2008-03-29

人を信じるということ

いやあ、今日も晴れたのですが、
寒かったです。
風も強く、気温も7度止まり。
夜の10時ですが、1度まで下がってきました。

明日の朝は氷点下5度くらいの予想で、
昼間も晴れますが、一ケタでしょう。

その後も気温は低め。
火曜日だけ天気はあまりよくないですが、
15度くらいまで上がりそうです。

この間の月曜日までやっていた、横田めぐみさんの写真展は、
残念ながら、どうしてもいけませんでしたが、
今日、めぐみさんの事件の25分のアニメが
日本政府のサイトで見れるということで、
見てみました。

私なんかと同世代。
そして、拉致されたのが今の真ん中の娘の年齢。

かなり見るのがつらかったです。

そして、率直な感想は、
「人はこんなに残酷になれるんだろうか」ということでした。

見ず知らずの中学生にこんなことをするなんて・・・。
想像のつかないことです。

子供の時から、あまり人を疑わないで生きてきました。
疑いたくない、信じたいと思って、
いろいろな事情で自分に対して怒りを覚えたり、
不信感を持つ人はいたとしても、
それはそれなりの事情があるわけで、
話せばわかる、説明すればわかってもらえると、
どうしてもわからなければ、それはしょうがない、
でも最終的には悪意があってそうなってしまうのではない、
そのように思ってきました。

ずっと。

だから、こういうことが、私と同じような一人の人に、
その家族に、起こったのだということが、
本当に信じられません。

人はどこまで残酷になれるのでしょうか?
どこまで冷酷になれるのでしょうか。

特別な事件だ、日常の中にはあり得ない、
とわたしたちは自分の心を説得します。

でも、この一家にとっては、本当に日常の中に、
こんなことが起こったのです。

人を信じることは大切なこと、
でも、それと共に人の中にはこのような残酷な、冷酷な面もあるのだということを、忘れないでいること、大切なんでしょうか。いろいろ考えさせられてしまいました。
なんとか、奇跡が起こって、多くの人々が解放されるように祈らされます。

さて、今日の聖書。
今日は出エジプト記の3章1-12節を読みました。

「今、行け。」10節。

40年前、人々に受け入れられなかったモーセ。
彼にとって、パロのところに行くなんて、考えられなかっただろうと思います。
でも、神様は、彼にただ「今、行け」と言われました。
そして、モーセは従うことを要求されたのです。

怖かっただろうなあと思います。
逃げ出したかっただろうと・・・
この後の神様とモーセとのやりとりはもちろん知っていますが、
知らなかったとしても、
モーセはつらかっただろうと、想像出来ます。
人々に拒否された記憶がそんなに簡単に消せるでしょうか?

冗談じゃない、私はいやです・・・。
もう二度とあんな経験したくない、と。
それが本心だったでしょう。

でも、神様は「行け」と言われました。
そして、実際、モーセが従った時にも、
「おまえがリーダーだなんて思っていない」とか
「余計なことをしてくれるな」とか、
いう人々がいたのでした。

主に従うことの意味を思わされました。
やはり主との交わりに生きていないと、
本当に主の御声を聞いてないと、
できないことだと思います。

いつもいつも主と共に歩む者でありたいと思います。

主よ、
どうか、あなたのみ声を聞かせてください。
あなたの御心を読み間違うことがないように、
いつもいつもあなたの御心を教えてください。
いつもいつもあなたとの交わりの中に生かしてください。
あらゆる人間的な恐れが消え去るまで、
あなたの御声に聞く者とならせてください。

明日の礼拝の祝福をお願いします。

2008-03-28

マツイ君結婚だって?

う~ん、結婚式は司式をさせて頂こうと思って、
勝手にねらっていたのですが・・・。
お声はかかりませんでしたねえ。(笑)

日本の報道よりも、アメリカの報道の方がおもしろいですね。
ジーターとアブレイユと3人で誰が一番か競争していたとか、
約束の時点で、ジーターはまだ彼女がいなかったから1年のハンデがあるとか、
報道陣から話を聞いて、ジーターは「誰から聞いた?」とあわてて
マツイに確認にいったとか。

でもプロポーズが去年の夏だったら、だいたい「競争しよう」という話に乗るのが、
ちょっとずるくないか、すべてを明らかにしておくべきだったのではないか、
なんて、日本の報道では「どんな人なんだろう?」というのがメインでしたが、
こちらでは、なんだか、3人の競争の話がメインになっているみたいですね。

でも、今回の話は本当に秘密だったんですね。大したものです。

今日は予報ほど雨は降りませんでしたし、
夜は雪が混じるどころか、もうすっかり上がっていました。

明日は晴れますが、寒いようです。
特に夜は-5度くらいまで下がりそうです。

今年は春が遅いと思っていましたが、
去年も4月の半ばくらいまでは結構冷えてて、
4月にも雪が降りましたね。

そして、4月半ばに大雨があって、
そのあと、ぐんと暖かくなったようですね。

今年は大雨抜きでぐんと暖かくなってほしいところです。

さて、今日の聖書。
出エジプト記2章11-25節でした。

「だれがあなたを私たちのつかさやさばきつかさにしたのか。」14節。

今日はいろいろ考えさせられました。
たぶん、書き始めると眠れなくなるくらい・・・。

で、ほんの一部だけを書きますが、
一念発起で指導者になろうとしたモーセ。
この時40歳くらい。
そして、その時には、神様はモーセを用いられなかった。

でも、ミデアンの荒野で40年経った、
80歳の頃、神はモーセに声をかけられた。

その40年の訓練はその後の40年のモーセの指導者としての
働きのためにあったんだと思うと、
今、自分が歩んでいるところはやはり訓練の途上なんだと思う。

そして、今日、本当に思わされたのは、
やはり自分は今まで、人にどう思われるかが祈りの生活の中にも、
影響を与えてくるような生き方をしてきたと。

どういうことかというと、祈りの生活が豊かになるように求めながら、
でも、心に、「自分の動機はどこにあるのか」と問いかけられて、
深く深く探ってみると、「祈りの人と見られたい」とか、
自分の祈りの生活が豊かになることによって、
周りにも影響を与えたいとか、
そういう「結果」の方がほしかったのかと。

本当にそのことを教えられて、
思い知らされて、主の前に祈りました。
「あなたとの時間を楽しむ者とならせてください」
「あなたの声を聞かせてください」

主よ、
今朝のあなたとの時間をありがとうございます。
もっともっとあなたの素晴らしさを、
あなたの愛を味わわせてください。
あなたと共に歩ませてください。
あなたと共に過ごす時間のsweetなことをもっともっと教えてください。

私の中にあるあなたを喜ばせないもの、
どうか燃やし尽くしてください。

2008-03-27

神の御手の中に

今日はぐっと冷えました。
朝は0度くらい。
昼間は10度くらい。
でも、曇り空で、底冷えのする日でした。

今は夜の9時過ぎで7.6度。
明日は5度くらいまでしか上がらないようです。
夜には雪も混じるかも・・・という予報です。

でも、今日になって、再来週には20度くらいまで上がる日が出てくる、
という予報が出始めました。

ああ、もう本当に春が待ち遠しいですね。
東京は桜が一気に見頃になったそうで、
本当にうらやましい限りです。

昨日の朝のNYの祈り会には、
日本からN田さんが来られました。
そして、今日の午前中の祈り会にも・・・。

火曜日に日本から来られたビジネスマン。
水曜日は一日会議があって、
明日帰られるそうですが、
今日は少し時間ができたので、
共に祈るために来て下さいました。

N田夫人は4時半頃に起きて子供たちのお弁当を作ってから、
教会の早朝祈祷会に行かれるそうで、
「ボクは着いていけない・・・」と言っておられましたが、
どうしてどうして、ご主人の方も、
本当に祈りの時を愛しておられる方だなあ、と思います。

本当に多くの方々が日本に帰って行かれましたが、
その多くの方々がわたしたちのためにお祈りをして下さっているかと思うと、
本当に心強いです。

来月にはG賀さんたちが来られます。
楽しみです。

今年の後半にはたぶんNJ赴任になるだろうという
10年前の元JCCNJの方もおられて
そちらも楽しみにしています。

今、ちょうど異動の時期ですよね。
日本から初めてNJに来られる方々もたくさんおられるのでしょう。
素晴らしい出会いがたくさんありますように・・・。

さて、今日の聖書。
今日は出エジプト記の2章1-10節。

「その子は王女の息子になった。」10節。

生まれて3ヶ月の赤ちゃんを川に流さなければいけないなんて、
どんな痛み、どんな苦しみだっただろうか。

いくら、かごに入れられていたとしても、
その赤ん坊が助かるかどうかは解らない。
両親はどんなにつらかっただろうか。

でも、それをも、神は用いて、
モーセを王女の子として育てられた。
それも、赤ん坊の時は実の母親の元で、その乳を飲みながら。

神様のご計画はわたしたちの考えを超えている。
わたしたちの想像を超えている。
だから、一人一人の痛み、悩み、苦しみも、
わたしたちの考えを超えたところにつながっていくのだろう。
そう考えたら、楽しみだ。わくわくしてくる。

主がどんな素晴らしいことをして下さるか。
それを見せて頂きたいと思う。

主よ、
あなたの考えは私の頭で想像出来るようなものではありませんね。
あなたのなさることを信頼します。
あなたのなさることを楽しみにしています。
どうか、私が人間的な考えで、邪魔をすることがありませんように。
あなたの不思議な御業をご自由になして下さい。

