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2014-03-11

忘れない。

3年目のこの日。
何かを発信することに心の抵抗を感じる。
何かを発信すべきなんだろうと思いながらも、
何かを発信することの重さにたじろいでいる自分がいる。

1年目、2年目とは違って、今年は直前に東北に自分で出向いていた。
そして、今日もTV-Japanなどで放送されていた場所にも行ってきた。

私にとっては、どこまでいっても、それは「非日常」の場所。
そこに立って、呆然とする場所。

でも、多くの人々にとって、そこが日常の場所だった。

2013-04-12

さむかった〜。

こちらの夕方には、関西でまたかなり大きな地震があったというニュースが流れてきましたが、怪我をした方もおられるようです。どんなに怖かっただろうかと思います。
このあと大きな地震もなく収まりますように。

こちらは一日雨で、とても寒い一日でした。

明日にはいい天気になって、来週前半にかけて、また気温も少しずつ上がってきそうです。

今日の「日々のみことば」。
今日はサムエル記上の12章。

「わたしは主が、あなたがたとあなたがたの先祖のために行われたすべての救のわざについて、主の前に、あなたがたと論じよう。」7節。

歴史の中に神様のメッセージが込められている。
自分はどちらかと言うと、あまり振り返ることの好きな方じゃない。
歴史の点数を取るのは嫌いではなかったけれども、
「歴史から学ぶ」というほどの哲学を持ち合わせていなかった。

でも、サムエルは歴史をひもときながら、神様の御業を論じた。

自分の歴史でも、教会の歴史でも、
失敗を含めて、振り返っていく時に、
そこに人間の弱さの中にも働く神の御業を見ることができるのではないだろうか?

うーん、本当は自分の失敗や弱さから目を背けたいから、
見たくないから、振り返るのが嫌なのかもしれないなあ。

もっともっと歴史をしっかりと見る目を持たせていただきたい。

主よ、
サムエルが歴史の中から神の御業を見たように、
私の歩いて来た道の中で、神様の御業をはっきりと見ることができますように。
自分の弱さを認める勇気も、神様の御業を見て行く目も、与えてください。

2013-03-11

長く続かせるために。

日付が変わって、11日になりました。
2年前は10時頃に寝て、夜中に目が覚めて、
日本からのメールでニュースを知りました。

その頃日本のTVに入っていたので、
ずっと夜が開けるまで、何が起こっているか、情報を集めていました。

でも、その真中にいた方々は何が起こっているのか、何もわからなかったと言います。
とにかく寒い夜だったと。

このときを覚えて、10日の夜の10時半頃から11Kを走ろうと、ゆっくり、走ってきました。

Run311
http://www.run311.com

今現在8453Kの中の11Kだけ貢献。
今日も2回も鹿の群れに出会いました。
走りながら考えていました。

1Kを6分以内で走ろうと思っているときはいつも「あと何キロ・・・」とゴールを過ぎたら走るのをやめることばかり考えています。とにかく目標を達成したら休む・・・と。

でも、1Kを7分前後で走っていると、「もうちょっと走りたいな」という気持ちになります。(もちろん、限界はありますが・・・。)

人生なんでもそうなんでしょうね。

あのポイントを過ぎれば休める・・・と思って走っている時はちょっとペースを落とした方がいい。

そして、「もう少し走りたいな」というペースで走った方がいい。

そんなことを感じていました。

さて、日曜日3/10の「日々のみことば」。
出エジプト記の19章。

「あなたがたはわたしに対して祭司の国となり・・・」6節。

私たちは祭司の働きを任されている。
とりなしをする働き。
誰かのために、とりなしの祈りをする働き。

神様の前に出て、祈る働き。

今週もとりなしの祈り手にならせていただきたい。

主よ、
私をとりなし手として用いてください。
とりなしの祈りをする者でありますように。

日本の国を守り、支えてください。

傷ついたその国を癒してください。

2013-03-10

ただ…。


その時刻が刻々と近づいてくる中で、
2年前のことをひとつひとつ読んでいた。

一つの出会いが今にもつながっている。
http://njotenki.blogspot.com/2011/03/blog-post_22.html

そして、もちろん、この日のことも。
http://njotenki.blogspot.com/2011/03/calling.html

でも、本当に今痛みの中におられる方々のことを思うと、
今も、大切な方を失くされて、「あの時、こうしていれば・・・」という思いに捕われている方々のことを思うと、祈ることしかないです。どんな思いでこの時刻を迎えようとしておられるのでしょうか。

ちょっと走ってきます。

http://www.run311.com


2年。

今日からDaylight Saving Timeスタート。
通称「夏時間」!
でも、先日の雪も、芝生の上は20センチくらいあったかな、と思ったのですが、
一気に融けるくらいの日差しです。
季節は着実に前に進んでいます。

今日の礼拝は、震災のことを覚えてメモリアル礼拝。
各地から寄せられたメッセージをご紹介して、
主からのチャレンジを受け取って、立ち上がるひと時となりました。

心を開いて、メッセージを送ってくださった方々に、
共に歩むことを許してくださったみなさんに心から感謝します。

やはり、その場にいないとわからない戦い、痛み、あると思います。
経験しないとわからない不安や恐れもあると思います。
発信したことが違った形で受け取られたり、
ただ、利用されただけだったり、
そんなことで傷つくこともあると思います。

