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2016-04-26

神の大きさ。

昨日ひさしぶりにアップするまで、しばらく更新していませんでしたが、
その間にあったこといくつか、ご紹介。


3月の初めに、NJの南の方の海岸での祈りのリトリートに行ってきました。
ただ、ただ、祈り、讃美歌を歌い、聖書を開き、を繰り返す3日間。

2日目の朝、大西洋に面する海岸に行ってきました。
少しずつ明るくなる空。

水平線の上に浮かんでいる雲の中から、高いところにある雲から明るくなっていきます。


そして、しばらく経つと、低い雲の一部が輝いていきます。


そしたら、突然、水平線の上に輝く線が現れました。


そして、丸くなっていって、


きのこみたいになる。


そしてこんな感じに朝になる。


雲が少しずつ明るくなるのも感動しながら見てきましたが、
3枚目の写真の時に、水平線に一本の輝く線が現れた時には本当に感動しました。

考えてみたら、水平線から昇る太陽、あんまり見たことなかったんでしょうね。

そして、これが、自分が気が付かない時もいつもいつも起こっていたと思うと、不思議な感じがします。

神様のなさることもそうです。

私が気が付かない時も、神様は御業をすすめておられるんですね。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書20:41-47。

「このように、ダビデはキリストを主と呼んでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子であろうか」44節。

人々は救い主キリストを「ダビデの子」と呼んでいました。
それは、ダビデのような王というイメージにイエスを閉じ込める危険がありました。
それで、イエスはご自身がダビデの子である以上に、ダビデの主であることを明らかにされたのです。

私たちは神様を、自分のイメージの中に閉じ込めていないか、そう思わされました。
神様は私達の考えを超えた方、私達の想像を超えた方です。
神様がなさることを自分の考え、自分の頭のなかに閉じ込めないようにしたいと思います。

神様、
あなたは私の考え、私の想像を超えた方です。
あなたのなさることの大きさを見ることができますように。
私があなたのなさることをリミットしないようにしてください。

2016-02-05

単純に信頼する。

昨日、予想していた雪。
昨日の午後の段階では、1−2センチだった予報が、夜には5−15センチになっていました。
わたしの予報をアメリカの海洋大気圏局が真似してきた感じです。

今回はバッチリあたってよく降りました。


今回はニンジャマンが計測してくれました。


湿った雪だったので、顔が埋もれてしまいました。
そして、ものさしもはっきり見えません。

近くに寄ってみましょう。


なかなかはっきり見えないのですが、
よく見ると、数字が上の方が小さくて、下の方が大きいです。

ダメじゃん。上下逆さまじゃん。

ということで、5-10センチくらいかな。(笑)



湿った雪は、ビショビショになるので、外に出るのはちょっと嫌ですが、
枝が白くなるので、中から見るのにはきれいです。

午後には随分融けてきていますが、ボストン方面は随分降っているみたいです。

次の雪の可能性は月曜日から火曜日。
これは予報が難しそうで、日曜日にならないと、はっきりしないみたいです。

さて、今日の聖書。
今日はルカ7:24−35

「あなたがたに言っておく。女の産んだ者の中で、ヨハネより大きい人物はいない。しかし、神の国で最も小さい者も、彼よりは大きい。」28節。

これは、どんな意味なのか、とてもむずかしい言葉ですが、
「神の国」を「神の愛の支配」と言い換えると、
偉大な人物であるバプテスマのヨハネの人間としての立派さも、
神の愛の中に生きる者の祝福の前には、小さなことなんだということかと思います。

