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2016-04-26

神の大きさ。

昨日ひさしぶりにアップするまで、しばらく更新していませんでしたが、
その間にあったこといくつか、ご紹介。


3月の初めに、NJの南の方の海岸での祈りのリトリートに行ってきました。
ただ、ただ、祈り、讃美歌を歌い、聖書を開き、を繰り返す3日間。

2日目の朝、大西洋に面する海岸に行ってきました。
少しずつ明るくなる空。

水平線の上に浮かんでいる雲の中から、高いところにある雲から明るくなっていきます。


そして、しばらく経つと、低い雲の一部が輝いていきます。


そしたら、突然、水平線の上に輝く線が現れました。


そして、丸くなっていって、


きのこみたいになる。


そしてこんな感じに朝になる。


雲が少しずつ明るくなるのも感動しながら見てきましたが、
3枚目の写真の時に、水平線に一本の輝く線が現れた時には本当に感動しました。

考えてみたら、水平線から昇る太陽、あんまり見たことなかったんでしょうね。

そして、これが、自分が気が付かない時もいつもいつも起こっていたと思うと、不思議な感じがします。

神様のなさることもそうです。

私が気が付かない時も、神様は御業をすすめておられるんですね。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書20:41-47。

「このように、ダビデはキリストを主と呼んでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子であろうか」44節。

人々は救い主キリストを「ダビデの子」と呼んでいました。
それは、ダビデのような王というイメージにイエスを閉じ込める危険がありました。
それで、イエスはご自身がダビデの子である以上に、ダビデの主であることを明らかにされたのです。

私たちは神様を、自分のイメージの中に閉じ込めていないか、そう思わされました。
神様は私達の考えを超えた方、私達の想像を超えた方です。
神様がなさることを自分の考え、自分の頭のなかに閉じ込めないようにしたいと思います。

神様、
あなたは私の考え、私の想像を超えた方です。
あなたのなさることの大きさを見ることができますように。
私があなたのなさることをリミットしないようにしてください。

2016-01-27

あなたの手を伸ばしなさい。

今日はNYに来ています。
気温も高めで、綺麗な青空です。



でも、NYでは、どうしてこの大きな空を、こんなに小さく切り取っちゃうんでしょうかね?でも、私達からどう見えても、この向こう側には大きな青い空が広がっている。それだけでいいね。

さて、今日の聖書。
今日はルカ6:6-11を読みました。

「その人に『手を伸ばしなさい』と言われた。そのとおりにすると、その手は元どおりになった。」10節。

一週間前にこの箇所のための「日々のみことば」を準備していた時に、イエス様が私達の存在を大切にしてくださり、命を与えてくださるのだということを、安息日はそのようなことのために与えられているのだということを味わって、興奮しながら、感謝していた。

そして、今日読んだ時に、また違うことが語られた。
いや、読んだ時というよりも、読んだあと、家を出て、NYCを歩いている時だった。

「ただ歩くだけではなくて、歩いている間に神様のみ声を聞くことができますように」と祈りながら歩いた。

そこで思わされたのが、今朝読んだルカ6:10のことば。
まてよ、この「手を伸ばしなさい」って言われた人は、手が不自由だったんだ。その人に、イエスは「手を伸ばしなさい」と言われた。そして、その人は伸ばしてみた、伸ばせないのに。そしたら、出来たんだ。
自分はどうだろうかと思った。イエスは、今も、私に「手を伸ばしなさい」と言われている。私のできないこと、無理なこと、ありえないことを指差して、「さあ、その手を伸ばしなさい」と言われている。

神様には何でもできないことはないことを忘れないでいよう。
そして、その方が、私ができない、と思うことをも、させてくださる方だということも。

私もイエスの招きに従って、その手を伸ばそう。

神様、
あなたが手を伸ばしなさい、と言われるときに、
その力をも、与えてくださる方であることに感謝します。
あなたに従っていく、勇気をもって信じ従って行く者とならせてください。

