなか、すべてを主の前に差し出すことができますように。
主よ、
私の心のなかをご覧ください。
あなたの支配が、その隅々まで及びますように。
小さなマムシをほうっておくことがありませんように。
2010-09-06
感謝、感謝の、3日間。
土曜日から2泊3日で、ファミリーキャンプに行って来ました。キャンプという名前がもう使えないなあ、と思う様な、立派な施設で、幸いな3日間でした。私は子供集会担当で、メインの集会には参加できなかったのですが、参加することのできた、岩渕まことさんと由美子さんのコンサートは、本当にすばらしかったです。
お二人は、今夜うちにお泊りいただいています。爆笑の渦の一時を持たせていただきました。腹の底から笑ったって感じ。そして、お二人は明日の10時に、教会でコンサートをしてくださいます。夜の7時からはNYで。お近くのみなさん、ぜひおいでください。
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お二人は、今夜うちにお泊りいただいています。爆笑の渦の一時を持たせていただきました。腹の底から笑ったって感じ。そして、お二人は明日の10時に、教会でコンサートをしてくださいます。夜の7時からはNYで。お近くのみなさん、ぜひおいでください。
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2010-09-03
存在を喜ばれる主。
今日も暑かったです。
気温以上に湿度の高さがしんどかったですね。
ハリケーンの影響は全くなく、晴れていた空が曇ってきたなあ、という程度。
夜11時になってもまだまだ湿度が高く、
蒸し暑く感じます。外の気温は23.9度。
でも、この後、寒冷前線が通過して、
明日からはカラッと晴れそうです。
そして、明日からは北東部、ワシントンからボストンまでの日本語教会が集まって、2年に一度持たれる合同ファミリーキャンプ。私は今年も子供集会を担当することになりました。半分くらい・・・と思っていたのですが、あまりの子供たちの数の多さに、フル回転の予定。おはなしは2回なのですが、それについて準備をしています。
明日の夜は「神様にとってあなたの存在がたいせつ」というテーマ。
その準備をしながら、ほんとうに自分は本気でそれを信じているだろうか、そのように生きているだろうかと思わされています。言葉だけじゃなくて、本当にそこに生きているだろうかと思わされます。
やっぱり成果が問われるこの世界。
才能や能力、決断力や実行力、そんなもので計られる世界。
そこで、本当に一人ひとりをその人の能力や才能とかではなく、
なにかをやったという実績とかではなく、
その人の存在自体を受け入れているだろうかと。
随分前に、「誕生日は、その人の存在を神様の前に感謝して、人々の中で喜ぶ日。」ということを学んで、本当にそうだなあと思わされて、それを実行しているつもりなのですが、それが形だけになっていないだろうか、本当に心からその人の存在を喜んでいるだろうか?と問われているように思います。でも、本当は、それができるのは神様だけなのかもしれない。神様だけが、本当の意味で、その人の存在自体を喜びとされているのかもしれない。
どうやってそれを伝えよう?
まず、自分自身がそこに生かされることだな。
自分が主にそのまま、存在自体愛されていることに目を留めることだな。
主の愛の中にどっぷり浸かることだな。
どっぷ〜。
さあ早く休もう。
さて、また何日かぶりの「日々のみことば」。
9月になってから、「列王記第1」を読んでいます。
1−4日、4日間かけて、1章を読みます。
今日までで1−39節。
「 一方、ハギテの子アドニヤは、『私が王になろう』と言って、野心をいだき・・・」5節。
アドニヤの傲慢さ。
アドニヤは野心を抱き自分の力で立とうと思った。
ソロモンはただ、王ダビデの命を待った。
13年前、まだ30代前半だった自分が、
この教会の牧師になったときに、
それまで50代、60代の牧師が続いている中で、
「彼は野心があるのでは?」と思われた方々がおられた。
その時には、やたら腹が立ったのだが、
今思い出してみて、
本当のところ、どうだったんだろうかと思わされる。
自分では本当に純粋な思いで主に仕えているつもりなんだけれども、
そこに「野心」が入り込む危険はないのだろうかと。
また、「自分がやらなければ・・・」みたいな、メシヤコンプレックスの入り込む余地はないのだろうかと。
いや、そういうことの全くない者なんかいないのかもしれない。
本当に主のもとにへりくだり、主の導きを求めていく、
ぎりぎりのところまで、主を信頼して、求めていく。
自分が傲慢になりやすい者であることを認めながら、
野心が忍びこんできやすいのだ、ということを認めながら、主の導きを求めていく、そのような歩みをさせていただきたいです。
主よ、
どうか、あなたの前に歩ませてください。
あなたの前に真実に歩ませてください。
他のものが入って来やすいです。
ただ、ただ、あなたのみ思いに心を向けることができますように。
気温以上に湿度の高さがしんどかったですね。
ハリケーンの影響は全くなく、晴れていた空が曇ってきたなあ、という程度。
夜11時になってもまだまだ湿度が高く、
蒸し暑く感じます。外の気温は23.9度。
でも、この後、寒冷前線が通過して、
明日からはカラッと晴れそうです。
そして、明日からは北東部、ワシントンからボストンまでの日本語教会が集まって、2年に一度持たれる合同ファミリーキャンプ。私は今年も子供集会を担当することになりました。半分くらい・・・と思っていたのですが、あまりの子供たちの数の多さに、フル回転の予定。おはなしは2回なのですが、それについて準備をしています。
明日の夜は「神様にとってあなたの存在がたいせつ」というテーマ。
その準備をしながら、ほんとうに自分は本気でそれを信じているだろうか、そのように生きているだろうかと思わされています。言葉だけじゃなくて、本当にそこに生きているだろうかと思わされます。
やっぱり成果が問われるこの世界。
才能や能力、決断力や実行力、そんなもので計られる世界。
そこで、本当に一人ひとりをその人の能力や才能とかではなく、
なにかをやったという実績とかではなく、
その人の存在自体を受け入れているだろうかと。
随分前に、「誕生日は、その人の存在を神様の前に感謝して、人々の中で喜ぶ日。」ということを学んで、本当にそうだなあと思わされて、それを実行しているつもりなのですが、それが形だけになっていないだろうか、本当に心からその人の存在を喜んでいるだろうか?と問われているように思います。でも、本当は、それができるのは神様だけなのかもしれない。神様だけが、本当の意味で、その人の存在自体を喜びとされているのかもしれない。
どうやってそれを伝えよう?
