明日の朝、出発して、14日から29日に日本を訪問します。
詳しい日程等は、教会のホームページにあります。
ニュージャージー日本語キリスト教会
ここ数年、毎年日本を訪問させていただいて来ましたが、
本当に主が不思議なことをしてくださって来ました。
そして、その背後に祈りがあり、
私自身もたくさんの不安の中で祈らないではいられない、
そのようなところに追い込まれる経験もしました。
今回も、本当に祈らされています。
主が不思議なことをしてくださることを、
お会いする一人一人に主が語ってくださることを信頼して、
出発します。
まずは、到着して、翌日から岩手県の宮古コミュニティーチャーチを訪問します。
22年ぶりにお会いする先生ご夫妻との再会も楽しみにしています。
宮古は三陸沿岸の町。6ヶ月前の震災でも大きな被害を受けました。
そこで先生ご夫妻、また教会の皆さんは町の人々と共に歩んで来られました。
岩塚先生の働きについては、初期の働きがここに紹介されていますが、
http://jpnews.org/pc/modules/mysection/item.php?itemid=189
本当に先生の語られている姿が目に浮かぶようです。
本当にこのような先生です。
たくさんのことを学ぶことができますように。
お祈りに感謝しつつ。
2011-09-12
2011-09-11
神を神とする。
今日は2011年9月11日。
あの日からちょうど10年。
今日はそのことを覚えつつ礼拝を守った。
午前中は依頼されて、プリンストンの教会での礼拝メッセージ。
「あああ、遅れる〜!」と叫びながら、8時半頃家を飛び出して、1時間余りのドライブ。
その車の中で、ラジオを聞いていた。
そこから流れて来たのは、Ground Zeroでもたれているメモリアルサービスの様子。
自分と同じ世代のお父さん、お母さんがたくさん亡くなっていた。
だから、名前を読み上げる中に時々出てくる、子供たちの親へのメッセージ。
「お父さん、ありがとう。愛しているよ。私をこの世に生まれさせてくれてありがとう」
「お父さん、僕の立派になった姿を見てほしかったよ。一緒に遊んでほしかった・・・」
そんな言葉を聞きながら、自分もあのときのことを思い出していた。
「何だこれは?」
「これは絶対に戦争が起こる・・・」
「崩れないでくれ、頼むから崩れないでくれ・・・」
そのあとのことはもうちょっと書けません。
そうやって聞いていたら、よく聞く声が詩篇の46篇を読んでいました。
紙は我らの避けどころ、また力である。
悩めるときのいと近き助けである。
それゆえに、たとい地は変わり、
山は海の真中に移るとも、
我らは恐れない。
・・・
オバマ大統領でした。
耳を疑いました。
一国の指導者が、このような場で聖書を読んでいる・・・。
胸に熱いものがこみ上げて来ました。
本当にうれしかったです。
でも、それとともに昨日読んだ記事が思い出されました。
それは「テロリストはdirty bombをTimes Squareで爆発させようとしているのではないか」という記事でした。
恐ろしいことを考えるヤツがいるものだ、と思いつつ、
アメリカが9.11以来、どれだけクラスター弾や劣化ウラン弾を使って来たのか、
アフガニスタンを空爆し、イラクに戦争を仕掛けてきたか。
それを考えると、この指導者は、この国は、本当にこの聖書のことばに生きようとしているのだろうか?
そのことを考えさせられました。
その詩篇の46篇の中にこのような言葉があります。
「静まって、私こそ神であることを知れ」
アメリカの国も神を利用しようとするのではなく、
本気で神を神として、神に従い、神にひれ伏し、悔い改めて立ち上がろうとしているのか?
神を神とすることの反対は自分を神とすること。
神の名を自分のために利用すること。
「静まって、私こそ神であることを知れ」
そのように言われる方の前に、この国も、指導者も、そして、私自身も本当にひれ伏すことができますように。
今日のプリンストンの礼拝は、
本当に多くの方々が、喜びを持って礼拝をささげている姿に励まされました。
子供たちのためのメッセージも任せていただいて、うれしかった。
もう少し皆さんといろいろ話をしたかったですが、
午後の礼拝のために、とんぼ返り。
そして、JCCNJの礼拝では、
日本の「オアシスライフ・ケア」の松田代表からのメッセージビデオや、
JCCNJの元のメンバーの中上祐子さんが、9.11の時に作られた「Chain Reaction」、
が送られて、また、9.11の時にすぐ近くで働いておられた方が、そのあと、クリスチャンなられて、証しをしてくださって、とても幸いな礼拝の一時となりました。
もっともっと多くの方々にこのメッセージを分かち合いたかったな。
主を主と崇めつつ、
主が与えてくださった仲間とつながりつつ、
弱さを覚え、痛みを覚えておられる方につながる、
これからも、その働きをさせていただきと思わされます。
さあ、明日は牧師会のためにフィラデルフィアへ。
でも、明後日からの日本行きの準備・・・やばいかもねえ。
パスポートとグリーンカードと・・・あと何だ?
あの日からちょうど10年。
今日はそのことを覚えつつ礼拝を守った。
午前中は依頼されて、プリンストンの教会での礼拝メッセージ。
「あああ、遅れる〜!」と叫びながら、8時半頃家を飛び出して、1時間余りのドライブ。
その車の中で、ラジオを聞いていた。
そこから流れて来たのは、Ground Zeroでもたれているメモリアルサービスの様子。
自分と同じ世代のお父さん、お母さんがたくさん亡くなっていた。
だから、名前を読み上げる中に時々出てくる、子供たちの親へのメッセージ。
「お父さん、ありがとう。愛しているよ。私をこの世に生まれさせてくれてありがとう」
「お父さん、僕の立派になった姿を見てほしかったよ。一緒に遊んでほしかった・・・」
そんな言葉を聞きながら、自分もあのときのことを思い出していた。
「何だこれは?」
「これは絶対に戦争が起こる・・・」
「崩れないでくれ、頼むから崩れないでくれ・・・」
そのあとのことはもうちょっと書けません。
そうやって聞いていたら、よく聞く声が詩篇の46篇を読んでいました。
紙は我らの避けどころ、また力である。
悩めるときのいと近き助けである。
それゆえに、たとい地は変わり、
山は海の真中に移るとも、
我らは恐れない。
・・・
オバマ大統領でした。
耳を疑いました。
一国の指導者が、このような場で聖書を読んでいる・・・。
胸に熱いものがこみ上げて来ました。
本当にうれしかったです。
でも、それとともに昨日読んだ記事が思い出されました。
それは「テロリストはdirty bombをTimes Squareで爆発させようとしているのではないか」という記事でした。
恐ろしいことを考えるヤツがいるものだ、と思いつつ、
アメリカが9.11以来、どれだけクラスター弾や劣化ウラン弾を使って来たのか、
アフガニスタンを空爆し、イラクに戦争を仕掛けてきたか。
それを考えると、この指導者は、この国は、本当にこの聖書のことばに生きようとしているのだろうか?
そのことを考えさせられました。
その詩篇の46篇の中にこのような言葉があります。
「静まって、私こそ神であることを知れ」
アメリカの国も神を利用しようとするのではなく、
本気で神を神として、神に従い、神にひれ伏し、悔い改めて立ち上がろうとしているのか?
神を神とすることの反対は自分を神とすること。
神の名を自分のために利用すること。
「静まって、私こそ神であることを知れ」
そのように言われる方の前に、この国も、指導者も、そして、私自身も本当にひれ伏すことができますように。
今日のプリンストンの礼拝は、
本当に多くの方々が、喜びを持って礼拝をささげている姿に励まされました。
子供たちのためのメッセージも任せていただいて、うれしかった。
もう少し皆さんといろいろ話をしたかったですが、
午後の礼拝のために、とんぼ返り。
そして、JCCNJの礼拝では、
日本の「オアシスライフ・ケア」の松田代表からのメッセージビデオや、
JCCNJの元のメンバーの中上祐子さんが、9.11の時に作られた「Chain Reaction」、
が送られて、また、9.11の時にすぐ近くで働いておられた方が、そのあと、クリスチャンなられて、証しをしてくださって、とても幸いな礼拝の一時となりました。
もっともっと多くの方々にこのメッセージを分かち合いたかったな。
主を主と崇めつつ、
主が与えてくださった仲間とつながりつつ、
弱さを覚え、痛みを覚えておられる方につながる、
これからも、その働きをさせていただきと思わされます。
さあ、明日は牧師会のためにフィラデルフィアへ。
でも、明後日からの日本行きの準備・・・やばいかもねえ。
パスポートとグリーンカードと・・・あと何だ?
2011-09-07
主が共におられる。
今日も雨。
昨日の夜はヒヤヒヤする降り方だったけれども、
深夜には峠を越えて、今日も降ったりやんだりで、
降る時にもそれほど強い雨ではないので、大丈夫かな、と思う。
でも、その雨の中心がCentral PAからNY州の方へ流れて行っていることが気になる。
昨日の夜からずっと同じあたりに雨雲がどんどんかかって来ている。
そして、今、夜の11時半頃だけど、ここら辺にも、小さな雲だけど、かなり強い雷雲が南から接近中。一時的に激しい雨が降りそう。
洪水が起こっているところも多いようだ。
その地にある人々が守られますように。
安全が守られ、心が守られますように。
今度の日曜日は、2つの意味で特別な日曜日です。
特別な礼拝を守ることになっています。
昨日の夜はヒヤヒヤする降り方だったけれども、
深夜には峠を越えて、今日も降ったりやんだりで、
降る時にもそれほど強い雨ではないので、大丈夫かな、と思う。
でも、その雨の中心がCentral PAからNY州の方へ流れて行っていることが気になる。
昨日の夜からずっと同じあたりに雨雲がどんどんかかって来ている。
そして、今、夜の11時半頃だけど、ここら辺にも、小さな雲だけど、かなり強い雷雲が南から接近中。一時的に激しい雨が降りそう。
洪水が起こっているところも多いようだ。
その地にある人々が守られますように。
安全が守られ、心が守られますように。
今度の日曜日は、2つの意味で特別な日曜日です。
特別な礼拝を守ることになっています。
一人でも多くの人々に、神様の愛と慰めが届きますように。
さて、最近の「日々のみことば」から。
昨日、火曜日は使徒行伝の9:32-43でした。
「タビタ。起きなさい。」40節。
ペテロが見ていた、感じていたのは何だったのか?
それは復活の主の臨在。
復活の主が共にいてくださること。
イエスを死人の中からよみがえらせた主が共にいてくださること。
その主が今も私と共におられることを感謝した。
そして、昨日から、ずっと、その主が共にいてくださることを何度も何度も思い出す。
不安を感じる場面や、自分の力ではどうにもならないような場面、
人に励ましが必要な場面、誰かと祈っている最中・・・
何度も何度も、「復活の主が共にいてくださるのだ」ということを思わされる。
感謝。
主よ、
あなたが共にいてくださることに感謝します。
復活の力をもって共にいてくださることに感謝します。
どうか、明日も、明後日も、土曜日も、そして、日曜日も、
そして、来週からの日本での歩みの中でも、
一つ一つの場面において、あなたの御力を表してください。
2011-09-06
従うこと。
昨日から雨の予報でしたが、
昨日はなんとか一日もって、
今日の朝、起きたら雨が降っていました。
そして、一日雨。
時々本降りで、50mmくらい降っているようです。
夜になって、ちょっと激しくなって心配しましたが、
11時頃には峠を越えて、小康状態です。
でも、明日いっぱいくらいまで心配です。
ハリケーンの洪水で本当に大きな被害を受けた方々が、
なんとか片付けをしている中で、
やっと片付いたかなあ、と思っておられる中で、
またここで大きな被害が出ると、どんなに大きなダメージがあるかと思います。
なんとか、このまま終わってほしいところです。
そして、いよいよ日本訪問まであと1週間。
「週間予報」の範囲に入って来ました。
9月14日の東京の予想最高気温31度C。
最低気温の予想が 23度C。
うーん、覚悟していかないと・・・。
今日から、子供たちも学校。
下の娘はミドルスクールに入ります。
あのチビが・・・と思いますが、
もう背の高さは、上の娘と変わりません。
スクールバスが来るほど遠くはないので、
上の二人は歩いて通いました。
でも、なんでしょうね、一番下が、あそこまで歩くのか?
