2006-03-29

岩から流れ出す水

今朝は久しぶりの氷点下。
-0.4度まで下がりました。
でも、8時には6.3度。
15度を超えて、暖かい日になりそうです。

いろんなものが芽吹いてきました。
少しずつ花も咲いています。

おととい、昨日と、
レタス、なす、えんどう、ブロッコリーなどなど、
いろいろ種を蒔いて、
苗を作ろうとしていますが、
今年一番乗りで、芽を出した野菜が、
上の写真です。
これは何でしょう?
引っ越して来た時から自生していました。
もちろん、前に住んでいた方が、育てていたのでしょうが、
もう5年も毎年毎年芽を出します。
種が飛び散って広がってきているようにも見えます。
今年もたくさんお世話になることでしょう。

で、聖書。
朝が明るいので、
早く起きるのが全然苦ではありません。
でも、こんなことが言えるのは今週だけ。
今度の日曜日から、時間が1時間先に進んでいくので、
今の6時は5時ですよね。
来週は結構きつそうです。
で、今日読んだのは、詩篇の104-114篇。
114篇の最後の言葉が心に留りました。
「岩から水が流れる」
岩のような、水が出てくるわけがない、と見えるところから、
水が流れ出てくる。
私たちの歩みの中でも、
どうしてこんなことが起るのだろうという状況の中に、
本当の泉はあるのではないだろうかと思いました。
本当に豊かな泉というのは、
涙の中にあるのではないかと、
痛みの中にあるのではないかと。
でも、痛みの真ん中にいる時には、
「どうか、神様これを取りのけてください」
「早くトンネルを抜けさせてください」
と一生懸命なんですが。
でも、そのような祈りの中にこそ、
そのような真実な祈りの中にこそ、
ホンモノがあるのではないかと思います。
人間弱いもので、物事が順調な時には、
なかなか本気で祈らないんですよね。

問題が出てきた時に、
岩が前に立ちふさがった時に、
神様に本気で祈る。
本気でぶつかっていく。
そこで本当の私たちの命の泉である方に生かされることを経験する、
そうなんだと思います。

今、祈りの課題があります。
そのこと自体に感謝して、いきたいと思います。

主よ、
あなたを求めます。
あなたを待ち望みます。
あなたに祈れることを感謝します。
あなたが私の泉です。
私の喜びの源です。
どうか、私を満たしてください。
私を生かしてください。
あなたの喜びに、
あなたの与えてくださる豊かな命の水に、
生かされる者としてください。
私の祈りに答え、御業をなしてください。

2006-03-28

賛美する存在

今朝も朝は2度くらいまで下がったけれども、
もう朝の9時には10度近くまで上がっています。

昨日は結局あまりはかどりませんでしたが、
芝生の一部に生い茂った苔をはがして、
隅っこの方にたまった落ち葉を片づけて、
芝生の種まきの準備しました。

苔の庭とかもいいと思うのですが、
やはり周りから見ると、
「ちゃんと手入れしていない」となってしまうのでしょうか?
いや、苔もちゃんときれいに生やかそうとするなら、
やっぱりちゃんと手入れしなければいけないのでしょう。

今日の夕方も一仕事です。

これからの季節は夕方できた時間とか、
月曜日とかは、庭仕事かなあ。
と、いい夫を宣言して、自分にプレッシャーをかけておく。

で、今日の聖書は詩篇の93-104篇
その中で、心に留った言葉は102篇の19節(共同訳)
口語訳では18節なんだけれども、
訳され方はずいぶん違います。
ですからものすごく新鮮に感じたのだと思います。
私たちは賛美するために造られた。
神様をほめたたえるために造られた。
私を愛し、私のためにすべてを与えてくださった方を
賛美するために、
今も私と共に歩んでくださる方を賛美するために私は今も生かされている。

賛美は天国に行ってからも続くと言われます。
説教も祈りも天国に行ったらもうしない、
伝道もしない、
ただ、神様のすばらしさを賛美するのだといいます。

だから、この地上にあっても、
もっともっと賛美することを覚えたいと思います。
賛美することのすばらしさを知っていきたいと思います。
そのために造られたのですから。

主よ、
今日もあなたを賛美する者としてください。
あなたへの賛美が口をついて出てくるような歩みをさせてください。
あなたと共に歩む喜びを満たしてください。
喜びに溢れさせてください。
無理して賛美しなくても、
心から賛美が溢れてくるような者に、
私をしてください。

2006-03-27

主を賛美することは楽しい

今日は最低気温は2度くらいまで下がったけれども、
8時にはもう7度。
すっかり春です。

もう、何も言うことはありません。
今週は日ごとに暖かくなっていきます。

庭の手入れ日和です。
花粉、ホコリ対策をしっかりして、「やらなければ・・・」です。

今日は詩篇の88-92篇を読みました。
92篇の最初の言葉がいいですね。
「何と楽しいことであろうか、主に感謝をささげることは!」
日々、戦いがあります。
悩むこともあります。
でも、主に向かう時に、
主に目を向ける時に、
平安が与えられ、
目が開かれ、
立ち上がり、進んでいけます。
感謝が沸いてきます。
賛美が沸いてきます。

今までの歩みの中で、
落ち込んだ時に、
苦しい時に、
どれほど賛美で救われたことだろうか。
どれほど祈りの中で解決が与えられたことだろうか。
だから、やはり自分の日々の歩みの中で、
神に感謝をささげたり、
賛美をささげたりすることが、
本当に大切なことであり、
力であるかということを思わされます。

主よ、
今日もこのようにあなたに目を向けることができたことを、
あなたに賛美をささげ、感謝をささげることのすばらしさを
確認することができたことを、
感謝します。
あなたが今日も守ってください。
私は今日も支えられています。
どうか、弱さを覚えておられる方々、
祈る力や賛美する力さえ失ってしまった方々を、
どうか、守ってください。


2006-03-26

命の源

ここのところ、ちょっと更新の時間が遅いですね。
明日から、平常に戻します。

今日もやはり予想より暖かかったです。
11度くらいまでは行きました。
今も6度。
まあまあです。

これから先、どんどん、お天気ネタは、
なくなっていきます。
やはりお天気がエキサイトするのは、
冬ですよ。
春から秋は、まあね、という感じです。
Thunder stormは好きですが、
南部にいた時のようなエキサイトな感じはありません。
東京の方がワイルドでしょう。
バケツをひっくり返したような・・・というのがありますから・・・。

でも、今週はとにかく春めいてきます。
特に土曜日雨が降りますが、その前に南風が入って、
20度くらいまでいくと思います。

芝生の手入れはやはり明日だろうなあ。

今日の聖書は
詩篇の73-87編でした。
87編の最後の言葉、
「私の源はすべてあなたの中にある」
日本語として、あまり美しくはありませんが、
心に留る言葉です。
私の力の源、生きる元気の源は、
神様にある。
神様のうちにある。
他のものではなくて、
神様のうちにある。
他のものを喜びの源とするのではなくて、
神様を源とする歩み。

時々、自分も軸がずれていると感じる時があります。
正直なところ。
そんな時はやはりわかります。
自分でわかります。

そして、軸が戻された時、
神様が元気の源になった時、
ああ、ここに帰ってきたなあ、と思う。

神様、
あなたを人生の軸にして、
元気の源にして、
歩むことができることに心から感謝します。
どうか、あなたの命に、
あなたの元気に生かしてください。

私の軸をいつもいつもあなたに置くことができますように。
いつもあなたに立ち返ることができますように。

2006-03-25

日付が変わらないうちに・・・

元旦から、続けている毎日アップデートがとぎれないように、
12時前にスタートします。
今日もなかなかゆっくり更新することができませんで、
夜になってしまいました。

昨日も今日も予報よりも暖かかったですね。
昨日も13度、今日も11度まで行きました。
今も6度くらいあります。

これからもこの調子で、いい方に天気予報が外れて欲しいものです。
来週の後半には本当に春めいてくるでしょう!

今日の聖書は詩篇の63-72篇。
63篇の7節、「床につく時にも、御名を唱え、祈りを口ずさんで夜を過ごす」
という言葉が心に留りました。
夜、今晩も、この夜も、祈りながら休みたいと思いました。
主が休みを与えてくださる。
眠りを与えてくださる、
だから、祈りながら、過ごしたい、
そう思いました。
皆さんによく言うのですが、
夜中に目が覚めたら、それは
神様があなたを祈るために起こされたのだと、思ってください、と。
不眠症で苦しんでいる人には、
きつく感じられるかもしれません。
でも、やはりそうだと思います。
丸い地球で、
今、昼間を過ごしているあの人のために祈って欲しい、
今、夜を過ごしている、あの人のために祈って欲しい、と
主は私たちを起こされるのだと信じています。

主よ、
今日の一日を感謝します。
今日の祝福を感謝します。
どうか、今夜もあなたの守りの中で
あなたへの祈りの中に休ませてください。
あなたが起こしてくださった時に、
すぐ、祈ることができますように。
すぐ、あなたの思いがわかりますように。

2006-03-24

沈黙して神に向かう

昨日はちょっと疲れがたまっていたようで、
早く休んでしまいました。
今朝は5時に起床。
早寝早起きの方がいいですね。
日本にも電話しやすいし・・・。

今朝は1度くらいまで下がったでしょうか?
でも、朝の8時でもう7度もあります。
このまま晴れてくれたら、暖かくなるのでしょうが、
このあと曇って、肌寒い予報です。

でも、2週間先までの予報モデルを見ていると、
結構希望がわいてきます。
4月の初めに少し雪の可能性があるのですが、
それを過ぎると、何か春らしくなってきそうな感じです。
今、レタスの種を蒔くと、
ちょうど暖かくなった頃に苗ができて・・・
なんて考え始めています。
次に時間ができた時には園芸オヤジになっているかも。
でも、芝生の手入れも始めなければ・・・

また長くなる前に、聖書の話しに行きましょう。
今日は詩篇の47-62篇を読みました。
心に留ったのが62編に繰り返し出てくる言葉、
「わたしの魂よ、沈黙して、ただ神に向かえ」です。
沈黙して・・・。
大体こんなところで文字にしていること自体が、
神の前に「沈黙して」ということと矛盾しています。
だから、とにかく静まること。
あれやこれや考えること、
動き回ること、
対策を講じること、
それよりも、まず、神様の前に出て、
静まって、
神様が助けてくださる、
ささえて下さる、
ということを信頼していくことだと思います。
静かに祈りたい、静かに祈る時を持ちたい、
そのように思います。
自分ががなり立てるような祈りではなく、
主を待ち望むような祈りを捧げたいと思います。

主よ、
どうかわたしの心を守ってください。
あなたの前に歩むことができますように。
あなたを待ち望んで、
あなたから答えをいただいて、歩むことができますように。
小さなことも、あなたに祈り、答えをいただくことができますように。
主よ、お語り下さい。
わたしは口を閉じて、あなたを待ちます。


2006-03-23

力を捨てよ

いやあ、
今日はまた朝から走り回っていて、
更新の時間がありませんでした。

でも暖かかったですね。
気持ちのいい春の日でした。
12度まで上がりました。
そしてちょっと出先で時間ができた時に、

車の中で5分くらいウトウトしたのですが、
とても暖かくて気持ちよかったです。

今日の午後はLeoniaのJOYJOY Kids Club。
お借りしている教会の入り口にあるレンギョウの花です。


満開でした。

この先の天気ですが、
こんな天気のいいのは今日まで。
明日から日曜日までは肌寒い日が続くみたいです。

そして、にわか雨やにわか雪。
積るようなことはないでしょうけれども、
春が待ち遠しい天気となるでしょう。
月曜日には、またいい天気ですが、
風が冷たいみたいです。

昨日も今日も朝は6時前に目が覚めましたが、
ホント明るいですね。
でも、4月2日からはサマータイム。
今の朝6時が7時になってしまいます。

今日の聖書の箇所。
詩篇の36-46編を読みました。
特に心に留ったのは46編の「力を捨てよ」という言葉。
口語訳では「静まって」と訳されていますが、
新共同訳の言葉もいいですね。
もっと積極的に「力を捨てよ」というわけです。
私たちは力を持っている、力にしがみついている。
だから、意識的に、意志的に「力を捨てる」という経験が、必要なのではないか、
と思いました。

私にとっての力とは何か、
才能?周りの人の助け?自信?
それらを捨てて、
神様を一番に頼りにしていく、
それが自分の課題なんだろうと思います。
「私こそ神であることを知れ」
口語訳で慣れ親しんだ言葉です。
神が神であって、
神がすべてを支配しておられる力強い方であることを知ること、
私にとってとても大切なことだと思います。

主よ、
力を捨てよ、という言葉、
とても心に深く留りました。
捨てるべきモノが私にはまだまだたくさんあります。
あなたよりも他のモノをあてにしやすい者です。
どうか、あなたを、あなただけを見上げていく者としてください。
あなただけを信頼していく者としてください。




2006-03-22

どんな時にも

今日は月に1度のNY Dayです。
今日は朝は昨日よりぐっと冷え込みはゆるんで-2度でしたが、
すごく寒く感じました。

2つの理由でしょう。
1)風がある
2)自分が朝早くから外に出た+バスに乗り遅れて25分くらい待った。

まあ、主に2)の方ですね。
1月から始めた月に1度のNY Dayですが、
1月、2月より寒いみたいです。

で、今日はいつもよりバスが一本遅れたこともあるかもしれませんが、
先月もしたピープルウォッチ・帽子編ですが、
結構帽子かぶっている人多かったですね。
寒い時には帽子に限る、って本当だと思います。
ホテルのドアマンなんかはロシアの人がかぶるような、
ふわふわの帽子をかぶっていました。

でも、やはりスーツに帽子の人は少なかったかな。

天気予報ですが、
今日は天気がいいですが、
このあと週末にかけて、
雲が多く、
雨や雪もぱらぱらと降るかも、です。

なかなか暖かくなりそうにありません。
本格的な春は4月に入ってしばらくしてからでしょう。

で、今日の聖書。
今日はバスの中で、
詩篇26-35編を読みました。
心に留ったのは34編の最初のことば、
「わたしはどんな時にも主をたたえる」
どんな時にも・・・。
本当にどんな時にも主をたたえるって、言うのは簡単だけれども、
大変なことだと思う。
表題によるとダビデがサウル王を避けて、
アビメレクのところで、気が狂ったふりをした時の詩だというが、
そんな状況の中で、主をたたえる、って自分はできるだろうか?

今、自分は主を心からたたえているだろうか?
いろんな心配事がある中で、
心を痛めるようなことがある中で、
私自身は主をたたえているだろうか?
苦しい時、つらい時、痛い時、
主をたたえているだろうか?

たたえるような者となりたいと思う。
主を心からたたえるような者となりたいと思う。

昨日はほぼ1年ぶりに
BTのPrayer Meetingに行ってきました。
祈ること、大切ですね。
自分、ホントに神様の前に「牧師」という立場も何もなく、
一人の人間として出られるあの時は特別な時です。
今回はかみさんも一緒。
二人並んで神様の前に出られたのも良かったです。

で、Prayer Meetingの中で賛美した曲に
Here I am to Worshipという曲があったのですが、
その中で "Here I am to worship, here I am to bow down..."というくだりがあります。
その「私は神の前にひれ伏すために来ました」という言葉が、心に留りました。
私たちはみんな神様の前にひれ伏すために教会に来ている。
この姿勢が本当に大切だと思いました。

誰かが教会をコントロールしようとするのではない、
主の前にみんなひれ伏す。

主よ、
いつでもあなたをほめたたえることができますように。
痛みの中で、悩みの中でも、
あなたのすばらしさを知ることができますように。
無理をしてではなく、
心からあなたをほめたたえることができますように。

2006-03-21

自分の力ではなく神の力

今日の雪はやはりありませんでしたねー。
それよりも今朝の冷え込み。
-6度くらいまで下がりましたね。
寒かったです。
11時になっても3度くらいしかありません。
そして、この先を見ても、
今ほど寒いのはないと思いますが、
結構肌寒い日が多いみたいです。

今度の週末は少しにわか雨やにわか雪が降るかもしれません。
上空の低気圧、ってやつです。

日本では21日が春分でしたが、
こちらでは、時差の関係で20日でした。
でも、こちらでは春分と呼ばないで、
the first day of springなんですね。
春が昨日始まったんです。
実感的にはそうですよね。
日本の立春は2月の初め、一番寒い「寒中」を過ぎた時。
でも、2月の初めはまだまだ春って感じではないですから・・・。

ま、とにかく、早く暖かくなってくれ、と。

今日は詩篇16-25編を読みました。
特に心に留ったのは20編8節(新共同訳)。
馬を誇る者、戦車を誇る者、そういう人たちもいる。
でも、私たちは神を、神ご自身を誇る。
神ご自身の御力を待ち望む。
私たちの教会はこの地域では一目置かれるような、
マンパワーを持っているかもしれない。
でも、それが教会の力ではない。
それが教会のほこりになってはいけない。
ただ、主が、主の力が教会の中心で、
主の御業が教会の誇り、
主によって支えられている人々、
主によって造りかえられた人々、
それが、ただ、主の御業であることを、
感謝して喜んで、告白して止まない人々、
それが教会の力だ。

主よ、
どうかあなたの御業を拝させてください。
あなたの御力を見せてください。
もっともっとあなたによって造りかえられる方々を
起こしてください。
そして、あなたのすばらしい御業が
人々の目にも示されるほどに、
明らかにされるほどにしてください。

私はあなたを誇りとします。

あなただけを誇りとします。


2006-03-20

主の与える平安

今日も最低気温は-2度。
10時半になっても2.4度Cしかありません。
結構寒いですよね。
でも、ここ一両日が底で、
週末にかけて寒さもゆるんでくるでしょう。
そして来週後半くらいには春らしくなってくるのでは・・・。