まず、自分自身がそこに生かされることだな。
自分が主にそのまま、存在自体愛されていることに目を留めることだな。
主の愛の中にどっぷり浸かることだな。
どっぷ〜。
さあ早く休もう。
さて、また何日かぶりの「日々のみことば」。
9月になってから、「列王記第1」を読んでいます。
1−4日、4日間かけて、1章を読みます。
今日までで1−39節。
「 一方、ハギテの子アドニヤは、『私が王になろう』と言って、野心をいだき・・・」5節。
アドニヤの傲慢さ。
アドニヤは野心を抱き自分の力で立とうと思った。
ソロモンはただ、王ダビデの命を待った。
13年前、まだ30代前半だった自分が、
この教会の牧師になったときに、
それまで50代、60代の牧師が続いている中で、
「彼は野心があるのでは?」と思われた方々がおられた。
その時には、やたら腹が立ったのだが、
今思い出してみて、
本当のところ、どうだったんだろうかと思わされる。
自分では本当に純粋な思いで主に仕えているつもりなんだけれども、
そこに「野心」が入り込む危険はないのだろうかと。
また、「自分がやらなければ・・・」みたいな、メシヤコンプレックスの入り込む余地はないのだろうかと。
いや、そういうことの全くない者なんかいないのかもしれない。
本当に主のもとにへりくだり、主の導きを求めていく、
ぎりぎりのところまで、主を信頼して、求めていく。
自分が傲慢になりやすい者であることを認めながら、
野心が忍びこんできやすいのだ、ということを認めながら、主の導きを求めていく、そのような歩みをさせていただきたいです。
主よ、
どうか、あなたの前に歩ませてください。
あなたの前に真実に歩ませてください。
他のものが入って来やすいです。
ただ、ただ、あなたのみ思いに心を向けることができますように。
ひんやり。
2010-09-02
今日は黄色。
ゲストの先生が来られたので。ちょっと、夜景など。

と思ったら、音楽ゲストの方も、ちょっと前に、同じポイントに、来られたみたいです。
http://makotobox.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-2478.html
さあ、いよいよ。
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と思ったら、音楽ゲストの方も、ちょっと前に、同じポイントに、来られたみたいです。
http://makotobox.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-2478.html
さあ、いよいよ。
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主の守り。
また日付が変わってしまった。
でも、今夜はなんだか元気なので、
1つ更新。
昨日も暑かったです。
9月になったのに、ありえない暑さです。
35度くらいまで上がりました。
夜になって、ちょっと涼しくなって、23度台まで下がってきました。
今日ももう一日暑いようです。
そして、今、天気予報の世界は、ハリケーン・アールくんの進路予想の話で持ちきりです。
最大風速60m/s以上の強いハリケーンがフロリダの東を北上中です。
今日の夜にはノースカロライナに接近です。
金曜日の夜にはこちらにも影響があるかもしれません。
一昨日の朝、教会に祈りに行ったら、
Costcoのニュースレターが着ていました。
その表紙を見て、「この人、どこかで見たなあ・・・誰だったっけ?」と思って、
んー、とおもっていたら、TOMS Shoesの創業者じゃん。
自分、8月の初めのセミナーにいって、この人の事知って、
ここで紹介してたじゃん。
とうとう天下のCostcoも、このブログからネタを拾うようになったか・・・、と感心・・・。
バキッ!!☆/(x_x)
でも、ここでも、New Business Modelと紹介されているよね。
そうなんだ。社会的にも注目されているんですよね。
でもさ、ということは、CostcoでもTomsの靴が買えるわけ?
今度探してみよう!
さて、火曜日の聖書。
火曜日は詩篇の91篇。
「まことに主は、
あなたのために、御使いたちに命じて、
すべての道で、あなたを守るようにされる。
彼らは、その手で、あなたをささえ、
あなたの足が
石に打ち当たることのないようにする。」
11-12節。
これを読みながら、
いつも感じることはないのですが、
本当に自分は今まで、あまり意識することはなかったけれども、
本当に主に守られてきたんだなあと思う。
神を信じているから、
クリスチャンだから、
牧師だから、
試練がないわけではなく、
問題がないわけではない。
でも、本当に、今まで主が特別に守ってくださったんだなあ、ということを、
しみじみ思わされた。
感謝することを忘れてしまう、
というか、本当に意識することがなさすぎる。
主のまもりに、目を注いで、
どんなに主がとくべつに自分を支えてきてくださったか、
忘れることがないように。
主よ、
あなたのまもりに感謝します。
あなたが特別に私を守ってこられたことに感謝します。
あなたを信頼します。
あなたを信頼しながら前進していくことができますように。
でも、今夜はなんだか元気なので、
1つ更新。
昨日も暑かったです。
9月になったのに、ありえない暑さです。
35度くらいまで上がりました。
夜になって、ちょっと涼しくなって、23度台まで下がってきました。
今日ももう一日暑いようです。
そして、今、天気予報の世界は、ハリケーン・アールくんの進路予想の話で持ちきりです。
最大風速60m/s以上の強いハリケーンがフロリダの東を北上中です。
今日の夜にはノースカロライナに接近です。
金曜日の夜にはこちらにも影響があるかもしれません。
一昨日の朝、教会に祈りに行ったら、
Costcoのニュースレターが着ていました。
その表紙を見て、「この人、どこかで見たなあ・・・誰だったっけ?」と思って、
んー、とおもっていたら、TOMS Shoesの創業者じゃん。
自分、8月の初めのセミナーにいって、この人の事知って、
ここで紹介してたじゃん。
とうとう天下のCostcoも、このブログからネタを拾うようになったか・・・、と感心・・・。
バキッ!!☆/(x_x)
でも、ここでも、New Business Modelと紹介されているよね。
そうなんだ。社会的にも注目されているんですよね。
でもさ、ということは、CostcoでもTomsの靴が買えるわけ?