と、どうしても思ってしまう。
自分は日本で、二年生くらいから、毎日30分通ってたのに。
今日は雨だったので車で送迎。
ここら辺も、東京だったら「ありえない〜」ってことですけどね。
朝7時10分と、30分に行ってくれます。
親にとっては「朝を有効に使える」ありがたい新学期です。
さて、最近の「日々のみことば」から。
3日土曜日は使徒行伝8:26-40でした。
「 そこで、彼は立って出かけた。」27節。
ピリポはサマリヤで大きな働きをした人です。
その彼が「次のところに進んで行け」と言われた時に、
彼はすぐに従ったのです。
2つのことを思わされました。
一つは聖霊様の声に対する敏感さです。
主が語ってくださっているのに、
それに気がつかないことが自分はあるのではないかと思いました。
その声を、聖霊様の語りかけを、いつも聞ける準備をしていたいと思いました。
その感覚をもっともっと研ぎすまさせていただきたいと思いました。
そして、もう一つは、その聖霊様の語りかけに対する
従順さです。
語られた時に、それに従うこと。
ピリポは、自分にとって恐らく居心地がよかったであろうサマリヤから、誰がいるかもわからないガザへの道に行きなさい、と語られて、それに従いました。
そして、そこでも一人の人との出会いが与えられて、
彼がイエスを信じて洗礼を受けたとたんに、また違うところに導かれて行きました。
聖霊様に対する従順さ、ということを教えられます。
今、日本での予定を決めているところです。
祈りつつ、聖霊様の導きを求めつつ、
一つ一つ決めることができますように。
主よ、
あなたの語りかけに対しての敏感さと従順さを与えてください。
あなたに従って歩む者でありますように。
昨日はなんとか一日もって、
今日の朝、起きたら雨が降っていました。
そして、一日雨。
時々本降りで、50mmくらい降っているようです。
夜になって、ちょっと激しくなって心配しましたが、
11時頃には峠を越えて、小康状態です。
でも、明日いっぱいくらいまで心配です。
ハリケーンの洪水で本当に大きな被害を受けた方々が、
なんとか片付けをしている中で、
やっと片付いたかなあ、と思っておられる中で、
またここで大きな被害が出ると、どんなに大きなダメージがあるかと思います。
なんとか、このまま終わってほしいところです。
そして、いよいよ日本訪問まであと1週間。
「週間予報」の範囲に入って来ました。
9月14日の東京の予想最高気温31度C。
最低気温の予想が 23度C。
うーん、覚悟していかないと・・・。
今日から、子供たちも学校。
下の娘はミドルスクールに入ります。
あのチビが・・・と思いますが、
もう背の高さは、上の娘と変わりません。
スクールバスが来るほど遠くはないので、
上の二人は歩いて通いました。
でも、なんでしょうね、一番下が、あそこまで歩くのか?
と、どうしても思ってしまう。
自分は日本で、二年生くらいから、毎日30分通ってたのに。
今日は雨だったので車で送迎。
ここら辺も、東京だったら「ありえない〜」ってことですけどね。
朝7時10分と、30分に行ってくれます。
親にとっては「朝を有効に使える」ありがたい新学期です。
さて、最近の「日々のみことば」から。
3日土曜日は使徒行伝8:26-40でした。
「 そこで、彼は立って出かけた。」27節。
ピリポはサマリヤで大きな働きをした人です。
その彼が「次のところに進んで行け」と言われた時に、
彼はすぐに従ったのです。
2つのことを思わされました。
一つは聖霊様の声に対する敏感さです。
主が語ってくださっているのに、
それに気がつかないことが自分はあるのではないかと思いました。
その声を、聖霊様の語りかけを、いつも聞ける準備をしていたいと思いました。
その感覚をもっともっと研ぎすまさせていただきたいと思いました。
そして、もう一つは、その聖霊様の語りかけに対する
従順さです。
語られた時に、それに従うこと。
ピリポは、自分にとって恐らく居心地がよかったであろうサマリヤから、誰がいるかもわからないガザへの道に行きなさい、と語られて、それに従いました。
そして、そこでも一人の人との出会いが与えられて、
彼がイエスを信じて洗礼を受けたとたんに、また違うところに導かれて行きました。
聖霊様に対する従順さ、ということを教えられます。
今、日本での予定を決めているところです。
祈りつつ、聖霊様の導きを求めつつ、
一つ一つ決めることができますように。
主よ、
あなたの語りかけに対しての敏感さと従順さを与えてください。
あなたに従って歩む者でありますように。
2011-09-04
神様のリズム。
日本の台風はものすごい大きな爪痕を残しました。
ハリケーン・アイリーンの洪水がひどかったとはいえ、
降った雨量は10インチ=250mm程度。
それでも本当に大雨ですが、
今回の日本の台風の大雨は、1800mmまでいったところがあるというのですから、驚きです。インチだったら70インチですか。
被害に遭われた方々が、「今まで経験したことがない・・・」と言っておられましたが、
本当にそうだろうと思います。歴史上なかったような大雨でした。
大切な方を亡くされた方々に慰めがありますように。
大きな被害に遭われた方々に立ち上がる力が与えられますように。
こちらは、今日は本当に蒸し暑い一日でした。
教会に行くときも、ちょっと遅れ気味で焦っていたせいか、
汗がダラダラ。
そして、教会に着いても、思い通りに行かないことがいくつもあって、
かなり汗がダラダラ+冷や汗。
教会はエアコンががんがんかかっているんですがね。
アメリカ人の教会なんで。
で、今週の大雨ですが、どうでしょうか。
先週の大雨で、水量が増えているので、
ちょっとした雨で川があふれるところもありそうです。
恐れていたLeeとKatiaのダブルパンチはなさそうですが、
Leeの影響はありそうです。
今夜はこれから雨。
明日も雷雨がありそうです。
先週ハリケーンのため、礼拝を一緒に守ることができなかったので、
今日は2週間ぶりにみんなで共に礼拝。
本当に幸いな一時でした。
思うのは、1週間に一回集まるのは、
神様のリズムなんだと。
創造の初めから、神様が定められて、
私たちのうちに組み込まれているリズムなんだと。
毎週の礼拝が喜びにあふれ、祝福に満ちたものとなりますように。
さて、最近の「日々のみことば」から。
金曜日に読んだところ、使徒行伝8:4-25。
すごいな。
迫害の中で、
身の危険さえ感じる中で、
神様のすばらしさを語った。
自分はできないなあと思わされている。
あの停電くらいで、ストレス貯めてちゃねえ。
でも、自分の力じゃないんだろうなあ。
神様がそれをさせてくださる。
神様がその力を与えてくださる。
それだけなんだろうな。
主よ、
私もどんな瞬間も、
どんなときもあなたの恵みを伝える器にしてください。
困難の中でも、あなたの福音を伝える者でありますように。
ハリケーン・アイリーンの洪水がひどかったとはいえ、
降った雨量は10インチ=250mm程度。
それでも本当に大雨ですが、
今回の日本の台風の大雨は、1800mmまでいったところがあるというのですから、驚きです。インチだったら70インチですか。
被害に遭われた方々が、「今まで経験したことがない・・・」と言っておられましたが、
本当にそうだろうと思います。歴史上なかったような大雨でした。
大切な方を亡くされた方々に慰めがありますように。
大きな被害に遭われた方々に立ち上がる力が与えられますように。
こちらは、今日は本当に蒸し暑い一日でした。
教会に行くときも、ちょっと遅れ気味で焦っていたせいか、
汗がダラダラ。
そして、教会に着いても、思い通りに行かないことがいくつもあって、
かなり汗がダラダラ+冷や汗。
教会はエアコンががんがんかかっているんですがね。
アメリカ人の教会なんで。
で、今週の大雨ですが、どうでしょうか。
先週の大雨で、水量が増えているので、
ちょっとした雨で川があふれるところもありそうです。
恐れていたLeeとKatiaのダブルパンチはなさそうですが、
Leeの影響はありそうです。
今夜はこれから雨。
明日も雷雨がありそうです。
先週ハリケーンのため、礼拝を一緒に守ることができなかったので、
今日は2週間ぶりにみんなで共に礼拝。
本当に幸いな一時でした。
思うのは、1週間に一回集まるのは、
神様のリズムなんだと。
創造の初めから、神様が定められて、
私たちのうちに組み込まれているリズムなんだと。
毎週の礼拝が喜びにあふれ、祝福に満ちたものとなりますように。
さて、最近の「日々のみことば」から。
金曜日に読んだところ、使徒行伝8:4-25。
「他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。」4節。
すごいな。
迫害の中で、
身の危険さえ感じる中で、
神様のすばらしさを語った。
自分はできないなあと思わされている。
あの停電くらいで、ストレス貯めてちゃねえ。
でも、自分の力じゃないんだろうなあ。
神様がそれをさせてくださる。
神様がその力を与えてくださる。
それだけなんだろうな。
主よ、
私もどんな瞬間も、
どんなときもあなたの恵みを伝える器にしてください。
困難の中でも、あなたの福音を伝える者でありますように。
2011-09-03
主の栄光だけを。
台風はやはり四国に上陸となりました。
でも、先日のこちらのハリケーンと同じで、
中心から遠いところでも、大雨が降っています。
「中心がどこに行くか」というのは本当に大切な情報なんですが、
「遠く離れているから大丈夫」じゃないんです。
台風の東側では南風が吹くので、
温かい湿った空気が入って、
大雨になり易いです。
お気をつけ下さい。
今日メキシコでTropical Stormになった「Lee」くんも、
北側、東側で大雨が降っています。
で、先日は「干ばつに見舞われている地域に恵みの雨か」とも思ったのですが、
雨の範囲は西に広がらず、一番干ばつのひどいテキサスには降らなさそうです。
それだけではなく、その湿った空気の一部が、
もう雨はしばらくいらないこの北東部にまで流れて来そうです。
そして、東海上からは、「Katia」ちゃんも、接近/上陸する可能性も出て来ました。
それはホントに悲惨なことになりますので、避けてほしいものです。
さて、ちょっと息抜き。
ウチの女の子たちはホントに動物好き。
先日のハリケーン一過の月曜日も、
停電の中、ウチにいてもしょうがないし、
親子そろって休日なのは、学校の始まる前日で急がしい9/5を除けば、しばらくないかな、ということで、遊びに行こうという話になりました。
私は子供の時に「潮干狩り」に連れて行ってもらってから、
「〜狩り」が結構お気に入りで、行きたいのですが、
イチゴとかモモとかリンゴとかナシとかはアレルギーがあるのでダメ。
ぶどう狩りはこちらにはあまりないので、
「そうだ、シーズン最後のブルーベリー狩りだ」と提案したのですが、
シーン。
ということで、場を盛り上げようと、
年間パスを買った「Bronx Zoo」に行こう!と言ったら、
二人とも「行く行く」だって。
実際行ってみたら、月曜まではハリケーンの影響で休園だったんですけどね。
おまけに、ブルーベリー農園までの道も通行止めだったんですけどね。
結局電気のつかないウチでゆっくりしているのが正解だったみたいです。
ま、そんな子供たち、
アトランタではやっぱりパンダです。
ここは上野みたいな人だかりはできません。
(自分が子供のとき、カンカンとランランを初めて見たとき、ホントに遠くの方で黙々と笹を食べているのをちらっと見ただけでした。すごい人の波で、立ち止まることも許されませんでした)
新学期が始まった8月半ば、ホントにお客さんもいないです。
ぽつぽつ人がやってくる程度で、ほとんど「独り占め」状態です。
2年前に行ったのですが、
それで気に入って、今年も「行く行く」とういので、
行って来ました。
その時のビデオ。
上手にサトウキビの皮をむいて、食べていたのですが、
はい、パンダのLun Lun(メス)と目が合いました。
そしたら、舌をペロリ。
それがおかしくて、笑っていたら、目の前に歩いて来て、
踏ん張るじゃないですか。怒ってたのかな。
パンダのウンコ風景、初めて見ました。ハイ。
ま、それだけなんですがね。
で、気を取り直して、
最近の「日々のみことば」から。
一昨日までの数日間、使徒行伝の7章、ステパノの説教と殉教のところを読みました。
「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っているイエスとを見て・・・」55節。
ステパノの説教でその場で悔い改める人はいませんでした。
それどころか、人々の反発を買いました。
はらわたが煮えくり返っていたといいます。
そして、ステパノが神の栄光を見て、神の右に立っておられるイエスを見て、
そのことを口に出したら、人々は怒りに満ちて、彼に石を投げつけたのです。
ステパノの態度、言葉は、人に配慮するものではありませんでした。
人を理解して、導いて行くものではありませんでした。
ただただ、主の語らせることを語り、
主を見上げていました。
それが彼を死に追いやりました。
彼は悔い改めた人を見ることはできませんでした。
人の人生が変えられて行くのを見ることはできませんでした。
でも、よかったのです。
彼はただ、主の栄光を見ていたのです。
そして、その姿を見ていたサウロが、必死になって迫害に乗り出したのは、
まるで自分が今まで大切にして来たものが、
このステパノが持っている信仰によって、崩されてしまうのではないかという不安を打ち消すためであったかのようです。
そして、彼は最後はイエスに出会い、悔い改め、福音を伝える者となり、たくさんの人々が彼の働きを通して救われました。
ステパノはそれを自分の目で見ることはできませんでした。
私たちが神様に従う時に、
必ずしも、自分が生きている間にその結果を見ることができないかもしれない、
そのことを覚悟していることの大切さを思わされました。
目先の結果に一喜一憂し易い私たちです。
本当に主の導きに従い、ただ主を見上げて歩ませていただきたいです。
主よ、
あなたの導きを見せてください。
人の反応や、目先の結果で物事を判断してしまうことがありませんように。
ただ、あなたの導かれること、あなたの命じられることをさせてください。
でも、先日のこちらのハリケーンと同じで、
中心から遠いところでも、大雨が降っています。
「中心がどこに行くか」というのは本当に大切な情報なんですが、
「遠く離れているから大丈夫」じゃないんです。
台風の東側では南風が吹くので、
温かい湿った空気が入って、
大雨になり易いです。
お気をつけ下さい。
今日メキシコでTropical Stormになった「Lee」くんも、
北側、東側で大雨が降っています。
で、先日は「干ばつに見舞われている地域に恵みの雨か」とも思ったのですが、
雨の範囲は西に広がらず、一番干ばつのひどいテキサスには降らなさそうです。
それだけではなく、その湿った空気の一部が、
