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2014-09-16

種をまき続けよう。

嵐のような1ヶ月を過ごしてきました。
ちょっと落ち着くことの必要を感じています。

でも、本当に多くの出会いがあり、導きの中にあった1ヶ月であったことを感じます。

昨日は日本では「敬老の日」だったそうで。
私も久しぶりにしっかり休める月曜日でしたので。

2014-04-07

年に一度のケーキを焼く日。

年に一度のケーキを焼く日(但し今年は土日にぶつかり2日遅れ)。

今日は上の娘と共同作業でしたが、1回目は失敗。
「まあ、いいんじゃん?」と、焦げたところをこそげて、
丸いケーキを四角に切って、ごまかそうとしたら、
娘の方が納得行かなかったようで、続けてもう1回。

今度は「おー、いいじゃん!」という感じで焼けました。
まあ、年に一度しかやらないことなので、上達はしないです・・・。

デコレーションは娘たち。
生イチゴ食べられない私の分はピーチ缶で。

いつも支えて(引っ張って?)くれる妻に感謝。

2013-10-25

初霜。

今朝の最低気温は1.1度C。

しっかり霜が降りました。
今日が初霜と言っていいと思います。



そして、今は夜の9時で既に5.7度C。
昨日よりも気温が下がるペースが速いです。

2013-04-16

幼子のような信仰

昨日、今日と暖かな、穏やかな日が続いています。
明日も暖かい日になりそうです。

昨日はあまりの悲しさと怒りに、日常的なことを書く気にはなれなかったのですが、
実は、昨日は休日で、前々から作りたいと思っていた、肉まんに挑戦。
これがなかなかうまくて、でも、もうちょっといろいろトライしてみたくて、ちょっとやる気になっています。

で、昨日、豚ひき肉を買ったついでに、庭にニラが生えて来たから、ギョウザでも作ろうと思っていたスーパーでの買い物の帰りに、ラジオから流れて来た、悲しいニュース。

到底、ギョウザまではできずに、今日の宿題に。

ちょうどのんちが夕方まで仕事だったので、
娘たちに手伝ってもらって、作りました。
夜は集会があったので、帰って来てから、
自分の分の皮を延ばして、包んで、かりっと焼き上がり。
(留守番の子供たちは勝手に食べてて、のんちは、さすがにこの時間にそれほど食べれず、1個だけ。残りは全部食べました。15個くらい!


どんどん生えてくるニラは
どんどん食べて差し上げましょう。

さて、昨日15日の「日々のみことば」。
昨日はサムエル記上の17章。
ダビデが巨人ゴリアテを倒すところです。

「行って、あのペリシテびとと戦うことはできない。あなたは年少だが、彼は若い時からの軍人だからです」33節。

サウルは戦いの厳しさを知っていました。
だからこそ、ダビデが戦いに出て行けるとは思っていませんでした。

でも、ダビデは戦いの厳しさを知らなかった代わりに、
神様の力を知っていました。
羊飼いをしながら、神様の力を経験していました。

私たちが戦いの厳しさを知っていることはしばしば、私たちの目を神様にではなく、問題の大きさ、戦いの厳しさに向けてしまいます。
そして、神様の大きさを見えないようにしてしまうのです。

戦いの厳しさを知っているかどうか、よりも、神様の大きさを知っているかどうかの方がずっとずっと強いのです。

私ももしかしたら、サウルのようになっているのかもしれません。

戦いの厳しさを知っている中で、
神様の力を見失っている、そういうことにならないように、
ダビデのような幼子のような心で、出て行くことができますように。

神様、
あなたの力を信頼します。
あなたの御業を見せてください。
あなたのみ力を表してください。

2013-03-18

まだまだ冬は終わらない・・・よ。

さて、今日の雪ですが、明日の朝には雨に変わっていると思います。
でも、これで今年の冬は終わりではありません。

水曜日には春分の日を迎え、アメリカでも「春」になるはずなんですが、
この後ずっと朝は氷点下、昼間も10度以下という日が続きそうです。
そして、悲鳴を上げそうなのが、来週の月曜日。
次回は最悪のケースでは30センチ級の湿った重い雪です。