それほど、素晴らしいものをあなたがたは受けているのだよ、ということです。

この後には、人々に対して、単純にその神の恵みを受け取りなさい、と語っている文章が続きます。

神様から差し出されている愛の支配。
それを単純に信頼して、そこに飛び込むこと、それが祝福なんだな。

神様、
あんまり難しいことを考えないで、
単純に、本当に単純に、あなたの差し出してくださっている恵みを「ありがとうございます」と受け取ることができますように。


2016-02-04

つまずかない・・・。


さて、昨日は、今日の昼頃まで雨がすっかりはやまない、と申し上げたのですが、
見事に外れて、昼前にはすっかり上がっています。

これは今朝10時前の教会の裏の通りを東向きに坂道を下るように見たところ。



朝6時頃はまだ小雨が降っていて、「お、当たるか!?」と思ったのですが、すっかり上がりましたね。

今日は朝から10度C以上。本当に穏やかな日です。

でも、この後、夜遅くなってから雪。
明日の明け方まで、1−2センチ、と言われていますが、私は大胆に5-10センチを予想。


雨雲は一度東に抜けたのですが、この後西側に膨らみながら北に上がってきます。
西からは冷たい空気が入ってきますので、雨から雪に変わるというわけです。

さて、今日の聖書。
今日はルカ7:18-23

「わたしにつまずかない者は、さいわいである」23節


これは、イエスが救い主だと知っていたはずのバプテスマのヨハネが、
本当にイエスは救い主なのだろうかと、弟子たちを遣わして、イエスに聞かせた時に、イエスが言われたことば。

ヨハネはなんで不安になったのだろう?

イエスはなんでこんなことを言ったのだろう?

それは、やはり、イエスが人々が想像していた救い主とはかけ離れていたからだろう。

わたしも、神に対して、「あなたはこういう方ですよね」と自分の期待する姿を押し付けることがあるのではと思いました。

つまずくというのは、自分の考えている地面の状態と、違ったからですよね。
こうに違いない、という強い思い込みこそが、つまずきのもと。

そして、神様の思いがわたしの考えと違っても、単純に従っていく、そのようなやわらかさを持たせていただきたいと思いました。

かみさま、
わたしはつまずきます。よくつまずきます。思い込みが強いんですよね。
ですから、あなたに対して、もっとオープンな思いで、歩んでいくことができますように。

2016-02-03

勘違いしてないか。

水曜日の午後ですが、
今日は一日雨模様。
気温も高めで、12度Cくらいあります。

大雪の後、どちらかと言うと穏やかな日が続いて、
雪もほとんど融けて、残っているのは雪かきで積み上げたところ。



今日はこの後も雨が続きそうです。
今も、本降りですが、この後、雨が強くなりそうです。


これからレーダーで黄色くなっている発達した雨雲が、こちらに進んできます。

そして、この雨、しぶとく続きそうで、すっきり上がるのは明日の昼頃。
でも、その後、冷たい空気が入ってきて、明日の夜にはまた雪がふるかもしれません。

そして、注目は、来週の火曜日です。1週間先なので、日々予報は変わりますが、10−20センチの雪になるかもです。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書の7:11-17。

「主はこの婦人を見て深い同情を寄せられ、『泣かないでいなさい』と言われた。」13節。

深い同情を寄せられた。
これは「『はらわた』する」という意味の言葉。
人の痛みを自分の痛みとして感じる、という意味。
イエスはこの婦人の痛みをご覧になって、ご自分の痛みとされた。
居ても立ってもいられない思いだった。

イエスの存在自体が、神のみ思いを表している。
神は高いところから見下ろして、私達の闘いや痛みを「大変だなあ」と思っておられるのではない。ご自分の痛みとされている。飛び込んできて、私達と共に歩んでおられる。

「私のことをなんとも思わないのですか?」
こんなに苦しんでいるのに、なんとも思わないのですか?」
「私がどうなっても構わないのですか?」

弟子たちも、イエスの周りにいる人々も、何度も、イエスに訴えている。
嵐の中で、水が舟の中に入ってくる、パニック状態だった弟子たちも、自分一人が頑張って、妹は何もしないことに腹を立てた姉も、イエスに言った。なんとも思わないのですか?

