2006-07-12

人間を取る漁師にしてあげよう

そして、続いて水曜日の分。
今日はすごい嵐でした。
出先から帰ってくる途中。
ものすごい雨でした。
I-87のWoodbury CommonsのあるあたりからMahwahの間。

土砂降りで、雷が鳴っていました。
その雷雲が東に進んでいった時に、Westchesterでは竜巻を発生させたようです。
帰ってからニュースを見たら騒いでいました。
いつもなら、Taconic State PkwyからSaw Mill River Pkwyに入るのですが、
今年はよく大雨でこの2つのPkwyが通行止めになっているという交通情報を聞くので、
途中から西に走ってI-87に回りました。
結果的には正解でした。
Saw Millは5時間に渡って通行止めだったようです。


そして蒸し暑い!
山の上のキャンプ場から、平地に戻ってくると、とにかく暑い。
今夜もさっきまたすごい雷雨が来ましたが、夜中、何回か雷が鳴りそうです。

明日もまだ蒸し暑いようです。そしてもうちょっと雷雨。
そして週末にかけて、雷雨はなくなるようですが、暑くなるようです。
ふー。


そして、2日間、家を空けて帰ってきたら、
きゅうりが大きくなっていました。
最大24センチ。家にいたら、20センチ近くなったら、どんどん取ってしまうので、
こんなに大きくなることはありません。それも8本。
それにナスも1本。インゲンは16本。

しかーし。
ナスをリスが食べてるんですね。
これは犯行現場をばっちり目撃。
おしりが食われたナスの実や、ちぎれて落ちているナスの実。
そして、根元が掘り起こされている株。
うーん、どうして家はこんなに動物たちがねらってくるんでしょうか・・・。
人がいないとわかると、我が物顔ですからね。
明日からは存在感をガンガン出していこうと思っております。

そして、今日は人に対しても
そのような情熱と、愛情をもって、そして、
守っていくんだぞ、という熱い思いを持って、
歩んでいきたいと思いました。
祈りつつ。

そして、今日の聖書。
今日はマタイによる福音書4章。
その最後の方の、イエスが、弟子たちを招かれた言葉に心が留りました、
と言うよりも、主が私に語ってくださいました。
「あなたがたを人間を取る漁師にしてあげよう」というイエスの言葉です。
この言葉が私の心に語られました。
主が「してあげよう」と言ってくださる。
私をそのようにしてくださる。
それを信頼してしたがっていきたいと思いました。
そして、人をイエスのもとに連れて行く存在となりたいと思いました。
多くの方々との出会いを与えられていることに感謝しました。
また必要な訓練があれば、それを神様から与えて頂きたいと思いました。
そして、そこから逃げない勇気を与えて下さい、と祈りました。

すべて、主が「あなたを人間を取る漁師にしてあげよう」
と言ってくださるのであって、
「あなたは人間を取る漁師になるように努力しなさい」と言われたのではないことが、
心に響きました。

主よ、
私を御言葉通り、
人々をイエスさま、あなたのところにお連れする働き人として、
お用い下さい。
そのために必要な訓練があれば、あなたが与えて下さい。
御言葉通り、わたしをそのような者としてくださることに感謝します。

聖霊の火

無事に帰って参りました。
月曜日の午後から、

教会のメンバーのある方が主催するキャンプの訪問。
教会のキャンプではなくて、一般のキャンプ。

山の上にこんな湖があります。
透き通った水で、たくさんの魚がいます。
そこで生き生きと子ども達が楽しく過ごしています。

火曜日の夜には子ども達に、
「君は愛されるために生まれた」のメッセージを語らせて頂きました。
子ども達の反応に励まされました。

生き生きとしている子ども達の姿を見ると、元気が出ます。

そんな中で、ゆっくり祈る時、今度は教会のJOYJOYキャンプについて思いめぐらす時、
与えられました。
コンピューターも持ち込まず。携帯も通じない・・・。
いいところです。でも、何とか連絡を取ろうとされた方、ごめんなさい。

火曜日の聖書。
マタイによる福音書3章を読みました。
3章はバプテスマのヨハネというイエスの先駆者ともいうべき人が、
イエスのことを紹介するところです。
そこに、「私は、水によってバプテスマを授けるが、この方は聖霊と火とによってバプテスマを授ける」
というヨハネの言葉があります。
イエスは「聖霊と火とによってバプテスマを授ける」方。
火をもってきよめ尽くす、不純なものを燃やし尽くす方です。
そのような御業を私のうちにしてください、と祈りました。
求める者に聖霊をくださらないことがあろうか、その聖書の言葉も思い出しました。
イエスの弟子たちを造りかえた聖霊様。
勇気と力を与えた聖霊様が、私をも満たし、不純なものを焼き尽くし、
きよめてくださいますように。

神様、
私を聖霊様によって満たしてください。
そして、不純なものを焼き尽くしてください。
そして、あなたの喜ばれることが、私の喜びとなっていきますように。

2006-07-10

怒った王様、喜ぶ博士たち

昨日、やっぱり雷雨でしたねえ。
結構降ったみたいでもあります。
私はほとんど寝ておりました。
記憶の片隅に、何か鳴ってたよなあ・・・って感じ。

今日も明日もあさっても、
昨日の夜みたいに雷雨の可能性あり。
そして蒸し暑いでしょう。

今朝もきゅうり2本、インゲン9本収穫。
この後も好調でしょう。
トウモロコシも雄花の穂が出てきました。
雌花の方はまったく影も形もありません。
でも楽しみ楽しみ。

今日の聖書はマタイによる福音書2章です。
イエスの誕生の時に、東の国から博士達がやってきたところ。
博士達が、首都エルサレムで「ユダヤ人の王様としてお生まれになった方はどこにおられますか?」
と聞くのですが、その時の王様の反応を聖書は「恐れ怒った」と記しています。
この後イエスを見つけて喜ぶ博士達とは対照的です。

自分だったらどうだっただろうかなあ、と思います。

時々、「聞いていなかった」と怒られたり、
反対に自分が怒ったりすることがありますよね。

どんな気持ちなのかなあ、と考えました。

1.自分に責任があるのに、自分の知らないところで話が進んでいた。
これは怒らないとまずいですよね。
そして、このケースが一番多いのかなあ、いや一番少ないのか・・・。

2.別に「責任」って問題じゃないんだけど、
仲間だと思っていたのに、何でも分ち合っていると思っていたのに、自分だけ知らなかった。
蚊帳の外に置かれたような、取り残されたような気持ち・・・。
さびしい、がっかり。
これが一番多いかなあ。

3.別に「責任」って感じじゃないんだけど、
「一言言ってくれればよかったのに・・・」の強いやつ。
プライドとか、かな。

ヘロデ王はこれらをもっと超えて、自分の存在の危機さえも感じたんでしょう。
自分が王様なのに、東の国から来た博士達が、「ユダヤ人の王様としてお生まれになった方はどこに?」なんて聞くわけですから・・・。

自分を守らなければいけなかったヘロデ王様。
それに対照的に、自分では自分を守れずに、
神の守りで支えられなければいけなかった赤ん坊イエス・・・こちらも王様。

自分で自分を守らなければいけない、とがんばるのは止めようと思いました。
もっともっとリラックスして、肩の力を抜いて
神様に力を頂いて歩みたいと思いました。

主よ、
あなたの守りに感謝します。
あなたの守りなしには、今の私もないことを知っています。
これからも、肩の力を抜いて、
ただただ、あなたの愛に満たされて、
喜びに溢れて歩ませて下さい。

2006-07-09

日曜日を終えて

日曜日が終わりました。
礼拝の時間とサッカーの時間は同じだったんですね。
イタリアが勝ったということと、
ジダンが途中退場になったことだけ、ニュースで知りました。
ジダンはちょっと残念でしたね。


頭に来たからといってやってはいけないことがある、
というのもそうだと思うし、
頭に来てたらしょうがないよねえ、というのも、
私自身そういうところもある・・・ので、何とも言い難い。
でも、どの道でも、プロはプロとして高いレベルのプロ意識って大切だと思う。
自分を甘やかそうとするといくらでもできるから・・・。

礼拝は夏なので、いつもよりかなり少なめ。
でも、今週が一番の谷でしょう。

これからどんどん帰ってこられます。
礼拝後はJOYJOYキャンプの打ち合わせ。
だんだん具体的になってきました。
イメージが出てくるといいですね。
楽しみになってきました。
ジャングルぐるぐる探検隊。さあ、どんな探検が待っているか・・・。
あと4週間。

今朝はこれを含めてきゅうり4本収穫。
明日もいくつか行くかな。
インゲンはさすがに昨日20本の反動で3本のみ。
明日の午後からまる2日間、コンピューターのない生活。
それもまあ、いいかも・・・と。

明日の聖書のところだけ更新して、
火曜日の分は水曜日にまとめて・・・ということで。

あと、お天気情報を一つ。
今ペンシルベニアからNJに雷雲が進んできています。
もしかしたら、弱まってしまうかもしれませんが、
もしかしたら、夜中の1時頃から雷雨かもしれません。

それから、たった今、
ピッツバーグの教会の先生から、
先週の日曜日にNJで洗礼を受けられた方が、
そちらに引っ越して、すぐの日曜日に教会に来られたとのメールを頂きました。
うれしいですねえ。
祈りつつ。

一人一人のストーリー

最近、夜に、ほとんど日記のようにアップしておりましたが、
今日は朝。
朝は気持ちがいいですよね。20度くらい。
庭に出たら、ナスが育ってきていました。
グランドホッグにぼろぼろにされなかった数少ない株ですが・・・。
本当はもっとつやつやしているんですが、なかなか質感が出ません。
今週の後半にはいただけそうです。

今日は昨日よりもまた1ランク蒸し暑さがアップしそうです。
雷雨も20-30パーセントの確率で出しているところが多いです。
この先どんどん暑くなるようですね。
夏らしくなります(^^)/

今日から新約聖書を一日一章ずつ読んでいきます。
いろんな訳で聖書は発行されていますが、
今回は新改訳で読んでいこうと思います。
子供の頃のこと余りよく覚えていないのですが、
新改訳で通読するのは初めてかも。
小学校2年生か3年生の時に買ってもらった聖書がまだ使えます。

今日はマタイによる福音書1章です。
今日は読みながら、その最初に出てくる系図に心が留りました。
名前が羅列してあるだけだけれども、
その一つ一つの名前にはそれぞれのストーリーがある。
そのことを思いめぐらしていました。

最後に夫婦で映画を見に行ったのが、
確か、"Titanic"。
そのストーリーには「なんかねー」と思いましたが、
それと共に主人公達のストーリーだけではなくて、
たくさんの人が海に投げ出されていく、
その「たくさんの人たち」にも同じようにストーリーがあるんだなあ、
ってことを考えながら見ていました。

私にも、もちろんある。
そして、今日出会う一人一人にも、
今日初めて出会って、初めて言葉を交わす方にも、
その方だけのストーリーがある。
それを大切に受け止めたいと思いました。

そして、私という人間が受け止めるのはほんの一部に過ぎないけれども、
神様は一人一人のストーリーを受け止めて下さる
そのことを感謝しました。
今日の聖書の一番最後の方に、
「神は私たちとともにおられる」という言葉があります。
神様は私たちと共にいて下さる方。
ヨセフの悩みも、知っておられて、「安心して彼女を妻として迎えなさい」と語ってくださった方。
今日の私の歩みの中にも語ってくださることを待ち望みつつ。

神様、
あなたが私の人生も知っていてくださることに感謝します。
私も今日出会う誰かの人生の声に耳を傾けることができますように。
共に歩むことができますように。
今日の礼拝も祝福してください。

2006-07-08

約束された勝利

今日も暑かったですが、暑すぎず、気持ちのいい一日でした。
朝は18度、昼は30度。ちょうどいい夏の日です。
今日はキュウリもお休み。インゲンは20本収穫。

今日は記念すべき聖書全巻読了の日。
何回目か忘れましたが、188日は、自己最速かな。
一気に朗読すると100時間だそうです。
ということは黙読だったらもっと早いでしょうから、
読むだけだったら一日3時間かければ1ヶ月もいらないということでしょう。
いつかそれもやってみたいなあ、と思います。

でも今回、得たモノはどうかなあ、と思いました。
「全体像をつかむ」ほど早くもなかったし、
もう少し丁寧に読みたい気持ちも残ったし。
ということで、明日、7月10日から「新約聖書一日一章」を始めます。
260日かかりますから、来年3月頃までですね。
楽しみです。

そして、今日は黙示録の17-22章を読みました。
心に留った言葉は17:14 です。
「この者どもは小羊と戦うが、小羊は主の主、王の王だから、彼らに打ち勝つ。小羊と共にいる者、召された者、選ばれた者、忠実な者たちもまた、勝利を収める。」
私たちにはもう勝利が約束されている。
悪魔の力は私たちに挑戦してくる。
憎しみや、怒りをかき立てようとしてくる時もある。
また誘惑を仕掛けてくる時もある。
けれども、「小羊」であるキリストはサタンに勝利している。
そして、私たちもこの方と共にいるならば、勝利を与えられているのだ。
勝利が約束されているのだ。
勝敗が決まっているのは、スポーツを見ている時はスリルがない。
でも、この闘いにはスリルはいらない。
圧倒的な勝利で十分。
それが約束されているのだから、恐れる必要はない、と思った。
ただ、主と共に歩むこと、それだけを心がけていこうと思った。

神様、
あなたと共に歩んでいきます。
どうかわたしを守って下さい。
あなたの力による勝利を経験させて下さい。
明日の日曜日、礼拝を祝福して下さい。
一人一人を励まして送って下さい。
そして、あなたのすばらしさを見ることができますように。


2006-07-07

忍耐

おととい、昨日と記念日が二つ続いて、
ちょっと気合いが入ったのが2日続いたので、
今日はいつものペースに戻って・・・。

今日も気持ちのいい一日でした。
朝は15度くらいまで下がって、肌寒いくらい・・・。
でも、昼間は日差しの強さが痛いくらいでした。
湿度が下がると、温度が同じでも楽ですねえ。
最高気温28.6度。

こんな天気がもうしばらく続きそうです。
さすがに15度というのはあまりないと思いますが・・・。
今、夜の12時前ですが、もう20度まで下がっています。

このいい天気で野菜君達も元気です。
今朝もインゲン13本、キュウリ2本収穫。インゲンは通算100本突破(^^)/
キュウリはちょっとこのあとスローダウンしそうですが、
インゲンはまだまだいきます。
ナスもこれからです。

今日の朝は久しぶりに集会がありました。
いいですねえ、やっぱり。
そして、今月日本に帰られる方もあり・・・。
いろいろ考えさせられました。
もっともっといろんな出会いの場があったらいいなあと、
心が触れ合うような場があったらいいなあと、思いました。

あんまり忙しくなってはいけないと思うのですが、
この地域に長く住んでいる者として、
新しく来られる方々に対して、何かすべきことがあるのでは・・・と。

そして、今日の聖書。
今日は黙示録の11-16章を読みました。
その中で心に留った言葉。
「ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である。」13章10節。
忍耐ですよね。これが自分にどれだけ必要かということを思いました。
今は平和な時代から、不安な時代になりつつある時です。
いえ、もうすでに不安な時代に突入していますが、
そんな中でも、みんな「平和」な時代だと思いたい、
その名残を楽しんでいる時代かなあ、と思います。
でも、これからどんなことが起ってくるか・・・。
今日もテロリストがNYのトンネルを標的に動いていたことが報道されていました。
当局はそれをもっと前から知っていたのでしょう。
私たちは知らなかっただけ。
もしもその動きを捕らえることができなかったら・・・と考えるとぞっとします。
こんな時代だから、
だから、忍耐と信仰が大切。
本当にそう思います。
自分の子ども達の時代はもっとそうでしょう。
忍耐が大切。不安な時代の中で、何を信じていったらいいのか、という時代の中で、
見つめるべきものを見つめて、
振り回されないでいたいと思いました。

神様、
私に忍耐を与えて下さい。
私に信仰を与えて下さい。
そして、これからもっと不安が広がっていくでしょう、この時代の中で、
大切なものから、目を離さないでいることができますように。

2006-07-06

アメリカ上陸記念日

スカンク記念日の翌日、今日は我が家のアメリカ上陸記念日です。
今から14年前の今日、私たち夫婦と1歳の息子の3人で、サンノゼの空港に降り立ちました。
そのまま飛行機を乗り継いでサンディエゴへ。
空から下を見ると赤茶けた山々。
大変なところに来てしまった、と思いました。
ただただ、青く澄み切った空の下で、
サンディエゴでたくさんの方々のご好意に支えられました。
何かお返しを、と思う私たちは、
「いいんだよ、また君が新しくアメリカに渡ってきた人たちに同じことをしてくれれば・・・」
という言葉を何度聞いたことでしょうか?

