2006-04-20

光を照らされて

ああ、今日はあと5分。
また間際の更新です。
昨日の鼻の話。誰からも「私も見えなかった!」という話がありませんねえ。
やっぱり私だけなのでしょうか?

今日は朝から家庭集会、その後キッズクラブと飛び回っておりました。
夜は金魚のために買い物と、水道の水がポタポタとたれるやつの修理。

そう、実は金魚を買い始めたのでした。
というのは、イースターの日曜日のエッグハントの景品で、
娘が「金魚鉢」をゲット。
大喜びだったので、親バカさんは、金魚を買ってあげたのでした。

で、金魚鉢はタダ。
金魚は一匹19セント。
3匹で57セントですよ。
すごい安い。

でも、でもですよ。
まず、水道水をそのまま入れられないので、塩素を抜く薬3ドルくらい。
それから、えさ、2ドルくらい。
それから、やっぱり金魚が酸素が足りないみたいで水面でパクパクはじめたので、
ポンプが12ドルくらい。
なんだか、安く買ったプリンターのインクが高くて大変なのと同じじゃん、て感じです。
タダで譲ってもらったコンピューターのためにソフトを買って大変になったり、みんな同じシステム。

そして、2人の娘達が大喜びでガンガンえさをあげまくっているので、
毎日のように水を換えなければいけなくなってしまっています。
フィルターが必要になるかも・・・。
で、今度はもっと大きな水槽が欲しい、熱帯魚がいいねえ、そのためにはヒーターも・・・
なんて話になるんではないかと恐ろしく思っております。

今朝、アスパラ5本。
暖かいので、すごい勢いで伸びました。
早くのびた分、柔らかく、おいしかったです。

キッズクラブはRidgewoodにしては少なめの20人くらい。
今日はみんな静かにお話を聞いてくれました。
でも、本当に子ども達に接していると、幸せな気持ちになってきますね。
あ、もちろん、大人の皆さんもそうですよ。
マジで、人と会うのは大好きです。
自分からどんどん話題を出して盛り上がるっていう人間ではないんですがね。

花粉症、始まったかもです。
かなり飛んでますよね。
でも、明日から急に涼しくなって、
土日は雨も降るので、楽になるでしょう。

ということで、聖書。
今日はイザヤ書の51-60章を読みました。
心に留ったのは60章の2節の言葉。
どんなに闇が地を覆っていても、
あなたには光が与えられているのだから、
その光をもって、世を照らしなさい、という言葉。
傲慢だと思われるかもしれない。
でも、あえて誤解を恐れないで、
照らされた光を輝かせる使命を果たしていきたいと思う。
光は私の中にあるのではない。
私が輝いているのではない。
ただ、私を照らしてくださる方がいる。
私を輝かせてくださる方がいる。
その方を指し示す働きをしたいと思う。

今日も、子ども達にお話をしながら、
本当にこの子ども達が、孤独を感じた時や、
いじめられて、もう生きるのが嫌になった時に、
大人になって行き詰まった時に、
思い出して欲しいと思った。
「私は世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる」と言われた方がいることを。
そのことを伝えることが使命なんだと思った。
今すぐに答えが出なくてもいい。
何か目に見える成果がなくてもいい。

私を照らしてくださる光を紹介したいと思った。

神様、
あなたが与えてくださる光を感謝します。
あなたが照らしてくださることに感謝します。
あなたを指し示す道具として、私を使ってください。
そして、一人の人の人生に光を与える働きをさせてください。





2006-04-19

水がほとばしる

いやあ、今日もあと20分で終わりです。
遅くなりました。
めちゃくちゃ忙しい一日という訳ではなかったのですが、
タイミングが難しかったですね。

今朝は8度、そして、晴れて風の強い日でした。
暖かく23度まで上がりました。
でも、穏やかと言うより、渇いた熱風に近い風が吹く一日でした。
夕方には「バチバチ」と電気が切れる
「瞬間停電」みたいになりました。

明日はもっと暖かいようです。
そしてあさってからはぐんと肌寒くなるようです。
そして週末は雨。
来週初めは休暇なんですが、
天気はどうなんでしょう。
ぽかぽか陽気になって欲しいのですが、
それは無理かも・・・。

今朝、またアスパラガスを2本収穫。
一本は細かったのですが、
もう一本はまずまずの太さ、鉛筆くらいかな。
まあ、おいしかったです。
でも、本当に「おいしかったあ!」となるためには
一遍に10本くらい収穫出来ないとねえ。
ちょっとせこいですよね。

今日はまたうれしいことがありました。
夜のNYの集会で、一人の方が、「洗礼を受けますよ、私は」宣言。
以前一緒にお祈りして、キリストを救い主として受け入れておられたので、
その後どうなっちゃったのかなあ、と思っておりましたが、
今日また、「私はイエスを信じております」ときっぱり。
いいですねえ。月曜日といい、今日といい、
日々、信仰をもつ方が起こされていくのはうれしいです。

朝は隣の教会のプログラムの最初に15分の入門コース・ショートメッセージ。
「私たちは神様に造られたんだ!」とお話ししました。
お話ししながら、子供の時のことを思い出して、紹介しました。
皆さん、鼻の頭っていつから見えるようになりました?
小学校の3年生くらいの時に、女の子に、
「ベビー(これ、当時の私のあだ名)、自分の鼻見えないだろう?」って言われました。
私は、「何いってんだこいつ、見えないのが当たり前だろ」と思いました。
中学生くらいの時に、だんだん鼻が大きくなって(高くなって・・・じゃなくてね)、
ちょびっと見えるようになった時、初めてその女の子が何を言っていたのかわかりました。
皆さんはどうでした?
自分の鼻って見えますか?いつから?

今日の聖書はイザヤ書48-50章。
ここもいろんな言葉が心に留る中で、
あんまり進めません。
特に48章の21節の「岩が裂け、水がほとばしる」という言葉に、
目が釘付けになりました。
神様は砂漠の中で、岩を裂いてくださる、
厳しい状況の中で、一番大きな障害、その大きな障害自体から、
水をほとばしらせてくださる。
涙は賛美の泉、と歌うけれども
自分はやっぱり苦しみは苦手だ。
逃げたくなるし、ため息が出てくる。
でも、そこがまた泉のわくところとなるのだ。
今度、次に砂漠の中の岩に出会う時に、
涙の谷を行く時に、
そのことを思い出して祈ろう。
そのことを感謝して祈ろう。
それが本当なんだと、経験させて頂こう。

神様、
今日の一日を感謝します。
今日も一人の方が、洗礼を決意されたことに心から感謝します。
更に信仰に導かれる方々を起こしてください。
強制ではなく、喜んでそのようにする方々を起こしてください。
そして、次に私の人生の砂漠を通る時に、
岩にぶち当たる時に、そこが泉のわくところとなることを、
経験させてください。
この御言葉を思い出させてください。



2006-04-18

私を造った方

昨日の興奮冷めやらないうちに、
今日になりました。
今日は朝から集会がありました。

いつもは金曜日なんですが、
子ども達の学校の都合もあり、今回は火曜日。
とてもいい集まりでした。
今ここに生かされていることの意味をもう一度思わされています。
誰かと出会うために、ここに生かされているんだなあと思います。

今朝は、8度くらい。
ずいぶん冷え込みは弱くなりました。

そして昼は22度。
どんどん花が咲いています。
薬は飲んではいるのですが、
今年は今のところ花粉症がひどくならないで済んでいます。
まだこれからかもしれませんが・・・。

あした、あさってとどんどん暖かくなる予報。

そしてとうとうアスパラガスの初収穫してしまいました。
写真はあまりよく撮れませんでしたが、一応それっぽいですよね。
でも、「細い!」
4本中一番太いのでも鉛筆くらい。
さっそくいただきましたが、
もうちょっと太くないと、「おいしい!」とは言えないですね。

でも、これから伸びてくる芽は、ちょっと太めのがいくつかあります。
これから・・・そして、来年以降に期待。
でも、教会は会堂買いたいので、あんまりいつまでもこの家に住むとは考えていないのですが、
まあ、その時はその時、掘り返して、持っていきましょう。

今日の聖書、
今日はイザヤ書の43章から47章を読みました。
いきなり43章の最初の言葉が心を捕らえました。
「あなたを創造した主」。
私は主によって作られた。
そしたら、主が私の人生に意味を与えて下さる、
必要とされて造られた存在なんだ、
と思わされました。
使命が与えられている、
出会いが与えられている、
そのように思いました。
一つ一つの出会いや出来事が、
与えられて、そして、その中で、自分の役割があるんだと思いました。
自分の内側を見ると、落ち込むこともあります。
でも、聖書を読むと、もう一度、立ち上がる力を与えられます。

主よ、
今日も朝から、このように元気が与えられていること、
感謝します。
どうか、自分の内側を見ることばかりに縛られないで、
あなたの語って下さることを聞くことができますように。
自分は弱い者です。
でも、あなたには力がある。
そして、あなたはわたしに使命を与えた。
使命を果たす力をも注いで下さい。
一つ一つの出会いに感謝しつつ。


2006-04-17

一番の喜び

今日はうれしいことがありました。
野菜の収穫じゃないですよ。
もっとすばらしいこと。

そう、一人の方がイエス・キリストを救い主として信じてスタートされました!
ハレルヤ!!!

「一人の人が悔い改めるなら、天では大きな喜びがあるだろう」とイエスは言われましたが、
その喜びにあずかることができて、本当にうれしい日でした。
喜んでおられるご本人のゆえにまた感謝。
ホント感謝、感謝、大感謝!
教会が用いられていること、
一人一人が用いられていることをも感謝しました。
自分を見たら、弱いし、失敗ばかり。でも、主は用いてくださるんですね。

チューリップ2号、3号が喜びを共にしてくれました。

昨日のイースターは80人くらいの大人(中学生以上)、
30人くらいの子どもたちが集まって、
楽しいイースターとなりました。
初めての方々もたくさん来られて、にぎやかでした。
大人だけで100人を超えることもあったので、
今年はいつもより少なかったかもしれません。
でも、内容はいつもにまさって、充実していたと思います。

朝は4度まで下がり、暖房が入るほどでした。
でも昼間は18度。昨日も19度ですから、
快適な気候です。

今晩も同じくらい冷えるようです。

あと、庭に生えてきたニラも初収穫。

こちらは食べたいなあ、と思うたびに収穫してもまたのびてきます。

アスパラは明日までお預け。基準の27センチに達したのが一本。
あと、もう少しなのが2,3本。なので明日まとめて収穫しようかなあ、なんて思っています。

今日の聖書はイザヤ40-42章を読みました。
ここら辺は内容が濃くて、一気に読み進むことなどできません。
やっと3章読みました。
40:8が一番心に留りました。

どんなに魅力的な、力のある存在があっても、
それが一つの国であっても、会社であっても、団体であっても、
「やがて草は枯れ、花はしぼむ」
でも、「神の言葉はとこしえに変わることがない」

本当にすごい約束だと思いました。

そして、戒めだと思いました。
神様を信頼していこう、土台にしていこうと思いました。
他のものをあてにしないで、神様をあてにしていこうと思いました。

神様、
あなたを信頼して、
あなたを、あなたの御言葉を信頼して歩みます。
他のものが魅力的に感じる時に、
あなたのところに引き戻してください。
他のものではなく、あなたを信頼して歩むことができますように。
御言葉の確かさを教えてください。
今日はすばらしい出来事に感謝します。
更に信仰に導かれる方々が起こされていきますように。


2006-04-16

熱い神

Happy Easter!
今日もいい天気ですね。
朝は10度くらい。今10時半で15度です。
昨日はなんと27度まで行って、初夏のようでしたが、
今日は普通の春の日です。
ちょっとだけ風があるようですね。
さわやかな朝です。これから教会でイースターの礼拝です。

昨日の夜、教会での祈り会の後、帰ろうと思って車に乗ったら、
なんか、おかしい、まさか、と思いつつ出てみると、
右の前輪がパンクしているではありませんか・・・。
でも、雨でもなく、寒くもなく、暑くもなく、
駐車場でそこそこ明るく、
おまけに車の中にはそこそこ頼りになる高校生の男が2人。
今まで経験したパンクの中で一番楽勝のパターンでした。
「君たちがこれから、車を運転するようになったときに困らないように、
タイヤ交換を経験させてあげよう!」と言いながら、3人で交換しました。
スペアタイヤのちっちゃいこと。それに空気もイマイチ抜けてたし・・・。
でも、無事交換して、近所のガソリンスタンドで空気入れて、
無事帰りました。
水曜日のミラーはかきごおり家の車だったのですが、
今回は教会の車、金曜日の夜は携帯電話のアンテナが「ポロッ」と取れるし、
いろんなことが続きますが、守られていることは感謝。感謝。

でも、タイヤにはスペアがあっていいですよね。
これがなかったら、ホントに困ると思います。
備えあって憂いなし。
でも、人生にはスペアがない。
いつからでも、もう一度やりなおしはきく。でも、リセットはできない。
与えられた時を、大切にしたいと思う。

やり直しで思い出した。
元ヤクザの牧師さんがまたNY/NJに来る。
うちの教会には来られないんだけれども、是非、お話を聞いてみたい。


今日はさっそく聖書。
今日はイザヤ書の34-39章を読みました。
今日は37章35節の言葉、
「わたしはこの都を守り抜いて救う」
という神様の言葉に心が留りました。
32節には「主の情熱」と言う言葉があります。
主は、「何としてでも守る!」という熱い思いを持っておられたのです。

その神様の熱さは、イエスの十字架のうちに頂点に達します。
そう、神様の熱い思いは、イエスの十字架のうちに一番表されているのです。
今も、私に対して、主は熱い思いを持っていてくださる。
主は熱い思いを持っていてくださる。
私に対して。
それを今日は感じました。
「断固として守る!」と今日の私にも語られているのだと思います。
感謝しました。

主よ、
あなたの愛を感謝します。
あなたの熱さを感謝します。
あなたの情熱を思わされました。
私もあなたに対して、
教会の一人一人に対して、
そして、出会う一人一人の方々に対して、
そのような熱さを持つことができますように。


2006-04-15

目が開かれますように

昨日はよく雨が降りましたね。
おかげで芝生に蒔いた種も目を出し始めました。
今日はまたいい天気で、
暖かくなりそうです。
朝は12度、深い霧でした。

そして、今は11時21分、21.6度です。

今日は教会のある方のために、
みんなで祈る日です。
病気の癒しのために、
朝6時から夜12時までみんな20分ずつ手分けして、
一日中誰かが祈っている日です。
「連鎖祈祷」と呼んでいます。

本当は私は夕方の4時20分からと40分からの2ユニットだったのですが、
4時40分からの20分は家に泊まっている高校生に譲って、
そして、朝11時からの方から「代って欲しい」と連絡があったので、
交代したので、11時から先ほどまでお祈りしていました。
賛美を歌ったり、聖書を読んだり、お祈りしたり、
その中で、お祈りしたのは、
その方の病が癒されることと、このことを通して、
神様がその方の心にもっともっと深く触れてくださること。


そんなことを祈っている中で、
その方のことを祈りながら、
また自分自身のことも思わされました。
「私のspiritualなvisionは見えているだろうか?」と。
ある人が、北アメリカの教会の牧師の多くが、
あまりに「企業経営者」「商店経営者」になっている、と書いていた。
どうしたら、顧客が喜ぶパッケージを提供できるか、
顧客を競争相手の店から自分の店に引き寄せるか、

そんなことに心を奪われている、と。

自分はそんなことに支配されていない、
と自分では思っている。
でも、本当にそうだろうか?と思った。
数日前に毎月500人の子供達に神様の話をしたい、
とうことを書いた。
祈り始めた時は、本当にそんなにたくさんの子供達がいるんだから、
という思いで祈り始めた。
JOYJOYキャンプに迎えられるのはせいぜい50人。

こんなにたくさん、「キャンプに送りたい」という声がありながら、
「ごめんなさい、もういっぱいです」と言わなければいけない。
ならば、そのプログラムを少しでも、多くの子ども達にと思って、
キッズクラブを始めた。

でも、毎月のプログラムを持ちながら、
またいつの間にか、人数に捕らわれていないだろうか?と反省させられた。

もう20年前になる。
聖書学院に入って、最初の派遣教会が、
東京の山の手にある立地も抜群、建物も立派な教会。
でも、教会学校には2人の子どもが、
ちょこんと座っていただけだった。
それもミッションスクールの課題で「出なければいけない」
子ども達。
別に楽しそうでもない。
そこで、「何とかして欲しい」と頼まれて、
必死に子ども達に接した。
「あやしいお兄ちゃん」と思われたらどうしよう、なんてそんなことも考えずに、
街に、公園に、出ていって教会の案内をした。
そして、楽しい子供会を何回もやった。
スタッフの皆さんと祈りあい、励まし合い、
1年終わる頃には20人の子ども達が毎週集うようになっていた。

その最後に、
元々来ていた、2人の子ども達に話しかけた。
「たくさんの友達が来るようになってよかったね」
もちろん、「うん!」という元気な答えが返ってくることを期待して・・・。
でも、その子達の反応は意外なものだった。
「前の方がよかった・・・今は、多すぎて、先生も遊んでくれない・・・」
自分は何にもわかっていなかった。

