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2014-11-21

あなたを縛っているものは何?

金曜日の夜ですが、また冷えています。
夜の11時半で-5度C。

明日から少しずつ暖かくなって、月曜日には15度C以上に上がりそうです。

でもまたその後サンクスギビングにかけて、グッと冷えそうです。

さて、この間の日曜日に教会の礼拝でも紹介したビデオ。


よく話に聞きますが、ノミの入ったコップに蓋をすると、ノミは学習をして、それ以上高く跳ばなくなってしまい、蓋を外してもそれ以上には跳ばない、という話。

2014-04-29

礼拝の回復。

すっかり春。
いろんな花が咲き競っています。

今年も一番手はクロッカスでしたが、



・・・ちなみに、これは3/31の写真。

2014-04-20

ハッピーイースター!

ハッピーイースター!

イエスの復活を心からお祝いいたします。


今日は午後1時半からイースター礼拝です。
神様のすばらしさが豊かに現れる礼拝となりますように。

今日はいい天気になりました。

2014-01-12

他の何かではなく・・・。

今朝は、それほど冷え込まなかったですね。
5度Cくらいでした。「わたしに何をしてほしいのか?」(マルコ10:51)
これはイエスが、大声を上げて求めてきた人に聞かれた言葉です。

さて、私はいったい、心の深いところでは何を求めているのだろうか?
いろんなことを考えていましたが、
祈りの中で、はっきりと見えてきました。
でも、一日風は強く、夕方からは冷たく感じました。

今は夜の12時ですが、-0.5度C。
この勢いだと-5度くらいまで下がるのでは?
それなりの冬の夜になりそうです。

さて昨日の夜の祈りですが、
今日の礼拝の中でお話しました。

2014-01-11

第一とするもの。

昨日はちょっといろいろたて込んでいたので、
更新できませんでしたが、
朝は雪が降って、夕方からは雨。
氷点下は脱出しましたが、肌寒い一日。

今日は、打って変わって、一日雨でしたが、
気温は15度くらいまで上がりました。

夜になって雨がやんで、これから冷えてくるようです。
今は夜の10時半でまだ11.4度Cもあります。
さて、どこまで冷えるでしょうか。

2013-12-25

メリークリスマス!

「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました。」マタイ2:2

あたたかな週末をすぎて、
また冬らしい、きーんと冷えきった朝を迎えました。
今も外は-8度Cです。

今日のクリスマス。わたしたちもこの東の国の博士たちのように、
救い主を礼拝する時となりますように。

今日はハワイの風を携えておいでになった中村裕二先生、智恵子先生ご夫妻がコンサートをしてくださいます。午後4時から。



2013-12-01

アドベント。

今日からアドベント。



今日の礼拝の準備をしながら、いろいろ「待つ」ことについて考えさせられました。

不安を感じながら、待っていた時のこと。
待っていたけれども、願っていた道が閉ざされた時のこと。
待っていたことが、実現した喜び。

待つことの中には、「自分ではどうにもならないことについて、受け身であること」がある、と読みました。本当にそうだなあと思いました。

2013-11-25

REAL(ホンモノ)

月曜日の朝になりました。
冷え込んだ朝です。

昨日は朝が-6.5度C
そのまま一日氷点下。最高気温は-1.1度C止まりでした。
そして、今朝は-7.6度C。
一気に真冬です。

今週の雨/雪ですが、
雨がメインのようですね。そして、結構な大雨になりそうです。
そして、ちょっと降り始めの火曜日と最後の木曜日の朝に雪も混じるかも、という程度みたいです。

昨日の礼拝では「しもべとなること」がテーマでした。
「しもべ」と言えば、この本。



チャック・スウィンドルの「仕える喜び」。
もう一度読み直しました。

2013-11-22

冠を投げ出して。

今日は思ったよりも晴れ間が出て、暖かい一日に。
朝から10度くらいあって、昼間は15度を超える展開。
そして、夜の9時でもまだ12度もある。

でも、この暖かさも、今日だけ。
明日の朝には2度くらいまで下がって、昼間も7度くらいまでしか上がらないそうです。

そして、夕方から夜にかけて雨が雪に変わるかも。

2013-10-28

氷点下の朝。

土日と更新を休んでしまいましたが、
その土曜日の朝はこの秋初めての氷点下の朝。



朝の7時過ぎで-0.4度C。
この朝は、ホントに車も霜でバリバリ。

2013-06-20

教会の力。

今日は朝からすかっと晴れています。
そして、15度くらいと、とてもさわやかな朝。

今日も気持ちのいい一日となりそうです。

さて、まだ南カルフォルニアのこといろいろあるんですが、
まずは、日曜日の礼拝。
この教会は、私が、牧師の子供という立場も、神学生という立場も、牧師という立場も何もなく、集っていた数少ない教会です。