もう雨はしばらくいらないこの北東部にまで流れて来そうです。
そして、東海上からは、「Katia」ちゃんも、接近/上陸する可能性も出て来ました。
それはホントに悲惨なことになりますので、避けてほしいものです。
さて、ちょっと息抜き。
ウチの女の子たちはホントに動物好き。
先日のハリケーン一過の月曜日も、
停電の中、ウチにいてもしょうがないし、
親子そろって休日なのは、学校の始まる前日で急がしい9/5を除けば、しばらくないかな、ということで、遊びに行こうという話になりました。
私は子供の時に「潮干狩り」に連れて行ってもらってから、
「〜狩り」が結構お気に入りで、行きたいのですが、
イチゴとかモモとかリンゴとかナシとかはアレルギーがあるのでダメ。
ぶどう狩りはこちらにはあまりないので、
「そうだ、シーズン最後のブルーベリー狩りだ」と提案したのですが、
シーン。
ということで、場を盛り上げようと、
年間パスを買った「Bronx Zoo」に行こう!と言ったら、
二人とも「行く行く」だって。
実際行ってみたら、月曜まではハリケーンの影響で休園だったんですけどね。
おまけに、ブルーベリー農園までの道も通行止めだったんですけどね。
結局電気のつかないウチでゆっくりしているのが正解だったみたいです。
ま、そんな子供たち、
アトランタではやっぱりパンダです。
ここは上野みたいな人だかりはできません。
(自分が子供のとき、カンカンとランランを初めて見たとき、ホントに遠くの方で黙々と笹を食べているのをちらっと見ただけでした。すごい人の波で、立ち止まることも許されませんでした)
新学期が始まった8月半ば、ホントにお客さんもいないです。
ぽつぽつ人がやってくる程度で、ほとんど「独り占め」状態です。
2年前に行ったのですが、
それで気に入って、今年も「行く行く」とういので、
行って来ました。
その時のビデオ。
上手にサトウキビの皮をむいて、食べていたのですが、
はい、パンダのLun Lun(メス)と目が合いました。
そしたら、舌をペロリ。
それがおかしくて、笑っていたら、目の前に歩いて来て、
踏ん張るじゃないですか。怒ってたのかな。
パンダのウンコ風景、初めて見ました。ハイ。
ま、それだけなんですがね。
で、気を取り直して、
最近の「日々のみことば」から。
一昨日までの数日間、使徒行伝の7章、ステパノの説教と殉教のところを読みました。
「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っているイエスとを見て・・・」55節。
ステパノの説教でその場で悔い改める人はいませんでした。
それどころか、人々の反発を買いました。
はらわたが煮えくり返っていたといいます。
そして、ステパノが神の栄光を見て、神の右に立っておられるイエスを見て、
そのことを口に出したら、人々は怒りに満ちて、彼に石を投げつけたのです。
ステパノの態度、言葉は、人に配慮するものではありませんでした。
人を理解して、導いて行くものではありませんでした。
ただただ、主の語らせることを語り、
主を見上げていました。
それが彼を死に追いやりました。
彼は悔い改めた人を見ることはできませんでした。
人の人生が変えられて行くのを見ることはできませんでした。
でも、よかったのです。
彼はただ、主の栄光を見ていたのです。
そして、その姿を見ていたサウロが、必死になって迫害に乗り出したのは、
まるで自分が今まで大切にして来たものが、
このステパノが持っている信仰によって、崩されてしまうのではないかという不安を打ち消すためであったかのようです。
そして、彼は最後はイエスに出会い、悔い改め、福音を伝える者となり、たくさんの人々が彼の働きを通して救われました。
ステパノはそれを自分の目で見ることはできませんでした。
私たちが神様に従う時に、
必ずしも、自分が生きている間にその結果を見ることができないかもしれない、
そのことを覚悟していることの大切さを思わされました。
目先の結果に一喜一憂し易い私たちです。
本当に主の導きに従い、ただ主を見上げて歩ませていただきたいです。
主よ、
あなたの導きを見せてください。
人の反応や、目先の結果で物事を判断してしまうことがありませんように。
ただ、あなたの導かれること、あなたの命じられることをさせてください。
2011-08-31
祈りとみことばの奉仕
今日もいい天気でした。
本当に助かります。
あの大雨の後、天気が悪いと本当につらいですが、
いい天気が続いてくれるのが救いです。
洪水が起こっているところはそれでも、
金曜日とか、土曜日にならないと・・・という報道がなされています。
最低、来週の前半くらいまでは、この天気が続いてくれるといいのですが。
そして、今、人々の目は、
大西洋に新しくできたハリケーン「Katia」(カティアかな、アメリカ人も迷うみたいです)移っています。
でも、ホントに心配なのは、メキシコ湾です。
ここに「Lee」がこの週末に発生します。
そして、メキシコ湾をウロウロします。
ここにには油田がたくさんあって、精製所もたくさんあって、
ハリケーンがここに来ると、ガソリンが高騰します。
カトリーナの時には、本当にびっくりするくらいガソリンが高くなりました。
1ガロン2ドル代前半から3ドル台にジャンプしたんじゃなかったかと思います。
今は3ドル半くらいですから、ジャンプすると5ドルくらいに行っちゃうんでしょうか。
そして、そのLeeからの湿った空気が北上して、
こちらに大雨を降らせる恐れがあります。
なんとかそれて欲しいものです。
テキサスの方は干ばつで大変なので、
なんとか、そちらの方にたくさん雨を降らして欲しいものです。
さて、最近の聖書から、
8月28日日曜日は使徒行伝6:1-15を読みました。
「そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」4節。
「祈りと御言葉の奉仕」に集中することの大切さを思わされるこの聖書箇所ですが、
今まで、ちゃんと読んでいなかったのですが、
「祈りとみことばの奉仕」の「みことば」って何だろうなあ、
御言葉を読んだり学んだりすることだと思われているけど、
語ることなのかなあ、とか、いろいろ考えさせられて、
原語では「ロゴス」かなあ、と思わされて、ギリシャ語を読んでみた。
そしたら、やっぱり「ロゴス」。
「神のことば」なんだろうな、と思いました。
でも、それ以上の発見。
「祈りと御言葉」の奉仕、だとばっかり思っていたのですが、
そうではなくて、
祈り、と「御言葉の奉仕」なんですね。
「祈り」が一つの働きで、それに対応するように、
「御言葉の奉仕」がある。
この御言葉に仕え、この御言葉を味わい、そして、生き、伝えて行く。
その使命をいただいたことの重さを感じさせられました。
神様、
私が、本当に御言葉に仕える働きをする事ができますように。
御言葉に聞き、味わい、そこに生きることができますように。
それをことばにして伝える時に、
あなたのみことばが一人一人の心に届くように、
私が本当にあなたの御言葉に仕える者でありますように。
本当に助かります。
あの大雨の後、天気が悪いと本当につらいですが、
いい天気が続いてくれるのが救いです。
洪水が起こっているところはそれでも、
金曜日とか、土曜日にならないと・・・という報道がなされています。
最低、来週の前半くらいまでは、この天気が続いてくれるといいのですが。
そして、今、人々の目は、
大西洋に新しくできたハリケーン「Katia」(カティアかな、アメリカ人も迷うみたいです)移っています。
でも、ホントに心配なのは、メキシコ湾です。
ここに「Lee」がこの週末に発生します。
そして、メキシコ湾をウロウロします。
ここにには油田がたくさんあって、精製所もたくさんあって、
ハリケーンがここに来ると、ガソリンが高騰します。
カトリーナの時には、本当にびっくりするくらいガソリンが高くなりました。
1ガロン2ドル代前半から3ドル台にジャンプしたんじゃなかったかと思います。
今は3ドル半くらいですから、ジャンプすると5ドルくらいに行っちゃうんでしょうか。
そして、そのLeeからの湿った空気が北上して、
こちらに大雨を降らせる恐れがあります。
なんとかそれて欲しいものです。
テキサスの方は干ばつで大変なので、
なんとか、そちらの方にたくさん雨を降らして欲しいものです。
さて、最近の聖書から、
8月28日日曜日は使徒行伝6:1-15を読みました。
「そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」4節。
「祈りと御言葉の奉仕」に集中することの大切さを思わされるこの聖書箇所ですが、
今まで、ちゃんと読んでいなかったのですが、
「祈りとみことばの奉仕」の「みことば」って何だろうなあ、
御言葉を読んだり学んだりすることだと思われているけど、
語ることなのかなあ、とか、いろいろ考えさせられて、
原語では「ロゴス」かなあ、と思わされて、ギリシャ語を読んでみた。
そしたら、やっぱり「ロゴス」。
「神のことば」なんだろうな、と思いました。
でも、それ以上の発見。
「祈りと御言葉」の奉仕、だとばっかり思っていたのですが、
そうではなくて、
祈り、と「御言葉の奉仕」なんですね。
「祈り」が一つの働きで、それに対応するように、
「御言葉の奉仕」がある。
この御言葉に仕え、この御言葉を味わい、そして、生き、伝えて行く。
その使命をいただいたことの重さを感じさせられました。
神様、
私が、本当に御言葉に仕える働きをする事ができますように。
御言葉に聞き、味わい、そこに生きることができますように。
それをことばにして伝える時に、
あなたのみことばが一人一人の心に届くように、
私が本当にあなたの御言葉に仕える者でありますように。
2011-08-30
準備ができるということ。
昨日、今日と、すごくいい天気が続いています。
湿度も低く、雨がたくさん降ったあと、
家の中の乾燥にも、地面の乾燥にもありがたい天気です。
もうしばらくこのいい天気が続きそうです。
でも、まだまだあふれている川があるとのこと、
ウチの近所の川は日曜日の昼間が一番水位が高く、
夕方には1mくらい引いていましたが、
それらの川が集まるもっと大きな川は、水位が上がるのに時間がかかって、
今、最高水位を記録しているようです。
被害に遭われた方々に慰めと支えがありますように。
電気もインターネットも回復して、
やっと落ち着いて更新できます。
ずっと、このハリケーンを経験している中で、
「ハリケーンが来るぞ」と準備をする事ができる幸いを感じていました。
水を汲んで、懐中電灯や携帯ラジオをわかるところに集めて、
携帯にいっぱい充電して、バスタブに水を溜めて、
もちろん、停電になるとそれなりのストレスはあるのですが、
何が起こっているかもわかりますし、
ある程度の対応もできます。
水があふれそうな川の近くには近づかないように、と思います。
木の下には車は停めないようにと思います。
暑い日には日陰のできる木の下が人気ですが、
こんな天気の時は木の下に停めないのが鉄則です。
そうやって準備ができます。
テレビがつかなくても、大体の状況はわかります。
それがどれほどありがたかったことか、
嵐の中で、のんちと何度も「準備ができるって恵まれているよね」と、語り合っていました。
あの震災の中で、皆さんはどんなに不安で、怖かっただろうかと思います。
情報も錯綜する中で、何を信じたらいいのか、と思われただろうと思います。
情報が与えれている中で、
準備をしっかりすること、
その大切さを思わされます。
さて、「日々のみことば」も分かち合いたいのですが、
ちょっと限界になったみたいなので、また今度。
おやすみなさい。
2011-08-29
停電中。
昨日は、インターネット接続が落ちていたのですが、
その後、夕方6時半頃復旧して、喜んだのもつかの間。
7時頃に停電して、そのまま24時間が過ぎました。
教会にくればすべて動いているのでいいのですが、
とりあえず、今夜はそろそろ帰って、休もうと思っています。
・・・と書いて、帰る前(10時半頃)に、一応確認、と思って誰もいない自宅に電話をしたら、呼び出し音が鳴っている!これは電気が戻った証拠。
ということで、また帰ってから書きます・・・。
・・・と言いながら、帰ってみたら、電気も戻っていて、感謝して喜んだのですが、30分もしないうちに、今度はケーブルが落ちてしまい、「TV+ネット+電話」の三点セットがダメになってしまいました。疲れ果てて、すぐに寝ました。
30日の朝ですが、無事にすべてが復旧しています。
でも、まだまだ復旧に時間がかかるところもあるようです。
復旧のために尽力されている方々に感謝。
まだまだ復旧に時間がかかりそうで、途方にくれておられる方々のために祈ります。
その後、夕方6時半頃復旧して、喜んだのもつかの間。
7時頃に停電して、そのまま24時間が過ぎました。
教会にくればすべて動いているのでいいのですが、
とりあえず、今夜はそろそろ帰って、休もうと思っています。
・・・と書いて、帰る前(10時半頃)に、一応確認、と思って誰もいない自宅に電話をしたら、呼び出し音が鳴っている!これは電気が戻った証拠。
ということで、また帰ってから書きます・・・。
・・・と言いながら、帰ってみたら、電気も戻っていて、感謝して喜んだのですが、30分もしないうちに、今度はケーブルが落ちてしまい、「TV+ネット+電話」の三点セットがダメになってしまいました。疲れ果てて、すぐに寝ました。
30日の朝ですが、無事にすべてが復旧しています。
でも、まだまだ復旧に時間がかかるところもあるようです。
復旧のために尽力されている方々に感謝。
まだまだ復旧に時間がかかりそうで、途方にくれておられる方々のために祈ります。
2011-08-28
信仰によって。
ハリケーンは衰弱しながら通過して行きました。
でも、我が家の気圧計でも950mbくらいを記録していたので、
中心気圧だけを見ると、それほど弱くなっていなかったのでは、と思います。
でも、風はそれほど強くありませんでした。
雨は夜ずっと強く降っていたようです。
近くの川はあふれていました。
我が家から教会までまっすぐいける道路は冠水。
我が家のケーブルテレビが落ちて、
同じ会社のサービスである電話とインターネットもダウン。
朝は携帯はつながっていたのですが、
9時半頃にはつながらなくなってしまいました。
なので、情報はラジオだけ。
でも、「おとなしくしていればこのまま過ぎ去るだろう」というところまで来ていたので、ブランチを食べて、10時半頃から、家族で礼拝。
新約聖書のヘブル人への手紙の11章1−16節を読みました。
信仰って何だろう、と思わされるところです。
「信じて従うこと」それに尽きるのかな。
そして「信頼すること」。
だから信仰は気持ちの問題じゃなくて、決断の問題であり、行動することだろうな、と思う。いろんな考えがあるだろうけれども、少なくとも、この聖書の箇所はそう言っている。
ノアのことをずっと思いながら一週間を過ごしていた。
どんなに「ばかげたこと」と言われただろうか?
