2007-09-12
総理、大丈夫?
朝は16度。
昼間も20度台前半、
そして湿度も低い!
快適な一日でした。
夜になったら寒くて窓を閉めるくらいです。
夜の11時過ぎですが、
15度を切りました。
明日の朝は10度を切るかもしれません。
このまま秋らしい日が続くようです。
昨日なぜか寝付きが悪く、
3時半頃まで寝られませんでした。
で、そのころにコンピューターを開くと、
「安倍総理辞任」のニュース・・・。
日本では、何で今頃・・・???という反応みたいですが、
わたしもそうでした。
理解に苦しみます。
でも、その一方で、もういっぱいいっぱいだったんだろうなあと思います。
去年の今頃日本で渋谷に出た時に、
晋三さんが街頭演説をしておられて、
ものすごい人でした。
ものすごい人気でした。
でも、その期待に応えられずに、
ボロボロになっていたんでしょうね。
あの自殺した大臣もいましたが、
そんなことになる前に無理をしない、
というのは本当は賢明なのではないでしょうか。
「なんでこんな人を首相にしていたんだ」
「無責任」
「理解不能」
といわれてもしょうがないタイミングですが、
命には代えられないわけで・・・。
早速病院に入られたようですね。
わたしは正しい優先順位だと思います。
まあ、我々凡人の知らないような陰の事情があるのかもしれませんが・・・。
さて、今日の聖書。
箴言の22章を読みました。
「あなたが主に拠り頼むことができるように、
私はきょう、特にあなたに教える。
私はあなたのために、
勧告と知識についての三十句を書いたではないか。
これはあなたに真理のことばの確かさを教え、
あなたを遣わした者に
真理のことばを持ち帰らせるためである。」
19-21節です。
特に「私はきょう、特にあなたを教える」という言葉が心にとまりました。
主は「特に」教えてくださることがある。
それも、「今日」特に教えてくださることがある。
今日は朝から夜までいろんな方や、
いろんな本を通しても、
いろいろなことを教えられました。
その中で一番心に残っていることば、
ある他の教会の方の言葉ですが、
「弟子訓練の中で一番大切なのは、
それを通して、自分を明け渡すことではないかと思います」
本当にそうだと思いました。
また目が開かれるような思いがしました。
知的な学びよりも、何よりも、
霊的な導きを通して、
ただ洗礼を受けただけではない、
「自分を明け渡すことを経験していく」ことが、
どれほど大切なことかと思わされました。
主よ、
私自身、あなたに自分を明け渡して、
従っているでしょうか?
私は本当にあなたに従っているでしょうか?
教えてください。
私を訓練して、明け渡すことを
また新しい経験として知ることができますように。
2007-09-11
6年
でも、夜には雨も上がり、
涼しくなってきました。
夜の11時過ぎで、21度。
湿度がまだまだ高いので、
「さわやか」とはいえませんが、
涼しい風が入ってきます。
明日からは本格的にさわやかになってくると思います。
明後日の朝は10度Cを切る予報が出ています。
風邪をひいておられる方も多いようですね。
お気をつけて。
あの日から6年。
忘れてはいけないという思いと、
余り思い出したくない思いと。
去年はどのように過ごしていたのか、と思って、
去年のページを見たら、
ちょうどNewarkの空港でその時間を迎えていました。
今年は家で静かに過ごしていました。
テロそのものも本当に痛みでしたが、
それと共に、吹き荒れたナショナリズムも痛みでした。
それまで9年間住んで、わかっていたつもりの
アメリカが、変わってしまったようにも感じました。
変わってしまったのか、
表面に出てなかったものが出てきただけなのか・・・。
あの日、
「戦争が始まるな・・・」と当たり前のように感じたのは、
心のどこかで、後者の方だと思っていたからなのかもしれません。
そして、今、イラクにたくさんの若者が派遣されながら、
またイラクではたくさんの人々が命を落としながら、
こちらでは、何もないかのような日常が動いていることが、
いいことなのか、どうか、わからないでいます。
あの日から1ヶ月後に発売になったiPodが
世界全体で累計で1億1千万台を突破したそうです。
やっぱり平和なんでしょうか。
でも、あの日の朝までの平和が「見せかけの平和」であったように、
今のNJでの日常の平和も「見せかけ」なのかもしれない、
そんな風に思ってしまいます。
もう一度、一人一人の心から始まる
本当の平和を求める歩みを再出発したいと思いました。
まず最初に、自分の心の中に平和があふれますように、
どんな波風の中でも、びくともしない、平和を与えてください、
そのように祈ります。
そして、平和を広げていくものでありたいと思います。
さて、今日の聖書。
今日は箴言21章でした。
「主の前では、
どんな知恵も英知もはかりごとも、役に立たない。
馬は戦いの日のために備えられる。
しかし救いは主による。」
30-31節。
最初に31節の方に目がとまりました。
そして、思いました。
「結局、馬は備えるべきなんだろうか、備えなくてもいいんだろうか?」と。
備えるだろうなあ、といつも思わされます。
でも、30節を見ると、
そんなのは役に立たない、と言われているようにも見えます。
そこで、今読んでいる聖書が対訳なので、
NIVの訳を読んでみました。
"There is no wisdom, so insight, no plan that can succeed against the LORD."
against the LORD
なんですね。
主に敵対する知恵、英知、計画は役に立たない、のですね。
だから、主を信頼して、
主を計算に入れた知恵、計画は必要なんですよね。
でも、どこまで行っても、
勝利を与えるのは神様。
主に祈り、主に求め、信頼して歩んでいきたいと思いました。
明日は早くでて、一日NYです。
主よ、
あなたが知恵を与えてください。
自分勝手な、独りよがりな知恵ではなく、
あなたからいただく、あなたに支えられた知恵を与えてください。
明日の一日をお守りください。
一つ一つの出会いが祝福されますように。
2007-09-10
御名をあがめさせてくださって、感謝。
暑さは大したことがなくて、
26度くらいまででしたが、
湿度が80パーセントとかで、
とにかくベタベタ。
にわか雨もありました。
でも涼しくはなってくれなくて、
湿度が上がっただけ、って感じ。
今は夜の10時半ですが、23度くらい。
でも、湿度が高くて、家の中は熱気が残っています。
明日の夜あたりまでは相変わらず湿度が高い状態が続きそうです。
そして、天気予報を見ると、明日の夜12時頃からどんどんdew pointが下がってきて、 過ごしやすくなるでしょう。
その後、しばらくは過ごしやすい天気が続いて、いよいよ「秋本番!」かな?
