2007-01-20

今日はホントにお休み

今日はまだ12時前ですが、思いっきり眠いので、
更新はあした・・・かな?

めっちゃ寒い夜です。

ではでは。

2007-01-19

満ち足りる心

今日は遅くまで集まりがあったので、
お休みします。
ホントはもう12時回っているので。

明日の朝(たぶん)更新・・・。

ではでは・・・

と思ったのですが、やはりあまり眠くなっていないので、今更新。

今朝は起きたら雪が降っていました。
そして雪化粧。2センチくらい積っていたでしょうか?
今年初めての景色でした。
その後、太陽が出てきて、とてもまぶしかったですが、
とても懐かしいまぶしさでした。
やはり冬はこうでなければ・・・と思いました。
もう午前中にほとんど融けてしまいましたが・・・。

今度の雪のチャンスは月曜日ですが、まあ何もないでしょう。
その次は木曜日、その次は火曜日、そして次の土曜日と続きます。
12月から1月前半、全く雪の気配がなかったのとはほんとうに対照的です。

今は夜の1時半で、-1度。
今、ゴミを出しに外に出たら、小雪が舞っていました。
明日の朝は-4度くらいかな。
そして昼間も氷点下で風も強い、寒い日となるでしょう。

今日の朝も、昨日の夜も、自分のキリストに出会った時の「証し」をするチャンスがありました。
何か、その時の話を始めると、心が震えてきて、
喜びが湧いてきて、押さえることができません。
今でも、それから20年以上経っているのですが、
その喜びが自分を支え、自分を生かしていることを感じます。

今、このページを読んでくださっている方々は教会の方々が多いかと思い、
もう、何度もお話ししていることとは思いますが、
またいつか、何回かのシリーズにして、ここにアップしたいかな、と思います。

そして、今日の聖書。
今日はテモテへの第1の手紙の6章。
この手紙の最後のところです。

「しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。」
6節の言葉です。

10年前は私費の留学生でした。
ですから、貯めたお金を、大切に使うこと、できるだけ減らさないことが大切なことでした。
のんちが働いてできたお金と、借りたお金がかなりの部分でした。
時間を見つけて翻訳をしたり、大学の仕事をしたり、補習校の代教をしたり・・・。
自分で作れるものはほんの少しでした。
そして、奨学金が出ても、自費で支払う授業料が半年で数千ドル単位でした。
ですから、毎月の出費はほんとうに少なかったです。
600ドルだったか、700ドルだったかの寮費(アパート代)がめちゃくちゃ高く感じました。
その前、アトランタにいた頃、またその前、サンディエゴにいた頃、もっともっと、
財布は小さかったと思います。「次のステップに進むために」と必死でしたから。

でも、今、定期的な収入のある生活になって、
一度大きくなった財布はなかなか小さくなりません。
そして、また大きくしようと思ったら、いくらでも大きくなります。

「満ち足りる心を伴う敬虔」・・・どんな感じなのかな、と思います。
口語訳では「信心があって足ることを知るのは、大きな利得である」とあります。

与えられていることを感謝して歩む生活、
そして、「ほんとうに必要なものは主が与えて下さる」という信頼の中での生活。

そこに歩んでいきたいと思います。


2007-01-18

明らかにされる

今日は予想よりも早く、3時頃から小雪が降っていました。
そして予想通り、大したことはありませんでした。
明日の朝まで、大したことがなく終わることと思います。

良かった。

でも、また明日から寒くなります。
風も強いので、寒さ対策は万全に・・・。

今日の朝の祈り会はほんとうに幸いな一時となりました。
御言葉によって支えられたお証を伺うことができて、
「こういう時を待ち望んでいた・・・」と思いました。
ますます、このような交わりが教会の中に広まり、
神様をたたえる賛美があふれますように。

心を開いて祈りの課題を挙げて、祈り合う交わりが広まりますように。

「教会が教会となる」一時でした。

そして今日の聖書。
今日はテモテへの第1の手紙の5章を読みました。

「ある人たちの罪は、それがさばきを受ける前から、だれの目にも明らかですが、ある人たちの罪は、あとで明らかになります。 同じように、良い行ないは、だれの目にも明らかですが、そうでないばあいでも、いつまでも隠れたままでいることはありません。」24-25節。

怖いような気もしますし、
また慰めでもあります。

「自分のほんとうの姿すべてが明らかになってしまったら、どうなるんだろうか?」
という恐れです。でも、いいんでしょう。それでも憐れみによって生かされているのですから、
憐れみによって、主のしもべとならせていただいているのですから。

それよりも、今日心に感じたのは、
どう思われていても、いい。
ほんとうのことはやがて明らかにされるのだから・・・という慰めです。

自分で騒がなくても、
自己弁護をしなくても、
ほんとうのことはいつか明らかにされるのです。
いや、別に今、誤解されて困っていることがあるわけではないです。念のため・・・。

でも、安心していい。
ほんとうのことはいつか明らかになるんだからと・・・。
そう思うと何も怖くなくなります。
ただただ、主に信頼して、
主が導かれる道を歩んでいきたいと思います。

感謝しつつ。

主よ、
今日もあなたの約束のゆえに感謝します。
あなたの御言葉によって支えられているいくつもの人生のゆえに感謝します。
あなたをたたえる証が教会の中にあふれますように。
また心からの願いを祈り合う祈りが教会の中にあふれますように。

2007-01-17

模範となる

今日の朝は-8.4度C。
ほぼ予報通りでした。
昼間は-1.5度まで上がって、
風も収まって、ずいぶん暖かく感じました。

今、真夜中の12時で、-6.7度C。
明日の朝は今朝以上に冷えそうです。

そして、明日の夜の雪の予報ですが、
大したことはない。ことは確かなようです。
降っても2-3センチ。
たぶんそこまでも行かないでしょう。

来週も、月曜日、木曜日、土曜日あたりにそれぞれチャンスはありますが、
全く何もないかもしれません。

今日はもう遅いので、
早速聖書に行きます。

今日はテモテへの手紙の第1、4章でした。
その中で、「ことばにも、態度にも、愛にも、信仰にも、純潔にも信者の模範になりなさい。」という12節の言葉が心に留りました。

ほんとうにそのようにありたいと思いました。
そして、今日一日祈っていて示されたこと。

今教会堂を取得したいと祈っていますが、
その中で、「必要ならば神様が与えて下さる」と信じて、
またそのように語っています。

でも、教会としてそれを信じるようにと励ますならば、
どうして私個人の私生活、というか、家族の生活の中で、
「これくらい蓄えがないといざというときに困る」とか、
「老後のことも考えなければ・・・」なんて考えるのでしょうか?