火曜日の雪ですが、
今度はNAMから消えて、
GFSの方で少しかかってきています。
各社の予報でも20パーセントくらい。
だから、多分降らないだろうけど・・・、
という感じだと思います。
私もそう思っています。
多分降らないだろうけど、降ったらゴメン、みたいな。

いやあ、天気予報の仕事って大変だと思います。
基本的に悪い方に予想しておくべきだと思いますが、
(よい方に外れて言われる文句より、悪い方に外れて言われる文句の方がきついでしょう)
今朝も日本のニュースで冬山の遭難が相次いでいる、と言っていましたが、
海や山の方にとっては命が関わっていますから・・・。
都会人のように「降ったらゴメン」で済む話ではないですからね。

で、今日の聖書。
今日から詩篇に入りました。
詩篇、この通読が一気に終わってしまったら、
また一つずつ、丁寧に読みたいと思いました。
でも、今回は一気に1-15編。
心に留ったのは4編の最後の言葉。
(口語訳、新改訳と、新共同訳では節の付け方が少し違うので、とにかく最後の言葉)
あなたによって、私は平安の内に眠ることができる、
という言葉。

神様の与えて下さる平安、ということを思いめぐらしました。
神様が平安を与えて下さるから休むことができる、
これほどの幸いはないと思いました。
安心して眠れる。
それは本当にすばらしことだと思います。
今、自分は平安で眠れることが多い。
でも、いろんなことが起ってくると、
自分は眠れなくなる人間だということは経験から知っている。
だから、そんな中でも眠ることができるような主の与えて下さる平安、
状況に左右されない主の平安をいただきたいと思いました。

主よ、
あなたの平安を与えて下さい。
何も問題がないから休める平安を超えて、
問題の中でも与えられる、
状況に左右されない平安を私に与えて下さい。
どうか、あなたの平安で私を満たして下さい。

教会の一人一人にもその平安を与えて下さい。
主よ、あなたの平安を与えて下さい。

2006-03-19

聞くこと

昨日の記録をクリアすることを忘れていて、
今朝の最低気温はわからないのですが、
それほど冷え込みませんでしたね。
やはり-2度くらいかな。

今9時半ですが、2.3度C。
あまり高くは上がらないでしょう。
そして、火曜日の雪ですが、
まだGFSとNAMでは意見が分れていますが、
NAMでも、雪の量はたいしたことないと予想しています。
同じ低気圧の影響で、
今日から明日にかけて、
ネブラスカの方では60センチくらいの雪になりそうとか。
春の雪は降る時は降りますからねえ。

こっちもまだわかりません。

今日はヨブ記を最後まで読みました。
38-42章です。
神様がヨブに声をかけられるところです。
42章4節の神様の言葉が心に留りました。
「聞け、私が話す」
神様に聞くこと、
自分が語るのではなく、
自分が話すのではなく、
自分の思いを言って回るのではなく、
神様に聞くこと、
それが大切なことなんだと思いました。
何か、私に向かって語られているように思いました。
「聞け、わたしが話す」

主よ、
あなたに聞きます。
私が語るのではなく、
あなたに聞きます。
どうか、あなたの御声を聞かせてください。
あなたの語りかけを与えてください。
そして、あなたの語ってくださったこと、
私に語ってくださったことを、
分ち合うことができますように。

今日の礼拝も祝福してください。
一人一人を励まして送って下さい。
そして、あなたを中心とした、
御言葉に聞く、礼拝として下さい。

2006-03-18

神を信じているのに・・・

今朝は-2.5度C。
東京だったら十分真冬ですね。
昼頃でも4.5度Cです。
でも、とにかく太陽が明るい!
それだけで十分、ってかんじです。

で、来週の火曜日の雪ですが、
GFSでは昨日同様、寒くて晴れ。
低気圧は南にそれる予報です。
NAMがその低気圧がこちらの方に上がってきて、
少し雪を降らせる予報を出しています。

どっちをとるか?
春の雪も楽しいでしょうが、
やはりいろいろ大変なので、
南にそれて欲しいです。

今日の聖書はヨブ記32-37章。
エリフの言葉です。
このエリフは最後に神様に「間違ったことを言った」と言われた
3人とは別にされているので、このエリフの言ったことをどのように評価したらいいのか、
わからない部分があるのですが、
私自身は読んでいて、やはりこのエリフも他の3人と同じレベルのことを言っているように感じました。
逆にエリフが引用しているヨブの言葉に心が留りました。
34章9節の「神に喜ばれようとしても何の益もない」です。
もちろん、これは間違った言葉です。
でも、これはヨブの心からの本心の叫びだったのではないでしょうか?
気軽にこんなことを言うのは間違いでしょう。
でも、ヨブは真剣に神に従い、
1章でも2章でも、苦しみも神様が与えるものとして受け取っていたのです。
真剣に神にいつも祈っていたのです。
真実に歩んでいたのです。
その中でのこの苦しみ。
真剣に従ったことがなければ、
これは不遜な言葉でしょう。
でも、ヨブは本当に神に喜ばれる歩みをしたのです。
神がサタンに自慢するほどヨブを喜んでおられたのです。

「私は神に従っているのに、どうしてこんなことに出会うのだろうか」
この叫びはまさに主に真実に歩んでいる者たちが挙げる時に、
初めて意味のある言葉になるのではないでしょうか?

それほど真実に主に従いたいと思いました。

主よ、
私があなたの前に真実に歩めますように。
あなたの前に誠実に歩めますように。
こころから、
「私は主の前に歩んでいるのに、どうして・・・」と
心に一点の曇りもなく、
後ろめたい気持ちもなく、
心から叫ぶことができますように、
私の歩みを導いてください。
私をきよめ、
あなたの御心を行う者としてください。

2006-03-17

私から神が見えなくても、神から私は見えている

今朝は久々の氷点下。
-1.5度Cでした。
昼間はそこそこ上がって、
8度くらいだったでしょうか?
本当に明るくなりましたね。
窓の外を見るとああ春だなあ、と思います。
また日の当たっているところを歩くと、
気温ほど寒く感じません。

実際、もうこれから最低一週間は10度以上には行かないでしょうから、
これが当たり前だと思った方がいいですね。
accuweather.comでは15日間の予報・・・これ当たらないですが、
17日午後4時現在の予報で、ずっと10度以下です。

「先週末の暖かさをもう一度」なんて思わないことですよね。
大体、6-8月は暑い日が多いんですから。

あと、ずっと寒くて、一気に暖かくなった方が、
花粉症の期間が短くていいかも、
なんて楽観的な期待もしています。

突然、という感じですが、
来週火曜日に次の雪の可能性が出てきたみたいです。
これもあまり期待しないで注目していきましょう。

今日の聖書はヨブ記の22-31章です。
ヨブの友人達の言葉は乱暴な、短い言葉になってきます。
そんな中で、一つ一つ答えていくヨブの言葉の中で印象的だったのが、
23:10の言葉でした。
ヨブは自分から神様のことは見えなくなってしまっていたかもしれない、
神様のことがわからなくなっていたかもしれない。
でも、神様が自分をご覧になっておられることは、
自分の歩む道を見ておられることは
確信していたのです。

本当にそうだなあと思いました、。
私も自分の方から神様が見えなくなる時がある、
神様がわからなくなることがある。
どう祈ったらいいのか、
どう聞いたらいいのか、
わからなくなる時がある。
でも、そんな時も、神様の方は私のことをずっと見ていてくださる。
いつでもわかっていてくださる。
だから、安心していいんだ、と思いました。
この時だって、
「ヨブの信仰がおかしくなった」わけではないのだと思います。
でも、私たちは、神様のことがわからなくなると、
「自分の信仰がおかしくなった」と思うものです。
でも、主が確かに私のことを見ていてくださる、
それを信頼するのが私たちの歩み。

神様、
あなたがいつもいつも、
私があなたのことがわからなくなる時も、
共にいてくださること、
共に歩んでくださること、
私のことを見ていてくださること、
信頼して感謝します。
あなたを信頼する思い、
そこに生かしてください。
私の目を開いて、
あなたを見せてください。

今日、これからの集会を祝福してください。
あなたが共にいて下さることに、
私たちの目を開いてください。


2006-03-16

神が私を弁護してくださる

寒いですねー。
今朝の最低は0.0度。
ちょうどぴったり0度でした。
いやあ、一度暖かさを経験してしまうともうダメですね。
でも、これから数日、この寒さです。
というか、週末はもっと寒いと思います。

金曜日の雪の予報はすっかりなくなりました。
低気圧が南にそれて、
弱くなる、という予想に変わり、
なくなってしまいました。

次の可能性は、来週の後半ですね。
それまでは、大体晴れ。
それで朝は氷点下、
昼も10度以下の毎日です。
ここはじっと我慢ですね。

今日の聖書は
ヨブ記の15-21章です。
ヨブの友人達がヨブに
「何か罪があるのではないか、神を責める資格があるか?」
と責めるのですが、ヨブは、かえって、
「神様ご自身が私の味方になって下さる」
という思いに導かれていくのです。
特に16:19-20が心に留りました。
誰が味方になってくれなくても、
神が味方になってくれる、
それだけでいい、
ヨブは苦しみの中で、
自分を理解してくれない友の言葉に
傷つきながら、そのように思わされるのです。

私はどうかと思いました。
人がわかってくれることを求めて、
神の導きよりも、人の言葉に振り回されることのいかに多いことか。

神の前に真実に歩むことを本当に真剣に求めているだろうか、
そこに生きているだろうか、
そのように問われました。

それでいい、主が味方であればそれでいい。
もちろん、人もわかってくださる方々が与えられている、
でも、第一に神様に聞き、
神様の導かれるところに歩んでいく者でありたいと思いました。

神様、
いつも、あなたのみ声を聞いて歩む者として下さい。
あなたが味方してくださることに
感謝しながら、あなたの御心を求めて歩ませてください。
人のサポートを感謝すると共に、
人の顔色に支配されることがありませんように。

2006-03-15

神を信じるからこそ

今日はサーバーの調子が悪かったようで、
やっとアップデート出来ます。

今朝は久しぶりの1.5度。

明日の朝はもっと冷えて、
多分氷点下でしょう。

風が冷たくて、
昼間の温度も7度くらいまで。
冬に逆戻りですね。

風は今日で収まるでしょうが、
これくらいの気温、しばらく続くようです。


昨日は思ったよりも暖かくなって、
17度くらいまで行きました。
そして、クロッカスも全開しました。


これからどんどんいろんな花が咲いてくるのでしょう。
楽しみ楽しみ。

今日の聖書は、ヨブ記の8-14章を読みました。
ここら辺になると、ヨブの友人達の議論もあまりにも乱暴に思えてきます。
そして、ヨブの言葉の中に、きらりと光る言葉が出てきます。
今日は13:16が心に留りました。
神を信じているからこそ、苦しむ時に悩む。
神を信じていなかったら、
悩まないのかもしれない。
ただ、偶然重なったとか、
運が悪かったとか。
でも、神を信じるから、
神の力と神の愛を信じるから、
神の最善を信じるから、
私たちは悩むのではないだろうかと思う。

そして、愛しているから、
自分を愛し、
友人を愛し、
仲間を愛し、
家族を愛し、
周りの人々を愛して、
また尊いいのちを愛しているから、
「どうしてこんなことが・・・」
と思うのではないだろうか?

ヨブ記、自分には深すぎると思う。
本当に苦しみにあった時に、読んだら、
どんな風に感じるだろうかと思った。

神様、
あなたを信じ、
あなたと共に歩む幸いを感謝します。
あなたと共に歩んでいる中で、
感じる疑問、葛藤、
ごまかさないで、
あなたにぶつけていく勇気と力を与えてください。
苦しみの中を歩む時があったならば、
どうか、この聖書の言葉を思い出させてください。
苦しみの中で聖書を読む力さえも失ってしまうことがあったら、
どうか、このヨブの苦しみの中での叫びを思い出させてください。
そして、彼をあわれんで、
答えを下さったあなたのことを
思い出させてください。

2006-03-14

わかっているけど・・・と思うほどつらい時

今朝は暖かくてやはり10度以上。
今9時半ですが、やはり13度くらいあります。
でも、今日はこれ以上、上がりません。
逆に下がっていきます。
そして、夜には0度くらいに下がるようです。

しばらくは「忍耐」です。
4月になって、急に暖かくなって、
一気に花が満開になるのを待ちましょう。

こちらでは、
「3月はライオンのようにやってきて、羊のように去っていく」
という言葉があります。

天気のことだと思います。
3月の初めの頃はまだまだ冷たい空気が支配的な中に、
暖かい空気が無理矢理入ってこようとする、
それで、雷や竜巻が起りやすい。
また雪が降ったりすることも多い。
でも、終わる頃には、ずいぶん空気が混じってきて、
冷たい空気が弱くなって、安定してくる、
という意味です。

ここ数日、北東部は暖かくて、
lambの日みたいでしたが、
全米レベルで見ると、
たくさんの竜巻の被害があって、
まさにlionの日々でした。
そして、このあと数日は冷え込みますが、
全米レベルで見ると、ずいぶん安定した日が続くようです。

今日の聖書。
今日はヨブ記の3-7章。
2章まで模範生のようだったヨブが、
友人達の出現によって、
荒れるんです。
そして、読んでいると、
友人達の言葉の方が
「うーん、そうだよな」と納得する部分が多いのです。
そして、ヨブの方はというと、
「自分は生まれなければよかった」
「もう死んだ方がましだ」という表現が続きます。

どうなってしまったんだろうと思いますが、
それは多分、今、自分に痛みが与えられていないからかもしれません。
本当につらい中で、苦しんでいる中で、
感じることと、
日常生活が守られている中で感じることとは、
全く違うんだなあと思います。

だから、
7章16節のヨブの「いつまでも生きていたくない」
という言葉に、
「そんなこと言うなよ」
なんて簡単に言えないような気がします。

消えてしまいたい、
死んでしまいたい、

そのように感じるほどにつらい時、というのが、
私たちにはあるんじゃないかと思います。
そして、そんな時に、
紋切り型の通り一遍の言葉が届かない時、
ってあるんじゃないかと・・・。

神様、
今苦しんでいる人たち、
人の言葉も、
励ましの言葉も、
届かないほどの
痛みの中にある人たちに、
主よ、あなたが触れてください。
私たちに愛を与えてください。
その方々に届くほどの愛を与えてください。
届かない時に、それを受け止める愛を与えてください。

愛を与えてください。


2006-03-13

幸いをも災いをも

昨日の国際飢餓対策機構の先生をお迎えしての
礼拝と礼拝後の報告会、
本当にすばらしかったです。
短い時間でしたが、飢餓対策機構が
どんなに人々のことを愛し、考えて活動されているかが、よく分かりました。


そして、自分もそういう生き方がしたいと、
単純にそう思いました。

そして、先生達を無事、空港にお送りして・・・。

帰ってきたら、

庭でクロッカスが咲いていました。
昼間は開いていたのですが、
夕方にはしっかりつぼんでいます。


このクロッカス、
前から植わっていて、
毎年同じところに花を咲かせます。

明日また開くでしょうか?

