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2013-04-26

イチローの背中満喫。

昨日も、今日も、結構暖かくなりました。
本当に春本番。
この先もずっと天気が良さそうです。
花粉症の方も、恐れていたのですが、
それほどひどくならないで守られています。

このまま、いつの間にか終わっている、というのが一番いいのですが・・・。

昨日は更新ができませんでしたが、
朝は「聖書の教え基礎コース」で幸いな学びのときを持ち、
午後はキッズクラブ。
そして、夜はお出かけしました。

日本からおいでになったご夫妻が、日曜日に、

「先生、金曜日帰るんですけど、いつか、ゆっくりお話ししたいですねえ。いつか、予定空いている日はありませんか?」

と聞かれて、カレンダーを頭の中で繰っていると、
「うーん、木曜日の夜くらいしか、空いていないなあ・・・。」
「あ、その日、Yankeesの試合に行こうと考えているんですよ。一緒にどうですか?できれば運転も・・・。」という話になって・・・。

はい、行って参りました。3年ぶり。

こんな日本人投手の投げる日。



はい、クロダ君。
最初2本ホームランを打たれて、今日はダメかな、と思いましたが、その後立ち直って、勝ち投手。

そして、こんな日本人外野手の真後ろ。



我らがイチロー君ですねえ。
今年はスタメン落ちが何回かあったし、
前日はレフトだったりしたので、心配しましたが、この日はちゃんとライト。

彼の真後ろだったので、たくさん写真を撮りました。
でも、ホントに後ろ姿ばっかり。
そして、ホントにボールが飛んできませんでしたねえ。
去年の同僚/川崎の二塁打を処理しただけで、一度もアウトにするチャンスがなかったです。

なんとか横顔を撮れたのがこの写真。
9回ツーアウトということで、ちょっとうれしいそう。



でも、2安打を打った彼は、こんな盗塁をしてくれました。



タイミング的には厳しかったのですが、セカンドがボールを取れずにセーフ。

そして、締めは、この人。


守護神リベラですが、昨夜は全く危なげなし。
ちなみに、彼は熱心なクリスチャンです!
よく見ると握りは得意のカッターですね。

ご一緒させていただいた、ご夫妻にも登場願いましょう。


はい、ちゃんとイチロー君も一緒に写ってくれました!

楽しかったです。
試合も逆転勝ちだし、一緒に行ったお二人もとても楽しい方々で、3人で盛り上がって、大満足。

その後、夜遅くまで、ウチの夫婦と4人になって、
最初の目的(?)だった、同じ信仰をもつ者としての話、
時を忘れて、たくさんたくさん、分かち合いました。感謝。

さて、火曜日、23日の「日々のみことば」
火曜日はサムエル記下の12章。

「主もまたあなたの罪を除かれました」13節。

ダビデが罪を隠し通そうとしたときに、
神は預言者ナタンを送ってダビデの罪を示されました。

ダビデが悔い改めた時にナタンは罪の赦しを宣告します。
しかし、その生まれた赤ん坊は亡くなり、
またその後にもこの家庭にはいろいろなトラブルが続きます。

じゃあ、「赦される」ってどういうことなんだろうと思います。

万事うまくいってくれればいいんですが、
このダビデのケースだと、赤ん坊も助かり、
ダビデ自身もその家族も、守られるといいのですが、
そうではなかった・・・。

では赦しって何だろう?

そんなことを思いめぐらしていた時に、
「聖書の教え基礎コース」で学んでいたことを思い出しました。

「神様との関係の回復」なんだと。

ダビデはこのあともたくさん戦いがあります。

でも、その中で、神様との関係に生かされていった。
詩篇32篇や51篇を読んでみて、
罪を悔い改める前のダビデはどんなに苦しかっただろうか、と。
でも、赦されたダビデは戦いや困難の中でも、
神様と共に歩む平安を知っていた。

私もそうだ、神様と共に生きる平安が与えられている。
それでいいんだと思わされました。
最近、ちょっと捕われている不全感、これでいいんだろうかと。
でも、イエスによって赦され、神様と共に生きる者とされている喜びを続けて味わっていきたいと思います。

主よ、
わたしの罪を赦してくださってありがとうございます。
困難や戦いの中でも、あなたの恵みの中に、感謝しつつ歩む者とならせてください。

2012-07-11

「信仰によって今も語っている」

前に書いたのはいつだったかなあ、と思ってみてみたら、6月11日、ちょうど一ヶ月前。

そのあと、どんなことがあったかなあ、と振り返ってみると、
12日から日本の宮古で被災地支援をしておられる牧師夫妻と時間を過ごして、
25日から「ひがきゃん」があって、
2日から「教会ミニキャンプ」があって・・・と続いて、
その間に上の娘の高校の卒業式があったり、
暑い中、庭の片付けをしたり・・・
Facebookの方が気楽なので、ちょこちょこ書いてきましたが、
こちらはなかなか手つかずでした。

今週は急遽外に出ることになでも、おかげでこうやって時間ができて、久しぶりの更新。1ヶ月も休んで、訪問してくださる方はいるんだろうか・・・と思いながら、昨日の出来事を。

先週の木曜日、ここにも何回かご紹介している私たちの大切な方が主のみもとに召されていかれました。

父と同じ年に生まれ、父と同郷の島根県で育たれ、私の名前も一発で読めた方。
くわしくはこちら
息子がアトランタの大学に入ってからは、毎年、夏の終わりに大学に息子を送っていく時は、お寄りしていました。たくさんお世話になりました。

昨日、メモリアルサービスがあり、ここまで数ヶ月、あまりまとまった時間が取れないできたのに、今週は特別な動かせない用事がない1週間。

これは「行って来なさい」と主が言われたのだと、感じて(元々あんまりそういうのない人なんですが・・・)、教会の皆さんにも祈られ、励まされ、車を12時間ほど走らせて、お伺いしました。




象徴的だったのが、この聖書とバッジ。

60代半ばで教会に通い始めたこの方が、どれほど一生懸命聖書を読み、聖書に聞いてきたか、それを感じさせる書き込みがいっぱい。ところどころ日本語も見える。

そして、このバッジは、「歓迎係」用のバッジです。
クリスチャンになられてからは今では6000人の方が集まるというこの教会(行き始めたころは数百人だったそうですが)で、歓迎係をニコニコしながらされていたそうです。

この言葉を思い出しました。

「彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。」ヘブル11:4

2011-10-26

冬が来るよ。

今日は雨は降りませんでしたね。
でも、明日は雨です。
降水確率100パーセントの予報が出ています。
そして、北や西の方は雪の予報です。
今日はデンバーではいきなり大雪だったみたいですね。
そこまではいかないでしょうが、5センチくらいの積雪の予報が出ているところがあります。


金曜日は一時持ち直しますが、
土曜日はまた雨の可能性があります。
そして、土曜日は気温も低いので、ここら辺でも雪の可能性があります。
雪が降らなくても、日曜日の朝は氷点下に下がるかも。


ホントに一気に冬!です。


ダラスは月曜日の夕方に出発したのですが、
それはちょっと人に会う用事ができるかも・・・ということで、
時間を余分に取っていたのですが、
その方は、日曜日の礼拝に来られたので(そちらの方がうれしかった!)、
夕方まで時間ができました。