今度探してみよう!
さて、火曜日の聖書。
火曜日は詩篇の91篇。
「まことに主は、
あなたのために、御使いたちに命じて、
すべての道で、あなたを守るようにされる。
彼らは、その手で、あなたをささえ、
あなたの足が
石に打ち当たることのないようにする。」
11-12節。
これを読みながら、
いつも感じることはないのですが、
本当に自分は今まで、あまり意識することはなかったけれども、
本当に主に守られてきたんだなあと思う。
神を信じているから、
クリスチャンだから、
牧師だから、
試練がないわけではなく、
問題がないわけではない。
でも、本当に、今まで主が特別に守ってくださったんだなあ、ということを、
しみじみ思わされた。
感謝することを忘れてしまう、
というか、本当に意識することがなさすぎる。
主のまもりに、目を注いで、
どんなに主がとくべつに自分を支えてきてくださったか、
忘れることがないように。
主よ、
あなたのまもりに感謝します。
あなたが特別に私を守ってこられたことに感謝します。
あなたを信頼します。
あなたを信頼しながら前進していくことができますように。
2010-09-01
あと4日。
あと4日で東海岸合同ファミリーキャンプ。
ここへきて、いろんなことが起こってきているので、
今夜もこのまま沈没します。
「リア充」ということで。
今日から2年ぶりのVerizon Fios復帰です。
TVJapanは今日の午前中まででおさらば。
8時から12時までに来る、と言っていたのですが、
来たのは1時半。まあ、慣れましたから、文句も出ませんが、
問題は、前のケーブルをキャンセルするプロセス。
「今、キャンセルできない」とか言い出して、
こっちも「明日からもチャージするなんて言うなよ」と、
ほとんど喧嘩腰。
でも、無事終了しました。
Voicemailのセットだけまでうまくできないので、
留守の場合メッセージが残せないのですが、
許していただく、ということで。
ではでは。
ここへきて、いろんなことが起こってきているので、
今夜もこのまま沈没します。
「リア充」ということで。
今日から2年ぶりのVerizon Fios復帰です。
TVJapanは今日の午前中まででおさらば。
8時から12時までに来る、と言っていたのですが、
来たのは1時半。まあ、慣れましたから、文句も出ませんが、
問題は、前のケーブルをキャンセルするプロセス。
「今、キャンセルできない」とか言い出して、
こっちも「明日からもチャージするなんて言うなよ」と、
ほとんど喧嘩腰。
でも、無事終了しました。
Voicemailのセットだけまでうまくできないので、
留守の場合メッセージが残せないのですが、
許していただく、ということで。
ではでは。
2010-08-29
また熱波。
また熱波が来るらしい。
今日もそこそこ暑かったけど、
明日から数日、35度くらいまで上がるらしい。
湿度はそれほどでもないようで、
朝晩は涼しいみたいですが・・・。
でも、週末の合同ファミリーキャンプの頃にはまた冷えて、
会場あたりでは一桁ですね。9度とか。もちろん、摂氏だけど。
さて、さっき、プリンストンの牧師と話していたら、
今日は自タイ、とうとうプリンストンの礼拝に現れたらしい。
ワシントンの教会の子供のプログラムにも現れたらしいし。
まあ、こちらは、私のアドバイスを素直に受け止めて、
ちゃんと事前にほのめかしメールを送っていたそうだけど・・・。
まさか東海岸合同ファミリーキャンプに飛び入りはないと思うけど・・・。
(誘ってないからね・・・別に・・・)
あ、明日からのUSオープンテニス、圭くんが予選突破だってね。
明日早速1回戦。期待しよう。
昨日の聖書。
レビ記14:21−32。
「祭司はその手のひらにある油をきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に、すなわち罪過のためのいけにえの血と同じところにつける。」28節。
前日の箇所では「犠牲の動物の血」がそこにつけられたけれども、
この日の箇所では、「油」がつけられている。
油は聖書では「聖霊」。
私たちの赦されなければいけなかった部分、
きよめられなければいけない部分に、
油が注がれた。
聖霊が、私たちの弱いところ、迷ってしまうところ、
そこに注がれる。
聖霊様にもっと自由に、
もっと圧倒的に働いていただきたいと思った。
聖霊様、
私の弱いところに触れてください。
そして、あなたの御業をなしてください。
ご自由にお働きください。
あなたに身を委ねます。
今日もそこそこ暑かったけど、
明日から数日、35度くらいまで上がるらしい。
湿度はそれほどでもないようで、
朝晩は涼しいみたいですが・・・。
でも、週末の合同ファミリーキャンプの頃にはまた冷えて、
会場あたりでは一桁ですね。9度とか。もちろん、摂氏だけど。
さて、さっき、プリンストンの牧師と話していたら、
今日は自タイ、とうとうプリンストンの礼拝に現れたらしい。
ワシントンの教会の子供のプログラムにも現れたらしいし。
まあ、こちらは、私のアドバイスを素直に受け止めて、
ちゃんと事前にほのめかしメールを送っていたそうだけど・・・。
まさか東海岸合同ファミリーキャンプに飛び入りはないと思うけど・・・。
(誘ってないからね・・・別に・・・)
あ、明日からのUSオープンテニス、圭くんが予選突破だってね。
明日早速1回戦。期待しよう。
昨日の聖書。
レビ記14:21−32。
「祭司はその手のひらにある油をきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に、すなわち罪過のためのいけにえの血と同じところにつける。」28節。
前日の箇所では「犠牲の動物の血」がそこにつけられたけれども、
この日の箇所では、「油」がつけられている。
油は聖書では「聖霊」。
私たちの赦されなければいけなかった部分、
きよめられなければいけない部分に、
油が注がれた。
