2009-02-20

日進月歩。


今朝は5度くらいあって、暖かかったですが、
夜になってぐっと冷えてきました。
今は夜中の12時頃ですが、-4.4度。

明日の朝はかなり寒くなりそうです。
そして、明日一日氷点下の寒い日でしょう。

週末の雪の予報ですが、
まあうっすらと雪化粧、というところのようです。
一部にはBig Surpriseを期待する向きもありますが、
週末ですから、私的にはまあ、勘弁して欲しいです・・・。

さて、今日はPCの話題ですが、
最近、あちらこちらで評判になっている
「Dropbox」 を使い始めました。

オンラインで2GBもファイルを置いておけるスペースがもらえます。
そして、そこに自動でアクセスして、ファイルを更新したら、
自動でアップデートしてくれる、という優れもののサービスです。

たとえば、家のコンピューターで週報の原稿を打って、
それをDropboxに入れておくと、教会のコンピューターを開く時に、
そのファイルが自動的に教会のコンピューターにあらわれるのです。
そして、教会のコンピューターで中身を書き換えて、
また家に帰ると、家のコンピューターでも書き換えた内容が最新版になって出てくるのです。

説明下手なんですが、これはとっても便利。
昔はフロッピーディスク(といっても私は3.5インチからしか知りませんが・・・)で、
800KBのディスクを持ち運んで、データの交換をしていました。
その後1.4MBのフロッピーが出て、
100MBのZipDiskとかも出て、
CDに焼いたり、DVDに焼いたりしましたが、
最近は普通で2GBとか、大きいのでは64GBまであるUSBメモリーとかに、
入れてデータを持ち歩く、ということもあるでしょう。

でも、これがあると、もうそういう「持ち歩くもの」はいらなくなる。

それもコンピューター1の中にあるファイルと
コンピューター2の中にあるファイルと、
ネット上のファイルと、どれが一番最新版だ?
なんてことは考えなくてもいい。

ちょっと編集前のデータが見たくても、
簡単に引っ張ってこられる。

特にこの10年くらいはものすごいスピードで変わっていますね。

恩恵を受けるのはありがたいことですが、
何か踊らされているのではと不安になったりします。
これがなくても、ちゃんと生きていけるはずなのに、
いつのまにか、「これがなかったら、自分はどうなるんだろう」という風に思ったりします。

大切なことを見失ってしまうことがないようにと、
心から祈らされます。

さて、日曜日の聖書。
伝道者の書6章でした。

「彼が千年の倍も生きても、──しあわせな目に会わなければ──両者とも同じ所に行くのではないか。
」6節。

そうですよねえ。
本当にそう思います。
だから、自分がもしもキリストに出会ってなかったら、
どんな厭世的な歩みをしていただろうかなあと思います。

または、そういうことにはとりあえず目をつむって、
日々に楽しいことを求めて生きていっただろうかと。

神によって、
この世に生かされていることの意味を知って、
この世で与えられた使命を果たして、
主の許に帰っていく、
その幸いを思わされます。

生かされていることの喜びを感じます。

決して無駄じゃない、無益じゃない、
自分の歩み。
失敗ばかり、周りの人に迷惑をかけてばかりですが、
生かされていることが間違いではない、
ということを知っていることはどれほどの力だろうかと思います。

主よ、
感謝します。
あなたがいてくださること、
あなたが私を生かしてくださっていること。
私が生きることがあなたの御思いの中にあることを、
覚えて感謝します。

どうか、あなたの使命に生きることができますように。
明日も、一つ一つの出会いを祝福してくださいますように。

あした、スペシャルゲストが来られます。
楽しみ、楽しみ。

2009-02-18

いのちがけ。

今朝は寒かったです。
といっても-5度くらいですが・・・。


夜、また氷点下に下がってきています。
夜の12時頃で-3度。


明日は午後雪が降るようですが、
夜には雨に変わって、積もることはないようです。


週末にもう一度雪の可能性があります。
そして、次の週末にも・・・。


でも、いずれにせよ、春の雪。
1月の寒さが厳しかったので、
これからは寒くなっても、
「まあ、こんなもんか・・・」です。


昨日、夕方には、航空・宇宙博物館に。
そこでハジは「ライト兄弟」の物理の計算にいたく驚いていたようですが、
私は、子供の頃、わくわくしながら見ていた「アポロ」を一生懸命見ていました。


すごろくみたいな「アポロゲーム」で遊んだ記憶があります。


でも、今見ると、いかにも「ソ連」との覇権争いですよね。
月に「星条旗」立てちゃうんだから。
「ここ、俺たちの領土だよ」みたいな。


でも、飛行士たちは命がけだった。
いま考えると原始的な機材と、技術で宇宙に飛び立っていった。


その時培った技術に、今、どれほどお世話になっているのかは、
よくわかりませんが、
天気予報なんかは特に恩恵を受けているんでしょうね。

先人たちのいのちをかけた働き。
どれだけ恩恵を受けているのでしょうか?


信仰者たちもそうだった時代もありました。
信仰を守ることは命がけだった時代。


忘れないでいたいと思います。


さて、今日2回目。土曜日の聖書。
土曜日は伝道者の書5章8-20節。


「母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。これも痛ましいことだ。」15-16節。


この間、教会でヨブ記を読んだから、
この落差に驚く。
「裸で来て、裸で帰っていく、主が与え、主が取られる、主の御名はほむべきかな」というヨブの言葉とどれほど違うことでしょうか?

神さまの御手を信じていくことの力、
その主を信頼して歩むことの力を、感じさせられました。

一生懸命働いて、
それにこだわって、それを握りしめていたら、
それを持っていけないことがわかった時に、
どんなに痛ましい思いがするのか、

最初から、預けられているもの、
まかされたもの、
いつかはお返しするものとして、
持っていることの大切さを思わされます。

主がまかせてくださったものだから、
大切にして、大切にして、
感謝してお返しする、
そのような思いを持っていきたいと思います。

主よ、
あなたが、私に任せてくださっている、
多くものに感謝します。
あなたが、私に任せてくださっている、
多くの人々の存在に感謝します。
大切にすることを教えてください。

2009-02-17

知っていました?


17日の朝です。
末娘のたっての希望で実現したショットガン式のワシントン訪問。
でも、今回、私自身いろんなことを考えさせられました。


思っていたよりも、ただの「記念館」というよりも、
リンカーンの巨像の前に花が手向けられているなど、宗教色の強い「記念堂」だったことは意外でしたが、「アメリカの宗教はキリスト教ではなくて”Civil Religion”だ」と言われるのがわかるような気がしました。
でも、厳粛な思いにされる場でした。


何よりも、彼の演説や一つ一つの言葉にあふれ出てくる、
人々に対する献身の姿勢に心を打たれました。
大統領の働きに使命を感じて、人々にとって、国にとって何が大切なのかを
いつもいつも見据えていた姿を見させられて、
自分自身の使命と献身についても考えさせられました。


でも、それと共に、
アメリカがどうして南北戦争を遂行したのか、
特に北側がどうして戦争をしたのか、
考えさせられました。


「奴隷解放」
「国の統一」


この二つの大きな理由があるのだと思いますが
(あ、勉強していないので、ここから間違っているかもしれません、でも、リンカーン記念堂に書かれていることはそういう大義名分を思わせるものでした)
どちらも、戦争をしてまで守るべきなものなのでしょうか?
もちろん、一人の人間の尊厳を奪ってしまう奴隷制が容認されるべきではありません。


でも、


正義のための戦争、
一致のための戦争、


どちらも「自己矛盾」ではないだろうか、そんな気持ちになります。

命をかけてでも守る、というものがあるのはわかります。
でも、その一方で、敵の命を奪ってでも守るものがある、
というのは考え込んでしまいます。
強盗が入った時はそうかもしれません。
誰かの命が危機に瀕している時はそうなのでしょう。
でも、そのほかの時はどうなんだろうか・・・。
でも、この国は、国の独立を勝ち取った時から、
それを肯定してきたんですよね。
この国で生きることについて、いろいろ考えさせられました。


で、知ってました?