私を信頼しなさい、と主は言われます。
「神の国と神の義を先ず求めなさい。そうすればそれらのもの(日々の必要)はすべて添えて与えられます」と言われます。

でも、ほんとうに信じているのは、「蓄え」であったり、
第一に求めているのは神の国と神の義ではなく、「日々の必要」の方だったりするのではないかと。

だから、今、本気で主を信頼するとはどういうことなのか、祈っています。
具体的にそのように生きたいと思います。

主よ、
私に愛をもっと与えて下さい。
私にあなたを信頼する思いをもっと与えて下さい。
あなたを何よりも求めて、あなたにチューニングを合わせて歩めますように。

2007-01-16

temperate, self-controlled, respectable,

今朝起きた時は4度くらい。
でも風があったので十分寒く感じました。

その後、気温はゆっくり下がっていって、
夜になって下げ足を速めています。
今は夜の9時半で-4.3度C。
最低気温は-8度くらいまで下がるようです。
もう少し低くなるかな、と個人的には思っています。

でも、見事に15日を境に寒くなりました。
私は元々1週間以上先の予報は信頼していません。
でも、今回は見事でしたね。

明日は一日中氷点下です。

テキサスのヒューストンも、町の北半分はFreezing Rainです。
南半分も0.5度まで下がってきています。

こちらの金曜日の雪は、降っても学校が休みになるほどではないでしょう。
集会も予定通りできそうです。

最近、不思議なくらい、
「御言葉によって支えられました」「こんなことを神様から教えられました」という声を、
聞くようになりました。
うれしいことです。
日曜日の信仰に導かれた方も・・・。

教会で大きなイベントがあって、多くの方々が喜んで集ってくださる時にも、
皆さんの輝いた顔を拝見するのもうれしいことです。

でも、やはり、何よりもうれしいのは、心が触れ合うようなお話を伺う時、
神様がお一人一人の心に触れてくださったことを知った時。

そういうことのために、私は使命を頂いているのだと思います。

今日の聖書。
今日は第1テモテ3章でした。
今日のところは「監督」の資質と「執事」の資質について書いてあるところです。
「監督」は私たちの教会では「牧師」であり、
「執事」は私たちの教会では「役員」です。

自分が牧師のため、
「監督」の資質について書いてあるところが心に留りました。
特に、2節の「自分を制し、慎み深く、品位があり」の部分です。
日英対訳版を読んでいたのですが、
英語では"temperate, self-controlled, respectable,..."となっています。

ただ、ただ、そのようになりたいと思いました。
それ以上でもなく、それ以下でもなく、
ただ、単純に、品位のある、慎み深い、自分をよく制する者となりたいと思いました。

主よ、
どうか私に品位と慎みと自制とを与えて下さい。
平安と確信の中に慎み深くあることができますように。
あなたと共に歩んでいる平安の中に生きる者であることができますように。
あなたの与えて下さる平安の中に歩むことができますように。

2007-01-15

内なる飾り

今日も予想通り「ちょっと冷たい雨」でした。
それほど降りませんでしたが、
それでもmistyな一日でした。

今は夜の11時ですが、7度もあります。
でも、今夜半からどんどん温度は下がるでしょう。
あと、風も強くなってかなり寒く感じると思います。

明日からは冬です。
次の雪のチャンスは木曜日の夜から金曜日あたりです。

教会の集会がいろいろあるので、降らないで欲しいですが・・・。

あと、こちらも寒くなりますが、
何とテキサスのヒューストンでも、
ice stormのようです。
ダラスくらいならしょっちゅうあるのですが、
ヒューストンは珍しいと思います。
10年ぶりだそうです。
でも10年に1回あるのか・・・。

今日は地域の日本語牧師会がありました。
同じ使命を持った者たちが、
語り合い、励まし合い、祈り合う一時を持ちました。
いつもいつも元気を与えられます。

そして、いつもいつも「もっと話したい」と思うのですが、
あっという間に時間が過ぎていきます。

感謝。

今日の聖書。
今日は第1テモテ2章を読みました。

この8節の言葉はいつも心に留ります。
「男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。」

でも、今日はそれだけではなく、それに続く、女性に対する語りかけを自分への語りかけとして受け取りました。
「同じように女も、つつましい身なりで、控えめに慎み深く身を飾り、はでな髪の形とか、金や真珠や高価な衣服によってではなく、むしろ、神を敬うと言っている女にふさわしく、良い行ないを自分の飾りとしなさい。」9-10節。

子供の頃、自分のルックスってコンプレックスでした。
「ああ、ああゆうかっこいい友達みたいになりたいなあ」とよく思いました。

大人になって、
一人の妻の夫になると、
これがまた、モテ男ではないことが、助かると言えば助かります。
「イケメン牧師」なるものが存在するのかどうか知りませんが、
ルックスのいい牧師に比べると、いらない苦労がなくて助かります(^^)
「誤解されることが少ない(ない?)」「誘惑が少なくて(なくて?)すむ」という意味で・・・。

