もう6月10日になってしまいましたね。
でも、6月9日のことを「今日」にして書きます。
今日、朝起きたら、すかっと晴れているじゃないですか。
すごい久しぶりのいい天気です。
すごく気持ちのいい朝でした。
夜になって雷が鳴って雨が降りましたが、それもまたいいこと。
昼間は一日いい天気でした。
そしていよいよ明日はバザーの日。開店まであと9時間足らず。
天気は大丈夫みたいですね。
でも、風があるので、テントは大丈夫かなと心配。結構涼しそう。
でも、とにかく、楽しみです。
何がって、皆さんとの出会いが楽しみです。店番します。たくさんの方々にお会い出来ますように。
(2回目、3回目の方にも「初めてお会いしますかねえ」と言ってしまうかもしれませんが・・・)
さて、話はお天気の話に変わりますが、
早くもメキシコ湾にハリケーンの卵発生の予感です。
GFS(Global Forecast System)というコンピューターモデルではそれがフロリダを横切って、
東海岸の沖を進みます。
一方NAM(North American Mesoscale)と言うモデルの方では、
ミシシッピー州からテキサス州の方に向かう予報が出ています。
うーん、ということは、結局とにかく「まだよくわからん」ということでしょう。
大きな被害が出るようなことがないようにと願います。
今朝は10時から集会があって、
その後個人的にお会いする方がいて、
その後バザーのための荷物運びをして、
その後教会でバザーの準備をして、その後家に帰る時間もなく、
その後10時から深夜祈祷会で、
さっき帰って参りました。
うーん、充実した一日でした。
それぞれ幸いなときでした。
時間を忘れてしまいそうでした。
それで10日になってしまいました。
でも、本当に心から心地よい忙しさです。
そんな中で、読んだ聖書は
ヨハネによる福音書の1-4章。
心に留ったのは、4章34節の言葉です。
「私の食べ物とは、私をお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである」
というイエスの言葉です。
「食べ物」とは、力の源ですよね。
それによって養われているというか。
父なる神に従い、その使命を全うすることがイエスの力の源だったんですね。
これは私たちにも当てはまることだと思います。
今日の一日の心地よさはそこから来ているのだと思いました。
御心を行い、使命に生きる。そこに力の源があるんだなあ、と思います。
明日も、そのような一日となるように祈りつつ、明日の8時教会集合のために、
休みます。
天のお父様、
私もイエスさまのように、
あなたの与えてくださった使命に生きるときに、
力がわいてきます。
どうか、日々の歩みをお守り下さり、
あなたの与えられる使命をしっかりと見つめながら、
歩む者としてください。
他のことに目が奪われることがありませんように。
2006-06-10
2006-06-08
神が授ける言葉
今日も結構雨が降りました。
昨日は約30ミリの雨が降ったそうですが、
今日もそれくらい降ったのでしょうか?
でも、今日より明日、あしたよりあさっての方が天気がよくなっていくようです。
完全に回復するのは日曜日だそうです。
でも、何とか土曜日はrain freeであって欲しいと思います。
何て言ったって教会初のバザーですから。
冷たい雨で、野菜の生育も足踏み。
ただ、レタスだけはこの天気がいいみたいで、やたら元気みたいです。
毎朝、子ども達のサンドイッチのために数枚摘んでいますが、
十分足りています。
今日の聖書はルカによる福音書21-24章です。
ルカによる福音書が最後まで行きました。
その中で心を捕らえた言葉が、
「どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたに授ける」
という21:15の言葉です。
言葉も、神様が与えてくださる。
そう感じるときがあります。
自分が語っているのではない、
神様が語らせてくださっているんだなあ、と思うときがあります。
一生懸命勉強します。
一生懸命説明します。
でも、人が神を知るようになるのは、
神様ご自身がその方に触れてくださるとき。
それは私の短い牧師としての働きの中でも、
知ることができます。
だから、この言葉はものすごい励ましです。
「私が言葉を与えるから・・・」
だから恐れなくていいです。
だから、落ち込まなくていいです。
主が用いてくださるから、
主が言葉を与えてくださるから。
主よ、
あなたの約束に心から感謝します。
あなたの言葉を与えてくださることに感謝します。
どうか、私に与えてください。
あなたの与えてくださる言葉を語らせてください。
そして、一人一人の心に語ってください。
昨日は約30ミリの雨が降ったそうですが、
今日もそれくらい降ったのでしょうか?
でも、今日より明日、あしたよりあさっての方が天気がよくなっていくようです。
完全に回復するのは日曜日だそうです。
でも、何とか土曜日はrain freeであって欲しいと思います。
何て言ったって教会初のバザーですから。
冷たい雨で、野菜の生育も足踏み。
ただ、レタスだけはこの天気がいいみたいで、やたら元気みたいです。
毎朝、子ども達のサンドイッチのために数枚摘んでいますが、
十分足りています。
今日の聖書はルカによる福音書21-24章です。
ルカによる福音書が最後まで行きました。
その中で心を捕らえた言葉が、
「どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたに授ける」
という21:15の言葉です。
言葉も、神様が与えてくださる。
そう感じるときがあります。
自分が語っているのではない、
神様が語らせてくださっているんだなあ、と思うときがあります。
一生懸命勉強します。
一生懸命説明します。
でも、人が神を知るようになるのは、
神様ご自身がその方に触れてくださるとき。
それは私の短い牧師としての働きの中でも、
知ることができます。
だから、この言葉はものすごい励ましです。
「私が言葉を与えるから・・・」
だから恐れなくていいです。
だから、落ち込まなくていいです。
主が用いてくださるから、
主が言葉を与えてくださるから。
主よ、
あなたの約束に心から感謝します。
あなたの言葉を与えてくださることに感謝します。
どうか、私に与えてください。
あなたの与えてくださる言葉を語らせてください。
そして、一人一人の心に語ってください。
2006-06-07
神をどんな方だと思うか
ムジナ、みなさん知っていました?
何だと思っていました?(ってしつこい?・・・でも知りたい。)
今日は本当に冷たい雨でした。
一日15度。パターン的に、もしもこれが冬だったら「大雪」のパターンでしたね。
なんだか天気がおかしいです。
この傾向、20日頃まで続くみたいです。
そして、それからやっとパターンが変わって、夏らしくなるような・・・。
もうあと2週間で「夏至」。一番昼間が長い日がやってきます。
明日はもう少し持ち直して、一時雨くらいで、気温も20度くらい。
土曜日は20-30パーセントの雨の確率ですが、
何とか、雨が早く通り過ぎて、
朝から「大丈夫!」って天気になって欲しいものです。
今日読んだのはルカによる福音書14-20章。
やっと一気に進みました。
その中で心に留ったのは、
19:22「その言葉のゆえにあなたを裁こう」というたとえ話の中の主人の言葉。
裁かれる僕は、主人が蒔かないところから刈り取り、散らさないところから集める酷な人、
だと思っていた。
そしてびくびくしていた。
逃げていた。
そして、主人からあずかったものをしまっておいた。
そして、主人に面と向かって言った。
「あなたは蒔かないところから刈り取る人だから・・・」と。
その時主人が言った。
「あなたの言ったようにしよう」と。
神様をどんな方だと受け取るか、
どんな方だと見るか、
それによって私たちの歩みが決まってくる、
私たちが「神様は厳しい方で・・・」と思っているならば、
それを恐れて生きる生き方しかできなくなる。
でも、私たちは知っている。
神様は私のために、私たちの罪のために、
ひとり子さえも与えてくださるほどの、
大きな大きな愛をもっておられるお方なのだ。
そのことを信頼していこう。
そう、「信頼」。
この僕は主人を信頼していなかったんだね。
信頼していこう。主のなさることはいつも最高のことなのだと・・・。
主よ、あなたの最善を信じます。
あなたがいつも私を愛し、
私に最高のものを、
私に必要なものを与えてくださる方であることを信頼します。
ですから思いっきり、歩むことができますように、
思いっきり生きることができますように導いてください。
何だと思っていました?(ってしつこい?・・・でも知りたい。)
今日は本当に冷たい雨でした。
一日15度。パターン的に、もしもこれが冬だったら「大雪」のパターンでしたね。
なんだか天気がおかしいです。
この傾向、20日頃まで続くみたいです。
そして、それからやっとパターンが変わって、夏らしくなるような・・・。
もうあと2週間で「夏至」。一番昼間が長い日がやってきます。
明日はもう少し持ち直して、一時雨くらいで、気温も20度くらい。
土曜日は20-30パーセントの雨の確率ですが、
何とか、雨が早く通り過ぎて、
朝から「大丈夫!」って天気になって欲しいものです。
今日読んだのはルカによる福音書14-20章。
やっと一気に進みました。
その中で心に留ったのは、
19:22「その言葉のゆえにあなたを裁こう」というたとえ話の中の主人の言葉。
裁かれる僕は、主人が蒔かないところから刈り取り、散らさないところから集める酷な人、
だと思っていた。
そしてびくびくしていた。
逃げていた。
そして、主人からあずかったものをしまっておいた。
そして、主人に面と向かって言った。
「あなたは蒔かないところから刈り取る人だから・・・」と。
その時主人が言った。
「あなたの言ったようにしよう」と。
神様をどんな方だと受け取るか、
どんな方だと見るか、
それによって私たちの歩みが決まってくる、
私たちが「神様は厳しい方で・・・」と思っているならば、
それを恐れて生きる生き方しかできなくなる。
でも、私たちは知っている。
神様は私のために、私たちの罪のために、
ひとり子さえも与えてくださるほどの、
大きな大きな愛をもっておられるお方なのだ。
そのことを信頼していこう。
そう、「信頼」。
この僕は主人を信頼していなかったんだね。
信頼していこう。主のなさることはいつも最高のことなのだと・・・。
主よ、あなたの最善を信じます。
あなたがいつも私を愛し、
私に最高のものを、
私に必要なものを与えてくださる方であることを信頼します。
ですから思いっきり、歩むことができますように、
思いっきり生きることができますように導いてください。
2006-06-06
求めなさい
今日は2006年の6月6日だったんですね。
「666」ということで、
朝7時前に教会に行く車の中でニュースをつけたら、
そんなことをやっていました。
これは聖書の黙示録に、世の終わりに起ることとして、
666をシンボルとする反キリストの勢力が、
世界を支配して、従わない者は買い物もできなくなる、
と預言されていることから来ています。
この666をどう理解するかですが・・・諸説あって、
どれも決め手を欠いて、何とも言い難いです。
とにかく意味はこんな感じです。
聖書では7が完全数、神の数字です。
で、それに1足りない6は神に近いが神でない、という意味で、
一番危険な存在なんですね。
だから、立派な人間、カリスマ性のある指導者、人々から賞賛されるリーダーが、
神に取って代わろうとしていくようなイメージです。
具体的に誰か、それはまだこの世に登場していない人物だと、私は理解しております。
私自身、どんなことを考えて一日を過ごしたかというと、
私は全然、そんなことを意識しておりませんでした。
朝は教会に行ってお祈りして、
いつものように午前中は人にお会いして、
午後は事務や電話や勉強をしておりました。
「もし明日、世の終わりが来ても、私は今日もりんごの木を植え続ける」
という言葉があって、何年か前にドラマで紹介されたり、どっかの知事さんが紹介したり、
ということがありましたが、(一説にはルターの言葉とも・・・)
666だから、と大騒ぎすることよりも、
今日が自分にとって最後の日であっても、後悔しないような、
今日を送ることの大切さを思わされます。
今日は天気予報が外れて、
午後少し雲が広がってきた、くらいでした。
最高は25度。ちょうどよかったです。
東の方が「どんより」感が強かったかもしれません。
レーダーを見ると、東から西に雨雲が入ってきています。
明日はやはり雨になるでしょう。
そして、今日になって、土曜日に、
「一時にわか雨」という予報が出始めました。
バザーの一部は外でやりたいので、
これは痛い。
ちょっと降る、というのは一番大変、
「大丈夫だと思って外に出したと思ったら、降ってきた」
というのが一番混乱しますからね。
明日以降、この天気予報が変わっていくことを願います。
火曜日の夜は
こちらのフジテレビの日本語放送では、
10:30から日本語の使い方の間違いを指摘したり、
知らないで使っている言葉の意味を教えてくれたりする番組をやっています。
朝1時間、夜1時間の日本語放送ですから、
「日本にいたら絶対見ないよね」みたいな番組もついつい見てしまったりします。
それでも、「これはもう見ない方がいいや・・・」という番組もあります。
でも、火曜日は、基本的に、勉強になる、と思って余裕のある限り見ています。
でも、今日の放送には頭に来ました。
クイズの問題に不正解だった人たちに、子ども達が
「バカだ」「しょうがない」「こんなのもできないの」と
バカにする言葉をかけていきます。
番組の本筋とは何の関係もない演出です。
いや、正しい日本語を伝えよう、ということを番組が意図しているなら(いや、ただの娯楽番組かな)、
何でこんなことを企画するのかと思いました。
そして、どうしてこんなことを子供にやらせるのかと・・・。
出演している子ども達の心に何が残ると思っているのでしょうか?
番組を見た子ども達に、どんな影響があるか考えないのでしょうか。
冗談だからいい、ということなのでしょうか?
たぶん、学校でもこんなことが半分冗談で、でも半分本気で、
やられる方の子の気持ちなんかあんまり考えないで、
「冗談だからいいでしょ」というノリで、なされているんでしょう。
マジで頭に来ました。
その番組をわざわざNYにまで持ってきて、
一日2時間だけの日本語放送の中に組み込むことの意味は何なんでしょう?
日本だったら、「くだらない」と言って、チャンネルを変えるでしょうが、
こちらでは、一日の中のたった30分の日本の娯楽番組。
だから、是非いいものを送って欲しいですよね。
ま、こんなところでなんだかんだいっていないで、直接伝えた方がいいですね。
まあ、それはそれとして、
今夜の我が家の会話から、日本語の問題。
「同じ穴のムジナ」という言葉があります。
この「ムジナ」って何かわかりますか?
多分動物だとは思っていました。
でも、私の頭の中では、「ウツボ」や「ムーミンに出てくるニョロニョロ」みたいな、
細長くて、穴から顔を出している動物、というイメージが焼き付いていました・・・。
全然違うんですね。
皆さん、知っていました?どんな動物だと思っていました?
なんだか、長くなりました。
今日の朝読んだ聖書から。
今朝はルカによる福音書10-13章を読みました。
その中で心に留った言葉は「求めなさい。そうすれば、与えられる」
という11章9節のイエスの言葉です。
願うことと求めることは違う、と思います。
求めることはやはり言葉にして、神の前に祈ることだと思います。
心で願うだけではなくて、
ただ、黙って「こうなったらいいな」と念じるだけではなくて、
口に出して、言葉にして神の前に祈ることだと思います。
そのためにはやはりある程度の「時間」をとって祈ることの大切さも思います。
今日は「求めなさい」と言われたのだから、求めて祈ろうと思いました。
13節にあるように「聖霊」を求めて祈ろうと思いました。
神様、
求めます。
聖霊を私のうちに満たしてください。
聖霊様によって導かれて歩んでいくことができますように。
必要なものを与えてください。
経済的なものだけではなくて、
人の力も、能力も、才能も、一つ一つ必要なものを与えてください。
でも、それ以上に、何よりも、あなたの導きに従って歩むことができることを、
与えて下さい。
「666」ということで、
朝7時前に教会に行く車の中でニュースをつけたら、
そんなことをやっていました。
これは聖書の黙示録に、世の終わりに起ることとして、
666をシンボルとする反キリストの勢力が、
世界を支配して、従わない者は買い物もできなくなる、
と預言されていることから来ています。
この666をどう理解するかですが・・・諸説あって、
どれも決め手を欠いて、何とも言い難いです。
とにかく意味はこんな感じです。
聖書では7が完全数、神の数字です。
で、それに1足りない6は神に近いが神でない、という意味で、
一番危険な存在なんですね。
だから、立派な人間、カリスマ性のある指導者、人々から賞賛されるリーダーが、
神に取って代わろうとしていくようなイメージです。
具体的に誰か、それはまだこの世に登場していない人物だと、私は理解しております。
私自身、どんなことを考えて一日を過ごしたかというと、
私は全然、そんなことを意識しておりませんでした。
朝は教会に行ってお祈りして、
いつものように午前中は人にお会いして、
午後は事務や電話や勉強をしておりました。
「もし明日、世の終わりが来ても、私は今日もりんごの木を植え続ける」
という言葉があって、何年か前にドラマで紹介されたり、どっかの知事さんが紹介したり、
ということがありましたが、(一説にはルターの言葉とも・・・)
666だから、と大騒ぎすることよりも、
今日が自分にとって最後の日であっても、後悔しないような、
今日を送ることの大切さを思わされます。
今日は天気予報が外れて、
午後少し雲が広がってきた、くらいでした。
最高は25度。ちょうどよかったです。
東の方が「どんより」感が強かったかもしれません。
レーダーを見ると、東から西に雨雲が入ってきています。
明日はやはり雨になるでしょう。
そして、今日になって、土曜日に、
「一時にわか雨」という予報が出始めました。
バザーの一部は外でやりたいので、
これは痛い。
ちょっと降る、というのは一番大変、
「大丈夫だと思って外に出したと思ったら、降ってきた」
というのが一番混乱しますからね。
明日以降、この天気予報が変わっていくことを願います。
火曜日の夜は
こちらのフジテレビの日本語放送では、
10:30から日本語の使い方の間違いを指摘したり、
知らないで使っている言葉の意味を教えてくれたりする番組をやっています。
朝1時間、夜1時間の日本語放送ですから、
「日本にいたら絶対見ないよね」みたいな番組もついつい見てしまったりします。
それでも、「これはもう見ない方がいいや・・・」という番組もあります。
でも、火曜日は、基本的に、勉強になる、と思って余裕のある限り見ています。
でも、今日の放送には頭に来ました。
クイズの問題に不正解だった人たちに、子ども達が
「バカだ」「しょうがない」「こんなのもできないの」と
バカにする言葉をかけていきます。
番組の本筋とは何の関係もない演出です。
いや、正しい日本語を伝えよう、ということを番組が意図しているなら(いや、ただの娯楽番組かな)、
何でこんなことを企画するのかと思いました。
そして、どうしてこんなことを子供にやらせるのかと・・・。
出演している子ども達の心に何が残ると思っているのでしょうか?
番組を見た子ども達に、どんな影響があるか考えないのでしょうか。
冗談だからいい、ということなのでしょうか?
たぶん、学校でもこんなことが半分冗談で、でも半分本気で、
やられる方の子の気持ちなんかあんまり考えないで、
「冗談だからいいでしょ」というノリで、なされているんでしょう。
マジで頭に来ました。
その番組をわざわざNYにまで持ってきて、
一日2時間だけの日本語放送の中に組み込むことの意味は何なんでしょう?
日本だったら、「くだらない」と言って、チャンネルを変えるでしょうが、
こちらでは、一日の中のたった30分の日本の娯楽番組。
だから、是非いいものを送って欲しいですよね。
ま、こんなところでなんだかんだいっていないで、直接伝えた方がいいですね。
まあ、それはそれとして、
今夜の我が家の会話から、日本語の問題。
「同じ穴のムジナ」という言葉があります。
この「ムジナ」って何かわかりますか?
多分動物だとは思っていました。
でも、私の頭の中では、「ウツボ」や「ムーミンに出てくるニョロニョロ」みたいな、
細長くて、穴から顔を出している動物、というイメージが焼き付いていました・・・。
全然違うんですね。
皆さん、知っていました?どんな動物だと思っていました?
なんだか、長くなりました。
今日の朝読んだ聖書から。
今朝はルカによる福音書10-13章を読みました。
その中で心に留った言葉は「求めなさい。そうすれば、与えられる」
という11章9節のイエスの言葉です。
願うことと求めることは違う、と思います。
求めることはやはり言葉にして、神の前に祈ることだと思います。
心で願うだけではなくて、
ただ、黙って「こうなったらいいな」と念じるだけではなくて、
口に出して、言葉にして神の前に祈ることだと思います。
そのためにはやはりある程度の「時間」をとって祈ることの大切さも思います。
今日は「求めなさい」と言われたのだから、求めて祈ろうと思いました。
13節にあるように「聖霊」を求めて祈ろうと思いました。
神様、
求めます。
聖霊を私のうちに満たしてください。
聖霊様によって導かれて歩んでいくことができますように。
必要なものを与えてください。
経済的なものだけではなくて、
人の力も、能力も、才能も、一つ一つ必要なものを与えてください。
でも、それ以上に、何よりも、あなたの導きに従って歩むことができることを、
与えて下さい。
2006-06-05
ただ、お言葉を下さい
今日は久しぶりに太陽を見ました。
一日雨が降りませんでした。
最高気温は24度くらい。
朝は14度くらいです。
なんかまるで梅雨ですね。
明日からまた不安定なようです。
でも、教会バザーがある土曜日の予報は晴れ。
それで暖かくなりそう。
当たって欲しいです。
今日はルカによる福音書7-9章を読みました。
心に留った言葉は、7章7節。
でも、これは圧倒的に、口語訳の方がいいです。
「ただ、お言葉を下さい」
イエスさまが来てくださったら、どんなに心強かっただろうか、
でも、この人は「おいでいただかなくても大丈夫です、ただお言葉を下さい」
と言いました。
私たちもそうです。
イエスさまが目に見える形で来てくださったら、
さわれる形でともにいて下さったら、と思います。
でも、お言葉があればいいのです。
ただ、主が聖書を通して、私たちに語ってくださればそれでいいのです。
昨日経験したことですから、これは確かです。
「ただ、お言葉を下さい」
私に対する語りかけとして、聖書の言葉が響いてくる、
そういう経験を求めていこう。
主よ、
お言葉を下さい。
あなたが来られなくても、
あなたが感じられなくても、
ただ、お言葉を下さい。
それがあれば、大丈夫です。
ただ、聖書のお言葉が私への言葉として語られる、
その経験を与えてください。
一日雨が降りませんでした。
最高気温は24度くらい。
朝は14度くらいです。
なんかまるで梅雨ですね。
明日からまた不安定なようです。
でも、教会バザーがある土曜日の予報は晴れ。
それで暖かくなりそう。
当たって欲しいです。
今日はルカによる福音書7-9章を読みました。
心に留った言葉は、7章7節。
でも、これは圧倒的に、口語訳の方がいいです。
「ただ、お言葉を下さい」
イエスさまが来てくださったら、どんなに心強かっただろうか、
でも、この人は「おいでいただかなくても大丈夫です、ただお言葉を下さい」
と言いました。
私たちもそうです。
イエスさまが目に見える形で来てくださったら、
さわれる形でともにいて下さったら、と思います。
でも、お言葉があればいいのです。
ただ、主が聖書を通して、私たちに語ってくださればそれでいいのです。
昨日経験したことですから、これは確かです。
「ただ、お言葉を下さい」
私に対する語りかけとして、聖書の言葉が響いてくる、
そういう経験を求めていこう。
主よ、
お言葉を下さい。
あなたが来られなくても、
あなたが感じられなくても、
ただ、お言葉を下さい。
それがあれば、大丈夫です。
ただ、聖書のお言葉が私への言葉として語られる、
その経験を与えてください。
2006-06-04
侮辱する者のために祈れ
今日は夕方までは何とか天気が持っていましたが、
9時頃からまた雨。
明日からはもう少し持ち直して、
温度が上がるようです。
注目の今週の土曜日、教会バザーの日の天気ですが、
どの天気予報も「晴れ」を出しています。
温度も高すぎず低すぎず。
絶好のバザー日和になりそうです。
今日、また一つ歳をとりました。
今年は特に、神様に感謝したいと思いました。
また、両親に感謝したいと思いました。
両親が自分を喜んで迎えてくれたこと、
神様がこの世に送り出して下さったことに
心から感謝したいと思いました。
なんだか、誕生日は誰かに祝ってもらう日ではなくて、
感謝をささげる日なんだなあと、そんな気持ちになりました。
そして、その気持ちを忘れないうちに伝えようと思いました。
具体的に表したいと思いました。伝えたいと思いました。
今日はルカによる福音書6章を読みました。
今日の礼拝の聖書箇所とその続きです。
その中で一つの言葉に捕まってしまいました。
いえ、本当にズドンと、語られてしまいました。
そして7章に進めなくなってしまいました。
「あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい」
という28節の言葉です。
祈りました。
平安が来ました。
それで十分です。
本当に十分です。
感謝。
主よ、
あなたに感謝します。
あなたが私に語ってくださったことに心から感謝します。
これからも御言葉によって私の心を守ってください。
9時頃からまた雨。
明日からはもう少し持ち直して、
温度が上がるようです。
注目の今週の土曜日、教会バザーの日の天気ですが、
どの天気予報も「晴れ」を出しています。
温度も高すぎず低すぎず。
絶好のバザー日和になりそうです。
今日、また一つ歳をとりました。
今年は特に、神様に感謝したいと思いました。
また、両親に感謝したいと思いました。
両親が自分を喜んで迎えてくれたこと、
神様がこの世に送り出して下さったことに
心から感謝したいと思いました。
なんだか、誕生日は誰かに祝ってもらう日ではなくて、
感謝をささげる日なんだなあと、そんな気持ちになりました。
そして、その気持ちを忘れないうちに伝えようと思いました。
具体的に表したいと思いました。伝えたいと思いました。
今日はルカによる福音書6章を読みました。
今日の礼拝の聖書箇所とその続きです。
その中で一つの言葉に捕まってしまいました。
いえ、本当にズドンと、語られてしまいました。
そして7章に進めなくなってしまいました。
「あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい」
という28節の言葉です。
祈りました。
平安が来ました。
それで十分です。
本当に十分です。
感謝。
主よ、
あなたに感謝します。
あなたが私に語ってくださったことに心から感謝します。
これからも御言葉によって私の心を守ってください。
2006-06-03
お言葉ですから・・・
外は・・・今日も雨・・・って感じです。
別に雪には変わりませんが、
3日連続の雨、そして、今日は日本の梅雨のような、
しとしと冷たい雨です。
よく降りますね。
昨日のようなfloodの心配はないようですが・・・。
暑いのが好きな野菜、
涼しくて雨が降るのが好きな野菜、
いろいろあるでしょうが、
レタスとかは、本当に元気です。
柔らかい葉っぱがピンと立ち上がっています。
カメラが帰ってきたので、
ちょっと写真を撮りました。
ずっと芽が出てこなかったミツバが芽を出して、
やっと本葉が開いて、
「ミツバ」だとわかるようになりました。
そしてこちらは赤じそ。

昨年、苗をいただいて種を取って、
それを蒔いたのですが、
ちょっと青じその遺伝子も混じっているようで、
青い部分も残っています。
できる限り、青い部分が少ないものを残していけば、
来年あたりは、かなり純度の高い赤じそになるのでは・・・と思っています。
どうかな。
今日は朝の祈り会、
そして、一日電話をしたり、
書類を作ったり、
たまっていた仕事をしたりしていました。
そして、もう一つ、JOYJOYキャンプのための工作のサンプル作りをしました。
JOYJOYキャンプのモットーは、
上級生の子でも、元気な男の子でも、
楽しめるキャンプです。
教会のキャンプはどうしても、
おとなしくお話を聞いているようにさせたり、
工作も聖書の御言葉が入った写真入れを作ったり、
おとなしめの子でなければいられないようなプログラムが多いように思います。
私が自分自身教会で育ってきて、
そのように思いました。
そして、友達を誘いたいとは思えない・・・。
それを打ち砕いて、
教会のキャンプはとってもエネルギッシュで、
とっても楽しくて、キャンプが終わったら、疲れて寝てしまう、
みたいな印象を持って頂けたらいいなあ、と思っています。
でもやっぱり、一番大切なのは、
その中で神様の愛を伝えること。
私たちの力を超えた神様の力が注がれますように。
明日もミーティングあり。
今日はルカによる福音書1-5章を読みました。
その中にあった言葉。
「しかし、お言葉ですから・・・」
ペテロがイエスから、「沖に出て網を下ろしてみなさい」という言葉を言われたときの返事の一部です。
「しかし」の前にはペテロの常識がありました。
ペテロの「一晩がんばったけど、ダメだった」という経験がありました。
「私たちは漁師ですよ」という漁師としてのプライドがありました。
でも、イエスに言葉を語られて、「しかし・・・」と続けて、
従いました。
そこに「大漁」がありました。
私もこの大漁を見たい、と思いました。
私の常識も、
私の経験も、
私のプライドも、
御言葉の前に、
神様の御思いの前に、
投げ出して、
神様の御思いに従っていきたいと思いました。
神様、
「大漁」を見せてください。
あなたの御言葉に従って参ります。
あなたの「大漁」を見ることができますように。
明日の礼拝も「大漁」の時としてください。
別に雪には変わりませんが、
3日連続の雨、そして、今日は日本の梅雨のような、
しとしと冷たい雨です。
よく降りますね。
昨日のようなfloodの心配はないようですが・・・。
暑いのが好きな野菜、
涼しくて雨が降るのが好きな野菜、
いろいろあるでしょうが、
レタスとかは、本当に元気です。
柔らかい葉っぱがピンと立ち上がっています。
カメラが帰ってきたので、
ちょっと写真を撮りました。
ずっと芽が出てこなかったミツバが芽を出して、
やっと本葉が開いて、
「ミツバ」だとわかるようになりました。

そしてこちらは赤じそ。

昨年、苗をいただいて種を取って、
それを蒔いたのですが、
ちょっと青じその遺伝子も混じっているようで、
青い部分も残っています。
できる限り、青い部分が少ないものを残していけば、
来年あたりは、かなり純度の高い赤じそになるのでは・・・と思っています。
どうかな。
今日は朝の祈り会、
そして、一日電話をしたり、
書類を作ったり、
たまっていた仕事をしたりしていました。
そして、もう一つ、JOYJOYキャンプのための工作のサンプル作りをしました。
JOYJOYキャンプのモットーは、
上級生の子でも、元気な男の子でも、
楽しめるキャンプです。
教会のキャンプはどうしても、
おとなしくお話を聞いているようにさせたり、
工作も聖書の御言葉が入った写真入れを作ったり、
おとなしめの子でなければいられないようなプログラムが多いように思います。
私が自分自身教会で育ってきて、
そのように思いました。
そして、友達を誘いたいとは思えない・・・。
それを打ち砕いて、
教会のキャンプはとってもエネルギッシュで、
とっても楽しくて、キャンプが終わったら、疲れて寝てしまう、
みたいな印象を持って頂けたらいいなあ、と思っています。
でもやっぱり、一番大切なのは、
その中で神様の愛を伝えること。
私たちの力を超えた神様の力が注がれますように。
明日もミーティングあり。
今日はルカによる福音書1-5章を読みました。
その中にあった言葉。
「しかし、お言葉ですから・・・」
ペテロがイエスから、「沖に出て網を下ろしてみなさい」という言葉を言われたときの返事の一部です。
「しかし」の前にはペテロの常識がありました。
ペテロの「一晩がんばったけど、ダメだった」という経験がありました。
「私たちは漁師ですよ」という漁師としてのプライドがありました。
でも、イエスに言葉を語られて、「しかし・・・」と続けて、
従いました。
そこに「大漁」がありました。
私もこの大漁を見たい、と思いました。
私の常識も、
私の経験も、
私のプライドも、
御言葉の前に、
神様の御思いの前に、
投げ出して、
神様の御思いに従っていきたいと思いました。
神様、
「大漁」を見せてください。
あなたの御言葉に従って参ります。
あなたの「大漁」を見ることができますように。
明日の礼拝も「大漁」の時としてください。
実を結ぶ生活
今日はまたすごい雨でした。
昨日は「雨が降って助かった」という感じでしたが、
今日は「大丈夫かな」という雨でした。
NYでは交通機関や道路が大混乱のようです。
そして明日の昼頃まで大雨に注意が必要なようです。
そして、今日までは蒸し暑かったのですが、
明日は涼しい雨になるようです。
今日は朝と夜に集会、
午後は日曜日の礼拝の準備です。
日曜日の礼拝の説教は英語への通訳が入ります。
今回は息子が通訳をしてくれます。
まだ完全原稿が必要なので、
完全原稿を準備しています。
今日の午後はそれをしていました。
今回日本からカミさんが持ってきてくれた荷物の中に、
親父さんの本があります。
自叙伝とでも言うもの。
親父さんも牧師でした。
身内のことをこんな風に言うのは日本ではタブーなのかもしれないけど、
苦労した様子、でもその中でも真剣に神の前に出て祈り、
そして解決をいただいたこと、
ながーい時間のあと解決をいただいたことなどが、
書かれています。
読みながら、自分はこのように真剣に伝道しているだろうか、
真剣に人に接しているだろうか、
真剣に神に向かっているだろうか、
と思わされました。
親父はカリスマ性があるわけでもなく、
器用な方でもない、と思いますが(ゴメン、親父・・・)
よく、朝とか、土曜日の夜とか祈っていたよな、
と思い出します。
派手な牧師ではないけど、尊敬しております。
同じ牧師として働かせて頂いて、
初めてわかります、やっぱ、ただもんじゃなかったよな、・・・って、現役だけど。
今日はマルコによる福音書11-16章を読みました。
心に留ったのは11章の実のならないイチジクが枯らされてしまうところです。
実のならないものは枯らされてしまう、
ちょっと怖いような、襟を正させられるような、そんな思いがしました。
本当に自分は実を結んでいるだろうかと、思いました。
そして、ガラテヤ5章22-23節をもう一度思い出しました。
「御霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、 柔和、節制です。」
聖霊様が実らせてくださる。
それを待ち望みたいと思いました。
そして、私の日々の歩みが聖霊様に導かれ、守られていきますようにと祈りました。
実を結ぶ木となりたいと思いました。
神様、
私が実を結ぶ働きができますように。
聖霊の実を結ばせてください。
愛を与えてください、喜びを与えてください。
一つ一つ、実を結ばせてください。
あなたの御手の中で歩ませてください。
あなたが私のような者をも喜んでくださることに感謝します。
昨日は「雨が降って助かった」という感じでしたが、
今日は「大丈夫かな」という雨でした。
NYでは交通機関や道路が大混乱のようです。
そして明日の昼頃まで大雨に注意が必要なようです。
そして、今日までは蒸し暑かったのですが、
明日は涼しい雨になるようです。
今日は朝と夜に集会、
午後は日曜日の礼拝の準備です。
日曜日の礼拝の説教は英語への通訳が入ります。
今回は息子が通訳をしてくれます。
まだ完全原稿が必要なので、
完全原稿を準備しています。
今日の午後はそれをしていました。
今回日本からカミさんが持ってきてくれた荷物の中に、
親父さんの本があります。
自叙伝とでも言うもの。
親父さんも牧師でした。
身内のことをこんな風に言うのは日本ではタブーなのかもしれないけど、
苦労した様子、でもその中でも真剣に神の前に出て祈り、
そして解決をいただいたこと、
ながーい時間のあと解決をいただいたことなどが、
書かれています。
読みながら、自分はこのように真剣に伝道しているだろうか、
真剣に人に接しているだろうか、
真剣に神に向かっているだろうか、
と思わされました。
親父はカリスマ性があるわけでもなく、
器用な方でもない、と思いますが(ゴメン、親父・・・)
よく、朝とか、土曜日の夜とか祈っていたよな、
と思い出します。
派手な牧師ではないけど、尊敬しております。
同じ牧師として働かせて頂いて、
初めてわかります、やっぱ、ただもんじゃなかったよな、・・・って、現役だけど。
今日はマルコによる福音書11-16章を読みました。
心に留ったのは11章の実のならないイチジクが枯らされてしまうところです。
実のならないものは枯らされてしまう、
ちょっと怖いような、襟を正させられるような、そんな思いがしました。
本当に自分は実を結んでいるだろうかと、思いました。
そして、ガラテヤ5章22-23節をもう一度思い出しました。
「御霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、 柔和、節制です。」
聖霊様が実らせてくださる。
それを待ち望みたいと思いました。
そして、私の日々の歩みが聖霊様に導かれ、守られていきますようにと祈りました。
実を結ぶ木となりたいと思いました。
神様、
私が実を結ぶ働きができますように。
聖霊の実を結ばせてください。
愛を与えてください、喜びを与えてください。
一つ一つ、実を結ばせてください。
あなたの御手の中で歩ませてください。
あなたが私のような者をも喜んでくださることに感謝します。
2006-06-01
もしできれば・・・と言うのか?
