今日は思ったよりも晴れ間が出て、暖かい一日に。
朝から10度くらいあって、昼間は15度を超える展開。
そして、夜の9時でもまだ12度もある。
でも、この暖かさも、今日だけ。
明日の朝には2度くらいまで下がって、昼間も7度くらいまでしか上がらないそうです。
そして、夕方から夜にかけて雨が雪に変わるかも。
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2013-11-22
2013-06-10
M-50星雲?
また2日ほど休んでしました。
元気なのですが、優先順位の問題で、更新できませんでした。
今日は1回だけの更新ですが、今週はどんどん追いついていくと思います。
土日は気持ちよく晴れましたが、
今日はまた雨。
明日の朝まで残りそうです。
先週のクロッキー教室では、木炭デッサンをしたことを書きましたが、
もう1つ大きなことがありました。
これは私の作品じゃありません。
元気なのですが、優先順位の問題で、更新できませんでした。
今日は1回だけの更新ですが、今週はどんどん追いついていくと思います。
土日は気持ちよく晴れましたが、
今日はまた雨。
明日の朝まで残りそうです。
先週のクロッキー教室では、木炭デッサンをしたことを書きましたが、
もう1つ大きなことがありました。
これは私の作品じゃありません。
2013-05-31
エアコンダメみたいだ。
いやあ、今日も暑かったですね。
最高で37度くらいまで上がりました。
そして昨日エアコンが効かなかったので、
今朝見に来てもらいました。
てっきりガスを入れて終了、と思っていたら、
「ダメみたい」と言われ、室外機を調べてもらったのですが、問題なし、
ということで、原因は室内機の方。
最高で37度くらいまで上がりました。
そして昨日エアコンが効かなかったので、
今朝見に来てもらいました。
てっきりガスを入れて終了、と思っていたら、
「ダメみたい」と言われ、室外機を調べてもらったのですが、問題なし、
ということで、原因は室内機の方。
2013-04-18
がんばれ、ジョーさん。
今日3回目の更新で、やっと追いつきます。
夕方の方が肌寒かったでしょうか、
今、夜の11時20分、Yankeesが延長12回で負けたところですが、外は14度あります。
昨日はデンバーで雪でしたが、今日はミネソタで雪ですね。
いやあ、春がなかなか来ないで大変ですが、
こちらも、今週末は霜が降りるかもです。
野菜やお花の苗は家の中に入れたり、
覆いをかけなければ、いけませんよ〜。
昨日の夜、ちょっと買い物に、
みんな大好き「Trader Joe's」に行ってきました。
久しぶりにゆっくり歩いたのですが、
気がついたのがこんなのがあること。
夕方の方が肌寒かったでしょうか、
今、夜の11時20分、Yankeesが延長12回で負けたところですが、外は14度あります。
昨日はデンバーで雪でしたが、今日はミネソタで雪ですね。
いやあ、春がなかなか来ないで大変ですが、
こちらも、今週末は霜が降りるかもです。
野菜やお花の苗は家の中に入れたり、
覆いをかけなければ、いけませんよ〜。
昨日の夜、ちょっと買い物に、
みんな大好き「Trader Joe's」に行ってきました。
久しぶりにゆっくり歩いたのですが、
気がついたのがこんなのがあること。
天ぷらチキン?
甘酢味?
そして、それにつけられたブランドが「トレーダー・ジョーさん」?
よく見てみると、他にもイタリア系はTrader Giotto'sとか、
メキシカン系はTrader Jose'sとか、いろいろあるんですね。
楽しいですね。
Wikiによると、もっともっといろいろあるようです。
でも・・・なんで、日本食はTrader Taroじゃなくて、ジョーさんなんだ?と思いましたよ。
でも、それよりも、「ジョーさん」なんてブランドをわざわざ作るならば、ちゃんとした日本食を作れよ!とツッコミたくなりますよね。
それも最近始めたブランドじゃなくて、ウェブで探すと2010年頃には既に話題にしている人がいるから、その頃までには始まっていたようですが、なんだか、どこまで本気なのか、疑問ですし、他の国のモノも、同じ程度なのかな、と思ってしまいます。確かにホントの日本食品だと売れないのかもしれませんが。
ジョーさんにはがんばって、日本育ちのわれわれがうなるようなモノを開発してほしいものです。応援してます!
さて、今日の「日々のみことば」。
今日はサムエル記下の1章でした。
「どうしてあなたは手を伸べて主の油を注がれた者を殺すことを恐れなかったのですか」14節。
ダビデは、ダビデが喜んでくれることを期待していたアマレク人の若者に対して、厳しい処罰を与えました。
ダビデは本当に神様が油注がれた者を大切にする、それを尊重することを最後まで徹底しました。
ダビデは命まで狙われていたのです。
なのに・・・。
徹底することの大切さを思わされます。
神様、
どこまでもあなたの召命を大切にし、
あなたの導きに従っていけますように。
2013-04-01
桜の新名所になるかも?
今日は昼間は暖かかったですが、
午後にちょっと雨が降って、それから冷えてきました。
明日とあさって、ちょっと冬に戻るみたいです。
今朝、こんなメールが届いていました。
差出人は私が住んでいるParamusという町の市長(町長?)さんからです。
なんと、日本語です。ちょっと怪しげではありますが、Google Translateよりはちょっとマシなかんじです。
一部伏せながら、大切な部分をほぼコピペします。
「パラマス市は、せかいぢゅうからの人々を受け入れています。としょかんには、英語だけではなくて、日本語、韓国語、中国語の本をそろえています。あなたはそれを知っていますか?
午後にちょっと雨が降って、それから冷えてきました。
明日とあさって、ちょっと冬に戻るみたいです。
今朝、こんなメールが届いていました。
差出人は私が住んでいるParamusという町の市長(町長?)さんからです。
なんと、日本語です。ちょっと怪しげではありますが、Google Translateよりはちょっとマシなかんじです。
一部伏せながら、大切な部分をほぼコピペします。
「パラマス市は、せかいぢゅうからの人々を受け入れています。としょかんには、英語だけではなくて、日本語、韓国語、中国語の本をそろえています。あなたはそれを知っていますか?
わたしたちは、あなたのブログを見ます。あなたが毎年春の中でオーク木の花粉で苦しんでいるを知りました。このオーク木はパラマス市が1960年代に、子供たちがドングリを拾いに楽しみ、リスたちが走り回る町を夢見て植えたものです。その頃にはこんなことになるとは思ってもいませんでした。わたしたちの世代の責任ではないですが、パラマス市をだいひょうして、わたくしがおわびをもうしあげます。そのしるしとして、といっちゃあなんですが、これから1年かけて、××× Roadには、今のオーク木を切って、あなたのそこくの花、桜の木に植え替えることにしました。来年から、あなたは毎年春になると、あなたのそこくにいたときのように、お花見を喜べるでしょう。
あなたに、ひとつのおねがいがあります。それはこのてがみのことを、ブログにかいて、せかいぢゅうのみなさんに、パラマス市の取り組みについて、いい評判をたててください。よろぴく。」
最後の「よろぴく」にはさすがにずっこけましたが、「〜といっちゃあなんですが」と妙に馴れ馴れしい文体にちょっと好感が持てないわけでもありません。多分スタッフの中に、カジュアルに日本語の勉強をしている方がおられるのでしょう。
はいはい、依頼の通りブログに書きますよ。今日も読んでくださいましたでしょうか?
でも、何よりもその内容に、おー、すげー、と思いました。
確かに去年のSandyの時には木がバタバタ倒れて、大変でしたからね、そろそろ植え替えた方が最終的なコストは少なくてすむのかもしれません。
今年の花粉シーズンに間に合ってくれるといいのですが、それはさすがにぜいたくと言うもの。この花粉の苦しみも、今年が最後だと思うと、このOak Treeもいとおしく思えて来ます。(いや、それは言い過ぎか?)でも、とにかく来年の春が楽しみです!
ちょっと心配なのは、桜の木を植えてもらったのはいいものの、今度は桜の木の花粉症になったら、どうしようか、ということ。でも、またその時にはまたこのブログを見て、市長さんが柿の木かなにかに植え替えてくださることでしょう!うん、桜の次は柿だ!
(念のために追記しておきますが、これは4月1日付けですから・・・くれぐれも誤解のありませんように。はい。4/3/2013)
(念のために、明記しますが、この上の部分はフィクションであり、来年以降も、我が家の前はきっとOak Treeの名所でしょう。「ひょうたんからこま」ということがあったら、うれしいですが・・・4/18/2013)
(念のために追記しておきますが、これは4月1日付けですから・・・くれぐれも誤解のありませんように。はい。4/3/2013)
(念のために、明記しますが、この上の部分はフィクションであり、来年以降も、我が家の前はきっとOak Treeの名所でしょう。「ひょうたんからこま」ということがあったら、うれしいですが・・・4/18/2013)
では、ちょっと遅れていて、なかなか追いつけませんが、
土曜日の「日々のみことば」から。
土曜日はヨシュア記の9章でした。
「そこでイスラエルの人々は彼らの食料品を共に食べ、主のさしずを求めようとはしなかった。 」14節。
8章で神様に聞くことをしていたヨシュアですが、
ここではまた、神様に聞かないで、失敗しています。
でも、これはまたわたしたちの姿だと思います。
1つ失敗を通して学んだら、もう大丈夫、というわけにはいかないですね。
これはハタから見ると、何だろうなあと思いますが、
彼らはすっかり油断してしまったのでしょう。
謙遜にいつもいつも神様に聞きながら歩ませていただきたいです。
神様、
いつもいつもあなたに聞きながら、
あなたのみ声を聞きながら歩ませてください。
2012-04-19
見えないところで起こっていること。
月曜日が一番暑かったのでしょうか?