時々"Remember San Diego" と夫婦で話します。
あの時、私たちは私費の留学生。
これだけあれば、ずいぶん暮らせると、たくさんの方々の援助でためたお金を持って、
こちらに来たつもりだったのですが、車、コンピューター・・・と大きな出費が続く中で、
何とか次の学校に進もう、そのためには節約しよう、と目標を持ってがんばりました。
1ヶ月の食費は100ドル?150ドル、電気代節約のために、昼間の暑い時間は私は図書館、
カミさんと息子はショッピングモール(もちろん、何も買ってはいけない・・・ジュースもお昼も持参)。
もともとエアコンのない家だったですが・・・。
そして夜は、一つだけ電球の代わりにつける蛍光灯(消費電力が3分の1以下)を買って、
それを使い回し。ご飯の時にはダイニングで、夕食が終わったらテレビの部屋で・・・。
電気代、ずいぶん安くすみました。電気とガスを合わせて20ドルくらい。
何か必死でしたね。でも、楽しかったです。たった半年のSan Diegoの生活。

それから・・・
2,3年で帰る・・・と言っていたのに、もうこんなに経ってしまいました。

「いいんだよ、また君が新しくアメリカに渡ってきた人たちに同じことをしてくれれば・・・」

その約束、今守っているかなあ。と思わされます。

「受けるより、与える方が幸いである」使徒行伝20:35

昨日もお二人、今日もお二人の方に個人的にお会いしてお話しし、お祈りしました。
明日は久しぶりの家庭集会です。楽しみです。
そして、日曜日の礼拝の準備もいよいよ追い込みにかかります。

キュウリは今日は2本。インゲンは14本でした。
キュウリは20本到達です。グランドホッグに食べられなければ、これくらい穫れるんですねえ。
夕方は裏の芝刈り。雨も降るし暖かいし、ガンガン伸び放題です。

今日の聖書。
今日はヨハネの黙示録6-10章を読みました。
心に留った言葉は、6章16節です。
『山と岩に向かって、「わたしたちの上に覆いかぶさって、玉座に座っておられる方の顔と小羊の怒りから、わたしたちをかくまってくれ」と言った。』

あまり読んでいて気持ちのよくなる言葉ではありません。
でも、本当は私もこの言葉を言わなければいけない人間なんだと思いました。
神の怒りをまともに受けたら、生きていけない、そのような存在なんだと思いました。
でも、イエス・キリストの十字架によって、
イエス・キリストが私の身代わりになって死んで下さったことによって、
赦された、その事実に心から感謝しました。
自分が何かいい人間ではない、神から認められる人間ではない、
それは自分が一番よく知っています。
他人が知らない部分も自分は知っています。

だから、ただ、イエスが私を覆って下さることのゆえに
私は歩んでいける、神に祈れる、そのことを感謝しました。

主よ、
あなたに感謝します。
私も人のことをとやかく言うことのできる存在ではないことを教えて下さってありがとうございます。
イエスさま、あなたの十字架の血潮で私を覆って下さっていることを心から感謝します。
どうか、明日も、あなたの守りの中で生かしてください。




2006-07-05

スカンク記念日

Happy Skunk Day!

って、別に全米のホリデーではありません。
去年の今日、スカンクとの対決をした記念日です。

それは、去年の春、グランドホッグにキュウリの苗を食べられるところから始まります。
2月のGroundhog Dayの時にも書きましたが、
野菜の苗を食い尽くすグランドホッグ対策に、おり式のワナ(こういうの)を買って

グランドホッグを次々に捕まえては遠いところに放しに行っていました。
グランドホッグは昼行性。昼間だけでいいんです。
でも、ものぐさな私は夜もそのままワナの入り口を開けっ放しにしていました。
ある朝起きてみると、何だか得体の知れない動物がかかっていました。
オポッサムです。たぶん。

そんなこともあり、去年の7月5日の朝、ワナに何かがかかっていることに気がついた時にも、
「またか・・・」程度の気持ちでした。
しかーし、かかっていたのはスカンクだったんですねえ。

途方に暮れました。
スカンクは、見つけても近づいてはいけませんよね。
間違ってスプレーされると大変ですから・・・。
でも、ワナから外に出すためにはワナの扉を開けなければいけないわけです。
逃がさなければ、ガンガン悪臭を放たれる。
でも、逃がすために近づくと自分がもろにスプレーをかけられる・・
・。

ジレンマ。

しばらくの間、どうしようかと考えあぐねていました。
そして名案が浮かびました。

スカンクは夜行性。
昼間は寝ているはず。


寝ている間にワナの扉を開けておけば、
夜になって目を覚ましたスカンクは「あ、俺はここで何をしているんだ?」とのそのそ外に出るだろう、と考えたのです。
そして待ちました。
そして・・・朝10時頃に、スカンクが寝たのです。

「やった!」

その時を待っていた私は、抜き足差し足忍び足でワナに近づきます。

3歩ほど近づいた時、スカンクがぱっと顔を上げて、そのままさっと臨戦態勢。
絵が描ければその時の様子を描きたいのですが・・・。
そのような仕草の瞬間の写真があったら、リンクを貼るのですが、それもなく・・・。
(そりゃそうですよね、臨戦態勢の写真なんか撮っているゆとりはないですよね。)
言葉で説明するのは難しいのですが、
しっぽを上げて、ケツの穴と顔の両方をこっちに向けてキッとにらみつけているんですよ。

「来るか!来たら一発お見舞いしたやるぞ!」って勢いでした。
そりゃコワイのコワクナイのって、慌てて逃げました。

なんて言ったって、あのスカンクのスプレーを浴びた日には、
しばらくにおいが抜けないと言うじゃないですか。

翌々日から日本に行くというその時。

迷いましたが、このままにしていくこともできずに意を決して、また寝た頃を見計らって、
今度は決死の覚悟で、捨てていい長袖シャツ、捨てていい長ズボン、捨てていい靴、を身につけて、
そして紙袋を頭にかぶって、ワナに近づきました。
さっと目を覚ましたスカンクがまた臨戦態勢。
こちらは覚悟を決めているので、それにひるまず射程距離内に侵入。
敵はスプレーをガンガン浴びせかけてきます。
そりゃ向こうも必死。でも、こっちも必死。
スカンクスプレーまみれになりながら、

ワナに手をかけます。
向こうもこちらのひるまない様子にパニック状態。
キーキー叫びながら、もう空っぽになっているらしいスプレー液を絞り出すように、かけてきます。
そして、こっちもパニック状態って別にパニックしなくてもよかったんですけどね。
でもパニックで、かぶっていた紙袋は外れ、顔と頭は無防備の中、

やっとの事でワナの扉を開けたのでした。
それでも、しばらく奴はおびえてワナの奥の方でふるえていましたが、
奥の方をたたいたらまたびっくりして、扉の外に逃げていきました。
はー。

気がついたらめがねには3滴の黄色い液体が・・・。
これが例のスプレー液か・・・ときれいに洗い流しました。
今考えれば、ちゃんと写真を撮っておくんだったと思います。


身につけていたものは肌着や靴を含めてすべて処分。
あそこまでまともに浴びると何だか、臭いんだか何だかわからなくなります。
とにかくシャワーを浴びて、Baking Soda振りかけて頭を洗って・・・。
後で帰ってきたカミさんからは「大丈夫じゃない・・・」と言われて、ほっとしました。

長い文章、おつきあい下さってありがとうございます。

それからは、必ず夕方、暗くなる前にワナの扉を閉じるようにしました。


同じ失敗をしたらしゃれになりませんよね。

業者の人はどのようにして捕まえるんでしょうか?

スカンクにはくれぐれもお気をつけ下さい。
ちなみに、スカンクは夜行性。
昼間うろうろしているスカンクがいたら狂犬病かもしれません。
そっちの方もくれぐれもご注意。

<学んだこと>
スカンクも生きることに必死。
スカンクの視点に立てば、私が大男に見えただろう。怖かっただろう。
こっちも怖かったけど。
自分の視点だけではなくて、他者の視点に立って物事を見直してみることがどんなに大切か。

そして、今年の今日は・・・平和でした。

グランドホッグの食害にもあわず、今日もキュウリが4本穫れました。
一人一本!

インゲンも17本。ナスの実も少しずつ大きくなってきました。

今日もまだ蒸し暑いです。
でも、温度は下がってきました。
今夜は涼しくなって、明日はカナダの方から乾いた空気が入って、涼しいでしょう。
きっと。

週末までいい天気みたいです。
ちょっとほっとしています。

さて、本題の聖書。
今日からヨハネの黙示録に入りました。
今日読んだのは1-5章。
その中で心に語られたのは、2章9節の言葉です。
「わたしは、あなたの苦難や貧しさを知っている。だが、本当はあなたは豊かなのだ。」
本当はあなたは豊かなのだ、と主がいわれている。
胸を張って歩みたい。
私は豊かさを知っている、と。
主にあって豊かに歩ませて頂いていることに感謝しよう。
もっともっと主の与えてくださっているものに感謝しよう。

主よ、
あなたが日々必要なものを与えて下さっていることに感謝します。
あなたが与えて下さった豊かなものに目を留めて歩んでいく者でありますように。
日々に必要な霊的な力を与えて下さい。

2006-07-04

光の中を歩む

今日はJuly 4th。
アメリカの独立記念日でした。
蒸し暑い一日でした。
寝苦しい夜を過ごして、
蒸し暑い日で、
夜はまたむっとしています。
日本の夏を思い出します。
時々、夜中に抜け出してコンビニに行って、
涼んで、デザートを買って帰って、また寝たものです。
コンビニに散歩に行けないのが、ちょっと残念。

今日の夜は家族で散歩に出ました。
そしたら、あちらこちらで花火の音
「ああ、いろんな町で花火大会なんだねえ」と話ながら歩いたのですが、
何か、そんな遠くではなくて、近所で上がっているような音。
そう、あちらこちらの家で、花火をやっているんですねえ。
NJでは違法です。
まだ、違法のようです。
「まだ」というのは、多くの州で解禁されてきているみたいなので・・・。

カルフォルニア、ジョージア、ニュージャージー、と移ってきましたが、
どの州でも花火はできませんでした。
手持ち花火を含めて禁止でした。
夏に日本に帰ると、「花火ができるね」と話していました。
また、ジョージアの周りの州との州境の向こう側には必ず花火やさんがありました。
州を超えると、花火を買うことができるので・・・。
でも、やっぱり州内に持ち込んだり、州内で打ち上げてはいけなかったんですよね。

でも最近はカルフォルニアもジョージアも制限付きですが、いいみたいですね。
ここに、PDFですが、どの州でどうなっているか、去年の6月現在の状況が出ています。
禁止の州はかなり少数派なんですね。
乾燥している州だったらわかるのですが、
こちらの方は蒸し暑いので、いいんじゃないかなあ、なんて思うのですが、
解禁になったら、夏の夜は若い子達が花火ばっかりやっていて、うるさいかも・・・。

でも、子ども達と花火をして楽しみたいなあ、と思います。
子供が小さい今のうちくらいしかできないので・・・。

今日の雷雨は騒いでいたほどではありませんでした。
明日も雨の予報ですが、どうなることでしょうか?
あさってからは晴れて湿度も下がって、爽やかな日が何日か続くようです。

きょうもいんげん10本、キュウリ4本収穫
今は息子がいないので、キュウリちょうど一人一本ずつ丸かじりでした。
明日もちょうど4本穫る予定。これからもこの調子でいってほしいものです。

今日はお休みなので、ゆっくりサッカーを見ました。
イタリアの選手の「倒された時の反応」が大げさで、
紳士的なドイツの方を密かに応援していたのですが、
まあ試合の流れから言って、イタリアで順当でしょう。
あれでイタリア勝たないとかわいそうなくらい。
119分目に入った1点目のゴールは、とにかく、beautiful! でした。

夜には北朝鮮の残念なニュース。
このあと世界はどう動くのでしょうか?
聖書には世の終わりには戦争と戦争の噂を聞く、とありますから、
争いがあるのはしょうがないのでしょうか?
平和的な解決を祈りつつ。

今日の聖書はヨハネの手紙第1-第3とユダの手紙でした。
心に留った言葉は第1の手紙の1章7節。
「しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。」
光の中を歩む。
それは暗闇の中を歩く、の反対だから、
「ウソがない歩み」「ごまかさない」と言うことの大切さを思わされた。
罪があっても、それを光の許に持っていく。
ちょうど9節にあるように、「罪を告白するならば・・・」とあるように、
神の前に持っていく。
そのような歩みをしていきたいと思いました。
そして、いつも主の前に歩んでいきたいと思いました。
神様との交わりの中に生きていきたいと思いました。
それだけではなく、「互いに」ということが神様と私たちが互いにではなくて、
私たち同士が「互いに」と読むこともできますよね。
そのような関係を皆さんと持っていきたいと思いました。
互いに光の中を歩んでいく中で、本当の交わりを与えられて、
歩んでいくことができる。
そのように歩みたいと思いました。

主よ、
私をあなたの光の中で歩ませて下さい。
あなたから逃げることなく、
あなたの光の中に歩みたいです。
どうかあなたとの交わりの中に、
そして、人々との交わりの中に私を導いて下さい。



2006-07-03

群れを牧しなさい

今日も暑かったですね。
娘にねだられ、今年2回目のプール。
まだpoison ivyのかぶれの痕が生々しいので、
ちょっと他の方に不快な思いをさせないかと、
申し訳ない思いを持ちつつ、でも、楽しんできました。

よく、日本ではプールに行くためにスタイルを整える、
というような話を聞きますが、
私はプールに行って運動すればいい、と思っています。
でも、いかんせん4歳児のお供。
数段上手を行くような体格のお父さん達に混じって、ちゃぽちゃぽやっています。

今朝はインゲン10本、キュウリ3本、
やっと複数本収穫出来るようになってきました。
いい天気が数日続いているおかげです。
この調子で行ってもらいたいものです。
今日は33度くらいまで上がりました。
夜になっても蒸し暑い状態が続いています。
そして、明日は蒸し暑く、雷雨あり。
花火はどうなんでしょうかねえ。昨日見たので、私的には気にしていないのですが、
NYの花火を楽しみにしている方々は心配なところでしょう。

今日もまた眠いので、こんなもんにして、聖書にいきます。

今日読んだのはペテロの手紙第1と第2全体です。
これを読んでおられる方々のことよりも、自分のことだけを考えて、
自分自身が感じたことをご紹介すると、
第1の5章の2-3節が心に留りました。
「あなたがたにゆだねられている、神の羊の群れを牧しなさい。強制されてではなく、神に従って、自ら進んで世話をしなさい。卑しい利得のためにではなく献身的にしなさい。ゆだねられている人々に対して、権威を振り回してもいけません。むしろ、群れの模範になりなさい。」
やはり自分に語られているように感じました。
自分は本当に喜んで奉仕をしているか、自分自身を振り返りました。
確かに、強制ではありません。喜びです。
でも、本当に「牧師としての仕事をこなしている」レベルなのか、
「神の羊の群れを牧している」というレベルなのか、問われているように感じました。
一人一人をもっともっと愛して、
一人一人の必要を覚えて祈り、導いていく、
決して期待に応えることが第一ではないのだけれども、
一人一人に必要なことを主に求め、祈り、
そして、御言葉を語っていく、神様を指し示していく、
その働きをさせて頂きたいと思いました。
「雇われ牧師になって欲しくない」・・・何年も前に聞いたある方の言葉が、
今、大切なメッセージとして、心に響いてきます。

主よ、
私に愛を与えて下さい。
一人一人の本当の必要を知る愛を与えて下さい。
その人自身が感じているよりも、もっと正しく本当の必要を知ることができるような愛を与えて下さい。
そして、あなたを指し示すものとしてください。
大牧者であるあなたの許にお連れすることができますように。


2006-07-02

御言葉を行う人になりなさい

今日のトップニュースは何といっても洗礼式です。
一人の男性が洗礼を受けられました。
喜びです。
祈りの中で「あなたに負けました・・・」と祈ったその言葉、
心に深く響きました。

神に負ける時にこそ、私たちは勝利を頂くのです。

とにかく一番の喜びです。一人の人が悔い改めて新しい歩みを始められる時に、
天国では大きな喜びがある、その喜びを経験させて頂きました。

午前中はグリニッチの教会で礼拝説教でした。
礼拝のあと、10人くらいで丸くなって、
礼拝のテーマについて、
自分自身が問われたことについて、
心の中にあることを語り合うのですが、
とてもいい一時でした。
私たちの教会でも、あったらいいなあと思いました。
深いところで一つになることができるのではないだろうかと思いました。

7月4日は独立記念日。
今日は私たちの町の花火大会がありました。
昨日あたりから、毎日のようにあちらこちらの町で花火大会があります。

今年はキャンプに泊まりがけで行っている息子を除いて
4人で見に行きました。
去年は会場からちょっと離れてみたのですが、
今回は花火を打ち上げているところから200メートルも離れていない直近で見ました。
ド迫力でした。
花火の技術は日本がトップで、
アメリカに来たばかりの頃、14年前は、かなりバカにしていました。
「西武園の花火の方がいいよ」なんてね・・・。