だからと言うわけではないのですが、
ここで女性に言われていること、すべての人に言われていることかなと思います。

「外見ではなくて、内側を磨きなさい、良い行いを飾りとしなさい」ということ、

ほんとうに自分の内なる人の美しさ、内なる飾りを身につけたいと思いました。
良い行いという美しさを身につけたいと思いました。

ま、外見も最低の身だしなみはしなきゃいけないんでしょうが・・・反省。

主よ、
私の心を守り、
良い行いという美しさを身につけさせて下さい。
そこに目を留め、そこに心を遣う者とならせてください。
「宝があるところに心もある」とあります。
内なる人を自分の「宝」とすることができますように。

2007-01-14

私を強くして下さる方

今日は予想通り、「ちょっと冷たい雨」でした。
昼間は7度くらい。今は夜の12時で4度。

明日ももうちょっと暖かくなるかもしれませんが、
「ちょっと冷たい雨」が続きます。
そして、火曜日から本格的な冬になります。
それがずーっと続きます。

ですから、これからしばらくは「降ったら雪」という
パターンになるのでは、と思っています。

まあ、今までの経験では2回くらい雪が降ったら、
「もう充分」って思うんですが、どうなることでしょうか?

今日の礼拝もたくさんの方々と共に礼拝を守ることができました。
そして、礼拝の後に、一人の方がイエスさまを受け入れるお祈りをされました。
ハレルヤ!

これからも教会がたくさんの方々がイエス・キリストに出会う場として用いられますように。

今日の聖書はテモテへの第1の手紙の1章です。
このテモテはパウロのもとで、
一つの教会の指導をしていた人です。
その人にアドバイスを送ったのがこの手紙です。

「私は、私を強くしてくださる私たちの主キリスト・イエスに感謝をささげています。」12節の言葉です。

主は「私を強くして下さる方」です。
私も根性なしですから、
この方なしでは、マジでここまで来ることもなかったでしょう。
周りの人の顔色ばかり気にして生きてきたでしょう。

でも、今は「私を強くして下さる方」を持っているのが、
ほんとうに大きなことだなあと思わされます。

勇気を持って決断をすることができます。
大胆に進んでいくことができます。

ピリピ人への手紙には、
「私を強くして下さる方によって何事でもすることができる」
と書かれています。

そうだなあ、と思いながら、
この言葉は一つ一つの出来事に出会っていく中で、
「ほんとうだなあ」とほんとうの意味が分ってくるのだと思います。

「私を強くして下さる方」を知っていくことのできる1週間となりますように。

神様、
あなたに感謝します。
あなたが私を強くして下さること、
私に勇気を与えて下さること、
私にチャレンジする力を与えて下さることに感謝します。
でも、言葉だけではなくて、
経験として、「私を強くして下さる方」としてあなたのことを
感じることができる1週間を与えて下さい。

今日、あなたを受け入れて、
新しい歩みを始められた方に、
主の守りがありますように。

2007-01-13

兄弟として

今日はかきごおり予報は外れて、
「暖かい雨」になりました。

昨日の夜は真夜中に2度くらいになった後、

その後はどんどん温度が上がっていったようで、

今日の昼間は12度を超えていました。



夜になっても、昨日よりも暖かい夜です。
今も7度くらいあります。

北に50キロどころか200キロくらい行った、

Albanyでは氷点下に下がってきていますが、

ちょっと北に上がっただけのCatskillあたりでは
まだ2-3度あるみたいですね。

でも、そこら辺もどんどん冷たい空気が入ってきているようです。


明日は、ズバリ、
「ちょっと冷たい雨」でしょう。

ずばり、と言うわりには「ちょっと」というアバウトな言葉が入りますが、

2-4度くらいで降る冷たい雨ではなくて、6-7度で降る、

絶対、雪やみぞれになり得ない、雨です。


月曜日の夕方、雪に変わるか、ですが、

たぶん、冷たい空気が入ってくる前に雨が上がってしまうのではないか、

と思います。


ですから、今回も雪はなし、ということで。


さて、今日、車の中での息子との会話。


息子の言葉・・・

「なかなか自分で勉強するのは難しいよ。先生にやれと言われると、やる気になるんだけど」


瞬間的な自分の心の中の反応・・・

うーん、「やれと言われたら、やる気になる」というだけでも、ありがたいのかなあ。

まあ、言う人が「親」じゃなくて「先生」というのがミソなのかなあ。

でもなあ、ずっと「自分で考えて決める」ように教えてきたつもりだったんだけどなあ。


でも、自分はどうだろうかと考えた・・・

確かに、自分も他人に言われると「そうだなあ、やんなきゃなあ」と思うし、

やろうと思っていることを言われると、

反抗期の子供のように「カチン」と来たりすることもあるけど、

でも、最終的には、やっぱり「そうだよ、やっぱりやらなければ!」と思う。

気がつかなかったことだったら、「自分では見えてないこともあるんだなあ」と反省する。

言われてやる気になることもたくさんある。言われて見えてくることもたくさんある。


だったら、自分もはっきりと言っていく人間になろうと思いました。

あんまり言わないできたところがあったことを反省させられました。

よかれと思って言ったことに反対の反応が返ってきた時にも、

言わなければいけないと思って言って、きつい反撃が返ってきた時にも、

「言わなければ良かった」なんて、子供みたいに思っていないで、

忍耐を持って祈り、語り続ける者でありたいと思いました。


ですから、皆さん、聖書を読みましょう。

これを読んだら、その場で、日曜日の礼拝のために祈って備えましょう。


で、今日の聖書です。

今日は第2テサロニケの3章です。


「もし、この手紙に書いた私たちの指示に従わない者があれば、そのような人には、特に注意を払い、交際しないようにしなさい。彼が恥じ入るようになるためです。 しかし、その人を敵とはみなさず、兄弟として戒めなさい。」14-15節。


これはとても難しいことだと思いました。
問題を起す人がいた時に、
「兄弟」として見るよりも、「敵」として見る方が簡単だからです。
ほんとうに愛が必要だと思いました。
そう、敵としてみてしまう時、その人を愛することよりも、
その人が悔い改めて主に従うことを望むよりも、
自分を守ることの方に重心が置かれてしまうからです。

