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2013-11-08

真剣さ。

今日の朝は「氷点下」なんて予想をしましたが、
全然外れました。2度以上ありました。

でも昼間は10度までしか上がらず、寒い一日。
場所によっては雪も降ったようです。

今は夜の10時半で3.4度C。
明日の朝はきっと氷点下です。



明日は朝10時からと、午後4時からの2回、日本から来られている岸義紘先生がコンサートをしてくださいます。

2013-10-28

氷点下の朝。

土日と更新を休んでしまいましたが、
その土曜日の朝はこの秋初めての氷点下の朝。



朝の7時過ぎで-0.4度C。
この朝は、ホントに車も霜でバリバリ。

2013-07-05

野の花を見てごらん。

いろいろあって、10日間も休んでしまいました。
今、また暑い日が続いています。
エアコンの交換のためにアポを取ろうにも、
自分が確実にいる日、時間帯がわからない日々が続いていて、
やっと見積もりに来てもらおうと思ったら、忙しいようで、
来週半ば以降・・・。

今日は夜になっても蒸し暑いのでちょっとめげぎみ。

2013-06-26

いろんなモノから学ぶ。

週末に向けてちょっと忙しくなって、
その後も、お疲れ休みもあり、また溜まってしまいました。

5日ぶりの更新です。
またNJ蒸し暑くなっています。
エアコン故障中+全取り替え必要みたい、
で、先週お客さんの来られていた時に重ならなくてよかったな、という蒸し暑い日が続いています。

さっき(11時過ぎ)からはにわか雨も降っています。

明日もまだ暑いようです。
この熱波、木曜日くらいまで続きそうです。

さて、もう1週間以上前になりますが、
16日の父の日の日曜日、サンディエゴでの礼拝の後、
パスターマックに海に連れて行っていただきました。

あ、その前にダウンタウンのレストランで中華麺をごちそうになり、



2013-06-20

教会の力。

今日は朝からすかっと晴れています。
そして、15度くらいと、とてもさわやかな朝。

今日も気持ちのいい一日となりそうです。

さて、まだ南カルフォルニアのこといろいろあるんですが、
まずは、日曜日の礼拝。
この教会は、私が、牧師の子供という立場も、神学生という立場も、牧師という立場も何もなく、集っていた数少ない教会です。

礼拝が始まる前のワクワク感。
砂漠の中の祈りの家から車で3時間、やっと着いた教会で、
何人かの久しぶりにお会いする方々とあいさつをして、
本当に「ああ、これから礼拝が始まるんだ」と気持ちが高まります。


2013-06-19

荒野に叫ぶ者の声。

帰宅して久しぶりのNJの朝。
「おお、帰ってきたんだなあ」という実感が湧いてきます。
特別な1週間を過ごしてきたことを感じます。感謝。本当に感謝。

朝はまだちょっと昨日の雨の湿気が残っている感じですが、
今日は一日カラッと気持ちよく晴れるようです。

さて、今日はまず、先週の土曜日15日の「日々のみことば」から。
15日はルカによる福音書20章。

「ヨハネのバプテスマは、天からであったか、人からであったか」4節。

この言葉は実は、私の心に深く響きました。
ちょうど、荒野の中で過ごした一日のことです。


2013-06-17

ハマグリでけえ。

6月17日(月)サンディエゴの朝は気持ちよい晴れです。
砂漠での2泊を終えて、昨日はサンディエゴ日系キリスト教会の礼拝に出て、
そのまま、その教会の牧師パスターマックのお宅にお世話になり、
朝を迎えました。

NJはちょっと暑くなりそうですね。
で、明日は雷雨。飛行機遅れないといいけど。

さて、パスターマックからは、いろんなことを学びました。

まずはこの一発から。
礼拝とティータイムのあと、牧師室に招き入れられた私は、いきなり、「見せたいものがある」とあるものを渡されました。


2013-05-17

困難の中でも。

今回は普通のセダンで行ったので、
二人しか乗らなくても、トランクと後部座席は荷物でいっぱい。
前しか見えません・・・。


前のポストにあったように、息子と話をしながら、
その奉仕に行く子の思いをちょっと聞きました。

この世で使命に生きる。

昨日は暑いくらいでしたが、
今日は一段落して、ちょっと雲も多く、
ヒンヤリするくらいでした。

日曜日からはちょっとぐずつくようです。

さて、みなさんの祈りに支えられて、
水曜日に無事に戻ってきました。
休憩時間を合わせると、火曜日5時間、水曜日12時間の長いドライブ、
それも、息子と二人だったので、さすがに疲れましたが、
幸いなひと時を持たせていただきました。