今日のキッズクラブの祝福も感謝します。
更に多くの出会いが与えられますように。

2008-03-26

神の支配の下で`

今日は風がちょっとあったものの、
昼間はちょっと暖かくなりました。

でも、なんだか、この暖かさも今日だけ。
今、夜の12時で4.8度まで下がってきています。

そして、金曜日はなんと雪の可能性も出てきています。

その後も、2週間先まで最高10度止まりです。

最近、日本からまたあまりに悲しい+ゾッとするニュースが届いていますね。

今日の、岡山で18歳の男の子が駅のホームで30代の男の人を突き落として、死なせてしまった話。コワイのは、お父さんとも会話のある、優しい、普通の子だったこと。
よく、「おとなしい」だけでは、心の中にあるものはわからないよなあ、と思いますが、普通に周りの人たちと会話もする、そんな子が、とんでもないことをするとは・・・。

少年の心の中にどんなことがあったのか、知る由もありませんし、
彼に、どんなことがあっても、許されることではありません。

一つの大切な命が失われ、
奥さんはご主人を、子供たちはお父さんを、
ご両親は息子さんを亡くされているのですから。

でも、また、悲しいのは、彼がその心の中にあるものについて、
その怒りや悔しさ、投げ出したい思い、そういうものについて、
誰かにSOSを出さなかったのかなあ、出せなかったのかなあ、ということです。
少年のお父さんの痛み、悔しさも感じます。

同世代の子供を持つ者として、
また教会で子供たちと関わる者として、
深く考えさせられました。

人の心の中にあるものは、なかなかわからないものですが、
なんとか、その心の叫びを聞くことができないだろうか、
自分のこれからの歩みの中でそのことに力を尽くしていきたい、
そんなことを思わされるニュースでした。

さて、今日の聖書。
今日から旧約聖書の出エジプト記。今日はその第1章でした。

「さあ、彼らを賢く取り扱おう。」10節。

エジプトの支配者はイスラエルの人々を「賢く取り扱う」ことを考えました。
そして、最初に奴隷として「虐待」をします。
それでも、イスラエル人が強くなっていくのを見ると、
助産婦に男の子を殺すように命令をします。

でも、それらの「賢い」努力は、ことごとく水泡に帰すのです。

神様が導かれること、
神様がなさることの前では、
人間の小賢しい知恵は、虚しいことを思いました。

ただただ、主の守りを信じて、
主の導きを信じて歩んでいきたいと思わされました。

主よ、
あなたの守りを感謝します。
自分の頭で、ああしよう、こうしよう、と思う以上に、
あなたの導きを祈り、信頼して、進んでいくことができますように。
あなたの御手の中にある平安の中で、
正しい判断をしていくことができますように。

明日の今月最後のKids Clubを祝福して下さい。

2008-03-25

OJよ、おまえもか。

我が家でOJと言えば、シンプソンではなくて、
オレンジジュースのこと。

今朝、いつものように教会で祈っていると、
うちから電話。

「帰りにShopriteで子供たちのお弁当用にベーグルを買ってきて」
という話。
最近、なんだか、子供たち、ベーグルが気に入っちゃって、
ランチに持っていきます。
一番下のサキだけは「のりまき」とか言ったりしますが・・・。

ま、そんなの文字通り「朝飯前」ということで、
7時前に開いている方のShopriteで買い物をして帰ることに。

で、ベーグルを買った後、「なんだか2,3ドルぽっちの買い物もなあ」と
他に買う物はなかったか考えていると、
あ、確か、OJがもう少ししかなかったな。
と思い出してOJを物色。
1ガロン(約3.6リットル)サイズのShopriteブランドのが3ドル49セント。

普通、OJの紙パックは1ガロンの半分のサイズ。
3.49の半分だから、1.75ドル以下のがあれば、そっちがいい、
と計算したんですね。

そしたら、このOJが1.69ドル!
こっちの方がちょっと安い、と思ってそれを2本手にとって、
レジに並びました。
並んでいる最中によく見ると、
一番下に、1.85QTとあります。
「あれ、1/2ガロンは2QTだよね・・・」
「あっ、やられた!だめじゃん・・・」
まあ、でも、今からもう一度OJの棚に行って、
ガロンサイズを持ってくる気にはなりません。
「悔しい~」と思ってよく見ると、上の方に
「New Easy Pour Size」の文字が躍っているではないですか・・・。
訳すと「新しい、注ぎやすいサイズです」・・・。
ま、確かにぐっと細くなって、
手の小さい人でも「注ぎやすい」のかもしれませんがね・・・。

量が増えた時には、
Same Price, Now 20% More!
って字が躍るのですが、

減った時には、絶対に、
Same Price, Now 20% Less!
なんて、字は躍りません。


アメリカってよくあるんですね、こうゆうの。
「新しい便利なサイズ」とか
「新しい買いやすいサイズ」とか、
結局のところ、値段は据え置きで、サイズだけ小さくなる。

「結局、隠れた値上げじゃん・・・」

何年か前にヨーグルトがやりました。
それまでは一つを2人で分ければちょうどいいサイズでしたが、
3/4のサイズになって、「2人で分けるのはなあ・・・」と
ちょっと多めだけど一人で食べきってしまうサイズになりました。

「やられた・・・」と思いました。

そして、去年、アイスが2QT(half gallon)から、1.75QTにかわりました。

「え~、アイスがhalf gallonじゃくなるなんて・・・」と思いました。

そして今度はOJです。

「OJよ、おまえもか・・・」でした。

今のところ、このTree Ripeだけのようですが、
他のメーカーも追随するでしょうね、これは・・・。

今日は10度まで行きましたが、
夕方はまた風が強くて、肌寒かったです。

今は夜の10時前で、5度くらい。
この後はあまり冷えないようです。
雨も大したことがなくて、降らないかもしれません。
そして、明日は待望の10度台半ば。

久しぶりの暖かさになるでしょう。
でも、風はちょっとあるかな。

そして、木、金とちょっと天気がぐずついて、
週末はちょっと冷えます。

本格的な春の入り口はまだ見えてきていません・・・。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書の最後、24章の36-53節でした。

「そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて・・・」45節。

昨日の、目が開かれる、というのもそうですが、
今日も、「心が開かれるように」「心の目が開かれるように」という思いになりました。

旧約聖書の中にも、
エリシャのしもべが、「先生、大変です、敵の軍隊が町を包囲しています」と、
大騒ぎをするのですが、
エリシャには見えていました。
敵の軍隊よりも遙かに多い天の軍勢が、敵の軍隊を包囲していたことが・・・。

私もそのような神様の働きを見る目がほしいと思いました。

そして、最後の
「 いつも宮にいて神をほめたたえていた。」53節を読んだ時に、
「ああ、賛美する教会、賛美のあふれる教会になりますように」
と祈らされました。

祈ると共に、賛美する、
神様をほめたたえる声があふれる、
そのような教会を建て上げていきたいと思いました。

神様、
どうか、私の目を、私の心を開いて、
あなたのなさることを見ることができるようにしてください。
あなたの御業を見せて下さい。
そして、私のうちに賛美を満たし、
教会の中に賛美を満たして下さい。

明日のNYでの一日を祝福して下さい。

2008-03-24

目を開いてください

今日はやっと10度を超えました。
でも、やっぱり底冷えしますよね。

今朝は氷点下2度くらいだったでしょうか。

明日は曇りで夜には雨。
あさっては暖かくなりそうです。

でもその後はまた冷えそうです。

今年の春の訪れはホント遅いみたいです。

でも、そう感じるのも、今年のイースターが本当に早かったからですよね。
春分の日の次の満月の次の日曜日。
木曜日が春分の日で、満月は金曜日。
そして、その次の日曜日ですからね。

来年は4月12日、再来年は4月4日でまあ、いい感じですが、
2011年は3月19日に満月になってしまうので、
次の満月が4月の18日。
またそれが月曜日だったりするもんで、
イースターは4月24日!
エー、そんなに遅かったのは記憶にない、と思ったら、
2000年は4月23日だったんですね。
すっかり忘れていました。

模様替え、しました。
ちょっとまだ途中ですが・・・。
やっぱり窓際に足、ってのは冷えるんですね。
ずいぶん楽です。

そして、これからは足が冷えるからたくさん着込む、
をやめて、足が冷えたら、血行をよくする!
それも運動で!と方針転換を決意。
なんと言っても、まだ、40代前半!ですから・・・。ハイ。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書24章13-35節。

「しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。」16節。

イエスと共に歩みながら、イエスが見えなかった弟子たち。
イエスのことを話ながら、イエスが見えなかった弟子たち。

自分の歩みはどうだろうかと思いました。
自分は目が開かれているだろうかと。

彼らはどうして目が遮られていたんだろうか。
悲しみの故?
不信仰?
神様がそうされていた?