でも、年々よくなっていきます。
町の花火大会なのですが、
なかなかいいです。
迫力があります。きれいですし、何十連発、何百連発みたいなのもありました。

町の花火と言えば、印象に残っているのは、
北海道の地方都市の花火大会。
今から20年前ですが、夏2ヶ月を北海道で過ごしました。
牧師の訓練学校の夏の実践トレーニングの一環で、2ヶ月間、アメリカ人で英語を教えながら、
神様のことを伝えたい、という若者と一緒に生活をしながら、過ごしました。
そんな夏のある夜、町の花火大会がありました。夏の一大イベントです。
それが何かとてものんびりしていて、
「次は『牡丹』、提供はかきごおり洋品店」とアナウンスが入って、ドーンと一発上がって、
しばらくしてから、またアナウンスで、
「続きましては『菊』、提供はかきごおり商店」ドーン、と続くんですね。
河原で場所取りも不要。
いい思い出です。

今日は雨が心配でしたが、
パラパラ降っただけ。
とにかく蒸し暑い一日でした。
明日も30%位で予報が出ていますが、
まあ、降らないでしょう。
そしてまた蒸し暑い一日です。
庭の水やりが必要です。

今日の聖書はヤコブの手紙1-5章全体を読みました。
今日心に留ったのは「御言葉を行う人になりなさい」という1:22の言葉です。
読むだけじゃね。
読んで、ここに「この言葉が心に残りました」だけじゃね。
神様からガツンとやられたような感じです。
みことばはそこに従ってこそ、意味がある、
従った時にこそ、主は更に語ってくださる。
従った時にこそ、自分の姿が見えてくる。
23節に、読むだけだと、自分の顔を鏡で見る人と同じだ・・・という。
そのココロは・・・離れたらすぐ忘れるってことでしょう。
聖書を横に置いたとたんに、椅子から立ち上がったとたんに、
忘れてしまうのだという。
本当に御言葉に従ってみよう。
従って生きてみよう。
そして、主が語ってくださること、
味わわせてくださること、それを経験しようと思う。

神様、
御言葉に従います。
どうか、あなたが語ってください。
御言葉に生きます。バカみたいに、単純に、御言葉に歩んでいきます。
あなたの奇跡を見せてください。

2006-07-01

罪から離れよう

今日は暑くなりました。
でも、恐れていたほどは湿度が上がらなかったですね。
この時期にしてはすごしやすい日でした。

今日インゲンをいくつか収穫。
つるなしとつるありの2種類を植えているのですが、
つるなしのほうが早く実ができて、でも、いっぺんに終わってしまいそうです。
つるありのほうは、つるが伸びでそのあちらこちらに次々と花が咲いています。
つるなし、つるあり両方で30本くらい収穫しましたが、
つるありは始まったばかり・・・。これから次々と実をつけてくれそうです。

30本程度では料理にはなりません。
どんどんなってくれるといいのですが・・・。

今日の朝はハドソン川沿いの公園で早朝祈祷会でした。
例年より人数は少なかったですが、
明日洗礼を受ける予定の方がこられたので、
みんな励まされる集まりでした。

そう、明日は今年2回目の洗礼式です。
祝福を祈ります。
朝はグリニッチの教会に行ってまいります。

今日はへブル人への手紙の残り、9?13章を読みました。
心に留まった言葉は10章26節
「もし、わたしたちが真理の知識を受けた後にも、故意に罪を犯し続けるとすれば、罪のためのいけにえは、もはや残っていません。」
厳しい言葉です。
わかっているのに、神の愛を知っているのに、
キリストの十字架上の犠牲を知っているのに、
故意に罪を犯し続けるならば、そこにはあがないの血潮は残っていないのだと言う。
ドキッとしました。
自分自身の心に刻み付けておかなければ、と思いました。
そして、人々にも語っていかなければと思いました。
神様を甘く見ること、
「どうせ許してくださるんだから何をしてもいいんだ」
と甘く見ることの恐ろしさを思わされました。

神様、
私を罪から守ってください。
イエスの十字架の犠牲の大きさ、
神の愛の大きさを深く深く、
知っていく者でありますように。
明日の日曜日、特に洗礼式を祝福してください。

イエスのとりなし

今夜の雨は意外でした。
天気予報もほとんど雨は予想していなかったようです。
でも、結果は雷と土砂降り。
昼間カラッと晴れたので、雨は恵みの雨でしたが、
天気予報の奥の深さを感じた夜でした。

明日は今日よりワンランク蒸し暑さアップ。
30度は楽々突破でしょう。
朝はちょっと涼しいでしょうが・・・。
明日の朝は6時半からハドソン川沿いの公園で祈り会。
気持ちいいですよお!
ジャケットは忘れずに。

今日は午後、人にお会いして、
夜は集会でした。
夏は集会のペースがスローになりますが、
集まった人たちは熱い!
今日はいつにも増して熱い語り合いの時となりました。
「クリスチャンとは何か?」みたいなことになると、私もついつい熱く語ってしまうんですよね。
「神に愛されていることに、キリストが自分のために十字架にかかって下さったことに、
感謝して生きる、うれしくて、楽しくて、生きる、それだよ」みたいに・・・。
よかったです。

今日の聖書。
今日はヘブライ人への手紙1-8章を読みました。
そう、今日でちょうど今年も折り返し地点。
半年で読み通すのは無理でしたが、
あと10日くらいで読み通せそうです。
そしたら、今度は新約聖書を一日一章でゆっくり読んでいきたいと思います。

今日心に留ったのは7章25節。
「この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。」
イエスは今も生きておられる。
そして今もとりなしをして下さっている。
自分も、本当に主のとりなしがなかったら、
憐れみがなかったら、神の前に出ることなんかできない存在だ。
だから、今も祈って下さっていること、
今も私のことを心にかけてくださっていることを、
心から感謝した。

それも「完全に救う」ことが出来る、ということ。
「何とか救う」ではなく、
「完全に救う」方であること、
心から感謝。

イエスさま、
あなたのとりなしに感謝します。
あなたが私のために今も心を注ぎ、
十字架の血潮をもってとりなして下さっていることに感謝します。
そして、「完全に救う」方であるから感謝します。
私を今日も守って下さい。
あらゆる誘惑から守って下さい。



2006-06-29

よい行いに熱心に

「あいつ」がやってきました。今年も・・・。
今年はもう大丈夫かと思っていたのですが、
もうすぐ7月というこの時期に

まあ、考えてみれば、いつも被害が出始めるのが、このころなんですね。

まだ姿を見たわけではありませんが、
今日の夕方、気がついたらガンガン食われていました。

被害その1。
ブロッコリー丸裸。




被害その2。
ナスぼろぼろ。

種から育てて、やっと最初の花がついたところだったのに。

被害その3。
ピーマン壊滅。

こちらも種からで、いくつかつぼみが大きくなってきたなあ、という矢先。

来ましたねえ。
いよいよ臨戦態勢です。
でも、今年はあまり熱くならないようにと、自分に言い聞かせています。

たかが野菜です。
ヨナ書にもあります。人の心の状態よりも、植物が枯れたことに腹を立ててしまう預言者。

今年はもっと人の心に目を向けなければ・・・。

きょうもずいぶん晴れました。
そして蒸し暑い一日でした。
でも夜は涼しくなってきたように思います。
そして、今11時半ですが、外では雷がゴロゴロ言っています。

場所によってはFloodが大変なようですが、
私たちのところは守られています。

明日は今日までに比べるとずっとカラッとするでしょう。
気温は30度くらいかな。
これは今日までと同じくらい。
ちょっと一息というところでしょうか。

poison ivyのかぶれも、峠は越しました。
これからは少しずつよくなっていくことでしょう。

今日はたまっていた仕事(デスクワーク)+各種連絡+2人の方にお会いする
ということであっという間に一日が過ぎていきましたが、
それでも、先週までに比べると、ずっと落ち着いています。
結構抜けていた仕事もあり、かなり迷惑をかけているなあ、と反省。
これからの2ヶ月。祈りと御言葉に集中して、
人とのふれあいに集中して歩みたいと思います。

で、今日の聖書。
6月ももう明日まで。
今日はテトスへの手紙、ピレモンへの手紙を読みました。
今日、心に留ったのは、テトスへの手紙の2章14節。
「キリストがわたしたちのために御自身を献げられたのは、わたしたちをあらゆる不法から贖い出し、良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです。」
その中の、「よい行いに熱心な民」という言葉が特に語られました。
「福音」つまり、赦されること、愛されていること、そこに集中することを使命と感じています。
そんな私に主は、「イエスがあなたのために十字架にかかったのは、その愛に感謝して、あなたがよい行いに導かれるためなのだ」と語られたのです。
「よい行いに熱心」・・・おまけではなくて、
余力があったらではなくて、
「熱心」によい行いをする者とならせて頂きたいと思いました。
でも、「よい行い」をしていると思っている時は、結構傲慢になっている時。
だから、感謝に溢れて、ただただ、イエスが私のために命を捨てて下さったことを、感謝して受け取る中で、自然に熱い思いで主が喜ばれることをしていくことのできるものでありたい。
そう思いました。

主よ、
私に熱い思いを与えて下さい。
もっともっとあなたに愛されている感謝に溢れて、
喜びに溢れて熱い思いで、人に仕えていくことができますように。
あなたの喜ばれることを選んでいくことができますように。
人々の救いのために私を用いて下さい。

日々救われる方々が与えられますように。
明日の出会いも、集会も祝福して下さい。

2006-06-28

言葉にも行動にも信仰にも純潔にも

さきほどNYから無事に帰ってきました。
今日も一つ一つの出来事に感謝。

でも蒸し暑いですねえ。
昨日の夜はすごい雨で、
今日は雨も上がって蒸し暑くて、
本当に日本の梅雨のようです。

今朝もキュウリ一本。
なんだか、やっぱり日照不足でしょうか、
水はたっぷり降るんですが、
今ひとつ収穫がふえません。

今日も一人の方が、
お話をしている間に、
イエスさまを心に受け入れるお祈りをされました。
感謝。
このところ、毎週のようにそのような方が起こされて、
不思議ですよね。
なぜか、そういう波がやってくるような時があります。
特別なことがあるわけではないのですが・・・。
神様の時なのか、私の知らないところでの、皆さんの特別な祈りなのか・・・。
でも、本当に感謝です。

今日の聖書。
今日はテモテへの手紙の第1と第2全部を読みました。
その中で心に留ったのが、
「言葉、行動、愛、信仰、純潔の点で、信じる人々の模範となりなさい。」という言葉です。
この前に「あなたは年が若いがゆえに軽んじられてはいけません」とあって、
数年前まではその前半の方が心に留っていたのですが、
今は「あ、これは自分には当てはまらない」と思うようになってしまいました。
でも、その分、後半が心に留ります。
一つ一つのことについて、祈らされました。
最終的には神様を指し示していくだけです。
人の優しさとか、気遣いで満足しているわけにはいきません。
でも、自分が言葉において、人々の模範となっているだろうか?
行動においてどうだろうか、
愛において、
信仰においてどうだろうか。
純潔においてどうだろうか、
一つ一つのこと祈らないではいられませんでした。
助けて下さい、きよめて下さいと。

神様、
わたしの言葉をきよめて下さい。
あなたが私の口にその時々にふさわしい言葉を与えて下さい。
そして、行動をお守り下さい。
愛に土台した行動を取らせてください。
愛を与えて下さい。
人々を愛し、人々に心から仕える愛を与えて下さい。
信仰を増して下さい。
信仰に堅く立たせて下さい。
純潔を守って下さい。
実際の行為としての純潔だけではなく、心の中の純潔も守って下さい。

明日もあなたの守りの中で人々との出会いをお守り下さい。

2006-06-27

きよい生活

今日はゆっくり起きて、
楽しく過ごして、
夕方に帰ってきました。
泊まったところが、冬はスキー場というところで、
ホテルの裏がすぐゲレンデです。

そこで、夏はリフトに乗って登って、
そりのコースのようなところを夏用のそりに乗って滑っております。
なかなかスピードが出るんだけど、安定感があって、
楽しかったです。
場所はタングルウッド音楽祭をやるところや、
ノーマン・ロックウェルの美術館のちょっと北に行ったところです。
今回みたいなプロモーションがあったら、また行きたいなあ、というところです。

心配していたよりも天気はよくて、
暑いくらいでした。

ただ、西の方、ペンシルベニアとかはものすごい大雨のようですね。

今晩これから雨が降って、明日は時々雨、の予報です。
でも、こういう時の予報は難しいです。
外れるかもしれません。

明日は月一のNYDayです。

今日の聖書。
大体、こういうお出かけ先では、
私が一人で早く目が覚めます。
ですから、ゆっくり聖書を読む時間があったりします。
今朝も例外ではありませんでした。

今日はテサロニケの信徒への手紙第1と第2両方を読みました。
心に留った言葉は、第1の手紙の4章7節です。
「神がわたしたちを招かれたのは、汚れた生き方ではなく、聖なる生活をさせるためです。」
という言葉です。
きよい生活。
そのために私たちは招かれた。
ここでは、はっきりと性的なことが書かれている。
人々はそんなこと気にしないかもしれない、
でも、あなたがたはその点できよい生活をするように招かれたのだ、
と語られています。
言葉の重さを感じました。
生涯守ってください、と祈らされました。
誘惑もあることを知っています。
失敗をした仲間や先輩がいることも知っています。

自分もそのような誘惑が本格的にやってきたら、
大変な闘いだと思います。
今までそのような本格的な誘惑がなかったから守られてきたのかもしれません。
だから、守ってください、としか祈りようがない、そんな思いです。
そして、教会の一人一人も守ってください、そのように祈らされます。

主よ、
きよい生活を送らせて下さい。
私の心をきよめ、私の生活の一つ一つの側面をお守り下さい。
目を守り、足を守ってください。
そして、誘惑が襲ってきた時に、
あなたが御使いを送って、私を守って下さい。
これからも私を守って下さい。
教会の一人一人を守って下さい。


赦すということ

これは昨日、26日の分。

牧師会も今合同修養会があるので、
どうしても「打ち合わせ」的要素が強くなってしまいます。

でも、本来、もっと祈り合い的な要素があればいいなあ、と思わされています。

昨日はある先生がご自分の話をしてくださって、
もちろん具体的なことは何もなかったのですが、
ご自分の霊的な、内面的な葛藤の話、
その中で神様が語ってくださったことを分ち合ってくださって、
とても心に触れる内容でした。

牧師は自分で自分を追い込むこともあり、
周りの期待に応えてしまうこともあり、
どうしても、いつもいつも霊的なスーパーマンでいなければならないと思ってしまいがちです。

でも、やっぱり弱く小さな、神様の助けなしには生きていけない存在です。
それなのに、「神様の助け」さえも見失ってしまって、
ただ、表面的に仕事をこなしていく、というところに、
陥ってしまうことさえあるのです。

そして、お互いに「こんなことで悩んでいるのは自分だけだよな」と思っている。
だから、誰か一人が、心を開いたら、お互い心が触れ合うような関係に一気になっていくように思います。
弱さを認めること・・・これは勇気がいることですが、
心がつながるための第一のステップですよね。

昨日の集まりに感謝。

そして昨日の聖書。
昨日はコロサイの信徒への手紙1-4章全体を読みました。
心に留ったのは、3章13節の言葉。
「互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。」
「責めるべきこと」なんだから、「責めるべき」なんだと思います。
そうですよね。でも、ここではそれを「赦しなさい」という。
日本語おかしいというか、矛盾というか、
「責めるべきこと」は責めるべきことです。
でも、それを赦しなさい、と聖書は言うのです。

三浦綾子さんの秘書をされていた方から伺った話。
「あなたが取り返しのつかないことをしてしまった時は、赦すから、私の秘書として働いてくださらない?」と言われたそうです。
取り返しのつくことは「赦す」ということではない。ただ、取り返せばいいだけだ。「赦す」ことができるのは、相手が取り返しのつかないことをしてしまった時なのだというのです。

なるほどー。と思いました。
「取り返しのつかないことをしてしまった」という時に、赦すっていうことは大変なことですよね。
でも、三浦さんの言われるように、私たちは、「赦す」ということをしているつもりで、「赦したんだから・・・」と恩着せがましく言ったりしますが、本当はそんなのは「赦す」というほどのことでもないからなんでしょうね。
本当にいくら何でもこれだけは赦せない、ということをこそ、「赦す」と言うことに価値があるのだ、と思いました。

神様、
赦すことを教えてください。
赦す、ということをあまりにも簡単に語っているように思いました。
赦すことがどんなに大変なことなのか、
赦す、ということがどんなに真剣なものなのか、
主よ、教えてください。

2006-06-26

とりあえず足跡

今日は車で動いたので、
コンピューター持参。
宿泊先のロビーは無線LANがOKなので、
ちょっとだけ・・・。

牧師会はとてもよかったです。
詳しくはあしたにでも・・・。

それから、
ちょっと遅くなって5時頃出発。
それで8時頃にキャンプ場に息子をドロップして、
9時頃にマサチューセッツ州のホテルに投宿。

どうかなあ、と思ったのですが、よかったです。
One Bedroom、キッチン付きのスイートで75ドルの特別料金。
Travel Zooという週に一回、「お得情報メール」を送ってくるサービスで、
初めてそれに応答して、予約を入れました。
キッチン付きがいいのは「レストランに行かなくていい」こと。
こちらで、宿泊先で、行き当たりばったりでレストランに行くと、あんまり満足出来なくて、家族で60ドルから100ドル行ってしまいます。
だから、自分で食材持っていって、キッチン付きでちょっと料理すれば、それが浮くんですよね。

カミさんは料理しなくていい・・・とはいかないのはちょっと申し訳ないのですが、
彼女も、こっちのレストランにはあんまり満足出来ないので・・・。

とりあえず、足跡だけ。

2006-06-25

神に打ち明けなさい

今日も蒸し暑くて、
時々土砂降りが降る一日でした。
右手のpoison ivyの水ぶくれはひどくなる一方。
いやあ、暑さで長袖を嫌がったつけが、こんなに大きくなるなんて・・・です。

今日は一日包帯をしていたので、
この蒸し暑さが身にしみました。

明日は雨は今日ほどではないようですが、
蒸し暑さは継続でしょう。

この天気の出口・・・あんまりはっきりと見えてきませーん。

とりあえず、木曜日くらいからちょっとよくなるかな。

今日の収穫はキュウリ1本、インゲン4本。
なんか、「ぼちぼち」ですね。いっぺんに何十本も穫れないんでしょうか?
天気がよくなったらぐんぐん、なんでしょうか?