でも、ノアは神に従って、箱船を造った。
そして、ノアは準備ができていたので、助かった。
今回のハリケーンのことで、「そこまで準備をしなければいけないのか?」とか「避難しなければいけないのか?」とか思った人々もいただろう。
でも、NYCの市長、NJ州の知事を初め、多くのリーダーたちが本当に決然とした態度で「甘く見るな」と言い続けた。
昨日も、テレビを見ていたら、「避難命令」が出ているのに、逃げようとしない人がインタビューに答えていた。「月曜日7時にはオフィスを開けるから」。ウォール街の金融関係者だ。ノアの時にもそんな感じだったと思う。
イエスも「準備をしていなさい」と世の終わりのことを話される時に、ノアの話をされた。「人々はそんなことは起こるはずがない」と思っていた。でも、その日が来た。
同じように、私たちが「神様に会う準備」をする事はどれほど大切なことだろうかと思う。それは、今日かもしれないし、明日かもしれないし、1週間後、1年後、10年後、20年後、50年後かもしれない。
だから、いつでも大丈夫なように準備をしていることだ。
それはノアにとっては箱船であったわけだが、
私たちとってはイエス・キリストの十字架。
私たちの罪の身代わりとして死んでくださったイエスこそ、私たちの救いだ。
そして、16節の「神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。」という言葉に心動かされました。
二人の娘たちを自分がどれほど誇りに思っているか(あ、息子もなんですが、ヤツは目の前にいなかったので)、でも、それを遥かに超えて、私たちを誇りに思ってくださっていると思うと、本当にうれしかったです。
今日の礼拝、みなさんと共に守ることができないのが本当に残念で、晴れ間が出て来た昼前には「大丈夫だったら、集まれる人だけでも・・・」と思わされるくらいで、「どなたかが来られても大丈夫なように」と、昼過ぎから教会に来ていますが、来る途中で、川の水があふれて通行止めになっていた道もあったし、倒れていた木もあったし、ちょうど礼拝の始まるくらいの時間から風が強くなって来て、今、2時半頃ですが、何度か「あ、停電するかも・・・」という「ブチ、ブチ」というのも起こっています。ですから、正しい判断だったんですね。
教会の皆さんのそれぞれの礼拝が祝福されますように。
そして、皆さんの一週間の歩みが守られますように。
でも、我が家の気圧計でも950mbくらいを記録していたので、
中心気圧だけを見ると、それほど弱くなっていなかったのでは、と思います。
でも、風はそれほど強くありませんでした。
雨は夜ずっと強く降っていたようです。
近くの川はあふれていました。
我が家から教会までまっすぐいける道路は冠水。
我が家のケーブルテレビが落ちて、
同じ会社のサービスである電話とインターネットもダウン。
朝は携帯はつながっていたのですが、
9時半頃にはつながらなくなってしまいました。
なので、情報はラジオだけ。
でも、「おとなしくしていればこのまま過ぎ去るだろう」というところまで来ていたので、ブランチを食べて、10時半頃から、家族で礼拝。
新約聖書のヘブル人への手紙の11章1−16節を読みました。
信仰って何だろう、と思わされるところです。
「信じて従うこと」それに尽きるのかな。
そして「信頼すること」。
だから信仰は気持ちの問題じゃなくて、決断の問題であり、行動することだろうな、と思う。いろんな考えがあるだろうけれども、少なくとも、この聖書の箇所はそう言っている。
ノアのことをずっと思いながら一週間を過ごしていた。
どんなに「ばかげたこと」と言われただろうか?
でも、ノアは神に従って、箱船を造った。
そして、ノアは準備ができていたので、助かった。
今回のハリケーンのことで、「そこまで準備をしなければいけないのか?」とか「避難しなければいけないのか?」とか思った人々もいただろう。
でも、NYCの市長、NJ州の知事を初め、多くのリーダーたちが本当に決然とした態度で「甘く見るな」と言い続けた。
昨日も、テレビを見ていたら、「避難命令」が出ているのに、逃げようとしない人がインタビューに答えていた。「月曜日7時にはオフィスを開けるから」。ウォール街の金融関係者だ。ノアの時にもそんな感じだったと思う。
イエスも「準備をしていなさい」と世の終わりのことを話される時に、ノアの話をされた。「人々はそんなことは起こるはずがない」と思っていた。でも、その日が来た。
同じように、私たちが「神様に会う準備」をする事はどれほど大切なことだろうかと思う。それは、今日かもしれないし、明日かもしれないし、1週間後、1年後、10年後、20年後、50年後かもしれない。
だから、いつでも大丈夫なように準備をしていることだ。
それはノアにとっては箱船であったわけだが、
私たちとってはイエス・キリストの十字架。
私たちの罪の身代わりとして死んでくださったイエスこそ、私たちの救いだ。
そして、16節の「神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。」という言葉に心動かされました。
二人の娘たちを自分がどれほど誇りに思っているか(あ、息子もなんですが、ヤツは目の前にいなかったので)、でも、それを遥かに超えて、私たちを誇りに思ってくださっていると思うと、本当にうれしかったです。
今日の礼拝、みなさんと共に守ることができないのが本当に残念で、晴れ間が出て来た昼前には「大丈夫だったら、集まれる人だけでも・・・」と思わされるくらいで、「どなたかが来られても大丈夫なように」と、昼過ぎから教会に来ていますが、来る途中で、川の水があふれて通行止めになっていた道もあったし、倒れていた木もあったし、ちょうど礼拝の始まるくらいの時間から風が強くなって来て、今、2時半頃ですが、何度か「あ、停電するかも・・・」という「ブチ、ブチ」というのも起こっています。ですから、正しい判断だったんですね。
教会の皆さんのそれぞれの礼拝が祝福されますように。
そして、皆さんの一週間の歩みが守られますように。
2011-08-27
ニュージャージー日本語キリスト教会は8月28日のすべての活動をお休みします。
ニュージャージー日本語キリスト教会は8月28日の教会でのすべての働 きを中止します。
聖歌隊練習、The BRAVE, BIG, 成人科クラス、礼拝後の予定等すべてありません。
それぞれのご家庭で礼拝をお守りください。
聖書はどこを開かれても結構ですが、
新約聖書のヘブル人への手紙の11章1-16節を読んで、
思いめぐらし、また家族で守れる方は語り合い、
祈る時を持ってください。
かなりの風雨が予想されています。
このような時には、くれぐれも冒険をなさらないで、
主の許で安らぐ日曜日を送られるようにとお勧めします。
聖歌隊練習、The BRAVE, BIG, 成人科クラス、礼拝後の予定等すべてありません。
それぞれのご家庭で礼拝をお守りください。
聖書はどこを開かれても結構ですが、
新約聖書のヘブル人への手紙の11章1-16節を読んで、
思いめぐらし、また家族で守れる方は語り合い、
祈る時を持ってください。
かなりの風雨が予想されています。
このような時には、くれぐれも冒険をなさらないで、
主の許で安らぐ日曜日を送られるようにとお勧めします。
2011-08-26
ハリケーン来るから。
今日はハリケーン接近のニュースで持ち切りです。
明日の夕方から、風雨が強まって、
明後日の夕方まで続きそうです。
もしかしたら、昼頃に峠を越すかもしれませんが、
今日の段階でそれを断定的にいうことはできません。
今回、本当に思わされているのは、
クリスチャンは、このような時に、
「最悪のために備えをすべき」と言われているのでは、ということです。
どこかで、「祈れば、ハリケーンからも守られる」
と思っているのかもしれません。
でも、それは単なる希望的な観測であり、
今までそのようなことがあったから、これからもそうだ、
と思い込んでいるのではないだろうかと思います。
ノアの方舟のところを今度の日曜日に話そうと思っているのですが、
(だいたい、礼拝ができるかどうかも・・・かなりむずかしいかと思いますが)
ノアは神様のメッセージを聞いて、
人々が「そんなことは起こりっこない」という洪水に備えて箱船を作りました。
今回の震災のこともあるからでしょうか。
本当に人々の力になったのは、
最悪を想定して、その中で自分のなすべきことをした人々でした。
今回、私はNYの市長の判断は正しいと思います。
何も起こらなかったら、それは喜ぶべきこと。
最悪を想定して、準備をしておこう、そのように思います。
2011-08-25
ハリケーン接近中。
今日は曇りで時々雷雨。
ちょっと蒸し暑かったです。
先週も結構雨が多かったようで、
庭の芝生にはキノコがニョコニョコ生えています。
これが食べられれば、それで食費が節約できそうなほど。
で、注目は今フロリダ沖を北上しているハリケーン・アイリーンです。
今はカテゴリー3。最大風速50m/s以上の大型ハリケーンが、
このあとノースカロライナの東端に上陸、日曜日には
NYC付近をカテゴリー2または1のハリケーンとして通過して行く予報が出ています。
NYC付近に来る時には、特別に強いハリケーンではなくなっているでしょうが、
何よりも直撃コースは珍しいので大騒ぎです。
大雨も、強風も、高潮も心配なようです。
詳しいことは明日にはわかってくると思います。
さて、今日は早速聖書。
今日は使徒行伝4章32節−5章11節。
「そして、教会全体と、このことを聞いたすべての人たちとに、非常な恐れが生じた。」5章11節。
ここは神を欺こうとしたアナニヤとサッピラが裁かれたところでした。
神を甘く見てはいけない。
これは新約聖書の時代の、
イエスの十字架の赦しが高らかに証しされている時代の、
出来事でした。
どんなに神様の赦しがあるからと言って、
神を甘く見るようなことがあってはならない。
神を欺くかのような、
神の僕を欺くようなことがあってはならない、
そのことを思わされます。
神の前に恐れを感じるから、
罪を自覚しないでは、自分の弱さを自覚しないではいられないから、
初めて神様の愛がわかる。
神の前の恐れをいつもいつも持たせていただきたい。
主よ、
あなたの前の恐れを忘れることがありませんように。
あなたの前に、また人の前に、
真実に歩むことができますように。
ちょっと蒸し暑かったです。
先週も結構雨が多かったようで、
庭の芝生にはキノコがニョコニョコ生えています。
これが食べられれば、それで食費が節約できそうなほど。
で、注目は今フロリダ沖を北上しているハリケーン・アイリーンです。
今はカテゴリー3。最大風速50m/s以上の大型ハリケーンが、
このあとノースカロライナの東端に上陸、日曜日には
NYC付近をカテゴリー2または1のハリケーンとして通過して行く予報が出ています。
NYC付近に来る時には、特別に強いハリケーンではなくなっているでしょうが、
何よりも直撃コースは珍しいので大騒ぎです。
大雨も、強風も、高潮も心配なようです。
詳しいことは明日にはわかってくると思います。
さて、今日は早速聖書。
今日は使徒行伝4章32節−5章11節。
「そして、教会全体と、このことを聞いたすべての人たちとに、非常な恐れが生じた。」5章11節。
ここは神を欺こうとしたアナニヤとサッピラが裁かれたところでした。
神を甘く見てはいけない。
これは新約聖書の時代の、
イエスの十字架の赦しが高らかに証しされている時代の、
出来事でした。
どんなに神様の赦しがあるからと言って、
神を甘く見るようなことがあってはならない。
神を欺くかのような、
神の僕を欺くようなことがあってはならない、
そのことを思わされます。
神の前に恐れを感じるから、
罪を自覚しないでは、自分の弱さを自覚しないではいられないから、
初めて神様の愛がわかる。
神の前の恐れをいつもいつも持たせていただきたい。
主よ、
あなたの前の恐れを忘れることがありませんように。
あなたの前に、また人の前に、
真実に歩むことができますように。
2011-08-24
日常へ。
今日もいい天気でした。
でも、夜になっても今夜は涼しい感じはしません。
夜の12時前になっても23度。
明日は蒸し暑く、午後から雷雨になりそうです。
そして、ハリケーン・アイリーンですが、
ちょっと深刻な感じになって来ました。
強い勢力のまま、NYの東を通過し、ボストン方面を直撃しそうです。
ここら辺も日曜日は暴風雨になるかもしれません。
NYで珍しい地震の後は、NYで珍しいハリケーンです。
あまりひどいことにならないといいのですが。
12年前、フロイドが来た時には、もうハリケーンからトロピカルストームに格下げになっていて、強い風は吹かなかったのですが、大雨で電話交換機の施設が浸水して電話が通じなくなりました。
地震とは違って準備のできるハリケーンの襲来。
何があっても動じない、準備をしておかなければ・・・と思います。
さて、ここしばらく、あり得ないくらいたくさんのものが見つからなくて閉口していたのですが、今夜、集中して探したら、次々と見つかりました。トロントの修養会あたりからずっとバタバタしていたので、ゆっくり探すことができなくて、それでなんだか落ち着かない日々を送って来ていたのでホッとしています。でも、片付けはまだまだ・・・。日常へに一歩ずつ近づいているとは思うのですが。
で、もう一つ、2週間ほど前に、お金を払って交換してもらったMacbookのパワーコード。昨日、クレジットカードの「保証期間延長」のプログラムを調べて、電話をしてクレームをしておきました。そしたら、今日Emailが届いて、「承認」されたとのこと。早い!これもうれしかったですね。
明日は我が家でのんちのスモールグループ。片付けは「開かずの間」を作って、なんとか格好はつくかな。
さて、ちょっと飛びましたが今日の聖書。
今日は使徒行伝の4章13-31節。
「みなの者が、この出来事のゆえに神をあがめていたので・・・」21節。
自分の祈りの姿勢を考えさせられるところ。
私の祈りはこの神の栄光ということに集中しているだろうか。
人間的な慰めとか、人間的な成功とか、
表面的にうまく行く、ということを祈っていないだろうか?