このリンカーン記念堂、
ペニー(1セント玉)の裏面(どっちが表か知りませんが・・・)に、
刻印されています。


こんな感じ。




で、よーく見ると、
真ん中にリンカーンがいます。


ほら。


知ってました?
ちなみに我が家は5人とも知りませんでした。


さて、ずっと遡って、金曜日の聖書。
ちょっとたまってしまいました。
あとで、まとめて更新しますが、
とりあえず1日分。

金曜日は伝道者の書5章1-7節。
「神の前では、軽々しく、心あせってことばを出すな。神は天におられ、あなたは地にいるからだ。だから、ことばを少なくせよ。」2節。

これは本当に大切なことだと思いました。
主を畏れて、主の前にひざまずいて、
主の答えを待ち望むことの大切さを思いました。

自分はどうだろうか?
自分は本当に主の前にひざまずいているだろうか。
主に聞くことに熱心だろうか?

人に対しても、神に対しても、
軽々しく言葉を発していることが多くないだろうか?

聞くことに心と時間を使う、
特に神さまに聞いていく、神さまに従っていく、
そのことに心を時間を使って行こうと思わされました。

主よ、
あなたの声を聞かせてください。
あなたが主であり、私はあなたに従う者であることを、
忘れないように、守り、導いてください。

2009-02-16

Presidents Dayだからね。

月曜日の未明。
Columbia, MDで書いています。
 
日曜日、全部終わった後、7時半頃出発。
2時間くらい、NJ州内をハジが運転して、
そのあと、州外に出る直前に交代したんですが、
 
宿まであと10分のところで、ポリスに止められました。
 
はい、お約束のあれで・・・。
 
でも、丁寧に、Politeに「Yes, Sir」で対応していたら、
警告だけで見逃してくださいました。
 
ずっと65マイル道路だったところから、
55マイル道路に変わったところだったので、
注意しなさい、ということだったんでしょう。
 
でも、時々警告必要ですね。
 
気をつけます。
 
で、今回はPresident Dayということで、
うちのオバマニアのたっての希望で、
オバマくんを励ましに行ってきます。
 
今日の夜までにはまたNJに戻り、
大人は平常の生活、子供たちは1週間のお休みです。
 
今日、早く目が覚めてしまって手持ち無沙汰だったら、
更新しますが、そうじゃなければ、深夜か火曜日に。

2009-02-14

与えられた時。

今日もどちらかというと暖かい一日でしたが、
夜になって、久々の氷点下。
今は11時半ですが、-1.6度。


明日の朝は-5度くらいまで下がりそうです。


で、しばらくは晴れ。


ついこの間までの寒さを考えれば大したことはありませんが、
一度暖かいのを経験した身としては、
ちょっと冷えるかも・・・。


昨日の飛行機事故、
やはり自分が生かされているのは、
当たり前ではないんだと、思わされる出来事でした。


昨年の新年には、
聖書学院時代にお世話になった先輩が、
半年前に急に天に召されていたことを知りました。
・・・緑の牧場教会 


そして、そのころ、同じ聖書学院時代の同窓生の同世代の姉妹が、
命の危機を経験されました。本当に祈らされました。
そして、主はまた命を与えてくださっていることをお読みしました。
・・・Servants ミュージックミニストリー 



同じ仲間で、10年前NJの教会にも来て頂いた先生も
今闘病生活を送っておられます。
闘いの中で生まれた賛美は心に響きます。
・・・ハワイでハレルヤ! 


先生方のために祈りながら、
神さまの癒しを祈りながら、
そして、支えてくださっている神さまの恵みを見ながら、


振り返って自分の姿を見つめてみると、
本当に与えられた命、
与えられている健康、
当たり前ではなくて、
与えられた時間、
特別なことであることを思わされます。


神さまに託された時間。
ちゃんと正しく使っているか、
反省させられています。


さて、昨日の聖書。
昨日は伝道者の書4章4-16節。


「三つ撚りの糸は簡単には切れない。」12節。

何でここで三つよりなのか、
二つじゃなくて、三つなのか、
直前には、困難にも2人なら立ち向かえる、とあるのに、
何でここで三つよりなのか。

それはおそらく、三つよりには、
神さまという糸も撚られている、ということなんだろう。

私と誰かではなく、
そこには必ず、神さまという存在が、共にいてくださる。
その神さまと共に歩んでいく。

それによって強くされる。
その恵みを感じました。
主が共にいてくださるから大丈夫。

主がそこに共に歩んでくださるから。

主よ、
三つよりの糸はたやすく切れない。
それを本当に経験させてください。
もう、既に与えてくださっていることに、
私の目を開いてください。

2009-02-13

ろくむし。

日付変わっちゃいましたが、
12日(木曜日)の記録。


いやあ、今日はすごい風でしたねえ。
寒さの面で現実にはまだ引き戻されていないようですが、
とにかく風がすごかったです。


あちらこちらで枝が落ちてきて、3人の亡くなった方がおられたようです。


さて、明日からはホントに現実が待っています。
朝は0度くらい。昼間も5度くらい。
夜はバリバリ氷点下です。


今日はJOYJOYキッズクラブだったのですが、
始まる前、人数がそろうまでの間、「ろくむし」をやりました。


どんな遊びかというと、
こんな遊び。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/boxbox/rokumushi.html


いまだに「ろくむし、やったよねえ」という方にはお会いしたことはないのですが、
ググルと結構たくさんヒットするので、全国区だったみたいですね。
そして、この手のゲームによくある地方ルールがいっぱい。
私が知っているのは基本ルールだけです。


いやあ、ちょっとやっただけなんですが、
汗をかきました。
パッチはいていて後悔しました。


でも、つくづく思いましたが、
やっぱり体を動かすっていいですね。
自分の中で眠っていた何かが動き出すのを感じました。


帰る時に、ある男の子が「ろくむし、またやりたい」と言っていました。

はい、またやります。
JOYJOYシンガーズでもやろうかな。


からだを動かすのは今の子供たちにホントに必要だから、
JOYJOY体を動かすクラブとか、
もっと思い切って、
JOYJOYろくむしクラブ、みたいな、ニッチな活動もいいかも。


もっとオヤジっぽく、
JOYJOY「俺は子供の頃、こんなことして遊んだぞ」クラブとか。


聖書のメッセージと共に、「遊び」を伝承していくのも大切な使命かも・・・。


さて、昨日(11日)の聖書。
11日は伝道者の書3:16-4:3でした。


「神は彼らを試み、彼らが獣にすぎないことを、彼らが気づくようにされたのだ。」3:18

神さまが与えられる試練にはどんな意味があるか、わからない。
いろんな可能性がある。意味がわからない場合もある。

でも、ある時には、自分の真相が見せつけられる。
普段はもっといい人間だと思っていたのに、
本当はとんでもない自己中心的な、
醜い思いを持った存在かということを見せつけられることもある。

そして、そっちの方が本当であることに愕然とする。

でも、それも、私たちが神さまに出会うための第一歩。
ほんとうの姿を知ることこそ、
ほんものになるための第一歩。

本当の自分を押さえ込むのではなくて、
認めていく中で、主が取り扱ってくださるのです。

主よ、
あなたが与えてくださる試練の中で、
本当の姿を見せつけられること、
とてもきついことです。
でも、それが恵みでもあります。
いつもいつも、つらくても、
自分の本当の姿を直視して、
そこからあなたを見上げていく者とならせてください。


今、
飛行機の事故のニュースが入ってきました。
前回はみんな助かりましたが、
今回は炎に包まれている映像が流れています。
どうか、犠牲になられた方々、家族の皆様に、
慰めと癒しを与えてください。


もう一度、私が今生かされているのは、
当たり前ではないことを、忘れないように守ってください。

2009-02-11

ご~じゃすな一日。

いや、特別なことがあったわけではありません、念のため。
いえ、ホントは毎日が特別な日ですが・・・。


でも、本当に暖かかったですね。
朝NYに行くバスの中では着るものを暖かくしていたので、
よく眠れた・・・という感じで、
初めて、NYに着いて、周りのお客さんが降りていくので、その物音で起きた、
という経験をしました。
(うーん、次は「お客さん!終点ですよ!」と運転手さんに起こされる or いつの間にか車庫に入っている、だろうと思います。)