34度Cまで上がった月曜日のあと、
26度C、18度Cと、毎日8度ずつ温度が下がって、
昨日は肌寒いくらいでした。
でも、今日はまたリバウンドで20度を超えて、
明日までは暖かいと思います。
週末から週明けは雨でグンと気温が下がって、
10度C以下の日もあるのでは・・・と思います。
そんな中で、月曜、火曜、と駆除したcarpenter beeですが、まだ少しは残っているようです。でも、もうあまり殺虫剤を使いたくないので、他の方法を検討中。
今、やろうと思っているのが、これ。
単純な作りですが、結構いいみたいなので、
これからはこれで行ってみます。
そんなこんなで、今日の昼過ぎにcarpenter beeはもういなくなったかな、と庭に出てみて、びっくり。2ヶ月ほど前にカビが発生して「もうダメだ」と外に出して、ふたをとって、最近の天気ですっかり乾燥していたと思っていたバケツdeヒラタケ。こんな風に発生していました。
34度Cまで上がった月曜日のあと、
26度C、18度Cと、毎日8度ずつ温度が下がって、
昨日は肌寒いくらいでした。
でも、今日はまたリバウンドで20度を超えて、
明日までは暖かいと思います。
週末から週明けは雨でグンと気温が下がって、
10度C以下の日もあるのでは・・・と思います。
そんな中で、月曜、火曜、と駆除したcarpenter beeですが、まだ少しは残っているようです。でも、もうあまり殺虫剤を使いたくないので、他の方法を検討中。
今、やろうと思っているのが、これ。
単純な作りですが、結構いいみたいなので、
これからはこれで行ってみます。
そんなこんなで、今日の昼過ぎにcarpenter beeはもういなくなったかな、と庭に出てみて、びっくり。2ヶ月ほど前にカビが発生して「もうダメだ」と外に出して、ふたをとって、最近の天気ですっかり乾燥していたと思っていたバケツdeヒラタケ。こんな風に発生していました。
多少カビが生えても大丈夫・・・とか読んでいたのですが、
「全然ダメじゃん・・・」とあきらめていたのでした。
というか、完璧にカビにキノコの菌糸が駆逐されていたのかと思っていました。
でも、どっこい生きていたんですね。
見えないところで着々と陣地を広げていたわけです。
そして、「こいつはダメだ」と思われても、
というか、その存在さえ忘れられていても、
地道に自分のすべきことをしてきたわけです。
そして、環境がそろって出てきたと・・・。
キミは偉い!!!
人間として見習わなければいけないと思わされました。
そういう生き方しないとね。
はやりとかに振り回されたり、
周りの人の声に左右されたりしないで、
自分のなすべきことを着々としていく。
こんなにキノコに学ばされるとは思っていませんでした。
ヒラタケすげえ。
ちなみに椎茸は先月末に終了しました。
全部で31本、重さは600グラムほどで、
ここら辺での相場を1パウンド(約450グラム)で、9ドルと計算して、回収率45パーセント。はい、オヤジの道楽でした。
さて、聖書からも学びましょう。
今日は雅歌の最後を読みました。
8章5−17節。
「もし人が愛を得ようとして・・・」7節。
このあと、「お金を積んだとしても、それは蔑まれる」ということが書かれています。
でも、どんな方法でも、「愛を得るために・・・」というのは多分むなしいだろうなあと思います。何かプレゼントをしたり、喜ぶことをしたり・・・といっても、結局それが愛を「得るため」だったらなんだか、むなしく終わってしまうのではないでしょうか。反対の立場になって考えて、私が何かを誰かにしてもらったところで、それが私の「愛」を引き出すためだったら、あまりうれしくないのでは・・・と思います。そんなことはどうでもいい、ただの「愛」がありがたいんだと思います。
結局、私たちはもちろん愛されることが必要ですが、それは神様がもう既に与えてくださっているので、それをもっともっと教えていただいて、今度は私たちは「愛する」ことに集中したらいいんだろうと思います。
「愛を得ようとすると・・・失敗する」というか、「愛を得ようなんて思わなくていい、それはもう神様が与えてくださっているから。ただ、愛することだけを考えたらいいよ」なんでしょうね。
だから、もっともっと神様の愛を知りたい。感じたい。味わいたい。と思います。
神様、
あなたの愛をもっともっと教えてください。
あなたの愛を頂いて、今度は、私が「愛する」者となれますように。
2012-02-01
聖書読め!
2月になりました。
今日も暖かい、春のような日でした。
18度Cくらいまで上がりました。
なので、明日はグラウンドホッグデーで、春の到来を占うイベントがあるのですが、まあ、どっちでもいいよねえ、という気分で、盛り上がりません。
やっぱ、冬が締まらないと、春が楽しみ!感がありません。
でも、日本の大雪のニュースを見ると、
ホントに大変だと思います。
与えられている時を生かして用いなければ・・・。
TwitterやFacebookでも大騒ぎしているのですが、
今朝の夢は強烈でした。
初めて会う方なんだけど、先輩牧師から、自分の態度、配慮のなさをこっぴどく叱られた。そして、その先輩、帰りがけに「ハバクク書(聖書の中の一書)を読め!いいか、ハバククだぞ!」と何度も叫んでいた。
ものすごいインパクトの中で、目が覚めた。
夢の中で、聖書の箇所を指定されたのは初めてだった。
正直、アウグスティヌスが、回心する時に、「取りて読め!」との子供たちの歌を神の言葉と受け取って、聖書を開いて、聖書の言葉にとらえられて、クリスチャンになったことを思い出して、おお、俺にもそう言うのが来たのか、と思った。
それだけでも、十分心に残ったのだけれども、朝5時に目が覚めて、何の気なしにTwitterを見ていたら、日本の某牧師が「ハバクク2章の準備をしましょう」とツイートしていた。
これが「マタイ」「ヨハネ」「ローマ」あたりだったら、そんなにびっくりしないんだけど、なんと言っても「ハバクク」ですからねえ。
はい、早速しっかり読みました。 どんなことを思ったかは、今日はもう遅いので、また明日にでも。
さて、今日の聖書から。
今日はルカ5:12−26でした。
「しかし、イエスご自身は、よく荒野に退いて祈っておられた」16節。
人々はイエスに期待していました。
期待してイエスの回りに集まっていました。
でも、イエスはその期待に自分のみを任せませんでした。
父なる神様とともに過ごす時間を大切にしておられました。
「よく」という言葉がすごいな、と思います。
自分の姿勢が問われたような気がしました。
いつでも退いて祈る時を大切にしたいと思いました。
主よ、
あなたとの時間を大切にさせてください。
もっともっとあなたと親しく歩めますように。
今日も暖かい、春のような日でした。
18度Cくらいまで上がりました。
なので、明日はグラウンドホッグデーで、春の到来を占うイベントがあるのですが、まあ、どっちでもいいよねえ、という気分で、盛り上がりません。
やっぱ、冬が締まらないと、春が楽しみ!感がありません。
でも、日本の大雪のニュースを見ると、
ホントに大変だと思います。
与えられている時を生かして用いなければ・・・。
TwitterやFacebookでも大騒ぎしているのですが、
今朝の夢は強烈でした。
初めて会う方なんだけど、先輩牧師から、自分の態度、配慮のなさをこっぴどく叱られた。そして、その先輩、帰りがけに「ハバクク書(聖書の中の一書)を読め!いいか、ハバククだぞ!」と何度も叫んでいた。
ものすごいインパクトの中で、目が覚めた。
夢の中で、聖書の箇所を指定されたのは初めてだった。
正直、アウグスティヌスが、回心する時に、「取りて読め!」との子供たちの歌を神の言葉と受け取って、聖書を開いて、聖書の言葉にとらえられて、クリスチャンになったことを思い出して、おお、俺にもそう言うのが来たのか、と思った。
それだけでも、十分心に残ったのだけれども、朝5時に目が覚めて、何の気なしにTwitterを見ていたら、日本の某牧師が「ハバクク2章の準備をしましょう」とツイートしていた。
これが「マタイ」「ヨハネ」「ローマ」あたりだったら、そんなにびっくりしないんだけど、なんと言っても「ハバクク」ですからねえ。
はい、早速しっかり読みました。 どんなことを思ったかは、今日はもう遅いので、また明日にでも。
さて、今日の聖書から。
今日はルカ5:12−26でした。
「しかし、イエスご自身は、よく荒野に退いて祈っておられた」16節。
人々はイエスに期待していました。
期待してイエスの回りに集まっていました。
でも、イエスはその期待に自分のみを任せませんでした。
父なる神様とともに過ごす時間を大切にしておられました。
「よく」という言葉がすごいな、と思います。
自分の姿勢が問われたような気がしました。
いつでも退いて祈る時を大切にしたいと思いました。
主よ、
あなたとの時間を大切にさせてください。
もっともっとあなたと親しく歩めますように。
2011-11-01
停電の中で。
お久しぶりです。
前回の更新から、今日までの間、
たくさんたくさん書きたいことがあったのですが、
あまりに早すぎた雪で、更新できないでいました。
予告通り、今、嵐が過ぎ去った後で読むと、本当に予告通り、
土曜日は大変なことになりました。
予想の積雪量は15-30センチ。
でも、実際は15センチと一番下の値。
でも、それで、この地域を混乱させるのには十分な量でした。
普段は15センチの雪なんて、屁でもありません。
もちろん、気をつけて運転しなければなりませんが、
普通タイヤで走りますし、すぐに除雪が進んで、何もなかったように
普段の生活を送って行きます。
でも、今回の問題は紅葉がまだ終わっていなかったこと。
例年よりも紅葉が遅かったようにも感じます。
まだまだ青々とした木々もありました。
そこに湿った重い雪が降ったのですから、
ひとたまりもありません。
それも予想では、もう少し遅い時間が深刻だと思っていたのですが、
2時頃、激しく雪が降っていました。
それで、私も車で5分もかからないところにある郵便局まで、
3時までの土曜日の受付が終わらないうちに・・・と走ったのですが、
家の前の通りを走っている時にも前で、後ろで、枝がドン、ドンと落ちていきます。
地面に落ちた枝をよけながら、また上から降ってくる枝におびえながら、
(一度は「ドン」と何かが落ちて来たのでびくっとしましたが、雪の固まりだけで、枝はなかったようです)
郵便局まで無事に着けるか・・・と思いながら走っていました。
後で考えてみると、月曜日に送っても別に何の違いもない郵便物だったんで、滑稽なんですが、なんだか、「命がけ」って感じでした。
びくびくしながら、後で考えてみれば停電直前の郵便局から帰ってきたら、ウチは停電していました。それから停電が50時間も続くとは考えてもいませんでしたが・・・。
落ちた枝や、倒れた木で、送電施設は寸断されて、
広い範囲で停電となりました。
ウチの庭の木の枝も、屋根を直撃しないか(実際一本屋根に乗っかっていましたし、何本ももたれかかっていました)と、それ以上に隣の家を直撃しないかとヒヤヒヤしました。
昨日も枝の片付けをしていましたが、
雪の付いたままの枝はものすごく重かったです。
これだけ重くなったら、バキバキ折れるのも無理はないなあ、と思います。
そして、折れてくれたからこそ、幹ごと倒れることがなかったのでしょう。
でも、落ちる枝の中でのドライブは、ホントに「マジ怖かった」です。
前回のハリケーンアイリーンの時は、我が家は26時間の停電だったのですが、
教会は大丈夫で、電気が必要な時は教会に行けばよかったのですが、
今回は教会も電気がダウン。
ここら辺の暖房は燃料がガスだろうが、重油だろうが、電気がないと動かない。
で、教会も寒かったです。
礼拝は守りました。
電気が復活することを祈りながら。
でも、結局復活せず、子供を入れると40人以上の方々が集まりましたが、
ほとんどは自宅には電気があるし、自宅は暖かい、という方々、
でも、共に礼拝を守るために、電気が消えていて、寒いとわかっている教会に集まりました。(でも、ホントに寒かったので、同じことが次にあったら、「無理はしないでください」と言うでしょうね)
でも、その礼拝は「本当に礼拝になくてはならないものは何か?」が問われるひとときとなりました。
暗い中で、寒い中で、「週報」もない、楽器もいつもの半分以下、マイクもない、プロジェクターもない・・・そんな中で、でも礼拝を守っている、という実感はありました。
礼拝前の成人科の小さな集まりでも、共に語り合いました。
週報がなくても、楽器がなくても、礼拝ではある、
でも、例えば、説教はどうだろうか?