明日の午前中は地区の日本語の牧師の集まり。
午後から息子をキャンプ場に連れて行って、
遠いので、そのままどこかにお泊まり。
火曜日は一日休暇です。

ですから、明日の更新はもしかしたら、ないかも・・・です。

日曜日。
心からの礼拝を捧げました。
神様の前に「キリストの弟子として下さい」という祈りを捧げました。
今日も多くの方々と共に礼拝出来たことが大感謝。
夕方はJOYJOYキャンプのミーティング、その後、読書会。
今日も長ーい一日でした。
でも、快い疲れ。

さてさて、今日の聖書。
今日はピリピの信徒への手紙1-4章、全体を読みました。
「喜びの手紙」と言われる、牢獄の中から書かれた手紙。
パウロはピリピで伝道をしていた時も、
投獄されて一晩過ごしている中で、
「賛美を歌っていた」と書かれています。
困難の中、苦しみの中での賛美。
すごいなあ、と思います。
そして、自分はそのような状況の中で、賛美ができるだろうか、と思わされました。
心に留った言葉は
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」です。
これは4章の6節の昔から好きだった御言葉です。
でも、初めて新共同訳で読んで、この「打ち明けなさい」という言葉がとても心に響きました。
「いろいろ思い煩っていないで・・・神様に打ち明けなさい」と言われたように思いました。
そして、これに続く言葉は、
「そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」
平安、平和。
思い煩いに苦しんでいる時に、神様に祈ったら与えられる平安。
それはすごいうれしいもの。
今心の中にあることを主に打ち明けなさい、と言われているように感じた。

主よ、
あなたに祈ります。
どうかあなたがお約束通りに平安を与えて下さい。
平安の中に生かしてください。
私の心の中を全部あなたに見て頂いて、
あなたにゆだねます。
どうか、お約束通りに、平安を満たしてください。

妻を愛しなさい

また12時を過ぎてしまいました。
ですから、「今日」というのは25日日曜日ではなくて、24日のことです・・・。

今日はやっと雨が降りました。
でも降りすぎ+肌寒いけど蒸し暑い(どっちだ?)
みたいな一日でした。
最高も24度くらい。今は21度くらいまで下がったかな。
停滞前線が東海岸をボストンからずっと高速道路の95号線に沿って走っていて、
その上を低気圧が次から次から進んでくるんですね。
そして、フロリダ沖の湿った空気がガンガン流れ込むという、
日本の梅雨そっくりの天気のパターンです。
ずっと雨です。
明日も時々土砂降り。

poison ivyその後。
水ぶくれがひどくなって、破れてじゅくじゅくしているパターンです。
気がついて、気をつけて処理をしてこうだから、
気がつかないで、ばんばん切っていたら、どうなっていたことでしょうか?
あーこわい。

あ、それから、ありゅさんのリクエストのスカンクの話ですが、
じゃあ、
ちょうど一周年の私のスカンク記念日、7月5日にポストすることにします。
あのスカンクのにおいってのも独特ですよね。
あれから1年経った私には郷愁を誘うものになりました。
「ああ、そんなこともあったよなあ・・・」と。
あれは夏の暑い日・・・この続きは7月5日です。お楽しみに。

他のものでは何に似ている、と言うことのできないにおいですね。
ゴムが電気で焼けるような、でも、有機的な、強烈なにおいです。
何年か住んでおられても、かいだことがない、という幸運な方もおられます。
今度出没したら、またお知らせしますね。

今日はもう遅いので、
聖書のこと書いて寝ます。
今日はエフェソの信徒への手紙を読みました。1-6章全体。
その中でやはり心に留るのが、
「夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになったように、妻を愛しなさい。」
という5章25節の言葉。
これはもう、そのまま降参。
どうしたらいいんだろうなあ、と。
自分を与える愛し方。
自分は楽をしながら、
何でもやってもらいながら、
「愛してるよ」ってたってねえ。
何でも自分の考えを通しながら、
時々、質問されたことに「何だよ、面倒だな」という態度で答えておきながら、
「愛しているよ」ってほざいたってねえ。
だから、反省。
イエスさまの愛をもっと知りたい。
そして、愛することを教えて欲しい、経験させて欲しい。
もっともっと経験させて欲しいと思いました。

神様、
単純に祈ります。
妻を愛することを教えて下さい。
何が本当の愛なのか、
どうすることが「キリストが教会を愛し自分を与えるほど愛した」ことと同じ愛なんでしょうか?
主よ、教えて下さい。

2006-06-23

具体的に従う

今日も天気予報外れましたねえ。
うちのほうでは、ほとんど雨は降りませんでした。
いつ降ってもおかしくない状況なんですが、
何でか降りません。
でも、今頃になって降りそうです。
そして、明日は一日雨でしょう。そして温度は今日よりずっと下がる見込み。
今度こそ。

最近の夫婦の会話。
妻「芝生に水やらなくていいの?」
夫「大丈夫、雨降るから」
妻「みんなやってるよ」
夫「今水やる奴はちゃんと天気予報見てないんだよ」

数時間後、

妻「降らないねえ、芝生大丈夫かなあ」
夫「大丈夫、これから降るから」

すかっと晴れて34度まで上がる。

妻「芝生大丈夫かなあ」
夫「大丈夫だよ、今晩から月曜日までずっと雨だからね・・・」

最初に戻る。

ってな感じです。

明日はこれが繰り返さないようにと祈りながら・・・。

火曜日に垣根をそろえていたら、
poison ivyっぽいもの発見。
手袋をする。長ズボンに履き替える。ビニール袋で覆うように刈る。
でも、あまりに暑かったので、長袖は着ませんでした。
その不徹底さがやっぱり命取りでしたねえ。
右手の手首がみみず腫れから水ぶくれに進行中。
2週間くらいかゆみが続くらしい。
去年のスカンクといい、今年のpoison ivyといい・・・。もう怖いもんなしですね。

もう、これからは見つけたらすぐわかりますよ。poison ivy。
刈るよりも除草剤ですね。
それから長袖長ズボン手袋で完全防備に限る。

今日は一日教会のコピーマシンの修理のために人が来ると言うことで、
教会で待機+お祈り+夜の集会の準備+日曜日の説教の準備+月報の原稿の準備
で時間がすぎていきました。

でも、ゆっくり日曜日の準備ができて、幸いでした。
明日の夕方は夏休み前最後のyouth groupの集まりです。

今日の聖書は
ガラテヤの信徒への手紙全体。
心に留った聖書の言葉は
「兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。」という5:13の言葉です。
この最後の「愛によって互いに仕えなさい」という言葉、
「御言葉に具体的に従う」ということを実際に実践してみることの大切さを思わされました。
ただ、読んでいい言葉だなあ、と思うだけ、
自分は何てこれが欠けているんだろうか?と落ち込んでいるだけでは、
御言葉を読んでもしょうがない、そう思いました。
「愛によって互いに仕える」そのことを具体的に表していきたいと思いました。

主よ、
愛をもって仕える者としてください。
あなたの愛に満たして、
具体的に愛を表す者としてください。
ただ、そうしたいなあ、と思っているだけではなくて、
具体的に表すことのできる者としてください。

仕えることを教えてください。



2006-06-22

落胆しない!

今日の天気予報は思いっきり外れましたね。
朝、ちょっとパラパラと雨が降りましたが、
その後はずっとカーンと晴れて、
暑くなりました。34度まで行きました。
蒸し暑かったです。

今、夜の11時半ですが、雨雲がペンシルベニアからニュージャージーに入ってきたところです。
1時頃、雷が鳴るかも・・・。

明日から月曜日くらいまで、雨です。
そして土日はあまり気温も上がらないのでは・・・という予報です。

キュウリ1本。娘にせがまれて、まだ早いかなあ、と思いつつ収穫。

今日の午後は夏休み前の最後のJOYJOYキッズクラブ。
もう日本に一時帰国している子達もいるのかなあ、ちょっと少なめでした。
ん?それともサッカーの日本-ブラジル戦と重なったから?
そっちよりキッズクラブの方がたのしかったよ、きっと。
でも、日本もアメリカも終わってしまいましたね。残念。
悔しかったねえ。
私も夏のJOYJOYキャンプの午後のサッカーのために
ちょっと体を鍛えておこう!
ま、それはいいとして、今日は12,3人だったでしょうか。
でも、ひとまず夏休み前の働きが終わって、
ちょっとほっとしたような、また、寂しいような・・・ですね。

去年の5月から始めたプログラムですが、
楽しくて止められません。
子ども達が楽しみにしてくれているし、
お母さん達(時々お父さん達)とのつながりもできます。

もっともっと広がりのある働きとなったらいいなあ、と思います。
10月から再開です。

今日の聖書は、コリントの信徒への手紙第二、1-13章、全体を読みました。
その中で心に留ったのは、4章の1節の言葉です。
「こういうわけで、わたしたちは、憐れみを受けた者としてこの務めをゆだねられているのですから、落胆しません。」
この「落胆しません」という言葉に励まされました。
元気が出ました。
それは「こんな大きな成果が出ました」とか、
「こんなに大きな教会になりました」とか、
そんなことによって元気になるのではなくて、
「神様から使命を頂いているから・・・」
なのです。
神の憐れみによって、神の一方的な恵みによって、
この使命を与えられて、
生かされているんだから、
こんなすばらしい働きのために生かされているのだから、
「落胆しない」のです。

この働き自体のすばらしさゆえに「落胆しない」のです。
神の愛を伝える、神の愛を語るというこの働きのすばらしさゆえに
「落胆しない」のです。

主よ、
私もこの働きのために生かされていることを、感謝します。
明日も、あなたに愛されている喜び、
あなたに生かされている喜びに溢れさせてください。
あなたご自身が私に語ってくださいますように。


2006-06-21

静まる

NYから帰ってきました。
今日も13人の方々が集まって、御言葉から聞きました。
この集会初めて、という方々も2人。
感謝。

それから、今日は4歳の娘のナーサリースクールの卒業式。
ちょうど時間が重なったので、カミさんにビデオを頼んでおきました。
そして、今まで親ばかビデオ鑑賞会でした。
見ながら、ここまで来たか、と思うと、感謝感激雨霰。
いよいよ9月からはpublicのkinderのクラスです。
近所なんですが、9時に行って3時に帰ってきます。
町によっては3時間で終わってしまう、と言うところも多いのですが、
私たちの町は6時間。しっかり遊びと勉強をしてくれます。
近すぎてスクールバスではないのがちょっと残念。

ここまでが11時半。

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ここからはNYに行く前。

今日はちょっと爽やか、ちょっと暑い。
でも、昨日までに比べるとずっと楽です。
今朝は16度、午後は31度でした。
夏至ですよ夏至。
一年の中で昼間が一番長い日。
家のあたりでは、5時25分に日が昇って、8時32分に日が沈みます。
ということは、昼間の時間が15時間、夜が9時間です。
これから少しずつ、昼間の時間が短くなります。
でも暑さはまだまだこれからです。
ですから、こちらでは今日はthe first day of summerです。
夏が今日から始まるんです。

ここでは平均すると、一番暑いのが7月の10日から終わりまで。
8月になると、だんだん涼しい日が出てきます。

今日はこれからNYに行って参ります。
NYから帰ってくる頃も、まだ明るさが残っているでしょうか?

明日はまた蒸し暑さが戻って、
朝から雷雨の可能性ありだそうです。

明日は夏の休みの前の最後のJOYJOYキッズクラブです。
めいっぱい楽しくなりますように。

今日は朝、個人的に学びをされている方が来られました。
感謝に溢れて歩んでいる姿にこちらが励まされます。
午後はどなたから電話が来てもいいようにスタンバイしながら、勉強。
今日の夜の集会の準備、日曜日の準備。明日と金曜日の準備・・・。
ニュースレターと週報の準備・・・。
でも、どちらかというと、「静まる」時を持ちました。
「準備」「準備」と追いまくられるのは何か違うような気がして、
とにかく「静まろう」と思いました。
何かをしなければいけない、のではなくて、
とにかく、ゆっくりと聖書を読んで、祈りました。
明日は我が家で祈り会があるので、机の周りの整理も・・・と思っていたのですが、
それも後回し・・・。

というのも、今日読んだ聖書の言葉が心に留ったからです。

今日はコリントの信徒への手紙第1の1-16章、全体を読みました。
その中で一番心に留ったのは、
1章の27節です。
「ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。」
というパウロの言葉です。
自分はいわゆる学校の「お勉強」は器用にこなす方でした。
・・・実生活に役に立っていない!とカミさんにはよく言われますが・・・。
でも、「霊的なもの」はそれとは全く無関係です。
いろんな話をつなぎ合わせて、最もらしく話すことはできても、
それが人を造りかえる神からの語りかけとして伝わっていくかどうかは別問題です。
本当に祈りながら、「神様、霊的な力を与えてください」「霊的な深さを与えてください」
と祈らないではいられませんでした。
ただ、主が与えてくださるもの、主が満たしてくださる豊かさ、
それをいただきたいと思いました。

神様、
今日の与えられた「時間」のゆえに感謝します。
あなたの前に静まるときが与えられたことに感謝します。
どうか、あなたのいのちに満たして、私を遣わしてください。
これから向かうNYの集会も、あなたの臨在を満たして、
集われる一人一人があなたに触れて頂くことができますように。

2006-06-20

主のために生きる

今日は昨日よりずっと過ごしやすい一日でした。
朝は20度くらいありましたが、
最高気温は31度。
そして雨がパラパラっと降って、
夕方からはぐっと湿度が下がったように感じました。
そして、今は22度まで下がっています。
明日の明け方はひんやりするでしょう。

明日の最高も30度を超えますが、
今日までに比べればカラッとしているでしょう。
予報が変わったのがこの週末。
蒸し暑いのではなくて、
涼しいくらいで雨が降る、梅雨みたいな空になりそうです。

この週末はプールはダメですね。

今朝キュウリ2本収穫。
このあとちょっとお休みで、
週末あたりから、本格的に穫れるかな。
サヤインゲンもこの週末あたりからどんどん穫れそうです。

今日の朝は教会での祈りの一時。
また一人での祈りの時となりました。
今回は皆さんのためにも祈ったのですが、
それよりも前に、「自分のために」祈ることの大切さを思わされました。
教会の牧師として自分が立てられている。
それは、自分がどう考えようと、
人がどう考えようと、
牧師の霊的なレベルが守られていないと、
支えられていないと、
それが教会全体に影響する、一人一人の霊的な状態に影響するのだ、と思わされたのです。
それで、主が私の心を守りささえて下さるようにと祈りました。
そして、教会の一人一人の今日の一日のために祈りました。

午後はお母さん達が集まっておられる集会。
「聞く」と言うことを学んでいます。
今日は「心の触れ合うような時を大切にする」という話。
表面的な人間関係、当たり障りのない会話。
それを超えて、深いところで触れ合うような関係は、
夫婦でも、友人との関係でも、
なかなか持てないねえ、という感じです。
受け入れることの大切さ、それができないジレンマ。
そんなことも語り合い、神様の助けを祈りました。
いい集まりです。

夜は個人的に学びをする方が来られて、
また幸いなときが持てました。
一人の人がイエスを救い主として受け入れて、歩み始められるのは、
本当に大きな喜びです。
感謝。

実は先週の水曜日も、
ある方がキリストと共に新しく歩み始められました。
そのときに共にそこにいることができたこと、とても、うれしい経験でした。
感謝。

明日はNJで面談日で、夜はNYで集会です。
すばらしい一日となりますように。

今日の聖書。
今日はローマ人への手紙9-16章を読みました。
その中で心に留った御言葉。
「私たちは生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです」
14章8節の言葉です。