だから、発信すること自体に恐れを感じる時もある、と思います。
思いを分かち合うこと自体に恐れを感じる時もある、と思います。

だから、メッセージを送ってくださったことに感謝。
共に祈りあう存在として受け入れてくださったことに感謝です。

もっともっと耳を傾け、聞くことの大切さを思わされます。

さて、一昨日、金曜日の「日々のみことば」。
出エジプト記の17章。

「モーセが手を上げているとイスラエルは勝ち、手を下げるとアマレクが勝った。 しかしモーセの手が重くなったので、アロンとホルが石を取って、モーセの足もとに置くと、彼はその上に座した。そしてひとりはこちらに、ひとりはあちらにいて、モーセの手をささえたので、彼の手は日没までさがらなかった。 」11-12節

やはり祈りの手を上げ続けることの大切さを思わされる。
私も一人一人の方々のためにもっともっと、心を注ぎ、時間を使って祈りの手を上げ続けようと思う。そんなことを思った時に、私のためにもこのように手を上げ続けてくださる存在がいるのだということを思わされた。そういう方がおられるから、そういう存在がおられるから、今の私が支えられているのだと思う。

教会のお一人一人の一週間の歩みが支えられますように、
戦いの中で、支えられますように。

主よ、
あなたに手を上げ続けさせてください。
私の手が下がりそうになった時に、それを支える方々を与えてください。
日々のあゆみの中で、教会の一人一人が神様の力にあって、愛を与える存在として用いられますように。

2012-02-17

出て行くこと。

先日からのみちやくんのブログ読んでて、
最近は質問箱がメインみたいだけどさ、
やっぱりこっちも最新情報欲しいよね、と思いながら、
1年前のを読んでいた。

で、3/21-24に岩手に行った様子が出てて、
こんな台湾から来た方の話が紹介されていた。
 台湾から援助のために駆けつけていた牧師先生が言っていたことが忘れられない。
台湾では10年前、同じように大震災を経験した。
それまで教会はすごく内向きだったという。
教会内の問題
教会内の運営
教会内の行事の成功
そして、台湾に2%しかイエス様の愛を知っている人がいないことに悲しんでいた。
地震を体験して、多くの悲しみのなか、教会の人々はもう外に出て行かざるをえなかった。 町の人々を励まし、彼らの家の復興を手伝い、
イエス様を知る人が社会にドンドン出て行った。
10年かけて台湾はかなり復興していった。
今、台湾のクリスチャンは10%だという。
イエス様の愛を外で示していくとき、本当に台湾は変わっていったという。

そうだよなって、思った。
調べてみたら、のんちのチケット取ったのは3月22日。我が家にしては、動きが速い方だったと思う。いつも「祈って答えをもらって・・・」って感じだからね。でも、その時にはもう、台湾とか、世界中から日本に人々が行っていたんだねええ。そして、僕自身が岩手に行って、先生から聞いたのは、「最初の1週間が一番きつかったね。無理して来てくれた人たちの存在がどれほどうれしかったことか」ということ。ほんと、機動力って大切。「祈りながら走る」ってのもありかな。

そして、この台湾の先生の言葉。

背中押されているよね。

僕らの心は今も、かの地で歩んでおられる方々とともにあります。


2011-10-27

それぞれの役割。

今日は冷たい雨です。
朝はそんなに冷たくなかったのですが、
昼頃に10度を切って、その後も気温が下がり続け、
夕方には5度。
もう雨は上がりましたが、
午後9時で外は4.5度C。
明日の朝は1度くらいまで下がるようです。
霜注意報も発令中。


でも、今、注目は土曜日の午後から夜にかけての雪です。


まだまだ不確定要素が多いのですが、
今日の夕方のGFSやNAMが当たったら、いきなり積雪です。


それはマジやばい(昔の意味で)。


今の時期の積雪のヤバいのは、まだ木々から葉っぱが落ちていないから。
落ちていない葉っぱにたくさん雪が積もると、重みで木が倒れたり、
枝が折れたり、それで電線が切れたり。


要注意です。


今年の夏頃から、ずっと考えて来たことがあります。
今回、うちの教会でも9-11の集会の献金をお持ちしたオアシスライフ・ケア。
そのオアシスライフ・ケアが応援している鮫浦湾のホヤの養殖。
ここで一般の人々からの投資を募集しているのです。
いや、正確に言うと支援基金かな。
詳しくはこちら。


金華ほや・帆立復興支援プロジェクト


ホヤは食べたこともないですし、
特別な思い入れがある訳ではないのですが、
応援したい・・・とずっと思ってきました。


で、「武士は食わねど高楊枝」の文化の中で生きて来たのですが、
この際、バラしますが、どうしてもこの1万円がひねり出せません。
まず、自分で一口募金してから、そのあと皆さんにアピールしよう、と思っていたのですが、その一口がとっても難しいんですねえ。


3月末にのんちが日本に行った時に、
たくさんの皆さんが応援してくださいました。
日本でもサポートがありました。
でも、もちろん、ほとんどは家計からの持ち出しです。


病院派遣で行かれたり、
お仕事として行かれる場合もあるんでしょうが、
うちの場合は、そこまでの交通費を含めて、100パーセント自腹のボランティアです。


仕事もスパッとやめて行きましたし。


そんなこんなで、


なんとかひねり出そうと、かなりがんばってるのですが・・・。



すべては自分の責任ですし、
自分で決めたことですし、
判断が間違っていたとは思いません。

これからもなんとかひねり出せる日が来るのを待ち望みながら、がんばって行きます。


で、ホントに思ったのです。
人にはそれぞれ役割があると。
自分はやっぱりどこかで、足りないものは自分で埋めようとして来た。
資金の問題でも、労力の問題でも、
みんなにアピールすることよりも、自分や自分の家族で、なんとかしようとしてきた。