説教者がいなくても、聖書があれば、聖書朗読があれば、礼拝だろう。
でも、旧約時代のように、聖書が与えられていなかった時代には、
礼拝は何だったんだろう。
神様の恵みと、応答としてのささげもの、いけにえ、献身、だっただろう。
私たちにはイエスの十字架が、罪の赦しのために与えられて、
その前に献身をする者たちが集まる、
それが礼拝なのではないだろうかと思わされていました。
神がイエスの十字架を通して開いてくださった道。
神の私たちへの招き。
私たちの応答としての、神を神とする者たちの集まり、
それが礼拝の「なくてならぬもの」。
「兄弟たちよ、そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。」ローマ12:1
今回の礼拝でなかった「週報」も、電子楽器も、マイクも、プロジェクターも、すべて、もっと心からの礼拝を・・・という目的のために用いられています。でも、今回のように、すべてが取り除かれた時に残るもの、それに目を留めることが時々必要なんだろうなと思います。
1年半前にも書きましたが、Heart of Worshipという歌が作られた由来、思い出していました。
でもね、ホントにホントに寒かったので、
体調を崩した方はおられないかとちょっと心配です。
電気がなくても、何とかなりますが、暖かさは本当に必要です。
礼拝の後、停電しなかったお宅に呼んでくださる方があって、
お言葉に甘えて、お伺いしました。
心も体も暖まりました。
だから、改めて祈らされます。
これから寒い冬を迎える震災の被災地の方々の
心と体が守られますようにと。
前回の更新から、今日までの間、
たくさんたくさん書きたいことがあったのですが、
あまりに早すぎた雪で、更新できないでいました。
予告通り、今、嵐が過ぎ去った後で読むと、本当に予告通り、
土曜日は大変なことになりました。
予想の積雪量は15-30センチ。
でも、実際は15センチと一番下の値。
でも、それで、この地域を混乱させるのには十分な量でした。
普段は15センチの雪なんて、屁でもありません。
もちろん、気をつけて運転しなければなりませんが、
普通タイヤで走りますし、すぐに除雪が進んで、何もなかったように
普段の生活を送って行きます。
でも、今回の問題は紅葉がまだ終わっていなかったこと。
例年よりも紅葉が遅かったようにも感じます。
まだまだ青々とした木々もありました。
そこに湿った重い雪が降ったのですから、
ひとたまりもありません。
それも予想では、もう少し遅い時間が深刻だと思っていたのですが、
2時頃、激しく雪が降っていました。
それで、私も車で5分もかからないところにある郵便局まで、
3時までの土曜日の受付が終わらないうちに・・・と走ったのですが、
家の前の通りを走っている時にも前で、後ろで、枝がドン、ドンと落ちていきます。
地面に落ちた枝をよけながら、また上から降ってくる枝におびえながら、
(一度は「ドン」と何かが落ちて来たのでびくっとしましたが、雪の固まりだけで、枝はなかったようです)
郵便局まで無事に着けるか・・・と思いながら走っていました。
後で考えてみると、月曜日に送っても別に何の違いもない郵便物だったんで、滑稽なんですが、なんだか、「命がけ」って感じでした。
びくびくしながら、後で考えてみれば停電直前の郵便局から帰ってきたら、ウチは停電していました。それから停電が50時間も続くとは考えてもいませんでしたが・・・。
落ちた枝や、倒れた木で、送電施設は寸断されて、
広い範囲で停電となりました。
ウチの庭の木の枝も、屋根を直撃しないか(実際一本屋根に乗っかっていましたし、何本ももたれかかっていました)と、それ以上に隣の家を直撃しないかとヒヤヒヤしました。
| ウチの裏庭からの全景 よく見ると屋根の上にも枝が。 |
| 上の写真の右側のデッキの上に落ちた枝。 屋根の上に乗っている枝の何倍の大きさ。 |
| 今度は左側の隣との間の木。 この木の枝は隣の家にも何本も落ちていた。 |
昨日も枝の片付けをしていましたが、
雪の付いたままの枝はものすごく重かったです。
これだけ重くなったら、バキバキ折れるのも無理はないなあ、と思います。
そして、折れてくれたからこそ、幹ごと倒れることがなかったのでしょう。
でも、落ちる枝の中でのドライブは、ホントに「マジ怖かった」です。
前回のハリケーンアイリーンの時は、我が家は26時間の停電だったのですが、
教会は大丈夫で、電気が必要な時は教会に行けばよかったのですが、
今回は教会も電気がダウン。
ここら辺の暖房は燃料がガスだろうが、重油だろうが、電気がないと動かない。
で、教会も寒かったです。
礼拝は守りました。
電気が復活することを祈りながら。
でも、結局復活せず、子供を入れると40人以上の方々が集まりましたが、
ほとんどは自宅には電気があるし、自宅は暖かい、という方々、
でも、共に礼拝を守るために、電気が消えていて、寒いとわかっている教会に集まりました。(でも、ホントに寒かったので、同じことが次にあったら、「無理はしないでください」と言うでしょうね)
でも、その礼拝は「本当に礼拝になくてはならないものは何か?」が問われるひとときとなりました。
暗い中で、寒い中で、「週報」もない、楽器もいつもの半分以下、マイクもない、プロジェクターもない・・・そんな中で、でも礼拝を守っている、という実感はありました。
礼拝前の成人科の小さな集まりでも、共に語り合いました。
週報がなくても、楽器がなくても、礼拝ではある、
でも、例えば、説教はどうだろうか?