そこに飛び込んで来た南カルフォルニア在住のある方からのメール。
ちょうど、今日、ダラスに行くので、会いましょう!というお誘い。


1年4ヶ月ぶりにお会いする自タイの付き人氏でした。


初めてお会いした時はとっても怪しかったですが、
実は実績のあるスポーツライター。


こんな写真付きでこんな名文を書く方なんです。


で、スポーツキチガイのP教会のK牧師がうらやむだろうという、
本職の解説付きのスタジアム巡り(ただし外から)です。


まずはハイテクを駆使した、新しいカウボーイズのスタジアム。






全景はこちら。






そして、まさにその夜もワールドシリーズの第5戦が開かれたレンジャーズのスタジアム。




品格のあるとってもかっこいい球場です。






私は、今、にわかレンジャーズファンです。
今夜は試合が中止になったので、明日、レンジャーズに優勝を決めてもらいたいです。


ちなみに、お昼は教会のテキサス生まれ、テキサス育ち、日本では横田基地で飛行機の整備をしておられたボビーさんが、「テキサスならではのものを・・・」と(Tex-Mexじゃない)
authenticなメキシコ料理をごちそうしてくださいました。


メキシカン・コークも初めて知りました。コーンシロップじゃなくて砂糖を使ったコーラです。ここら辺でもどこかで買えるんだろうか?


土曜日の昼前に着いたのですが、ランチはご婦人方がご一緒下さいました。それから月曜日まで、ノーステキサス日本語バプテスト教会の皆さんは、牧師が留守だった中で、担当を決めて、入れ替わり、立ち替わり、おもてなし下さいました。


「遊んでばかりだったんじゃないの?」と誤解されるかもしれないなあ・・・と思いつつ、「そんなことないですよ、こんなことも、あんなこともしました」なんて野暮な反論の練習はしないことにします。おもてなし下さった皆さんに心からの感謝を込めて・・・。お祈りで支えてくださったNJの仲間たちにも感謝しつつ。


さて、日曜日から今日までは、1日1章ずつで一気にヨナ書を読みました。
その中で一番心に留まった言葉。
ヨナ書の中で、中心的な言葉ですが、


「まして、わたしは、この大きな町ニネベを惜しまないでいられようか」ヨナ4:11

主が裁きを宣言される時も、
それは悔い改めて帰ってくるための招きでもある。
主が裁きをなさる時も、
惜しんでおられる。痛みを覚えておられる。

主のみ思いを少し教えていただいたような、
そんな気がする朝でした。

主よ、
私はあなたの思いはわかりません。
私の思いを遥かに超えていて、想像できません。
でも、その思いを少し教えてくださって、
ありがとうございます。
もっともっと、あなたの思いを知ることができますように。

2011-05-10

立ち上がるために。

間もなく、あの地震から2ヶ月。
本当に世界が変わりました。
私自身もこのような思いで過ごしているとか、
このような生活をしているとか、
想像もできませんでした。


直接の被害に遭われた方々、
生活が変わってしまった方々、
大切な方々がいなくなってしまった方々、
もっとそうだと思います。


10年前に9/11の時に、更なるテロの不安と、ナショナリズムの高揚という二つの空気の中で、私は「早く元の生活に戻ってほしい」「元の、自分が知っていたアメリカはどこへ行ってしまったんだろうか」「元のアメリカに戻ってほしい」と思っていました。


でも、2ヶ月くらい経ったある日に出席したセミナーで、「私達はもうあの9/11より前には帰れません」ということばを聞いた時に、「ああ、そうなんだ」「もう自分たちは戻れないんだ」と気がついて、そのことを受け入れることができました。それは、立ち上がるために、前に進むためにとても大切な気づきでした。


2ヶ月間はずっとこの話は発信しないでおこうと思っていました。
そして、2ヶ月がたとうとしているこのとき、分かち合いたいと思いました。


日本も、世界も、3/11以前には戻りません。
あなたの生活も、私の生活も。
元のところには戻らない、新しい歩みをしているのです。


「宝のあるところに心もある」ということで、
すっかり山元町ファンになったので、
心に残った山元町の方からのメッセージを一つご紹介。


被災地 山元町から 被災者として思うこと


現地の皆さんのために心から祈っています。
アメリカから来ていた風変わりな中年看護師さん、
気がついたら、声をかけてやってください。
あと1週間くらい滞在するみたいです。


あ、今日はもう一つの話題。
和製ゴスペルヘヴィメタバンドのご一行様が、
無事NJにとうちゃく。
今日は「食事作りますから」と、
ちょうどあった食材で、ぱぱっと食事を作ってくださいました。
おまけに片付けも、バッチリ、最後まで丁寧にやってくださっています。


「旅人をもてなしなさい」と聖書にはありますが、
「旅人にもてなされて」しまいました。


感謝。



Music Player web

JCCNJでのご奉仕はありませんが、
英語の教会等でもご奉仕されるようです。
日曜日も朝から英語の教会に行かれるとのことで、
教会の皆さんにご紹介できないのは残念です。


こちらのためにも祈りつつ。


さて、今日の聖書。
今日は民数記20:1-13。


「あなたがたはわたしを信ぜず、わたしをイスラエルの人々の前に聖なる者としなかった。」12節。

モーセとアロンは「水がない」という人々に対し、「岩に命じて水を出させなさい」と神様からの命令を受けます。しかし、モーセは怒りに任せて、「どうして、私達があなた方のために水を出さなければいけないのだ!!」と岩を打ってしまうのです。

水は出るのですが、神さまは、この言葉をモーセに語られます。

神様の聖なることを表さなかった。

モーセは指導者として、人々にそのことを教える責任があった、その使命があった。

わたしも牧師として、同じ使命をいただいていると思います。
人々に神様の聖なることを示す。
もちろん、神様の愛を示す。

その責任を果たしているだろうか?

とわれていると思いました。

本当にそのことを表す者でありたいと思います。
その責任を果たさせていただきたいと思います。

主よ、
あなたの栄光を表す者とならせてください。
あなたの聖なることをはっきりと示す者とならせてください。
そのためにわたし自身が神様のきよさに触れることができますように。

2011-03-29

ひと。

のんちは、無事日本に着いて、
成田で、看護学校時代の友人たちに迎えられたそうだ。
卒業のあとずっと(30年くらい?)看護師として、
今や多くの友人が師長、副師長レベル。
いろいろ情報をもらったり、今や貴重品となった水のボトルを買ってもらったり、
たいやきをごちそうになったり、幸いな時を持ったらしい。

そして、日本時間の30日の朝には、
川崎の教会のクリニックの方々から、
「今日の午後から福島のいわき市に行きますが、ご一緒しますか?」と声をかけていただいたそうだ。まだ、日本について24時間も経っておらず、住民票も保険証もないので、残念ながらお断りしたそうだが、本当にありがたい話だ。

こちら、NJのかきごおり家は、夜にはお子さんの大学見学でNYに来られていた友人一家が訪問してくださった。
時間があっという間に過ぎる楽しい話と、最後には一緒に神様の前に出てお祈り。
本当に励まされた。
皆さんが自分の料理を「おいしい、おいしい」と召し上がってくださったことも、とてもうれしかった。ほめ上手!

