2009-01-12

15年ぶりの寒波。



「朝に更新」とか書いていたのですが、
朝は全く時間が取れなくて、
夜も、時間はあったのですが、
珍しくゆっくりできる夜だったので、
コンピューターの前に座らずにこの時間になっていました。


今朝は車が氷で固まっていたので、
おとなしく家でお祈り。


昼間には気温も上がって、何とか車も出せましたが、
また夜には冷え込んできています。


今は夜の12時過ぎですが、-7度。
でも、今夜は序の口です。
木曜日、金曜日あたりの最高気温の予想が、それくらい。
-10度くらいの予報を出してきているところもあります。
ありえないですよね。昼間で-10度なんて。


でも、今、天気予報の世界でのもっぱらの話題は、
NYで最低気温が華氏で0度(摂氏で-17.7度)まで下がるかです。


前回、これがあったのは1994年だったそうで。
まだ私はその時はNJにはいませんでした。


でも、アトランタでもめちゃくちゃ寒い朝があって、
華氏で確か5度くらいでしたから、その日でしょうね。
摂氏だと-15度くらい。
「どれどれ」と思ってぬれタオルをグルグル回したら、
固くなるかと実験しました。
さすがにバナナを夜放置しておいて、釘を打つ、まではしませんでしたが・・・。


今回、金曜日の朝、土曜日の朝あたりはかなり行きそうです。


さて、土曜日の聖書。
土曜日はヨハネによる福音書4章1-14節でした。


「わたしが与える水は、その人のうちで泉となり・・・」14節。

ここは、私にとって決定的に大切な言葉です。
イエスが与える水はわたしの内で泉となる。

周りに期待して、誰かに期待して、
満たしてもらおうと思わない。
自分の中に泉を持つことの大切さ。

イエスはその泉を与えようといわれる。
だから、私は自分で一生懸命「自分の中に泉を持とう」と努力するのではなくて、
イエスに泉を求める。
イエスが満たしてくださることを求めていく。

そして、何よりも、
自分にとって、イエスが私のために命を投げ出してくださった、
その愛されている喜びこそが、泉なのだ。

でも、なんだか、それだけではないのだろうと思い始めている。
先週、「イエスがわたしの内に生きていてくださるってこんな感じか」と思った経験。
それが日々与え続けられたら、
自分の力で人を愛することができないことはわかっているのに、
その愛が神さまから与えられて、
それが与えられ続けたら、
それは本当に命の泉なんだろうと思う。

主にもっともっと満たして頂きたい。
もっともっと愛することを教えて頂きたい。
そのように思わされました。

主よ、
あなたを求めます。
私はあなたの水が必要です。
あなたの水で私を満たし、
私が自分の中に泉を持つことができますように。


涸れることのない泉を与えてください。

2 comments:

  1. かきごおり先生
    寒そうですね
    コチラも寒いですよ
    初雪でした(積もりませんでした)
    でも、日中氷点下ってことはあり得ないですけどね
    シカゴから来た人が「NYは暖かい、子供の送り迎えも楽」だって言っていたのを思い出しました
    私には、NYも十分寒かったですが。。。
    0度Fになったら、バナナの釘打ちしてくださいね!!

    先生のところ部屋の中は、常夏でしょ~~羨ましいな~~~ぁ、
    日本は家の中が寒い(((=_=)))ブルブル

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  2. Anonymousさま、

    シカゴはホントに寒いみたいですね。
    今回も、あちらは、
    木曜日の最低予想が-22度、
    最高予想が-16度。
    1ランク寒さが違います。

    ウチは常夏じゃないですよ。
    省エネに励んでいますから、
    昼間が18度、夜が13度くらいに設定されています。

    でも、日本の家の中はもっと寒いですよね。
    日本に住んでいた時には、家の中で氷が張っていたことがありました(笑)。
    去年の一時帰国も2月だったので、
    廊下の寒さが信じられませんでした。

    今年は3月です。
    少し暖かくなってくれていることを期待しています。
    花粉はイヤですが・・・。

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