人を見ていると失敗することがある。
神様を信じているこの人がこんなことをするなら、
神様も信じられない、と思うこともあるが、
そういうことに振り回されない強さが必要だと思う。
「人を見ないで神を見なさい」と言われることもある。
でも・・・
神様はどうやら、人を用いて神様のことを伝えようとされているらしい。
「あなたは祝福の基となる」「地のすべての民は、あなたによって祝福される」
神との関係が大切なのではあるが、
それが築かれるもの、人との関係の中でだったりするし、
人から影響をうけることが沢山ある。
キリストのセールスマン、という言葉がよく使われたことがあったが、
福音は商品ではないのだ。
いや、商品を売る時も、
やはり商品だけではなく、
人が問われるように、
商品の良さが伝わるまでは
人との関係で商売が進んで行くように、
やはり、人が大切なんだと思う。
私自身の「人」が整えられますように。
教会の中の「人」が整えられますように。
1月30日土曜日の聖書。
マタイ12:14-21。
「彼はいたんだ葦を折ることなく・・・」20節。
主はわたしをダメ人間だと切り捨てることはなさらない。
本当だったら主の目にかなうことなんてありえない。
ひとたまりもない。
メッタ切りに気られて、
切り捨てられて、
おかしくもないのに、
主はわたしをお見捨てにならない。
それなのに、
自分はどれだけ、judgementalになれるのだろうか?
冷たい態度を取ってきたことがあっただろうか。
自分は弱い。
弱いから、人を裁き、
小さいから、人を捨てる。
主の強さを頂きたい。
主の大きさを頂きたい。
主の愛を頂きたい。
主の愛に満たされて、
主の愛を流し出す存在とならせていただきたい。
主よ、
あなたの愛を与えてください。
あなたが歩まれたように歩ませてください。
No comments:
Post a Comment