昨日の礼拝メッセージは、
主の祈りの言葉「御名をあがめさせたまえ」をからでした。
第1ポイントで、「御名があがめられるように、あなたの御力を表してください」との祈りをお話ししましたが、早速、昨日の礼拝後、一人の方が「洗礼を受けたい」と申し出てこられて、心から主の御名をあがめました。
というか、昨日の説教を思い出しながら、
ああ、本当に主が応えてくださったなあ、と今日になって、改めて主をあがめました。
私たちはすぐ感謝を忘れてしまいがちですよね。
心から感謝しつつ。
またこれからの準備の中で、さらに心の目が開かれていきますように。
さて、今日の聖書。
今日は箴言の20章。
「なまけ者は冬には耕さない。
それゆえ、刈り入れ時に求めても、何もない。」
4節の言葉。
冬って自分にとって何を指しているのかと思います。
何も収穫がないように見える時、
何も育っていないかのように見える時、
何をしても無駄のように感じる時・・・。
そんなときにも「耕すこと」
それはまた何かと思います。
「自分自身を見つめて、学ぶこと」
「地道な努力をすること、こつこつと働くこと」
「すぐに成果が出ることを期待しないで、順序正しく、できることをすること」
どれも苦手なことなんだと感じます。
すぐに形が見えたり、
結果が表れることを求めるところがあります。
でも、そうじゃなくていい。
いや、そうじゃないことが大切。
カンフル剤を入れて、がーっと盛り上がって、
でも、それが切れたら、落ちて、
こりゃまずい、とカンフル剤を入れて・・・
とやっていたら、体がボロボロになってしまいますよね。
こつこつと冬に畑を耕す者にになろうと思いました。
主よ、
感謝します。
あなたをあがめます。
洗礼を受ける決心をされた方の故に心から感謝します。
そのためにも冬に畑を耕しておられた方々の存在があったことを
知っています。
私自身も、そのような働きをさせてください。
こつこつと冬に畑を耕す者となれますように。
2007-09-09
茶髪王子
昼間は何度だったか知りませんが、
朝だけちょっと涼しくて、
昼間暑くて、
夜はまた蒸し暑いです。
今は、真夜中の12時ですが、
やはり25度あります。
明日の後半から涼しくなってくるようですが、
助けてほしいです。
ガブリエルちゃんは、
弱いTropical Stormのまま、ノースキャロライナに上陸しました。
大騒ぎをした割には、
大したことはなかったようです。
まあ、よいことだったのですが・・・。
今日の礼拝は、
残念ながら体調を崩されたりして、
来られなかった方々も結構おいでだったのですが、
ミシガンから、びっくり、突然のゲストが来られて、とてもうれしかったです。
実は先週は週の半ばにも、ミシガンから他の突然のゲストが来られました。
みんながうらやましがるから、余り言わないできましたが、
出張で来られていたときにちょっと立ち寄ってくださいました。
私はちょっと出かけていて、来られたときはいなかったのですが、
「ピンポンダッシュ」とまでは行かないですが、
「ピンポン押して隠れる」って登場の仕方だったそうです。
まるで少年。
実はその日の3時頃、
突然、学校に行っているはずの息子から電話。
「ねえ、髪の毛染めていい?」
私が40歳過ぎから始めたことを(ちょっと意味が違うが・・・)、
16歳の分際で、ありえない、
日本の高校だったら、「黒くしてこい!」みたいな感じだと思い、
即答できっぱり「やめなさい!」と返事。
でも、その話を聞いたのんちは、「え~、どんな頭して帰ってくるかな~」
・・・ちょっと楽しみにしてるみたい。
結局その日はふつうの頭で帰宅。
どうやらサッカー部のみんなで金髪に染めた(脱色した?)みたいで、
あと息子を入れて2人くらいだけだったみたいな話。
しかーし、
翌日また3時頃。
「ねえ、いい?」
どうやら、もう一人の子も茶髪にする決意をしたらしい。
もう、ちょっとわくわくしていたのんちの反応もあったので、
「勝手にしなさい!」
と答えました。
結果・・・
・・・素直に、勝手にして帰ってきました。
しっかり眉毛黒いじゃん。
まあ、しっかりサッカーで活躍してもらわないと・・・。
今日、初めてこの頭で教会に行って、
「みんな、結構似合っているって言ってたよ」とご機嫌。
オイオイ・・・。
さてさて、今日の聖書。
今日は箴言の19章でした。
「人の心には多くの計画がある。 しかし主のはかりごとだけが成る。」
21節の言葉です。
最近祈ってきたことに対する、主の答えだと思いました。
人の思いはいろいろある、でも、私は主のなさることを見ていこうと。
肩の力がぐーっと抜けていくのを感じました。
いろんなことを考えたり心配することはない。
主のなさろうとすることが実現するのだから。
誰かの考えが通るとか、通らないとか、
そういうことしか見えないのが私たちだけれども、
本当は主の御心がなされているのだ。
これからも、いろんな考えのある中で、
神様の御心がなっていく、
ものすごい安心感がありました。
本当に主の最善を信じて、
委ねていきたいと思いました。
主よ、
いろんな考えがあります。
どうしてそう考えるんだろうと、互いに不思議になるときがあります。
でも、最終的にはあなたの御心がなるんですよね。
すべてはあなたの御手の中にあるんですよね。
だから、安心してあなたに従っていきます。
あなたに委ねます。
あなたの与えてくださるこの不思議な平安の故に、
心から感謝します。
2007-09-08
明日は教会!
昼間の最高は34度。
もう9月の8日になるのにですよ・・・。
今、夜の12時ですが、26度近くあります。
湿度も高いです。
明日も引き続き蒸し暑い日になりそうです。
いやあ、キツイです。
雷雨もあるかも・・・という予報です。
そして、ガブリエルちゃんその後。
今日は昨日の「sub」が取れて、
正真正銘のtropical stormになりました。
でも、発達する暇もなく、
明日、North Calorinaに上陸する見込みです。
そして急に東にハンドルを切って、
NJの遙か南東を通っていくようです。
ですから、たいした影響はないみたいです。
でも、火曜日くらいまでは湿気が高くて、
にわか雨が降りやすい日が続くようです。
早く秋に帰ってきてほしい・・・。
さて、今日はもう遅いので、
あっさりと聖書の言葉へ。
箴言の18章でした。
「人の心は病苦をも忍ぶ。
しかし、ひしがれた心にだれが耐えるだろうか。」
14節の言葉です。
もう一度、心の大切さを思わされます。
病で苦しむときに、
何とか、ここから解放されたいと思います。
そのように祈ります。
でも、その病の中で、心が支えられるならば、
それは力です。
でも、心が弱くなってしまったら、
それはどうすることができるでしょうか?
心が強くされますようにと祈らされます。
自分のためにも、
また人のためにも、
心が強くされますようにと祈ります。
主よ、
どうか、私の心を守ってください。
どうか、一人一人の心を守ってください。
今、困難で苦しんでいる方の心に、
あなたの力を与えてください。
それが救いですから。
それが何よりも力ですから。
もちろん、主よ、
私は癒しを祈ります。
また問題の解決を祈ります。
でも、それに勝って、
あなたの守りが心に与えられますように。
2007-09-07
scam
32度まで上がりました。
そして、夜になっても蒸し暑いです。
もうすぐ、真夜中の12時になるのですが、
25度あります。
明日も蒸し暑いでしょう。
というか、しばらく蒸し暑いでしょう。
そして、とうとうガブリエルちゃん(しつこいようですが、「エ」にアクセント)が誕生しました。
ふつうのTropical Stormではなくて、
Subtropical Stormといって、
「半分熱帯性」低気圧ってことでしょうね。
この後ハリケーンに発達する可能性もあります。
しばらく蒸し暑く、
雨も降りやすい日が続くと思います。
今日のタイトルの「scam」ですが、
Emailの普及と共に広がっているのですが、
詐欺の一種。
もちろん、電話や郵便でもあります。
ちなみに今回は郵便。
でも、今回のは正確には「詐欺」じゃないんでしょうね。
ちゃんとよく読めば説明してあるから・・・。
今週の初めに、こんな手紙が教会に来ていました。
(興味のある人は、クリックしてもいいですよ。40代でも読める字の大きさになります)
ちょっと読むと、インターネットのドメインの登録が切れるから、9月10日までに払ってくださいねえ、という請求書のように見えます。
このドメインというのは、JCCNJで言えば、
jccofnj.orgのこと。
この名前をうちの教会にください、と申し込んでお金を払っているわけです。
ちなみに元々、jccnj.orgがほしかったのですが、
こちらは先にJewish Community Center of Central NJだかに取られてしまって、
・・・jcccnjにすればいいのにねえ・・・
泣く泣くjccofnj.orgにしたわけです。
でも、本題に戻って、この手紙ですが、
よく読めば、search engineに登録するのに64ドルとか言っているわけですよね。
そんなのGoogleとかYahooとか、みんなタダで、勝手に出てくるわけで、
お金払うもんじゃないわけですよ。
よく読めば、jccofnj.orgを使うためにお金を請求されているのではないのですが、
最初の黄色いところに、
http://www.jccofnj.org/ will expire on Sept 10, 2007 Act Today
なんて書いてあるから、どきどきしちゃうわけですよね。
念のため、教会のそっちの方の担当の方に問い合わせようと思い、
「でも、待てよ、Googleで検索してみよう」と気がついて、
検索したら、一発で出てきました。
やっぱりscam。
それも、教会を集中的にねらっているみたいですね。
「だまされやすい」「お人好し」「世間知らず」と思われているんでしょうか。
裏にも私なんか絶対読めないような小さな字で、いろいろたくさん書いてあるんです。
もちろん、面倒+見えない・・・だから、読みたくない。
てゆーか、読めない。
で、年間64ドルだったら、面倒だから、払っちゃえ。
「あなたのHPを探すのが大変になっちゃいますよ」なんて言われたら、
やっぱり、ちゃんとやっとかなきゃ・・・
担当者に確認するほどでもないし、
事後報告でいいでしょう。
ということになってしまうんでしょうか。
それも、丁寧に「2年分119ドル」の欄に勝手にチェックまでしてある・・・
さて、今日の聖書。
今日は箴言の17章でした。
「そむきの罪をおおう者は、愛を追い求める者。」
9節の言葉です。
先日の信徒勉強会で学んだ、
「破れ口に立つモーセ」を思い出しました。
背く民のために、
神様の前に立って、とりなしをしたモーセ。
自分の永遠の命さえかけて、
人々を赦してください、と祈りました。
自分はそのようにしてきただろうかと、
問われたような気がしました。
破れ口に立ってとりなすものを、
主は求めておられると聖書は語っています。
そのような愛を持ったものになりたいと思いました。
そのような生き方へと招かれているように思いました。
無責任な、「なんでもいいよ」という赦しではなく、
責任を持ちつつ、とりなしをしていく、
そのような者でありたいと思いました。
主よ、
イエスさまが私の罪を覆ってくださったことに感謝します。
どうか、私にも破れ口に立つ愛を与えてください。
なすべきことを教えてください。
愛することを教えてください。
2007-09-06
ガス冷蔵庫
昼間はそれほど感じませんでしたが、
夜になっても、温度が余り下がりません。
夜10時半になっても23度あります。
日本の台風は大変だったみたいですね。
風も大変だったでしょうが、
それよりも雨がひどかったようです。
こちらのガブリエルちゃんですが、
まだ、影も形もありません、というと言いすぎですが、
まだまだです。
今日になってから、各天気予報はガブリエルちゃんのことは、
トーンダウンしました。
もしかしたら、何もなかったかのように週末が過ぎるかもしれません。
それはまた感謝すべきことです。
今日、家庭集会の後、
皆さんで話しているときに思い出したのですが、
「ガス冷蔵庫」ってありましたよね。
その場にはどなたも知っておられる方がいなくて、
自分の記憶を疑ってしまったのですが、
確かに、子供の頃に、「冷蔵庫の下の窓から種火がついてるかどうか確認して・・・」
と言われて、のぞき込んだ記憶があるんです。
小学生の頃ですから、
昭和40年代の後半の方だと思います。
教会の冷蔵庫はガス冷蔵庫でした。
「え~、そんなのあるの?」
「氷を入れておくやつじゃなくて・・・?」(そこまで古くはない!)