もしかしたら、最後のかも、とも思いました。
とぼとぼ歩くわたしたちのために、
この出来事を与えて下さったのかも、とも思いました。

でも、やはりこの二人の目が閉ざされていたのは、
彼らの問題だったんだと思います。

目を開いて下さい、と祈りました。
目を開いて、神様のことを見せて下さいと祈りました。

イエスよ、
あなたがわたしが気がつかない時にも、
共に歩んで下さることに心から感謝します。
どうか、私の目を開いて、見えるようにして下さい。
あなたが共にいて下さること、がわかりますように。
人との関係においても、表面的なことだけではなく、
大切なことが見える目を与えて下さい。

2008-03-23

生きておられる主

今日も日中はよく晴れて、
気持ちのいい一日でしたが、
夜になって冷えてきています。
9時前で、もうすでに3度台。

明日の朝はかなり冷えそうです。

コンピューターデスクの足元がホント冷えるんですよねえ。
半地下の窓際って、ホントいかにも冷えそうですよねえ。
ラップトップなので、別に、少しましなところに持っていけばそれでいいのですが、
なんだか、プリンターとか、バックアップ用のHDとかケーブルを外したり、
つないだりするのが、なんだか面倒で、
うーん、「明日は模様替えだ~」モードに入っています。

今日はイースターで皆さんと一緒に礼拝が守れて、
心から感謝します。
もっともっとたくさんの方々と祝いたかったし、
「あの人来れなかったなあ」という方々もおられるのですが、
何よりも、「復活の主にお会いする」礼拝だったので、
それだけで感謝です。

さて、今日の聖書。
今日はルカ24章1-12節でした。

「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。」
5節。

生きておられるイエスを、
あたかも過去の人のように受け取ったり、味わったりすること、
そのことの愚かさが言われているところですが、
今日は私自身が、今日の礼拝で、イエスを「生きた方として紹介出来るか」
問われているように感じました。

ほんとうに「復活の主に会わせて下さい」と、
その祈りをささげさせられました。

そんなことを祈っている中で、
「復活の主は十字架の傷跡の残る方である」と教えられたのです。

ヨハネ20:20にあるとおりです。
「そう言って、手とわきとを、彼らにお見せになった。」

もう一度十字架のイエスが明らかに示されました。

「十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前に描き出された・・・」
ガラテヤ3章1節。

それで十分だと思いました。

そんなに気の利いた説教はできないかもしれない、
でも、いい。自分は神様から十字架によって、喜びにあふれるいのちを与えられた。
だから、それを経験して頂きたい。
それを伝えていきたい。

そのように感じました。

どうか、お一人一人が「復活の主にお会いする」ことを求め、
それを経験される方々が起されていきますように。

主よ、
復活の主にお会いすることができて、
感謝します。
十字架の恵みを覚えて感謝します。
この恵みにこれからも生かしてください。

そして、それを経験する方々がこれからも
起されていきますように。

今日、集われた方々、お一人一人に祝福がありますように。

Happy Easter!

「そう言って、手とわきとを、彼らにお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。」(ヨハネ20:20)

今朝、復活のイエスさまにお会いしました。
復活のイエスさまはその手と足とに釘の跡がありました。
脇腹には兵士が槍で突いた跡がありました。

私のために注がれたその愛に感謝しました。

外では朝日が復活の朝を照らしていました。

教会でお会いしましょう。

2008-03-22

日本語での交渉はねえ。

今日は昨日よりはぐっと暖かく感じましたが、

最高気温まだ一ケタ。


東京は桜が満開だ開花したそうですね。


うちでも満開になりました!
・・・クロッカス。

もう引っ越してきてから7年になりますが、

自分で植えたわけでもないのに、毎年春一番に、
元気に花を咲かせてくれます。

明日はイースター。
やっぱり最高気温一ケタの
肌寒い一日になりそうです。
皆さんとイースターを共に祝えること、
とても楽しみです。

で、今日は久しぶりにお料理をしてしまいました。
マニュアル男なので、料理本と首っ引きで、やりました。
おいしくできたら、本のおかげ、ということで・・・。

で、昨日だったでしょうか、
JCBの請求書が来ました。
JCBなんてずっと持っていなかったのですが、
MITSUWA JCBで支払いをすると、
Mitsuwaでの月~木の買い物が2,5,8,11月だけ、
10パーセントOFFになります。

そのためだけに作りました。

で、そろそろ1年経つのですが、

とうとうやってしまいました。

支払い遅れ。

日本に行っている間にdue dateが来てしまったんですね。

で、うっかり支払いが遅れてしまって、
請求書にlate fee 25ドル。

これはもちろん「取り消しのお願い」をしないといけません。
絶対、おとなしく払ったりしてはいけません。

で、電話をしました。

trrrrrrr.... trrrrrrrr....

で、もちろん最初は機械が出るんですが、
なんと、「if you speak in English, press 1, 日本語の方は2番を押してください」と
日本語のオプションがあるじゃないですか。

うかつでした。心は「交渉モード」
絶対取り返してやる!と自分の失敗は棚に上げて、
戦闘態勢です。

日本語で話をするモードにはなっていませんでした。
日本語でこういう交渉はしたことはありません。
いつも英語。

で、一瞬迷いましたよ。

でも、どちらが得意かと聞かれたら(って聞かれてないけど)、
もちろん、日本語。

で、とりあえず、「え~、どうやって言うのかなあ」と頭の中で
日本語での交渉の予行演習をしながら2を押しました。
オペレーターはやっぱり若い女の人(たぶん・・・)。

「はい、こちらJCB日本語カスタマーサービスの○○です。」

もう、先方が、やたら丁寧な話し方なので、
こっちも負けずと丁寧になってしまいました。

「あの~今日請求書をいただいたんですが、
まあ、私自身の失敗なんで、ほんとに、もうしわけないのですが、
うっかり支払期日を過ぎてしまって、
そのですね、Late Feeがついてしまったんですよ。
で、あの、まあ、その、ですから、
これをdrop(取り消し)して頂けませんでしょうか」(大汗)

絶対英語だったらこんな言い方しませんよねえ。

日本語での交渉は緊張します。ハイ。
英語はもう、恥も外聞もなく、勢いで攻めます。

あ、もちろん、そのlate fee、dropしてもらいました。
「かきごおり様、いつもちゃんと払って頂いておりますので、
今回に限り、取り消させて頂きます」だそうです。

ホッ。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書23:44-56です。

「神殿の幕は真っ二つに裂けた。」45節。

今日はこの言葉に神の情熱を見ました。
神様がどんなに熱い思いで、
この十字架を遂行されたか。

それを思わされました。
まるで神様のげんこつで一突きで、
神殿の幕が裂けたのではないかと、
そんなイメージが浮かびました。

私のためにそんなに熱い思いを持っていてくださったのかと、
感謝を覚えました。

神様、
十字架の愛を感謝します。
十字架に込められたあなたの情熱を感じます。
その力を覚えます。

どうか、明日のイースター。
多くの方々が復活されたイエスにお会いすることができますように。
「弟子たち主を見て喜べり」
という聖書の言葉が、明日のJCCNJの礼拝で実現しますように。

2008-03-21

Good Friday

今日はホントに寒い一日でした。
朝は0度。
昼間の気温も5度くらいまでしか上がらず、
夜の12時で2度です。
風の強い一日で、ホント、「寒い」です。

明日は30パーセントで小雪の予報も出ています。

毎日書いていますが、ホントに早く春らしくなってほしいです。

今日はGood Friday。
イエスが十字架にかかった日です。
一日、イエスの十字架を思いながらすごしました。

でも、その一方で、今日はもう日曜日の礼拝の準備。
心はもうイエスの復活の喜びに向いています。

日曜日の礼拝が、また礼拝後の愛餐会が、
楽しく、喜びにあふれ、また神様の愛に触れる時となりますように。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書23章26-43節を読みました。

「彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。」26節。

「イエスのうしろから」という言葉が心に留りました。
このシモンの負った十字架は、「強いられた十字架」とよく言われます。

自分から進んで選び取ったのではない、
無理矢理に負わされた十字架だったのです。

それもめぐみに変えられるのだとよく言われます。
シモンの子供たちの名前が聖書に書いてあるところから、
彼と家族が信仰に導かれたのであろうと言われます。

そういう痛み、苦しみ、そしてつらい使命もあるんだと思います。
そして、それがまた、恵みに変えられることも信じます。
そして、その十字架を負う道は
イエスの後ろをついていく道なのだと。
イエスの後についていく道なのだと。

イエスの後をついていこうと思います。
イエスが歩まれた道を歩きたいと思いました。
十字架が与えられたら、それを負わせて頂きたいです。
その十字架が「このためだったんだ」と解るまで
負わせて頂きたいと思いました。

主よ、
私はあなたの後をついていきたい。
与えられた、強いられた十字架を負っていきたい。
逃げないで、負うことができますように。
あなたの後ろをついて行かせてください。
その十字架が心の底から「恵みだった」と言えるまで、
導いてください。

イースターの礼拝を祝福してください。
イースターに復活のイエスにお会いする方が起されますように。

2008-03-20

従う。

今日は晴れましたが、
風の強い日でした。
まだまだ、足元は冷えますねえ。

最高気温も一ケタ。
夜の10時になって、2.8度まで下がってきています。
明日の朝はまた氷点下まで下がるでしょう。

クロッカスの花も暖かい日がやってきたら、
一気に満開になりそうな感じなのですが、
寒さに花びらを閉じたままです。

明日もその先もしばらくは一ケタの気温が続きそうです。
でも、まあ、今日みたいに晴れると、気持ちがいいです。
明日も晴れ、日曜日も、来週もほとんど晴れるようです。

早く本格的な春になってほしいですね。
(花粉は勘弁してほしいですが・・・)

今日も、例の本から・・・。

わたしたちの今の文化は「納得してから動く」。
でも、聖書の世界は、
「とにかく従っていく時に理解出来るようになる」。

まさに・・・と思いました。
自分もいかに御言葉に従うことを恐れているか、
御言葉に伴うしるしが頂けたら進んでいける、
そう思うことがいかに多いか。

とにかく従って行く時に開かれていく世界、
それをもっともっと経験させて頂きたいと思います。

今日の祈祷会に感謝。
祈りが教会を守り、生かし、支えることを信じます。

さて、今日の聖書。
今日はルカ23章13-25節。

「そしてついにその声が勝った。」23節。

こんなに悲しい、こんなに虚しい「勝った」という言葉はあるでしょうか。
「勝った」ということがこんなに虚しく感じられるのは他にあるでしょうか。

でも、この世の中に、どれほどまた、この虚しい「勝った」ということがあふれているでしょうか。
そして、その「勝った」方が正しいかのように思われてしまうことがどれほど多いことでしょうか。