誰かの癒しを祈る時に、
主の慰めを祈る時に、
それを通して、主の栄光を求めているだろうか?
また自分の人生の必要のために祈る時に、
家族のために祈る時に、
教会の誰かのために祈る時に、
それを通して、究極的には「神がほめたたえられること」を求めているだろうか?
自分の祈りの態度、祈りの姿勢、生きる姿勢、求めるもの、
すべて問われているなと思います。
神様、
私の人生の出来事、一つ一つを通して、
神様があがめられますように。
祈りをするときに、何よりもあなたがあがめられることを
真剣に求めるものでありますように。
週末のハリケーンで大きな被害が出ることがありませんように。
礼拝も予定通り、共に守ることができますように。
すべてがあなたの栄光のために用いられますように。
でも、夜になっても今夜は涼しい感じはしません。
夜の12時前になっても23度。
明日は蒸し暑く、午後から雷雨になりそうです。
そして、ハリケーン・アイリーンですが、
ちょっと深刻な感じになって来ました。
強い勢力のまま、NYの東を通過し、ボストン方面を直撃しそうです。
ここら辺も日曜日は暴風雨になるかもしれません。
NYで珍しい地震の後は、NYで珍しいハリケーンです。
あまりひどいことにならないといいのですが。
12年前、フロイドが来た時には、もうハリケーンからトロピカルストームに格下げになっていて、強い風は吹かなかったのですが、大雨で電話交換機の施設が浸水して電話が通じなくなりました。
地震とは違って準備のできるハリケーンの襲来。
何があっても動じない、準備をしておかなければ・・・と思います。
さて、ここしばらく、あり得ないくらいたくさんのものが見つからなくて閉口していたのですが、今夜、集中して探したら、次々と見つかりました。トロントの修養会あたりからずっとバタバタしていたので、ゆっくり探すことができなくて、それでなんだか落ち着かない日々を送って来ていたのでホッとしています。でも、片付けはまだまだ・・・。日常へに一歩ずつ近づいているとは思うのですが。
で、もう一つ、2週間ほど前に、お金を払って交換してもらったMacbookのパワーコード。昨日、クレジットカードの「保証期間延長」のプログラムを調べて、電話をしてクレームをしておきました。そしたら、今日Emailが届いて、「承認」されたとのこと。早い!これもうれしかったですね。
明日は我が家でのんちのスモールグループ。片付けは「開かずの間」を作って、なんとか格好はつくかな。
さて、ちょっと飛びましたが今日の聖書。
今日は使徒行伝の4章13-31節。
「みなの者が、この出来事のゆえに神をあがめていたので・・・」21節。
自分の祈りの姿勢を考えさせられるところ。
私の祈りはこの神の栄光ということに集中しているだろうか。
人間的な慰めとか、人間的な成功とか、
表面的にうまく行く、ということを祈っていないだろうか?
誰かの癒しを祈る時に、
主の慰めを祈る時に、
それを通して、主の栄光を求めているだろうか?
また自分の人生の必要のために祈る時に、
家族のために祈る時に、
教会の誰かのために祈る時に、
それを通して、究極的には「神がほめたたえられること」を求めているだろうか?
自分の祈りの態度、祈りの姿勢、生きる姿勢、求めるもの、
すべて問われているなと思います。
神様、
私の人生の出来事、一つ一つを通して、
神様があがめられますように。
祈りをするときに、何よりもあなたがあがめられることを
真剣に求めるものでありますように。
週末のハリケーンで大きな被害が出ることがありませんように。
礼拝も予定通り、共に守ることができますように。
すべてがあなたの栄光のために用いられますように。
2011-08-23
ちょっとびっくり。
今日もさわやかな一日でした。
夜も昨日ほどは冷えずに、夜の11時に19度。
でも、このいい天気も明日まで。
明日は今日ほどはさわやかでなくて、
南風も入って、ちょっと汗ばむほどになりそうです。
そして、週末のハリケーン。
かなり現実味を帯びて来ました。
もうフロリダ上陸の可能性は小さくなって来て、
ノースカロライナに上陸して、NYの近くをほぼハリケーンの力を保ったまま、通過して行く可能性が大きいです。
ちょっと注目です。
今日はここら辺では珍しい「地震」が起こって、
大騒ぎになっています。
NJに来てから私自身が感じた地震は1回もありませんでしたし、
今までも起こっても「局地的」な地震でした。
でも、今回はバージニア州で起こった地震で、
言ってしまえば、東京で起こった地震を大阪で感じているようなもの。
そんなに広い範囲で感じる地震のニュース自体も19年間のアメリカでの生活で初めてだったと思います。
そのとき、家にいましたが、私は「あ、地震だ。珍しい。まだ揺れている、震度2止まりだな」と思っていました。日本で震度4までは何度も経験していましたから。でも、子供たちにとっては初めての地震。「何これ?」と結構慌てていました。
でも、その後の余震は全く感じませんし、
平常に戻っている感じです。
震源地から近いDCの方では被害のあった建物もあるようですが、
けが人もいず、日常が進んでいます。
日本の震災から5ヶ月あまり。
まだまだ日常が戻らないというか、あの震災の前の日常には戻ることはあり得ない、その多くの方々のことを思わされた午後でした。
さて、先週の聖書から。
使徒行伝の1章から読み始めています。
「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、・・・」8節。
イエスが復活されて、弟子たちは「いよいよ・・・」と思っていた。
そんな彼らにイエスは「待ちなさい」と言われた。
そして、聖霊が臨む時に、あなたがたは力を受けて、私の証人になる、と言われた。
聖霊様を待ち望む姿勢、
聖霊様に信頼する姿勢、
問われていると思います。
自分の準備や自分の知恵に頼り易い自分。
そうではなくて、聖霊様の導きに従順で、
聖霊様に信頼して歩ませていただきたいです。
主よ、
私も聖霊様を待ち望みます。
いえ、もう既にこのペンテコステの日以来、
教会に聖霊様が満ちあふれてくださっていることに感謝します。
聖霊様の導きに、信頼して、歩む者でありますように。
夜も昨日ほどは冷えずに、夜の11時に19度。
でも、このいい天気も明日まで。
明日は今日ほどはさわやかでなくて、
南風も入って、ちょっと汗ばむほどになりそうです。
そして、週末のハリケーン。
かなり現実味を帯びて来ました。
もうフロリダ上陸の可能性は小さくなって来て、
ノースカロライナに上陸して、NYの近くをほぼハリケーンの力を保ったまま、通過して行く可能性が大きいです。
ちょっと注目です。
今日はここら辺では珍しい「地震」が起こって、
大騒ぎになっています。
NJに来てから私自身が感じた地震は1回もありませんでしたし、
今までも起こっても「局地的」な地震でした。
でも、今回はバージニア州で起こった地震で、
言ってしまえば、東京で起こった地震を大阪で感じているようなもの。
そんなに広い範囲で感じる地震のニュース自体も19年間のアメリカでの生活で初めてだったと思います。
そのとき、家にいましたが、私は「あ、地震だ。珍しい。まだ揺れている、震度2止まりだな」と思っていました。日本で震度4までは何度も経験していましたから。でも、子供たちにとっては初めての地震。「何これ?」と結構慌てていました。
でも、その後の余震は全く感じませんし、
平常に戻っている感じです。
震源地から近いDCの方では被害のあった建物もあるようですが、
けが人もいず、日常が進んでいます。
日本の震災から5ヶ月あまり。
まだまだ日常が戻らないというか、あの震災の前の日常には戻ることはあり得ない、その多くの方々のことを思わされた午後でした。
さて、先週の聖書から。
使徒行伝の1章から読み始めています。
「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、・・・」8節。
イエスが復活されて、弟子たちは「いよいよ・・・」と思っていた。
そんな彼らにイエスは「待ちなさい」と言われた。
そして、聖霊が臨む時に、あなたがたは力を受けて、私の証人になる、と言われた。
聖霊様を待ち望む姿勢、
聖霊様に信頼する姿勢、
問われていると思います。
自分の準備や自分の知恵に頼り易い自分。
そうではなくて、聖霊様の導きに従順で、
聖霊様に信頼して歩ませていただきたいです。
主よ、
私も聖霊様を待ち望みます。
いえ、もう既にこのペンテコステの日以来、
教会に聖霊様が満ちあふれてくださっていることに感謝します。
聖霊様の導きに、信頼して、歩む者でありますように。
2011-08-22
10年。
昨日はすごい雨でしたが、夜のうちにすっかり上がり、
今日はとてもいい天気でした。
カラッとした、気持ちのいい晴れの日。
夜には気温もぐっと下がって来て、
今11時前ですが、18度くらい。
明日の朝は12度くらいまで下がるようです。
秋の気配ですね。
このいい天気は水曜日くらいまでは続きます。
そして、今ハリケーン・アイリーンがドミニカの北を西進しています。
フロリダに接近する恐れが強いですが、
進路によってはこの週末以降、北東部も荒れるかもしれません。
さて、昨日はサキの誕生日。
10歳になりました。
昨日は忙しかったので、今日お祝いをしました。
実は先週、アトランタで寄らせていただいたお宅でも覚えていてくださって、11日に17歳になったユキと、サキの誕生日をサプライズでお祝いしていただいていたのですが、今日は改めて家族で。
10年前、やっぱりJOY JOY Campが8月半ば。
確か「わくわくタウン」だったかな。
と思って調べていたら、リストがあったのでご紹介。
そう、やっぱり「わくわくタウン」。
スタッフ的にはかなり毎日の翌日のための準備が大変だったような記憶があるのですが、教会のジムに街ができて、そこで毎日子供たちが課題をもらって買物をするというものでしたね。そして、『ホントはお金じゃ買えないものが大切なんだよ。そしてその中で一番大切なのは神様の愛なんだよ』という話だったと思います。どっかにビデオがあったので見てみようと思いますが・・・。
で、子供たちにはかなりインパクトがあったみたいで、今の高校生や大学生から「あれは楽しかった」という声をよく聞きます。
で、その「わくわくタウン」の年、出産間近になっていたのんちのお腹に向かって、
「まだだぞ、JOY JOYが終わるまでは出てくるなよ」と言っていました。
で、無事、金曜日にJOY JOYが終わって、「待て、日曜日まではダメだ」ともう少し言い聞かせて、日曜日の夜に「いいぞ〜、いつでも来い!」と言ったら、月曜日の午後に破水。
私は日本から来てくれた助っ人の女の子2人をNY観光に連れて来ていて、「帰ってきて、病院に連れて行ってくれる?破水したみたいだから・・・」と電話がかかって来たので、
「了解、すぐ行く」と駆けつけました。
その時に「何か食べ物買って来て!」と言われたのですが、当然自分のことを言われているのだと思って、「大丈夫、今食べたところだから・・・」と答えて、翌朝日本に帰る助っ人2人に上の子2人を任せて、何も買わずに病院へ。
で、あとで判明したのは「出産前に体力が必要だから何か食べたかったから、お願いした」そうで。
自分のことばっかり考えていた自らを恥じたことでした。
で、火曜日の未明に誕生。
あれから10年です。
サキが生まれて、母が日本から助けに来てくれて、
無事日本に送って、出産3週間経って、
のんちも平常の生活に戻ったその翌朝、
9-11の出来事が起こったのでした。
そう、あれからも10年が経とうとしています。
サキの存在を喜び、主に感謝するサキの誕生日が来るたびに「あれから何年」と思わないではいられない、これはずっと続くんだな、そう思うと、正直とても複雑な思いになります。でも、忘れてはいけない。決して忘れない。人が恨みを持ち、憎しみを持ち続ける時に、どれほど恐ろしいことが起こるのか、それを忘れない、そのために与えられている子なのかも、そう思わされます。
さて、このブログの主な趣旨である「日々のみことば」を読んで「日々の祈り」を書くというのを忘れないように、8月2週目の聖書の箇所から。
「王は律法の書のことばを聞いたとき、自分の衣を裂いた。」11節。
これは8月10日の聖書箇所ですが、
そこを読んだ時に、「自分は聖書のことばを読んで『衣を裂く』ほどの真剣さを持っているだろうか」と問われました。
聖書の基準と自分の生活が全然かけ離れていることに
痛みを覚えたり、衣を裂きたくなるほどの思いになっているだろうか、
もちろん、新約の恵みの中に生きている者であるので、
十字架によって赦されているのだが、
大体、その前に自分はその罪の深刻さがわかっているのだろうか、
もう一度問われたように思いました。
聖書を読んだときに、その基準と自分の歩みのとの間の違いに、衣を裂きたいくらい、罪深さを感じる時に、初めて、イエスの十字架の恵みの大きさ、その愛の大きさがわかるのだと思います。
もっともっと神様の愛を教えていただきたい、そう思います。
主よ、
私の心は聖書のことばを読んだ時に衣を裂くほどに、真剣でしょうか?