でも、それもつまらないプライドだったり、
人を心から信じていない証拠だったり、
するんじゃないかなあ、と思ったのです。


自分はこのことについては、少なくとも今は、お金を出す役割を与えられていない。
PRをする、紹介をする働きを与えられているのだと。
経済的に与えられていて、意味のあるところに使いたいと思っている誰かにつなげる働きをさせていただくのだと。


ですから、今日は堂々と紹介します。


どうか、元手が与えられている皆さん、それをどこに使うか、で悩んでいるみなさん、ここも、それを「投資」する先として、考えてみてください。


いや、厳密な金融商品としての投資ではないのですが、
この地域の将来のために投資してください。
「夢」とかじゃなくて、「日常」を取り戻すために大切な一歩です。
2万口が目標ですが、目下、531口だそうです。






ドネーションを求めているところはたくさんあって、
いくら元手があっても足りない・・・というのが本当かもしれませんね。
だから、祈っている中で、示されて、元手が与えられた皆さん、


ぜひこちらにも一口!

2011-10-18

ないちゃうよ。

またまたちょっと間が空きましたね。
「無理しない」がテーマだから、
もうすっかり日常は戻っているのですが、
なかなか更新までは・・・です。


明日は大雨です。
川があふれるようなことはないと思いますが、
道路の冠水とか、ご注意を。


自分はP教会のK先生みたいに、
礼拝の説教の中で感極まって涙ぐむ・・・ということはあんまりないのですが、
時々妙に涙もろくなるときがあります。


昨日もそうでした。


朝のニュースで気仙沼で「来て見てください」というツアーをしているというニュースを見たり、Facebookで松田先生がおそば屋さんのお父さんと話したことを書いているのを読んだり・・・


それで、ボロボロだったんですが、
それも、このところ、ずっと福島のことを考えているからかな、と思います。


日本訪問の報告の中でも、
あまりに悲しくて、そのことに触れるのがためらわれて、
書いてきませんでしたが、日曜日の週報にやっと思いを綴りました。


昨日の夕方にトロントから訪問してくださった方も、
福島出身で、ご家族が今も住んでおられて、いろいろお話を伺いました。


本当に先の見えない、何が起こっているか見えない、
何を信じていいかわからない、
「立ち上がろう」と思うにも土台もまだ作れない、
そんな戦いの中におられる方々。


遠いところにいる私のような者が、そのことに触れるのもためらわれる、
でも、ちゃんと発信していかなければいけない、
決して無関心ではない、できる限りのことをしたい、
そのことを伝えていかなければいけないと思わされています。


だから、一つリンクを。


朝日新聞の連載だったようですね。


〈プロメテウスの罠〉防護服の男


このような中で逃げてこられた皆さんがおられたことを、
今まで「知らなかった」「知ろうとしなかった」罪を告白します。
このようなことに怒ってこなかった自分を恥じます。


イラク戦争の開戦のときも、自分は「大統領は自分の知らないことを知っていて判断しているんだから・・・」と思っていましたが、今回も、それと同じように思っていて、そういう考え方の愚かさをも思い知らされました。


情報を持っている人たちが正しいことをするとは限らない、反対に、それを自分の身を守るために、利用しているだけかもしれない、ということを覚悟しなければならないと思わされました。


大学の時に今は死語のようになってしまった「解放の神学」も読んでいましたが、その頃、冷めた目で見ていたその言葉が迫力を持って迫ってきます。


「声を上げないことは、政治的な中立、なんかではない。権力者に味方しているのと同じだ」



2011-10-05

青空の中に。

・・・やはり、昼夜逆転中です。

昼間はぼーっとして効率が上がらず、
夜は元気で、寝るのがもったいないです。

ま、寝ますけど。

今までの経験では、がんばりすぎないでやらないとつぶれる、ので、少しずつ日常を取り戻そうと思っています。

この間の日曜日は午前中は近くの牧師不在となった教会の礼拝のメッセージのご奉仕をして、午後にはJCCNJの礼拝のメッセージ。

その午後のメッセージで最後のポイント、「神に聞くことの大切さ」を話しながら、自分はどこまで聞くことをしてきたか、と問われているように思いました。

やはり、じっとしているよりも動いている方が何かしている気分になる。
時間的な余裕なく動いていた方が、自分に価値があるような気持ちになる。

そんな中で、主に聞くことを大切にして、
主の許に休むことを大切にして、
そこから立ち上がって、いくことができるようにと、
自分の価値は、ただ、主に愛されていることの中にある、
そこから立ち上がって行くことができるようにと、
心から願わされます。

今回、ご訪問した方々の中に、
教会も自宅も流されてしまった牧師がおられました。
ご一家で他の場所に会堂を借りて、働きを続けておられます。

仙台市内の「その場所」に連れて行っていただきました。

初めてお会いした先生。
しばらくお話をした後、
遠慮がちに「行きますか?」と聞かれました。
私もお忙しい先生に運転手のようなことをお願いするのは申し訳ないと思いながら、それ以上に見物でもするかのように行くのは申し訳ないと思いながら、「もしよろしければ・・・」とお願いしました。お互いに心の距離感をはかりながら・・・。

「僕も久しぶりに行くんです。台風の後は初めてかな・・・」と言いながら、車の中で、二人きりで少しずつ少しずつ、思いを語ってくださいました。

わかっていました。
映像でいろいろ見ていました。
宮古でも壊滅的な被害を受けた町を訪問していました。
でも、山が海岸まで迫っている宮古と違い、
平野が広がる仙台の海岸部では、
「ここらへんは床上浸水」「ここは一階が水につかった」「ここは二階まで来た」・・・と少しずつ、海に向かって少しずつ被害が大きくなっていき、半壊の建物があちらこちらに残っているのが、リアルに津波の恐ろしさを感じさせられます。何百人も人々が避難した小学校も2階までガラスが割れたまま残っています。