「氷の次が、電気だよ」
そんな声に、最近自分の記憶に自信を失っている私としては、
「そんなことはない、絶対にあった!」
とは言い切れないでいました。
でも、さっき調べたら、ちゃんとあるじゃないですか、
ガス冷蔵庫。
東京ガスのサイトにちゃんと紹介されています。
今でも、キャンピングカー用、船舶用とかあるみたいですね。
自分の記憶も捨てたもんじゃない、と思いつつ、
そうやって、昔のことをやたら思い出して、
最近のことを何でもすぐに忘れてしまうことこそが、
結構アブナイかもしれませんが。
さて、今日の聖書。
今日は箴言の16章。
いろんな言葉が心にとまったのですが、
一番、心に響いたのは、
「人は自分の行いがことごとく純粋だと思う。
しかし主は人のたましいの値うちをはかられる。
あなたのしようとすることを主にゆだねよ。
そうすれば、あなたの計画はゆるがない。 」
2-3節の言葉です。
今の自分の祈りの課題に対する答えのように思いました。
「主にゆだねる、信頼する」歩みをさせて頂きたいと思いました。
自分の計画、自分の考え、それをまた自分で一生懸命やっていこうというのではなくて、
主の御手にゆだねて、主の御手を信頼して、
歩んでいきたいと思いました。
自分が純粋だと思うことも、
主の前に持ち出して、
主に判断していただいて、
きよめていただいて、
へりくだって歩んでいきたいと思います。
主よ、
私の計画もあなたにゆだねます。
あなたが導いてください。
あなたの御心をなしてください。
あなたの御心が私の願いと違う道であったとしても、
それを受け入れることのできる心を与えてください。
あなたを信頼します。
2007-09-05
Back to School の日の夕方の文房具屋・・・。
20度台前半。
今夜も気持ちのよい夜です。
10時半ですが、20度を切っています。
明日は今日よりはちょっと暑くなって、
湿度も上がって、27度くらい。
夜もそれほどさわやかではないと思います。
そして、週末にかけて、熱帯低気圧が上がって来るみたいです。
ガブリエル(女性の名前、エにアクセントがある)という名前になる予定です。
日本の台風、東京直撃コースですね。
雨も風もかなり強そうです。
昨日の「それほど強くない」は全面撤回です。
お気をつけて・・・。
今日から子供たちも学校。
11年生、8年生、1年生の3人は、
高校、中学校、小学校、と別々の学校に行ってくれます。
出る時間も、7時20分、8時、8時45分とバラバラ。
朝が長いです。
昨日書いたように、
小学校1年生になっても特別なことはありません。
ふつうに授業が始まって、
ふつうに宿題が出て、
なんか「宿題がある」ってのが、
ちょっと鼻高々のようで、
喜んでやっておりました。
そして、8年生の娘の先生から「必要なものリスト」が出て、
7時頃に買いに行ったのですが、
いつも行く、文房具屋に車を乗り入れてびっくり。
奥の方にある駐車場に入るために、行列ができていました。
手前の方にある駐車場に止めて、
奥の方にある入り口まで歩いていきましたが、
店に入って2度びっくり。
レジに並ぶ行列の長いこと長いこと。
After Thanksgiving Day Saleのときのおもちゃ屋さんのようでした。
50人以上並んでいたと思います。
先週、すでにほとんど買い物をしていたので、
それほどたくさんはなかったのですが、
1時間以上かかってしまいました。
まあ、学校の初日で、学校の先生に、
「必要なものリスト」をもらって、
買い物に行く親子が多いんでしょうねえ。
1ヶ月くらい前から
「Back to School Sale!」ってやっているんですけどね・・・。
さてさて、
今日の聖書。
今日は箴言の15章。
本当に半分まで来ました。
「訓戒を無視する者は
自分のいのちをないがしろにする。
叱責を聞き入れる者は思慮を得る。」
32節です。
今回の箴言の通読では、
j兄のコメントのように、私の心理状態が出てしまっているのかもしれませんが、
「叱責」「訓練」「戒め」のような言葉が心によくとまります。
本当に聞く耳を持ちたいと思います。
主の叱責も、
人の叱責も、
聞く耳を持っていたいと思います。
その一方で、人の声を聞いて、
八方美人でいることがいいことだとは思えない自分がいます。
本当のところ、正直言って、
もしもできるならば、人の言うとおりに動く方が、
楽なんだと思います。
責任がないから・・・。
それを神様が求めておられるとは思いません。
叱責、助言、忠告、それを受け止めつつ、
自分の神様に従っていく道を求めていきたいと思いました。
聞く耳は決して失わないでいたいと思います。
でも、神様が導いておられることに対しては、
大胆に歩んでいく者でありたいと思います。
責任のある歩みをしていきたいと思います。
主よ、
どうか歩く道を導いてください。
あなたと共に歩んでいる、
あなたの導きに従って歩んでいる、
平安を与えてください。
叱責が必要ならば、あなたが与えてください。
その中で、その平安の中で、
人の言葉を聞く耳を持ち続けることができますように。
どうか、教えてください。
経験させてください。
2007-09-04
ハリケーンその後
それほど強い台風ではないと思いますが、
東京直撃でしょうか?
おととい書いたフェリックスは
今日、ニカラグアに上陸しました。
今ホンジュラスを通過中ですが、
もうハリケーンからTropical Stormに変わりました。
台風も、ハリケーンも、上陸すると、海水からの水蒸気の補給が絶たれるので、
急速に衰弱します。
でも、大雨は心配です。
貧しい国々で、山間部に大雨が降ると、
やはり崖崩れの被害が広がることが多いです。
それから太平洋側のにもハリケーンが来ています。
それから、大西洋側に、明日、あさってあたりに熱帯低気圧が発生するようです。
そして、週末にかけて、東海岸を襲いそうです。
お天気的には、注目です。
今日は結構温度が上がりました。
でも、夜になって、また涼しくなってきました。
今9時半で21度です。
明日の朝は13度くらいまで冷え込むようです。
子供たちは明日から学校です。
下の娘はピカピカの一年生ですが、
別に日本のように入学式があるわけでもなく、
また去年のKindergartenと同じ校舎なので、
全く特別なことはありません。
明日から9時に行ったら3時まで帰ってこない日が続きます。
Kindergartenと違って、宿題もあります。
楽しみです。(誰が?)
こちらは朝6時半の祈祷会からフル回転でした。
でも、これがやっぱりいいですね。
いろんな方にお会いして、語り合ったり、祈ったり、
元気が出てくる一日でした。
今日の聖書は、箴言の14章。
「牛がいなければ飼葉おけはきれいだ。
しかし牛の力によって収穫は多くなる。」
4節の言葉です。
いろんなことを考えさせられる言葉でした。
でも、最終的には、
「面倒を恐れて、逃げていると、何もできないんだよ」
と主から言われているように思いました。
飼い葉桶をきれいにしておきたい一心で、
牛を飼うのをやめてしまうような、
愚かなことにならないようにと思います。
Messyなことを恐れないで、
面倒がらないで、大胆に進んでいくべきことを思わされました。
子供たちの学校が始まるせいか、
秋に向けて、いろんなことが楽しみになってきました。
主に従って、伝道牧会を「楽しむ」ことをさせていただきたいと思いました。
主よ、
私が恐れに支配されるのではなく、
事なかれ主義に陥ることもなく、
あなたが求めておられる「収穫」のために、
Messyなことも恐れないで歩む者となれますように。
大胆に歩ませてください。
2007-09-03
愛することの意味
午後は少し暑くなったでしょうか。
ちょうど30度くらいまで上がりました。
Labor Dayで、全国的にはお休みでしたが、
私にとっては通常通りの月曜日の休日。
そして、息子は朝早くからサッカーの練習。
夕方に、2ヶ月ぶりに、皮から餃子を作って、
娘たちに協力してもらって、
ちょっと休日っぽい時間を過ごしました。
今日は早速聖書。
箴言の13章を読みました。
「むちを控える者はその子を憎む者である。
子を愛する者はつとめてこれを懲らしめる。」
24節の言葉です。
愛するってどういうことなんだろうと思います。
甘やかすことでもなく、
何とかうまくやっていくことでもなく、
何でも我慢して受け入れることでもなく・・・。
でも、いろいろ言うことが本当に愛なんでしょうか。
ぎゃあぎゃあうるさいのも愛かどうか。
相手の問題を「相手のためだ」と指摘してばかりでもどうかと。
でも、箴言を読んでいると、
黙っていることが必ずしも正しいことではないことが出てきますよね。
それも繰り返し繰り返し。
愛の反対は恐れなんで、
恐れに支配されて黙っているのを、戒めているんでしょうか。
難しいなあと思います。
試行錯誤なんだろうと思います。
愛することは学んでいくことなんだろうと思います。
これからも失敗ばかりするんだと思います。
でも、失敗しながらでも、一歩一歩学んでいきたいと思います。
愛することをもっともっと教えてください。
主よ、
愛することは何でしょうか?