今、自分は同じ過ちを繰り返しているのではないかと思わされた。
年齢がほぼ2倍になっているのに、何にも変わってやしない。

人数を求めるのをやめよう。
ただ、ただ、神様に聞き、神様の声に耳を傾けよう。
子どもたち、一人一人を愛して、その声に耳を傾けよう。
数はその結果だけでいい。

さあ、明日はイースター。
イエスの復活の力に満たされる礼拝となりますように。

で、我が家のチューリップ1号
黄色でした。
アスパラ君達も順調に成長。
この暖かさだと月曜日には初収穫かな。
キュウリ、レタス、さやえんどう、ブロッコリー発芽。
なすはやっぱりもっと暖かくなければダメなのかな。
家の中で20度はキープしていたと思うのですが、
25度くらいをキープしなければいけないのでしょうか、発芽せず。
日本のなすの苗は結構高いからねえ。
もしも、どこかでお買い得の苗があったら教えてください。

で、聖書。
今日はイザヤ書の29-33章を読みました。
心に留ったのは30章15節。
「安らかに信頼していることにこそ力がある」
主を信頼していく中にこそ私たちの力がある。
あわてるんだよね。
昨日の聖書の箇所にもあったけど。
あわてて、どうしよう、どうしようと走り回るんだよね。
でも、主を信頼して、どっしり構えていること、
なすべきことはなすべきだけど、
神様に祈りつつ、答えをもらいつつ進んでいく、
それが大切なんだろう。
今日も祈りつつ、静まりつつ過ごしたい。
主が与えてくださった時を、大切に使いながら。

主よ、
この日をありがとうございます。
とてもいい天気をありがとうございます。
あなたを信頼して、
私の人生をあなたの御手におゆだねして
歩みます。
導いてください。
平安と喜びを日々満たしてください。
今日の夜の祈り会。
そして、明日のイースターの礼拝とその後のパーティーを祝福してください。



2006-04-14

あわてることはない

今朝は6時前に起きて、
ちょっと庭に出ました。
キツツキが木をつつく音。
何種類もの野鳥の声。
7度というちょっとひんやりした気温。
ちょうど日の出の頃で、
高原のキャンプ場にでもいるかのようでした。
静かな、朝の一時でした。
これからの季節、ちょっと着込んで、
時には朝の祈りを外でするのもいいかも、と思いました。

今日はGood Friday。
イエスが十字架にかけられた日です。
朝9時に十字架にかけられたといいますから、
ちょうど今頃です。
イエスの十字架に思いを馳せながら、
でも、夜は牧師館で集会ですから、
片づけも視野に入れつつ、
一日を過ごしていきたいと思います。

ところで、昨日はMaundy Thursdayでした。
ついこのあいだ、この言葉について、質問されたのですが、
その時は知りませんでした。
アメリカで迎える14回目のMaundy Thursdayなのでしたが、
始めて辞書を開いて意味を調べました。
そしたら、Maundyとは最後の晩餐の時に
イエスが弟子たちの足を洗った出来事のことを指すんですね。
ですから、直訳すると「洗足の木曜日」。

足を洗い合う日。
最後の晩餐の時にイエスが無言で立ち上がり、
弟子たちの足を一つ一つ洗われました。
一人一人への愛を込めて、
もうその段階で裏切っていたユダの足も。
でも、そこで、「イエスさま、私の足は洗わないで下さい」と
申し訳ない思いで満たされて、言った男がいました。
私の好きなペテロです。
いろんな失敗をしますが、失敗を通して、神の愛、イエスの力を経験していく男です。
そのペテロに、イエスは
「もしもわたしがあなたを洗わなければあなたはわたしと何の関わりもなくなる」
と言うのです。
「足を洗う」
「足を洗ってもらう」
このことの意味の深さを思わされます。

もしも、今晩の集まりで、「じゃあ、ここでお互いの足を洗いましょう」
と私が言い出したらどうでしょうか?
「そんな集まりには行けない」
「きれいにしておけば良かった」
「私は日頃手入れしているから大丈夫」

私たちの心もそうなんですよね。
きれいな部分だけ見せてもいい。
もう少しきれいになったら、もう少し立派になったら教会にも行けるけど・・・。
ここまでは見られたくない・・・。

本当のことを言うと、
「足を洗う」ことよりも、「足を洗ってもらう」ことの方が、ずっと勇気がいって、
ずっと相手に対する信頼がいるかって思います。

だから、私たちはイエスに「足を洗ってもらう」ことが大切なんではないかと。
足を洗い合うことのできるような友がいたらどんなに支えられるかと。

さて、今日の聖書。
今日はイザヤ書13章から28章まで一気に行ってしまいました。
あんまり引っかからなかったから、ここまで行ったと言うこともできるでしょう。
そして、最後に心に留ったのは、28章の16節。
「信じる者はあわてることはない」
最近、自分の怠慢で押せ押せになっていることがあって、
そして、あてにしていた当てが外れて、
「ああ、神様には他の計画があったんだなあ」と思っていることがあるのですが、
ちょっと焦ってはおります。
でも、今日、この聖書の言葉を読んで、
神様が他の計画をお持ちならば、必ずいいタイミングで道が開かれる、
そのように感じました。
信じる者はあわてることがない。
もちろん、自分の怠慢は反省しますし、
恥じておるのですが、
あわてなくても大丈夫。神様が必ず最善の道を備えて下さるから・・・。
そのように信じています。

神様、
あなたを信頼します。
あなたがすべてを御手の中に収めておられること、
あなたの御許しの中に、
すべてがあること、
どうして・・・と思うようなことさえ、
あなたのみ許しなしにはあり得ないこと、覚えます。
ですから、信頼します。
あなたがすべてを最善に導いて下さいますように。
すべてをお守り下さいますように。
道を開いて下さいますように。



2006-04-13

何を頼るか・・・

今日は暖かな日だった。
最高気温が26.6度。
朝も10度以上あった。
いやあ、こんな日が続くといいなあ、
と思う一日。
夕方には一雨あって、
芝生に水をやらなくてもいいし。

昨日、妻が店(某チャイニーズのお店)で買い物をしている間に、

右のサイドミラーが割れていた・・・と。
そんなのあり?

ありえなくない?
だって、右のミラーを他の車でぶつけるなんてないでしょう。
その車にとっては左のミラーなんだぜ。

だから、いたずらかな?
ということで、

自分で交換。
近くのホンダのディーラーでパーツを18ドルで買って、
交換。パーツって、鏡だけ。
交換の仕方知らなかったから、って、普通換えないよね。
それで、悪戦苦闘30分。
でも、無事完了。工賃節約。
ホント言うと、ちょっと失敗して、部品の一部が欠けてしまって、

もしかしたら頼んだ方が安かったかも・・・ということになりそうだったけれども、
なんとかOK。よかったよかった。

で、午後はJOYJOYキッズクラブ in Maywood.
Maywood史上最高の27名かな。
30枚あった御言葉カードが3枚しか残らなかったから。

たくさん来たよー。

目標は毎月全部で500人の子供達に神様の話をする、っていうのだから、
この調子で行けば、今3カ所だから、目標の15パーセントくらいクリアかな。

で、先週の今頃芽が出始めたアスパラガス。
少しずつ大きくなって、今5センチくらい。写真のは4センチ足らず。
色もほんのり緑になってきて、
グリーンアスパラっぽくなってきました。
ちなみにここには最初はイチゴが植わっていました。
その後、トマトが植わったこともありました。
でも、今やイチゴも、トマトも、アレルギーでのどがかゆくなるようになってしまって、
食べられません。両方好きだったのになあ。
アスパラガスはさすがに大丈夫だろうと思っておりますが・・・。

さあ、そろそろ本題の聖書です。
今日はイザヤ書の7-12章を読みました。
心に残ったのは8章の5節からの預言の言葉です。
その中に「あなたたちはこの民が同盟と呼ぶものを何一つ同盟と呼んではならない」
という言葉があります。
他の国と同盟を結んでそれで的から身を守ろうと思ってはいけない、
ただ、神を信頼しなさい。
他の国を信頼するより、
神を信頼しなさい、
そのようにイザヤは神からメッセージを聞いて、語っているのです。

今朝は私はこの言葉を教会堂のことと重ね合わせて読みました。
本当にこのことにおいて私たちは神様を第一としているだろうか、
神様に本気で求め、神様を本気で信頼しているだろうか、
それが問われているような気がしました。
一つ一つ祈って進んでいきたいと思います。
一つ一つ確認しながら前に進みたいと思います。
神様の願われる道、認めてくださる道、
それを歩んでいきたいと思います。

主よ、
あなたは、私たちの教会にどんなことを願っておられるのでしょうか?
会堂について、どんな道を備えておられるのでしょうか?
どうか、私たちがあなたを信頼して、あなただけを信頼して、
歩んでいくことができますように。
求めていくことができますように。
いつでもあなたを中心にして、
あなたを第一にして、
教会堂を求めていくことができますように。
先ず、外側の教会堂の前に、
内側の教会自体を建て上げさせて下さい。


2006-04-12

わたしがここにおります

今日も暖かい日。
朝は5度くらい。午後は22.5度まで行った。
でもだんだん曇ってきましたね。
今夜から明日の朝にかけては一時雨。
土曜日にみぞれが降ってから降っていないので、ちょうどいいでしょう。
そして、明日は西風なのでもっと暖かくなると思います。
西風はここら辺では山を降ってくる風。
どこでもそうなんですが、山を風が降ってくる時に、
空気は暖かくなります。
断熱膨張の反対なので、断熱圧縮?
標高が低くなると気圧が上がるので、
その空気は圧縮されるので、温度は上がる。
いわゆるフェーン現象です。

日本で有名なフェーン現象は、
夏とか秋に強い低気圧や台風が日本海にはいると、
その低気圧に向かって南から風が入って、
フェーン現象が日本海側で起って気温が上がります。

新潟や山形で40度近くまで行くのは、この場合が多いようです。

で、聖書。
今日からイザヤ書です。
今朝はイザヤ書1-6章を読みました。
心に留ったのはやはり6章。今回は8節の「ここにわたしがおります」
というイザヤの言葉。
すごいなあ、と思う。
尻込みしなかったのだろうか、
自分で大丈夫だろうかと思わなかったのだろうか?

でも、神様の前に立って、
自分の姿を見せつけられて、
それで、神様に触れてもらったイザヤ。
どんなにありがたいなあ、うれしいなあ、
と思っただろうかと思う。
だから、すぐに「私がここにおります」と言えたのだろうか?

私もこのように言いたいと思った。
誰がじゃなくて、神様が声をかけてくださる時に、
「私がここにおります」
と言いたいと思った。

神様が声をかけてくださるから、
イエスが私たちのために命を投げ出してくださったら、
「私がここにおります」そのように言いたいと思った。
受難週。明日が、いよいよ洗足の夜。
晩餐の夜。
ゲッセマネの夜。
イエスがどのような思いで迎えられたか、思いながら過ごそう。

主よ、
あなたが私にも声をかけてくださって、
あなたのものとしてくださったことを心から感謝します。
どうか私を用いてください。
私のようなものもあなたのために用いてください。
あなたの栄光のために、
ただ、あなたの栄光のために用いてください。

2006-04-11

愛を支配するなんて

何か最近、夜の更新が当たり前になってしまいました。
でも、夜が一番時間がゆっくり取れるというのは確かですね。
聖書を読むのは朝なんですが、
ここにそれをアップするのは、夜の方が落ち着きます。

今朝は1.6度Cまで下がりましたが、
昼間は久しぶりの20度以上。
22.3度まで上がりました。
暖かな一日でした。

午後集会があったので、午前中は聖書を読んで、
集会の準備、日曜日の残務、
午後、集会で、帰ってきてから、もの探しと、
夕方は庭掃除・・・。
あっという間の一日でした。
明日も多分あっという間でしょう。
でも、こんな天気の時は本当に気持ちがいいですね。
なんだか、今日も花粉は大丈夫。
このまま一気に花粉の季節が終わって、
「いい天気でいいなあ」という気持ちに影を落とすものが、
なくなってくれればいいと思います。

でも、ホント、人間、つらい時の気持ちは、
つらくない時にはわからない。忘れている。
天気のことで一喜一憂するなんて、
脳天気な日々を送っている、ということなんだろうか・・・。
それとも、本当は悩むべきことを、
神様が忘れさせてくださっているのか・・・。

いずれにせよ、今日の日を感謝して過ごしたいと思いました。
与えられているものに感謝して歩みたいと思いました。
体が動くこと自体、すごい特権なんだなあ、と思います。
そんな今だからできることをしたい、させて頂きたいと思います。

今日読んだのは雅歌5-8章でした。
とっても熱い恋歌ですね。
その最後の8章7節にはこのようにあります。
「愛を支配しようと財宝などを差し出す人があれば、その人は必ずさげすまれる」
「愛を支配する」・・・そんなことを考えること自体、
おかしなことです。
愛が私たちを支配するならわかります。
でも、私たちが愛を支配しようなんて、
それもお金や財産で支配しようなんて。
それでなんか心に引っかかりました。
愛を支配する、
うーん、やっぱりなんだかよくわかりません。
でも、愛に支配される、
うん、これはしっくり来る、と思います。
それでいいんだな、と。
そう、この「愛」は神様の愛。
神様の愛に支配されている、
そうだな、と。
でも、本当にそうか?と自分の心に聞いてみたくなりました。
それこそ、自分の心、状況や環境や、
人の言葉や、人の反応にどんなに簡単に反応するか、
そう思うと、本当に自分は神様の愛に支配されているか?
それが問われているような感じがしました。

パウロはピリピ人への手紙の中で、
「私はキリストに捕らえられているから・・・」と言っています。
そう、イエスさまの愛を思うと、十字架を思うと、
ああ、そうだなあ、と思わされます。
そう、今週は受難週。
イエスの十字架の愛を思いながら、
愛に支配されているってこういうことなんだなあ、と思いながら過ごしたい、と思います。

神様、
愛を支配しようというのではなく、
愛に支配されたい、と思えることに感謝します。
あなたの愛に満たされたいです。
あなたに愛されている喜びに溢れて、
それが私の行動を支配している、
そんな日々を送りたいです。
どうか、あなたの愛を日ごとに、より深く、
今日より明日の方が、もうちょっと深く、
感じることができますように。


2006-04-10

主を慕って

今日は月曜日。
毎週月曜日は原則お休みをいただいております。
時々返上するんですが、まあ、それはどんなお仕事でもそうでしょうが、
今日は、しっかり、ゆっくり過ごさせて頂きました。
返事すべきメールにもろくに返事せずに、
あれー?と思っておられる方もいるかも・・・。

でも、本当に暖かな日でした。
穏やかな日でした。
朝は0.8度C。
午後は18.5度C。
一日の温度差が本当に大きいです。
でも、本当に春らしくなって、
花盛りです。
全く手入れしていない庭のチューリップ、
4年くらい前に植えて、そのままのチューリップが
つぼみをふくらませています。
あさってくらいには咲くでしょう。

植えた年は、植えたそばからリスにほじくり返されて、
頭に来たものです。
で、翌年からは、新しく植えてもまたほじくり返されるのは
頭に来るので、ストレスになるので、
もう、そのまま放ったままです。
どんどん分球するので立派な花は咲かないのですが、
それでも、ストレスも感じさせずに花を咲かせてくれるので、
ありがたく感じています。

ガンガン花が咲いていますが、
今年はまだ花粉症はひどくなっていません。
このまま5月までいってくれるといいのですが・・・。

今日は、雅歌の1-4章を読みました。
新共同訳になって、雅歌がますますなまめかしくなって、
こまるかなあ、と思いましたが、どうしてどうして、
自分と神様の関係に置き換えてみると、ああそうだなあ、という感じがします。
特に心に留ったのは、最初の言葉。
「どうかあの方が、その口のくちづけをもって、わたしにくちづけしてくださるように」
この言葉を読んだ時に、心の底から、
ああ、神様に対して、自分もこんな思いを持っている、と感じました。
共感するものが心の中にありました。
神様に近くありたい。
神様に触れて頂きたい。
そのように思います。
包まれて、守られて、いたい。
そのように感じました。
語って頂いて、手を取って頂いて、
抱きしめて頂きたい。
そう思いました。

神様、
あなたが愛してくださっていること、
イエスを与えるほど愛してくださっていること、
心から感謝します。
どうか、あなたの愛をもっともっと感じる、
そういう経験をお与え下さい。
あなたの愛の中に包まれる、
語られて、平安をいただいて、立ち上がる、
そういう経験を与えてください。

2006-04-09

神を畏れ、その戒めを守れ

今日は朝から役員会、午後も役員会。
そして、帰ってきて、ちょっとTV観て、
その後うっかり娘を寝かしながら寝てしまいそうになったけど、
ちょっとやることがあって、
やっていたら、
あ、更新忘れてる!
みたいな感じで、2日連続夜の更新です。
娘?もう一人で寝てしまいました。

聖書は朝読んで、祈ったのですが、
ここにアップするのには気持ちの余裕がありませんでした。
それでいいのだと思っています。
先ず、神様の前に出る。
神様に祈る。
アップするのはまた時間が与えられた時。
それでいいんだと思っています。

今日の朝は1.2度C。昼間は15度まで上がりました。
今は夜の10時で8.4度Cです。
いよいよ、今度こそ春です。
明日から、この先しばらく毎日15度以上まで上がります。
20度以上の日もあるでしょう。