聖霊が、私たちの弱いところ、迷ってしまうところ、
そこに注がれる。
聖霊様にもっと自由に、
もっと圧倒的に働いていただきたいと思った。
聖霊様、
私の弱いところに触れてください。
そして、あなたの御業をなしてください。
ご自由にお働きください。
あなたに身を委ねます。
2010-08-27
直視。
今日も朝から快晴でしたね。
朝、とっても眠かったですが、
とっても、爽やかな朝でした。
昼間はちょっと暑くなりましたが、
それでも25度くらい。
でも、日曜日には暑くなりそうです。
予想最高気温は34度くらい。
湿度は上がらないようですが、
涼しさになれたカラダには、きついかもです。
今朝のニュースは日本で死刑執行室がマスコミに公開されたことが取り上げられていましたね。このようなことをすること自体にも賛否両論があるようですが、今回のように秩序正しく、何が起こっているかを知らせることは大切な事だと思います。というのは、いつも私たちはそういう現実から目をそらそうとするからです。裁判員制度が始まるときにも感じたのですが、私たちは、あまりに多くのことから目を逸らしている。逃げている。動物の命をいただくこともそうですが、その瞬間は他の人に任せて、自分は手を下そうとしないで、出来上がった肉製品だけ美味しくいただく。そこで命が犠牲になっていることはできるだけ考えないようにする。裁判も判決には関わろうとしないで「刑が軽い」とか平気で評論家のように言う。そういう声を封じるためにも、裁判員制度はいいことだと思う(なんて日本でもアメリカでも裁判員になる可能性のない立場にいるので、まさに傍観者的発言ですが・・・)死刑についても、刑の執行にはかかわらないで、「死刑にすべき」とか言う。自分がボタンを押す立場になったら、自分が判決を下す立場になったら、本当に苦しむだろうけれども、私たちは普通の時は、そういうことからは逃げて、傍観者として、好き勝手な評論をするのだ。
現実から、厳しい現実から、目をそらさないで、直視する、全てについて大切な事だと思う。そして、自ら、自分の判断に責任をもつ。「あの人がああ言ったから」とか、「状況が赦さなかった」なんて言い訳をしないで、自分の判断に責任をもつ。今日のニュースは本当に考えさせられるテーマでした。
さて、今日の聖書。
今日はレビ記14章1−20節。
「祭司は罪過のためのいけにえの血を取り、それをきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に塗りつける。」14節。
ここは、「ひびみこ」の解説に「そうかも知れない」と思わされた。
つまり、耳と手と足とに血をつけられなければいけなかった。
耳と手と足とは罪を犯させるポイントなのでは?というのだ。
でも、自分的にはじゃあどうして「目」はないの?
「耳」より目の方がずっとずっと誘惑の入り込むポイントになりやすいと思うのだけれども
どうだろうか?「口」だって負けていないだろう。誘惑よりも攻撃になるかな。
でも、さすがに「目」に血をつけるのは衛生上よろしくないでしょう。
「口」もそうですね。
だから、目や口の代表として耳が選ばれたのかもしれない。
そして手や足は罪を犯させる道具。
その一つ一つがきよめられること、
主はそれによって私たちを守ってくださる。
私の耳や口や目や手や足、一つ一つの部分が守られて、
主のために用いられ、罪から離れていることができますように。
主よ、
あなたのきよめの御業を感謝します。
どうか、わたしのカラダの一つ一つの部分を守ってください。
あなたの喜ばれる器として用いてください。
朝、とっても眠かったですが、
とっても、爽やかな朝でした。
昼間はちょっと暑くなりましたが、
それでも25度くらい。
でも、日曜日には暑くなりそうです。
予想最高気温は34度くらい。
湿度は上がらないようですが、
涼しさになれたカラダには、きついかもです。
今朝のニュースは日本で死刑執行室がマスコミに公開されたことが取り上げられていましたね。このようなことをすること自体にも賛否両論があるようですが、今回のように秩序正しく、何が起こっているかを知らせることは大切な事だと思います。というのは、いつも私たちはそういう現実から目をそらそうとするからです。裁判員制度が始まるときにも感じたのですが、私たちは、あまりに多くのことから目を逸らしている。逃げている。動物の命をいただくこともそうですが、その瞬間は他の人に任せて、自分は手を下そうとしないで、出来上がった肉製品だけ美味しくいただく。そこで命が犠牲になっていることはできるだけ考えないようにする。裁判も判決には関わろうとしないで「刑が軽い」とか平気で評論家のように言う。そういう声を封じるためにも、裁判員制度はいいことだと思う(なんて日本でもアメリカでも裁判員になる可能性のない立場にいるので、まさに傍観者的発言ですが・・・)死刑についても、刑の執行にはかかわらないで、「死刑にすべき」とか言う。自分がボタンを押す立場になったら、自分が判決を下す立場になったら、本当に苦しむだろうけれども、私たちは普通の時は、そういうことからは逃げて、傍観者として、好き勝手な評論をするのだ。
現実から、厳しい現実から、目をそらさないで、直視する、全てについて大切な事だと思う。そして、自ら、自分の判断に責任をもつ。「あの人がああ言ったから」とか、「状況が赦さなかった」なんて言い訳をしないで、自分の判断に責任をもつ。今日のニュースは本当に考えさせられるテーマでした。
さて、今日の聖書。
今日はレビ記14章1−20節。
「祭司は罪過のためのいけにえの血を取り、それをきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に塗りつける。」14節。
ここは、「ひびみこ」の解説に「そうかも知れない」と思わされた。
つまり、耳と手と足とに血をつけられなければいけなかった。
耳と手と足とは罪を犯させるポイントなのでは?というのだ。
でも、自分的にはじゃあどうして「目」はないの?