今日は久しぶりに雨が降りました。
ちょうどJFKから帰ってくる途中、
ラガーディアの前を通っているあたりが一番すごい降りでした。
芝生も大喜びのことでしょう。
今朝、イチゴ第1号が実りました、が、
食べるとのどがかゆくなってしまうので、
ためて、ジャムを作りたいと思っています。
問題は、冷蔵庫にためている間に、誰かに食べられないかです。
食べられてしまうかも・・・。
何を隠そう、JFKに迎えに行ったのは、
カミさんと一番下の娘でした。
10日間だけ帰省しておりました。
日系の航空会社のマイレージは一定期間を過ぎると
チャラになっちゃいますよね。
で、去年の末に義母を呼び寄せようと思ったのですが、
飛行機になれてない義母がこの年になってNYまで来るのはさすがに難しく、
無駄になる前にこちらから里帰りをするチケットに換えたというわけです。
何はともあれ、無事に帰ってきてくれて、何よりです。
飛行機が着いたのが午後7時20分頃、
出てきたのが、8時頃、
家に着いたのが9時10分頃、
カミさんが、「レーナ・マリヤさんのコンサート行きたいなあ・・・」と申しましたので、
じゃあ、と車に飛び乗り、安全運転でとばして着いたのが9時50分。
レーナさんの最後の曲の直前でした。
一曲だけでも聴けてよかったです。
でも、感想を申し上げることができるほどは聞いていません。
残念でした。
どちらかというならば、新しく建てたという教会堂を拝見し、
韓国語教会なのですが、日本語礼拝をしている牧師チョー先生にお会い出来たことが、
収穫でした。
今日読んだのはマルコによる福音書9-10章です。
心に留ったのは、9章23節のイエスの言葉。
「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる」というイエスの言葉です。
子供が悪霊にとりつかれていて、苦しんでいるお父さん、
子供を何とか解放して欲しいとイエスのところに連れてくるのですが、
その中で、彼は「おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助け下さい。」
と願う。その時にイエスが答えて言われた言葉です。
「できれば・・・」ということは神にとってはあり得ない。
何でもできる。
「御心ならば・・・」が正しいのだろう。
でも、実際の私たちの歩みの中で、
「御心ならば」よりも「できれば」という思いの時もあるのではないだろうか?
本気で神様にとっては不可能なことはないと信じているだろうか?
「信じます。信仰のない私をお助け下さい」と私も祈りたいと思った。
信じよう。そして、主にとっては不可能なことはない、と信じて歩もう。
主よ、
あなたには何も不可能なことはないと信じます。
信仰のない私を助けてください。
明日の集会の一つ一つ、
そして、明日出会う方々との会話の一つ一つをお守り下さい。
ちょうどJFKから帰ってくる途中、
ラガーディアの前を通っているあたりが一番すごい降りでした。
芝生も大喜びのことでしょう。
今朝、イチゴ第1号が実りました、が、
食べるとのどがかゆくなってしまうので、
ためて、ジャムを作りたいと思っています。
問題は、冷蔵庫にためている間に、誰かに食べられないかです。
食べられてしまうかも・・・。
何を隠そう、JFKに迎えに行ったのは、
カミさんと一番下の娘でした。
10日間だけ帰省しておりました。
日系の航空会社のマイレージは一定期間を過ぎると
チャラになっちゃいますよね。
で、去年の末に義母を呼び寄せようと思ったのですが、
飛行機になれてない義母がこの年になってNYまで来るのはさすがに難しく、
無駄になる前にこちらから里帰りをするチケットに換えたというわけです。
何はともあれ、無事に帰ってきてくれて、何よりです。
飛行機が着いたのが午後7時20分頃、
出てきたのが、8時頃、
家に着いたのが9時10分頃、
カミさんが、「レーナ・マリヤさんのコンサート行きたいなあ・・・」と申しましたので、
じゃあ、と車に飛び乗り、安全運転でとばして着いたのが9時50分。
レーナさんの最後の曲の直前でした。
一曲だけでも聴けてよかったです。
でも、感想を申し上げることができるほどは聞いていません。
残念でした。
どちらかというならば、新しく建てたという教会堂を拝見し、
韓国語教会なのですが、日本語礼拝をしている牧師チョー先生にお会い出来たことが、
収穫でした。
今日読んだのはマルコによる福音書9-10章です。
心に留ったのは、9章23節のイエスの言葉。
「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる」というイエスの言葉です。
子供が悪霊にとりつかれていて、苦しんでいるお父さん、
子供を何とか解放して欲しいとイエスのところに連れてくるのですが、
その中で、彼は「おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助け下さい。」
と願う。その時にイエスが答えて言われた言葉です。
「できれば・・・」ということは神にとってはあり得ない。
何でもできる。
「御心ならば・・・」が正しいのだろう。
でも、実際の私たちの歩みの中で、
「御心ならば」よりも「できれば」という思いの時もあるのではないだろうか?
本気で神様にとっては不可能なことはないと信じているだろうか?
「信じます。信仰のない私をお助け下さい」と私も祈りたいと思った。
信じよう。そして、主にとっては不可能なことはない、と信じて歩もう。
主よ、
あなたには何も不可能なことはないと信じます。
信仰のない私を助けてください。
明日の集会の一つ一つ、
そして、明日出会う方々との会話の一つ一つをお守り下さい。
2006-05-31
聖霊のバプテスマ
今日は昨日よりずっと涼しかったです。
特に午後からはぐんと温度が下がりました。
今、夜の10時半ですが、外は19.3度。最高も30度止まりでした。
日曜日から昨日までの暑さはさすがにきつかったです。
夏ってもっとすごいんですよね。
夜でも30度くらいあったりする時がありますから。
昨日のねぎ作戦も、
今朝見たら、もうねぎが根元からほじくられているものもあるし、
28本で始まったトウモロコシも20本くらいにまで減ってきて、
いよいよやばくなってきました。
時間ができたら、杭を買ってきて、ネットを張ってとやるのですが、いつになることやら・・・。
ま、あまり熱くならないように、落ち着いて、落ち着いて。
夕方、延び延びになっていた芝刈り。
前だけ。うしろの分は時間とガソリンが足りなくて、また今度。
ウサギが芝を食べてくれるといいのですが・・・。
明日は雨の予報が出ています。
30-50%くらい。たぶん雨です。
あさってはもっと雨の確率が高くて、
きっと雨です。水やりがサボれそうです。助かります。
今日は午前中と夜、人にお会いして個人的に話をしました。
それぞれ楽しい一時です。
「楽しい」は単に楽しいお話をするのではなくて、
何て言ったらいいのでしょうか、普通の会話の中ではできないような、
神様のこととか、心のこととか、話ができるのが、
とても楽しいときです。元気が出ます。
明日の朝は集会があります。
そこでお会いする人たちとも、
ただ「楽しい話」だけではなくて、
互いの心の琴線に触れるようなお話ができればと願っています。
今日はマルコによる福音書1-8章を読みました。
その中で心に留った言葉は、
「わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」
というバプテスマのヨハネの言葉。1:8。
「聖霊のバプテスマ」この言葉は特別なグループの中で使われるようになってしまっているけれども、
正真正銘、聖書の言葉なんですね。
水による洗礼は、罪を洗い流し、古い自分に死んで新しい自分に生きる、
ということを表している。
では、聖霊による洗礼、は何だろうか?
使徒行伝の2章の出来事を見ると、
勇気が与えられ、言葉が与えられ、力が与えられること。
本当に欲しいと思いました。
私も聖霊によってバプテスマを受けて、
勇気と、力と、言葉が与えられて、歩んでいく、そのような歩みをさせて頂きたいと思いました。
神様、
今日の一日をありがとうございます。
一つ一つの出会いを感謝します。
どうか明日の集会のためにもあなたの力を下さい。
あなたの祝福を満たしてください。
そして、とても幸いな一時となりますように。
聖霊の洗礼を与えてください。
力と勇気と、言葉とを与えてください。
特に午後からはぐんと温度が下がりました。
今、夜の10時半ですが、外は19.3度。最高も30度止まりでした。
日曜日から昨日までの暑さはさすがにきつかったです。
夏ってもっとすごいんですよね。
夜でも30度くらいあったりする時がありますから。
昨日のねぎ作戦も、
今朝見たら、もうねぎが根元からほじくられているものもあるし、
28本で始まったトウモロコシも20本くらいにまで減ってきて、
いよいよやばくなってきました。
時間ができたら、杭を買ってきて、ネットを張ってとやるのですが、いつになることやら・・・。
ま、あまり熱くならないように、落ち着いて、落ち着いて。
夕方、延び延びになっていた芝刈り。
前だけ。うしろの分は時間とガソリンが足りなくて、また今度。
ウサギが芝を食べてくれるといいのですが・・・。
明日は雨の予報が出ています。
30-50%くらい。たぶん雨です。
あさってはもっと雨の確率が高くて、
きっと雨です。水やりがサボれそうです。助かります。
今日は午前中と夜、人にお会いして個人的に話をしました。
それぞれ楽しい一時です。
「楽しい」は単に楽しいお話をするのではなくて、
何て言ったらいいのでしょうか、普通の会話の中ではできないような、
神様のこととか、心のこととか、話ができるのが、
とても楽しいときです。元気が出ます。
明日の朝は集会があります。
そこでお会いする人たちとも、
ただ「楽しい話」だけではなくて、
互いの心の琴線に触れるようなお話ができればと願っています。
今日はマルコによる福音書1-8章を読みました。
その中で心に留った言葉は、
「わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」
というバプテスマのヨハネの言葉。1:8。
「聖霊のバプテスマ」この言葉は特別なグループの中で使われるようになってしまっているけれども、
正真正銘、聖書の言葉なんですね。
水による洗礼は、罪を洗い流し、古い自分に死んで新しい自分に生きる、
ということを表している。
では、聖霊による洗礼、は何だろうか?
使徒行伝の2章の出来事を見ると、
勇気が与えられ、言葉が与えられ、力が与えられること。
本当に欲しいと思いました。
私も聖霊によってバプテスマを受けて、
勇気と、力と、言葉が与えられて、歩んでいく、そのような歩みをさせて頂きたいと思いました。
神様、
今日の一日をありがとうございます。
一つ一つの出会いを感謝します。
どうか明日の集会のためにもあなたの力を下さい。
あなたの祝福を満たしてください。
そして、とても幸いな一時となりますように。
聖霊の洗礼を与えてください。
力と勇気と、言葉とを与えてください。
2006-05-30
神の御心を求めて
今朝、庭に出たら、
一匹のやせたウサギと一匹のまるまる太ったウサギとが、
朝ご飯の最中でした。
それで気がつきました。
うちの裏庭は、野菜を育てたいので、
雑草を枯らすような薬は一切使っていません。
それで、芝生と雑草が共生しています。
その雑草がウサギ君達の格好のえさなんですね。
そう、うちの裏庭は、動物たちのえさ場になっているのです。
それで、「人がいる気配」がする日は、そうでもないのですが、
日曜日のように、人のいる気配があまりなくなってしまうと、
奴らは、我が物顔で、庭で葉っぱ食べてるんですね。
それで、野菜を見つけて、「あれ、こんなところにこんなものがある・・・」となって、
もしかしたら、情報交換してるのかなあと思うくらいです。
冷蔵庫の中でしなび始めたねぎを植えておきました。
いつもだったら、食べて、残った根っこだけを植えるのですが、
まあ、十分しなびてるので、あんまり食べるところないだろう、
とそのまま植えてしまいました。
それから、今日は、アブラムシ退治にも本格的に乗り出そうと、
気になっていた、「テントウムシ」を購入。
庭に放しました。
ちょっと容器を開けたら、出てくる出てくる。
手にも頭にも上ってきます。
ちょっと開けて、また閉めようと思ったのですが、
とんでもない。
閉める隙がないくらい、うようよと出てきます。
虫の苦手な人は、絶対に無理です。
でも、きっとむしゃむしゃ食べてくれます。ありがたいことです。
それから、雨。
どうして降らないんでしょうか?
昨日は東側で降って、今日は西。
昨日も、そして、今日も水まきをしなくていいと思ったのですが、
見事に二日連続ではずれました。
暑かったです。33度。
明日の朝は水まきです。
でも、ちっぽけなことで文句言っていますよね。
人生にはもっと大切なことがある。そう。こんなことで文句言ってはならない。
ですよね。
今日、明日と集会はありませんが、
個人的にお会いする方々が何人か。
これが本当に大切な時だと思っています。
明日お会いする方々ともよい学びの時が持てますように。
今日はマタイによる福音書22-28章を読みました。
一気にマタイによる福音書を読み終えました。
あまりの展開の早さに、また、ゆっくり読む時を持ちたいと思いました。
そんな中で、今日、心に留ったのはイエスのゲッセマネの祈りの言葉です。
「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。」26:42の言葉です。
イエスは祈りの中で、ただ、父なる神の御心を求めた。
自分の模範とさせて頂きたいと思いました。
自分の願いではなく、自分の思いではなく、
神様の御心を求めていきたいと思いました。
昨日も書いたけれども、
自分の夢を持ち込むのではなくて、
神様の御心を待ち望んで、
従って歩んでいきたいと思いました。
時々、「そうは言ってもなぁ」という思いになるのですが、
今日はなぜか不思議と、素直に「御心を求めよう」とそのまま思いました。
神様、
あなたの御心はどこにあるのでしょうか?
何を私に求めておられるのでしょうか?
自分の願い、自分の夢、自分のこだわり、ではなくて、
あなたの御心を行う者でありますように。
一匹のやせたウサギと一匹のまるまる太ったウサギとが、
朝ご飯の最中でした。
それで気がつきました。
うちの裏庭は、野菜を育てたいので、
雑草を枯らすような薬は一切使っていません。
それで、芝生と雑草が共生しています。
その雑草がウサギ君達の格好のえさなんですね。
そう、うちの裏庭は、動物たちのえさ場になっているのです。
それで、「人がいる気配」がする日は、そうでもないのですが、
日曜日のように、人のいる気配があまりなくなってしまうと、
奴らは、我が物顔で、庭で葉っぱ食べてるんですね。
それで、野菜を見つけて、「あれ、こんなところにこんなものがある・・・」となって、
もしかしたら、情報交換してるのかなあと思うくらいです。
冷蔵庫の中でしなび始めたねぎを植えておきました。
いつもだったら、食べて、残った根っこだけを植えるのですが、
まあ、十分しなびてるので、あんまり食べるところないだろう、
とそのまま植えてしまいました。
それから、今日は、アブラムシ退治にも本格的に乗り出そうと、
気になっていた、「テントウムシ」を購入。
庭に放しました。
ちょっと容器を開けたら、出てくる出てくる。
手にも頭にも上ってきます。
ちょっと開けて、また閉めようと思ったのですが、
とんでもない。
閉める隙がないくらい、うようよと出てきます。
虫の苦手な人は、絶対に無理です。
でも、きっとむしゃむしゃ食べてくれます。ありがたいことです。
それから、雨。
どうして降らないんでしょうか?
昨日は東側で降って、今日は西。
昨日も、そして、今日も水まきをしなくていいと思ったのですが、
見事に二日連続ではずれました。
暑かったです。33度。
明日の朝は水まきです。
でも、ちっぽけなことで文句言っていますよね。
人生にはもっと大切なことがある。そう。こんなことで文句言ってはならない。
ですよね。
今日、明日と集会はありませんが、
個人的にお会いする方々が何人か。
これが本当に大切な時だと思っています。
明日お会いする方々ともよい学びの時が持てますように。
今日はマタイによる福音書22-28章を読みました。
一気にマタイによる福音書を読み終えました。
あまりの展開の早さに、また、ゆっくり読む時を持ちたいと思いました。
そんな中で、今日、心に留ったのはイエスのゲッセマネの祈りの言葉です。
「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。」26:42の言葉です。
イエスは祈りの中で、ただ、父なる神の御心を求めた。
自分の模範とさせて頂きたいと思いました。
自分の願いではなく、自分の思いではなく、
神様の御心を求めていきたいと思いました。
昨日も書いたけれども、
自分の夢を持ち込むのではなくて、
神様の御心を待ち望んで、
従って歩んでいきたいと思いました。
時々、「そうは言ってもなぁ」という思いになるのですが、
今日はなぜか不思議と、素直に「御心を求めよう」とそのまま思いました。
神様、
あなたの御心はどこにあるのでしょうか?
何を私に求めておられるのでしょうか?
自分の願い、自分の夢、自分のこだわり、ではなくて、
あなたの御心を行う者でありますように。
2006-05-29
自分を捨てて
今日は、また暑かったですねえ。
いやー、夏ですよ。
我が家の温度計での最高気温、35.5度!
場所によっては雷雨もあったようですが、
うちの方は素通りしました。
今も11時ですが、24度もあります。
熱帯夜の季節がやってくるのでしょうか?
天気予報では「暑い」のは明日までで、その後は
「平年並み」の気温に戻るみたいですが・・・つまり、最高が25度くらい。
まあ、それだったら、いいですがね。
土曜日に植え付けた、コーンですが、
毎日いたずらをするやつがおります。
犯人はわかりません。
根元を掘り返す奴。毎日、何本か、掘り返されていて、
ダメもとで、もう一回植え付け直しています。
あと、芽を食べる奴。
これはもう許し難いです。
コーンはイネ科ですから、また真ん中から生えてきそうな気もするのですが、
ダメかもしれません。
今日、まるまる太った野ウサギがおりましたので、
追っかけ回して、追いだしてやりました。これに懲りて、寄りつかなくなればいいのですが・・・。
近所で、「全然動物の心配はいらない」という方もおられるのですが、
うちはこれから、グランドホッグ、チップモンク、野ウサギ、そしてリスとの闘いの季節です。
去年はそれがストレスで(たぶん)不整脈まで出てしまいましたからねえ。
今年は、「ケ・セラ・セラ」スピリットで、熱くならないように、なるようになれ、と大きく構えたいと思います。
あと、今日、小かぶが2-3センチくらいになって、
ちょっと窮屈そうなので、7-8本間引きをしました。
漬け物にしています。食べるのが楽しみ。
で、今日の聖書。
マタイ15-21章を読みました。
心に留ったのは、
16:24の「私に従ってきたい者は、自分を捨て・・・」という言葉です。
「信仰はがんばることではない」と日曜日に礼拝で語りました。
でも、「好きなことをすればいい」ということでもありません。
反対に、「自分を捨てる」ことなんですね。
でも、また「がんばる」ことは、
「自分を捨てる」ことと正反対のような感じがします。
先日、そうだなあ、と思った文章を「百万人の福音」という
クリスチャンの雑誌の中で見つけました。
「コミュニティーに対する自分の夢を愛する者は、コミュニティーを壊し、
兄弟(仲間)を愛する者は、コミュニティーを生きる」
ボンヘッファーの言葉だそうです。
9年前、私がJCCNJの牧師になるときに、
「自分の野望をこの教会で実現しようとしていないか」と疑う方々がおられました。
その時に、私はそんなことはない、と反発をしましたし、そんな気持ちもなかったと思っていました。
神様が尻込みする私を励まして、立たせてくださったと今でも思っています。
でも、「コミュニティーに対する自分の夢を愛する者」という言葉にはどきっとします。
今でもその危険をはらんでいると思います。
そして、それを別の言葉では「野望」というのでしょう。
だとすると、9年前のあの方々の言葉は正しかったのかもしれません。
ですから、「自分を捨て・・・」ということは、自分の「教会はこうあるべきだ」というこだわりのようなものも、捨てることなのか、と思わされています。
そして、イエスが「私が、私の教会を建てる」と言われた、教会に仕えていく者でありたいと思います。
主よ、
私はあなたに従います。
ですから、私は、
「自分を捨てる」ことにします。
それがどういうことなのか、日々の歩みの中で、
教会の歩みの中で教えてください。
あなたの与えられる十字架を喜んで背負う者としてください。
いやー、夏ですよ。
我が家の温度計での最高気温、35.5度!
場所によっては雷雨もあったようですが、
うちの方は素通りしました。
今も11時ですが、24度もあります。
熱帯夜の季節がやってくるのでしょうか?
天気予報では「暑い」のは明日までで、その後は
「平年並み」の気温に戻るみたいですが・・・つまり、最高が25度くらい。
まあ、それだったら、いいですがね。
土曜日に植え付けた、コーンですが、
毎日いたずらをするやつがおります。
犯人はわかりません。
根元を掘り返す奴。毎日、何本か、掘り返されていて、
ダメもとで、もう一回植え付け直しています。
あと、芽を食べる奴。
これはもう許し難いです。
コーンはイネ科ですから、また真ん中から生えてきそうな気もするのですが、
ダメかもしれません。
今日、まるまる太った野ウサギがおりましたので、
追っかけ回して、追いだしてやりました。これに懲りて、寄りつかなくなればいいのですが・・・。
近所で、「全然動物の心配はいらない」という方もおられるのですが、
うちはこれから、グランドホッグ、チップモンク、野ウサギ、そしてリスとの闘いの季節です。
去年はそれがストレスで(たぶん)不整脈まで出てしまいましたからねえ。
今年は、「ケ・セラ・セラ」スピリットで、熱くならないように、なるようになれ、と大きく構えたいと思います。
あと、今日、小かぶが2-3センチくらいになって、
ちょっと窮屈そうなので、7-8本間引きをしました。
漬け物にしています。食べるのが楽しみ。
で、今日の聖書。
マタイ15-21章を読みました。
心に留ったのは、
16:24の「私に従ってきたい者は、自分を捨て・・・」という言葉です。
「信仰はがんばることではない」と日曜日に礼拝で語りました。
でも、「好きなことをすればいい」ということでもありません。
反対に、「自分を捨てる」ことなんですね。
でも、また「がんばる」ことは、
「自分を捨てる」ことと正反対のような感じがします。
先日、そうだなあ、と思った文章を「百万人の福音」という
クリスチャンの雑誌の中で見つけました。
「コミュニティーに対する自分の夢を愛する者は、コミュニティーを壊し、
兄弟(仲間)を愛する者は、コミュニティーを生きる」
ボンヘッファーの言葉だそうです。
9年前、私がJCCNJの牧師になるときに、
「自分の野望をこの教会で実現しようとしていないか」と疑う方々がおられました。
その時に、私はそんなことはない、と反発をしましたし、そんな気持ちもなかったと思っていました。
神様が尻込みする私を励まして、立たせてくださったと今でも思っています。
でも、「コミュニティーに対する自分の夢を愛する者」という言葉にはどきっとします。
今でもその危険をはらんでいると思います。
そして、それを別の言葉では「野望」というのでしょう。
だとすると、9年前のあの方々の言葉は正しかったのかもしれません。
ですから、「自分を捨て・・・」ということは、自分の「教会はこうあるべきだ」というこだわりのようなものも、捨てることなのか、と思わされています。
そして、イエスが「私が、私の教会を建てる」と言われた、教会に仕えていく者でありたいと思います。
主よ、
私はあなたに従います。
ですから、私は、
「自分を捨てる」ことにします。
それがどういうことなのか、日々の歩みの中で、
教会の歩みの中で教えてください。
あなたの与えられる十字架を喜んで背負う者としてください。
2006-05-28
私たちのうちにある神
今日は暑かったですね。
32度まで行きました。
でも助かるのは、夜になると涼しくなること。
今は9時半ですが、21.6度です。
明日も暑くなるようです。
明日はアメリカはメモリアルデーでお休み。
牧師は大体月曜日お休みをいただいているので、
何かちょっと損をしたような気分なんですが、
まあ、子ども達と休みが一緒になるだけで、いいですよね。
庭の芝刈りとか、買い物とか、いろいろたまっております。
今日の礼拝は補習校の運動会のせいもあって、
また連休ということもあって、
また日本に行っている人たちもちょっといて、
いつもよりも少なかったですが、
それでも、とてもいい「礼拝」でした。
神様の前に「礼拝」をしている、という感じの礼拝でした。
今、シカゴではJCFN(Japanese Christian Fellowship Network)の
中西部地区の集まりを二泊三日でやっています。
昨年、講師としてお招き頂き、お伺いしました。
とても、幸いな、一時でした。
特に中西部の皆さんがその集まりを本当に楽しみにしておられる姿に、
励まされました。
今、やっているんだなあ、と一年前のことを思い出しています。
そして、今やっている集会の祝福を祈っています。
今晩はちょっと久しぶりに早く寝ることができそうです。
さっき、7時頃に、テレビを見ながら、ウトウトしていました。
まあ、あまり早く寝てしまうと、「早く目が覚める」という危険性もあるのですが・・・。
今日はマタイ10-14章を読みました。
心に残った言葉は、
10:20の言葉です。
「実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である」という言葉です。
自分が語るのではなく、主が語ってくださる、そのように信じています。
実感としては、「話しているのは自分なんだけれども、それを通して、一人一人の心に語りかけてくださるのは神様」という感じです。
その経験をまたさせて頂きたいと思いました。
自分が語っているんだけれども、その人に届かせてくださるのは神様。
だって、自分の言葉が人の心に届くなんて、それはわからないから。
それは信じられないから。
神様が語ってくださっているんだと思う。
そうでなければいけないんだと思う。
主よ、
私のうちにおいで下さい。
そして、私が語るときに、
あなたが語らせてくださって、
あなたが、語ってくださいますように。
あなたが人の心に触れてくださいますように。
「あなたのことをずっと考えていました。」
そんな毎日となりますように。
32度まで行きました。
でも助かるのは、夜になると涼しくなること。
今は9時半ですが、21.6度です。
明日も暑くなるようです。
明日はアメリカはメモリアルデーでお休み。
牧師は大体月曜日お休みをいただいているので、
何かちょっと損をしたような気分なんですが、
まあ、子ども達と休みが一緒になるだけで、いいですよね。
庭の芝刈りとか、買い物とか、いろいろたまっております。
今日の礼拝は補習校の運動会のせいもあって、
また連休ということもあって、
また日本に行っている人たちもちょっといて、
いつもよりも少なかったですが、
それでも、とてもいい「礼拝」でした。
神様の前に「礼拝」をしている、という感じの礼拝でした。
今、シカゴではJCFN(Japanese Christian Fellowship Network)の
中西部地区の集まりを二泊三日でやっています。
昨年、講師としてお招き頂き、お伺いしました。
とても、幸いな、一時でした。
特に中西部の皆さんがその集まりを本当に楽しみにしておられる姿に、
励まされました。
今、やっているんだなあ、と一年前のことを思い出しています。
そして、今やっている集会の祝福を祈っています。
今晩はちょっと久しぶりに早く寝ることができそうです。
さっき、7時頃に、テレビを見ながら、ウトウトしていました。
まあ、あまり早く寝てしまうと、「早く目が覚める」という危険性もあるのですが・・・。
今日はマタイ10-14章を読みました。
心に残った言葉は、
10:20の言葉です。
「実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である」という言葉です。
自分が語るのではなく、主が語ってくださる、そのように信じています。
実感としては、「話しているのは自分なんだけれども、それを通して、一人一人の心に語りかけてくださるのは神様」という感じです。
その経験をまたさせて頂きたいと思いました。
自分が語っているんだけれども、その人に届かせてくださるのは神様。
だって、自分の言葉が人の心に届くなんて、それはわからないから。
それは信じられないから。
神様が語ってくださっているんだと思う。
そうでなければいけないんだと思う。
主よ、
私のうちにおいで下さい。
そして、私が語るときに、
あなたが語らせてくださって、
あなたが、語ってくださいますように。
あなたが人の心に触れてくださいますように。
「あなたのことをずっと考えていました。」
そんな毎日となりますように。
2006-05-27
収穫は多い
今日はまた暑くなりましたね。
29度まで行きました。
明日はもっとだそうです。
近所のNJ補習校の運動会、ばっちり暑くなりますね。
うちの子達は日曜日に運動会をやるようになってから、
補習校には行かせておりませんが、
がんばっておられる皆さん倒れられませんように・・・。
今日は昨日までに比べると数段、
時間も気持ちもゆとりがあったので、
庭に出て、
芽が出たトウモロコシの植え付けと、
カブについたアブラムシをつぶす仕事をしました。
このアブラムシ君達はすごかったです。
びっしりついていました。
指でつぶしていったら、
指がびしょびしょになるくらいたくさんいました。
こちらの園芸店では「テントウムシ」を売っています。
アブラムシ退治なんですね。
一パック500匹とか、1000匹なので、ちょっとこっちも気持ち悪いのですが、
よっぽど買おうかと思いました。
あと、この間行ったら、「カマキリの卵」も売っていました。
赤ちゃんカマキリがアブラムシを食べてくれるのかねえ。
そうそう、大切なニュース。
今度の木曜日、6月1日の夜8時半から、
Norwood, NJ にあるニュージャージー初代教会という韓国語教会に
レーナ・マリアさんが来られるという情報をキャッチ。
レーナさんと言えば、長野パラリンピックの時に日本にも行った方。
私はその時はもうこちらだったので、話に聞いただけでしたが・・・。
久米宏がニュースステーションをやっていたときに、
何回か紹介されましたよね。
彼女も熱心なクリスチャン。
是非このチャンスに生でレーナさんの歌や話を聞いてみたいと思います。
でも、予定をチェックしてみたら、この日、JFKに6時50分に着く飛行機で帰ってくる者たちが・・・。
うーん、微妙。順調にいって、ぎりぎりか・・・?