礼拝が始まる前のワクワク感。
砂漠の中の祈りの家から車で3時間、やっと着いた教会で、
何人かの久しぶりにお会いする方々とあいさつをして、
本当に「ああ、これから礼拝が始まるんだ」と気持ちが高まります。


2013-05-30

ウクレレいいかも。

今日は暑かった〜。
37度くらいいきました。
もう嫌だ〜って感じです。

明日もあさっても暑いそうです。
先週は6度くらいまで下がったのに、
今週はいきなり熱波です。

昨日は先日の日曜日に教会においで下さった方からお声をかけていただいて、
今日から始まるNY Uke Fest 2013の関係の方々とパーティーでお会いしました。

夜の8時頃でも、ちょっと明るいですね。
もう6月になりますから。



それはUnion Squareのすぐそばのビルの一室というか、一軒のお宅。
二十ウン階で、デッキがとっても広くて、本当に気持ちのいい空間。

2013-05-12

畏れをもって。

日曜日、アトランタはさわやかな晴れです。

昨日泊めていただいたお宅で、
ご自分で作られたレタスやカブを出してくださいました。
すごーい。庭の片隅に、いろんな野菜が育っています。

こんなのや、




2013-03-31

Happy Resurrection Day!


イエスの復活の朝、おめでとうございます。
今朝、あのイエスの墓に行った女性たちのように、夜明け前にと思っていたら、
ちょっと寝過ごして、川沿いに出たら、太陽も昇っていました。
復活のイエスを覚えつつ、祈りつつ、この情景を狙っている周りの熱いカメラマンたちの機材のすごさに恐れを感じつつ、シャッターを切りました。

今日は二つの教会でイースターの礼拝。
どちらも、神様が導いてくださって、幸いな礼拝となりました。
1つ1つの出会いに感謝します。

ずっと前から、お声をかけて来て、初めて来られた方。
今日来られないご予定だったけれども、急に予定が変わって来られた方。
日本やカルフォルニアから旅行で来られていた方々。
みなさんと共に守ることができた礼拝、特別でした。

感謝。

そして、何よりも、イエスがよみがえられた!とのメッセージはものすごいパワフル。
一人一人の歩みがこのメッセージによって、支えられ作り替えられますように!

さて、2日遅れの「日々のみことば」。
金曜日はヨシュア記の8章でした。

「恐れてはならない、おののいてはならない。いくさびとを皆、率い、立って、アイに攻め上りなさい。わたしはアイの王とその民、その町、その地をあなたの手に授ける。」1節。

アイは小さな町で、エリコでの勝利のあと、調子に乗っていたのでしょう。
ヨシュアも1回目は神様の声を聞くことも忘れていたのだと思います。

でも、ここで、もう一度神様に聞いて、立ち上がったヨシュア。
神様が今度は伏兵を置くという作戦を与えられました。

わたしたちは勝手に「これは簡単だから」と神様に求めないこともあるのかと思います。
難しいことだけを神様に求めて。
でも、本当はそんなことなくて、どんなに簡単に見えることでも、神様に聞きながら進んでいくことが大切ですね。

主よ、
あなたのみ声をいつもいつも聞かせてください。
小さなことに見えても、あなたに聞き、あなたに従って歩む者となれますように。

2013-03-24

またかい?

はい、先週後半も、また数日更新できてません。
 
はい、この週末も、またタイムマネージメントが今ひとつ上手にできず、遅くまで教会で仕事中です。「しなければいけないこと」と「したいこと」との狭間で、いろいろ考えさせられます。

実は金曜日、教会の集まりのあと、テーブルをちょっと無理に動かそうと思って、壊してしまいました。(いえ、ガタが来ていたのは確かなんですが・・・。)土曜日の朝、それを会堂を貸してくださっている教会の方にお話ししたら、「誰か直すから大丈夫だよ」と言っておられたので、ホッとしたのですが、夜9時頃になって、教会に礼拝の準備のために来たら、そのテーブルが壊れたまま、日曜日を迎えるのが気になって仕方がなくなってしまい、ついつい、直してしまいました。「自分は今夜は明日の礼拝の準備することがプライオリティ」とわかっているのですが、気になってしまってとてもとても、準備どころではなかったので・・・ってな調子です。

はい、日曜日の礼拝がまた、楽しみです。
今週も、御言葉が一人一人の心にとどまりますように。
ひとりでも、心の目が開かれて、神様の愛がより深くわかる経験が与えられますように。
主が触れてくださいますように。