「耳」より目の方がずっとずっと誘惑の入り込むポイントになりやすいと思うのだけれども
どうだろうか?「口」だって負けていないだろう。誘惑よりも攻撃になるかな。
でも、さすがに「目」に血をつけるのは衛生上よろしくないでしょう。
「口」もそうですね。
だから、目や口の代表として耳が選ばれたのかもしれない。
そして手や足は罪を犯させる道具。
その一つ一つがきよめられること、
主はそれによって私たちを守ってくださる。
私の耳や口や目や手や足、一つ一つの部分が守られて、
主のために用いられ、罪から離れていることができますように。
主よ、
あなたのきよめの御業を感謝します。
どうか、わたしのカラダの一つ一つの部分を守ってください。
あなたの喜ばれる器として用いてください。
2010-08-26
宣言の重み。
晴れました!
本当に気持ちよく晴れました。
朝もそこそこ涼しかったですが、
さすがに湿気が多くて、ジトッとしていましたが、
昼間晴れて、すっきりして、
空気も乾いた空気に入れ替わって、
夜の11時で19度。本当に気持ちのいい感じです。
明日の朝は13度くらいまで下がるそうです。
そしてこの後しばらく晴れ。
気温は日々高くなっていくみたいです。
さて、今日はさっそく「日々のみことば」。
この3日間は、レビ記の13章でした。
「祭司は彼をきよいと宣言する。」28節。
28節だけではなく、何回も何回も「宣言する」という言葉が出てきます。
宣言と実質では実質の方が先だと思います。
ここでも病気が治ったという事実が先にあって、
そこに「治ったよ」という宣言があります。
でも、その治った後の歩みの中で、
この宣言はとても重く、大切なことになります。
アメリカの歴史の中では独立宣言や奴隷解放宣言など大切な「宣言」があります。
「独立した」「解放した」と宣言したときに、
それに抵抗したり、「そんなの認めない」という勢力があっても、
そのように宣言されたことは大きな効力を持つのです。
人がどう感じようとも、その「宣言」こそが、今度は事実になるのです。
洗礼式の時に、私は必ず「子よ、しっかりしなさい、あなたの罪は赦されたのだ」と宣言をします。
それは悔い改めたら赦されると神が約束しているからです。
それを宣言する責任が洗礼を授ける者にはあります。
そして、その宣言は重く、本人がその後どう感じようとも、
「赦された」という事実は変わらないのです。
ですから、宣言をするときに、本当に重みを感じます。
それくらい大切な事だと思います。
その大切な働きを私たち任せてくださった主の信頼を、
裏切ることがないように、真実な歩みをさせていただきたいと思いました。
主よ、
あなたに代わって、罪の赦しの宣言をさせていただく幸いに感謝します。
あなたの信頼に感謝します。
どうか、真実な歩みの中に、
謙遜な歩みの中に、使命を果たしていくことができますように。
本当に気持ちよく晴れました。
朝もそこそこ涼しかったですが、
さすがに湿気が多くて、ジトッとしていましたが、
昼間晴れて、すっきりして、
空気も乾いた空気に入れ替わって、
夜の11時で19度。本当に気持ちのいい感じです。
明日の朝は13度くらいまで下がるそうです。
そしてこの後しばらく晴れ。
気温は日々高くなっていくみたいです。
さて、今日はさっそく「日々のみことば」。
この3日間は、レビ記の13章でした。
「祭司は彼をきよいと宣言する。」28節。
28節だけではなく、何回も何回も「宣言する」という言葉が出てきます。
宣言と実質では実質の方が先だと思います。
ここでも病気が治ったという事実が先にあって、
そこに「治ったよ」という宣言があります。
でも、その治った後の歩みの中で、
この宣言はとても重く、大切なことになります。
アメリカの歴史の中では独立宣言や奴隷解放宣言など大切な「宣言」があります。
「独立した」「解放した」と宣言したときに、
それに抵抗したり、「そんなの認めない」という勢力があっても、
そのように宣言されたことは大きな効力を持つのです。
人がどう感じようとも、その「宣言」こそが、今度は事実になるのです。
洗礼式の時に、私は必ず「子よ、しっかりしなさい、あなたの罪は赦されたのだ」と宣言をします。
それは悔い改めたら赦されると神が約束しているからです。
それを宣言する責任が洗礼を授ける者にはあります。
そして、その宣言は重く、本人がその後どう感じようとも、
「赦された」という事実は変わらないのです。
ですから、宣言をするときに、本当に重みを感じます。
それくらい大切な事だと思います。
その大切な働きを私たち任せてくださった主の信頼を、
裏切ることがないように、真実な歩みをさせていただきたいと思いました。
主よ、
あなたに代わって、罪の赦しの宣言をさせていただく幸いに感謝します。
あなたの信頼に感謝します。
どうか、真実な歩みの中に、
謙遜な歩みの中に、使命を果たしていくことができますように。
2010-08-25
筋。
今日も雨だった。
でも、明日は晴れるみたいだ。
そして週末に向かって、ちょっと暑くなってくるらしい。
とにかく青空が待ち遠しい。
民主党の代表選に小沢さんが出るんだって!?