「あなたが語ろうとしている人々は、あなたが恐れるべき人たちではなく、あなたが愛するべき人たちなのです」というある牧師の他の牧師達への言葉を読んだことがありますが、ほんとうにそれが大切なんだと思います。

結局のところ、愛すること。

恐れるのではなく、愛すること。
逃げるのではなく、愛すること。

主よ、
私を人々への愛で満たして下さい。
恐れではなく、愛でいっぱいにして下さい。

明日の日曜日、
明日の礼拝の中で、
あなたが確かにそこにおられること、
私たちと共にいて下さることを、
示して下さいますように。

2007-01-12

あらゆるよいわざとことば

今日の朝は昨日の夜よりも暖かくなり3度くらい。
昼間もまあまあ暖かかったです。
ちょっと雨もパラパラ降りましたし、
結構どんよりしていましたよね。

明日から月曜日までは雨です。
みぞれや雪が混じることは、どうかな?
今も夜の9時過ぎですが、4.2度です。
これくらいの気温がずっと続くようです。

北から下がってくる寒気がどれくらい強いか、によって、
変わってきます。今のところ、北に50キロくらい上がると、
みぞれ交じりになるようですね。

この時間で、今出されている、明日の朝の最低予想よりも、
温度が下がってきているので、
予想よりも温度が下がって、みぞれ交じりになったり、
ice stormになる可能性もまだありますね。
要注目です。

このice stormはコワイです。
今日の朝はカンザス州では19度Fで雨だったそうです。
19度Fは大体-7度Cです。
普通は雪でしょう、その気温では。
でも、雨が降ったそうです。
相当その冷たい空気の層が薄かったんでしょうね。
地表何百メートルだけ氷点下で、
上の方は暖かかったのでしょう。
冷たい空気は下にたまりますから。

で、地面についた瞬間にsheet iceになります。
アイススケートのリンクができるわけです。

こちらでは、よく、つるーっとすべっている車の映像が出たりしますが、
ほんとうにスケートリンクなんです。

すべるぞすべるぞ、と気をつけながら歩いても、
転ぶんですねえ。

あ、受験生のみなさん、すみません。

今日はこれから教会で深夜祈祷会なので、行ってきます。

で、今のうちに今日の聖書。
今日は第2テサロニケ2章。
今日も最後の祈りの言葉が心に留りました。

「どうか、私たちの主イエス・キリストであり、私たちの父なる神である方、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを与えてくださった方ご自身が、あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように。」16-17節

「あらゆる良いわざとことばとに進むように」

とありますが、これはまた私自身のための祈りです。
昨日と同じように、「私は何を祈っているだろうか」と考えました。
教会に多くの人々が来られることを祈っています。

でも、そこに集う人々、自分を含めて、私たちが
「よいわざとことば」に進むように祈ってきただろうか、
そのように思わされたのです。

何か、祈りが偏っていなかっただろうか?
祈りの焦点がずれていなかっただろうか?
外側から見て分る成功、人数的な成長の方ばかり見ていなかっただろうか?
そちらの方ばかり祈っていなかっただろうか?
一人ひとりが主にあって整えられていくこと、
一人ひとりが「良いわざとことば」に進んでいくことを祈ってきただろうか?
問われました。

主よ、
教会のために祈ります。
人数が増えることよりも、
ぴったりの会堂が与えられることよりも、
活気にあふれることよりも、
聖書にあるように、
「良いわざとことば」に進むことを祈ります。
一人ひとりをきよめ、整えて下さい


2007-01-11

何を祈るか

今朝は-5.1度Cまで下がりました。
久しぶりなので、やたら寒く感じます。
でも、このあたりの1月11日の平均の最低気温は
-7度ですから、これでも「平年よりも高い」ということになってしまうわけです。

これが「平年より低い」となるのはいつ頃かというと、
今のところ、来週の半ばから後半になるようです。

今はちょうど0度くらい。明日の朝まで、気温は大体0度くらいのままのようです。
そして、昼間は今日よりは暖かくなるようです。

あと、この週末は雨模様なんですが、
その雨が、2-3日前までは「暖かい雨」の予報だったのですが、
昨日あたりから、「冷たい雨」「みぞれ交じり」「最後(月曜日の夜)は雪に変わる」
なんて、予報まで出てきています。
寒気が前の予想よりも南に降りてくるのが早いようです。

お気をつけて。

今日は新年初めてのキッズクラブ。
20数名の仲間が来てくれました。
工作も、お話もみんな一生懸命。
楽しかったです。
みんなの楽しそうな姿にこっちも元気が出てきます。

来週はまたたくさんになりそうな予感がします・・・。
楽しみです。

で、今日の聖書。
今日はテサロニケ人への手紙第2の1章です。

今日はこの最後の祈りの言葉が心に留りました。
「そのためにも、私たちはいつも、あなたがたのために祈っています。どうか、私たちの神が、あなたがたをお召しにふさわしい者にし、また御力によって、善を慕うあらゆる願いと信仰の働きとを全うしてくださいますように。」11節の言葉です。

ここのところよく思うのですが、
聖書の中で、パウロが「祈っていますよ」と言う時に、
それは「病気が治りますように」「仕事がうまくいきますように」「みんな元気で過ごせますように」ということではなくて、「あなたがたの愛が成長しますように」とか「神に喜ばれる者となりますように」とか、そういうことなんですね。

もちろん、困難を覚えている方のために、
病気の方のために、
仕事を探している方、
将来共に歩んでいく伴侶を求めている方、
それぞれ、具体的においのりします。
それは祈ったらいいと思うのです。

でも、それだけを祈って、パウロが祈ったようなことを祈らなかったら、
それは本質的なことを見逃しているのではないかと思ったのです。

もっともっと教会のお一人一人の信仰のために、
信仰の成長のために、お祈りすることが大切なんだと思います。
もっともっと、教会のお一人一人の健康や仕事のことよりも、
その信仰のことを心にかけることの大切さを思わされます。

主よ、
どうか私の心にある一人ひとりの
信仰を守って下さい。
お一人一人の愛と喜びにあふれて歩みことができますように。
闘いの中、苦しみの中におられる方々のためにお祈りします。
その苦しみを取り除いて下さい。
でも、それよりも、何よりも、その苦しみの中でも、
あなたの愛を知り、あなたの使命に歩んでいくことができますように。

2007-01-10

目を覚ましていなさい

今朝は思ったほど冷えないで-0.4度。
だから朝は楽でした。
帽子がなくても大丈夫。

でも、その後、NYでは雪が舞ったそうで、
夕方からどんどん冷えてきました。

我が家の庭の温度計は
昼間の最高気温は2.6度。
夜の11時で-2.5度C。
明日の朝は-6度くらいまで行くのではないでしょうか?