正直に告白しますが、ちょっとだけ、「自分はまだあの余震の続いている中で、妻をこういうところに送っていたのか」と、何もわかっていなかったんだな、と思いました。

・・・そして、その先は草むらの中に家の土台だけが残った土地が広がっていました。

先生はいくつかの思い出を語られた後、言われました。

「私は、ここにお連れしたみなさんにお願いしているのですが、ここで一言、祈ってくださいますか?」

単なる巡礼地や、シンボルのように受け止めてはいけない、
ここには生活があり、宝物があり、思い出が詰まっていたところ、
それがなくなってしまったんだから・・・。
そのように思います。

でも、そのように思うからこそ、青空の中に高く掲げられた十字架こそが、
人々の希望となりますように、と祈らされました。祈っている中で熱い思いがこみ上げて来ました。

連れて来ていただいて、ありがとうございます。


シーサイドバイブルチャペルの内藤牧師と、教会のために、大きな痛みの中にある地区の皆さんのために祈ります。そして、この十字架が多くの人々の希望となりますように。この十字架によって立ち上がる方々が起こされますように。

2011-09-30

「宝のあるところに心もある」

昨日、無事にNJに帰ってきました。
昨夜はよく眠れたのですが、
今夜は9時過ぎあたりから元気になって来ました。
ま、ちょっとした時差ぼけでしょうか。

火曜日には仙台に行ってきました。
最初に伺ったのが、仙台の隣りの利府町にある
オアシスチャペル利府キリスト教会

ここの教会はオアシスライフケアという被災地支援の団体を作り、活動をしておられます。この教会の松田牧師の弟さんが何年か前にNYに来られた時に、縁あって家に泊まってくださって、その彼が震災の直前にTwitterでフォローしてくれていたことがきっかけでつながっていました。そこに起こった震災。4月の初めには、のんちが派遣されて行った病院でその弟さんの奥さんが出産されるなど、特別な神様の導きを感じて、松田牧師と教会の皆さんの働きに注目していました。

そして、立ち上げられた援助団体。
オアシスライフケアのミッションステートメント、


わたしたちの使命は、
宮城県をはじめとする東日本大震災被災地域において
キリスト教精神に基づく慈善活動を行い
 人々の心と人生に「あなたはひとりじゃない」という
メッセージを届けることです。

そして、ビジョン、


この東北の地において 
 今日(いま)の必要が満たされますように 
明日(みらい)の必要が満たされますように 
永遠(とこしえ)の必要が満たされますように

この両方に心から共感しました。
具体的な支援はできないでいましたが、祈りつつ、注目していました。

そして、ニュージャージーの教会の皆さんにお願いして、
9月11日の特別な礼拝では、ささげられた献金をオアシスライフケアの働きのために献金することにしました。礼拝の中では松田牧師がビデオメッセージを私たちの教会のために送ってくださいました。そして、今回の日本訪問では、松田牧師に忙しい中、時間を割いていただいて、ご訪問させていただきました。初対面だったのですが、それを感じさせないほど、胸襟を開いてお交わりをさせていただきました。

やはり、行ってみないと、お会いしてみないとわからない、
その闘い、苦悩がある、でも、その中で、主を信頼して立っておられました。

お会いして、本当に先生はビジョンの人であり、
神様がこの時のために時間をかけて備えて立ててくださっているリーダーであることを感じました。

しかし、それだけではなく、本当に人を愛し、人に仕え、配慮を持って人に寄り添って来られたんだろうな、と思わされる温かさも感じました。

これからも祈って支えていきたいと思います。

そして、今日、改めて思わされたこと、

「宝のあるところに心もある」

イエスの言葉ですが、本当にそうだなと思わされます。
のんちが日本に行っていた時、私の心は日本に向かっていました。
教会の一人一人は、宝物ですから、私の心はそこに向いています。

そして、今回の松田先生ご夫妻との出会いは、私の中で本当に「宝」の経験です。
だから、また、私の心がそこに向いていることを感じます。

今回、日本でお会いした東北の方々の多くが、「忘れないでほしい」ということを訴えておられました。そこに私の心を引き戻すために、与えてくださった宝物の出会いであったことを思わされます。

世界を回っておられる援助団体の方が言われていたことだそうですが、援助団体は次の必要なところに移って行く、そんな中で、現地の人たちと10年、20年、共に歩む人たちが必要だ、その働きを世界の多くのところでは「教会」が担っている、と。教会の使命は大切ですね。私たちはそのような現地の教会をサポートして行くことの必要性を強く感じました。

利府キリスト教会のために、
オアシスライフケアのために、
松田牧師とご一家のために、

神様の守りと支えがありますように。

2011-09-25

集まる力

東京で過ごす月曜日の朝です。

土曜日の朝に新大阪を出て、
関東に戻って来ました。

そして、土曜日の午前中は2回目の帰国された方々の集まり。
関西では今年は何人かで集まるのがむずかしく、
個別に皆さんにお会いするときを持ったのですが、
それはそれで、個人的に状況をお伺いし、
お祈りをさせていただく特別なときとなりました。

