2008-02-26

誇り。

今日は雨。
良く降った、と言うほどではなかったけれども、
一時はかなり激しく降っていた。

でも、夜になってそれもすっかり収まって、
静かな夜。
10時で4度。
今夜はこのまま少しずつ温度が下がって、
明日の朝は0度くらいになるようです。

そして、明日は風の強い寒い日です。

日曜日、電話では何回かお会いした若いお嬢さんが、
教会に来られました。
去年の秋からNYの反対側のQueensにすんで、
勉強しているそうで、
JCCNJに来られたのは2回目なのですが、
最初の時はちょうど私が日本にいるときだったので、
お会いしたのは初めて。

お父さんが、私も個人的に知っている伝道者。
あんまり「子供の匂い」がしないおっさんで、
こんなお嬢さんいたのかい、って感じの方。
ふつうの伝道者じゃなくて、
Wikipediaにも項目があるほどの人。
で、こっちも「あの人のお嬢さん」という目でついつい見てしまう。

一応、自分の親父も牧師なので、
日本にいた頃、「~先生の息子」という目で見られるのが、
あんまり心地よくなくて、「おれはおれだ!」なんていきがっていた私は、
つい、「いつもお父さんのこと言われて、嫌じゃない?」と聞いてみた。

したら、「ぜーんぜんOK。おとうさんかっこいい。お父さん熱いよねえ。」

うーん、やっぱ、親もふつうじゃないけど、
娘も、すげー。
「お父さんかっこいい」と言い切れちゃうところがすごい。

言わせてみたいもんだ・・・な。

さて、昨日25日の聖書。
昨日はルカ16:14-31でした。

「もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たといだれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。」31節。

「モーセと預言者の教え」とは「旧約聖書」のこと。
聖書の教えに耳を傾けないならば、
どんな奇跡や、びっくりするようなことがあっても、
それによって何か変わるわけではない、とイエスは言われた。

聖書の言葉に忠実に聞いていくこと、
素直に耳を傾けていくこと、
その大切さを思わされました。

それがなくてはいけないんだと、
思わされます。

心のどこかで、びっくりするようなことを、
求めているそんな自分を見透かされているように感じました。

主よ、
御言葉だけで十分です。
御言葉が与えられていることに感謝します。
御言葉によって養い、御言葉によって確信を与えてください。
そして、信じて踏み出す者とならせてください。
この御言葉を持って、
あなたのことを伝えていく者とならせてください。

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