神様は人を与えてくださっている。本当にそのことを感謝させられる一日だった。

大感謝。

2011-03-22

ふとした偶然で・・・。

昨日、はちこさんがFB上で紹介していた
KOKIAの「私にできること」を聞きながら、
「ふとした偶然で今交わった人生」のところで、
震災の1週間前にTwitter上で久しぶりにやり取りをした
KEN(http://twitter.com/KENGKONG213)のことを思い出していた。

ずいぶん前、こんなに有名になる前だけど、
KOKIAは友達のところに来たときに、
NJの家庭集会に一回来てくれたことがあった。
それから、ちょっと気になるアーティストだ。
いや、それがなくても、彼女の歌はいい。

この歌は中越沖地震のときに被災した柏崎のファンのために個人的に送った曲だという。
これはぜひご自分でyoutubeで検索してほしい。

あ、あの時も東電の原発では火災が起き、放射能漏れを起こしている。
3年半で、地震対策を万全にしろと言っても酷な話だろうけど、
何なんだろうなあ、と思う。
まあ、原発のことは本題から外れるから、置いておいて・・・

「遠く離れていても」
「私にも何かできることがあるかな」
などの言葉が、今の自分たちの状況にあまりにも重なって、
KENにメッセージを送らないではいられなかった。

彼は、利府という仙台の北隣の町に住んで、
牧師をしている兄を支えている。

3年くらい前だろうか、
NYに来たときに、ちょっと滞在してくれた。
子供たちのために働きをしたい、というゴツイ若者だった。
それからほとんど互いに連絡も取っていなかったんだけど、
Twitterでちょっと前にフォローしてくれて、
震災の1週間前にはメッセージを送ってくれた。

正直、自分は思い出すまでにはちょっと時間がかかったのだが、
のんちの方はほぼ、完璧に覚えていた。

「超人的に思える妻の記憶力に当惑しているあなたは、これは妻の女性という人格のなせるわざで、『忘れる』ことはできないのだと受け入れるしかありません」という「愛されたい妻と尊敬されたい夫」の一文を思い出さないではいられなかった。

あ、また横道にそれた。

利府の町自体はそれほど家屋の倒壊はなかったそうだ。でも、燃料不足、断水、食料不足が続いているらしい。

そして、何よりも、彼の車は津波で流されてしまったそうだ。
援助のために走り回りたいけど、車もなく、燃料もない。
だから、今は自分が今ある所で、光として輝きたいと。

今日は誕生日だったらしい。
そして、もうすぐ、ベビーも生まれるらしい。

こうやって海を越えて繋がることができたのは、
「ふとした偶然」とも思えるけど、
きっと偶然ではない。

もっともっとそのつながりを太くすることができれば・・・と思う。
祈っている。あのNJでの出会いも、震災の1週間前のtwitter上での再会も、神様の導きだと思うから。

今、夜11時で5.4度C。今夜は気温が下がって、これから雪。
みぞれになったり、雨になったり、しながら、
5センチくらい積もる予報が出ています。


今日の「日々のみことば」より。
民数記12:1-16。


「『主はただモーセとだけ話されたのでしょうか。私たちとも話されたのではないでしょうか。』主はこれを聞かれた。さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙虚であった。」2-3節。

「神はこう言われた」「私はこう示された」というときに、
よっぽど気をつけなければいけないと思う。

だって、神様が言われた、と言えば、わがままだって通せる。
自分の野望だって正当化できる。

だから、本当にこの「謙虚」って大切ですよね。
神様の前に砕かれて、いつでも神様に聞いて行く。
自分の思いではなくて、神様の思いが実現されることを求めて行く。

課題だ。

主よ、
私を謙遜な者とならせてください。
でも、大胆にあなたが語られたことを語ることができますように。

2010-09-13

友と同労者と先輩と。

もうすっかり秋ですね。
「もう夏は終わってしまったんですか?」なんて
寂しそうに言う方もおられますが、
今年の夏は十分暑かったです。
日本ほどじゃないですが、
かなり暑かったです。


で、もう秋です。
30度を超える日は来年の5月くらいまではもうないのでは・・・と思います。


明日は、晴れ。
明日の夜はぐっと冷えますから、
お風邪などお召しになりませんように。


先週末は、シカゴから、
はちこさんとぼぼるさんと2人のお子さんたちがおいでになりました。
前回、2年前はあちらは4人の子供たち、こっちも3人の子供たち+KO-NY高校に行っていた男の子で8人の子供たちで、8人の子供たちと4人の大人でそれぞれ盛り上がったのですが、今回は、互いに2人ずつ。時の流れを感じないではいられませんでした。


でも、大人は、面と向かってゆっくりお話をするのは2回目、とは思えないほど、語り合いい、祈り合い、幸いな時を過ごすことができました。本当に良き友が与えられたと感謝。


そんな一時を過ごしていると、同労者親友のK先生から電話。


「鹿にぶつかってしまった!」


え〜!?


ですよね。
ご存じの方も多いかと思いますが、(かな?)
ぼぼるさんはこの2年余りで2回も鹿との衝突を経験されていて、
今回も祈りながらの運転です。


1回目。


2回目。


うーん、こうやって改めて写真を拝見してみると、2回目は、ほんと、すごかったんですね。


話は戻って、K先生の鹿との衝突。
立派な角をした大きな鹿で、
角がヘッドライトに突き刺さって、
体が助手席側のドアにぶつかってきたそうです。
そして、助手席のドアは開かなくなって・・・と、
本当に動揺されているようでした。


一言祈って電話を切ったのですが、
その経験で、先生は目がさめるような気持ちになったそうです。
暗い中、気がつかないで走っていて、
突然どかっとぶつかって気がつく、
私たちの心の状態もそういう時があるのではないかと。


この経験はwake up callだったそうです。
そして、神の前に引き出されて守った礼拝は、
先生ご自身にとっても、
礼拝に出られた方々にとっても、
本当に素晴らしい礼拝になったそうです。


そんな話を、今日の牧師会のあと、分かち合ってくださって、
共に祈る時を持たせていただきました。
私自身も神様の前に引き出されるような気持ちでした。


こんな素晴らしい同労者を与えられていることに本当に感謝。


ちなみに、今日、牧師会にその車に乗ってこられたので、ご紹介。






うーん、はちこさんとぼぼるさんの車の写真を見たあとだと、
「え、これだけ?」って感じもしますが、
ものすごい衝撃だったそうです。


今頃、ちょうど、はちこ&ぼぼるご一家はシカゴまでの道をひた走っている最中でしょう。
無事に戻られることを祈りつつ。


そして、夜はNYでのVIP-NYの集会。
こちらでメッセージをされたのは元気なL先生。
この先生のパワーにはいつも励まされ、圧倒されています。


牧師としては私の方が長いのかもしれませんが、
人生の先輩で、またいろいろな経験をしてこられた先輩です。


「解放されることの大切さ」をお話してくださいました。


一つまた祈りの課題を示されています。


主が多くの方々を私の周りに置き、
私を恵もうとされていることに、喜びが与えられます。


長くなりました。
最近の「日々のみことば」から。


先週の金曜日は第1列王記3:16−28を読みました。
ソロモン王の知恵を紹介するエピソードです。
一人の子供を、「自分の子だ」と主張してやまない二人の女性に対して、
ソロモンは言います。「その子を切って二つに分けなさい」と。


その時のそのうちの一人の女性の様子を表す言葉です。


「すると、生きている子の母親は、自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、王に申し立てて言った。『わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください』」26節。


この聖書のポイントはソロモンの知恵ですから、
そのポイントとは外れるのですが、
この愛の母親の姿に、
私は本当にこのような愛で人々を愛しているだろうかと、
そのことを探られたのです。

教会を愛し、教会の人々を愛し、
その他、出会う一人ひとりをこの母親の胸が焦げるような愛で、
愛しているだろうか?