説教者がいなくても、聖書があれば、聖書朗読があれば、礼拝だろう。
でも、旧約時代のように、聖書が与えられていなかった時代には、
礼拝は何だったんだろう。
神様の恵みと、応答としてのささげもの、いけにえ、献身、だっただろう。
私たちにはイエスの十字架が、罪の赦しのために与えられて、
その前に献身をする者たちが集まる、
それが礼拝なのではないだろうかと思わされていました。
神がイエスの十字架を通して開いてくださった道。
神の私たちへの招き。
私たちの応答としての、神を神とする者たちの集まり、
それが礼拝の「なくてならぬもの」。
「兄弟たちよ、そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。」ローマ12:1
今回の礼拝でなかった「週報」も、電子楽器も、マイクも、プロジェクターも、すべて、もっと心からの礼拝を・・・という目的のために用いられています。でも、今回のように、すべてが取り除かれた時に残るもの、それに目を留めることが時々必要なんだろうなと思います。
1年半前にも書きましたが、Heart of Worshipという歌が作られた由来、思い出していました。
でもね、ホントにホントに寒かったので、
体調を崩した方はおられないかとちょっと心配です。
電気がなくても、何とかなりますが、暖かさは本当に必要です。
礼拝の後、停電しなかったお宅に呼んでくださる方があって、
お言葉に甘えて、お伺いしました。
心も体も暖まりました。
だから、改めて祈らされます。
これから寒い冬を迎える震災の被災地の方々の
心と体が守られますようにと。
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天気,
嵐,
礼拝,
祈り
2011-08-23
ちょっとびっくり。
今日もさわやかな一日でした。
夜も昨日ほどは冷えずに、夜の11時に19度。
でも、このいい天気も明日まで。
明日は今日ほどはさわやかでなくて、
南風も入って、ちょっと汗ばむほどになりそうです。
そして、週末のハリケーン。
かなり現実味を帯びて来ました。
もうフロリダ上陸の可能性は小さくなって来て、
ノースカロライナに上陸して、NYの近くをほぼハリケーンの力を保ったまま、通過して行く可能性が大きいです。
ちょっと注目です。
今日はここら辺では珍しい「地震」が起こって、
大騒ぎになっています。
NJに来てから私自身が感じた地震は1回もありませんでしたし、
今までも起こっても「局地的」な地震でした。
でも、今回はバージニア州で起こった地震で、
言ってしまえば、東京で起こった地震を大阪で感じているようなもの。
そんなに広い範囲で感じる地震のニュース自体も19年間のアメリカでの生活で初めてだったと思います。
そのとき、家にいましたが、私は「あ、地震だ。珍しい。まだ揺れている、震度2止まりだな」と思っていました。日本で震度4までは何度も経験していましたから。でも、子供たちにとっては初めての地震。「何これ?」と結構慌てていました。
でも、その後の余震は全く感じませんし、
平常に戻っている感じです。
震源地から近いDCの方では被害のあった建物もあるようですが、
けが人もいず、日常が進んでいます。
日本の震災から5ヶ月あまり。
まだまだ日常が戻らないというか、あの震災の前の日常には戻ることはあり得ない、その多くの方々のことを思わされた午後でした。
さて、先週の聖書から。
使徒行伝の1章から読み始めています。
「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、・・・」8節。
イエスが復活されて、弟子たちは「いよいよ・・・」と思っていた。
そんな彼らにイエスは「待ちなさい」と言われた。
そして、聖霊が臨む時に、あなたがたは力を受けて、私の証人になる、と言われた。
聖霊様を待ち望む姿勢、
聖霊様に信頼する姿勢、
問われていると思います。
自分の準備や自分の知恵に頼り易い自分。
そうではなくて、聖霊様の導きに従順で、
聖霊様に信頼して歩ませていただきたいです。
主よ、
私も聖霊様を待ち望みます。
いえ、もう既にこのペンテコステの日以来、
教会に聖霊様が満ちあふれてくださっていることに感謝します。
聖霊様の導きに、信頼して、歩む者でありますように。
夜も昨日ほどは冷えずに、夜の11時に19度。
でも、このいい天気も明日まで。
明日は今日ほどはさわやかでなくて、
南風も入って、ちょっと汗ばむほどになりそうです。
そして、週末のハリケーン。
かなり現実味を帯びて来ました。
もうフロリダ上陸の可能性は小さくなって来て、
ノースカロライナに上陸して、NYの近くをほぼハリケーンの力を保ったまま、通過して行く可能性が大きいです。
ちょっと注目です。
今日はここら辺では珍しい「地震」が起こって、
大騒ぎになっています。
NJに来てから私自身が感じた地震は1回もありませんでしたし、
今までも起こっても「局地的」な地震でした。
でも、今回はバージニア州で起こった地震で、
言ってしまえば、東京で起こった地震を大阪で感じているようなもの。
そんなに広い範囲で感じる地震のニュース自体も19年間のアメリカでの生活で初めてだったと思います。
そのとき、家にいましたが、私は「あ、地震だ。珍しい。まだ揺れている、震度2止まりだな」と思っていました。日本で震度4までは何度も経験していましたから。でも、子供たちにとっては初めての地震。「何これ?」と結構慌てていました。
でも、その後の余震は全く感じませんし、
平常に戻っている感じです。
震源地から近いDCの方では被害のあった建物もあるようですが、
けが人もいず、日常が進んでいます。
日本の震災から5ヶ月あまり。
まだまだ日常が戻らないというか、あの震災の前の日常には戻ることはあり得ない、その多くの方々のことを思わされた午後でした。
さて、先週の聖書から。
使徒行伝の1章から読み始めています。
「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、・・・」8節。
イエスが復活されて、弟子たちは「いよいよ・・・」と思っていた。
そんな彼らにイエスは「待ちなさい」と言われた。
そして、聖霊が臨む時に、あなたがたは力を受けて、私の証人になる、と言われた。
聖霊様を待ち望む姿勢、
聖霊様に信頼する姿勢、
問われていると思います。
自分の準備や自分の知恵に頼り易い自分。
そうではなくて、聖霊様の導きに従順で、
聖霊様に信頼して歩ませていただきたいです。
主よ、
私も聖霊様を待ち望みます。
いえ、もう既にこのペンテコステの日以来、
教会に聖霊様が満ちあふれてくださっていることに感謝します。
聖霊様の導きに、信頼して、歩む者でありますように。
2011-05-08
方針変更。
今日は礼拝後、役員会があって、子どもたちだけ先に家に帰ってもらっていました。
ある方にお願いして、帰りに送っていただいたのですが、
ちょうど着いたかなあ?と思った頃(そして、役員会の始まったころ)、私の携帯が鳴りました。見たら、「自宅」から。自分のそのときの反応は「あ、鍵渡すの忘れた!」でしたが、なんだか、そうじゃなかったみたいで、考えてみたら、鍵がなかったら、「自宅」からは電話かけられませんよね。渡してはいないのですが、持っていたようで、ま、入れたんでしょうね。で、内容は「アリがすごい!」でした。
まあ、悲鳴を上げる下の娘に、「しょうがないじゃん、自分でやっつけなさい」と言い聞かせて、「だってすごいんだよ、たくさんいるんだよ」「殺虫をかけてちゃんとお皿を洗って・・・」
そうです。のんちが日本に行ってからというもの、「明日でもいいことは明日する」主義の私は何でも後回し。洗いモノも、次の料理をする必要に迫られて、やっている調子でした。
それで、アリだらけになっちゃったんですね。
特にレンジ周りとレンジの上に起きっぱなしになっていた昨日使って洗っていなかったナベにアリがたかっていたようで・・・。
さすがにこれには私も反省。
また、三日坊主だし、すぐ忘れてしまう決断ですが、
「今日できることは今日する」主義に方針転換!!!
今夜はシンクがバッチリきれいな夜です。
レンジ周りもピカピカ・・・まではいかなくても、バッチリきれいです。
「日々のみことば」は明日にでも・・・と思いましたが、
やはりここでしっかり「今日できることは今日する!」、ということで、今日の聖書から。
今日は民数記18:21-32でした。
「それぞれ最上の部分で・・・」29節。
最高のものを主にささげる。
それが大切ですよね。
余り物ではなく、
新しいのを自分のために買ったから、古いヤツをではなく、
最高のものを主の許に持ってくる。
でも、人間はいつも自分を最初に持って来たくなる。
1/10を主の許に・・・と言っても、
「余裕がない」となってしまう。
自分のためが第一で神様は余裕があったら・・・だ。
神様は私達が捧げものをしなければ困ってしまうわけではない。
ただ、私達の心の問題だ。それを気持ちだけにしておくのではなくて、
具体的に表して行くことだ。
私もいつも最高のものを主の許に持って行こう。
時間も、ものも、才能も、情熱も。
主よ、
あなたの許に最高のものを持って行かせてください。
そのために、あなたが示す必要なことがあったら、お示しください。
そして、それに従うことができますように。
あ、のんちは日曜日、ちゃんと教会に行けたみたいです。
仙台まで出て、帰りは物資とともに送っていただいたそうです。
感謝。
ある方にお願いして、帰りに送っていただいたのですが、
ちょうど着いたかなあ?と思った頃(そして、役員会の始まったころ)、私の携帯が鳴りました。見たら、「自宅」から。自分のそのときの反応は「あ、鍵渡すの忘れた!」でしたが、なんだか、そうじゃなかったみたいで、考えてみたら、鍵がなかったら、「自宅」からは電話かけられませんよね。渡してはいないのですが、持っていたようで、ま、入れたんでしょうね。で、内容は「アリがすごい!」でした。
まあ、悲鳴を上げる下の娘に、「しょうがないじゃん、自分でやっつけなさい」と言い聞かせて、「だってすごいんだよ、たくさんいるんだよ」「殺虫をかけてちゃんとお皿を洗って・・・」
そうです。のんちが日本に行ってからというもの、「明日でもいいことは明日する」主義の私は何でも後回し。洗いモノも、次の料理をする必要に迫られて、やっている調子でした。
それで、アリだらけになっちゃったんですね。
特にレンジ周りとレンジの上に起きっぱなしになっていた昨日使って洗っていなかったナベにアリがたかっていたようで・・・。
さすがにこれには私も反省。
また、三日坊主だし、すぐ忘れてしまう決断ですが、
「今日できることは今日する」主義に方針転換!!!
