2009-06-08

祭司の聖別。

3日分たまってしまいましたが、
3日とも祭司や祭壇の聖別の聖書箇所なので、
まとめて1回分で更新します。

6日(土)から今日8日(月)までかけて、
出エジプト記の29章でした。


「あなたはその雄羊をほふり、その血を取って、アロンの右の耳たぶと、その子らの右の耳たぶ、また、彼らの右手の親指と、右足の親指につけ、その血を祭壇の回りに注ぎかける。」20節。

土曜日の朝は早朝祈祷会もあって、
そこではレビ記の4章が開かれました。
その最初には、このように書かれています。

「すなわち、油注がれた祭司が罪を犯して、とがを民に及ぼすならば・・・」

つまり、祭司が罪を犯すときに、
それは自分だけの問題ではなくて、
民全体の問題となるということです。

この祭司の聖別のためにどれだけ注意深く命令されているか、
一つ一つの言葉が心に留まりました。

祭司は今の私たちに当てはめると、
クリスチャン全員です。

でも、やはり私自身はここを読んで、
牧師の責任を思わされました。
自分の罪が自分の問題だけではない。
自分の不信仰が、自分の不実が自分の問題だけではない。
その深刻さを忘れないようにしたいと思いました。

そして、今日のところでは、


「七日間にわたって祭壇のための贖いをしなければならない。あなたがそれを聖別すれば、祭壇は最も聖なるものとなる。祭壇に触れるものもすべて聖なるものとなる。」37節。

この祭壇は祈りの祭壇。
エリヤの時代、主の祭壇が崩れかけ、繕われなければならない状態だったことが記されていますが、本来祭壇は長い時間かけて整えられるもの。
私の祈りの祭壇も整えて頂きたい。
時間をかけて聖別してしていくことの大切さを思いました。

主よ、
あなたのために生きているでしょうか?
あなたのために時間を使っているでしょうか?
あなたのものを盗んでしまうことがないように、
今夜も、明日も、あなたの守りの中で歩ませてください。
そして、あなたの使命に生かしてください。

2 comments:

  1. かきごおり先生
    NJも6月雨が続くことありますね
    コチラは、入梅した日以外は、毎日雨です。。。

    今週は、東京から80歳を過ぎた元神学校の先生をお迎えしての
    メッセージでした
    80歳とは思えないバイタイリティー溢れる1時間半のメッセージの中で
    路傍伝道のお話がありました
    それを聞きながら
    主のために
    一体、私に、何が出来るのだろうか??
    一体、私は、何をしているのだろうか??
    と思いながら
    十字架の箇所のみ言葉がいくつか
    グルグルと頭の中で回りました
    実際は、今も回っています
                旧ジャージー

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  2. 旧ジャージーさん、

    今日もどんよりで時々小雨でした。
    明日も雷雨の予報です。

    路傍伝道ですか?
    今、聖書学院では実習で
    路傍伝道をしていると聞きました。

    今、自分はできるか、と聞かれると、
    戸惑ってしまいそうです。

    でも、主が与えられる働きをさせて頂きたいと思います。
    導かれたときに、導かれた働きをさせて頂きたいと思います。

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