何か本人の祝福にならないことがあっても、「まあ、しょうがない」と思ったりしていないだろうか?

本当にその人が永遠の命をいただくために胸を焦がしているだろうか?

がっかりしたり、傷ついたりするのが怖くて、嫌で、
最初から諦めたり、対面するところから逃げていることはないだろうか?

愛することを教えていただきたい。
愛することを経験させてもらいたい。

主よ、
愛することを教えてください。
あなたが与えてくださった、周りの方々を、
愛することを教えてください。
逃げないで、愛することができますように。

2010-06-03

神様のプレゼント。

今日は雷雨なかったですね。
そして、ほんとに暑かったです。
今も、10時半を過ぎていますが、26度以上あります。


と書いていたら、今、雨が降り出しました。
でもレーダーを見たら、ほんのちょっとみたいです。


明日も暑くて、雷雨の可能性があります。


今日は、7年前に日本に帰国された方から、
朝早くメールが入ってきて、
今、仕事でNYに来ているけれども、
今日の午前中の祈り会に行っていいか?という問い合わせ。


もちろん大歓迎!


バスで迷いながらも、集会に来られました。
何度か日本でお会いしている私も4年ぶりくらい。
他の皆さんはもう丸々7年ぶりですよね。


貴重なNYでの一日を、私達と共に祈るために、使って下さったその思いに感謝。
そして、その方を送ってくださった神様に感謝。
本当にいろんなことを思い出して語り合いました。
本当に嬉しいプレゼントでした。


さて、今日の聖書。
いよいよエレミヤ書の最後。
エレミヤ52章24−34節。

エレミヤ書を読みながら、また先週の信徒勉強会で学んだエゼキエル書を思い出しながら、
神様は何度も何度も人々に悔い改めを求められてきて、悔い改めて歩み始めることを期待しておられたことを、思わされました。

裁きの預言。滅亡の預言。
それはもう決定論ではなくて、
悔い改めへの招きなのだ。

主は、どこまでも、私たちが悔い改めて、
主の元に帰って生きることを願っておられる。

裁きも悔い改めへの招き。

そのことの大切さを思わされ、
人を恐れないで、裁きのメッセージも語っていく責任も思わされます。

主よ、
あなたの裁きのメッセージも、決して、決定論ではなくて、
人を脅かすものではなくて、
それは悔い改めへの招きであり、
命への招きであることを思わされました。


私自身どれだけ、裁きのメッセージを語ってきたでしょうか?
恐れないで、聖書全体のメッセージを大胆に語るものでありますように。

2010-04-25

こころのうた。

今日は雨の一日。
でも、教会の一日ですから、雨が降っても大丈夫。


明日も肌寒い雨の一日です。


聖書学院(牧師になるための訓練と修養と勉強の学校)時代一緒に学んだ仲間にはいろんな経歴の方がおられますが、この方は元プロのミュージッシャン。


人生は10年くらい先輩ですが、
人生経験を積んでクリスチャンになられて、
聖書学院に来られたので、そちらではわたしの方が1年上。


でも、なんだか一緒に過ごしたという感じがします。
もうその頃はパパになっていたので、
僕らは「パパさん」と呼んでいました。


そして、パパさんはわたしに専門のベースを教えてくれて、
パパさんのギターと一緒に奉仕をしたこともあります。


本当に腰の低い、暖かいパパさんでした。


今はハワイにおられて、12年前にはNJまでご夫妻で来て下ったことあります。


そのパパさんが、1年半前に病を負われて、こちらの教会でも祈っておりましたが、
本当に闘いに次ぐ闘い、「こんどこそ、普通の生活に戻れる」と期待しても、
再入院、を繰り返しておられました。どんなに厳しい戦いだったかと思います。
でも、今年になってから、すこしずつ力が与えられて、
先日はUstreamでハワイから世界に向けてメッセージの発信を始められました。


その第1回がこちら。
30分番組なんで、それなりに時間がかかりますが、
私たちは夫婦で釘付けになってしまいました。


痛みや闘いの中から生まれた歌と言葉には力があります。



東海岸時間の金曜日の真夜中の12時から生放送みたいです。
ちょっときつい時間帯なので、たぶん、毎週録画を見せていただくことになりそうです。でも、楽しみにしています。


パパさんのブログはこちら。


ハワイでハレルヤ!

さて、今日の聖書。
今日はエレミヤの34:8−22


「それなのにあなたがたは心を翻して・・・」16節。

奴隷を7年に1回すべて解放するのが神様のおきて。
でも、実際にそれは実行されていなかったと言う。

どうしてだろうかと思う。
それは純粋に、力をもっている人々が損をするから。
つまり、彼らにとっては、
神の言葉よりも、経済的な効果のほうが大切だった。

ヨベルの年というのが聖書に書かれている。

50年に1回、借金のかたに取られた土地が、
元の持ち主に戻される、という神様のおきて。

でも、これも実際に守られなかった、のではなかったかと思う。
そんな話を聞いたことがある。

やはり、経済的な秩序を考えたら、
これは実行されないだろうなと思う。

そう、経済の問題の方が、神様のおきてよりも大切。

私達はどうだろうか?

高校時代に「経済学部」を希望していた友人にその理由を聞いたことがある。
彼が言っていたのは、「だって、この世の中は結局経済が一番大切でしょう」ということ。
若かった自分はそのことばに、驚いたことを覚えている。
「こいつは、そんなことを考えていたのか・・・」と。
ごく普通の友人が、そんなことを言うのかと。
今、自分はその言葉の意味の大きさを感じさせられている。

本当に神様を本気で第一にしているだろうか?