とんでもない。イエスは人となって共に歩んでおられる。

イエス様、
私の痛みも、闘いもご存知でいてくださるからありがとうございます。
今日は、あなたが、遠いところから、私を批判的に見ておられるような錯覚を感じていました。あなたの語りかけに感謝します。あなたのことを誤解することがないように、守ってください。

2016-01-27

あなたの手を伸ばしなさい。

今日はNYに来ています。
気温も高めで、綺麗な青空です。



でも、NYでは、どうしてこの大きな空を、こんなに小さく切り取っちゃうんでしょうかね?でも、私達からどう見えても、この向こう側には大きな青い空が広がっている。それだけでいいね。

さて、今日の聖書。
今日はルカ6:6-11を読みました。

「その人に『手を伸ばしなさい』と言われた。そのとおりにすると、その手は元どおりになった。」10節。

一週間前にこの箇所のための「日々のみことば」を準備していた時に、イエス様が私達の存在を大切にしてくださり、命を与えてくださるのだということを、安息日はそのようなことのために与えられているのだということを味わって、興奮しながら、感謝していた。

そして、今日読んだ時に、また違うことが語られた。
いや、読んだ時というよりも、読んだあと、家を出て、NYCを歩いている時だった。

「ただ歩くだけではなくて、歩いている間に神様のみ声を聞くことができますように」と祈りながら歩いた。

そこで思わされたのが、今朝読んだルカ6:10のことば。
まてよ、この「手を伸ばしなさい」って言われた人は、手が不自由だったんだ。その人に、イエスは「手を伸ばしなさい」と言われた。そして、その人は伸ばしてみた、伸ばせないのに。そしたら、出来たんだ。
自分はどうだろうかと思った。イエスは、今も、私に「手を伸ばしなさい」と言われている。私のできないこと、無理なこと、ありえないことを指差して、「さあ、その手を伸ばしなさい」と言われている。

神様には何でもできないことはないことを忘れないでいよう。
そして、その方が、私ができない、と思うことをも、させてくださる方だということも。

私もイエスの招きに従って、その手を伸ばそう。

神様、
あなたが手を伸ばしなさい、と言われるときに、
その力をも、与えてくださる方であることに感謝します。
あなたに従っていく、勇気をもって信じ従って行く者とならせてください。

2016-01-25

2016年1月23日大雪。

しばらく更新を休んでいましたが、先週土曜日は本当に多くの雪が降りました。

我が家のあたりでは40センチくらい。
そして、NYCでは60センチ以上、JFK空港周辺では70センチ以上だったそうです。




日々、みことばを読んでいますが、
今年は1回に読む箇所を短くして、ゆっくり味わうようにしています。

さて、更新を休んでいる間の聖書の言葉。

19日の聖書の言葉
「これは、いったい、なんという言葉だろう。権威と力とをもって汚れた霊に命じられると、彼らは出て行くのだ」(ルカ4:36)

イエスの言葉には権威があった。
イエスの権威を頂いて、働かせていただいていることの重みを思わされる。

イエスの権威を経験させていただいて、
その権威を委ねられた者として、仕えていこう。

主よ、
あなたの権威を味わわせてください。
そして、あなたの権威を頂いたものとして、
あなたに仕えていくことができますように。
人々に仕えていくことができますように。