今日は暖かい一日でした。
20度くらいまで行きましたね。また。
でも、party is overです。
明日からは現実に引き戻されます。
寒くなりますよー。
お気をつけて。
金曜日、雪の可能性あり。

たいしたことはないでしょうが・・・。

今日からヨブ記に進みます。
今日は1-2章を読みました。
急にすべてを失ったヨブ。
最後に残ったのは自分のいのちと妻の存在。
でも、その妻には冷たい言葉を受けます。
その中で、彼は
「主が幸いをも与えてくださるのだから、災いをも受けるべきだ」と
妻に語るのです。

今日は、単純に、
この言葉を自分もそのまま受け取りたい、
そのまま語りたいと思いました。
自分がそのような立場に置かれるのはいつか分かりません。
また、自分がその立場に置かれたら、
すぐにこの言葉が出てくるかどうか分かりません。
でも、このような生き方をしたいと思いました。
主はいろんなものを与えてくださっているのだから、
奪われるもの、失うものがあっても、
それも主の御手の中にあること、
と受け取ることができるようにと願います。

神様、
あなたの与えてくださっているたくさんのもの、
感謝します。
どうか、私の心に感謝を与えてください。
感謝を満たしてください。
どうか、あなたへの感謝を満たしてください。
そして、もしも、それを失うことがあっても、
悲しみ、痛みの中でも、
それを受け止める力を与えてください。

2006-03-12

人の思惑と神のみわざ

今日の朝も10度。
うーんいいですね。
でも、この暖かさ、うれしすぎて、
あさってから帰ってくる冬にちょっと恐れを感じています。

昨日も先生をお迎えするために準備をしつつ、
家族で春を感じていました。
解放感を感じていました。
でも、また寒くなると、体が縮こまるんですよね。

3月後半、ホントに寒くなりそうです。
覚悟しましょう。
でも、外は明るいですから、それが救いでしょう。

今日は暖かくて、午後は雷雨があるかもです。

今日の聖書はエステル記の後半、5-10章です。
ハマンのたくらみ、エステルの苦悩、モルデカイの期待、
そして、一番何も分かっていなかった王様。
いろいろな思惑が交錯しています。
また、ハマンは自分が王様に重んじられていることを喜んで、
6章では、王様はモルデカイに栄誉を与えようとしているのに、
それを自分に与えようとしているのだと勘違いをしています。
いろんな考えがみんなすれ違っているのです。

教会でもあります。
いろんな考えがすれ違っていきます。
同じクリスチャンだからと、
同じ教会のメンバーだからと、
みんな当たり前のように自分と同じ考えを持っていると思いこみます。
それが少しずれたりすると、
すれ違ったりすると、
それは本当は当たり前のことなんですが、
どういうわけか、「信じられない・・・」なんてことになります。

・・・甘えです。

教会でいうならば、お互いの声を聞くこと、
お互いの考えを表すこと、
それが大切なんだと思います。

エステル記でも、
最終的には「神の御心だけが堅く立つ」ということも
感じます。
でも、エステルが勇気を出して、
祈りつつ、自分の願いを王に表したこと、
それがターニングポイントになりました。

神の御心を信じて祈りつつ、
でも、その御心の中で、私のなすべきことは何かと、
問いつつ、進んでいきたい、そう思わされました。

主よ、
人にはいろいろな思惑があります。
それがすれ違ったり、
ぶつかったり。
私たちはそんな中で、あなたの御心だけが堅く立つ、
ということを知っています。
でも、その御心の中で、私のなすべきことが何か、
私は何をなすべきなのかを教えてください。
エステルが勇気をふるって、
王の前に出て行ったように、
私もある時には自分の存在をかけて、
対決する勇気を与えてください。

今日の礼拝にあなたのご臨在を表してください。
あなたの御力を拝させてください。

2006-03-11

この時のためにこそ・・・

今日も暖かかったですね。
昨日ほどではありませんでしたが、
それでも20度近くまで温度が上がりました。
今、夜の11時半。
11度もあります。

今日の夕方、
ロスから日本飢餓対策機構の辻本先生ご夫妻をお迎えしました。
ロスが寒くて、ニュージャージーが暖かくて、
驚いておられました。
先生方のお話を皆さんより一足先にいろいろお伺いして、
家族一同、すでに刺激を受けまくっております。
慣れないところに行くとすぐにお腹をこわす私は、
そちら方面の働きは無理だなあ、なんて勝手に思っておりましたが、
もしも、許されたら・・・なんて思い始めております。(影響受けやすい・・・)
明日の礼拝と礼拝後の報告会が楽しみです。

今日の聖書の言葉。
今日はエステル記に進み、4章まで読みました。
4章のモルデカイのエステルに対する言葉、
「あなたが王妃になったのはこのような日のためではなかったか・・・」
心に留りました。
今、私がここに生かされているのも、
ここにあることも、
この働きを与えられていることも、
この家族が与えられていることも、
友人が与えられていることも、
才能が与えられていることも、
すべて、意味がある。
神様の目的がある、
そのように思わされました。
そこに生かして頂きたい、
そのように思いました。
一つ一つの出来事の中で、
自分のなすべきことを
させて頂きたいと思います。
自分のなすべきことに気がつくことの大切さも
思わされました。

主よ、
私のなすべきことを教えてください。
今、私がここにいることの目的、
一つ一つの出会いが与えられている目的を
教えてください。
そして、そこに生かしてください。
気がつかせてください。
明日の礼拝を祝福してくださいますように。

2006-03-10

どんな賛美も及ばない主の御名

「春」が来ましたー!
すごい!朝は4度まで下がりましたが、
今午後3時ですが、23度ですよー。
ホント、春はいいですね。

家の中が20度、外が23度ですから、外の方が暖かいわけで、
家の窓をガンガン開けて、
外の空気を取り込んでおります。

まだ、花粉の心配もありませんし・・・。

明日も、あさっても、その次も、
ここまで上がらなくても、15度以上は大丈夫でしょう。

でも、でもですよ。
来週の後半は最高気温が5度くらいの予想です。
気をつけて下さいねー。
この寒暖の差が風邪ひきのもとです。

そして、今から注目が、
17日と24日、両方の金曜日です。
まあ、1週間先ですからね。
でも、winter stormの可能性もあります。

で、今日はネヘミヤ記の9-13章を読みました。
特に9章の賛美と祈りの言葉をゆっくりと読みました。
そして、その最初の賛美の言葉の中の、
「どんな賛美も及ばない神の御名」という言葉に目が留りました。
そうなんですよね。
当たり前のことなんですが、
私たちの賛美も
神様のすばらしさの前には
なんて稚拙なんだろうということになるのだなあ、
と思います。

神様のすばらしさの前には、
私たちはただ、言葉を忘れ、
感謝に溢れるだけ。
窓から外に目を向けると、
ああ、神様の造った世界はなんてすばらしいんだろうと、
そのことを感じさせられる一方で、
私たちの言葉なんかいらない、
と思います。
ただ、ただ、ゆっくりと動いていく時間の中で、
神様の恵みを感謝していきたいと思いました。

少し時間をいただいて、
祈るためだけに、
神様の大きさを感じるためだけに、
ゆっくり過ごすのもいいかも、と思います。

神様、
もっとあなたのすばらしさを知りたい。
もっとあなたのすばらしさの中に生きたい、
そう思います。
どうか教えて下さい。
どうか感じさせて下さい。
そして、歌を与えて下さい。
あなたの造られたものの中に、
あなたの恵みの導きの中に
歩んでいく者としてください。
両手を広げていっぱいに風を感じる者としてください。

2006-03-09

主ご自身を喜ぶこと

昨日もちょっと遅くなり、
今日も朝から、忙しくしていて、
うーん、ちょっと静まれなかったかなあ。
仕事の合間のできた時間で祈るのではなくて、
祈りの合間に仕事をする・・・。
なかなか難しいことだと思いました。
でも、今日もこのように短くても聖書を読んで祈れるのは幸い。

朝の家庭集会も、
午後のKids Clubもそれぞれ有意義な時でした。
多くの方々にお会いすることができて、
子供達も喜んで・・・。

更に一人一人の魂に触れるような働きができますように。

今日は12度まで温度が上がりました。
今、夜の11時ですが、7度もあります。
いいですねえ。
明日は18度まで上がる予想です。
午後は「春」でしょう。

明日も午前・夜・深夜と集会があります。
忙しさに飲み込まれてしまうことがありませんように・・・。

今日はネヘミヤ記の8章だけを読みました。
「主を喜ぶことはあなた方の力です」
いい言葉です。
主のどこを喜ぶのでもなく、
主が何をして下さったから喜ぶのでもなく、
「主を」喜ぶのです。
主ご自身すべてを喜ぶのです。
私たちのすべてを愛して下さっている
主にお答えして、
主ご自身を喜びとするのです。
ああ、やはり「祈りの合間の仕事」の方向性と通じるものがありますね。
主を喜びとできますように。
それが私の生活の中心となりますように。

主よ、
今日の一日をありがとうございます。
一つ一つの出会いをありがとうございます。
どうか一人一人の心の中に、
その奥底の魂の中に、
御言葉が留まりますように。
あなたの御言葉が一人一人のうちで芽を出し、実を結んでいきますように。

今日は夜になるかもです

今朝は暖かい朝。
5度Cもあった。
天気は曇りで一時雨。
これで晴れたらぽかぽか陽気なのでしょうが・・・。

土曜日にちょっと期待しています。

今日の更新は夜になってしまうかも、
それもちょっと遅く。

ではでは。
よい一日を祈りつつ。

2006-03-08

山が大きい時・・・

今朝は寒かったー、
って、-5度だったし、
別に外に長い時間いたわけではなかったんだけど、
だんだん暖かくなるぞー、っと楽しみにしていた分だけ、
寒かったです。

でも、順調に気温が上がり、
10時半で3.5度C。
もう、氷点下の朝は1週間くらいお別れです。
やったやった!
毎日、10度を超えるでしょ。
でも、雨とかも降るみたいです。
で、あまりそれに慣れすぎると、
来週後半から、また寒くなるのがしんどいかも・・・。
特に20日以降。

でも、「暑さ寒さも彼岸まで」のお彼岸が近いですからねえ。
4月はもう昼の方が夜より長いですからねえ。
4月といえば、サマータイムですよ。
あと1ヶ月もすると、サマータイム。
7時とかまで楽勝に明るいわけですね。
楽しみ楽しみ。
これで花粉さえなければ・・・。

で、聖書です。
今日はネヘミヤ記1?6章。
昨日のエズラ記に続いて、
捕囚からの帰還と、城壁、神殿の再建がテーマです。
今日は4章4節の民の嘆きの言葉に心が留りました。
山が大きいのです。
大きな山を目の前にして、
人々は力を失いました。
やる気が失せていました。
そんな中で、ネヘミヤは祈り、人々を励ましたのです。
このような力が失せるような出来事は時々あります。
無力感に襲われたり、
言葉にしがたい無気力に苛まれたり。
自分のことならまだ何とかなっても、
そんな気持ちに支配されてしまった人々を見ると、
どうしていいのか、分からなくなります。
ただ、待っていた方がいいのか、
それとも励ました方がいいのか、
そばにただたたずんでいるだけでいいのか、
一つ言葉をかけた方がいいのか、

神様、
どうかわたしの歩みを守ってください。
言葉を与えてください。
愛を与えてください。
私自身が行き詰まった時に、
あなたの言葉がどれだけ力になったでしょうか?
どうか、今行き詰まっている方に、
問題に捕らえられてしまっている方に、
無気力になったり、
鬱になってしまっている方に、
主よ、あなたの御言葉を語ってください。
もしも、私を用いられる時があるならば、
教えてください。
示してください。



2006-03-07

神の前に身をかがめ・・・

今朝は-3度C。
ここのところ、大体こんなもんですね。
今9時前ですが、もうプラスの1度になっています。
朝が氷点下になるのも明日までかな。
週末に向けてどんどん春めいてきます。
楽しみ楽しみ。
花粉症対策も始めておかなければ・・・。

昨日の午前中は地区の牧師会。
夜はNYでVIP Clubの集まり。
このVIP Clubは
神の目から見て、Very Important Personという意味でのVIP(^^)
とってもよかったです。
リラックスした集まりでした。
30人以上来られていました。
たくさん語りを入れながらギターを弾いてくださったH氏。
とっても深い人柄が現れていました。
教会でもやってほしいなあーです。
それから喜びに溢れて、
「今このように自分が神様のすばらしさを語っていること自体が神様のすばらしさの証です」
と生き生きとお話ししてくださったN氏。
こちらも教会でも・・・と思いました。
礼拝の中に証しタイムも入れちゃおうかなあ。
自分が育った深川教会では、ありましたよ。礼拝の中に証しタイム。
そして、聖書からのメッセージは私自身がお話ししましたが、
聖書の言葉にはいつも感動です。
感謝。

今朝は教会で朝の祈り会。
といっても、誰も来られず一人祈りの時でした。
でも、神様に語られて、恵まれて、帰ってきた時にはゴキゲン。
ハレルヤ!

春に向けて、
ちょっと早いかなあ、と思いつつ、
どうしても、なんか種を蒔きたい症候群に襲われています。
多分、今日にでも、レタスの種を蒔いてしまうでしょう。
家の中で苗を作って、
育った苗もヨーグルトのカップ再利用の植木鉢に植えておけば、
遅霜が来ても、家の中に避難させればいいんだから・・・と自分に言い聞かせています。

ということで、聖書の言葉。
今日はエズラ記を読みました。
一気に10章全部。
バビロン捕囚からイスラエルの人々が帰ってくるところです。
今日心に留ったのは8章で、エズラが神の前に旅の安全を祈るところです。
彼は王様から護衛をつけてもらうことにためらいを覚えました。
自分の信仰が試されているかのように感じたのです。
そこで、彼は人々に告げて、断食して祈ろう、というのです。
昨日出会ったある方も、
教会が試練を通る中で、
みんながとにかく祈ろう、共に祈ろう、というところへと導かれたことを
お話ししてくださいました。
エズラは「神の前に身をかがめて」祈った、と書かれています。
本当にそのように主の前に出て祈る者でありたいと思います。
断食してでも、
とにかく集中して祈ったのでした。
自分もそのような時が必要であることを感じています。

神様、
私もあなたの前に出て祈ります。
他のことから解放されて祈る時を持ちたいと思います。
どうかわたしを導いてください。
私をその深みへと導いてください。
祈りの喜び中で歩む者としてください。
あなたが守り、ささえて下さる方であることを、
いつもいつも感じることができますように。


2006-03-06

安息の時

昨日は暖かくなって、
プラスの7度くらいまで行きました。
雪もすっかり融けました。
で、今朝の最低気温も-2.4度C。
冬の最後のあがきでしょうか?
もう一あがきあるんでしょうか?
この先10日間の予報を見てみると、
冷たい空気は主にアメリカの西半分に流れ込むみたいです。

東京では「春一番」が吹いたようですが、
これは立春の後に最初に吹く暖かい南風。
アメリカ北東部では、おそらく今度の土曜日あたり、
そんな日になるのでは・・・。

それで思い出しましたが、
東京とニューヨーク、
寒さの厳しさは大きく違いますが、
同じ「大陸の東側」にあって、
結構気候的に似ている+東京の天気が1週間遅れでNYでも起る、
という、考え方があります。
これ、teleconnectionといって、
本当に専門家が言っていたりします。
さて、今度の週末、ニュージャージー版「春一番」は吹くでしょうか?

で、今日の聖書。
今日は歴代誌下の29-36章を読みました。
ヒゼキヤの生涯から、エルサレムの滅亡まで、
歴代誌の最後まで行ってしまいました。
歴代誌の最後のところ、
エルサレムがバビロンのネブカデネザル王によって滅ぼされてしまった時、
その地は「安息を得た」という言葉が心に留りました。
心に留る、と言うよりは最初には「ひっかかった」と言ったらいいでしょうか?
何が安息なんだろう、と思いました。
神の裁きによって滅ぼされた王国、
征服されてしまった地、
何が「安息」なんだろうか、と思いました。
でも、その言葉を思いめぐらし、
いくつかの本を読んでいる中で、
神様がパレスチナ=イスラエルの地に無理矢理にでも「安息」を与えられたのでは?
そんな思いが与えられました。
私たちには本当に「安息」が必要なんだ、
安息の中に生きることが必要なんだ、
と思いました。

今日、私は安息日です。
いろんなことがありますが、
それでも安息日です。
「今日は返上かなあ」と思いつつ、
でも、「やっぱり安息日」と思いました。

何時間かでも、
ただ、主と共に歩むことだけを思い、
主の許に休らい、
出かける時にも、リラックスした集まりに参加して、
主の許で安らぎたいと思いました。

安息日は「何もしていない自分」にも価値を見いだしていく日、
「何もしていない自分」も主は愛し受け入れてくださっていることを、
感謝する日。
心から感謝しました。

主よ、
あなたが私に安息日を与えてくださっていることに心から感謝します。
今日の一日を感謝します。
あなたの平安を覚える者としてください。
自分の存在自体を受け入れてくださっていること、
何かをしている、あなたのために何かをしている私ではなく、
私の存在自体を受け入れてくださっていることに、
心から感謝します。

今日の一日をあなたの喜びと平安で満たしてください。

2006-03-05

喜んでささげた

今朝の最低気温は-2度。
ずいぶん冷え込みはゆるんできました。
この調子で行くと、今日は6-7度まで行くのでは???

そして、毎朝氷点下が続くのも多分水曜日くらいまで。
だんだん暖かくなります!
今週の後半はもう春かな、って感じでしょう。

春になると、
今年はどんな野菜を育てようかなー、とワクワクしてきます。
芝生の手入れもちゃんとしないといけないんだけどね。
庭掃除も・・・。

春から夏はお天気牧師から、
お野菜牧師になってしまうかもしれません。
「野菜を大切にする以上に、人を大切に・・・」
ですよね。
でも、イエス様が「野の花を見てご覧なさい」と言われたように、
草花から学ぶこと、教えられることは大きいです。

今日は長くならないうちに聖書の言葉。
今日は歴代誌下の21-28章を読みました。
心に留ったのは、
24章で、ヨアシュ王の時、
祭司達が献金のアピールをすることをためらっていたのですが、
それを王が叱責して、アピールをした時に、
「高官も民も皆喜んで持ってきて、溢れるまでに箱に投げ入れた」
というところです。
私も献金のアピールはあまりしません。
義務と感じて欲しくないし、
イエス様の救いのすばらしさを知って、経験して、
喜びに溢れたら、誰にいわれなくても、
ガンガンささげるだろうと思うからです。
でも、この記事を読んで、思わされました。
自分は本当に皆さんを信じてアピールをしないのか、
神様の恵みを信頼してアピールをしないのか、
ただ、恐れているだけなのではないのか、
ただ、皆さんを信頼していないだけなのではないだろうかと。
もっと信じようと思いました。
もっと信じて、アピールすべき時にはしようと思いました。
喜んでささげる人々を主は用意しておられるんだからと・・・。

神様、
私の不信仰をおゆるし下さい。
その不信仰が「信仰」の皮をかぶったものであったことに、
罪深さを思い知らされています。
どうか、あなたを信頼して、
人々を信頼して、大胆に語る者としてください。
主よ、あなたが一切の必要を満たしてください。
すべてを与えてくださいますように。
勇気を与えてください。
恐れを取り除き、
人々を愛する者としてください。
ささげものをする祝福を、
思いっきりささげる祝福を経験する方々が更に起こされますように。

2006-03-04

私たちは弱いけど

寒いですねー。
今朝はやはり-6度。
そして、昼間、天気がよくて、
温度は上がっていますが、
3度止まりかな。

今朝は早朝祈祷会に行ってきたので、
更新が遅くなりました。

昨日の情報で、
この週末がSuper Stormの10周年、と書いたけれども、
それは間違い。

あれは94年にアトランタからNJに来る前だから、
93年だね。
もう13年前。
96年はBlizzardでした。
それは1月で、もうNJにいました。

東京でも86年、僕が大学を出た年、
聖書学院に入った年に、
3月末に大雪ありましたよね。
多摩地区ではホントにすごい雪。
日曜日で、ウチのあった、江東区では昼頃まで雨でしたが、
ニュースを見たら、渋谷は雪。
そして、ウチの方も、1時頃にみるみる雪に変わっていきました。

今年は春の大雪あるのでしょうか?