今日の夕方から夜にかけては、
中高生の集まりでした。
いつもよりもぐっと少ない人数でしたが、またそれはそれで楽しく過ごしました。
それでも15人くらいいたからねえ。僕が高校生の頃は、自分の兄弟とあと2,3人だけだったから、
彼らは本当に幸せです。
今日はマタイによる福音書8-9章を読みました。
そして、9章の最後の言葉に釘付けになってしまいました。
「収穫は多いが、働き手が少ない。
だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、
収穫の主に願いなさい。」
まずは「収穫は多いのだ」ということ。
ここで、「収穫」というのは今まさに神様に出会おうとしている人たちのこと。
そのような人がたくさんいる、ということにまず励まされました。
そのような人々がたくさんいるのに、
そのために働く人々が少ない。
だから、そのために働き人を神様に頼みなさい、と。
そう、足りなかったら神様に頼みなさいと、いわれているんですね。
何か元気が出ました。
ほんとに。
神様に願えばいいんだ、と。
「働き人がいないから、働きを休みなさい」じゃなくて、
「働き人がいないから、送ってもらえるように、祈りなさい」なんですね。
祈ります。ハイ、神様。
神様、
今日、また「収穫が多い」ことを教えてくださってありがとうございます。
どうか、この「多い収穫」のために必要な働き人を送って下さい。
そして、多くの人々が神様のことを知り、
イエスを信じる人々が起こされますように。
29度まで行きました。
明日はもっとだそうです。
近所のNJ補習校の運動会、ばっちり暑くなりますね。
うちの子達は日曜日に運動会をやるようになってから、
補習校には行かせておりませんが、
がんばっておられる皆さん倒れられませんように・・・。
今日は昨日までに比べると数段、
時間も気持ちもゆとりがあったので、
庭に出て、
芽が出たトウモロコシの植え付けと、
カブについたアブラムシをつぶす仕事をしました。
このアブラムシ君達はすごかったです。
びっしりついていました。
指でつぶしていったら、
指がびしょびしょになるくらいたくさんいました。
こちらの園芸店では「テントウムシ」を売っています。
アブラムシ退治なんですね。
一パック500匹とか、1000匹なので、ちょっとこっちも気持ち悪いのですが、
よっぽど買おうかと思いました。
あと、この間行ったら、「カマキリの卵」も売っていました。
赤ちゃんカマキリがアブラムシを食べてくれるのかねえ。
そうそう、大切なニュース。
今度の木曜日、6月1日の夜8時半から、
Norwood, NJ にあるニュージャージー初代教会という韓国語教会に
レーナ・マリアさんが来られるという情報をキャッチ。
レーナさんと言えば、長野パラリンピックの時に日本にも行った方。
私はその時はもうこちらだったので、話に聞いただけでしたが・・・。
久米宏がニュースステーションをやっていたときに、
何回か紹介されましたよね。
彼女も熱心なクリスチャン。
是非このチャンスに生でレーナさんの歌や話を聞いてみたいと思います。
でも、予定をチェックしてみたら、この日、JFKに6時50分に着く飛行機で帰ってくる者たちが・・・。
うーん、微妙。順調にいって、ぎりぎりか・・・?
今日の夕方から夜にかけては、
中高生の集まりでした。
いつもよりもぐっと少ない人数でしたが、またそれはそれで楽しく過ごしました。
それでも15人くらいいたからねえ。僕が高校生の頃は、自分の兄弟とあと2,3人だけだったから、
彼らは本当に幸せです。
今日はマタイによる福音書8-9章を読みました。
そして、9章の最後の言葉に釘付けになってしまいました。
「収穫は多いが、働き手が少ない。
だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、
収穫の主に願いなさい。」
まずは「収穫は多いのだ」ということ。
ここで、「収穫」というのは今まさに神様に出会おうとしている人たちのこと。
そのような人がたくさんいる、ということにまず励まされました。
そのような人々がたくさんいるのに、
そのために働く人々が少ない。
だから、そのために働き人を神様に頼みなさい、と。
そう、足りなかったら神様に頼みなさいと、いわれているんですね。
何か元気が出ました。
ほんとに。
神様に願えばいいんだ、と。
「働き人がいないから、働きを休みなさい」じゃなくて、
「働き人がいないから、送ってもらえるように、祈りなさい」なんですね。
祈ります。ハイ、神様。
神様、
今日、また「収穫が多い」ことを教えてくださってありがとうございます。
どうか、この「多い収穫」のために必要な働き人を送って下さい。
そして、多くの人々が神様のことを知り、
イエスを信じる人々が起こされますように。
2006-05-26
貧しい心を抱いて
今、夜の12時。
今日はマツイ記念日だったんですね。
すっかり忘れておりました。
おとといは覚えていたのですが、今日はあわただしく時間が過ぎていきました。
マツイ記念日の今日は我らがヤンキースはマツイ抜きだけど勝ったかなあ、と思ったら、
まだやっているではありませんか。
雨で中断したんですね。
9回の裏、ノーアウトランナー一塁ですよ。
そう負けているのです。7-5。10勝35敗のKansas City Royals。13連敗中。
そう、今日は蒸し暑かったですね。
そして時々雨がパラパラしていました。
家のあたりはたいしたことないのですが、
ブロンクスの方では降ったみたいですね。あっと1アウト。
続くジーターはフォアボールで1、2塁。
何かいい感じですね。
あ、ジーターと言えば、2000本安打でしたね。
もう落ち着かないので、テレビの前に行ってきまーす。
-------------------中断-------------------------
うーん、シェフはヒットで1点差になったのですが、
ジアンビ君がセカンドゴロゲッツーでおしまい。
残念でした。
雨の中最後まで球場で見ていた皆さんはどれほど疲れたことでしょう。
あの3年前の5/26もあのバットが飛んでくるまでは、疲れる試合でした。
でも、あのバット一本で、すごいいい日になりました。
マツイ君にとっては後味の悪い試合だったと思いますが・・・。
明日も朝のうち蒸し暑く、一時雨。
午後からはからっとしてくるでしょう。
あさってから「夏」になるみたいですよ。
今日の朝は聖書を読む会。
人間、なかなか変わらない。でも、そんな頑固な人も変えられる、って話。
そして夜は教会について考える学びの会。
一人一人が神様の前にへりくだって、
自分の夢や願い、希望、「教会はこうあるべきだ」というこだわり、
みんな一度明け渡して、神様に聞いていこう、と思いました。
明日はYouthのプログラムあり。
とても楽しみなプログラムの一つです。
JOYJOYキャンプの準備もどんどん進めなければ・・・。
申し込んでくださった皆さんへのお便りも出さなければ・・・。
今日から新約聖書に入りました。
マタイによる福音書1-7章。
5章の3節の「心の貧しい者は幸いである」という言葉が心に留りました。
今の自分にとって、
本当にほっとする言葉でした。
主の許に休んでいい。
「幸いだ」と言われることのありがたさを感じました。
「自分の心貧しい」って今思い知らされていますから・・・。
神様、
私の貧しい心をも、
「幸いだ」と言ってくださるからありがとうございます。
時に焦ります。
もっとこうなりたい、
こうありたい、と。
でも、貧しい心を持つ者も「幸いだ」と言ってくださるから、
感謝します。
あなたのもとで安らぐ歩みをさせてください。
今日はマツイ記念日だったんですね。
すっかり忘れておりました。
おとといは覚えていたのですが、今日はあわただしく時間が過ぎていきました。
マツイ記念日の今日は我らがヤンキースはマツイ抜きだけど勝ったかなあ、と思ったら、
まだやっているではありませんか。
雨で中断したんですね。
9回の裏、ノーアウトランナー一塁ですよ。
そう負けているのです。7-5。10勝35敗のKansas City Royals。13連敗中。
そう、今日は蒸し暑かったですね。
そして時々雨がパラパラしていました。
家のあたりはたいしたことないのですが、
ブロンクスの方では降ったみたいですね。あっと1アウト。
続くジーターはフォアボールで1、2塁。
何かいい感じですね。
あ、ジーターと言えば、2000本安打でしたね。
もう落ち着かないので、テレビの前に行ってきまーす。
-------------------中断-------------------------
うーん、シェフはヒットで1点差になったのですが、
ジアンビ君がセカンドゴロゲッツーでおしまい。
残念でした。
雨の中最後まで球場で見ていた皆さんはどれほど疲れたことでしょう。
あの3年前の5/26もあのバットが飛んでくるまでは、疲れる試合でした。
でも、あのバット一本で、すごいいい日になりました。
マツイ君にとっては後味の悪い試合だったと思いますが・・・。
明日も朝のうち蒸し暑く、一時雨。
午後からはからっとしてくるでしょう。
あさってから「夏」になるみたいですよ。
今日の朝は聖書を読む会。
人間、なかなか変わらない。でも、そんな頑固な人も変えられる、って話。
そして夜は教会について考える学びの会。
一人一人が神様の前にへりくだって、
自分の夢や願い、希望、「教会はこうあるべきだ」というこだわり、
みんな一度明け渡して、神様に聞いていこう、と思いました。
明日はYouthのプログラムあり。
とても楽しみなプログラムの一つです。
JOYJOYキャンプの準備もどんどん進めなければ・・・。
申し込んでくださった皆さんへのお便りも出さなければ・・・。
今日から新約聖書に入りました。
マタイによる福音書1-7章。
5章の3節の「心の貧しい者は幸いである」という言葉が心に留りました。
今の自分にとって、
本当にほっとする言葉でした。
主の許に休んでいい。
「幸いだ」と言われることのありがたさを感じました。
「自分の心貧しい」って今思い知らされていますから・・・。
神様、
私の貧しい心をも、
「幸いだ」と言ってくださるからありがとうございます。
時に焦ります。
もっとこうなりたい、
こうありたい、と。
でも、貧しい心を持つ者も「幸いだ」と言ってくださるから、
感謝します。
あなたのもとで安らぐ歩みをさせてください。
2006-05-25
限りない祝福
今日は暑くなりました。
最高気温は29度。
でも、これくらいがいいかなと思います。
体が冷えてしまうのは良くない、だから、これくらい暖かいと助かります。
やっと冬の暖かいスリッパを止めることができそうです。
今朝、キュウリの苗を植えました。
もっと早くやりたかったのですが、
とにかく寒くて、無理かなあ、という感じでしたので・・・。
それで毎年グランドホッグにやられているので、
ネットを張り巡らしました・・・つもりでした。
あまり時間がなかったのであわててやったのがいけなかったのでしょうか、
午後帰ってきたら、すでにいたずらされていました。
鳥の仕業か、グランドホッグか、リスか、わかりませんが、
全くいまいましいことです。
3本の中での1本だけで、まだ新芽がのびてくるみたいですから、
何とかなるかと思いますが、先が思いやられます。
ちょっと補強しておきました。
ま、あんまりストレスをためないようにと思っていますが、
やっぱり悔しいですよね。でも、気にしない、気にしない・・・。
朝は祈り会。
午後はキッズクラブ。
夜は久しぶりの方とお会いしました。
最近、他の地で教会にまた行き始めたとのこと、
とてもうれしく思いました。
お互い、子供が増えていたり、大きくなっていたり、
大人はそんなに変わらないのですが、
子ども達はどんどん変わっていきます。
時の流れを思います。
子供の頃、一年はとても長く感じました。
今はあっという間に過ぎていきます。
そう、いつもいつも祈り続けなければ・・・と思いました。
あきらめないで、音信不通になっても、祈り続けなければ、
と思いました。
リストは膨大なものになるかもしれません。
でも、忘れないで祈り続けたいと思いました。
一時でも共に過ごすことができた方々、
その一つ一つの出会いが神様から与えられたものであり、
どのような関係を持っていくか、神様から任されているものであるならば、
神様に祈り続けていきたいと思いました。
楽しかったです。
今日はマラキ書を読みました。
今日で旧約聖書読了。
元旦からスタートしたので、
31+28+31+30+25で145日間での読了です。
6月末の聖書全巻の読了を目指します。
ま、7月初めくらいまで食い込んでしまうでしょうが・・・。
それが終わったら、後半は新約聖書を一日一章ずつ読んでいこうと思っています。
260章あるので、終わるのは来年の3月くらいになるでしょうか。
今日心に留ったのは、
10分の1献金のところ。
3章10節です。
「十分の一の献げ物をすべて倉に運び、
わたしの家に食物があるようにせよ。
これによって、わたしを試してみよと、
万軍の主は言われる。必ず、わたしはあなたたちのために、
天の窓を開き、祝福を限りなく注ぐであろう。」
祝福を限りなく注ぐ、と主は言われました。
試してみてもいい、と言われました。
すべてのものは神様のものです。
自分で稼いだ、自分の力で手にしたものだと勘違いしますが、
すべて、主が任せてくださったものです。
仕事ができる健康な体一つ、自分で作ることはできません。
神様が与えてくださっているのです。
その「すべては主のものです」ということの象徴として、
神様に10分の1を献金します。
そして、すべては主から任されたものです、という生き方を毎日の中でしていきます。
その時に、主は私たちにのために天の窓を開いて、
「限りない祝福」を注いでくださるというのです。
試してごらん、と言われました。
この「限りない祝福」を信じて、信頼していきたいと思いました。
主の豊かさを信頼していきたいと思いました。
神様、
あなたを信頼します。
あなたが限りない祝福を与えてくださる方であることを感謝します。
あなたの祝福の大きさを信じて、感謝します。
どうか、あなたがすばらしいことをしてくださいますように。
あなたの豊かさを信頼します。
どうか、すべての必要なものを与えてください。
最高気温は29度。
でも、これくらいがいいかなと思います。
体が冷えてしまうのは良くない、だから、これくらい暖かいと助かります。
やっと冬の暖かいスリッパを止めることができそうです。
今朝、キュウリの苗を植えました。
もっと早くやりたかったのですが、
とにかく寒くて、無理かなあ、という感じでしたので・・・。
それで毎年グランドホッグにやられているので、
ネットを張り巡らしました・・・つもりでした。
あまり時間がなかったのであわててやったのがいけなかったのでしょうか、
午後帰ってきたら、すでにいたずらされていました。
鳥の仕業か、グランドホッグか、リスか、わかりませんが、
全くいまいましいことです。
3本の中での1本だけで、まだ新芽がのびてくるみたいですから、
何とかなるかと思いますが、先が思いやられます。
ちょっと補強しておきました。
ま、あんまりストレスをためないようにと思っていますが、
やっぱり悔しいですよね。でも、気にしない、気にしない・・・。
朝は祈り会。
午後はキッズクラブ。
夜は久しぶりの方とお会いしました。
最近、他の地で教会にまた行き始めたとのこと、
とてもうれしく思いました。
お互い、子供が増えていたり、大きくなっていたり、
大人はそんなに変わらないのですが、
子ども達はどんどん変わっていきます。
時の流れを思います。
子供の頃、一年はとても長く感じました。
今はあっという間に過ぎていきます。
そう、いつもいつも祈り続けなければ・・・と思いました。
あきらめないで、音信不通になっても、祈り続けなければ、
と思いました。
リストは膨大なものになるかもしれません。
でも、忘れないで祈り続けたいと思いました。
一時でも共に過ごすことができた方々、
その一つ一つの出会いが神様から与えられたものであり、
どのような関係を持っていくか、神様から任されているものであるならば、
神様に祈り続けていきたいと思いました。
楽しかったです。
今日はマラキ書を読みました。
今日で旧約聖書読了。
元旦からスタートしたので、
31+28+31+30+25で145日間での読了です。
6月末の聖書全巻の読了を目指します。
ま、7月初めくらいまで食い込んでしまうでしょうが・・・。
それが終わったら、後半は新約聖書を一日一章ずつ読んでいこうと思っています。
260章あるので、終わるのは来年の3月くらいになるでしょうか。
今日心に留ったのは、
10分の1献金のところ。
3章10節です。
「十分の一の献げ物をすべて倉に運び、
わたしの家に食物があるようにせよ。
これによって、わたしを試してみよと、
万軍の主は言われる。必ず、わたしはあなたたちのために、
天の窓を開き、祝福を限りなく注ぐであろう。」
祝福を限りなく注ぐ、と主は言われました。
試してみてもいい、と言われました。
すべてのものは神様のものです。
自分で稼いだ、自分の力で手にしたものだと勘違いしますが、
すべて、主が任せてくださったものです。
仕事ができる健康な体一つ、自分で作ることはできません。
神様が与えてくださっているのです。
その「すべては主のものです」ということの象徴として、
神様に10分の1を献金します。
そして、すべては主から任されたものです、という生き方を毎日の中でしていきます。
その時に、主は私たちにのために天の窓を開いて、
「限りない祝福」を注いでくださるというのです。
試してごらん、と言われました。
この「限りない祝福」を信じて、信頼していきたいと思いました。
主の豊かさを信頼していきたいと思いました。
神様、
あなたを信頼します。
あなたが限りない祝福を与えてくださる方であることを感謝します。
あなたの祝福の大きさを信じて、感謝します。
どうか、あなたがすばらしいことをしてくださいますように。
あなたの豊かさを信頼します。
どうか、すべての必要なものを与えてください。
2006-05-24
マツイ記念日
今日は何人かの方々とお話をして、
ともに祈ることができました。
神様の前に出て祈る、ということの大切さを思います。
牧師の働きの中心は「御言葉と祈り」だとよく言われますが、
今日は行きのバスの中で、ガタガタ震えながら、
聖書を読んで祈ることを中心にして歩みたいと思いました。
と言いながら、聖書とは全く関係のない話ですが・・・
さて、あさって5月26日は、かきごおり家のマツイ記念日です。
何があったのかは、3年前、ニュージャージーの教会におられた方々はみんな知っておられますが、
ご存じない方はこちらをどうぞ。当時の教会のニュースレターです。
アメリカでも日本でもテレビに映っていました。
日本では、「好プレー珍プレー」に出ていました。みのもんたのナレーションのやつ。
実はそれまでは私はどちらかというとアトランタ・ブレーブスのファンでした。
あー、ここで石投げないでくださいね。最後まで読んでください。
96年も99年もワールドシリーズではヤンキースではなく、ブレーブスの方を応援していました。
ヤンキースとブレーブスは90年代の強いチームの代表でしょう。
特にブレーブスは90年代に5回もワールドシリーズに出ていますからね。
そのうち、勝ったのは1回だけ、というのが情けないですが・・・。
ちなみに日本では今はなき「近鉄バッファローズ」のファンでした。
よく西武球場に近鉄が来ると、野茂の出るときに見に行きました。
近鉄もひと頃強かったですが、それでも、日本シリーズでは弱かったですね。
そんな、あまりメジャーではないチームばかりをひいきにしていた私ですが、
やっぱ、マツイ事件以来、さすがにヤンキースファンになってしまいました。
カミさんは、マツイ君が高校生の時代からのマツイファンですが、
私はマツイ事件以来のマツイファン+ヤンキースファンです。
今もちゃんと飾ってあります。家宝です。
でも、もう3年も経つんですね。
マツイ君には早く復帰してきて頂きたいものです。
ともに祈ることができました。
神様の前に出て祈る、ということの大切さを思います。
牧師の働きの中心は「御言葉と祈り」だとよく言われますが、
今日は行きのバスの中で、ガタガタ震えながら、
聖書を読んで祈ることを中心にして歩みたいと思いました。
と言いながら、聖書とは全く関係のない話ですが・・・
さて、あさって5月26日は、かきごおり家のマツイ記念日です。
何があったのかは、3年前、ニュージャージーの教会におられた方々はみんな知っておられますが、
ご存じない方はこちらをどうぞ。当時の教会のニュースレターです。
アメリカでも日本でもテレビに映っていました。
日本では、「好プレー珍プレー」に出ていました。みのもんたのナレーションのやつ。
実はそれまでは私はどちらかというとアトランタ・ブレーブスのファンでした。
あー、ここで石投げないでくださいね。最後まで読んでください。
96年も99年もワールドシリーズではヤンキースではなく、ブレーブスの方を応援していました。
ヤンキースとブレーブスは90年代の強いチームの代表でしょう。
特にブレーブスは90年代に5回もワールドシリーズに出ていますからね。
そのうち、勝ったのは1回だけ、というのが情けないですが・・・。
ちなみに日本では今はなき「近鉄バッファローズ」のファンでした。
よく西武球場に近鉄が来ると、野茂の出るときに見に行きました。
近鉄もひと頃強かったですが、それでも、日本シリーズでは弱かったですね。
そんな、あまりメジャーではないチームばかりをひいきにしていた私ですが、
やっぱ、マツイ事件以来、さすがにヤンキースファンになってしまいました。
カミさんは、マツイ君が高校生の時代からのマツイファンですが、
私はマツイ事件以来のマツイファン+ヤンキースファンです。
今もちゃんと飾ってあります。家宝です。
でも、もう3年も経つんですね。
マツイ君には早く復帰してきて頂きたいものです。
地の果てまでの救い
今朝はそんなに冷えませんでした。
9度くらい。
でも、でもですよ、バスが寒かった。
何でこんなに寒いんでしょうか?
今日は都合でいつもの6時過ぎのバスではなくて、
9時過ぎのバスで月一度のNY Dayに来ました。
外だってそんなに暖かかったわけではありません。
なのにバスの中は冷房ガンガン。
日本の夏のスーツで出てきた私は風邪を引くかと思いました。
周りを見るとみんな厚手のジャケットを着ています。
なんだかなあ。地球温暖化とか、化石燃料の枯渇とか、
原油の高騰とか、いろんなことが言われるのに、
もうちょっと考えて頂きたいなあ、と思います。
まあ、文句を言う前に、身近な省エネから・・・。
今日はゼカリヤ書8-14章を読みました。
心に留ったのは、8:7の言葉です。
「日が昇る国からも、日の沈む国からも、わたしはわが民を救い出し」
とあります。
この時代のこの地方の人たちにとって、
日の昇る国とはどこだったのでしょうか?日の沈む国とはどこだったのでしょうか?
中国とスペインだったでしょうか?
そこまで行かなかったかな。イタリアとインドだったでしょうか?
でも、私にとっては、日の昇る国は日本であり、日の沈む国はここアメリカに読めました。
いずれにせよ、聖書が言いたいのは「地の果てまで」ということでしょうが、
そう十把一絡げに言うよりも、日本からも、アメリカからも・・・と言われた方が、
心に響きます。
神様の目はそこにまで届いている、イエスが歩んだイスラエルから見ると地の果てのような、
東アジアやアメリカ大陸にまで届いている、
そのことが今日はとてもうれしく思いました。
今、私はここに生かされて、ここで神の言葉を語り、神の愛を生きる使命があるんですね。
神様、
今日の一日を感謝します。
今日の出会いを祝福して下さい。
今日の歩みに守りを与えて下さい。
今日も、あなたの愛を伝えることができますように。
このNYの地で、あなたの愛を伝える者でありますように。
9度くらい。
でも、でもですよ、バスが寒かった。
何でこんなに寒いんでしょうか?
今日は都合でいつもの6時過ぎのバスではなくて、
9時過ぎのバスで月一度のNY Dayに来ました。
外だってそんなに暖かかったわけではありません。
なのにバスの中は冷房ガンガン。
日本の夏のスーツで出てきた私は風邪を引くかと思いました。
周りを見るとみんな厚手のジャケットを着ています。
なんだかなあ。地球温暖化とか、化石燃料の枯渇とか、
原油の高騰とか、いろんなことが言われるのに、
もうちょっと考えて頂きたいなあ、と思います。
まあ、文句を言う前に、身近な省エネから・・・。
今日はゼカリヤ書8-14章を読みました。
心に留ったのは、8:7の言葉です。
「日が昇る国からも、日の沈む国からも、わたしはわが民を救い出し」
とあります。
この時代のこの地方の人たちにとって、
日の昇る国とはどこだったのでしょうか?日の沈む国とはどこだったのでしょうか?
中国とスペインだったでしょうか?
そこまで行かなかったかな。イタリアとインドだったでしょうか?
でも、私にとっては、日の昇る国は日本であり、日の沈む国はここアメリカに読めました。
いずれにせよ、聖書が言いたいのは「地の果てまで」ということでしょうが、
そう十把一絡げに言うよりも、日本からも、アメリカからも・・・と言われた方が、
心に響きます。
神様の目はそこにまで届いている、イエスが歩んだイスラエルから見ると地の果てのような、
東アジアやアメリカ大陸にまで届いている、
そのことが今日はとてもうれしく思いました。
今、私はここに生かされて、ここで神の言葉を語り、神の愛を生きる使命があるんですね。
神様、
今日の一日を感謝します。
今日の出会いを祝福して下さい。
今日の歩みに守りを与えて下さい。
今日も、あなたの愛を伝えることができますように。
このNYの地で、あなたの愛を伝える者でありますように。
2006-05-23
私たちを弁護する方
今朝は寒かったですね。
6.3度まで下がりました。
朝、ナスの苗が寒さのあまりしなびていました。
まだポットに植えてあるので、入れておけば良かったのですが、
まあ、大丈夫だろうと思ったのが間違いでした。
カメラが今出かけているので、どんな状態だったかお見せ出来ないのは残念ですが、
めちゃくちゃショックでした。
午後になって暖かくなってきたら、まっすぐに立ちましたが・・・。
今夜はどうかなあ。
後悔先に立たずだから、取り込んでおきます。
今日の午後の集会では、
「聞く」ということを学んでいます。
うーん、とうなりたくなるほど的確で、
「あるある」と思うような事例が出てきます。
確かに人の話を聞くことは、
できているようでできていないことです。
「自分で責任を担う」ということが今日は出てきました。
人のせいにしない、ということです。
すぐに「そっちがそんな言い方するから・・・」
と相手の責任を追及して、自分の責任からは逃げている、
でも、本当は、みんな自分の決断で、話して、
自分の決断で行動しているんですよね。
「今日はこれをやらなきゃいけない」「あそこに行かなきゃいけない」
そんなことを言いますが、それはすべて自分で選んでいるんです。
「これをやる」ことを選び、「あそこに行く」ことを選んでいるんです。
何をすべきかを考え、それをしなかったときの影響を考え、
一つの行動を選んでいるんです。
でも、私たちはつい、「やらなきゃいけない」「行かなきゃいけない」という言い方をする。
「でも、私はあの人にやらされているんだ」と言うかもしれません。
でも、本当は、従った場合と従わなかった場合の結果を比べて、
「その人に従う」という方を選んでいるんです。
人のせいにするのは止めようと、思いました。
明日は朝4時半に起きなければいけません。あれ?そうじゃない。
明日は朝4時半に起きる、ということを私は選びました。
あれ、4時半に起きたら遅いのかな、4時半に家を出るのかな?
ま、いいや、4時半に起きて、4時40分に家を出ることを選びました。決めた。
今日はゼカリヤ書1-7章を読みました。
あ、あと2日で旧約聖書が終わります。
6月いっぱいで新約聖書まで読み終わるでしょうか?
まあ、それは大した問題ではありません。
毎日、御言葉に触れていくことの方が大切ですから。
心に留ったのは、3章2節の言葉です。
ここで、サタン(悪魔)が大祭司を訴えています。
その訴えを聞いた神様がサタンに対して、言うのがこの2節です。
「サタンよ、主はおまえを責められる」
サタンは私たちを責める。でも神様は私たちを弁護してくださる。
ましてや、イエスはご自分の血潮をもって、私たちを赦してくださった。
私たちを弁護してくださる。
私たちの味方になって下さる。
この大祭司の衣が汚れていたように、
私たちは本当に罪人だ。
なのに、主は私たちの弁護をしてくださる。
本当はサタンの言うとおりなのかもしれない。
責められなければいけない存在なのだろう。
でも、主は私たちを弁護してくださる。
何という幸いだろうか?
私たちの方には、弁護される資格などないのに、神は弁護してくださる。
主よ、
あなたが私たちの味方であり、
私たちの弁護者であることに感謝します。
それに甘えてしまうことがないように、
本当はそんな資格もないものであることを忘れることがないようにしてください。
そして、感謝する心を失わないように守ってください。
私の側に立ってくださることに感謝します。
6.3度まで下がりました。
朝、ナスの苗が寒さのあまりしなびていました。
まだポットに植えてあるので、入れておけば良かったのですが、
まあ、大丈夫だろうと思ったのが間違いでした。
カメラが今出かけているので、どんな状態だったかお見せ出来ないのは残念ですが、
めちゃくちゃショックでした。
午後になって暖かくなってきたら、まっすぐに立ちましたが・・・。
今夜はどうかなあ。
後悔先に立たずだから、取り込んでおきます。
今日の午後の集会では、
「聞く」ということを学んでいます。
うーん、とうなりたくなるほど的確で、
「あるある」と思うような事例が出てきます。
確かに人の話を聞くことは、
できているようでできていないことです。
「自分で責任を担う」ということが今日は出てきました。
人のせいにしない、ということです。
すぐに「そっちがそんな言い方するから・・・」
と相手の責任を追及して、自分の責任からは逃げている、
でも、本当は、みんな自分の決断で、話して、
自分の決断で行動しているんですよね。
「今日はこれをやらなきゃいけない」「あそこに行かなきゃいけない」
そんなことを言いますが、それはすべて自分で選んでいるんです。
「これをやる」ことを選び、「あそこに行く」ことを選んでいるんです。
何をすべきかを考え、それをしなかったときの影響を考え、
一つの行動を選んでいるんです。
でも、私たちはつい、「やらなきゃいけない」「行かなきゃいけない」という言い方をする。
「でも、私はあの人にやらされているんだ」と言うかもしれません。
でも、本当は、従った場合と従わなかった場合の結果を比べて、
「その人に従う」という方を選んでいるんです。
人のせいにするのは止めようと、思いました。
明日は朝4時半に起きなければいけません。あれ?そうじゃない。
明日は朝4時半に起きる、ということを私は選びました。
あれ、4時半に起きたら遅いのかな、4時半に家を出るのかな?
ま、いいや、4時半に起きて、4時40分に家を出ることを選びました。決めた。
今日はゼカリヤ書1-7章を読みました。
あ、あと2日で旧約聖書が終わります。
6月いっぱいで新約聖書まで読み終わるでしょうか?
まあ、それは大した問題ではありません。
毎日、御言葉に触れていくことの方が大切ですから。
心に留ったのは、3章2節の言葉です。
ここで、サタン(悪魔)が大祭司を訴えています。
その訴えを聞いた神様がサタンに対して、言うのがこの2節です。
「サタンよ、主はおまえを責められる」
サタンは私たちを責める。でも神様は私たちを弁護してくださる。
ましてや、イエスはご自分の血潮をもって、私たちを赦してくださった。
私たちを弁護してくださる。
私たちの味方になって下さる。
この大祭司の衣が汚れていたように、
私たちは本当に罪人だ。
なのに、主は私たちの弁護をしてくださる。
本当はサタンの言うとおりなのかもしれない。
責められなければいけない存在なのだろう。
でも、主は私たちを弁護してくださる。
何という幸いだろうか?
私たちの方には、弁護される資格などないのに、神は弁護してくださる。
主よ、
あなたが私たちの味方であり、
私たちの弁護者であることに感謝します。
それに甘えてしまうことがないように、
本当はそんな資格もないものであることを忘れることがないようにしてください。
そして、感謝する心を失わないように守ってください。
私の側に立ってくださることに感謝します。
2006-05-22
主が喜んでくださる
最初にニュースから。
土曜日にJOYJOYキャンプの申し込み受付が締め切られて、
昨日話し合いを致しましたが、その結果、
ちょっと(かなり?)定員を超えるのですが、皆さんをお迎えすることに決定しました。
安全と楽しさを両方求めていきますが、身が引き締まる思いです。
昨日のコメントにも書きましたが、
日曜日の礼拝は、本当にすばらしい一時となりました。
多くの場合、ゲストの方が来られると、
教会の私たちは、
「お話を聞く」「歌を聴く」という姿勢になってしまうことが多いのですが、
今回の工藤さんをお迎えしての賛美礼拝は
一緒に神様を賛美する、礼拝する、という思いで守ることができました。
「わたしもそう思った!」ということを他の方から聞いて、
「やっぱそうか!」と思いましたねえ。
感謝。
今日は何か風は強いし、寒かったですよね。朝は8.2度。
昼間は21度ですから、そこそこ暖かかったのですが、
風が強くて、なんだか、木枯らしみたいでした。
今日JFK Air Portに行ってきたのですが、
その帰りが混んでいること、1時間半以上かかりました。
その間、ラジオで何回も言っていましたが、
今年はまた大きなハリケーンが来るだろうということです。
他のニュースでは、北東部をハリケーンが直撃するかもしれない、
ということです。
私がこちらに来てからは、大体、ハリケーンは南部に上陸して、
こちらの方に上がってくるまでには、ずいぶん弱まっているか、
ノースキャロライナをかすめて東にそれるか、どちらかなのですが、
今年はロングアイランドあたりに向かってまっすぐ上ってくるハリケーンがあるかも、
だそうです。
まあ「かも・・・」はいつでも言えるんですけどね。
過去には1938年のLong Island Expressという名前が付いたハリケーンがあります。
まだ、衛星もレーダーも海上ブイもない時代です。
北東にそれると予想されていたハリケーンが時速100キロもの猛スピードで北上して、
Long Islandを襲うのです。どんなに大変だったかと思います。
興味のある方、詳しくはこちら(英語)。
今年のハリケーンシーズンが予想に反して、穏やかな時となるように心から祈ります。
今日はゼパニヤ書とハガイ書を読みました。
その中で心に留ったのはハガイ書の1:8です。
「山に登り、木を切り出して、神殿を建てよ。わたしはそれを喜び、栄光を受ける」
すべては神様のものだから、
私たちがささげるものを喜んでくださる、
ということは筋違いのような気もする。
教会堂のために祈っているけれども、
教会堂をささげたからといって、神様が喜んでくださる、という感覚は
私の中にあまりなかった。
何か、神様を喜ばせるために会堂を・・・というのには抵抗があった。
でもここでは、神様はこの時代の人々が神殿を建てるのを喜んでくださる、とはっきりと書いてある。
主は私たちのささげものを喜んでくださる。
主のために建て上げるものを喜んでくださるのだ。
もっともっと主にささげる喜びを経験していきたい。
ささげる喜びを語っていきたい。
そのように思わされた。
先ほど、明日日本に一時帰国する若者Kくん到着。
一泊して、明日の朝7時の路線バスでNYに出て、
そこからJFKへ。
僕らが来た頃は中学生だったかな?いや、小学生?