今日の朝、教会で祈るときに、テレビ番組で、金曜日の朝、フジテレビの日本語放送に続いて8時から放映されているハーベストタイムのニュースレターを読んでいました。
その中に紹介されていた、南米エクアドルで今から50年前に現地の人に殺された宣教師の話が心に残りました。
その宣教師たちは銃を持っていたのにそれを使わないことに決めていたそうです。
それは「私たちには天国に行く準備ができているが、彼らにはまだその準備ができていないから」という理由だったそうです。
考えてみればそうです。
自分の身を守ろうとして現地の人を撃ってしまったら、
自分はその人々に神の愛を語ろうとしているのに、
その人々が神の話を聞く前に殺してしまうことになる。
自分たちは殺されても、天国に行く準備はできている、だから、いい。
だから、殺されても、殺すことはすまい、
そう決めたのでしょう。
でも、自分だったらそう出来るだろうかと思いました。
自分を守るために、家族を守るために、襲ってくる人を殺すことはないだろうかと、
考えてしまいました。
でも、そうなんですね。何か、とても素直に納得してしまいました。
私たちは天国があるから、大丈夫なんですよね。

その話には続きがあって、殺された宣教師の家族が、その現地の人々を赦し、
神の愛を伝える働きを続けて、その人々にキリストを紹介し、彼らもクリスチャンになったそうです。

生きることも、死ぬことも主のため。
そのような歩みが自分にはできるだろうか?
させて頂きたい、と思いました。

主よ、
あなたの愛を感謝します。
でも、私はあなたの愛を表すことができるでしょうか?
私が生きていることはあなたの愛を表しているでしょうか?
私がこの世を去るときに、あなたの愛を表せるでしょうか?
どうか助けてください。
そのように生かしてください。
そのように用いてください。


2006-06-19

何に支配されているか

今日も暑かったです。
そして、夕方、6時半頃から、雨が降りました。
もっと早く降るかと思って期待していたのですが、
結構遅かったですね。
洗濯物干せましたね。

最高気温は34度。でも、今は夜の9時半で、
雨のおかげで23度まで下がっています。
湿度は高いし、これ以上あまり下がらないようですが・・・。

明日も蒸し暑い一日になりそうです。そして、また夕立があるかも。
その後は涼しくなって、水曜日一日カラッとするみたいです。
でも、木曜日からはまた蒸し暑く、雷雨の可能性あり。
それが来週の半ばまで続く予想が出ています。

今日、キュウリの初収穫。
ちょっと小さめで15センチでしたが、
おいしかったです。ミソつけて食べました。
でかい子達が帰ってくる前に3人で食べてしまいました。
これから一日に何本も穫れたら、みんなで食べます。
さてどうなることやら。

今日は昼前の1時間半くらい、個人的にお会いする方がおられて、
聖書の学びをしました。
今日も、幸いな一時でした。
もっともっとこのような学びをする方が与えられたら、と思います。

で、聖書。
今日はローマの信徒への手紙の1-8章を読みました。
この手紙はパウロが書いたもので、
自分の信仰を組織的に書いたものだとよく言われます。
確かに、8章までは実際的なことよりも、
私たちの信仰の内容が書かれています。
その中で一番心に留ったのは、
8章の5節の言葉で、
「肉に従って歩む者は、肉に属することを考え、霊に従って歩む者は、霊に属することを考えます。」
という言葉です。
自分の心の中はいま何が支配しているだろうか、
何のことを考えているだろうか?
それを探られ、問われたような気がします。
「霊に属すること」を考えているだろうか?
教会のことでも、
「人間の考え」に、「義理や人情」「気遣い」に縛られていないだろうか?
「人の顔色」に縛られていないだろうか?
と思いました。
もちろん、これ以上気を遣わなかったらどうなるか?
という意見の方もおられるかも・・・。
でも、大切なのは、一人一人が主につながること。
本当に神様が何を喜ばれるのか、
本当に一人一人が主にあって成長していくためには何が必要なのかを、
本気で考えているだろうか?
なんとなく、和気藹々と、楽しくやっていけばいいと思っていないだろうかと、
問われました。

気を遣った「和」と、「主にある一致」とどちらを求めているだろうか?
主の前にへりくだった一致を本当に求めているだろうか?
口では「主の前にひれ伏す一致」と言いながら、
実際のところは、「気持ちよく奉仕する」ことが出来るようにと考える中で、
一人一人が
悩みながら神様の前に出るチャンスを奪っていないだろうか?

「霊のことを考える」そのような者でありたい、と思った。

神様のことで、心がいっぱいになるようなそのような者でありたいと思いました。

主よ、
私の心を探ってくださってありがとうございます。
どうか、あなたの愛の中で、
あなたとの関係の中で、
一つ一つのことを決断していく者としてください。
人間的な力に振り回されることがありませんように。

2006-06-18

ローマでも

今日は暑かったですね。
我が家の温度計で、最高気温が36.3度でした。
体温ですよ。
その中で、やめればいいのに、ソフトボールなどをやりましたから、
結構疲れました。

教会のピクニックから帰ったのが4時半頃。
それから、暑さと日差しでほてった体をさましに、
町のプールに行って来ました。
5月の末から週末だけ開いていて、
今日はまさにプール日和。
とは言っても4歳の娘と二人で行ったので、
ほとんどお子ちゃま用のじゃぶじゃぶ池みたいなところで、
娘と遊んでおりました。

来週、学校が終わったら毎日開くようになります。
それで9月の初めの週末まで。
5人家族では確か240ドルくらい?
日本に比べると高いですよね。
子供の頃、時々行った越中島プール。
今でも一回2時間で300円。
10回行っても3000円です。
5人でも15000円。

ちなみに結婚してからご近所だった西武園ゆうえんち。
ここの年間パスが家族4人で30000円です。
それで夏はプール、冬はスケート、あと遊園地も乗り放題。
東武動物公園、という全然関係なさそうなところにも入れてしまう。

それに比べてプールだけ、2ヶ月だけ、
天気がよくて暑い日だけで240ドルはねえ。
波のプールも、流れるプールもない。
でも、ファミリーパスを買わなければ、
パスを持っている誰かにゲストにして頂かなければいけないので、
それも何かなあ。
1回5ドルとして、元を取るためには、
1人10回くらい行かなければ・・・。
運動不足解消のためにちょっとがんばろうかな。

ちなみに明日は暑くなり、
午後から夜にかけて雷雨の予報です。
それもかなり激しい雷雨になるかもしれません。
午後は洗濯物を外に干すのはやめた方がいいでしょう。

そのあとは、ちょっと暑さが一休みのようです。

今日は教会の野外礼拝(ピクニック)でした。
130人くらい集まられたかな。
サッカーの試合の時間と重なったのにもかかわらず、
たくさんの方々が来られました。
いえ、サッカーを見ているよりも、
今日の野外礼拝の方が絶対よかったです。
初めての方、
久しぶりの方、
いろんな方々が来られて楽しかったです。
おいしかったです。
準備してくださった方々、
焼いてくださった方々に心から感謝!

今日の聖書。
今日は使徒言行録19-28章を読みました。
心に留ったのは、
パウロにイエスがいわれた言葉、
「勇気を出せ、エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証をしなければならない」
という23:11の言葉です。
この言葉がどれくらいパウロの励ましになったか、勇気を与える力だったか、と思わされます。
わたしにとっても励ましになりました。
わたしにとっての「ローマ」がどこなのか、
ピンとは来ませんが、
どんな反応があったとしても、
主は私たちが主の証をすることを望んでおられることを感じました。
わたしももっともっといろんなところで、
主の証をしていきたいと思いました。

神様、
パウロを用いられたあなたが、
わたしをも用いてくださることに感謝します。
おそれながら、感謝します。
あなたの証がいつもいつも口からあふれ出てくるような、
そんな歩みを与えてください。



2006-06-17

神のなさる不思議なこと

昨日の予告通り、
今日は朝早く起きてベランダで聖書を読んでお祈り。

本当はコーヒーを入れて・・・とも思ったのですが、
寝坊をして、気が付いたら6時45分。
コーヒーはカットして、すぐ聖書とお祈りに入りました。
でも、よかったですよ、温度はちょっと涼しい16度。
長袖のトレーナーがちょうどいい温度。
鳥の声を聞いたり、
木の葉っぱを一枚一枚眺めたり。
Quality Timeでした。

その後は朝のうちに雲が広がっていたおかげで、
ずいぶん過ごしやすい一日でした。
31度くらいまででした。

そして、キュウリは引き続き好調。

ほとんど「赤ん坊の写真を仲間に見せて歩く若い親父」状態ですが、
こんな感じです。5-6センチかな。


こんなのがいくつか出来ています。

明日の野外礼拝(教会ピクニック)ですが、
いい天気になりそうです。
っていうか、ちょー暑くなりそうです。
今も9時半で外は26度。
このままだと今夜は20度くらいまでしか下がらず、
明日は9時には30度を超える!みたいな一日になるでしょう。たぶん。

明日は薄い色の服を着て、(濃い色は熱を吸収しますよー)
サンブロックをしっかりして、
凍らせたスポーツドリンクを持って、
朝9時半にVan Saun Park Area Fに集合でーす!

今日も早く休んで、明日の朝早起きします。

で、今日の聖書。
今日は使徒言行録の10-18章を読みました。
その中で心に残ったのは、12章の最後の方で、
異邦人に「聖霊が降った」と書いてあるところです。
当時、ユダヤ人のクリスチャンはなかなか異邦人に神様のことを話そうとはしませんでした。
でも、ペテロが導かれて、ローマの軍幹部のコルネリオという人に福音を語りました。
その時に聖霊が降って、不思議なことが起って、
ペテロや周りにいたユダヤ人の人たちに、
ああ、神様はこの人達が福音を聞いて、信じたことを喜んでおられるんだと、
わかるようになったのです。
今はこういう不思議なことは起らなくてもいいと言う人々がいます。
聖書があるから、もう教会があるから、奇跡とか、不思議なことは起らなくてもいい、と言う考えがあります。
でも、今日はこの聖書の言葉を読みながら、やっぱり、
今の時代、人々の心になかなか神様のメッセージが届いていかない時代に、
もう一度、このような奇跡とか、不思議なことが起ったらいいなあ、と思いました。
そして、祈りたいと思いました。
そして祈りました。
神様、わたしの人生にも、教会にも、不思議な奇跡を表してください、
そして、それによって神様に心が開かれる方々が与えられますように、
と祈りました。
祈らないで、求めないで、「今の時代には必要ないんだ」と決めつけるのはどうかと思います。
だから、求めようと思いました。
不思議な、大きなことを主がしてくださることを求めていきます。

神様、
あなたの不思議な力を表してください。
奇跡を与えてください。
人々があなたのすばらしさを見ることのできるような奇跡を。
祈り求めます。

2006-06-16

行け!

今日は金曜日の夜なのですが、
珍しく集会がなく、この時間に更新出来ます。
本当は集会のある日なのですが、
我が家の事情で中止になりました。
残念ですが、また時間が与えられたことは、
ゆっくりたまっていることを整理するときが与えられたり、
聖書を読むときが与えられて、幸いです。

暑い一日になりました。
朝は13度くらいまで下がったのですが、
最高は32度。
今は23度くらいまで下がり、ずいぶん過ごしやすくなってきました。
今夜も20度は切るでしょう。
快適です。

でも、これは暑さの入り口だそうで、
明日、あさってと、もっと暑くなるようです。
特にあさっては35度くらいまで上がり、
湿度も高くなって、かなりきついようです。
教会のピクニック(野外礼拝)ですが、
飲み物がたくさん必要でしょう。
スポーツドリンクとか凍らせて持っていこうかな。

2年連続でグランドホッグに荒らされて、
去年は全く収穫のなかったキュウリですが、
今年は一生懸命柵を作ったおかげか、
2度ほど新芽をチップモンクか何かにかじられただけで、
わき芽がのびで何とか実がなるまであと少しまで行きました。
何か楽しみになってきました。
でも、あんまり楽しみにしていて、
ここで動物に荒らされるとまたストレスになるので、
ほどほどに楽しみにしています。
でも、来週は初収穫かなあ?とどうしても興奮してきてしまいます。

暑さ対策も必要かもしれません。
一番暑いのが日曜日で、その後ちょっと落ち着くみたいなので、
本当にそうなればいいなあと思っています。

インゲンも花が咲いています。
こちらも来週中には収穫開始でしょう。
わくわく。

今夜こそ、早く寝て、明日の朝早く起きて、
早朝のベランダで聖書を読んでお祈りタイムといきたいと思っています。

今日読んだのは使徒言行録の1-9章です。
一気に進みました。
心に留ったのは9章の15節の神がアナニヤにいわれた言葉です。
アナニヤがサウロのところに行くようにとお告げを受けたときに、
サウロの今までの姿を知っていたアナニヤは「神様、あの人はひどい人ですよ・・・」
と答えたのですが、
それに対する神の答えは「行け!」でした。
ぐずぐず言っていないで、
言い訳をしていないで、
「行け!」だったのです。
サウロがどんな奴か、私の方がよく知っている、
だから「行け!」だったのです。
神様が導こうとしているところ、
私たちの方が知っているつもりだったり、
自分自身のことを知っているつもりだったり、
それで、いろいろ言い訳をすることがあります。
「わたしは向いていません」とか「あの人は難しいです」とか、
いろいろ言い訳をして、逃げ口上を考えます。
でも、神様は全部ご存じなんですよね。
全部ご存じの上で、
私たちを導こうとしている。
だから、そこに従っていって大丈夫なんですよね。
単純に従いたいと思いました。
わたしよりも、状況を知っていて、導こうとされている神様に従っていけば、
間違いないのだと思いました。

主よ、
あなたの導きに感謝します。あなたを信頼します。
いつもあなたのみ声を聞きながら、
あなたの導かれる方法に注目しながら、歩ませて下さい。
明日のために、そして、あさってのために、
あなたの守りを待ち望みます。
どうか、すばらしい出会いを与えて下さいますように。

2006-06-15

自分と神様

今日はいい天気でした。
パラパラと雨も降りましたが、
「降った」とまでも言えないくらいでしたね。
そして、暑くもなく、涼しいというほどでもなく、快適でした。
夕方は涼しくなったので、
夕食後7時半頃から、気になっていた裏庭の方の芝刈りをしてしまいました。
あと、庭木の刈り込みもしなければ・・・。今はのび放題!
このままでは毎年恒例の隣のおじさんの苦情が出てしまう・・・。

今は夜の11時半で18度。
明日はまた今日よりも、もう少し暑くなって、30度を超えるでしょう。
そして、週末日曜日は32度くらいで、湿度も高い、と日本の夏並みになる予報が出ています。
うーん、日曜日は教会のピクニック(野外礼拝)なんだけどなあ。
あんまり暑いと、ソフトボールとか、パスだなあ。若いもんだけでやってもらおう。

今日の午後は久しぶりのキッズクラブ。
結構「常連さん」が多くなって、楽しいです。
いつもより長く1時間半くらいやってしまいました。
でも、あれくらい時間があった方がいいなあ。
もう5時半までにしてしまおうかなあ。
7-9月はお休み。
来週レオニアでひとまず終わって、次は10月です。

今日はヨハネによる福音書を16-21章まで読みました。
心に留ったのは、21章の22節のイエスのペテロに対する言葉です。
「あなたは、私に従いなさい」
これは、ペテロがいえすに「私に従ってきなさい」と言われたときに、
もう一人の弟子のことが気になって、「彼はどうなんでしょうか」と聞いたときに、
イエスが言われた言葉です。

わたしも人のことが気になる人間です。
できれば、みんなと一緒に手を繋いで従っていきたい。
「あの人はどうなんですか」
まるで自分の心を見透かされているかのような言葉。
一人よりもみんなで一緒の方が楽しい。
一人よりもみんなで一緒の方が心強い。
でも・・・いや、「だから」だろうか・・・神様はわたしに
「他の人はいいから、とにかくあなたは私に従ってきなさい」
と言われているように感じた。

もう一度献身を新たにさせられた。
他の誰かは、その人自身に主が語ってくださる。
そのことを信頼していこう。
そして、自分は神様に語られたこと、
神様に触れて頂いたこと、
与えてくださった使命、
そこに立って歩いていこう。
そのように思う。

主よ、
あなたの語りかけに感謝します。
「とにかく、あなたは私に従いなさい」との語りかけに感謝します。
従います。どうか、わたしの歩みを守り、導いてください。
私の心を守ってください。わたしの一日を守ってください。
本当に、本気であなたに従う一瞬一瞬であらせてください。

2006-06-14

キリストにつながる

今日は予想通り、降りましたねえ。
場所によっていろいろだったみたいですが、
我が家周辺は1時頃から2時頃までかなりザーッと降りました。
おかげで水やりは不要。

あと、今朝、4歳の娘と、イチゴを収穫。
たくさんチップモンクに食べられたので、
本当に小さいのが4つ。
でも、大喜びでしたよ。
わたしはアレルギーで食べれないので、
夕方に娘が食べているのを見たのですが、
ほのかにイチゴのいい香りが広がります。
ジャム、作ろうと思ったのですが、ま、無理ですね。

明日は曇りのち晴れ。
温度も26度くらいまで上がって、ちょうどいい感じでしょう。
雨の心配もありません。

今日は午前、午後、夜と3人の方々にお会いして、
それぞれお話ししました。
お一人一人の心と触れ合うお話ができて幸いでした。
そして、お一人一人に神様が直接語ってくださいますようにと、
祈ります。