でも、その重装備が後になっては「暑くてしょうがない」状態。
特にNYの図書館はめちゃくちゃ暑かったです。
帰りのバスは冷房かけていたかも・・・。


家に帰って見たら、今日のかきごおり家の庭の最高気温は17.8度。
これは4月下旬並の陽気です。


でも、夕方から順調に気温が下がって、今は11時過ぎですが、
6.8度。
今、まさに雨雲が来ています。
気温が下がってきているので、それほどではないと思いますが、
雷が鳴るかもしれません。


明日は現実に戻ります。
気温はまあまあ、高めだと思いますが、
風が強い一日になりそうです。


今日は早速聖書。
昨日、火曜日の聖書は伝道者の書3章1-15節。


「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」11節。

多くの人に愛されている言葉。
でも、それは前半だけ。
でも、本当にこの人が言いたかったことは、
この後半なんだろうと思う。

後半が私たちの実感に寄り添う。
前半は信仰の告白。

わからないことはある。
でも、主のなさることはいつも最善。
それをバカのように、単純に信頼して、
そこに身を委ねて歩んでいく。

それでいいんだと思う。
わからないことがあっていいんだと。
でも、主の最善を信頼して、ついていく。
それが大切なんだと思います。

主よ、
あなたを信頼して歩みます。
いつもすばらしいことをしてくださるあなたを。
どうか、私の心が揺らぐことがないように守ってください。



一人の人として。



日付が変わって、水曜日になってしまった。
火曜日の夜は8時頃からTaxのファイルから、
ハジの大学のFinancial Aidの書類の準備まで、どーっと進めた。
今週いっぱいにファイルしなければいけないところがいくつかあって、
水曜日、木曜日と時間が取れないので、
もう絶対今日やらないとまずい・・・と必死に進めた。


何だか頭が痛い。
いや、気持ちの問題じゃなくて、physicalに。


どういう訳か、自分のW-2が見つからなくて、
1時間くらい探していた。
数字はわかっていたのだけれども、
2つの大学がW-2のコピーを送れ!というので、
結構必死に探した。


他のTAX関係の書類と一緒に置いておいたつもりだったのだけれども、
去年のレシートに紛れてShoe Boxに入っていた。


自分の整理力のなさにつくづくあきれる。


でも、まあ、見つかったんだから、ましな方かな。
机の上に積み上がっている資料の中じゃなくて、
一応「家計に関するものが入っている箱」の中に入っていたんだから・・・。


月曜日はハジの誕生日祝いで外に食べに行ったのですが、
「行き帰り運転するか?」と聞いたら、
「する」というので、ほぼ2週間ぶりにハジの運転に乗せてもらった。


結構いけるかも・・・。


時々助手席側を縁石ぎりぎりまで寄せるので、
ちょっと怖いこともあったけど、のんちに言わせると、わたしもそうらしい。


ほんと、こういう一つ一つのことの中に、
ああ、もう旅立っていくんだなあ、と思わされる。


それ以上に、言うこと、態度など、一つ一つ、
親の願い通りにして欲しい、と思っている自分の気持ちの方を見せつけられる。


本人に任せること、
そして神さまに任せること、
その大切さを思わされます。


正直なところ、
わたし自身の子供の頃満たされなかったことを、
たくさん投影してきたと思います。
そして、それにハジは答えてくれてきたと思います。


特に、スポーツができなくて悔しい思いをした
自分は、息子が生まれた時に、
とにかくスポーツをやって欲しいと思いました。


別に親の期待がどうと言うことがあったかどうかわかりませんが、
一生懸命スポーツをやってくれました。


それが一番大きなことでしたが、
それだけではなくて、
たくさんたくさん、いろんなこと、
期待に応えてきたと思います。


大学を選ぶ時にも、少し、そんな感じもあるのかもしれません。


決してプレッシャーをかけてはいないと思いますし、
口に出して「ここに行け!」とか、
「こういう仕事に就け!」と言ったことはありません。


でも、結構、無言の期待を鋭く察知する方なのかもしれません。
いい選択をしていると思います。


神さまがハジの人生にとって最高の道を開いてくださいますように。


火曜日、ちょっと肌寒かったですが、
プラスの8度くらい。
今は水曜日の午前1時過ぎですが、4.5度。
夜になってからずっとこれくらいで一定しています。


今日は15度くらいまで上がって、
「ゴージャス」な日になるみたいですよ。
ラジオで言っていました。
「水曜日はゴージャスな日」だって。
でも、夜には雷雨があって、
木曜日は気温は高いけど、風が冷たくなってきて、
夜からはまた冬に戻るみたいです。


ゴージャスな一日を楽しみたいですね。


ということで、月曜日の聖書箇所。
月曜日は伝道者の書2:18-26


「どんなに人が知恵と知識と才能をもって労苦しても、何の労苦もしなかった者に、自分の分け前を譲らなければならない。これもまた、むなしく、非常に悪いことだ。」21節。

正直言って、この感覚はわからない。

「自分の分け前」が本当に大きなものだったら、
そんなことをも思うのだろうか?

自分の働きが自分だけで終わらない、ってなんてすばらしいことだろうか?って逆に思うんですよね。

次の世代に手渡していけるものは何か?
次の世代に何を伝えていくのか?

これからもこれにこだわっていくのだと思います。
時には「うまく伝わらない」と苦しみながら。
こんなはずじゃないのに・・・と思うこともあるでしょうね。

でも、それでいい、
私たちが種を蒔けば、
誰か他の人が刈り取ってもいい。

いや、刈り取ってもらえれば本当にうれしい。

そのことに気がつけばうれしいけど、
最後までそれを知らないでいるかもしれない。

それでもいい。

神さまからもらった自分の使命を果たせばいいのだ。

主よ、
あなたを知っていることが、
生きるためにどれほど力になっているか、
「伝道者の書」を読んでいて、本当に深く知らされます。
感謝します。
あなたの与えてくださっている使命に歩ませてください。

2009-02-09

プライド。

今日の朝は-2.4度。
まあ、思ったほどは冷えませんでした。
そして、昼間もそこそこ暖かくなり、
庭に残っていた雪も一気に消えました。
日陰や雪かきをしてたまったところだけに残っています。


今夜もそれほど冷えていません。


明日はまた暖かくなるようです。
週末まで冷え込みはゆるんだままみたいです。


今日はひとりの同労の牧師が訪問してくださり、
共に祈る一時を持ちました。


語り合い、祈り合う中に、
自分自身の問題が明らかにされていきました。


最終的にはプライドなのでしょう。
それでどれだけ時間や労力を使っている部分があるかと思います。
簡単な話が複雑になることもどれだけ多いかと思います。


本当に祈らされます。
やっぱり主に期待して、主に祈って、
主が教会(教会堂じゃなくて教会)を建ててくださるんだ、ということを
信頼していくことの大切さを思わされます。


教会の土台はイエスであり、信仰です。
「この教会は音楽がすばらしい」とか、
「この教会は盛り上がっている」とか、
そういうことが教会に集うことの決め手になる時に、
そこでは、教会の土台がキリストではなくなり、
違う何かになってしまっています。


盛り上がっていようがいまいが、
賛美の時に手を挙げようが挙げまいが、
神さまがイエスを私たちのために十字架にかけて、
救いの道を開いてくださった事実は何にも変わらない。


自分の祈りが自分の願ったように聞かれようとも、
願ったようにはならなくても、
神さまの私たちへの愛は全然変わらない。


私たちが神さまの愛を感じようが、感じまいが、
神さまが私たちを愛してくださったという事実には、何の変わりはない。


主を見上げていこうと思いました。


昨日、日曜日の聖書。
昨日は伝道者の書2:12-18


「事実、知恵ある者も愚かな者も、いつまでも記憶されることはない。」16節。

何日か前の聖書箇所でも同じようなことを感じましたが、
死んだ後も、人々の心の中に生き続ける、
それを信じている人々がどれだけいるでしょうか?