主よ、
あなたを第一として歩む者として下さい。
経済的な問題は、大きいです。
でも、それが神様、あなたよりも大切になることがありませんように。

2010-02-01

凱旋。

主の僕が御許に召されていった。
御言葉と賛美と祈りの中で。

私が知り合ったのは教会のメンバーの父親として。
だから、勢い、父親としての彼の姿が心に留まっている。
娘を思い、婿を思い、孫を思う父の姿。

でも、それはまた信仰者としての姿だった。
信仰者として、子どもたちに何を遺して行くのか。
自分自身の姿勢も正される。

「彼は死んだが、今も信仰によって語っている。」114節。

たまたま・・・いえ、主のお計らいによって、
日本にいて、ちょうど今日お伺いする予定だったので、
前夜式に出席できる特権に預かりました。


素晴らしい式でした。
また改めてお証しします。

127日水曜日の聖書。
マタイ11:11-19

「天の御国は激しく攻められています。そして、激しく攻める者たちがそれを奪い取っています。」12節。

天国が激しく攻められている。
どういう事だろうかと思う。
でも、その後に続く言葉がヒントなんだろう。
激しく攻める者たちがそれを奪い取っている。

つまり天国に入ることに対するハングリーな気持ちだろう。
必死に求める思いだろう。
もっと目を開いてください。
もっと語ってください、触れてください、という思いだろう。

飢え渇きであり、貪欲さだと思う。
そう、物質的なものではなくて、
霊的なものに対する貪欲さ。

今日も、主の恵みを求めよう。
主の御業を求めよう。
主が用いてくださいますように。
私を祝福の基として、用いてくださいますように。

主よ、
私をあなたのしもべとして用いてください。
あなたの恵みに満たして用いてください。




2009-11-03

かきごおりのおっちゃん。

今、夜の10時ですが、よく晴れています。
月が冷たい空で凛としています。


外の気温は8.6度。
まだまだ高めですが、この2時間で2度下がりました。
明日の朝は霜の降りる寒さです。


日本で手に入れた雑誌に、
「Ministry」というのがあります。
今年の初め頃に創刊された、
教会のミニストリーのための雑誌です。
キリスト新聞社からだされている、
新鮮な切り口からのこれからの教会を考える記事が多く掲載されています。


ネット上、あちらこちらで話題になっていたので、
是非、創刊号から読んでみたいと思いました。
夫婦ではまっています。


季刊なので、最新号は第3号。
ここには、我らがコバ先生も大きく取り上げられています。
特集は「牧師館からのSOS」。
決して新しい話ではないですが、
燃え尽きてしまう牧師の問題を主に取り扱っているみたいです。
そんな中で、ミーハーな私が最初に読みたいと思ったのが、
売れっ子の精神科医・香山リカさんが編集長と対談している文章。


最近知ったのですが、この方、高校の先輩だったみたいで、
いえ、全く接点はないのですが、
ただ、それだけで、親しみを感じてしまいます。
クリスチャンではないのですが、子供の頃、教会学校に行っていたり、
今でも友人に誘われて、礼拝に出席したり。
そんな立場からの発言、おもしろかったり、つっこみたかったり・・・。


その中の言葉。
「町を歩いている時も、『先生』よりも、『おっちゃん』の方が楽じゃないですか、牧師ではない匿名の人として扱われることって、ある種の解放感を伴うと思うのですが・・・。」


はい、必ずしも「匿名」でなくてもいいのですが、というか、名前はいつも持っていたいのですが、「おっちゃん」になるのは好きです。


最近は余り言われないのですが、
子供が小さい頃は近所の子供たちに、
「ハジんちのおっちゃん」と呼ばれたこともありました。
それがとてもすわりがよくて、気に入っていました。


これからももっともっと「かきごおりのおっちゃん」になっていきたいと思います。


さて、今日2回目の更新。
10月28日(水)の聖書。


久しぶりの新約聖書で、ピレモンへの手紙1-16。


「彼がしばらくの間あなたから離されたのは、たぶん、あなたが彼を永久に取り戻すためであったのでしょう。」15節。

神様はそういうこともなさる。
この「彼」つまりオネシモの行為は、
決して正当化されるものではない。

どんなにピレモンを傷つけ、苦しめ、怒らせたことだろうか。
その事実は決して変わらない。

でも、神様はその痛みの中で、
オネシモを悔い改めに導き、
それまでの「主人ー奴隷」という関係よりも、
もっともっと深い「主にある兄弟」という関係へと導かれようとしている。

引き離されることは痛い。
でも、それを通して、もっとよい意味で、
もっと長く、彼と共に歩むことができるようにしてくださった。

神様を信頼したくなる。
主を信頼して、じたばたしなくてよくなる。
主を信頼して、安心して歩める。
この聖書箇所が与えてくれた平安は大きい。

主よ、
あなたの御手の中にあっては、
悪も善に変えられます。
あなたにはそれがおできになるから、
安心して、あなたにゆだねます。
あなたが素晴らしいことをしてくださいますように。

2009-10-01

お迎えする喜びと・・・。

今日は本当に底冷えする一日でした。
最高気温は13.5度。
そして、今、夜の10時半ですが、もう9度まで下がっています。
明日の朝は今朝より冷えるかなあと思います。
ズバリ、5度と見ました。


明日はもうちょっと暖かくなる予報が出ています。


さて、今日の午後から夜に掛けては、
サキのお友達が帰国になるので、
同じ学校やそのほか、近くの方々、
子供たちとお母さん達が大集合。
子供たちは学校が終わってすぐ、
お母さん達も5時頃には集合しました。


子供が22人、大人が10人。(写真を撮った段階で・・・)


ホント愛されていたご家族です。
わたしたちもとても楽しく過ごさせて頂いたご家族。


そして、皆さんが持ち寄ってくださったお食事、
見事だったので写真をぱちり。





で、本当に楽しく過ごさせて頂きました。
というか、今回は奥様方の集まりだったので、
私はおとなしくしておりましたが(たぶん)、
でも嬉しかったです。


そう、人をお迎えするのは本当に大好きです。
まあ、といっても、大体、私はあまり何もしないで、のんちが一生懸命なのですが・・・。


でも、今日の朝は我が家で家庭集会があり、
その中で、イエスをもてなすために一生懸命だったマルタという女の人が、そんな忙しい中、イエスの足下に座り込んで話を聞いていた妹のマリヤを許せなくて、「イエスさま、私ばっかりこんなに一生懸命で、あなたからも、妹に何とか言ってやってください!」と切れてしまう話を読みました。


いろんなことを語り合ったのですが、やはり最終的には、イエスは「聞くこと」を求められたのだ、と、他の何をも置いて、まず、静まること、聞くことを求められたのだと、そこに行き着きました。人をお迎えするのは大好きですが、やはり、その中で、いつもいつも主に聞いていくこと、主に満たされていくこと、それを見失わないようにしないとなあ、と思わされました。


でも、本当に一つ一つの素晴らしい出会いを与えてくださっている主に感謝。


さて、9月30日、昨日の聖書。
昨日はエレミヤ13:1-11でした。


「私はユーフラテス川に行って、掘り、隠した所から帯を取り出したが、なんと、その帯は腐って、何の役にも立たなくなっていた。」7節。

この腐った帯は当時のユダヤ民族の姿を表している。
ということは、やはりわたしたちへの警告なのだ。

私はどうだろうかと、やはり思いめぐらさせられた。

何も役に立たない腐った帯になってはいないだろうかと。
そんなことを言われたら、悲しいでしょうが、
本当にそうなっていないだろうかと、いろんなことを思いめぐらさせられました。

もしも、主からそのように言われたならば、
素直に、悔い改めることができますように、
そして、主の回復と、恵みと、圧倒的な力を頂きたいと、
「あなたの弱いところに表れる」主の力を見せて頂きたいと、
本当に思います。

主よ、
私はこの腐った帯のように、何の役にも立たないものになっていないでしょうか?
主の恵みの流れる器になっていないでしょうか?
主の愛をつたえるものとされていないでしょうか?
どうか、主よ、もしも、私がこの腐った帯のような者になっているなら、
それをはっきりと教えてください。
そして、もしも、そうだったのなら、素直に悔い改める心をお与え下さい。