はい、次の月曜日も、また雪です。
どうなることやら。
ひょっとしたら、ヤバい雪になるかもです。

2013-03-10

2年。

今日からDaylight Saving Timeスタート。
通称「夏時間」!
でも、先日の雪も、芝生の上は20センチくらいあったかな、と思ったのですが、
一気に融けるくらいの日差しです。
季節は着実に前に進んでいます。

今日の礼拝は、震災のことを覚えてメモリアル礼拝。
各地から寄せられたメッセージをご紹介して、
主からのチャレンジを受け取って、立ち上がるひと時となりました。

心を開いて、メッセージを送ってくださった方々に、
共に歩むことを許してくださったみなさんに心から感謝します。

やはり、その場にいないとわからない戦い、痛み、あると思います。
経験しないとわからない不安や恐れもあると思います。
発信したことが違った形で受け取られたり、
ただ、利用されただけだったり、
そんなことで傷つくこともあると思います。

だから、発信すること自体に恐れを感じる時もある、と思います。
思いを分かち合うこと自体に恐れを感じる時もある、と思います。

だから、メッセージを送ってくださったことに感謝。
共に祈りあう存在として受け入れてくださったことに感謝です。

もっともっと耳を傾け、聞くことの大切さを思わされます。

さて、一昨日、金曜日の「日々のみことば」。
出エジプト記の17章。

「モーセが手を上げているとイスラエルは勝ち、手を下げるとアマレクが勝った。 しかしモーセの手が重くなったので、アロンとホルが石を取って、モーセの足もとに置くと、彼はその上に座した。そしてひとりはこちらに、ひとりはあちらにいて、モーセの手をささえたので、彼の手は日没までさがらなかった。 」11-12節

やはり祈りの手を上げ続けることの大切さを思わされる。
私も一人一人の方々のためにもっともっと、心を注ぎ、時間を使って祈りの手を上げ続けようと思う。そんなことを思った時に、私のためにもこのように手を上げ続けてくださる存在がいるのだということを思わされた。そういう方がおられるから、そういう存在がおられるから、今の私が支えられているのだと思う。

教会のお一人一人の一週間の歩みが支えられますように、
戦いの中で、支えられますように。

主よ、
あなたに手を上げ続けさせてください。
私の手が下がりそうになった時に、それを支える方々を与えてください。
日々のあゆみの中で、教会の一人一人が神様の力にあって、愛を与える存在として用いられますように。

2013-03-08

春の淡雪、でもなかったですね。

お詫びも兼ねて、朝の更新。

雪はぼたん雪から、サラサラまではいかないですが、それなりの粉雪になり、そこそこ積もっています。道路もシャーベット。


電線とか木の枝とか、重そうになってきました。
場所によってはかなり積もっているようです。

改めて、天気予報の難しさ、奥の深さを思い知らされた朝でした。

今日は・・・たぶん、また気温が上がってきて融けながら降る雪になるでしょう。
でも、電線とか、枝とか、重くなってきているので、停電があるかも、です。
あと、ここよりも気温が低めのところは、もうちょっと積もるかもしれませんね。

さて、ちょっと追いついておこうと、おととい、水曜日の「日々のみことば」。
水曜日は出エジプト記15章。

「主はわたしの力また歌、わたしの救となられた、彼こそわたしの神、わたしは彼をたたえる」2節。

賛美は神様に向けられるもの。
神様がほめたたえられるべき方。
主に目が向けられるべきもの。

今日も、主をほめたたえながら歩みたいと思う。
主に心を向けさせてくれるミュージッシャンや、パフォーマーに感謝。
賛美は、神様に注目が向けられるべきだから、
人ばかりが注目されてしまってはいけない、ということはあるんだけれども、
でも、やはり、人に励まされて、賛美に導かれる時もある。

昨日一日何回このビデオを再生しただろうか。

日本語では「よき力にわれ囲まれて」

主が共にいて下ることとに感謝しつつ。




日本語のもありました。




かみさま、
今日も、一日私の唇に、私の心に、あなたの賛美があふれますように。

2013-03-05

春の淡雪か、大暴れか?