2016-01-08

神との作戦会議。

今朝は-6度Cで快晴でした。
少しずつ冷え込みが緩んでいます。

今朝、きれいに晴れたので、さらに細くなった月が見えました。


何ででしょうかね。
細い月を見るのが難しいからでしょうか。
ポテチのような薄い月が見れるととても嬉しくなります。

明日は新月。

来週は月が夕方の西の空に移動します。

夕方の方がなかなか月を見ることできないですよね。

今日の聖書はルカ2:1-7。
クリスマスのところです。

「客間には彼らのいる余地がなかったからである。」7節。

自分の心の中に、イエス様の居場所はあるだろうか。
本当にそのことを深く探られた。
今日の一日、イエス様をいつも心の中に持っていよう、と思わされた。

そして、今朝の祈りの時は楽しかった。
今までも、何度も「祈り抜いた」という時はあったし、神様と共に過ごす時間は楽しいものだった。
でも、今朝は神様と共に「祈りの課題リスト」を一つ一つ見ながら、作戦会議をしているかのような時間だった。「この方のために、私は何をしましょうか?あなたはどんなことをしてくださいますか?これについては私は何もできないですから、あなたにお任せしますね。」というような。
恥ずかしながら、今まで、「神様はあなたに必要なことは何でもご存知だからくどくど祈るな」という意味が今ひとつ分かっていなかったように思う。「神は全てわかっているなら、祈る必要はないんじゃない?」という質問にうまく答えることはできなかった。
でも、人間同士だって、お互いに共有している情報について、語り合う。神様とだって、お互いに知っていることについて、語り合うのは楽しい時だ。

感謝。

神様、
あなたと共に過ごす時間、感謝します。
どうか、イエス様を私の心の中にいつもいていただくことができますように。

2016-01-07

心に光を受け入れる。

今朝は思ったよりも冷え込んで-8度C。
ちょっと雲もありましたが、明け方、月と金星の競演を見ることができました。


そして、風の弱い朝だったので、7時過ぎに娘をスクールバスのバス停に送りに車を出そうとしていたら、こんな感じ。


今夜は今9時半で、-1.6度C。今夜も風がないので、霜が降りそうです。

さて、今日の聖書はルカ1:67-80。

「また、そのあわれみによって、日の光が上からわたしたちに臨み、暗黒と死の陰とに住む者を照し、わたしたちの足を平和の道へ導くであろう。」78-79節。

私の心にもイエスの光を受け入れようと思った。
今日の1日の歩み一歩一歩において、イエスの光を受けて歩みたいと思った。
そのためには、自分の心を開いて、痛いところも、照らしてほしくないところも照らしていただかなければいけない。

本当に一瞬一瞬イエスの光に照らされて歩む、喜び、そこに与えられる平安を経験させていただきたいと思う。

神様、
あなたの光で私の心を照らしてください。
一瞬一瞬あなたの光の中で、自分を見つめる厳しさに歩ませてください。
そして、あなたの光の中で、喜びに満ちて歩ませてください。

2016-01-06

風と霜

今朝もグッと冷えました。
-12度C。そして、昨日の朝はなかったのですが、今朝は霜が降りました。



霜の結晶が、きれいに見えます。
車に降りた霜なんですが、立っている結晶もありました。

昨日の朝は-13度Cで霜が降りずに、今朝は-12度Cで霜が降りた。
その違いはなんだったかというと、「風」なんですね。
風があると霜は降りません。昨日の朝は冷たい風が吹いていたんですが、今朝はすっかり風がおさまって、静かになっていました。それで霜が降りたわけです。

今夜は今朝ほど冷えないで、今はもう夜10時を過ぎていますが、-4.5度C。
風はないので、また霜がびっちり降りていることでしょう。

今日の聖書はルカ1:57-66でした。

『八日目になったので、幼な子に割礼をするために人々がきて、父の名にちなんでザカリヤという名にしようとした。ところが、母親は、「いいえ、ヨハネという名にしなくてはいけません」と言った。人々は、「あなたの親族の中には、そういう名のついた者は、ひとりもいません」と彼女に言った。』59-61節。

「人々」が出てくる。
人々は、赤ん坊に名前をつけようとする。
エリサベツは「ヨハネ」と名前をつけようとするけれども、
人々は「そんな名前は親戚にはいない」と言う。
人々は「常識」を振り回す。

でも、エリサベツも、ザカリヤも、人々の声に屈しない。

そのような強さを、いや、そのような強さを与えるような神との関係を持っていきたい。

神様、
人の期待やプレッシャーがあります。
「常識」がすべてを支配しようとします。
そんな中でも、あなたの導きを、信頼できるように、貫くことができるように、あなたとの深い関係、強い関係を与えてください。