今日は激眠いので、
さっそく聖書。そして、もう休みます。
今日はヨハネによる福音書15章を読みました。
よく知っている聖書箇所なのですが、
4-5節のイエスの言葉が心に留りました。
「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」
イエスにつながっている。
その大切さを思いました。
そして、今日会う方々一人一人に神様の愛を伝えることができるように、
御言葉が一人一人の心に留まるように、祈りました。
自分一人では何もできない。
何もできないけど、主がおられるから、イエスがおられるから、イエスにつながっているから、
イエスの力が流れて、人の心に届くようにと祈りました。
そしたら、午後の予定は元々なかったのですが、
一人の方から電話をいただいて、お会いすることができました。
主が触れてくださったことに心から感謝しました。
ほんと、自分の力ではないことを、忘れないでいたいと思います。
牧師の仲間や先輩で、まるで自分の力のように、手柄のように、
吹聴する方々がおられると、本当にがっかりします。
それをちやほやするクリスチャンの方々がいると残念に思います。
でも、自分もそのようにしていることはないだろうかと問われているような気がします。

今日もある方に主が触れてくださったことに、心から感謝しました。

主よ、
今朝の御言葉に感謝します。
あなたが私のうちにあなたの力を注いでくださっていること、
わたしを用いてくださっていることに感謝します。
どうか、実を結ばせてください。
あなたの力をもっともっと注いでください。
明日の集会でも、あなたの御業を見せてくださいますように。


2006-06-13

何に支配されているか

今日は本当にいい天気でした。
ちょっと暑かったでしょうか、
30度を超えました。
でも夜には20度くらいまで下がって、
しのぎやすいです。

この写真はコリアンダーの花。
春に蒔くと、ほとんど葉っぱを収穫する間もなく、

花が咲いてしまいます。
種も根っこもいい香りがします。

去年だったか、その前だったか、
根っこが付いたものを売っていたので、
植えてみたのですが、これはダメですね。
直根なので、植え替えも無理みたいです。

ねぎとかはばっちりです。
三つ葉も大丈夫だと聞いたことがあります。

コリアンダー、今度は家の中で育ててみようかと思います。

いい天気で、キュウリもナスも元気になってきました。
苗を買われた方は、もう実がなり始めているかもしれませんね。
うちは種から育てているので、キュウリは花が咲き始めたところ、
ナスの方は最初のつぼみが付いたかな、というところです。
そして、ピーマンに至っては、まだつぼみも見あたりません。
いい天気が続いて欲しいところです。


そして、こちらは我が家の去年のヒット作、
モロヘイヤです。
去年買った種ですが、ばっちり芽が出ました。

大きくなったら、新芽を摘んで軽く茹でると、
オクラのように粘りけがでますが、
オクラほど青臭さがありません。
とてもあっさりした味です。

これも暑い気候が好きな作物なので、
これからの季節に期待です。


Albertoくん、hurricaneにならずにフロリダ北部に上陸しました。
そして、大きな被害も出ずに、干ばつのフロリダには恵みの雨になったようです。
そして、こちらの方には上がってこないで、直接の影響はないようです。

明日の午後から木曜日にかけて、にわか雨あり、ですよ。
大体どこの天気予報も40-60%の確率を出していますから、
降っても降らなくても文句言わないでくださいね。
我が家的には、土曜日から雨が降っていないので、
そろそろ水まきが必要かな、というタイミングで、是非降って欲しいですが・・・。
暑さは今日並みか、雲が広がる分上がらない、程度でしょう。
湿度は今日より上がるので、ちょっと暑く感じるかも・・・。


今日の午前中、ある集会のために家庭を開放してくださっていた方が、
夏に帰国になるということで、最後の集まりがありました。
幸いな一時でした。
その方はクリスチャンではないのですが、
前にクリスチャンの方が家庭を開放して開いておられた集まりに出ておいでになって、
その方が帰られるときに、「是非引き継ぎたい」と申し出てくださいました。
とても楽しく、お互いの距離が近くなって、
本音で話ができる集まりでした。

日本に行かれても、聖書に触れられるチャンスがあるように、と祈ります。
神様が導いてくださいますように。すばらしい出会いを与えてくださいますように。

今日の聖書。
今日はヨハネによる福音書12-14章を読みました。
半年で読み終わりたかったのですが、このペースですと7月半ばくらいまでかかりそうですね。
それが終わったら、皆さんと一緒に一日1章ずつ新約聖書を味わっていきたいので、
できるだけ多くの方々におつきあい頂きたいです。

さて、今日心に留った聖書の箇所は
14章30節。
「世の支配者が来るからである。だが、彼はわたしをどうすることもできない。」
という言葉です。

イエスはユダヤ人の指導者に裁かれ、
当時イスラエルを支配していたローマの総督に裁かれ、
人々に十字架につけられた。
しかし、イエスは「彼らはわたしをどうすることもできない」と言っている。
それは、イエスが人々の意図とは別に、
神の御心によって十字架にかかることを知っていたから。
人々は人々で何とかして、イエスを抹殺しようとした。
自分の立場を守ろうとした。
自分の利権を守ろうとした。
そして、イエスを十字架につけた。
でも、それも主の御手の中にあること、
「彼らはわたしをどうすることもできない」
ただ、イエスご自身が十字架に向かって歩いて行かれたのだ。

私たちもいろんなことを考える、
どうしたらいいのだろうかと考える。
でも、主が許したまわなければ、
何事もなしえない。
その謙虚さをいつもいつも持ち続けていたいと思う。

主よ、
わたしの思いがいつもいつもあなたの御心に寄り添うものでありますように。
あなたの思いを私たちの考えに合わせて頂こうと思うのではなく、
わたしの思いがあなたの思いに寄り添っていくことができますように。
あなたの御許しなしには、何事もなしえないことを忘れることがありませんように。
私の心を今日も守ってください。

2006-06-12

主のなさること

今日は残念でしたねえ。日本。
何度かいい場面があったのですが、
決定力がないのでしょうか?
唯一の得点も誤審みたいだったし・・・ホントは反則だったですね。
(アメリカでは"You Kiddin' me?"[マジかよ?]または、[そんな、アホな!]とアナウンサーが連呼していました)
でも、川口はナイスセーブ連発でした。
勝手にいわせて頂くと、私は日本で一番よかったのは川口だったと思います。
高原は自分で決めて欲しかったなあ、あの柳沢へのパス。
ダメでもいいから、自分でトライして欲しかったですね。
パスのタイミングは、ずれていたし・・・。
(日本国民総スポーツ評論家状態?)

あ、何でこんなに詳しく知っているかというと、今日は月曜日で本当はお休み。
でも、試合の途中で、airportにお送りする方がいて、
後半はビデオで見ました。まさかあんな展開になっているとは知らずに・・・。

オーストラリアは波に乗るでしょうか?
最後の10分で3点ですからね。
監督はオランダや韓国をベスト4に導いた名監督。今後の勢いが楽しみです。

今朝はちょっと冷えて12度くらい。
でも、昼間は暖かくなって25度までいきました。
風も収まって、いい季候でした。
明日もまたいい天気でしょう。
温度はもうちょっと上がるかな。
今夜は15度くらいまでしか下がりません。

そして、Albertoくん。
予想よりも急に強くなって、もう少しでhurricaneです。
さて、このhurricaneはtropical stormとどこが違うかというと、
hurricaneは最大風速が74MPH以上です。
これもどういう訳かMPHという、「時速・・・マイル」という単位なので、
日本でいつも使う「秒速・・・メートル」に直してみると、
約34m/sです。これは台風だと、ちょっとした台風です。
ですから、アメリカではhurricaneというと、決して油断しません。
日本で「豆台風」なんていう言葉がありますし、「弱い台風」という言葉もありました。
今では使っていないみたいですが・・・。

では、hurricaneとtyphoonが何で分れているかというと、
強さではありません。
教会の現役高校生に聞いてみても、ちゃんと答えられる人はいませんでしたねえ。
あ、聞いたのはHくんと、Dくんの二人だけでしたが・・・。あ、R君にも聞いたかな?
「渦巻きの方向が違う」とか、けっこう「あり得ない」答えもありました。
正解は場所です。
大西洋、カリブ海、メキシコ湾と東太平洋ではhurricaneです。
西太平洋ではtyphoonです。太平洋を西と東で分けているのは180度線です。
ですから、時々、東太平洋で発生したhurricaneが西に進んで180度線を越えるときがあります。
その場合にはhurricaneからtyphoonに名前が変わります。
ま、人間の都合で変えているだけで、本質は変わらないんですがね・・・。

このAlbertoくん、
このあと明日の朝にはフロリダの北部に上陸して、大西洋岸を北に上がってくるようです。
NJに影響があるかどうかはまだわかりません。が、まあたいしたことはないでしょう。

それで、今日の聖書。
今日はヨハネによる福音書9?11章を読みました。
何カ所か心に留ったのですが、
特に11:15のイエスの言葉が特に印象に残りました。
「私がその場に居合わせなかったのは、あなた方にとってよかった」
という言葉です。
このあと、死んでしまったラザロの姉たちは「あなたがいてくださったらよかったのに・・・」と泣きます。
でも、イエスは「そこにいなくてよかった」といわれるのです。
私たちにはわからないことがたくさんあります。
「どうして神様・・・」と思うようなこともあります。
また自分が飛んでいって、サポート出来たらどんなにいいかと思うこともあります。
でも、それも主の御手の中にあることです。
自分が何か出来ること、自分が何か出来たこと、できるはずだったこと・・・
それに捕らわれてしまうことが私にはあります。
でも、そういうことにこだわるのではなくて、一つ一つのことが主の御手の中にあることを受け入れて、
そして、そこでも「それはよかったんだよ」という声を聞いていくことの大切さを思いました。

そして、私の手の届かないところにも届いてくださる主の御手にゆだねていくことの大切さを思いました。

主よ、
すべてがあなたの御手の中にあることを信じます。
そして、安心して歩んでいきます。
時には「どうして・・・」と思うこともあります。
ですが、そんな思いもあなたの前に明け渡します。
あなたのなさることはみな、時にかなって美しい、
ということをわからせてください。


2006-06-11

溢れ流れる水

今日の礼拝はとてもすばらしかったです。
神様が中心でした。
神様をあがめました。

それで十分でした。
今日はゲストスピーカーの先生でしたが、
私も主の前に出て、御言葉を語って頂きました。
先生の向こう側におられる神様に出会いました。

それが礼拝だと思いました。

ですから、心の内側は元気になりました。

そして、私の使命はやはり多くの方々にこのキリストの救い、
神の愛を伝えていくこと、知って頂くこと、
そして、信じて新しくスタートを切った方々と共に歩んでいくことだと思いました。

そう、最近、自分自身のテーマになっている「教会の一致」が一番、すんなりと起るのは、
一人の人がイエスを救い主と受け入れて一歩を踏み出すときではないかと思いました。
何か大きな目標に向かって、走っていくときよりも、
大きなイベントを成功させようとするときよりも、
一人の人の救いを喜ぶときにこそ、一致があるなあ、と思いました。
とっても初歩的な一致ですが、とてもうれしい一致です。

今日の朝はやはり冷え込んで11度。何とか10度を割り込むことはありませんでした。
今日の昼間も晴れた割にはあまり暖かくならずに22度くらい。
でも、今夜は昨日の夜よりはずっと暖かいです。

この先、だんだん暖かくなるようです。
週末に向けて30度近くなるのではないでしょうか?

そして、今日のお天気ニュースは昨日のtropical depressionが、
tropical stormになったことです。
tropical stormは最大風速40MPH以上の熱帯性低気圧です。
tropical stormになると、名前が付きます。
今回のはAlbertoくんです。
その名前はできた順番にA, B, C,・・・が頭文字になります。
そして、男、女、男、女、と交代に採用されます。
そして、一回採用されるとずっと使われるのですが、
確か一年おきにAが男の年とAが女の年が交代します。
ちょっと心配になりましたので、検索してみると、
ここに今年から2011年までの名前の一覧が出ていました。
そして、よく読んでみると、何か6年周期みたいですね。

去年のあのカトリーナは女でした。Kで始まる名前でしたよね。
ことしのKは男でKirkです。
そして、その名前で一度大きな被害が出ると、もう、その名前はその後には使われません。
もうAndrewとか、Hugoとか、Katrinaとか、もう使われないのです。

ですから6年周期なのですが、大きな被害が出ると、その名前は6年後には使われずに、
違う名前が採用されるんですね。それを決める人たちはどんな議論をするんでしょうか?
ちょっと会議に出てみたいような・・・。
ちなみに去年使われた名前のなかで2011年には使われない・・・つまり2005年限りで引退・・・なのは、
Katrinaの他に、Dennis, Rita, Stan, Wilmaの5つです。
それぞれ、Katia, Don, Rina, Sean, Whitneyに換えられています。

でも、名前というのはどうなんでしょうかね。
去年のKatrinaのように大きな被害が出ると、
その名前の人たちはどんな気持ちがするんでしょうか?ちょっと疑問。
っていうか、私はイヤです。
ハリケーン・カキゴオリ、みたいなのが大きな被害を与えて、
テレビで「カキゴオリは大きな爪痕を残しました」なんて言われたら、イヤです。

元々、1979年まではハリケーンの名前は女だけだったというから、
よけいひどい話だなあ、と思います。

ああ、長くなってしまいました。
天気の話だったらいつまでだってできそうですが、
皆さんに「それがどうしたの?」と言われそうなので、この程度で・・・。

そして、「本題」の聖書。
今日はヨハネによる福音書7?8章を読みました。
ヨハネも一気に読むのは難しいところですね。
心に留ったのは7章の37?38節です。
「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」というイエスの言葉です。

生きた水が川となって流れ出る。
そのように私は生きているだろうか、今日もそのように歩んでいるかと思いました。
そのように歩ませて頂きたいと思います。
これは「聖霊のことを指している」と続いていますが、
聖霊様に満たされて歩みたいと思いました。
聖霊様に満たされた歩みをさせて頂きたいと思いました。
腹から生きた水が流れ出て、周りの人々を満たし、
周りの人々を生かし、
喜びを与えるような者とならせて頂きたいと思いました。

主よ、
あなたの御霊を私に満たしてください。
聖霊様に満たされて、
周りの人々にもその喜びが伝わっていくような、
そのような歩みをさせて頂きたいと思いました。
主よ、どうかわたしを御霊によって満たしてください。

欲しい分だけ

また日付が変わってしまいましたが、
これは6月10日の内容です。

今日はまたいい天気でした。
予想通り風が強かったですが、
天気は大丈夫でした。
バザー日和でした。
そして、成果もまずまずでした。
もっといろんな方々にお会いしたかったですが・・・。

そして、今晩は冷え込んでいます。
夜の12時で12度です。
10度を割り込む、という予想も出ています。
で、今日はさすがにピーマンを部屋の中に入れました。
暑い気候が好きなピーマンの苗はこの10日間くらい、
全然大きくなっていないと思います。
早く暖かくなって欲しいものです。

そして、メキシコ湾、キューバのあたりにtropical depressionが発生しました。
日本語で言うと「熱帯低気圧」でしょうか。
どこまでがtropical depressionで、
どこまでがtropical stormで、
どこからがhurricaneかは最大風速で決まります。
日本の台風も同じです。
tropical depressionは風速39MPHまでです。
そう、mile/hです。
こういう単位の違いが結構頭に来ます。
長さも、重さも、体積も、温度も、何でアメリカって、独特なんでしょう。
メートル法を使えよ、と思います。
「年号」とか使っている日本と同じです。
日本の公文書で「平成   年」とブランクを埋めるように要求されるときには
本当に困ります。えっと今年は何年?19年?
で、39MPHですが、これは「時速」ですから、車のスピードの単位かい、って感じ。
普通、風は「秒速」でしょう。って、自分が育ってきたものを「普通」と呼ぶのは傲慢か。
日本ではm/sec.で風速を表しますから、39MPHをそれに直すと
39×1600÷60÷60=17.3m/sですね。
これは日本の「熱帯低気圧から台風へ格上げされるポイント」と同じです。
ということは、tropical stormは日本でいうと「弱い台風」ということですね。

このtropical depression、このあとtropical stormに発達する予報が出ています。
大きな被害がありませんように。

今日はヨハネによる福音書の5-6章を読みました。
その中で6章の11節の「欲しい分だけ分け与えられた」という言葉が心に残りました。
イエスが5つのパンと2匹の魚で5000人の人を養われたときに、
分けられたもの、が「欲しい分だけ」与えられたというのです。
求めよ、そうすれば与えられるであろう、という言葉もありますが、
求めることの大切さ、主に大胆に求めることの大切さを思わされました。
人間で分け合うときには、お互いの分を配慮して、遠慮して取るでしょうが、
イエスが私たちに与えるものは、そんな遠慮をする必要はない、
必要な分、欲しい分だけ求めていい。
イエスは豊かに持っておられる方だから・・・。

だから、大胆に求めよう。
主に最高の物を求めよう。
最高の恵みを、最高の祝福を、最高の喜びを、最高の充実感を求めよう。
そして、喜びに満たして頂いて、歩んでいこう。