でも、それとともに今回思わされたのは、
共に集まる時に起こる、不思議なダイナミズム。

東京と横浜で1回ずつもたれた集まりには、
決して多くはありませんでしたが、10数名ずつの方々が集われて、
語り合う時、祈るときを持ちました。
その中で、私一人でお会いしてお話ししている中では起こらない、
励ましや一体感が与えられていきました。
聖書が共に集まることを勧めているのも、
やはり特別な意味があるのだと思います。
理屈を超えた神の力が働いていることを感じます。

写真はFacebookの方で。
実名で検索してくださればヒットしますので友達になってやってください。
実名をご存じない方は教会のHPから。
jccofnj.org

祈られていることにも心から感謝。

今日も間もなく出発して、一日歩き回ります。
明日は仙台方面です。

2011-09-23

不思議なことたくさん。


ちょっと久しぶりになりました。

先週の函館訪問の後、弘前、東京、名古屋、岐阜、京都、大阪、神戸、下関、福岡とあちらこちらで、個人的にいろんな方々にお会いしてきました。

今回、どうしてもお会いしたかったのですが、どうしてもお会いできなくなってしまった方々もおられます。どうしても連絡がつかない方々も。

その一方で本当に不思議なように、東海/関東を直撃した台風の影響も受けずに、ここまですべてが順調に進んできました。
火曜日の昼過ぎ、名古屋である方にお会いしていた時には、その方のところに「大丈夫?」と電話がかかって来ましたが、まさにその方の住んでおられたあたりには避難勧告が出ていたようです。でも、名古屋駅周辺は全く混乱はありませんでした。そして、その日のうちに大阪に着きましたし、木曜日の夜は再度「大阪→名古屋→大阪」の予定が入っていたのですが、台風が来た水曜日は関西周辺の予定だけで、問題はありませんでした。台風が来るのが一日早くなっても、遅くなっても、予定が大きく狂うところでした。

でも、私の心には「予定通りに行って感謝」と言うことにちょっと抵抗があります。というのは、「想定外」の中に神様の特別な恵みやメッセージがあることを経験してきたからです。

昨年末のEC2010の時に経験したように、ある人はそこに行けて、ある人は行けない。それは決して、行ける人が祈り深かったのでも、行けなかった人の祈りが足りなかったのでもない。主がそのように導かれたのだ、そのように思いました。

予定が狂う中にも主の恵みとメッセージがあり、予定通りに進むことに中にも主の導きがある。
だから、今回の一つ一つの出会いも、神様が特別に導いてくださったもの。

いくつもの不思議な出来事がありました。

具体的に書くようなことではないのですが、どうしても、今、ここで、そして、ある時には「この順番で」(!)会うことができるように主が導いてくださったのだと思います。

土曜日は横浜市金沢区六浦での集会、
水曜日には大森での祈り会。

そして、日曜日、木場の教会の礼拝でお会いできそうな方々との一時も祝福されますように。更に多くの皆さんとお会いできますように。

詳しくはこちら。

2011-09-20

警戒。


火曜日には名古屋から大阪へ。
ちょうど、台風が接近中です。

名古屋で人にお会いしている間に、
その方の携帯に「大丈夫?」と問い合わせが入るほど、
深刻な状況だったようです。

100万人以上に避難勧告というのですから、
大変だったと思いますが、
名古屋市の決断に敬意を表します。

これ以上被害が大きくならないようにと祈りますが、
レーダー画面を見ると、台風の目が紀伊半島の南を北東に進んでいます。
和歌山県南部ではまた激しい雨になっています。
12号の時に大きな被害が出た地域も心配です。



そして、この台風は志摩半島から伊勢湾に入ります。

先週からずっといろいろな皆さんに個人的にお会いするときを持っていますが、
一つ一つの語り合いの中に、主の導きを感じないでいられません。
クリスチャンの方々もおられますし、そうでない方々もたくさんおられます。
一人一人の方々がその語り合いの中で、主を見ることができますように。
主に目を向けるときとなりますように。


皆さんの祈りのサポートに心から感謝します。

2011-09-18

どこを見ている?


日曜日の夜ですが、 
金曜日のこと。

17日(土)朝に書き留めておきました。

昨日も暑い一日。
岩塚先生が青森まで送ってくださって、
車の中でもいろいろなことを分かち合ってくださった。
この6ヶ月の間の働きの中で、どれだけ多くの経済的、物質的サポート、人的サポート(ボランティア)、そして、祈りのサポートを受けたか、を心から感謝しておられた。
でも、そんな中で私自身が思わされたこと。

行政もボランティアも援助団体も、
被災者の立場から見ることがいかにむずかしいことか。

市は県や国の意向に目を向けている。これはかなり断定的に言えるらしい。
援助団体の中には支援者に目を向けているんじゃないかと思うこともある。・・・これからどれだけ献金/募金が集まるか、献金/募金をささげてくださった皆さんが納得するか?ってこと。
そして、ボランティアも「何か結果を出さなければ」という思いが強かったりする。

でも、現地で長い間かかわっておられる皆さんは感じておられるそうです。

20年支援して行こう、と。

その中で自分はこの3日間で何をするのか?
この1週間で何をするのか?
1ヶ月で何をするのか?