2014-09-22

全地の賛美。

冬は寒いしな〜、
春は花粉症ヤバいしな〜、
夏は暑いしな〜、

とご無沙汰していたランニングですが、
今、走らなければ、いつ走る?ということで、
朝ちょこちょこ走っています。

で、朝走ると、空の色が変わっていくのがとてもきれいです。
特に、晴れた空に、ちょっと雲がある日。



そして、昨日の朝はちょっと雨が降って、
蒸し暑くて、ちょっと走ったらすぐにばててしまったのですが、
こんな感じ。


昨日読んだ聖書の箇所にはこのような言葉がありました。

「いと高き天よ、天の上にある水よ、主をほめたたえよ。」詩篇148:4


葉っぱの上の水玉も神様をほめたたえていました。

神様、
大空の賛美に感謝します。
水玉の賛美に感謝します。
私もあなたを賛美する一日でありますように。

2014-08-05

自然と聖書。

昨日はそこそこ夏らしくなりましたが、
でも、日本のことを考えるとずいぶん楽です。
夜には涼しい風。朝は20度を切ります。

昨日は本当に青空に雲が流れているのがきれいで、
10秒に1枚のコマ取り撮影、してみました。
何のドラマもありませんが・・・。




今日もいい天気のようです。朝から晴れています。

2014-08-01

18年目の始まり。

今日から新しい3年間の任期が始まる。
新しい任期のために思わされていることは、私自身が更に神様と共に歩むこと。神様の近く歩むこと。それによってあふれてくるものを大切にして行くこと。

今日は詩篇の8篇を読んだ。

「わたしは、あなたの指のわざなる天を見、あなたが設けられた月と星とを見て思います。 人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。」3-4節

先週はアトランタの教会のファミリーキャンプに行ってきました。
9年ぶりに講師として招かれて、懐かしい皆さんにもお会いしました。
皆さんの祈りに支えられて、神様の導きによって、大切な奉仕を全うさせていただきました。


こんな湖があって、ああ、そういえば、この湖の周りを散策したなあ、と思い出します。
この写真は二日目の朝、朝もやの中なのですが、
昼間は晴れて、夜は満天の星空になりました。

2014-01-24

太陽の力。

今日は、朝の最低気温が、-13.8度C。
昼間は-5度Cくらい。

寒い日が続いています。
でも、太陽の力ってすごいですね。

-5度C以下の氷が融けるよりもずっと低い温度のはずなのに、
融かしていきます。あ、もちろん、屋根の雪が融けるのは暖房のせいもあるでしょうが。



つららがのびたしたには、
また不思議な自然の造形美が。

2013-07-16

dewpoint。

今日も36度くらいまでいきました。
でも、今日は昨日よりもワンランク、湿度が低くて助かっています。
今、メジャーリーグのオールスター戦が始まる直前、8時過ぎですが、外は30.7度。でも、湿度は47パーセントと低めです。計算すると、dewpointは18度くらい。昨日は22度くらいでしたから、ずいぶんドライです。

このdewpointというのは、その空気をどんどん冷やしていって水蒸気が飽和でみずとならないでいられないポイントです。
逆を言うと、どれだけその空気の中に水が入っているかの目安です。dewpointが高ければ高いほどジューシーな空気だということです。

2013-07-10

雲はアートだよね。

今朝は24度くらい。
これくらいだとまあ、涼しいかな、と思っている自分がいる。
日本の夏みたいです。

今日は午後から雷雨の予報。
今日はNYに行く日なので、傘を忘れないようにしないと・・・。

何を隠そう、私は雲きちがいです。

飛行機で帰ってくる時、アリゾナ、ニューメキシコ辺りの乾燥地帯から、コロラドに入ってくると、いろんな雲が出てきて楽しいです。

夏は何と言っても入道雲。



高度1万メートルを飛んでいる飛行機と同じ高さの曇ってやはりかなり激しい雷雨を降らせるんだろうなと思います。お天気レーダーと一緒に見ながらだったら、楽しいだろうなあと思いました。


2013-07-09

大陸横断の飛行機は窓際に座れ!