来週いっぱいくらい寒くて、イースター明けの4月上旬からちょっと春らしくなってくるのでは・・・と期待しています。

で、今日の休日は、そんな寒い日だったので、おとなしく、夕方からクッキング。
今日は2年ぶりにこんなの作ってみました。


ちょっと固めだったけど、まあ上出来。
次回はもうちょっと一番外だけさっくり、中はふわふわ、しっとりを目指します。

あと夕食も、カスタードを作った残りの卵白でスープを作ったり、
ポルチーニのパスタを作ったり。ちょっと楽しんでしまいました。

でも、久しぶりに食べ過ぎたかも・・・。

さて、やっと追いつきました。
今日の「日々のみことば」。
今日は民数記の16章でした。

「レビの子たちよ、あなたがたこそ、分を越えている」7節。

つい最近も書いたけど、
神様は一人一人に「分」を与えておられる。
そして、その与えられたところで生きるようにと招いておられる。

やっぱり、そこで問われるのは神様の前に生きているか、
神様との関係に生きているか。
人との関係だけに生きていると、どうしても人と比べたり、人と争ったりする気持ちが生まれて来る。人のことがうらやましくなることもある。

でも、神様が与えてくださっている使命、神様が与えてくださっている「分」をちゃんとわかっていると、人のことはそれほど気にならない。

本当にもっともっと神様との関係を大切にしていこうと思います。

主よ、
あなたを見つめて歩めますように。
そして、あなたが与えてくださっていること、
あなたの任せてくださった働きに忠実に歩ませてください。

2013-03-07

春の淡雪でした・・・。

結局、サターン君はあちらこちらに大雪を降らせたようですが、
ここら辺は、春の淡雪でした。
まだ降っていて、明日の朝までにはもうちょっと積もる、と言っていますが、
どうなんでしょうか。真夜中の12時で気温は1度あります。

ぼたん雪がちょっと降っています。


舗装されたところには全く積もらないで、
芝生の上だけにちょっと積もり始めています。

明日の朝も大丈夫じゃないかと思います。

その後もずっと続いているコンニャク作り。
粉からですけどね。
こんなに続くとは思っていませんでした。

だから、とりあえず1袋でよしとしたのですが、
1ヶ月で粉一袋終わりそうです。

100個くらい作ったと思います。
で、今日2袋注文しました。
1袋でも2袋でも値段が同じなので。

今夜も青のり入りできました。


見た目よりも、食べた方が美味しいです。
ホントに柔らかくて、すっきりしていて、もうMITSUWAさん、ごめんなさい!です。

さて、火曜日3/5の「日々のみことば」。
火曜日は出エジプト記の14章でした。

「主があなたがたのために戦われるから・・・」14節。

神様が戦ってくださるから、安心して、従って、信頼して歩んでいける。
なのに、自分はどうしてこんなにも、自分でじたばたしてしまうんだろうか?
もっともっと神様と共に歩ませていただきたい。

勝利を見せていただきたい。

私たちが神様のために戦うのではなく、
神様が私たちのために戦ってくださるから、
そこに自分の身を置いていくんだと思う。

主よ、
どうか、あなたのもとに身を置くことを喜びとさせてください。
あなたが与えてくださる勝利を経験することができますように。

2013-02-14

花よりコンニャク辛し酢みそ添え。

今夜も冷えてきています。
今は夜の11時半ですが-0.9度C。

晴れた夜なので、放射冷却で、明日の朝は-5度くらいまで下がるでしょうか。

明日はまあまあ暖かい穏やかな一日となります。
雪が降るとしても夜になってからです。

で、今日はバレンタインデー。

Facebook上でもいろいろ盛り上がっていましたねえ。

でも、もうねえ、「女の子が男の子にチョコを」とか「男は女にお花を」とか、商業主義に踊らされませんよ。大体お財布一つだし、お花なんか、この日はべらぼうに高いんですから。っていうか、花粉でのんちがぜんそく出ても困るし。

でも、何かをしないとねえ。

ということで、できたてコンニャクでハートを作って、からし酢みそを添えて、プレゼント。喜んでいただきました。「これが私には必要だったんだよ」と。

のんちの方はやっぱりケーキ作ってくれましたけどね。ハイ。感謝。(あ、普通はその写真を載せるのか・・・でも食べちゃったよ・・・トホホ)


話はそれますが、このコンニャク作り、これ3回目ですが、しっかり空気が入って、恥ずかしくらい、穴だらけですよね。
で、あちらこちらの作り方を見ると、この空気が入らないようにするのが大切で、空気が入るとスポンジみたいで美味しくない、というのですね。でも、私は、さすがにスポンジはどうかと思いますが、適度に空気が入った方が、切った時にデコボコができて、味がからんでいいんじゃないかと思います。

もちろん、保存のためには空気が入らない方が、ということもあるかもしれませんが、みんなが「空気を入れないように」「空気が入らない方が美味しい」というから、それがいいんだと思わないで、自分の感性、自分の感覚で美味しい物は美味しい、と言い切る強さも欲しいです。