2016-01-05

冬が来た。

今年も三日坊主になるかなあ、と思いつつ更新していましたが、やっぱり4日目はお休みとなりました。

今年の冬は本当に穏やかで、暖かくて、雨もよく降って、これは昨年の年末の時の写真なんですが、


これはもう、間違いなくナメコでしょう。連日の雨で、ナメコのぬめりもいい感じでした。
2年か3年前にこの隣の切り株にナメコの菌を植えたのですが、なぜか、ここに生えてきています。この株は大晦日の夜に収穫して、年越し蕎麦の「なめこおろし蕎麦」の材料になりました。ちょっとだけでしたけどね。

そんな暖かい冬も2015年と共に過ぎ去り、今朝の最低気温は-13度Cでした。痛い寒さです。

今夜もまた冷えそうです。
今は夕方6時半ですが、-5.5度C。
冬本番です。

昨日、1/4の聖書はルカ1:39-45でした。
マリヤが親戚で、同じような奇跡を経験していたエリサベツを訪問した時の、エリサベツの言葉。

「主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう。」45節。

主の語られることは必ず成就する。
自分はそれをどこまで本気で信じているのか。
このマリヤと同じようにそのように言われる者とならせていただきたい。

主よ、
あなたの約束を信じます。
それがすぐに実現しなくても、あなたの約束を信頼して歩んでいきます。
どうか、語ってください。

2016-01-03

神のしもべとして生きる

今日も氷点下の朝。
でも、日中はそこそこ暖かくなるそうです。

ニュースは今日の夜から。


月曜日、火曜日と一日中氷点下。
そして、次に氷点下脱出は水曜日の予定です。

いよいよ冬本番です。

さて、今日読んだのはルカによる福音書1:26-38
「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」38節。

このことばをゆっくり味わいました。
私は本気で神さまのしもべとして生きようとしているだろうか?
自分の心の奥底まで探られました。

そして、神様は奇蹟をなしてくださると本気で信じているだろうか?
それも問われました。

神様のみ力を本気で信じて、最善をなしてくださる神様を本気で信頼して、
神さまのしもべとして、歩ませていただきたいと思いました。

かみさま、
わたしはあなたのしもべです。
あなたのみこころが、私の人生を通して、表されますように。

2016-01-02

期待して祈る。信頼して待つ。

今朝は久しぶりに氷点下の朝。-2度C。
昨日の夜は星が瞬いていたので、今朝は快晴かと思ったら、薄雲が出て、朝焼けの朝。





今朝はルカによる福音書1:5-25を読んだ。

心に留まったのは、「恐れるな、ザカリヤよ、あなたの祈が聞きいれられたのだ。」という13節の言葉。

ザカリヤは祈りながらも、「もうそのようなことはありえない」と思っていたのだろう。信じられなかった。でも何度も何度も期待が裏切られていたら、そうなってしまう。「神様には、私たちの思いを超えた深いお考えがあるから」っていうことは確かなんだけど、それを、単に「諦め」のように言っていることはないだろうか。

思いめぐらしながら、思い出していたことがあった。

中学校の時にトロンボーンを始めた。学校に、あちこち凹んだ、緑青が手につくような錆び付いた楽器がいくつもあって、それで練習していた。今思うとそれのどこが悪い、と思うのだけれども、その頃、ピカピカのホルンをうん十万で親に買ってもらった同級生が羨ましかった。いつもYAMAHAのカタログを見ながら、いつか、ボクも買ってもらえないだろうかと思っていた。

でも、ある日、どんなきっかけかわからないけれども、親父に直訴した。「トロンボーンが欲しい」と。「無理だ」と言われて、「話も聞いてくれないのか」といじけて教会の三階の塔のような部屋に立て篭ったら、「いくらだ?」と聞いてきたから、「話を聞いてくれるんだ」と思って、「これが5万。でも、これはあまりにも安いので、こちらの9万のはどう?」と聞いた。そしたら、親父の答えは「バカ!」だった。