最近寝不足なので、
今日は10時頃に早く寝ようかと思ったのですが、
やっぱり難しいようなので、もう一回更新。

3週間前の今日ですが、雷雨で遅れる中、
無事2時間遅れで帰着。

今回、トイレに立つ時に「すみません」と言うのがちょっと面倒なので、
行き帰りとも、通路側に席を取っていました。

でも、行きの感じでは、自分がトイレに行きたくなる回数よりも、
奥の人に「すみません」と言われる回数の方が多かったので、


2013-05-05

神の時間軸。

5月1−5日分は毎日書いていたので、
その分をまとめて、アップ。

5月1日の「日々のみことば」。
5月1日は列王紀上の16章でした。

「主がヌンの子ヨシュアによって言われた言葉のとおりである。」34節。

これはヨシュアによってエリコの町が陥落したときのヨシュアの言葉の成就。
それから、ここまでは数百年という月日が経っていました。
人々の心にどれほど残っていたのでしょうか。


2010-11-12

明けの明星。

今朝は、6時ごろに、東の空に、金星が明るく輝いていました。
さすがにiPhoneのカメラでは・・・と思いながら、撮ってみると、
・・・ハハハ、わかるかな。



ま、わからなくもない・・・というところでしょうか。
ゴミが付いたのかな?という程度。


でも、ちゃんと写るんですから、ほんとに明るいんですね。
マイナス4等星くらいだそうです。


冷えましたが、ぎりぎり氷点下にならず。0.5度。
昼間は暖かくなりました。
夜はそこそこ冷えて、今9時半前で5.5度。


この先、週末は暖かな日が続きそうです。


さて、今日は早速聖書。
今日はレビ記の16章1−22節。


「わたしが『贖いのふた』の上の雲の中に現れるからである。」2節。

「贖いのふた」とはイエスのことを予表するもの。
イエスの十字架を予表するもの。
そこにご自身が現れてくださる。

そう、神さまはいつも十字架の上にご自身をあらわされる。
その愛を知りたければ、十字架を見ればいい。
それなのに、いつの間にか、私たちは、
「物事の順調さ」に神を見ようとする。

たとえば、健康が与えられたり、
仕事が順調だったり、
子どもが願っていた学校に進めることの中に、
神様の祝福を見ようとする。

だから、うまくいかないと、
「神様の愛がわからない」となってしまう。

でも、聖書はそんなところに神の愛をさがすなよ、
と言っていると思う。

いかにも神さまが祝福してくださっている、
というところよりも、
神さまがおられるなら、どうして、というところにこそ、
私たちのちっぽけな頭で、一番「神さまらしからぬ」ところに、
ご自分をあらわされる。

十字架はその極致。

人々は「お前がそこから降りたら信じよう」とののしった。

そう、人間の常識では、
神だったら、神の子だったら、
そこから降りることができて当然だ、
いや、そこから降りるべきだ、
そんなところにイエスは行かれたのだ。

なのに、私たちはいつの間にか、
「トントン拍子に行く」
「うまく物事が進む」
ことのなかに、「神さま」を見ようとしていないだろうか?

十字架のもとに行こう。
そして、自分自身も十字架を負って歩み始めよう。
そこに神さまがおられるというのだから。

主よ、
あなたが、イエスの十字架に、ご自身を現しておられること、
そこに気がつかせてくださってありがとうございます。
あなたの十字架のもとにやすらい、
自分の十字架を背負って歩む者であることができますように。

2010-11-02

大きな神さま



BlogBooster-The most productive way for mobile blogging. BlogBooster is a multi-service blog editor for iPhone, Android, WebOs and your desktop今朝はこの秋初めての氷点下。
最低気温は-0.2度Cでした。
キーンと冷えた朝、祈りを終えて6:50頃に外に出ると、
薄暮(「薄明」ですよね、今気がついた[11/3 7:16am])の中、1/3くらいになった月が中空に輝いていました。