愛することを教えてください。
学ばせてください。
恐れることから解放してください。
愛する力も、エネルギーも与えてください。
フラビアちゃんのビデオ
日本国際飢餓対策機構を通しての、
私たちの教会の里子で、ウガンダに住んでいる
フラビアちゃんのところを、
息子が教会からの歌とアルバムのプレゼントを持って、
訪問したときの様子です。
うまくいくかな。
うまくいかないようですので、
リンクを張っておきます。
フラビアちゃんのところを訪問するハジ
電気もないところですし、
カメラについていたビデオ機能で撮ったヤツですが、
とっても見づらいのですが、どんな感じだったかはわかるかと。
2007-09-02
神様を父と呼ぶこと
今日は涼しい一日でした。
今は夜の12時ですが、
17度まで下がっています。
今カリブ海にはハリケーン・フェリックスがあって、西に進んでいます。
昨日ハリケーンになったばかりなのですが、
たった1日で5段階の最強、カテゴリー5のハリケーンに発達しました。
その強さもすごいのですが、
結構注目なのが、このハリケーン、北緯13度というかなり南を通っていること。
だいたい、ハリケーンとか、台風とか、北緯10度以下にはできません。
15-20度くらいのところが多いです。
赤道直下にはできません。
ですから、シンガポールとか、台風は縁がないと思います。
もしも、台風が赤道を横切ることがあったら、どうなるんだろうか、と考えたことがあります。
でも、それはあり得ないんですね。
この下の図は、1985年から2005年までの台風、ハリケーン、サイクロンの進路を、
ボルネオ島の北の端が北緯7度くらいですから、そこら辺が限界なのでしょう。
今、フェリックスが通っているベネズエラ北岸あたりも、本当に南の限界だとわかります。

日本はいかに世界の中でも台風常襲国かとわかりますね。
それから、南米の沿岸は東側も、西側もほとんど発生していないのはどうしてなんでしょう。
これはまた調べたいと思います。
フェリックスによって、大きな被害がないことを祈りつつ。
今日は礼拝の中で、
祈りの話、そして、その最初に神を「父」と呼ぶことについて、語りました。
私たちが神を父と呼ぶためにはどれほどの犠牲が払われたか、
そのことを思わされました。
「アバ」という言葉が「父よ」という言葉の、とても親しみを込めた、
信頼を込めた言葉なんだ、ということでしたが、
日本語だと「パパ」なんだろうと思います。
17年前に、最初の子供が与えられたときに、
経験したことはいつか書きました。
愛に満ちた厳しい言葉と、多くの方々の支えと祈りによって、
息子は無事に生まれたのですが、
今日、説教で、「アバ」という言葉が、赤ちゃんでもいいやすい言葉であり、
元々幼児語だったようだ、ということもお話ししながら、
最初に「パパ」と言わせようと、一生懸命になったことを思い出しました。
そして、そのもくろみは、無事成功。
1歳の頃には、「世界で一番かっこいい人は?」と聞くと、
「パパ」と答えるようになっていました。
あ、やばいやばい、「親ばかサイト」になってしまう。
で、何が言いたいかというと、
神様は、私たちが「お父さん」と「父よ」と呼びかけるときに、
どんなに喜んでくださるか、ということです。
神様は一人子イエスの十字架という、大きな大きな犠牲を払ってまで、
私たちに神の子供としての特権を与えてくださったのです。
そこまでしてくださるのですから、
私たちが、「お父さま」「父よ」と祈るとき、どんなに喜んでくださるかと思います。
神様がどれほどエキサイトしてくださるか、ということです。
そのエキサイトしてくださる神様に感謝して・・・。
「罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。」ルカ15:7
さて、今日の聖書。
今日は箴言の12章でした。
「しかし知恵のある人の舌は人をいやす。」
18節の言葉です。
人を癒す言葉、
そのような言葉を持つ者になりたいと思いました。
ほんと、そのように思います。
今日は本当にそのように思いました。
そのような言葉を与えてくださいと、
祈らされます。
主よ、
どうか、あなたの言葉を与えてください。
人を癒す、あなたの言葉を与えてください。
聖霊様が臨んでください。
聖霊様によって私を癒し、
また、私の唇に癒しの言葉を与えてください。
2007-09-01
NYでもないのかな?
昼間もさわやかだったし、
夜は寒いくらい。
今11時ですが、すでに16.5度まで下がっています。
そして、明日の朝は10度くらいまで下がるようです。
窓を開けて寝る人、風邪に注意。っていうか、
たぶん、今夜は寝る前に閉めなきゃダメ。in NJ。
荒浜はまだまだみたいですが・・・。
San Diegoの教会のパスターマックのところを訪問したら、
パドレスの試合の後に、クリスチャンの選手たちが
信仰について語る時間があったって?
記事はこちら。
すごい。
こういうのはNYではないんでしょうかねえ。
Yankeesのアンディやマリアーノ、
Metsのペドロ
なんかは、みんな、「ジーザスきちがい」なんだから・・・。
・・・もっといたよね。
ぜひ、NYでもやってほしいなあと思いますが、
できないんでしょうかねえ。
情報があったら、おしえてください。
さて、今日の聖書。
今日は箴言の11章。
いろいろ心にとまって、いろいろ考えさせられたのですが、
ここでご紹介するのは、1節。
「欺きのはかりは主に忌みきらわれる。
正しいおもりは主に喜ばれる。」
この章は主に商売のことを言っているようです。
ですから、この言葉も文字通り、商売における正直さを
勧めているところでしょう。
でも、今日はここを読みながら、
倫理的、道徳的、信仰的にも、
自分のためのはかりと、人のためのはかりが違う、
ということがないだろうかと思わされたのです。
自分をはかるはかりと、
人をはかるはかりが違わないかと・・・。
同じことでも、人がしていることはやたら気になる。
自分がしていることは、「しょうがないかな」と思う。
三浦綾子さんが「道ありき」の中で、
自分が信仰を持つきっかけとなったことが、
それだったと書いておられます。
人をはかるはかりと、自分をはかるはかりが違う。
人がしていると、ものすごい嫌なことを、
自分は平気でしていた。
そのことを感じた綾子さんは、
自分の罪がわかって、
信仰を持つようになったそうです。
でも、本当にそうだなあ、と思います。
公正なはかりを持つことできるように祈ると共に、
そんなしょうもない罪人を、赦し、受け入れてるために、
十字架で死なれたイエスにもう一度感謝します。
主よ、
人のことではない。
自分のことだと思いました。
私も、二つのはかりを使い分けていないでしょうか。
あなたが今日も私の心を探ってくださったことに感謝します。
もう一度あなたの恵みを知る時を与えられたことに感謝します。
どうか、一つのはかりを持つ者としてください。
自分の、自分勝手なはかりではなくて、
自分流のはかりではなくて、
あなたがはかってくださるはかりの目盛りを読む者としてください。
2007-08-31
満たされている中で
気温もまあまあ涼しく、27度くらい。
夜になったら、また一段と涼しくなってきました。
今、夜の11時半になるところですが、20度を切るところまで下がってきています。
明日はすかっと、さわやかに晴れそうです。
いよいよ夏休みもあと数日。
新学期のための宿題の追い込みや、
買い物や書類の準備もばたばた始まっていますが、
そんな中で、まだウガンダモードの余韻が残っています。
水、木、と書いている中で、
よかった部分ばかり書いてきたかもしれませんが、
やはり衛生状態や、
環境はかなり厳しいものがあったようです。
村に一つの井戸まで1キロ歩くとか、
一人80-160Kgの水を子供たちが運ぶとか、
シャワーが一人3リットルまでとか・・・つまり、おけ2杯。
ひねるとジャーと水が出ることが当たり前になっているのが、
いいことなのでしょうか。
もちろん電気もない、そんなところだそうです。
もちろん都市は違うようですが・・・。
その恩恵を忘れてしまって、当たり前になってしまっているのが、
本当にいいのかなあ、と思います。
身体能力も全然違うみたいです。
そりゃそうです。
体を動かすのは楽しいスポーツしかない日本やアメリカの子供たちと、
農作業を手伝い、毎日水汲みで何十キロから百何十キロの水を運んでいる向こうの子供たちと、
そりゃ精神的にも、肉体的にも全然違うでしょうね。
でも、また何時間もかけて学校に通っても、
別にたくさんのお金が入ってくるようになるのでもない。
もう通うことが面倒になって、
手軽にお金が手に入る売春に身をゆだねる若い女の子もいるそうです。
また北部の反政府ゲリラが活動する地域では、
誘拐されて兵士にされたり、性的虐待を受ける子供たちもいるそうです。
その人たちが解放されたり、逃げてきたり、しても、心の傷は深く、
リハビリがなかなか難しいそうです。
だから、その厳しい環境が、絶対肯定されるべきだとは思わないです。
でも、今の私たちのようなすべてが与えられている環境が本当にいいのかわからなくなってきます。
水も電気も、ガスも、電話も、何でも、すぐ手に届くところにある。
あるのがあたりまえ。
あるのに我慢して使わないとか、それも変だし・・・。なにより、これがまたきつい。
でも、せめてシャワーの水は「3リットル」までは行かなくても、できるだけ、節約しよう、
なんてちょっとだけ思っています。
どうすればいいんでしょう・・・。
さてさて、今日の聖書。
今日は箴言の10章でした。
「正しい者のくちびるは多くの人を養い・・・」
21節の言葉です。
この章は「言葉」についてですよね。
言葉に出さなければいいかというと、
そうでもないようで、
18節には
「憎しみを隠す者は偽りのくちびるを持ち、
そしりを口に出す者は愚かな者である。」
とあります。
口に出さなければ偽りの唇で、
口に出せば愚かな者だ、
というのですから、どちらにしても、心に抱いた段階で、
それは愚かなことなのだというのでしょう。
だったら、やはり、最終的には、
口の問題ではなくて、
心の問題ですよね。
がんばって言わないようにしようとか、
そういうことではなくて、
心がそういう憎しみとか、そしりに支配されてしまうことがないようにという、
そのような戒めなんだろうと思います。
心を守ってください、と祈らされます。
主よ、
私の唇を守ってください。
でも、それよりも何よりも、
私の心を守ってください。
いつもあなたが見ておられるように、
人を見ることができますように。
怒り、憎しみ、そしり、そういうものから、
私の心をいつもいつも守ってくださいますように。
2007-08-30
本当に必要なものは
32度くらいまで上がりました。
そして、夜になっても昨日までとは違って、
温度も余り下がらず、
また湿気も多くて、べたべたします。
でも、11時で23度くらいですから、
まあ、文句は言えませんね!荒浜のJ兄?