今日読んだのは旧約聖書・コヘレトの言葉7-12章です。
心に留ったのは最後の言葉「神を畏れ、そのすべての戒めを守れ」です。
とにかく、神を畏れること、
神の前に出ること、
それが今日、自分に与えられていることだと信じました。
人の声を聞くことと、
自分が神の前に出て感じた、聞いたことを重んじること、
その狭間で、揺れることがたくさんあります。
決して、「自分は神にこれを語られた」と人の声を聞かない人間にはなりたくないと思います。
でも、また、決して、人の顔色を見て、人の意見に振り回される人間にはなりたくないと思います。
自分はわがままかな、それとも自分は優柔不断なのかな、と思います。
だから、一つ一つの聖書の言葉が毎日毎日意味があるんだと思います。

主よ、あなたに感謝します。
あなたが語ってくださっていることに感謝します。
どうか、御言葉によって生かされ、支えられていることを
実感出来ますように。

あなたの前に静まります。
あなたご自身が私を導いてください。

2006-04-08

静まる

今日は朝は10度くらいで雨が降っていましたが、
気温はどんどん下がって、
午後にはみぞれ。
午後の最低気温は3.1度でした。
今、夜の8時半ですが、
4.3度(も)あります。

きょうのJOYJOYイースター予報は
「すかっと晴れて、いい天気」
のはずだったのですが・・・無理やり。

激みぞれの中、
JOYJOYイースターやりました。
51人の元気な子供達が集まりました!
さすがにこの天気もあり、
去年よりちょっと減ったかな。
でも、プログラムはますます充実。
楽しい集会でした。・・・よね。
個人的には某パパの「らっこ」のまねが最優秀賞でしょう。

そして、なんと、「絶対このみぞれはもうすぐ上がる」と断言していた、
「かきごおり流その場で天気予報」は、見事に当たり、
(って、本当は2時頃上がることを期待していたのですが・・・)
3時半には上がり、4時50分からのエッグハントは無事、外でできました!
(^^)/

めでたし、めでたし。

やっぱ、エッグハントは庭でやらなきゃねえ。

ということで、明日からは天気も回復して、
だんだん春らしくなっていきます。

あと、今期待しているのは、
去年植えたアスパラ。
今年は2年目なので、ぼちぼちなのでしょうが、
もう小さな芽が出始めています。
暖かくなったら、どんどんかなあ。
あれは、トウモロコシと同じで、
とってからすぐ食べたらいいんだそうです。

さあ、明日のために祈りつつ。

今日の聖書は伝道の書、もとい、新共同訳を読んでいるので、
「コヘレトの言葉」1-6章を読みました。
共同訳だと、口語訳で「主のなさることは時にかなって美しい」と訳されている言葉も、
後の「それでもなお、神のなさる業を始めから終わりまで見極めることはできない」という結論の前言となっていて、わかりやすいです。
つまり、神様はすべての時を美しく作られたとわかっているし、私たちは永遠を思う思いを持っている。でも、それでも、私たちは、神様のなさることをすべて納得出来るわけではない、ととてもわかりやすい話になるんですね。
だって、どんなに神様は最善をなしてくださるって頭でわかっていても、
本当にそうだと思えない時もあるから・・・人間の限界として。
でも、今日心に留ったのはここではなくて、5章1節の
「焦って口を開き、心せいて神の前に言葉を出そうとするな。
神は天にいまし、あなたは地上にいる。言葉数を少なくせよ。」
という言葉です。
祈る時に、自分は何を祈ろうかと一生懸命になっていたりする。
でも、静まって、神の前に、天の神の前に、
この世界を造られた神の前に、口を閉じている、
それがどれほど大切か、
そのことを思わされました。
静まっていること。
神の前に静まっていること。
ただ、口を閉じて静まっていること、
自分にとってどれほど大切なことかと思わされました。

神様。



今日の一日を感謝します。
明日のために、溢れるばかりの喜びと、
ほーっとさせるあなたの平安を満たしてください。

感謝。


2006-04-07

若いライオンのように

今朝は意外と冷えたんですね。
朝の最低気温は0.3度、
確認はしませんでしたが、遅霜が降りたでしょうか?
昼間はまあまあの13度。
今も上がり続けています。
雨も降って、助かります。
明日のJOYJOYイースターですが、
きっと、午前中雨が残っても、
午後は上がるでしょう。ハイ。

昨日の夜は真ん中の娘と妻が夜出かけたので、
一番下の娘(4歳)を風呂に入れて寝かす、ということをしました。
なかなか一人で寝ない。
長男の時には1歳くらいから、
「いいから一人で寝なさい」と寝かしたもんですが、
40近くになって生まれた末っ子には、それほど強く出られない。
どういう訳か・・・。

そして、いつの間にか自分も爆睡。
11時前に二人が帰ってきた時にはちょっと起きましたが、すぐ寝てしまいました。
でも、一緒に寝ていた娘、垂直に回転してけっ飛ばしてくるんですね。
夜中に何回起きたことか・・・。
世のお母さん方のご苦労を少しはわかった夜でした。

不思議なんですが、別々に寝ている時も、
夜中に泣き出した時に気がつくのはいつも妻の方。
私は翌朝「そんなことあったの?」みたいな感じです。

何でもそうなんですが、
いつでも「自分の方が苦労している」と思う私たちです。
人の痛みはなかなかわからない。
自分で経験してみないとわからない。
もちろん、経験したくてもできないものもたくさんありますが、
それを自分で経験していないのだから、勝手に決めない大きさを持ちたいと思わされます。
自分、ちっちゃいから。

今日の聖書は箴言の24-31章でした。
心に留った言葉いくつかあったのですが、
ここでご紹介したいのは、
28章1節。
「神に逆らう者は追う者もないのに逃げる。
神に従う人は若いライオンのように自信がある。」
若いライオンに対するあこがれのようなものを感じました。
でも、それを私も持つことができる、それは、
「がんばろう」じゃなくて、
「そうなるように強くなろう」じゃなくて、
「神に従おう」だと。
自分の中に迷いがあったり、
自分の中に恐れがある時は、
やっぱり神様との関係がちょっとおかしくなっている、
そんな時だと感じます。
いいんだ、神様に従ってゆけば・・・、
みたいな確信を持って歩んでいきたいと思いました。

主よ、
あなたの平安、
あなたによる自信、
それを私に与えてください。
今日も、
明日も、
日曜日も、
あなたと共に歩んでいる喜び、力、平安、
与えてください。
満たされて歩んでいくことができますように。
何かをして満たされていくのではなくて、
あなたご自身のゆえに満たされて歩んでいくことができますように。

2006-04-06

何に心を燃やすか?

今朝は思ったほど寒くならないで、3度くらい。
それで、明るかったので、すごく暖かくなるかと思ったら、
そうでもなく12度くらい。
で、まあ、良くもなく、悪くもない、
穏やかな春の日です。
お天気的にはなんてことはない日です。
でも、こんな日が一番いいなあ、と思うのは、
寒い冬に疲れ始めてきたからでしょうか?

老後はハワイで、カルフォルニアで、フロリダで、
という方が多いのが、この北東部。
隣のおじいちゃんおばあちゃんは、
我が家との間の垣根が伸びすぎているとしょっちゅう言ってくる、
クレーマーさん、いえいえ、私の怠慢が悪いんですが・・・とにかくそのご夫妻、
ユダヤ人のご夫妻で、奥さんの方だけかな、強制収容所にもいたことがある、
というお方。
でも、冬の間はフロリダなんですねえ。
春になると帰ってこられるので、
あ、垣根をそろえとかなければ・・・と思ったりする今日のこのごろなのです。

そんなことを思い出して、みんな、やはり冬の厳しさには閉口して避寒するのかなあ、
なんて思ったわけです。

それから、ちょっと時間がある時に、
友人の在外日本人伝道をしている牧師達の様子を見に行ってきて、
オーストラリアのKばけん先生とか、
サンディエゴのOくら先生とか、
おもしろい!と感心してしまいました。

Oくら先生は5月のメモリアルデーウィークエンドに、JCFNのCentral Conferenceの講師ですね。
昨年、私も講師としてお招き頂いて、中西部の皆さんの熱い思いに、励まされてきました。
充電のために、私もこのような集会に今度は「一参加者」としていきたいなあ、と思っております。
でも、今年は無理かな。

で、今日の聖書。
今日は箴言18-23章を読みました。
心に留った言葉は23:17。
「主を畏れることに心を燃やすがよい。」
「伝道のために心を燃やす」というのはとてもよくわかります。
脱力牧師を自認している私にはそのような瞬間がたくさんあるようには思えないのですが、
そうなっている時もあるでしょう。
でも、「主を畏れることに心を燃やす」ということは、ちょっとよくわかりません。
新鮮です。
ですから、経験したいと思いました。
「主の前に主の聖さを覚えてただずむ」ことでしょうか。
やはり祈りのことでしょうか。
神を神とすること、主を主としてあがめること、
なんでしょうか。
ちょっと課題。

神様、
あなたの前に畏れること、
教えてください。
そのことに心を燃やす、
切に求める、
そのような者としてください。
人前に出ていく前に、
あなたから、メッセージをいただいて、
あなたに出会って、それから出ていく者としてください。

2006-04-05

富よりも愛

いろいろあって更新はまた夜になってしまいました。
今日は降りましたねえ、雪。
雪を写真に撮るって難しいですね。
今回みたいに時間が限られていると、
慣れてないと、全然ダメ。
でも、降ってるのわかりますよね。
これは今日の昼過ぎ12時半頃です。
もちろん、「うっすら」ともなりませんでした。
これ、大体3度くらいで降っていました。
今も夜10時前ですが、やはり3度くらい。
明日の朝は0度前後に下がりそうです。

明日は少し晴れるでしょうが、
あさってから土曜日はまた雨。
でも、土曜日JOYJOYイースターの時(午後3時頃)はすかっといい天気になるでしょう。
きっと。

来週からはまた春、再スタートです。

今日の聖書は箴言の12-17章。
15章の17節の言葉に心が留りました。
豊かな生活をしながら憎しみ合うより、
貧しい歩みの中でも愛がある方がいい。
本当にそう思います。
誰でもそう思うと思います。
でも、現実は、なかなかそうも行きません。
やはり富の方に心をとられてしまいやすいのだと思います。
それが幸せにつながると思うのです。
富よりも愛だ、とわかっているのですが、
それでも、富というのは魅力です。
また、愛は簡単にはぐくむことができません。
でも、富はそれに比べるとずっと手っ取り早く手にすることができます。
愛はどんなに注いでも、それが報われるかどうかわかりません。
でも、富を得ることも、決して簡単ではないでしょうが、
ある程度計算をすることもできます。

愛をはぐくむ。
単純なことではないことだと思うので、
これを大切にしていきたいと思います。

主よ、
愛することを教えてください。
愛することを、
与えることを、
理解することを
教えてください。
人を変えようとするのではなく、
人をわかろうとすることができますように。
愛することが私にもわかりますように。
愛するということがどういうことか、
自分の経験として、
自分のものとして、
わかりますように。

2006-04-04

とてもパーソナルな祈り

今朝から涼しくなりました。
最低は5.5度とあまり冷え込んだわけではないのですが、
その後温度があまり上がらずに、
昼前で7度。
明日いっぱいは寒いようです。
そして、その後も来週にはいるまでは肌寒い日が多いようです。

もう一つ、今夜から明日の朝にかけて
雪が降るか、という問題ですが、
私は降るかなあ、と思っております。
どうして、って、
「何となく・・・」です。
真面目に調べていると他のことが何もできなくなってしまいます。
ですから、「何となく・・・」今年最後の雪が降るかなあ、と思っております。
日曜日あたりも???なんですが。

それから、
今週土曜日のJOYJOYイースターですが、
そうですね。
とってもいい天気になるでしょう。
どの天気予報もそんなことを言っていないのですが、
いい天気になるように祈っております。
だから、いい天気になるでしょう。

今日の聖書。
今日は箴言の5-11章を読みました。
個人的に神様から語られたことはあったのですが、
今日はあまりにパーソナルなことなので、
ここには書きません。
主が語ってくださったことに、
心から感謝しました。
今日は教会のオフィスでの祈り会だったのですが、
一人でお祈りしました。
教会のお一人一人の今日の歩みのために、
魂の守りのために祈りました。

神様、
今日の一日も守ってください。
私の歩みを支え、
あなたの恵みの中に生かしてください。
教会の一人一人の歩みを、
またその方々につながる一人一人の歩みを、
守ってくださいますように。
心を守ってくださりますように。

2006-04-03

自分の心を守れ

今朝は2.7度C。
昨日までに比べるとぐっと肌寒い日になりました。
最高も12度くらい。
でも、時々雨が降る恵みの雨の日となりました。
そして、長袖を着て、ジャケットを着れば、
「春雨じゃ・・・」みたいな気持ちにならせてくれる雨です。

明日は、また、雨。
それで、夜は雪も降るかもです。
降ったら「なごり雪」ですね。

ブロッコリーとレタスは芽が出ました。
徒長するといやなので、外に出してありますが、
今晩から水曜日くらいまで家の中に入れなければ・・・です。

あとサヤエンドウも発芽率50パーセントほどですが、芽を出しました。

今日は箴言に進んで箴言1-4章を読みました。
そして、「語られた」言葉は、
「何を守るより、自分の心を守れ。そこに命の源がある」という言葉です。
本当にそうだなあ、と思います。
自分自身の心が守られていること、
支えられていること、
それが本当に大切だと思いました。

そして、祈られていることも感じました。
夢うつつの中に、
一人の大人と、一人の子供が、
私の心に水をかけてくれている情景を見ました。
おばさんだったのか、おじさんだったのか、
子供も、男の子だったのか、女の子だったのか、
わかりません。
わからない方がいいんでしょうね。
神様がそのようにして下さったんだと思います。

その時に、何とも言えない暖かいモノを感じました。
そして、祈られていることを感じました。

そして、わたしも祈りたいと思いましたし、
人の心に触れたいと思いました。

神様、
私の心を守って下さってありがとうございます。
わたしを遣わしてくださり、
あなたからの癒しをいただくことができるように、
人々の心に触れる働きができますように。
視線が神様から離れることがありませんように。
またそのようになっている方々のところに、
わたしを遣わしてくださって、
神様を向くための助けの働きをさせてください。


2006-04-02

主のご計画は・・・

一日が終わりました。
祈らされますが、
神様が私たち一人一人の日々を、
御心の中に守って下さっていると、
信頼しています。

祈ること、
神様の前に出ること、
神様の前に跪くこと、
それが大切だと思わされます。

人間の頭で、
正しいことなんてわかると思ってはいけない、
本当にそう思わされています。
だから、いつも聞く耳を持つこと、
人の声に耳を傾けること、
そして、神の前にひれ伏すことの大切さを思わされます。

今朝は7.6度。午後は19.7度まで上がりました。
明日は寒い日になると予報が出ていますが、
どうなるでしょうか?
何といっても大陸ですから、
冷え込む時は冷え込みます。
火曜日の夜には雪が舞うかも、と予想されています。

で、聖書。
今日は詩篇137-150篇。
とうとう詩篇が終わってしまいました。
で、心に留ったのが139:17
私たちのこの人生の一日一日、
神様のご計画の中にあって、
神様の守りの中にあって、
あるということです。
「あなたの御計らいは、わたしにとっていかに貴いことか」
この言葉がわたしの今日の一日も支えてくれたように思います。
主がきょうの一日も、
納得いかない出来事も、
守りの中において下さっている、
そのことを心から感謝しました。

今日からサマータイムで明日の朝はちょっときついかもしれませんが、
祈りを持って始められますように。

主よ、
あなたの御名をほめたたえます。
どんなに心騒ぐ時にも、
あなたはいつも私たちに最善のことをして下さる方であることを
感謝します。
どうか、私の心をいつも守り、
あなたの導きを信じて歩んでいくことができますように。
今日の一日のいろいろな出来事もあなたの御手に
ゆだねます。
今晩も一人一人を訪れて下さいますように。

2006-04-01

主が建てられるのでなければ

昨日は24度。
今日は25度まで行きました。
朝も12度。
本当に暖かかったです。

そして、昼頃に雨。
ざーっと降って、あっという間に終わってしまいました。
もう終わりみたいですね。
今午後3時半。
明日も暖かいようです。
でも、昨日、今日みたいにはならないと思いますが・・・。
そして、火曜日はまた寒い日が帰って来るみたいです。
お気をつけて。

あ、明日からサマータイム。
今夜は1時間短いですね。
みんな礼拝に遅れなければいいけど。

で、聖書。
今日は詩篇120-136篇を読みました。
その中で心に留ったのは、127篇1節の言葉。
「主が建てられるのでなければ、家を建てる人の労苦はむなしい」という言葉です。
主が建てられるからこそ、
主がその中心だからこそ、
それがすばらしい、ということ。
最近、どこかで読んだのか聞いたのか、
それとも夢に出てきたのか、
会堂を建てることよりも、
教会を建てることを大切にしよう、
ということを思わされています。
建物のためにももっともっと祈りたいと思います。
でも、それだけではなく、
いやそれ以上に
教会を建てあげていくことに心を配っていきたいと思います。
教会が教会である、
つまりキリストを頭とした一つの体として、
立てあげられていくために心を砕きたいと思います。
主がそれを守ってくださるように、
主がそれをささえて下さるように祈っていきたいと思います。

主よ、
教会を守ってください。
あなたの体として育ててください。
キリストの体としてください。
一つの体として、
血の通った体として
建て上げて下さい。
そして、教会堂を与えて下さい。
あなたが私たちの教会に会堂を与えて下さい。
あなたのご栄光を表し、
人々に仕えていくための、
人々に福音を伝えていくための
会堂を与えて下さい。