月から地球に届く光は1秒くらいで届いていると思いましたが、


先日は130億年かけて届いた小宇宙の光(というか電波というか)の記事を読みました。UDFy-38135539という小宇宙ですが、これは、今は、銀河系からどんどん離れているので、300億光年近く離れているそうです。まあ、本当に想像ができません。このとんでもない宇宙を造られた神が、私という小さな存在に目を留めていてくださることに畏れを感じます。


そして、聖書が言うように、この空の星も、すべて私達のために造られたとするならば、神の目的はどんなものだろうかと思います。130億年もの時間と、何百億光年もの広さを持つ宇宙を、この私達のために造られた。それは、なんのためだったのでしょうか?今日、思わされたのは、それは神の大きさを私達に示すためだったのではないだろうかと。少しでもだとすると、科学者は、神の大きさを少しでも明らかにしていく、という尊い働きを任されているんですね。彼らの努力なしには、ハッブルのような高性能の望遠鏡がなければ、私たちはこの神様の大きさを知ることができなかった・・・。


本当に畏れを感じます。
また科学者の真摯な努力に敬意を表します。


明日の朝も同じくらい冷えそうです。
今は夜の10時前ですが、3.3度C。


明日ももう一日晴れそうです。


あさっては雨みたいですね。


さて、今日の聖書。
今日の聖書は詩篇の93篇。


「大水のとどろく声よりも力強く、海に砕け散る波。さらに力強く、高くいます主。」4節。

そう、神の大きさを思うときに、
また自分の小ささを思わされる。
この大きな宇宙の中で、その小さな小さなひとつの星に過ぎない地球。
でも、その海の波にも飲み込まれる小さな自分。

でも、その小さな自分に主が目を留めておられることに、
本当に大きな感謝を感じる。
今日も覚えられていることに感謝を覚える。

このことにただ感謝しつつ歩んでいこう。

主よ、
あなたの大きさの前にひれ伏します。
そして、あなたが私を覚えていてくださることに感謝します。
あなたの大きさを、あなたの愛をもっともっと知ることができますように。

2010-10-20

祭壇を建て直す。

今日も朝は4度くらいまで下がりました。
昼間も雲が多く、それほど気温は上がりませんでした。




ほんとに秋本番ですね。
教会の前のハナミズキもなんだか、この間花を咲かせたような気がするのですが、もう、しっかり紅葉しています。


明日は曇りがちで、昼ごろに雷雨もありそうです。
そして、夕方からはぐんと冷え込んできそうです。


夕方にはNYCに出かけて、7時過ぎからの集会。
今日は順調で1時間くらいで着きましたが、
着いた頃、ちょうど夕焼け空。
でも、マンハッタンは夕焼け空も狭い。




人は「土地の有効利用」と言うのでしょうが、
大切なものを見失ってしまっていないだろうかと思います。


さて、今日の聖書。
今日は列王記第一の18:30−46。


「彼はこわれていた主の祭壇を建て直した。」30節。


私も建て直さなければならない。
主の祭壇を、祈りの祭壇を主の前に建て直さなければならない。

これは今朝、いきなりの先制パンチでしたね。

そう、祈りの祭壇なんですよね。
それが壊れているときに、力がない。

「いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、すべてのことについて感謝しなさい。」その中心は祈り。その祭壇が崩れていると、喜びも感謝も湧いてこない。