その中で、特に大学で一緒に歩んだ仲間たちのこと、
彼らがこれからどのように歩んでいくのか、の話を聞きました。

2013-04-04

神を信頼して歩むかっこよさ。

今日は朝は-3度でしたが、
昼間は暖かくて15度を超えました。
そして、夜12時でも、6度あります。
もう氷点下の朝は終わりました。

明日は曇りがちで、雨も降るかもしれませんが、
大崩れすることはなさそうです。

さて、今日は日本からゲストの先生をお迎えしています。
明日からのNY地区の「父の学校」のために来られた先生が、
我が家に泊まってくださいました。

聖書学院の大先輩。父の世代の方です。
で、こんな写真を持って来てくださいました。



ちょっと暗くて見づらいかもしれませんが、
私の両親が牧師をしていた大阪の教会で、これが集会所だったそうです。

ホント狭い。でも、伝道は建物じゃない。
いのちのあるところに人は集まってくる。
ホンモノがあるところに、人は集まってくる。

真ん中の列の、真ん中に二人並んで座っているのが、私の両親で、
父の膝の上に抱かれているのが、兄。
私は・・・まだ生まれていません。
昭和36年だそうです。
先生は後ろの背の高いお兄ちゃん(でも163センチだそうですが)かと思いますが、
聖書学院の1年生で、夏の間、派遣されていたそうです。
追記:先生にご確認したところ、2列目左端の青年だそうです。

先生ご自身はこのあと、牧師になられて、大きな教会でご奉仕をされていたのだけれども、50歳の時に、牧師職を辞して、何の基盤もない巡回伝道者となられたそうです。「どうして、そういう決断をされたのですか?」とお伺いしたら、そのときのお話をしてくださいました。

詳しいことはうまく説明できませんが、とにかく、先生のお話をお伺いしながら、神様の導きに従われたことを感じました。そして、それがどれほどエキサイティングな人生であるかも。かっこいいなあと思いました。

自分もちょうど2ヶ月後にその先生が決断をして新しい歩みを始められた年齢になります。
考えさせられました。私もただ、神様に従って歩む者でありたいと思います。

さて、火曜日の聖書。
火曜日はサムエル記上の2章。

「またなにゆえ、わたしよりも自分の子らを尊び・・・」29節。

息子たちが神様に従わないで不正をしているのを知りながら、
ちょっと注意するだけで、真剣に彼らを止めようとしなかった祭司エリに対する神の言葉。

神様を大切にするよりも自分の子供たちを大切にして、
はっきりとした態度を示せなかったのだった。

でも、自分も本当にそのようにできるだろうかと思わされた。
神様を第一にして、人よりも神様に従って歩めるだろうかと。

人に対して、はっきりと言うべきことを言えるだろうか。
本当に大切なことだと思う。
恐れない心、大切にすべきことを本当に大切にする強さを持っていきたい。

神様、
本当に、真剣に、真実に、あなたを第一として歩めますように。
妥協しないで、あなたに従うことができますように。
人を恐れない強さを与えてください。

2013-01-27

言われるままにではなく。

今日の朝は結構冷えて-10.9度C。
そして、今日はとうとう氷点下を一瞬脱して、最高気温は1.6度C。
でも、今、夜の12時前ですが、-5.2度C。
明日のあさは-7度Cくらいまで下がるでしょうか。

で、明日は昼前から雪。午後にはみぞれ、夜には雨になるでしょう。
いずれにせよ、大したことはないと思います。

寒かったですからね。一週間。
明日の雪は大したことなくてよかったです。

今日は年に2回の教会総会。
1回のところも多いと思うのですが、
私たちの教会は2回。
役員選挙と予算案審議のために1回。
そして、活動報告、決算報告と、年間計画のために1回。
今日は昨年の活動報告/決算報告と年間計画のための総会。

本当に去年1年間役員をしてくださったみなさんに感謝。

そして、今年のために主に大きく期待!