今夜はシンクがバッチリきれいな夜です。
レンジ周りもピカピカ・・・まではいかなくても、バッチリきれいです。
「日々のみことば」は明日にでも・・・と思いましたが、
やはりここでしっかり「今日できることは今日する!」、ということで、今日の聖書から。
今日は民数記18:21-32でした。
「それぞれ最上の部分で・・・」29節。
最高のものを主にささげる。
それが大切ですよね。
余り物ではなく、
新しいのを自分のために買ったから、古いヤツをではなく、
最高のものを主の許に持ってくる。
でも、人間はいつも自分を最初に持って来たくなる。
1/10を主の許に・・・と言っても、
「余裕がない」となってしまう。
自分のためが第一で神様は余裕があったら・・・だ。
神様は私達が捧げものをしなければ困ってしまうわけではない。
ただ、私達の心の問題だ。それを気持ちだけにしておくのではなくて、
具体的に表して行くことだ。
私もいつも最高のものを主の許に持って行こう。
時間も、ものも、才能も、情熱も。
主よ、
あなたの許に最高のものを持って行かせてください。
そのために、あなたが示す必要なことがあったら、お示しください。
そして、それに従うことができますように。
あ、のんちは日曜日、ちゃんと教会に行けたみたいです。
仙台まで出て、帰りは物資とともに送っていただいたそうです。
感謝。
2011-01-11
さて。
今日の夜はVIP-NYの集会の後、
ウチにいた大学生2人と、待ち合わせて、ガタガタ震えながら、夜景見物。NJ最後の夜に、アトランタにはないよねーと。
でも、落ち合う直前にハジの友達くんのフライトがキャンセルになったと連絡が入ったそうだ。南部の悪天候の影響。彼のフライトはNC州のシャーロット経由というのがやばかった。今、Freezing Rainの真っ最中。
それで、ただいま、夜の11時半現在、変更のために電話中。
NJ最後の夜にならないかもしれない・・・。
ハジのフライトの方は、今のところon schedule。
NewarkからAtlantaに飛ぶ11便のうち飛ぶのは今のところ、4便だけ。
明日の夜はまた大雪の予報。20−30センチまたはそれ以上。
だから、明日飛べないと、多分、次は木曜日。
さて、先週土曜日の聖書から。
先週土曜日はマルコ3:20-35。
「神のみこころを行う人はだれでも、兄弟、姉妹、また母なのです。」35節。
イエスは私たちを新しい共同体に招いておられる。
イエスに従う者たちは、新しい、イエスを主とする共同体へと、
新しい家族の一員として迎えられる。
私たちは新しい家族とされているのだ。
「福音」とは何か、ということの一つは、
「新しい家族に招き入れられる」ということなのだ。
家族なんだ・・・ということを、
もっともっと経験させていただきたい。
そのことの意味を、もっと教えてもらいたい。
主よ、
あなたが、私たちのことを家族と呼んでくださることを心から感謝します。
そして、私たちが互いに家族であることを、もっともっと深く教えてください。
2010-11-18
主へのささげもの。
今夜、何げなく読んでいた記事にこんなのを発見。
返信に困る男性のメールは、「自分撮りの写メを添付してくる」「とにかく長文」が1、2位で票を集めた。3位以下は「質問ばかりしてくる」「日常の報告をしてくる」「甘えてくる」「難解な話をしてくる」「天気の話をしてくる」など。
最後の一つが気になった。
「天気の話」だとぉ??
わりーか?と反発しつつ・・・
内心かな〜りショック。
別に自分の子供の年代の女子大生にモテたいとも思わないが、これって、結構普遍的な傾向かと思うと落ち込む。やっぱり「天気の話」はダメ?
自分的には一番盛り上がる話なんですがねえ。
まあ、自分が好きだからと勝手に盛り上がるのは最悪なんでしょうし。
それなりに読めない空気読んでやっていこうと思いますが・・・。(苦笑)
でも、どんな反応があろうとも、
読み飛ばされようとも、
はい、ここでは天気の話をします。(上を向いてキッパリ)
ということで、今、夜の10時前で、外の気温は7.8度。
ちょっと雨が降っているのかな。
明日の朝は2度くらい。
昼間は晴れても10度以下の11月らしい天気になりそうです。
中期的にはやはり来週の木曜日くらいを境に、米国東部「冬に突入」のようです。
その前にはちょっとした「小春日和」もあるかも。
さて、今日の聖書。
今日はレビ記19:19−37でした。
「あなたがたが、かの地に入って、どんな果樹でも植えるとき、その実はまだ割礼のないものとみなさなければならない。三年の間、それはあなたがたにとって割礼のないものとなる。食べてはならない。四年目にはその実はすべて聖となり、主への賛美のささげ物となる。五年目には、あなたがたはその実を食べることができる。それはあなたがたの収穫を増すためである。」23−25節。
木の実がなっても、3年間はそれをとらないように、
多分それは、木の力を弱くしないためなんだろう。
そして、4年目。
待ちに待ったその年、
さあ、収穫できるぞ、という最初のものを、
主のもとに持って来なさい、という。
ゆとりがあるからではない。
自分が十分満たされているからではない。
たくさん食べた余りではない。
最初のものを主のもとに持っていく。
神さまを第一とすることの意味を思わされる。
すべての必要が神様から与えられるのだということを、
どこまで本気で信じているのかが、問われているのだと思う。
文字通り、そのような生き方をさせていただきたいと思った。
主よ、
私の必要をすべて満たすことができるのはあなたです。
この手ではありません。私の努力ではありません。
勤労ではありません。
あなたの恵みです。
そのことを本気で信じて、生きる者とならせてください。
あなたを第一とすることの意味を、そのまま生きる者とならせてください。
ミスコン候補の女子大生へのアンケート。
「返信に困る男性からの携帯メールの内容」
返信に困る男性のメールは、「自分撮りの写メを添付してくる」「とにかく長文」が1、2位で票を集めた。3位以下は「質問ばかりしてくる」「日常の報告をしてくる」「甘えてくる」「難解な話をしてくる」「天気の話をしてくる」など。
最後の一つが気になった。
「天気の話」だとぉ??
わりーか?と反発しつつ・・・
内心かな〜りショック。
別に自分の子供の年代の女子大生にモテたいとも思わないが、これって、結構普遍的な傾向かと思うと落ち込む。やっぱり「天気の話」はダメ?
自分的には一番盛り上がる話なんですがねえ。
まあ、自分が好きだからと勝手に盛り上がるのは最悪なんでしょうし。
それなりに読めない空気読んでやっていこうと思いますが・・・。(苦笑)
でも、どんな反応があろうとも、
読み飛ばされようとも、
はい、ここでは天気の話をします。(上を向いてキッパリ)
ということで、今、夜の10時前で、外の気温は7.8度。
ちょっと雨が降っているのかな。
明日の朝は2度くらい。
昼間は晴れても10度以下の11月らしい天気になりそうです。
中期的にはやはり来週の木曜日くらいを境に、米国東部「冬に突入」のようです。
その前にはちょっとした「小春日和」もあるかも。
さて、今日の聖書。
今日はレビ記19:19−37でした。
「あなたがたが、かの地に入って、どんな果樹でも植えるとき、その実はまだ割礼のないものとみなさなければならない。三年の間、それはあなたがたにとって割礼のないものとなる。食べてはならない。四年目にはその実はすべて聖となり、主への賛美のささげ物となる。五年目には、あなたがたはその実を食べることができる。それはあなたがたの収穫を増すためである。」23−25節。
木の実がなっても、3年間はそれをとらないように、
多分それは、木の力を弱くしないためなんだろう。
そして、4年目。
待ちに待ったその年、
さあ、収穫できるぞ、という最初のものを、
主のもとに持って来なさい、という。
ゆとりがあるからではない。
自分が十分満たされているからではない。
たくさん食べた余りではない。
最初のものを主のもとに持っていく。
神さまを第一とすることの意味を思わされる。
すべての必要が神様から与えられるのだということを、
どこまで本気で信じているのかが、問われているのだと思う。
文字通り、そのような生き方をさせていただきたいと思った。
主よ、
私の必要をすべて満たすことができるのはあなたです。
この手ではありません。私の努力ではありません。
勤労ではありません。
あなたの恵みです。
そのことを本気で信じて、生きる者とならせてください。
あなたを第一とすることの意味を、そのまま生きる者とならせてください。
2010-11-06
神との関係に生きる。
今朝はギリギリ霜が降りるか降りないかという冷え込み。
車の窓の半分は凍って半分は大丈夫でした。
でも、明日の朝はバリバリに凍りそうです。
今は夜の10時半ですが、5.3度C。
明日の朝は0度くらいに下がりそうです。
それに今夜は一年で一回の、1時間長い夜。
明日の朝、ちょっとゆっくり休めるかと思うとホッとします。
そう、今朝はどういうわけか、目覚ましに使っているiPhoneのアラームが1時間早くなりました。朝の4時40分。「え〜!?」ともう一度寝ようかと思いましたが、予定の5時40分に鳴らなかったら、どうしようか、と気になって、もう眠れません。
そして、その運命の5時40分。
鳴りませんでした・・・。
これはコワイですね。
ヨーロッパとアメリカとでの夏時間の終わるタイミングが違うがゆえにプログラムミスでこうなってしまったのだとは思いますが、もしも、間違えて1日早く夏時間が終る設定だったら、1時間遅く鳴ってくれるはずだったのですが(これも困るが・・・)、どういうわけか、1時間早く鳴ったわけだ。多分、シロウトのわかるレベルのバグではないのだろう。
それに、午後3時前のアラームはバッチリ時間通り鳴っていた。
なんだか、訳がわからない。
ま、とりあえず、しばらく他の目覚ましで起きることにして、様子見だ。
さて、今日は、「日々のみことば」の方ではなくて、朝の祈祷会で開いた民数記の20章1−13節から。
「あなたがたはわたしを信じないで、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを現さなかったから・・・」12節。
この部分、かなりナゾだ。
だって、モーセは人々に「水がない」と責められて、
神さまから「岩に命じなさい、そうすれば水が出るから」と言われて、
でも、もうイライラしていたのかもしれない。
「なんで、自分たちがこんなことをしなければいけないんだ!」と