2006-03-31

御言葉が開かれる

いやあ、ほんとうに、NJに春が到来ですねー。
今日は最低気温が3度。
最高気温が24度でした。
昨日の最高が22度ですから、
ホントぽかぽかです。
家の中よりも外の方が暖かいです。

この調子で地面も暖かくなって、
水も温かくなってくれるといいですね。
ガス代。

この間芝生の種を部分的に蒔いた時に、
水をやっていて思ったのですが、
この時期の水道って、本当に冷たい。
種がびっくりするでしょうって。

そして、この冷たい水を温めて、
シャワーとか浴びているんだから、
ガス代かかるよなあ、って。

だから、早く水が温かくなって欲しいと思います。

今晩から明日はにわか雨や雷雨。
1週間ぶりの雨、
何週間ぶりかのまとまった雨でしょう。

雨の前には芝生の種を蒔くこと。
あんまりじゃーじゃー降っちゃうと流れちゃうから微妙なんですが、
今回は大丈夫でしょう。

で、聖書。
今日はお約束の詩篇119篇です。
この詩は詩篇の中でダントツに長い詩です。
176節まであります。
その中で今日、私の心に留ったのは、
130節の言葉です。

「御言葉が開かれると、光を放つ」

神様が御言葉を語ってくださる時に、
それは私たちの光となって、
私たちの目を開き、
私たちに希望を与えてくれます。
また生きる力を与えてくれます。
喜びを与えてくれます。

だから、もっともっと、
「御言葉が開かれる」
「御言葉が語られる」
「目が開かれる」
そのような経験をさせて頂きたいと思います。
そのためにもっともっとゆっくりと御言葉を味わって、
祈る時を持ちたいと思います。
時を聖別して、
待ち望んで、
語って頂いて、
立ち上がっていきたいと思いました。

主よ、
あなたが語ってください。
いつも聞く耳を持っていることができますように。
そして、時を聖別して、
聖書を開いて、
待ち望んで、
祈って過ごす時をもっともっと持つことができますように。
語る前に、
行動する前に、
とにかく聞く者としてください。




2006-03-30

隅の親石

今朝も冷え込みました。
0.7度でした。
まだ霜の危険がありますね。
でも、10時前で15度もあります。
昨日は19度まで行きましたが、
今日は20度超えるのは確実でしょう。
一気に木が芽吹いてきます。

でも、3月は雨が少なかったですね。
芝生を少しひっかいて新しく蒔く種が地面に届きやすくなるようにしたら、
はげているところはもう砂埃が立ちます。
このままもう遅霜はないと信じて、
芝生の種も蒔いてしまいます。
そして水まきです。

では、今日の聖書。
詩篇の115-118篇を読みました。
もう少し読みたい勢いだったのですが、
119篇にはいるとなかなか終わらないので、
明日にとっておきます。
心に留ったのは、
118:22の「家作りらの捨てた石が、隅の親石になった」という言葉。
新約聖書にもイエスのことを預言した言葉として、引用されている言葉だけれども、
それと共に、神様の目と私たちの目がいかに違うか、
ということを思わされた。
私たちの目で見て、役に立たないと思うようなものも、
主は用いてくださる。
自分の目で、自分などは役に立たないと思ったとしても、
主は用いてくださる。
主は私たちを用いて御業を行ってくださる。
だから、それを信じて、
大きく、大きく用いて頂きたいと思った。
大胆に用いて頂きたいと思った。
そして、私も大工の立場になったときに、
そのような目で人々が用いられていくのを期待していきたいと思った。
主の御業を見せて頂きたいと思った。
自分の目や、社会常識の目、そのようなものによって見ていくのではなく、
神様の目で見せて頂きたいと思った。

主よ、
私にあなたの目を与えてください。
あなたがごらんになっているように、社会を見る目を、
自分を見る目を、そして人々を見る目を与えてください。
そして、あなたの大きな御業を見る者としてください。
用いてください。
私を用いてください。
私の家族を用いてください。
教会の一人一人を用いてください。
一人一人につながっている多くの人々を用いてください。

2006-03-29

岩から流れ出す水

今朝は久しぶりの氷点下。
-0.4度まで下がりました。
でも、8時には6.3度。
15度を超えて、暖かい日になりそうです。

いろんなものが芽吹いてきました。
少しずつ花も咲いています。

おととい、昨日と、
レタス、なす、えんどう、ブロッコリーなどなど、
いろいろ種を蒔いて、
苗を作ろうとしていますが、
今年一番乗りで、芽を出した野菜が、
上の写真です。
これは何でしょう?
引っ越して来た時から自生していました。
もちろん、前に住んでいた方が、育てていたのでしょうが、
もう5年も毎年毎年芽を出します。
種が飛び散って広がってきているようにも見えます。
今年もたくさんお世話になることでしょう。

で、聖書。
朝が明るいので、
早く起きるのが全然苦ではありません。
でも、こんなことが言えるのは今週だけ。
今度の日曜日から、時間が1時間先に進んでいくので、
今の6時は5時ですよね。
来週は結構きつそうです。
で、今日読んだのは、詩篇の104-114篇。
114篇の最後の言葉が心に留りました。
「岩から水が流れる」
岩のような、水が出てくるわけがない、と見えるところから、
水が流れ出てくる。
私たちの歩みの中でも、
どうしてこんなことが起るのだろうという状況の中に、
本当の泉はあるのではないだろうかと思いました。
本当に豊かな泉というのは、
涙の中にあるのではないかと、
痛みの中にあるのではないかと。
でも、痛みの真ん中にいる時には、
「どうか、神様これを取りのけてください」
「早くトンネルを抜けさせてください」
と一生懸命なんですが。
でも、そのような祈りの中にこそ、
そのような真実な祈りの中にこそ、
ホンモノがあるのではないかと思います。
人間弱いもので、物事が順調な時には、
なかなか本気で祈らないんですよね。

問題が出てきた時に、
岩が前に立ちふさがった時に、
神様に本気で祈る。
本気でぶつかっていく。
そこで本当の私たちの命の泉である方に生かされることを経験する、
そうなんだと思います。

今、祈りの課題があります。
そのこと自体に感謝して、いきたいと思います。

主よ、
あなたを求めます。
あなたを待ち望みます。
あなたに祈れることを感謝します。
あなたが私の泉です。
私の喜びの源です。
どうか、私を満たしてください。
私を生かしてください。
あなたの喜びに、
あなたの与えてくださる豊かな命の水に、
生かされる者としてください。
私の祈りに答え、御業をなしてください。

2006-03-28

賛美する存在

今朝も朝は2度くらいまで下がったけれども、
もう朝の9時には10度近くまで上がっています。

昨日は結局あまりはかどりませんでしたが、
芝生の一部に生い茂った苔をはがして、
隅っこの方にたまった落ち葉を片づけて、
芝生の種まきの準備しました。

苔の庭とかもいいと思うのですが、
やはり周りから見ると、
「ちゃんと手入れしていない」となってしまうのでしょうか?
いや、苔もちゃんときれいに生やかそうとするなら、
やっぱりちゃんと手入れしなければいけないのでしょう。

今日の夕方も一仕事です。

これからの季節は夕方できた時間とか、
月曜日とかは、庭仕事かなあ。
と、いい夫を宣言して、自分にプレッシャーをかけておく。

で、今日の聖書は詩篇の93-104篇
その中で、心に留った言葉は102篇の19節(共同訳)
口語訳では18節なんだけれども、
訳され方はずいぶん違います。
ですからものすごく新鮮に感じたのだと思います。
私たちは賛美するために造られた。
神様をほめたたえるために造られた。
私を愛し、私のためにすべてを与えてくださった方を
賛美するために、
今も私と共に歩んでくださる方を賛美するために私は今も生かされている。

賛美は天国に行ってからも続くと言われます。
説教も祈りも天国に行ったらもうしない、
伝道もしない、
ただ、神様のすばらしさを賛美するのだといいます。

だから、この地上にあっても、
もっともっと賛美することを覚えたいと思います。
賛美することのすばらしさを知っていきたいと思います。
そのために造られたのですから。

主よ、
今日もあなたを賛美する者としてください。
あなたへの賛美が口をついて出てくるような歩みをさせてください。
あなたと共に歩む喜びを満たしてください。
喜びに溢れさせてください。
無理して賛美しなくても、
心から賛美が溢れてくるような者に、
私をしてください。

2006-03-27

主を賛美することは楽しい

今日は最低気温は2度くらいまで下がったけれども、
8時にはもう7度。
すっかり春です。

もう、何も言うことはありません。
今週は日ごとに暖かくなっていきます。

庭の手入れ日和です。
花粉、ホコリ対策をしっかりして、「やらなければ・・・」です。

今日は詩篇の88-92篇を読みました。
92篇の最初の言葉がいいですね。
「何と楽しいことであろうか、主に感謝をささげることは!」
日々、戦いがあります。
悩むこともあります。
でも、主に向かう時に、
主に目を向ける時に、
平安が与えられ、
目が開かれ、
立ち上がり、進んでいけます。
感謝が沸いてきます。
賛美が沸いてきます。

今までの歩みの中で、
落ち込んだ時に、
苦しい時に、
どれほど賛美で救われたことだろうか。
どれほど祈りの中で解決が与えられたことだろうか。
だから、やはり自分の日々の歩みの中で、
神に感謝をささげたり、
賛美をささげたりすることが、
本当に大切なことであり、
力であるかということを思わされます。

主よ、
今日もこのようにあなたに目を向けることができたことを、
あなたに賛美をささげ、感謝をささげることのすばらしさを
確認することができたことを、
感謝します。
あなたが今日も守ってください。
私は今日も支えられています。
どうか、弱さを覚えておられる方々、
祈る力や賛美する力さえ失ってしまった方々を、
どうか、守ってください。


2006-03-26

命の源

ここのところ、ちょっと更新の時間が遅いですね。
明日から、平常に戻します。

今日もやはり予想より暖かかったです。
11度くらいまでは行きました。
今も6度。
まあまあです。

これから先、どんどん、お天気ネタは、
なくなっていきます。
やはりお天気がエキサイトするのは、
冬ですよ。
春から秋は、まあね、という感じです。
Thunder stormは好きですが、
南部にいた時のようなエキサイトな感じはありません。
東京の方がワイルドでしょう。
バケツをひっくり返したような・・・というのがありますから・・・。

でも、今週はとにかく春めいてきます。
特に土曜日雨が降りますが、その前に南風が入って、
20度くらいまでいくと思います。

芝生の手入れはやはり明日だろうなあ。

今日の聖書は
詩篇の73-87編でした。
87編の最後の言葉、
「私の源はすべてあなたの中にある」
日本語として、あまり美しくはありませんが、
心に留る言葉です。
私の力の源、生きる元気の源は、
神様にある。
神様のうちにある。
他のものではなくて、
神様のうちにある。
他のものを喜びの源とするのではなくて、
神様を源とする歩み。

時々、自分も軸がずれていると感じる時があります。
正直なところ。
そんな時はやはりわかります。
自分でわかります。

そして、軸が戻された時、
神様が元気の源になった時、
ああ、ここに帰ってきたなあ、と思う。

神様、
あなたを人生の軸にして、
元気の源にして、
歩むことができることに心から感謝します。
どうか、あなたの命に、
あなたの元気に生かしてください。

私の軸をいつもいつもあなたに置くことができますように。
いつもあなたに立ち返ることができますように。

2006-03-25

日付が変わらないうちに・・・

元旦から、続けている毎日アップデートがとぎれないように、
12時前にスタートします。
今日もなかなかゆっくり更新することができませんで、
夜になってしまいました。

昨日も今日も予報よりも暖かかったですね。
昨日も13度、今日も11度まで行きました。
今も6度くらいあります。

これからもこの調子で、いい方に天気予報が外れて欲しいものです。
来週の後半には本当に春めいてくるでしょう!

今日の聖書は詩篇の63-72篇。
63篇の7節、「床につく時にも、御名を唱え、祈りを口ずさんで夜を過ごす」
という言葉が心に留りました。
夜、今晩も、この夜も、祈りながら休みたいと思いました。
主が休みを与えてくださる。
眠りを与えてくださる、
だから、祈りながら、過ごしたい、
そう思いました。
皆さんによく言うのですが、
夜中に目が覚めたら、それは
神様があなたを祈るために起こされたのだと、思ってください、と。
不眠症で苦しんでいる人には、
きつく感じられるかもしれません。
でも、やはりそうだと思います。
丸い地球で、
今、昼間を過ごしているあの人のために祈って欲しい、
今、夜を過ごしている、あの人のために祈って欲しい、と
主は私たちを起こされるのだと信じています。

主よ、
今日の一日を感謝します。
今日の祝福を感謝します。
どうか、今夜もあなたの守りの中で
あなたへの祈りの中に休ませてください。
あなたが起こしてくださった時に、
すぐ、祈ることができますように。
すぐ、あなたの思いがわかりますように。

2006-03-24

沈黙して神に向かう

昨日はちょっと疲れがたまっていたようで、
早く休んでしまいました。
今朝は5時に起床。
早寝早起きの方がいいですね。
日本にも電話しやすいし・・・。

今朝は1度くらいまで下がったでしょうか?
でも、朝の8時でもう7度もあります。
このまま晴れてくれたら、暖かくなるのでしょうが、
このあと曇って、肌寒い予報です。

でも、2週間先までの予報モデルを見ていると、
結構希望がわいてきます。
4月の初めに少し雪の可能性があるのですが、
それを過ぎると、何か春らしくなってきそうな感じです。
今、レタスの種を蒔くと、
ちょうど暖かくなった頃に苗ができて・・・
なんて考え始めています。
次に時間ができた時には園芸オヤジになっているかも。
でも、芝生の手入れも始めなければ・・・

また長くなる前に、聖書の話しに行きましょう。
今日は詩篇の47-62篇を読みました。
心に留ったのが62編に繰り返し出てくる言葉、
「わたしの魂よ、沈黙して、ただ神に向かえ」です。
沈黙して・・・。
大体こんなところで文字にしていること自体が、
神の前に「沈黙して」ということと矛盾しています。
だから、とにかく静まること。
あれやこれや考えること、
動き回ること、
対策を講じること、
それよりも、まず、神様の前に出て、
静まって、
神様が助けてくださる、
ささえて下さる、
ということを信頼していくことだと思います。
静かに祈りたい、静かに祈る時を持ちたい、
そのように思います。
自分ががなり立てるような祈りではなく、
主を待ち望むような祈りを捧げたいと思います。

主よ、
どうかわたしの心を守ってください。
あなたの前に歩むことができますように。
あなたを待ち望んで、
あなたから答えをいただいて、歩むことができますように。
小さなことも、あなたに祈り、答えをいただくことができますように。
主よ、お語り下さい。
わたしは口を閉じて、あなたを待ちます。


2006-03-23

力を捨てよ

いやあ、
今日はまた朝から走り回っていて、
更新の時間がありませんでした。

でも暖かかったですね。
気持ちのいい春の日でした。
12度まで上がりました。
そしてちょっと出先で時間ができた時に、

車の中で5分くらいウトウトしたのですが、
とても暖かくて気持ちよかったです。

今日の午後はLeoniaのJOYJOY Kids Club。
お借りしている教会の入り口にあるレンギョウの花です。


満開でした。

この先の天気ですが、
こんな天気のいいのは今日まで。
明日から日曜日までは肌寒い日が続くみたいです。

そして、にわか雨やにわか雪。
積るようなことはないでしょうけれども、
春が待ち遠しい天気となるでしょう。
月曜日には、またいい天気ですが、
風が冷たいみたいです。

昨日も今日も朝は6時前に目が覚めましたが、
ホント明るいですね。
でも、4月2日からはサマータイム。
今の朝6時が7時になってしまいます。

今日の聖書の箇所。
詩篇の36-46編を読みました。
特に心に留ったのは46編の「力を捨てよ」という言葉。
口語訳では「静まって」と訳されていますが、
新共同訳の言葉もいいですね。
もっと積極的に「力を捨てよ」というわけです。
私たちは力を持っている、力にしがみついている。
だから、意識的に、意志的に「力を捨てる」という経験が、必要なのではないか、
と思いました。

私にとっての力とは何か、
才能?周りの人の助け?自信?
それらを捨てて、
神様を一番に頼りにしていく、
それが自分の課題なんだろうと思います。
「私こそ神であることを知れ」
口語訳で慣れ親しんだ言葉です。
神が神であって、
神がすべてを支配しておられる力強い方であることを知ること、
私にとってとても大切なことだと思います。

主よ、
力を捨てよ、という言葉、
とても心に深く留りました。
捨てるべきモノが私にはまだまだたくさんあります。
あなたよりも他のモノをあてにしやすい者です。
どうか、あなたを、あなただけを見上げていく者としてください。
あなただけを信頼していく者としてください。




2006-03-22

どんな時にも

今日は月に1度のNY Dayです。
今日は朝は昨日よりぐっと冷え込みはゆるんで-2度でしたが、
すごく寒く感じました。

2つの理由でしょう。
1)風がある
2)自分が朝早くから外に出た+バスに乗り遅れて25分くらい待った。

まあ、主に2)の方ですね。
1月から始めた月に1度のNY Dayですが、
1月、2月より寒いみたいです。

で、今日はいつもよりバスが一本遅れたこともあるかもしれませんが、
先月もしたピープルウォッチ・帽子編ですが、
結構帽子かぶっている人多かったですね。
寒い時には帽子に限る、って本当だと思います。
ホテルのドアマンなんかはロシアの人がかぶるような、
ふわふわの帽子をかぶっていました。

でも、やはりスーツに帽子の人は少なかったかな。

天気予報ですが、
今日は天気がいいですが、
このあと週末にかけて、
雲が多く、
雨や雪もぱらぱらと降るかも、です。

なかなか暖かくなりそうにありません。
本格的な春は4月に入ってしばらくしてからでしょう。

で、今日の聖書。
今日はバスの中で、
詩篇26-35編を読みました。
心に留ったのは34編の最初のことば、
「わたしはどんな時にも主をたたえる」
どんな時にも・・・。
本当にどんな時にも主をたたえるって、言うのは簡単だけれども、
大変なことだと思う。
表題によるとダビデがサウル王を避けて、
アビメレクのところで、気が狂ったふりをした時の詩だというが、
そんな状況の中で、主をたたえる、って自分はできるだろうか?