ピラトの痛みを覚えます。
彼にとって暴動は一番の恐れでした。
暴動が起こることは彼の無能さを表すことでした。
これまでに何度か暴動を経験して、
またいくつかの失敗をして、
その首が危なかったピラトにとって、
絶対避けなければならないことでした。

その恐れが、
「これは正しくない」という心の叫びに勝ったんですね。

自分の心を探る時を持ちました。
自分が今しようとしていること、
それは人の声を恐れたことなのか、
それとも神様の声に従ったことなのか、
すぐにわかりました。

主に従う者でありたいと思います。

もしも、「無能」だと評価されても、
ただ、主に従う者でありたいと思いました。

主よ、
あなたの御言葉に、あなたの導きに、従う者であり続けることができますように。
人の声を恐れるのではなく、あなたをおそれる者であり続けることができますように。

あなたに従う者でありますように。
納得出来なくても、あなたに従っていく中で、
ほんとうのことを知ることのできる者としてください。

2008-03-19

金の器じゃなくても・・・。

今日は朝から雨。
一日雨。
今、ちょっと止み間ですが、
また夜中に降ってくるようです。
もしかしたら雷が鳴るかも・・・。

明日は晴れ。
でも風が強くて、余り暖かくなさそうです。

そう、今日もなんだかやっぱり肌寒い雨でした。

今は9時で8度。

今年は「雪」と予報が出ても雨だったり、
暖かくなる、と予報が出ても、そうではなかったり、
ちょっとがっかりすることが多かったですね。

そういえば、子供の頃は、
「雪が降る」って予報が出ていなくても、
雪が降ったりしたこともありましたが、
最近はほんとうにないですよね。

サプライズがないっていうか・・・。

そろそろ「春のサプライズ」大雪とか、があってもいいのでは、と思うのですが・・・。

昨日紹介した本。
今日も続けて読んでいました。

今日心に留ったこと。

テモテの第2の手紙にこんなくだりがあります。

「大きな家には、金や銀の器ばかりではなく、木や土の器もあり、そして、あるものは尊いことに用いられ、あるものは卑しいことに用いられる。 もし人が卑しいものを取り去って自分をきよめるなら、彼は尊いきよめられた器となって、主人に役立つものとなり、すべての良いわざに間に合うようになる。」(2:20-21)

その器が金や銀の器である、ということが必ずしも尊いことに用いられるのではなく、木や土の器である、ということが卑しいことに用いられるわけではない、というのです。
ただ、きよめられた器が尊いことに用いられる。金や銀の器でなくてもいい、尊いことに用いてください、と祈るのだ、とありました。極めつけの言葉は、

「神の国のぞうきんにならせてください。毎日使われるぞうきんになれますように」。

すごい。

金の器になろうとしなくていい。
尊く用いられようとしなさい。

「神の国のぞうきん」

ほんとうに心から、そのようになりたい、と思う人は何と幸いなことでしょうか。

さて、今日の聖書。
今日はルカ23:1-12でした。

「ヘロデはイエスを見ると非常に喜んだ。ずっと前からイエスのことを聞いていたので、イエスに会いたいと思っていたし、イエスの行う何かの奇蹟を見たいと考えていたからである。」8節。

この言葉を読んで、自分はどうだろうかと思わされました。
ただイエスに会いたい、何か奇跡を見たい、そんな好奇心とは一線を画すものをいったい自分は持っているだろうかと。何も違いはないのではないだろうかと。

そして、心から思いました。
イエスとの交わりを大切にしようと。
イエスに祈ることを、
イエスと共に時間を過ごすことを、
イエスに聞くことを、
イエスを喜ぶことを。

何処かの有名人に会って、
「あの人に会ったんだよ」とちょっと話の種にしたり、
ちょっと自慢したくなったり、とか、
そんなレベルでイエスとの出会いを経験するのではなくて、

「こんな奇跡を経験したんだよ」
「ゴーって言って、ワーって来て、ドカンと感じたんだ」という
レベルでのイエスとの出会いではなくて、

主との交わりの中で、語られて、生かされて、
ゆっくり共に歩む時が与えられて、
元気を与えられて、
歩んでいきたいと思いました。

ヘロデ王、イエスさまに会いながら、
イエスさまとの「出会い」のチャンスを失ってしまったこと、
とても残念に思います。

同じように自分も失わないようにしたいと思いました。

また周りの人々も、
せっかくイエスさまに会いながら、
イエスとの「出会い」を経験しないで終わってしまうとするならば、
どんなにもったいないかと思います。

主よ、
ヘロデはせっかくのイエスとの出会いのチャンスを失ってしまったこと、
残念に思います。

でも、私はどうでしょうか?
私も興味とか、好奇心とか、そのレベルで終わってしまっていないでしょうか?
イエスとの「出会い」を与えてください。

また、今度のイースターの礼拝で、
イエスとの出会いを経験する方々が起されますように。

「弟子たちは、主を見て喜んだ。」ということが、
多くの人々の中に起こりますように。

2008-03-18

礼拝をささげる。

早寝早起きを心がけるために、
できる時は、ちょっと早めに更新。

今日は思ったよりいい天気でした。
朝の冷え込みも-1度くらい。
昼間も10度くらいまで上がりました。

雨もまだ降ってきていません。

夜の9時前で気温は5度。
今夜は冷たい雨ですが、
明日は南風が入って、暖かい雨、とまでは行かなくても、
普通の春の雨になりそうです。

でも、夜になってから雷雨になるかも。
またFloodには要注意です。

週末にかけて冷たい空気が入ってきて、
土曜日はチョイ雪の可能性もあります。

そして、また4月の初め頃にも
また冷える日があるみたいです。

下の娘はこちらでは春分の日から暦の上で「Spring」になるのを
学校で聞いてきたのでしょう。
もうすぐで「spring」だね。としきりに申しておりますが、
本格的な暖かさはもうちょっとお預けのようです。

今日の朝は教会で早朝祈祷会がある日。
一人で祈ってきました。
久しぶりに教会で祈ったのですが、
ああ、こういう時が自分には必要だなあと
また思わされています。

今回ではなくて、前回日本に行った時に、
教会図書に買ってきた本。
自分と同じ年の韓国の牧師さんが書いた本ですが、

その中に、こんなことが書かれていました。

ヒューマニストの牧師は
「早朝祈祷会に出なさい」とは言わないで、
「ゆっくり休みなさい」「時間ができたら出たらいい」と言う。
でも、結局、それぞれの事情を聞いていくなら、
出ることのできる人は一人もいなくなってしまう・・・と。

その牧師さんの教会は礼拝出席が12000人、
早朝祈祷会が2000人だそうです。

もちろん、人数がすべてではないことはあるでしょうが、
礼拝出席者の6分の1が早朝祈祷会に出る、ってすごいですね。

そして、ご自身も、もしも理由をつけていたら、
365日、1日も出なくても許されるだろうと書いておられました。

まさに、それって今の自分の状態かと思いました。

そして、出た時に与えられる恵みがある、回復がある。
ヒューマニストの弱点は、頭を使うことによって従順さが失われてしまうこと。
神様の御言葉を握りしめて無条件に従うなら、問題は解決する、と断言されます。

励まされて、とにかく、毎朝早朝祈祷会をしようと思いました。

そして、今日、火曜礼拝でしたが、
もしかしたら、自分たち夫婦だけかもしれない・・・と思っていました。
(実際はそうではなかったのですが・・・)

で、いろんなことを思いめぐらしていたのですが、
礼拝が「お話を聞きに来るところ」みたいな感じになっていないかと。

調べてみると、礼拝を英語では「service」と呼ぶのですが、
その本来の意味は、神様がわたしたちを迎えて、サービスを与えてくださる、
という意味だそうですから、人に対するサービスなわけで、
そこに来られる方がいるということも大切なことです。

でも、もしも、「教会では火曜日にも主への礼拝がささげられている」ということであれば、
それは私一人でも、夫婦ででも、主に礼拝をささげればいい。
説教者もまた主からのサービスを受ける者として、そこにいればいい。
誰かが共にささげようと思われたら、喜んで迎えればいい。

そう思ったら、主を礼拝することが楽しみになりました。

なんだか、「神の国と神の義とを第一に求めなさい」ってこういうことなのかなあと、
と思わされる一日でした。

さて、今日の聖書。
今日はルカ22:54-71でした。

「あなたがたの言うとおり、わたしはそれです」70節。

自分の身を守るためにイエスのことを3度も知らないと言ったペテロ。
その直後にこのイエスの言葉。心に深く留りました。

そして、自分の心が探られました。
私は自分では、やはりペテロのように反応する人間です。
いや、もっと言えば、ペテロのように、
「自分は大丈夫ですよ」と言い切るんだけど、
いざとなったら、ペテロのように、反応してしまう自分に
時々自己嫌悪になります。

主の力をいただきたいと思いました。
主がこのように言われた、その言葉を、
聖霊様によって言わせて頂きたいと思いました。
主の僕とさせてもらいたい。

はっきりと、言うべきことを言える者にならせて頂きたい、
そのように思いました。

主よ、
今日の一日を感謝します。
語ってくださった一つ一つのことに感謝します。
どうか、あなたのことを真っ正面から証言する者とならせてください。
イエスさまが言われたその力を私にも与えてください。
言うべき時に言うべきことを言う愛と勇気を与えてください。