で、ホントに美味しかったです。

さて、昨日2/13の聖書。
昨日は創世記の44章でした。

「どうか、しもべをこの子供の代りに、わが主の奴隷としてとどまらせ、この子供を兄弟たちと一緒に上り行かせてください。」33節。

ヨセフの兄たちは、ベニヤミンに疑いがかかったとき、自分の身を差し出して、ベニヤミンを守ろうとしました。その姿の中に、ヨセフは自分自身の過去の痛みが溶かされていったのでしょう。

イエスもいわれました。「人がその友のために自分の命を捨てること、それ以上に大きな愛はない」。ヨハネも言いました。「主は私たちのために、命を捨ててくださった。それによって私たちは愛ということを知った。それゆえに、私たちもまた、兄弟のために命を捨てるべきである。」

自分の身を投げ出すこと、自分にはそこまでのものがあるだろうか。

そのような情熱を、熱心さを、熱さを持たせていただきたいと思った。

主よ、
あなたの愛を、私にも少し分けてください。
私も、誰かのために、自分を差し出すことができるような、愛と勇気を持つことができますように。

2013-02-07

大雪来るよ。

私はいつも最悪のことを考えておいた方がいいと思う方なんですが、
さすがにこれはないと思っているのですが、
一つのコンピューターモデルはここら辺で1メートルの雪が積もる予想を出してきています。

それは、極端なんですが、でも30センチは行きそうですね。

問題は、昼過ぎまでは「大したことないじゃん」という感じでも、
午後3−4時頃から一気に天気はひどくなること。
あっという間に気温が下がり、ものすごい勢いで雪が降ります。
風も強くなってきます。

油断しないでください。命取りになります。

お仕事のある人は定時まで仕事しようなんて思わないでください。

さて、今日は、こんにゃく粉が届いたので、昨日届いていた水酸化カルシウムとで、こんにゃく作りに挑戦。



見た目は悪いですが、柔らかくて美味しかったです。
小さめのが10個できましたが、5個ぺろっと食べてしまいました。
子供たちにも、のんちにも好評。

値段はこちらで買うのの1/4かな。

ちょっとクセになるかも。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の38章。

「彼女はユダによってみごもった。」18節

これもとんでもない話。
未亡人となった嫁が、義弟の妻にしてもらえないので(当時の習慣で兄弟が子供がなくて亡くなった場合は、その弟が未亡人となった兄嫁を妻にすることがあった)、売春婦の格好をして義父と関係を持って、子供を産んだと。

そして、聖書は、イエスの系図を書く時に、
タマルによってユダはペレヅの父になったことをはっきりと語っている。

隠そうともしないで。

人の醜さのただ中にイエスが来られたことを語っているのだろうか。

神様、
今日の話は本当になんだか、わからないのですが、
ただ、そのとんでもない現実の中にイエスが来られたことを思わされます。
感謝します。

2012-04-05

2年分。

去年は、誕生日も、結婚記念日も、母の日も、
日本に行っていて、お祝いできなかったので、2年分。

いつもありがと。



今年は、ユキに手伝ってもらって、昨日の夜に焼きました。
そして、今日、ユキとサキでデコレーションしてもらって完成。

今日はだし巻き卵にも挑戦。

ケーキもそうだけど、いつも料理本と首っ引きで、「今度はもうちょっとうまくいくように・・・」と思うんだけど、たまにしかやらないことはなかなか上達しないです。ハイ。

もうちょっと家事を手伝わないと、ですね。

今日はキッズクラブで子供たちに紹介した聖書の言葉が心に留まっています。


主はみずからあなたに先立って行き、またあなたと共におり、あなたを見放さず、見捨てられないであろう。恐れてはならない、おののいてはならない」申命記31:8


私たちを見放さない、見捨てない神様に感謝。


明日はGood Friday。
イエスが私たちのために十字架にかかった日。
今夜はちょうど最後の晩餐でした。


バッハのマタイ受難曲を学んでいるのですが、
最後の晩餐は、決して重苦しいものではなくて、
私たちに喜びを与えるものとして、描かれています。


明日の集会も、そんな希望と喜びにあふれたものとなりますように。

2011-11-25

感謝を込めて。

穏やかなThanksgiving Dayと穏やかなBlack Friday。
ホントに主が与えてくださっている一つ一つのことに感謝。
この後もしばらく穏やかな日々が続きそうです。
寒くなってくるのは12月になってからかな。


昨日は「どなたでもどうぞ」で、
Queensから、NJ各地から、そして、ボストンから10人ほどの方々が来られて、
感謝を覚えながら、楽しく過ごし、




今日は家族でレフトオーバー鍋。




なかなかうまそうでしょう。


で、8年間あまり酷使してきたファミリーPCがいよいよダメみたいで。
朝から何回も勝手にリスタートを繰り返しています。
いろんな部品を「これかな?」「これかな?」と交換して、可能性をつぶしていきます。
一度は、CPUと言う「心臓」にあたる部品のピンが曲がってしまって、「やべえええ」という場面もありましたが、そこはなんとかクリア。
中心的な部品であるマザーボードのだろうなあああ、と思ったところで終了。
もう昔の部品なので、eBayで探すしかありません。
60-80ドルとかするので、うーん・・・です。
ずっと性能のいい新品が2年保証付き(クレジットカードで買えば+1年)で400ドルとかで買えちゃうんですからね。