今、自分は主を心からたたえているだろうか?
いろんな心配事がある中で、
心を痛めるようなことがある中で、
私自身は主をたたえているだろうか?
苦しい時、つらい時、痛い時、
主をたたえているだろうか?

たたえるような者となりたいと思う。
主を心からたたえるような者となりたいと思う。

昨日はほぼ1年ぶりに
BTのPrayer Meetingに行ってきました。
祈ること、大切ですね。
自分、ホントに神様の前に「牧師」という立場も何もなく、
一人の人間として出られるあの時は特別な時です。
今回はかみさんも一緒。
二人並んで神様の前に出られたのも良かったです。

で、Prayer Meetingの中で賛美した曲に
Here I am to Worshipという曲があったのですが、
その中で "Here I am to worship, here I am to bow down..."というくだりがあります。
その「私は神の前にひれ伏すために来ました」という言葉が、心に留りました。
私たちはみんな神様の前にひれ伏すために教会に来ている。
この姿勢が本当に大切だと思いました。

誰かが教会をコントロールしようとするのではない、
主の前にみんなひれ伏す。

主よ、
いつでもあなたをほめたたえることができますように。
痛みの中で、悩みの中でも、
あなたのすばらしさを知ることができますように。
無理をしてではなく、
心からあなたをほめたたえることができますように。

2006-03-21

自分の力ではなく神の力

今日の雪はやはりありませんでしたねー。
それよりも今朝の冷え込み。
-6度くらいまで下がりましたね。
寒かったです。
11時になっても3度くらいしかありません。
そして、この先を見ても、
今ほど寒いのはないと思いますが、
結構肌寒い日が多いみたいです。

今度の週末は少しにわか雨やにわか雪が降るかもしれません。
上空の低気圧、ってやつです。

日本では21日が春分でしたが、
こちらでは、時差の関係で20日でした。
でも、こちらでは春分と呼ばないで、
the first day of springなんですね。
春が昨日始まったんです。
実感的にはそうですよね。
日本の立春は2月の初め、一番寒い「寒中」を過ぎた時。
でも、2月の初めはまだまだ春って感じではないですから・・・。

ま、とにかく、早く暖かくなってくれ、と。

今日は詩篇16-25編を読みました。
特に心に留ったのは20編8節(新共同訳)。
馬を誇る者、戦車を誇る者、そういう人たちもいる。
でも、私たちは神を、神ご自身を誇る。
神ご自身の御力を待ち望む。
私たちの教会はこの地域では一目置かれるような、
マンパワーを持っているかもしれない。
でも、それが教会の力ではない。
それが教会のほこりになってはいけない。
ただ、主が、主の力が教会の中心で、
主の御業が教会の誇り、
主によって支えられている人々、
主によって造りかえられた人々、
それが、ただ、主の御業であることを、
感謝して喜んで、告白して止まない人々、
それが教会の力だ。

主よ、
どうかあなたの御業を拝させてください。
あなたの御力を見せてください。
もっともっとあなたによって造りかえられる方々を
起こしてください。
そして、あなたのすばらしい御業が
人々の目にも示されるほどに、
明らかにされるほどにしてください。

私はあなたを誇りとします。

あなただけを誇りとします。


2006-03-20

主の与える平安

今日も最低気温は-2度。
10時半になっても2.4度Cしかありません。
結構寒いですよね。
でも、ここ一両日が底で、
週末にかけて寒さもゆるんでくるでしょう。
そして来週後半くらいには春らしくなってくるのでは・・・。

火曜日の雪ですが、
今度はNAMから消えて、
GFSの方で少しかかってきています。
各社の予報でも20パーセントくらい。
だから、多分降らないだろうけど・・・、
という感じだと思います。
私もそう思っています。
多分降らないだろうけど、降ったらゴメン、みたいな。

いやあ、天気予報の仕事って大変だと思います。
基本的に悪い方に予想しておくべきだと思いますが、
(よい方に外れて言われる文句より、悪い方に外れて言われる文句の方がきついでしょう)
今朝も日本のニュースで冬山の遭難が相次いでいる、と言っていましたが、
海や山の方にとっては命が関わっていますから・・・。
都会人のように「降ったらゴメン」で済む話ではないですからね。

で、今日の聖書。
今日から詩篇に入りました。
詩篇、この通読が一気に終わってしまったら、
また一つずつ、丁寧に読みたいと思いました。
でも、今回は一気に1-15編。
心に留ったのは4編の最後の言葉。
(口語訳、新改訳と、新共同訳では節の付け方が少し違うので、とにかく最後の言葉)
あなたによって、私は平安の内に眠ることができる、
という言葉。

神様の与えて下さる平安、ということを思いめぐらしました。
神様が平安を与えて下さるから休むことができる、
これほどの幸いはないと思いました。
安心して眠れる。
それは本当にすばらしことだと思います。
今、自分は平安で眠れることが多い。
でも、いろんなことが起ってくると、
自分は眠れなくなる人間だということは経験から知っている。
だから、そんな中でも眠ることができるような主の与えて下さる平安、
状況に左右されない主の平安をいただきたいと思いました。

主よ、
あなたの平安を与えて下さい。
何も問題がないから休める平安を超えて、
問題の中でも与えられる、
状況に左右されない平安を私に与えて下さい。
どうか、あなたの平安で私を満たして下さい。

教会の一人一人にもその平安を与えて下さい。
主よ、あなたの平安を与えて下さい。

2006-03-19

聞くこと

昨日の記録をクリアすることを忘れていて、
今朝の最低気温はわからないのですが、
それほど冷え込みませんでしたね。
やはり-2度くらいかな。

今9時半ですが、2.3度C。
あまり高くは上がらないでしょう。
そして、火曜日の雪ですが、
まだGFSとNAMでは意見が分れていますが、
NAMでも、雪の量はたいしたことないと予想しています。
同じ低気圧の影響で、
今日から明日にかけて、
ネブラスカの方では60センチくらいの雪になりそうとか。
春の雪は降る時は降りますからねえ。

こっちもまだわかりません。

今日はヨブ記を最後まで読みました。
38-42章です。
神様がヨブに声をかけられるところです。
42章4節の神様の言葉が心に留りました。
「聞け、私が話す」
神様に聞くこと、
自分が語るのではなく、
自分が話すのではなく、
自分の思いを言って回るのではなく、
神様に聞くこと、
それが大切なことなんだと思いました。
何か、私に向かって語られているように思いました。
「聞け、わたしが話す」

主よ、
あなたに聞きます。
私が語るのではなく、
あなたに聞きます。
どうか、あなたの御声を聞かせてください。
あなたの語りかけを与えてください。
そして、あなたの語ってくださったこと、
私に語ってくださったことを、
分ち合うことができますように。

今日の礼拝も祝福してください。
一人一人を励まして送って下さい。
そして、あなたを中心とした、
御言葉に聞く、礼拝として下さい。

2006-03-18

神を信じているのに・・・

今朝は-2.5度C。
東京だったら十分真冬ですね。
昼頃でも4.5度Cです。
でも、とにかく太陽が明るい!
それだけで十分、ってかんじです。

で、来週の火曜日の雪ですが、
GFSでは昨日同様、寒くて晴れ。
低気圧は南にそれる予報です。
NAMがその低気圧がこちらの方に上がってきて、
少し雪を降らせる予報を出しています。

どっちをとるか?
春の雪も楽しいでしょうが、
やはりいろいろ大変なので、
南にそれて欲しいです。

今日の聖書はヨブ記32-37章。
エリフの言葉です。
このエリフは最後に神様に「間違ったことを言った」と言われた
3人とは別にされているので、このエリフの言ったことをどのように評価したらいいのか、
わからない部分があるのですが、
私自身は読んでいて、やはりこのエリフも他の3人と同じレベルのことを言っているように感じました。
逆にエリフが引用しているヨブの言葉に心が留りました。
34章9節の「神に喜ばれようとしても何の益もない」です。
もちろん、これは間違った言葉です。
でも、これはヨブの心からの本心の叫びだったのではないでしょうか?
気軽にこんなことを言うのは間違いでしょう。
でも、ヨブは真剣に神に従い、
1章でも2章でも、苦しみも神様が与えるものとして受け取っていたのです。
真剣に神にいつも祈っていたのです。
真実に歩んでいたのです。
その中でのこの苦しみ。
真剣に従ったことがなければ、
これは不遜な言葉でしょう。
でも、ヨブは本当に神に喜ばれる歩みをしたのです。
神がサタンに自慢するほどヨブを喜んでおられたのです。

「私は神に従っているのに、どうしてこんなことに出会うのだろうか」
この叫びはまさに主に真実に歩んでいる者たちが挙げる時に、
初めて意味のある言葉になるのではないでしょうか?

それほど真実に主に従いたいと思いました。

主よ、
私があなたの前に真実に歩めますように。
あなたの前に誠実に歩めますように。
こころから、
「私は主の前に歩んでいるのに、どうして・・・」と
心に一点の曇りもなく、
後ろめたい気持ちもなく、
心から叫ぶことができますように、
私の歩みを導いてください。
私をきよめ、
あなたの御心を行う者としてください。

2006-03-17

私から神が見えなくても、神から私は見えている

今朝は久々の氷点下。
-1.5度Cでした。
昼間はそこそこ上がって、
8度くらいだったでしょうか?
本当に明るくなりましたね。
窓の外を見るとああ春だなあ、と思います。
また日の当たっているところを歩くと、
気温ほど寒く感じません。

実際、もうこれから最低一週間は10度以上には行かないでしょうから、
これが当たり前だと思った方がいいですね。
accuweather.comでは15日間の予報・・・これ当たらないですが、
17日午後4時現在の予報で、ずっと10度以下です。

「先週末の暖かさをもう一度」なんて思わないことですよね。
大体、6-8月は暑い日が多いんですから。

あと、ずっと寒くて、一気に暖かくなった方が、
花粉症の期間が短くていいかも、
なんて楽観的な期待もしています。

突然、という感じですが、
来週火曜日に次の雪の可能性が出てきたみたいです。
これもあまり期待しないで注目していきましょう。

今日の聖書はヨブ記の22-31章です。
ヨブの友人達の言葉は乱暴な、短い言葉になってきます。
そんな中で、一つ一つ答えていくヨブの言葉の中で印象的だったのが、
23:10の言葉でした。
ヨブは自分から神様のことは見えなくなってしまっていたかもしれない、
神様のことがわからなくなっていたかもしれない。
でも、神様が自分をご覧になっておられることは、
自分の歩む道を見ておられることは
確信していたのです。

本当にそうだなあと思いました、。
私も自分の方から神様が見えなくなる時がある、
神様がわからなくなることがある。
どう祈ったらいいのか、
どう聞いたらいいのか、
わからなくなる時がある。
でも、そんな時も、神様の方は私のことをずっと見ていてくださる。
いつでもわかっていてくださる。
だから、安心していいんだ、と思いました。
この時だって、
「ヨブの信仰がおかしくなった」わけではないのだと思います。
でも、私たちは、神様のことがわからなくなると、
「自分の信仰がおかしくなった」と思うものです。
でも、主が確かに私のことを見ていてくださる、
それを信頼するのが私たちの歩み。

神様、
あなたがいつもいつも、
私があなたのことがわからなくなる時も、
共にいてくださること、
共に歩んでくださること、
私のことを見ていてくださること、
信頼して感謝します。
あなたを信頼する思い、
そこに生かしてください。
私の目を開いて、
あなたを見せてください。

今日、これからの集会を祝福してください。
あなたが共にいて下さることに、
私たちの目を開いてください。


2006-03-16

神が私を弁護してくださる

寒いですねー。
今朝の最低は0.0度。
ちょうどぴったり0度でした。
いやあ、一度暖かさを経験してしまうともうダメですね。
でも、これから数日、この寒さです。
というか、週末はもっと寒いと思います。

金曜日の雪の予報はすっかりなくなりました。
低気圧が南にそれて、
弱くなる、という予想に変わり、
なくなってしまいました。

次の可能性は、来週の後半ですね。
それまでは、大体晴れ。
それで朝は氷点下、
昼も10度以下の毎日です。
ここはじっと我慢ですね。

今日の聖書は
ヨブ記の15-21章です。
ヨブの友人達がヨブに
「何か罪があるのではないか、神を責める資格があるか?」
と責めるのですが、ヨブは、かえって、
「神様ご自身が私の味方になって下さる」
という思いに導かれていくのです。
特に16:19-20が心に留りました。
誰が味方になってくれなくても、
神が味方になってくれる、
それだけでいい、
ヨブは苦しみの中で、
自分を理解してくれない友の言葉に
傷つきながら、そのように思わされるのです。

私はどうかと思いました。
人がわかってくれることを求めて、
神の導きよりも、人の言葉に振り回されることのいかに多いことか。

神の前に真実に歩むことを本当に真剣に求めているだろうか、
そこに生きているだろうか、
そのように問われました。

それでいい、主が味方であればそれでいい。
もちろん、人もわかってくださる方々が与えられている、
でも、第一に神様に聞き、
神様の導かれるところに歩んでいく者でありたいと思いました。

神様、
いつも、あなたのみ声を聞いて歩む者として下さい。
あなたが味方してくださることに
感謝しながら、あなたの御心を求めて歩ませてください。
人のサポートを感謝すると共に、
人の顔色に支配されることがありませんように。

2006-03-15

神を信じるからこそ

今日はサーバーの調子が悪かったようで、
やっとアップデート出来ます。

今朝は久しぶりの1.5度。

明日の朝はもっと冷えて、
多分氷点下でしょう。

風が冷たくて、
昼間の温度も7度くらいまで。
冬に逆戻りですね。

風は今日で収まるでしょうが、
これくらいの気温、しばらく続くようです。


昨日は思ったよりも暖かくなって、
17度くらいまで行きました。
そして、クロッカスも全開しました。


これからどんどんいろんな花が咲いてくるのでしょう。
楽しみ楽しみ。

今日の聖書は、ヨブ記の8-14章を読みました。
ここら辺になると、ヨブの友人達の議論もあまりにも乱暴に思えてきます。
そして、ヨブの言葉の中に、きらりと光る言葉が出てきます。
今日は13:16が心に留りました。
神を信じているからこそ、苦しむ時に悩む。
神を信じていなかったら、
悩まないのかもしれない。
ただ、偶然重なったとか、
運が悪かったとか。
でも、神を信じるから、
神の力と神の愛を信じるから、
神の最善を信じるから、
私たちは悩むのではないだろうかと思う。

そして、愛しているから、
自分を愛し、
友人を愛し、
仲間を愛し、
家族を愛し、
周りの人々を愛して、
また尊いいのちを愛しているから、
「どうしてこんなことが・・・」
と思うのではないだろうか?

ヨブ記、自分には深すぎると思う。
本当に苦しみにあった時に、読んだら、
どんな風に感じるだろうかと思った。

神様、
あなたを信じ、
あなたと共に歩む幸いを感謝します。
あなたと共に歩んでいる中で、
感じる疑問、葛藤、
ごまかさないで、
あなたにぶつけていく勇気と力を与えてください。
苦しみの中を歩む時があったならば、
どうか、この聖書の言葉を思い出させてください。
苦しみの中で聖書を読む力さえも失ってしまうことがあったら、
どうか、このヨブの苦しみの中での叫びを思い出させてください。
そして、彼をあわれんで、
答えを下さったあなたのことを
思い出させてください。

2006-03-14

わかっているけど・・・と思うほどつらい時

今朝は暖かくてやはり10度以上。
今9時半ですが、やはり13度くらいあります。
でも、今日はこれ以上、上がりません。
逆に下がっていきます。
そして、夜には0度くらいに下がるようです。

しばらくは「忍耐」です。
4月になって、急に暖かくなって、
一気に花が満開になるのを待ちましょう。

こちらでは、
「3月はライオンのようにやってきて、羊のように去っていく」
という言葉があります。

天気のことだと思います。
3月の初めの頃はまだまだ冷たい空気が支配的な中に、
暖かい空気が無理矢理入ってこようとする、
それで、雷や竜巻が起りやすい。
また雪が降ったりすることも多い。
でも、終わる頃には、ずいぶん空気が混じってきて、
冷たい空気が弱くなって、安定してくる、
という意味です。

ここ数日、北東部は暖かくて、
lambの日みたいでしたが、
全米レベルで見ると、
たくさんの竜巻の被害があって、
まさにlionの日々でした。
そして、このあと数日は冷え込みますが、
全米レベルで見ると、ずいぶん安定した日が続くようです。

今日の聖書。
今日はヨブ記の3-7章。
2章まで模範生のようだったヨブが、
友人達の出現によって、
荒れるんです。
そして、読んでいると、
友人達の言葉の方が
「うーん、そうだよな」と納得する部分が多いのです。
そして、ヨブの方はというと、
「自分は生まれなければよかった」
「もう死んだ方がましだ」という表現が続きます。

どうなってしまったんだろうと思いますが、
それは多分、今、自分に痛みが与えられていないからかもしれません。
本当につらい中で、苦しんでいる中で、
感じることと、
日常生活が守られている中で感じることとは、
全く違うんだなあと思います。

だから、
7章16節のヨブの「いつまでも生きていたくない」
という言葉に、
「そんなこと言うなよ」
なんて簡単に言えないような気がします。

消えてしまいたい、
死んでしまいたい、

そのように感じるほどにつらい時、というのが、
私たちにはあるんじゃないかと思います。
そして、そんな時に、
紋切り型の通り一遍の言葉が届かない時、
ってあるんじゃないかと・・・。

神様、
今苦しんでいる人たち、
人の言葉も、
励ましの言葉も、
届かないほどの
痛みの中にある人たちに、
主よ、あなたが触れてください。
私たちに愛を与えてください。
その方々に届くほどの愛を与えてください。
届かない時に、それを受け止める愛を与えてください。

愛を与えてください。


2006-03-13

幸いをも災いをも

昨日の国際飢餓対策機構の先生をお迎えしての
礼拝と礼拝後の報告会、
本当にすばらしかったです。
短い時間でしたが、飢餓対策機構が
どんなに人々のことを愛し、考えて活動されているかが、よく分かりました。


そして、自分もそういう生き方がしたいと、
単純にそう思いました。

そして、先生達を無事、空港にお送りして・・・。

帰ってきたら、

庭でクロッカスが咲いていました。
昼間は開いていたのですが、
夕方にはしっかりつぼんでいます。


このクロッカス、
前から植わっていて、
毎年同じところに花を咲かせます。

明日また開くでしょうか?