逃げ隠れしない強さを与えてください。

日々の歩みの中で
「神の国と神の義をまず求める」ことができますように。

2008-03-17

自分の願いか神の御心か・・・。

今日もいい天気でした。

でも、いい天気で明るい割に
外の空気は冷たい、そんな一日で、
最高気温もひとケタ止まり。

今夜も冷えそうです。
今、夜の9時で4度。
明日の朝はまた氷点下でしょう。

そして、明日の夕方から水曜日にかけては雨。

その後も余り暖かい日は多くなく、
今年の春はゆっくりやってくることになりそうです。

もうしばらくパッチが手放せない日が続きそうです。

さて、今日は今週日本に帰られる方々の中で、
お二人の方のところにご挨拶とお祈りに行ってきました。

これはいくら経験しても「慣れる」という種類のことではないですよね。
日本での歩みのために祈らされます。

そして、その後に、ちょっとだけIKEAに。

ホントご近所にできてから何年か経つのですが、
2回目かな。

だいたい「家具屋」なんて、
そんなにお世話になることはないんですよね。
こちらに長く住んでると・・・。

第一、家具はほとんど、カレージセールですから・・・。
新品を買うのの何分の一ですむことか・・・。

でも、久しぶりに行くと、
IKEAっていろんなものが、ほんとに安いんですね。

靴べら99セント。
トイレブラシ99セント。・・・これはガレージセールには出ないし、出てても絶対買わない・・・。

そこで、初体験だったのですが、
「レジ袋5セント」。

お、とうとうアメリカでもそういうことが始まったか・・・です。

去年の春から夏にかけてのAnya Hindmarchの
"I’m NOT A plastic bag"のヒットもあり、
世は「マイお買い物バッグ」ブームですが、
やっぱり、こういう風に、
「レジ袋使いたい人は5セント払ってね」
と言われないと、なかなかやらないですよね。資源の節約。

10年前、学生だった頃は、それなりに必死でしたから、
「このバッグを持ってきて、再利用したら、2セント引き」
と書いてあるShopriteのバッグを(ちょっと多めに見積もって)持っていって、
「5個持ってきたよ~」と10セント引きにしてもらったりしていました。

このマーク、今でも付いているんですよね。
いつもは小さく下の隅の方に書いてあるんですが、
3月は特別強調月間なのでしょうか、
ど~んと大きく書かれています。

どれくらいの方が、これを実行しているんでしょうか・・・。

最近は、レジ袋はほとんどゴミ袋として再利用させて頂いています。

でも、神様の下さったこの地球、大切にしていかないといけないですよね。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書22章39-53節でした。


「しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」42節。

このイエスの十字架を前にした祈りが、今日は心に深く留りました。
自分の願いではなくて、神様の御心だけがなるように・・・との祈り。

自分はどれだけしているだろうか、
本気で主の御心だけを求めているだろうか。
それが問われたように思いました。

私の願いが主の御心でありますように、とか、
私の願いを聞いてくださいとか、
私がこんな願いをするのをわかってくださいとか、
そんな気持ちが先に立つことがどれほどあるでしょうか。

主の御心が自分の願いになる。
そのような思いに祈りの中で導かれていく、
その大切さを思いました。

主よ、
あなたの御心がなりますように。
自分の願いではなく、
また周りにいる誰かの願いではなく、
あなたの御心がなりますように。
自分自身、それを真実に求める者となれますように。



祝TR完了。

また日付が変わってしまいましたが、
昨日の朝の雪はありませんでしたね。
一日穏やかな日でした。

今は夜の1時で0.8度。
明日の朝は氷点下ですが、
また穏やかな一日になりそうです。

いつも結構最後の最後にあわててやるのですが、
今年はもうTax Returnが無事終了。

今まで有料ソフトを使っていましたが、
今年は試しにIRSのサイトから、
Free Tax Fileの方法を探して、やってみました。
有料ソフトと余り変わらず、手軽にファイル出来ました。
所得の制限がありますが、こんなに簡単なら、
どうして今まで有料ソフトを使っていたんだろうかと思いました。

そして、先週末、Refundが来ました。
その間10日ほど。

我が家は子供が3人ですので、
Child CreditとAdditional Child Creditが両方出るので、
とても助かります。

でも、これも17歳未満。長男は2007年で終わり。
2008年のファイルからもう子供扱いは2人になってしまいます。


今年はこれに加えて、ブッシュの景気刺激策のチェックが来るので、
それも助かります。実質的に景気の刺激になるのかどうかわかりませんが、
単純に感謝。

さて、日曜日の聖書。
ルカによる福音書22章24-38節です。

「わたしもあなたがたに王権を与えます。」
29節です。

今までこの言葉に気がついたことはありませんでした。
主はわたしたちに王権を任されている。

でも、その王権は人々の上に権力をふるうことによって
守っていく王権ではなくて、
人々に仕えていく中で、実現していく王権。

ほんとうの意味で人に仕えていく、ってどういうことなんだろうかと、
いろいろ考えさせられます。
一つ一つの出来事の中で、教えられていくんだろうと思います。

表面的に仕えることではなくて、
仕えているふりをするのではなくて、
自分の好きなところで仕えていくのではなくて、
認められるために仕えるのではなくて、
「ああ自分は仕えているんだなあ」と感じるためにそうするのではなくて、

イエスが仕えられたように、
仕えることを教えてほしいなあと思います。

主よ、
仕えることの本質を、知りたいと思います。
頭の知識や、「聖書にこう書いてある」ということだけではなくて、
仕えることを知りたいと思います。

たぶん、自分で「自分は仕えてる」と思った瞬間に、
もうそれは違うんだろうなあと思います。

仕えることを教えてください。

2008-03-16

感謝。

もう16日になってしばらくたちますが、
15日のつもりで書きます。

今日はほんとうにいい天気に恵まれました。
もっとどんよりとした肌寒い日になるかと思っていましたが、
昼間は青空が広がって、暖かな、穏やかな日になりました。

そしてJOYJOYイースターには、
元気な仲間が50人くらい来てくれました。


中高生たちも劇をやってくれました。
練習が足りなくて、心配したようですが、
やはり本番になるとちゃんとやりますよね。

イエスの十字架の話、
復活の話を劇でやってくれました。

子供たちは、
やはり大人が話すよりも、
中高生のお兄さんやお姉さんたちが、
話す方が、一生懸命聞いているみたい。

あこがれがあるんでしょうか。

エッグペイントやエッグハント、ゲーム、
あっという間に時間の過ぎてしまう2時間でした。

写真がもう教会のHPには上がってきていますね。

こちらから。


で、例によって、子供たちそっちのけで、

エッグペイントをする図が載っている・・・。

ホントは一生懸命子供たちを助けてあげたんですがね・・・。



ほんとうに感謝。

いつもいつもわたしたちは、
その時までは一生懸命祈るけど、
感謝を忘れやすい者。

神様に感謝。
また祈ってくださった皆さんに感謝。
集まってくれたみんなに感謝。


あ、天気ですが、
今、夜の3時頃で6.3度。

これからちょっと冷え込んで、雨が降ってきて、
雪も混じるようです。

でも、朝起きて雪が降っていてもびっくりしないでください。
いずれにせよ、たいしたことはありません。
明日の礼拝は大丈夫です。


さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書22:14-23でした。


「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。」15節。

主がどんなに弟子たちとこの食事をするのを楽しみにしておられたかを思うと、
今も、主がわたしたちに心の中を見せてくださるのを、喜びとしてくださることを、
思わされます。

主は私を友と呼んでくださって、
私にその思いを見せてくださるのを喜んでくださる。

そこに行きたいと思いました。
主と共に時間を過ごしたいと私も思いました。

具体的に、時間を決めて、
主の元に行くことの大切さを思います。

主よ、
あなたがわたしたちと時間を共に過ごされることを、
どれほど喜びとしてくださるかを、
教えてくださってありがとうございます。

私も時を特別に決めて、
あなたのところで時を過ごしたいと思います。

どうか、あなたのみ思いを教えてください。

今日の一日を感謝します。

日曜日の礼拝を豊かに祝福し、
喜びで満たしてください。

2008-03-14

明日は大丈夫。


さて、いよいよJOYJOYイースターまであと15時間!

今夜の雨も明日の朝のうちに上がって、
午後には晴れ間も出てくるでしょう。
今日も13度くらいまで行きましたが、
明日もそれくらい行くかもしれません!

まさにJOYJOYイースター日和です。

家の中に閉じこもっているような日じゃないし、
ショッピングでつぶすのももったいない。
でも、「ピクニック」に行くほどの暖かさではないので、
まさに、「JOYJOYイースターに行くのにぴったり!」の天気です。

で、明日の夜から日曜日の朝は「チョイ雪」かも。
ほんとうにほんのちょっと雪がふるかも・・・です。
まあ名残雪、春の淡雪、見納めの雪でしょう。
降っても大したことはありません。ご安心を。

でも、朝と夜は雨なのに、
一番大切な時間、大丈夫なんて、すごすぎる!
感謝。

さて、明日のJOYJOYイースターに備えて、
早く休みます。

今日の聖書。
今日はルカによる福音書22章1-13節

「 彼らが出かけて見ると、イエスの言われたとおりであった。」13節。

今日は、ここを読みながら、
神様はわたしたちのために準備を整えてくださる、
道を備えてくださる、ということを感じました。

過越の食事をする場所を心配していた弟子たち。
彼らを派遣する時に、もう主はご存じでした。
誰が準備する場所を与えてくれるか・・・。

事前にイエスが話をつけてあったのか、
それとも不思議な導きで場所が与えられたのか、
そんなことはどうでもいいことです。

主が道を備えてくださっていた。
どんな方法であれ・・・。
そこに歩んでいった弟子たち。
自分の歩みがそれと重なりました。

自分で道を切り開かなければいけないつもりになっている自分。
傷だらけになっても、ボロボロになっても、
自分でやっていかなければいけないようなつもりになっている・・・。

でも、主は道を準備してくださっている。
主は先頭に立っていってくださっている。
だから、自分は主の導かれるままに、ついて行けばいいのだ。
開かれる道を歩んでいけばいいんだ、
そのように思わされました。