イエスの復活さえ、「イエスは弟子たちの心の中によみがえった」なんて、
噴飯ものの解釈をする人もいるくらいです。

信じていると言うよりは、それを支えにしている、
つまり、誰かに覚えてもらっているから、淋しくない。
誰かの心の中に生き続けることが生きたことの証、みたいな。

だって、神さまを信じなかったら、
どうやって死の問題に折り合いをつけて生きていくのか、
わたしにはどうしても想像できません。

よく聞く一つの解決が、
その「人の心の中に生き続ける」という論理です。

でも、この「伝道者」は思いっきり否定するのです。
「すぐに忘れられる」と、
善人も悪人も同じように、
勤勉な人も怠惰な人も同じように、
忘れられていくのだと。

でも「日々のみことば」にあったように、
主は忘れない。
主は私たちのことを心に留めていてくださる。

主との関係があるから、
神さまが心に留めていてくださるから、
生きる使命を与えてくださっているから、
私たちは生きることができる。

主よ、
あなたがいてくださるから。
あなたがわたしを心に留めていてくださるから感謝します。
あなたが与えてくださっている使命に生かしてください。

2009-02-08

18年。

今日はハジが生まれて18年の日。
今日は何にもしてやれなかったけど、
日曜日だからしょうがない。


去年なんか、日本行ってたから、それよりはまし、か。
去年のブログを見ると、息子の誕生日のこと、なーんにも書いていない。
日本での日々のことだけ。


今年は、とりあえず、明日ですね。


でも、個人的には、18年間、あの息子を預けてくださった、神さまに感謝。
責任を持って育てられたかというと・・・「???」ですが、
私たちが励まされ、助けられ、支えられて来たと思います。


そして、同じ2月8日誕生日のカルフォルニアに引っ越して行かれた「教会のおかあさん」に電話。
こんな時は時差がありがたい。11時に電話してもあちらは8時。
「夜分遅く・・・」なんて挨拶はいらない。
懐かしく、お話しをさせて頂きました。


世界中の仲間たちに祈られ、支えられています。


でも、今日は暖かでした。
あさから10度あって、ホント、春の陽気でした。
そして昨日の予想最高気温を大きく上回る14.7度。


本当に気持ちのいい一日でした。


でも、夜の11時半には0.5度まで下がってきています。
このあと、氷点下に下がって、明日の朝は-5度くらい。
でも、今週は先週までに比べると、ぐっと暖かくなりそうです。
もう、2月も中旬になりますから・・・。


さて、昨日、土曜日の聖書。
昨日は伝道者の書2:1-11。


「私は心の中で言った。『さあ、快楽を味わってみるがよい。楽しんでみるがよい。』しかし、これもまた、なんとむなしいことか。」1節。

そうきたか!と思った。
知恵を求めることがむなしいと知った時に、
今度は「快楽を求めた」か。

それはむなしいだろうなあ。

うーん、それはむなしいだろう。

楽しいものは楽しい。
楽しいことがたくさんある。

でも、それは生きる意味がわかっているから。
自分の使命がわかっているから、
楽しいことは他愛のないことでも楽しい。

でも、楽しいこと自体を生きる目的にしたら、
それ自体で心が満たされることを求めたら、
それはむなしいだろうなあ、と思う。

主にある「楽しさ」これを求めていきたい、
そして経験させて頂きたい、
そのように思いました。

主よ、
あなたに感謝します。
あなたが喜びと楽しみを与えてくださることに感謝します。
あなたにある楽しみをもっともっと知っていくことができますように。

2009-02-07

なんだかあったかい。



そうなんです。
今夜は暖かいんです。


さっき、あと1時間で終わる、というタイミングで、
1パウンド=99セントの豚肉をもう一度買いに
24時間営業のShopriteに行ってきたのですが、
ずっとこのところ「さみい」と肩をすくめながら、
ポケットに手を突っ込んで買い物していたのですが、


今夜は何だか暖かかったです。


そこで気温を見ると、夜の11時半現在、5.7度「も」あります。


明日の予想最高気温は・・・ん?10度。
昨日の段階では13度くらいと言っていたので、
ちょっとトーンダウンですね。


まあ、あと1週間くらい暖かい日が続くようです。
でも、15日頃からはまたぐーんと寒くなるようです。
春の足音も聞こえますが、
まだまだ冬将軍も元気みたいです。


で、月曜日に買った豚肉は「ほぼ」昨日までに食べ終わりました。
あと、みそ漬けにしたのが3枚くらい残っていますが・・・。
結構食べるんですね。
一日「5人で」1キロくらい。


今日買ったのは19日までに食べるか冷凍しなさい、と書いてありました。
今日はまだ7日ですから、
あと10日くらいは大丈夫。
まだまだ豚肉が主食の毎日が続きます。

来週の、というか、あと15分くらいで始まる新しい週のShopriteのお買い得は、
たぶん、「卵」。12個で1.49ドル。
1年半前くらいまでは、それが当たり前の値段ですが、
今では、この値段は貴重なチャンスです。・・・たぶん。


さて、昨日の聖書。
昨日は伝道者の書1章12-18節。


「実に、知恵が多くなれば悩みも多くなり・・・」18節。

だよねえ。
考えれば考えるほど訳わからなくなることや、
悩んでしまうことも多いと思う。

で、どうしても考えるのが面倒になってしまうことも多い。
で、理詰めで攻めてくる人に上手に説明できなかったりする。
そうすると、どうしても負けず嫌いの性格がむくむくと姿を現わす。

反対に、自分が「理詰めで攻めてくる人」になることもある。
そして、理詰めで押し切ったりすることもある。

でも、それがまた悩みの種になる。
本当にそれで良かったのかと。

何だかよくわからない。
「考えた方がいいのか、あんまり考えない方がいいのか」

この伝道者の書は考えることを勧めているのかなあ。
でも、やっぱり「考えて、何かがわかったり、知恵が増えることも、最終的にはむなしい」というのです。
これもやっぱり・・・

神さまを計算に入れないならば、
神さま抜きの人生ならば、

考えて、何かを極めることもむなしい。

でも、反対に、
神さまと共に歩むならば、

考えて、何かを極めることはすばらしい。

って、ことなんでしょうね。

主よ、
あなたがいてくださることに感謝します。
考えることも、
ものごとを極めることも、
意味を持つ、意味が生まれる、あなたと共に歩む歩みの故に感謝します。

早朝祈祷会に備えて・・・。

金曜日も寒かったです。
朝は-10.3度、最高気温は何とかプラスになって、0.8度。
でも、夜また冷えています。
今、午前1:45ですが、-8.6度。

あと5時間足らずで早朝祈祷会ですが、
寒い朝になりそうです。

でも、明日の日中はちょっと暖かくなるようです。

で、日曜日の説教の原稿が仕上がったので、
更新は後に回して、早く(・・・もないけど)休みます。

ではでは~。

2009-02-05

むなしく・・・ない。



今日はホントに寒かったですね。
朝はバリバリ寒くて、車の中で、手がかじかんでたいへんだったんで、
ポケットに入れたまま運転しました。(・・・なわけない。)


いやあ、ホント、「さみ~~~」と叫びながら、走りましたよ。(これはホント)


で、昼間も-5度くらいでしたよねえ。
今、夜の10時前で-9.5度です。


明日の朝も-10度を下回るのは確実です。


でも、寒さも明日の朝が峠。
昼間は0度くらいまで上がり、
土曜日、日曜日と暖かくなります。


さあ、春がやってきます。
・・・ちょっとだけ。


今日はJOYJOYキッズクラブの作戦会議。
今後の働きのためにいろんなことが話し合われました。

何よりも私たちの願いは、
一人でも多くの子供たちとの出会いであり、
神さまの愛を伝えることであり、
子供たちの心が守られることであり、
それはまたお父さんお母さんたちの心が守られることでもあります。


今年もたくさんの出会いが与えられますように。


今まで愛し、支えてくださった皆さんに感謝しつつ、
また新しい広がりが与えられるように願っています。


2月も楽しい、Exitingなキッズクラブとなりますように。


さて、今日の聖書。
今日から伝道者の書という旧約聖書の書物を読みます。
ヨハネによる福音書、続けて読みたかったような気もしますが、
予定表では3月8日までお預けのようです。