今日は暖かい一日でした。
20度くらいまで行きましたね。また。
でも、party is overです。
明日からは現実に引き戻されます。
寒くなりますよー。
お気をつけて。
金曜日、雪の可能性あり。

たいしたことはないでしょうが・・・。

今日からヨブ記に進みます。
今日は1-2章を読みました。
急にすべてを失ったヨブ。
最後に残ったのは自分のいのちと妻の存在。
でも、その妻には冷たい言葉を受けます。
その中で、彼は
「主が幸いをも与えてくださるのだから、災いをも受けるべきだ」と
妻に語るのです。

今日は、単純に、
この言葉を自分もそのまま受け取りたい、
そのまま語りたいと思いました。
自分がそのような立場に置かれるのはいつか分かりません。
また、自分がその立場に置かれたら、
すぐにこの言葉が出てくるかどうか分かりません。
でも、このような生き方をしたいと思いました。
主はいろんなものを与えてくださっているのだから、
奪われるもの、失うものがあっても、
それも主の御手の中にあること、
と受け取ることができるようにと願います。

神様、
あなたの与えてくださっているたくさんのもの、
感謝します。
どうか、私の心に感謝を与えてください。
感謝を満たしてください。
どうか、あなたへの感謝を満たしてください。
そして、もしも、それを失うことがあっても、
悲しみ、痛みの中でも、
それを受け止める力を与えてください。

2006-03-12

人の思惑と神のみわざ

今日の朝も10度。
うーんいいですね。
でも、この暖かさ、うれしすぎて、
あさってから帰ってくる冬にちょっと恐れを感じています。

昨日も先生をお迎えするために準備をしつつ、
家族で春を感じていました。
解放感を感じていました。
でも、また寒くなると、体が縮こまるんですよね。

3月後半、ホントに寒くなりそうです。
覚悟しましょう。
でも、外は明るいですから、それが救いでしょう。

今日は暖かくて、午後は雷雨があるかもです。

今日の聖書はエステル記の後半、5-10章です。
ハマンのたくらみ、エステルの苦悩、モルデカイの期待、
そして、一番何も分かっていなかった王様。
いろいろな思惑が交錯しています。
また、ハマンは自分が王様に重んじられていることを喜んで、
6章では、王様はモルデカイに栄誉を与えようとしているのに、
それを自分に与えようとしているのだと勘違いをしています。
いろんな考えがみんなすれ違っているのです。

教会でもあります。
いろんな考えがすれ違っていきます。
同じクリスチャンだからと、
同じ教会のメンバーだからと、
みんな当たり前のように自分と同じ考えを持っていると思いこみます。
それが少しずれたりすると、
すれ違ったりすると、
それは本当は当たり前のことなんですが、
どういうわけか、「信じられない・・・」なんてことになります。

・・・甘えです。

教会でいうならば、お互いの声を聞くこと、
お互いの考えを表すこと、
それが大切なんだと思います。

エステル記でも、
最終的には「神の御心だけが堅く立つ」ということも
感じます。
でも、エステルが勇気を出して、
祈りつつ、自分の願いを王に表したこと、
それがターニングポイントになりました。

神の御心を信じて祈りつつ、
でも、その御心の中で、私のなすべきことは何かと、
問いつつ、進んでいきたい、そう思わされました。

主よ、
人にはいろいろな思惑があります。
それがすれ違ったり、
ぶつかったり。
私たちはそんな中で、あなたの御心だけが堅く立つ、
ということを知っています。
でも、その御心の中で、私のなすべきことが何か、
私は何をなすべきなのかを教えてください。
エステルが勇気をふるって、
王の前に出て行ったように、
私もある時には自分の存在をかけて、
対決する勇気を与えてください。

今日の礼拝にあなたのご臨在を表してください。
あなたの御力を拝させてください。

2006-03-11

この時のためにこそ・・・

今日も暖かかったですね。
昨日ほどではありませんでしたが、
それでも20度近くまで温度が上がりました。
今、夜の11時半。
11度もあります。

今日の夕方、
ロスから日本飢餓対策機構の辻本先生ご夫妻をお迎えしました。
ロスが寒くて、ニュージャージーが暖かくて、
驚いておられました。
先生方のお話を皆さんより一足先にいろいろお伺いして、
家族一同、すでに刺激を受けまくっております。
慣れないところに行くとすぐにお腹をこわす私は、
そちら方面の働きは無理だなあ、なんて勝手に思っておりましたが、
もしも、許されたら・・・なんて思い始めております。(影響受けやすい・・・)
明日の礼拝と礼拝後の報告会が楽しみです。

今日の聖書の言葉。
今日はエステル記に進み、4章まで読みました。
4章のモルデカイのエステルに対する言葉、
「あなたが王妃になったのはこのような日のためではなかったか・・・」
心に留りました。
今、私がここに生かされているのも、
ここにあることも、
この働きを与えられていることも、
この家族が与えられていることも、
友人が与えられていることも、
才能が与えられていることも、
すべて、意味がある。
神様の目的がある、
そのように思わされました。
そこに生かして頂きたい、
そのように思いました。
一つ一つの出来事の中で、
自分のなすべきことを
させて頂きたいと思います。
自分のなすべきことに気がつくことの大切さも
思わされました。

主よ、
私のなすべきことを教えてください。
今、私がここにいることの目的、
一つ一つの出会いが与えられている目的を
教えてください。
そして、そこに生かしてください。
気がつかせてください。
明日の礼拝を祝福してくださいますように。

2006-03-10

どんな賛美も及ばない主の御名

「春」が来ましたー!
すごい!朝は4度まで下がりましたが、
今午後3時ですが、23度ですよー。
ホント、春はいいですね。

家の中が20度、外が23度ですから、外の方が暖かいわけで、
家の窓をガンガン開けて、
外の空気を取り込んでおります。

まだ、花粉の心配もありませんし・・・。

明日も、あさっても、その次も、
ここまで上がらなくても、15度以上は大丈夫でしょう。

でも、でもですよ。
来週の後半は最高気温が5度くらいの予想です。
気をつけて下さいねー。
この寒暖の差が風邪ひきのもとです。

そして、今から注目が、
17日と24日、両方の金曜日です。
まあ、1週間先ですからね。
でも、winter stormの可能性もあります。

で、今日はネヘミヤ記の9-13章を読みました。
特に9章の賛美と祈りの言葉をゆっくりと読みました。
そして、その最初の賛美の言葉の中の、
「どんな賛美も及ばない神の御名」という言葉に目が留りました。
そうなんですよね。
当たり前のことなんですが、
私たちの賛美も
神様のすばらしさの前には
なんて稚拙なんだろうということになるのだなあ、
と思います。

神様のすばらしさの前には、
私たちはただ、言葉を忘れ、
感謝に溢れるだけ。
窓から外に目を向けると、
ああ、神様の造った世界はなんてすばらしいんだろうと、
そのことを感じさせられる一方で、
私たちの言葉なんかいらない、
と思います。
ただ、ただ、ゆっくりと動いていく時間の中で、
神様の恵みを感謝していきたいと思いました。

少し時間をいただいて、
祈るためだけに、
神様の大きさを感じるためだけに、
ゆっくり過ごすのもいいかも、と思います。

神様、
もっとあなたのすばらしさを知りたい。
もっとあなたのすばらしさの中に生きたい、
そう思います。
どうか教えて下さい。
どうか感じさせて下さい。
そして、歌を与えて下さい。
あなたの造られたものの中に、
あなたの恵みの導きの中に
歩んでいく者としてください。
両手を広げていっぱいに風を感じる者としてください。

2006-03-09

主ご自身を喜ぶこと

昨日もちょっと遅くなり、
今日も朝から、忙しくしていて、
うーん、ちょっと静まれなかったかなあ。
仕事の合間のできた時間で祈るのではなくて、
祈りの合間に仕事をする・・・。
なかなか難しいことだと思いました。
でも、今日もこのように短くても聖書を読んで祈れるのは幸い。

朝の家庭集会も、
午後のKids Clubもそれぞれ有意義な時でした。
多くの方々にお会いすることができて、
子供達も喜んで・・・。

更に一人一人の魂に触れるような働きができますように。

今日は12度まで温度が上がりました。
今、夜の11時ですが、7度もあります。
いいですねえ。
明日は18度まで上がる予想です。
午後は「春」でしょう。

明日も午前・夜・深夜と集会があります。
忙しさに飲み込まれてしまうことがありませんように・・・。

今日はネヘミヤ記の8章だけを読みました。
「主を喜ぶことはあなた方の力です」
いい言葉です。
主のどこを喜ぶのでもなく、
主が何をして下さったから喜ぶのでもなく、
「主を」喜ぶのです。
主ご自身すべてを喜ぶのです。
私たちのすべてを愛して下さっている
主にお答えして、
主ご自身を喜びとするのです。
ああ、やはり「祈りの合間の仕事」の方向性と通じるものがありますね。
主を喜びとできますように。
それが私の生活の中心となりますように。

主よ、
今日の一日をありがとうございます。
一つ一つの出会いをありがとうございます。
どうか一人一人の心の中に、
その奥底の魂の中に、
御言葉が留まりますように。
あなたの御言葉が一人一人のうちで芽を出し、実を結んでいきますように。

今日は夜になるかもです

今朝は暖かい朝。
5度Cもあった。
天気は曇りで一時雨。
これで晴れたらぽかぽか陽気なのでしょうが・・・。

土曜日にちょっと期待しています。

今日の更新は夜になってしまうかも、
それもちょっと遅く。

ではでは。
よい一日を祈りつつ。

2006-03-08

山が大きい時・・・

今朝は寒かったー、
って、-5度だったし、
別に外に長い時間いたわけではなかったんだけど、
だんだん暖かくなるぞー、っと楽しみにしていた分だけ、
寒かったです。

でも、順調に気温が上がり、
10時半で3.5度C。
もう、氷点下の朝は1週間くらいお別れです。
やったやった!
毎日、10度を超えるでしょ。
でも、雨とかも降るみたいです。
で、あまりそれに慣れすぎると、
来週後半から、また寒くなるのがしんどいかも・・・。
特に20日以降。

でも、「暑さ寒さも彼岸まで」のお彼岸が近いですからねえ。
4月はもう昼の方が夜より長いですからねえ。
4月といえば、サマータイムですよ。
あと1ヶ月もすると、サマータイム。
7時とかまで楽勝に明るいわけですね。
楽しみ楽しみ。
これで花粉さえなければ・・・。

で、聖書です。
今日はネヘミヤ記1?6章。
昨日のエズラ記に続いて、
捕囚からの帰還と、城壁、神殿の再建がテーマです。
今日は4章4節の民の嘆きの言葉に心が留りました。
山が大きいのです。
大きな山を目の前にして、
人々は力を失いました。
やる気が失せていました。
そんな中で、ネヘミヤは祈り、人々を励ましたのです。
このような力が失せるような出来事は時々あります。
無力感に襲われたり、
言葉にしがたい無気力に苛まれたり。
自分のことならまだ何とかなっても、
そんな気持ちに支配されてしまった人々を見ると、
どうしていいのか、分からなくなります。
ただ、待っていた方がいいのか、
それとも励ました方がいいのか、
そばにただたたずんでいるだけでいいのか、
一つ言葉をかけた方がいいのか、

神様、
どうかわたしの歩みを守ってください。
言葉を与えてください。
愛を与えてください。
私自身が行き詰まった時に、
あなたの言葉がどれだけ力になったでしょうか?
どうか、今行き詰まっている方に、
問題に捕らえられてしまっている方に、
無気力になったり、
鬱になってしまっている方に、
主よ、あなたの御言葉を語ってください。
もしも、私を用いられる時があるならば、
教えてください。
示してください。



2006-03-07

神の前に身をかがめ・・・

今朝は-3度C。
ここのところ、大体こんなもんですね。
今9時前ですが、もうプラスの1度になっています。
朝が氷点下になるのも明日までかな。
週末に向けてどんどん春めいてきます。
楽しみ楽しみ。
花粉症対策も始めておかなければ・・・。

昨日の午前中は地区の牧師会。
夜はNYでVIP Clubの集まり。
このVIP Clubは
神の目から見て、Very Important Personという意味でのVIP(^^)
とってもよかったです。
リラックスした集まりでした。
30人以上来られていました。
たくさん語りを入れながらギターを弾いてくださったH氏。
とっても深い人柄が現れていました。
教会でもやってほしいなあーです。
それから喜びに溢れて、
「今このように自分が神様のすばらしさを語っていること自体が神様のすばらしさの証です」
と生き生きとお話ししてくださったN氏。
こちらも教会でも・・・と思いました。
礼拝の中に証しタイムも入れちゃおうかなあ。
自分が育った深川教会では、ありましたよ。礼拝の中に証しタイム。
そして、聖書からのメッセージは私自身がお話ししましたが、
聖書の言葉にはいつも感動です。
感謝。

今朝は教会で朝の祈り会。
といっても、誰も来られず一人祈りの時でした。
でも、神様に語られて、恵まれて、帰ってきた時にはゴキゲン。
ハレルヤ!

春に向けて、
ちょっと早いかなあ、と思いつつ、
どうしても、なんか種を蒔きたい症候群に襲われています。
多分、今日にでも、レタスの種を蒔いてしまうでしょう。
家の中で苗を作って、
育った苗もヨーグルトのカップ再利用の植木鉢に植えておけば、
遅霜が来ても、家の中に避難させればいいんだから・・・と自分に言い聞かせています。

ということで、聖書の言葉。
今日はエズラ記を読みました。
一気に10章全部。
バビロン捕囚からイスラエルの人々が帰ってくるところです。
今日心に留ったのは8章で、エズラが神の前に旅の安全を祈るところです。
彼は王様から護衛をつけてもらうことにためらいを覚えました。
自分の信仰が試されているかのように感じたのです。
そこで、彼は人々に告げて、断食して祈ろう、というのです。
昨日出会ったある方も、
教会が試練を通る中で、
みんながとにかく祈ろう、共に祈ろう、というところへと導かれたことを
お話ししてくださいました。
エズラは「神の前に身をかがめて」祈った、と書かれています。
本当にそのように主の前に出て祈る者でありたいと思います。
断食してでも、
とにかく集中して祈ったのでした。
自分もそのような時が必要であることを感じています。

神様、
私もあなたの前に出て祈ります。
他のことから解放されて祈る時を持ちたいと思います。
どうかわたしを導いてください。
私をその深みへと導いてください。
祈りの喜び中で歩む者としてください。
あなたが守り、ささえて下さる方であることを、
いつもいつも感じることができますように。


2006-03-06

安息の時

昨日は暖かくなって、
プラスの7度くらいまで行きました。
雪もすっかり融けました。
で、今朝の最低気温も-2.4度C。
冬の最後のあがきでしょうか?
もう一あがきあるんでしょうか?
この先10日間の予報を見てみると、
冷たい空気は主にアメリカの西半分に流れ込むみたいです。

東京では「春一番」が吹いたようですが、
これは立春の後に最初に吹く暖かい南風。
アメリカ北東部では、おそらく今度の土曜日あたり、
そんな日になるのでは・・・。

それで思い出しましたが、
東京とニューヨーク、
寒さの厳しさは大きく違いますが、
同じ「大陸の東側」にあって、
結構気候的に似ている+東京の天気が1週間遅れでNYでも起る、
という、考え方があります。
これ、teleconnectionといって、
本当に専門家が言っていたりします。
さて、今度の週末、ニュージャージー版「春一番」は吹くでしょうか?