でも、ほんとにつくづく「バックアップの大切さ」を痛感しているところです。
なんとか、データが吸い出せるといいのですが。


さて、あさってから、アドベント。
イエスがわたしたちのところに来てくださったことの意味を、
一つ一つ味わっていくことができるようにと願いつつ。

2011-05-29

運動会の朝。

運動会の朝です。
牧師をしていると日曜日に運動会をするのは、
何とかならないかなあ、と思いながら、
そして、なんとカミさんがいないと、お弁当も作って・・・となるが、
記念すべき、この2ヶ月の最後のお弁当。
最後までキャラ弁とまでは行きませんでしたが、

なにをかくそう、最初のころに作ったハンバーグを冷凍したやつを、
毎週一個ずつ焼いて、持って行っていた。
(本人がそれがいいというので・・・)

それが昨日でなくなったので、今日は一口カツ。
これで運動会、徒競走で勝つ!


・・・・って、徒競走はランチの前だけどね。

庭で取れたもいよいよ最後のアスパラと、
トマトと人参って・・・今日は彩りも考えて・・・。

おにぎりはしおにぎりのりなし。

これも本人の希望。
こっちは卵焼きでも入れようかと思ったら、
これも本人が却下。

ブログにお弁当の写真のせる奥様方って、
すごいなあと思っていたのですが、
最初で最後だと思って、がさつなオヤジの盛りつけをご紹介。



今、一瞬、日本に電話したのですが、
のんちの報告と祈りの時、
大雨の中、各地からたくさんの方々が来られたそうです。
皆さんのお祈りに感謝。

でも、自分の心は礼拝のことでいっぱい。
でも、自分ががんばるのではなくて、
神様の愛と命の注がれる礼拝となりますように!

2011-05-09

言葉で伝えるのが難しいもの。

ここ数日、とってもいい天気です。
これ、花粉さえなければ、本当に気持ちのいい日々ですよね。
私もなんだか、出口が見えてきたのかなあと思います。
今日はずいぶん調子が良かったです。

そして、この後もしばらく、木曜日くらいまではこの天気が続きそうです。

さて、今日はひき肉を買ったので(高くなりましたねえ、びっくり)、
いつか作っておいしかった別冊Esse夕食ばんざい肉のおかず(1993年版!)にある「韓国風肉みそ」作りました。
2倍量作ったのですが・・・ちょっと多かったですねえ。
その材料の中に「木の芽」ってのがあります。
お、それうちの「ほったらかし畑」に生えている、と取ってきたんですね。
ちょうど、新芽が出ているところです。
それを摘んできたんですが、


これ、すごい、いい香り。
なんというか、言葉では表せないものです。
よく、料理番組や旅番組でおいしいものを食べて、
一生懸命、どんなにおいしいかを言葉で説明しなければならない姿に苦笑することがあります。無理なんですよね。この木の芽の鮮烈な香りを言葉で表すのは・・・。タケノコが生える庭が欲しい・・・。

でも、やっぱり言葉にする努力、って大切ですね。
私も言葉に関わる働きをしているわけですから、
もっともっと言葉を大切にして、
もっともっと心にあることを言葉にする努力をすべきことを思います。

のんちが日本に行っていて、
日本で経験していること、見ていること、感じていることを、
夫として、もっともっと発信すべき立場にいるんだと思うのですが、
でも、言葉にしようと思えば思うほどおそれが湧いてくる。
一つは、自分の経験ではないことを、
私という地球の反対側にいる者が言葉にする時に、その闘いのただ中にいる方々を傷つけてしまう危険性があるということ。
もう一つは、このような場所で発信する時に、言葉が思いを離れて一人歩きしてしまうことがあること。
そう、ネットというのは、礼拝や集会でお話しすることとはレベルの違う「怖さ」があります。自分の言葉が自分という人間を離れて伝わって行くかもしれない、という怖さです。

ですから、本当に慎重になります。

でも、そのような危険を超えて情報を発信しておられる方々がおられて、そのおかげで伝わって行く事実もあるんですよね。それで、人の目が集まり、差し出される手がある。

情報発信の大切さを思わされています。
恐れないで、でも、本当に心を配りながら、発信することの大切さを思わされます。

のんちは、教会のない山元町にお仕事で行かれている方と、
月曜日に会って、共に祈ることができたと連絡がありました。
きっかけは、twitterです。
これがなかったらつながらなかったでしょう。