で、今日は伝道者の書1章1-11節。


「先にあったことは記憶に残っていない。これから後に起こることも、それから後の時代の人々には記憶されないであろう。」11節。

人がこの世を去った後も、
その人の存在が、周りの人々の心の中に、
そして記憶の中に生き続ける、ということが、
慰めになることがある。

それを慰めにして、支えにして歩む人もいるだろう。

でも、今日の聖書箇所は、
そんな私たちを淋しい気持ちにさせる。

「すべてはむなしい」
「やがては忘れ去られる」

この伝道者の書は最後の結論を知らないで読むと、
ちょっといたたまれなくなる。
「空の空、一切は空である・・・」
読んでいるのがつらくなる。
だから、12章を前提にして読むことにしている。
もしも、12章がなかったら・・・という仮定で・・・。

「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。」12章1節。
「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」12章13節。

もしもこれがなかったら、むなしいし、恐ろしい。

自分の存在が誰かが覚えてくれていたら、
それはありがたい。
でも、それもやがて忘れられていく、
何もなかったかのような日常が続いていく。

でも、神さまが私の創造者として、わたしを造り、
ここに生かしてくださったことを覚えると、
生きる意味があると思う。
そして、この世を去る時はその使命を負えて、
主のもとに召される時。

だから、人生は「空の空」ではない。

主よ、
あなたが与えてくださった時。
感謝します。
この与えられた時を、用いさせて頂きます。
どうか、明日も、あなたが与えてくださった時を、
あなたが願われるように、用いることができますように。

何事も無駄にはならない。



昨日はものすごい水泳選手が来て、
別世界に連れて行かれました。
夜中の2時頃と4時頃には一度戻ってきたのですが、
間もなく、また引きずり込まれて、
更新まではできずに、朝になってしまいました。


昨日は神さまの御業を見ることができて、
本当に感謝することがありました。


人間の力ではなくて、
私たちの努力ではなくて、
神さまが働かれる時ってこうなんだなあと思いました。


もちろん、主に従って歩んでいく中にも、
「何だかうまくいかないなあ」という時もあります。


でも、聖書にあるように、
「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。」(コリント人への第1の手紙15章58節)


すべては無駄にならない。
水の上にパンを投げるように感じる時にも、主は「無駄じゃないよ」と言ってくださる。


感謝。


昨日は寒い一日でした。
朝は氷点下10度。昼間も氷点下の真冬日。


でも、今朝はもっと寒かったです。
-12.6度。
最高気温もー5度くらいの予報が出ています。


さて、昨日の聖書。
昨日はヨハネ9章35-41節。


「イエスは、彼らが彼を追放したことを聞き、彼を見つけ出して・・・」35節。

イエスが、癒された人を人々が共同体から追放したことを聞いて、
それを聞いて、彼を捜し出したことが心に留まりました。
何度も呼んでいるところですが、
昨日は新鮮にそれを感じました。
主の愛を感じました。

私たちも探してくださる。
私たちが寂しさを感じる時に、
私たちが孤独を感じる時に、
共同体から切り離されたと感じる時に、
主は私たちを捜してくださる。
見つけ出してくださる。

主よ、
あなたが私たちを捜してくださることに、
私たちを見つけ出してくださることに感謝します。
私もまたあなたの僕として、あなたがしてくださったように生きることができますように。
教会が「キリストのからだ」として、あなたがなさったように歩むことができますように。

2009-02-03

豚肉祭り。

今日はやはり5センチくらいでしたね。
気温も高めで、大したことではありませんでした。


でも、気温が下がってきています。
今は夜の11時過ぎですが、-3.8度です。
この後、明日、あさってと真冬日が続き、
次に気温が氷点下を脱するのは金曜日です。


でも、それを過ぎると、1週間くらい暖かい日が続くようです。
春はもうそこまで・・・かな。


昨日、中間試験で早く帰ってきていた高校生の2人に、
「何が食べたい?」と聞いたら、ハジが「豚のショウガ焼き」だって。
かわいいもんです。
そこで「うにいくら丼」とか「トロ」とか言われたらどうしようかと思いますが、
そこら辺はわきまえているようで・・・。


そこで、Shopriteの広告を見ると、豚のかたまり肉が1パウンドで、99セント。


1パウンドはだいたい450グラムくらいですから、
100グラム22セントくらい。
円に直すと20円くらい。


早速買ってきました。
最低で5キロくらいですが、
それでも10ドルです。
100キロ買っても220ドル。


いえ、勿論買ったのは5キロくらいのですが・・・。


で、ショウガ焼きを作りましたよ。
いや、準備だけしてNYに行って、
夜帰ってきて食べました。


おいしゅうございました。
そうそう、ショウガの酵素はタンパク質を分解してくれるそうで、
柔らかくなっていました。


で、今日はトンカツ。(byのんち)


食べ過ぎはいけませんが、ビタミンBもたっぷりの豚肉。
まだ5キロのかたまり、半分くらい残っています。
10ドルでこんなに楽しめるなんて・・・。


今週ずっと特売でしょうから、
また買って、しばらく豚肉祭りになると思います。
Thank you, Shoprite!


さて、今日の聖書。
今日はヨハネによる福音書9章24-34節。


「もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです」33節。

腰が引けていた両親に対して、
この癒された人は、はっきりと自分の信仰の姿勢を表しました。

彼はこの言葉が決定的になって、
会堂から追い出されてしまいます。

でも、彼はそれを甘んじて受けました。

そうとわかっていても、
彼は自分の信仰の姿勢を表しました。
自分の立場を、
自分の旗幟を鮮明にしました。

私たちも、人からどう思われるかに縛られないで、
神さまから頂いた恵み、
神さまから受けた喜びを、
大胆に証するものでありたいと思います。

主よ、
あなたがしてくださったこと、
あなたが与えてくださったこと、
ありのまま、そして、大胆に語る者でありますように。

2009-02-02

最後まで微妙。

明日の雪ですが、
最後まで微妙ですね。
「何もない」からBig Surpriseまでいろんな可能性があります。

月曜日の夕方の段階で、
2-7センチ位の幅で予報を出しているところがほとんどです。

でも、つくづく予報の難しさを感じさせられます。
これを仕事としてやっている方々がうらやましくもありますが、
やはり、かなりのストレスなんだろうなあと思います。

今やコンピューターモデルに頼った予報が主流ですから、
コンピューターが出した結果がぶれると、
予報も振り回されます。
「大騒ぎしておいて、何だ!」という気持ちから、
かなり人を傷つけるようなメールを送りつけている人たちがいるみたいです。
「もうWeather Blogにはしばらく何も書かない・・・」とだんまりを決め込んでいる方もおられるようです。

どこの世界もネットでのエチケットが問題ですよね。

まあ、プロだったら、そんなことでめげないで頂きたいですが・・・。

というか、素人予報ファンにとっては、やはりプロの皆さんの予想を見て、
あーだ、こーだ、いうのが楽しい、というのもあるんで・・・。

で、明日はどうなるかわかりませんので、ドライブの方は気をつけて。

学校もEarly Dissmissalの可能性が全くないわけではないですから、
きをつけて・・・。

--------------------------------------------------------------

と、ここまでが5時頃。

そして、NYで集会があって、
10時半頃帰ってきました。

帰り道で雪が降ってきました。

「なにもない」という選択肢はなくなりました。

たぶん10センチくらい。
内心Big Surpriseを期待しているのは変わらないんですが・・・。

さて、今日の聖書。
・・・いいですねえ、この「今日の聖書」という響き。
しばらく、「今日」じゃなくて、「昨日」でしたから・・・。

今日はヨハネによる福音書9章13-23節。

「すでにユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていたからである。」22節。

イエスのことを「悪霊」と呼んだユダヤ人たちは、
イエスを信じる者を排斥することを決めていた。

それを両親は恐れていた。
共同体から追い出される。
どんなに恐ろしかっただろうかと思う。
当時の文化の中で、
会堂がすべてであるかのような当時の文化にあって、
どんなに恐ろしかったことだろうかと思う。