で、今日の聖書。
今日は歴代誌下の29-36章を読みました。
ヒゼキヤの生涯から、エルサレムの滅亡まで、
歴代誌の最後まで行ってしまいました。
歴代誌の最後のところ、
エルサレムがバビロンのネブカデネザル王によって滅ぼされてしまった時、
その地は「安息を得た」という言葉が心に留りました。
心に留る、と言うよりは最初には「ひっかかった」と言ったらいいでしょうか?
何が安息なんだろう、と思いました。
神の裁きによって滅ぼされた王国、
征服されてしまった地、
何が「安息」なんだろうか、と思いました。
でも、その言葉を思いめぐらし、
いくつかの本を読んでいる中で、
神様がパレスチナ=イスラエルの地に無理矢理にでも「安息」を与えられたのでは?
そんな思いが与えられました。
私たちには本当に「安息」が必要なんだ、
安息の中に生きることが必要なんだ、
と思いました。

今日、私は安息日です。
いろんなことがありますが、
それでも安息日です。
「今日は返上かなあ」と思いつつ、
でも、「やっぱり安息日」と思いました。

何時間かでも、
ただ、主と共に歩むことだけを思い、
主の許に休らい、
出かける時にも、リラックスした集まりに参加して、
主の許で安らぎたいと思いました。

安息日は「何もしていない自分」にも価値を見いだしていく日、
「何もしていない自分」も主は愛し受け入れてくださっていることを、
感謝する日。
心から感謝しました。

主よ、
あなたが私に安息日を与えてくださっていることに心から感謝します。
今日の一日を感謝します。
あなたの平安を覚える者としてください。
自分の存在自体を受け入れてくださっていること、
何かをしている、あなたのために何かをしている私ではなく、
私の存在自体を受け入れてくださっていることに、
心から感謝します。

今日の一日をあなたの喜びと平安で満たしてください。

2006-03-05

喜んでささげた

今朝の最低気温は-2度。
ずいぶん冷え込みはゆるんできました。
この調子で行くと、今日は6-7度まで行くのでは???

そして、毎朝氷点下が続くのも多分水曜日くらいまで。
だんだん暖かくなります!
今週の後半はもう春かな、って感じでしょう。

春になると、
今年はどんな野菜を育てようかなー、とワクワクしてきます。
芝生の手入れもちゃんとしないといけないんだけどね。
庭掃除も・・・。

春から夏はお天気牧師から、
お野菜牧師になってしまうかもしれません。
「野菜を大切にする以上に、人を大切に・・・」
ですよね。
でも、イエス様が「野の花を見てご覧なさい」と言われたように、
草花から学ぶこと、教えられることは大きいです。

今日は長くならないうちに聖書の言葉。
今日は歴代誌下の21-28章を読みました。
心に留ったのは、
24章で、ヨアシュ王の時、
祭司達が献金のアピールをすることをためらっていたのですが、
それを王が叱責して、アピールをした時に、
「高官も民も皆喜んで持ってきて、溢れるまでに箱に投げ入れた」
というところです。
私も献金のアピールはあまりしません。
義務と感じて欲しくないし、
イエス様の救いのすばらしさを知って、経験して、
喜びに溢れたら、誰にいわれなくても、
ガンガンささげるだろうと思うからです。
でも、この記事を読んで、思わされました。
自分は本当に皆さんを信じてアピールをしないのか、
神様の恵みを信頼してアピールをしないのか、
ただ、恐れているだけなのではないのか、
ただ、皆さんを信頼していないだけなのではないだろうかと。
もっと信じようと思いました。
もっと信じて、アピールすべき時にはしようと思いました。
喜んでささげる人々を主は用意しておられるんだからと・・・。

神様、
私の不信仰をおゆるし下さい。
その不信仰が「信仰」の皮をかぶったものであったことに、
罪深さを思い知らされています。
どうか、あなたを信頼して、
人々を信頼して、大胆に語る者としてください。
主よ、あなたが一切の必要を満たしてください。
すべてを与えてくださいますように。
勇気を与えてください。
恐れを取り除き、
人々を愛する者としてください。
ささげものをする祝福を、
思いっきりささげる祝福を経験する方々が更に起こされますように。

2006-03-04

私たちは弱いけど

寒いですねー。
今朝はやはり-6度。
そして、昼間、天気がよくて、
温度は上がっていますが、
3度止まりかな。

今朝は早朝祈祷会に行ってきたので、
更新が遅くなりました。

昨日の情報で、
この週末がSuper Stormの10周年、と書いたけれども、
それは間違い。

あれは94年にアトランタからNJに来る前だから、
93年だね。
もう13年前。
96年はBlizzardでした。
それは1月で、もうNJにいました。

東京でも86年、僕が大学を出た年、
聖書学院に入った年に、
3月末に大雪ありましたよね。
多摩地区ではホントにすごい雪。
日曜日で、ウチのあった、江東区では昼頃まで雨でしたが、
ニュースを見たら、渋谷は雪。
そして、ウチの方も、1時頃にみるみる雪に変わっていきました。

今年は春の大雪あるのでしょうか?

今日はお天気ネタだけではなく、
プリンターネタも一つ。
昨年の末に、
クレジットカードを使ってたまったポイントで、
調子の悪くなったプリンターと壊れたスキャナーを買い換えて、
両方が一つになっているC社のmp800というやつを
買いました・・・というか、ポイントでタダ。

買う前に、いろいろ価格.comとかで、
評判をチェックして、
研究したんですよ。

そして、これはCDとかDVDにも直接印刷出来る!
ということで、それもいいなあ、と思っていたわけです。
JOYJOY Campとかで、
キャンプの写真のCDとか、
スライドショーのDVDとか、
ラベルを印刷して貼って配っていたのですが、
それがはがれたり、
また反ったりするみたいで、
貼るのはよくないらしいんですね。
元々印刷用にできたDVDを買って、
それに直接印刷した方がいいんですね。
だから、これがいい!と決めました。

そして、CD印刷以外のことは、
いろいろ使っていました。
快適でした。

しかーし。

購入後一ヶ月くらい経ってから、
印刷用のDVD+Rを買って、
さあ、印刷してみようと思って気がついたのです。
ない、ない、ない、なーい!
どこを見ても、
どうやったら印刷出来るのか、
説明しているのがないんですねー。
なにー?と思い、
箱を見ても、HPを見ても、
CDやDVDのラベル印刷について何にも書いていないんです。

冷や汗がでました。
まさか・・・。

それで調べたら、やっぱりその「まさか」でした。

そのCDとかDVDに印刷出来る機能は、
北アメリカバージョンでは使えなくなっていることが・・・。

ゲーッと思いました。

何!っと思いました。

うかつにも、
それまで、一生懸命調べていたのは、
日本の情報。
英語版でもイギリスの情報とかも検索で引っかかってきます。
日本やヨーロッパで売られているものと、
アメリカで売られているものが違う、
それは良くあることですが、
全く型番が同じなら、電圧とか、ちょっと違ったとしても、
できることは同じだと思うじゃないですか!
型番は同じなのに、
アメリカ版では使えなくなっているとは・・・。
トホホ。

でもでも、
そんなことではめげません。
めげませーん。絶対に!
こんなサイトを発見して、やってみました。

日本から部品(トレー)を取り寄せて、
・・・その取り寄せにも、
「在庫がない」ということで、1ヶ月待ち。
取り寄せても、なかなかうまくいかなくて、
解決に3日かかりました。
ここにちょっと苦労の足跡を残しました。
英語、ちょっと変ですけどね。
(もちろん、空いた時間を見つけて・・・の3日間ですよ・・・念のため。)

C社もいろいろな都合で、
このような制限をしておられるのでしょうが・・・。

とにかく疲れましたが、最終的には大満足です。

ということで、
またまた長くなりましたが、
今日の聖書です。
今日読んだのは歴代誌下の17-20章。
ヨシャパテ王のところです。
心に留ったのは、20:12の言葉。
王様の祈りの言葉です。
「私たちには、攻めて来るこの大軍を迎え撃つ力はなく、
何をすべきか分からず、ただ、あなたを仰ぐことしかできません」
一国の主ともあろう者が、
敵を目の前にして、このような祈りを捧げるとは!
私も牧師として、このようなことが果たして言えるだろうかと思います。
やはりかっこいいことを言いたい、
こんなビジョンでやっています、
こんな見通しがあります、
必ず勝利です、
と言いたい。
「私には力がありません、何をしたらいいのかも分かりません、ただ、神様に頼るだけです」
そんなこと言えるだろうかなあ、と思います。
でも、本当にそうだったら、そのようにはっきり言うべきなんだと思いました。
そこに主が働いてくださって、勝利を与えてくださるんだなあ、と思いました。
主は私たちの弱いところに力を注いでくださる!
強がりは止めよう。
ありのままでいいんだ。

主よ、
ヨシャパテ王を救ってくださってありがとうございます。
あなたは今もこのようなことをしてくださる方であることを
信頼します。
あなたは御言葉通りに御業をなしてくださる方であることを信じます。
どうかどうか、私の弱さに、
教会の弱さに、
教会の一人一人の弱さに、
あなたの大きな力を、
あなたの圧倒的な力を表してください。
そのようなあなたの力を受け取ることのできる、
柔らかい器としてください。

2006-03-03

強く見えるものに頼るか、本当に強いものに頼るか

昨日は低い方になりましたね。
7-10センチくらい?
SleetやFreezing Rainが結構長くて、
止んでる時もあったし・・・。

今朝の最低は-6.4度C。
結構冷え込みました。
ですから、多分ガチガチに凍っていることでしょう。
(昨日の夜のうちに車をきれいにしておくんだったと後悔中・・・)

今日は一日氷点下でしょう。
ぎりぎりプラスになるかも・・・ですが、
とにかくまたさぶい。でしょうね。

でも、今のところ多分、
来週半ばまでは天気がよくて、
崩れそうな来週後半には
暖かくなりそうです?!
1月みたいに!
いやあれは異常でしたが、
今度はホントに春の足音です。
たのしみたのしみ。

でも、その来週の週末というのは、
SuperStormの10周年です。
その直前までアトランタは春だったのですが、
その時は吹雪でした・・・らしい。
その時は大学の春休みでフロリダに遊びに行っていた・・・。
帰れない・・・。
ものすごい風。
道の両側には竜巻の通った跡。
ガソリンを入れようと思っても、
停電でガソリンスタンド軒並みクローズ。
フロリダからジョージアに入る頃には、
もう雪がちらほら・・・。
アトランタへの帰還は断念。メーコンまで行って一泊。
こんなんだったら、フロリダで一日遊んでおいたらよかった・・・でした。

翌日、やっと帰ったアトランタは一面の銀世界でした。

長くなりました。

今日の聖書。
今日は歴代誌下8-16章。
ソロモンの後半から、レハベアム、アビヤ、アサと4人の王様が出てきました。
最後のアサ王のところで、
敵の大軍が襲ってきた時には、
神に頼ったので、神が勝利を与えてくださったこと、
しかし、その後に他の敵が戦いを仕掛けてきた時は、
他の王に頼って、勝利を得たこと、
そして最後には、そのことを譴責した預言者を投獄したこと、
考えさせられました。
本気で神様を頼っているだろうか?
本当に神様が導いてくださるなら、
本当に神様が与えてくださるなら、
勝利を与えられるのだと、
本気で信じているだろうか。
やっぱり人間的な力に頼っていないだろうか?
強く見えるものに頼っていないだろうか、
本気で神様を信頼しているだろうか、と思わされました。

自分がこのアサ王の立場だったらどうしただろうか・・・と。

バカのように、
本気で主を信頼するものとなりたいと思いました。
そのような歩みをしようと思いました。
計算高くなりたくないと思いました。

主よ、
あなたを信頼します。
どうか、あなたの御業を見せてください。
あなたが私の生涯に勝利を与え、
すべての必要を満たし、
すべてを与え、
私に元気を与え、
喜びを満たしてくださる方であることを、
信じます。
他のものに頼ることがありませんように。

2006-03-02

主が共におられて

やっぱり雪です。
8時頃から降り始めました。
最低気温は-3度でしたが、
今は上がって-1.2度です。
本格的になるのは午後から、といっていましたが、
すでにうっすらと白くなっています。
ここのところ冷え込んでいたので、
アスファルトもすぐに白くなりました。

学校も休みにならなかったし、
集会もできるでしょうが、
皆さん来られるでしょうか?
あ、早く終わってしまう可能性もありますよね。

今日の予想は10-20センチ。
今からこの調子だと、20センチの方が可能性が高いかも。

明日からはまた寒くて、
来週後半にやっと暖かくなるみたいです。

今日の聖書。
今日は歴代誌下1-7章を読みました。
ソロモンの歩みが書かれています。
特に神殿奉献の様子が中心です。

今日は読み始めて最初の言葉に釘付けになりました。
「彼の神、主が共にいて、彼を高め偉大な者とされた。」
何が、というわけではないのですが、
この言葉が心に留りました。
神が高めてくださる時に、
私たちは大いに用いられると。
「何もできません」とか、
「私なんか」なんていう必要はない。
ただ、ただ、
主が大きく用いてくださることを、
主が高めてくださることを、
待ち望んでいきたいと思いました。

主よ、
私を用いてください。
私は弱く小さな存在です。
でも、でも、
あなたが大きく用いてくださるなら、
それはうれしいことです。
ただ、あなたの御業を妨げることがないように、
あなたが大きなことをしようとしているのに、
私たちがそれを邪魔することがないように、
あなたの用い方に喜んで従うことができるように、
助けてください。

あなたご自身が私を満たし、
私をささえて下さる方であって下さいますように。

2006-03-01

warningが出ましたね

午後になって、
winter storm warningが出ましたね。
4-7インチ、つまり10-18センチくらい。
たいしたことがないことを祈りつつ。

来週の火曜日のstormは大きく東にそれて、
大西洋で発達するようです。

すべては主が与えてくださったもの

今朝も-5.1度C。
そこそこ冷えましたが、ずいぶんゆるみました。
今11時で外は2.0度。
プラスです。

今朝になって、天気予報が大きく変わり、
明日は予想よりもずっと寒くなり、
雨ではなくて、雪になりそうです。
また低気圧も発達しそうで、
最大で20センチくらいの積雪があるかもしれません。

でも、今回、本当にわかりません。
ちょうど雪と雨のボーダーラインなんですね。
それにもしかして、
低気圧がもっと南を通ったら、
ちょっとだけ雪、
という可能性もあります。

とにかく、学校が休みになったり、
家庭集会ができなくなったりしないように祈るだけです。

今日の聖書は歴代誌上の21-29章。
歴代誌上は3日間で読んでしまいました。
今日、心に留ったのは、
29章のダビデの祈り、
その中の「私がささげた物は、元々あなたが与えてくださったものです」という言葉。
本当にそうだなあ、と思いました。
普段、忘れているなあ、と思いました。
私の時間も、
私の持っている物も、
お金も、
また才能やしてきたことも、
神様が与えてくださっている物なのだと思いました。
そのことを忘れやすい者だと思いました。

特に、時間のことを思います。
神様が与えてくださったこの地上での時間。
それを自分はどのように主にお返ししているだろうかと。
大切に使わせて頂きたい、
そして、主のために思いっきりいきたいと思いました。

主よ、
あなたの与えてくださった時のゆえに感謝します。
あなたの与えてくださった生活の糧のために感謝します。
あなたが与えてくださっていることに感謝します。
そのことを忘れることがないように守ってください。
今日、もう一度思い出させてくださってありがとうございます。
あなたと共に生きる一日としてください。

明日の雪に大きな影響が出ませんように、
集会を持つことができますように。
出会う一人一人に祝福がありますように。

2006-02-28

主が家を建てる

今朝はまた冷えました。
最低気温は-8.7度。
またちょっと雪が降ったのでしょうか、
Dustingくらい、雪が残っています。

今日も寒いでしょう。
でも、これも今日まで。
だんだん寒さがゆるんできます。
ただ、明日の夜は雪の予報。
「寒さがゆるむと天気は崩れる」
というのも結構あたっている傾向だと思います。
木曜日は家庭集会もあるので、
学校が休みになったりしないように祈ります。

来週の初めはどうなるか、
まだまだわかりません。
今日はまだ火曜日ですから・・・。
昨日紹介したGFSは昨夜の計算では、
ずっと東にそれる予想を出していました。
それが当たると、
何にもなかったかのような、
「ちょっと寒い日」になります。

では、今日の聖書。
今日は歴代誌下17-20章を読みました。
今日心に留ったのは、
ダビデが神殿を建てようとした時に、
与えられた言葉。
「主があなたのために家を建てる」
という言葉。
私たちが「神様のために何をしようか」という前に、
主が私たちのためにどれほどのことをしてくださっているか、
どれほどのことをしてくださったか、
してくださるのか、
そちらの方に目を向けたいと思った。
会堂建築のために祈りつつ、
何年が過ぎただろうか。
私たちの熱意がどうだろうか、ということ以上に、
「主が建ててくださるのだ」と信じているだろうか。
と思わされた。
主が与えてくださる。
主が必要な時に、
導いてくださって、
必要を満たしてくださって、
場所を与えてくださって、
導いてくださる、
それを信じて、祈って、備えて、
あの荒野を旅した時のイスラエルの民のように、
雲が上って、主が導かれる時に、
それを見逃さないように、備えていたいと思った。

主よ、
あなたが与え、
あなたが時を示してくださることを信じます。
どうか、導いてください。
あなたの御業、
あなたの御力を見せてください。
一切の必要を満たしてくださる方であることを、
経験させてください。


2006-02-27

氷山の一角

いやあ、今日も寒かったですね。
って、今日はゆっくり休ませて頂きましたが・・・。

でも、ちょっと外に出るだけでも、寒い寒い。

今朝の最低が-9.0度C。
最高気温も-0.2度C。

今夕方の6時ですが、
-3.6度Cです。
今夜も冷えますね。

昨日の洗礼式はよかったです、って、
いつも洗礼式はうれしいですよね。
ハンツビルも熱いようですが、
こっちも熱いです。


今週の注目は水曜日の夜から木曜日の朝。
雪だと家庭集会ができなくなるので、
学校が休みになるような雪は遠慮願いたいのですが、
低気圧の進路によっては、
雪かもです。

その次は来週の月、火あたりです。
今日の昼にGFSというコンピューターモデルが、
下のような予想を出してきました。
これが当たったらまた大雪です。
それで、この低気圧、めちゃくちゃスピードが遅いです。
でも、もちろん、一週間先のことはわかりません。


では今日の聖書。
今日から歴代誌下。
最初は名前ばかりなので、ガンガン進んで1-16章。
ダビデが王になって、
契約の箱をエルサレムに持ってきたところまで読みました。
名前がたくさん続いた後だったこともあり、
16章のダビデの賛美と祈りの言葉、
一つ一つが心に留りました。
全世界の主。
この3000年も前に、
世界の人々に対して、
この主こそ神、と叫んだダビデ。
その大胆さを持たせて頂きたいと思いました。
「帝国主義的」とか言われるのは嫌だ、とか、
そんなことを恐れている自分が小さいなあ、と思います。

氷山の一角、
先週の金曜日に信徒勉強会で、
祈りの生活のことをたとえて語った言葉ですが、
氷山は9割が水の中。
水の上にでているのはたった1割ほど。
その氷山の見えているものの下には
大きな9割がある。
私たちの祈りの生活もそうだと思いました。
見えない部分を大切にしたいと思いました。
だから、本当に賛美になったり説教になったりと
言う部分は、その見えないところに
どれほどのものがあるかが大切なんですね。

神様、
私の祈りの生活を祝福してください。
あなたと共にsweetな時間を過ごすことが
できますように。
その中に喜びをいただき、
その喜びを持って、
このページを更新したり、
集会でメッセージを語ったり、
訪問したり、電話したり、
することができますように。
あなたと共にある時間を祝福してください。

今日、休息をありがとうございました。

2006-02-26

今日は洗礼式!

