2007-08-21

6歳!

最近、親ばかサイトになりつつある、という指摘もありますが、
そんな指摘にめげずに書きます。

今日は一番下の子の誕生日でした。
朝、教会での祈りから帰ったら、
「6歳だよ!」と抱きついてきました。

ここまで守ってくださった神様に感謝。

「これがほしい!」と言われて、
のんちが、カメラもどきのおもちゃを買ってあげたつもりが、
実はよく見たら、「フィルムカメラ」でした。
デジカメだったら、写真を写して、スクリーンで見て満足なんでしょうが、
フィルムカメラだったら、現像してあげなきゃいけないじゃないですか、
そして、失敗したから消してやり直し・・・とかもできないし・・・。

でも、今までデジカメしか知らなかった彼女ですから、
「これはおもちゃなんだよ」と言ってごまかせるかと思ったのですが・・・。

なんと、彼女、あとで説明書を自分で読んで、
「ねえ、ここにフィルムを入れなきゃいけないんだって・・・」って持ってきました。
おい、マジかい。
負けたね。ママ。

さて、今日、詩篇を読み終わったので、
何とか、今日追いつこうと思いますが、
おととい、日曜日の聖書。
詩篇の148篇でした。

「みことばを行うあらしよ。」
8節の言葉です。

ほかのものは、ただ「火よ。雹よ。雪よ。煙よ。」と書いてあるのに、
なぜか、「あらし」だけは、「御言葉を行う」という言葉が着いているんですよね。
そこでいろんなことを思わされました。

主が御言葉を成就しようとするときに、
嵐を用いられるのではないだろうかと。

私たちは人生に「嵐」がやってきたら、
それは「サタンの攻撃」「惑わし」と思うこともあります。

でも、それは「御言葉を実現するため」に主が私たちの人生に送られたものかもしれません。

だから、私は思わされました。
これからの歩みの中で、
嵐がやってきたときには、
それは主が私たちのために、
御言葉を成就するために送られているのではないだろうかと。

主が今、私の人生に何をなさろうとしているのかを、
見極める目を与えてほしいと。

主よ、
どうか、嵐の中で、
あなたの声を聞くことができますように。
嵐の中で、あなたが何をなさろうとしてるのか、
見極める目を与えてくださいますように。
どうか、嵐の中で、この御言葉を思い出させてくださいますように。

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