主よ、
私たちが、あなたの豊かさを甘く見ることがありませんように。
あなたの豊かさを信頼して、最高のものを求めていけますように。
最高の喜びを、最高の状況を、最高の賛美を求めて参ります。
どうか、満たしてください。
そして、一切の必要を満たしてください。
会堂取得のためにも、主よ、あなたご自身が一切の必要を満たしてください。

2006-06-10

力の源

もう6月10日になってしまいましたね。
でも、6月9日のことを「今日」にして書きます。

今日、朝起きたら、すかっと晴れているじゃないですか。
すごい久しぶりのいい天気です。
すごく気持ちのいい朝でした。
夜になって雷が鳴って雨が降りましたが、それもまたいいこと。
昼間は一日いい天気でした。

そしていよいよ明日はバザーの日。開店まであと9時間足らず。
天気は大丈夫みたいですね。
でも、風があるので、テントは大丈夫かなと心配。結構涼しそう。

でも、とにかく、楽しみです。
何がって、皆さんとの出会いが楽しみです。店番します。たくさんの方々にお会い出来ますように。
(2回目、3回目の方にも「初めてお会いしますかねえ」と言ってしまうかもしれませんが・・・)

さて、話はお天気の話に変わりますが、
早くもメキシコ湾にハリケーンの卵発生の予感です。
GFS(Global Forecast System)というコンピューターモデルではそれがフロリダを横切って、
東海岸の沖を進みます。
一方NAM(
North American Mesoscale)と言うモデルの方では、
ミシシッピー州からテキサス州の方に向かう予報が出ています。
うーん、ということは、結局とにかく「まだよくわからん」ということでしょう。
大きな被害が出るようなことがないようにと願います。

今朝は10時から集会があって、
その後個人的にお会いする方がいて、
その後バザーのための荷物運びをして、
その後教会でバザーの準備をして、その後家に帰る時間もなく、
その後10時から深夜祈祷会で、
さっき帰って参りました。

うーん、充実した一日でした。
それぞれ幸いなときでした。
時間を忘れてしまいそうでした。
それで10日になってしまいました。
でも、本当に心から心地よい忙しさです。

そんな中で、読んだ聖書は
ヨハネによる福音書の1-4章。
心に留ったのは、4章34節の言葉です。
「私の食べ物とは、私をお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである」
というイエスの言葉です。
「食べ物」とは、力の源ですよね。
それによって養われているというか。
父なる神に従い、その使命を全うすることがイエスの力の源だったんですね。
これは私たちにも当てはまることだと思います。
今日の一日の心地よさはそこから来ているのだと思いました。
御心を行い、使命に生きる。そこに力の源があるんだなあ、と思います。
明日も、そのような一日となるように祈りつつ、明日の8時教会集合のために、
休みます。

天のお父様、
私もイエスさまのように、
あなたの与えてくださった使命に生きるときに、
力がわいてきます。
どうか、日々の歩みをお守り下さり、
あなたの与えられる使命をしっかりと見つめながら、
歩む者としてください。
他のことに目が奪われることがありませんように。

2006-06-08

神が授ける言葉

今日も結構雨が降りました。
昨日は約30ミリの雨が降ったそうですが、
今日もそれくらい降ったのでしょうか?
でも、今日より明日、あしたよりあさっての方が天気がよくなっていくようです。
完全に回復するのは日曜日だそうです。

でも、何とか土曜日はrain freeであって欲しいと思います。
何て言ったって教会初のバザーですから。

冷たい雨で、野菜の生育も足踏み。
ただ、レタスだけはこの天気がいいみたいで、やたら元気みたいです。
毎朝、子ども達のサンドイッチのために数枚摘んでいますが、
十分足りています。

今日の聖書はルカによる福音書21-24章です。
ルカによる福音書が最後まで行きました。
その中で心を捕らえた言葉が、
「どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたに授ける」
という21:15の言葉です。

言葉も、神様が与えてくださる。
そう感じるときがあります。
自分が語っているのではない、
神様が語らせてくださっているんだなあ、と思うときがあります。

一生懸命勉強します。
一生懸命説明します。
でも、人が神を知るようになるのは、
神様ご自身がその方に触れてくださるとき。
それは私の短い牧師としての働きの中でも、
知ることができます。

だから、この言葉はものすごい励ましです。
「私が言葉を与えるから・・・」
だから恐れなくていいです。
だから、落ち込まなくていいです。
主が用いてくださるから、
主が言葉を与えてくださるから。

主よ、
あなたの約束に心から感謝します。
あなたの言葉を与えてくださることに感謝します。
どうか、私に与えてください。
あなたの与えてくださる言葉を語らせてください。
そして、一人一人の心に語ってください。


2006-06-07

神をどんな方だと思うか

ムジナ、みなさん知っていました?
何だと思っていました?
(ってしつこい?・・・でも知りたい。)

今日は本当に冷たい雨でした。
一日15度。パターン的に、もしもこれが冬だったら「大雪」のパターンでしたね。
なんだか天気がおかしいです。
この傾向、20日頃まで続くみたいです。
そして、それからやっとパターンが変わって、夏らしくなるような・・・。

もうあと2週間で「夏至」。一番昼間が長い日がやってきます。

明日はもう少し持ち直して、一時雨くらいで、気温も20度くらい。

土曜日は20-30パーセントの雨の確率ですが、
何とか、雨が早く通り過ぎて、
朝から「大丈夫!」って天気になって欲しいものです。

今日読んだのはルカによる福音書14-20章。
やっと一気に進みました。
その中で心に留ったのは、
19:22「その言葉のゆえにあなたを裁こう」というたとえ話の中の主人の言葉。
裁かれる僕は、主人が蒔かないところから刈り取り、散らさないところから集める酷な人、
だと思っていた。
そしてびくびくしていた。
逃げていた。
そして、主人からあずかったものをしまっておいた。

そして、主人に面と向かって言った。
「あなたは蒔かないところから刈り取る人だから・・・」と。
その時主人が言った。
「あなたの言ったようにしよう」と。

神様をどんな方だと受け取るか、
どんな方だと見るか、
それによって私たちの歩みが決まってくる、
私たちが「神様は厳しい方で・・・」と思っているならば、
それを恐れて生きる生き方しかできなくなる。
でも、私たちは知っている。
神様は私のために、私たちの罪のために、
ひとり子さえも与えてくださるほどの、
大きな大きな愛をもっておられるお方なのだ。

そのことを信頼していこう。
そう、「信頼」。
この僕は主人を信頼していなかったんだね。

信頼していこう。主のなさることはいつも最高のことなのだと・・・。

主よ、あなたの最善を信じます。
あなたがいつも私を愛し、
私に最高のものを、
私に必要なものを与えてくださる方であることを信頼します。
ですから思いっきり、歩むことができますように、
思いっきり生きることができますように導いてください。

2006-06-06

求めなさい

今日は2006年の6月6日だったんですね。
「666」ということで、
朝7時前に教会に行く車の中でニュースをつけたら、
そんなことをやっていました。
これは聖書の黙示録に、世の終わりに起ることとして、
666をシンボルとする反キリストの勢力が、
世界を支配して、従わない者は買い物もできなくなる、
と預言されていることから来ています。

この666をどう理解するかですが・・・諸説あって、
どれも決め手を欠いて、何とも言い難いです。
とにかく意味はこんな感じです。
聖書では7が完全数、神の数字です。
で、それに1足りない6は神に近いが神でない、という意味で、
一番危険な存在なんですね。
だから、立派な人間、カリスマ性のある指導者、人々から賞賛されるリーダーが、
神に取って代わろうとしていくようなイメージです。
具体的に誰か、それはまだこの世に登場していない人物だと、私は理解しております。

私自身、どんなことを考えて一日を過ごしたかというと、
私は全然、そんなことを意識しておりませんでした。
朝は教会に行ってお祈りして、
いつものように午前中は人にお会いして、
午後は事務や電話や勉強をしておりました。

「もし明日、世の終わりが来ても、私は今日もりんごの木を植え続ける」
という言葉があって、何年か前にドラマで紹介されたり、どっかの知事さんが紹介したり、
ということがありましたが、(一説にはルターの言葉とも・・・)
666だから、と大騒ぎすることよりも、
今日が自分にとって最後の日であっても、後悔しないような、
今日を送ることの大切さを思わされます。

今日は天気予報が外れて、
午後少し雲が広がってきた、くらいでした。
最高は25度。ちょうどよかったです。
東の方が「どんより」感が強かったかもしれません。
レーダーを見ると、東から西に雨雲が入ってきています。
明日はやはり雨になるでしょう。

そして、今日になって、土曜日に、
「一時にわか雨」という予報が出始めました。
バザーの一部は外でやりたいので、
これは痛い。
ちょっと降る、というのは一番大変、
「大丈夫だと思って外に出したと思ったら、降ってきた」
というのが一番混乱しますからね。
明日以降、この天気予報が変わっていくことを願います。

火曜日の夜は
こちらのフジテレビの日本語放送では、
10:30から日本語の使い方の間違いを指摘したり、
知らないで使っている言葉の意味を教えてくれたりする番組をやっています。
朝1時間、夜1時間の日本語放送ですから、
「日本にいたら絶対見ないよね」みたいな番組もついつい見てしまったりします。
それでも、「これはもう見ない方がいいや・・・」という番組もあります。
でも、火曜日は、基本的に、勉強になる、と思って余裕のある限り見ています。

でも、今日の放送には頭に来ました。
クイズの問題に不正解だった人たちに、子ども達が
「バカだ」「しょうがない」「こんなのもできないの」と
バカにする言葉をかけていきます。
番組の本筋とは何の関係もない演出です。
いや、正しい日本語を伝えよう、ということを番組が意図しているなら(いや、ただの娯楽番組かな)、
何でこんなことを企画するのかと思いました。
そして、どうしてこんなことを子供にやらせるのかと・・・。
出演している子ども達の心に何が残ると思っているのでしょうか?
番組を見た子ども達に、どんな影響があるか考えないのでしょうか。
冗談だからいい、ということなのでしょうか?
たぶん、学校でもこんなことが半分冗談で、でも半分本気で、
やられる方の子の気持ちなんかあんまり考えないで、
「冗談だからいいでしょ」というノリで、なされているんでしょう。
マジで頭に来ました。
その番組をわざわざNYにまで持ってきて、
一日2時間だけの日本語放送の中に組み込むことの意味は何なんでしょう?
日本だったら、「くだらない」と言って、チャンネルを変えるでしょうが、
こちらでは、一日の中のたった30分の日本の娯楽番組。
だから、是非いいものを送って欲しいですよね。
ま、こんなところでなんだかんだいっていないで、直接伝えた方がいいですね。

まあ、それはそれとして、
今夜の我が家の会話から、日本語の問題。
「同じ穴のムジナ」という言葉があります。
この「ムジナ」って何かわかりますか?
多分動物だとは思っていました。
でも、私の頭の中では、「ウツボ」や「ムーミンに出てくるニョロニョロ」みたいな、
細長くて、穴から顔を出している動物、というイメージが焼き付いていました・・・。
全然違うんですね。
皆さん、知っていました?どんな動物だと思っていました?

なんだか、長くなりました。
今日の朝読んだ聖書から。
今朝はルカによる福音書10-13章を読みました。
その中で心に留った言葉は「求めなさい。そうすれば、与えられる」
という11章9節のイエスの言葉です。
願うことと求めることは違う、と思います。
求めることはやはり言葉にして、神の前に祈ることだと思います。
心で願うだけではなくて、
ただ、黙って「こうなったらいいな」と念じるだけではなくて、
口に出して、言葉にして神の前に祈ることだと思います。
そのためにはやはりある程度の「時間」をとって祈ることの大切さも思います。
今日は「求めなさい」と言われたのだから、求めて祈ろうと思いました。
13節にあるように「聖霊」を求めて祈ろうと思いました。

神様、
求めます。
聖霊を私のうちに満たしてください。
聖霊様によって導かれて歩んでいくことができますように。
必要なものを与えてください。
経済的なものだけではなくて、
人の力も、能力も、才能も、一つ一つ必要なものを与えてください。
でも、それ以上に、何よりも、あなたの導きに従って歩むことができることを、
与えて下さい。

2006-06-05

ただ、お言葉を下さい

今日は久しぶりに太陽を見ました。
一日雨が降りませんでした。
最高気温は24度くらい。
朝は14度くらいです。
なんかまるで梅雨ですね。
明日からまた不安定なようです。
でも、教会バザーがある土曜日の予報は晴れ。
それで暖かくなりそう。
当たって欲しいです。

今日はルカによる福音書7-9章を読みました。
心に留った言葉は、7章7節。
でも、これは圧倒的に、口語訳の方がいいです。
「ただ、お言葉を下さい」
イエスさまが来てくださったら、どんなに心強かっただろうか、
でも、この人は「おいでいただかなくても大丈夫です、ただお言葉を下さい」
と言いました。
私たちもそうです。
イエスさまが目に見える形で来てくださったら、
さわれる形でともにいて下さったら、と思います。
でも、お言葉があればいいのです。
ただ、主が聖書を通して、私たちに語ってくださればそれでいいのです。
昨日経験したことですから、これは確かです。
「ただ、お言葉を下さい」
私に対する語りかけとして、聖書の言葉が響いてくる、
そういう経験を求めていこう。

主よ、
お言葉を下さい。
あなたが来られなくても、
あなたが感じられなくても、
ただ、お言葉を下さい。
それがあれば、大丈夫です。
ただ、聖書のお言葉が私への言葉として語られる、
その経験を与えてください。

2006-06-04

侮辱する者のために祈れ

今日は夕方までは何とか天気が持っていましたが、
9時頃からまた雨。
明日からはもう少し持ち直して、
温度が上がるようです。

注目の今週の土曜日、教会バザーの日の天気ですが、
どの天気予報も「晴れ」を出しています。
温度も高すぎず低すぎず。
絶好のバザー日和になりそうです。

今日、また一つ歳をとりました。
今年は特に、神様に感謝したいと思いました。
また、両親に感謝したいと思いました。
両親が自分を喜んで迎えてくれたこと、
神様がこの世に送り出して下さったことに
心から感謝したいと思いました。

なんだか、誕生日は誰かに祝ってもらう日ではなくて、
感謝をささげる日なんだなあと、そんな気持ちになりました。
そして、その気持ちを忘れないうちに伝えようと思いました。
具体的に表したいと思いました。伝えたいと思いました。

今日はルカによる福音書6章を読みました。
今日の礼拝の聖書箇所とその続きです。
その中で一つの言葉に捕まってしまいました。
いえ、本当にズドンと、語られてしまいました。
そして7章に進めなくなってしまいました。
「あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい」
という28節の言葉です。

祈りました。
平安が来ました。
それで十分です。
本当に十分です。
感謝。

主よ、
あなたに感謝します。
あなたが私に語ってくださったことに心から感謝します。
これからも御言葉によって私の心を守ってください。

2006-06-03

お言葉ですから・・・

外は・・・今日も雨・・・って感じです。
別に雪には変わりませんが、
3日連続の雨、そして、今日は日本の梅雨のような、
しとしと冷たい雨です。
よく降りますね。
昨日のようなfloodの心配はないようですが・・・。

暑いのが好きな野菜、
涼しくて雨が降るのが好きな野菜、
いろいろあるでしょうが、
レタスとかは、本当に元気です。
柔らかい葉っぱがピンと立ち上がっています。

カメラが帰ってきたので、
ちょっと写真を撮りました。
ずっと芽が出てこなかったミツバが芽を出して、
やっと本葉が開いて、
「ミツバ」だとわかるようになりました。

そしてこちらは赤じそ。


昨年、苗をいただいて種を取って、
それを蒔いたのですが、
ちょっと青じその遺伝子も混じっているようで、
青い部分も残っています。
できる限り、青い部分が少ないものを残していけば、
来年あたりは、かなり純度の高い赤じそになるのでは・・・と思っています。
どうかな。

今日は朝の祈り会、
そして、一日電話をしたり、
書類を作ったり、
たまっていた仕事をしたりしていました。
そして、もう一つ、JOYJOYキャンプのための工作のサンプル作りをしました。
JOYJOYキャンプのモットーは、
上級生の子でも、元気な男の子でも、
楽しめるキャンプです。
教会のキャンプはどうしても、
おとなしくお話を聞いているようにさせたり、
工作も聖書の御言葉が入った写真入れを作ったり、
おとなしめの子でなければいられないようなプログラムが多いように思います。
私が自分自身教会で育ってきて、
そのように思いました。
そして、友達を誘いたいとは思えない・・・。

それを打ち砕いて、
教会のキャンプはとってもエネルギッシュで、
とっても楽しくて、キャンプが終わったら、疲れて寝てしまう、
みたいな印象を持って頂けたらいいなあ、と思っています。

でもやっぱり、一番大切なのは、
その中で神様の愛を伝えること。
私たちの力を超えた神様の力が注がれますように。
明日もミーティングあり。

今日はルカによる福音書1-5章を読みました。
その中にあった言葉。
「しかし、お言葉ですから・・・」
ペテロがイエスから、「沖に出て網を下ろしてみなさい」という言葉を言われたときの返事の一部です。
「しかし」の前にはペテロの常識がありました。
ペテロの「一晩がんばったけど、ダメだった」という経験がありました。
「私たちは漁師ですよ」という漁師としてのプライドがありました。
でも、イエスに言葉を語られて、「しかし・・・」と続けて、
従いました。