さて、今日の「日々のみことば」
今日は創世記の27章。

「子よ、あなたがうけるのろいはわたしが受けます。ただ、わたしの言葉に従い、行って取ってきなさい」13節。

この言葉をリベカの覚悟として読んでもいいのだと思う。
神様からみことばを聞いた者の責任を果たそうとしている一人の人。
方法は間違っていたと思うけれども、とにかく、夫の間違いを止めようとした。
ちょうど、アダムが神の言葉を聞いた者であるのに、
エバの罪を止めようとしないで、自分も妻の言いなりになってしまったのと対照的。

でも、今日は、ヤコブの姿に目が留った。
自分の気持ちとしては「そんなことはできない」と思いながら、
母親の言いなりになってしまう一人の男の姿を見た。
どんなことを言われても、はっきりと断ることのできる、
勇気、強さ、そして、決断力をもたせてほしい。

主よ、
不本意なことにNOという勇気を与えてください。
そして、できないかな、と思うことにチャレンジする勇気を与えてください。

2012-11-27

再会、そしてチャレンジ。

更新していないわりには、アクセスが多かったのは、雪だったからでしょうか。
「お天気おやじ」を名乗っているんだから、雪の前にはちゃんと予報を出さないといけませんね。反省。

今日の雪は、量もそれほど多くなく、気温も高めで、融けながら降る雪でした。
でも、明日の朝は氷点下に下がりそうなので、ちょっと凍結するところもあるかもしれませんね。お気をつけて。

でも、この先また穏やかな日々が続きそうです。

先週は、NYに来られていた、三浦綾子さんの秘書をされていた方と9年ぶりの再会。
前回は綾子さんのご主人である光世さんのNY地区の講演会に付き添っておいでになりました。それが2003年ですから、本当に久しぶりだったのですが、連絡をいただいて、再会がかないました。

高校時代からのお友達とご一緒に、ご訪問下さいました。いやあ、たのしかったです。
限られた時間のNY滞在の中で、貴重な時間を割いて、NJまでおいで下さって、本当にうれしかったです。そして、ほんとうにあっという間に時間が経っていました。


そして、いただいたご著書を早速読ませていただいていますが、生前の綾子さんにしろ、今もお元気で「背筋がすうっ」のご主人の光世さんも、そして、秘書をされていたこの方も、本当に神様に用いられることから逃げない、聖書のイエスのたとえ話を使うと「任せられたものを土の中に埋めておかない」姿に自分の生き方が問われるような思いがしました。また、その教会の牧師がそれを正しく導きながら、励ましていった姿からも学ばされます。

綾子さんが書いたものによって、聖書と出会ったり、信仰に導かれた方々がどれほどおられることでしょうか?勇気や力が与えられたり、自分の姿に光があてられた方々がどれだけおられることでしょうか?それを考えると、一人の人が神様に与えられたものを「こんなもの」と言わないで、大胆に用いていただくことがどれほど大切なことかと思います。

この出会いで、そして、またご著書を読みながら、本当にそのチャレンジが与えられました。教会に連なる一人一人が、神様から任されたものを、大胆に用いていただくことができますように。そのために私が牧師として、すべきことをさせてください!と祈られます。

感謝。

2012-11-07

いい顔してるねえ。


いい笑顔でしょう。
彼は、今日、今回の高潮で大きな被害を受けたLittle Ferryという町のRecovery Assistance Centerで出会ったジョセフくんと言う8歳の少年。彼は、お母さんとインディアナから13時間かけて来たそうです。


「どうして?」と聞くと、「最近、愛ということについて本を読んだんだ、そしたら、ハリケーンがやって来て洪水になったと聞いたので・・・」と話をしてくれました。そして、しばらく話をしたあと、「あ、もう1つ、ボクの家も洪水にあったことがあるんだ、だから、洪水がどんなことかわかるから・・・」と。一生懸命荷物を運んでいました。

そのセンターでボランティアをされているのは、他にもカナダやミシガンから来られた方々。本当に頭が下がります。

待っているだけでいいのかなあ、出て行かなくていいのかなあ、こんな日は炊き出しとかあったらいいのになあ、と思いながら、でも、今まで1週間このセンターを運営して来られたみなさんに、いきなり行って、「こうすべき!」なんてとんでもない話ですよね。学ぶ姿勢を忘れないでいたいと思います。このセンターのために場所を提供している教会も浸水して修理が続いています。自分が傷ついていながら、人々に仕える姿勢にただただ、脱帽です。

今日は初雪。
予報よりも本格的な雪になりました。
明日の朝まで降って、10センチくらい積もるかもしれません。


明日は学校あるのかなあ・・・。
電線切れないといいけどなあ・・・。

2012-08-14

JOY JOY Camp 2012 間もなくスタート!

