2006-10-07

祈りに専念する

昨日からぐーんと涼しくなりました。
この週末から来週前半くらいはまあ、
こんな感じか、もうちょっと暖かいようですが、
来週後半からぐーんと寒くなるみたいです。

まあ、もう再来週は10月後半ですから・・・。

今から13年前かな。93年の10月はアトランタにいましたが、
そのハローウィンにはアトランタで小雪が舞っていましたから・・・。

昨日の午前中の集会のあと、
何でか熊の話になって、
北海道に行った時の「熊に注意」の看板のことを思い出しました。

今から15年前。
日本の教会で副牧師をしていた時。
主任牧師の先生に許可をもらって、
若者達を連れて車で北海道の教会を回る旅に行きました。
観光と「伝道」をかねて・・・と思ったのですが、
実際のところ、北海道の教会の皆さんに励まされる旅でした。

熊の看板があったのは支笏湖のそばの「苔の洞門」
写真がどっかにあると思うのですが・・・
家の中を捜すよりwebを捜した方が早いので・・・
これです。

これ、下の方の「それでも熊に出会ったら・・・」っての、
けっこうインパクトありました。
だって、「これはダメです」「これをすると襲われる」って感じで、
じゃあ、いったいどうしたらいいの?と思いますよね。
「死んだふり」も「木に登る」ってのもダメなんですよね。

まあ、総合的に読むと、
「目を離さないで、背中を見せないで、熊が興味を持ちそうなモノを落としながら後ずさりする」
ってことでしょうか?
でも、最後の文章を読んでも、「時間が稼げます」で終わっているところがコワイ。


昨日は「蜂蜜持っていったらいいんじゃない?」という話もありましたが、
熊に出会ってから、カバンの中を捜して、蜂蜜を見つけて、そのふたを開けて・・・ってやってられるかなあ、と思います。


まあ、熊に出会うって、大変なことなんですよね。やっぱり。


お気をつけください。


NJで出る熊はヒグマほどこわくはないんでしょうが・・・。


金曜日の聖書。
「使徒の働き」に入って第1章。
口語訳では「使徒行伝」、新共同訳では「使徒言行録」
でも、今回は新改訳で読んでいるので、「使徒の働き」です。

1章の14節の言葉が心に留りました。

「この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、
みな心を合わせ、祈りに専念していた。」

「祈りに専念する」
ってすごいですよね。

そのことだけやっていた。
自分はやったことあるだろうかと、振り返らされた。
いろんなことに追われて、
祈る時がまた貧しくなっていないだろうかと。

今読んでいる本のように、
「祈れないほど急がしい?」
ってか。

今日は明日の礼拝のために祈りながら、説教の準備をしていますが、
そういうことを抜きにして、祈る時、必要だと思います。

「祈りに専念する時」必要だと思います。

神さま、
また祈りに招いてくださってありがとうございます。
祈ることに専念する時が自分には必要だと思います。
どうか今晩の祈りを、
明日の朝の祈りを豊かな一時としてください。
あなたにお会いした喜びと感謝に溢れて、
明日の礼拝で皆さんにお会いすることができますように。

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