そういう視点が必要だと。

多くの人に祈られ、サポートされて、「何か報告すべきことを」という気持ちが強すぎることもあるようです。

いつか書いたような気もするのですが、私自身、この日本の滞在もうっかりすると「教会/役員会に報告することを」(「出張」なんで、しょうがないのですが)という気持ちが強くなりすぎて、日本で出会う方々との一時を大切にすることを忘れないようにしないと、と思わされます。

その後、青函トンネルを通って函館に。
NJの教会の方のご家族と初めてお会いしたのが、3年半前のこの訪問のとき。
私が初対面の方にお会いするのでどんなに緊張して、恐れていたか、皆さん想像できないと思います。でも、それゆえに祈って、御言葉をいただいて、確信を持ってお話をさせていただきました。主はそこからすばらしいことをたくさんしてくださいました。

今回は、去年の春に洗礼を受けられて初めての再会でした。
改めて、主のしてくださった奇跡に感謝。
そして、主が一歩一歩導いてくださることに、導かれている教会の働きに感謝。

2011-09-16

6ヶ月。


今は金曜日の夜@函館です。
朝、書き留めたことをアップ。 

金曜日の朝@宮古です。
ネット環境がないのでアップできるのがいつになるかわかりませんが、忘れないうちに・・・。

昨日の朝の東京は6時前でも「何で〜?」と思うくらい暑かったです。
そして昼頃に着いた宮古も暑い。じっとしていても汗が噴き出して来ます。
前日は雨も降って涼しかったようですが。

そんな中、宮古で牧師をしておられる聖書学院時代の先輩である岩塚先生が、先生や岩手各地また全国、いや、全世界から来られるボランティアの方々の働きを見せてくださいました。

今宮古周辺の20の仮設住宅を州に1回程度ずつ回って、物資を届けて、その時にご様子を伺ったり、テントを張ってカフェを開設して、憩いの場に使ってもらったり、子供たちのためのプログラムを持ったりしているそうです。宮古周辺の67割くらいの仮設にかかわっておられるそうです。

昨日伺ったのは、被害の大きかった田老地区の2つのカフェ。世界から研究者が集まって来て見学する、そして地元の方々にとっても誇りであった、X字型の大堤防。その外側の部分は破壊され、まさかの内側の堤防も乗り越えて40mの津波が押し寄せて来たと言います。そしてすべてを海に引きずり込んで行った。堤防の外は瓦礫も残っていなかったそうです。

6ヶ月。

宮古は片付けが進んでいる方で、瓦礫の分別が進んでいました。

そこから立ち上がりつつある方々と、立ち上がれない方々。

「こういうカフェがないと、互いに話すこともない、という方々もおられる。カフェで『隣りの○○です』と互いに挨拶をする方々もおられる。だから大切な働きだと思う。でも、カフェに来れて、そこで人々と話ができる人はいい。もっと目を向けなければいけないのは、ここにも来れない方々だ。」と先生は言われます。

本当に地域の方々と寄り添い、出会う方々一人一人に声をかけて、共に生きようとする先生の働きに頭が下がりました。

そして、お伺いしました。「何が一番大変でしたか?」と。

「最初の10日間。」

電話もなかなか通じず、経済力もマンパワーもなく、何かしようと思うんだけれども、何もできない。それがきつかった。そんな中で、ガソリンを積んで来てくれた方々がおられたし、トラックいっぱい荷物を積んで来てくれた方々がいた。そして、その多くはアメリカ人の宣教師だった、と。どうやってガソリンを手配したのか、でも、とにかく動いた結果、動けたのでしょうね。

やはり機動力の大切さを感じました。
                                                                                                                               
何かが起こってから動くのではなく、いつでも動けるようにしておくこと。
そして、会議をしていないで、逡巡していないので動くこと。
みんなが行きたかったのだと思います。なんとかしたかった。
海の向こう側で、地球の反対側でもみんなそう思っていました。
ですから、日本の方々はどれほどだったかと思います。
そして、邪魔になってはいけないとか、ガソリンがないからとか、
それで時を待っていた方々も多かった。
その判断が間違っていたとは思えません。

でもやはりその一方で機動力を生かして動いた方々によって助けられた方々がどれだけおられたか。

そして、6ヶ月が経ったこれから・・・。

忘れられてしまうのではないか、と。
夏休み明け、ボランティアの方々が減るのでは、と心配しておられましたが、それでも与えられているそうです。でも、この先どうなるのか、そして、厳しい冬がやって来ます。外に出ることもままならない中で、冷え込む仮設の中で、もっともっと多くの働きが必要とされています。

6ヶ月の間に起こったことを、24時間の滞在の中でどれだけ知ることができるのだろうか、と思います。大切なもの、大切な人を失った方々の痛みに寄り添おう、共に生きて行こうという先生の持っておられる思いと、訪問者である私の思いにはどれだけの違いがあるかと思います。

でも、先生は発信して行くことの大切さをしきりに語っておられました。
今は時の人となって、メディアからも「こういう記事が欲しい」という予断を持って取材を受けているな、と感じるときもある。
インタビューが記事になる時には、自分の意図と違うことが書かれることもある。

でも、そんなリスクがあっても、ちょっと「あれ?」と思うことがあっても、発信して行くことが自分の使命だと。その先生の働きに少しでも共に歩むことができれば、と思います。


2011-09-14

「進みよって、並んで行きなさい」

今日は飛行機では、
「寝るぞ」と意気込んで、
コーヒーを飲まないで「わら」「わら」と連呼して、
水ばっかり飲んでいたのが悪かったのか、
ぜんぜん眠れなくて、頭までいたくなって来て、
例年通り、たくさん映画を見させていただいて、
本も読ませていただいて、
でも、最後の最後、もう寝ない!とコーヒーを頼んだら、
すかっと頭の痛いのもなくなって、
元気いっぱい、東京に着きました。

飛行機も予定より早く着き、入国も、荷物も、税関も、東京までのバスも、
これ以上はないだろう・・・という順調さで、
2時到着予定の飛行機だったのに、3時半にはもう東京の滞在先に入っている、という時間の余裕。

