2008-11-24

Role Model。

あっという間に月曜日も夜になってしまいました。
今日は朝は-4度くらいの寒さでしたが、
昼間は久しぶりに10度を超えて、
ぐっと寒さがゆるみました。


今夜は雨。


Heavy Rainと予報が出ています。
明日にかけてまとまった雨になりそうです。


昨日の朝、
教会で祈っている時に、
最近日本からいただいた一通のメールのことが
心に浮かびました。


それは彼の教会に来ている一組の夫婦を愛し、
そのために自分は何をすべきかを模索し、
心から受け入れながら、
でも、まさに愛し受け入れているが故に
どうしてもおかしいと思うところは、
はっきりと伝えている様子が書かれているメールでした。


若い働き人でありながら、
そのような勇気と愛にあふれた姿に、
本当に心が熱くなりました。


自分がいかにたくさんの対決すべき場面でそれを避けてきたか、
そのことを考えさせられました。
勇気のなさよりも、愛のなさを突きつけられ、
悔い改めに導かれました。


そして、教会の一人一人の思い、
単に表面的な一生懸命さや、忠実さではなくて、
心の思いに目を向ける者にさせて頂きたいと祈らされました。


神さまが与えてくださったrole model。
自分よりも若い働き人ですが、
そのようなmodelが与えられたことに感謝。


考えてみると、私の牧師としての働きの中で、
先輩牧師なり、同労者なりが、
そのような愛にあふれた対決をしておられるのを
あまり見たことがありませんでした。


どちらかというと、愛にあふれてだとは思うのですが、
自分の考えを譲り、相手を赦し受け入れて・・・という姿を見てきたと思うのです。


対決もあったかもしれませんが、
それはあまり見えるところでは起こらないのかもしれません。


本当に愛にあふれた対決ができる働き人との
出会いを与えてくださった神さまに、心から感謝。


昨日、日曜日の聖書。
昨日は詩篇の66篇10-20節を読みました。


「もしも私の心にいだく不義があるなら、
  主は聞き入れてくださらない。
 しかし、確かに、神は聞き入れ、
  私の祈りの声を心に留められた。」18-19節。

この言葉ではいろいろなことを思わされます。
いつかは、本当に自分の罪を探られることもありました。

でも、昨日はこの箇所から、この詩人と同じように、
「わたしが不義にとらわれていないことを証明するために、どうか、祈りに答えてください」と祈りました。

もちろん、失敗ばかりです。
過ちを犯します。
罪人です。

でも、この詩人がそうであったように、
困難の中で、神さまに祈った時に、
神さまが聞いてくださったことの中に、
神さまが祈りに答えてくださったことの中に、
「私が間違っていたわけではないですよね」という
答えをいただきたいと思ったのです。
聞き入れて頂きたいと思ったのです。

主よ、
私が間違っている時には教えてください。
はっきりと教えてください。
私の願いが自分のわがままや自己中心的な思いに支配されているならば、
そのことをはっきりとわからせてください。


しかし、私の願いや行動が罪によって支配されていない時には、
その祈りを聞き入れ、御業をなしてください。


信じます。


あなたは祈りに答えて御業をなしてくださる方であることを。

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