あと、2時間足らずで、今年のJOY JOY Campが始まります。
56人の子供たちが集まってきます!
今年のテーマは「みんなくるくるクールなスクール〜JOY JOY アカデミー」。

どんなセットが完成したかと言うと、こんなの!



もちろん、始まるまではヒミツです。

土、日、月、とどれだけたくさんの方々がご奉仕してくださったでしょうか。
本当に感謝です。たくさんの「同労者」が与えられて感謝です。

そして、今朝与えられた聖書の言葉。
かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい。主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい。」出エジプト14:13-14。

ああ、子供たちに会うのが楽しみ!!!

2012-07-17

めげないで出て行くこと。

今日は暑かったです。
38度以上に上がりました。
湿度はそれほど高くなかったんですが、日差しが強くて、車の中が高温になるので、外に出るのがちょっとおっくうになるくらい。


今夜から明日にかけて蒸し暑くなり、
明日は午後から雷雨の予報です。


今日は最初から「日々のみことば」の話。


今日、6時頃に起きて読んだのが、コリント第一の手紙9:19-27。
その中で目に留まったのが、24−25節。


「競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも賞を受けられるように走りなさい。また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。」


伝道する者の真剣さ、情熱を感じました。
で、朝からこんな箇所を読んだら、昨日3週間ぶりに再開したジョギング、ちょっと筋肉痛かな、ということで休んでなんていられなくなりました。
で、走りましたが、本当に何度も何度も、「もういいや」というポイントを通って、とりあえず目標の30分。昨日よりもちょっとペースは遅かったようですが、走りきりました。


明日の朝はものすごい蒸し暑い予報が出ているので、自重して、今度は金曜日の朝くらい、と考えていますが、本当に自分との戦い、という部分もありますね。


でも、私たちが主の働きのために立ち上がる時に、その働きは主と共になす働きだということ。主が力を与えてくださるからできる。いや、本当に私たちの弱さに主の力を表してくださるから、恐れないで働ける、そう思います。


さて、先月の半ば、もう1ヶ月前になりますが、岩手から来られた先生ご夫妻、個人的にお話を伺ったり、集会でお話をうかがったりしている中で、本当に大切なことを教えられたように思います。7−8月号のニュースレターで、分かち合わせていただきましたが、リンクだと切れてしまう可能性があるので、その文章をここに転載します。






6月の中旬に、昨年の東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県宮古市から、宮古コミュニティーチャーチ牧師の岩塚和男先生ご夫妻をお迎えして、お話を伺う時をもちました。本当に遠く離れたところにいる私たちには少しずつ過去のものになりつつあるように感じてしまうあの大きな震災が、現地に歩む方々にとっては決して過去のものではなく、今も、皆さんが、たくさんの戦いや、大きな不安の中に歩んでおられることをもう一度、認識する時となりました。 その中で、先生方がお話をしておられたことの中で、一番印象に残っているのは、震災直後のことでした。 教会堂は津波があと50メートルのところまで来たものの、無傷ですんだので、大きな紙に「避難所に使ってください」と書いて窓に貼っておいた。すぐに電気が回復したので「携帯の充電できます」と書いて窓に貼っておいた。でも、誰も来なかった。待っていても誰も来なかったというのです。そこで、先生は避難所を回って行った。「教会の牧師です」と言っても、「宗教活動はお断りです」と相手にされなかった。お寺の住職には話をしてもらっているのに・・・。別に先生は伝道しようと思っていたわけではなかった。ただ、本当に多くの人々が痛みを覚えている中で、人々に仕えたいと思っておられた。そして、本当に膝をついて、体を使って、人々に仕えて行った。教会に届けられる世界中からの支援物資を周りの人々に配り、人々からの善意の支援物資が避難所や倉庫に山積みになったままになっていたのを見て、その仕分けと配布を自ら買って出て、それを空っぽにしていった。少しずつ、少しずつ、人々の信頼を得るようになっていった。家を失った人々が避難所から仮設住宅に移っていった後も、丁寧に丁寧に仮設のリーダーと連絡を取り、信頼を勝ち取っていった。一軒一軒人々の安否を問いながら、訪問を続けた。「来るな」と言われた家でも、家から出られなくなった人々、昼間からお酒をあおっているような、とっても放っておけない人々は、何度も何度も訪問を続けた。そして、今は訪問を待っている人々、訪問を待っている仮設のコミュニティーがいくつもあるという。 どんなにすばらしい施設を持っていても、どんなにすばらしいメッセージを持っていても、どんなにすばらしいサービスを提供できても、いつまでも待っているだけだったならば、先生方は人々と出会うことはできなかったでしょう。どんなにか出て行くことが大切なのか、ということを思わされます。 イエスは言われました。「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ16:15)と。私たちがもっともっとこの地域のコミュニティーに出て行って、人々に仕えることができますように。