まず、それから。

主よ、
私の心のなかのあなたの祭壇を立て直します。
祈りの祭壇を立て直します。
どうか、私の祈りの生活を守り、祝福してください。


明日は午前中に我が家での家庭集会。
主が導いてくださるひとりひとりのために祈りつつ。

2010-10-07

ギフト。

今日は神様からの幾つものギフト。


朝、教会で祈って外に出ると、
こんなに見事な朝焼け。
神様って芸術家。


しょっちゅう驚かせてくださる。



良いカメラも欲しくなるが、
まあ、いいとしよう。


そんなことを本気では考えなくなっている自分が、
ちょっと楽かな。


今週はこのあと、ずっと晴れ!
神様からのプレゼント。


そして、今日の家庭集会にも
たくさんの新しい出会いを与えてくださって、
感謝。


神様からの大きなギフト。


でも、そんな中でも、
今、一番の神様からのギフトは、
神様が私と時間を共有してくださることを、
喜んでおられるのだと、自然に思えることかな。


さて、今日の聖書。
今日は列王記第一13:11−19。


「そこで、その人は彼といっしょに帰り、彼の家でパンを食べ、水を飲んだ。」19節。

昨日、清々しいほど、キッパリと、
ヤロブアム王の申し出を断ったこの預言者。

しかし、今日は、あっさりと、
この老預言者の言葉に引っかかってしまう。

自分の使命にどこまで立てるか?ということなんでしょうか。
他の預言者の言葉をどこまで聞くか、ということなんでしょうか。

でも、いくら預言者とはいえ、
見ず知らずの預言者の言葉に振り回されるのは間違いだろう。

自分の為にいつも祈ってくれている人が何と言うか、
それが大切なのではないだろうか?

祈られていることに感謝。
そして、祈ってくれている人の言葉を聞こう。

そして、私も一人ひとりのことを覚えてもっともっと真剣に祈っていこう。

主よ、
祈ってくれている人々のゆえに感謝します。
私も、一人ひとりを覚えて祈る者でありますように。
もっともっと祈ることを教えてください。
祈る喜びを満たしてください。

2010-09-30

与えられたものをどう使うか?

日付が変わってずいぶんたちましたが、29日の分の更新です。

火曜日から、まる2日、MacBookはある作業に専念してもらっているので、火曜日は、のんちのPCで、今日は、iPhoneで更新です。

こちらが、水曜日、祈りの時を終えて、外に出た時に待っていた空。考えてみたら、もう秋分を過ぎて、夜の方が長くなっているのですね。つい、この間は、朝、教会に行く時間が、最高にきれいでしたが、今は、祈りの時を終えて、6:45ごろちょうど、神様の「今日の作品」を見せていただけます。これまた格別。


大雨、降る降ると大騒ぎになっていますが、朝の4時、まだ降り始めていません。雨の中心は、もう少し内陸になりそうです。


さて、昨日の聖書。
昨日は、列王記第一10:13-29


「 ソロモン王は延金の大盾二百を造った。その大盾にはおのおの六百シケルの金を用いた。また延金の小盾三百を造った。その小盾にはおのおの三ミナの金を用いた。王はこれらをレバノンの森の家に置いた。」16-17節。

本当に神様に経済的にも祝福されて、
豊かになったソロモンですが、
この盾は何のために作ったのでしょう?

金みたいに重い金属で、
金みたいに柔らかい金属で。

盾じゃないですよね。

力の象徴でしょうか?

神様が与えてくださっているものをどの様に使うか?
自分はどうしているだろうか?

今自分に与えられているもので一番尊いのは時間、機会、そして、健康。
それらを自分は、どの様に使っているだろうか?

