2013-06-10

M-50星雲?

また2日ほど休んでしました。
元気なのですが、優先順位の問題で、更新できませんでした。
今日は1回だけの更新ですが、今週はどんどん追いついていくと思います。

土日は気持ちよく晴れましたが、
今日はまた雨。
明日の朝まで残りそうです。

先週のクロッキー教室では、木炭デッサンをしたことを書きましたが、
もう1つ大きなことがありました。



これは私の作品じゃありません。




先生の作品です。

ここにもなぜか「50」の数字がありますが、誕生日にプレゼントしてくださいました。

以前、私が礼拝の中でお分ちしたこと、それがインスピレーションを与えて、この作品ができたそうです。

どんな話かと言うと・・・
今では、ほとんど自分の顔を鏡で見ることもなくなり、
車のバックミラーで自分の顔を見て「あ、寝癖がついている・・・」みたいなことに気づく、ずぼらオヤジになりましたが、紅顔の美少年じゃなくて、とにかく子供から大人になりつつある頃、よく自分の顔を見て、「ああ、ここがこうだったらなあ」と思ったものです。
そんなある時に、女の子に「かきごおりさ、鼻の頭見えないでしょ」と言われました。
自分の鼻?そんなもの、見えないに決まってるじゃないか、と、思ったのですが、結構みんな見えてるんですね。知りませんでした。自分の鼻なんて見えないもんだと思っていたのです。

そんなこんなで、うら若き、かきごおり少年、よく鏡を見て「高くなれ高くなれ」と鼻をつまんでいました。そして、鼻高くしてください、という祈りをしていました。

でもね、そんな私たち一人一人は神様から造られた特別な存在なんだ、とお話ししたんですね。

それを、絵にしてくださいました。



詩篇99:9の御言葉が添えてありました。

私を造ってくださったのは神様なんだ、きよい神様、私たちの存在を遥かに越えておられる方が、私を造ってくださったんだ、そのことを、思いながら、でも、その一方で、「神様、もうちょっと鼻高くしてくださいよ」と祈らないではいられない、でも、いや、このからだこそ、神様からもらったすばらし大切なプレゼントなんだともう一度語られ、そこに立っていく、それが私たちの歩みなんでしょうね。

感謝。

さて、先々週土曜日、6/1の「日々のみことば」。
ルカによる福音書の6章でした。

「のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。」28節。

これはまたすごい言葉ですね。
自分のことをのろう者を祝福する、なんてできるだろうか?

自分を辱める人、そんな人はもう関わりたくない、
それが当たり前。
何の悪いこともしていない。

でも、イエスはそんな当たり前の生き方すんな!と言われているんでしょうね。
だから、自分の力ではしょうがない、できない。
だから、神様の力を求めるんでしょうね。

「私には愛する力なんて、自分の中にない」その時にこそ、
神様に求めないではいられなうなります。
神様のことがわかります。神様との関係に導かれるのです。

さあ、実行しなければ。
実行することも招かれているんでしょうね。

主よ、
私のことをのろう者、憎む者、邪魔だと思っている者・・・・そのような人々をも愛する愛を与えてください。当たり前じゃない生き方をさせてください。



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