主よ、
あなたの切り開いてくださる道の故に感謝します。
あなたが先に立っていってくださるから感謝します。
ただ、あなたの足跡を見失わないように、
いつもあなたを見つめて歩んでいけるように守ってください。

2008-03-13

2ヶ月ぶり。

さて、今日は木曜日なので、
JOYJOYイースターまであと2日、
と言うか、あと40時間くらい。

で、気になるお天気ですが、
ズバリ「曇り」ですね。
気温は低め。5-7度くらいでしょう。

やっぱり、土曜日の朝まで+夜から、雨なんですが、
日中は曇りで雨の心配はありません。

GFSでは土曜日の夜の雨も南にそれて、なくなっていました。
NAMでは相変わらず土曜日の夜から雨で、日曜日の朝には雪、ですが・・・。

さて、今日は2ヶ月ぶりのJOYJOYキッズクラブ。
2月休んだだけなんですが、
すごい久しぶりの感じがしました。

で、久しぶりに20人の子供たちが集まってくれました。

今日は特に工作の時間が長くて、
子供たちの中に入って、
「今何年生?」とか聞いてみたり、
なぞなぞを出されて、わからなくて悔しかったり、
なんだか、そうやって子供たちと時間を過ごすのがとっても、楽しくて、
幸せな感じがしました。

始まるまでは「ああ、ちょっと間があくだけでこんなに不安になるんだ・・・」
と落ち着かない感じがしたのですが、
神様が助けて下さったんでしょう。

いやあ、楽しかったです。

あ、それから、今日は久しぶりに1ドル=100円を切ったそうですね。
1995年には1ドル=70円台というのがあったんですが、
100円以下も12年ぶりだそうで。

1994年の春にはアトランタにいたのですが、
そのころのジョージアはガソリンが1ガロン=80セントくらい。
(今ではなぜかNJが一番ガソリンが安いらしい)
で、1ドル80円くらいだったから、1ガロン70円とか。
リッター20円くらいだったんですねえ。

今、全米で一番ガソリンが安いNJでも、
平均で3ドルを突破しました。
隔世の感があります・・・。

ま、それでもリッター80円くらい。
まだまだ日本の半分ですね。

さて、今日の聖書。
今日はルカ21:29-38でした。

「いつも油断せずに祈っていなさい。」36節。

ほんと、いつ主が来られても大丈夫なように、
いつもいつも油断せずに・・・ですね。

この「油断」ってはまってますね。
聖書では「油」は「聖霊様」の象徴。
「油断」って聖霊様を忘れてしまうこと。

今日の祈り会では、
「肉」・・・自分のがんばり・・・と、
「聖霊様」が相対立するものとして、書かれていて、
聖霊様にはたらいて頂くのがどれほど大切なことか、
学びました。

「油断」すると「自分のがんばり」でやらなければ、と思って、
どんどんおかしくなっていく。

油断せずに祈る。

いつも聖霊様の力に頼って祈る。
聖霊様に導かれて祈る。

聖霊様助けて下さい。

主よ、
聖霊様に満たされて、
祈る者、祈り続ける者でありますように。
聖霊様の悲しまれるような言葉や、行動、
思いをきよめて下さい。

子供たちのための働き、感謝します。
どうか、今日集った子供たちにあなたが語り続けて下さい。
そして、土曜日のJOYJOYイースターにもたくさんの仲間を送って下さい。

2008-03-12

よっしゃあ!

今夜のGFSとNAMの予報が出ました。

それが、金曜日の夜も、土曜日の夜も雨。
でも、でも、土曜日の午後はぽっかり雨が止みます。(日本語変?)

そう、そうなると外でエッグハントができます。
ちょっと寒いかもしれませんが・・・。

でも子供たちはそんなの関係ないですよねえ。
子供は風の子ですから・・・って今は言わない?

日曜日はカーテンを開けたら銀世界・・・かも。
ま、あくまで「かも」です。「かも」。

月曜日は昼前に出動して、
Mitsuwa-Costco-Han Ah Reum(H-Mart)の無敵の買い物ツアーをしました。

まあ、それくらい冷蔵庫の中が空っぽになってしまった、
というわけなのですが・・・。

で、Costcoは私はものすごい久しぶりでした。
そして、そこで昼飯を食べました。
それはもうものすご~い久しぶりでした。
で、感動したのが、
今もCostcoのホットドック(ソーダ付)が1.50ドル。

二人で3ドル。Chicken Bake(だったっけ?)をつけても、6ドル半。

今日、NYで幕怒鳴怒で昼飯食べたら(朝もだったけど・・・)、
一人なのに7ドルですよ~。

もう、ホットドック食べるだけでもCostcoのメンバーになる価値はありますね。
年に何回も食べたくなるかどうかは???ですが・・・。

さて、今日の聖書。
今日はルカ21:20-28です。

「地上では、諸国の民が、海と波が荒れどよめくために不安に陥って悩み、人々は、その住むすべての所を襲おうとしていることを予想して、恐ろしさのあまり気を失います。天の万象が揺り動かされるからです。」25-26節。

いやあ、昨日もおとといも同じようなことを言っているかもしれませんが、
自分はいったい何を頼っているんだろうかと、思いめぐらしました。

どうしたら、ほんとうに神様だけを信頼するようになるんだろうかと。

それこそ、天地が揺り動かされることでもないと、
神様を信頼するようにはならないのかもしれないと思いました。

神様を信頼すること、
この地面や天体が揺り動かされたとしても、
動かない強さを持つこと、
主に与えて頂きたいと思いました。

「神はわれらの避け所、また力。  
苦しむとき、そこにある助け。
それゆえ、われらは恐れない。  
たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。
たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、  
その水かさが増して山々が揺れ動いても。」
詩篇46:1-3

主よ、
どうか、あなたを信頼することを教えて下さい。
もっともっとあなたを信頼することを教えて下さい。
あなたを土台とすることができますように。
あなたを土台とした信仰を養っていくことができますように。

岩の上に家を建てさせて下さい。

2008-03-11

確かなもの。

明日は朝からNYなので、
早く休もうと思っていたのですが、
早くも夜の11時半。

なんだか、まだカラダが1時間時差を背負ってしまっているみたいで、
夜は目が冴え、朝はキツイです。

今日も日中は晴れて暖かく感じたのですが、
気温はそれほど上がらず10度止まり。
そして、夜11時半ですが2.5度です。

今夜はちょっとにわか雪が降るかも・・・です。

明日の夜は風が強くて寒く感じるでしょう。

で、注目の週末の天気ですが、
とにかくStormは来るみたいですね。
で、JOYJOYの時間帯は大丈夫じゃないかなあ、
と思っています。

今日の夕方のGFSだと、土曜日の午後3時頃は
雨の降り始め。夜には雪に変わる・・・というシナリオです。

で、あと30分くらいすると次のGFSが出てくるのですが・・・。

さて、今日の聖書。
今日はルカ21:5-19でした。

「 それで、どう弁明するかは、あらかじめ考えないことに、心を定めておきなさい。 どんな反対者も、反論もできず、反証もできないようなことばと知恵を、わたしがあなたがたに与えます。」14-15節

いろんなことを思わされましたが、
壮麗な神殿を前にして、驚いている弟子たちに対して、
これらのものも、破壊される、跡形もなくなくなる、
とイエスは言われるのです。

人間の作った何物も、
私たちを救うことはない。
私たちに命を与えることはない。

ただ、主の力を頼ることの大切さを思わされました。

友人たちや家族からも迫害を受けることさえある。

だから、主を信頼すること。

私は子供の時から、理屈に弱いです。
口げんかはいつも負けていました。

いろいろ理屈で責められると、
なんだか、反論出来なくなっていく方です。
(カミさんとのバトルは別・・・なぜか・・・)
だから、「反論もできない言葉が与えられる」って、
そんなことはあるんだろうかと、
なんだか信じられません。

でも、主はそのような言葉を与えてくださると・・・。

だから、いつもいつも他のものではなくて、
主を信頼していこうと思います。

主よ、
私は何を信頼しているんでしょうか?
何か持っているものでしょうか?
信頼出来る人々でしょうか?

ほんとうにあなたを信頼するとはどういうことなのか、
もっともっと教えてください。
あなたを一番に信頼して、
ああ、主は素晴らしい!という
証が、賛美が口をついて出てくるように、
あなたを信頼することの素晴らしさを教えてください。

JOYJOYイースターまであと4日。
神様、守ってください。
たくさんの子供たちを送って下さい。
思いっきりあなたの素晴らしさを伝えることができますように。

2008-03-10

ささげもの。

サマータイムになって2日目。
昨日は教会の役員会があって、気がつかなかったのですが、

7時過ぎまで明るいんですね。

これはほんとうにうれしい。

あと10日ほどで春分の日。
昼間の方が夜よりも長くなるわけです。

今日、庭で見つけた小さな春。
毎年同じところに芽を出すクロッカスです。

去年は16日に大雪が降ったりして、
満開は26日頃でした。

今年は今までになく厚く敷いたCedar Mulchの下から、
やっと芽を出したところ。

去年は暖冬だった記憶があるのですが、
2-3月は寒かったんですよね。

今年はこの後順調に暖かくなってくれると、
去年よりかなり早く満開になりそうです。

今は夜の11時半で、気温は0.4度。
明日も氷点下の朝になりそうです。

土曜日は早くもJOYJOYイースターです。
天気予報は、うーん、むずかしい。
雨かも、曇りかも、雪かも。

夕方6時のGFSでは「大丈夫」!

どんどん「大丈夫!」になってください!

