土曜日の朝になりました。
「日々のみことば」が追いつくまでは
なんとか、毎日朝晩更新したいと思います。
今日は明るい朝です。
14度くらいまで上がるようです。
こちらに来て、NJにいる時よりも、
アメリカのニュースがわかります。
昨日はNYで「食べられるものあさりツアー」があることを報道していました。
スーパーや飲食店で出るゴミの中からまだまだ食べられるものがあるのを集めて、
それを料理して食べる、というツアーだそうです。
ツアーにしてしまうのがまたアメリカだと思いますが、
報道の中では「アメリカの大量消費社会にも変化が見えてきました」、
という感じでした。
確かにアメリカの大量消費社会は驚くほどのこともあります。
でも、大切にするものを大切にする社会でもあります。
日本の方がよっぽど使い捨て社会かなと思う時もあります。
まあ、でもいずれにせよ、
もったいない、と思います。
何か間違っているなあ、と思います。
お店としては、賞味期限が切れたものを売ると信用問題になるのでしょうが、
それだからと言って捨てなくても・・・と。
NJに帰ったら、たぶん、家のそばのWhole Foodsも開店していると思うので、
夜、ゴミ置き場を徘徊しているアジア人がいたら、私だと思ってください。(笑)
さて、水曜日の聖書。
水曜日は第2ペテロ2章10-22節でした。
「その人たちに自由を約束しながら、自分自身が滅びの奴隷なのです。」19節。
これは偽預言者の姿を書いているところですが、
他の誰かのことよりも、自分のことを思わされました。
自分は人々に自由を約束していながら、
奴隷になっていることはないだろうかと、
振り返らされました。
もちろん、自分は偽預言者ではないと信じています。
でも、だからといって、「これは誰か他の人のこと」と思って甘く見てはいけないことを思わされます。
自分を縛っているものは今、ないだろうか?
本当に自分は自由に生かされているだろうか?
もっともっと主にある自由を経験させて頂きたいと思います。
そして、自分を縛ろうとする力に対して、
敏感な者でありたいと思います。
主よ、
あなたの自由に生かしてください。
私を縛ろうとする力に対して、
敏感に反応する者にしてください。
その鎖から守ってくださいますように。
かきごおり先生
ReplyDelete5時過ぎから少し曇ってきましたが、
日中は、暖かく良いお天気でした
食べられるものを捨てている話で
真っ先に思ったのが
夫の実家の近くにある
フランチャイズの日本資本のバーガー屋さん
店の横にまだまだ食べられるレタスが山積みで
捨ててあるんです・・・
凄く心が痛みます・・・
確かに、ハンバーガーに入れるのに
柔らかく食感のいい部分は少ないと思いますが
うううん、、、基準が何とかならないのかと思います
勿体無い。。。拾いたい衝動に駆られますよ~~
今日のメッセージでもありましたが
日本が不況だといっても
食べられて当たり前
雨風しのげる家に住めて当たり前
考えさせられます
それぞれの環境でそれぞれの試練がありますが
贅沢に慣れきっている自分の姿が
恐ろしく感じました・・・ 旧ジャージー
旧ジャージーさん、
ReplyDeleteねえ、何とかならないんでしょうか?
一方で、仕事がなくて、食べることにも不安を抱えておられる方もいる。
他方で、たべられるものが捨てられている現実がある。
でも、ホントにあさってでも無駄をなくしたい、
そんな気持ちです。