神様が与えてくださっている意味を、
真摯に受け止めて、
今日も生かして頂きたい。

主よ、
どうか、あなたの与えてくださったものを、
正しく使う事を学ばせて下さい。

2010-09-14

「片付け魔になります!」宣言。

何度したことだろうか?この宣言。
でも、片付いているのはせいぜい3日だよね。
というか、「思いついたように」片付けるヤツは、
つまり片付けのできないヤツなんだ。


この10日間ほどの間に、4組9人の方々にお泊りいただいたのだが、
そのお泊りいただく部屋は、私の勉強スペースを通らないと行けない。


JOYJOYキャンプが終わってから(・・・もう1ヶ月!)、
なかなかかたづけることができない。


だから、お客さまに「バレバレ」なんですよね。


「片付けられない男・かきごおり」の評判は全地にあまねく響きわたっている、です。


そんなところに、こんな記事が・・・。


片付けられない人は・・・。




・他人の話をあまり聞かない
・自分の損得を考えて行動する
・時間にルーズ
・決断ができない
・持ち物の管理ができない



なんていろいろ出てくるけど、
いやあ、当たっているからねえ。


「思い切りがよい」と、きれいになるでしょうかね。


何事も「あとで・・・」と思うからいけない・・・のかな。


でも、「今日できることは明日にしない」という生き方よりも、
「明日でいいことは、無理に今日しない」という、力を抜いた生き方の方が、
個人的には好きなんですが・・・。


今日はこの記事を読んで、「よし、片付けるぞ」と思ったのですが、
「ま、明日からかな・・・」と、落ち着くべきところに落ち着いています。


今朝、起きたら、あたりは霧で包まれていました。






教会に行くのに、ちょっとスピードを出したら、コワイくらい。
でも、なんと教会についたら、スカッと晴れています。






途中、ホンの数百メートルでがらっと視界が変わるところもありました。
オモシロイですねえ。天気は本当に不思議。


昨日の「日々のみことば」から。
第1列王記5:1−18。


「ヒラムはダビデといつも友情を保っていたからである」1節。

ソロモンが神殿を建てるために、大きな助けとなったヒラムは、
ダビデの存在ゆえに、ソロモンに助けを申し出た。

ダビデが準備して、ソロモンは神殿を建てることができたのだ。
次の世代への投資。
それによって、今の私たちは生かされている。
先輩たちが投資をしたら、今の自分が生かされていて、
自分は恩恵にあずかっている。

自分も次の世代のために、どんな投資ができるだろうか。

ダビデが自分が生きている間に、その投資の実である神殿を見ることができなかったように、
私たちは自分の投資の結果を見ることができないかもしれない。
でも、たとえ、自分でその結果を見ることができなかったとしても、
勇気と信仰を持って、投資をしていこうと思う。

意味のある投資をしていきたいと思う。

主よ、
私も意味のある投資をしたい。
人生自体をあなたのために、次の世代のために、投資をしたい。
自分がその実を見ることができなくても、
誰もそのために自分が投資したことに気がつかなくても、
あなたが導かれるような投資をしたい。
人生全体をあなたのために投資させてください。

2010-09-12

仲間が与えられていること。

今朝は、雲が広がって、朝焼けの綺麗な朝でした。




でも、朝焼けの綺麗な朝は雨の日につながっていることが多いです。
今日も雨が降ってきました。
それほどひどい雨ではなかったのですが、
運動会が中止になって子供たちもいたみたいです。


今日の礼拝で読んだのは使徒行伝の18章。
コリントでのパウロの伝道の様子です。


彼に与えられたアクラとプリスキラ。
彼らの姿を見ながら、
自分にも多くの同労者が与えられてきたことを、
心から感謝しました。


人を頼りにしてはいけない、
主だけを頼りにしていこう、
そのように思いますが、
主が与えてくださっている仲間のゆえに、
心から、主に感謝します。
私たち夫婦にも与えられているアクラとプリスキラのみなさんのゆえに感謝します。


さて、先週の後半の「日々のみことば」から。


第1列王記3章。
神様がソロモンに知恵を与えられた箇所です。
それはソロモンがそれを求めたからです。
それがこのことがです。


「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。」9節。


「聞き分ける心」という言葉が心に留まりました。
ただの知恵ではなくて、「聞き分ける心」。
まず聞くことから始まるんですよね。
そして、それを正しく判断する。
それは私も主に頂きたいと思います。