楽器の値段も想像できない家に生まれたんだと、そんな親父なんだと、本当に悲しくなった。

もうそれで諦めていた。

でも、何ヶ月か経ったある日、久しぶりに伺う家に連れて行かれて「これはどうだ?」と2台のトロンボーンを見せられた。実は親父は音楽のわかる人とか、宣教師の先生に相談して、中古のトロンボーンを探してくれていたみたいだった。そのうちの高い方、2万5千円のCONNのを選んだ。中古だけれども、緑青もなく、凹んでもいなく、明るいスッキリする音が出る楽器だった。

信じられなかった、あてにしていなかった、諦めていた。でも、親父の方は覚えていて走り回っていた。感謝。

諦めではなくて、神様への信頼の中で、「みこころがなりますように」と祈る者でありたいと思いました。

神様、
私の思いはあなたの思いとは違うことは知っています。私の思いをはるかに超えて大きなことを知っています。でも、それは私たちが諦めるべきことではなくて、信頼すべきことであることを教えてくださりありがとうございます。
あなたのみわざを、すばらしいみわざを心から待ち望みます!

2015-05-19

言ってはいけない言葉。

ずーっとおやすみしていましたし、
また、次はいつ更新するか、あまり自信はないのですが、
久しぶりの更新。

今年の春は3月いっぱいずっと寒くて、どうなるかと思っていたのですが、
4月になって一気に春らしくなりました。
でも、また4月の25日の朝には・・・



氷点下1度Cに下がるなど、いつまでも寒かったです。
ここのところ、30度を超える日もありますが、また寒い朝もあり・・・今年の春はどちらかというとひんやりの春のようです。

ちなみに木曜日の朝は8度Cの予報。
お風邪などお召しになりませんように。

昨日の出来事。
近所のスーパーに行った時、
一人の買い物客のおじさんが真っ赤な顔で叫んでいます。
一人の買い物客のおばさんに対して、怒っているのですが、
悲しかったのが、その言葉。

「お前なんか、列車に乗って南米に帰れ!」

周りの人たちの顔色がさっと変わります。
私も、思わず「何だって!?」と声を上げてしまいました。

おじさんは興奮して、何度もその言葉を繰り返します。

最後はお店の人がやってきて、「これ以上その言葉は許さない!」と忠告したので、おじさんは「だってあいつが・・・」と子供のような言い訳をしていましたが・・・。

どんな理由があっても、どんなに相手が悪くても、その言葉はないだろと。

おじさんは白人で、おばさんはラテン系で、おじさんはこの国は自分の国、そして、後から移民してきたあんたたちには同じ権利はない、みたいな先入観を持っているのかもしれませんが、そういうことをいう人がいることが、とっても悲しかったです。

一応、今のアメリカでは人種差別的な発言はアウトですし、昨日も多くの人々が反応していましたが、日本ではどうなんでしょうね。
ネット上で溢れる差別的な発言を見るたびに、本当に悲しい気持ちになります。

さて、今日の聖書。
今日は箴言9章

「あざける者を戒める者は、自ら恥を得、悪しき者を責める者は自ら傷を受ける。あざける者を責めるな、おそらく彼はあなたを憎むであろう。知恵ある者を責めよ、彼はあなたを愛する。知恵ある者に教訓を授けよ、彼はますます知恵を得る。正しい者を教えよ、彼は学に進む。」(7−9節)

愚かな者を戒めるならば、自分が傷つくだけだ、
知恵ある者を戒めるならば、その人は更に知恵を得る、
そのように聖書は語っている。

自分はどちららだろうかと思う。
戒めの言葉、アドバイスや忠告を、自分の糧にできるだろうか?
自分の糧にしてきているだろうか?