今度のWinter Stormはサターン。
メインはワシントンDCの西の山みたいです。
アトランタに行く時に通るシャナンドウバレー方面。
そっちには50センチ級、ワシントンDCのあたりでも、
20-30センチくらいの可能性があるみたいです。

でも、ここら辺はもしかしたら、ホントにちょっとかもしれないし、
やっぱり20センチ級くらいになるかもしれないし、
予報が分かれています。
それくらいわからない・・・ということ。

天気予報泣かせのサターン君です。

でもわかっているのは、風が強いこと、
そして、しばらく居座ること。
なので、ニュージャージーの海岸部はまた高潮の危険があります。
サンディーの時のようにハドソン川を水が上がってくることはないと思いますが。

今夜、ある方とお話をしながら、
本当に教会のみなさんがどれほど大きな戦いの中で、
礼拝を命綱のようにして、
集っておられることを改めて思わされました。

どれほど厳しい戦いの中におられることか。

だから、本当に祈る責任を感じますし、
礼拝にもっともっとすべてをかけることが必要であることを感じさせられます。

さて、日曜日の「日々のみことば」。
日曜日は出エジプト記の12章でした。

「これは彼らをエジプトの国から導き出すために主が寝ずの番をされた夜であった。」42節。

もちろん、神様はいつも寝られることはないでしょうから、
擬人化された表現でしょうが、
でも、主がいつもいつも私たちのことを心に留め、
ここ一番という時に、特別に目を向けていてくださっている、

私の人生の危機、私の戦いの中で、
主はいつもにもまして、特別に心を向けてくださっていた。

そのことの恵みを感謝します。

主よ、
あなたが私に目を留めてくださっていることに感謝します。
これからの歩みの中にも神様の守りがありますように。

2013-02-24

イエスの豊かさ。

金曜日の夜というか、12時を過ぎて土曜日になった頃は、雪が降っていたけれども、その後は予報どおり雨。でも、予報と違ったのは、ずーっと本降りにならないで、ただ、霧雨で終わったこと。

ホント結果的にはチョイ雨でしたね。

今週は明日は晴れますが、その後は水曜日を中心にずっと雨が降ったり、一日どんよりだったり・・・みたいです。

今日の礼拝は、本当に自分の貧しさを感じさせられながら、主の豊かさに心動かされるひと時でした。主は本当に豊かな方で、私たちをあふれるばかりに満たしてくださる方。でも、そのことをもっともっと経験させていただきたいと思いました。自分の貧しさはたくさんたくさん感じているのですが、イエスの豊かさは本当にどこまで経験しているだろうかと。5000人の人を5つのパンと2匹の魚で満たされた、イエスの祝福を与えていただきたいです。

さて、3日もビハインドになってしまいましたが、
明日、追いつきますから、と宣言しておいて、金曜日の「日々のみことば」
出エジプト記の3章でした。
モーセが神様に声をかけられた「燃える柴」のところです。

「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。」12節。

この言葉が心に届きました。
他のしるしよりも、主が共にいてくださるということ。
それが本当に私たちの力であり、喜びであるということ。

わたしたちはすぐに神様以外のもので満たされたいと思う。
神様だけじゃなくて、それ以外のものを欲しがる。

でも、何よりも必要なのは、
神様ご自身なんだと本当に思わされた。

もっともっとそのことを深く深く知らせていただきたい。
他のものではなく、神様によってみたされることを味わいたい。

主よ、
あなたが共にいてくださることこそが、
私に一番必要なことです。
どうか、もっと深いところで、私がそれを感じ、それを喜びとできますように。

2013-02-17

寒いですねえ。

一度、寒さがゆるんだ後に冷え込むとまた寒いですねえ。
今日は一日氷点下で、今はまだ夜の10時半ですが、-9.1度C。
連休なのに、家族みんな寝てしまったので、余計に冷える感じがします。
明日は-10度Cより下がりますね、確実に。

で、昼間はいい天気で0度ちょっと越える予報が出ています。

今日の日曜日、祈り会の日で、教会のためにもっともっと心を合わせて共に祈ることを示されて、礼拝もみなさんと一緒に守ることができてすばらしい日曜日。風邪がはやっている割には、多くのみなさんがおいでになりました。

今週もお一人一人が守られますように。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の48章。

「生れてからきょうまでわたしを養われた神、すべての災からわたしをあがなわれたみ使よ、この子供たちを祝福してください。」15-16節。

ヤコブが生涯を振り返ってこのことを言っていることに驚きを感じる。
いろんな災いがヤコブには襲ってきたのではなかったのか。
それなのに、彼は「すべての災いからわたしをあがなわれた」と言った。

わたしたちにとって災いの中で守られること、って何なんだろうと思う。

あまりに、表面的なレベルで「神様の守り」ということを受け取っていなかっただろうか?

闘いはある、悩みはある、困難はある、迫害がある、とイエスは言われた。
でも、そこで「勇気を出しなさい」と言われたのだ。
そのレベルの主の守りを本当に経験できますように。