私たちが出て行くべきところ、それを問いながら、でも、いつまでも考えているばかりではなくて、具体的に形にしていければと思います。

2012-07-16

休むこと。

ちょっとここのところ、しっかり「休む」ことをして来なかったのですが、今日はしっかり休みました。メールのやり取りも一日、自分の好きなことや家族のことをしながら時間を過ごしました。


で、その休みつながりでもあるのですが、6月の2週目は岩手の宮古から、被災地支援を1年以上にわたって続けておられる牧師夫妻においでいただいて、お話を伺うとともに、休養も・・・と思い、教会としてお招きしまた。


そして、お伺いしたお話も改めてご紹介したいですが、今日は休む話。


どこまでお休みになれたかわかりませんが、本当に、どんな働きでも、ちゃんと休むことって大切ですよね。よりよい働きをするために・・・ということもあるけど、その人が本当にその人として生きるために、ちゃんと休むことが大切だと思います。つまり、走り回っていないと何か悪いことをしているかのような、自分の価値が見いだせないような、そんな状態になってしまいやすい私たちが、ちゃんとゆっくり休んで、神様とゆっくり時間を過ごしていく中に、「ああ、自分は自分でいいんだ」と感じることって本当に大切だと思うのです。何かをすることにではなく、ただここに生かされていることに意味を感じる、そういうひと時。


で、火曜日に到着された先生方は雨の一日だった火曜日には十分睡眠を取っていただいて、水曜日から、ペンシルベニア州のランカスター地方にご案内しました。


今も、電気や車を使うことを拒否し、馬車で生活しているアーミッシュの方々が多く住む地域です。






こんな馬車がひっきりなしに通ります。


ゆっくりと時間が流れるところで、ゆっくりと過ごしていただきました。


そして、ご夫妻の雰囲気がちょっと伝わる一枚を。




写真を撮る夫をじっと暖かく見つめる妻・・・って感じ。
こうやってずっと働きを続けておられるんだなあと思います。


今回の1週間の滞在がこれからの働きのために、少しでも力になれば・・・と思わされます。


久しぶりに「今日のみことば」から。
先週読んだ言葉ですが、コリント第一の手紙1章17節。


「キリストが私をお遣わしになったのは、バプテスマを授けさせるためではなく、福音を宣べ伝えさせるためです。」


本当にそうだと思いました。
いつの間にか、洗礼を受けた人の数が、その教会の祝福をはかったり、牧師の働きを評価したりするような基準になっているように思う。少なくとも自分の気持ちの中にはそういうものがあったと思う。


でも、私の使命は、「福音を宣べ伝える」ことにあったんだと、もう一度思わされました。


神様、
いつもいつも忠実にあなたのメッセージを語る者でありますように。
あなたがいつも語るべきことを教えてくださいますように。

2012-04-30

共有。

暖かいんだか、寒いんだか、わからない日々が続いています。
日曜日、そこそこ暖かかったのですが、
夕方からまた冷えてきて、今朝は0度近くまで下がっていました。
朝起きたときの気温は2度C。


でも、今日の日中はまあまあ上がって20度を超えました。
今夜から明日にかけては雨も降りそうですが、
気温はやや高め。


一週間ずっと晴れたり曇ったり雨が降ったり・・・の日が続きそうです。


先週は子供たちが学校が休みだったのですが、
どこにも連れて行ってやることはできず、
まあ、物足りないとか、友達はフロリダに行ったとか、いろいろ言っていましたが、夏にお預けということで、すましました。


で、それとは関係ないのですが、先週の月曜日は、3月の下旬に献血をした時にもらったチケットでプロバスケットボールの試合を見てきました。




NJを本拠地とするNets。
息子が子供の頃は、スタープレーヤーもいて、盛り上がって、時々見に行っていたのですが、最近は「買っていくほどもでもないしなあ」というところもあり、また一緒に行って、盛り上がる相手もなしで、ご無沙汰しておりました。