今日はお天気ネタだけではなく、
プリンターネタも一つ。
昨年の末に、
クレジットカードを使ってたまったポイントで、
調子の悪くなったプリンターと壊れたスキャナーを買い換えて、
両方が一つになっているC社のmp800というやつを
買いました・・・というか、ポイントでタダ。

買う前に、いろいろ価格.comとかで、
評判をチェックして、
研究したんですよ。

そして、これはCDとかDVDにも直接印刷出来る!
ということで、それもいいなあ、と思っていたわけです。
JOYJOY Campとかで、
キャンプの写真のCDとか、
スライドショーのDVDとか、
ラベルを印刷して貼って配っていたのですが、
それがはがれたり、
また反ったりするみたいで、
貼るのはよくないらしいんですね。
元々印刷用にできたDVDを買って、
それに直接印刷した方がいいんですね。
だから、これがいい!と決めました。

そして、CD印刷以外のことは、
いろいろ使っていました。
快適でした。

しかーし。

購入後一ヶ月くらい経ってから、
印刷用のDVD+Rを買って、
さあ、印刷してみようと思って気がついたのです。
ない、ない、ない、なーい!
どこを見ても、
どうやったら印刷出来るのか、
説明しているのがないんですねー。
なにー?と思い、
箱を見ても、HPを見ても、
CDやDVDのラベル印刷について何にも書いていないんです。

冷や汗がでました。
まさか・・・。

それで調べたら、やっぱりその「まさか」でした。

そのCDとかDVDに印刷出来る機能は、
北アメリカバージョンでは使えなくなっていることが・・・。

ゲーッと思いました。

何!っと思いました。

うかつにも、
それまで、一生懸命調べていたのは、
日本の情報。
英語版でもイギリスの情報とかも検索で引っかかってきます。
日本やヨーロッパで売られているものと、
アメリカで売られているものが違う、
それは良くあることですが、
全く型番が同じなら、電圧とか、ちょっと違ったとしても、
できることは同じだと思うじゃないですか!
型番は同じなのに、
アメリカ版では使えなくなっているとは・・・。
トホホ。

でもでも、
そんなことではめげません。
めげませーん。絶対に!
こんなサイトを発見して、やってみました。

日本から部品(トレー)を取り寄せて、
・・・その取り寄せにも、
「在庫がない」ということで、1ヶ月待ち。
取り寄せても、なかなかうまくいかなくて、
解決に3日かかりました。
ここにちょっと苦労の足跡を残しました。
英語、ちょっと変ですけどね。
(もちろん、空いた時間を見つけて・・・の3日間ですよ・・・念のため。)

C社もいろいろな都合で、
このような制限をしておられるのでしょうが・・・。

とにかく疲れましたが、最終的には大満足です。

ということで、
またまた長くなりましたが、
今日の聖書です。
今日読んだのは歴代誌下の17-20章。
ヨシャパテ王のところです。
心に留ったのは、20:12の言葉。
王様の祈りの言葉です。
「私たちには、攻めて来るこの大軍を迎え撃つ力はなく、
何をすべきか分からず、ただ、あなたを仰ぐことしかできません」
一国の主ともあろう者が、
敵を目の前にして、このような祈りを捧げるとは!
私も牧師として、このようなことが果たして言えるだろうかと思います。
やはりかっこいいことを言いたい、
こんなビジョンでやっています、
こんな見通しがあります、
必ず勝利です、
と言いたい。
「私には力がありません、何をしたらいいのかも分かりません、ただ、神様に頼るだけです」
そんなこと言えるだろうかなあ、と思います。
でも、本当にそうだったら、そのようにはっきり言うべきなんだと思いました。
そこに主が働いてくださって、勝利を与えてくださるんだなあ、と思いました。
主は私たちの弱いところに力を注いでくださる!
強がりは止めよう。
ありのままでいいんだ。

主よ、
ヨシャパテ王を救ってくださってありがとうございます。
あなたは今もこのようなことをしてくださる方であることを
信頼します。
あなたは御言葉通りに御業をなしてくださる方であることを信じます。
どうかどうか、私の弱さに、
教会の弱さに、
教会の一人一人の弱さに、
あなたの大きな力を、
あなたの圧倒的な力を表してください。
そのようなあなたの力を受け取ることのできる、
柔らかい器としてください。

2006-03-03

強く見えるものに頼るか、本当に強いものに頼るか

昨日は低い方になりましたね。
7-10センチくらい?
SleetやFreezing Rainが結構長くて、
止んでる時もあったし・・・。

今朝の最低は-6.4度C。
結構冷え込みました。
ですから、多分ガチガチに凍っていることでしょう。
(昨日の夜のうちに車をきれいにしておくんだったと後悔中・・・)

今日は一日氷点下でしょう。
ぎりぎりプラスになるかも・・・ですが、
とにかくまたさぶい。でしょうね。

でも、今のところ多分、
来週半ばまでは天気がよくて、
崩れそうな来週後半には
暖かくなりそうです?!
1月みたいに!
いやあれは異常でしたが、
今度はホントに春の足音です。
たのしみたのしみ。

でも、その来週の週末というのは、
SuperStormの10周年です。
その直前までアトランタは春だったのですが、
その時は吹雪でした・・・らしい。
その時は大学の春休みでフロリダに遊びに行っていた・・・。
帰れない・・・。
ものすごい風。
道の両側には竜巻の通った跡。
ガソリンを入れようと思っても、
停電でガソリンスタンド軒並みクローズ。
フロリダからジョージアに入る頃には、
もう雪がちらほら・・・。
アトランタへの帰還は断念。メーコンまで行って一泊。
こんなんだったら、フロリダで一日遊んでおいたらよかった・・・でした。

翌日、やっと帰ったアトランタは一面の銀世界でした。

長くなりました。

今日の聖書。
今日は歴代誌下8-16章。
ソロモンの後半から、レハベアム、アビヤ、アサと4人の王様が出てきました。
最後のアサ王のところで、
敵の大軍が襲ってきた時には、
神に頼ったので、神が勝利を与えてくださったこと、
しかし、その後に他の敵が戦いを仕掛けてきた時は、
他の王に頼って、勝利を得たこと、
そして最後には、そのことを譴責した預言者を投獄したこと、
考えさせられました。
本気で神様を頼っているだろうか?
本当に神様が導いてくださるなら、
本当に神様が与えてくださるなら、
勝利を与えられるのだと、
本気で信じているだろうか。
やっぱり人間的な力に頼っていないだろうか?
強く見えるものに頼っていないだろうか、
本気で神様を信頼しているだろうか、と思わされました。

自分がこのアサ王の立場だったらどうしただろうか・・・と。

バカのように、
本気で主を信頼するものとなりたいと思いました。
そのような歩みをしようと思いました。
計算高くなりたくないと思いました。

主よ、
あなたを信頼します。
どうか、あなたの御業を見せてください。
あなたが私の生涯に勝利を与え、
すべての必要を満たし、
すべてを与え、
私に元気を与え、
喜びを満たしてくださる方であることを、
信じます。
他のものに頼ることがありませんように。

2006-03-02

主が共におられて

やっぱり雪です。
8時頃から降り始めました。
最低気温は-3度でしたが、
今は上がって-1.2度です。
本格的になるのは午後から、といっていましたが、
すでにうっすらと白くなっています。
ここのところ冷え込んでいたので、
アスファルトもすぐに白くなりました。

学校も休みにならなかったし、
集会もできるでしょうが、
皆さん来られるでしょうか?
あ、早く終わってしまう可能性もありますよね。

今日の予想は10-20センチ。
今からこの調子だと、20センチの方が可能性が高いかも。

明日からはまた寒くて、
来週後半にやっと暖かくなるみたいです。

今日の聖書。
今日は歴代誌下1-7章を読みました。
ソロモンの歩みが書かれています。
特に神殿奉献の様子が中心です。

今日は読み始めて最初の言葉に釘付けになりました。
「彼の神、主が共にいて、彼を高め偉大な者とされた。」
何が、というわけではないのですが、
この言葉が心に留りました。
神が高めてくださる時に、
私たちは大いに用いられると。
「何もできません」とか、
「私なんか」なんていう必要はない。
ただ、ただ、
主が大きく用いてくださることを、
主が高めてくださることを、
待ち望んでいきたいと思いました。

主よ、
私を用いてください。
私は弱く小さな存在です。
でも、でも、
あなたが大きく用いてくださるなら、
それはうれしいことです。
ただ、あなたの御業を妨げることがないように、
あなたが大きなことをしようとしているのに、
私たちがそれを邪魔することがないように、
あなたの用い方に喜んで従うことができるように、
助けてください。

あなたご自身が私を満たし、
私をささえて下さる方であって下さいますように。

2006-03-01

warningが出ましたね

午後になって、
winter storm warningが出ましたね。
4-7インチ、つまり10-18センチくらい。
たいしたことがないことを祈りつつ。

来週の火曜日のstormは大きく東にそれて、
大西洋で発達するようです。

すべては主が与えてくださったもの

今朝も-5.1度C。
そこそこ冷えましたが、ずいぶんゆるみました。
今11時で外は2.0度。
プラスです。

今朝になって、天気予報が大きく変わり、
明日は予想よりもずっと寒くなり、
雨ではなくて、雪になりそうです。
また低気圧も発達しそうで、
最大で20センチくらいの積雪があるかもしれません。

でも、今回、本当にわかりません。
ちょうど雪と雨のボーダーラインなんですね。
それにもしかして、
低気圧がもっと南を通ったら、
ちょっとだけ雪、
という可能性もあります。

とにかく、学校が休みになったり、
家庭集会ができなくなったりしないように祈るだけです。

今日の聖書は歴代誌上の21-29章。
歴代誌上は3日間で読んでしまいました。
今日、心に留ったのは、
29章のダビデの祈り、
その中の「私がささげた物は、元々あなたが与えてくださったものです」という言葉。
本当にそうだなあ、と思いました。
普段、忘れているなあ、と思いました。
私の時間も、
私の持っている物も、
お金も、
また才能やしてきたことも、
神様が与えてくださっている物なのだと思いました。
そのことを忘れやすい者だと思いました。

特に、時間のことを思います。
神様が与えてくださったこの地上での時間。
それを自分はどのように主にお返ししているだろうかと。
大切に使わせて頂きたい、
そして、主のために思いっきりいきたいと思いました。

主よ、
あなたの与えてくださった時のゆえに感謝します。
あなたの与えてくださった生活の糧のために感謝します。
あなたが与えてくださっていることに感謝します。
そのことを忘れることがないように守ってください。
今日、もう一度思い出させてくださってありがとうございます。
あなたと共に生きる一日としてください。

明日の雪に大きな影響が出ませんように、
集会を持つことができますように。
出会う一人一人に祝福がありますように。

2006-02-28

主が家を建てる

今朝はまた冷えました。
最低気温は-8.7度。
またちょっと雪が降ったのでしょうか、
Dustingくらい、雪が残っています。

今日も寒いでしょう。
でも、これも今日まで。
だんだん寒さがゆるんできます。
ただ、明日の夜は雪の予報。
「寒さがゆるむと天気は崩れる」
というのも結構あたっている傾向だと思います。
木曜日は家庭集会もあるので、
学校が休みになったりしないように祈ります。

来週の初めはどうなるか、
まだまだわかりません。
今日はまだ火曜日ですから・・・。
昨日紹介したGFSは昨夜の計算では、
ずっと東にそれる予想を出していました。
それが当たると、
何にもなかったかのような、
「ちょっと寒い日」になります。

では、今日の聖書。
今日は歴代誌下17-20章を読みました。
今日心に留ったのは、
ダビデが神殿を建てようとした時に、
与えられた言葉。
「主があなたのために家を建てる」
という言葉。
私たちが「神様のために何をしようか」という前に、
主が私たちのためにどれほどのことをしてくださっているか、
どれほどのことをしてくださったか、
してくださるのか、
そちらの方に目を向けたいと思った。
会堂建築のために祈りつつ、
何年が過ぎただろうか。
私たちの熱意がどうだろうか、ということ以上に、
「主が建ててくださるのだ」と信じているだろうか。
と思わされた。
主が与えてくださる。
主が必要な時に、
導いてくださって、
必要を満たしてくださって、
場所を与えてくださって、
導いてくださる、
それを信じて、祈って、備えて、
あの荒野を旅した時のイスラエルの民のように、
雲が上って、主が導かれる時に、
それを見逃さないように、備えていたいと思った。

主よ、
あなたが与え、
あなたが時を示してくださることを信じます。
どうか、導いてください。
あなたの御業、
あなたの御力を見せてください。
一切の必要を満たしてくださる方であることを、
経験させてください。


2006-02-27

氷山の一角

いやあ、今日も寒かったですね。
って、今日はゆっくり休ませて頂きましたが・・・。

でも、ちょっと外に出るだけでも、寒い寒い。

今朝の最低が-9.0度C。
最高気温も-0.2度C。

今夕方の6時ですが、
-3.6度Cです。
今夜も冷えますね。

昨日の洗礼式はよかったです、って、
いつも洗礼式はうれしいですよね。
ハンツビルも熱いようですが、
こっちも熱いです。


今週の注目は水曜日の夜から木曜日の朝。
雪だと家庭集会ができなくなるので、
学校が休みになるような雪は遠慮願いたいのですが、
低気圧の進路によっては、
雪かもです。

その次は来週の月、火あたりです。
今日の昼にGFSというコンピューターモデルが、
下のような予想を出してきました。
これが当たったらまた大雪です。
それで、この低気圧、めちゃくちゃスピードが遅いです。
でも、もちろん、一週間先のことはわかりません。


では今日の聖書。
今日から歴代誌下。
最初は名前ばかりなので、ガンガン進んで1-16章。
ダビデが王になって、
契約の箱をエルサレムに持ってきたところまで読みました。
名前がたくさん続いた後だったこともあり、
16章のダビデの賛美と祈りの言葉、
一つ一つが心に留りました。
全世界の主。
この3000年も前に、
世界の人々に対して、
この主こそ神、と叫んだダビデ。
その大胆さを持たせて頂きたいと思いました。
「帝国主義的」とか言われるのは嫌だ、とか、
そんなことを恐れている自分が小さいなあ、と思います。

氷山の一角、
先週の金曜日に信徒勉強会で、
祈りの生活のことをたとえて語った言葉ですが、
氷山は9割が水の中。
水の上にでているのはたった1割ほど。
その氷山の見えているものの下には
大きな9割がある。
私たちの祈りの生活もそうだと思いました。
見えない部分を大切にしたいと思いました。
だから、本当に賛美になったり説教になったりと
言う部分は、その見えないところに
どれほどのものがあるかが大切なんですね。

神様、
私の祈りの生活を祝福してください。
あなたと共にsweetな時間を過ごすことが
できますように。
その中に喜びをいただき、
その喜びを持って、
このページを更新したり、
集会でメッセージを語ったり、
訪問したり、電話したり、
することができますように。
あなたと共にある時間を祝福してください。

今日、休息をありがとうございました。

2006-02-26

今日は洗礼式!