プチ冬です。
でも、また週末は暖かくなるようです。
そして、雨が降って、その後、
いよいよ来週。
ホンモノの冬がやってくると天気予報の世界では騒がれ始めました。

シベリアの寒気が北極を通ってカナダからアメリカに流れ込むようになる、
というシナリオができつつあるようです。
ですから1月後半から2月は寒くなるみたいですよー。
覚悟しておきましょう。

夜うちに帰って、
手紙を整理していると、
ん?なんだ?という郵便物が一通。

World Visionというクリスチャンの援助団体の手紙です。
4つ折りになっているだけの、封筒も何もない、カード。
私たちの教会でサポートしている国際飢餓対策機構と同じように、
飢えで苦しんでいる人々の自立を助けたり、
子ども達の教育のためのサポートをしたりする団体です。
ですから、別にそこからダイレクトメールが来ても別に不思議ではありません。

でも、どこを見ても、
我が家の住所も、家族の名前も何にもないんです。
よく知らない人の名前が・・・
良くある誤配かなあ、と思いました。

で、どこのうちに届ければいいんだろう?と思って、よくよく宛先を見ると・・・

町の名前はMaleny?

・・・オーストラリア!

消印は・・・2006年10月22日・・・しかもスペイン語!

うーん、差出人は・・・

World Vision "Ha
ïti"
(1個目のiは点が二つ)

・・・ハイチ?(英語っぽく言うと、ヘイティ)

宛先の名前も「かきごおり」とは似ても似つかぬ「バランタイン」さん。

そして、これは決してダイレクトメールではなかったのです。
中にはオーストラリアのバランタインさんから援助を受けて勉強をしているハイチの子供が一生懸命書いた絵が描かれていました。
ジョリーちゃんという子です。

今までの2ヶ月半の間、この郵便はどこをどう渡ってここまで来たのでしょうか?
カリブに浮かぶハイチから、
オーストラリア行きの郵便が、
アメリカのニュージャージーに?

そして、どうして、Paramusの郵便屋さんはこの郵便を「かきごおり」家の郵便物に紛れ込ませたのでしょうか?うーん、謎だ。

でも、一つだけ分っていることがあります。
それは神様が私とバランタインさんをつなげたくて、
この便りを使ったということ。

バランタインさん宛に手紙をつけてお送りしたいと思います。
その手紙はきっとバランタインさんに届くと思います・・・たぶん。
届かなくて、また他の誰かが受け取って、
それを読んで、輪が広がったら、それはそれでまた楽しいかな、と。

不思議な出会いに感謝しつつ。

でも、うちの出した手紙も、そんなことになっていることがあるんだろうなあ、と思うと、
ちょっと心配。

で、今日の聖書。
今日は第一テサロニケ、5章でした。
たくさんいい言葉があるのですが、その中で心に留ったのは、
「目をさまして、慎み深くしていましょう。」6節です。

眠っていると、イエスがもう一度来られる時、慌てるだろう。
でも、目を覚ましていれば、いつイエスが来られても大丈夫、
喜んで迎えられるだろうというのです。

最近よく思わされるspiritualなsensitivityのことだと思いました。
spiritualにsensitiveでありたいと思いました。
何が起っているか分らない、
なんでもいいような気がする・・・というのではなくて、
spiritualに鋭い感性を持つ、というか。

表面的なことに捕らわれない、
深いところを見極める感性を磨きたいと、
磨いて頂きたいと、
教えて頂きたいと、
そのように思いました。

主よ、
どうか、あなたの見方で、回りを見ることができますように。
見極めることができますように。
spiritualなことにsensitiveな者となれますように。
目を覚ましていることができますように。

明日のキッズクラブのためにも祝福を注いで下さい。

2007-01-09

神に喜ばれる歩み

今朝は氷点下1度。
昼間も6.6度止まり。
ちょっと冬らしかったです。
でも、小雨も小雪も降らずじまいでした。

今は午後10時過ぎで0.6度C。
明日の朝は-4度くらいまで下がると思います。
明日は1か月ぶりにNYの日なので、
朝が寒いのはちょっとイヤかな。
結局帽子も買ってないし・・・。
ちょっと明日NYで見てみようか。

昨日まで1ガロンで$2.23とかしていたガソリンが、
うちの近所では一斉に$2.19とかになりました。
昨年11月頃だったか、一瞬2ドルを切ったのですが、
その後ちょっと上がって高値安定中だったのが、
最近いい感じで下がってきています。
でも、夕方車でMidland Parkを走っていたら、
何と、$2.05のスタンドが3つ。
すごい!と思いましたが、
急いでいたので、ガソリンは入れられませんでした。
でも、どうしてでしょうかぁ?
7%くらい安いわけで・・・。
ちなみに、
www.newjerseygasprices.com
を見ても、何とNJで一番安いではありませんか。(1月9日夜現在)
いわゆるメジャーなブランドではありませんが、
変なモノ入っていないでしょうし、
うーん、今度入れてみよう。
是非是非、もっともっと下がって欲しいですね。

で、今日の聖書。
今日はテサロニケ人への手紙の第1、4章でした。
心に語られたことは、
1-7節の言葉。
神の喜ばれるような歩みをしなさい、
きよい歩みをしなさい、ということです。