でも、今回1人の献血で2枚チケットがもらえる、ということで、のんちとゆきにも「献血しよう!」とさそって、献血してきました。ゆきは「行かない」とか言い出して、結局のんちと二人分。でも家族4人だから、まいいか、ということだったのですが、考えてみれば当たり前なんですが、それぞれ都合のいい時間にバラバラに献血に行ったもんですから、もらうチケットも2人ずつ2箇所に別れてしました。


で、私とさき、のんちとゆきの2グループに別れての観戦。
わたしたちの席も十分高い(物理的に)のですが、のんち組は遥か遠くのもっと高いところ。


ま、サキはそこそこつきあってくれたんですが、最初から「え、私も行くの?」と言っていたユキは「早く終わんないかなあ」だったそうです。のんちはわが道を行く人ですので、それなりに盛り上がっていたようですが・・・。


試合の内容はそのチームが来シーズンからブルックリンに移るので、NJでの最後の試合となったのですが、最初からほぼずっと10点差ののままという、とっても盛り上がらない展開でした。でも、その中に1回だけ、アリーナが一つになるような時がありました。一気に点差を詰めて1点差まで詰め寄ったときでした。もうこのままひっくり返すんじゃないか、そんな勢いでした。本当にそのときの会場全体の一体感としたらありません。スポーツはね、やっぱり仲間と一緒だったり、仲間じゃなくてもいいから、一緒に同じチームを応援する人たちと一緒に見た方がいいですよね。


いろんなところでいろんなものを共有できる仲間が与えられていることに感謝。


特に神様のこと、共に見上げて、信頼して、時間と信仰を共有して歩んでいける仲間が与えられていることに感謝。


先週もシニアのプログラムに来られていた元ビジネスマンの方に「自分なんかは、仕事のモーチベーションは、業績が上がることとか、ものが売れることとか、だったけど、牧師さんのモーチベーションは何なのでしょうか?」と聞かれたのですが、一つはやはりこの同じ共有なんだろうなあと思います。それだけじゃないんですが・・・。(それだけじゃないことは、うーん、)


神様も、ご自分の思いをわたしたちとシェアしたいと、願っておられるといいます。わたしたちと思いを共有したいと。楽しいんだろうな、ワクワクするんだろうな、もっとわからせてください、と思います。


さて、最近の「日々のみことば」の中から。


ヤコブの手紙を今日で全部読み終えました。
明日からは「歴代誌」。また旧約聖書に戻ります。


そのヤコブの手紙の方から一つ。


「悪魔に立ち向かいなさい」4章7節。

わたしはあまり「悪魔」「悪魔」と騒がない方です。
どちらかと言うと、相手にしていないと言うか、眼中ないと言うか。
自分の弱さの問題を「悪魔が・・・」と言うのはちょっと嫌だな、と思う方です。
人によってはね、責任転嫁のように「悪魔が・・・」と言う方もおられて、そりゃ悪魔は働いているんだろうけれども、その手に乗っちゃったあなたの心はどうなの?と創世記3章のエバさんの「蛇が私をだましたんです」という言い訳と同じじゃないの?と突っ込みたくなる方です。

だから、こういう言葉はインパクトがあります。
お、無視してはいけないんだ、ちゃんと戦わなければ!と。

そうだなあ、と。悪魔がいないかのように振る舞ってはいけないんだと。
それなりの戦い方があることも聖書に書かれているし(祈りと御言葉だ)、真剣に勝負しないとな、と思いました。

主よ、
あなたのみ言葉と祈りによって武装して、
悪魔と戦うことができますように。
どうか、あなたの力で勝利を得ることができますように!

2012-02-13

がんこ同士。

夫婦の話ではありません。念のため。

今から3年ほど前、テキサスとジョージアのクリスチャンの日本人学生達が、全米各地を回るので、NYに行く時に、若者達のための集会ができないか、と聞いて来た。
日程を聞いてみると、ちょうど、自分は日本に3週間ほど行っている最中。若者達もいいけど、子供達のための集会もやらないか、と聞いてみた。JOY JOY キッズクラブスペシャル。
ちょうど、自分がいないからその月は休もうと思っていたところ。クリスチャン大学生が10人も来るんだったら、頼まない手はない・・・と勝手に思った。