岩を2回、バンバンと叩いたのだった。
それで、神さまからこのような叱責を受ける。
おそらく、「自分たちが・・・」という軽率な言葉と
命じなさい、と言われたのに、叩いたことが問題なんだと思う。
でも、それはちょっと厳しすぎるのでは・・・という声もあった。
ですよね。厳しいです。
でも、注意深く読んでいると、
6節では、不平を言うこの民の前を去って、
神の前に行ってひれ伏している。
この態度は正しい態度だと思う。
人々から責められて、でも、すぐに彼らは神に向かって、神からの解決を受けようとする。
ところが、彼らは形の上では神の前に行ったけれども、心のなかには人々に対する怒りや自分がこんなにやっているのに・・・という気持ちなどいろんな思いが渦を巻いていたのだと思う。
だから、「なんで自分たちがこんなことを・・・」という言葉が飛び出してきたのだと思う。
だから「命じなさい」と言われたのに「2度叩く」という行為になってしまったのだ思う。
それを神は責められた。
ホントは神が彼らをリーダーとして立てられたのに、
いつの間にか、民との関係だけでモノを見るようになっていた。
そこに落とし穴があった。
結局、この民とモーセとの関係には、
神さまが出てこない。
直に要求と答えがぶつかっている。
振り返って、自分の心を覗いてみた。
ほんとうに自分の話だと思った。
自分も「みんなが言うから」とか、
「皆さんがそう思うなら」とか、
そういうことに心が向いていることがある。
違うのだ。
神さまが命じられることに従うのだ。
神さまが立たせて下さり、
神さまが使命を与えてくださるからでていくのだ。
責任転嫁をしてはいけない。
神さまが与えようとしている使命をしっかりと見据えて、
人のせいにしないで、信仰者として決断して進んでいく。
その大切さを思わされた。
主よ、
どうか、私が、いつもあなたとの関係で答えをいただいて、
あなたの与えられた使命に立って、
歩んでいくことができますように。
平安を与えてください。
車の窓の半分は凍って半分は大丈夫でした。
でも、明日の朝はバリバリに凍りそうです。
今は夜の10時半ですが、5.3度C。
明日の朝は0度くらいに下がりそうです。
それに今夜は一年で一回の、1時間長い夜。
明日の朝、ちょっとゆっくり休めるかと思うとホッとします。
そう、今朝はどういうわけか、目覚ましに使っているiPhoneのアラームが1時間早くなりました。朝の4時40分。「え〜!?」ともう一度寝ようかと思いましたが、予定の5時40分に鳴らなかったら、どうしようか、と気になって、もう眠れません。
そして、その運命の5時40分。
鳴りませんでした・・・。
これはコワイですね。
ヨーロッパとアメリカとでの夏時間の終わるタイミングが違うがゆえにプログラムミスでこうなってしまったのだとは思いますが、もしも、間違えて1日早く夏時間が終る設定だったら、1時間遅く鳴ってくれるはずだったのですが(これも困るが・・・)、どういうわけか、1時間早く鳴ったわけだ。多分、シロウトのわかるレベルのバグではないのだろう。
それに、午後3時前のアラームはバッチリ時間通り鳴っていた。
なんだか、訳がわからない。
ま、とりあえず、しばらく他の目覚ましで起きることにして、様子見だ。
さて、今日は、「日々のみことば」の方ではなくて、朝の祈祷会で開いた民数記の20章1−13節から。
「あなたがたはわたしを信じないで、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを現さなかったから・・・」12節。
この部分、かなりナゾだ。
だって、モーセは人々に「水がない」と責められて、
神さまから「岩に命じなさい、そうすれば水が出るから」と言われて、
でも、もうイライラしていたのかもしれない。
「なんで、自分たちがこんなことをしなければいけないんだ!」と
岩を2回、バンバンと叩いたのだった。
それで、神さまからこのような叱責を受ける。
おそらく、「自分たちが・・・」という軽率な言葉と
命じなさい、と言われたのに、叩いたことが問題なんだと思う。
でも、それはちょっと厳しすぎるのでは・・・という声もあった。
ですよね。厳しいです。
でも、注意深く読んでいると、
6節では、不平を言うこの民の前を去って、
神の前に行ってひれ伏している。
この態度は正しい態度だと思う。
人々から責められて、でも、すぐに彼らは神に向かって、神からの解決を受けようとする。
ところが、彼らは形の上では神の前に行ったけれども、心のなかには人々に対する怒りや自分がこんなにやっているのに・・・という気持ちなどいろんな思いが渦を巻いていたのだと思う。
だから、「なんで自分たちがこんなことを・・・」という言葉が飛び出してきたのだと思う。
だから「命じなさい」と言われたのに「2度叩く」という行為になってしまったのだ思う。
それを神は責められた。
ホントは神が彼らをリーダーとして立てられたのに、
いつの間にか、民との関係だけでモノを見るようになっていた。
そこに落とし穴があった。
結局、この民とモーセとの関係には、
神さまが出てこない。
直に要求と答えがぶつかっている。
振り返って、自分の心を覗いてみた。
ほんとうに自分の話だと思った。
自分も「みんなが言うから」とか、
「皆さんがそう思うなら」とか、
そういうことに心が向いていることがある。
違うのだ。
神さまが命じられることに従うのだ。
神さまが立たせて下さり、
神さまが使命を与えてくださるからでていくのだ。
責任転嫁をしてはいけない。
神さまが与えようとしている使命をしっかりと見据えて、
人のせいにしないで、信仰者として決断して進んでいく。
その大切さを思わされた。
主よ、
どうか、私が、いつもあなたとの関係で答えをいただいて、
あなたの与えられた使命に立って、
歩んでいくことができますように。
平安を与えてください。
2010-10-26
Superdry(TM) Paramus進出。
今朝は暖かかったです。
朝から16度。
その中で、10日ぶりのジョギング。
紅葉の真っ盛りの公園も、モヤっていました。
昼間は晴れて暖かくなりました。
この暖かさ木曜日まで続くようで、
今のうちに楽しんでおかなければ・・・です。
今夜これから雨。
明日も雨が降ったりやんだりみたいです。
さて、今日の夜、ちょうど送られてきたクーポンを持って、
しばらく懸案になっていた靴を買いに、近くのショッピングモールに行ったのですが、
靴のサイズを測ってもらったら、「そんな小さいのはない」と言われて、
なんだか、存在を否定されたような気がして(大げさ)、
おもいっきり凹んで、ショッピングモールをぐるぐる徘徊。
気晴らしにSony StyleでVaio Pか、Apple Storeで11in のMacBook Airかを買ってしまうような勢いでしたよ。そしたら、Vaio Pは置いてなくて、MBAは思ったより重くて、もちろん買いませんでしたけどね。いや、そうじゃなくても、予算的に無理でしたが・・・。
でも、そろそろ帰ろうかな、と思ったところで出会ったのが、
この看板。11月の終り頃に開店する、お店の広告でした。
ん?小さい字で「極度乾燥(しなさい)」?
なんだこの命令口調は?これは狙ったボケか、それとも天然か?
中国系の食料品店に並んでいる怪しい日本語入りスナックの仲間か?
ということで、ググッてみたところ、
ヒットするヒットする。イギリスでは各地にあるチェーン店だそうですね。
ヨーロッパ各地にも展開しています。
そして、アメリカでも、マンハッタンに1軒、そして、ウッドベリーのアウトレットに1軒。
だったら、これは絶対「狙ってるんだろう」と思いますよね。
でも、HPに行ったら、「もしかして、狙ったわけじゃないかも・・・」というワケ分からん日本語が氾濫。
「製造所を最作」
「会員証な」
「東京はえ精神」
「日馬車ソフト業務用」
ナゾめいている。
だいたい、カッコいいお兄ちゃん、お姉ちゃんが、大真面目な顔をして、
このTシャツを着てポーズを決めているのが、不思議すぎる。
「極度乾燥(しなさい)」開店が楽しみだ。11月26日。
絶対買わないけど・・・。
ってゆーか、「日馬車ソフト業務用」のTシャツに42ドルは出さないでしょう。ふつう。
80%OFFとかだったら・・・やっぱり買わないな。
ってゆーか、このTシャツいかす(死語?)でしょう!って感じで着てる普通のアメリカ人のお兄ちゃんに「この日本語どういう意味?」って聞かれたら、どうしよう・・・。
さて、今日の聖書。
列王記第一21:1−10。
「アハブは不きげんになり、激しく怒りながら・・・」4節。
実は昨日のところでも、20:43に同じ表現が出てくる。
ちょっと思い通りに行かなかったり、責められたりすると、
不きげんになって、怒ってしまうアハブ。
この姿を見ながら、自分を見ているような気分でした。
(夜の靴屋の対応に不きげんになっている自分にも、またガックリ)
神様の警告を聞いたときに、
また自分の思い通りにことが進まないときに、
不きげんにならないで、主を見上げるものでありたいと思います。
主よ、
私の心を守ってください。
自分はこのアハブを笑えません。
主よ、私が、ただただ、あなたに仕え、
人を愛し、人に仕えることに心を向ける者でありますように。
朝から16度。
その中で、10日ぶりのジョギング。
紅葉の真っ盛りの公園も、モヤっていました。
昼間は晴れて暖かくなりました。
この暖かさ木曜日まで続くようで、
今のうちに楽しんでおかなければ・・・です。
今夜これから雨。
明日も雨が降ったりやんだりみたいです。
さて、今日の夜、ちょうど送られてきたクーポンを持って、
しばらく懸案になっていた靴を買いに、近くのショッピングモールに行ったのですが、
靴のサイズを測ってもらったら、「そんな小さいのはない」と言われて、
なんだか、存在を否定されたような気がして(大げさ)、
おもいっきり凹んで、ショッピングモールをぐるぐる徘徊。
気晴らしにSony StyleでVaio Pか、Apple Storeで11in のMacBook Airかを買ってしまうような勢いでしたよ。そしたら、Vaio Pは置いてなくて、MBAは思ったより重くて、もちろん買いませんでしたけどね。いや、そうじゃなくても、予算的に無理でしたが・・・。
でも、そろそろ帰ろうかな、と思ったところで出会ったのが、
この看板。11月の終り頃に開店する、お店の広告でした。
ん?小さい字で「極度乾燥(しなさい)」?
なんだこの命令口調は?これは狙ったボケか、それとも天然か?
中国系の食料品店に並んでいる怪しい日本語入りスナックの仲間か?