さて、今日の聖書。
今日はルカ20:41-21:4です。

今日のところはささげる姿勢についてのところです。

「みなは、あり余る中から献金を投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、持っていた生活費の全部を投げ入れたからです。」21:4

いやあ、持っていた生活費の全部を投げ入れる・・・。
そんなのできるのでしょうか?
そんなことをして大丈夫なんでしょうか。

・・・とやっぱり思ってしまいます。

じゃあ、この人、明日からどうやって生活したんだろうか、って。

まあ、それはそれとして、
自分のささげる姿勢を考えさせられました。
ホント、誰にも知られず、神様と自分だけの関係の中で、
心から感謝にあふれてささげていく、

それも「ありあまる中から・・・」ではなくて、
ほんとうに必要なものをもささげて・・・。

そんなことができるだろうかと思いました。

これは、ほんとうに主に導いて頂きたいと思いました。
主に教えて頂きたいと思いました。
誰かとの関係ではなく、
主に「ささげなさい」といわれたものを、
喜んでささげていく者でありたいと思います。

主に与えられた喜びにあふれて、
ささげていく者でありたいと思います。

ほんとうに主と自分の関係を大切にしていきたいと思いました。

主よ、
あなたの導きを与えてください。
私にはこの女性の気持ち、わかりません。
明日の生活はどうしたんでしょうか?

でも、そんなことを言っている私は、
イエスの頭に香油を注いだ女を、
「もったいない!」「どうしてそんな無駄遣いをするのか」と
責めた弟子たちのようですね。

私もあなたが語ってくださったら、
あなたが導いてくださったら、
そんな心配をしないで、
ささげることができるんでしょうね。

どうか、あなたとの関係で、
心からささげる者でありますように。

2008-03-09

季節。

今日は朝は氷点下。
昼間もまあまあ、寒かったです。
でも、もう3月ですよね。

今も11時半でちょうど0度。
明日は-5度くらいまで下がるようです。

昼間も7度くらい。
ちょっと今週は3月にしては寒い日が多いようです。

さて、季節は春ですが、
春はニュージャージーでは・・・というか日本との関係ですね、
3-4月は帰国の季節です。
来週あたりから、どんどん帰国される方々がおられます。
来週は教会の集会でお会いする方々だけで、3家族。
それから4月にかけて、また何家族か。
「何回かお会いした方々」とか、
「キッズクラブの子供たち」になるともう何家族かわかりません。

ここでの出会いに感謝して、
また日本で素晴らしい出会いがあることを祈りながら・・・。

そして、また新しい方々をお迎え出来るように祈りながら・・・。

ネットワークが広がっていくんですよね。
寂しいですが・・・また、感謝。

さて、今日の聖書。
今日はルカ20:27-40です。

「死人がよみがえることについては、モーセも柴の個所で、主を、『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と呼んで、このことを示しました。」37節。

今日の礼拝の中で、Golden Ruleと呼ばれるモノについてちょっと触れました。
「自分にしてほしいことは人にもしてやりなさい」というイエスの言葉です。

そういう話だったら、多くの人に受け入れられやすいと思います。

でも、聖書のメッセージはそのような話ばかりではありません。

時々、牧師として話をしている中で、
できるだけ多くの人に受け入れられやすい話をしたい、
と言う誘惑を感じる時があります。

でも、聖書のメッセージは時には「え~?」ということもあります。

この「復活」ということもその一つかな、と思います。

そう、もうすぐやってくる「イースター」もイエスの「復活」を祝う祭りです。

そんなこと言わなければ多くの人が信じられるのに・・・と言われることもあります。

でも、この復活がなければ、聖書のメッセージは骨抜きです。
イエスを復活させた神の力が今も私のうちに働いている。
それがどんなに素晴らしいことなのか、
どんなに喜びを与えるのか、
どんなに希望と命を与えるのかと思います。

死は、絶望です。
その前に私たちは全く無力です。
でも、神は死人をよみがえらせる力がある。
その力が私のうちにも注がれているのです。
だから、自分は弱い、情けない、無力な存在でも、
神様がこの力を与えるから、勝利です。

「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」ピリピ4章13節。

主よ、
復活の力を感謝します。
その力を今日も私に満たして下さい。
あなたの力が必要です。
あなたの満たしが必要です。
今日も生かしてください。

土曜日のJOYJOYイースターを祝福してください。

2008-03-08

一年で一番短い週末

明日からサマータイム。
「さまー」というにはあまりに寒い。ですね。

今日の昼間は時々激しい雨が降りました。
このあたりはそれほどひどい方ではなかったようです。
もうちょっと東の方がかなりひどかったようです。

洪水警報は出たままですが、
大規模なFloodはなかったようです。

で、そのころの気温は15度近くまで上がりました。
そして、7時頃に突風が吹いて、気温はどんどん下がって、
今は夜の11時過ぎですが、3度くらいまで下がってきています。

明日の朝は氷点下の冷え込みになりそうです。

で、今夜は一時間短い夜です。
ある人は、
The shortest weekend in the yearと言っていました。
こちらでは、月曜日が休みだと、
Long weekendと言いますが、
shortest weekendと言われて、
「ん、どういう意味?」と気を引かれました。
上手ですよね。

秋に時間を戻す時には、「早起きが楽だ!」と思うのですが、
しばらくは早起きがつらい日々が続きますね。

明日の礼拝に皆さん遅れませんように。

さて、今日の聖書。
今日はルカ20:19-26でした。

「神のものは神に返しなさい」25節。

今日はここですよね。
明日の礼拝の準備をしながら、
「神の国を第一に求めなさい」という言葉にほんとうに深く心の中を探られて、
また、この聖書の箇所から、そうだなあと思わされます。

私の心を100パーセント主に向ける。
主に返す。
主のものとする。

私のすべて、時間も、考えることも、
心のすべてが主のもの。

自分にではなくて、
何か他の「モノ」にでもなくて、
主の愛の中に自分の思いがどぼんと沈められて、
それだけで生きていく、
そのような歩みをさせて頂きたいと思います。

主よ、
私の人生も、
私の時間も、
私の心の関心も
すべてあなたに返します。
あなたのご自由に導いて下さい。
あなたを第1に求めます。
すべてのモノはおまけで与えられることを信じて、
ただ、あなたを求めます。

2008-03-07

大雨。

今日は朝はとても気持ちよく晴れていましたが、
午後から曇って夕方から雨。
もうすでにFloodになっているところもあるようです。

でも、実際雨の中心は明日の朝から夕方。
かなり降りそうです。
+前回の雨でかなり地面は水を含んでいるので、
すぐにFloodになるようです。

明日のお出かけはほんとうに注意してください。

Huntsville, ALのように雪にはならないようですが・・・。

で、JOYJOYイースターまでほぼ一週間。
ということで、JOYJOYイースターの日の天気を
GFSから予想してみると、
ズバリ「雪のち曇り」(笑)。
まあ、1週間先ですからね。
でも、2年前のJOYJOYイースターの日は、
みぞれでしたよね。
よくあるんです。こういうこと。

JOYJOYイースターの時間にはもう止んでいるでしょうが、
外は一面の銀世界・・・かも。

今日の朝の集会の時に思わされたのですが、
やはり、「自分の貧しさを知る」って、大切なんだなあと思いました。

「貧しい人たちは幸いである」というイエスの言葉。
「え~?」と思いますが、
それを聞いて、ああ、自分のことを言っている、
と思った人は、「自分の貧しさを知っている人」。

そういう人にこそ、主は恵みを注がれる。

ヨハネの黙示録の3章でも、
「自分は豊かになった、何の不自由もない」と思っている人たちに、
「ほんとうはそうじゃないのに、何もわかっていない」と悔い改めを迫られた。

自分の貧しさが示された時に、
それに素直に答えられる者でありたいと思いました。
自分を守らないで、
自分の虚像を守らないで、
主の前に、人の前に素直になりたいと思いました。

さて、今日の聖書。
今日はルカ20:9-19でした。

「そうすれば、財産はこちらのものだ。」14節。

たとえ話に出てくる悪い農夫たちの言葉です。
自分のものではないものを、自分のものにしてしまうこの農夫たち。

自分はどうだろうかと問いかけました。
神様のものを自分のものにしていないかと。

自分を神様にしていることはないかと。

ほんとうに注意したいと思いました。
そのようなことにならないように。

でも、その一方で、主が語られること、
主が導かれることにはほんとうに忠実でありたいと思います。
従順でありたいと思います。

主よ、
あなたを神とし、あなたに従う者とならせてください。
あなたのものを自分のものにしてしまうことがありませんように。
そして、いつもいつも警告を与えてください。
いつもいつも忠告を与えてください。
傲慢になったり、あなたのモノを自分のものにしてしまった時に、
それを示し、悔い改めに導いてください。

明日の大雨の被害が大きくなりませんように、
また吹雪の地域も被害が大きくなりませんように。

2008-03-06

人々に語る。

今日は穏やかないい天気でした。
寒すぎず、また暖かい、というほどでもない、
3月の穏やかな一日でした。

今、夜の11時で、1.6度です。
明日は夕方から雨。
そして、土曜日の夜まで雨です。
最後ちょっと雪が混じるかもしれませんが、
ほとんど雨のようです。

でも、このStorm場所によっては大雪で50センチくらい降るところもあるようです。
また南部の方まで雪が降るようで、
Huntsville, ALは少しですが積雪の予報が出ています。

今日は早速聖書。
ルカによる福音書の19:45-20:8です。

「 イエスは宮で民衆を教え、福音を宣べ伝えておられた」20章1節。

ユダヤ人指導者たちとの議論に巻き込まれていたイエス。
でも、イエスはいつも人々の方を向いていた。
人々に語っていた。
逃げるわけでもなく、
黙りこくるわけでもなく、
議論に明け暮れるわけでもなく、