御言葉にまっすぐに向き合うことができますように。
今日はとてもいい天気でした。
カラッとした、気持ちのいい晴れの日。
夜には気温もぐっと下がって来て、
今11時前ですが、18度くらい。
明日の朝は12度くらいまで下がるようです。
秋の気配ですね。
このいい天気は水曜日くらいまでは続きます。
そして、今ハリケーン・アイリーンがドミニカの北を西進しています。
フロリダに接近する恐れが強いですが、
進路によってはこの週末以降、北東部も荒れるかもしれません。
さて、昨日はサキの誕生日。
10歳になりました。
昨日は忙しかったので、今日お祝いをしました。
実は先週、アトランタで寄らせていただいたお宅でも覚えていてくださって、11日に17歳になったユキと、サキの誕生日をサプライズでお祝いしていただいていたのですが、今日は改めて家族で。
10年前、やっぱりJOY JOY Campが8月半ば。
確か「わくわくタウン」だったかな。
と思って調べていたら、リストがあったのでご紹介。
| 1996 | 神さまの船に乗ろう |
| 1997 | 宇宙は広いぞ |
| 1998 | タイムマシン |
| 1999 | 不思議チャレンジ |
| 2000 | 宝島探検隊 |
| 2001 | わくわくタウン |
| 2002 | めっちゃ好き!地球。 |
| 2003 | Galaxy Express |
| 2004 | おもかじいっぱい、おもしろイッパイ! |
| 2005 | カラダだからダ |
| 2006 | ジャングルぐるぐる探検隊 |
| 2007 | ワンダー博士の大冒険 |
| 2008 | キラリンピック |
| 2009 | Heart Rock Café |
| 2010 | おどろき!なぞとき。探偵団。 |
| 2011 | JOY JOY Facotry |
そう、やっぱり「わくわくタウン」。
スタッフ的にはかなり毎日の翌日のための準備が大変だったような記憶があるのですが、教会のジムに街ができて、そこで毎日子供たちが課題をもらって買物をするというものでしたね。そして、『ホントはお金じゃ買えないものが大切なんだよ。そしてその中で一番大切なのは神様の愛なんだよ』という話だったと思います。どっかにビデオがあったので見てみようと思いますが・・・。
で、子供たちにはかなりインパクトがあったみたいで、今の高校生や大学生から「あれは楽しかった」という声をよく聞きます。
で、その「わくわくタウン」の年、出産間近になっていたのんちのお腹に向かって、
「まだだぞ、JOY JOYが終わるまでは出てくるなよ」と言っていました。
で、無事、金曜日にJOY JOYが終わって、「待て、日曜日まではダメだ」ともう少し言い聞かせて、日曜日の夜に「いいぞ〜、いつでも来い!」と言ったら、月曜日の午後に破水。
私は日本から来てくれた助っ人の女の子2人をNY観光に連れて来ていて、「帰ってきて、病院に連れて行ってくれる?破水したみたいだから・・・」と電話がかかって来たので、
「了解、すぐ行く」と駆けつけました。
その時に「何か食べ物買って来て!」と言われたのですが、当然自分のことを言われているのだと思って、「大丈夫、今食べたところだから・・・」と答えて、翌朝日本に帰る助っ人2人に上の子2人を任せて、何も買わずに病院へ。
で、あとで判明したのは「出産前に体力が必要だから何か食べたかったから、お願いした」そうで。
自分のことばっかり考えていた自らを恥じたことでした。
で、火曜日の未明に誕生。
あれから10年です。
サキが生まれて、母が日本から助けに来てくれて、
無事日本に送って、出産3週間経って、
のんちも平常の生活に戻ったその翌朝、
9-11の出来事が起こったのでした。
そう、あれからも10年が経とうとしています。
サキの存在を喜び、主に感謝するサキの誕生日が来るたびに「あれから何年」と思わないではいられない、これはずっと続くんだな、そう思うと、正直とても複雑な思いになります。でも、忘れてはいけない。決して忘れない。人が恨みを持ち、憎しみを持ち続ける時に、どれほど恐ろしいことが起こるのか、それを忘れない、そのために与えられている子なのかも、そう思わされます。
さて、このブログの主な趣旨である「日々のみことば」を読んで「日々の祈り」を書くというのを忘れないように、8月2週目の聖書の箇所から。
「王は律法の書のことばを聞いたとき、自分の衣を裂いた。」11節。
これは8月10日の聖書箇所ですが、
そこを読んだ時に、「自分は聖書のことばを読んで『衣を裂く』ほどの真剣さを持っているだろうか」と問われました。
聖書の基準と自分の生活が全然かけ離れていることに
痛みを覚えたり、衣を裂きたくなるほどの思いになっているだろうか、
もちろん、新約の恵みの中に生きている者であるので、
十字架によって赦されているのだが、
大体、その前に自分はその罪の深刻さがわかっているのだろうか、
もう一度問われたように思いました。
聖書を読んだときに、その基準と自分の歩みのとの間の違いに、衣を裂きたいくらい、罪深さを感じる時に、初めて、イエスの十字架の恵みの大きさ、その愛の大きさがわかるのだと思います。
もっともっと神様の愛を教えていただきたい、そう思います。
主よ、
私の心は聖書のことばを読んだ時に衣を裂くほどに、真剣でしょうか?
御言葉にまっすぐに向き合うことができますように。
2011-08-19
4日間。
またちょっとご無沙汰していましたが、
月曜日の昼頃出発で、息子を大学に送るためにアトランタへ往復して来ました。
向こうでもあまり皆さんにもお会いできず、
ニュージャージーの教会の方々、2家族だけご訪問して、
ちょっとだけ予定より早めに、今朝早く戻りました。
今回の3泊(行き1泊、アトランタ2泊)はキャンプ場でテントを張って自炊。
テントを持ち出すのも実に8年ぶり。サキはテントで寝た記憶がない、というほどの久しぶりのことでした。
準備不足+久しぶりでテントの張り方も忘れていたり、でちょっとバタバタして「ゆっくり祈りながら過ごした」とはいかなかったのですが、でも、非日常の3日半を過ごさせていただきました。
行きはハジと荷物を積んで、途中から、一人減って、荷物もぐっと減って、
帰ったら、「いつの間にかTVのチャンネルがESPNに変わっていた」ということも、
ソファでごろっとしているデカイ奴に「邪魔だ!座れ!」とお小言をいうことも、
・・・またしばらくないんだな、と。
「日々のみことば」についても、JOYJOY Campについても、もっと分かち合いたいのですが、今夜はこれくらいで。またあとでゆっくりと。
月曜日の昼頃出発で、息子を大学に送るためにアトランタへ往復して来ました。
向こうでもあまり皆さんにもお会いできず、
ニュージャージーの教会の方々、2家族だけご訪問して、
ちょっとだけ予定より早めに、今朝早く戻りました。
今回の3泊(行き1泊、アトランタ2泊)はキャンプ場でテントを張って自炊。
テントを持ち出すのも実に8年ぶり。サキはテントで寝た記憶がない、というほどの久しぶりのことでした。
準備不足+久しぶりでテントの張り方も忘れていたり、でちょっとバタバタして「ゆっくり祈りながら過ごした」とはいかなかったのですが、でも、非日常の3日半を過ごさせていただきました。
行きはハジと荷物を積んで、途中から、一人減って、荷物もぐっと減って、
帰ったら、「いつの間にかTVのチャンネルがESPNに変わっていた」ということも、
ソファでごろっとしているデカイ奴に「邪魔だ!座れ!」とお小言をいうことも、
・・・またしばらくないんだな、と。
「日々のみことば」についても、JOYJOY Campについても、もっと分かち合いたいのですが、今夜はこれくらいで。またあとでゆっくりと。
2011-08-15
JOY JOY Camp 感謝。
ホントにたくさんたくさん書きたいことがあるのですが、
体力的に、時間的に「何かを書く」というのは
twitterの140文字や、Facebookの「ちょっと」がせいぜいで、
こちらの更新はできないでいましたが、
とても楽しい4日間が終わりました。
そして、昨日の礼拝後、みんなで一気にセットを撤収。
みんなで解体。
今回、トンネル迷路用の段ボールはプリンストン日本語教会で再活用されることに。
すっかりきれいにして、お借りしている教会にジムをお返しすることができました。
いつもいつも、気持ちよく、場所を提供してくださるザイオン教会に心から感謝します。
私たちも、早く、自分たちの会堂が与えられて、地域の人々に仕えることができますように。
本当に多くの仲間が与えられて、今年も楽しくJOY JOY Campができたことを、主に感謝。この教会にはたくさんの「プリスキラとアクラ」(使徒行伝18:2-)がおられます。
体力的に、時間的に「何かを書く」というのは
twitterの140文字や、Facebookの「ちょっと」がせいぜいで、
こちらの更新はできないでいましたが、
とても楽しい4日間が終わりました。
そして、昨日の礼拝後、みんなで一気にセットを撤収。
キャンプ中はこんな感じで大活躍のセットでしたが、
みんなで解体。
今回、トンネル迷路用の段ボールはプリンストン日本語教会で再活用されることに。
すっかりきれいにして、お借りしている教会にジムをお返しすることができました。
いつもいつも、気持ちよく、場所を提供してくださるザイオン教会に心から感謝します。
私たちも、早く、自分たちの会堂が与えられて、地域の人々に仕えることができますように。
本当に多くの仲間が与えられて、今年も楽しくJOY JOY Campができたことを、主に感謝。この教会にはたくさんの「プリスキラとアクラ」(使徒行伝18:2-)がおられます。
2011-08-10
さあ、これから。
JOY JOY Campの最中ではありますが・・・。
2週間ほど前に、急にmacbookが充電ができなくなってしまったら、
電源コードの途中が断線していることが判明。
「ダメもと」で開いて自分でつないだら、ちゃんと通じたので、
80ドル節約〜と思っていた。
2週間前のTweet。
http://twitter.com/nj_otenki/status/95601241018740736
でも、その後、なんだかアダプターも熱くなるし、
時々また断線してつなぎ直さなければ行けないし、
大体火花でも飛んで、火事になったら、Apple社は「こんな使い方をしているからだ」と補償をしてくれないだろうし。JOY JOY Camp中に使えなくなったら、大騒ぎだし。
だから、昨日近所にある閉店間際のApple Storeで相談してみた。
そしたら、「この時間では、technicianがいないので」と予約を取ることに。
夜は7時半までと言われたので、JOY JOY Camp中は7時半までに作業が終わってないかもな、と思いつつ、アポを取った。
案の定、途中で抜け出すことになったのですが、
アポとって説明したら、61ドルだって。
80ドルよりは19ドル安いけど、
なんだか悔しい。
Whether your product is in or out of warranty, you can take your adapter to an Apple Authorized Service Provider or Apple Retail Store for evaluation and replacement if necessary. Pending the results of evaluation, you may or may not be eligible for a replacement adapter free of charge. Signs of accidental damage would negate any coverage. Be sure to bring in the computer used with the adapter; it is required to process potential adapter replacements.
とも書かれているし、無償交換かなと思っていたので。
ま、クレジットカードで買った製品なので、
保証期間が1年伸びる。
で、今度はクレジットカードの会社に電話をして、
交渉だな。
なんとか61ドル+Taxを取り返さないと。
さて、JOY JOY Camp の2日目。
昨日の写真だと、わからないのですが、このセットの裏には、
JOY JOY Camp名物、トンネル迷路が広がっています。
こんな感じ。
そして、ルートは毎日、みんなが帰った後、
中高生たちが新しく変更します。
子供たちに「もうこんなのわかっているよ」と言わせないためです。(笑)
さて、明日の聖書の話では、
イエスさまの十字架の話をします。
どうか、子供たちにイエスさまの十字架の救いの御業がなされますように。
2週間ほど前に、急にmacbookが充電ができなくなってしまったら、
電源コードの途中が断線していることが判明。
「ダメもと」で開いて自分でつないだら、ちゃんと通じたので、
80ドル節約〜と思っていた。
2週間前のTweet。
http://twitter.com/nj_otenki/status/95601241018740736
でも、その後、なんだかアダプターも熱くなるし、
時々また断線してつなぎ直さなければ行けないし、
大体火花でも飛んで、火事になったら、Apple社は「こんな使い方をしているからだ」と補償をしてくれないだろうし。JOY JOY Camp中に使えなくなったら、大騒ぎだし。
だから、昨日近所にある閉店間際のApple Storeで相談してみた。
そしたら、「この時間では、technicianがいないので」と予約を取ることに。
夜は7時半までと言われたので、JOY JOY Camp中は7時半までに作業が終わってないかもな、と思いつつ、アポを取った。
案の定、途中で抜け出すことになったのですが、
アポとって説明したら、61ドルだって。
80ドルよりは19ドル安いけど、
なんだか悔しい。
Whether your product is in or out of warranty, you can take your adapter to an Apple Authorized Service Provider or Apple Retail Store for evaluation and replacement if necessary. Pending the results of evaluation, you may or may not be eligible for a replacement adapter free of charge. Signs of accidental damage would negate any coverage. Be sure to bring in the computer used with the adapter; it is required to process potential adapter replacements.