寒いですねー。
今朝は最低が-8.8度C。
今夜はもっと寒くなるみたいです。
多分、今年最後でしょう。
どんどん春が近づいてきていますからねー。

昨日は結局更新出来ませんでした。
ですから、今日は二日分です。

昨日の聖書は、
列王記下17-20章です。
ヒゼキヤ王のところです。
心に留ったのは、19章の31節の「万軍の主の熱情がこれを成就される」という言葉です。
主の熱い思い。
主は熱い思いで私たちのために
御業をしてくださる。
そういう方なのだと思わされました。
そして、その主は私たちのためにイエス様を与えてくださった、
ということにおいて、一番熱い方です。
私に対しても、熱い思いを持っておられる。
私にも熱い思いを注いでくださる。
感謝。

そして、今日のところは
列王記下の21-25章。
悪王マナセ王からエルサレム陥落のところまでです。
その間にヨシヤ王の申命記改革があります。
ヨシヤ王が埋もれていた申命記を発見した時に、
「ああ、神はこのような警告を与えておられたのに、何ということだ」
と自分たちの罪を悔い、
神の前に泣いた、とあります。
神の前に泣く。
自分の罪のために、
自分達の罪のために、
自分の周りの人々の罪のために、
泣く。
もう一度新鮮な思いで読ませて頂きました。
主の前に泣く。
それほど純真な、
それほど、まっすぐな心を持ちたいと思いました。

神様
今日は日曜日です。
洗礼式もあります。
感謝します。
とてもうれしいです。
どうか、洗礼を受けられる方々、
そして、教会の一人一人が
神様のすばらしさを感じる、その様な一時とならせてください。
喜びの礼拝としてください。
慰めの礼拝としてください。
癒しの礼拝としてください。

今日、
みんなで礼拝が守れることを感謝します。

2006-02-25

教会行ってきます。

今朝も寒かったですね。
-3.6度C。
今日はこれから教会学校の先生方のトレーニングなので、
夕方まで教会缶詰です。
夕方からはユースのプログラムです。
帰ってくるのが9時頃ですから、
今夜更新出来るか・・・。

聖書は読んでお祈りもしたのですが、
ここに書く時にはまたちょっと落ち着きたいので、
今夜か、明日になってしまうかもしれません。

今日は一時雨か雪。
午後からは冷たい風が吹きます。
今夜からは冷えて、明日、月曜日、火曜日と
氷点下でしょう。
お風邪などお召しにならないように。
ではでは。

2006-02-24

神に聞くのか、まねをするのか

今朝の最低気温は-0.8度C。
昨夜最後に見た時から、途中で少し上がって、
また明け方下がったみたいですね。

それほど厳しい冷え込みではありませんでした。
でも、とても風が強くなるようです。
そして、明日は雨か雪かも。
一日降ったり止んだり、みたいな予報です。

そして、何度も書いていますが、
日曜日からが鬼寒です。

今週は学校が休みのところが多く、
今日の午前中は教会の集まりがありませんが、
明日、教会学校の先生方のトレーニングなので、
今日はその準備ともう2つほどの仕事があります。
でも、昨日伺った話のように
「仕事の合間に祈るのではなく、祈りの合間に仕事をする」
ですよね。

あと、昨日のJOYJOY Kids Clubは
あの会場にしてはたくさんの19人の子供達が集まりました。
にぎやかでたのしい集まりでした。
いつも来ている子で、来れなかった子達もいたので、
それは残念でしたが・・・。

では、聖書。
今朝は列王記下9-16章を読みました。
心に留り、思いめぐらされたのが、
16章のアハズ王が自分の国には主の神殿があり、
主から示されて作られた祭壇があるのに、
ダマスコで大きな祭壇を見て、
びっくりして、
いいなあ、と思って、(そこまでは書いていなくて、想像なのですが)
エルサレムにもそれを作らせたところです。

私もいろんなことに影響されやすい方です。
人のまねをすることの多い方です。
それがいいこともあるでしょう。
でも、主にそれを求めないで、
主に聞かないでしていることはないだろうかと思いました。

主が示される方向に進んでいきたいと思いました。
主が導かれる一本の筋の通った働きをさせて頂きたいと思いました。

祈りの合間に働きがある。
もう、昨日から何回もそのことを繰り返し思わされています。
とにかく主と共に歩む者でありたいと思います。

主よ、
今日の私の時間もあなたのものです。
あなたの御手の中にささげます。
どうか導き、ささえて下さい。
なすべきことを教えて下さい。
人のまねではなく、あなたの与えて下さる道を歩む者としてください。

2006-02-23

天の倉が開かれたら

今日は何か暖かく感じました。
でも、夕方、一時雨が降って、
その後寒くなってきたと思います。

あっというまに夜になって、
今日もあと45分。
今-0.6度Cです。
この後真夜中過ぎに一時雪となり、
朝まで冷え込むでしょう。

そして、とにかく日曜日からが寒いです。

今日の朝の祈り会は
日本からゲストの松本先生をお迎えして、
とてもすばらしい祈り会となりました。
その先生のメッセージの中で、
「つとめの合間に祈りがあるのではなく、
祈りの合間につとめがあるのが本当だ」といわれた言葉、
心に留まりました。

いろんな奉仕があり、
仕事があるのですが、
それらはすべて祈りの合間にすべきことですね。
生活の底に流れるのが、祈り、という歩みをしたいです。

では、12時前に、今日の聖書。
列王記下5-8章を読みました。
その中で心に留ったのは、
エリシャが「明日には食べるものがたくさんあるようになっている」
と預言した時に、「天の窓が開かれても、そんなことはない」と言った、
王の僕が、「あなたはそれを見るが、食べることはない」といわれたところです。
「天の窓が開かれても、そんなことはあるわけがない」と
私たちは思っていないだろうか。
そんなことはあるわけはないと
決めてはいないだろうか?と。
神様には何でもできないことはないと、
本気で信じていないのではないだろうかと。

天の窓が開かれるのを待ち望もうと思いました。
そして、その奇跡を見せて頂きたいと思いました。

神様、
あなたには不可能はありません。
不信仰にも、
神様でもここまではできないだろう、
などと思うことがありませんように、
あなたがいつもいつも、
最高のことをして下さることを、
すばらしいことをして下さることを、
信頼して歩んでいくことができますように。

今夜もお守り下さい。
教会に連なる一人一人をお守り下さい。

今日は暖かいです

昨日は雨も雪も降りませんでしたね。(たぶん・・・)
昨日のNYは、先月ほどではありませんでしたが、
何人かの方とお会いして、14000歩、歩きました。
いい運動です。
そして、幸いな時です。

今日はまた夕方から夜にかけて、
一時雨か雪。
わかりませんが・・・。
そして、土曜日ももしかしたら、
一時雪。
そして・・・
日曜日から火曜日にかけて
激寒です。
もしかして、この冬で一番寒い3日間になるかもです。
バス通勤、電車通勤の方お気をつけて。

今日の聖書のみことばは夜になると思います。

これから祈り会です。

2006-02-22

神の恵みを受ける器

今、ミッドタウンの
Public Libraryにいます。
NYに着いてみたら、
結構暖かでした。

実は今日バスターミナルから早朝祈祷会の
会場のマクドナルドまで歩く中で、
したことがあるのですが、
それはみんなどんな帽子をかぶっているかを観察することでした。
私自身は中学生の時の学生帽以来帽子をかぶらない方で、
たまに野球帽をかぶるくらいなんですが、
こちらの冬は厳しいので、
外を歩くのは帽子が欲しくなります。

「足が冷えたら頭を暖めろ」というくらい、
体の熱は頭から逃げていくそうです。
そうですよね。
帽子をかぶっていなかったら、
冷たい空気にさらされているのは
首から上だけですからね。

だけどスーツにオーバーという格好に似合う帽子は何だろうなあ、
と思って、観察したのです。

でも、実際は帽子をかぶっている方は本当にわずかでした。
それも、ジーンズにジャケットなので
野球帽でいい、という方が多かったです。
スーツに帽子の方はおられませんでした。

来月のNYの早朝はもっと暖かいでしょうから、
次の観察は来年ですね。

では、聖書の言葉。
今日は列王記下の1-4章です。
エリヤからエリシャに預言者のつとめは受け継がれていきます。
今日心に留ったのは、
4章の最初のところで、
エリシャが貧しいやもめのために
油を出すところです。
彼が「もっと油を入れる器はないか」
と聞いて、
「もうありません」
と言った時に、
油は止ったのです。

これは私たちの信仰の姿勢のことをも言っているのだと思いました。
神様が私たちに恵みを、聖霊様を注ごうとされている。
だから、空っぽの器がもっともっと必要なんだと、
求める心があれば、注がれるのだと思いました。

私たちの心にいろんなものがたまって、
渦巻いて、それが聖霊様の注ぎの邪魔をしているのではないかと。

求めることを止める時に、
注がれるのは止ってしまうのだと、
思いました。

主よ、
聖霊様の注ぎをお与え下さい。
もっともっとお与え下さい。
満たしてください。
あなたの恵みの中に生かしてください。
それが止ることがないように、
止めるものがないように、
満たし続けてください。

今朝も寒い!

朝の6時で-5.7度C。
これからバスでNYに向かいます。
風がそんなにないのが救いでしょう。

昨日車でラジオを聞いていたら
今夜はにわか雪、という予報をしていましたが、
果たしてどうなるんでしょうか?

今日はNYでいろんな方々にお会いする日です。
更新のチャンスがあれば、
聖書の言葉をどこかでアップします。

ではでは。

2006-02-21

姑息な考えを尽くしても

寒いですねえ。
今朝も-6度C。
でも、これが平年の気温だそうですね。
明日の朝はNYの早朝祈祷会に行く日なので、
朝6時20分頃にバスに乗りますが、
今のところ予想は-4度。
毎朝、バスや電車で通勤されている皆さん、
大変なんですね。

車も、外に出しておくと、
ガチガチに凍って、
それから、車に乗ってもしばらく手がかじかみますが、
やはりバスや電車を待つ方が大変でしょう。

今日は6度くらいまで上がる予想です。
明日も同じくらい。
またNYの一日は楽しみです。
たくさん歩くことでしょう。

では、今日の聖書。
今日は列王記上20-22章です。
アハブ王の横暴と、その最期です。
今日、心に留ったのは、
22章でアハブ王が亡くなる時に、
彼は変装していたのに、敵の一人が何の気なしに放った矢が、
彼の鎧のすきまに当たったことでした。
アハブ王は「あなたの民は野原でさまようようになる」という
ミカヤの預言を聞いて、
不安を覚えたのでしょう。
ヨシャパテには王の鎧を着るように言っておいて、
自分は一兵卒に変装して軍に紛れ込んだのです。
そんな精一杯の知恵も、
関係ありませんでした。
主の御手の中では、
そんな姑息な手段も意味はありませんでした。
それがアハブ王だとも知らずに弓を引いた
敵の矢が当たりました。
それも、胸当てと草ずりの間に当たるなんて・・・。

私たちも主の御手の中にあることを、
忘れないでいたいと思いました。
神様の御手の中にあるのだから、
真実に、
そしてありのまま、
生きたい、と思いました。

主よ、
あなたの御手の中にあるのですね。
人の知恵を尽くして、
何とか抜け道をつくって、
なんてする必要はないんですね。
あなたの前に真実に歩ませてください。
いつもあなたの前に歩ませてください。
あなたが愛してくださっていること、
ひとり子をさえも与えてくださっていること、
そのあなたの愛をいつも覚えながら、
歩ませてください。
私の心を守ってください。
私の頭を、
私の目を、
私の手を、
私の口を、
私の足を、
守ってください。
あなたと共に歩ませてください。

2006-02-20

見えていないだけ

昨日は寒かったですねえ。
一日氷点下でした。
今朝も-8度Cくらい。
でも、今日はプラスになります。
晴れ。
うーん、教会的にはうれしいんだけど、
お天気的にはあまり変化のない一週間になりそうです。
だんだん寒さがゆるんで、
また、先週と同じように、週末に向けてまた急に寒くなる、
そんな感じだと思います。

アラバマとかまで寒そうですね。
南部の方はfreezing rainとかの危険もありです。

で、聖書。
今日は列王記上15-19章。
いよいよエリヤの登場です。
エリヤは預言者でした。
そのエリヤが人々を神のもとに帰らせるために、
警告を発したり、奇跡を起こしたりしている中で、
19章で急に弱きになって、
孤独を感じ、
もう死んでしまいたい、
と思った様子が書かれています。

大胆に神のメッセージを語っていたエリヤがなぜ急に、
と不思議に思いますが、
でも、こういうこともあるのだと感じます。
昨日まで「ハレルヤ!」と叫んでいた神の僕が、
今日は、しゅんとなって、孤独を感じて、
落ち込んでいる、そういうこともあります。
でも、今日心に留ったのは、
そこに与えられた神のメッセージ。
「私は7000人を残しておいた」
私たちがたとえ孤独を感じるような時でも、
本当は同じ思いの人がいる。
それに気がつかないだけ。

見えていないだけ。

昨日の説教の中でも語らせて頂いたけれども、
本当に単に見えていないだけ。
そういうことが私たちにはどれほどあるだろうかと思う。

目を開いてください。
そう思った。
神を信じ、人を信じる心を持ちたいと思った。

主よ、
御言葉に感謝します。
あのエリヤも、
落ち込むことがあったなんて・・・。
でも、あなたはそこに語ってくださいました。

「あなたは一人ではない」と。

あなたが共にいて下さるだけではなくて、
共に歩む仲間をも与えてくださっていることに
感謝します。

私の目を開いてください。
私の目を開いて、
あなたの愛を、
人々の愛を
もっともっとわかる者としてください。

私の目を開いて、
もっともっと人の痛みがわかる人にしてください。

2006-02-19

神の選びと傲慢

昨日は寒かったですね。
小雪も舞いました。
昨日の夜9時半頃帰ってきたら、
もう気温は-10度になっていました。
その後、ずっと-10度に張り付いたまま。
朝7時を過ぎて、やっと少しずつ、上がりはじめています。
でも、今日は一日氷点下です。

明日から少しずつ暖かくなってくるでしょう。
でも、今週天気がどうなるかはまだわからない部分が多すぎます。
でも、とにかくまた後半から来週にかけて寒くなるようです。

来週はもう3月が始まりますよね。
春が早く来て欲しくなってきました。

では、今日の聖書箇所。
列王記上11-14章でした。
ソロモン王が神に背き、
その子レハベアムの時にヤラベアムが立って、
王国が分裂するところです。
今日はヤラベアムが神に選ばれ、
「私に従いなさい」と言われていたのに、
いざ王になってみると、
傲慢になって、自分の好き勝手に、
都合に合わせて、神を作り、
祭司を立てて、自分の宗教を作ったのです。

どうしてだろうなあ、と思いました。
そして、人間の弱さを思いました。
自分はどうだろうかと思いました。

ただ、神様に従いたいと思いました。
神様に祈り、神様から答えをいただきたいと思いました。
いろいろな人間的な力に振り回されたくないと思いました。
自分の中の弱さを思いました。

主よ、
私たちを教会にしてください。
私たちの教会を教会にしてください。
あなたの前にひざまずき、
あなたのあなたの栄光を拝する者としてください。
あなたの輝きの前にひれ伏す者としてください。

今日の礼拝を祝福してください。
今日の教会学校を祝福してください。
今日の役員会を祝福してください。
私たちを一つにしてください。

2006-02-18

奉仕ができないほどの・・・

今朝の最低気温は-1.8度C。
予想されていたよりも、冷え込みは厳しくはありませんでした。
今朝は、曇り。
少し小雪が舞うことがあるかもしれません。
夕方に向けて晴れてきます。
そして、今夜は-10度以下の鬼寒ナイトになります。

来週の後半、また何か天気イベントがあるかもしれませんね。
そしてその後、グリーンランドにブロッキング高気圧が現れる可能性があって、
それが表れると、3月初めまで、寒さが続きそうです。
さてどうなることか。

今日の聖書。
今日は列王記上の7-10章。
今朝の祈りの時もとてもsweetな時間でした。
このような祈りの朝を毎朝持ちたいと思いました。

特に8章11節の言葉が心に留りました。
神の栄光が現れて、祭司達が奉仕ができなかった、と。
ただ、単純にその様な神の栄光を見せて頂きたいと思いました。
それほどに神様の臨在のあふれる礼拝を持ちたいと思いました。
奉仕する者たちが、その圧倒的な臨在に触れて、
奉仕出来ないほどになるような、
その様な神の栄光の現れ、ってどんなのだろうか?

私たちは、いつも、自分たちの奉仕が主を喜ばせていると思っている。
自分たちの賛美が神の栄光を表していると思っている。
でも、本当に神様のすばらしさが表れた時には、
そんなの本当にちっぽけなものだとわかる。
100%神様なんだなあ、と思わされる、
その様なものなのだと思う。

主よ、
あなたの臨在を見せてください。
明日の礼拝において、
本当に真実な礼拝を持たせてください。
パフォーマンスではなく、
エンターテインメントではなく、
真実な礼拝を持たせてください。
あなたの臨在を表し、
栄光を表してください。
そして、私たちを造りかえ、
新しい者としてください。

今日の一日の上に、
そして、夕方の祈り会の上に、
あなたの喜びを満たしてください。

2006-02-17

何を求めているか

遅くなりました。
午後6時前の更新です。

今朝は暖かく、
昼間も暖かく、でも風も強く、
夕方から冷え込んできました。
夕方6時前の温度が4.4度C。

火曜日も木曜日も天気はいいみたいですね。
それはそれでいいことです。
でも、金曜日くらいに何かが起るかもしれません。
いやあ、でも、火曜日には「来週の火曜日くらい」
木曜日には「来週の木曜日くらい」
金曜日には「来週の金曜日くらい」
と言っていると、
まるでオオカミ少年みたいですね。

目先は、月曜日までは激寒。
火曜日からだんだん暖かくなってくるでしょう。

明日の夜は激冷ですので、
お気をつけて。

ではでは聖書の話。
今日は列王記上の1-6章まで読みました。
昨日の夜、祈りについて聖書を読み、
本を読んでいる中で、本当に一人で「戸を閉じて」祈ることの大切さを思わされました。
それで、今日の朝は、神様ととてもsweetな時を持ちました。
「神の国と神の義を先ず求めなさい」ということが本当に深い意味で、
「ああ、こういうことなんだな」とわかる一時でした。
あと30分早く起きたいな、と思いました。マジで。

で、きょうのところですが、
ダビデの後に王になったのはソロモンでした。
今日は3章でそのソロモンが神から「何が欲しい」といわれて、
「民を治めるための知恵を」と祈ったところが心に留りました。
自分は今何を求めているだろうか?
今何が欲しい?と神様に聞かれているような気がしました。
いったい自分は何を今本当に欲しているだろうか?
建前ではなく、心の底から・・・。
一つ一つ心に浮かんでくることは、
本質的なことではない、と思わされました。
そして、いろんなことがあぶくのように浮かんでは消える中で、
最終的には、ただ、神様が共にいて下さること、
神様が共にいて下さって、
道を「こっちだよ」と教えてくださること。
人に語るべきこと、なすべきことを教えてくださること、
そうだと思いました。

神様
あなたご自身を私に与えてください。
私と共に歩んでください。
他のものは、すべて結果です。
おまけです。
そのおまけを求めて、
あなたを求めていなかった私を赦してください。
そして、あなたと共に歩む喜びの中に生かしてください。
人との出会いを祝福してください。
まもなく始まる夜の集会にあなたの喜びが、
あなたの命があふれますように。
御言葉によって、養われ、
語られ、生かされますように。
交わりをも祝福してください。
それが単に表面的なものではなく、
心が触れ合うようなものとなりますように。

2006-02-16

王の責任

昨日も暖かかったですね。
10度を超えました。
今朝も-1.5度C。
今日の予想は12度C。
2週間前までなら、何とも思わなかったのでしょうが、
大雪が降った後は、
ちょっとした暖かさがとてもうれしいですね。
春が来るんでしょうか?