それを鳩山さんが応援するんだって!?
よくわかりません。
この間、幹事長やめたばかりでしょう。
お金の問題で。
鳩山さんだって、ついこの間まで「菅さんを応援しますよ」と言っていたのに、今日は「小沢さんを応援するのが大義」だそうだ。
総理やめて、ますます言うことがコロコロ変わるようになってきた。
自分が遠く離れて生活しているからわからないのでしょうか、それとも日本にいてもわからないのでしょうか?
単に「強いリーダーシップ」を求めているのかなあ。
代議士さんたちにとっては「小沢さんは親分だから」なのかなあ。
筋通ってない。
わけわからない。
あんまり政治のこと書こうとは思わないんだけど、
文句みたいなことは書きたくないんだけど、
さすがに、今日はちょっとね。
さて、先週の「ひびみこ」(「日々のみことば」の略、念のため)から。
金曜日はレビ記の10章でした。
ここは、神様の命令に背いて火を焚いた祭司が、神様の火によって焼き尽くされてしまったところです。
「次に、モーセは、アロンとその子エルアザルとイタマルに言った。『あなたがたは髪の毛を乱してはならない。また着物を引き裂いてはならない。あなたがたが死なないため、また怒りが全会衆に下らないためである。』」6節。
実は一昨日牧師会をしたフィラデルフィアのブリンマーの教会でも
「ひびみこ」が使われています。
その牧師会で、ブリンマーの教会の牧師さんが言いました。
「人は傷つくときに、それによって免罪符を得たような気持ちになる」と。
つまり、誰かが傷ついたときに、
「傷ついた!」ということで、周りを動かし、
周りも、その人が「傷ついた」という理由だけで、
その人の言うことを聞き、それに振り回される。
でも、それは神の方法ではないと。
ここは厳しすぎるように見えます。
でも、筋がずれてはいけないのです。
誰かの痛みゆえに、筋が通らないことが、通ってしまってはいけないのです。
自分が傷ついたものであったとしても、
そこに立てこもってはいけない。
誰か他の人が傷ついたものであっても、
それに振り回されてはいけない。
とても、深いお話でした。
自分のよく自己憐憫に陥ることがあります。
自分が傷を負ったことに立てこもってしまうことがあります。
自分を見つめるのではなくて、
自分に必要な訓練を与え、導いてくださる主を見上げて歩みたいです。
主よ、
あなたの意図をしっかりと見極めることが出来ますように。
私たちの出会う出来事一つ一つの中で、
自分が決して「被害者意識」にとらわれてしまうことがありませんように。
そして、いつも、あなたが何を願っておられるのか、
見ていくことができますように。
でも、明日は晴れるみたいだ。
そして週末に向かって、ちょっと暑くなってくるらしい。
とにかく青空が待ち遠しい。
民主党の代表選に小沢さんが出るんだって!?
それを鳩山さんが応援するんだって!?
よくわかりません。
この間、幹事長やめたばかりでしょう。
お金の問題で。
鳩山さんだって、ついこの間まで「菅さんを応援しますよ」と言っていたのに、今日は「小沢さんを応援するのが大義」だそうだ。
総理やめて、ますます言うことがコロコロ変わるようになってきた。
自分が遠く離れて生活しているからわからないのでしょうか、それとも日本にいてもわからないのでしょうか?
単に「強いリーダーシップ」を求めているのかなあ。
代議士さんたちにとっては「小沢さんは親分だから」なのかなあ。
筋通ってない。
わけわからない。
あんまり政治のこと書こうとは思わないんだけど、
文句みたいなことは書きたくないんだけど、
さすがに、今日はちょっとね。
さて、先週の「ひびみこ」(「日々のみことば」の略、念のため)から。
金曜日はレビ記の10章でした。
ここは、神様の命令に背いて火を焚いた祭司が、神様の火によって焼き尽くされてしまったところです。
「次に、モーセは、アロンとその子エルアザルとイタマルに言った。『あなたがたは髪の毛を乱してはならない。また着物を引き裂いてはならない。あなたがたが死なないため、また怒りが全会衆に下らないためである。』」6節。
実は一昨日牧師会をしたフィラデルフィアのブリンマーの教会でも
「ひびみこ」が使われています。
その牧師会で、ブリンマーの教会の牧師さんが言いました。
「人は傷つくときに、それによって免罪符を得たような気持ちになる」と。
つまり、誰かが傷ついたときに、
「傷ついた!」ということで、周りを動かし、
周りも、その人が「傷ついた」という理由だけで、
その人の言うことを聞き、それに振り回される。
でも、それは神の方法ではないと。
ここは厳しすぎるように見えます。
でも、筋がずれてはいけないのです。
誰かの痛みゆえに、筋が通らないことが、通ってしまってはいけないのです。
自分が傷ついたものであったとしても、
そこに立てこもってはいけない。
誰か他の人が傷ついたものであっても、
それに振り回されてはいけない。
とても、深いお話でした。
自分のよく自己憐憫に陥ることがあります。
自分が傷を負ったことに立てこもってしまうことがあります。
自分を見つめるのではなくて、
自分に必要な訓練を与え、導いてくださる主を見上げて歩みたいです。
主よ、
あなたの意図をしっかりと見極めることが出来ますように。
私たちの出会う出来事一つ一つの中で、
自分が決して「被害者意識」にとらわれてしまうことがありませんように。
そして、いつも、あなたが何を願っておられるのか、
見ていくことができますように。
2010-08-24
Warning!はありがたい。
昨日はNJを出る時には雨がザーザーだったのに、
途中、Newarkを過ぎる頃に晴れてきて、
フィラデルフィアでは完璧に晴れていました。
帰る頃にはあちらも雨が降り出しましたが、
この不安定な天気はNYから北東の方に広がっているみたいですね。
でも、これも明日まで。
あさってからはまた晴れます。
日本は残暑が厳しいようですが、
こちらは「暑い」と言っても、朝には20度に下がるわけで、
ありがたいことです。
先週の土曜日、NC州で、ある事件があって、
慌てていたとき、そこは州立公園内で25マイル道路だったのですが、
自然と気がせいていて、いつの間にかスピードが上がってしまっていました。
そこに、うしろから、サイレンが・・・。
はい、慣れ親しんだあの出来事です。
こういう出来事に出会ったならば、「ひたすら礼儀正しく」です。
(「親しげに明るく!」が通用した若い女性もおられることも知っておりますが、男性がやって通用するかどうかはわかりません)
「Yes, Sir.」の連発です。
でも、この時はそれに加えて、「この出来事で、とにかく、慌ててしまって、申し訳ない」と気持ちを表しました。
免許証を持っていったofficerが帰ってきたときに、
その手には、なんと!「おみやげ」がなかったのです!!!