レーダーを見ると、雷雲すぐそこまで来ています。
おそらく12時か1時頃には雷雨になるのでは・・・。
明日からはまた涼しくなるようです。
月曜日のLabor Dayだけはちょっと暑くなるようですが・・・。
今日の朝は教会の祈り会。
そこで、息子がウガンダの話をいろいろしてくれました。
昨日すでに聞いていた話も多かったのですが、
改めて、いろんなことを思わされました。
私がその中で一番心動かされたのは、
「本当に必要なものはそれほど多くないのではないか」
ということでした。
お金もない、家族もいない、孤児の言葉の中に、
その表情の中に、息子はそんなことを思わされたそうです。
そんな中でも、神様を信じて、自分は恵まれている、と語る孤児の子の姿に、
神様がここにもおられると感じたそうです。
先日の礼拝の聖書箇所の、
「なくてならぬものは多くはない、いや一つだけである」という
イエスの言葉がもう一度心に語られました。
シンプルライフもかけ声だけじゃダメですよね。
新しく、具体的に、そのように生きたいと思いました。
今日の聖書。
今日は箴言の9章。
「あざける者を責めるな。
おそらく、彼はあなたを憎むだろう。
知恵のある者を責めよ。
そうすれば、彼はあなたを愛するだろう。」
8節の言葉です。
な~るほど、と思いました。
と共に、自分はどちらだろうかと思いました。
責められたときに、責める人を憎むか、
それとも、責める人を愛するか。
ちょっと読んだとき、
自分を「責める」側の立場において読みました。
そして、「責めてもそれを受け止めることのできない人」は
おろかなんだなあ、と、
そして、「責めたときに、それを受け止める人は、すばらしいよなあ」と思ったりしました。
でも、思いめぐらしている中で、
自分が責められたときに、どう反応しているか、問われているように感じました。
それを受け止められる、
責める人に感謝して、愛することのできる、
そういう者になりたいと思いました。
責める人は・・・いろんなケースがあるでしょうが、
でも、まともな人の場合、
よっぽど悩んで、迷って、祈って、
それで相手のことを考えて責めるわけで、
本当は感謝すべきなんですよね。
お店にクレームをつけに来る人は、
対応してくれることを期待して、
もっと言うならば、もっとよい商売をすることを期待して、
言いに来てくれる。
そして、そのときに、クレームをつけられた方が、
クレームをつけてきた人に対して、誠実な対応をするならば、
その誠実な対応の方が相手の心に残って、
周りの人にも、そのことを話す。
でも、不満があるのに直接クレームをつけに来ない人は、
他のところで、その不満をこぼす。
だから、お店にとって、ありがたいのは
直接クレームをつけに来てくれる人なんだ、
そんな話を聞いたことがあります。
「知恵のある者」になりたいと思います。
主よ、
人に責めてもらえるような、
「知恵のある者」にならせてください。
そして、それを愛を持って受け取ることができる、
感謝を持って受け取ることができる「知恵のある者」にならせてください。
なかなか、難しいです。
だから、あなたが助けてください。
2007-08-29
言葉にできないことも・・・
30度は行きました。
でも、また夜になってからは涼しくなっています。
11時で21度。
明日はまたもうワンランク蒸し暑くなって、
そして、雷雨もあるようです。
週末にかけて、また涼しくなるみたいです。
お祈り頂いた息子ですが、
今日、昼過ぎに無事に帰ってきました。
カメラが壊れたのはちょうど真ん中くらいのときみたいで、
撮れていた写真もちょっと。
現地は雨期で毎日夕立があって、
でも、その後またカラッと晴れる、
という毎日だったようです。
たくさんたくさんのいい体験をしてきたようで、
帰りの車の中でも、
帰ってからも、
しゃべり通しで、
トイレのこと、ゲリラのこと、子供たちのこと、
人々の暖かさのこと、蟻のこと、動物のこと、
食べ物のこと・・・いろいろ聞きました。
でも、さすがに疲れたようで、
野球も最後まで見ずに、 早く寝てしまいました。
その中で、一言、
「言葉にできないこともたくさんある・・・」と言っていました。
そうだろうなあと思います。
私も「どうだった」と聞かれて、
言葉にできないものをどのようにして伝えたらいいのか、
戸惑うことも多くあります。
言葉にすればするほど、自分の感じているものとは別のものになってしまう・・・。
でも、その中で一生懸命言葉にする努力を怠らない。
でも、やっぱり、言葉にできないものが残る、そういうものかと思います。
そんな「言葉にできないもの」がたくさんあることはとっても豊かだ、ってことですよね。
来年はJCCNJだけで、ひとツアーなんてことはできないでしょうかねえ。
現地のFHIは大歓迎みたいですが・・・。
さて、今日の聖書。
今日は箴言の8章でした。
「銀を受けるよりも、わたしの懲らしめを受けよ。」
10節の言葉です。
英語ではChooseが使われています。
銀よりも、私の懲らしめを選び取れ!ということでしょう。
私たちは自然にしていたら、
絶対銀を取るでしょうね。
いやあ、絶対取りますよ。
だから、あえてChooseすることが大切なんじゃないでしょうか。
そうしなかったら、絶対神様の懲らしめの方は取らないでしょう。
それくらいの価値があるんだと言うことを忘れないでいたいと思います。
あえて神の懲らしめ、instructionを選び取る、「大馬鹿者」でいたいと思います。
「馬鹿じゃない?」と言われるくらいでありたいと思います。
主よ、
あなたの与えられる懲らしめを、
喜んで受け取るものでありますように。
もしも喜べなかったとしても、
それをあえてChooseする者でありますように。
ひとに「大馬鹿者」と言われるくらい、
あなたを、あなたの戒め、あなたの教え、あなたの懲らしめを、
あえて選び取る者でありますように。
2007-08-28
脱帽
また、昨日よりもちょっとだけ、湿度も上がって、
ちょっと夏っぽかったです。
でも、夜にはさわやかな風が入ってきます。
12時前ですが、19度まで下がってきました。
明日も今日みたいな天気でしょう。
8月はかきごおり家の娘たちの誕生日が続きましたが、
今度は、明日は日本のオヤジの誕生日で、
先ほど、29日になった日本に、Skypeでテレビ電話をしました。
ちょっと勝手がわからないところがあったみたいで、
・・・向こうの絵は写らなかったし、
声も出なかったんで、
結局、こっちの画像を送りながら、
電話で話す、というちょっと情けない状態でしたが、
久しぶりにゆっくりこちらの子供たちの顔も見せながら、話ができました。
15年前、来たばかりの頃は、
1分間50セントとか、70セントでも、特別な時間が決まっている料金で、
10分話したら、もうやばい、って感じでしたが、
今は10分の1以下。
Skypeがうまくいけばタダですからね。
近くなりました。
で、「私+30」歳のオヤジの口から出てくるのは、
もっぱら教会の中で病気の方々のこと。
牧師としての大先輩のオヤジの心の中は、
まあ、こんな日も、やっぱり教会の方々の中で
弱さを覚えておられる方々のことなんですね。
・・・脱帽です。
息子は・・・というと、さっき、無事にアムステルダムに着いたみたいです(未確認)。
Flight Informationを見ると、5:50am Arrivedになっています。
こっちの11時50分。
このあと、4時間半乗り継ぎ時間があって、
明日の昼過ぎにこちらに到着します。
お祈りに感謝します。
今日の聖書。
今日は箴言の7章でした。
2007-08-27
写真よりも大切なもの
天気もまあまあ、
気温も29度くらい。
湿度も高くなく、気持ちのいい一日でした。
夜になって、また涼しくなって、
20度くらいまで下がってきています。
明日も引き続き、さわやかな一日となりそうです。
実は、今日の朝、
ワークをしていた村から、
町に戻っているだろうという息子の携帯に、
テキストメッセージを送りました。
「何もなかったら何にも連絡しなくていいから・・・」
と言っていたのですが、
ちょっとこっちが我慢できませんでしたね。ちょっとくやしい。
「元気?」
と。
しばらくして返事が届きました。
そう、携帯の電波の届く範囲にいたんですね。
元気みたいです。
皆さんのお祈りに心から感謝します。
いい経験をたくさんもらって、
「2週間じゃ短い~」という感じだそうです。
だろうなあ、と思います。
その中に、
「今のうちに言っておくけど、カメラを落として壊れた。だから、写真は余り撮れてない。ごめん。」とありました。
カメラは100ドルもしないヤツで、全然いいんですが、
写真はちょっと期待してたからなあ。ちょっと残念。
でも、思いました。
自分が経験して、頭の中に、いろんなことを焼き付けておくこと、
それが写真を撮ることよりもずっと大切なこと。