でも、10章に出てくるように、
イエスこそ、私たちが頼るところ。
共同体ではなくて、
イエスこそ、私たちが頼ることのできるところ。
私たちを養ってくださる方。

この主が受け入れてくださる、
この主が私を支えてくださることを信じて、
主に従っていく者でありたい。

そして、その主が支えてくださることを、
人々に語っていきたい。伝えていきたい。

共同体から追い出されることを恐れているが故に、
主に従えないでいる人々に、
主が支えてくださることの祝福を伝えていきたいと思わされた。

主よ、
あなたがいてくださるからありがとうございます。
あなたが守ってくださるからありがとうございます。

私を支えるのは共同体ではなく、
あなたです。
あなたの信頼して歩むことができますように。

2009-02-01

GFS 00Z



GFS 00Zも出てきました。
うーん、こっちもなんだか、ぱっとしません。
やはり火曜日の昼ごろから、ちょっと降るかな、という感じですね。


3月4日から27日の予定で日本を訪問します。
日本の予定がこれからどんどん決まっていくと思います。
集会等の予定、右の「日本の予定」というリンクで見ることができます。


去年同様、たくさんのすばらしい出会いがありますように。


さて、今日、日曜日の聖書。
そう、2月になって「日々のみことば」も2月号になりました。
今日はヨハネ9章1-12節。


「そこで、彼は行って、洗った。」7節。

イエスの言葉に従って、
彼はすぐに言って、目を洗いました。
そして、彼の目は見えるようになりました。

彼がすぐにそれに従ったことが心に留まりました。

自分はどれくらい、神様の導きに単純に、すぐに従っていることだろうか、
そのことを考えさせられました。

信じたように行動していないことがどれほどあるだろうかと。
信じても行動までにものすごい時間をかけていることがあるだろうかと。

信じて、すぐに従う信仰を与えていただきたいです。
信じて、従うものでありたいと思います。

主よ、
あなたのみ声にすぐに従うことができますように。
あなたの導きに素直に従うことができますように。

NAM 00z



夜10時ごろにNAM 00Zが出てきました。
火曜日の昼間では何にもなくて、
午後から、ちょっと雪、という感じです。
10センチ以下ですね。


おお、Super Bowl、大変なことになっていますね。
最後3分くらいでArizonaが逆転したんですが、
終了40秒前くらいにPittsburghが再逆転。


・・・そして、試合終了。


最後の最後、かなり盛り上がりましたねえ。


まだまだ火曜日の天気わかりませんねえ。
あと1時間くらいで
GFSの00Zが出てきますから、

それでどうなることか。


さて、土曜日の聖書。
土曜日はヨハネ8章52-59節。


「あなたがたの父アブラハムは、わたしの日を見ることを思って大いに喜びました。彼はそれを見て、喜んだのです。」56節。

イエスよりも1500年以上も前の人であるアブラハムが
イエスを楽しみにして、イエスを見て喜んだという。

わたしたちはイエスを知っているのに、
どれほど、それを感謝しているだろうか?
そのことの意味をどれだけ知っているだろうか?

ペテロの手紙を見ると、
ほかの預言者たちもみんな知りたかったのだったと書いている。

この歴史を超えたイエスの価値、
イエスを知った恵みを、
もっともっと感謝していきたいと思いました。

もっともっと、祈りのときも豊かなときとなりますようにと、
願いました。

主よ、
あなたのすばらしさをもっと教えてください。
イエスを知ったことの価値をもっと感謝できますように。
もっともっとそれを伝えることができますように。

何にもないかも?



日曜日が終わって、Super Bowlのハーフタイムです。

早速いろんな天気予報や、コンピューターモデルをチェックしていますが、
NAMもGFSも、「なんにもない」という可能性を示唆しています。

各天気予報ももう24時間先の話なんですが、
確率が60パーセントだと出しています。
つまり、何も起らない確率が40パーセント。

ちょっと笑っちゃいます。

これで何も起らなかったら、この1週間は何だったんだ?という感じですし、
10センチくらいでも、「何だったの?」ってかんじですよね~。
天気予報の世界に対する不信感が募ってしまうと心配です。

もう、私もお手上げです。
でも、期待して裏切られるとつらいので、
もう「何にもない」つもりですごそうと思います。
(天気キチガイの中では、そういう人、きっと多いと思います!)

3日分もたまってしまいましたので、
今日は一気に更新です。
まず、金曜日、1月30日の聖書。
ヨハネ8:42-51でした。

「私たちが、あなたはサマリヤ人で、悪霊につかれていると言うのは当然ではありませんか。」48節。
これはイエスと話をしていた元々「イエスを信じた」人々の言葉。
彼らはイエスがはっきりと自分の使命について、
また彼らの罪について、
語り始めると、今まで「信じていた」のに、
がらっと態度を変えて、イエスのことを「悪霊につかれている」という。
そのきっかけは、イエスが「真理はあなた方を自由にする」と言ったことだった。
イエスが「あなた方は自由にされなければいけない」と言ったことで、
彼らはカチンと来たのだった。
カチンと来る信仰、
本当のことをいわれてカチンと来るならば、
それは結局自分中心の信仰だということなんだろう。
自分はどうだろうか、
自分がカチンと来るポイントはどこだろうか?
自分の信仰が探られる。
主よ、
あなたの語りかけを、
サタンの働きにしてしまうことがないように守ってください。
私がカチンと来るところ、そこに持っているプライドを、
あなたが砕き、溶かし、取り除いてください。

2009-01-31

どーんと眠いので・・・。

今日は教会学校The BRAVEの先生たちの研修会。
いい学びの一時が持てましたが、
ちょっと疲れているようで、帰ってきて、
10時頃から、どーんと眠くなってきました。
で、とりあえず、今11時ですが、もう寝ます。

火曜日は雪です。
はい。決まり。
どれくらい降るか?
20センチかな?
40センチかな?
5センチかな?

明日の夜頃にはわかるでしょう。

トーンダウン。


日付が変わってしまいましたが、
これは30日の記録。
昨日まで、「歴史的なstorm」と騒がれていた、
来週火曜日のstormですが、
かなりトーンダウンしてきました。

主な理由は今日になって、いくつかのコンピューター予想が、
低気圧の進路をもっと東の方に、そして、弱く予想してきたからです。
東に行くということは、
ここら辺でも雪になるということでしょうが、
15-20センチくらい。
普通の雪のようです。

でも、これはまだ4日も先のことですから、
全くどうなるかわかりません。

天気予報のプロたちも、今日になってから急に予想が大きく変わったので、
また、昨日までよりもいくつかのモデルで結果にばらつきが出てきたので、
戸惑っているようです。

ま、私はちょっと忙しい週末を送るので、
気がついたら「もう明日」になっているでしょう。

今は夜の2時前ですが、
-5.4度。
土曜日は寒い一日になるようです。

今朝は予想通り、起きたら-8度台だったのですが、
6時に教会に行こうと、車で向かっていたら、
うちの近所で鹿の群れに遭遇。
5メートルくらい前を通っていきました。


3頭までは確認できたのですが、
暗くてよくわかりませんでした。
もしも4頭目がいたら、絶対ぶつかっていたと思います。

35マイルで走っていた(60キロくらい)ので、
まだ大丈夫だったんだと思います。
でも、当ってたら、相手は死んで、
こっちはかなり激しく壊れたと思います。

怖かったです。
そういえば、数日前にも夜中に、
近くで7-8頭の群れを見たので、
同じ仲間かもしれません。


結構緑があるので、まだまだいるんでしょうかね。

「朝も、寝起きだから、気をつけなさい」という
神さまからの警告かも・・・と思わされました。

さて、木曜日の聖書。
木曜日はヨハネの8章31-41節。


「真理はあなたがたを自由にします。」32節。

自分が今自由が与えられていないとすれば、
どのポイントかなあ、と思わされて、考えていました。

それはなかなか言えない部分もありますが、
まだまだ縛られているのかなあ、ということを感じます。

一つは、人の反応かなあ。
まだまだ、自分はそれに振り回されることが多いと思います。
それがイヤだったら、逃げてしまうことも・・・。

主が与えてくださったこと、
主が語ってくださったことに堅く立っていく強さが欲しいです。
人の反応に縛られやすいところから、
解放して頂きたいと思います。

そして、人の反応が期待していたようなものではなかった時に、
逃げないで、丁寧に説明をして、
わかってもらえるまであきらめない愛を与えて欲しいと思いました。

イエスが自由を与えてくださる。
私が、まだまだ縛られているかなあ、といういくつかのポイントに、
触れてくださって、自由を与えて頂きたいと思います。
解放されて、自由にされたいと思います。

主よ、
感謝します。
あなたの愛に心から感謝します。
私もあなたからの自由によって、
人を愛し、仕えていく者となることができますように。

2009-01-29

いのち。



今日の朝はやはり冷え込んで-5度くらい。
昼間は2度くらいでした。
でも、また夜になってぐんと冷えています。
10時過ぎですが、-4.4度。


明日の朝はまた-10度くらいまでいくのでしょうか?