でも、彼らははっきりとした考えを持っていた。「頼まれたことは何でもやろう」なんて殊勝なことは思っていなかった。「自分たちは、中高生や、大学生、青年層のクリスチャンの励ましになるように、ネットワークを作ろうと思って回っているんです。子供達のことはできません。」などとのたまわった。

今の自分だったら、ちょっとは「若いのに、はっきりしていてとてもいい」と感心してしまうかもしれないが、3年前の自分はもうちょっと若かった。そんなことで引き下がったりしなかった。がんこだった。

「君たち、若いんだから、頼まれたことは何でもやる!くらいの勢いがなくてどうする?泊まるところは提供するから、中高生もいるけど、何倍もの子供達が集まってくる。未来の若者達のために、一つ、集会やってみろ!」と言ってみた。

何度かメールが行ったり来たりした。敵もなかなか頑固だった。

連絡係の女の子はちょっと間に挟まれた感じで困っていたと思う。

でも、最終的には彼らはチャレンジを受け止めてくれて、子供達のための集会をやってくれた。それも「スペシャル」にふさわしい、凝った、楽しいプログラムを。

その時は、自分は彼らに会うことはできなかったけれども、ゲストブックに、彼らがメッセージを残していってくれた。一つ一つのメッセージを読みながら、ああ、自分もここにいたかったなあ、と思った。

頑固なヤツはいいなあと思った。
自分で頑固で良かったと思った。


最近、ナイトdeライトという北海道のバンドの曲がJ1のコンサドーレ札幌の応援歌に採用されたと聞いた。その3年前の10人の中の一人がドラムを叩き、一人がマネージャーをしているらしい。前から、うちの子達が彼らの歌は好きなおかげで、何度も耳にしているサウンド。これからも頑固に自分たちの音楽を続けてほしい。これからも頑固に神様の愛にこだわって、歌っていってほしい。





バンド結成の由来の話には引き込まれて読んだ。

2011-10-05

青空の中に。

・・・やはり、昼夜逆転中です。

昼間はぼーっとして効率が上がらず、
夜は元気で、寝るのがもったいないです。

ま、寝ますけど。

今までの経験では、がんばりすぎないでやらないとつぶれる、ので、少しずつ日常を取り戻そうと思っています。

この間の日曜日は午前中は近くの牧師不在となった教会の礼拝のメッセージのご奉仕をして、午後にはJCCNJの礼拝のメッセージ。

その午後のメッセージで最後のポイント、「神に聞くことの大切さ」を話しながら、自分はどこまで聞くことをしてきたか、と問われているように思いました。

やはり、じっとしているよりも動いている方が何かしている気分になる。
時間的な余裕なく動いていた方が、自分に価値があるような気持ちになる。

そんな中で、主に聞くことを大切にして、
主の許に休むことを大切にして、
そこから立ち上がって、いくことができるようにと、
自分の価値は、ただ、主に愛されていることの中にある、
そこから立ち上がって行くことができるようにと、
心から願わされます。

今回、ご訪問した方々の中に、
教会も自宅も流されてしまった牧師がおられました。
ご一家で他の場所に会堂を借りて、働きを続けておられます。

仙台市内の「その場所」に連れて行っていただきました。

初めてお会いした先生。
しばらくお話をした後、
遠慮がちに「行きますか?」と聞かれました。
私もお忙しい先生に運転手のようなことをお願いするのは申し訳ないと思いながら、それ以上に見物でもするかのように行くのは申し訳ないと思いながら、「もしよろしければ・・・」とお願いしました。お互いに心の距離感をはかりながら・・・。

「僕も久しぶりに行くんです。台風の後は初めてかな・・・」と言いながら、車の中で、二人きりで少しずつ少しずつ、思いを語ってくださいました。

わかっていました。
映像でいろいろ見ていました。
宮古でも壊滅的な被害を受けた町を訪問していました。
でも、山が海岸まで迫っている宮古と違い、
平野が広がる仙台の海岸部では、
「ここらへんは床上浸水」「ここは一階が水につかった」「ここは二階まで来た」・・・と少しずつ、海に向かって少しずつ被害が大きくなっていき、半壊の建物があちらこちらに残っているのが、リアルに津波の恐ろしさを感じさせられます。何百人も人々が避難した小学校も2階までガラスが割れたまま残っています。