でも、明日の朝に雨が降って、
午後からは冷えますよー。
冬に逆戻り。
残っていた雪はがちがちになります。
滑らないようにご注意。

注目の火曜日。
今朝の段階では南にそれる予報ですね。
そしてもう一つは来週の木曜日。
こちらも要注目です。

では、今日の聖書の言葉。
今日はサムエル記下20-24章を読みました。
サムエル記が最後まで行きました。
半年で最後まで、という目標に向けて、今のところ順調です。

今日心に留ったのは最後のところ、
ダビデが人数を数えて、それが罪だったというところです。
いつ読んでも、何が罪なのか、
神が彼の心を動かしたのに、なぜその責任をダビデと王国とが
負わなければいけなかったのか、
疑問として残ってしまうのですが、
今日は、それ以上に、
24章17節のダビデの言葉に心が留りました。
民が疫病で苦しんでいるのを見たダビデが、
「罪を犯したのは私です」と告白している言葉です。
王として、その罪の結果が民全体に広がっていくのは本当につらかっただろうと思います。
かつて、サウル王にサムエルが言いました。
「あなたは自分では小さな存在だと思っているかもしれないけれども、
神様はあなたを王様とされたのですよ」と。

私は牧師としての自分の責任を思いました。
本当に教会の一人一人のために祈り、
一人一人の魂のために、救いときよめのために、
祈っていく責任、語っていく責任を思わされました。

もちろん、教会は牧師が動かしていくものではありません。
中心は牧師ではありません。
一人一人が教会を担っていくのでしょう。
でも、責任は、特に霊的な状態についての責任は
牧師である私が負っていることを忘れないでいたいと思います。
祈り続けていくこと、
語り続けていくこと、
それを担っていきたいと思います。

主よ、
あなたの前に祈ります。
教会をお守り下さい。
教会に連なる一人一人の今日をお守り下さい。
今日もあなたの恵みの中に、
命の中に生かしてください。
一人一人の心にあなたの命を流し込んでください。
命の泉を与えてください。

そして、私を用いてください。
あなたの御心語る者として、
あなたの熱い思いを分かち合う者として、
私をお用い下さい。

祈り続けることができますように。
もっと熱く祈る者としてください。

2006-02-15

呪いも幸いに

今朝も思いの外冷えましたね。
我が家の温度計で最低が-5.0度C。
でも、今日は暖かくなって10度を超えるだろう、
と言っています。
朝の9時前でもう0度Cを超えました。

明日も暖かいようです。
金曜日の昼くらいまで暖かいようです。

でも、夕方から夜にかけて冷え込んで、
土日は寒い日が続きます。

そして、今注目しているのは来週の火曜日。
まあ、これも1週間後ですから、どうなるかわかりません、
というか、なかなか当たりません。

でも、この間の日曜日のように、
「ビンゴ!」というパターンもありますので、
また期待しないで注目していこうと思います。

それでは今日の聖書。
今日はたくさん読みました。
サムエル記下13-19章。
王子アブサロムが王ダビデに反逆するところです。
その中で、心に留ったのが、ダビデの姿勢です。
アブサロムに追われながら、
自分が神様の御手の中にあることを
確信して止まないのです。

特に16章12節には、
サウル王朝を支持していたシムイがダビデを呪った時に、
部下達が、ダビデに「こんな奴、一刀両断にしてやりましょう」と
進言するのですが、
それに対して、ダビデが言った言葉が記されています。
「神は彼の呪いに代えて幸いを返して下さるかもしれない」と。

私たちは神の御手の中にある、
その感覚はとても大切なものだと思いました。
いろんな人の言葉が聞こえてきます。
時には悪意のある言葉が聞こえてくる時もあるでしょう。
そんなときにも、それに振り回されないで、
神様を見上げていくこと、
神様を信頼していくこと、
神様はどんなに周りの悪意があっても、
幸いを与えることができるお方。
主は与え、主はとられる方。
必要ならば、「災い」と思えるような、
その様に感じないではいられないようなことも、
必要ならば、与えられる方。

だから、勇気を出して歩んでいこう。
一人一人の祝福をお祈りしていこう。

主よ、
あなたの御手の中にあることを感謝します。
安心して歩んでいくことができます。
どうか、私を守り、
家族を守り、
教会の一人一人を守って下さい。
教会に関わるたくさんの方々、
私が出会うたくさんの方々にあなたの祝福が流れていきますように。
そのために、私自身の内側をあなたの命で満たして下さい。

今日の出会いを祝福して下さい。
今日の集会を祝福して下さい。

必要な方のところに私を送って下さい。

2006-02-14

自分を省みて

今日は昨日よりもぐっと冷え込みもゆるんで、
朝で-4度C。
10時には2度Cまで上がりました。
何か、雪もぐっと減って、
2月いっぱい雪が残っているのではないかという私の予想も、
いきなりはずれそうです。
やはり日差しが違うのでしょうか?

明日は10度Cくらいまで上がる予報が出ています。
でも、それにあまり慣れると大変でしょう。
週末はまた昼間でも氷点下の寒さに戻ります。
そして、来週は一週間、そこそこ寒い日が続きそうです。

では聖書の話。
今日はサムエル記下8-12章を読みました。
11-12章はダビデが大きな罪を犯してしまったところです。
今日、思わされたのは、
ダビデがナタンのたとえ話を聞いて、
そんな奴は死刑だ!と怒鳴ったところです。
彼はこのときまだわかっていなかったのだろうか?
詩篇32篇や51篇を見ると、
自分の罪に苦しんでいたのではないかと思うけれども、
ナタンの話を聞いた時は、それが自分のことだとはわからないで、
「そんな奴は死刑だ」と怒鳴った。
人はどこまでも、
自分の目の中の梁は見えないのかと思う。
自分の姿はわからないのかと思う。
私もそうだ。
自分の姿がわかっていないのかもしれない。
特に人のことで、いろんなことを心配したり、
評価している時には、
自分のことはわかっていないのかもしれない。

そう思わされた。

神様、
私の心を探って下さい。
人のことではなく、
先ず自分が一人の人間として、
神様の前に出られますように。
一人の人として神様の前に出られますように。

今日も弱さを覚えておられる一人一人をお守り下さい。
癒し、支えて下さい。
立ち上がる力を与えて下さい。
落ち込んでいる人の隣にたたずんで下さい。
背負って、共に歩んで下さい。

声をかけるべき方、
祈るべき方、
教えて下さい。

2006-02-13

主の前に踊る

今朝は寒かったですね。

昨日の雪で、道路も凍結していて、
子供達も学校が2時間遅れでした。

我が家の温度計で、今朝の最低気温は-10.0度C。
でも、順調に温度は上がって、
午後1時現在で3度Cを超えています。

木曜日くらいまでは日に日に暖かくなるようです。
でも、週末にかけて、また寒くなるでしょう。
願わくは今度の土日の天気が守られますように。
大体、1週間周期で天気が崩れることって多いですからね。

この雪が消えるのは多分3月になってからでしょう。
春が待ち遠しくなりました。

今朝は成分献血に行ってきました。
問診などを含めると3時間近く。
血を採っているだけで1時間半もかかりました。

あれって、ただ血を採るだけよりも負担が大きいように感じます。
機械の中を血が巡って、成分がとられて、
温度もちょっと下がるのでしょうか?
毛布を何枚も掛けて頂きました。
体が冷えるので、
終わった後に何か飲むか?と言われて、
「ホットチョコレート」と答えましたが、
「冷たいもの飲まなくてもいいのか」と逆に聞かれました。
本当は水分が必要なんでしょう。特に血を献血する時には。
でも、「成分献血だったよ」と言ったら、OKしてくれて、
暖かな、ココアにありつけました。
夏のクーラーの温度にも感じますが、
アメリカの人たちはみんな体温が高いのでしょうか?

成分献血の時、ちょっとuncomfortableな感覚になるので、
毎回、もう今回限りにしよう、と思うのですが、
おじいちゃん、おばあちゃん達が献血しているのを見ると、
また来ようかな、と思います。
だいじょうぶだよって。

そんなことで、更新が遅れました。

聖書行きましょう。
今日はサムエル記下1-7章を読みました。
心に留ったのは6章で、ダビデが踊ったところです。
人がどんな目で見ているかも、気にせずに、
ただ、愛して下さった、
導いて下さった、
守って下さった、
神様に感謝をして踊ったダビデ。
ダビデにとっても、
神様と自分との関係が
自分と周りとの関係に先立っていたことを見ます。

私たちも神様との関係の中に生きることがどれくらい大切かと思います。
人との関係の中に生きている私たち、
やっぱり人との関係の方が手っ取り早いし、
人との関係の方が結果がすぐ出るし、
人との関係の方が振り回されやすい。
だからこそ、神様との関係の中で自分を見つけていく、
それが大切だと思う。

今日も、明日も、いろいろな人と出会うだろう。
いろいろな人の反応を見るだろう。
でも、そんなときにも、
主のなさることを見つめながら、
主の愛を見つめながら、
主の前に歩んでいることを覚えながら、
歩む者となりたい。

神様、
ダビデが踊った踊りを
私にも踊らせて下さい。
あなたとの関係が、
人との関係に先立つように、
助けて下さい。
あなたとのもっともっと深い交わりに
私を導いて下さい。



2006-02-12

かきごおり家の家庭礼拝

もしかしたら、教会のHPにメッセージが載っているか、
と思ってアクセスする方もおられるかも・・・。
と思い、今日は号外で、
かきごおり家の家庭礼拝の聖書の言葉を分かち合います。
去年、雪で礼拝をお休みにした時は、
12時頃にはもう雪も一段落して、
教会にいったら、一人の方が来られましたが、
今日も、1時半にやっと車を掘り出して、

教会に行ったのですが、
雪が深くて、駐車場にも入れませんでした。

もしも、教会に行かれた方がおられたら、ごめんなさい。
今日の礼拝は雪のため、お休みでした。

ということで、かきごおり家の礼拝。

賛美を何曲か歌いました。
特に4歳の娘、咲がいろいろリクエストして、
たくさん歌いました。
このまま行くとエンドレス賛美大会になるかもしれない、
という勢いだったので、
4曲くらいにして、聖書を読みました。

今日はマタイによる福音書13章13-20節。
イエス様が5つのパンと2つの魚で5000人を養われるところです。
たくさんの人々を見て、
弟子たちは、どうしよう、と思ったことでしょう。
「それぞれめいめいが自分で買ってきたらいい」
と思いました。
それしか方法がなかったでしょう。
それが当然だったでしょう。
でも、イエスは言われました。
「あなた方の手で食物をあげなさい」と。
途方に暮れたと思います。
その中で出てきたのは、
自分の手の中にあるものです。
自分の手の中に何があるか・・・。
私たちは簡単に「何もない」といってしまいます。
そう感じる時もあります。
でも、本当は神様は私たちの手の中にいろんなものを任せていておられるのです。
それを、もう一度神様のところにもっていくこと、
それが必要なのではないでしょうか?

5つのパンと2つの魚、それは5000人を前にしたら、
「何の役に立つか」というものだったと思います。
でも、それでも、
主の御手のなかに入ったら、
それは大きく用いられるのです。

そして、みんなは満腹になりました。
満腹です。
なんとか、どうにか、ではなく、
有り余るほどだったのです。

そんな神様の御業を見たいと思います。

今週、この御言葉通りに生きることができるようにと祈りました。

今日の雪、
家の方では40センチくらいかな。

こんなもんです。ミニバンの後ろから見たところ。

でも、NY Cityでは1996年のあの吹雪の記録を抜いて、
60センチ近く積っているみたいですね。
私は1996年の時は違う町にいたのですが、
今回より、ずっと多かったように思います。
車を「掘り出す」という感じでしたから・・・。

でも子供達の目にはものすごい雪に見えるんでしょうね。
今日は子供達の顔も出してしまいます。
来週の日曜日は皆さんに教会でお会い出来ますように。

悔い改めるか逃げるか

本日のJCCNJの聖日礼拝はお休みになります。
とても残念ですが、
また、日本の雪国の教会の方には「え?」と思われるかもしれませんが、
今日の聖日礼拝は大雪のため、お休みし、それぞれ自宅で礼拝を守ります。

昨日の夜、寝る前は、
「ああ、こんなもんか」と思っていました。
もしかしたら、東海岸の教会が
みんな「明日の礼拝のために雪が東にそれますように」
と祈っていたので、それが聞かれたのか、と思っていました。
でも、寝ている間に、よく降りました。
上の写真は朝7時45分頃。
今もかなり激しく降っています。
30センチくらいでしょうか?
昼頃までは強く降り、
夕方まで残るようです。

レーダーを見ると、ここら辺はもう峠を越したようです。
今Fort LeeやNY Cityで激しく降っているようです。
外の気温は-5.4度C。雪質は軽そうですね。
雪かきのためには助かります。
吹雪というほどは風が強くありません。
ボストンの方はひどいのでしょうが・・・。

今日は一日氷点下。
夜まで晴れてこないと思います。

そして、明日からは数日晴れ、
日に日に暖かくなっていくでしょう。
2月ですからね。

では聖書の言葉。
今日はサムエル記上25-31章。
ダビデが逃げ、サウルが追っていたのですが、
とうとうサウルが戦死してしまうのです。

今日、心に留ったのは、
28章のサウルが霊媒師のところに行く場面です。
サウルが神に尋ねても答えがなかった時に、
彼は霊媒師のところに行ったのです。
不安になったサウルの気持ちもわかるし、
わらにもすがりたい、というのもわかる。
呼び出したのがサムエルであるというのは、
やはりサムエルが彼には頼りだったのだろうと思う。
でも、どうして、霊媒師なんかに頼ったのだろう?

本気で悔い改めることなしに、
彼は終わってしまった。
最後までプライドにしがみつくような姿勢で、
死んでいった。

そこまでするならば、
霊媒師のところにまで行くほどならば、
どうして悔い改めなかったのだろうか?

でも、またこのことは、
私にも悔い改めを迫ってくる。
どんな中でも、
「こんな自分はもう赦されないのでは」と思うようなところでも、
悔い改めて、神様の前に出ることの大切さを思う。

主よ、
ありがとうございます。
どこまでも、
どこまでも、
悔い改めてあなたのもとに帰っていく者としてください。
あなたの元に帰る者としてください。
あなたの胸に迎えてください。

2006-02-11

神が守られる

今日の夕方から雪の予報が出ています。
15-30センチと幅のある予報が出ていますが、
15センチだったらまあまあ、
30センチを超えると、結構降ったなあ、となります。

もっと少ない可能性もあると思います。
進路が少し東にそれているようです。

混乱しない程度の雪を期待しますが、
それは身勝手でしょうか?

ただ、風が強いようで、
NY CityはBlizzard Warningが出ています。
アメリカではBlizzard(つまり吹雪)にはかなり細かい定義があります。
日本でもそうなのかもしれませんが、東京に住んでいたので、無縁でした。
細かいことは忘れましたが、
視界が1/4mile(約400m)以下が3時間続く、という条件がありました。
お気をつけください。

今朝は曇っているので、冷え込みはそれほどきつくありませんでした。
最低気温が-2.4度C。

天気があまりひどくならないように祈りつつ。

今日はサムエル記上17-24章を読みました。
ダビデが手柄を立てていく中で、サウルがねたみ、
ダビデの命をねらっていくところです。
「ねたみ」はこわいなあ、と思いました。
周りを傷つけ、自分の身を滅ぼしていく・・・。
その中で、23章14節の、
「サウルはダビデをねらったが、神は彼をサウルの手に渡さなかった」
という言葉が心に留りました。
どんなにねたみの力が強くても、おそろしいものであっても、
神様が守られる時は、守られるのだ、
ということを思わされました。
神様が支えて下さる、守って下さることの力を覚えました。
そして、それが「どうして守って下さらないのか」
と思うような場面でも、
納得のいかないような場面でも、
それは神様の御手の中にあることを、
御許しのもとにあることを、
思わされました。
明日の天気のことも、
神様におゆだねしよう、
と思いました。

主よ、
あなたがダビデを守られたこと、
あのねたみに狂ったサウル王からも守られたこと、
読みました。
私も守って下さいました。
これからも、あなたの御手の中で歩みます。
私の歩みを、
家族の歩みを、
また、教会の歩みをあなたにゆだねます。
悪の力、
ねたみや恨みの力から、守って下さい。
あなたの御手の中で歩む者としてください。

明日の礼拝も守ることができますように。
雪で事故などに遭う方が起らないように、
守ってください。



2006-02-10

何よりも従うこと

やはり土曜日の夜は雪のようですね。
それもかなり降るようです。
今のところの予想では20-30センチくらい積るようです。
でも、こちらは除雪が早いですからね。
特に、今回は久しぶりの雪なので、
雪かきを仕事にしている人たちも気合いが入っていることでしょう。
日曜日にはすかっと晴れてみんなで礼拝が守れますように。

では、今日はあっさりとこれくらいにして、
聖書の話に行きましょう。
今日はサムエル記上13-16章。
サウル王が選ばれてから、あっという間に神に背き、
捨てられていくところです。

決定的だった15章の出来事、
サウルは自分がいいものだけをとっておいて、
価値が低いものを滅ぼした。
そして、「あれは何だ?」というサムエルの言葉に、
「神様におささげしようとして・・・」
なんて考えてもいなかったような言い訳が出てくる。
それも、「民がやった」なんて、責任逃れの言葉が出てくる。
ああ、やだと思う。
本当に醜いと思う。
かっこわるいと思う。