まあ、頼もしくなったもんだ・・・。
神様、
あなたが私たちのささげものを喜んでくださることを感謝します。
それらも、元々あなたから与えられたものであるのに、
それを忘れて、自分が神様のためにささげてあげているような、
気持ちになっているなら、悔い改めます。
あなたの願うように、与えられたものを用いることができますように。
土曜日にJOYJOYキャンプの申し込み受付が締め切られて、
昨日話し合いを致しましたが、その結果、
ちょっと(かなり?)定員を超えるのですが、皆さんをお迎えすることに決定しました。
安全と楽しさを両方求めていきますが、身が引き締まる思いです。
昨日のコメントにも書きましたが、
日曜日の礼拝は、本当にすばらしい一時となりました。
多くの場合、ゲストの方が来られると、
教会の私たちは、
「お話を聞く」「歌を聴く」という姿勢になってしまうことが多いのですが、
今回の工藤さんをお迎えしての賛美礼拝は
一緒に神様を賛美する、礼拝する、という思いで守ることができました。
「わたしもそう思った!」ということを他の方から聞いて、
「やっぱそうか!」と思いましたねえ。
感謝。
今日は何か風は強いし、寒かったですよね。朝は8.2度。
昼間は21度ですから、そこそこ暖かかったのですが、
風が強くて、なんだか、木枯らしみたいでした。
今日JFK Air Portに行ってきたのですが、
その帰りが混んでいること、1時間半以上かかりました。
その間、ラジオで何回も言っていましたが、
今年はまた大きなハリケーンが来るだろうということです。
他のニュースでは、北東部をハリケーンが直撃するかもしれない、
ということです。
私がこちらに来てからは、大体、ハリケーンは南部に上陸して、
こちらの方に上がってくるまでには、ずいぶん弱まっているか、
ノースキャロライナをかすめて東にそれるか、どちらかなのですが、
今年はロングアイランドあたりに向かってまっすぐ上ってくるハリケーンがあるかも、
だそうです。
まあ「かも・・・」はいつでも言えるんですけどね。
過去には1938年のLong Island Expressという名前が付いたハリケーンがあります。
まだ、衛星もレーダーも海上ブイもない時代です。
北東にそれると予想されていたハリケーンが時速100キロもの猛スピードで北上して、
Long Islandを襲うのです。どんなに大変だったかと思います。
興味のある方、詳しくはこちら(英語)。
今年のハリケーンシーズンが予想に反して、穏やかな時となるように心から祈ります。
今日はゼパニヤ書とハガイ書を読みました。
その中で心に留ったのはハガイ書の1:8です。
「山に登り、木を切り出して、神殿を建てよ。わたしはそれを喜び、栄光を受ける」
すべては神様のものだから、
私たちがささげるものを喜んでくださる、
ということは筋違いのような気もする。
教会堂のために祈っているけれども、
教会堂をささげたからといって、神様が喜んでくださる、という感覚は
私の中にあまりなかった。
何か、神様を喜ばせるために会堂を・・・というのには抵抗があった。
でもここでは、神様はこの時代の人々が神殿を建てるのを喜んでくださる、とはっきりと書いてある。
主は私たちのささげものを喜んでくださる。
主のために建て上げるものを喜んでくださるのだ。
もっともっと主にささげる喜びを経験していきたい。
ささげる喜びを語っていきたい。
そのように思わされた。
先ほど、明日日本に一時帰国する若者Kくん到着。
一泊して、明日の朝7時の路線バスでNYに出て、
そこからJFKへ。
僕らが来た頃は中学生だったかな?いや、小学生?
まあ、頼もしくなったもんだ・・・。
神様、
あなたが私たちのささげものを喜んでくださることを感謝します。
それらも、元々あなたから与えられたものであるのに、
それを忘れて、自分が神様のためにささげてあげているような、
気持ちになっているなら、悔い改めます。
あなたの願うように、与えられたものを用いることができますように。
2006-05-21
主の許で休む
自分は周りの人に影響を受けやすい人間だなあ、と思います。
頑固なところもありますがねえ。
特にゲスト・メッセンジャーの姿に影響を受けます。
さすがに元ヤクザの牧師さんの時には、経験の違い、キャラクターの違いで、
あんまり考えませんでしたが、
昨日の集会でお話ししてくださった先生の姿を見ながら、
あのように語りたいなあ、と思いました。
今日の礼拝の中で、あのようには語れないなあ、と焦っている自分がいました。
ちょっといろんなことに追われすぎていたのかもしれません。
時間がないわけではないのに、自分で勝手に焦っていたのかもしれません。
一生懸命、人の心に届く牧師になろうと焦っていたのかもしれません。
今朝、静まって祈っている中で、
「すべて重荷を負って疲れている者は、わたしのもとに来なさい。
あなたがたを休ませてあげよう」との言葉が心に響いてきました。
イエスが私の心に語りかけてくださいました。
不思議と焦りが消えて、ただ、神様のすばらしさを見たい、
神様の奇跡を見たい、イエスによって造りかえられる人の姿を見たい、
その場に居合わせる祝福を与えてください、その祈りだけが残りました。
今日の礼拝もすばらしい神様の祝福の溢れるところとなりますように。
今日はナホム書とハバクク書を読みました。
ハバクク書は「神への疑問」が投げかけられていて、興味深いです。
心に留ったのはハバクク1:5の言葉です。
昨日、東欧の話を聞いたからでしょうか?
「おまえ達の時代に一つのことが行われる」という言葉が心に残りました。
自分は毎日毎日平和であるかのような歩みをしている、
それはそれで感謝すべきことだと思う。
でも、主は大きなことをなさろうとしておれる、時代を動かそうとされている。
その大きな流れの中に生かされているのだ。
また、何か起るんだろうなあ。
でも、そこで動かされないものを持っていたい。
主がすべてを御手の中に収めておられることを信頼して歩んでいきたい。
主よ、
あなたのもとで安らぐことができたことに心から感謝します。
今日の礼拝を祝福してください。
あなたのすばらしさを見ることができますように。
頑固なところもありますがねえ。
特にゲスト・メッセンジャーの姿に影響を受けます。
さすがに元ヤクザの牧師さんの時には、経験の違い、キャラクターの違いで、
あんまり考えませんでしたが、
昨日の集会でお話ししてくださった先生の姿を見ながら、
あのように語りたいなあ、と思いました。
今日の礼拝の中で、あのようには語れないなあ、と焦っている自分がいました。
ちょっといろんなことに追われすぎていたのかもしれません。
時間がないわけではないのに、自分で勝手に焦っていたのかもしれません。
一生懸命、人の心に届く牧師になろうと焦っていたのかもしれません。
今朝、静まって祈っている中で、
「すべて重荷を負って疲れている者は、わたしのもとに来なさい。
あなたがたを休ませてあげよう」との言葉が心に響いてきました。
イエスが私の心に語りかけてくださいました。
不思議と焦りが消えて、ただ、神様のすばらしさを見たい、
神様の奇跡を見たい、イエスによって造りかえられる人の姿を見たい、
その場に居合わせる祝福を与えてください、その祈りだけが残りました。
今日の礼拝もすばらしい神様の祝福の溢れるところとなりますように。
今日はナホム書とハバクク書を読みました。
ハバクク書は「神への疑問」が投げかけられていて、興味深いです。
心に留ったのはハバクク1:5の言葉です。
昨日、東欧の話を聞いたからでしょうか?
「おまえ達の時代に一つのことが行われる」という言葉が心に残りました。
自分は毎日毎日平和であるかのような歩みをしている、
それはそれで感謝すべきことだと思う。
でも、主は大きなことをなさろうとしておれる、時代を動かそうとされている。
その大きな流れの中に生かされているのだ。
また、何か起るんだろうなあ。
でも、そこで動かされないものを持っていたい。
主がすべてを御手の中に収めておられることを信頼して歩んでいきたい。
主よ、
あなたのもとで安らぐことができたことに心から感謝します。
今日の礼拝を祝福してください。
あなたのすばらしさを見ることができますように。
嵐&寒波
久しぶりの朝の更新です。
今日の礼拝は工藤さんが歌を歌ってくださり、
またお証をしてくださいます。
説教はショートに・・・と思っておりますが・・・。
そして、ちょうどそのころ、今日は雷雨がありそうです。
雹も降るかも・・・と言っています。
雹が降る、というと昔は興奮していましたが、
農家の方は大変ですよね。
降らないことを願います。
アトランタではゴルフボールサイズ、ピンポン球くらいの雹が降ったことがあります。
降ったあと、よく見ると、車に小さなへこみが無数についていました。
時々、Weather Channelで、”softball size hail”が降った、と言っていることがありますが、
どんなんだろうなあ、と思います。
そして涼しくなるようです。
今日の朝も十分冷えました。
8.7度。でも、明日の朝はもう少し寒いみたいです。
とりあえず。
今日の礼拝は工藤さんが歌を歌ってくださり、
またお証をしてくださいます。
説教はショートに・・・と思っておりますが・・・。
そして、ちょうどそのころ、今日は雷雨がありそうです。
雹も降るかも・・・と言っています。
雹が降る、というと昔は興奮していましたが、
農家の方は大変ですよね。
降らないことを願います。
アトランタではゴルフボールサイズ、ピンポン球くらいの雹が降ったことがあります。
降ったあと、よく見ると、車に小さなへこみが無数についていました。
時々、Weather Channelで、”softball size hail”が降った、と言っていることがありますが、
どんなんだろうなあ、と思います。
そして涼しくなるようです。
今日の朝も十分冷えました。
8.7度。でも、明日の朝はもう少し寒いみたいです。
とりあえず。
2006-05-20
暗闇の光
今日はまあまあかな。
朝晩はちょっと寒いくらい。10度を切りました。
でも、昼間は晴れて22度。
ちょうど良かったです。
今日は夜、NYの教会で、旧共産圏のことを良く知っておられる
牧師さんのお話を聞きました。
その中の実話には、本当に心動かされました。
信仰をもっているがゆえに、
神を信じるがゆえに投獄された旧共産圏のクリスチャン達。
その彼らがその中で輝いて、歩んでおられたことをお話ししてくださいました。
10年間独房に入れられた人、
3ヶ月間、「おまえの家族はおまえを捨てた」「おまえの教会の仲間はみんないなくなった」
といわれ続けた人。
でも、そのような中で、神様から力をいただいて、光をいただいて歩んでいた、
喜びに溢れて賛美をしていた、そんな話をいくつか話してくださった。
想像出来ない。自分の信仰がどれほど安直か、
どれほど甘いか、思わされる。
そして、今日読んだ聖書、ミカ書の5-7章の中でも、
7:8の「たとえ闇の中に座っていても、主こそわが光」という言葉が心に留った。
苦しみの中で、孤独の中で、自分は本当に光である神様を見いだしているだろうか?
そのように思わされた。
いろんなものが与えられ、恵まれている中で、
そのことだけで安住してしまっていないだろうか?
主に答えを求めて、主から答えをいただいて、
歩んでいるだろうか?
暗闇の中でも、真っ暗闇のような中でも、主は私の力。私の光。私の生き甲斐。
明日は工藤さんが歌ってくださる。
礼拝の中でたくさん歌ってくださる。
その中で主が一人一人の心の闇に、光を照らしてくださいますように。
神様、
あなたが、今日、私に与えてくださった励ましに感謝します。
あなたから語って頂いて、ありがとうございます。
どうか、明日の礼拝を祝福してください。
あなたに語られた喜びを持ちながら、前に立てますように。
愛されている喜び、赦された喜びに溢れさせてください。
あなたの光で照らしてください。
JOYJOYキャンプ受付終了。
抽選ありかなしか、微妙な線、(とわたしは思った)
たくさんの子ども達を受け入れることができたらいいな。
でも、大丈夫かな。
朝晩はちょっと寒いくらい。10度を切りました。
でも、昼間は晴れて22度。
ちょうど良かったです。
今日は夜、NYの教会で、旧共産圏のことを良く知っておられる
牧師さんのお話を聞きました。
その中の実話には、本当に心動かされました。
信仰をもっているがゆえに、
神を信じるがゆえに投獄された旧共産圏のクリスチャン達。
その彼らがその中で輝いて、歩んでおられたことをお話ししてくださいました。
10年間独房に入れられた人、
3ヶ月間、「おまえの家族はおまえを捨てた」「おまえの教会の仲間はみんないなくなった」
といわれ続けた人。
でも、そのような中で、神様から力をいただいて、光をいただいて歩んでいた、
喜びに溢れて賛美をしていた、そんな話をいくつか話してくださった。
想像出来ない。自分の信仰がどれほど安直か、
どれほど甘いか、思わされる。
そして、今日読んだ聖書、ミカ書の5-7章の中でも、
7:8の「たとえ闇の中に座っていても、主こそわが光」という言葉が心に留った。
苦しみの中で、孤独の中で、自分は本当に光である神様を見いだしているだろうか?
そのように思わされた。
いろんなものが与えられ、恵まれている中で、
そのことだけで安住してしまっていないだろうか?
主に答えを求めて、主から答えをいただいて、
歩んでいるだろうか?
暗闇の中でも、真っ暗闇のような中でも、主は私の力。私の光。私の生き甲斐。
明日は工藤さんが歌ってくださる。
礼拝の中でたくさん歌ってくださる。
その中で主が一人一人の心の闇に、光を照らしてくださいますように。
神様、
あなたが、今日、私に与えてくださった励ましに感謝します。
あなたから語って頂いて、ありがとうございます。
どうか、明日の礼拝を祝福してください。
あなたに語られた喜びを持ちながら、前に立てますように。
愛されている喜び、赦された喜びに溢れさせてください。
あなたの光で照らしてください。
JOYJOYキャンプ受付終了。
抽選ありかなしか、微妙な線、(とわたしは思った)
たくさんの子ども達を受け入れることができたらいいな。
でも、大丈夫かな。
2006-05-19
神の言葉を語る者
今日はどんより+一時雨+たまに晴れ。
ちょっと肌寒い一日となりました。
なんだか今年の5月は寒いですね。
まだ暖かなモコモコのスリッパが脱げません。
昨日撮ったさやえんどうの写真です。
こちらもあまり暖かいのより、ちょっと涼しい方がいいのだと思います。
これから、ちょっと咲きそうですが、どれくらい穫れるか。あまり期待しないで楽しみにしています。
JOYJOYキャンプの申し込み、いよいよ明日が最終日。
昨日、今日で11通。明日の最終日は何通来るでしょうか?
抽選しなきゃいけないかなあ。本当は申し込んでくださった方、みんなお迎えしたいのですが・・・。
今日の聖書。
今日はミカ書1-4章を読みました。
一気に最後までいけるかとも思ったのですが、
ちょっと引っかかった言葉があり、途中まで。
それは2:11の言葉。
「誰かが歩き回って、むなしい偽りを語り、『ぶどう酒と濃い酒を飲みながら、お前にとくと預言を聞かせよう』と言えば、その者は、この民にたわごとを言う者とされる」
うーん。本当にどきっとする言葉。
神様の御言葉を語る者が、いい加減な思いで歩んではいけない、という警告だ。
調子のいいことを言って、楽しく過ごしている、のではいけない、と主は言われる。
本当に主に語って頂こう。
主の奇跡を見せて頂こう。
主が私に語り、私は誠実にその言葉を人々に語る。
そのような主の僕とならせて頂こう。
主よ、
あなたの奇跡を見せてください。
主よ、あなたが私に語ってください。
そして、主に語られた喜びを持って、
日曜日、礼拝で語ることができますように。
あなたからのメッセージを語る者でありますように。
ちょっと肌寒い一日となりました。
なんだか今年の5月は寒いですね。
まだ暖かなモコモコのスリッパが脱げません。
昨日撮ったさやえんどうの写真です。
こちらもあまり暖かいのより、ちょっと涼しい方がいいのだと思います。
これから、ちょっと咲きそうですが、どれくらい穫れるか。あまり期待しないで楽しみにしています。
JOYJOYキャンプの申し込み、いよいよ明日が最終日。昨日、今日で11通。明日の最終日は何通来るでしょうか?
抽選しなきゃいけないかなあ。本当は申し込んでくださった方、みんなお迎えしたいのですが・・・。
今日の聖書。
今日はミカ書1-4章を読みました。
一気に最後までいけるかとも思ったのですが、
ちょっと引っかかった言葉があり、途中まで。
それは2:11の言葉。
「誰かが歩き回って、むなしい偽りを語り、『ぶどう酒と濃い酒を飲みながら、お前にとくと預言を聞かせよう』と言えば、その者は、この民にたわごとを言う者とされる」
うーん。本当にどきっとする言葉。
神様の御言葉を語る者が、いい加減な思いで歩んではいけない、という警告だ。
調子のいいことを言って、楽しく過ごしている、のではいけない、と主は言われる。
本当に主に語って頂こう。
主の奇跡を見せて頂こう。
主が私に語り、私は誠実にその言葉を人々に語る。
そのような主の僕とならせて頂こう。
主よ、
あなたの奇跡を見せてください。
主よ、あなたが私に語ってください。
そして、主に語られた喜びを持って、
日曜日、礼拝で語ることができますように。
あなたからのメッセージを語る者でありますように。
2006-05-18
あわれみ
今日はまたいい天気でした。
夕立がありましたが、それもまたいいですね。
昼間の温度は27度まで上がりました。
そして、今日の朝の集会がキャンセルになってしまったので、
久しぶりにゆっくり過ごすことができました。
気になっていた芝刈りもすることができました。
その後の雨ですから、とても気持ちが良かったです。
そして、食べる前にちゃんと撮っておこうと、
こちらが再利用のサラダ菜。一ヶ月足らずでこんなに大きくなります。
なんだかサラダ菜っぽくなってきました。
たぶん、「これこそサラダ菜!」となる前に外側から食べちゃうと思うけど。
植木鉢もそのサラダ菜が入っていたパックの再利用。
こちらは種から育てたレタス。1ヶ月半前に種を蒔きました。
こちらもいいかんじになってきました。

種から育てるのは何かワクワクして楽しいのですが、
普通だったらゴミに捨ててしまうものを育てるのもいいですねえ。
元手はかからないし、育つのも、種からよりも早いし・・・。
午後はJOYJOYキッズクラブ in Ridgewood でした。
24人の元気なみんなが来てくれました。
今日も楽しかったです。
もっとゆっくり一人一人と触れ合いたいなあ、と思いつつ、
でも、結構名前を覚えられるようになってきました。
今月のテーマは「神様は見捨てないよ」ですね。
僕たちが失敗しても、神様は見捨てない。
そう、今日読んだところもそんなことが書かれていました。
オバデヤ書とヨナ書を読んだんですが、
ヨナ書の最後は、神様の憐れみが書かれています。
敵国の首都であるニネベに神のメッセージを伝えることから逃げるヨナを、
神様は首根っこを捕まえるようにして、つかまえて、
ニネベに送ります。
そこで人々が悔い改めて、ニネベが滅びなくなった時に、
ヨナはへそを曲げてしまうんですね。
ニネベが敵の国の首都だからか、
「この町は滅びる」というヨナの言葉が実現しないのが頭に来るのか、
どっちだかわかりませんが、
ヨナはニネベが赦されることが我慢ならないんですね。
そんなヨナに対する神様からのメッセージ。
「私はこの町を惜しむんだよ」。
ありがたいなあ、と思いました。
私のことも、そのように見ていて下さる。
失敗した時も、神様以外のものに心が奪われてしまった時も、
神様は見捨てないで、引き戻して下さる。
神様は見捨てない。
ありがとう、神様。
神様、
ありがとうございます。
あなたがわたしをお見捨てにならないことに感謝します。
どうか、この感謝を忘れることがありませんように。
あなたにしっかり目を向けて歩む者とならせてください。
夕立がありましたが、それもまたいいですね。
昼間の温度は27度まで上がりました。
そして、今日の朝の集会がキャンセルになってしまったので、
久しぶりにゆっくり過ごすことができました。
気になっていた芝刈りもすることができました。
その後の雨ですから、とても気持ちが良かったです。
そして、食べる前にちゃんと撮っておこうと、
こちらが再利用のサラダ菜。一ヶ月足らずでこんなに大きくなります。
なんだかサラダ菜っぽくなってきました。
たぶん、「これこそサラダ菜!」となる前に外側から食べちゃうと思うけど。
植木鉢もそのサラダ菜が入っていたパックの再利用。こちらは種から育てたレタス。1ヶ月半前に種を蒔きました。
こちらもいいかんじになってきました。

種から育てるのは何かワクワクして楽しいのですが、
普通だったらゴミに捨ててしまうものを育てるのもいいですねえ。
元手はかからないし、育つのも、種からよりも早いし・・・。
午後はJOYJOYキッズクラブ in Ridgewood でした。
24人の元気なみんなが来てくれました。
今日も楽しかったです。
もっとゆっくり一人一人と触れ合いたいなあ、と思いつつ、
でも、結構名前を覚えられるようになってきました。
今月のテーマは「神様は見捨てないよ」ですね。
僕たちが失敗しても、神様は見捨てない。
そう、今日読んだところもそんなことが書かれていました。
オバデヤ書とヨナ書を読んだんですが、
ヨナ書の最後は、神様の憐れみが書かれています。
敵国の首都であるニネベに神のメッセージを伝えることから逃げるヨナを、
神様は首根っこを捕まえるようにして、つかまえて、
ニネベに送ります。
そこで人々が悔い改めて、ニネベが滅びなくなった時に、
ヨナはへそを曲げてしまうんですね。
ニネベが敵の国の首都だからか、
「この町は滅びる」というヨナの言葉が実現しないのが頭に来るのか、
どっちだかわかりませんが、
ヨナはニネベが赦されることが我慢ならないんですね。
そんなヨナに対する神様からのメッセージ。
「私はこの町を惜しむんだよ」。
ありがたいなあ、と思いました。
私のことも、そのように見ていて下さる。
失敗した時も、神様以外のものに心が奪われてしまった時も、
神様は見捨てないで、引き戻して下さる。
神様は見捨てない。
ありがとう、神様。
神様、
ありがとうございます。
あなたがわたしをお見捨てにならないことに感謝します。
どうか、この感謝を忘れることがありませんように。
あなたにしっかり目を向けて歩む者とならせてください。
2006-05-17
神の語りかけを求めて
今日は久しぶりの晴れ。
最高気温も24度まで上がりました。
いいですねえ。
5月はこうでないと・・・。
ちょっともやっていましたが、青い空に心はわくわくです。
さやえんどうが初めての花を咲かせました。
何かあまり育ち方が良くないんですが、何ででしょうかねえ。
種が古いのか、蒔いたのが遅いのか。
大体豆類は古い種はダメですよね。
これもあんまりこちらでは売っていない野菜なので、うまくいって欲しいのですが・・・。
あと、ずっと芽が出ないので「こりやダメだ」とあきらめていたミツバがやっと芽を出しました。
でも、まだ双葉なので、本当にミツバかどうかわかりません。
本葉が出てくるとミツバかどうかわかるんですね、これが。
でも、きっとそうです。本葉が出るのを楽しみにしながら・・・。
今日は朝、ベツレヘム教会で15分メッセージ。
その後、午前と午後、人にお会いして、聖書勉強会。
夜はNYで集会でした。
昨日リサイタルをしてくださった工藤さんがお話をしてくださいました。
とっても良かったです。
個人的には大きなホールのリサイタルよりも、
小さなグループでゆっくりお話を伺って、質問をして、会話をして、
という方がいいなあ、と思います。
何がいいって、この方とお話をしていると、
「神様ってすごいなあ」と思わされるからです。
ああ、私もそのようなものになりたいと思います。
私と話していると「神様ってすごいなあ」と思って頂けるような、
ただ、人々の前に立って説教をしている中だけではなくて、
個人的にゆっくりお話ししている時に、「神様ってすごいなあ」ということが伝わるような、
そのような人間になりたいと思います。
今日はアモス書を読みました。
1-9章まで一気に行きました。
心に留ったのは3:7の言葉です。
「主なる神はその定められたことを僕なる預言者に示さずには何事もなされない」
そのように神様に秘密を語って頂けるような、
親しい関係を持ちたいと思いました。
そのために本当に神様の前に静まる時を大切にしたいと思いました。
とにかく神様の前に静まって待ち望む、
聖書の御言葉を通して語ってくださることを待ち望む時を大切にしたいと思いました。
忙しさに飲み込まれないで、
とにかく神様の前に静まる、そのような歩みをしたいと思いました。
主よ、
語ってください。
私に語ってください。
あなたの御心を教えてください。
時を聖別して、聖書を読み、祈る時を
大切にします。
語ってください。
あなたの語りかけを待ち望みながら、
時を過ごします。
どうか、語ってください。
最高気温も24度まで上がりました。
いいですねえ。
5月はこうでないと・・・。
ちょっともやっていましたが、青い空に心はわくわくです。
さやえんどうが初めての花を咲かせました。
何かあまり育ち方が良くないんですが、何ででしょうかねえ。
種が古いのか、蒔いたのが遅いのか。
大体豆類は古い種はダメですよね。
これもあんまりこちらでは売っていない野菜なので、うまくいって欲しいのですが・・・。
あと、ずっと芽が出ないので「こりやダメだ」とあきらめていたミツバがやっと芽を出しました。
でも、まだ双葉なので、本当にミツバかどうかわかりません。
本葉が出てくるとミツバかどうかわかるんですね、これが。
でも、きっとそうです。本葉が出るのを楽しみにしながら・・・。
今日は朝、ベツレヘム教会で15分メッセージ。
その後、午前と午後、人にお会いして、聖書勉強会。
夜はNYで集会でした。
昨日リサイタルをしてくださった工藤さんがお話をしてくださいました。
とっても良かったです。
個人的には大きなホールのリサイタルよりも、
小さなグループでゆっくりお話を伺って、質問をして、会話をして、
という方がいいなあ、と思います。
何がいいって、この方とお話をしていると、
「神様ってすごいなあ」と思わされるからです。
ああ、私もそのようなものになりたいと思います。
私と話していると「神様ってすごいなあ」と思って頂けるような、
ただ、人々の前に立って説教をしている中だけではなくて、
個人的にゆっくりお話ししている時に、「神様ってすごいなあ」ということが伝わるような、
そのような人間になりたいと思います。
今日はアモス書を読みました。
1-9章まで一気に行きました。
心に留ったのは3:7の言葉です。
「主なる神はその定められたことを僕なる預言者に示さずには何事もなされない」
そのように神様に秘密を語って頂けるような、
親しい関係を持ちたいと思いました。
そのために本当に神様の前に静まる時を大切にしたいと思いました。
とにかく神様の前に静まって待ち望む、
聖書の御言葉を通して語ってくださることを待ち望む時を大切にしたいと思いました。
忙しさに飲み込まれないで、
とにかく神様の前に静まる、そのような歩みをしたいと思いました。
主よ、
語ってください。
私に語ってください。
あなたの御心を教えてください。
時を聖別して、聖書を読み、祈る時を
大切にします。
語ってください。
あなたの語りかけを待ち望みながら、
時を過ごします。
どうか、語ってください。
2006-05-16
心を裂いて
今日はこれからリサイタルのなので、
帰りは遅くなるので、今のうちにスタート。
今日は朝と昼に雨。
時々晴れ。
晴れるとぐーんと暖かくなります。それでも、今日は18度くらい。
明日からはもう少し安定して、もう少し暖かくなりそうです。
ボストンの方は70年ぶりの大雨だそうで、
大変なことになっているようです。
大雨といえば、ここら辺ではHurricane Floydeでした。
300mmくらいの雨が降って、前に住んでいた家ですが、ガレージまでは水が入ってきました。
そして、電話が通じないのがしばらく続きましたね。
交換機が地下で水につかってしまったかなんだかで・・・。
今日はヨエル書を読みました。
心に留ったのは2章の12-13節。
「衣を裂くのではなく、おまえ達の心を引き裂け」
という言葉です。
この続きはまたゆっくり書きたいので、またリサイタルのあとに。
-----------------------------------------------------------
帰ってきました。日付は変わっていますが。
リサイタル、感謝でした。130-140人くらいの方々が来られました。
お一人一人の心に神様が今夜休んでいる中でも語ってくださいますように。
スペイン歌曲はさすがに専門だなあ、と感じました。
そして、一番心動かされたのはアンコールに歌われた「神だけが」でした。
本当に工藤さんが、「自分が注目されるのではなくて、神様だけがほめたたえられて欲しい」
という思いで賛美しておられることを、感じました。
個人的にお話をするとまたすてきな方です。
日曜日は礼拝の中で賛美してくださいますが、また礼拝後もゆっくりして頂けます。
その時、いろいろお話し出来たらいいですね。
明日は朝はベツレヘム教会、夜はNYの日系人会館。そして人に会う予定が2つ。
これから準備しなきゃ。
で、朝の聖書の話の続き。
今日の朝はNJのビジネスマン祈祷会。
でも、最近は皆さん都合が悪いようで、牧師祈祷会、って「会」ではないけど、そんな感じ。
でも、そんな中で、一人で神様の前に出て、一人一人の名前を挙げて祈る、
教会のオフィスで祈るとまた気持ちが違います。
今朝は、とにかく、ここに書くことなんかも全然考えなくて、
ただただ、神様の前に出ている自分がいました。
そして、このようなことを本当に大切にしなければならないなあと思います。
もう、何回か書いているテーマかもしれませんが、
どうしても、「ブログに何て書こう?」とか「これって説教のここに入るなあ」とか、
考えながら聖書を読んでいる自分がいます。
そうじゃなくて、ただ、神様の前にでて、
自分自身に語られることを聞くことが第一で、
説教もブログも、その結果としてできてくるものであるべきだともう一度引き戻されたのです。
だから、感謝でした。
「衣を裂くのではなくて、心を裂きなさい」という言葉を、
そのような意味で読みました。
人に見られることを気にするのではなくて、神の前に出なさい。
今日の工藤さんの語りの中にもありましたね。
「神様見ている」って。
人の前よりも、神様の前に歩む者となりたいです。
神様、
あなたが今日語ってくださったことに心から感謝します。
人に見えるところを気にするのではなくて、
神様の前に、いつも神様の前に歩む者としてください。
今日来られた方々に今も語り続けてください。
帰りは遅くなるので、今のうちにスタート。
今日は朝と昼に雨。
時々晴れ。
晴れるとぐーんと暖かくなります。それでも、今日は18度くらい。
明日からはもう少し安定して、もう少し暖かくなりそうです。
ボストンの方は70年ぶりの大雨だそうで、
大変なことになっているようです。
大雨といえば、ここら辺ではHurricane Floydeでした。
300mmくらいの雨が降って、前に住んでいた家ですが、ガレージまでは水が入ってきました。
そして、電話が通じないのがしばらく続きましたね。
交換機が地下で水につかってしまったかなんだかで・・・。
今日はヨエル書を読みました。
心に留ったのは2章の12-13節。
「衣を裂くのではなく、おまえ達の心を引き裂け」
という言葉です。
この続きはまたゆっくり書きたいので、またリサイタルのあとに。
-----------------------------------------------------------
帰ってきました。日付は変わっていますが。
リサイタル、感謝でした。130-140人くらいの方々が来られました。
お一人一人の心に神様が今夜休んでいる中でも語ってくださいますように。
スペイン歌曲はさすがに専門だなあ、と感じました。
そして、一番心動かされたのはアンコールに歌われた「神だけが」でした。
本当に工藤さんが、「自分が注目されるのではなくて、神様だけがほめたたえられて欲しい」
という思いで賛美しておられることを、感じました。
個人的にお話をするとまたすてきな方です。
日曜日は礼拝の中で賛美してくださいますが、また礼拝後もゆっくりして頂けます。
その時、いろいろお話し出来たらいいですね。
明日は朝はベツレヘム教会、夜はNYの日系人会館。そして人に会う予定が2つ。
これから準備しなきゃ。
で、朝の聖書の話の続き。
今日の朝はNJのビジネスマン祈祷会。
でも、最近は皆さん都合が悪いようで、牧師祈祷会、って「会」ではないけど、そんな感じ。
でも、そんな中で、一人で神様の前に出て、一人一人の名前を挙げて祈る、
教会のオフィスで祈るとまた気持ちが違います。
今朝は、とにかく、ここに書くことなんかも全然考えなくて、
ただただ、神様の前に出ている自分がいました。
そして、このようなことを本当に大切にしなければならないなあと思います。
もう、何回か書いているテーマかもしれませんが、
どうしても、「ブログに何て書こう?」とか「これって説教のここに入るなあ」とか、
考えながら聖書を読んでいる自分がいます。
そうじゃなくて、ただ、神様の前にでて、
自分自身に語られることを聞くことが第一で、