「あなたの言葉を信じましょう。verbal warningということにします。あなたの状況では、それは心配だろうけれども、子供たちがいたり、たくさんの人達が歩いたりしているところだ。落ち着いて運転して、しっかり制限速度を守りなさい」とお言葉をいただきました。
もちろん、答えは、「Yes, Sir!」です。
その後、めちゃくちゃ制限速度を順守しながら目的地について、
問題も無事に解決して、めでたしめでたし。
でも、本当に思いました。
あの時、警告をしてもらわなかったら、本当に慌てて、60マイルでも70マイルでも出していたかもしれません。そんなところに、誰かが道にふらふらっと出てきたら、取り返しの付かないことになっていたでしょう。だから、あそこで警告されてよかった、と。
人生の出来事もそう。
「警告」が鬱陶しく思える時もある。
やかましく感じることもある。
でも、それによって救われることがどれだけあるだろうか。
自分も勇気を出して、言うべきことを言わなければいけない、
そして、勇気を出して、警告を与えてくれた人々を大切にしなければいけない。
どっちも苦手だ。
でも、苦手であると言い訳をするのはやめよう。
自分が生き、また人をも生かすために。
そんなことを思わされました。
(でも、そこで「警告」ではなくて「おみやげ」を貰っていたら、そう素直に思えたかどうか・・・)
さて、ここ2週間の「日々のみ言葉」の中から。
レビ記8章、先週の火~水曜日のところでしたね。
「また、彼の頭にかぶり物をかぶらせ、さらにそのかぶり物の前面に、金の札すなわち聖別の記章をつけさせた。」8章9節
「また、あなたがたの任職の期間が終了する日までの七日間は、会見の天幕の入口から出てはならない。あなたがたを祭司職に任命するには七日を要するからである。」8章33節。
祭司として奉仕をすること、
そのために聖別されることは、本当に真剣なことだった。
それは時間もかかり、自分がどんな働きのために立てられているかを
真剣に学ばなければいけないことだった。
私たちの一つ一つの奉仕における真剣さ、
問われているように感じます。
自分自身の牧師としての使命、
その任命の重さをも思わされます。
そして、一つ一つの働きの奉仕者が、
自分の弱さを認めながらも、
そこに立てこもらないで、
主に使命が与えられたことを重んじで、
それに従って歩むような、
そのような教会となりますように。
主よ、
あなたの与えられた働きに忠実な者とならせてください。
真剣に受け取る者とならせてください。
あなたの警告、人の警告を素直に受け取る謙虚さを与えてください。
途中、Newarkを過ぎる頃に晴れてきて、
フィラデルフィアでは完璧に晴れていました。
帰る頃にはあちらも雨が降り出しましたが、
この不安定な天気はNYから北東の方に広がっているみたいですね。
でも、これも明日まで。
あさってからはまた晴れます。
日本は残暑が厳しいようですが、
こちらは「暑い」と言っても、朝には20度に下がるわけで、
ありがたいことです。
先週の土曜日、NC州で、ある事件があって、
慌てていたとき、そこは州立公園内で25マイル道路だったのですが、
自然と気がせいていて、いつの間にかスピードが上がってしまっていました。
そこに、うしろから、サイレンが・・・。
はい、慣れ親しんだあの出来事です。
こういう出来事に出会ったならば、「ひたすら礼儀正しく」です。
(「親しげに明るく!」が通用した若い女性もおられることも知っておりますが、男性がやって通用するかどうかはわかりません)
「Yes, Sir.」の連発です。
でも、この時はそれに加えて、「この出来事で、とにかく、慌ててしまって、申し訳ない」と気持ちを表しました。
免許証を持っていったofficerが帰ってきたときに、
その手には、なんと!「おみやげ」がなかったのです!!!