で、来週の火曜日のStormですが、
大騒ぎになっています。
でも、かなり西の方を通る可能性が高いようで、
ここら辺はほとんど雨。
Floodの方が心配です。


最後の方でちょっと雪に変わるかもしれません。


とにかく来週の火曜日の予報に注目です。


今日の朝早く、教会にまた新しい命が与えられました。
夕方NYの病院に会いに行ってきました。
3000グラムにちょっと足りない、という、ちいさな命。
生まれたばかりの赤ちゃんって、こんなに小さかったっけ?って感じです。
18年年前のハジもちょうど同じくらいの大きさだったんですよねえ。
それが、今はごっつい70キロ近い汗かき高校生になっちゃうんですから・・・。
不思議を感じました。


いのちが受け継がれていく。
神さまが考えられた方法は本当にすごいな、と思います。


でも、また、ここで思わされるのは、
私たちが受け継いでいくもの、
それは自分の子供たちだけではなくて、
今出会う、出会っている、多くの子供たちに
確かに受け継いでいくべきものがあるということです。


神さまからそれを任されているんだ、
そのために今、ここに生かされているんだ、
そう思います。


それは、ここに泉があるということ、
イエスにこそ命の泉があるということ、
それを伝えていく、受け継いでいく、
次の世代の若者たちにも、子供たちにも、
確かにそれを本当にエキサイティングなものとして、
継承していく、
その使命を思わされます。


さて、昨日の聖書。
昨日はヨハネによる福音書8:21-30



『そこで、彼らはイエスに言った。「あなたはだれですか。」イエスは言われた。「それは初めからわたしがあなたがたに話そうとしていることです。」』25節。

イエスがずっとはなしてきたこと、
それがこの人々には全然通じていなかった。
さっき「私は世の光である」といわれたばかりなのに、
「あなたは誰ですか?」なんてとぼけた質問が出てくる。
何にも聞いていない。
いや、聞いているんだけれども、
自分の都合のいいように聞く。
そんな人々の姿が見えてきます。

でも、自分はどうだろうかと思いました。
自分は神さまの語ろうとされることを
聞いてきただろうか?
自分は神さまの私に対して語りかけられることを、
自分に都合のいいように聞いてきたことはなかったか?
神さまが語りたいこと、
神さまが伝えようとされていること、
それを忠実に聞く者でありたいと思いました。
主よ、
あなたの御声を聞かせてください。
そして、それを自分の都合のいいように聞くのではなくて、
あなたの願われるとおりに聞くことができますように。
霊の耳を開いてください。


2009-01-28

嵐が去ったら次の嵐の話。



今朝は雪で、うちの町は学校が休み。
前回は5時に電話がありましたが、
今日は起きた時にまだ電話がなかったので、
「あれ、今日は休みじゃないのかなあ」とちょっと心配してしまいました。
そしたら、今朝は5時40分ぐらいに電話が鳴り、
おやすみ。
前回かなーり苦情が出たんじゃないか、と思いました。


朝NYに行く時は雪の中だったの、でかいブーツで行きましたが、
9時にはもう雨になっていました。


それでもここら辺では10センチくらいは積もったのでしょうか?
雨を含んで、びしょびしょになっていました。
今は夜の11時前ですが、まだ3度あります。

でも、この後冷えて、氷点下になります。
びしょびしょが凍結するとガチガチになります。
朝はお気をつけて。


さて、今日のstormは暖かくなって、
思ったほどひどくありませんでしたが、
来週の火曜日のstormはかなりのものになりそうです。
メキシコ湾の暖かく湿った空気を吸って、
西側に冷たい空気、東側に暖かい空気を受けて、
急速に発達するようです。


93年の3月のSuper Storm の7割くらいの力のが来るという予報もでています。
あの7割でも大変なことです。
今予想されている進路だと、
ここら辺では、途中まで雨で、急に冷え込んで、後半が吹雪。


今日現在の予報 。
英文ですが、Accuweatherのスタッフの興奮が伝わってきます。
もう、これを仕事にしている人たちはこれから幾晩も眠れない夜が続くそうです。
私はちゃんと寝ますが、気持ちはわかります。


今日の18zのGFSでは猛烈なことになっています。
3日の夜遅くが、こんな感じ。






その後の0zのGFSはかなりトーンダウンして、
less impressiveで、どちらかというと雨で、最後ちょっと雪、みたいな感じで出てきています。
いずれにせよ、まだ5日先の話。
一喜一憂の毎日が続きそうです。
(ん、どうなったら喜で、どうなったら憂なんだ?)


さて、昨日の聖書。
昨日はヨハネ8章12-20節。


「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」12節。

昨日はここを読みながら、
自分には本当にイエスの光が必要だと思わされていました。
イエスの光があると、イエスに従って歩むと、
闇の中を歩むことがない、と。

今日もイエスの光の中を歩ませて頂きたい、
また教会に連なる一人一人がこの光の中を歩めますように、
そのように祈らされました。

やっぱり自分の心がイエスさまから離れて、
違うところにいってしまうと、
どこかがおかしくなる。

いつもいつも主を見上げて、
いつもいつもイエスの愛を覚えて歩ませて頂きたいと思いました。

イエスよ、
あなたが私の光であってくださるから、
ありがとうございます。
いつもいつもあなたに固着していることができますように。
他のことに心を奪われたり、
あなたに向こうを向いて頂きたくなるような、
そんな思いから守ってください。

2009-01-27

大人になる。



今日も寒い一日でした。
最高気温は何とかプラスになりましたが、
0度をちょっと上回るくらい。
午後遅くにはすぐに氷点下に戻りました。


そして、今注目は今夜から明日にかけてのstorm。
だんだん予報が「暖かい空気の勝ち」になってきたみたいで、
「大雪」と言うよりは、
途中でiceや雨にかわる今年何度も経験してきたタイプの、winter stormだそうです。


でも、今回かなり湿った空気が入ってきていて、
朝のうちの雪はかなり激しく降るようです。
10-20センチ積もる予報が出ています。
個人的には「またまた、もっと早くiceに変わっちゃうでしょう。そして、簡単に普通の雨になるんじゃないの?」となめてかかっています。


さて、明日は学校があるのでしょうか?
朝の5時に電話がかかってくるでしょうか?