2009-08-31

ルーツ。

今日は朝ホントにひんやりでした。
気温は確認していませんでしたが、長袖でも寒いくらい。
でも、昼間はまだまだ「秋」という感じではなかったですね。
長袖ではちょっと暑かったです。


子供たちの学校のために文具屋さんに行きましたが、
ものすごい混み方で、レジの行列がすごかったです。


夜になって、15度くらいまで気温が下がってきています。
明日の朝は11度くらいです。


私の本名の姓(最近、どっちが本名かわからなくなってきていますが)、
なかなか一発で読んでくれる人はいません。


小学校の時はまだよかったのですが、
中学にはいると教科ごとに先生が替わるじゃないですか。
名前をちゃんと読んでもらえない。


教会のHPを見ると実名(?)で紹介されているので、
何にも秘密にしませんが、錦織って名前、決してまれな名前じゃないですよね。
15万~30万くらいある姓の中で、全国で1500位~1600位くらいだそうで、
http://park14.wakwak.com/~myj/lanking/zenkoku1b.html
で見ると、藤倉さんや末松さんと同じくらい、
岩倉さんや仁科さん、戸村さん、泉谷さんより多いです。
高校時代のオケにおられた徳安さんの8倍くらいの人口があります。
教会の皆さんの名前を探しても、10000位以内に出てこない方が何家族かあります。
役員のメンバーを見てみると、半分以上が「錦織」よりも少ないです。


でも、問題は読み方ですよね。何が面倒って、
http://www.njg.co.jp/blog_morioka.html?itemid=1203
にあるように、いろんな読み方があります。


そう、去年の今頃は、圭君が(って知り合いじゃないですが・・・)
NYのテニスコートで活躍していたんですよねえ。


彼は「にしこり」だそうですが、他にもいろいろあるみたいですね。
公家が「にしごり」だとは知りませんでしたが・・・
最後の声楽家の健さんの「正しく読まれないから、『にしきおり』を使っている」ってわかります。
もう、私も途中で面倒になりましたからね。


で、なんで、そんな話をしているかというと、
今回NCで泊めて頂いたお宅の御主人は、
最初にお会いしたとき、一発で「にしこおり」を読んでくださったんですね。
それがうれしかったわけです。


その方は島根県出身。私も生まれは大阪、育ちは東京なんですが、
父の実家が島根で、出雲地方です。

で、この「かきごおりにしこおり」は島根県に多いそうで、
なんと、県内では小林、木村などの強豪を抑えて堂々の34位。

でも、休日とはいえ、そんなことで、こんなに時間をかけて、書きたくなるほど、名前を正しく読んでもらったり、覚えてもらうって嬉しいことなんですよね。
これから、人とお会いするときはそのことをもっと心がけよう、と思いました。

「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。」イザヤ43:1

さて、8/25(火)の聖書。
オバデヤ書の10-21節でした。

「王権は主のものとなる。」21節。
オバデヤ書の前半の傲慢さへの一番の薬は、
神様を主とする、王とすること。
結局のところ、それにつきるんだろうなあと思います。
私たちは自分が王様、自分が主人、
そのような生き方をしています。
もちろん、人に振り回され、人に気を遣っている人を見ると、
「自分はどうしたいわけ?」と聞きたくなりますが、
確かに、誰か他の人が主人になるのも問題ですが、
じゃあ、自分が主人かというとそれも違う。
そう、私たちの主人は、私たちの人生の王は、神様。
主の導きに従って、主の前にひれ伏して歩んでいくことが、
傲慢にならないためには本当に大切だと思う。
主よ、
どうか、私を守ってください。
傲慢になることがありませんように。
そのために、いつもいつもあなたを主として歩ませてください。

2009-08-30

来週はファミリー修養会。

今は夜の11時前ですが、
外はもう18.4度まで下がっていました。
本当に涼しいです。


でも、今週末、土曜日から月曜日まで持たれるファミリー修養会の会場。
明日の夜の気温の予想は8度です。
そう、1ケタ。
朝晩は寒いくらいですね。
去年は周りの教会と合同で何百人も集った会場で、
今回はウチの教会だけ、小さく集ります。
楽しみです。


でも、風邪ひかないようにしないといけませんね。
参加する皆さんは防寒のご準備をお忘れなく!


さて、また前後しますが、
先週の月曜日。動物園でゆっくりパンダやゴリラを見た後に、
そのまま、NCの知り合いのお宅へ。


私は4年ぶり。家族は6年ぶりくらいの再開になりました。
このご夫妻は、お嬢さんがかつて私たちの教会のメンバーで、
今から12年前に主のもとに召されて行かれました。
そのことがきっかけになって、信仰に導かれ、
今は現地の教会に通いながら信仰を守っておられます。


大歓迎して頂きました。


そして、今回、ご訪問して、12年前のこと、もっと前のことからも、
そして、どんな思いで信仰の歩みをされているか、
初めて、いろいろゆっくりお話しをうかがうチャンスが与えられて、
本当に励まされ、喜びを分かち合いました。


神様は本当に素晴らしい方です。


今回の旅行の中で、本当に特別な特別な一時になりました。


神様に大感謝。


さて、今日2回目の「日々のみことば」
8月24日(月)の聖書。
8月24日はオバデヤ書1-9節。
たった一章しかないこのオバデヤ書はエドムというイスラエルの隣国、
イスラエルと共通の祖先を持つその国に対する神の裁きが宣告される書物です。


「あなたが鷲のように高く上っても、星の間に巣を作っても、わたしはそこから引き降ろす。」4節。

またまた、傲慢の問題。
自分で傲慢になって高く昇ろうという人に対しては、
神様は「引き下ろす」と言われる。

「自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる」とイエスも言われた。

いつもいつも注意していなければいけない問題だと思わされた。
傲慢になっていないだろうか?
前日に示されたような「権威」のことに目を向けるときに、
いつの間にか、「権威」を振り回すような者になっていないか、
本当に問われていると思わされる。

無責任ではなく、責任をしっかりと果たしながら、
傲慢にならないように、守られる歩み、
主の憐れみにすがるしかない、と思わされました。

主よ、
どうか、私を守ってください。
傲慢の罪から守ってください。
責任を果たしつつ、謙虚に歩む者とならせてください。

2009-08-29

光陰矢のごとし

昨日、今日とよく雨が降りました。
今夜、明日とちょっと蒸し暑いかもしれませんが、
明日の夜からぐっと涼しくなります。
いよいよ秋です。

前後しますが、アトランタでは、元NJにおられたご一家のお宅にお世話になりました。
日曜日はそこに若者達も集まり、楽しい一時。


このご一家、NJに来られる前はアトランタにおられて、
たった1年だけNJに住まわれました。
ですから、アトランタで会う方会う方、
「彼らがアトランタに帰ってきてよかった」と
口々に言われます。
こちらは、「アトランタに戻っちゃった」ですが、
確かに、アトランタの方々としては、
「帰ってきてくれた」ですよね。
そんな、みんなに頼りにされ、愛されているご一家です。


今回、そのNJの1年の中で生まれたのが、もうすぐ3歳になる女の子。
「この子を産むためにNJに行ったようなもの・・・」という感じですが、
NJにおられたときにはまだまだ教会ではおとなしく寝ているだけだったような記憶が。