「あなたの言葉を信じましょう。verbal warningということにします。あなたの状況では、それは心配だろうけれども、子供たちがいたり、たくさんの人達が歩いたりしているところだ。落ち着いて運転して、しっかり制限速度を守りなさい」とお言葉をいただきました。
もちろん、答えは、「Yes, Sir!」です。
その後、めちゃくちゃ制限速度を順守しながら目的地について、
問題も無事に解決して、めでたしめでたし。
でも、本当に思いました。
あの時、警告をしてもらわなかったら、本当に慌てて、60マイルでも70マイルでも出していたかもしれません。そんなところに、誰かが道にふらふらっと出てきたら、取り返しの付かないことになっていたでしょう。だから、あそこで警告されてよかった、と。
人生の出来事もそう。
「警告」が鬱陶しく思える時もある。
やかましく感じることもある。
でも、それによって救われることがどれだけあるだろうか。
自分も勇気を出して、言うべきことを言わなければいけない、
そして、勇気を出して、警告を与えてくれた人々を大切にしなければいけない。
どっちも苦手だ。
でも、苦手であると言い訳をするのはやめよう。
自分が生き、また人をも生かすために。
そんなことを思わされました。
(でも、そこで「警告」ではなくて「おみやげ」を貰っていたら、そう素直に思えたかどうか・・・)
さて、ここ2週間の「日々のみ言葉」の中から。
レビ記8章、先週の火~水曜日のところでしたね。
「また、彼の頭にかぶり物をかぶらせ、さらにそのかぶり物の前面に、金の札すなわち聖別の記章をつけさせた。」8章9節
「また、あなたがたの任職の期間が終了する日までの七日間は、会見の天幕の入口から出てはならない。あなたがたを祭司職に任命するには七日を要するからである。」8章33節。
祭司として奉仕をすること、
そのために聖別されることは、本当に真剣なことだった。
それは時間もかかり、自分がどんな働きのために立てられているかを
真剣に学ばなければいけないことだった。
私たちの一つ一つの奉仕における真剣さ、
問われているように感じます。
自分自身の牧師としての使命、
その任命の重さをも思わされます。
そして、一つ一つの働きの奉仕者が、
自分の弱さを認めながらも、
そこに立てこもらないで、
主に使命が与えられたことを重んじで、
それに従って歩むような、
そのような教会となりますように。
主よ、
あなたの与えられた働きに忠実な者とならせてください。
真剣に受け取る者とならせてください。
あなたの警告、人の警告を素直に受け取る謙虚さを与えてください。
たまった。
JOY JOYキャンプ前から3週間くらい日常の働きから離れていたので、たくさんたまっていることがある。
今日も牧師会で、朝から、晩まででかけていて、いろいろ宿題をもらって、あっという間に、夜。明日からは、リズムを取り戻したい。
3週間前のリーダーシップセミナーで、学んだことのひとつ。
「成長して、順調に見える時も、問題が生まれ始めていることがある。」
そして、次の段階は、
「問題が表面化して来ても、それを否定する。」
本当に気をつけなければ・・・と思う。
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今日も牧師会で、朝から、晩まででかけていて、いろいろ宿題をもらって、あっという間に、夜。明日からは、リズムを取り戻したい。
3週間前のリーダーシップセミナーで、学んだことのひとつ。
「成長して、順調に見える時も、問題が生まれ始めていることがある。」
そして、次の段階は、
「問題が表面化して来ても、それを否定する。」
本当に気をつけなければ・・・と思う。
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2010-08-22
2つの誕生日。
昨日はサキの9回の目の誕生日。
9年前、JOYJOYキャンプ「わくわくタウン」の終わったあと、
日曜日の奉仕を終えて、月曜日に買い物に出ていたのんちが出先で破水して、
火曜日の明け方に生まれたのを、思い出します。
その時も破水したときに「何か食べるものを・・・」と外に出ていた私のところに電話があって言われたのを(携帯電話あったんですね、その頃から)、
「大丈夫、僕さっき食べたから」
と、自分のことしか思いつかなかった自分。
ホントはのんちは出産に入るとなかなか食べられないから、
今のうちに体力をつけておきたかったみたいです。
それから9年、子供は成長しますが、自分はなーんにも変わっていないな、と思う今日この頃です。
そして、今日の礼拝では2週続けての洗礼式。
長く教会においでになっておられた方が、
先週の洗礼式をご覧になって、
どこまでも共にいて導いてくださる主に信頼して歩んでいく決心をされて、
洗礼を申し出られました。
多くの方々に祈られ、
たくさんの出会いが与えられて、
必要な言葉がかけられて、
聖書の言葉が与えられて、
今日の日が与えられました。
またこれからの歩みでも主が導いてくださることを信頼して。
9年前、JOYJOYキャンプ「わくわくタウン」の終わったあと、
日曜日の奉仕を終えて、月曜日に買い物に出ていたのんちが出先で破水して、
火曜日の明け方に生まれたのを、思い出します。
その時も破水したときに「何か食べるものを・・・」と外に出ていた私のところに電話があって言われたのを(携帯電話あったんですね、その頃から)、
「大丈夫、僕さっき食べたから」
と、自分のことしか思いつかなかった自分。
ホントはのんちは出産に入るとなかなか食べられないから、
今のうちに体力をつけておきたかったみたいです。
それから9年、子供は成長しますが、自分はなーんにも変わっていないな、と思う今日この頃です。
そして、今日の礼拝では2週続けての洗礼式。
長く教会においでになっておられた方が、
先週の洗礼式をご覧になって、
どこまでも共にいて導いてくださる主に信頼して歩んでいく決心をされて、
洗礼を申し出られました。
多くの方々に祈られ、
たくさんの出会いが与えられて、
必要な言葉がかけられて、
聖書の言葉が与えられて、
今日の日が与えられました。
またこれからの歩みでも主が導いてくださることを信頼して。
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