ということで、ググッてみたところ、
ヒットするヒットする。イギリスでは各地にあるチェーン店だそうですね。
ヨーロッパ各地にも展開しています。
そして、アメリカでも、マンハッタンに1軒、そして、ウッドベリーのアウトレットに1軒。
だったら、これは絶対「狙ってるんだろう」と思いますよね。
でも、HPに行ったら、「もしかして、狙ったわけじゃないかも・・・」というワケ分からん日本語が氾濫。
「製造所を最作」
「会員証な」
「東京はえ精神」
「日馬車ソフト業務用」
ナゾめいている。
だいたい、カッコいいお兄ちゃん、お姉ちゃんが、大真面目な顔をして、
このTシャツを着てポーズを決めているのが、不思議すぎる。
「極度乾燥(しなさい)」開店が楽しみだ。11月26日。
絶対買わないけど・・・。
ってゆーか、「日馬車ソフト業務用」のTシャツに42ドルは出さないでしょう。ふつう。
80%OFFとかだったら・・・やっぱり買わないな。
ってゆーか、このTシャツいかす(死語?)でしょう!って感じで着てる普通のアメリカ人のお兄ちゃんに「この日本語どういう意味?」って聞かれたら、どうしよう・・・。
さて、今日の聖書。
列王記第一21:1−10。
「アハブは不きげんになり、激しく怒りながら・・・」4節。
実は昨日のところでも、20:43に同じ表現が出てくる。
ちょっと思い通りに行かなかったり、責められたりすると、
不きげんになって、怒ってしまうアハブ。
この姿を見ながら、自分を見ているような気分でした。
(夜の靴屋の対応に不きげんになっている自分にも、またガックリ)
神様の警告を聞いたときに、
また自分の思い通りにことが進まないときに、
不きげんにならないで、主を見上げるものでありたいと思います。
主よ、
私の心を守ってください。
自分はこのアハブを笑えません。
主よ、私が、ただただ、あなたに仕え、
人を愛し、人に仕えることに心を向ける者でありますように。
2010-09-14
「片付け魔になります!」宣言。
何度したことだろうか?この宣言。
でも、片付いているのはせいぜい3日だよね。
というか、「思いついたように」片付けるヤツは、
つまり片付けのできないヤツなんだ。
この10日間ほどの間に、4組9人の方々にお泊りいただいたのだが、
そのお泊りいただく部屋は、私の勉強スペースを通らないと行けない。
JOYJOYキャンプが終わってから(・・・もう1ヶ月!)、
なかなかかたづけることができない。
だから、お客さまに「バレバレ」なんですよね。
「片付けられない男・かきごおり」の評判は全地にあまねく響きわたっている、です。
そんなところに、こんな記事が・・・。
片付けられない人は・・・。
・他人の話をあまり聞かない
・自分の損得を考えて行動する
・時間にルーズ
・決断ができない
・持ち物の管理ができない
なんていろいろ出てくるけど、
いやあ、当たっているからねえ。
「思い切りがよい」と、きれいになるでしょうかね。
何事も「あとで・・・」と思うからいけない・・・のかな。
でも、「今日できることは明日にしない」という生き方よりも、
「明日でいいことは、無理に今日しない」という、力を抜いた生き方の方が、
個人的には好きなんですが・・・。
今日はこの記事を読んで、「よし、片付けるぞ」と思ったのですが、
「ま、明日からかな・・・」と、落ち着くべきところに落ち着いています。
今朝、起きたら、あたりは霧で包まれていました。
教会に行くのに、ちょっとスピードを出したら、コワイくらい。
でも、なんと教会についたら、スカッと晴れています。
途中、ホンの数百メートルでがらっと視界が変わるところもありました。
オモシロイですねえ。天気は本当に不思議。
昨日の「日々のみことば」から。
第1列王記5:1−18。
「ヒラムはダビデといつも友情を保っていたからである」1節。
ソロモンが神殿を建てるために、大きな助けとなったヒラムは、
ダビデの存在ゆえに、ソロモンに助けを申し出た。
ダビデが準備して、ソロモンは神殿を建てることができたのだ。
次の世代への投資。
それによって、今の私たちは生かされている。
先輩たちが投資をしたら、今の自分が生かされていて、
自分は恩恵にあずかっている。
自分も次の世代のために、どんな投資ができるだろうか。
ダビデが自分が生きている間に、その投資の実である神殿を見ることができなかったように、
私たちは自分の投資の結果を見ることができないかもしれない。
でも、たとえ、自分でその結果を見ることができなかったとしても、
勇気と信仰を持って、投資をしていこうと思う。
意味のある投資をしていきたいと思う。
主よ、
私も意味のある投資をしたい。
人生自体をあなたのために、次の世代のために、投資をしたい。
自分がその実を見ることができなくても、
誰もそのために自分が投資したことに気がつかなくても、
あなたが導かれるような投資をしたい。
人生全体をあなたのために投資させてください。
でも、片付いているのはせいぜい3日だよね。
というか、「思いついたように」片付けるヤツは、
つまり片付けのできないヤツなんだ。
この10日間ほどの間に、4組9人の方々にお泊りいただいたのだが、
そのお泊りいただく部屋は、私の勉強スペースを通らないと行けない。
JOYJOYキャンプが終わってから(・・・もう1ヶ月!)、
なかなかかたづけることができない。
だから、お客さまに「バレバレ」なんですよね。
「片付けられない男・かきごおり」の評判は全地にあまねく響きわたっている、です。
そんなところに、こんな記事が・・・。
片付けられない人は・・・。
・他人の話をあまり聞かない
・自分の損得を考えて行動する
・時間にルーズ
・決断ができない
・持ち物の管理ができない
なんていろいろ出てくるけど、
いやあ、当たっているからねえ。
「思い切りがよい」と、きれいになるでしょうかね。
何事も「あとで・・・」と思うからいけない・・・のかな。
でも、「今日できることは明日にしない」という生き方よりも、
「明日でいいことは、無理に今日しない」という、力を抜いた生き方の方が、
個人的には好きなんですが・・・。
今日はこの記事を読んで、「よし、片付けるぞ」と思ったのですが、
「ま、明日からかな・・・」と、落ち着くべきところに落ち着いています。
今朝、起きたら、あたりは霧で包まれていました。
教会に行くのに、ちょっとスピードを出したら、コワイくらい。
でも、なんと教会についたら、スカッと晴れています。
途中、ホンの数百メートルでがらっと視界が変わるところもありました。
オモシロイですねえ。天気は本当に不思議。
昨日の「日々のみことば」から。
第1列王記5:1−18。
「ヒラムはダビデといつも友情を保っていたからである」1節。
ソロモンが神殿を建てるために、大きな助けとなったヒラムは、
ダビデの存在ゆえに、ソロモンに助けを申し出た。
ダビデが準備して、ソロモンは神殿を建てることができたのだ。
次の世代への投資。
それによって、今の私たちは生かされている。
先輩たちが投資をしたら、今の自分が生かされていて、
自分は恩恵にあずかっている。
自分も次の世代のために、どんな投資ができるだろうか。
ダビデが自分が生きている間に、その投資の実である神殿を見ることができなかったように、
私たちは自分の投資の結果を見ることができないかもしれない。
でも、たとえ、自分でその結果を見ることができなかったとしても、
勇気と信仰を持って、投資をしていこうと思う。
意味のある投資をしていきたいと思う。
主よ、
私も意味のある投資をしたい。
人生自体をあなたのために、次の世代のために、投資をしたい。
自分がその実を見ることができなくても、
誰もそのために自分が投資したことに気がつかなくても、
あなたが導かれるような投資をしたい。
人生全体をあなたのために投資させてください。
2010-09-13
友と同労者と先輩と。
もうすっかり秋ですね。
「もう夏は終わってしまったんですか?」なんて
寂しそうに言う方もおられますが、
今年の夏は十分暑かったです。
日本ほどじゃないですが、
かなり暑かったです。
で、もう秋です。
30度を超える日は来年の5月くらいまではもうないのでは・・・と思います。
明日は、晴れ。
明日の夜はぐっと冷えますから、
お風邪などお召しになりませんように。
先週末は、シカゴから、
はちこさんとぼぼるさんと2人のお子さんたちがおいでになりました。
前回、2年前はあちらは4人の子供たち、こっちも3人の子供たち+KO-NY高校に行っていた男の子で8人の子供たちで、8人の子供たちと4人の大人でそれぞれ盛り上がったのですが、今回は、互いに2人ずつ。時の流れを感じないではいられませんでした。
でも、大人は、面と向かってゆっくりお話をするのは2回目、とは思えないほど、語り合いい、祈り合い、幸いな時を過ごすことができました。本当に良き友が与えられたと感謝。
そんな一時を過ごしていると、同労者親友のK先生から電話。
「鹿にぶつかってしまった!」
え〜!?
ですよね。
ご存じの方も多いかと思いますが、(かな?)
ぼぼるさんはこの2年余りで2回も鹿との衝突を経験されていて、
今回も祈りながらの運転です。
1回目。
2回目。
うーん、こうやって改めて写真を拝見してみると、2回目は、ほんと、すごかったんですね。
話は戻って、K先生の鹿との衝突。
立派な角をした大きな鹿で、
角がヘッドライトに突き刺さって、
体が助手席側のドアにぶつかってきたそうです。
そして、助手席のドアは開かなくなって・・・と、
本当に動揺されているようでした。
一言祈って電話を切ったのですが、
その経験で、先生は目がさめるような気持ちになったそうです。
暗い中、気がつかないで走っていて、
突然どかっとぶつかって気がつく、
私たちの心の状態もそういう時があるのではないかと。
この経験はwake up callだったそうです。
そして、神の前に引き出されて守った礼拝は、
先生ご自身にとっても、
礼拝に出られた方々にとっても、
本当に素晴らしい礼拝になったそうです。
そんな話を、今日の牧師会のあと、分かち合ってくださって、
共に祈る時を持たせていただきました。
私自身も神様の前に引き出されるような気持ちでした。
こんな素晴らしい同労者を与えられていることに本当に感謝。
ちなみに、今日、牧師会にその車に乗ってこられたので、ご紹介。
うーん、はちこさんとぼぼるさんの車の写真を見たあとだと、
「え、これだけ?」って感じもしますが、
ものすごい衝撃だったそうです。
今頃、ちょうど、はちこ&ぼぼるご一家はシカゴまでの道をひた走っている最中でしょう。
無事に戻られることを祈りつつ。
そして、夜はNYでのVIP-NYの集会。
こちらでメッセージをされたのは元気なL先生。
この先生のパワーにはいつも励まされ、圧倒されています。
牧師としては私の方が長いのかもしれませんが、
人生の先輩で、またいろいろな経験をしてこられた先輩です。
「解放されることの大切さ」をお話してくださいました。
一つまた祈りの課題を示されています。
主が多くの方々を私の周りに置き、
私を恵もうとされていることに、喜びが与えられます。
長くなりました。
最近の「日々のみことば」から。
先週の金曜日は第1列王記3:16−28を読みました。
ソロモン王の知恵を紹介するエピソードです。
一人の子供を、「自分の子だ」と主張してやまない二人の女性に対して、
ソロモンは言います。「その子を切って二つに分けなさい」と。
その時のそのうちの一人の女性の様子を表す言葉です。
「すると、生きている子の母親は、自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、王に申し立てて言った。『わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください』」26節。
この聖書のポイントはソロモンの知恵ですから、
そのポイントとは外れるのですが、
この愛の母親の姿に、
私は本当にこのような愛で人々を愛しているだろうかと、
そのことを探られたのです。
教会を愛し、教会の人々を愛し、
その他、出会う一人ひとりをこの母親の胸が焦げるような愛で、
愛しているだろうか?