説教もブログも、その結果としてできてくるものであるべきだともう一度引き戻されたのです。
だから、感謝でした。
「衣を裂くのではなくて、心を裂きなさい」という言葉を、
そのような意味で読みました。
人に見られることを気にするのではなくて、神の前に出なさい。
今日の工藤さんの語りの中にもありましたね。
「神様見ている」って。
人の前よりも、神様の前に歩む者となりたいです。
神様、
あなたが今日語ってくださったことに心から感謝します。
人に見えるところを気にするのではなくて、
神様の前に、いつも神様の前に歩む者としてください。
今日来られた方々に今も語り続けてください。
2006-05-15
神様のたからもの
昨日の記録で24度は間違いですね。
16度くらいまでしか行かなかったようです。
たぶん土曜日の記録が残っていたのでしょう。
今日は昼頃、すごい雨でしたね。
どうなるかと思いましたよ。ちょうどリハーサルのために、
カーネギーホールに向かおうと家を出る時はすごかったです。
そして夜もちょい雨。
でも昼間は日も差して、17度くらい。
まあまあでしたね。
明日はもうちょっとよくなると思うし、そう願うのですが・・・。
今日は昼前に出てリハーサル。
そして、それが終わってから今度は日本からのツアー!を迎えて、
帰ったら暗くなっていました。
その合間に教会に行ってJOYJOYキャンプの申し込み来てるかなあ、と思ったのですが、
何と今日はゼロ!え、いいんですかー?もうあと5日しかありませんよー。
来週になってから、「申し込みはまだなんですか?」なんてとぼけたことにならないように、
日曜日になってから、「間に合いますか?」なんてことにならないようにしてくださいねー。
そんなんで、あれえ?と思った郵便の束の中に、
去年の5月、シカゴであったJCFNの中西部の集会に講師として招かれて行った時に、
そこに来られていた方からのお便りがありました。
神様に心に触れて頂いたこと、語って頂いたこと、
分ち合ってくださいました。
励まされます。
神様がメッセンジャーとして用いてくださったこと、単純に感謝します。
神様がお一人一人の心に触れてくださることに感謝します。
メモリアルデーウィークエンドなので、
今年ももうすぐですね。
行こうかなあ?って無理だよね。
明日は祈ってきたリサイタル。
たくさんの方々とお会い出来ますように。
で、聖書。
今日はホセア書後半、8-14章。
心に留った言葉は、9章の10節。
「荒れ野でぶどうを見いだすように、わたしはイスラエルを見いだした。」
ということば。
何年か前にキャンプでやったよね。
私たちは神様の宝物なんだって。
今日、本当に感謝しました。
私のことを神様はそのように見てくださっていること、
そのように私を喜んでくださっていること、
感謝しました。
そして、喜んでくださっているのだから、
それに応えて生きたいと思います。
大切にされていることを、感謝して、歩みたいと思いました。
主よ、
あなたが私のことをそのような喜びを持って見ていてくださることに、
感謝します。
本当にうれしく思います。
そのあなたの愛の中に歩む者としてください。
明日のリサイタルのために、あなたの祝福を注いでください。
そして、たくさんの方々を送って下さい。
そして、あなたがその一人一人の心に触れて下さい。
16度くらいまでしか行かなかったようです。
たぶん土曜日の記録が残っていたのでしょう。
今日は昼頃、すごい雨でしたね。
どうなるかと思いましたよ。ちょうどリハーサルのために、
カーネギーホールに向かおうと家を出る時はすごかったです。
そして夜もちょい雨。
でも昼間は日も差して、17度くらい。
まあまあでしたね。
明日はもうちょっとよくなると思うし、そう願うのですが・・・。
今日は昼前に出てリハーサル。
そして、それが終わってから今度は日本からのツアー!を迎えて、
帰ったら暗くなっていました。
その合間に教会に行ってJOYJOYキャンプの申し込み来てるかなあ、と思ったのですが、
何と今日はゼロ!え、いいんですかー?もうあと5日しかありませんよー。
来週になってから、「申し込みはまだなんですか?」なんてとぼけたことにならないように、
日曜日になってから、「間に合いますか?」なんてことにならないようにしてくださいねー。
そんなんで、あれえ?と思った郵便の束の中に、
去年の5月、シカゴであったJCFNの中西部の集会に講師として招かれて行った時に、
そこに来られていた方からのお便りがありました。
神様に心に触れて頂いたこと、語って頂いたこと、
分ち合ってくださいました。
励まされます。
神様がメッセンジャーとして用いてくださったこと、単純に感謝します。
神様がお一人一人の心に触れてくださることに感謝します。
メモリアルデーウィークエンドなので、
今年ももうすぐですね。
行こうかなあ?って無理だよね。
明日は祈ってきたリサイタル。
たくさんの方々とお会い出来ますように。
で、聖書。
今日はホセア書後半、8-14章。
心に留った言葉は、9章の10節。
「荒れ野でぶどうを見いだすように、わたしはイスラエルを見いだした。」
ということば。
何年か前にキャンプでやったよね。
私たちは神様の宝物なんだって。
今日、本当に感謝しました。
私のことを神様はそのように見てくださっていること、
そのように私を喜んでくださっていること、
感謝しました。
そして、喜んでくださっているのだから、
それに応えて生きたいと思います。
大切にされていることを、感謝して、歩みたいと思いました。
主よ、
あなたが私のことをそのような喜びを持って見ていてくださることに、
感謝します。
本当にうれしく思います。
そのあなたの愛の中に歩む者としてください。
明日のリサイタルのために、あなたの祝福を注いでください。
そして、たくさんの方々を送って下さい。
そして、あなたがその一人一人の心に触れて下さい。
2006-05-14
本当の悔い改め
今日もあと12分です。
今12度。昼間は結構暖かく24度まで行ったようです。
そういえば教会はエアコンが入っていましたね。
でも、今日みたいな日はエアコン必要なのかな。
アメリカ人の教会堂をおかりしているんですが、
時々、その「省エネ感覚」の違いに驚いたりしますね。
大体、エアコン効き過ぎ。
それで、夏にスーツを着て、ネクタイをして、
それでエアコンをガンガンかけるのって、
ものすごい違和感がありますね。
伝統とかそんなのに縛られるよりも、
やっぱり気候にあった服装をすべきだと思います。
また6月になったら、ノージャケット、ノーネクタイ運動をしなきゃ・・・。
エアコン設定は80度F。
今日は母の日でしたね。
母を与えてくださった神様に感謝。
単純に感謝。
ホント真面目すぎるくらい真面目な母で、
苦労した面もあるけど、
今日も、礼拝の中で祈りつつ、本当に神様に感謝しました。
夜はある集会で、おもしろかったです。
時間を忘れて、話をしました。
「牧師」の肩書きも忘れて話をしました。
必要だと思う、そういう時。
JOYJOYキャンプ受付、あと6日。
来週の日曜日に申し込めばいいや、なんて思っている教会の人、
ダメですよー。
来週の日曜日は締め切りすぎていますよー。
ということで、今日はホセア書に進みました。
ホセア書の1-7章、前半を読みました。
このホセアという人は奥さんが不倫を働くのですが、
その奥さんを呼び戻すように、神様に言われる中で、
神様がどんな思いでイスラエルの人々に対する愛と忍耐を持っておられるか、
どんな痛みを感じておられるかを語る預言者です。
心に留ったのは6章の最初に出てくる「悔い改め」の言葉。
でも、新共同訳で読んでいると、最初に主題として、
「偽りの悔い改め」と書かれているんですね。
牧師になるための学校でも勉強しました。
これは表面的な、偽りの悔い改めの言葉なんだって。
4節からあとには「あなたの言葉はすぐに消える露のようだ」と神様は言われます。
でも、1-3節の言葉は「どこが偽りなのか」わからない、言葉です。
私たちも人のことはわかりません。
でも、神様にはわかります。
そして、自分でもわかっています。
「偽りの悔い改め」の時には、本当にわかっています。自分では。
だから、真実に主の前に歩みたいと思います。
偽りのない歩みをしたいと思います。
人には違いがわからないかもしれない、
でも、主の前に真実に歩みたいと思いました。
人がどう思うかではなく、
あなたの前に真実に歩みたいと思いました。
神様、
真実な歩みをさせてください。
あなたの前に、あなたの前に真実に歩ませてください。
人がどう思うかではなく、
あなたがどう思われるかに目を向けることができますように。
人が見ているかどうかで態度が変わるのではなく、
あなたはいつもごらんになっているのですから、
それをいつも頭に置きながら、歩む者としてください。
今12度。昼間は結構暖かく24度まで行ったようです。
そういえば教会はエアコンが入っていましたね。
でも、今日みたいな日はエアコン必要なのかな。
アメリカ人の教会堂をおかりしているんですが、
時々、その「省エネ感覚」の違いに驚いたりしますね。
大体、エアコン効き過ぎ。
それで、夏にスーツを着て、ネクタイをして、
それでエアコンをガンガンかけるのって、
ものすごい違和感がありますね。
伝統とかそんなのに縛られるよりも、
やっぱり気候にあった服装をすべきだと思います。
また6月になったら、ノージャケット、ノーネクタイ運動をしなきゃ・・・。
エアコン設定は80度F。
今日は母の日でしたね。
母を与えてくださった神様に感謝。
単純に感謝。
ホント真面目すぎるくらい真面目な母で、
苦労した面もあるけど、
今日も、礼拝の中で祈りつつ、本当に神様に感謝しました。
夜はある集会で、おもしろかったです。
時間を忘れて、話をしました。
「牧師」の肩書きも忘れて話をしました。
必要だと思う、そういう時。
JOYJOYキャンプ受付、あと6日。
来週の日曜日に申し込めばいいや、なんて思っている教会の人、
ダメですよー。
来週の日曜日は締め切りすぎていますよー。
ということで、今日はホセア書に進みました。
ホセア書の1-7章、前半を読みました。
このホセアという人は奥さんが不倫を働くのですが、
その奥さんを呼び戻すように、神様に言われる中で、
神様がどんな思いでイスラエルの人々に対する愛と忍耐を持っておられるか、
どんな痛みを感じておられるかを語る預言者です。
心に留ったのは6章の最初に出てくる「悔い改め」の言葉。
でも、新共同訳で読んでいると、最初に主題として、
「偽りの悔い改め」と書かれているんですね。
牧師になるための学校でも勉強しました。
これは表面的な、偽りの悔い改めの言葉なんだって。
4節からあとには「あなたの言葉はすぐに消える露のようだ」と神様は言われます。
でも、1-3節の言葉は「どこが偽りなのか」わからない、言葉です。
私たちも人のことはわかりません。
でも、神様にはわかります。
そして、自分でもわかっています。
「偽りの悔い改め」の時には、本当にわかっています。自分では。
だから、真実に主の前に歩みたいと思います。
偽りのない歩みをしたいと思います。
人には違いがわからないかもしれない、
でも、主の前に真実に歩みたいと思いました。
人がどう思うかではなく、
あなたの前に真実に歩みたいと思いました。
神様、
真実な歩みをさせてください。
あなたの前に、あなたの前に真実に歩ませてください。
人がどう思うかではなく、
あなたがどう思われるかに目を向けることができますように。
人が見ているかどうかで態度が変わるのではなく、
あなたはいつもごらんになっているのですから、
それをいつも頭に置きながら、歩む者としてください。
2006-05-13
トウモロコシの思い出+不安な時代の中で
今日は午後から晴れてきて、
本当に暖かな一日です。
24度くらいまで上がりました。
いいですねえ。
トウモロコシの種を蒔きました。
こっちではいくらでも安く売っているんで、
キュウリやナスみたいに「自分で作る!」ってやらなくてもいいんですけどね。
ちょっとした原体験があるんです。
今から20年前の夏、
北海道の士別という小さな町で2ヶ月間過ごしました。
とてもいいところです。
塩狩峠を挟んで旭川の反対側。
冬はとっても厳しいところだそうです。
7月のはじめはストーブをたきました。
牧師になるための学校の1年生。
夏の2ヶ月間は全国の教会に派遣されて、訓練を受けます。
それで私はそこの小さな教会に派遣されたのでした。
本当に小さな小さな教会で、
一家族、農家の方がメンバーでした。
そのご主人が、ある日、教会にやってきて
(って言っても、建物は長屋の一軒、ちょっと傾いていた)、
トウモロコシを下さった。
北海道のトウモロコシですよ。
おいしい、と思うでしょ。
でも、それ茹でてあったんですよ。
東京のシティーボーイというかダウンタウンボーイだった私の頭の中では、
北海道のトウモロコシはやっぱり醤油かけて焼いたやつでしょう。
だから、茹でたトウモロコシに、えっ、と思ったんですね。
でも、それが食べてみたらびっくり仰天(死語?)。超甘い。
そして、そのおじさん曰く、
「穫ってから30分以内に茹でるとおいしいんだよ」とのこと。
それから、私の頭の中には、「トウモロコシは穫ってから30分以内に茹でる」
という固定観念ができてしまっている。
ここニュージャージーは地元でトウモロコシが穫れる。
でも、やっぱりトウモロコシ狩り農園(ん?こんなのあるのかな)で穫っても、
30分以内に茹でるのは無理。
で、家の庭でやってみることに・・・。
でも、種を買って、良く読むと、
「Sugary enhancer hybrids」という言葉が書かれているんですね。
何だ?ということで、その言葉でググってみると、どうやら、品種改良で、
甘みがすぐに落ちない品種ができているようですね。
近くのスーパーで「これはsugary enhancer hybridsか?」と聞いても、
わからんとは思うが、もしかしたら、20年前の北海道と、
今のニュージャージーでは全然違うのかもしれない、そう思いつつ、でも蒔きました。
さてさて、今から教会に出かけて、PPH(Praise & Prayer Hour)です。
讃美歌を歌って、お祈りをする集会。
心を神様に向けて祈る一時です。
いい集まりです。
では行って参ります。そして、御言葉の更新は帰ってきてから。
-------------------------------------
帰ってきました。
今9時半ですね。
良かったですよ。
神様が私たちを招いてくださった。
そして、明日のために祈るように
明日の礼拝のために祈るように導いていてくださることを感じました。
で、聖書。
今日はダニエル書の7-12章を読みました。
そこには、ギリシャ帝国の時代のことと、世の終わりに起ることが書かれています。
そこにはいろんなことが起ること、
特に戦争や、迫害が起ることがはっきりと書かれています。
9/11以来、「平和だなあ」という時代は終わったように思います。
本当に不安定な時代にいかされていると思います。
またあのようなテロが起るかもしれません。
イラクやイランは不安定な状態が続いています。
イランの核開発を止めさせるために、
核を使うかもしれない、なんて、悪い冗談みたいな話だってあります。
でも、そういう不安な時代がやってくることは、
聖書ははっきりと言っています。
そのことを思った時に、ちょっと不安が和らいだように思いました。
だって、私たちのいのちは神様の御手の中にあるのだから、
神様は私たちの危険をもすべてご存じで、
許しておられるのだから・・・。
だから、すべてはin controlですね。
主よ、
あなたの御言葉に感謝します。
この時代に生きると言うことは、
ちょっと恐いように思います。
私が生まれる20年くらい前、
そんな時代があったのに、それから
ずっと「平和」かと思える時代が続いていました。
でも、今「不安」な時代です。
いつ何があるかわかりません。
あの9/11の朝には知りませんでした。
こんな時代がやってくるとは・・・。
でも、すべてはあなたを超えたことではないんですね。
あなたは何千年も前から、ご承知だった。
だから、私のいのちはあなたの御手の中にあることを信じて、
安心します。
どうか、今夜の休みも守ってください。
そして、明日の日曜日、
すばらしい礼拝を与えてください。
あなたのご臨在を表してください。
あのヤクザの親分に涙を流させたあなたのいのちを、
明日のJCCNJの礼拝に満たしてください。
本当に暖かな一日です。
24度くらいまで上がりました。
いいですねえ。
トウモロコシの種を蒔きました。
こっちではいくらでも安く売っているんで、
キュウリやナスみたいに「自分で作る!」ってやらなくてもいいんですけどね。
ちょっとした原体験があるんです。
今から20年前の夏、
北海道の士別という小さな町で2ヶ月間過ごしました。
とてもいいところです。
塩狩峠を挟んで旭川の反対側。
冬はとっても厳しいところだそうです。
7月のはじめはストーブをたきました。
牧師になるための学校の1年生。
夏の2ヶ月間は全国の教会に派遣されて、訓練を受けます。
それで私はそこの小さな教会に派遣されたのでした。
本当に小さな小さな教会で、
一家族、農家の方がメンバーでした。
そのご主人が、ある日、教会にやってきて
(って言っても、建物は長屋の一軒、ちょっと傾いていた)、
トウモロコシを下さった。
北海道のトウモロコシですよ。
おいしい、と思うでしょ。
でも、それ茹でてあったんですよ。
東京のシティーボーイというかダウンタウンボーイだった私の頭の中では、
北海道のトウモロコシはやっぱり醤油かけて焼いたやつでしょう。
だから、茹でたトウモロコシに、えっ、と思ったんですね。
でも、それが食べてみたらびっくり仰天(死語?)。超甘い。
そして、そのおじさん曰く、
「穫ってから30分以内に茹でるとおいしいんだよ」とのこと。
それから、私の頭の中には、「トウモロコシは穫ってから30分以内に茹でる」
という固定観念ができてしまっている。
ここニュージャージーは地元でトウモロコシが穫れる。
でも、やっぱりトウモロコシ狩り農園(ん?こんなのあるのかな)で穫っても、
30分以内に茹でるのは無理。
で、家の庭でやってみることに・・・。
でも、種を買って、良く読むと、
「Sugary enhancer hybrids」という言葉が書かれているんですね。
何だ?ということで、その言葉でググってみると、どうやら、品種改良で、
甘みがすぐに落ちない品種ができているようですね。
近くのスーパーで「これはsugary enhancer hybridsか?」と聞いても、
わからんとは思うが、もしかしたら、20年前の北海道と、
今のニュージャージーでは全然違うのかもしれない、そう思いつつ、でも蒔きました。
さてさて、今から教会に出かけて、PPH(Praise & Prayer Hour)です。
讃美歌を歌って、お祈りをする集会。
心を神様に向けて祈る一時です。
いい集まりです。
では行って参ります。そして、御言葉の更新は帰ってきてから。
-------------------------------------
帰ってきました。
今9時半ですね。
良かったですよ。
神様が私たちを招いてくださった。
そして、明日のために祈るように
明日の礼拝のために祈るように導いていてくださることを感じました。
で、聖書。
今日はダニエル書の7-12章を読みました。
そこには、ギリシャ帝国の時代のことと、世の終わりに起ることが書かれています。
そこにはいろんなことが起ること、
特に戦争や、迫害が起ることがはっきりと書かれています。
9/11以来、「平和だなあ」という時代は終わったように思います。
本当に不安定な時代にいかされていると思います。
またあのようなテロが起るかもしれません。
イラクやイランは不安定な状態が続いています。
イランの核開発を止めさせるために、
核を使うかもしれない、なんて、悪い冗談みたいな話だってあります。
でも、そういう不安な時代がやってくることは、
聖書ははっきりと言っています。
そのことを思った時に、ちょっと不安が和らいだように思いました。
だって、私たちのいのちは神様の御手の中にあるのだから、
神様は私たちの危険をもすべてご存じで、
許しておられるのだから・・・。
だから、すべてはin controlですね。
主よ、
あなたの御言葉に感謝します。
この時代に生きると言うことは、
ちょっと恐いように思います。
私が生まれる20年くらい前、
そんな時代があったのに、それから
ずっと「平和」かと思える時代が続いていました。
でも、今「不安」な時代です。
いつ何があるかわかりません。
あの9/11の朝には知りませんでした。
こんな時代がやってくるとは・・・。
でも、すべてはあなたを超えたことではないんですね。
あなたは何千年も前から、ご承知だった。
だから、私のいのちはあなたの御手の中にあることを信じて、
安心します。
どうか、今夜の休みも守ってください。
そして、明日の日曜日、
すばらしい礼拝を与えてください。
あなたのご臨在を表してください。
あのヤクザの親分に涙を流させたあなたのいのちを、
明日のJCCNJの礼拝に満たしてください。
2006-05-12
神の許しの中で
昨日の夜は降りましたね。
雷も鳴っていました。
でも、今朝には上がって、暖かな一日となりました。
良かった良かった。
そして、花粉もしっかり流れて、良かったです。
出口はもうそこです。
種から育てているレタスが、
ずいぶん大きくなってきました。
ここまで約1ヶ月半。
小さな種でよくも大きくなるものです。
ナスなんかは今は本当にひょろひょろの細い茎ですが、
これが夏には太くなり、秋に枯れても、
翌年まで残る本当にしっかりとした茎になります。
不思議なものを感じます。
今日はこれから教会に行って祈り会です。
シンデレラのように12時までの祈り会です。
時々眠くなります。
でも、あまり時間を気にしないでお祈り出来るので、
いいなあと感じる時もあります。
今日の朝の集まりもいい集まりでした。
聖書を中心にして学びをします。
今日は使徒行伝でサウロがイエスに語られて、
生まれかわるところでした。
そのような「幻」を見る経験、というのはいいなあ、と思う時があります。
でも、私たちに与えられている「新約聖書」が、
当時の人たちには与えられていなかったことを考えると、
私たちの方がずっと恵まれているんだろうな、と思います。
だから、聖書をもっともっと読みたいと思いました。
JOYJOYキャンプ好評受付中。
この2日間でどーんと増えました。
あと8日間ですよー。
まだの方は遅れないようにしてくださいね。
21日になってから、「まだ大丈夫ですか?」って言われても、
絶対、「無理」とお答えしますからね。マジですよ。例外なしですよ。
で、今日の聖書。
ダニエル書の3-6章を読みました。
4章の記事が心に留りました。
ここではネブカデネザル王が「わたしはなんてすごいんだろう」と思った時に、
神様が「何を言うか、あなたもわたしの許しのもとでそのような権力が与えられているのだぞ」
と言うところです。
今もいろんな国のいろんな指導者が権力をふるっています。
その中には国として横暴だなあ、と思う国もあり、
指導者がおうぼうだなあ、と思う国もあります。
でも、そのような国も、神様の許しなくしては、あり得ないのだと思うと、
主の支配のもとにあると思うと、
ちょっとほっとします。
もちろん、「どうして・・・」と思うこともあります。
ヒットラーがあんな残虐なことをすることを、どうして神は許されたんだろうかと。
でも、私たちにわからないこともすべて主の御手の中にある。
それを信頼していくことの大切さを思います。
また自分がJCCNJの牧師として奉仕させて頂いているのも、
ただ、主のみ許しによるものであることを思わされます。
謙虚に歩みたいと思いました。
主よ、
わたしをあなたのもとに謙虚に歩む者としてください。
あなたの使命に生きる者としてください。
雷も鳴っていました。
でも、今朝には上がって、暖かな一日となりました。
良かった良かった。
そして、花粉もしっかり流れて、良かったです。
出口はもうそこです。
種から育てているレタスが、
ずいぶん大きくなってきました。
ここまで約1ヶ月半。
小さな種でよくも大きくなるものです。
ナスなんかは今は本当にひょろひょろの細い茎ですが、
これが夏には太くなり、秋に枯れても、
翌年まで残る本当にしっかりとした茎になります。
不思議なものを感じます。
今日はこれから教会に行って祈り会です。
シンデレラのように12時までの祈り会です。
時々眠くなります。
でも、あまり時間を気にしないでお祈り出来るので、
いいなあと感じる時もあります。
今日の朝の集まりもいい集まりでした。
聖書を中心にして学びをします。
今日は使徒行伝でサウロがイエスに語られて、
生まれかわるところでした。
そのような「幻」を見る経験、というのはいいなあ、と思う時があります。
でも、私たちに与えられている「新約聖書」が、
当時の人たちには与えられていなかったことを考えると、
私たちの方がずっと恵まれているんだろうな、と思います。
だから、聖書をもっともっと読みたいと思いました。
JOYJOYキャンプ好評受付中。
この2日間でどーんと増えました。
あと8日間ですよー。
まだの方は遅れないようにしてくださいね。
21日になってから、「まだ大丈夫ですか?」って言われても、
絶対、「無理」とお答えしますからね。マジですよ。例外なしですよ。
で、今日の聖書。
ダニエル書の3-6章を読みました。
4章の記事が心に留りました。
ここではネブカデネザル王が「わたしはなんてすごいんだろう」と思った時に、
神様が「何を言うか、あなたもわたしの許しのもとでそのような権力が与えられているのだぞ」
と言うところです。
今もいろんな国のいろんな指導者が権力をふるっています。
その中には国として横暴だなあ、と思う国もあり、
指導者がおうぼうだなあ、と思う国もあります。
でも、そのような国も、神様の許しなくしては、あり得ないのだと思うと、
主の支配のもとにあると思うと、
ちょっとほっとします。
もちろん、「どうして・・・」と思うこともあります。
ヒットラーがあんな残虐なことをすることを、どうして神は許されたんだろうかと。
でも、私たちにわからないこともすべて主の御手の中にある。
それを信頼していくことの大切さを思います。
また自分がJCCNJの牧師として奉仕させて頂いているのも、
ただ、主のみ許しによるものであることを思わされます。
謙虚に歩みたいと思いました。
主よ、
わたしをあなたのもとに謙虚に歩む者としてください。
あなたの使命に生きる者としてください。
2006-05-11
久しぶりの雨
今夜から雨です。
そして、ずっと雨みたいです。
梅雨のように雨が続くようです。
そして、花粉を洗い流してくれたらいいなあ、と思います。
夜の11時半頃、今の気温は14度。
大体これからずっと10度以上20度以下の日が続くようです。
芝生やレタスにはいい天気でしょうね。
ナスやキュウリ、トマトにはつらいかも。
キュウリやトマトはあまり雨に濡れるのは良くないみたいです。
ナスはとにかく暖かいのがいいので、
どうかなあ、と思います。
今日はヤンキースのマツイ君が怪我をしました。
骨折だそうで、明日の朝手術するようです。
心配ですね。
かきごおり家の「マツイ記念日」ももうすぐなのに、残念です。
あれ以来、もう他人とは思えません。
早く直して、帰ってきてくれることを心から祈っています。
今日はキッズクラブin Maywoodでした。
ちょっといつもよりも少なかったかな。
でも、楽しかったです。
久しぶりの子達も来てくれました。
そして、終わったら、たくさんの申込書がありました。
JOYJOYキャンプ申し込み締め切りまであと9日。
まだ大丈夫ですよ。いえ、最終日まで大丈夫なんですが、
遅れないように申し込んでください。
「申し込まないんですかぁ?」みたいな勧誘はしませんからねえ。
で、今日の聖書。
今日はダニエル書の1-2章。
ああ、ここも濃いところなので、あんまり進めません。
今日は2章が心に留りました。
なんたって、王様のリクエストが横暴。
自分が見た夢の意味がわからなくて、
それを人に聞くのはいいのだけれども、
夢自体を話さないで、夢の意味を教えろってったってねえ。
それで、「それは王様無理でございます、夢をお話下さい」と言った賢者達に腹を立てて、
「賢者といわれるものは皆殺しだ」って言うわけですから。
いやあ、横暴。
でも、ダニエルがすごい。「お待ち下さい、祈りますから」ってなことで・・・。
心に留ったのは、そのあとのダニエルの行動。
3人の仲間に「祈ってくれ」と言っているんですね。
その後、神様は祈りにこたえてくださって、ダニエルにその王様の夢を教えてくださるわけです。
とにかく、そういう仲間がいること、それはすばらしいなあと思いました。
そして、「祈ってくれ」と言えること。
このような仲間、このような関係、大切にしていきたいと思います。
自分もそのように言える仲間、そのように言ってくれる仲間、
大切にしていきたいと思いますし、求めていきたいと思います。
神様、
ダニエルに「祈ってくれ」と言える仲間がいたように、
私たち一人一人にそのような仲間を与えてください。
わたしがそれを言われるような存在になることができるように、
またそれを言える仲間を大切にしていくことができるように、
またそれを言える人をもっともっと持つことができるように、
主よお助け下さい。
あなたがいてくださることを感謝します。
でも、それと共に祈ってくれる仲間がいることを感謝します。
そして、ずっと雨みたいです。
梅雨のように雨が続くようです。
そして、花粉を洗い流してくれたらいいなあ、と思います。
夜の11時半頃、今の気温は14度。
大体これからずっと10度以上20度以下の日が続くようです。
芝生やレタスにはいい天気でしょうね。
ナスやキュウリ、トマトにはつらいかも。
キュウリやトマトはあまり雨に濡れるのは良くないみたいです。
ナスはとにかく暖かいのがいいので、
どうかなあ、と思います。
今日はヤンキースのマツイ君が怪我をしました。
骨折だそうで、明日の朝手術するようです。
心配ですね。
かきごおり家の「マツイ記念日」ももうすぐなのに、残念です。
あれ以来、もう他人とは思えません。
早く直して、帰ってきてくれることを心から祈っています。
今日はキッズクラブin Maywoodでした。
ちょっといつもよりも少なかったかな。
でも、楽しかったです。
久しぶりの子達も来てくれました。
そして、終わったら、たくさんの申込書がありました。
JOYJOYキャンプ申し込み締め切りまであと9日。
まだ大丈夫ですよ。いえ、最終日まで大丈夫なんですが、
遅れないように申し込んでください。
「申し込まないんですかぁ?」みたいな勧誘はしませんからねえ。
で、今日の聖書。
今日はダニエル書の1-2章。
ああ、ここも濃いところなので、あんまり進めません。
今日は2章が心に留りました。
なんたって、王様のリクエストが横暴。
自分が見た夢の意味がわからなくて、
それを人に聞くのはいいのだけれども、
夢自体を話さないで、夢の意味を教えろってったってねえ。
それで、「それは王様無理でございます、夢をお話下さい」と言った賢者達に腹を立てて、
「賢者といわれるものは皆殺しだ」って言うわけですから。
いやあ、横暴。
でも、ダニエルがすごい。「お待ち下さい、祈りますから」ってなことで・・・。
心に留ったのは、そのあとのダニエルの行動。
3人の仲間に「祈ってくれ」と言っているんですね。
その後、神様は祈りにこたえてくださって、ダニエルにその王様の夢を教えてくださるわけです。
とにかく、そういう仲間がいること、それはすばらしいなあと思いました。
そして、「祈ってくれ」と言えること。
このような仲間、このような関係、大切にしていきたいと思います。
自分もそのように言える仲間、そのように言ってくれる仲間、
大切にしていきたいと思いますし、求めていきたいと思います。
神様、
ダニエルに「祈ってくれ」と言える仲間がいたように、
私たち一人一人にそのような仲間を与えてください。
わたしがそれを言われるような存在になることができるように、
またそれを言える仲間を大切にしていくことができるように、
またそれを言える人をもっともっと持つことができるように、
主よお助け下さい。
あなたがいてくださることを感謝します。
でも、それと共に祈ってくれる仲間がいることを感謝します。
2006-05-10
教会ってなによ?
今日も雲が多かったですね。
でも、時々日が差して、
雨は降りませんでしたね。
本当はガンガン降って、
花粉を全部流してしまって欲しいところなのですが・・・。
ナスとピーマンの違い、もう確実になってきました。
これがナス。

茎も葉っぱもかなり紫です。
そして本葉の先っぽが丸いです。
そして、こっちがピーマン。
そう日本の小さいピーマンです。

こちらは茎も葉っぱも緑色で、
本葉の先っぽがとがっています。
園芸やさんに並ぶものは、温室でちゃんと育てて、
今頃はもうしっかり大きな苗になっているのでしょうが、
これはまだまだ。
でも、去年よりもいいペースです。
1ヶ月後くらいには花が咲くようになると思います。
今夜は10時半でもまだ16度もあります。
明日の夜からまとまった雨になる予報が出ています。
水不足注意報が出ていますから、
ちゃんと降って欲しいです。
今日は午後から人にお会いして、聖書の学び。
そして、明日のキッズクラブの準備です。
明日もまた朝は人にお会いして、午後はキッズクラブ。
楽しいです。
JOYJOYキャンプ申し込み受付中。
あと10日で締め切り!