わたしも、時々、これ、写真に撮りたいけど、このタイミングでカメラを出すのは、
何かもったいない、と感じることがあります。
カメラを落としたのはたぶん本人の不注意だと思いますが、
でも、それを許された神様には何か他の意図があったのでしょう。
たくさんのことを、心に焼き付けて帰ってきてくれたらいいな、と思います。
もう20時間後くらいには機上の人になって、
あさってには帰ってきます。
土産話が楽しみです。
さてさて、今日の聖書。
今日は箴言の6章。
「主の憎むものが六つある。
いや、主ご自身の忌みきらうものが七つある。
高ぶる目、偽りの舌・・・」
16-17節です。
「高ぶる目」と言うことをもう一度思わされました。
「唇」「態度」じゃないんですね。
高ぶりは「目」に出る。
ものの見方、
見え方が変わってくる。
そして、人を見る目が変わってくる。
そして、目つきが変わってくる。
本当に注意したいと思いました。
自分がいつもいつも高ぶりの罪に近い存在であることを、
思わされます。
それでどれだけ失敗をしてきたかも、
思い知らされます。
だから、高ぶりの罪から、守って頂きたいと思います。
私の目が守られますように。
主よ、
私の目を守ってください。
私が高ぶりの目を持つことがありませんように。
そのような目で物事を見たり、
人のことを見たりすることがありませんように。
もしもそのようなところに陥りそうになったときには、
どうか、教えてください。
示してください。
戒めてください。
あなたの警告に、従順でありますように。
2007-08-26
わくわく
その後だんだんいい感じなってきて、
夜になったら涼しいです。
今は夜の11時半ですが、21度です。
16度くらいまで下がりそうです。
助かります。
明日も28度くらいの、まあまあの天気でしょう。
今日は礼拝の後、
外部から先生をお招きして、
教会学校の先生方の研修会をしました。
よかったです。
いろいろ刺激を受けました。
「絵本から学べ!」・・・先生はもっと暖かく、穏やかに言われたのですが、
かきごおり語に翻訳するとそういうことです。
早速実践。
下の娘にねだられて、お休み前の絵本タイム。
「そらいろのたね」を読みながら、
「繰り返しの楽しさ」
「この先どうなっていくんだろうというわくわく感」
味わわせて頂きました。
そらいろのたねをまいて水をやったら、あるものが生えてきて、
どんどん大きくなる・・・。
すごーい、とわくわくしながら、
自分の中の冷静な大人の部分が、
「え、これでお話の最後はどのようにしめるわけ?」
「オチはどうなるの?」
と考えています。
それもまたわくわくするんですね。
3週間後には子供たちのためのお話が回ってきますが、
どうやって生かすか、これからちょっとわくわくしながら準備です。
今日の聖書。
今日は箴言の5章でした。
「あなたの水ためから、水を飲め。
豊かな水をあなたの井戸から。」
15節。
この章は直接的には、
夫婦の大切さを説き、
他の関係によって満たされることを求めるな、
ということを勧めている章です。
特に娼婦に目をとめるな、と勧めています。
そのコンテキストで、結婚している私がこの節を読むと、
あなたが与えられている夫婦関係の中で、
そこに本当に喜びを見いだして、
その中で満たされることを学びなさい、と言われているように感じました。
そのことを思うと、単なる「娼婦」を避けることだけの問題ではないと思います。
もっともっと豊かにさせてください、もっと豊かな関係を与えてください、
と祈らされます。
でも、もしも相手にその「豊かさ」を求めると、お互い疲れてしまいます。
そのために、もっともっと主からの喜びをいただきたいと思いました。
今日の礼拝の聖書箇所のように、
主から語られて、力をいただいて、
もっともっと愛することのできる者になりたいと思いました。
主よ、
愛することを教えてください。
もっと相手を理解することができるように。
そのために、あなたが日々、御言葉と力を与えてください。
私が涸れてしまうことがないように、
相手を枯らしてしまうことがないように。
あなたの満たしを日々与えてください。
2007-08-25
大丈夫。
我が家の温度計の最高気温が33.4度C。
で、今は夜の10時半ですが、
この時間でも、まだ28度以上あります。
レーダーを見ると雨雲が西から近づいているので、
11時頃には雨になりそうです。
でも、蒸し暑さはその雨でも解消されず、
明日もう一日暑い日が続きそうです。
また一雨あって、明日の夜にはやっと涼しくなりそうです。
今日は下の娘が寝るときに、
久しぶりに本を一緒に読みました。
ひらがなが読めるようになってきたので、
1ページ交代で読むことにしたのですが、
最初に彼女曰く「上手に読めないから・・・」だって。
そんなのこちらは百も承知。
少しずつ読めればそれでいい、と言う感じなんですが、
それなりに恥ずかしいとか、プライドとか、あるんでしょうね。
でも、そんな娘の姿を見ながら、
自分が神様に対して同じようなこと言っていないだろうかと思いました。
「そんなに上手にできないから・・・」
神様はそんなことを百も承知で、
私たちに使命を与えておられるのに、
逃げていることがないだろうかと思いました。
上手にできなくてもいい、
ただ、主の僕として、主の導かれること、
主の与えられることをさせて頂きたいと思いました。
昨日の夜の信徒勉強会の中で、私の心に響いた言葉、
民数記11:21-23です。
モーセは言った、「わたしと共におる民は徒歩の男子だけでも六十万です。ところがあなたは、『わたしは彼らに肉を与えて一か月のあいだ食べさせよう』と言われます。 羊と牛の群れを彼らのためにほふって、彼らを飽きさせるというのですか。海のすべての魚を彼らのために集めて、彼らを飽きさせるというのですか」。 主はモーセに言われた、「主の手は短かろうか。あなたは、いま、わたしの言葉の成るかどうかを見るであろう」。
「主の手は短かろうか。」
語られました。
主の全能を信じて、祈って進んでいこうと思います。
今日の聖書。
今日は箴言の4章でした。
「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。
いのちの泉はこれからわく。」
23節の言葉です。
「力の限り、見張って」という言葉が心にとまりました。
どれほど、「心を守る」と言うことが大切なのか、
サタンの攻撃に対して、
またいろいろな、心を弱らせようとする力に対して、
「心を守ること」がどんなに大切か、思わされました。
弱いです。
そして、弱いところに、つけ込んできます。
そして、落ち込ませようとします。
だから、気をつけていたいと思いました。
いつもいつも自分の心の状態に、
目をとめていきたいと思います。
そこを気をつけて、
サタンにつけ込まれたりしないように、
そんなことを思わされました。
主よ、
私の心を守ってください。
あなたに真実であることができますように。
弱ってしまうときに、
サタンの思うつぼにはまってしまうことがないように。
あなたの御力を、強さを知るときとしてくださいますように。
2007-08-24
旅立ち
最高気温が30度くらいというのはまあ、いいとして、
湿度が高い。
夜になっても今、10時半ですが、
25度。でも、湿度が高いので、もっと暑く感じます。
明日は35度くらいまで上がり、湿度も高いので、
体をこわさないように要注意です。
明日、教会の子が一人大学に出発します。
今日の朝、「お祈りしてください」と一人で来られて、共に祈りました。
帰っていく後ろ姿を見送りながら、
最初に会った頃のことを思い出していました。
ここまで守ってくださった主に感謝しながら、
これから神様はどんなにすばらしいことをしてくださるか、
楽しみです。
自分の信仰の歩みを振り返ってみても、
大学に入ってから、経験したこと、学んだことがどれほど多く、
そして、一つ一つがどれほど大きかったかということを思い出します。
だから、神様はこれからたくさんのことを教えてくださるでしょう。
親元を離れて、頼るものも、本当に何よりも神様。
○○さんのところのお嬢さんではなく、
一人の人間として、みんなに見てもらう。
どれほど大切なことかと思います。
信仰的にも自立して、思いっきり大きくなるのでは、
と大きく期待しています。
さて、今日の聖書。
今日は箴言の3章。
「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」
6節の言葉です。
どこでも、
どこにいても、
しゅをその歩みの中で認めていく、
そのときに道がまっすぐになっていく。
自分がまっすぐかどうか気にするよりも、
主を見ているか、
主を第一にしているか、
それが大切なのだと思わされました。
「主を認める」とはどういうこと?