「神が私たちを召されたのは、汚れを行なわせるためではなく、聖潔を得させるためです。」7節。

ほんとうに主の守りと主の励ましが必要だと思いました。
このこと一つ取っても、
「あなたがたは私を離れては何もできないのである」
というヨハネによる福音書15章の言葉を思い出させられます。

私自身が自分の身を、また心をきよく保つことができるように、
そして、教会の一人ひとりが守られるように、
祈らされます。

主よ、
今日も、私の身を守って下さい。
そして、教会の一人ひとりの身を守って下さい。
多くの誘惑から守って下さい。
どうか、きよく歩めますように。
過ちに陥っている人がいるならば、
そこから抜け出すことができますように。



2007-01-08

苦難の中で

今日は朝は暖かで9度もありましたが、
昼間は温度は上がらず、
日が暮れてからは、太陽の暖かさもなくなり、風も出て、
「寒い!」って感じになってきました。

それでも夜9時半で3.4度。この季節としては暖かい夜です。
明日の朝もぎりぎり氷点下、くらいでしょう。
そして、明日からあさってにかけては冬らしい感じになりそうです。
小雪も舞うかもしれません。

でも、金曜日からはまた暖かくなって週末は雨。
来週は今度こそは!という感じで、冬になるんじゃないでしょうか?
15日が境目、という年初からの予想は当たりそうです。

新年のメールやお便り、お電話をいくつか頂いている中で、
今日は、数年前に肝臓移植をされた方とお電話でお話ししました。

大変な病でアメリカでの移植を受けて生還されたのですが、
移植後の3年前には日本でお会いすることができました。
その方が生還された背後には、命を失われた方がおられるわけで、
その事実を担って生きることの重さもどんなにかと思いますが、
でも、ほんとうにその方が健康な肝臓を受け取られた時に、
出てくるようになった力。
それはものすごいモノだと思いました。
肝臓ってほんとうに大切なんですね。

でも、その3年前の再会の時、
もしも、自分に何かが起きて、
臓器は大丈夫だけれども、もう命は助かる見込みがない、
ということが起ったら、
ほんとうに役に立てて頂きたいと思ったことを思い出しました。

そして、さっき、改めて運転免許証を見ました。
昔は免許証の裏に提供したい臓器にチェックをする欄があったんですが、
今はないんですね。
でも、私の場合は、しっかり表側の一番下に、
ORGAN DONERと書かれています。
はっきり覚えていないのですが、
免許を取る時にチェックするんでしたっけね。
そうそう今月4年に1度の更新ですから、確認しておこうっと。

そんなことで、今日の聖書。
今日はテサロニケ人への第1の手紙3章を読みました。

どの言葉というのはないのですが、
苦難の中を通っていたテサロニケの教会の人々が、
大丈夫だろうか、というパウロの心配をよそに、
愛と信仰にあふれて歩んでいたということにほんとうにはげましを頂きました。

私も牧師として歩んでいる中で、
苦難の中におられる方々について、ほんとうにいろんな心配が湧いてきます。
大丈夫だろうかと、神様を見失ってしまうことはないだろうか、
この苦難に飲み込まれてしまうのではないかと心配になる時もあります。
でも、苦難の中で、信仰が深められる、信仰が強められている姿を拝見すると、
そんなお証を伺うと、ほんとうに主は必要な助けを与えて下さるんだなあ、
と思わされます。

でも、やはり祈らされます。
苦しみの中にある人々に一番近くあって下さる主が、
その方に見えますように、と。

私自身の中にも、
戦いの中にある人々の痛みがわかる愛を与えて下さい、と。

主よ、
今日も、苦難の中にある方々を助けて下さい。
その方々とあなたが一番近くにいて下さることに、
お一人一人の目を開いて下さい。
御言葉を語ってください。
御言葉によって生かしてください。
私にも愛を与えて下さい。
あなたが持っておられる愛を、私にも与えて下さい。

2007-01-07

御言葉が人のうちで働く

今日は昨日までに比べるとずいぶん普通になりました。
最高気温は分らないのですが、朝は5度。
今も雨が降っていますが、温度は6度くらいです。

明日からも東京の冬くらいの感じだと思います。

1週間先、2週間先の予報を見ると、
「snow」の文字がちらほら見えるようになってきました。
火曜日の夜はちょっと雪が混じるかもしれません。

今日の礼拝、やっぱり元気になって礼拝にでれるというのはめちゃくちゃうれしいことです。
それ故に、「今日も体調が悪く礼拝にでられません」という方からの連絡には
ほんとうに心から祈らされました。
主の守りと慰めと、そして癒やしがありますように。

今夜は、昨日の夜、日曜日の準備のために祈っていて見なかった、
「のだめ」の最終回の録画を見ました。
いやあ、楽しませて頂きました。

一番よかったのは第8回のブラームスの1番かなあ。
大好きです。
第4楽章にトロンボーンのコラールがあるから、特別です。
そのコラールのテーマが、最後の最後で、
オケ全体で再現されますよね、
それがまたしびれます。

見ながら、自分が高校生の時、オケをやっていた時のことを思い出しました。
オペラのピットオケで、トロンボーンなんか「押さえて押さえて・・・」の連続でしたが、
みんなで一つの音楽を作り上げることの楽しさを、ほんとうに感じました。

でも、思い出してみて、今までで一番音楽を作り上げる楽しさを感じたのは、
今から13年前のクリスマス。
アトランタのノークロス教会で過ごしたタダ一回のクリスマス。
教会のほとんど全員、20人くらいで聖歌隊を作って、音楽をやったこと。
確か、中学生の時は別として、
前にも後にも指揮をしたことはあの時だけだったかなあ。
音楽的には何もないんですが、
でも、ほんとうにみんなで楽しく曲を作り上げていきました。
そして、みんなが音楽をする喜びだけではなく、賛美をする喜びを経験して下さったことです。

賛美する喜び。
JCCNJの皆さんもそこに目が開かれていきますように。

さてさて、今日の聖書。
今朝はテサロニケ人への第1の手紙の2章を読みました。

「この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いているのです。」
13節の言葉が心に留りました。

神の言葉が信じる者たちのうちに働く。
ものすごい励まされました。
神様の言葉が一人ひとりの内側に働いて、
その人のうちで実を結んでいく。

私の使命はそれを語っていくこと、それを伝えていくこと、
御言葉自身に力があって、
御言葉自体が働いて、
人を造りかえ、
人を生かしていく。

それを見せて頂くことができるのはどんなに大きな祝福だろうか?