申し込み、現在のところ24名。
今日の聖書はエゼキエル書44-48章でした。
昨日続きで、「神殿のあるべき姿」が書かれていて、
それを「教会のあるべき姿」に読み替えて読んでいました。
そういう思いで読んでいると、そうかあ、と思います。
まず、「信仰」が中心であること。
そうですよね。もちろん、教会に初めてはいる時に、
もうすでにクリスチャンになっている人はいないわけで、
「私はクリスチャンになるぞー」という思いで教会に来られる方も、
そんなにはいないわけで、
皆さんを歓迎するわけですが、
教会の中心はやっぱり「信仰」なんですよね。
「なんでもいいよー」じゃないんですよね。
そして、指導者が真実であること。
ハイ。これは本当に祈らされます。
神様守ってください。
そして、そこにいのちの水が流れていること。
これは47章に書かれています。
教会って形でもなく、
人数の多い少ないでもなく、
元気さでもなく、
そこに何とも言い難い「いのちの水」が流れていること、
そこにいる者たちが生かされていくこと、
それが大切なんだと思います。
神様がそこにおられて、
理屈を超えた私たちを生かすものがそこにある、
と言うことでしょうか。
何か説明すればするほど、わからなくなるかも・・・。
ちょうど、風って、目に見えないし、説明されてもわからないけど、
そこに身を置くと、風を体全体で感じることができるように、
神様の「いのちの水」もそんなもんじゃないかと。
そのいのちが今の自分にも、教会にも、もっともっと溢れるように、
と思います。
神様、
あなたのいのちの水を与えてください。
私を生かしてください。
教会を満たしてください。
そこに触れた人が感じることができるような、
いのちの水の流れを溢れさせてください。
あしたのキッズクラブも楽しく、
そして、心を満たすものとなりますように。
でも、時々日が差して、
雨は降りませんでしたね。
本当はガンガン降って、
花粉を全部流してしまって欲しいところなのですが・・・。
ナスとピーマンの違い、もう確実になってきました。
これがナス。

茎も葉っぱもかなり紫です。
そして本葉の先っぽが丸いです。
そして、こっちがピーマン。
そう日本の小さいピーマンです。

こちらは茎も葉っぱも緑色で、
本葉の先っぽがとがっています。
園芸やさんに並ぶものは、温室でちゃんと育てて、
今頃はもうしっかり大きな苗になっているのでしょうが、
これはまだまだ。
でも、去年よりもいいペースです。
1ヶ月後くらいには花が咲くようになると思います。
今夜は10時半でもまだ16度もあります。
明日の夜からまとまった雨になる予報が出ています。
水不足注意報が出ていますから、
ちゃんと降って欲しいです。
今日は午後から人にお会いして、聖書の学び。
そして、明日のキッズクラブの準備です。
明日もまた朝は人にお会いして、午後はキッズクラブ。
楽しいです。
JOYJOYキャンプ申し込み受付中。
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申し込み、現在のところ24名。
今日の聖書はエゼキエル書44-48章でした。
昨日続きで、「神殿のあるべき姿」が書かれていて、
それを「教会のあるべき姿」に読み替えて読んでいました。
そういう思いで読んでいると、そうかあ、と思います。
まず、「信仰」が中心であること。
そうですよね。もちろん、教会に初めてはいる時に、
もうすでにクリスチャンになっている人はいないわけで、
「私はクリスチャンになるぞー」という思いで教会に来られる方も、
そんなにはいないわけで、
皆さんを歓迎するわけですが、
教会の中心はやっぱり「信仰」なんですよね。
「なんでもいいよー」じゃないんですよね。
そして、指導者が真実であること。
ハイ。これは本当に祈らされます。
神様守ってください。
そして、そこにいのちの水が流れていること。
これは47章に書かれています。
教会って形でもなく、
人数の多い少ないでもなく、
元気さでもなく、
そこに何とも言い難い「いのちの水」が流れていること、
そこにいる者たちが生かされていくこと、
それが大切なんだと思います。
神様がそこにおられて、
理屈を超えた私たちを生かすものがそこにある、
と言うことでしょうか。
何か説明すればするほど、わからなくなるかも・・・。
ちょうど、風って、目に見えないし、説明されてもわからないけど、
そこに身を置くと、風を体全体で感じることができるように、
神様の「いのちの水」もそんなもんじゃないかと。
そのいのちが今の自分にも、教会にも、もっともっと溢れるように、
と思います。
神様、
あなたのいのちの水を与えてください。
私を生かしてください。
教会を満たしてください。
そこに触れた人が感じることができるような、
いのちの水の流れを溢れさせてください。
あしたのキッズクラブも楽しく、
そして、心を満たすものとなりますように。
2006-05-09
ああ、明日になる
また遅くなりました。
今日はピアニスト到着。
若い方ですが、
すばらしい感性を持った方とのこと。
ちょっとだけ、調律もしたことがない
我が家のピアノをポロンポロンと弾いてくださいましたが、
ファンになりそう。
なんだか、ずいぶん小さい時から、自由にいろんなのを弾いておられたそうで、
天性のものなのでしょう。
空港へのお迎えの前には午後の集会。
こちらもいろんな方が集まられています。
そして、楽しく学びをしています。
「聞く」という題の本を読んでいますが、
いろいろ考えさせられます。
自分がいかに聞いていないか、
大切なことを話していないか。
自分は「言ってくれないとわからない」と言っておきながら、
いかに聞く耳を持っていないことか、
そして、人には「言わなくてもわかるだろう!」なんて
絶対あり得ないことを要求する
横暴を働いていることか・・・。
そして、まずは他人に求めることではなくて、
与えること、先ず自分が聞く耳を持つこと、
そのことの大切さを思わされます。
なかなかできないんですけどね。
今日はほとんど曇りで、時々にわか雨。
明日もこんな感じなのかな。
そして、あさってからはちょっとぐずつくようです。
でも、朝の冷え込みはあまりきつくないので、
苗も外に出しっぱなしです。
そろそろ植え替えたいものもあるのですが、
畑を耕して、そして、グランドホッグ対策を施しておかないと、
今までの努力が水の泡ですから・・・。
ま、そのうち・・・。
今日の聖書。
今日はエゼキエル書の40-43章を読みました。
その中で心に留ったのが、
43:10の言葉「神殿のあるべき姿を示しなさい」という言葉です。
もちろん、それを「教会のあるべき姿を示しなさい」という意味で読みました。
単純に、「神様教えてください」と思いました。
人々に、教会の本来の姿を伝えることができる様に、
私にもこのエゼキエルに示してくださった様に、
示してくださいと思いました。
そして、そこに向かって進んでいく、お互いでありたいと思いました。
共に歩んでいきたいと思いました。
祈りながら、励まし合いながら、共に進んでいきたいと思いました。
神様、
あなたの願われる教会の姿を教えてください。
そして、そこに生かしてください。
そこに進んでいくことができる様に、
私に、私たちに教会の姿を示してください。
エゼキエルに示された様に、
私にも見せてください。
聖書をもっともっと学んでいきたいと思います。
もっともっとそのような目で読んでいきます。
どうか、語ってください。教えてください。
今日はピアニスト到着。
若い方ですが、
すばらしい感性を持った方とのこと。
ちょっとだけ、調律もしたことがない
我が家のピアノをポロンポロンと弾いてくださいましたが、
ファンになりそう。
なんだか、ずいぶん小さい時から、自由にいろんなのを弾いておられたそうで、
天性のものなのでしょう。
空港へのお迎えの前には午後の集会。
こちらもいろんな方が集まられています。
そして、楽しく学びをしています。
「聞く」という題の本を読んでいますが、
いろいろ考えさせられます。
自分がいかに聞いていないか、
大切なことを話していないか。
自分は「言ってくれないとわからない」と言っておきながら、
いかに聞く耳を持っていないことか、
そして、人には「言わなくてもわかるだろう!」なんて
絶対あり得ないことを要求する
横暴を働いていることか・・・。
そして、まずは他人に求めることではなくて、
与えること、先ず自分が聞く耳を持つこと、
そのことの大切さを思わされます。
なかなかできないんですけどね。
今日はほとんど曇りで、時々にわか雨。
明日もこんな感じなのかな。
そして、あさってからはちょっとぐずつくようです。
でも、朝の冷え込みはあまりきつくないので、
苗も外に出しっぱなしです。
そろそろ植え替えたいものもあるのですが、
畑を耕して、そして、グランドホッグ対策を施しておかないと、
今までの努力が水の泡ですから・・・。
ま、そのうち・・・。
今日の聖書。
今日はエゼキエル書の40-43章を読みました。
その中で心に留ったのが、
43:10の言葉「神殿のあるべき姿を示しなさい」という言葉です。
もちろん、それを「教会のあるべき姿を示しなさい」という意味で読みました。
単純に、「神様教えてください」と思いました。
人々に、教会の本来の姿を伝えることができる様に、
私にもこのエゼキエルに示してくださった様に、
示してくださいと思いました。
そして、そこに向かって進んでいく、お互いでありたいと思いました。
共に歩んでいきたいと思いました。
祈りながら、励まし合いながら、共に進んでいきたいと思いました。
神様、
あなたの願われる教会の姿を教えてください。
そして、そこに生かしてください。
そこに進んでいくことができる様に、
私に、私たちに教会の姿を示してください。
エゼキエルに示された様に、
私にも見せてください。
聖書をもっともっと学んでいきたいと思います。
もっともっとそのような目で読んでいきます。
どうか、語ってください。教えてください。
2006-05-08
一つになること
今日はなんだか肌寒かったですね。
一度30度みたいなのを経験すると、
今日みたいな日は20度近くまで行ったのですが、
なんだか、寒く感じますね。
厚手の長袖を着て一日過ごしました。
今日はリサイタルの工藤さんが、
NY到着。
いやあ、なかなか出てこられないので、
何か入国審査でトラブルでも・・・と心配しました。
でも、無事に出てこられました。
お元気そうでした。
そして、とても楽しい、エネルギッシュな方です。
ますます16日と21日が楽しみになりました。
明日にはピアニストの方が到着。
いよいよ調整に入られます。
今日の聖書。
今日はエゼキエル書の35-39章。
今日は37章の後半が心に留りました。
イスラエルとユダが一つにされる、という言葉です。
そして一人の王が立ち、一人の牧者の許に一つになる、という言葉です。
一つになる、ってどういうことなのかなあ、と今年になってから
何度も何度も考えさせられています。
やはり教会のことを思うからかな。
結局のところ、イエスを主として、イエスにいつもいつも従おうという思いを持っていくこと、
それが本当に大切なんだと思います。
聖書に出てくる「一つになる」という言葉は、
全部そこにつながって来るみたいです。
主よ、
あなたを中心として、
私たちを一つにしてください。
具体的にどうしたらいいのか、
まだまだわかりません。
ですから、祈ります。
祈った時に、
「不思議だけどみんなが一つになった」
という奇跡をなしてくださいますように。
一度30度みたいなのを経験すると、
今日みたいな日は20度近くまで行ったのですが、
なんだか、寒く感じますね。
厚手の長袖を着て一日過ごしました。
今日はリサイタルの工藤さんが、
NY到着。
いやあ、なかなか出てこられないので、
何か入国審査でトラブルでも・・・と心配しました。
でも、無事に出てこられました。
お元気そうでした。
そして、とても楽しい、エネルギッシュな方です。
ますます16日と21日が楽しみになりました。
明日にはピアニストの方が到着。
いよいよ調整に入られます。
今日の聖書。
今日はエゼキエル書の35-39章。
今日は37章の後半が心に留りました。
イスラエルとユダが一つにされる、という言葉です。
そして一人の王が立ち、一人の牧者の許に一つになる、という言葉です。
一つになる、ってどういうことなのかなあ、と今年になってから
何度も何度も考えさせられています。
やはり教会のことを思うからかな。
結局のところ、イエスを主として、イエスにいつもいつも従おうという思いを持っていくこと、
それが本当に大切なんだと思います。
聖書に出てくる「一つになる」という言葉は、
全部そこにつながって来るみたいです。
主よ、
あなたを中心として、
私たちを一つにしてください。
具体的にどうしたらいいのか、
まだまだわかりません。
ですから、祈ります。
祈った時に、
「不思議だけどみんなが一つになった」
という奇跡をなしてくださいますように。
2006-05-07
羊をやしなう
今朝はやはり冷えました。
4.8度でした。
なんだかねえ。そういう朝があると、
苗が枯れるんじゃないかとヒヤヒヤもんです。
今夜も早めにキュウリとナスとピーマンは中に入れました。
ナスとピーマンも本葉が出てきて、
「あ、これナスだ」とか、「これはピーマン」とわかるようになってきました。
ホント植物によって成長の仕方が違うので、
なかなかおもしろいです。
同じ頃に植えたナスとキュウリの育ち方は全然違います。
インゲン豆なんて、あっという間に芽が出て、
芽が出るとほとんど同時に本葉が開きます。
ナスは芽が出るまで時間がかかって、
「もうダメだわ」って頃に芽が出てきて、
本葉が姿を現すまでそれから数日。
園芸店なんかに売っている苗の大きさになるまで、
更に何週間かかかります。
それぞれの個性ですね。
人間の世界だったら、焦るだろうな。ナス君。
キュウリ君はあんなに大きくなったのに、どうして僕はこんなんだろう。
インゲン君なんてあっという間に本葉が出てくるのに、僕はまだまだだ、ってね。
僕ら、そんなレベルなのかな、って思います。
全然違うものだから、比べるなんてバカみたいだと思うのですが、
お互いはそれをやっているんですよね。
一人一人違う存在。それでいいんだって。
今日、元親分、来られましたよ。
何か、やっぱ大物って感じでしたね。
迫力も、大きさも感じました。
メッセージもとても力強くて、
ご自分が変えられたことの中に「祈りの力」を感じられているというお話に
「ああ、祈りたいなあ」という思いに導かれる様な説教でした。
たっぷり1時間お話ししてくださって、
でも、その長さを感じさせない様な熱いお話でした。
感謝、感謝。
たくさんの方々が来られて、それもうれしかったです。
今日もJOYJOYキャンプ受付中。
申込書はこちら。
締め切りまであと13日!
明日にはリサイタルの工藤さんが来られます。
こちらも楽しみ楽しみです。
今朝はエゼキエル書の30-34章を読みました。
34章には「羊飼いよ、羊を養え」という言葉があります。
私も牧師としてこの言葉を本当に自分に対するメッセージとして
聞きました。
一人一人の方々の霊的な状態に関心を持ち、
神様に養われていくことを願っていく、
その責任を感じさせられました。
主は私にその責任を、使命を与えられました。
本当にその責任をどのように果たしたらいいのか、祈らされます。
そして、「彼らは群れを養わないで、自分を養っている」という言葉にどきっとしました。
自分はどうだろうかと。
本気で自分のことよりも、教会の一人一人のことに心を配る様な働き人になりたいと願います。
主よ、
今日の一日も感謝します。
お一人一人との出会いに感謝します。
共に祈ったり、語り合ったりすることのできた
方々のゆえに感謝をします。
どうか、お一人一人の心が導かれます様に。
4.8度でした。
なんだかねえ。そういう朝があると、
苗が枯れるんじゃないかとヒヤヒヤもんです。
今夜も早めにキュウリとナスとピーマンは中に入れました。
ナスとピーマンも本葉が出てきて、
「あ、これナスだ」とか、「これはピーマン」とわかるようになってきました。
ホント植物によって成長の仕方が違うので、
なかなかおもしろいです。
同じ頃に植えたナスとキュウリの育ち方は全然違います。
インゲン豆なんて、あっという間に芽が出て、
芽が出るとほとんど同時に本葉が開きます。
ナスは芽が出るまで時間がかかって、
「もうダメだわ」って頃に芽が出てきて、
本葉が姿を現すまでそれから数日。
園芸店なんかに売っている苗の大きさになるまで、
更に何週間かかかります。
それぞれの個性ですね。
人間の世界だったら、焦るだろうな。ナス君。
キュウリ君はあんなに大きくなったのに、どうして僕はこんなんだろう。
インゲン君なんてあっという間に本葉が出てくるのに、僕はまだまだだ、ってね。
僕ら、そんなレベルなのかな、って思います。
全然違うものだから、比べるなんてバカみたいだと思うのですが、
お互いはそれをやっているんですよね。
一人一人違う存在。それでいいんだって。
今日、元親分、来られましたよ。
何か、やっぱ大物って感じでしたね。
迫力も、大きさも感じました。
メッセージもとても力強くて、
ご自分が変えられたことの中に「祈りの力」を感じられているというお話に
「ああ、祈りたいなあ」という思いに導かれる様な説教でした。
たっぷり1時間お話ししてくださって、
でも、その長さを感じさせない様な熱いお話でした。
感謝、感謝。
たくさんの方々が来られて、それもうれしかったです。
今日もJOYJOYキャンプ受付中。
申込書はこちら。
締め切りまであと13日!
明日にはリサイタルの工藤さんが来られます。
こちらも楽しみ楽しみです。
今朝はエゼキエル書の30-34章を読みました。
34章には「羊飼いよ、羊を養え」という言葉があります。
私も牧師としてこの言葉を本当に自分に対するメッセージとして
聞きました。
一人一人の方々の霊的な状態に関心を持ち、
神様に養われていくことを願っていく、
その責任を感じさせられました。
主は私にその責任を、使命を与えられました。
本当にその責任をどのように果たしたらいいのか、祈らされます。
そして、「彼らは群れを養わないで、自分を養っている」という言葉にどきっとしました。
自分はどうだろうかと。
本気で自分のことよりも、教会の一人一人のことに心を配る様な働き人になりたいと願います。
主よ、
今日の一日も感謝します。
お一人一人との出会いに感謝します。
共に祈ったり、語り合ったりすることのできた
方々のゆえに感謝をします。
どうか、お一人一人の心が導かれます様に。
2006-05-06
誰が造ったのか
今日も暖かな一日でした。
でも、夕方から風が出て、
今はもう10度を切りそうな勢いです。
明日の朝は冷え込みそうです。
キュウリの苗を家の中に入れておこうかな。
今本葉が2枚。
あと1週間くらいポットで育てて、
その後植えようと思っています。
それから家の前の街路樹のoak treeがたくさんの花をつけていたのですが、
今日の午後の風でガンガン落ちています。
ほとんど「積っている」という感じです。
これが大変なんですよね。
掃除も大変です。
これを片づけていると、花粉症にならない人がいること自体が不思議なくらいです。
oak treeの花粉症は日本ではシラカバ花粉症と言われていて、
これとフルーツアレルギーは因果関係がある様なんですね。
この街路樹何とかして欲しいです。マジで。
でも、今年もトンネルの出口が見えてきました。
で、JOYJOYキャンプ申し込み受付中。
現在のところ、申し込み殺到。11名。
「申し込み少ないじゃん。大丈夫、入れるじゃん」と思っている皆さん。
まだまだこれからですよ。
まだ申込書を送っていないみなさん、20日必着。遅れないでくださいね。
で、聖書。
今日はエゼキエル書の22-29章を読みました。
考えさせられたのは29章の9節の言葉。
エジプト人の言葉で
「ナイル川は私のもの、私が造ったものだ」という言葉です。
日本人だったら、やっぱ、富士山でしょうかねえ。
本当に誇りに思います。
アメリカだとどこでしょう。
グランドキャニオン?ヨセミテ?ナイアガラ?
でも、それは私たちが造ったものではない。
たまたま、本当にたまたま、自分がそこに生まれただけ。
誇りに思うのはいいんだけど、自分がエライのでも何でもない。
どちらかというと、自分がそこに生を与えられたことを、
神様に感謝したらいい。
仕事だってそう。才能だってそう。
与えられていることを感謝したらいい。
よくスポーツで活躍している人とかが、
「夢を捨てないで欲しい」なんてことを言ってくれたりします。
いいことだと思います。子ども達へのすばらしいメッセージだと思います。
でも、それと共に、あまのじゃくな私は思います。
その活躍、その名声の陰に、
たくさんの「夢をかなえられなかった人たち」がいることを。
「自分は夢を捨てなかったから、ここまで来れた」と思うのもいいでしょう。
でも、それだけではなくて、そのような才能が与えられたことを、健康が与えられたことを、
いいコーチや家族、仲間が与えられてきたことを、感謝したらいい、と思います。
神様に感謝したらいい、と思います。
そうだよ、自分。
そうだね、感謝。
主よ、
あなたに感謝します。
今この場が当たられていることを、
教会が与えられていることを、
仲間が与えられていることを、
家族が与えられていることを、
祈ってくださる方々が与えられていることを。
感謝します。
でも、夕方から風が出て、
今はもう10度を切りそうな勢いです。
明日の朝は冷え込みそうです。
キュウリの苗を家の中に入れておこうかな。
今本葉が2枚。
あと1週間くらいポットで育てて、
その後植えようと思っています。
それから家の前の街路樹のoak treeがたくさんの花をつけていたのですが、
今日の午後の風でガンガン落ちています。
ほとんど「積っている」という感じです。
これが大変なんですよね。
掃除も大変です。
これを片づけていると、花粉症にならない人がいること自体が不思議なくらいです。
oak treeの花粉症は日本ではシラカバ花粉症と言われていて、
これとフルーツアレルギーは因果関係がある様なんですね。
この街路樹何とかして欲しいです。マジで。
でも、今年もトンネルの出口が見えてきました。
で、JOYJOYキャンプ申し込み受付中。
現在のところ、申し込み殺到。11名。
「申し込み少ないじゃん。大丈夫、入れるじゃん」と思っている皆さん。
まだまだこれからですよ。
まだ申込書を送っていないみなさん、20日必着。遅れないでくださいね。
で、聖書。
今日はエゼキエル書の22-29章を読みました。
考えさせられたのは29章の9節の言葉。
エジプト人の言葉で
「ナイル川は私のもの、私が造ったものだ」という言葉です。
日本人だったら、やっぱ、富士山でしょうかねえ。
本当に誇りに思います。
アメリカだとどこでしょう。
グランドキャニオン?ヨセミテ?ナイアガラ?
でも、それは私たちが造ったものではない。
たまたま、本当にたまたま、自分がそこに生まれただけ。
誇りに思うのはいいんだけど、自分がエライのでも何でもない。
どちらかというと、自分がそこに生を与えられたことを、
神様に感謝したらいい。
仕事だってそう。才能だってそう。
与えられていることを感謝したらいい。
よくスポーツで活躍している人とかが、
「夢を捨てないで欲しい」なんてことを言ってくれたりします。
いいことだと思います。子ども達へのすばらしいメッセージだと思います。
でも、それと共に、あまのじゃくな私は思います。
その活躍、その名声の陰に、
たくさんの「夢をかなえられなかった人たち」がいることを。
「自分は夢を捨てなかったから、ここまで来れた」と思うのもいいでしょう。
でも、それだけではなくて、そのような才能が与えられたことを、健康が与えられたことを、
いいコーチや家族、仲間が与えられてきたことを、感謝したらいい、と思います。
神様に感謝したらいい、と思います。
そうだよ、自分。
そうだね、感謝。
主よ、
あなたに感謝します。
今この場が当たられていることを、
教会が与えられていることを、
仲間が与えられていることを、
家族が与えられていることを、
祈ってくださる方々が与えられていることを。
感謝します。
2006-05-05
どちらが正しい?
今日もJOYJOYキャンプ受付中。
今年は例年よりも1週間早いので、
都合が悪くなる方も多いかも。
逆に都合がよくなる方もね・・・。
今日は午前中、人にお会いして、聖書を学び祈りました。
午後は生まれたばかりのベビーを訪問。
その合間を縫って、印刷屋に行ったり、
デスクワークをしたり、
電話をしたり。
でも、こういう個人的な働きが本当に大切だと思います。
「集会」も大切。
でも、それだけではなく、個人的にお会いして、
いろんな話をする中で見えてくることもあります。
今朝は12.5度、
昼間は28.5度。
とても暖かな一日でした。
そして、今晩はanniversaryの私たちは二人で出かけました。
本当に久しぶりです。
でも、息子が大きいので、
もう子ども達だけで留守番もできます。
詳しくは書きませんが、
ウケたのは、食べに行ったレストランで勧められたデザートの数々。
いっぱい食べたあとに、
これは無理でしょう、というものばかり。
チョコレートの固まりの様なケーキや
ピーナッツバターの固まりの様なケーキ。
公立学校で、ソーダが売られなくなるとニュースで言っていましたが、
うーん、この国、ちょっと食生活狂ってるかなあ。
14年も住んでると、こっちのケーキの甘さにも慣れて、
日本のケーキが物足りなく感じたりするんですけどね。
それでも、今日のデザートの数々にはウケた。
花粉症、きっと峠を越えたのだと思います。
きっと。
でも、いろいろ考えさせられます。
花粉症は「もう少しで、終わる」という先が見えているもんですよね。
これが、先が見えなかったらどうなんだろうと思います。
今日は一日「目の玉を出して洗いたい」って感じです。
でも、こんな程度じゃない、本当につらい体の不調が、
「先が見えない」「どんどん進行する」ような病気だったら・・・。
病の方々のことを思わされます。祈らされます。
今日はエゼキエル書の17-21章を読みました。
心に残ったのは18章29節の言葉です。
私たちは「神は不公平だ」「神がいるならどうしてこんなことが・・・」と言うけれども、
それが身勝手なのではないか、正しくないのは私たちの方ではないか、との言葉です。
私も、いろいろな出来事の中で、
納得のいかないことがあります。
「こんなに祈ったのに・・・」ということもあります。
神様が何を考えておられるのか、わからない時があります。
でも、それでいいのかな、と思います。
わかったら、私たちの頭でわかったら、神様もその程度のお方ということでしょう。
私たちにはわからない様なお考えがあるのだろうと思います。
ただただ、謙虚に歩んでいきたいと思います。
主よ、
あなたの思いは私の思いを超えています。
それを受け止める謙虚さを与えて下さい。
それを受け入れる強さを与えて下さい。
そして、あなたの御心を求める熱さを与えて下さい。
今日はもう休みます。
明日は6時半から教会で祈り会。
今年は例年よりも1週間早いので、
都合が悪くなる方も多いかも。
逆に都合がよくなる方もね・・・。
今日は午前中、人にお会いして、聖書を学び祈りました。
午後は生まれたばかりのベビーを訪問。
その合間を縫って、印刷屋に行ったり、
デスクワークをしたり、
電話をしたり。
でも、こういう個人的な働きが本当に大切だと思います。
「集会」も大切。
でも、それだけではなく、個人的にお会いして、
いろんな話をする中で見えてくることもあります。
今朝は12.5度、
昼間は28.5度。
とても暖かな一日でした。
そして、今晩はanniversaryの私たちは二人で出かけました。
本当に久しぶりです。
でも、息子が大きいので、
もう子ども達だけで留守番もできます。
詳しくは書きませんが、
ウケたのは、食べに行ったレストランで勧められたデザートの数々。
いっぱい食べたあとに、
これは無理でしょう、というものばかり。
チョコレートの固まりの様なケーキや
ピーナッツバターの固まりの様なケーキ。
公立学校で、ソーダが売られなくなるとニュースで言っていましたが、
うーん、この国、ちょっと食生活狂ってるかなあ。
14年も住んでると、こっちのケーキの甘さにも慣れて、
日本のケーキが物足りなく感じたりするんですけどね。
それでも、今日のデザートの数々にはウケた。
花粉症、きっと峠を越えたのだと思います。
きっと。
でも、いろいろ考えさせられます。
花粉症は「もう少しで、終わる」という先が見えているもんですよね。
これが、先が見えなかったらどうなんだろうと思います。
今日は一日「目の玉を出して洗いたい」って感じです。
でも、こんな程度じゃない、本当につらい体の不調が、
「先が見えない」「どんどん進行する」ような病気だったら・・・。
病の方々のことを思わされます。祈らされます。
今日はエゼキエル書の17-21章を読みました。
心に残ったのは18章29節の言葉です。
私たちは「神は不公平だ」「神がいるならどうしてこんなことが・・・」と言うけれども、
それが身勝手なのではないか、正しくないのは私たちの方ではないか、との言葉です。
私も、いろいろな出来事の中で、
納得のいかないことがあります。
「こんなに祈ったのに・・・」ということもあります。
神様が何を考えておられるのか、わからない時があります。
でも、それでいいのかな、と思います。
わかったら、私たちの頭でわかったら、神様もその程度のお方ということでしょう。
私たちにはわからない様なお考えがあるのだろうと思います。
ただただ、謙虚に歩んでいきたいと思います。
主よ、
あなたの思いは私の思いを超えています。
それを受け止める謙虚さを与えて下さい。
それを受け入れる強さを与えて下さい。
そして、あなたの御心を求める熱さを与えて下さい。
今日はもう休みます。
明日は6時半から教会で祈り会。
2006-05-04
本当の平和
今日もJOYJOYキャンプ受付中。
そして、元ヤクザの牧師が教会に来るまであと3日。
日曜日の午後1時半からです。
今日の朝の集まりもたくさんの方々が来られました。
新しい方々、いつも大歓迎です。
みんな最初は「初めて」です。
「ずっと来てます」みたいな顔をしている方々も、最初はやっぱり「初めて」でした。
私たちにもとても刺激になります。
うれしいです。
で、明日はとくに集会はありませんが、
個人的にお会いする方や、訪問するところ、行くところ、とかいろいろです。
そして、16回目の私たち夫婦のanniversaryです。
「こどもの日でしょ」と一番下は申しておりましたが、
我が家はこどもの日ではなく、夫婦の日です。
主役は子供ではなく、夫婦です。
やっと16年という感じです。
今年、教会には50周年の方がおられましたが、
「16年の3倍かぁ、どんなんだろうねえ」と、カミさんとしみじみしていました。
で、今日は今年初めて30度記念日でした。
我が家の温度計で最低が10度、最高が30度ちょうど。
昼夜の差がちょうど20度。
明日も暖かいようです。
でもそれも明日までで、
また涼しくなるみたいです。
庭でイチゴが咲いていました。
この花の真ん中の部分がイチゴになるんですよね。
そして、そこに付いているぶつぶつしているのが、
イチゴの実についているぶつぶつになるってわけ。
このイチゴ、4年くらい前に苗を買って、植えて、それが増え広がったもので、
ろくに手入れもしていませんが、厳しい冬を生き延びて、毎年5月にはプチイチゴ狩りができます。
今年は結構花芽がついているかな。
で、今日の聖書。
今日はエゼキエル書の12-16章を読みました。
心に留ったのは13章の「偽りの預言者が平和ではないのに平和だと言っている」という神の言葉です。
平和って何だろうと思いました。
あの9/11の朝のことを、それに続く日々のことを思い出していました。
私もあの朝、「平和」な朝だと思っていました。
他の多くの人々と同じように、そう思っていました。
でも、本当は平和なんかじゃなかった。
表面的には平和に見えたけれども、
世界の多くの人々の中に憎しみが満ちていた。
富める国の人々への憎しみが満ちていた。
自分たちの文化を一方的に輸出してきた人々に対する怒りが、
人々の中に満ちていた。
そして、ほんの一部だったかもしれないけれども、
その怒りを、憎しみを、人々を無差別に殺すことによって、
表そうとしていた人々がいた。
何年もかけて準備した計画を実行しようとしていた人々がいた。
それでも、私は「平和」だと思っていた。
もし、あの「終身刑」を言い渡された被告が、
計画を当局に自白していたら、
そして、FBIとCIAが、テロの計画を未然に防いでいたら、
今も、たぶん、私は何も知らずに「平和」だと思っているだろう。
平和って何だろうと思う。
ホントに。
人間関係だってそう。
自分の夫婦関係だってそう。
一方に無理強いをして、
黙らせて、
ある時には大きな声を出して、
ある時には理屈で説き伏せて、
平和な家庭に見えるものを作っているなら、
それは何だろうと思う。
ホントの平和を求めていきたい。
平和でもないのに、「平和だ」と言うのはやめよう。
主よ、
あなたが与えてくださる平和。
あなたが与えようとしてくださる平和。
それを教えてください。
それを経験させてください。
無理矢理の平和。
人を黙らせての平和。
一部の人だけが自分の願い通りに物事を進められる平和。
・・・ではなく、本当に喜びの溢れる平和を与えてください。
明日の一日が喜びに溢れた日となります様に。
そして、元ヤクザの牧師が教会に来るまであと3日。
日曜日の午後1時半からです。
今日の朝の集まりもたくさんの方々が来られました。
新しい方々、いつも大歓迎です。
みんな最初は「初めて」です。
「ずっと来てます」みたいな顔をしている方々も、最初はやっぱり「初めて」でした。
私たちにもとても刺激になります。
うれしいです。
で、明日はとくに集会はありませんが、
個人的にお会いする方や、訪問するところ、行くところ、とかいろいろです。
そして、16回目の私たち夫婦のanniversaryです。
「こどもの日でしょ」と一番下は申しておりましたが、
我が家はこどもの日ではなく、夫婦の日です。
主役は子供ではなく、夫婦です。
やっと16年という感じです。
今年、教会には50周年の方がおられましたが、
「16年の3倍かぁ、どんなんだろうねえ」と、カミさんとしみじみしていました。
で、今日は今年初めて30度記念日でした。