これをムダにするのはもったいないと、
残暑をものともせず、東京駅で引換証をJR−Passに代えて、
明日の朝一番の東北新幹線の席を取って、
10月からの教会学校の教案誌を買って、
大体どこででもメールのやり取り等ができるようにと、
WiMAXのお試しレンタルを借りて来て・・・とずいぶん準備ができました。

そして、夜になってから、
ある人とお会いできるとの連絡がつきました。

今回の日本訪問でも、いろいろな方々に連絡をしてきているのですが、
リクエストがあったり、いつもお会いしている方なので、今年も・・・という気持ちも働くのですが、それ以上に、使徒行伝の8章の後半でピリポがエチオピアの宦官に福音を伝えたときのエピソードが私の心の中にあります。
ピリポはサマリヤで大きな働きをしている最中に、
寂しい道に行くようにと言われます。
そして、そこで「さあ、彼に近づいて一緒に行きなさい」と言われたのです。
その時に、宦官は主を信じるものとされ、洗礼を受けました。

私も今回、
開かれる道、閉ざされる道、いろいろありますし、
月報に載せますし、HPにも載っていますし、
いつでも問い合わせください、と書いていますが、
人が見たら、「どういう基準で連絡しているの?」と
疑問に思われてしまうこともあるかもしれません。
でも、私はただ、主が「近づいて一緒に行きなさい」と
言われる言葉に従っているつもりです。
自分勝手なことを神様の名の下にすることにならないようにと気をつけながらも、
どうしても会わなければいけない、と思う場合には強く押す時さえあります。

一つ一つのお会いする方々との予定が、
神様から出ていること感じています。

祈りつつ、神様が御業をなしてくださることを期待しつつ、歩ませていただきたいです。
明日は牧師夫妻以外の皆さんは皆さん初対面ですね。
主のすばらしさを証する者となれますように。

神様、今回の日本訪問もあなたの御手の中にあります。
すべてを守り、導いてくださいますように。
主よ、あなたが「あの人のところへ行きなさい」と言われる時に、
それに従う勇気と力とを与えてください。


日本時間よる11時17分。

2011-09-12

祈りの中で。

明日の朝、出発して、14日から29日に日本を訪問します。
詳しい日程等は、教会のホームページにあります。

ニュージャージー日本語キリスト教会

ここ数年、毎年日本を訪問させていただいて来ましたが、
本当に主が不思議なことをしてくださって来ました。

そして、その背後に祈りがあり、
私自身もたくさんの不安の中で祈らないではいられない、
そのようなところに追い込まれる経験もしました。

今回も、本当に祈らされています。
主が不思議なことをしてくださることを、
お会いする一人一人に主が語ってくださることを信頼して、
出発します。

まずは、到着して、翌日から岩手県の宮古コミュニティーチャーチを訪問します。
22年ぶりにお会いする先生ご夫妻との再会も楽しみにしています。
宮古は三陸沿岸の町。6ヶ月前の震災でも大きな被害を受けました。
そこで先生ご夫妻、また教会の皆さんは町の人々と共に歩んで来られました。

岩塚先生の働きについては、初期の働きがここに紹介されていますが、
http://jpnews.org/pc/modules/mysection/item.php?itemid=189
本当に先生の語られている姿が目に浮かぶようです。
本当にこのような先生です。
たくさんのことを学ぶことができますように。

お祈りに感謝しつつ。

2011-09-04

神様のリズム。

日本の台風はものすごい大きな爪痕を残しました。
ハリケーン・アイリーンの洪水がひどかったとはいえ、
降った雨量は10インチ=250mm程度。
それでも本当に大雨ですが、
今回の日本の台風の大雨は、1800mmまでいったところがあるというのですから、驚きです。インチだったら70インチですか。
被害に遭われた方々が、「今まで経験したことがない・・・」と言っておられましたが、
本当にそうだろうと思います。歴史上なかったような大雨でした。
大切な方を亡くされた方々に慰めがありますように。
大きな被害に遭われた方々に立ち上がる力が与えられますように。


こちらは、今日は本当に蒸し暑い一日でした。
教会に行くときも、ちょっと遅れ気味で焦っていたせいか、
汗がダラダラ。
そして、教会に着いても、思い通りに行かないことがいくつもあって、
かなり汗がダラダラ+冷や汗。
教会はエアコンががんがんかかっているんですがね。
アメリカ人の教会なんで。


で、今週の大雨ですが、どうでしょうか。
先週の大雨で、水量が増えているので、
ちょっとした雨で川があふれるところもありそうです。


恐れていたLeeとKatiaのダブルパンチはなさそうですが、
Leeの影響はありそうです。


今夜はこれから雨。
明日も雷雨がありそうです。


先週ハリケーンのため、礼拝を一緒に守ることができなかったので、
今日は2週間ぶりにみんなで共に礼拝。
本当に幸いな一時でした。
思うのは、1週間に一回集まるのは、
神様のリズムなんだと。
創造の初めから、神様が定められて、
私たちのうちに組み込まれているリズムなんだと。


毎週の礼拝が喜びにあふれ、祝福に満ちたものとなりますように。


さて、最近の「日々のみことば」から。
金曜日に読んだところ、使徒行伝8:4-25。



「他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。」4節。


すごいな。
迫害の中で、
身の危険さえ感じる中で、
神様のすばらしさを語った。

自分はできないなあと思わされている。

あの停電くらいで、ストレス貯めてちゃねえ。

でも、自分の力じゃないんだろうなあ。
神様がそれをさせてくださる。
神様がその力を与えてくださる。

それだけなんだろうな。

主よ、
私もどんな瞬間も、
どんなときもあなたの恵みを伝える器にしてください。
困難の中でも、あなたの福音を伝える者でありますように。

2011-07-11

4ヶ月。

4ヶ月が経ちましたね。
ということは、のんちを日本に送っていたのが、
これからは、あの震災から半分以下になっていくんですね。
ますます日本で起こっていることで知らないことが増えていくのかな。