でも、それと同時に、
自分も似たようなところがないだろうかと、
思わされる。
責任逃れや、言い訳がましいこと、
やっていないだろうか?
元々本気で神様に従っていたら、
本当に神様に従っていたら、
言い訳なんかしなくてもいいのに・・・。

そして、落ち度があったら、
自分を守ろうなんて思わなければいい。
本当に間違っていたら、
認めればいい。

神様は受け入れてくださる方だから。
悔いた砕かれた心を受け入れてくださるお方だから。

ありのまま、
正直に、誠実に歩みたいと思う。
嘘のない自分でいたいと思う。

そして、真剣に主に従っていこう。
真実に歩んでいこう。

主よ、どうかわたしを守ってください。
あなたの前に誠実に歩むことができますように。
そして、人に対しても真実に歩むことができますように。
言い訳しないで歩むことができますように。
あなたと共に歩むことができますように。

今日の集会も祝福してください。
一つ一つの出会いを祝福してください。

2006-02-09

祈り続ける

今朝は冷えましたねえ。
でも-5.8度C。
-10度以下もこの冬も何回か経験しているのですが、
一度暖かくなると、
この寒さが特別に感じます。
今日は、あまり温度が上がらないと思います。
3度くらいという予報が出ています。
昨日も3.4度だったから、昨日並みかな。

で、
今天気予報の世界をにぎわせているのが、
今度の土曜日から日曜日にかけての雪の予報。

昨日の午後あたりから、騒ぎ始めました。
というのは昨日の昼前に出てきたGFSというコンピューターモデルが、
日曜日の朝について、次のような予想図を出してきたからです。



わかりますか?
アメリカ全体がうすく線で書かれています。
そして、色が付いているところが雨や雪の降るところです。
東海岸に強い低気圧が進んで来る、という予想図です。
これが昨日の朝のモデルにはなかったんです。
6時間おきに計算をし直すのですが、
その昼前のモデルで、出てきたんです。
そして、この低気圧、結構強い。
それで、北東部に住んでいる多くのweather nutsは色めきだったのです。

しかーし、

実は日本の気象庁のコンピューターモデルは
一日早くこのことを予想していました。
下が、その図です。
こっちはアメリカ北東部だけの図ですので、
わかりやすいですね。
ニュージャージー州のほとんどには、
ちょうど色が付いているところの真ん中の(つまり一番強く雪が降るところ)
紫色の部分がかかっていますね。



だんだん多くのコンピューターモデルが同じような
結果を出してきていますので、「雪」の予報が目立つようになってきました。
でも、まだ、2日半も先のことですから、
わかりません。

「あなたがたは明日のことはわからぬ身なのだ」と聖書にありますが、
「明日の天気はわからない」のです。

じゃあ、何でそんなに天気予報が好きかって?
それは説明出来ないからこそ、ほんとに好きだってことでしょう。
人だって、本当に好きになったら、「あの人のこう言うところが好き」って言うのが難しいように、
天気だって、そうなんです。ハイ。

あと、教会に影響が出るかも・・・というのが気にかかります。
去年の1月23日はニュージャージー日本語キリスト教会が始まって以来初めて(たぶん)、
雪で日曜日の礼拝ができませんでした。

土曜日のうちに降って・・・なんてすべてを自分の都合に合わせて考えてはいけませんね。

さあ、聖書の話です。
今日はサムエル記上8-12章を読みました。
サムエルがサウルを王にするところです。
今日は12章23節が心に留りました、
というより、主から語られたって感じかな。
「わたしはあなた方のために祈ることをやめて主の前に罪を犯すようなことはしません」と
サムエルが言っている言葉です。

祈ることを止めるのは、祈らないのは、主の前に罪なんです。
祈ることが私たちにできる最初のことであり、
祈ることが私たちにとって最高のことなのです。
自分は祈っているだろうかと、
もう一度問われました。

活動する方が楽、
動いている方が手っ取り早い、
何かしている方が神様の役に立っているような気がする。
でも、神様は静まりなさい、といわれる。
祈りなさいと言われる。

もちろん、私たちは立ち上がる。
でも、それは主が押し出してくださるから。
主が立ち上がらせてくださるから。
本当に主の前に座って、
祈って、進み出る。
それが今の自分にいかに大切なことか、
教会に大切なことか、
牧師として大切なことか、
思わされた。

一人一人の名をあげて、
一人一人の状況を思いながら、
祈ることがどれほど大切なことか、
思わされました。

主よ、
あなたの御言葉に感謝します。
あなたの前に出るようにと導いてくださったことに
感謝します。
あなたの前に出ると、
自分の考えがいかに浅はかで、
薄っぺらいものかと思わされます。
いかに焦りやすい、
あわてやすい者であるかと
思わされます。
あなたに聞きながら、
あなたに祈りながら、
歩む者としてください。
あなたとの交わりの中に歩ませてください。

教会全体のために・・・よりも、
一人一人のことを覚えて、
一人一人の状況を覚えて、
祈ります。

2006-02-08

私たちが神を守るのではなくて・・・

今日は久しぶりに冷えて、
-4.5度Cまで下がりました。
昼間も3, 4度止まりでしょうか?

まるで東京のように乾燥した晴天が続きそうです。
冷え込むと、家の中の湿度が下がります。
同じ湿度だと、温度が高い時と、低い時とでは、
その空気中に含む水蒸気量は、
温度が低い時の方が圧倒的に少ないです。
その水分が少ない空気を暖めて20度C位にしているのですから、
湿度はめちゃくちゃ低くなるわけです。

たとえば、-5度Cの時に、
1立方メートルの空気に含むことのできる水蒸気は3.4gです。
しかし、20度Cの場合は17.2g含むことができます。
ですから、-5度Cの時に湿度100パーセントだとしても、(雪なんか降っていて)
その空気を20度Cまで暖めると、湿度は3.4÷17.2=19.8%になるわけです。
ちなみに今のNJ北部はもっと乾燥しています。Dewpointが-9度Cでした。
(つまり-9度まで空気を冷やすと、湿度100パーセントになる)
インフルエンザのウィルスなどは乾燥を好みますから、
気をつけなければならないんですね。
冬は家の中で洗濯物を干すと、乾いてガス代の節約にも・・・。
加湿器を使わなくてすむし・・・。

とまた長くなりました。

で、今日の聖書行きます。
サムエル記上1-7章を読みました。
サムエルが生まれて、御言葉を語られて、
人々を悔い改めに導いている姿を読みました。
その中で、4-6章の、神の箱の様子に心が留りました。
4章では、神の箱が戦争の中で敵に奪われて、
イスラエルの人々が嘆く姿が書かれています。
しかし、神の箱を手にしたペリシテの人々がそれに手を焼いている姿が
その次の章に出てきます。
神の箱が来たから、大丈夫だと威勢の上がるイスラエルの人々、
神の箱が奪われた時に悲嘆にくれる人々、
しかし、神の箱は奪い返さなくても、
帰ってくる。

私たちも一生懸命、
神の栄光のために・・・と神様があたかも私たちの助けや
私たちのがんばりによって、その栄光が表されなければならない存在のように
勘違いしていることはないだろうか?
神様は自ら栄光を表してくださる方なのだ。
私たちが神様を守るのではなく、
神様の守りの中に今もわたしはいるのだ。
感謝。
今日もわたしが一生懸命神様の栄光のために・・・
とがんばるのではなく、
神様の守りの中で生かされていることを感謝しつつ歩むことが出来る。

主よ、あなたの守りを感謝します。
あなたが私たちを支えてくださり、
守ってくださり、
共にいて下さることに心から感謝します。
どうか、あなたが共におられることを見せてください。

2006-02-07

道はどうなるかわからない・・・

今日は早朝祈祷会が教会オフィスであった日。
久しぶりに共に祈る兄弟が来られて感謝。
帰宅後も祈ること、学ぶこと、
気になることなどあり、
更新が遅れました。

で、朝の最低気温は-1.2度C。
うーん、今週はもっと寒くなると読んでいたのですが、
幸い、それほどきつくないですね。
今10時過ぎで外は3.8度Cもあります。
5-6度まで上がるでしょう。

そういえば、昨日は小雪が舞っていましたね。
久しぶりに見た気がします。
今週まとまった雪は降るか?
まあ、それはないでしょう。
このままずっと日曜日までいい天気で、
昨日みたいに「ちょっと小雪」みたいな天気だと思います。

今夜こそ-5度くらいまで下がるでしょう。
風が収まって、天気がいいから・・・。

火曜日の東京は15度くらいまで上がる予想が
見事はずれて7度くらいだったそうで、
気象庁に苦情殺到だったとニュースがありましたが、
まあ、そんなことで苦情を寄せるってのもねえ。
人間のすることですから、自然の力の前の無力さを知る、
いい機会になった、とは受け取れないのでしょうか?
ちょっとびっくり。

遅くなった上に長くなりました。
ではでは、今日の聖書。
今日はルツ記全体、と言っても4章しかない。
ルツが自分の夫を失って、ひとりぼっちだったナオミと一緒に
ユダヤにやってきた時、どんな思いだっただろうか、
その彼女がダビデ王の先祖になるとは、神様のなさることはわからないなあ、
と思いました。
ルツの姿の中に、
状況がどうであれ、その中で、生きることを考える、
誠実な、真摯な人の姿を見ました。
ナオミがそうであったように、我が身の不幸を嘆くこともできたでしょう。
でも、彼女は与えられた状況の中で、
自分のできることを考え、
そして、そこに神様のご計画を見るのです。
この先道がどうなっているか見えない、
それが私たちの常。
ヤコブの手紙には「あれをしよう、これをしよう」と言うな、
「神様が許してくださるなら、あれをしよう、これをしよう」と言え、
と書かれています。
本当に見えないんです。
そして、不安を覚えたりします。
でも、その中で、神様を信頼して、
自分に与えられたことをしていく時に、
自分の考えを超えた道が開かれていく。
そのことを信じて歩みたいと思いました。

主よ、わたしの道を導いてください。
自分で漠然と考えている将来、
それがいかに簡単に崩れていくか、
それを忘れることがありませんように、
道が見えなくなった時も、
どのように歩んでいったらいいのか不安を覚えるような時にも、
どうか、あなたが導いてください。
あなたを信頼して歩むことを教えてください。
今日の一つ一つの出会いを祝福してください。
今日も教会の一人一人の歩みを守ってください。

2006-02-06

自分の目に正しいこと・・・

今朝は天気予報でいっていたほど冷え込まず、
最低気温は0.8度C。
でも、9時半になろうとしている今も2.1度Cなので、
今日は寒い日になりそうです。
でも、これくらいは別に「厳しい寒さ」ではなくて、
「冬だからね」という感じですよね。
今日の段階でも、まだまとまった雪の予報は出ていません。
東京は雪がふるって言っていましたが・・・。

今日の聖書は士師記の17-21章。
士師記の最後です。
この士師記に出てくる、神に従っている人たちの姿にも、
ちょっと疑問。
でも最後の「人々は自分の目に正しいと思うことをしていた」
という言葉で、納得かな。
「自分の目に正しいと思うこと」をして、
そして、それを「神様が導いた」ということの欺瞞。
でも、自分もそれと無縁か、
と言われると、本当に難しいと思う。
自分の身勝手な思いか、
神様が導いておられるのか、
それを見極めるのは、本当に難しいことでもあると思う。
でも、それを「できっこない」というのもおかしい。
本当にできる限りの誠実さの中で、
主の御心を求めていきたい。
そして、その御心だと思ったことを、
「御心だから」と振り回すのではなくて、
同じ誠実さをもって主の御心を求めておられる方々と共に、
検証していきたい。

17-18章に出てくる「祭司」も、なんだそりゃ、と思う。
でも、自分もそうならないように、
気をつけていようと思った。

主よ、
いつもいつもあなたを求めます。
あなたを求めさせてください。
あなたの御心を求めて、
あなたから、答えをいただいて歩んでいくことができますように。
あなたを利用することがありませんように。
あなたの名前を自分の身勝手なことのために用いることがありませんように。
あなたの御心を教えてください。

私たちお互いの家族は日本にいる方々がほとんどです。
どうか、このような中で、近くにいることができませんから、
あなたが特別に、守ってください。

2006-02-05

神の力が去る時

眠れた。
良かった。
でも地下は残り香があふれている。
外ではなくて、地下がにおうというところがヤバイ。

でも、今日は日曜日、
心を主に向けて、
スカンクのことは忘れて、歩みましょう。(って自分に呼びかける)

今、外の温度は5.o度C。
今日は、午前中ちょっと温度が上がった後、
夕方に向けて冷えてくるでしょう。
天気は文句なしの晴れ。
予告通り、明日からは冬です。

でも、2月の日差しは1月のそれよりも
確実に暖かくなっているし、
日が暮れるのも5時を過ぎているし、
気分的にはずいぶん違うと思います。
そして、晴れる日も多いようです。
感謝。

ということで、聖書は士師記の12-16章を読みました。
13章からはサムソンの登場。

今日思いめぐらしたのは、サムソンの力が去っていった時のこと。
髪の毛をそる、という一見何ということのないことが、
決定的なことだった。
以前、イエスの「不倫の罪を犯さなくても、それを心に抱いただけで同じ罪なんだ」
という言葉に、「結果は全然違うのに・・・」と思ったことがあった。
でも、その後に教えられたことは、
社会的結果は全然違っても、
神様からの命の泉が涸れてしまうということにおいては、
同じなんだ、ということだった。
ホンの小さなことのように、思えても、
このサムソンのように、気がつかなくても、
神様の力が去ることがあるのだ。

考えてみれば、
アダムとエバがあの木の実を食べたことだって、
人を殺したこと、不倫をしたこと、
などに比べれば、
「社会的結果」は小さかっただろう。
でも、それは同じ「罪」だった。

心を開く相手を誤ったサムソン。
主の力が去ったことに気づいていなかったサムソン。
本当に惨めだと思った。

でも、主はもうコイツはダメだと見捨てられなかった。

神様、
小さな罪を軽く見ることがないように、
守って下さい。
あなたとの生命線が
切れてしまうことがないように、
助けて下さい。
いつもいつもあなたに繋がって、
あなたから力をいただいて、
歩む者としてください。

過ちを犯すことがないようにと願いますが、
もしもその様なことがあったら、
過ちを教えてください。
そして、憐れんでください。

今日の日曜日があなたの恵みといのちのあふれるものとなりますように。

夜中に目が覚めるのは

夜中に目差が覚めるのは、
祈りなさい、と神様が起こして下さったんだ、
と思ってきたし、その様に教会でも皆さんにお勧めしてきた。
でも、
今朝は、強烈なにおいで目が覚めた。
ん、電気系統の焦げるにおいか、
と探し回った。

その心配はなかった。

家内も起きていて、
「スカンクのにおいがする・・・」
とのたまうのだ。

そうだ、これは決して忘れもしない、
スカンクのにおいだ。
それもかなり強烈な。

眠れないかもしれない。

もっと恐ろしいことを考えてしまうのだが、
「家の中かもしれない・・・」
マジで。

このにおいの濃さは、去年の夏、
マジで「スプレー」を浴びた時の記憶をよみがえらせるもの・・・。
もうこれ以上怖くてかけない。

祈りつつ、おやすみなさい。
眠れないかもしれないけど。
でも、それは神様がスカンクを通して、
「祈りなさい」と言われているのかも・・・。

長い戦いにならければいいが・・・。

2006-02-04

小さい春


昨日が節分だったから、
今日は「立春」?
ですよね。
で、小さな春を探してみました。
チューリップの芽が出ていますねえ。
球根?4年くらい前に一回植えたでしょうか?
そのままで、毎年ここら辺に生えてきます。
ちゃんとやっていると大きな花が咲くのでしょうか?
ちゃんとやっていないので、
「いくつか花が咲く」程度です。
ちょっと調べてえさやってみようかな。


どうして・・・

今日も暖かい日です。
今朝は6時半から早朝祈祷会だったので、
その前に温度計を見たら、
2.5度C。
今、もう11時前ですが、8.6度Cです。
本当に春みたいです。
とっても寒い日が続く冬だったら、
こんなに暖かい日が続いたら、
「ああ、春が来たなあ」って思うでしょう。
でも、ここまで暖かい日が多いと、
どうでも良くなってきますね。

今日はこれから雨。
明日の朝には上がります。
そして、冬が帰ってきます。
その冬はしばらく続きます。
ですから、今日の暖かさは、大切にしましょう。

どれくらいの寒さになるかは、
たぶん、平年並みでしょう。
朝が-5度から-10度。
昼間は5度から0度くらい。
今まで暖かかった分だけ、
寒く感じるかもしれませんが、
今のところ、
まとまった雪が降る気配はありません。
でも、急に2日前くらいになって、
「大雪です」みたいな予報が出るのが、
天気予報の世界ですから、
楽しみにしています。

で、今日の聖書。
士師記9-11章でした。
「どうして・・・」というのは、11章に出てくるエフタが、
主の霊をいただいていながら、
主に用いられていながら、
なんで、「帰った時に最初に帰ってきた者を焼き尽くすささげ物とします」
なんて軽薄な、恐ろしいことを言ったのだろうか、と言うことです。
一人娘が出てきたから、こんな事件になっていますが、
最初に迎える人が娘や妻だというのは、普通じゃなかったのでしょうか?
これが召使いの子供だったら、どうだったのでしょうか?
どうせ召使いだろうから・・・という思いでこんな誓いをしたのだろうか?
本当に、「どうして・・・」と思う。
それも、神に用いられる、
神の霊をいただいた人が・・・。