我が家の温度計で最低が10度、最高が30度ちょうど。
昼夜の差がちょうど20度。
明日も暖かいようです。
でもそれも明日までで、
また涼しくなるみたいです。
庭でイチゴが咲いていました。
この花の真ん中の部分がイチゴになるんですよね。そして、そこに付いているぶつぶつしているのが、
イチゴの実についているぶつぶつになるってわけ。
このイチゴ、4年くらい前に苗を買って、植えて、それが増え広がったもので、
ろくに手入れもしていませんが、厳しい冬を生き延びて、毎年5月にはプチイチゴ狩りができます。
今年は結構花芽がついているかな。
で、今日の聖書。
今日はエゼキエル書の12-16章を読みました。
心に留ったのは13章の「偽りの預言者が平和ではないのに平和だと言っている」という神の言葉です。
平和って何だろうと思いました。
あの9/11の朝のことを、それに続く日々のことを思い出していました。
私もあの朝、「平和」な朝だと思っていました。
他の多くの人々と同じように、そう思っていました。
でも、本当は平和なんかじゃなかった。
表面的には平和に見えたけれども、
世界の多くの人々の中に憎しみが満ちていた。
富める国の人々への憎しみが満ちていた。
自分たちの文化を一方的に輸出してきた人々に対する怒りが、
人々の中に満ちていた。
そして、ほんの一部だったかもしれないけれども、
その怒りを、憎しみを、人々を無差別に殺すことによって、
表そうとしていた人々がいた。
何年もかけて準備した計画を実行しようとしていた人々がいた。
それでも、私は「平和」だと思っていた。
もし、あの「終身刑」を言い渡された被告が、
計画を当局に自白していたら、
そして、FBIとCIAが、テロの計画を未然に防いでいたら、
今も、たぶん、私は何も知らずに「平和」だと思っているだろう。
平和って何だろうと思う。
ホントに。
人間関係だってそう。
自分の夫婦関係だってそう。
一方に無理強いをして、
黙らせて、
ある時には大きな声を出して、
ある時には理屈で説き伏せて、
平和な家庭に見えるものを作っているなら、
それは何だろうと思う。
ホントの平和を求めていきたい。
平和でもないのに、「平和だ」と言うのはやめよう。
主よ、
あなたが与えてくださる平和。
あなたが与えようとしてくださる平和。
それを教えてください。
それを経験させてください。
無理矢理の平和。
人を黙らせての平和。
一部の人だけが自分の願い通りに物事を進められる平和。
・・・ではなく、本当に喜びの溢れる平和を与えてください。
明日の一日が喜びに溢れた日となります様に。
2006-05-03
新しく力を与えられて
JOYJOYキャンプ受付中。
今度の日曜日は元ヤクザの牧師さんがJCCNJに来られる。
そして、その次の週の火曜日、16日はリサイタル@カーネギーホール。
僕がやる訳じゃないけど・・・。あたりまえか。
でもいろいろある。
楽しくもあり、また、追われるのは心配でもあり・・・。
うっかりしていることがあって、「あっ」と焦ったりすることもあったりする。
生まれつきの(・・・って責任逃れ?)泥縄性格なので、しょうもない。
今日の朝も一つ集会。
そして、そのあと、一つ学び会。
明日はまた朝に一つ集会。
午後はキッズクラブの作戦会議。
今月も楽しくするぞおってやつ。
「脱力系」牧師を目指しているのだから、あんまり気合いを入れてはいけないんだが、
どうしても、子供向けプログラムでは、肩に力が入る。いかんいかん。
子供の肩をつかんで「これでも楽しくないかぁ!」みたいな感じになってはいかん。
そういえば、去年の秋には、
「来年こそ、JOYJOYお茶のみ『まったり』系キャンプにするぞ」
と思ったものだが、つい、力が入ってしまいそうだ。
ま、いいか。
今日は朝も10度、昼は23度、そして夜にはパラパラ雨が降ってきた。
ひさしぶりの雨。
もっともっと降って、花粉を全部流してしまえばいいのに。
明日は暖かい日になりそうです。
それで、かなり花粉が飛びそうです。
そうそう、どんどんとばして早く花粉の季節を終わらせて欲しいものです。
今日から聖書はエゼキエル書に入りました。
1-11章を読みました。
これはまた難解な書物ですよね。
わからないことだらけです。
そんな中でほっとする言葉がいくつかあります。
11:19には「わたしは彼らに一つの心を与え、彼らの中に新しい霊を授ける」
という言葉がありました。
新しい霊。新しい内実ってことでしょうか。
新しい力ということでしょうか。
私たちに与えられると。
内側から新しくされて、
燃やされて、立ち上がる、そのような歩みをさせて頂きたいです。
この御言葉通りに私の中に、教会の中に、
「新しい霊」が注がれるようにと願います。
今まで通り、いつもそのようにやってきたから、
これが慣例だから・・・ということではなく、
freshな思いで歩んでいきたいと思います。
神様、
私に新しい力を与えてください。
新しい思いを、
新しい情熱を与えてください。
そして、あなたの力をいただいて、
立ち上がっていくことができますように。
明日の集会で出会う方々にも祝福があります様に。
今度の日曜日は元ヤクザの牧師さんがJCCNJに来られる。
そして、その次の週の火曜日、16日はリサイタル@カーネギーホール。
僕がやる訳じゃないけど・・・。あたりまえか。
でもいろいろある。
楽しくもあり、また、追われるのは心配でもあり・・・。
うっかりしていることがあって、「あっ」と焦ったりすることもあったりする。
生まれつきの(・・・って責任逃れ?)泥縄性格なので、しょうもない。
今日の朝も一つ集会。
そして、そのあと、一つ学び会。
明日はまた朝に一つ集会。
午後はキッズクラブの作戦会議。
今月も楽しくするぞおってやつ。
「脱力系」牧師を目指しているのだから、あんまり気合いを入れてはいけないんだが、
どうしても、子供向けプログラムでは、肩に力が入る。いかんいかん。
子供の肩をつかんで「これでも楽しくないかぁ!」みたいな感じになってはいかん。
そういえば、去年の秋には、
「来年こそ、JOYJOYお茶のみ『まったり』系キャンプにするぞ」
と思ったものだが、つい、力が入ってしまいそうだ。
ま、いいか。
今日は朝も10度、昼は23度、そして夜にはパラパラ雨が降ってきた。
ひさしぶりの雨。
もっともっと降って、花粉を全部流してしまえばいいのに。
明日は暖かい日になりそうです。
それで、かなり花粉が飛びそうです。
そうそう、どんどんとばして早く花粉の季節を終わらせて欲しいものです。
今日から聖書はエゼキエル書に入りました。
1-11章を読みました。
これはまた難解な書物ですよね。
わからないことだらけです。
そんな中でほっとする言葉がいくつかあります。
11:19には「わたしは彼らに一つの心を与え、彼らの中に新しい霊を授ける」
という言葉がありました。
新しい霊。新しい内実ってことでしょうか。
新しい力ということでしょうか。
私たちに与えられると。
内側から新しくされて、
燃やされて、立ち上がる、そのような歩みをさせて頂きたいです。
この御言葉通りに私の中に、教会の中に、
「新しい霊」が注がれるようにと願います。
今まで通り、いつもそのようにやってきたから、
これが慣例だから・・・ということではなく、
freshな思いで歩んでいきたいと思います。
神様、
私に新しい力を与えてください。
新しい思いを、
新しい情熱を与えてください。
そして、あなたの力をいただいて、
立ち上がっていくことができますように。
明日の集会で出会う方々にも祝福があります様に。
2006-05-02
心を挙げよう
ちょっと雲が多かったですが、
それでも23度まで上がりました。
朝は6.7度。高原の朝の様でした。
今日は気をつけて、
花粉に実をさらさない様に一日おとなしくしておりましたが、
ずいぶんましになりました。
どんどんいろんな花が咲きます。
一気に咲いています。
まだチューリップがいくつか残っているのに、
もうツツジが満開になっています。

あと、アスパラガスがお約束の2週間になってしまいました。
昨日2本収穫して合計21本でした。
うーん、先週ちょっと寒い日も多かったので、
これから!という感じですが、まあ、おとなしく、マニュアルに従いましょう。
夏に新しい芽が出てきたらそれをいただくことにして・・・。
あと、ナスが発芽している様なんですが、
まあ、どれがナスでどれがピーマンかわからない状態なんです。
それで、本葉が出てこないことにはどうにもなりません。
で、あのナスはやっぱりかなり高温が必要な様で、
それも温度変化も必要な様で、
夜が20度、昼が30度がいいようです。
今頃昼間日に当てて、夜は中に取り込むと、
ちょうどそんな感じなんでしょう。
今日の聖書。
今日は哀歌を読みました。
エルサレムが新バビロニア帝国によって滅ぼされてしまう中で、
エレミヤが嘆いて祈った言葉です。
特に心に留ったのは、3章41節の言葉です。
「天にいます神に向かって、両手を上げ心も挙げて言おう。」
御言葉通りに手を上げて祈りました。
声を挙げて祈りました。
心を挙げて祈りました。
いつもは頭を垂れて祈るので、
いつの間にか、神様が下の方にいるかの様な祈り方をしていた様に思います。
でも、手を上に挙げると、神様が上におられる様な思いになります。
形から入るのではないのでしょうが、
手を上げるのは、心も挙げる助けになりますね。
神様が聞いてくださることを思い出す助けになります。
特に大きな問題があって、
神様に訴えなければいけないことがある時には、
そうなります。
神様、
私はいつも手を組んで祈っています。
頭を垂れて祈っています。
でも、時には手を挙げて祈りたい。
どうしても手を上げないではいられない。
今日もあなたに手を挙げます。
どうかわたしの挙げた手が清い手であります様に。
心から祈ることができます様に。
そして、主よ、あなたが祈りにこたえてくださいます様に。
それでも23度まで上がりました。
朝は6.7度。高原の朝の様でした。
今日は気をつけて、
花粉に実をさらさない様に一日おとなしくしておりましたが、
ずいぶんましになりました。
どんどんいろんな花が咲きます。
一気に咲いています。
まだチューリップがいくつか残っているのに、
もうツツジが満開になっています。

あと、アスパラガスがお約束の2週間になってしまいました。
昨日2本収穫して合計21本でした。
うーん、先週ちょっと寒い日も多かったので、
これから!という感じですが、まあ、おとなしく、マニュアルに従いましょう。
夏に新しい芽が出てきたらそれをいただくことにして・・・。
あと、ナスが発芽している様なんですが、
まあ、どれがナスでどれがピーマンかわからない状態なんです。
それで、本葉が出てこないことにはどうにもなりません。
で、あのナスはやっぱりかなり高温が必要な様で、
それも温度変化も必要な様で、
夜が20度、昼が30度がいいようです。
今頃昼間日に当てて、夜は中に取り込むと、
ちょうどそんな感じなんでしょう。
今日の聖書。
今日は哀歌を読みました。
エルサレムが新バビロニア帝国によって滅ぼされてしまう中で、
エレミヤが嘆いて祈った言葉です。
特に心に留ったのは、3章41節の言葉です。
「天にいます神に向かって、両手を上げ心も挙げて言おう。」
御言葉通りに手を上げて祈りました。
声を挙げて祈りました。
心を挙げて祈りました。
いつもは頭を垂れて祈るので、
いつの間にか、神様が下の方にいるかの様な祈り方をしていた様に思います。
でも、手を上に挙げると、神様が上におられる様な思いになります。
形から入るのではないのでしょうが、
手を上げるのは、心も挙げる助けになりますね。
神様が聞いてくださることを思い出す助けになります。
特に大きな問題があって、
神様に訴えなければいけないことがある時には、
そうなります。
神様、
私はいつも手を組んで祈っています。
頭を垂れて祈っています。
でも、時には手を挙げて祈りたい。
どうしても手を上げないではいられない。
今日もあなたに手を挙げます。
どうかわたしの挙げた手が清い手であります様に。
心から祈ることができます様に。
そして、主よ、あなたが祈りにこたえてくださいます様に。
2006-05-01
うわさを恐れるな
いやあ、きついです。
花粉症。
今日の夕方ちょっと水まきしただけなんですがねえ。
それからガンガン来ています。
まずいかも・・・。
今日はまた暖かかったです。
温度計の設定を忘れていたので、
最高はわかりませんでしたが・・・。
でも、夜はまた涼しいです。
今日は我が家で地区の日本語教会の牧師が集まりました。
ミーティングもよかったのですが、
その後の、語り合いが、本当に励まされるものでした。
みんな、教会を愛し、人々を愛しているんだなあ、と思いました。
いよいよJOYJOYキャンプの申し込み受付が始まりました。
ここに申込書があります。
「早い者勝ち」というのもむずかしいので、
今回は申し込み多数の場合は、「抽選」と考えました。
賛否あるでしょうが、
「電話を1時間かけ続ける」というのはなくなったので、
ちょっと負担が軽くなったかな・・・と。
目がかゆくて、鼻が詰まっているので、
今日はあっさりと聖書へ。
エレミヤ50-52章を読みました。
51:46には、「噂を恐れるな」という言葉があります。
私たちは噂に振り回されることもあります。
「みんな言ってたよ」・・・これは怖い言葉ですね。
大体、そういうことを誰かが言う時には、
その人自身の意見なんでしょうが、
自分でその言葉に責任を負うことが恐いので、
「みんなが言っているよ」と言ってしまうのだと思います。
大体3人くらいから「みんな」が始まるのでしょうが、
その3つくらいのルートをたどっていくと、
結局は一人の人に行き着いてしまう時もあります。
頭で考えるのは簡単なんですが、
やっぱり私たちはいろんな言葉に振り回されやすい。
だから、神様にしっかりと目を向けていきたいと思います。
聖書の言葉から学んでいきたいと思います。
神様、
どうか、私の心を守ってください。
噂を恐れることがありません様に。
振り回されることがありません様に。
花粉症、楽にしてください。
また、いろんな病気で苦しんでいる方のことを
考える時としてください。
花粉症。
今日の夕方ちょっと水まきしただけなんですがねえ。
それからガンガン来ています。
まずいかも・・・。
今日はまた暖かかったです。
温度計の設定を忘れていたので、
最高はわかりませんでしたが・・・。
でも、夜はまた涼しいです。
今日は我が家で地区の日本語教会の牧師が集まりました。
ミーティングもよかったのですが、
その後の、語り合いが、本当に励まされるものでした。
みんな、教会を愛し、人々を愛しているんだなあ、と思いました。
いよいよJOYJOYキャンプの申し込み受付が始まりました。
ここに申込書があります。
「早い者勝ち」というのもむずかしいので、
今回は申し込み多数の場合は、「抽選」と考えました。
賛否あるでしょうが、
「電話を1時間かけ続ける」というのはなくなったので、
ちょっと負担が軽くなったかな・・・と。
目がかゆくて、鼻が詰まっているので、
今日はあっさりと聖書へ。
エレミヤ50-52章を読みました。
51:46には、「噂を恐れるな」という言葉があります。
私たちは噂に振り回されることもあります。
「みんな言ってたよ」・・・これは怖い言葉ですね。
大体、そういうことを誰かが言う時には、
その人自身の意見なんでしょうが、
自分でその言葉に責任を負うことが恐いので、
「みんなが言っているよ」と言ってしまうのだと思います。
大体3人くらいから「みんな」が始まるのでしょうが、
その3つくらいのルートをたどっていくと、
結局は一人の人に行き着いてしまう時もあります。
頭で考えるのは簡単なんですが、
やっぱり私たちはいろんな言葉に振り回されやすい。
だから、神様にしっかりと目を向けていきたいと思います。
聖書の言葉から学んでいきたいと思います。
神様、
どうか、私の心を守ってください。
噂を恐れることがありません様に。
振り回されることがありません様に。
花粉症、楽にしてください。
また、いろんな病気で苦しんでいる方のことを
考える時としてください。
2006-04-30
神の王座
今朝は昨日より冷え込んで、2.7度。
東京だったら、冬だね。
さすがに昼間の暖かさは助かるけど。
今日は24度。
昼夜の温度差が摂氏で20度を超えた。
今晩もそこそこ冷えそう。
今12時前で8.8度。
今日の日曜日、
出張中の方、旅行中の方、遠足の中高生、が多くて
ちょっと寂しかったかな。
でも、みんな守られているので感謝。
夜は元ヤクザの牧師さんがお話しされたのを聞きに行ってきました。
よかったですよ。
私みたいな「牧師の子供に生まれた」というのも、
守られているなあ、と思いますが、
ああやって、世の中の闇の部分を見てこられた方が
話される言葉にはまた迫力があります。
とってもパワフルでした。
だいたい、歯を見せて笑ってはいけないヤクザさんが、
今は牧師になって、ニコニコして穏やかな顔でお話をされている、
それだけで、まさに奇跡です。
神様のなさることはすごいって思います。
そして急遽、5月7日、私たちの教会の礼拝で説教をしてくださることになりました。
是非是非、たくさんの方々においでいただきたいです。
なかなか聞けないお話です。
5月7日、日曜日の午後1時半からです。
今日の聖書。
今日はエレミヤ書の44-49章を読みました。
その中で心に留った言葉は、49:38の「そこに私の王座をすえる」という言葉です。
主は私たちの心の中でも、
邪魔なものを取り去って、
ご自分の王座をすえてくださる方なんだと思いました。
そして、「王座」という言葉についてずっと思いめぐらしていました。
何日か前にもあったでしょうか?
自分の心の王座は何が占めているだろうかと、考えました。
昨夜遅く、今朝早く、ちょっと目がしょぼしょぼしてきたので、
老眼の入ってきたオヤジはこのくらいで今夜は休みます。
主よ、
あなたが私の心の王座を占めてくださいます様に。
お休みなさい。
明日また新しい力に満たされます様に。
東京だったら、冬だね。
さすがに昼間の暖かさは助かるけど。
今日は24度。
昼夜の温度差が摂氏で20度を超えた。
今晩もそこそこ冷えそう。
今12時前で8.8度。
今日の日曜日、
出張中の方、旅行中の方、遠足の中高生、が多くて
ちょっと寂しかったかな。
でも、みんな守られているので感謝。
夜は元ヤクザの牧師さんがお話しされたのを聞きに行ってきました。
よかったですよ。
私みたいな「牧師の子供に生まれた」というのも、
守られているなあ、と思いますが、
ああやって、世の中の闇の部分を見てこられた方が
話される言葉にはまた迫力があります。
とってもパワフルでした。
だいたい、歯を見せて笑ってはいけないヤクザさんが、
今は牧師になって、ニコニコして穏やかな顔でお話をされている、
それだけで、まさに奇跡です。
神様のなさることはすごいって思います。
そして急遽、5月7日、私たちの教会の礼拝で説教をしてくださることになりました。
是非是非、たくさんの方々においでいただきたいです。
なかなか聞けないお話です。
5月7日、日曜日の午後1時半からです。
今日の聖書。
今日はエレミヤ書の44-49章を読みました。
その中で心に留った言葉は、49:38の「そこに私の王座をすえる」という言葉です。
主は私たちの心の中でも、
邪魔なものを取り去って、
ご自分の王座をすえてくださる方なんだと思いました。
そして、「王座」という言葉についてずっと思いめぐらしていました。
何日か前にもあったでしょうか?
自分の心の王座は何が占めているだろうかと、考えました。
昨夜遅く、今朝早く、ちょっと目がしょぼしょぼしてきたので、
老眼の入ってきたオヤジはこのくらいで今夜は休みます。
主よ、
あなたが私の心の王座を占めてくださいます様に。
お休みなさい。
明日また新しい力に満たされます様に。
聞き従うことの難しさ
いやあ、昨日中に更新出来ませんでしたね。
とうとう1日穴が空いてしまいました。
今日は教会の子ども達もたくさん出演するダンス・チームの発表会がありました。
すごくよかったです。刺激を受けました。
こんなまとまったことを私自身も「やりたい」と思いました。
いえ、ダンスじゃないですよ。ダンスじゃなくても、どんなことでも、
いいもの、を提供していきたいなあ、と思ったわけです。
ま、「シルバー・ダンス・チーム」もいいですけどね。
今朝は「霜」までは行きませんでしたが、3.4度Cまで下がりました。
そして、昼間はやっぱり20度。何で?と思う昼と夜の温度差です。
そして、今午前2時ですが、4.8度で、今も下がり続けています。
今夜は「霜」かも。
で、今日はあっさりと聖書に入ります。
今日読んだのはエレミヤ書39-43章です。
その中で42章21節の言葉にどきっとしました。
「あなたがたが神の言葉を聞かせてくれと言ったのに、それを聞いても、従おうとはしない」とエレミヤが人々を責めている言葉です。
私たち、人に意見を求めても、それが自分の考えと違ったら、それは聞き流して、自分の考えをサポートしてくれる人々の言葉を聞きたくなるものです。
私たちはしばしば、神様に対しても同じことをしているのではないでしょうか?
神様の言葉を求めておきながら、
実際神様の言葉を聞いた時には、従うことができない。
自分の考えと違う時に、その前にひれ伏すことができない。
でも、自分の考えを超えているから、自分の考えと違うから、
神の言葉には意味があるのではないだろうか?
本当に神の言葉の前にひれ伏すものでありたいと思った。
神の前に謙虚になって出たいと思った。
神様、
どうかわたしが本当にあなたの前に
謙遜になって出ることのできる者としてください。
あなたの御言葉に聞き従うことのできる者としてください。
御言葉をお語りください。
私は聞きます。
従うことを教えてください。
とうとう1日穴が空いてしまいました。
今日は教会の子ども達もたくさん出演するダンス・チームの発表会がありました。
すごくよかったです。刺激を受けました。
こんなまとまったことを私自身も「やりたい」と思いました。
いえ、ダンスじゃないですよ。ダンスじゃなくても、どんなことでも、
いいもの、を提供していきたいなあ、と思ったわけです。
ま、「シルバー・ダンス・チーム」もいいですけどね。
今朝は「霜」までは行きませんでしたが、3.4度Cまで下がりました。
そして、昼間はやっぱり20度。何で?と思う昼と夜の温度差です。
そして、今午前2時ですが、4.8度で、今も下がり続けています。
今夜は「霜」かも。
で、今日はあっさりと聖書に入ります。
今日読んだのはエレミヤ書39-43章です。
その中で42章21節の言葉にどきっとしました。
「あなたがたが神の言葉を聞かせてくれと言ったのに、それを聞いても、従おうとはしない」とエレミヤが人々を責めている言葉です。
私たち、人に意見を求めても、それが自分の考えと違ったら、それは聞き流して、自分の考えをサポートしてくれる人々の言葉を聞きたくなるものです。
私たちはしばしば、神様に対しても同じことをしているのではないでしょうか?
神様の言葉を求めておきながら、
実際神様の言葉を聞いた時には、従うことができない。
自分の考えと違う時に、その前にひれ伏すことができない。
でも、自分の考えを超えているから、自分の考えと違うから、
神の言葉には意味があるのではないだろうか?
本当に神の言葉の前にひれ伏すものでありたいと思った。
神の前に謙虚になって出たいと思った。
神様、
どうかわたしが本当にあなたの前に
謙遜になって出ることのできる者としてください。
あなたの御言葉に聞き従うことのできる者としてください。
御言葉をお語りください。
私は聞きます。
従うことを教えてください。
2006-04-28
神が隠される
今朝はそれほど冷えなかったですね。
7度くらい。でも、午前中は風が冷たかったです。
昼間は19度まで上がりました。
そして、今、夜の11時にもう9度まで下がっています。
今夜は霜が降りるかも、と言っていましたね。
まあ、そうかもなあと思います。
風が止んで、天気がよくて、
湿度もそこそこ低い。霜もあり得るでしょう。
キュウリ、ナス、ピーマンなど寒さに弱いものは夜は家の中です。
でも、来週には朝の冷え込みも終わって、
また春らしい日が続くみたいです。
どんどん暖かくなって、早く、花粉が終わって欲しいものです。
今、車の窓が黄色になるくらい、花粉が降っています。
うん、花粉が飛んでるのではなくて、「降っている」という感じです。
今日は午前中集会があって、午後はたまっていたいろんな仕事をやっていました。
その中に、5月のニュースレターの原稿ってのがあって、
今度の日曜日に出るんですが、
いろいろ考えさせられました。
教会ってなんだろうって。
いや、牧師が、改めて考えていること自体が、
日頃のプロ意識が足りない、ということなんでしょうが、
ホント、日々のプログラムに追われて、
大切なことが見えなくなってしまっていないかって、思うことがよくあります。
いつもいつも「教会が教会であるように」ってことを考えて歩んでいきたいと思います。
で、聖書。
今日はエレミヤ書の33-38章を読みました。
その中で目が留った言葉が、
36:26の、「しかし、主は二人を隠された」という言葉。
神の言葉をストレートに語るエレミヤ。
彼は王様にも「負けます」「滅びます」と語るから、
とても嫌がられる。
タダ嫌がられるだけではなく、
時にはいのちをねらわれる。
これはそんな時のこと、
神様は彼ともう一人の彼と共に歩んでいた者を守られた。
王様の権力も、軍事力も、
届かないところ、それが神の守りの中。
神様が「渡さない」と決められたら、
大丈夫なんだ。
だから、何度も出てきているテーマだけど、
すべては神の御手の中。
どんなことも、神のみ許しなしには、起こりえない。
だから、じたばたしなくていい。
私たちが気が付かないだけで、神様のなさることは最善なんだから。
主よ、
すべてはあなたの御手の中にあります。
いろんなことに振り回されることもあります。
でも、それもあなたの許されていることの範囲の中。
恐れないで、歩んでいくことができますように。
明日の土曜日も、
その次の日曜日も一つ一つのこと、
お守り下さい。
7度くらい。でも、午前中は風が冷たかったです。
昼間は19度まで上がりました。
そして、今、夜の11時にもう9度まで下がっています。
今夜は霜が降りるかも、と言っていましたね。
まあ、そうかもなあと思います。
風が止んで、天気がよくて、
湿度もそこそこ低い。霜もあり得るでしょう。
キュウリ、ナス、ピーマンなど寒さに弱いものは夜は家の中です。
でも、来週には朝の冷え込みも終わって、
また春らしい日が続くみたいです。
どんどん暖かくなって、早く、花粉が終わって欲しいものです。
今、車の窓が黄色になるくらい、花粉が降っています。
うん、花粉が飛んでるのではなくて、「降っている」という感じです。
今日は午前中集会があって、午後はたまっていたいろんな仕事をやっていました。
その中に、5月のニュースレターの原稿ってのがあって、
今度の日曜日に出るんですが、
いろいろ考えさせられました。
教会ってなんだろうって。
いや、牧師が、改めて考えていること自体が、
日頃のプロ意識が足りない、ということなんでしょうが、
ホント、日々のプログラムに追われて、
大切なことが見えなくなってしまっていないかって、思うことがよくあります。
いつもいつも「教会が教会であるように」ってことを考えて歩んでいきたいと思います。
で、聖書。
今日はエレミヤ書の33-38章を読みました。
その中で目が留った言葉が、
36:26の、「しかし、主は二人を隠された」という言葉。
神の言葉をストレートに語るエレミヤ。
彼は王様にも「負けます」「滅びます」と語るから、
とても嫌がられる。
タダ嫌がられるだけではなく、
時にはいのちをねらわれる。
これはそんな時のこと、
神様は彼ともう一人の彼と共に歩んでいた者を守られた。
王様の権力も、軍事力も、
届かないところ、それが神の守りの中。
神様が「渡さない」と決められたら、
大丈夫なんだ。
だから、何度も出てきているテーマだけど、
すべては神の御手の中。
どんなことも、神のみ許しなしには、起こりえない。
だから、じたばたしなくていい。
私たちが気が付かないだけで、神様のなさることは最善なんだから。
主よ、
すべてはあなたの御手の中にあります。
いろんなことに振り回されることもあります。
でも、それもあなたの許されていることの範囲の中。
恐れないで、歩んでいくことができますように。
明日の土曜日も、
その次の日曜日も一つ一つのこと、
お守り下さい。
2006-04-27
主の力の及ばないところはない!
今日も遅くなってしまいました。
でも、今日も更新出来ます。感謝。
昨日の夜は遅くまでNYにいました。
空いた時間には日曜日の準備をしたり、
また、人と会って共に祈り合ったり、
幸いな一日でした。
16000歩、歩きました。
やっぱり健康のためにはそれくらい必要でしょうね。
それも感謝。
今朝は3度まで冷え込みました。
昼間は25度くらいまで上がりました。
花粉、満開です。
でも、今年は例年より楽かな。
今晩も霜が降りるくらい冷え込むと言っていましたが、どうでしょうか?
今はまだ14度あります。
天気は来週初めまでは晴れ!
一気に花粉が終わって欲しいです。
今朝、アスパラ5本収穫。太いのも2本ありました。
甘かったです。累計19本。(^_^)
まあまあですね。
ホントは一遍に10本くらい収穫出来るといいのでしょうが・・・。
それから、ピーマンとなすの種がやっと発芽。
うーん、やっぱり温度管理が難しいですね。
ホントは5月には苗にしておきたかったのですが・・・。
そして、ものによっては、先になすの種をまいていたところに、
「ダメだこりゃ」と思って、ピーマンの種を蒔いたので、
どっちが生えてきたのかわからない!
双葉じゃわかりません。
トマトは蒔いていないけど(好きなんですが、アレルギーが・・・)、
トマトも同じですよね。
本葉が出てきたらわかるでしょう。ゆっくり待ちます。
今日の午前中は祈り会。
午後はキッズクラブでした。
Leoniaです。
新しい方々も来られ、常連も定着して、
いい感じです。15人くらいだったかな。
で、今日の聖書。
エレミヤ書の24-32章を読みました。
32章の27節の言葉が心に留りました。
「私の力の及ばないところが、一つでもあるだろうか」
ノックアウトですね。参りました。
じたばたしなくていい。
恐れなくていい。
八方手を尽くして走り回らなくていい。
すべては主の御手の中にあるのです。
祈りましょう。
ゆだねましょう。
そして、本気で主を信頼しましょう。
言葉だけではなく、
本気で信頼しましょう。
主よ、
今日も、もう休みます。
あなたを信頼します。
あなたがすべてを御手の中に収めておられることを、
本気で信頼します。
お休みなさい。また明日、新しい力に満たして、用いてください。
でも、今日も更新出来ます。感謝。
昨日の夜は遅くまでNYにいました。
空いた時間には日曜日の準備をしたり、
また、人と会って共に祈り合ったり、
幸いな一日でした。
16000歩、歩きました。
やっぱり健康のためにはそれくらい必要でしょうね。
それも感謝。
今朝は3度まで冷え込みました。
昼間は25度くらいまで上がりました。
花粉、満開です。
でも、今年は例年より楽かな。
今晩も霜が降りるくらい冷え込むと言っていましたが、どうでしょうか?
今はまだ14度あります。
天気は来週初めまでは晴れ!
一気に花粉が終わって欲しいです。
今朝、アスパラ5本収穫。太いのも2本ありました。
甘かったです。累計19本。(^_^)
まあまあですね。
ホントは一遍に10本くらい収穫出来るといいのでしょうが・・・。
それから、ピーマンとなすの種がやっと発芽。
うーん、やっぱり温度管理が難しいですね。
ホントは5月には苗にしておきたかったのですが・・・。
そして、ものによっては、先になすの種をまいていたところに、
「ダメだこりゃ」と思って、ピーマンの種を蒔いたので、
どっちが生えてきたのかわからない!
双葉じゃわかりません。
トマトは蒔いていないけど(好きなんですが、アレルギーが・・・)、
トマトも同じですよね。
本葉が出てきたらわかるでしょう。ゆっくり待ちます。
今日の午前中は祈り会。
午後はキッズクラブでした。
Leoniaです。
新しい方々も来られ、常連も定着して、
いい感じです。15人くらいだったかな。
で、今日の聖書。
エレミヤ書の24-32章を読みました。
32章の27節の言葉が心に留りました。
「私の力の及ばないところが、一つでもあるだろうか」
ノックアウトですね。参りました。
じたばたしなくていい。
恐れなくていい。
八方手を尽くして走り回らなくていい。
すべては主の御手の中にあるのです。
祈りましょう。
ゆだねましょう。
そして、本気で主を信頼しましょう。
言葉だけではなく、
本気で信頼しましょう。
主よ、
今日も、もう休みます。
あなたを信頼します。
あなたがすべてを御手の中に収めておられることを、
本気で信頼します。
お休みなさい。また明日、新しい力に満たして、用いてください。
2006-04-26
「休む」ということについて思い知らされたこと。
昨日のところで(書いたのは今日だけれども・・・)
「仕事をしたい」と思うほどリフレッシュされるのがいい休暇・・・という話を紹介した。
でも、今、日曜日の礼拝の準備をしていて、思った。
やはり今でも自分の中に、
「休暇」に対する後ろめたい思いみたいなのがあって、
「牧師としての働きのために役に立つんだから許して・・・」
みたいな気持ちが働いているのか、と思い知らされた。
「牧師は365日、24時間です」みたいな先輩の言葉がある。
確かに、そうだと思う。いつでも、連絡があったら動く。
いつでも心にかかる人がいたら動く。
でも、それは牧師だけではないだろう。
どんな人でも、「今とても大変なことが起ったんだ、すぐ来てくれ」と言われたら、
昼も夜もない。
心にかかる人がいたら、休みの日でも動く。いや、仕事が休みの日にこそ動く。
だから、それはどんな仕事をしていても、勉強をしている学生でも、主婦でも、親でも、
みんな365日、24時間態勢なんだと思う。
でも、思わされたのは、
やっぱり人間、「自分はこんなにやっています、認めてください」みたいな世界に生きている。
そして、やっていないように見られるのは怖い。
あの牧師暇なんじゃない?と思われるのは怖い。
スケジュールが詰まっていることが、自分の存在価値を支えているような。
でも、それって聖書のメッセージの真逆じゃないのか!
