2010-07-13

どんぐりの話その3。

今日はまとまった雨がざあっと降りました。
土曜日もそうでしたが、何度も「降るぞ」という日に、
大して降らなかったので、久しぶりです。


昨日、餃子のためにニラを取ろうと裏庭に出たら、
雨不足でかなり枯れていました。


この雨でまた新しい芽が出てくるのを期待しています。


明日は朝のうちは雨が残り、
また蒸し暑い一日でしょう。


天気予報を見るとこの蒸し暑さは、来週一杯くらいまでは続きそうです。


どんぐりを抜いていると、いろいろなことを考えさせられます。
以前使った写真ですが、
途中まではこんな感じでどんぐりの栄養で、
ぐんぐん育っていきます。




でも、どこかの段階で、この小さなドングリの木の苗も、
このどんぐりからの栄養には頼らないで、
自分の根っこから養分を取って、
自分の葉っぱで光合成をして、
成長していくのです。


そして、やがては、自分でどんぐりを実らせるような木になっていくのです。


私たちもそうですね。
最初は育ててくれる人がいて、
その人に頼っている中で、ぐんぐん成長していく。
でも、どこかのタイミングで、神様から直接力をいただいて、
成長していくようになる。


そして、やがては、今度は自分が誰かを育てていくような存在になる。


どんぐりの大切さも、自分で根を張っていくことの大切さも、思わされます。


さて、7月10日(土)の聖書。
ローマ5:12−21でした。


「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。」20節。

先日もある話の中で、
「クリスチャンになってからの方が罪が罪としてわかるようになった」ということ言っている方がおられました。それまではなんとも思っていなかったことが、心に示されるようになったんですね。

だから、「罪の増し加わるところ」というのは、
「ますます罪を犯すところ」というよりも、
「ますます罪を自覚させられるところ」なんでしょう。

でも、そこには、主の恵みがあふれる。

人間だからしょうがない、じゃなくて、
そこにも注がれる主の恵みが溢れて、私たちを喜びで満たす。

そして、次の章に続いていくように、
罪の奴隷から解放されて、主の恵みに応えて歩んでいく。

罪を感じなくなってしまうようなことがありませんように。
本当に見えないところの生活がきよめられ、整えられますように。
そして、自分の愚かさ、弱さにもあふれるあなたの愛に、感謝しつつ歩めますように。

神様、
あなたの恵みを感謝します。
あなたが今日も、共にいてくださいますから感謝します。
いつもあなたから力をいただいて歩んでいくことができますように。


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