とも書かれているし、無償交換かなと思っていたので。
ま、クレジットカードで買った製品なので、
保証期間が1年伸びる。
で、今度はクレジットカードの会社に電話をして、
交渉だな。
なんとか61ドル+Taxを取り返さないと。
さて、JOY JOY Camp の2日目。
昨日の写真だと、わからないのですが、このセットの裏には、
JOY JOY Camp名物、トンネル迷路が広がっています。
こんな感じ。
そして、ルートは毎日、みんなが帰った後、
中高生たちが新しく変更します。
子供たちに「もうこんなのわかっているよ」と言わせないためです。(笑)
さて、明日の聖書の話では、
イエスさまの十字架の話をします。
どうか、子供たちにイエスさまの十字架の救いの御業がなされますように。
2011-08-09
はじまったよ。
ホントにたくさんのたくさんの皆さんのご協力で、
教会のジムにセットができて、
今日からJOY JOY キャンプが始まりました。
とても楽しい一日でした。
なんだか小学生の作文みたいですが、
今日のところはこんなところで。
写真はこちらから。
www.jccofnj.org
左側の「イベントフォト」をクリックすると、
準備段階からの写真を見ることができます。
2011-08-07
傲慢さとコンプレックスの狭間で。
最近、蒸し暑い日が続いています。
特に夜が暑くて、しんどいです。
明日も暑くなりそうです。
今週、だんだん過ごしやすい気温になっていくようです。
ちょっと期待しています。
今日はニュージャージー日本語キリスト教会の牧師としての6期目の任命式。
教会の皆さんと互いに支え合って行くことを誓い合い、
祈っていただきました。
この新しい歩みが神様によって祝福される約束をいただいて、
感謝しています。
神様がしてくださることを心から期待して。
明後日火曜日からはJOY JOY Camp。
今年は52名の子供たちがやってきます。
中高生スタッフも与えられて、
日本からの助っ人も与えられて、
会場の設営も無事終了して、
明日もう一日細かい準備をして、
今年も思いっきり楽しく、思いっきり熱く、
神様の愛を伝えさせていただきたいです。
会場の様子は子供たちに情報が漏れるとまずいので、秘密です。
あさって、アップしますね。
さて、最近の聖書から。
土曜日は列王記第二の19:20-37を読みました。
「あなたはだれをそしり、ののしったのか、だれに向かって声を上げ、高慢な目を上げたのか。」22節。
人は必ず傲慢という罠にはまる・・・これは昨日の「日々のみことば」の中の一説です。
昨日は、朝の時間、ずっと「傲慢」という言葉について思いめぐらさせられました。
私は「傲慢」という言葉には敏感な方だったと思います。
子供の頃から、それは一番いけないことだと思っていました。
こう言うことをこんなところに書くこと自体が「傲慢」っぽくて嫌なのですが、
でも、オブラートに包んでも・・・と思うので書きますが、
いわゆる「お勉強」や「点数を取ること」は子供の頃からできる方でした。
というか、はい、できました。
中学の時は最初の中間テストで学年1位を取って、ほめられるかと思ったのですが、
その時に親から「いい気になるなよ、これを続けることが大切だ」と言われて、
「これでもほめられないのか!くそ!だったら、見てろ、やってやろうじゃないか」と、
その言葉通り、1回だけはダメだった時があったのですが、
その他は、3年間ずっと学年1位を守ってきました。
ま、結局それでほめられたかと言うとそうじゃないわけですが・・・。
でも、その一方で、そんなのが何の役にも立たないと思っていました。
これも人に言われてきたことですが、
「どんなに点数が取れても、xxxじゃあダメだ」
そのxxxには「スポーツもできなければ」だったり、
「実際の生活の中で使わなければ」
「創造性がないと」
「もっとハキハキしないと」だったりするわけです。
そういうことを言うのはだいたい学校の先生だったわけで。
だから、「自分って、世の中では役に立たないヤツなんだ」と思っていました。
「傲慢になってはいけない」という、自分にとっては他の何よりも大切な「信仰」の世界からのメッセージは、回りの大人のメッセージと一緒になって、自分を自分が神様から与えられているものに目を向けるのではなくて、「自分はダメだ」と思うことによって正しい生き方ができるのだという考えを自分の中に形作ってきたと思います。
この年になって、自分でしっかりと聖書を読むようになって、
その「傲慢」と「謙遜」の問題について、自分が持っていた先入観がどれほど歪んでいたものであったか、目が開かれてきました。
今日も礼拝でお話ししたのですが、
たとえ私の手の中にあるものが5つのパンと2匹の魚だったとしても、それについて誰かが「これが何の役に立つでしょう」と言ったとしても、主の許に持って行く時に、主はそれを祝福して、喜んで大きく用いてくださる、それが聖書のメッセージです。
自分の持っている物を、「こんなのはしょうがない」とか、「私なんか・・・」と謙遜ぶることは決して、神様の喜ばれることではないことがわかってきたのです。
大体、才能も神様が与えてくださったもの、
それを自分で得たものであるかのような、態度を取ることが傲慢なのであって、
その才能自体を否定するのは、謙遜でも何でもなくて、神様のくださったプレゼントを「こんなもの」とおろそかにすることに他ならないのです。
そんなことを考えながら、自分に神様が与えてくださった才能は何だろうか、と考えた時に、それは「物事をおおざっぱに、大きく、捕らえて、理解して、全体的なメッセージをまとめて語ること」だと思わされています。「木を見て森を見ず」ということとは無縁で、おおざっぱすぎる批判を受けることはあるだろうなあと思わされます。でも、そのおおざっぱさが自分の強さだと思わされています。主がそれを与えてくださったのですから、それを本当に用いていただきたいと思わされます。
謙遜、それは「私には何もありません」と謙遜ぶったり、またはホントに自己卑下をしたり、神様から与えられているものをディスカウントすることではなくて、神様の与えてくださったものを感謝して受け取り、主のために、人のために用いていただくこと、そういうことんだろうと思わされます。
主よ、
あなたが与えてくださった才能に感謝します。
この与えられたものを、あなたの御用に用いるものとならせてください。
何もないのではない、あなたが与えてくださったものを感謝して、あなたの元に持って行く者でありますように。
特に夜が暑くて、しんどいです。
明日も暑くなりそうです。
今週、だんだん過ごしやすい気温になっていくようです。
ちょっと期待しています。
今日はニュージャージー日本語キリスト教会の牧師としての6期目の任命式。
教会の皆さんと互いに支え合って行くことを誓い合い、
祈っていただきました。
この新しい歩みが神様によって祝福される約束をいただいて、
感謝しています。
神様がしてくださることを心から期待して。
明後日火曜日からはJOY JOY Camp。
今年は52名の子供たちがやってきます。
中高生スタッフも与えられて、
日本からの助っ人も与えられて、
会場の設営も無事終了して、
明日もう一日細かい準備をして、
今年も思いっきり楽しく、思いっきり熱く、
神様の愛を伝えさせていただきたいです。
会場の様子は子供たちに情報が漏れるとまずいので、秘密です。
あさって、アップしますね。
さて、最近の聖書から。
土曜日は列王記第二の19:20-37を読みました。
「あなたはだれをそしり、ののしったのか、だれに向かって声を上げ、高慢な目を上げたのか。」22節。
人は必ず傲慢という罠にはまる・・・これは昨日の「日々のみことば」の中の一説です。
昨日は、朝の時間、ずっと「傲慢」という言葉について思いめぐらさせられました。
私は「傲慢」という言葉には敏感な方だったと思います。
子供の頃から、それは一番いけないことだと思っていました。
こう言うことをこんなところに書くこと自体が「傲慢」っぽくて嫌なのですが、
でも、オブラートに包んでも・・・と思うので書きますが、
いわゆる「お勉強」や「点数を取ること」は子供の頃からできる方でした。
というか、はい、できました。
中学の時は最初の中間テストで学年1位を取って、ほめられるかと思ったのですが、
その時に親から「いい気になるなよ、これを続けることが大切だ」と言われて、
「これでもほめられないのか!くそ!だったら、見てろ、やってやろうじゃないか」と、
その言葉通り、1回だけはダメだった時があったのですが、
その他は、3年間ずっと学年1位を守ってきました。
ま、結局それでほめられたかと言うとそうじゃないわけですが・・・。
でも、その一方で、そんなのが何の役にも立たないと思っていました。
これも人に言われてきたことですが、
「どんなに点数が取れても、xxxじゃあダメだ」
そのxxxには「スポーツもできなければ」だったり、
「実際の生活の中で使わなければ」
「創造性がないと」
「もっとハキハキしないと」だったりするわけです。
そういうことを言うのはだいたい学校の先生だったわけで。
だから、「自分って、世の中では役に立たないヤツなんだ」と思っていました。
「傲慢になってはいけない」という、自分にとっては他の何よりも大切な「信仰」の世界からのメッセージは、回りの大人のメッセージと一緒になって、自分を自分が神様から与えられているものに目を向けるのではなくて、「自分はダメだ」と思うことによって正しい生き方ができるのだという考えを自分の中に形作ってきたと思います。
この年になって、自分でしっかりと聖書を読むようになって、
その「傲慢」と「謙遜」の問題について、自分が持っていた先入観がどれほど歪んでいたものであったか、目が開かれてきました。
今日も礼拝でお話ししたのですが、
たとえ私の手の中にあるものが5つのパンと2匹の魚だったとしても、それについて誰かが「これが何の役に立つでしょう」と言ったとしても、主の許に持って行く時に、主はそれを祝福して、喜んで大きく用いてくださる、それが聖書のメッセージです。
自分の持っている物を、「こんなのはしょうがない」とか、「私なんか・・・」と謙遜ぶることは決して、神様の喜ばれることではないことがわかってきたのです。
大体、才能も神様が与えてくださったもの、
それを自分で得たものであるかのような、態度を取ることが傲慢なのであって、
その才能自体を否定するのは、謙遜でも何でもなくて、神様のくださったプレゼントを「こんなもの」とおろそかにすることに他ならないのです。
そんなことを考えながら、自分に神様が与えてくださった才能は何だろうか、と考えた時に、それは「物事をおおざっぱに、大きく、捕らえて、理解して、全体的なメッセージをまとめて語ること」だと思わされています。「木を見て森を見ず」ということとは無縁で、おおざっぱすぎる批判を受けることはあるだろうなあと思わされます。でも、そのおおざっぱさが自分の強さだと思わされています。主がそれを与えてくださったのですから、それを本当に用いていただきたいと思わされます。
謙遜、それは「私には何もありません」と謙遜ぶったり、またはホントに自己卑下をしたり、神様から与えられているものをディスカウントすることではなくて、神様の与えてくださったものを感謝して受け取り、主のために、人のために用いていただくこと、そういうことんだろうと思わされます。
主よ、
あなたが与えてくださった才能に感謝します。
この与えられたものを、あなたの御用に用いるものとならせてください。
何もないのではない、あなたが与えてくださったものを感謝して、あなたの元に持って行く者でありますように。
2011-08-04
教会のこれからの力。
昨日は久しぶりにまとまった雨でした。
それもしとしとと。
それで、今日はちょっと涼しくなったように思います。
今は夜の11時20分ですが、22度くらいまで下がってきました。
明日もいい天気で暑すぎない夏の天気みたいです。
月曜日は夜遅く戻ってきたのですが、
そこまで、いろいろありました。
トロントの空港ではアメリカヘの入国審査ができてありがたかったのですが、
なぜかまた別室。
荷物の件でブラックリスト入りしているだと思うのですが、
そこについては何も聞かれないで、
ただ、「マッチしないことがあるから・・・」だけで、別室。
まあ、入国は拒否されないだろうから・・・と高をくくっていましたが、1時間も待たされ、その間にお腹が痛くなり、トイレを使わせていただくも、使っている方がなかなか出てこず・・・。冷や汗ダラダラでした。
ま、入国も、腹痛も、問題ありませんでしたが。
あ、そのあと、デトロイト乗り換えだったのですが、
Newark行きの便が、予想通り、雷雨のために遅れに遅れて、
4時間遅れの出発。ウチに着いたはのは夜中の1時半でした。
そして、1日休みながら、キャンプの準備。
昨日からはJOYJOYキャンプの中高生スタッフのトレーニング合宿。
久しぶりに、新人スタッフをたくさん受け入れたので、
その子たちに心構えをしておいてもらおうと、1泊。
楽しくも、心ふれあう、幸いなひとときでした。
特に最後の集まりの中では、みんな聖書の話を真剣に聞き、
イエスを心に受け入れる決心をした子たちも起こされました。
さあ、もう、明日からは全力でスパートをかけます!
来週の火曜日からのJOYJOYキャンプ、最高に楽しくなります。
さて、最近の聖書の中から。
先週の後半あたり、何回か思わされたのですが、
力を持つようになることが神様の祝福であるとは限らないということ。
列王記第二の14−15章あたり、
北王国イスラエルの王たちが、
アッシリア帝国と同盟を結んで勢力を広げるのですが、
最後は結局のところ、アッシリアに飲み込まれてしまう。
本当に外側の勢いとか、そんなものを大切にしたり、
そんなものにふりまわされてはいけないなと思います。
神様ご自身を求め、神様ご自身に力をいただいて歩ませていただきたいと思います。
主よ、
あなたによって力をいただいて歩むものでありますように。
あなたによって満たされて歩むものでありますように。
外側の勢いとか、調子の良さにふりまわされてしまうことがないように。
私の心を守ってください。
それもしとしとと。
それで、今日はちょっと涼しくなったように思います。
今は夜の11時20分ですが、22度くらいまで下がってきました。
明日もいい天気で暑すぎない夏の天気みたいです。
月曜日は夜遅く戻ってきたのですが、
そこまで、いろいろありました。
トロントの空港ではアメリカヘの入国審査ができてありがたかったのですが、
なぜかまた別室。
荷物の件でブラックリスト入りしているだと思うのですが、
そこについては何も聞かれないで、
ただ、「マッチしないことがあるから・・・」だけで、別室。
まあ、入国は拒否されないだろうから・・・と高をくくっていましたが、1時間も待たされ、その間にお腹が痛くなり、トイレを使わせていただくも、使っている方がなかなか出てこず・・・。冷や汗ダラダラでした。
ま、入国も、腹痛も、問題ありませんでしたが。
あ、そのあと、デトロイト乗り換えだったのですが、
Newark行きの便が、予想通り、雷雨のために遅れに遅れて、
4時間遅れの出発。ウチに着いたはのは夜中の1時半でした。
そして、1日休みながら、キャンプの準備。
昨日からはJOYJOYキャンプの中高生スタッフのトレーニング合宿。
久しぶりに、新人スタッフをたくさん受け入れたので、
その子たちに心構えをしておいてもらおうと、1泊。
楽しくも、心ふれあう、幸いなひとときでした。
特に最後の集まりの中では、みんな聖書の話を真剣に聞き、
イエスを心に受け入れる決心をした子たちも起こされました。
さあ、もう、明日からは全力でスパートをかけます!