ただただ、人々に語り続けていた。

私も人々に語り続ける者でありたいと思いました。
ほんとうにいつもいつも神様に聞きながら、
人々に語り続けていきたいと思いました。

そしてイエスの「権威」論争を読む中で、
私自身「牧師」の立場や権威を振り回すのではなくて、
ただただ、主に祈り、人に仕える中で、
御言葉を語る者でありたいと思いました。

主よ、
私の耳がいつもあなたに向いていますように、
私の顔がいつもいつも人々の方に向いていますように。
人々に語り続けていくことができますように。
あなたの福音を、あなたの愛を語り続けていくことができますように。

2008-03-05

錯覚。

今日は朝起きたら、
雨も峠を越していました。
気温も11度くらいと暖かな朝でした。

でも、また9時半頃、ザッと来ましたね。

その後、ずっとどんよりで、
夕方からは冷えてきています。

今、夜の9時半で、3度。
明日の朝は氷点下でしょうね。

で、金曜日~土曜日のStormですが、
ほとんど雨です。
そして、最後にちょっとだけ、雪が混じるかも、
くらいのようです。

このまま春になってくれるといいのですが・・・。

今日、来週からのJOYJOYキッズクラブのために、
いろんなアイディアを探していて、
こんなのに出会いました。




ビデオで見ている分には何が起こっているのか、
よくわかりません。

で、型紙を見つけて、
実際に作ってみました。

いやあ、はまりました。

片目で見ることがポイントですね。
両目で見ていると、何で・・・?と思うのですが、
片目で見ると、不思議にそれっぽく見えるんですよね。
最初に考えた人、すごい!!って思ってしまいました。

いや、キッズクラブではこれはやりませんよ。
子供たちは「何がおもしろいの?」とポカーンとしてしまいそうなのは・・・。

でも、思いました。
私たちは二つの目で見ればわかることを、
一つの目で見ていると、錯覚してしまうことがあるということを。

いつもいつも自分がどう思うかだけではなくて、
「神様はどんな見方をしておられるか」ということを
問いながら、歩みたいですね。

さて、今日の聖書。
今日はルカ19:28-44です。

「主がお入用なのです。」31節。

ただただ、主が必要としてくださっているから、
ただ、その理由だけで、主に仕えているんだと、
他の誰でもなくて、主が必要としてくださっているんだということを、
自分は主の召し、主の招きに従っているのであって、
そのほかの何でもないことを、
もう一度確認させられました。


だから、主に従っていく。

そのことの大切さをもう一度思わされました。

どこまでも、主に忠実に歩みたいと思います。

主よ、
あなたの招きに感謝します。
最初の時から、
あなたの召しであったことを思います。

どうか、それに忠実な者であり続けさせてください。

弱い者です。
心がぶれやすい者です。
ですから、あなたを見つめながら、
あなたのみ声を聞きながら歩むことができますように。

2008-03-04

Field。

さて、今日の分の更新。

午後、雨が降り出してから、どんどん気温が下がって、
夕方には4度くらいまで下がりました。
その後、ちょっと上がって、今は夜の11時ですが、5度。
これから雨が本格的になってくるようです。
雷が鳴るかもです。

金曜日から土曜日のStormですが、
今のところの予報ではペンシルベニアの西半分で
大雪になりそうです。
こちら側は雨がメインです。

あくまでも、今の段階での予想ですが・・・。

さて、今日の1回目の更新での
「Take Off」ですが、
昨日の夜、Sister Actを見たのが
ちょっと励ましになったんだと思います。

ちょうど私がアメリカに来た年、1992年の映画で、
もう16年前のヤツなんですね。

で、ずっと見たいと思っていて、
ずっと前に日本語版のDVDをポイントか何かで
タダで手に入れて、ずっとほこりをかぶっていました。

なぜか、昨日思い立って、見たわけですが、
シスターたちが、外は危険だと塀の中に閉じこもっていたのに、
主人公の影響で、人々の中に出ていくシーン、
いろんな考えがあるでしょうが、
単純に「そうだよなあ」と思って見ていました。

そして、今日の聖書。
今日はルカの19章11-27節。

「彼は自分の十人のしもべを呼んで、十ミナを与え、彼らに言った。『私が帰るまで、これで商売しなさい。』」13節。

マタイによる福音書に出てくる「タラントのたとえ」は5タラント、2タラント、1タラントと、一人一人違うものが与えられているので、これは「才能」「賜物」だと理解されていますが、ここでは、みんな「1ミナ」なので、こちらは「信仰」「福音」「救い」だと理解されています。解説にもそのように書かれていました。私もそう思います。

で、今日は、ほんとうに、私自身、伝道のために用いて頂きたいなあ、と思いました。

伝道のためのFieldが広く広がっている、この地で、
もっともっと、働きをさせて頂きたいと思いました。
だから、心が「外向き」になっていくことの大切さを思います。

主よ、
用いてください。
人々との出会いを与えてください。
表面的な出会いではなくて、
心が触れるような、
共に神様の前に出られるような
そのような出会いを与えてください。
一人ずつ、また一人と、
あなたを信じる人々が起されますように。

Take Off...

更新、遅れました。
これは昨日、3月3日の分。

暖かい日でした。
3日の昼間も14度くらい。
4日の朝も10度近くあって、
雨が降り出す前の昼頃は16度くらいに上がって、
ほんとうに春のようでした。

でも、4日の午後になって雨が降り出しました。

明日の朝まで雨です。
まとまった雨のようです。

そして、その後、特に寒くなく、暖かくなく、
でも、金曜日の夜から土曜日にかけて、
またStormになりそうです。
これは要注目のStormです。

教会の車、予定よりも早く、昨日帰ってきました。
元々3年保証のところ、5年保証を買っておいて、
それがほんとうに役に立ったということです。

折しも、昨日届いたConsumer Reportは、
年に1度の車特集。
今はほとんど「延長保証」を買っても、その値段の方が、
修理の値段よりも高くなるケースが多く、
余りお得ではない・・・と書かれていました。
最近の車は故障が少ないので、
延長保証をしても、それほど使わない、
または、修理費の方が安い、ということのようです。

あるメーカーの車は「10年以内」に修理が必要になるケースが
100台あたり70件ですから、
1台で何回か修理が必要になるケースを考えると、
半分くらいの車は10年間で一回も修理不要、なんでしょうね。
すごい・・・。

まあ、Consumer Reportは「延長保証を買うかどうかは高くつくギャンブルみたいなものだ」
と書いていましたが、今回は「あたり」だったわけです。

さて、昨日の聖書。
昨日はルカ19章1-10節。

「ザアカイ」のところです。

「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」5節。

主がザアカイの為に時間を割いて、
心を開いて、彼に触れたことを思いました。

その主の愛によって、彼が造りかえられたことを
思いめぐらされました。

自分がまた使命をいただいて、
時間を割いて、心を開いて、
触れるべきところに触れていく働きをさせて頂きたいと思いました。

そのために内なる人が強くされますように。
聞く者となることができますように。

そして、ザアカイのように造りかえられる人が起こりますように。

そろそろ、Take Offですね。
この地域に住んでおられるたくさんの日本語を使う方々のために、
もっともっと用いて頂きたい、
もっともっと主の愛とめぐみを伝える者でありたい、
そのように思いました。

主よ、
どうか、私の内なる人を強くして下さい。
そして、人を愛することができますように。
受け入れる深さが、もう一歩深くなりますように。
そして、聞く耳を持つことができますように。

あなたのことをもっともっと大胆に、
もっともっと多くの人々に伝えていくことができますように。

今年、またたくさんの方々が、あなたに会うことができますように。

2008-03-02

私の心はどこにある?

今日は気持ちよく晴れて、
暖かくなりました。
昼間は何度かわかりませんが、
今、夜の11時半で0.4度。
7時頃に帰ってきてから、
あんまり気温が下がっていません。

明日の朝までずっとこんなもんなんでしょう。

そして、明日の昼間はまた暖かくなって、
予報では14度くらい。
春ですね!

火曜日は雨ですが、今注目しているのは、
金曜日から日曜日くらいにかけて。
イタチの最後っぺのような冬のStormになるかなあ、
と思いながら見ています。

さて、今日の礼拝では、
最後に「あなたの宝のあるところにあなたの心もある」
という言葉を紹介しました。

大切に思っているものがあるところに、
あなたの心も向くんですよ、と。

さて、自分の心はどこに向いているのかなと。

今日の夕方問われていました。
いつもいつも同じではないかもしれません。
でも、今日の夕方、思いめぐらしていた時は、
確かに、自分の心は教会の一人一人に向いていたと思います。

主が御言葉によって一人一人に語って下さいますように。
人の優しさとか、暖かさとか、
それもいいのですが、それも主は用いて下さいますが、
でも、何よりも、御言葉による平安と、慰めと、「これだ!」という答えが
与えられますように、と祈らされます。

「私の与える平安は、世が与えるものとは異なる」(ヨハネ14:27)

さて、今日の聖書。
今日はルカ18:31-43を読みました。

「 彼を黙らせようとして、先頭にいた人々がたしなめたが、盲人は、ますます『ダビデの子よ。私をあわれんでください』と叫び立てた。」(39節)

人々に黙れ、と言われて、でも黙らなかったこの人。
私はこのようにできるだろうかと思いました。

主に求め続ける時に、
もしも、人々に「黙れ」と言われた時に、
たしなめられた時に、
私は主に求め続けることができるだろうかと。

黙らされない強さ、
黙らされない情熱、

持たせて頂きたいと思いました。

主の答えをいただくまで、
いつもいつも主に向かって叫び続ける、
そのような強さを、そのような切実な求める心を、
持ち続けたいと思います。

主よ、
あなたを求めます。
あなたに叫び続けます。
人々が「黙れ」と言っても、叫び続けます。
あなたに求め続けます。
祈りに応えて、あなたの御業をなして下さい。