あと、先の週末、Facebookで、大学以来の友人や数年前から連絡が取れなくなっていた元JCCNJの方とつながりました。これはまたすごい。

一つ一つのつながりが生かされていきますように。

2011-05-04

神様を見上げる。

今日は予報通りと言うか、
予報を遥かに超える本降りで、
花粉が流れて行ってくれていると思います。
その割には「花粉が飛んでなくて今日は絶好調!」とは行きませんでしたが、でもやっぱり楽だと思います。買い物にも安心して出かけられました。


そこで買ったのが「イチゴ」。
何年ぶりでしょうか、イチゴを買うのは・・・。
のんちもあまり買っていなかったですね。
9年くらい前からアレルギーでたべられなくなって、
あきらめていたのですが、
昨日、TV Japanを何の気なしに見ていたら、
ケンタロウさんが「イチゴのコンポート」を作っていて、
お、これからきっと食べれると思って、
買ってきて、作りました。
10分でできます。




熱いのをアイスクリームに添えて食べるのがいいそうで。
早速今週Turkey Hillが特売だったので、
他ではあまり見ない(高いアイスは別ですが・・・)ラムレーズンに添えて。


おいしゅうございました。


ちょっとクセになるかも。


さて、今日はのんちは夜9時は入りで夜中の2時までそして、朝の7時から昼まで。だから、その合間、日本時間の夜の2時半頃に電話しました。電波もあまりよくないようで、連絡が今まで通りには取れないかもしれません。ま、「便りがないのはいい便り」ということで。


あ、そういえば、日本時間ではもう5月5日になっていますが、こちらも間もなく21回目の結婚記念日。ここまで守られたことに心から感謝。神様に感謝。


日本では「こどもの日」。明日は下の娘の学校で、日本の紹介があるそうだ。月曜日には個人的に校長先生に会ってきて、一緒にのんちが、塩釜や石巻で撮ったたくさんの写真を見ながら、どれほど大きなことが起こったのか、どれほど大変な中に人々がいるのか、そして、そんな中で、人々が助け合っていることがどれほどの力になっているか、語り合った。写真の中から、先生が「助け合うことの大切さ」を表している写真を選んでくださった。日本の子どもたちにとっても、こちらの子どもたちにとっても、幸いな「こどもの日」となりますように。


さて、日曜日から今日までの聖書。
民数記16章。


「あしたの朝、主は、だれがご自分のものか、だれが聖なるものかをお示しになり、その者をご自分に近づけられる。主は、ご自分が選ぶ者をご自分に近づけられるのだ。」5節。

この16章の出来事はモーセの権威への挑戦の出来事だった。
今まで、ここを読むたびに、モーセはどんな思いだっただろうかと思ってきた。
権威に挑戦されて、どんなに苦悩しただろうかと。

でも、今年はここを読んで、モーセの思いはびくともしなかったのではないかと全く違う風に感じた。
モーセは神様を見ていた。神様が自分を立てたのであって、人々が自分を立てたのではないという確信と平安があったのではないか。

だから、はっきりと語る力もあったし、
ただ、惑わされていた人たちのためにとりなすこともできた。

首謀者が滅びたあとも、人々の不満がくすぶっていた。
それも、つらかっただろうけれども、
そこに沈んでいくよりも、やはり、人々のためにとりなした。

人を見るか?神の召命を見るか?

堅く立つ者でありたいと思う。
とりなし手とならせていただきたいと思う。

主よ、
どうか、あなたの召しに対して、忠実な者とならせてください。
あなたの導かれるところをしっかりと見つめて歩むことができますように。
人々の評価に一喜一憂することから守ってください。
21年間の歩みに感謝します。
これからもあなたの憐れみによって支えてください。

2010-11-29

職人への道。

今朝は結構冷えました。
最低気温は-3.8度C。


一日晴れました。
でも天気は下り坂。
明日の夜から、あさっての夜にかけて、
大雨の予報が出ています。
特にあさって水曜日は注意が必要です。

私は休日はThanksgiving Day一日だけで、今日やっと休み。一日ゆっくりさせていただきました。
そこで、豆腐作りに再度挑戦。
というのは、愛読者のお一人から、
四角い豆腐が作れるようにと、このようなものが、提供されたからでした。






なんと、絞り袋や、にがり、そして日本語での作り方の説明までついたセットです。


なんで、アメリカにいながら、こんなもの持ってるの?って感じですが、これで上手にできるようになったら、ご馳走してください、との励ましをいただいて、俄然やる気がでてきました。


こうなったら、唸らせるような美味な豆腐を作って、ご馳走しましょう!


