2009-08-18

神様からの情熱。

今日も暑かったですねえ。34度くらいいったでしょうか?
もっとでしょうか?
今もまだ暑くて、汗が流れてきます。


今、夜の11時過ぎですが、
まだ26度あります。
でも、この暑さも今日が峠。
今もあちらこちらで雷雨のようですが、
明日も雷雨になって、少しずつ、気温は下がってくるようです。


今日は、1ヶ月半前に持たれた、
小学生キャンプの感謝反省会。
3教会からスタッフが、キャンプ後初めて集合して、
今後の展望についても話し合いました。


幸いな一時を持ちました。


でも、先週のJOYJOYキャンプでも、
ある方々は仕事を休んで、
ある方々は家族の助けをもらって、
ある方々は日本から犠牲を払って、
たくさんのスタッフが奉仕をしてくださいました。


このような一人一人の情熱があったから、
できた2つのキャンプだったと思います。


でも、それはやはり、その人自身と言うよりも、
神様からの情熱。


さっき、実家に電話をしたら、76歳になろうとしている父が、
泊まりがけで「小学生キャンプ」のスタッフをしているみたいで。
これには「参った」と思いました。


最近、子どもと一緒に何かをするよりも、
座り込んでしまうことの増えてきた自分の限界を感じ始めていただけに、
もう一度、主からの情熱を与えて頂きたいと思いました。


来年も是非、やりたいね、という話になった、小学生キャンプ。
さて、主がどのように導いてくださるか、楽しみです。
主が与えてくださった情熱に、素直に従って、行こうと思います。


さて、8月12日(水)の聖書。
第2コリント6:14-7:1


「私たちは生ける神の宮なのです。」16節。

わたしたちのうちに主が住んでくださる。
そのために、自らをきよめなさいと。
でも、本当のところは自分ががんばって掃除をするわけではない、
と言うことは聖書の他のところから明らか。

主に明け渡していくときに、
主の支配に自分自身を差し出していくときに、
きよめてくださるのは主の御業。

わたしたちのなすべきことは、
握りしめているものを手放すことであり、
主の支配を受け入れること。

奥の間の扉まで開けて、
そこも主に見て頂くこと。

頑固にこだわっていることさえ、
子どもの頃のいろんな出来事から傷さえ、
主の御手にゆだねていくこと。

主のなさることを、これからも見せて頂きたい。

神様、
あなたが私の心をあなたの住まいとしてくださることに、
心から感謝します。
どうか、私の心をきよめてください。
あなたの支配に差し出します。
私が自分の手で握りしめているものがあるならば、
それをあなたに差し出します。
どうか、あなたのものとしてください。

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