その子が、今回はいろいろお話しをしてくれるし、とても楽しい子に化けてそだっていました。


帰り際には「さびしくなっちゃうから、帰らないで・・・」とサキの手を握って離そうとしないくらい、楽しく遊んでくれました。


お兄ちゃんももうKindergarten。
自分の子供がもう大学生になるのですから、しょうがないのですが、
本当に光陰矢のごとしです。


さて、8月22日の聖書。
22日は第2コリント12:14-21。


「ですから、私はあなたがたのたましいのためには、大いに喜んで財を費やし、また私自身をさえ使い尽くしましょう。」15節。

これはまたすごいですね。
自分のすべてを人々のために、
そして、ただ、コリントの教会のために、
というよりも、その人々の魂のために。

これは確かにイエスが私たちのためにしてくださったこと。
だから、パウロはそのイエスの愛に応えて、
自分も人々のために、そうしたいと思ったのだろう。

ああ、このコリントの教会への手紙を読んでいると、
パウロの情熱を感じる。
パウロの愛を感じる。
対決するくらい大きな愛。
苦言を呈するくらい大きな信頼。
パウロは本当にコリント教会を愛していたんだなあと思う。

以前、コリントの教会への手紙を読んでいるときには、
「きついなあ」「ひどいなあ、この教会・・・」みたいなことしか思わなかったのですが、
今回読みながら、本当にパウロの大きな愛、
神様に与えられた深い愛を感じました。

私もそのような愛を与えて頂きたいです。

主よ、
感謝します。あなたの大きな愛に感謝します。
私にもこのパウロのような愛と、情熱を与えてください。
問題を持つ人を愛する愛を与えてください。

2009-08-20

もう一つのイベント

今日も暑かったですね。
NJも、フィラデルフィアもボルチモアもノースカロライナもみんな暑いです。


今日は9時間半のドライブ。
7割方来ました。
明日の午前中はゆっくりできそうです。


下の写真は、ボルチモアのカニです。
スパイスたっぷり、5人で半ダースで、
かなり満足です。


近くのテーブルでは、2人で1ダースを食べていたご婦人達もおられましたが、
たぶん、彼女たちは、わたしたちの半分も食べていないと思います。
たぶん、彼女たちの出したゴミを頂いて帰れば、
立派な「カニ雑炊」を作ることもできると思います。(笑)


もう一つのイベントは、
フィラデルフィアのシニアのためのアパートに引っ越された方をご訪問すること。
お元気そうで、大喜びで迎えてくださいました。
施設の方々も、良くしてくださっているようです。
そして、「彼女のことうちのブログに写真付で載っているわよ」と教えてくださいました。
リンクはこちら。
http://plushmills.typepad.com/pmblog/2009/07/mataro-dolls-displayed-at-plush-mills.html
ただ、どうしても日本語で話すチャンスがないので、その必要を感じておられます。
近くの日本語教会の方々が訪問してくださっているそうです。
今日はどうしてもNCまで来ておきたかったので、
2時間遅れのこともあり、1時間ほどで失礼しました。

「日々のみことば」の更新は、たぶんまた明日の朝、一人で早く目が覚めると思うので、明日の朝にでも・・・。

2009-06-18

ハーレムの夜。

日付変わってしまいました。
17日の夜ですが、もう18日になっています。
というのは、夜、NYで集会があったあと、
日本から来られているゴスペルシンガー
(マジでいわゆるBlack Gospel系の「ゴスペル」)西村あきこさんが、
ハーレムのライブハウスで歌うということで、
行ってきたからです。

夜の8時からということだったので、
「ああ、ちょうど予定がぶつかっちゃうなあ」と思っていたのですが、
昼間、お電話で話したときに、「間に合うかもしれませんよ」と言われたので、
「終わっているかもしれないけど・・・」と行ってきました。

あまりなじみがないところですが、
コワイというほどでもない。
でも、すれ違う人がこっちをじろっと見ると、
「お金くれ」とか言われるかもなあ、と
(1回言われましたが・・・)
そんな場所でしたが、
中は人でいっぱい。


終わっているかも・・・どころじゃない、
10時前に着いたのですが、
まだまだ、始まったばかり。
終わったのは11時20分でした。

かぶりつきの席しか空いていなくて、
こ~んなにかぶりつきでききました。

圧倒されました。
豊かな声量と、表現力、
そして、何よりも厚い信仰にいや、熱い信仰にあふれた賛美でした。

セッションは、
去年お会いした、サックスの北守さんがリーダーで、
それがまたすばらしい。
まじヤバイです。

そして、北守さんの新婚の奥さんも参加しておられて、
とてもすばらしい、楽しい一時でした。

西村さんは、今度の礼拝で賛美リードと特別賛美をしてくださいます。
お楽しみに。

YouTubeから。



あ、このビデオでローランドを弾いているのが、
北守さんのおくさん。
日曜日にご一緒くださるそうです。
楽しみです。

さて、火曜日の聖書。
火曜日は出エジプト記34:1-17。


「あなたはその地の住民と契約を結んではならない。彼らは神々を慕って、みだらなことをし、自分たちの神々にいけにえをささげ、あなたを招くと、あなたはそのいけにえを食べるようになる。あなたがその娘たちをあなたの息子たちにめとるなら、その娘たちが自分たちの神々を慕ってみだらなことをし、あなたの息子たちに、彼らの神々を慕わせてみだらなことをさせるようになる。」15-16節。

世の影響力を甘く見るな、ということを教えられました。
サタンはいろいろな方法で攻撃してきます。

その中の一つが「世と妥協させる」ということです。

仲間になって、最初は影響を与える者でありたいと思います。
でも、いつの間にか、影響を受けて、一番大切なものさえも、
譲ってしまっているのです。

闘いがあります。
だから、祈りのサポートが必要だと思いました。
一人一人のために祈ることの大切さを思わされました。

世の中で、歩んでいる一人一人が、
神様に支えられて、世に染まらないで、
世に影響を与えるような者として、
用いられていくように、
祈ることの大切さを思わされました。

主よ、
世の影響力を、甘く見ていた私を赦してください。
どうか、一人一人が守られていきますように。
あなたの香りを放つ者となりますように。
影響を受ける者ではなく、影響を与える者となることができますように。

2008-12-31

一年の感謝。

寒いです。本当に寒いです。
風もありますが、気温が夜の10時半で-9度。
明日の朝は何度まで下がるのでしょうか?


ホントに寒いカウントダウンの夜です。
NYに行く人はどれくらいいるんでしょうか?


