2007-06-27

かたくなな心

もしかしたら、帰りが遅くなるかもしれないので、
今のうちにNYのMidtownのPublic Libraryから、
アップデートしておきます。


今日も暑かったです。
朝からNYにいましたが、ちょっと歩くと汗が噴き出します。
でも、東京に比べると湿度が低くて快適なんだろうなあと思います。
一昨年まで3回、夏に日本を訪問しましたが、
本当に夜遅い時間に帰ってきても、汗が噴き出ていましたから・・・。
今朝は23度くらいまで下がりました。
あれだけ暑くても熱帯夜じゃないんですね。
ここも、東京と違うところですね。

夕方には雨が降ってきました。
にわか雨。雷も鳴りました。
ミッドタウンでは大したことはなかったですが
場所によってはものすごい雷雨になったところもあったようです。

今、夕方の6時半ですが、このあと、もう1ラウンド雨が降るかも知れません。


で、雨が降って涼しくなってくれればいいのですが、
今日の場合はそうなりません。
ただ、む~っとしてくるだけみたいです。

でも、明日は、雷雨のあと、夜には涼しい空気が入って来るみたいです。
今夜は窓を開けて寝てもいいですが(雨が入らない限り)、
明日の夜はくれぐれも、風邪にはお気をつけて。

今日の聖書。
今日は詩篇の95篇を読みました。
95篇からしばらく、「賛美」の詩篇が続きます。

「来たれ。
私たちは伏し拝み、ひれ伏そう。  
私たちを造られた方、
主の御前に、ひざまずこう。
主は、私たちの神。
私たちは、その牧場の民、その御手の羊である。
きょう、もし御声を聞くなら、
メリバでのときのように、
荒野のマサでの日のように、
あなたがたの心をかたくなにしてはならない。」
6-8節です。


これは礼拝だなあと思いました。
賛美と、触れ伏すことと、御言葉を聞いて従うこと。
今日の朝は「どうして私たちは、心をかたくなにしてしまうのだろうか」と思いました。

どうして私たちは頑固になってしまうのか、
どうして、私たちは主に従えないのか、思いました。
もしも、主が今日、語ってくださったら、主に従おうと思いました。

主に従って、自分の思いにこだわらないで、
主に従うことを経験させて頂こうと思いました。

主はなにを語ってくださるのか、楽しみに一日をスタートしました。

そして、午後4時過ぎに、

図書館で日曜日の説教の準備をしている時にルカ9:57-58の言葉から語られました。
「あなたの行かれるところにはどこまでもついて行きます」

この人の言葉はわたしの言葉でもあります。

でも、その人にイエスが言われた言葉は、
「ありがとう、うれしいよ」ではなくて、
「人の子には枕するところもない」。

自分は「本当にどこまでもついて行く」と思っているんだろうか、
その覚悟は本当にできているのだろうか?
本当は自分の行きたいところに行って、
主が、そこに一緒に行ってくださることを求めているのではないだろうか?
それは、安定した生活は約束されないところかも知れない。
ほっと一息つけるようなところがないかも知れない。
それでもついて行く、と言えるのだろうか。

「心をかたくなにしてはならない」

主の導かれるところに、ついて行く、
そのような者でありたいと思いました。

主よ、
あなたについて行かせてください。
御言葉が語られる時に、
それに従順であることができますように。

かたくなな者です。
どうか、わたしを砕き、
あなたの用いやすい者へと造り変えてください。

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