さて、多くの皆さんにお祈りして頂いているようですが、
我が家の自家用車。
今日、無事に帰ってきました。
お祈りありがとうございます。


ちいさな部品が一つダメになっていたそうで、
それを交換。
あと交換しておいた方がいい物がいろいろあって、
結局、「大山鳴動して鼠一匹」までは行きませんでしたが、
まあ何とか「ウサギ一匹」かな、イヤ「子羊一頭」かな、くらいで済んでくれました。(全然違うじゃん、ウサギと羊・・・)


感謝。


帰ってきた車で、早速ハジの運転の練習。
いやあ、こわかった。
今日は普通の道をいろいろ走り回りました。
片側2車線の道路も走りました。
でも、このころの運転って、自分以外に走っている人って、
そんなにいないかのような運転するじゃないですか。
前後左右に気を配るなんてしないで、
ただ、ひたすら前を見て運転しますよね。
ヒヤヒヤもんでした。


そんな、あと10日ほどで18歳になるハジですが、
昨日、Taxの準備を始めて気がついたこと。


Child Tax Creditとか、
なぜか16歳まで。
17歳になってしまうと、もらえない。
これで、たぶん2000ドル以上違いますよ、
去年に比べて・・・。


そのことを計算に入れていなくて、
結構焦っています。

Refundがあるかと思ったら、とんでもない、
何百ドルも追加して払わなければならなくなりそうです。


どうして16歳で切るのかわかりませんが、
とにかく、これもハジが大人としてCountされることで、
うれしいと言えばうれしいかな。


アメリカに来た時にはまだ1歳だったハジが、
今年はいよいよ18歳。
こちらも皆さんに祈って頂きました。
日本の学院教会の皆さんも、
深川教会の皆さんも、
NJの皆さんも、
そのほかの皆さんも・・・。


祈られて大人になる。


感謝。


さて、昨日、月曜日の聖書。
月曜日はヨハネ7章53節から8章11節。


「彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエスがひとり残された。」8章9節。

「罪のない者がまず石を投げよ」とイエスが言われた時に、
人々はそこから去っていきました。
それも、年長者から始めて・・・。

自分はこの場にいたらどうしただろうかなあ、と思いました。
そして、今は自分は自分が罪人であることを認めて歩んでいるだろうか、
いつの間にか、自分を善人であるかのように装って生きていないだろうか、
もう一度引き戻されるような思いになりました。

自分の罪を認めるのが、また難しくなってきたように感じます。
まだまだ「年長者」ではありませんが、
いや、まだまだ「年長者」ではないからか、
罪を素直に認めたくない自分がいたりします。

逃げているんでしょうか。

主の前に裸で出ようと思いました。
また主の前にありのままの自分で、
本当に自分の姿を主の前に持ち出そうと。

主よ、
信仰のない私をあわれんでください。
罪深い、私を赦し、罪から離れる力を与えてください。
あなたが私を自由にしてください。
解放してください。
私が本当の自分を認めることができるように。
自分の罪深さを認めることができますように。



2009-01-26

持っててよかった・・・かも?



今日は嵐の前の静けさで、
寒さもちょっとゆるみ(・・・でもまだ真冬日)、
青空も広がりました。


でも、水曜日のStormは来るようです。
でも、予報はどんどん変わり、
ここら辺でもみぞれ交じりになりそうです。


積雪も、そのみぞれ交じりのおかげで、10-15センチくらい。
今年はこのパターン、多いですね。


学校が休みになるかどうか、
それもわかりません。
でも、明日になったら、ずいぶんはっきりしてくると思います。


何を隠そう、私は結構ポイントマニア。
クレジットカードの勧誘にも弱い方です。

そこら辺のことは
半年くらい前に書きました  。

手元に何枚のクレジットカードがあるか
正確な数は覚えていませんし、
そのほかにも
Mypointsやe-Rewards
などのポイントもためて、時々、商品券をもらったり、
去年のアトランタやボストンのホテルなどは
全部ポイントを使ってタダで過ごしたりしています。


クレジットカードもほとんどが年会費無料なんですが、
一つだけ、有料のものがあります。
「初年度会費無料」ということだったので、
「まあ1年だけ会員になって、11ヶ月後にキャンセルしよう」
と思っていました。


でも、やっぱり1年たつと、キャンセルの電話も面倒だし、
ま、いいか・・・とちょっとお高い年会費150ドルを払って、
持っているカードがあります。


今までの所そんなに恩恵は感じたことはなかったのですが、
Reviewを見てみると、ポイントの話よりも、
「旅行中にトラブルに遭った時に、サービスデスクに電話をしたら、すばらしい応対で、問題を解決してくれた」みたいな記述が並んでいます。

それも、キャンセルしない理由の一つになっています。


でも、実際、今まで、余り恩恵を感じたことはありませんでした。
でも、今日は違いました。


Drivewayに止まっていた車、
いよいよ今日、修理屋さんに相談しました。
その時「エンジンが動かないので持っていけない」という話をしたところ、
「AAA入ってる?」と聞かれました。
日本のJAFみたいなもので、車が故障した時に運んでもらったり、
そのようなグループです。


その時、思い出しました。そのAAAのメンバーを以前持っていたのに、
それを更新しなかった理由が、そのクレジットカードに同じようにサービスがある、
ということでした。


それを思い出したので、早速サービスデスクに電話。
電話から1時間半で、タダでTowingしてもらいました。


持っててよかったです。
AAAのメンバーシップは50ドルくらいですが、
こちらのクレジットカードは150ドル。
決してこれだけでは元は取れないのですが、
丁寧な応対をしてもらったことを考えると、
やっぱりこれからもキープかな。


修理の見積もりはまだ来ていません。
こればかりは、大山鳴動して鼠一匹、みたいなことになってくれますように。


さて、昨日の聖書。
昨日はヨハネ7章37-52節。


「わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」38節。

「奥底」が心に留まりました。
心の一番深いところ、
その奥底に泉が湧いてくる。

昨日は日曜日だったので、
日曜日のために、その満たしが必要であることを感じました。
心の奥底から水が湧いてくるような、
そのような実感を与えてくださるように、
そのように主が私の心にあふれてくださるようにと
心から願いました。

そして、そのような日曜日になりました。

主に感謝です。

主よ、
あなたの命は、
あなたのいける水は、
私の心の一番深いところに
満たしを与えてくださるから、
感謝します。
いつもいつも泉が湧き続けますように。
いつも力を与え続けてくださいますように。

2009-01-25

水曜日情報。



今日の朝はまた、めちゃ冷えました。
-12.1度。
なんだか、とっても寒かったです。
昼間も勿論氷点下で、
今は夜の10時20分ですが、
-6.3度です。


明日の朝はまた-10度くらいいくのではないでしょうか?
今はまだ雲が出ているので、それほど冷えていないのですが、
これから雲が切れてきて、冷え込んできそうです。


そして、今、注目は水曜日のStormに集まっています。
うちの高校生たちも木曜日からMid Termなので(今日まで知らなかった・・・)、
水曜日が雪で休みになってくれたら・・・と注目しています。


のんちも仕事があり、私もNYの日なので、
ちょっと微妙な気持ちなのですが・・・。


どこの天気予報も、昨日の30-50パーセントから、
今日は70-80パーセントに上げてきていますから、
かなり確率は高くなってきています。


夜のNAMというモデルでも、雪になっています。
NYではみぞれ交じりになるかもしれません。
かなりの量の雪になりそうです。30センチくらいかな。


さて、昨日、土曜日の聖書。
昨日は7章の25-36節。


「そこで人々はイエスを捕らえようとしたが、しかし、だれもイエスに手をかけた者はなかった。イエスの時が、まだ来ていなかったからである。」30節。

「イエスの時」というのが、何度も何度も出てくる。
もちろん、そのイエスの時とはイエスが十字架にかかる時。
それが、いつでも良かったのではなかった。
いつでも変わらないわけではなかった。
イエスの時というのがあって、
イエスが十字架にかかる時が神によって決められていて、
その時まで、危機的な状況があっても、
決して、十字架にかけられることはなかった。

それほど、イエスの時、というのは大切なものだった。

私たちの歩みの中で、神さまの定められた時、というのがあるのだと思います。
それを見極める目、時を見極めることのできる目が、
与えられたらどんなに幸いだろうかと思います。

それも神の賜物であるとすれば、
祈って、主から与えられないでしょうか。

もしも、与えられなくても、
時を見分ける目がなくても、
主を信頼して、主が与えてくださっている時を信頼して、
いつもいつもどんなときにも、主の御心を求めて、
歩んでいきたいと思いました。

主よ、
あなたの時を信頼します。
あなたの時を見分ける目を与えてください。
でも、与えられなくても、
あなたを信頼します。
いつもいつもあなたが私の人生に最高のことをしてくださいますから。
これからもあなたの御手で導いてください。