で、こちらが今日の作品。


水の中では四角かったのですが、出したら、ぐずぐず。舌触りもまだまだ人に出せるようなものではありません。で、小さく切って、何とか、記念撮影。



豆腐職人への道、まだ始まったばかりです。


さて、ここ数日の聖書から。
レビ記の24−25章を読んでいます。


「目には目、歯には歯」

これは復讐の教えだと言われますが、
(「日々のみことば」誌にも、そのような記述がありましたが)
実際は文脈を見れば、「償い」の法律ですね。
やられたらやり返せ、と聖書が言っているなんて、
とんでもない誤解です。

「目を潰してしまったら、自分の目をさし出して償いなさい」という加害者に対する命令ないのです。

そのようにして、被害者の痛みを自分の痛みとすることを求めたのです。

本当はそれほどの事なんですよね。罪というのは。

なんだか、「赦される」ということばかりが強調されて、罪自体が軽く見られることが多いと思います。もちろん、赦さないでいることは、自分が辛いです。ですから、赦すべきです。でも、本当は罪というのは赦されるものではない。一生負っていくものであり、負いきれないはずのものです。どんなに悔い改めたところで、犯した罪は消えないのです。でも、ただ、イエス・キリストの十字架によってだけ、ただ、それがあるがゆえに、私たちは赦されるのです。

その恵みをもう一度思わされていました。

罪の深刻さを忘れてはいけない。

そして、そこから解放された喜びに生きようと。

神さま、
罪の深刻さを今日も思います。
でも、それも頭だけで、本当に心の底から、
それが分かっているのかと、思わされます。
どうか、罪の深みを忘れることがありませんように。
そして、そこから救われていることの幸いを感謝して歩む者としてください。
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2010-11-16

いのち。

今日は朝と夜に雨。
今は夜の10時過ぎですが、しとしと降っている音が聞こえます。


この後、雷雨になるかもしれないそうです。
雨の量は大したことがなくても、
落ち葉で排水口が詰まっていたり、
路面が滑りやすくなったり、
この時期特有のトラブルがあるかもしれません。


そして、この後、来週前半まで、「秋」みたいですが、
Thanksgivingあたりから、「冬」になりそうな予報が出始めています。


さて、先週末から計画はあったのですが、
今夜、初めて豆腐を作ってみました。


というのは、下の娘が日本語補習校で、
「大豆が原料の食べ物がいろいろある」と習ってきて、
じゃあ・・・ということで、ほんとに大豆から豆腐ができることを、
一緒に実験してみたわけです。


以前、アトランタにいた頃、納豆をつくってみたことがあったのですが、
豆腐は初めて。たまたま「にがり」を数年前に頂いていて、棚の中にあったので(液体のヤツだったんだけどきれいな結晶が出来ていた)、やってみたわけです。


で、やはり最後ににがりをうって、固めるあたりのにがりの量と豆乳の温度の調節が難しかったですが、温度を上げてにがりを増やしたら、かたまりました(邪道かもしれないけど)。


で、娘に「写真撮ってお天気何とかに載せないの?」と催促され、撮った写真がこれ。


あんまりうまそうに見えませんが、どうしてどうして、うまかったです。
にがり増量で水にさらす前はちょっとにがりの味を感じてしまいましたけどね。


これは楽しいし、できたてがうまいので、ちょっと研究しようかな、と思ってしまっています。平気で4時とかに目が覚める今日この頃、豆腐屋でも始めようかと・・・。


さて、日曜日の聖書。
日曜日の朝は、レビ記の17:1−16を読みました。


「いのちとしての贖いをするのは血である」11節。

今、私たちは「いのち」について考えなくていい生き方をしていると思います。
肉や魚を食べる時にも、その命をいただいている、という感覚を持たないことが多いです。

聖書の時代には、その血を注ぎ出して、命をいただいている、と受け取ったり、犠牲の動物も、文字通り、自分の身代わりだったわけです。

また、人の生き死にの場面に出会うことも少ないです。

たぶん、なるだけ、見えないところに追いやられてしまっているのだと思います。
肉を食べるために屠殺する場面も、人がその人生を終えて、旅立って行く時も、私たちに見えないところに押し出されてしまっているのです。

仕方が無いといえばそうですし、私もそのような場面をたくさん見るべきだと思っているわけではないです。でも、それゆえに、命の大切さや、ありがたさを見失っていないかと思うのです。

イエスの十字架もそうです。

私たちの命の回復のためには、イエスの血が流されなければならなかった。血は命そのものだから、贖うことができる。

それなのに、イエスの十字架の恐ろしさ、痛み、苦しみは、後ろに追いやられ、ほかのこと、充実した教会イベント、マネージメントのよさ、いい音楽、本音トークができること、それらが教会の中心になり、力になり、活力の元になっていないだろうか?