「主がいつも見ておられるので、主が何を望んでおられるか、考えながら歩む」?
「どのような中でも、主の御手があることを信頼して歩む」?
「主の存在を計算に入れて決断をしていく」?
そういうことすべてなんだろうなあと思います。
そのように歩ませて頂きたいと思います。
今日の集会前に一つの大きな祈りの課題が寄せられて、
どう祈るべきなのか、どのように願うべきなのか、
いろいろ思わされています。
「どんなときにも御霊によって祈りなさい」エペソ6:18
昨日の祈祷会で与えられた御言葉です。
聖霊様が、私にどのように祈るべきか、教えてくださるように、
求めつつ、御霊に導かれて祈っていきたいと思います。
主よ、
どうか、私の目が、
いつもあなたを見つめていけますように。
あなたを見上げていけますように、
あなたを認めていけますように。
祈るときにも、
どのように祈ったらいいか、わからない中にも、
祈ることを、教えてください。
聖霊様、導いてください。
2007-08-23
届かないところに届かせる
今日は早めに更新・・・。
今日は夕方から外が明るくなってきましたね。
おかげで気温も25度くらいまで上がってきました。
明日はもっと晴れて、もっと気温が上がるでしょう。
30度くらい。
そして、土、日と夏が帰ってきそうです。
32、3度。
でも、その後、暑い日とましな日が交互にやってきて、
来週後半からは秋になるようですね。
我が家のインターネット接続は
Verizon Fios。
光ファイバーです。
去年の終わり頃にケーブルから、テレビも含めて、
ちょっとだけ安いこちらに乗り換えました。
そのときに無線ルータもついてきて、
それを使っているのですが、
ちょっと電波が弱い。
で、私の勉強部屋では、時々遅くなったり、つながらなくなったりします。
それが結構イライラします。
無線ルータとコンピューターの間にたくさんの壁があり、
台所まである、ので、仕方がありません。
何とかならないかなあと、ケーブルでつなげることも考えていました。
でも、配線をあちらこちら引き回して、つなげるのは、
美しくやるのが素人にはすごく難しい。
しょうがないから、アンテナを強力なのに換えようかと思っていました。
50ドルくらい投資しなければいけません。
そんなんで、いろいろ探していたときに見つけたのが、
このコメント。
Turning a Linksys WRT54G Router into a Wireless Client Access Point
まあ、何を言っているか、さっぱりわからん、という方も多いかと思いますが、
インターネットにつながっている無線ルータから電波を飛ばして、
もう一つの無線ルータを「受信機」にして、
そこからコンピューターにつなげるという方法です。
ふつうはコンピューターに内蔵されている受信機で無線を受け取るのですが、
それだとどうしても電波が弱い。
その内蔵受信機を停止して、2つのルータ同士の間で交信させて、
コンピューターはケーブルで机の上に置かれたルータにつなぐのです。
うちにも一つこの人と同じ機種の無線ルータが余っていたので、
実際にやってみました。
そしたら、すごい\(^_^)/
ものすごい安定して、ものすごい早いです。
さすがに台所で電子レンジを使われると、止まっちゃいますが・・・。
届かないところに届く。
うれしいですね。
それも、それまで棚で眠っていた機械の再利用。
人とのこともそうですね。
届かないように思えるところに、
何とかして届いていく。
それも、眠っている賜物が生かされて、
今まで届かなかったところに届いていく。
そのような働きが広がっていくようにと祈ります。
今日の聖書。
今日は箴言の第2章。
「正直な人は地に住みつき、
潔白な人は地に生き残る。」
21節の言葉です。
正直な者でありたいと思いました。
いろんな誘惑、いろんなわがままな思いの中で、
本当に主の前に真実に歩む者でありたいと思います。
そのために、主を見つめて歩みたい、
主の戒めに対して、
主の警告に対して、
素直でありたいと思いました。
なかなか自分では気がつかないのでしょう。
わからないのでしょう。
だから、人の忠告に対して、耳を傾ける、
心の柔らかさも持っていたいと思いました。
主よ、
私を守ってください。
私の心を守ってください。
真実な歩みをさせてください。
どうか、柔らかい心と、
しっかりとあなたに目を向けて歩む頑固さと、
強さを与えてください。
誘惑から守ってください。
誘惑の中でも、あなたを見失うことがありませんように。
2007-08-22
うちにあるもの
時々霧雨も降ったでしょうか。
でも、昨日よりもずいぶん暖かく、
今は夜12時で17度くらいあります。
明日の午後から晴れ間が出てくるようです。
そして、あさっては30度を超えるとか!
この気温の変動には体がついて行かないですよね。
お気をつけください。
今日はNYの日だったので、昼に、
NYCooでもたれている写真展に行って来ました。
よかったですよお。
友人のToru Mimuraさんの作品も
とっても味があって、
プラス一つ一つの作品につけられた名前がまたよかったですね。
「頑固な亭主」とか「尊大な父」とか・・・。
うんうん、とうなずきながら見てしまいました。
今回は4人の方の作品が展示されているのですが、
それぞれ個性があって、
写真は何か外にあるものを写しながら、
その人の中にあるものを、表現するんだなあ、と思いました。
私は子供の時に「自分は絵が下手だ」と思いこんでしまったので、
ずっと「苦手意識」がありました。今でもあります。
でも、NYCooのKeicoさんといろいろお話をしていると、
「私にも何かできるかもしれない・・・」という気になってくるんですよね。
それでいいんですよね。
「うまい」「へた」じゃなくて、その人の中にあるなにかが表れる。
その中身を豊かにしていくこと、
そして、その表現の方法を磨いていくこと、
それですよね。
何かやってみようかな・・・という気になったひとときでした。
その前、朝には、半休をいただいて、
先日のいただき物のお礼にCourtに行ってきました。
自分の用事でCourtに行くなんて初めて。
この手のいただき物だってParking以外では15年でまだ2枚目かな。
経験豊かな皆さんにいろいろお伺いして、
「それくらいなら行かなくてもいいんじゃない」
「行った方がいい、そしてまずprosecutorのところに行って、guiltyって言うからポイント下げて、とお願いする」
「行くならnot guiltyでしょ」
と、いろんなアドバイスを受けましたが、
結局、よくわからないままに、「とにかくまずprosecutorのところに行こう」だけ決めていきました。
で、すぐにそのprosecutorのところに行く行列に並んで、
いただき物を見せたら、「guiltyを認めたら、4ポイントのところ、2ポイントにするよ」と言われて、
もう一声、と思ったのですが、ぐっと飲み込んで、そのままサイン。
裁判官のところで、「guilty」と言って、罰金と追徴金、裁判費用、合計260ドルを言い渡されて終わり。
元々105ドルでしたから、ちょっと痛い出費ですが、
保険やら、これからまた失敗をするかもしれないことを考えたら、まあ、いいかな、と。
でも、今回のことでは懲りて、気をつけていますよお。
制限速度、厳しく守っております。ハイ。
こんなこと、ここに書くのもはばかられたのですが、
アメリカでの生活の中でのトラブルで「どうしよう」と思われている皆さんの参考にもなるかなと思い報告。
さて、今日から始まる箴言の通読。
31章ありますから、ちょうど1ヶ月かかります。
箴言は、知恵の言葉、格言集、と言うべき書物ですが、
単なる知恵ではなくて、
「主を恐れることは知識のはじめである」と1:7にあるように、
神様を恐れる中で育つ知恵、知識、格言の書物です。
今日は1章でした。
「あなたがたはわたしのすべての忠告を無視し、
わたしの叱責を受け入れなかった。」
25節の言葉です。
これは愚かな人に対する言葉ですが、
主の忠告や叱責を受け入れなかったことが責められています。
私たちはいかに神からの警告や忠告を
受け入れることが難しいでしょうか?