何か本人の祝福にならないことがあっても、「まあ、しょうがない」と思ったりしていないだろうか?
本当にその人が永遠の命をいただくために胸を焦がしているだろうか?
がっかりしたり、傷ついたりするのが怖くて、嫌で、
最初から諦めたり、対面するところから逃げていることはないだろうか?
愛することを教えていただきたい。
愛することを経験させてもらいたい。
主よ、
愛することを教えてください。
あなたが与えてくださった、周りの方々を、
愛することを教えてください。
逃げないで、愛することができますように。
「もう夏は終わってしまったんですか?」なんて
寂しそうに言う方もおられますが、
今年の夏は十分暑かったです。
日本ほどじゃないですが、
かなり暑かったです。
で、もう秋です。
30度を超える日は来年の5月くらいまではもうないのでは・・・と思います。
明日は、晴れ。
明日の夜はぐっと冷えますから、
お風邪などお召しになりませんように。
先週末は、シカゴから、
はちこさんとぼぼるさんと2人のお子さんたちがおいでになりました。
前回、2年前はあちらは4人の子供たち、こっちも3人の子供たち+KO-NY高校に行っていた男の子で8人の子供たちで、8人の子供たちと4人の大人でそれぞれ盛り上がったのですが、今回は、互いに2人ずつ。時の流れを感じないではいられませんでした。
でも、大人は、面と向かってゆっくりお話をするのは2回目、とは思えないほど、語り合いい、祈り合い、幸いな時を過ごすことができました。本当に良き友が与えられたと感謝。
そんな一時を過ごしていると、同労者親友のK先生から電話。
「鹿にぶつかってしまった!」
え〜!?
ですよね。
ご存じの方も多いかと思いますが、(かな?)
ぼぼるさんはこの2年余りで2回も鹿との衝突を経験されていて、
今回も祈りながらの運転です。
1回目。
2回目。
うーん、こうやって改めて写真を拝見してみると、2回目は、ほんと、すごかったんですね。
話は戻って、K先生の鹿との衝突。
立派な角をした大きな鹿で、
角がヘッドライトに突き刺さって、
体が助手席側のドアにぶつかってきたそうです。
そして、助手席のドアは開かなくなって・・・と、
本当に動揺されているようでした。
一言祈って電話を切ったのですが、
その経験で、先生は目がさめるような気持ちになったそうです。
暗い中、気がつかないで走っていて、
突然どかっとぶつかって気がつく、
私たちの心の状態もそういう時があるのではないかと。
この経験はwake up callだったそうです。
そして、神の前に引き出されて守った礼拝は、
先生ご自身にとっても、
礼拝に出られた方々にとっても、
本当に素晴らしい礼拝になったそうです。
そんな話を、今日の牧師会のあと、分かち合ってくださって、
共に祈る時を持たせていただきました。
私自身も神様の前に引き出されるような気持ちでした。
こんな素晴らしい同労者を与えられていることに本当に感謝。
ちなみに、今日、牧師会にその車に乗ってこられたので、ご紹介。
うーん、はちこさんとぼぼるさんの車の写真を見たあとだと、
「え、これだけ?」って感じもしますが、
ものすごい衝撃だったそうです。
今頃、ちょうど、はちこ&ぼぼるご一家はシカゴまでの道をひた走っている最中でしょう。
無事に戻られることを祈りつつ。
そして、夜はNYでのVIP-NYの集会。
こちらでメッセージをされたのは元気なL先生。
この先生のパワーにはいつも励まされ、圧倒されています。
牧師としては私の方が長いのかもしれませんが、
人生の先輩で、またいろいろな経験をしてこられた先輩です。
「解放されることの大切さ」をお話してくださいました。
一つまた祈りの課題を示されています。
主が多くの方々を私の周りに置き、
私を恵もうとされていることに、喜びが与えられます。
長くなりました。
最近の「日々のみことば」から。
先週の金曜日は第1列王記3:16−28を読みました。
ソロモン王の知恵を紹介するエピソードです。
一人の子供を、「自分の子だ」と主張してやまない二人の女性に対して、
ソロモンは言います。「その子を切って二つに分けなさい」と。
その時のそのうちの一人の女性の様子を表す言葉です。
「すると、生きている子の母親は、自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、王に申し立てて言った。『わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください』」26節。
この聖書のポイントはソロモンの知恵ですから、
そのポイントとは外れるのですが、
この愛の母親の姿に、
私は本当にこのような愛で人々を愛しているだろうかと、
そのことを探られたのです。
教会を愛し、教会の人々を愛し、
その他、出会う一人ひとりをこの母親の胸が焦げるような愛で、
愛しているだろうか?
何か本人の祝福にならないことがあっても、「まあ、しょうがない」と思ったりしていないだろうか?
本当にその人が永遠の命をいただくために胸を焦がしているだろうか?
がっかりしたり、傷ついたりするのが怖くて、嫌で、
最初から諦めたり、対面するところから逃げていることはないだろうか?
愛することを教えていただきたい。
愛することを経験させてもらいたい。
主よ、
愛することを教えてください。
あなたが与えてくださった、周りの方々を、
愛することを教えてください。
逃げないで、愛することができますように。
2010-08-29
また熱波。
また熱波が来るらしい。
今日もそこそこ暑かったけど、
明日から数日、35度くらいまで上がるらしい。
湿度はそれほどでもないようで、
朝晩は涼しいみたいですが・・・。
でも、週末の合同ファミリーキャンプの頃にはまた冷えて、
会場あたりでは一桁ですね。9度とか。もちろん、摂氏だけど。
さて、さっき、プリンストンの牧師と話していたら、
今日は自タイ、とうとうプリンストンの礼拝に現れたらしい。
ワシントンの教会の子供のプログラムにも現れたらしいし。
まあ、こちらは、私のアドバイスを素直に受け止めて、
ちゃんと事前にほのめかしメールを送っていたそうだけど・・・。
まさか東海岸合同ファミリーキャンプに飛び入りはないと思うけど・・・。
(誘ってないからね・・・別に・・・)
あ、明日からのUSオープンテニス、圭くんが予選突破だってね。
明日早速1回戦。期待しよう。
昨日の聖書。
レビ記14:21−32。
「祭司はその手のひらにある油をきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に、すなわち罪過のためのいけにえの血と同じところにつける。」28節。
前日の箇所では「犠牲の動物の血」がそこにつけられたけれども、
この日の箇所では、「油」がつけられている。
油は聖書では「聖霊」。
私たちの赦されなければいけなかった部分、
きよめられなければいけない部分に、
油が注がれた。
聖霊が、私たちの弱いところ、迷ってしまうところ、
そこに注がれる。
聖霊様にもっと自由に、
もっと圧倒的に働いていただきたいと思った。
聖霊様、
私の弱いところに触れてください。
そして、あなたの御業をなしてください。
ご自由にお働きください。
あなたに身を委ねます。
今日もそこそこ暑かったけど、
明日から数日、35度くらいまで上がるらしい。
湿度はそれほどでもないようで、
朝晩は涼しいみたいですが・・・。
でも、週末の合同ファミリーキャンプの頃にはまた冷えて、
会場あたりでは一桁ですね。9度とか。もちろん、摂氏だけど。
さて、さっき、プリンストンの牧師と話していたら、
今日は自タイ、とうとうプリンストンの礼拝に現れたらしい。
ワシントンの教会の子供のプログラムにも現れたらしいし。
まあ、こちらは、私のアドバイスを素直に受け止めて、
ちゃんと事前にほのめかしメールを送っていたそうだけど・・・。
まさか東海岸合同ファミリーキャンプに飛び入りはないと思うけど・・・。
(誘ってないからね・・・別に・・・)
あ、明日からのUSオープンテニス、圭くんが予選突破だってね。
明日早速1回戦。期待しよう。
昨日の聖書。
レビ記14:21−32。
「祭司はその手のひらにある油をきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に、すなわち罪過のためのいけにえの血と同じところにつける。」28節。
前日の箇所では「犠牲の動物の血」がそこにつけられたけれども、
この日の箇所では、「油」がつけられている。
油は聖書では「聖霊」。
私たちの赦されなければいけなかった部分、
きよめられなければいけない部分に、
油が注がれた。
聖霊が、私たちの弱いところ、迷ってしまうところ、
そこに注がれる。
聖霊様にもっと自由に、
もっと圧倒的に働いていただきたいと思った。
聖霊様、
私の弱いところに触れてください。
そして、あなたの御業をなしてください。
ご自由にお働きください。
あなたに身を委ねます。
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