そして、これからもそのようにできるだろうか、と。

へりくだって生きる者とならせていただこう。

神様、
私は人の言葉で傷ついたり、怒ったりします。
差別的な言葉は嫌です。
でも、自分はどうだろうかと思います。
自分の心も守ってください。
人の助言を、自分の糧にできるように、へりくだった心を与えてください。

2015-01-07

寒気の底。

さむいです。
今朝は-8度C。
昼間も-5度C止まり。
そして、今夜は-15度Cだそうです。

でも、見てみると去年の今頃も、寒気の底だったんですね。

2日連続で-15度Cレベルの朝で、-18度Cくらいまで下がったのでしょうか。
そして、シャボン玉を凍らせたりしています。・・・去年はもっと元気だったんでしょうかね。

去年の記録。

http://njotenki.blogspot.com/2014/01/blog-post_7.html#more

今夜はシャボン玉とかやろうと思いません・・・。

そんな真冬ではありますが、
ガレージの中では、「黒にんにく」が熟成中です。



2015-01-06

神様を見上げる。

今日は朝から雪。
大したことはないけれども、街はきれいになった。
「雪化粧」という言葉がぴったりする感じ。



今は-7度Cくらい。明日も寒いみたいですが、
明日の夜がぐーんと下がるようで、-15度C。
それを経験してしまうと、

2015-01-05

寒波来るぞ!

今年の冬はここまでのところ、どちらかと言うと穏やかだった。
雪もほとんど降っていないし、
11月に寒い日もあったけれども、-8度Cとかだったと思う。
12月は暖かい日も多く、ナメコだって生えてきた。


でも、今週は寒くなるみたいだ。

2015-01-04

霧の朝。

写真では雰囲気が出ていないのですが、今朝は霧。
昨日の昼頃から3時間ほど雪が降って、一面真っ白になりましたが、
その後雨に変わり、今朝は霧の中、小雨が降っています。

この後、暖かくなって、15度Cくらいまで上がりそうです。(^O^)/

でも、明日からは気温は急降下。
火曜日は小雪が舞い、木曜日の最低気温は-15度Cくらいまで下がる予報も出ています。



今日の「日々のみことば」
今日は創世記の4章を読みました。

「アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。」4節。

私は最高のものを神様に持ってきているだろうか。
最高のものを神様に捧げているだろうか?
最高の時間、最高の情熱、最高の努力、最高のアイディア、最高の集中力・・・神様に、最高のものをささげよう。

気持ちだけではダメ。こうやって「そうしよう!」とことばにするだけでもダメ。

本当に具体的にささげていこう。
最高のものを神様のところに持って行こう!

神様、
最高のものをあなたにささげます。
でも、それも、全て神様、あなたが私たちに託してくださったものですね。
自分が神様のために!とか、おこがましいですね。
神様、わたしの存在をあなたのもとにお返しします。
あなたの思いのままに用いてください。

2014-11-20

神様からの知恵。

寒い日が続いています。
昨日の朝は-7.5度C。ほぼ一日氷点下。
今朝はちょっと緩んで-2度Cくらい。

今日は昼過ぎから風が強くなって、明日も寒くなりそうですが、土曜日からは冷え込みも緩んで過ごしやすくなりそうです。

天気関係のニュースでは、ニューヨーク州バッファロー周辺では大雪になって、場所によっては2メートルの積雪になり、何人かの方々が亡くなるという大変なことになっています。

これはlake effect snowといって、冷たい空気が湖の水蒸気をたっぷり吸って、風下の地域に雪を降らせる現象です。

これが火曜日のエリー湖(五大湖の一つでデトロイトの南、オハイオ州からペンシルベニア州、ニューヨーク州の北のほうにまたがる湖)の周辺のレーダー画像です。




2014-11-18

試練によって得るもの。

昨日は一日雨。
一時は土砂降りで、たくさん降りました。

夜には止んで、冷え込んで、今朝は-3度C。
さぞかし、霜がバリバリに降りているのだろうと、出てみたら、霜は全く降りていませんでした。



2014-11-16

神様からの訓練。

ここ何日か本当に寒い日が続いています。
ニュージャージーの基準では決して寒いわけではないのですが、
東京育ちの自分にとって、氷点下=真冬、という思い込みがあるので、本当に冬だあ、という気持ちになります。




今朝も-2度。