いつもいつも、いつまでも、この十字架の恵みが中心。
そのことを忘れないでいたいと思います。

主よ、
イエスの血が流されたから、
私たちが救われていること、
心から感謝します。


どうか、どこまでもどこまでも、十字架のもとに救いがあり、喜びがあり、力があることを、忘れることがないように、そのことをいつもいつも伝えていくことが出来るように、守り、導いてください。


2010-09-20

自画自賛。

今日も気持ちのいい一日でした。
雨不足みたいですが、
秋になったので、だんだん好転してくるでしょう。


ところで、昨日「30度になんて上がりません」と書いたところなんですが、
Accuweatherでは水曜日に33度を予想してきています。
他でも29度を予想しています。
日本では「暑さ寒さも彼岸まで」といいますし、
アメリカでは秋分の日が「The First Day of Fall」ですから、
いたちの最後っ屁的な暑さかもしれませんね。


今日は本当に久しぶりの休みの日だったので、ゆっくり休んで、夕方から、月曜日に仕事に出ているのんちに代わって、クッキング。


ハンバーグににんじんのグラッセ、粉ふきいも。なかなかうまそうにできました。食べてもうまかったですよ。


ちなみに、この写真はこの夏に機種変更したiPhone 4で撮ったもの。
それまでの3Gに比べるとカメラがぜんぜん違う。バーコードリーダーやスキャナーにも使える、ビデオも撮れる、と重宝しています。確かに反応も早いですし、バッテリーの持ちもいい。この夏からデータプランが今までの30ドル均一から、200MBまでなら15ドルと(あまり外で使わないなら)半額になったので、その浮いたお金の14ヶ月分で買えてしまうというわけです。


あと、夜空にかざすとそこにある星座を教えてくれるソフトもあるらしく、ファミリーキャンプの時に使えばよかったなあ、と思いつつ、冬の澄み切った夜空を楽しみにしています。


さて、久しぶりの「日々のみことば」。
今日読んだところから。


今日は列王記第一の8:1-11。


「箱の中には、二枚の石の板のほかには何もはいっていなかった。」9節。

箱の中に荒野で民に与えられたマナのサンプルや、芽を出したアロンの杖は入っていなかったんだろうか?と思ったりもしましたが、そんなことはとりあえず置いておいて、この言葉の中に、信仰における「神の言葉の中心性」を見たように思いました。

「ただ、お言葉を下さい」と言った百人隊長(マタイ8:8)のように、何かを見ていなくても、主を信頼して、そこに従っていくことが信仰なのだと思います。

アブラハムもそうでした。ただ、主を信頼して歩んだのです。
神の約束を信じて歩み始めました。

「見ないで信じる者は幸いである」とイエスは言われました。

そのことの大切さを思わされます。

そこまで思ったときに、もしかしたら「マナ」とか「アロンの杖」というのは、神の真実を証明するものとして、元々そこにあったわけだから、それがどこかで取り去られて、「二枚の石の板」だけが残されたことは、「神様はそのような証明をするものを与えられることもあるけれども、それが中心なのではない、私の言葉に対する信頼こそが信仰の中心なのだ」と言っておられるのではないかと思わされたのです。

ちょっと恣意的な解釈でしょうか?

まあ、「マナ」と「アロンの杖」についての解釈はいいとして、とにかく、箱の中に神の言葉だけが入れられていて、それが神と人との間の関係の鍵であったことを思うと、私たちもそこに生きていくことの大切さを思わされます。

主よ、
あなたのみことばを信頼して歩ませてください。
見えるところではなくて、あなたのことを信頼して歩ませてください。

2010-08-17

無事到着して、ベトナムのエスプレッソを試す。

今日の午後2時過ぎに無事、アトランタに到着。
「着いたら何を食べようか?」という話の時に、
16年前の記憶をだどって、「ベトナムのフォーだ!」ということになった。
ここかな?と思いだしたり、ネットで調べたりして、
いくつかある中の一つのお店に入って、メニューを見ていたときに、
つい最近、パスター・マックマクドのブログに紹介されていた、
ベトナムのエスプレッソの記事(その話はザリガニの話になっていくのだが・・・)
を読んで、どうしても飲みたくなった。
もう、フォーでお腹いっぱいだったのだけれども、
どうしても我慢できずに、アイス・エスプレッソ・練乳つきを頼んだ。







これでもか!ってくらい、練乳が入っていて、
「甘いんだろうなあ」と思ったのですが、
これが、その甘さがどうしても必要なくらい、エスプレッソが強くて、
これは絶妙のバランス。