そこに「大漁」がありました。
私もこの大漁を見たい、と思いました。

私の常識も、
私の経験も、
私のプライドも、

御言葉の前に、
神様の御思いの前に、
投げ出して、
神様の御思いに従っていきたいと思いました。

神様、
「大漁」を見せてください。
あなたの御言葉に従って参ります。
あなたの「大漁」を見ることができますように。
明日の礼拝も「大漁」の時としてください。


実を結ぶ生活

今日はまたすごい雨でした。
昨日は「雨が降って助かった」という感じでしたが、
今日は「大丈夫かな」という雨でした。
NYでは交通機関や道路が大混乱のようです。
そして明日の昼頃まで大雨に注意が必要なようです。
そして、今日までは蒸し暑かったのですが、
明日は涼しい雨になるようです。

今日は朝と夜に集会、
午後は日曜日の礼拝の準備です。
日曜日の礼拝の説教は英語への通訳が入ります。
今回は息子が通訳をしてくれます。
まだ完全原稿が必要なので、
完全原稿を準備しています。
今日の午後はそれをしていました。

今回日本からカミさんが持ってきてくれた荷物の中に、
親父さんの本があります。
自叙伝とでも言うもの。
親父さんも牧師でした。

身内のことをこんな風に言うのは日本ではタブーなのかもしれないけど、
苦労した様子、でもその中でも真剣に神の前に出て祈り、
そして解決をいただいたこと、
ながーい時間のあと解決をいただいたことなどが、
書かれています。
読みながら、自分はこのように真剣に伝道しているだろうか、
真剣に人に接しているだろうか、
真剣に神に向かっているだろうか、
と思わされました。

親父はカリスマ性があるわけでもなく、
器用な方でもない、と思いますが(ゴメン、親父・・・)
よく、朝とか、土曜日の夜とか祈っていたよな、
と思い出します。
派手な牧師ではないけど、尊敬しております。
同じ牧師として働かせて頂いて、
初めてわかります、やっぱ、ただもんじゃなかったよな、・・・って、現役だけど。

今日はマルコによる福音書11-16章を読みました。
心に留ったのは11章の実のならないイチジクが枯らされてしまうところです。
実のならないものは枯らされてしまう、
ちょっと怖いような、襟を正させられるような、そんな思いがしました。
本当に自分は実を結んでいるだろうかと、思いました。
そして、ガラテヤ5章22-23節をもう一度思い出しました。
「御霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、 柔和、節制です。」
聖霊様が実らせてくださる。
それを待ち望みたいと思いました。
そして、私の日々の歩みが聖霊様に導かれ、守られていきますようにと祈りました。
実を結ぶ木となりたいと思いました。

神様、
私が実を結ぶ働きができますように。
聖霊の実を結ばせてください。
愛を与えてください、喜びを与えてください。
一つ一つ、実を結ばせてください。
あなたの御手の中で歩ませてください。

あなたが私のような者をも喜んでくださることに感謝します。

2006-06-01

もしできれば・・・と言うのか?

今日は久しぶりに雨が降りました。
ちょうどJFKから帰ってくる途中、
ラガーディアの前を通っているあたりが一番すごい降りでした。
芝生も大喜びのことでしょう。

今朝、イチゴ第1号が実りました、が、
食べるとのどがかゆくなってしまうので、
ためて、ジャムを作りたいと思っています。
問題は、冷蔵庫にためている間に、誰かに食べられないかです。
食べられてしまうかも・・・。

何を隠そう、JFKに迎えに行ったのは、
カミさんと一番下の娘でした。
10日間だけ帰省しておりました。
日系の航空会社のマイレージは一定期間を過ぎると
チャラになっちゃいますよね。
で、去年の末に義母を呼び寄せようと思ったのですが、
飛行機になれてない義母がこの年になってNYまで来るのはさすがに難しく、
無駄になる前にこちらから里帰りをするチケットに換えたというわけです。
何はともあれ、無事に帰ってきてくれて、何よりです。

飛行機が着いたのが午後7時20分頃、
出てきたのが、8時頃、
家に着いたのが9時10分頃、
カミさんが、「レーナ・マリヤさんのコンサート行きたいなあ・・・」と申しましたので、
じゃあ、と車に飛び乗り、安全運転でとばして着いたのが9時50分。
レーナさんの最後の曲の直前でした。
一曲だけでも聴けてよかったです。
でも、感想を申し上げることができるほどは聞いていません。
残念でした。
どちらかというならば、新しく建てたという教会堂を拝見し、
韓国語教会なのですが、日本語礼拝をしている牧師チョー先生にお会い出来たことが、
収穫でした。

今日読んだのはマルコによる福音書9-10章です。
心に留ったのは、9章23節のイエスの言葉。
「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる」というイエスの言葉です。
子供が悪霊にとりつかれていて、苦しんでいるお父さん、
子供を何とか解放して欲しいとイエスのところに連れてくるのですが、
その中で、彼は「おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助け下さい。」
と願う。その時にイエスが答えて言われた言葉です。

「できれば・・・」ということは神にとってはあり得ない。
何でもできる。
「御心ならば・・・」が正しいのだろう。
でも、実際の私たちの歩みの中で、
「御心ならば」よりも「できれば」という思いの時もあるのではないだろうか?
本気で神様にとっては不可能なことはないと信じているだろうか?
「信じます。信仰のない私をお助け下さい」と私も祈りたいと思った。
信じよう。そして、主にとっては不可能なことはない、と信じて歩もう。

主よ、
あなたには何も不可能なことはないと信じます。
信仰のない私を助けてください。
明日の集会の一つ一つ、
そして、明日出会う方々との会話の一つ一つをお守り下さい。

2006-05-31

聖霊のバプテスマ

今日は昨日よりずっと涼しかったです。
特に午後からはぐんと温度が下がりました。
今、夜の10時半ですが、外は19.3度。最高も30度止まりでした。
日曜日から昨日までの暑さはさすがにきつかったです。
夏ってもっとすごいんですよね。
夜でも30度くらいあったりする時がありますから。

昨日のねぎ作戦も、
今朝見たら、もうねぎが根元からほじくられているものもあるし、
28本で始まったトウモロコシも20本くらいにまで減ってきて、
いよいよやばくなってきました。
時間ができたら、杭を買ってきて、ネットを張ってとやるのですが、いつになることやら・・・。
ま、あまり熱くならないように、落ち着いて、落ち着いて。

夕方、延び延びになっていた芝刈り。
前だけ。うしろの分は時間とガソリンが足りなくて、また今度。
ウサギが芝を食べてくれるといいのですが・・・。

明日は雨の予報が出ています。
30-50%くらい。たぶん雨です。
あさってはもっと雨の確率が高くて、
きっと雨です。水やりがサボれそうです。助かります。

今日は午前中と夜、人にお会いして個人的に話をしました。
それぞれ楽しい一時です。
「楽しい」は単に楽しいお話をするのではなくて、
何て言ったらいいのでしょうか、普通の会話の中ではできないような、
神様のこととか、心のこととか、話ができるのが、
とても楽しいときです。元気が出ます。
明日の朝は集会があります。
そこでお会いする人たちとも、
ただ「楽しい話」だけではなくて、
互いの心の琴線に触れるようなお話ができればと願っています。

今日はマルコによる福音書1-8章を読みました。
その中で心に留った言葉は、
「わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」
というバプテスマのヨハネの言葉。1:8。
「聖霊のバプテスマ」この言葉は特別なグループの中で使われるようになってしまっているけれども、
正真正銘、聖書の言葉なんですね。
水による洗礼は、罪を洗い流し、古い自分に死んで新しい自分に生きる、
ということを表している。
では、聖霊による洗礼、は何だろうか?
使徒行伝の2章の出来事を見ると、
勇気が与えられ、言葉が与えられ、力が与えられること。
本当に欲しいと思いました。
私も聖霊によってバプテスマを受けて、
勇気と、力と、言葉が与えられて、歩んでいく、そのような歩みをさせて頂きたいと思いました。

神様、
今日の一日をありがとうございます。
一つ一つの出会いを感謝します。
どうか明日の集会のためにもあなたの力を下さい。
あなたの祝福を満たしてください。
そして、とても幸いな一時となりますように。
聖霊の洗礼を与えてください。
力と勇気と、言葉とを与えてください。

2006-05-30

神の御心を求めて

今朝、庭に出たら、
一匹のやせたウサギと一匹のまるまる太ったウサギとが、
朝ご飯の最中でした。

それで気がつきました。

うちの裏庭は、野菜を育てたいので、
雑草を枯らすような薬は一切使っていません。
それで、芝生と雑草が共生しています。
その雑草がウサギ君達の格好のえさなんですね。
そう、うちの裏庭は、動物たちのえさ場になっているのです。

それで、「人がいる気配」がする日は、そうでもないのですが、
日曜日のように、人のいる気配があまりなくなってしまうと、
奴らは、我が物顔で、庭で葉っぱ食べてるんですね。
それで、野菜を見つけて、「あれ、こんなところにこんなものがある・・・」となって、
もしかしたら、情報交換してるのかなあと思うくらいです。

冷蔵庫の中でしなび始めたねぎを植えておきました。
いつもだったら、食べて、残った根っこだけを植えるのですが、
まあ、十分しなびてるので、あんまり食べるところないだろう、
とそのまま植えてしまいました。

それから、今日は、アブラムシ退治にも本格的に乗り出そうと、
気になっていた、「テントウムシ」を購入。
庭に放しました。
ちょっと容器を開けたら、出てくる出てくる。
手にも頭にも上ってきます。
ちょっと開けて、また閉めようと思ったのですが、
とんでもない。
閉める隙がないくらい、うようよと出てきます。
虫の苦手な人は、絶対に無理です。
でも、きっとむしゃむしゃ食べてくれます。ありがたいことです。

それから、雨。
どうして降らないんでしょうか?
昨日は東側で降って、今日は西。
昨日も、そして、今日も水まきをしなくていいと思ったのですが、
見事に二日連続ではずれました。
暑かったです。33度。
明日の朝は水まきです。
でも、ちっぽけなことで文句言っていますよね。
人生にはもっと大切なことがある。そう。こんなことで文句言ってはならない。
ですよね。

今日、明日と集会はありませんが、
個人的にお会いする方々が何人か。
これが本当に大切な時だと思っています。
明日お会いする方々ともよい学びの時が持てますように。

今日はマタイによる福音書22-28章を読みました。
一気にマタイによる福音書を読み終えました。
あまりの展開の早さに、また、ゆっくり読む時を持ちたいと思いました。
そんな中で、今日、心に留ったのはイエスのゲッセマネの祈りの言葉です。
「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。」26:42の言葉です。
イエスは祈りの中で、ただ、父なる神の御心を求めた。
自分の模範とさせて頂きたいと思いました。
自分の願いではなく、自分の思いではなく、
神様の御心を求めていきたいと思いました。
昨日も書いたけれども、
自分の夢を持ち込むのではなくて、
神様の御心を待ち望んで、
従って歩んでいきたいと思いました。
時々、「そうは言ってもなぁ」という思いになるのですが、
今日はなぜか不思議と、素直に「御心を求めよう」とそのまま思いました。

神様、
あなたの御心はどこにあるのでしょうか?
何を私に求めておられるのでしょうか?
自分の願い、自分の夢、自分のこだわり、ではなくて、
あなたの御心を行う者でありますように。

2006-05-29

自分を捨てて

今日は、また暑かったですねえ。
いやー、夏ですよ。
我が家の温度計での最高気温、35.5度!
場所によっては雷雨もあったようですが、
うちの方は素通りしました。
今も11時ですが、24度もあります。
熱帯夜の季節がやってくるのでしょうか?
天気予報では「暑い」のは明日までで、その後は
「平年並み」の気温に戻るみたいですが・・・つまり、最高が25度くらい。
まあ、それだったら、いいですがね。

土曜日に植え付けた、コーンですが、
毎日いたずらをするやつがおります。
犯人はわかりません。
根元を掘り返す奴。毎日、何本か、掘り返されていて、
ダメもとで、もう一回植え付け直しています。
あと、芽を食べる奴。
これはもう許し難いです。
コーンはイネ科ですから、また真ん中から生えてきそうな気もするのですが、
ダメかもしれません。
今日、まるまる太った野ウサギがおりましたので、
追っかけ回して、追いだしてやりました。これに懲りて、寄りつかなくなればいいのですが・・・。

近所で、「全然動物の心配はいらない」という方もおられるのですが、
うちはこれから、グランドホッグ、チップモンク、野ウサギ、そしてリスとの闘いの季節です。
去年はそれがストレスで(たぶん)不整脈まで出てしまいましたからねえ。
今年は、「ケ・セラ・セラ」スピリットで、熱くならないように、なるようになれ、と大きく構えたいと思います。

あと、今日、小かぶが
2-3センチくらいになって
ちょっと窮屈そうなので、7-8本間引きをしました。
漬け物にしています。食べるのが楽しみ。

で、今日の聖書。
マタイ15-21章を読みました。
心に留ったのは、
16:24の「私に従ってきたい者は、自分を捨て・・・」という言葉です。
「信仰はがんばることではない」と日曜日に礼拝で語りました。
でも、「好きなことをすればいい」ということでもありません。
反対に、「自分を捨てる」ことなんですね。

でも、また「がんばる」ことは、
「自分を捨てる」ことと正反対のような感じがします。
先日、そうだなあ、と思った文章を「百万人の福音」という
クリスチャンの雑誌の中で見つけました。

「コミュニティーに対する自分の夢を愛する者は、コミュニティーを壊し、
兄弟(仲間)を愛する者は、コミュニティーを生きる」
ボンヘッファーの言葉だそうです。

9年前、私がJCCNJの牧師になるときに、
「自分の野望をこの教会で実現しようとしていないか」と疑う方々がおられました。
その時に、私はそんなことはない、と反発をしましたし、そんな気持ちもなかったと思っていました。
神様が尻込みする私を励まして、立たせてくださったと今でも思っています。
でも、「コミュニティーに対する自分の夢を愛する者」という言葉にはどきっとします。
今でもその危険をはらんでいると思います。
そして、それを別の言葉では「野望」というのでしょう。
だとすると、9年前のあの方々の言葉は正しかったのかもしれません。

ですから、「自分を捨て・・・」ということは、自分の「教会はこうあるべきだ」というこだわりのようなものも、捨てることなのか、と思わされています。
そして、イエスが「私が、私の教会を建てる」と言われた、教会に仕えていく者でありたいと思います。

主よ、
私はあなたに従います。
ですから、私は、
「自分を捨てる」ことにします。
それがどういうことなのか、日々の歩みの中で、
教会の歩みの中で教えてください。
あなたの与えられる十字架を喜んで背負う者としてください。

2006-05-28

私たちのうちにある神

今日は暑かったですね。
32度まで行きました。
でも助かるのは、夜になると涼しくなること。
今は9時半ですが、21.6度です。
明日も暑くなるようです。

明日はアメリカはメモリアルデーでお休み。
牧師は大体月曜日お休みをいただいているので、
何かちょっと損をしたような気分なんですが、
まあ、子ども達と休みが一緒になるだけで、いいですよね。

庭の芝刈りとか、買い物とか、いろいろたまっております。

今日の礼拝は補習校の運動会のせいもあって、
また連休ということもあって、
また日本に行っている人たちもちょっといて、
いつもよりも少なかったですが、
それでも、とてもいい「礼拝」でした。
神様の前に「礼拝」をしている、という感じの礼拝でした。

今、シカゴではJCFN(Japanese Christian Fellowship Network)の
中西部地区の集まりを二泊三日でやっています。
昨年、講師としてお招き頂き、お伺いしました。
とても、幸いな、一時でした。
特に中西部の皆さんがその集まりを本当に楽しみにしておられる姿に、
励まされました。
今、やっているんだなあ、と一年前のことを思い出しています。
そして、今やっている集会の祝福を祈っています。

今晩はちょっと久しぶりに早く寝ることができそうです。
さっき、7時頃に、テレビを見ながら、ウトウトしていました。
まあ、あまり早く寝てしまうと、「早く目が覚める」という危険性もあるのですが・・・。

今日はマタイ10-14章を読みました。
心に残った言葉は、
10:20の言葉です。
「実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である」という言葉です。
自分が語るのではなく、主が語ってくださる、そのように信じています。
実感としては、「話しているのは自分なんだけれども、それを通して、一人一人の心に語りかけてくださるのは神様」という感じです。
その経験をまたさせて頂きたいと思いました。
自分が語っているんだけれども、その人に届かせてくださるのは神様。
だって、自分の言葉が人の心に届くなんて、それはわからないから。
それは信じられないから。
神様が語ってくださっているんだと思う。
そうでなければいけないんだと思う。

主よ、
私のうちにおいで下さい。
そして、私が語るときに、
あなたが語らせてくださって、
あなたが、語ってくださいますように。
あなたが人の心に触れてくださいますように。

「あなたのことをずっと考えていました。」

そんな毎日となりますように。