今朝はまた寒かったですね。
最低気温は-16.9度Cでした。
昼間は-6度どまりでしたが、
その後、-9度くらいまで下がった気温が上がり始めて、
今は夜の10時過ぎですが、-7度まで上がってきています。
この寒さも今朝がピークで、
明日はついに氷点下脱出確実です。
明日の天気は小雪。
ま、全然大丈夫です。
午後には晴れてくるでしょう。
で、問題は水曜日の夜から木曜日の朝。
このstormがどうなるか、本当に振り回されています。
(いや、振り回されなくていいんで、勝手に振り回されているんですが)
はい、「何にもない」のも、「雨だけ」もなくなりました。
確率的には、「大雪」が50パーセント以上じゃないかな。
もしかしたら、クリスマスの時のを超えるような
大雪になるかもしれません。
まだ、2日先なので、はっきりしないのですが、
明日には見えてくるでしょう。
さて、今日の聖書。
今日はマルコの8章14−26節でした。
「そして、彼が見つめていると、すっかり直り、すべての者がはっきり見えるようになった。」25節。
この人は一気に見えるようになった訳ではなかった。
他には一気に見えるようになった人もいた。
瞬間的にいやされた人もいた。
でも、イエスも、あるときには時間をかけていやされた。
段階を踏んでいやされた。
だれもが「瞬間的」な御業を見たい。
あり得ないくらい、一気に解決することを見たい。
そういう人の証しを聞くと、なんか自分は半端なような気がすることがある。
神様の奇跡を経験していないような気がする。
でも、この聖書の箇所を読むと、そんなことはないようだ。
神様は時々、時間をかけて御業をなさる。
それは神様の自由だ。
私が何を望もうと、それは神の領域だ。
それを信頼して歩んで行きたいと思った。
主がなさることを信頼して行こうと思った。
時間がかかっても、それは神のなさることだ。
自分が焦る必要も何もない。
信頼して行こう。
主よ、
あなたが瞬間的に、人を造りかえるときに、
それを人は「神業だ」「奇跡だ」と呼びます。
でも、あなたが奇跡をなさるときには、
私たちが見てどう感じるかではなくて、
あなたの方法でなさるんですよね。
あなたにゆだねます。
あなたの方法で、私を造りかえ、あなたの方法で教会の一人一人を造りかえてください。あなたを信頼します。
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