寒いですねー。
今朝は最低が-8.8度C。
今夜はもっと寒くなるみたいです。
多分、今年最後でしょう。
どんどん春が近づいてきていますからねー。

昨日は結局更新出来ませんでした。
ですから、今日は二日分です。

昨日の聖書は、
列王記下17-20章です。
ヒゼキヤ王のところです。
心に留ったのは、19章の31節の「万軍の主の熱情がこれを成就される」という言葉です。
主の熱い思い。
主は熱い思いで私たちのために
御業をしてくださる。
そういう方なのだと思わされました。
そして、その主は私たちのためにイエス様を与えてくださった、
ということにおいて、一番熱い方です。
私に対しても、熱い思いを持っておられる。
私にも熱い思いを注いでくださる。
感謝。

そして、今日のところは
列王記下の21-25章。
悪王マナセ王からエルサレム陥落のところまでです。
その間にヨシヤ王の申命記改革があります。
ヨシヤ王が埋もれていた申命記を発見した時に、
「ああ、神はこのような警告を与えておられたのに、何ということだ」
と自分たちの罪を悔い、
神の前に泣いた、とあります。
神の前に泣く。
自分の罪のために、
自分達の罪のために、
自分の周りの人々の罪のために、
泣く。
もう一度新鮮な思いで読ませて頂きました。
主の前に泣く。
それほど純真な、
それほど、まっすぐな心を持ちたいと思いました。

神様
今日は日曜日です。
洗礼式もあります。
感謝します。
とてもうれしいです。
どうか、洗礼を受けられる方々、
そして、教会の一人一人が
神様のすばらしさを感じる、その様な一時とならせてください。
喜びの礼拝としてください。
慰めの礼拝としてください。
癒しの礼拝としてください。

今日、
みんなで礼拝が守れることを感謝します。

2006-02-25

教会行ってきます。

今朝も寒かったですね。
-3.6度C。
今日はこれから教会学校の先生方のトレーニングなので、
夕方まで教会缶詰です。
夕方からはユースのプログラムです。
帰ってくるのが9時頃ですから、
今夜更新出来るか・・・。

聖書は読んでお祈りもしたのですが、
ここに書く時にはまたちょっと落ち着きたいので、
今夜か、明日になってしまうかもしれません。

今日は一時雨か雪。
午後からは冷たい風が吹きます。
今夜からは冷えて、明日、月曜日、火曜日と
氷点下でしょう。
お風邪などお召しにならないように。
ではでは。

2006-02-24

神に聞くのか、まねをするのか

今朝の最低気温は-0.8度C。
昨夜最後に見た時から、途中で少し上がって、
また明け方下がったみたいですね。

それほど厳しい冷え込みではありませんでした。
でも、とても風が強くなるようです。
そして、明日は雨か雪かも。
一日降ったり止んだり、みたいな予報です。

そして、何度も書いていますが、
日曜日からが鬼寒です。

今週は学校が休みのところが多く、
今日の午前中は教会の集まりがありませんが、
明日、教会学校の先生方のトレーニングなので、
今日はその準備ともう2つほどの仕事があります。
でも、昨日伺った話のように
「仕事の合間に祈るのではなく、祈りの合間に仕事をする」
ですよね。

あと、昨日のJOYJOY Kids Clubは
あの会場にしてはたくさんの19人の子供達が集まりました。
にぎやかでたのしい集まりでした。
いつも来ている子で、来れなかった子達もいたので、
それは残念でしたが・・・。

では、聖書。
今朝は列王記下9-16章を読みました。
心に留り、思いめぐらされたのが、
16章のアハズ王が自分の国には主の神殿があり、
主から示されて作られた祭壇があるのに、
ダマスコで大きな祭壇を見て、
びっくりして、
いいなあ、と思って、(そこまでは書いていなくて、想像なのですが)
エルサレムにもそれを作らせたところです。

私もいろんなことに影響されやすい方です。
人のまねをすることの多い方です。
それがいいこともあるでしょう。
でも、主にそれを求めないで、
主に聞かないでしていることはないだろうかと思いました。

主が示される方向に進んでいきたいと思いました。
主が導かれる一本の筋の通った働きをさせて頂きたいと思いました。

祈りの合間に働きがある。
もう、昨日から何回もそのことを繰り返し思わされています。
とにかく主と共に歩む者でありたいと思います。

主よ、
今日の私の時間もあなたのものです。
あなたの御手の中にささげます。
どうか導き、ささえて下さい。
なすべきことを教えて下さい。
人のまねではなく、あなたの与えて下さる道を歩む者としてください。

2006-02-23

天の倉が開かれたら

今日は何か暖かく感じました。
でも、夕方、一時雨が降って、
その後寒くなってきたと思います。

あっというまに夜になって、
今日もあと45分。
今-0.6度Cです。
この後真夜中過ぎに一時雪となり、
朝まで冷え込むでしょう。

そして、とにかく日曜日からが寒いです。

今日の朝の祈り会は
日本からゲストの松本先生をお迎えして、
とてもすばらしい祈り会となりました。
その先生のメッセージの中で、
「つとめの合間に祈りがあるのではなく、
祈りの合間につとめがあるのが本当だ」といわれた言葉、
心に留まりました。

いろんな奉仕があり、
仕事があるのですが、
それらはすべて祈りの合間にすべきことですね。
生活の底に流れるのが、祈り、という歩みをしたいです。

では、12時前に、今日の聖書。
列王記下5-8章を読みました。
その中で心に留ったのは、
エリシャが「明日には食べるものがたくさんあるようになっている」
と預言した時に、「天の窓が開かれても、そんなことはない」と言った、
王の僕が、「あなたはそれを見るが、食べることはない」といわれたところです。
「天の窓が開かれても、そんなことはあるわけがない」と
私たちは思っていないだろうか。
そんなことはあるわけはないと
決めてはいないだろうか?と。
神様には何でもできないことはないと、
本気で信じていないのではないだろうかと。

天の窓が開かれるのを待ち望もうと思いました。
そして、その奇跡を見せて頂きたいと思いました。

神様、
あなたには不可能はありません。
不信仰にも、
神様でもここまではできないだろう、
などと思うことがありませんように、
あなたがいつもいつも、
最高のことをして下さることを、
すばらしいことをして下さることを、
信頼して歩んでいくことができますように。

今夜もお守り下さい。
教会に連なる一人一人をお守り下さい。

今日は暖かいです

昨日は雨も雪も降りませんでしたね。(たぶん・・・)
昨日のNYは、先月ほどではありませんでしたが、
何人かの方とお会いして、14000歩、歩きました。
いい運動です。
そして、幸いな時です。

今日はまた夕方から夜にかけて、
一時雨か雪。
わかりませんが・・・。
そして、土曜日ももしかしたら、
一時雪。
そして・・・
日曜日から火曜日にかけて
激寒です。
もしかして、この冬で一番寒い3日間になるかもです。
バス通勤、電車通勤の方お気をつけて。

今日の聖書のみことばは夜になると思います。

これから祈り会です。

2006-02-22

神の恵みを受ける器

今、ミッドタウンの
Public Libraryにいます。
NYに着いてみたら、
結構暖かでした。

実は今日バスターミナルから早朝祈祷会の
会場のマクドナルドまで歩く中で、
したことがあるのですが、
それはみんなどんな帽子をかぶっているかを観察することでした。
私自身は中学生の時の学生帽以来帽子をかぶらない方で、
たまに野球帽をかぶるくらいなんですが、
こちらの冬は厳しいので、
外を歩くのは帽子が欲しくなります。

「足が冷えたら頭を暖めろ」というくらい、
体の熱は頭から逃げていくそうです。
そうですよね。
帽子をかぶっていなかったら、
冷たい空気にさらされているのは
首から上だけですからね。

だけどスーツにオーバーという格好に似合う帽子は何だろうなあ、
と思って、観察したのです。

でも、実際は帽子をかぶっている方は本当にわずかでした。
それも、ジーンズにジャケットなので
野球帽でいい、という方が多かったです。
スーツに帽子の方はおられませんでした。

来月のNYの早朝はもっと暖かいでしょうから、
次の観察は来年ですね。

では、聖書の言葉。
今日は列王記下の1-4章です。
エリヤからエリシャに預言者のつとめは受け継がれていきます。
今日心に留ったのは、
4章の最初のところで、
エリシャが貧しいやもめのために
油を出すところです。
彼が「もっと油を入れる器はないか」
と聞いて、
「もうありません」
と言った時に、
油は止ったのです。

これは私たちの信仰の姿勢のことをも言っているのだと思いました。
神様が私たちに恵みを、聖霊様を注ごうとされている。
だから、空っぽの器がもっともっと必要なんだと、
求める心があれば、注がれるのだと思いました。

私たちの心にいろんなものがたまって、
渦巻いて、それが聖霊様の注ぎの邪魔をしているのではないかと。

求めることを止める時に、
注がれるのは止ってしまうのだと、
思いました。

主よ、
聖霊様の注ぎをお与え下さい。
もっともっとお与え下さい。
満たしてください。
あなたの恵みの中に生かしてください。
それが止ることがないように、
止めるものがないように、
満たし続けてください。

今朝も寒い!

朝の6時で-5.7度C。
これからバスでNYに向かいます。
風がそんなにないのが救いでしょう。

昨日車でラジオを聞いていたら
今夜はにわか雪、という予報をしていましたが、
果たしてどうなるんでしょうか?

今日はNYでいろんな方々にお会いする日です。
更新のチャンスがあれば、
聖書の言葉をどこかでアップします。

ではでは。

2006-02-21

姑息な考えを尽くしても

寒いですねえ。
今朝も-6度C。
でも、これが平年の気温だそうですね。
明日の朝はNYの早朝祈祷会に行く日なので、
朝6時20分頃にバスに乗りますが、
今のところ予想は-4度。
毎朝、バスや電車で通勤されている皆さん、
大変なんですね。

車も、外に出しておくと、
ガチガチに凍って、
それから、車に乗ってもしばらく手がかじかみますが、
やはりバスや電車を待つ方が大変でしょう。

今日は6度くらいまで上がる予想です。
明日も同じくらい。
またNYの一日は楽しみです。
たくさん歩くことでしょう。

では、今日の聖書。
今日は列王記上20-22章です。
アハブ王の横暴と、その最期です。
今日、心に留ったのは、
22章でアハブ王が亡くなる時に、
彼は変装していたのに、敵の一人が何の気なしに放った矢が、
彼の鎧のすきまに当たったことでした。
アハブ王は「あなたの民は野原でさまようようになる」という
ミカヤの預言を聞いて、
不安を覚えたのでしょう。
ヨシャパテには王の鎧を着るように言っておいて、
自分は一兵卒に変装して軍に紛れ込んだのです。
そんな精一杯の知恵も、
関係ありませんでした。
主の御手の中では、
そんな姑息な手段も意味はありませんでした。
それがアハブ王だとも知らずに弓を引いた
敵の矢が当たりました。
それも、胸当てと草ずりの間に当たるなんて・・・。

私たちも主の御手の中にあることを、
忘れないでいたいと思いました。
神様の御手の中にあるのだから、
真実に、
そしてありのまま、
生きたい、と思いました。

主よ、
あなたの御手の中にあるのですね。
人の知恵を尽くして、
何とか抜け道をつくって、
なんてする必要はないんですね。
あなたの前に真実に歩ませてください。
いつもあなたの前に歩ませてください。
あなたが愛してくださっていること、
ひとり子をさえも与えてくださっていること、
そのあなたの愛をいつも覚えながら、
歩ませてください。
私の心を守ってください。
私の頭を、
私の目を、
私の手を、
私の口を、
私の足を、
守ってください。
あなたと共に歩ませてください。

2006-02-20

見えていないだけ

昨日は寒かったですねえ。
一日氷点下でした。
今朝も-8度Cくらい。
でも、今日はプラスになります。
晴れ。
うーん、教会的にはうれしいんだけど、
お天気的にはあまり変化のない一週間になりそうです。
だんだん寒さがゆるんで、
また、先週と同じように、週末に向けてまた急に寒くなる、
そんな感じだと思います。

アラバマとかまで寒そうですね。
南部の方はfreezing rainとかの危険もありです。

で、聖書。
今日は列王記上15-19章。
いよいよエリヤの登場です。
エリヤは預言者でした。
そのエリヤが人々を神のもとに帰らせるために、
警告を発したり、奇跡を起こしたりしている中で、
19章で急に弱きになって、
孤独を感じ、
もう死んでしまいたい、
と思った様子が書かれています。

大胆に神のメッセージを語っていたエリヤがなぜ急に、
と不思議に思いますが、
でも、こういうこともあるのだと感じます。
昨日まで「ハレルヤ!」と叫んでいた神の僕が、
今日は、しゅんとなって、孤独を感じて、
落ち込んでいる、そういうこともあります。
でも、今日心に留ったのは、
そこに与えられた神のメッセージ。
「私は7000人を残しておいた」
私たちがたとえ孤独を感じるような時でも、
本当は同じ思いの人がいる。
それに気がつかないだけ。

見えていないだけ。

昨日の説教の中でも語らせて頂いたけれども、
本当に単に見えていないだけ。
そういうことが私たちにはどれほどあるだろうかと思う。

目を開いてください。
そう思った。
神を信じ、人を信じる心を持ちたいと思った。

主よ、
御言葉に感謝します。
あのエリヤも、
落ち込むことがあったなんて・・・。
でも、あなたはそこに語ってくださいました。

「あなたは一人ではない」と。

あなたが共にいて下さるだけではなくて、
共に歩む仲間をも与えてくださっていることに
感謝します。

私の目を開いてください。
私の目を開いて、
あなたの愛を、
人々の愛を
もっともっとわかる者としてください。

私の目を開いて、
もっともっと人の痛みがわかる人にしてください。

2006-02-19

神の選びと傲慢

昨日は寒かったですね。
小雪も舞いました。
昨日の夜9時半頃帰ってきたら、
もう気温は-10度になっていました。
その後、ずっと-10度に張り付いたまま。
朝7時を過ぎて、やっと少しずつ、上がりはじめています。
でも、今日は一日氷点下です。

明日から少しずつ暖かくなってくるでしょう。
でも、今週天気がどうなるかはまだわからない部分が多すぎます。
でも、とにかくまた後半から来週にかけて寒くなるようです。

来週はもう3月が始まりますよね。
春が早く来て欲しくなってきました。

では、今日の聖書箇所。
列王記上11-14章でした。
ソロモン王が神に背き、
その子レハベアムの時にヤラベアムが立って、
王国が分裂するところです。
今日はヤラベアムが神に選ばれ、
「私に従いなさい」と言われていたのに、
いざ王になってみると、
傲慢になって、自分の好き勝手に、
都合に合わせて、神を作り、
祭司を立てて、自分の宗教を作ったのです。

どうしてだろうなあ、と思いました。
そして、人間の弱さを思いました。
自分はどうだろうかと思いました。

ただ、神様に従いたいと思いました。
神様に祈り、神様から答えをいただきたいと思いました。
いろいろな人間的な力に振り回されたくないと思いました。
自分の中の弱さを思いました。

主よ、
私たちを教会にしてください。
私たちの教会を教会にしてください。
あなたの前にひざまずき、
あなたのあなたの栄光を拝する者としてください。
あなたの輝きの前にひれ伏す者としてください。

今日の礼拝を祝福してください。
今日の教会学校を祝福してください。
今日の役員会を祝福してください。
私たちを一つにしてください。