うーん、この味はぜひ、我が家でも再現したい。

このベトナムのエスプレッソのためのマシーンを何とかさがそうと心に決めたのでした。
間違っても、勢いで、生きたザリガニを買うようなことは決してしないぞ!と自分に言い聞かせながら・・・。

・・・もうそろそろ、「日々の祈り」も復活しますね。


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2010-04-20

「男の料理なんて・・・」

今朝も寒かった。
4度くらいまで下がりました。


でも、昼間は20度を超えました。


明日は朝もそれほど冷えず、昼間も暖かく、
今週の中では一番穏やかな日かな、と思います。


父と娘ふたりの生活も今日まで。
「のんちさんがいなくて大変でしょう」と言われると、
まあ、ほんとうにそのとおりです。
つくづく感謝しなければと思います。


でも、でもですよ、まだ人間出来ていないですから,
どうしても、「結構頑張ってんだよ〜」って言っちゃうんですよね。
「そうですよねえ」で終わらせとけばいいのに・・・。


「料理も大変ですね」・・・これは1時間でも時間があれば、それは感じないです。
いつもはしないんですが、正直、好きなんでしょうね。
でも、自分でも余計だなあ、と思うのですが、
娘たちに「うまいよねえ」ってしつこい。


そう、やっぱり「おいしい」って言わせたいですよね。
反省。明日の夕食までは私の担当ですが、そのあとは、ちゃんと「うまい!」と反応する夫になろうとプチ決心。


ちなみに今日は一口ヒレカツ。




はい、うまかったです。


でも、「男の料理なんて・・・」ってのが幾つかありますよね。


たとえば・・・


1. それだけお金をかければ・・・


今日、Shopriteで、豚ヒレ肉、1パウンド1.99ドルでした。100グラム40円とか。それを1パウンドくらいだから、今日の夕食、しめて3ドルくらいかな。


2. それだけ時間をかければ・・・


まあ、そういう時もありますが、今日は準備30分、揚げるのに30分。5時半から6時に準備して、その後、一仕事して、8時から8時半に揚げている間に、ユキに味噌汁を作らせて、サキにサラダをつけて、ヒレカツ定食。


3. 肉ばっかり・・・


はい、お言葉通りです。
今日も、のんちが出発する前に買っておいてくれたナスをつかって、ナスの肉味噌炒めを作ろうと思って、買い物に行ったら、「ヒレカツ定食」になってしまったわけで・・・。さあ、ナスをどうしよう・・・。出る前に買ったのがそのままあったら、びっくりするだろうなあ・・・。


4. やりっ放しで片付けない。


はい、明日の朝やります・・・。


11日の「龍馬伝」から。


「男の人て、どうして熱くなるんだろう。みんな『日本を救いたい』と言うのに、自分の生き方はなかなか変えられない」


わお・・・これって、教会にそのまま当てはまる。


「クリスチャンってどうして熱くなるんだろう。みんな『神様のために』『日本を救いたい』というのに、自分の生き方はなかなか変えられない・・・」


「日々のみことば」は昨日書いた通り、32章全体を通して、
御言葉に従うこと、常識を超えて主を信頼すること、教えられています。

主よ、
愛されることよりも愛することを、もとめることできますように。
明日も、あなたがいつもいつも共にいてくださること、
私が気がつかない時も、あなたが共にいてくださることを、
忘れることがありませんように。

2009-05-04

雨が続きます。

今日は一日雨でした。
夕方には庭に出て、ニラを刈って、
ギョーザの材料に。


春の雨に打たれて、
心なしか、ニラも柔らかく感じました。


去年、潤さんが作ってくれた、
お天気の歌を思い出します。


わたしたちの歩みの中では、
雨が続くような日もある。


でも、そんな時も神様の御手の中にあるんですよね。


ギョーザ、ちょっとしょっぱくなっちゃいました。
いや、涙じゃなくて、塩と醤油入れすぎ。(笑)


明日も肌寒い雨が続きそうです。


さて、昨日、日曜日の聖書。
昨日の箇所も心励まされました。
エペソ1:15-23。


「また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。」18-19節。

神様の全能の力がわたしたちのうちに働いている。
全能の力がです。
その力がどんなに偉大なものか、それを知って欲しい、とパウロは祈っているのです。

イースターの時に、イエスを復活させた神の力がわたしたちのうちに働く、
ということのすばらしさを感じました。

そして、ここでは、全能の神の力。
それがわたしたちのうちに働いている、とはなんというすばらしいことかと思います。
その力を見失わないようにしたいと思います。
それをもっと知らせて頂きたいと思います。

主よ、
あなたの全能の力が、わたしの内にも注がれていること、
こころから感謝します。
どうか、わたしの内に働いているあなたの力を100パーセント知ることができますように。