でも、自分のことを振り返ると、
もちろん、こんなことは言わないかもしれない。
でも、完全な者ではないことは、
自分が一番よく知っている。
士師記を読んでいると、本当に神に用いられる人が、
他のところでは、「なんだこりゃ」みたいなことをしている。
人のことを裁くのは簡単だが、
自分はどうだろうかというと、
やはり、完全ではなくて、
失敗もあり、弱さもある。
ただ、ただ、神様の憐れみによって、
使命をいただいて歩んでいるだけなのだ。
主の守りを今日も祈りたい。

神様、
どうかわたしの歩みを守って下さい。
過ちから、誘惑から守って下さい。
あなたの憐れみによって支えられている者です。
どうか、今日も、支えて下さい。

明日の日曜日、あなたのすばらしさをいっぱいに経験出来ますように。


2006-02-03

迷うことと信じること

今日は暖かい雨。
なんだか春みたいですね。
一度上がって、
また明日も雨みたいです。
日曜日の雪の可能性もなくなりました。

でも、来週は寒くなるみたいです。
どれくらい寒くなるかはわかりませんが、
冬らしくなります。

今日はお天気の話題はこれくらい。
早速聖書の話に行きます。

今日から士師記。
士師記の1-8章を読みました。
今日はギデオンがなかなか神様の導きを信じられなくて、
迷いがあって、不安があって、
でも、そのギデオンに神様はいろんな方法で導きの確かなことを示されたところが
心に留りました。
本当にこれは私たちの姿、
いや「私たち」なんて一般化出来ない、
わたしの姿だと思います。
この羊の毛のところなんか、
羊の毛だけ濡れているようにして下さい、
地面だけ濡れているようにして下さい、
と2回もお願いして、
でも、主はそれを聞いて下さった。
何か、この神様の姿にほっとさせられた。
わたしが神様に従っていこうとする時に、
本当にこれが道なのだろうかと、
思わされて、
考えさせられて、
でも、なかなか進み出せない時にも、
主は忍耐をもって、
いろんな方法で、示して下さってきた。
これからも、その様にして下さるだろうと、
信じている。
これからも、また迷うだろう。
でも、主はその時その時、
これでもか、と思うほどに、
いろんな方法で道を示して下さるだろう。

主よ、
一つ一つのことについて、
なかなか確信を持って進むことのできない者です。
どうか、あなたの道を示して下さい。
あなたの導きを示して下さい。
ギデオンに対してもっておられた忍耐を、
わたしのためにもとっておいて下さい。
そして、ギデオンに与えて下さった勝利を、
わたしにも与えて下さい。

2006-02-02

グランドホッグデー

で、朝できなかった
グランドホッグデーの話。
Candlemasの日(2月2日)に、
グランドホッグが自分の影を見たら、
あと6週間冬が続き、
見なかったら、2週間で終わる、という言い伝え。

今日も盛大にグランドホッグデーを祝った町があります。
ペンシルベニア州の
Punxsutawneyという町(読み方はわかりません。パンクスストーニー?)。
ここのフィル君というグランドホッグが、オフィシャルな予報をするみたいです。
これは1800年代から続いているみたいです。

そして、今日の結果は、影を見た、ということで、
あと6週間冬が続きます。
でも、オフィシャルページを見ると、
「あと6週間の暖かい冬」だそうです。
結局それって、「春」ってこと?

だけど、グランドホッグといえば、
去年の夏ですよ。
うちの庭の日本キュウリを全滅させたのは奴らです。
おととしもやられましたが、
去年は全滅ですからね。
さすがに参って、かご型のわなをかけました。
本当はlicenseをもった業者以外はしてはいけないのかもしれません。
でも、調べないで、とにかくわながHome Depotで売っていたので、
買ってきて、10匹くらい捕まえました。
そしてちょっと離れた林や山の中に連れて行って放しました。
マジでホントは業者以外はいけないのかもしれませんよ。
通報しないで下さいね。
まねもしないで下さいね。
でも、かかるかかるわ、ホントにどんどんかかる。
1日に2匹かかった時もありました。
でも、かわいかったです。

スカンクに比べれば・・・。

実は、2回ほど、うっかり夜までワナを開けといて、
(グランドホッグは昼行性です)
夜行性の動物がかかっていたことがありました。
1回目はオポッサムだったと思います。
これはなんていうことはなかったです。
でも、2回目は、そう、スカンク。
こわいですよー。
ちょっとでも近づこうものならば、
さっとしっぽを高く上げて、
お尻をこっちに向けて、
臨戦態勢ですからね。

こわかった、こわかった・・・。

ま、この続きはまた今度。

神を主として歩む・・・

今朝の最低は-0.8度C。
今日も大体晴れて、10度近くまで上がるようです。
そして今晩から明日の朝が雨。
そして週末にかけて、
雨か雪の予報。
ちょっと注目中。

今日はグランドホッグデー。
今年の冬はいつ終わるか、ということをグランドホッグくんが、
占ってくれる日だそうで・・・。
いろいろ書きたいこともあるんだけど、
夜、時間があったら・・・。

ということで、時間もないので、早速聖書。
今日はヨシュア記15-24章。
一気にヨシュア記を読み終わってしまいました。
地名とかが多くて、あまりゆっくり読むところも少なく、
一気に進みました。

心に留ったのが、
24章14節で、ヨシュアが民に
「他の神々を捨てて、主(ヤハウェ)に真実に仕えなさい」というところ。
神を「主人」として歩むことですよね。
昨日、アーネスト・ゴードンという人が自分の書いた、
「クワイ河収容所」を読みました。
第2次世界大戦中に
日本軍の捕虜になって、収容所で過ごした人です。
最初は日本軍のひどい扱いと、
それに人間性を失っていく捕虜仲間達の中で
「地獄」を味わうのですが、
ある人との出会いから、
クリスチャンになり、
自分も用いられて、
収容所の中に、
人を思いやったり、寄り添ったり、
希望を持ったりする「天国」を味わっていくのです。

その中で、
イエスを「主」とすることは、
どこまでもイエスに従い、
人を愛し、赦していくことなのだ、
その収容所の状況に支配されないで、
どんなひどい仕打ちを受けても、
それに支配されないことなんだ、
ということを感じました。

自分もそうありたいと思いました。
人の言葉や、
自分の中のあまり気持ちの良くない感情、
そういうものに支配されない、
ただ、神様に愛されている喜び、
神様に使命をいただいている喜びに生きていきたいと思いました。

昨日、一人の方がイエス様を救い主としてお迎えしました。
その輝いた顔を見ていると、本当にこの神様にはその力がある、
と思わされました。

感謝。

神様、
どうかわたしを守って下さい。
いつもいつもあなたに繋がっていることができますように。
あなたを悲しませるような思いや言葉、行動から、
わたしを守って下さい。
あなたを主としていくことができますように、
そして、イエス様がして下さったように、
人を愛し、受け入れ、
それが、自分も、自分も周りの人々も造りかえていくような、
その様な生き方をさせて下さい。
今日の家庭集会も、
キッズクラブのためのミーティングも
導いて下さい。

2006-02-01

神の御思いを求めながら・・・

昨日は一日はっきりしない天気でした。
雨もたいしたことなかったし、
温度も4度C程度で、暖かくもなく、
雪が降るほどでもなく・・・。

今日はすかっと晴れました。
温度もそこそこひんやり。
冬の「穏やかな日」という感じです。
最低気温が1.5度。
9時で3.0度。
最高も8度くらい、という予報が主流です。

金曜日くらいから週末が雨。
そして、来週頭にかけて、
雪になっていく、という予報ですが、
さてどうなるか。
特にGFSというコンピューターモデルは、
日曜日にsnowstormを予想しています。
でも、誰も信じていないみたいです。
このコンピューターモデル、
つい2日くらい前は、
Super Bowlの行われるDetroitで
Super Snowstormの予想を出していたのに、
昨日の夜は「東海岸」ですから・・・。

興味のある方はこちら

だんだん長くなるお天気のコーナー。
(おい、勝手にコーナーにするな・・・)

で聖書のお話。
今日はヨシュア記の8-14章。
今日は、14章のカレブの言葉の中で、
「わたしは、見たまま、感じたまま伝えましたが、
一緒に行った者たちは民の心をくじきました」という言葉が
心に残りました。
神様から、もう与えられるとわかっていたところ。
でも、人々は恐れたのでした。
カレブは神の御思いを知り、
神がおられるなら、どんなに自分たちが弱くても大丈夫、
と思い、感じるままを話したのです。

自分が感じるままの方がいいのか、
それとも人々の声も聞く方がいいのか、
どうなんだろうと思いました。

人の声なんて聞かないで、
自分の直感を信じた方がいいのか、とさえ思いました。

わたしは神様から「牧師」という責任を与えられています。
そして、教会全体からもそれを任されています。
そんな中で、人の声に振り回されてはいけない、と神様は言っておられるのか?
そう思いました。

でも、思いめぐらしているうちに、見えてくるものがありました。
それは、直感か、人の意見か、ではなく、
わたしが直感で感じた時に、何を見ているか、
本当に神様が共におられ、
導いておられ、
私たちに最善のことをしようとしておられることを信じている中で、
感じたことなのか、
そうでないのか、
そして、周りの人の意見も何を見て出てきた意見なのか、
神様を見上げる中で出てきた意見なのか、
そうでないのか、
そこを見極めること、それが大切なことなのだと思わされました。

大切なのは、自分の直感を信じるか、人の意見を聞くことか、
なんて単純なことではなくて、
一つ一つのことが、神様の御思いを求めている中で出てきたことかどうか、
を見極めることだと思わされました。

感謝。

神様、
わたしがあなたを見上げて、
カレブとヨシュアのように、あなたを信頼して、
進んでいくものでありますように。
いつもいつも、あなたの御思いに集中して、
あなたの喜ばれることに集中して、
歩んでいくことができますように。

人の声を聞く時にも、
その言葉が、あなたを見上げている中で
あなたを信頼している中で、
出てきた言葉なのか、
それを見分ける力を与えて下さい。

今日の一つ一つの出会いを祝福して下さいますように。

2006-01-31

何のために自分はこんなことをしてるんだろう

なんてことを感じたことはありませんか?
その話はまた聖書のところで。

昨日の夜は久しぶりに勉強で夜更かしをしました。
勉強して、書き物して、2時頃だったかな。
でも、それからしばらく興奮していたのか、
寝付けず。3時。
mid-termの最中の息子の方が、
ずっとのんびりしていることに、「なんだこりゃ」でした。

今日は雨。
朝の最低気温は3.5度C。
冷たい雨ですね。
で、今は10時前で4.4度C。
夕方は冷えて雪が混じるかもです。
特にMahwahやWyckoff方面。

でも、昨日は暖かかったですね。
3時頃まで。我が家周辺は17度Cくらいまで行きました。
その後、Back door cold frontで、
急に寒くなりました。
これは普通は冷たい空気は北や北西の方から
流れ込んでくるのですが、
今回、北東の方から、
つまりボストンの方から冷たい空気が入ってきました。
これをBack doorっていうんですね。
昨日の場合は一気に16度Cから9度Cくらいまで下がりました。
今夜はそこそこ冷えます。
風邪にはご注意を。

今日の聖書ですが、ヨシュア記の5-7章を読みました。
またまたスローダウンしています。
で、今日は、6章のイスラエルの民がエリコの町の周りをただただ7日間に渡って、
だまって、回り続けたところに心が留りました。
表題にあるように、
「なんのために自分はこんなことをしているのだろう」と思うことありませんか?
意味がわかったら、もっともっと生き生きとできるのに・・・と思うこと。
この神様の命令もそうだったと思います。
なんのためにこれをしているんだろうか?
そんな疑問を感じた人々がどれだけいたでしょう。
でも、彼らはそれに従った、
そして神の奇跡が起った。

だから、今日は思いました。
与えられた状況を積極的に受け入れようと。
意味はその時にはわからないかもしれない。
でも、それが神様が与えて下さった状況であるならば、
意味はわからなくても、自分の方から受け入れていこうと。
そして、その中で、自分のなすべきことをしていこうと。
幸い、今は「何のために」と深刻に悩むような状況にはないのかもしれません。
だから、そんなことを気軽に言えるのかもしれません。
だから、今願います。
次にその様な状況に追い込まれた時に、
今日の祈りを思い出しますようにと。

神様、
私たちはどうしても納得いかないことがあります。
でも、そんなときに「靴を脱ぐ」気持ちで、
あなたの前にひれ伏して、
与えられたものを引き受ける勇気を与えて下さい。
わからなくても、
意味がわからなくても、
引き受ける勇気を与えて下さい。

2006-01-30

神の恵みの記念として

昨日も、幸いな日曜日でした。
多くの方々が共に礼拝を守りました。

総会も、皆さんはどうだったかなあ。
前向きな総会になったと個人的には感謝しています。
50人おられたら、中には
言いたいことを我慢された方もおられるかも・・・。
でも、日々の歩みの中で、その様な声もいつも聞きながら、
進んでいこうと思います。



今日の朝はすごい霧。
今はすかっと晴れて温度も上がってきました。
どうして霧が出るのか?
私もよくわからないのですが、
たぶん今朝のは、南からしめった暖かい空気が入ってきたけど、
空は大体晴れてきたので、熱が逃げて
ちょっと冷えて(最低気温が3.9度Cでした)、
空気が水分を含めなくなってしまって、
空気中に水滴として出てきてしまったのでしょう。

説明、まどろっこしいですか?

そして、明日の「雪」ですが、
ほとんどなくなりましたね。
降っても雨。
もしかしたら、そんなに降らないかもしれません。
そして、午後から夜は北西の風が強くなるでしょう。
夜はそこそこ冷え込むかも・・・。

そして、今お天気の世界で話題になっているのが、
「いつ冬が来るのか」ですが、
10日後くらい、という説が出てきました。

2月8日から10日間くらい、
冬が「いたちのさいごっぺ」のようにやってくるかも。

大体今年は寒くなると見ていて、
本当に12月前半は寒くて、雪も降って、
この冬は大変だなあ、と言っていたのですが、
12月後半から1月いっぱい、暖かいですね。
助かりますが、
拍子抜けです。

先週あたりは、この火曜日に雪が降って、
それからパターンが変わって寒くなるかも、
と言っていたのですが、
今日みたいな日はまたしばらくないとしても、
今週いっぱいは暖かいと思います。

しゃきっとする冬や
snowstormが好きな方は来週に注目ですね。

長くなりました。
今日の聖書です。
今日は申命記1-4章。
ヨシュアが新しいリーダーとして立って、
ヨルダン川を渡っていくところです。
今日はそのヨルダン川の石を集めて塚を造って、
記念とするところが心に留りました。
私はどちらかというならば、「?年を振り返る」のに抵抗を感じる方です。
(なんて言いながら、スライドショートか作っちゃうんですが・・・)
なぜならば、
古くからいる人だけが、「懐かしいなあ」と盛り上がって、
新しい人は取り残されてしまうように感じるからです。

でも、今日のところを見ると、
神様の恵みを記念とすることは次の世代にも大切なことなんだ、
ということが出てきます。
神様が、私たちの歴史にどんなにすばらしいことをしてくださったのか、
それを知って、それを語り継げていくこと、
それは大切なことなんだなあ、と思いました。
そして、自分の姿勢を正されたような気がします。

神様が導いてくださった道を感謝して振り返る、
そして、前に進んでいく、
その様な歩みをしたいと思いました。

主よ、
あなたのしてくださった、すべての良いことを、
忘れることがありませんように。
そして、そのことをただ懐かしむだけではなくて、
あなたの御業として語り継げていくことができますように。
私自身のここまでの歩みの中でも、
あなたがどんなにすばらしいことをしてくださったか、
それを語ることができますように。
そして、周りにおられる方々に起った神様の御業を
「聞いていく」ことが出来ますように。

2006-01-29

天から注ぐ雨のように

今朝の最低気温は-0.2度C。
昨日は本当に暖かでしたが、
今日も暖かい一日になるでしょう。
でも、午後か夕方からは雨。
また「雨」。

で、火曜日の「雪」ですが、
確かに、月曜日の夜から、
ニュージャージーの南、
デラウェア州の東の海上で、
低気圧が発達するようです。
でも、それが北に上がってくるか、
東に出ていくか、
それが大きな分かれ目になるようです。

後1日半先のこともよくわからない、
それが本当のところなんですよね。
確かにここ数年でコンピューターの性能が上がって、
ずいぶん予報が詳しくなったし、
当たるようになってきたと思います。
でも、やはり神様の造られた自然界は、
それを遙かに超えているんだと思います。

「期待しないで注目する」と言っていましたが、
結構期待してしまっている自分がいます・・・。

で、聖書の話。
今日は申命記を読み終わりました。
32-34章。

いろいろ心に留ったのですが、
一番祈りに導かれたのは、
32章のモーセの言葉の最初の部分。
「わたしの言葉は雨のように降り注ぐ」という言葉。
今、私が求めているのは、まさにこれ。
聖書の言葉を分析して、
「何か心に留る言葉はないかなあ」と探して読むのではなくて、
「雨のように降り注ぐように語られる言葉」、それを求めている。
そう、自分が御言葉を上から見下ろすのではなくて、
料理するのではなくて、
御言葉に語られて、
自分が料理されて、
神様の前に引き出されるような、
その様な毎日の聖書通読になっていけば、
と思わされる。

神様、
どうかわたしに語って下さい。
私の心に、私の存在に語って下さい。
そして、御言葉によって取り扱って下さい。
私を造りかえて下さい。
私を砕いて下さい。
あなたのことで私の心をいっぱいにして下さい。
御言葉を求めます。

今日の日曜日のプログラム、
一つ一つを導いて下さい。
礼拝、教会学校、
そして、教会総会。
主が最高に祝福して下さいますように。