2006-09-17

霊から生まれる者

月曜日の朝ですが、
一日一章追いつくために、昨日の夜に続いて更新。

心配されていた台風、確かに大きな被害が出ましたが、
九州以外は直撃を免れました。

土曜日の集会、
帰国後半年、1年半、2年半と3つのレベルの方々がおられて、
帰国後の心の動き、なるほど・・・と思わされました。

第1段階
日本のコンビニやスーパーや100円ショップに感動する。
帰国後の立ち上げのために100円ショップに50回くらい買い物に行ったという例もあり。
興奮して毎日のように買い物に行ってしまう。
24時間営業のスーパーなどもあり、
夜な夜な食品売り場を徘徊してしまう。
300円の社員食堂のランチだって感動する。
こんなに安く、こんなにおいしいものが食べられるなんてと、日本への帰国がうれしい。

第2段階
コンビニ、100円ショップなどに行くことに飽きる。
アメリカの天井の高さ、
空間の広さ、
人間関係のおおらかさなどが妙に懐かしくなる。
一番きつい頃。

第3段階
社宅に住めるのも、あと2,3年、ということもあり、
日本がどうとか、アメリカがどうとか、ということを超えて、
マンションを買わなきゃなあ、とか、
何だかとっても現実的な問題に取り組むようになってくる。

帰国されたたくさんの方々が、
このようなところを通って、
それと共に新しい教会に入っていくために闘いをおぼえて、
歩んでおられることを思うと、
どれほど祈りのサポートが必要かと思わされます。

日曜日の聖書。
ヨハネ3章でした。

6節の言葉が心に留りました。
「肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。」

「肉」は自己中心的な生き方、ということがよく言われます。
じゃあ、「霊」とは何だろうか?
正反対だとすると「悔い砕かれた魂」ということができるのでしょうか?

確かに聖霊様の働きは、
「罪を示し、キリストを証しする」ことですから、
その聖霊様によって生まれた者、というのは、
砕かれた、整えられた者、と言うことができるでしょう。

自分はどうだろうか?
自分は自己中心的な歩みをしていないだろうか?
自分中心的な歩みで、人々を傷つけていないだろうか?

人がそのように歩んでいると気になります。
人がそのように傍若無人の歩みをしていると頭にきます。

でも、自分は本当のところどうなんだろうか?と問われました。

聖霊様によって歩みたい。
聖霊様によって砕かれた、御霊の実を結ぶ、
品性のきよめられた、
そのような者となりたいと思いました。

主よ、
私をきよめ、
霊によって生まれた者としてください。
聖霊によって私を取り扱い、
キリストの御姿を映す者としてください。
聖霊によって歩ませてください。

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