正直なところ、
今日の礼拝の説教がどのように伝わっていくか、心配だった。
でも、礼拝直後に、どのように語られたかを伝えて下さった方がいた。
ほんとうに感謝した。
私が心配することなんて必要ない、
御言葉自身に力があって、
一人ひとりの心の中で働いていく。

それを信頼してこれからも語っていく者でありたい。

主よ、
御言葉をありがとうございます。
御言葉の力を感謝します。
御言葉の力を信頼します。
御言葉が聞く一人ひとりのうちで働いて、実を結んでいきますように。
私は、ただ、単純に、忠実に、誠実に語る者であることができますように。

2007-01-06

言葉だけではなく

今日はほんとうに暖かな一日でした。
22度を超えました。
ほんとうに春でした。
チューリップの芽も出ていました。

でも、ここまで暖かいのは今日限り。
明日は10度ちょっと、
月曜日は10度以下、
火曜日には5度くらいだそうです。

でも、それでやっと平年並みです。

明日は気持ちのいい一日でしょう。

一週間、きつかったので、
ここのページもあっさりと終わっておりましたが、
来週からはまたいろいろ手を広げようか・・・などと考えておりますが、

今日は土曜日、とにかく明日の礼拝のために祈っております。

あと、JOYJOYキッズクラブのための工作・・・あっ「ひみつタイム」用なので、
秘密なのですが、それをやっておりました。楽しいですよ。

で、今日の聖書。
今日はテサロニケ人への手紙の第1、1章です。

「私たちの福音があなたがたに伝えられたのは、ことばだけによったのではなく、力と聖霊と強い確信とによったからです。」5節の言葉です。

単なる言葉ではない、それを超えるものを伴ったことば。
明日の日曜日の礼拝の説教のことを思わされました。
単なる言葉ではなくて、力と聖霊と強い確信を伴ったメッセージを語ることができますように。

でかい声を出さなくてもいい、
講壇を叩かなくてもいい、
主にある平安と確信にあふれて、
大胆に語らせて頂きたいと思います。
聖霊様が、その場で豊かに、力強く、暖かく、激しく、
働いて下さいますようにと願います。

神様、
あなたが明日のJCCNJの礼拝にあふれて下さい。
満ちあふれて下さい。
そして、御言葉がいのちと力を持って、
一人ひとりの心に届きますように。
私を用いて下さい。




2007-01-05

御言葉を語れますように!

いやあ、今日の集会のうちにガンガン回復して、
やっとほぼ100パーセント宣言。

元気になりました。
お祈りに感謝します。

で、今日はまた暖かかったですね。
朝は7.5度くらいでしたが、
雨の中ぐんぐん温度が上がり、15度を超えました。
NYでは桜が咲いているとニュースで言っています。

今夜の集会では、「ぼけ」の花が咲いたと、ある方が持ってこられました。
「ぼけ(木瓜)」ですが、東京あたりでも2月とか、3月とかですよね。
明日は雨も上がって20度くらいまで上がるでしょうから、
もう、完璧春ですね。
いろんな花が咲くことでしょう。

でも、あさってからは下降線です。
火曜日あたりは冬らしい日になりそうです。

さてさて、今日の聖書です。
今日はコロサイ人への手紙4章でした。
心に留ったのは、まさに集会に行く前に書いたことと同じ言葉。
「また、私がこの奥義を、当然語るべき語り方で、はっきり語れるように、祈ってください。」
4節の言葉です。

これは私自身の言葉でもあり、祈りでもあります。
「当然語るべき語り方」
ほんとうに確信を持って、
人におもねるのではなく、
主の願われるように、
主が語ってくださったとおりに
人々に語ることができますように。

そして、そのことができるように、
自分が祈るだけではなくて、
多くの人々に祈って頂かなければと思う。

誘惑から守られ、
みことばに養われ、
恐れから解放されて、
主の御言葉を語ることができるように、どうか祈ってください。

主よ、
どうか、私が明日も、あさっても、
大胆にあなたの御言葉を語ることができるように、
守ってください。助けてください。力を与えて下さい。
明日のために、
そして日曜日の礼拝のために、
あなたの守りを与えて下さい。

めきめき回復中・・・

今日は30パーセントの低空飛行からの出発で、
現在、夕方の5時で75パーセントまで回復。
これからまた集会です。

めきめき音をたてながら回復しています。

日曜日のためにお祈りしてください。

牧師のために祈る→牧師が霊的に整えられてご用ができる→一人ひとりが主に語られる→教会が安定する・元気が出てくる・・・といい風が吹きます。

もちろん、
牧師がみんなのために祈る→みんなが主によって整えられて支えられる→祈ろう、恵みを分ち合おう、という空気があふれてくる→教会が安定し・元気が出てくる・・・といういい風は私の責任ですね。

ではまた深夜に1日1章はアップということで・・・。

2007-01-04

天を見上げて

今朝も予想よりもちょっと冷えて-0.6度C。
病み上がりで学校に行く息子を乗せようと思って、
車を見ると真っ白に霜が降りていました。

でも昼間は12.5度まで上がり、春の陽気。
集会でも「このまま春になればいいのに」という声が・・・。

たぶん、そうはいかないでしょうがね。

今、午後8時過ぎで7.5度。
今夜も穏やかな夜です。
そして、今夜は曇ってくるので、気温もこれ以上余り下がらないでしょう。

明日は雨。
暖かな雨でしょう。
土曜日は雨も上がり20度近くまで上がるみたいです。
ガハハ。春ですねえ。

今日はさっそく聖書。
今日のところはコロサイ人への手紙3章でした。
「あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。」
2節の言葉が心に留りました。