今日はマンハッタンの教会で、
のんちの日本での活動の報告の時がありました。
15分バージョンから1時間バージョンまで、
今まで何回聞いてきたでしょうか?
(もちろん、いろいろ注文も付けてきましたが)
でも、毎回毎回、新しい話が飛び出してきます。


・・・あ、その話、初めて聞く・・・と思うような部分があります。


考えてみたら、2ヶ月いたんだからそうだよね、と思います。


だから、4ヶ月そこに歩んでいる皆さんのストーリーはどんなになるんだろうかと。


今も、twitter上の検索語は「山元町」のまま。
だから、時々そこを覗くと、山元町の情報が入ってきます。


そんな中で、今日、目に留まったのは「スコップ団」の働き。
どうせ地球のチリだからな

牧師的には「チリじゃねえよ、俺たちは神が一番情熱かけて造った作品なんだよ」とツッコミを入れたくなるのですが(実は昨日の礼拝説教のテーマ)、でも脱帽。


そしてこの動画。







でもね、ほんと、すごいな、と思う。
自分の神からの使命はここで生きて、ここで仕えることだと思っているけど、
やっぱり、なんだかんだ言って、痛みを負っている人たちと一緒に汗を流して、
涙流している人たちは、すごいなと。


いろいろ考える人も必要だろうけど、
やっぱり動いて、ホントに家の中ぐじゃぐじゃで、
どこから手を付けていいかわからない人の励ましになっちゃう人って、
すごいなと。


はちこさんも書いておられるけど、
やっぱり、まだまだ、まだまだ、やることがあるんだなと。
心を向けて、祈りを向けて、行動を起こしていくことなんだなと。


のんちも、今朝5時まで、日本に電話していたみたいです。
自分が活動してきた避難所とか・・・。


そして、いろいろ話をしていたみたいで、
一番の問題はハエと悪臭。
本当にひどいと言っておられたそうです。
既に梅雨も開けて、暑い日が続いているようです。


助けが送られますように。
そして、私たちにもなすべきことが示されますように。


今日は暑かったですね〜。
今、真夜中12時前で、28度もあります。
もしかしたら熱帯夜になるかも・・・。
この2時間でほとんど下がっていません。
明日も暑いみたいです。


さて、今日の聖書。
今日は列王記第二の5章の15−27節。


「今は銀を受け、着物を受け、オリーブ畑やぶどう畑、羊や牛、男女の奴隷を受ける時だろうか」26節。

ナアマン将軍、エリシャ先生の言う通り、
ヨルダン川に身を7回沈めたら、
完全に病が癒された。

うれしくて、うれしくて、
エリシャ先生のところにたくさんの贈り物を持ってきた。
エリシャ先生は、それを受け取ろうとしなかった。
でもしもべのゲハジはそれを見て、「受け取ればいいのに」と思った。
そして、自分が受け取ろうと思った。

そして嘘までついて受け取った。
そしたら、ナアマンが癒された病までついてきた。
ゲハジはその病を負うことになった。

自分ってゲハジっぽいな、と思うことがある。
ああ、欲しいなあ、もらいたいなあと。

くれる、というのをなんで辞退するんだろう。
相手もがっかりすると思うけど・・・。

で、今日は自分の物欲を掘り下げることにしました。
自分は何でものが欲しいんだろうか?
注目されるため。楽しいことをするため。

そうやって、一つ一つはぎ取っていった時に、
何が残るかと言うと、やっぱり神様の御言葉に立つ信仰かな。

でも、やっぱり神様に物欲を取り扱っていただきたい。
思いっきり与えることを喜びとならせいただきたい。

主よ、
どうか、私の物欲を清めてください、
本当に必要なものをわきまえることができますように。
使えるお金をコントローする力も与えてください。



2011-06-04

新しく、また心を向ける。

昨日の夜は写真を整理しながら、
いろいろな話をしていて遅くなった。

31日の写真。
おつかれさま。



「何が食べたい?」と聞いたら、
「麺類・・・」とまったく作らなかった分野のもののリクエスト。

そばにかき揚げ、
あと月曜日にミツワで安く売っていた、なし割りにした鯛の頭をごぼうと一緒にたく、
というすべて初挑戦メニュー。

かき揚げが見事に玉砕。こういうときは、なれないものに挑戦しない方がいい。
あ、鯛はおいしかったです。一緒に炊いたごぼうもうまい。
かき揚げがうまく行かないのはみんなが手伝わないからだ、と子どもたちに当たり散らしながら、でも、家族で囲む食卓に感謝しながら・・・。

日本で経験した事の話もあまりゆっくりと聞かないで、
2、3日がすぎてゆきました。

でも、昨日はカメラから写真をMacに取り込んで、
写真の説明をひとつひとつ聞きながら、
いただいてきた地図を見たり、新聞記事を読みながら、
ネット上の情報も見ながら、夜が更けて行きました。

日本で聞いてきた話は「しっかり見て、アメリカにいる人たちにも、伝えてほしい」「大統領にも伝えてほしい」(!)・・・。どのように伝えたらいいのか、祈らされます。

メッセージを受けて、わたしたちも、こちらからのメッセージを被災地におられる方々にお返しする事の大切さを感じます。「わたしたちの心は今も、あなたがたと共にある」と。