正直に告白しますが、ちょっとだけ、「自分はまだあの余震の続いている中で、妻をこういうところに送っていたのか」と、何もわかっていなかったんだな、と思いました。

・・・そして、その先は草むらの中に家の土台だけが残った土地が広がっていました。

先生はいくつかの思い出を語られた後、言われました。

「私は、ここにお連れしたみなさんにお願いしているのですが、ここで一言、祈ってくださいますか?」

単なる巡礼地や、シンボルのように受け止めてはいけない、
ここには生活があり、宝物があり、思い出が詰まっていたところ、
それがなくなってしまったんだから・・・。
そのように思います。

でも、そのように思うからこそ、青空の中に高く掲げられた十字架こそが、
人々の希望となりますように、と祈らされました。祈っている中で熱い思いがこみ上げて来ました。

連れて来ていただいて、ありがとうございます。


シーサイドバイブルチャペルの内藤牧師と、教会のために、大きな痛みの中にある地区の皆さんのために祈ります。そして、この十字架が多くの人々の希望となりますように。この十字架によって立ち上がる方々が起こされますように。

2011-09-30

「宝のあるところに心もある」

昨日、無事にNJに帰ってきました。
昨夜はよく眠れたのですが、
今夜は9時過ぎあたりから元気になって来ました。
ま、ちょっとした時差ぼけでしょうか。

火曜日には仙台に行ってきました。
最初に伺ったのが、仙台の隣りの利府町にある
オアシスチャペル利府キリスト教会

ここの教会はオアシスライフケアという被災地支援の団体を作り、活動をしておられます。この教会の松田牧師の弟さんが何年か前にNYに来られた時に、縁あって家に泊まってくださって、その彼が震災の直前にTwitterでフォローしてくれていたことがきっかけでつながっていました。そこに起こった震災。4月の初めには、のんちが派遣されて行った病院でその弟さんの奥さんが出産されるなど、特別な神様の導きを感じて、松田牧師と教会の皆さんの働きに注目していました。

そして、立ち上げられた援助団体。
オアシスライフケアのミッションステートメント、


わたしたちの使命は、
宮城県をはじめとする東日本大震災被災地域において
キリスト教精神に基づく慈善活動を行い
 人々の心と人生に「あなたはひとりじゃない」という
メッセージを届けることです。

そして、ビジョン、


この東北の地において 
 今日(いま)の必要が満たされますように 
明日(みらい)の必要が満たされますように 
永遠(とこしえ)の必要が満たされますように

この両方に心から共感しました。
具体的な支援はできないでいましたが、祈りつつ、注目していました。

そして、ニュージャージーの教会の皆さんにお願いして、
9月11日の特別な礼拝では、ささげられた献金をオアシスライフケアの働きのために献金することにしました。礼拝の中では松田牧師がビデオメッセージを私たちの教会のために送ってくださいました。そして、今回の日本訪問では、松田牧師に忙しい中、時間を割いていただいて、ご訪問させていただきました。初対面だったのですが、それを感じさせないほど、胸襟を開いてお交わりをさせていただきました。

やはり、行ってみないと、お会いしてみないとわからない、
その闘い、苦悩がある、でも、その中で、主を信頼して立っておられました。

お会いして、本当に先生はビジョンの人であり、
神様がこの時のために時間をかけて備えて立ててくださっているリーダーであることを感じました。

しかし、それだけではなく、本当に人を愛し、人に仕え、配慮を持って人に寄り添って来られたんだろうな、と思わされる温かさも感じました。

これからも祈って支えていきたいと思います。

そして、今日、改めて思わされたこと、

「宝のあるところに心もある」

イエスの言葉ですが、本当にそうだなと思わされます。
のんちが日本に行っていた時、私の心は日本に向かっていました。
教会の一人一人は、宝物ですから、私の心はそこに向いています。

そして、今回の松田先生ご夫妻との出会いは、私の中で本当に「宝」の経験です。
だから、また、私の心がそこに向いていることを感じます。

今回、日本でお会いした東北の方々の多くが、「忘れないでほしい」ということを訴えておられました。そこに私の心を引き戻すために、与えてくださった宝物の出会いであったことを思わされます。

世界を回っておられる援助団体の方が言われていたことだそうですが、援助団体は次の必要なところに移って行く、そんな中で、現地の人たちと10年、20年、共に歩む人たちが必要だ、その働きを世界の多くのところでは「教会」が担っている、と。教会の使命は大切ですね。私たちはそのような現地の教会をサポートして行くことの必要性を強く感じました。

利府キリスト教会のために、
オアシスライフケアのために、
松田牧師とご一家のために、

神様の守りと支えがありますように。