からだがおかしくなると思います。
タイムズスクエアで100万人押しくらまんじゅう大会でもやらないと、
ほんと、危険なくらい寒いです。
トイレの数も限られていますし、
いやあ、考えられないです。


明日も晴れますが、一日氷点下の真冬日でしょう。
明日は教会で11時から元旦礼拝です。
教会の中は暖かいですし、人々は熱いです。
お近くの皆さんは是非、お出かけください。


アメリカ東部は、今年もあと1時間あまりです。
ホント神さまが守ってくださいました。
何が大きかったでしょうかねえ。


たくさんの方々との出会いがありました。
2月に日本に行った時、
その後、アトランタに大学見学をかねて家族で14年ぶりに行った時、
そして、教会に初めて来られたたくさんの方々、
こっち や、こっち の泊まってくださった方々、
遊びに来てくださった方々、
奉仕にお招きできた方々、特にこっちの先生 。
ホント、例年にまして、新しい出会いが、
「ああ、神さまが出会わせてくださったんだなあ」というものでした。


朝、「日々の光」という聖書の言葉をまとめた日課があるのですが、
その今日のところを読んでから、朝食を取りました。


「あなたがたはまた荒野で、あなたの神、主が、人のその子を抱くように、あなたを抱かれるのを見た。あなたがたが、この所に来るまで、その道すがら、いつもそうであった。」申命記1章31節。


ホントにそうだなあと思いました。
今年の3月、イースターを前にして、
教会のオフィスで毎朝6時に祈るようになりました。


家の自分の机だと、途中でいろいろ仕事が始まってしまったり、
集中できなかったり、眠かったら甘えてしまったり・・・。


でも、あえて、教会に出向くことによって、
毎朝早く起きることが苦ではなくなりました。(年齢的なこともあるかもしれませんが・・・)


今、本当にその時間が自分にとってどれほど大切な時間になっていることでしょうか?
きつい朝もあります。・・・でも、何度、主が用意してくださったみことばの恵みに満たされる経験をしたことでしょうか?


今年「日々のみことば」を読み始めました。
1日1章の半分だったり、3分の一だったり、もっと少なかったり、
その少しずつ味わう時が本当に幸いな時となりました。


教会で弟子訓練のグループが5つになりました。
まだ、わたしがすべてのグループに出ていますが、
やはり、これが教会の歩みの中でどれほど大切なことかと思わされます。


今まで、どこまで楽天的で、どこまで信仰を持ったばかりの方々に対して、不親切だったことかと思います。


たくさんたくさん、新しいことに気付かされる一年でした。
感謝がいっぱいです。


さて、今日の聖書。
今日はヨハネの黙示録の22章6-21節。


「渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい。」17節。


主が与えてくださる、タダで与えてくださる命の水。
英語ではfree giftになっている。
私たちにギフトとして与えられている。

ギフトなのに、私たちは、いつの間にか、何だか、もっと一生懸命やらないといけない気持ちになってしまう。

ただ、求めよう。
ただ、求めて待ち望もう。
命の水をいただいて、出ていく者となろう。

主よ、
新しい年も、あなたが与えてくださる命の水を求めます。
あなたがいつもいつも満たし続けてくださいますように。
わたしの心をいつもあなたが潤してくださいますように。
心から感謝して。

2008-12-25

人と出会う喜び。

さて、もう一日分更新。
遅ればせながら、アドベント聖書日課第4週もアップしておきました。
右のリンクから。


昨日の朝はFreezing Rainでアイススケートリンク状態でしたが、
昼間に温度が上がり、キャンドルライトサービスの時には全く問題なし。
そして、今日も風はありましたが、この時期としては過ごしやすい一日でした。


夜になって冷えては来ています。
今、11時過ぎですが、-2.3度。
-5度くらいまでは下がるのでは・・・。


明日はまた穏やかな日になりそうです。


今日、日本からお客さんが来られました。
それがまた9月に来られた方々の教会の方々。
でも、考えてみれば、その方々とも、そのときに初めてお会いしたわけで、
その方はまた、前に知っていた方から紹介された・・・と。


本当に不思議な出会いが与えられた、次々と与えられた一年でした。
一つ一つの出会いに、不思議な神さまの導きを感じます。


夕方にはNYのホテルまでお送りして、
そして、家族も一緒に行って、5番街を散策。
でも、すごい人混み!!!
野球の後のスタジアムのよう。
火事場の野次馬の人の波のよう。
たまにしかない経験に子供たちは戸惑っているようでした。


商業化されているクリスマスの一面ですが、
それでも、暗くなって、イルミネーションがともる中に、
私たちのところに光としてきてくださったイエスを感じないではいられません。

さて、昨日、水曜日の聖書。
水曜日は黙示録18:9-20でした。


「それが一瞬のうちに荒れすたれるとは。」19節。

このバビロンの繁栄は、今日のアメリカの繁栄と通じることがあるのではないだろうか。
私たちもこのアメリカの繁栄がそんなに簡単に失われることはないと思っている。
今、本当にこの国の経済は苦しんでいるけれども、
やがて、持ち直すと信じている。

今の状況よりも悪いことが起ったとしても、
また、必ず不死鳥のように、起きあがってくる、
そのように信じている。

次の大統領も、
We can do it!
と人々に語り続けている。
励まし続けている。

でも、それは本当なのだろうか?
そんなに楽観的でいいのだろうか?

神の言葉以外に確実なものはないはず。
この世のものはどんな国も、どんな繁栄も、やがて廃れていく、
というのが聖書のメッセージだったのではないだろうか?

アメリカも日本も中国も例外ではないはず。

それも、この場合は「一瞬のうちに」滅びてしまう、という。
本当に私たちが何を頼りにすべきか、
何を変わらないものとして信頼していくべきか、
問われていると思いました。

主よ、
どうか、私があなた以外のものを頼りにすることがありませんように。
あなただけを私が依って立つ土台としてくださいますように。
あなたを信頼することの意味を、もっともっとわからせてください。

2008-12-18

今も語っている。

遅くなりましたが、右のリンクに「アドベント聖書日課第3週」を追加しておきました。
クリスマスまであと1週間ですね。心の準備をさせて頂きたいです。


今朝、教会に行ったら、
「百万人の福音」という雑誌が届いていました。
日本のクリスチャンの月刊誌で、
とてもいい内容で、私も愛読している雑誌です。


でも、船便で送ってもらうので、
今月はまだいい方なんですが、
1ヶ月から2ヶ月かかってしまいます。


で、今日来ていたのは12月号。


そこに、去年の11月5日 と、2年前の9月13日 に2回紹介した、
若くして天に召されていったご婦人のことが書かれていました。
写真とイントロはこちら。 


またいろいろ思い出してしまいました。


クリスマスはいつも一番にカードをくれました。
写真を見ると、左右のカードで微妙に違いますよね。
一枚一枚手書きで、丁寧に書いて、作っていたんですね。


「彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。」ヘブル11章4節。


さて、今日の聖書。
今日は黙示録の14章14-20節。


「地の穀物は実ったので、取り入れる時が来ましたから。」15節。

ここで刈り取って頂くのは、
豊かに実を結んだ者たち。

喜びの収穫の時。
主が私たちのことを喜んでくださる時。

私たちは自分のことを見て、
こんなんでいいのだろうかと思う。
でも、主の目から見たらそうではない、
収穫を迎えている穀物。
実を結んでいる麦。

主が持っているものの見方を与えて頂きたいと思いました。
主が私たちを見ているように、私も自分や周りの人々を見ていきたい。
そのように思います。

主よ、
あなたが私たちを喜んでくださっていることに
感謝します。
どうか、私もあなたの見ておられる見方で自らを、
また周りの人々を見ていくことができますように。


日曜日の天気を守ってください。
たくさんの方々をお迎えしてクリスマスをお祝いできますように。