主に与えていただきたいと思います。

主よ、
ソロモンに知恵を与えられたあなたが、
今日も、私にも必要な知恵を与えてくださることに感謝します。
どうか、私にも人の話を聞いて、
それを正しく判断する力を与えてください。

2010-08-02

今朝のQuality Time。

月曜日の夕方ですが、
今日は雨が降る、と言っていましたが、
全然大丈夫でしたね。
(この表現、NHKの「みんなでニホンGO!」で、昔の文豪とかも使っていたと、「全然OK」となっていましたが、私的には[わっ、これも昔はなかった・・・]うれしかったですね。言葉は時代でどんどん変わりますからねえ。「これが正しい日本語です」みたいなことを平気でキッパリ言う人の方がちょっとコワイ。でも、私も言葉を使う仕事をしていますから、人を不快にさせないで意味が伝わる言葉を使うことは大切だな、と思います。これについては、NHKのサイトの「ご意見一覧」にいろんな方の意見が出ていて、おもしろい。個人的には「大丈夫?」「ううん、全然だいじょばない」に市民権が与えられる日を待ち望んでおります・・・。お? いやいやまだまだ・・・


で、長いカッコでしたが、本題に戻ると、明日からはちょっと蒸し暑くなるみたいです。


さて、今朝の神様とのQuality Timeですが、
教会の外で持ちました。


なんでって、この時期、6時頃の空がとっても綺麗ですから。
昨日の朝なんて最高でした。


今朝も綺麗だったので、ずっとやりたいと思っていた
iPhoneアプリのiTimelapseで45分間を35秒のビデオに。
このアプリ、最近updateされていなくて、iOS4ではうまく働かない部分もあるのですが、でも、全然ダメではありません。


その45分間、神様に祈りながら、雲の動きをずっと見ながら、
空の色が変わっていくのを見ながら、過ごしていました。





電線とか入ってしまって構図としてはもう一回チャレンジしたい感じなんですが、
あとで見てみて、その時には気がつかなかったことが2つありました。


一つは低い雲と高い雲が全く違う方向に流されていること。
地表の風と、低層の風、そして、高層の風の向きが違うことがあることは知っていましたが、
ここまで見事に違うとはあまり分かっていませんでした。
それぞれの高さにできる雲が違う種類の雲で、
そして、綺麗に違う方向に流れていくんですね。


もうひとつは、考えて見れば当たり前なんですが、
「飛行機雲も他の雲と一緒に流れていく」ということ。


ああ、雲を見ていると飽きないですよ〜。


今度、バードウォッチングならぬ、クラウドウォッチングのサークルを作ろうかなあ。
と思ったら・・・。


あった。


The Cloud Appreciation Society


2万人以上が参加しているそうで・・・。


さて、昨日〜今日の聖書。
ローマ15章でした。


「私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。」10節。

このパウロの強烈な使命感。
これから、自分はどのように歩んでいくのだろうかと
祈っている最中ですから、
このパウロのような思いを与えていただきたいと思いました。

そして、このパウロの使命は、
大きな教会を作ろうとか、
たくさんの人に福音を伝えよう、
というレベルではなくて、

「聖なるものとされた神に受け入れられる供え物」として、
一人ひとりを育てていくことでした。
導いていくことでした。

私もそのような働きをさせていただきたいです。

ただ人が集まるのではなくて、
「聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物」として、
一人ひとりが整えられていくような働きをさせていただきたいと思います。

主よ、
私を用いてください。
パウロのような強烈な使命感の中で、
一人ひとりをあなたへのささげものとして、
ささげていく働きをさせてください。

2010-08-01

もうひとつのひととき。

空は青いとはかぎらない。
雲は白いとはかぎらない。
葉っぱは緑だとはかぎらない。

勘違いしていたみたい。

そう感じた朝だった。


- Posted using BlogPress from my iPhone

2010-07-31

ひととき。

空は青いよ。
雲は白いよ。
葉っぱは緑だよ。

このさわやかな天気は、今日までだよ。


- Posted using BlogPress from my iPhone