「地上のもの」というときに、さすがに、「経済的なこと」「モノ」に対する執着はありません。
でも、それが、名誉だとか賞賛だとか、そういうものになると、どうかなと思います。

ほんとうにどこまで
「この世で認めてもらえなくても、神様が天国で受け入れて下さればそれでいい」
と思っているだろうか、問われたように思いました。

ただただ、天において与えて下さるモノだけを見上げながら、
この地上で誤解されたり、受け入れられないことがあっても、
ただただ愚直に御言葉をストレートに語っていきたいと思いました。

主よ、
あなたの御言葉を与えて下さい。
そして、あなたの御言葉をストレートに語る者であらせてください。
明日の集会も守り導き、
あなたのことを証しすることができますように。

また、50パーセントくらいに落ちてきてしまっているので、
今日はもう早く休んで、明日に備えます。
お祈り下さい。

2007-01-03

キリストに繋がる

今朝は-2.9度まで下がりました。
もちろん、今年に入って最低。
でも今晩はもう9時半ですが、気温は6.5度もあります。
昼間も10度を超えました。

明日はもっと暖かくなるでしょう。
そして、その後は雨。暖かい雨。
ですが、その後週末からはだんだん気温は下がり傾向。
そして15日以降はやはり冬らしくなるのでは・・・。

ちょっとおもしろくなりそうです。

元旦礼拝の後、2日間教会の集会はスローペースだったので、
助かりました。
明日からはフルスロットルで走り出します。

午前中は家庭集会、
夕方はキッズクラブのための作戦会議です。
楽しみです。

金曜日も朝と夜に集会。
土曜日も朝の6時半から祈り会です。

あっという間に日曜日になってしまいそうです。

今日の聖書はコロサイ人への手紙の2章です。

心に留ったのは、ちょっと長いですが、

「あなたがたは、ことさらに自己卑下をしようとしたり、御使い礼拝をしようとする者に、ほうびをだまし取られてはなりません。彼らは幻を見たことに安住して、肉の思いによっていたずらに誇り、かしらに堅く結びつくことをしません。このかしらがもとになり、からだ全体は、関節と筋によって養われ、結び合わされて、神によって成長させられるのです。」18-19節

という言葉です。

「幻を見た」という人がいたら、
ああ、その人は信仰深いんだろうなあ、と思うでしょう。
でも、ここを読むと、必ずしもそうではなくて、
そこに安住して、傲慢になって、キリストに繋がることをしなくなってしまうこともあるというのです。

逆を言えば、その様な特別な経験が大切なのではなくて、
キリストに繋がっていく、へりくだって、教えられていくことが大切なのだ、ということなのでしょう。

日々、聖書を読むこと、
祈ること、
それによって生かされていくことの幸いを思わされます。

でも、それだけではないのかなあ、とも思わされます。
たぶん、人を大切にして生きていくこと。
人と共に歩んでいくこと、
その中で教えられることもたくさんあるでしょう。
私たちは仙人ではなくて、
人の中に生かされている者です。

キリストに繋がること・・・
その意味をもっともっと教えて頂きたいと思います。

主よ、
特別なことはなくてもいいです。
ただ、あなたに繋がって生きることをもっともっと経験させてください。
ああ、主に繋がっているなあ、という実感を持って歩ませてください。
明日の集会に、
あさっての集会に、
集う方々にも、「ああ、ここには確かにキリストに繋がるものがある」と
わかるような、そのような香りを満たして下さい。

2007-01-02

キリストにある成人

朝は80パーセントでしたが、
その後は50に落ちたり、80に戻ったりで、
「もう一晩寝れば、大丈夫かな」という感じです。

おかしくなってから36時間くらいで、
ものを食べようという気持ちになっていますから、
回復の早い方でしょう。ありがたいことです。

今日の最高気温は8.1度。
今、午後8時半で、1.1度まで下がっています。
今夜は氷点下でしょうね。

そして、明日、あさってと春のような日が続くみたいです。
不思議なもので、1月中に寒くないと、何か変ですよね。
2月になってから寒くなったりもするんですが、
そのころにはもう日が長くなってきていて、
「身にしみる」寒さではないように思います。

今、天気予報の世界では、
「いつ頃からアメリカ東部が冬らしくなるか」という話が
盛り上がっていますが、
早くても15日くらいだそうです。

さて、今日の聖書。
今日はコロサイ人への手紙の1章です。

心に響いてきた言葉は、
「それは、すべての人を、キリストにある成人として立たせるためです。」28節
です。

聖書の中には「子供のようになりなさい」という言葉があります。
そして、男である私は「永遠の少年」を公言してはばかりません。

ですから、この言葉はものすごく新鮮に響きました。
「キリストにある成人」。
神に対して子供のように信頼しながら、
でも、「キリストの形なるまで成熟していく」ということを
神様は私たちに計画して下さっているのです。

私もその様な円熟した働き人になりたいと思いました。
人を大切にすることにおいて、
配慮をすることにおいて、
成長させて頂きたいと思いました。

そして、それが「すべての人を」というところにも心が留りました。
「この人はこういう人なんだ」と決めつけてしまうのではなくて、
一人ひとりが主にあって円熟させて頂けるように、
祈っていくことの責任をも感じました。

主よ、
私をキリストにあって、
円熟したもの、成熟した者にならせて下さい。
人を大切にし、人に配慮できる者としてください。
無理にではなく、自然にそれができるような愛をあふれさせてください。
そして、教会の一人ひとりの中に、同じことを成就してください。
「すべての者」たちがそれを経験できますように。

今日も、弱さや痛みの中にある人々を助けてください。