2009-04-02

生活を取り戻す。

木曜日の早朝。
昨日の午後からの雨、
結構降りましたね。


今日は朝のうち霧や弱い雨がありますが、
午後には晴れ間も出てくる、暖かい日になりそうです。
でも、この後もちょっと天気はぐずつき気味。
本格的な春はもうちょっと先のようです。


昨日はそれまでの反省で、
早かったですが、最初に眠くなった時に、
眠くなるアレルギーの薬を飲んで寝ました。
そしたら、まあ、眠れました。
早く寝た分、早く起きましたが、
これは計算に入っていたので、爽快です。


もう明日で1週間になりますから、
そろそろ普通の生活に戻したいと思います。


そんなことを考えていたら、
高校時代に初めてスキーをした時に、
教会でスキーのインストラクターをされていた方に、
「スキーに乗られるんじゃなくて、乗るんだぞ」と言われたこと、
車の教習所でL字走行、S字走行に苦労していた時に、
教官に「車をコントロールするんだ、おまえは車に振り回されている」と言われこと、
思い出しました。


私の生活も、生活の中の一つ一つの出来事に振り回され、
それを何とかこなしている、という時もあるように思います。
どんどんスピードが出てしまうスキーの板に
へっぴり腰で何とかついて行っているような、
あっちにぶつかりそうになり、こっちにぶつかりそうになり、
あわててハンドルを切って何とかしのいだと思ったら、
次の縁石に乗り上げそうになって・・・みたいな、そんな感じ。


勿論、神様の御手の中で、ということを忘れてはいけないのでしょうが、
あの教習所の教官が続けて言ってくれたこと「とにかくスピードを落とせ」、
その大切さを思わされます。


さて、先週金曜日、3月27日の聖書。
ヨハネ15章1-8節でした。


「実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。」2節

わたしたちは刈り込みをされる時に、
悲鳴を上げます。

「どうして?」
「痛い!」

どうしてこんなことになってしまったんだろう。
ある時は、自分を責めます。
あれがまずかった、これがまずかった、と。
ある時は神様にたてつきます。
「あなたに従ってきたのに・・・」

でも、それはわたしたちがもっと豊かに実を結ぶためだった。
もっともっと豊かに実を結ぶために、わたしたちを主は刈り込まれる。

・・・そうだったんだ。


神様の愛とめぐみを思いました。
神様がわたしたち、わたしを整えて、
豊かに実を結ばせようと期待しておられる。


主の祝福を見ました。


主の祝福が見えてきました。


主よ、
ありがとうございます。
わたしを愛し、わたしたちに期待しておられることに感謝します。
刈り込みを感謝します。
どうか、実を結ぶまで、導いてください。
あなたにつながって実を結ぶ働きをさせてください。

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