いろいろ言い訳をしたり、
「人間だからしょうがない」と開き直ったり・・・。
でも、主からの警告を甘く見ないこと、
どれほど大切なことかと思います。
逆に主からの警告がどれくらいありがたいことなのか、
気がつくことのできる者でありたいと思います。
主よ、
あなたからの警告に対して、
素直に悔い改めることのできる者としてください。
あなたの警告に敏感である者でいることができますように。
あなたからの警告の一つ一つに感謝しつつ。
2007-08-21
詩篇読了。
そして冷たい雨がしとしと降る日でした。
昼間の気温も15度くらいまで。
今は夜の12時ですが、やはり14度。
明日は今日よりは天気がよくなるようですが、
それでも、10度台の肌寒い一日となりそうです。
さて、今日で5ヶ月かかった詩篇の通読も終わりました。
こんなにゆっくり読んだのは初めてだと思います。
たくさんの「嘆きの歌」の中で、
「困難」「敵の迫害」「嫌がらせ」の中で、
自分のなすべきことをしっかりと見つつ、
神の助けを求めていった信仰者の姿が、
今回の通読ではとても心にとまりました。
明日からは続けて詩篇の次の、「箴言」を一日一章ずつ読んでいきます。
是非、おつきあいください。
さて、今日の聖書。
今日は詩篇の150篇でした。
「その大能のみわざのゆえに、
神をほめたたえよ。」
2節の言葉です。
神様の「大能」ということを思わされました。
神様が大きな力を持っておられる。
神様には何にもできないことはない。
本気でそれを信じて、
本当に、実際にそれを経験して、
自分は賛美を捧げているだろうか、
問われました。
もっともっと神様の大能を信頼して、
神様の力をあてにして、
そして、その力を経験させて頂きたいと祈らされました。
特に、出会う一人一人に、
福音の奇跡が起こるように、
救いのみ業がなされるように、
神様の愛が伝わるように、
祈ります。
主よ、
あなたの大いなること、
あなたの御力の強さ、
もっともっと教えてください。
私の人生に表してください。
経験させてください。
そして、それを大胆に証する者とならせてください。
「神の子になりたい」
先日の日曜日に教会学校で
「神様の子供になる」という話がいたく心にとまったようで、
日曜日、寝る時に、もう眠くてもうろうとしながらも、
「神様の子供になりたい」と言っていたそうな。
で、のんちが聞いたら、
JOYJOYキャンプの時の話も心に残っていたようで、
先週か、その前か、一人で「神様ごめんなさい」とお祈りしたそうです。
何をごめんなさいかというと
「お姉ちゃんに意地悪をしたり、ウソをついたこと・・・」だったそうです。
月曜日の朝、5歳の最後の日に、
一緒にお祈りをして、
第2コリントの5章17節を読んで、
「もう大丈夫だよ、神様の子供なんだよ」とお話をしました。
教会学校の先生たちや、JOYJOYキャンプのスタッフの皆さんのご奉仕に心から感謝!
でも、これからが本番。
一歩一歩の彼女の歩みが神様に支えられて、
神様の愛に感動して歩む人生となりますように祈ります。
教会学校の先生方、これからもヨロシク!
息子ですが、
ま、相変わらず何も連絡はありません。
たぶん、何にも通じない村でワークをしているのでしょうから、
連絡がないのは元気でやっているということでしょう。
明日が折り返し点です。
さて、昨日の聖書。
昨日は詩篇の149篇を読みました。
「 主は、ご自分の民を愛し、
救いをもって貧しい者を飾られる。」
4節の言葉です。
「貧しい」かどうかは別として、
自分が何で飾られているか、それが心にとまりました。
笑われるかもしれませんが、
私も「イケメン」であったらなあ、
と思わないわけではありません。やっぱり。
もう少し足が長かったり、
鼻が高かったらなあ、と思わないことはありません。
っていうか、思います。
でも、「救いで飾られている」かどうか、
それが大切だと思わされました。
そのことをもっともっと求めていきたいと思いました。
神様に救われている喜び、
それが私のセールスポイントになるような、
そのようなものでありたいと思います。
人が私を見るときに、
神様の救いのすばらしさを感じるような、
そんな者になりたいと思いました。
神様、
私の飾りがあなたの救いでありますように。
何よりも、私を見て、
神様のすばらしさを感じてくださる方々が与えられますように。
私自身、何よりも、それを求める者でありますように。
6歳!
そんな指摘にめげずに書きます。
今日は一番下の子の誕生日でした。
朝、教会での祈りから帰ったら、
「6歳だよ!」と抱きついてきました。
ここまで守ってくださった神様に感謝。
「これがほしい!」と言われて、
のんちが、カメラもどきのおもちゃを買ってあげたつもりが、
実はよく見たら、「フィルムカメラ」でした。
デジカメだったら、写真を写して、スクリーンで見て満足なんでしょうが、
フィルムカメラだったら、現像してあげなきゃいけないじゃないですか、
そして、失敗したから消してやり直し・・・とかもできないし・・・。
でも、今までデジカメしか知らなかった彼女ですから、
「これはおもちゃなんだよ」と言ってごまかせるかと思ったのですが・・・。
なんと、彼女、あとで説明書を自分で読んで、
「ねえ、ここにフィルムを入れなきゃいけないんだって・・・」って持ってきました。
おい、マジかい。
負けたね。ママ。
さて、今日、詩篇を読み終わったので、
何とか、今日追いつこうと思いますが、
おととい、日曜日の聖書。
詩篇の148篇でした。
「みことばを行うあらしよ。」
8節の言葉です。
ほかのものは、ただ「火よ。雹よ。雪よ。煙よ。」と書いてあるのに、
なぜか、「あらし」だけは、「御言葉を行う」という言葉が着いているんですよね。
そこでいろんなことを思わされました。
主が御言葉を成就しようとするときに、
嵐を用いられるのではないだろうかと。
私たちは人生に「嵐」がやってきたら、
それは「サタンの攻撃」「惑わし」と思うこともあります。
でも、それは「御言葉を実現するため」に主が私たちの人生に送られたものかもしれません。
だから、私は思わされました。
これからの歩みの中で、
嵐がやってきたときには、
それは主が私たちのために、
御言葉を成就するために送られているのではないだろうかと。
主が今、私の人生に何をなさろうとしているのかを、
見極める目を与えてほしいと。
主よ、
どうか、嵐の中で、
あなたの声を聞くことができますように。
嵐の中で、あなたが何をなさろうとしてるのか、
見極める目を与えてくださいますように。
どうか、嵐の中で、この御言葉を思い出させてくださいますように。
2007-08-20
JOYJOY後遺症
涼しい一日でした。
涼しいと言うよりも、肌寒い・・・。
今、夜の9時半ですが、
17.3度。
明日も雨で肌寒い日となりそうです。
最高気温も20度止まりでしょう。
MITSUWAのJCBカード(無料)を持っていると、
2,5,8,11月の月曜日から木曜日(いつでもにすればいいのに・・・ちょっとセコイ)は、
10パーセントOFFなので、セールのものとか、Han Ah Reumにないものとか、買いに出ました。
滅多に見ない「鮭のアラ」とかも出ていて、ご機嫌で買い物をしていました。
そしたら、去年のJOYJOYキャンプに参加した、3人兄弟の家族に遭遇。
今年はちょうど他の用事が重なって、参加できなかったんですよね。
そしたら、その中の一人が「JOYJOYキャンプがぼくたちをPassした!」とのたまわれました。
楽しみにしていたんですね。
うん、その子、去年も「宝物を探しに行くんだ!」って大張り切りの子でしたから・・・。
いやあ、申し訳ない。
今年はいつもと時期がずれて、
「え~、もっと遅いと思って帰国の予定を立てちゃった」という声をたくさん伺いました。
返す返すも申し訳ない。
JOYJOYと言えば、今年はJOYJOYキャンプが終わった後、
すぐに中高生のキャンプがあって、
ミシガンに行っていたので、
私自身はすぐに気持ちの切り替えができて、
PJSD(Post-JOYJOYCamp Syndrome Disorder)
が出ないかなあ、と思っていたのですが、
ミシガンからの飛行機がNewarkの空港に着いたとたんに、
フラッシュバックが来ました。
携帯の着信音をこちらにしているので、
空港について、携帯のスイッチを入れたとたんに、
迎えに来ていた家族からの電話が入って、
その着信音で発症してしまいました。
今年の場合は、不思議なことに、
ここ3年間くらいのテーマソングがランダムに頭をめぐるという、症例も報告されています。
また、劇症化するケースは非常にまれであるものの、
慢性化するケースが増えていて、より問題が深刻化しているようです。
どちらのケースも、現在の仕事を退職して、フルタイムのJOYJOYスタッフ(今のところボランティアのポジションのみ)になる以外に根本的な解決法はありません。覚悟のほどを・・・。
さて、土曜日の聖書。
土曜日は詩篇の147篇を読みました。
「主は氷をパンくずのように投げつける。
だれがその寒さに耐ええようか。
主が、みことばを送って、これらを溶かし、
ご自分の風を吹かせると、水は流れる。」
17-18節です。
硬い氷が溶かされるのも、
御言葉による。
春が来るのも、夏が来るのも、神の口から出る言葉による。
私の心もそうだ。
私の心が溶かされたり、
頑固に思っていたことを、
「もっと大きく構えよう」と思えるのも、
悔い改めに導かれるのも、
御言葉によることを感じました。
もっともっと御言葉によって歩みたい。
御言葉を日々与えらて歩みたい、
そのように思いました。
今度の礼拝の時の聖書箇所でもありますが、
「なくてならぬただ一つのもの」
それは御言葉に聞くことであり、
御言葉に聞きつつ歩むことである、
そのことを本当に深く思わされました。
主よ、
日々の歩みの中で、
御言葉を語ってください。
御言葉によって歩ませてください。
あなたの御言葉こそが、
私の力であり、
私の活力の源です。
あなたを待ち望みます。
2007-08-19
収穫
今日は久しぶりの野菜ネタ。
そして、今年は発芽が遅かった上に、
謎の動物に食い荒らされたナスが、やっと初収穫。