ある本で読んだ。本当にそう思った。
安息の日、それは
「仕事をしている時だけではなくて、
何もしていない自分にも価値があることをエンジョイする時」なんだと。
一週間の初めの日に、その「恵み」から出発するんだと。
今や休暇も「もっといい仕事ができるためにリフレッシュする時」になっている。
それはやっぱり仕事中心主義。
「何かをする」ことによって生きている日常から離れて、
「聞く」こと、「与えられる」ことによって生きていく、
そのような時なんだと思う。
しっかり休ませて頂きました。(^_^)v
神様、
あなたが語ってくださってありがとうございます。
気が付かせてくださってありがとうございます。
あなたに「そのままで、存在自体」受け入れられていること、感謝します。
神様、あなたの「恵み」を語る者としてください。
「仕事をしたい」と思うほどリフレッシュされるのがいい休暇・・・という話を紹介した。
でも、今、日曜日の礼拝の準備をしていて、思った。
やはり今でも自分の中に、
「休暇」に対する後ろめたい思いみたいなのがあって、
「牧師としての働きのために役に立つんだから許して・・・」
みたいな気持ちが働いているのか、と思い知らされた。
「牧師は365日、24時間です」みたいな先輩の言葉がある。
確かに、そうだと思う。いつでも、連絡があったら動く。
いつでも心にかかる人がいたら動く。
でも、それは牧師だけではないだろう。
どんな人でも、「今とても大変なことが起ったんだ、すぐ来てくれ」と言われたら、
昼も夜もない。
心にかかる人がいたら、休みの日でも動く。いや、仕事が休みの日にこそ動く。
だから、それはどんな仕事をしていても、勉強をしている学生でも、主婦でも、親でも、
みんな365日、24時間態勢なんだと思う。
でも、思わされたのは、
やっぱり人間、「自分はこんなにやっています、認めてください」みたいな世界に生きている。
そして、やっていないように見られるのは怖い。
あの牧師暇なんじゃない?と思われるのは怖い。
スケジュールが詰まっていることが、自分の存在価値を支えているような。
でも、それって聖書のメッセージの真逆じゃないのか!
ある本で読んだ。本当にそう思った。
安息の日、それは
「仕事をしている時だけではなくて、
何もしていない自分にも価値があることをエンジョイする時」なんだと。
一週間の初めの日に、その「恵み」から出発するんだと。
今や休暇も「もっといい仕事ができるためにリフレッシュする時」になっている。
それはやっぱり仕事中心主義。
「何かをする」ことによって生きている日常から離れて、
「聞く」こと、「与えられる」ことによって生きていく、
そのような時なんだと思う。
しっかり休ませて頂きました。(^_^)v
神様、
あなたが語ってくださってありがとうございます。
気が付かせてくださってありがとうございます。
あなたに「そのままで、存在自体」受け入れられていること、感謝します。
神様、あなたの「恵み」を語る者としてください。
御言葉が語られて
今日は朝からNYの日です。
いやあ、4月の初めに朝が1時間早くなったはずなんですが、
6時過ぎで、もう明るい明るい。
いいですねえ。
もう1時間早くしたらどうかなあ、と思います。
朝はちょっと涼しかったです。
3度くらい。
でも、寒いとは思いませんでした。
パッチ履いてたけどね。
基本的にNYみたいなコンクリートに囲まれたところ、
いいみたいです。
子供の頃、下町に住んでいたからでしょうか?
全然OK。
花粉が少なくて助かります。
でも、初めてお昼のアポイントがなくて、
自分で「どこで食べよかな」と思って、
1時頃出てみたら、まあ、すごい人。
さすがに、「やーめた。2時か3時頃にしよ。」と思いました。
皆さんどうしているんでしょうか?お弁当?
あ、お弁当を売りに来るという話も聞きましたね。
話は変わって、今朝歩きながら思ったんですが、
野菜とか育てていると、
水をいっぱいやりたいですよね。
さるかに合戦のカニのように、まだ芽が出ないかなあって。
でも、種類によってはやってはいけないのもある。
そして、いずれにしろ、やりすぎないことによって、
水を求めて根が張るようになる。
そして上も立派になると、聞いたことがあります。
自分はどうかな、と。
昨日読んだ「生ける水の源」という言葉と一緒に思いめぐらしていました。
自分は深く深く、御言葉から味わっているだろうかと。
自分で神様の前に御言葉を求めて、頂いているだろうかと。
ともすると、手っ取り早い説明書や、他の方の証し、他の方の説教を頼っていないかと。
自分で御言葉をいただいて、語られて立ち上がる、そのような歩みをしたいと思いました。
渇きを覚える、そのような中で、もっともっと深く取り扱われるような経験が必要だと思います。
手っ取り早いのは、根をダメにしてしまうんだなあ、と思いました。
そして、今日は目が疲れていたので、
バスの中では聖書を読まないで、
図書館に来てから読みました。
エレミヤ書の18-23章を読みました。
そこにもありました。
「主の名を口にすまい、もうその名によって語るまい、と思っても、
主の言葉は、わたしの心の中、骨の中に閉じ込められて、
火のように燃え上がります。
押さえつけておこうとして、わたしは疲れ果てました。
わたしの負けです。」
20章9節の言葉です。
ああ、私はこのように御言葉を語られて、
「黙っていられない」という思いで、
毎週講壇に立っているだろうか?
そう問われる思いがしました。
やはり御言葉を味わうこと、本当に深く深く根を張る木のように、
主の恵みの中に生かして頂いて、
時には「水が断たれているんだろうか」と思うほどに渇きを覚える経験をする中で、
主に深く深く触れて頂きたい、深く深く恵みを味わわせて頂きたい、
そのように思いました。
神様、
あなたを求めます。
あなたが語ってください。
あなたの御言葉を与えてください。
心の深みまで、私を取り扱ってください。
そして、恵みの深みまで私を連れて行ってください。
いのちを与えてください。
いやあ、4月の初めに朝が1時間早くなったはずなんですが、
6時過ぎで、もう明るい明るい。
いいですねえ。
もう1時間早くしたらどうかなあ、と思います。
朝はちょっと涼しかったです。
3度くらい。
でも、寒いとは思いませんでした。
パッチ履いてたけどね。
基本的にNYみたいなコンクリートに囲まれたところ、
いいみたいです。
子供の頃、下町に住んでいたからでしょうか?
全然OK。
花粉が少なくて助かります。
でも、初めてお昼のアポイントがなくて、
自分で「どこで食べよかな」と思って、
1時頃出てみたら、まあ、すごい人。
さすがに、「やーめた。2時か3時頃にしよ。」と思いました。
皆さんどうしているんでしょうか?お弁当?
あ、お弁当を売りに来るという話も聞きましたね。
話は変わって、今朝歩きながら思ったんですが、
野菜とか育てていると、
水をいっぱいやりたいですよね。
さるかに合戦のカニのように、まだ芽が出ないかなあって。
でも、種類によってはやってはいけないのもある。
そして、いずれにしろ、やりすぎないことによって、
水を求めて根が張るようになる。
そして上も立派になると、聞いたことがあります。
自分はどうかな、と。
昨日読んだ「生ける水の源」という言葉と一緒に思いめぐらしていました。
自分は深く深く、御言葉から味わっているだろうかと。
自分で神様の前に御言葉を求めて、頂いているだろうかと。
ともすると、手っ取り早い説明書や、他の方の証し、他の方の説教を頼っていないかと。
自分で御言葉をいただいて、語られて立ち上がる、そのような歩みをしたいと思いました。
渇きを覚える、そのような中で、もっともっと深く取り扱われるような経験が必要だと思います。
手っ取り早いのは、根をダメにしてしまうんだなあ、と思いました。
そして、今日は目が疲れていたので、
バスの中では聖書を読まないで、
図書館に来てから読みました。
エレミヤ書の18-23章を読みました。
そこにもありました。
「主の名を口にすまい、もうその名によって語るまい、と思っても、
主の言葉は、わたしの心の中、骨の中に閉じ込められて、
火のように燃え上がります。
押さえつけておこうとして、わたしは疲れ果てました。
わたしの負けです。」
20章9節の言葉です。
ああ、私はこのように御言葉を語られて、
「黙っていられない」という思いで、
毎週講壇に立っているだろうか?
そう問われる思いがしました。
やはり御言葉を味わうこと、本当に深く深く根を張る木のように、
主の恵みの中に生かして頂いて、
時には「水が断たれているんだろうか」と思うほどに渇きを覚える経験をする中で、
主に深く深く触れて頂きたい、深く深く恵みを味わわせて頂きたい、
そのように思いました。
神様、
あなたを求めます。
あなたが語ってください。
あなたの御言葉を与えてください。
心の深みまで、私を取り扱ってください。
そして、恵みの深みまで私を連れて行ってください。
いのちを与えてください。
2006-04-25
生ける水の源
今日は休暇をいただいた2日目。
今日の午後と夜とそれぞれ出かけて、
ゆっくり過ごさせて頂きました。
聖書も読んだのですが、
今日はもう休みます。
明日また朝早く出てNYの早朝祈祷会です。
NYで時間があれば図書館からアップデートします。
ではでは。
-----------------------------------------------------
ということで、ここから、MidtownのNew York Public Libraryから。
某牧師のブログにあったのですが、
その先生にとって休暇がいい休暇だったかどうかの指標は、
そのバケーションの終わりが近づくにつれてどれだけ
「仕事に戻りたい」という気持ちが高まってきているか、ということだそうです。
なるほど、と思います。
そういう風に考えると、ホンの2日でしたが、
いい休暇だったんですねこれが・・・。
というのは昨日の午後、念願の「お風呂」に行ってきました。
裸でみんなと風呂に入るのが嫌なお年頃の息子と、
病み上がりの長女と
年齢制限で入れない次女の3人を置いて、
カミさんと2人で行きました。
何もせっかく子供が学校休みの時に行かなくても・・・と思いつつ、
行きましたよ。
女風呂は混んでいて大変だったようですが、
平日の日中と言うことで、男風呂はがらがら。
めちゃめちゃリフレッシュしました。
まさに「非日常」空間でしたよ。
旅行したってなかなか味わえないですね。
肩までつかって足をのばすなんて、
3年前の伊豆大島の温泉以来かな。
これは、是非とも「非日常」のまま取っておきたいと思いました。
それでいいんだと思います。それがいいんだと思います。
だから、しばらくは行くまい、と思いました。マジで。
そして、夜は男2人と女3人で分れてお出かけ。
そして、それぞれ楽しかったです。Let's Go Nets!
そして聖書。
25日はエレミヤ書の17章。
13節の「生ける水の源」という言葉が心に留りました。
実は25日の朝は「神様、今日も助けてください」との祈りで目が覚めました。
やはり、私もこの方にしっかりつながっていないと自分の中が涸れてきてしまうんだ、
と思います。
そして、それはバケーションをとることによって解決するものではないと思わされました。
もちろん、多くの場合、バケーションの中で、ただ、一人の人間として、
神の前に出て、祈らされて、そして、立ち上がる、そういう時が与えられる、
だから、本当に必要な時だと思います。
でも、いくら時間があっても、自分が神様の前に出なければ、
神様の前に出て、生ける水の源である方からいのちをいただかなければ、
やっぱり時間は無為に過ぎていく。
だから、忙しくても、時間がたっぷりあっても、
この方につながって、この方からいのちの泉をいただいて、
歩んでいきたいと思いました。
感謝。
神様、
2日間の時をありがとうございます。
これからの歩みの中でこの2日間が生かされていきますように。
その分内容の濃い週の後半となりますように。
今日の午後と夜とそれぞれ出かけて、
ゆっくり過ごさせて頂きました。
聖書も読んだのですが、
今日はもう休みます。
明日また朝早く出てNYの早朝祈祷会です。
NYで時間があれば図書館からアップデートします。
ではでは。
-----------------------------------------------------
ということで、ここから、MidtownのNew York Public Libraryから。
某牧師のブログにあったのですが、
その先生にとって休暇がいい休暇だったかどうかの指標は、
そのバケーションの終わりが近づくにつれてどれだけ
「仕事に戻りたい」という気持ちが高まってきているか、ということだそうです。
なるほど、と思います。
そういう風に考えると、ホンの2日でしたが、
いい休暇だったんですねこれが・・・。
というのは昨日の午後、念願の「お風呂」に行ってきました。
裸でみんなと風呂に入るのが嫌なお年頃の息子と、
病み上がりの長女と
年齢制限で入れない次女の3人を置いて、
カミさんと2人で行きました。
何もせっかく子供が学校休みの時に行かなくても・・・と思いつつ、
行きましたよ。
女風呂は混んでいて大変だったようですが、
平日の日中と言うことで、男風呂はがらがら。
めちゃめちゃリフレッシュしました。
まさに「非日常」空間でしたよ。
旅行したってなかなか味わえないですね。
肩までつかって足をのばすなんて、
3年前の伊豆大島の温泉以来かな。
これは、是非とも「非日常」のまま取っておきたいと思いました。
それでいいんだと思います。それがいいんだと思います。
だから、しばらくは行くまい、と思いました。マジで。
そして、夜は男2人と女3人で分れてお出かけ。
そして、それぞれ楽しかったです。Let's Go Nets!
そして聖書。
25日はエレミヤ書の17章。
13節の「生ける水の源」という言葉が心に留りました。
実は25日の朝は「神様、今日も助けてください」との祈りで目が覚めました。
やはり、私もこの方にしっかりつながっていないと自分の中が涸れてきてしまうんだ、
と思います。
そして、それはバケーションをとることによって解決するものではないと思わされました。
もちろん、多くの場合、バケーションの中で、ただ、一人の人間として、
神の前に出て、祈らされて、そして、立ち上がる、そういう時が与えられる、
だから、本当に必要な時だと思います。
でも、いくら時間があっても、自分が神様の前に出なければ、
神様の前に出て、生ける水の源である方からいのちをいただかなければ、
やっぱり時間は無為に過ぎていく。
だから、忙しくても、時間がたっぷりあっても、
この方につながって、この方からいのちの泉をいただいて、
歩んでいきたいと思いました。
感謝。
神様、
2日間の時をありがとうございます。
これからの歩みの中でこの2日間が生かされていきますように。
その分内容の濃い週の後半となりますように。
2006-04-24
神の言葉を伝える者
やっぱり家におります。大事をとって。
娘に至っては先週の水曜日から6日連続家の中で過ごしています。
だいぶいいんですけど、まだまだ咳が止らず、ハスキーボイスです。
でもゆっくり過ごさせて頂いております。
明日ももう一日お休み。
感謝、感謝。
今日は午前中は雨、
午後は雨も上がり少し日も出ました。
暖かくなりました。
17度まで上がりました。
明日は反対に午前中がいいみたいです。
午後はまた雨。
そして、その後は天気がいいのですが、朝晩は5度くらいまで下がりそうです。
キュウリの芽が出て苗になりかけているのですが、
寒さにあまり強くないということで、
朝晩が冷えると中に取り込む、という日が続きそうです。
今朝は3日ぶりのアスパラガス1本。(全部で14本)
2年目の収穫は2週間、ということですので、あと1週間くらいです。
3年目からはどんどん穫っていいということです。
早く来年にならないかなってか。
で、今日はさっそく聖書。
エレミヤ書の12-16章を読みました。
15章の19節が心に留りました。
特にその真ん中へん、
「もし、あなたが軽率に言葉を吐かず、熟慮して語るなら、
わたしはあなたを、私の口とする。」
という言葉です。
神の言葉を語る者とされている、そのことの畏れおおさ、
その大切な働きを託されていることの深刻さを思わされました。
熟慮して語る。そのような者になりたいと思わされました。
主よ、
あなたの御言葉を語る者としてくださったその恵みに感謝します。
その恵みにふさわしく、熟慮して語る者としてください。
おやすみなさい、神様。
娘に至っては先週の水曜日から6日連続家の中で過ごしています。
だいぶいいんですけど、まだまだ咳が止らず、ハスキーボイスです。
でもゆっくり過ごさせて頂いております。
明日ももう一日お休み。
感謝、感謝。
今日は午前中は雨、
午後は雨も上がり少し日も出ました。
暖かくなりました。
17度まで上がりました。
明日は反対に午前中がいいみたいです。
午後はまた雨。
そして、その後は天気がいいのですが、朝晩は5度くらいまで下がりそうです。
キュウリの芽が出て苗になりかけているのですが、
寒さにあまり強くないということで、
朝晩が冷えると中に取り込む、という日が続きそうです。
今朝は3日ぶりのアスパラガス1本。(全部で14本)
2年目の収穫は2週間、ということですので、あと1週間くらいです。
3年目からはどんどん穫っていいということです。
早く来年にならないかなってか。
で、今日はさっそく聖書。
エレミヤ書の12-16章を読みました。
15章の19節が心に留りました。
特にその真ん中へん、
「もし、あなたが軽率に言葉を吐かず、熟慮して語るなら、
わたしはあなたを、私の口とする。」
という言葉です。
神の言葉を語る者とされている、そのことの畏れおおさ、
その大切な働きを託されていることの深刻さを思わされました。
熟慮して語る。そのような者になりたいと思わされました。
主よ、
あなたの御言葉を語る者としてくださったその恵みに感謝します。
その恵みにふさわしく、熟慮して語る者としてください。
おやすみなさい、神様。
2006-04-23
主を知ることを誇る
今日も雨でした。
特に教会に行く時間帯、めちゃくちゃ降っていましたね。
でも、感謝なことに、たくさんの方々が来られました。
いつもはイースターの次の日曜日は100人から50人に半減するのですが、
今回は80人から65人とちょっと減。
イースターは教会で守って、
イースターが終わってから旅行に行く、出張に行く、という方が多いのでそうなるんですが、
今日はたくさんの方々と共に礼拝を守れました。
聖書でも、イースターの日にイエスさまに会えなかったトマスは
イースターの次の日曜日にイエスさまに会えました。
来週はまた休暇明けで帰ってこられる方々もおられるでしょう。楽しみです。
明日もまだ雷雨だそうです。
で、月火と休暇で出かけられるかな、と思っていたのですが、
娘が体調を崩して、やっとよくなってきたかな、と言うところなので、
難しいでしょう。
11歳なんですが、とってもハスキーないい声になってしまいました。
ということで家でゆっくり休暇を取ります。
天気も不安定みたいだし・・・。
でも、その日になって「行くか」みたいなことをいつもしているので、
明日更新がなければ、「行ったんだなあ」と思ってください。
今日は私たちがお借りしているアメリカの教会の会堂が建って50周年。
記念集会でした。
立派なパイプオルガンがあって、
そして、すごいオルガニストが来て、
すごかったです。
長かったです(3時間以上)が、すごかったです。
よかったです。
そして改めて、貸して頂いていることのありがたさを感じました。
集会の後のお茶の時間に、50年前のことを知っておられる方と話しました。
お金を貯めて、建てた時の苦労、もちろん、その方もそのころまだ大学生で、
あまりわからなかったかもしれませんが、でも、一生懸命ささげたことをお話ししてくださいました。
そのささげ物によって、私たちの教会も存在していることを忘れないようにと思います。
今日の聖書。
今日はエレミヤ書の7-11章を読みました。
9章の23節が心に留りました。
知恵や力や富を誇るのではなく、
神を知ることを誇れ、という言葉です。
神を知ること、
それは自分の小ささを知ることでもあり、
自分の弱さを知ることでもあり、
自分の愚かさを知ることでもあると思います。
なぜなら、神の前に立つ時に、神だけが見えるのではなくて、
自分も見えてくるからです。
イザヤという預言者が神の栄光を見た時に、
ああ、私は滅びるばかりだと言いました。
神様がわかると、自分がわかる、
そう思います。
でも、その神様が私たちを赦し、受け入れてくださることがわかる時に、
イエスの十字架によって赦されることが本当に心の底でわかった時に、
今度は自分のことはどうでもよくなり、神様のすばらしさ、
神様の愛の大きさに目が留るようになります。
これは私自身の経験でもありました。
神様に愛されていることに気が付くと、
今度は自分の弱さ、愚かさ、小ささ、そういうものばかり見る必要はなくなるのです。
神様の愛のありがたさ、かたじけなさ、
そればかりに目が留るようになりました。
だから、その神様の愛のゆえに、私は神を誇ります。
神を知っていることを、神の愛を知っていることを誇りに思います。
そして、語っていきたいと思います。
どう受け取られるかは二の次の問題です。
主よ、
あなたに愛されていることを、
それを知らされていることを、
心から感謝します。
あなたの愛を伝える者としてください。
あなたの愛を誇りとして、
語る者としてください。
特に教会に行く時間帯、めちゃくちゃ降っていましたね。
でも、感謝なことに、たくさんの方々が来られました。
いつもはイースターの次の日曜日は100人から50人に半減するのですが、
今回は80人から65人とちょっと減。
イースターは教会で守って、
イースターが終わってから旅行に行く、出張に行く、という方が多いのでそうなるんですが、
今日はたくさんの方々と共に礼拝を守れました。
聖書でも、イースターの日にイエスさまに会えなかったトマスは
イースターの次の日曜日にイエスさまに会えました。
来週はまた休暇明けで帰ってこられる方々もおられるでしょう。楽しみです。
明日もまだ雷雨だそうです。
で、月火と休暇で出かけられるかな、と思っていたのですが、
娘が体調を崩して、やっとよくなってきたかな、と言うところなので、
難しいでしょう。
11歳なんですが、とってもハスキーないい声になってしまいました。
ということで家でゆっくり休暇を取ります。
天気も不安定みたいだし・・・。
でも、その日になって「行くか」みたいなことをいつもしているので、
明日更新がなければ、「行ったんだなあ」と思ってください。
今日は私たちがお借りしているアメリカの教会の会堂が建って50周年。
記念集会でした。
立派なパイプオルガンがあって、
そして、すごいオルガニストが来て、
すごかったです。
長かったです(3時間以上)が、すごかったです。
よかったです。
そして改めて、貸して頂いていることのありがたさを感じました。
集会の後のお茶の時間に、50年前のことを知っておられる方と話しました。
お金を貯めて、建てた時の苦労、もちろん、その方もそのころまだ大学生で、
あまりわからなかったかもしれませんが、でも、一生懸命ささげたことをお話ししてくださいました。
そのささげ物によって、私たちの教会も存在していることを忘れないようにと思います。
今日の聖書。
今日はエレミヤ書の7-11章を読みました。
9章の23節が心に留りました。
知恵や力や富を誇るのではなく、
神を知ることを誇れ、という言葉です。
神を知ること、
それは自分の小ささを知ることでもあり、
自分の弱さを知ることでもあり、
自分の愚かさを知ることでもあると思います。
なぜなら、神の前に立つ時に、神だけが見えるのではなくて、
自分も見えてくるからです。
イザヤという預言者が神の栄光を見た時に、
ああ、私は滅びるばかりだと言いました。
神様がわかると、自分がわかる、
そう思います。
でも、その神様が私たちを赦し、受け入れてくださることがわかる時に、
イエスの十字架によって赦されることが本当に心の底でわかった時に、
今度は自分のことはどうでもよくなり、神様のすばらしさ、
神様の愛の大きさに目が留るようになります。
これは私自身の経験でもありました。
神様に愛されていることに気が付くと、
今度は自分の弱さ、愚かさ、小ささ、そういうものばかり見る必要はなくなるのです。
神様の愛のありがたさ、かたじけなさ、
そればかりに目が留るようになりました。
だから、その神様の愛のゆえに、私は神を誇ります。
神を知っていることを、神の愛を知っていることを誇りに思います。
そして、語っていきたいと思います。
どう受け取られるかは二の次の問題です。
主よ、
あなたに愛されていることを、
それを知らされていることを、
心から感謝します。
あなたの愛を伝える者としてください。
あなたの愛を誇りとして、
語る者としてください。
2006-04-22
立ち帰れ
今日は寒い一日でした。
雨も降りました。
特に夜は運転していてヒヤッとするほど、降りましたね。
温度は5度まで下がり、
今、夜の11時半ですが、少しずつ上がっています。
明日は今日よりずっと暖かくなるようです。
ということで今日の収穫はなし。
でも、雨の後ですから、来週が楽しみです。
今日の夕方は中学生、高校生の集まり、
いつも彼らのエネルギーと、熱い思いには感心させられます。
教会にいつも来ているのは10人前後なのですが、
この月1回の土曜日の集まりは大体20人以上集まります。
そして、ほとんど大人は任せっぱなし。
一応スーパーバイザーなんですが、
まあ、正直、オブザーバーですね。
今週は、3年ぶりにめがねを新しくしました。
韓国人の眼医者さんなんですが、
「ちょっと近視、進みましたね、乱視も・・・そして、ちょっと老眼・・・」と、
いつも英語なのに、診断を出す時は日本語が混じります。
「ちょっとろうがん」
ああ、自覚はしていたのですが、
やっぱりそうか、と思いました。
できあがっためがねは遠近両用ではないようですが・・・。
40を超えて、さすがに「鍛えればのびる」という感覚はなくなりました。
「どうしたら、何とか衰えをゆっくりにできるか・・・」ですね。
でも、内なる人はますます豊かになる、そう信じて楽しみにしています。
主の御業を信頼して・・・
今日の聖書。
エレミヤ書の1-6章を読みました。
心に留ったのは3章に繰り返される、
「立ち帰れ」という言葉。
自分自身、主の元に帰って、
主から命と力とをいただいて歩んでいきたいと思います。
また、教会も主の元に帰って行くことができるようにと祈ります。
「教会はいつも楽しいところ」そう信じています。
それは単なる表面的な楽しさではなく、
心の深みにまで届く楽しさ、
心の底まで解放される楽しさ、を与えてくれることを期待しています。
そのためには教会が、礼拝が、一人一人が、また牧師である私自身が、
神様のもとに、命の泉を見いだしていくこと、
他の何かではなく、神様ご自身に語って頂くこと、
それが必要なんだなあ、と思います。
主よ、
あなたの元に帰ります。
私自身、先頭に立って帰ります。
主よ、もう一度新しくしてください。
新しい命を与えてください。
そして、主にある喜び、主にある楽しさ、を満たしてください。
私の人生の中に満たしてください。
私たちの家庭の中に、
私たちの教会の中に満たしてください。
雨も降りました。
特に夜は運転していてヒヤッとするほど、降りましたね。
温度は5度まで下がり、
今、夜の11時半ですが、少しずつ上がっています。
明日は今日よりずっと暖かくなるようです。
ということで今日の収穫はなし。
でも、雨の後ですから、来週が楽しみです。
今日の夕方は中学生、高校生の集まり、
いつも彼らのエネルギーと、熱い思いには感心させられます。
教会にいつも来ているのは10人前後なのですが、
この月1回の土曜日の集まりは大体20人以上集まります。
そして、ほとんど大人は任せっぱなし。
一応スーパーバイザーなんですが、
まあ、正直、オブザーバーですね。
今週は、3年ぶりにめがねを新しくしました。
韓国人の眼医者さんなんですが、
「ちょっと近視、進みましたね、乱視も・・・そして、ちょっと老眼・・・」と、
いつも英語なのに、診断を出す時は日本語が混じります。
「ちょっとろうがん」
ああ、自覚はしていたのですが、
やっぱりそうか、と思いました。
できあがっためがねは遠近両用ではないようですが・・・。
40を超えて、さすがに「鍛えればのびる」という感覚はなくなりました。
「どうしたら、何とか衰えをゆっくりにできるか・・・」ですね。
でも、内なる人はますます豊かになる、そう信じて楽しみにしています。
主の御業を信頼して・・・
今日の聖書。
エレミヤ書の1-6章を読みました。
心に留ったのは3章に繰り返される、
「立ち帰れ」という言葉。
自分自身、主の元に帰って、
主から命と力とをいただいて歩んでいきたいと思います。
また、教会も主の元に帰って行くことができるようにと祈ります。
「教会はいつも楽しいところ」そう信じています。
それは単なる表面的な楽しさではなく、
心の深みにまで届く楽しさ、
心の底まで解放される楽しさ、を与えてくれることを期待しています。
そのためには教会が、礼拝が、一人一人が、また牧師である私自身が、
神様のもとに、命の泉を見いだしていくこと、
他の何かではなく、神様ご自身に語って頂くこと、
それが必要なんだなあ、と思います。
主よ、
あなたの元に帰ります。
私自身、先頭に立って帰ります。
主よ、もう一度新しくしてください。
新しい命を与えてください。
そして、主にある喜び、主にある楽しさ、を満たしてください。
私の人生の中に満たしてください。
私たちの家庭の中に、
私たちの教会の中に満たしてください。
2006-04-21
御言葉におののく
今日ももっと涼しい日になるかもと思っていましたが、
結構暖かく20度くらい。
朝も9度くらいでした。
でも今夜から雨で、明日は肌寒いみたいです。
最近、カミさんがCostcoで、サラダ菜を買ってきます。
とっても新鮮で、柔らかいです。
それもそのはず、根っこがついているんです。
そこで、食べた後、根っこの着いた芯を植えてみました。
これが植えたばかりのやつ。
3,4日経っているかな。少し芽が伸びていますね。
植えた時は、てっぺんが真っ平らだったんです。
そして、下の写真が、2週間くらい前に植えたもの。
こんなに大きくなりました。
でも、まあ、食べるにはもう後1週間くらいかかるかな。
でも、1週間おきに、「買って食べて植える」「育ったのを食べる」「買って食べたのを植える」「育ったのを植える」とか繰り返せば、ちょっと節約?
今日もアスパラ2本収穫。夕方にはもう一本大きくなっていました。
明日の朝は冷たい雨でしょうが、果たして収穫出来ますでしょうか?
2本、親指よりも太いのがのびてきています。
楽しみです。
今日は朝が祈り会。
夜は我が家で集会がある予定だったのですが、娘が熱が出ているので、お休み。
祈り会って、教会に来られたことのない方や来られて間もない方にとっては、
「どんなことやるの?」みたいな怖さがあるかもしれません。
でも、本当に大切な集まり+私の好きな集まりです。
いろんな生活の中での課題、教会の中での課題を出し合って、
語り合い、聖書に聞き、そして、心にあるままを祈る時です。
人の祈っているのを聞く、というのも意味のあることです。
私の好きなBTでは、祈り会はERのようなものだと言っています。
緊急の助けが必要な人がそこで神に出会って、生かされていく、そんなところだと言います。
私たちの祈り会も、お互いが新しく力をいただいて、立ち上がっていくような集まりになるように願っています。
で、今日の聖書。
今日はイザヤ書の61-66章を読みました。
イザヤ書が終わってしまいました。
心に留ったのは66章5節の言葉です。
「御言葉におののく人々よ」という神からの語りかけです。
自分は御言葉におののいているだろうか、と思わされました。
ストレートに問われました。
自分は御言葉を研究したり、意味を考えたり、説明したり、
それも大切な働きだけれども、
御言葉におののいているだろうか、と。
御言葉におののく者でありたいと思った。
その前にひれ伏し、そこに立ちつくし、
それに聞いて、従う、そのような姿勢を絶対に失わないようにしようと思った。
研究者になってはいけない、御言葉に従う者になりたい。
聖書の言葉を宣伝する者になってはいけない、
聖書の言葉に聞いて、そこに生きる者になりたい。
主よ、
御言葉に感謝します。
私の姿勢を正してくださったことに感謝します。
御言葉の前に立ちます。
御言葉を語ってください。
そして、そこに生きる者としてください。
結構暖かく20度くらい。
朝も9度くらいでした。
でも今夜から雨で、明日は肌寒いみたいです。
最近、カミさんがCostcoで、サラダ菜を買ってきます。
とっても新鮮で、柔らかいです。
それもそのはず、根っこがついているんです。
そこで、食べた後、根っこの着いた芯を植えてみました。
これが植えたばかりのやつ。
3,4日経っているかな。少し芽が伸びていますね。植えた時は、てっぺんが真っ平らだったんです。
そして、下の写真が、2週間くらい前に植えたもの。
こんなに大きくなりました。

でも、まあ、食べるにはもう後1週間くらいかかるかな。
でも、1週間おきに、「買って食べて植える」「育ったのを食べる」「買って食べたのを植える」「育ったのを植える」とか繰り返せば、ちょっと節約?
今日もアスパラ2本収穫。夕方にはもう一本大きくなっていました。
明日の朝は冷たい雨でしょうが、果たして収穫出来ますでしょうか?
2本、親指よりも太いのがのびてきています。
楽しみです。
今日は朝が祈り会。
夜は我が家で集会がある予定だったのですが、娘が熱が出ているので、お休み。
祈り会って、教会に来られたことのない方や来られて間もない方にとっては、
「どんなことやるの?」みたいな怖さがあるかもしれません。
でも、本当に大切な集まり+私の好きな集まりです。
いろんな生活の中での課題、教会の中での課題を出し合って、
語り合い、聖書に聞き、そして、心にあるままを祈る時です。
人の祈っているのを聞く、というのも意味のあることです。
私の好きなBTでは、祈り会はERのようなものだと言っています。
緊急の助けが必要な人がそこで神に出会って、生かされていく、そんなところだと言います。
私たちの祈り会も、お互いが新しく力をいただいて、立ち上がっていくような集まりになるように願っています。
で、今日の聖書。
今日はイザヤ書の61-66章を読みました。
イザヤ書が終わってしまいました。
心に留ったのは66章5節の言葉です。
「御言葉におののく人々よ」という神からの語りかけです。
自分は御言葉におののいているだろうか、と思わされました。
ストレートに問われました。
自分は御言葉を研究したり、意味を考えたり、説明したり、
それも大切な働きだけれども、
御言葉におののいているだろうか、と。
御言葉におののく者でありたいと思った。
その前にひれ伏し、そこに立ちつくし、
それに聞いて、従う、そのような姿勢を絶対に失わないようにしようと思った。
研究者になってはいけない、御言葉に従う者になりたい。
聖書の言葉を宣伝する者になってはいけない、
聖書の言葉に聞いて、そこに生きる者になりたい。
主よ、
御言葉に感謝します。
私の姿勢を正してくださったことに感謝します。
御言葉の前に立ちます。
御言葉を語ってください。
そして、そこに生きる者としてください。
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