来週の火曜日からのJOYJOYキャンプ、最高に楽しくなります。
さて、最近の聖書の中から。
先週の後半あたり、何回か思わされたのですが、
力を持つようになることが神様の祝福であるとは限らないということ。
列王記第二の14−15章あたり、
北王国イスラエルの王たちが、
アッシリア帝国と同盟を結んで勢力を広げるのですが、
最後は結局のところ、アッシリアに飲み込まれてしまう。
本当に外側の勢いとか、そんなものを大切にしたり、
そんなものにふりまわされてはいけないなと思います。
神様ご自身を求め、神様ご自身に力をいただいて歩ませていただきたいと思います。
主よ、
あなたによって力をいただいて歩むものでありますように。
あなたによって満たされて歩むものでありますように。
外側の勢いとか、調子の良さにふりまわされてしまうことがないように。
私の心を守ってください。
2011-08-01
祈りのサポートに感謝。
この3日間、トロント周辺はずっと暑かったです。
日曜日の明け方には雷雨もあったようです。
なんだか、雨のことがしているような感じ・・・とまどろみの中で感じていたのですが、実際は激しい雷雨だったようです。
昨日、寝る時にも雷が鳴っていました。
でも、今日はすかっと晴れて、暑いです。
NJの方は、蒸し暑くて雷雨みたいですね。
今夜は飛行機、遅れるかもですね。
雨上がりの朝、祈るために外に出て散歩をしていました。
そこで見つけたのが「Prayer Shelter」。
「祈りの小屋」です。
個人的に祈る人のために作られた小屋。
このリトリートセンターがどれほど祈りを大切にしてきたかを思わされるプレートです。
私がここで奉仕をさせていただくために、
ニュージャージーの皆さんがどれほど祈ってくださったか、
また迎えるトロントの皆さんがどれほど祈ってこられたか、
そのことを、今日も思わされました。
何人もの方々が主に触れていただいて、
主に語っていただいたことを分かち合ってくださいましたが、
今日の最後の最後、最後の集会が終わって、
語られたこと、教えられたこと、思わされたことを分かち合う時間が終わったあと、
個人的に挨拶をしたり、お祈りをしている時に、
ひとりの方が、本当に主に迫られて、祈りに導かれました。
その中で、悔い改めと信仰の告白をして、
イエスを救い主として受け入れて、第一歩を踏み出しました。
本当にすごかったです。
ひとりの人が信仰に導かれて、歩み始める、
その信仰告白と悔い改めの祈りに導かれるそのところに居合わせる、のは何度経験しても心が震えることです。
そして、「子よ、あなたの罪は赦されたのだ」と宣言するのは、畏れと共に、大きな喜びを感じます。この働きのために人生を与えられているなんて、なんてすごい特権だろうかと思います。
今回出会った、お一人一人の方々を神様がこれからも守り、導いてくださいますように、主が語り続けてくださいますように。
静まって、神を知る。
多くの皆さんの祈りに送り出されて
多くの皆さんの祈りに迎えられて、
今、カナダのオンタリオ州のPuslinchというところにある、
Crieff Hills Communityというリトリートセンターに来ています。
トロントの西1時間くらいのところ。
とても広くて、静かなところです。
ここで30名くらいの方々が日本語でのクリスチャンの修養会を持っています。
楽しい、温かい皆さんに迎えられて、
幸いな多くの出会いを与えられて、
これからの働きのためのヒントも与えられて、
主の御言葉のすばらしさに感動させられて、
あっという間に2日間が過ぎてしまいました。
あと今日の午前中の集まり1回。
そのあと、夕方の飛行機に乗って、
デトロイト乗り換えで、夜遅くNJに戻ります。
2011-07-28
明日からカナダへ。
明日から、トロント郊外での
「北東日系クリスチャン修養会」の講師として
ご奉仕してきます。
修養会自体は明後日土曜日から、1日の月曜日まで。
どんな修養会なのか、
去年の報告がこちらにありました。
1ページ目の右側です。
http://www.jgct.com/newsletters/CJMReporterFall2010J.pdf
今回は25回目だそうです。
記念すべき25回目、ということも恐れ多いですが、
集う一人一人が神様によって語っていただけるようにと願います。
お祈りください。
では、寝不足で行くのは申し訳ないので、
ちゃんと早めに休みます。
ではでは〜。
「北東日系クリスチャン修養会」の講師として
ご奉仕してきます。
修養会自体は明後日土曜日から、1日の月曜日まで。
Twitter上で大騒ぎをしていましたが、
昨日まで、「パスポートがいる」ということをすっかり忘れておりました。
もちろん、期限切れ、等ではないのですが、
危なく、ウチに置いて行くところでした。
そんなことでやっていますが、
どんな修養会なのか、
去年の報告がこちらにありました。
1ページ目の右側です。
http://www.jgct.com/newsletters/CJMReporterFall2010J.pdf
今回は25回目だそうです。
記念すべき25回目、ということも恐れ多いですが、
集う一人一人が神様によって語っていただけるようにと願います。
お祈りください。
では、寝不足で行くのは申し訳ないので、
ちゃんと早めに休みます。
ではでは〜。
2011-07-26
あと2年あるけど・・・。
暑ーい日が続きましたが、
日曜日あたりからマシになって、
昨日は雨も降って、楽になりました。
今日は33度くらいまで上がりましたが、
一度40度を経験しているので、
「ま、普通はこうだよね・・・」位の感覚です。
夜になって雷雨があり、気温ももう22度くらいまで下がってきています。
湿度があるので、ちょっと蒸し暑い感じもしますが・・・。
明日はスッキリ晴れそうです。
さて、おとといは、元ヤクザで今は牧師をしている井上先生ご夫妻をお迎えしてとても幸いな時を持ちました。特に、礼拝のあと、夜、BBQをしながら、時間と体力のある皆さん、うちに来ていただいて、楽しく話をしていたのですが、この時間に先生の人柄とイエスさまのことばかり考えておられる姿にみんな励まされていました。
私はというと・・・もちろん、野菜や肉を焼いていたりしたわけですが、
あと、夜、暗くなった頃に、こどもたちがセミの幼虫を発見。
で、観察してしまいました・・・。
背中がぱくっと割れて・・・
見る見る割れ目が大きくなって、
パコッと出てきました。
そして、全身出てきたかと思うと、
だんだん羽が伸びてきました。
あ、でも観察はここで終わり。
そのうちにちゃんと羽が伸びて、
飛んで行ってしまったみたいですよ。
セミの羽化・・・久しぶりに見ました。
そう、久しぶり。
実は今から15年前。1996年6月。
それはそれはたくさんたくさんセミが発生。
夕方になると、幼虫が列をなして羽化する場所を探しに行きます。
踏みつけないように歩くのが大変なくらい。
そして、あちらこちらで羽化を始めます。
中には適当な木が見つからないで、芝生の中や、歩道の上で羽化を始めるヤツもあらわれます。
ですから、最初は「すげえ」と感動していたセミの羽化も、
もう、あっちでもこっちでもですから、珍しくも何ともないわけです。
そして、数日のうちに、木の根元には積もるくらいのセミの抜け殻。
これは何でかわかりませんが、
日本にはない現象ですね。
その名も17年ゼミ。17年に1回大発生します。
つまり、17年間幼虫で地下で過ごし、
地上にあらわれてきます。
ですから、大発生は2年後です。
乞うご期待。
あ、それはウチの近所の場合です。
場所によって大発生の年は変わります。
こちらには年によってどこの地域で大発生するか、地図を見ることができます。
ちなみに今年は17年ゼミではなく、13年ゼミだそうです。南部が中心。
来年はバージニア州の山の中、
再来年が、ここら辺からずっと東海岸NCくらいまでです。
さて、最近の聖書から。
ここのところ、列王記第二を続けて読んでいます。
日曜日に読んだ12章からの言葉。
「ヨアシュは、祭司エホヤダが彼を教えた間はいつも、主の目にかなうことを行なった。」2節。
ヨアシュがエホヤダがいなくなったら、もう主に従わなくなったその信仰の中途半端さを非難するのか、それとも、私たちにとって、このヨアシュにとってのエホヤダのように、信仰を支えてくれる人の存在の大切さを覚えるのか・・・。
私は特に後者の方、信仰を支えてくれる人の存在の大切さを思わされています。
もちろん、自分も誰かにとってそのような存在になりたいと思います。
でも、それとともに、自分にもそのような存在がどれほど必要か思わされます。
昨日の牧師会にはハワイに長くおられた黒田先生ご夫妻がおいで下さり、若い(?)私たちに大切なアドバイスをたくさんくださいました。
先生のブログはこちら。
本当に明るく楽しい先生方でした。
そして、先生方のお話を伺いながら、
本当に私も楽しく伝道したいと思わされました。
最近、自分にちょっと欠けてしまっているものを、
先生のうちに感じました。
先生は昨日の牧師会を「励まし会」と書いておられますが、本当に励まされました!
そのように励まし手が自分にとってどれほど大切かと思います。
主よ、
あなたが私に励まし手を与えてくださっていることに感謝します。
信仰の目をしっかり主に向けて行くために、必要な助けを与えてくださっていることに感謝します。
これからも、助けてください。必要な支え手を与えてください。
私も誰かにとって、励ましとなる者となれますように。
日曜日あたりからマシになって、
昨日は雨も降って、楽になりました。
今日は33度くらいまで上がりましたが、
一度40度を経験しているので、
「ま、普通はこうだよね・・・」位の感覚です。
夜になって雷雨があり、気温ももう22度くらいまで下がってきています。
湿度があるので、ちょっと蒸し暑い感じもしますが・・・。
明日はスッキリ晴れそうです。
さて、おとといは、元ヤクザで今は牧師をしている井上先生ご夫妻をお迎えしてとても幸いな時を持ちました。特に、礼拝のあと、夜、BBQをしながら、時間と体力のある皆さん、うちに来ていただいて、楽しく話をしていたのですが、この時間に先生の人柄とイエスさまのことばかり考えておられる姿にみんな励まされていました。
私はというと・・・もちろん、野菜や肉を焼いていたりしたわけですが、
あと、夜、暗くなった頃に、こどもたちがセミの幼虫を発見。
で、観察してしまいました・・・。
背中がぱくっと割れて・・・
見る見る割れ目が大きくなって、
パコッと出てきました。
そして、全身出てきたかと思うと、
だんだん羽が伸びてきました。
あ、でも観察はここで終わり。
そのうちにちゃんと羽が伸びて、
飛んで行ってしまったみたいですよ。
セミの羽化・・・久しぶりに見ました。
そう、久しぶり。
実は今から15年前。1996年6月。
それはそれはたくさんたくさんセミが発生。
夕方になると、幼虫が列をなして羽化する場所を探しに行きます。
踏みつけないように歩くのが大変なくらい。
そして、あちらこちらで羽化を始めます。
中には適当な木が見つからないで、芝生の中や、歩道の上で羽化を始めるヤツもあらわれます。
ですから、最初は「すげえ」と感動していたセミの羽化も、
もう、あっちでもこっちでもですから、珍しくも何ともないわけです。
そして、数日のうちに、木の根元には積もるくらいのセミの抜け殻。
これは何でかわかりませんが、
日本にはない現象ですね。
その名も17年ゼミ。17年に1回大発生します。
つまり、17年間幼虫で地下で過ごし、
地上にあらわれてきます。
ですから、大発生は2年後です。
乞うご期待。
あ、それはウチの近所の場合です。
場所によって大発生の年は変わります。
こちらには年によってどこの地域で大発生するか、地図を見ることができます。
ちなみに今年は17年ゼミではなく、13年ゼミだそうです。南部が中心。
来年はバージニア州の山の中、
再来年が、ここら辺からずっと東海岸NCくらいまでです。
さて、最近の聖書から。
ここのところ、列王記第二を続けて読んでいます。
日曜日に読んだ12章からの言葉。
「ヨアシュは、祭司エホヤダが彼を教えた間はいつも、主の目にかなうことを行なった。」2節。
ヨアシュがエホヤダがいなくなったら、もう主に従わなくなったその信仰の中途半端さを非難するのか、それとも、私たちにとって、このヨアシュにとってのエホヤダのように、信仰を支えてくれる人の存在の大切さを覚えるのか・・・。
私は特に後者の方、信仰を支えてくれる人の存在の大切さを思わされています。
もちろん、自分も誰かにとってそのような存在になりたいと思います。
でも、それとともに、自分にもそのような存在がどれほど必要か思わされます。
昨日の牧師会にはハワイに長くおられた黒田先生ご夫妻がおいで下さり、若い(?)私たちに大切なアドバイスをたくさんくださいました。
先生のブログはこちら。
本当に明るく楽しい先生方でした。
そして、先生方のお話を伺いながら、
本当に私も楽しく伝道したいと思わされました。
最近、自分にちょっと欠けてしまっているものを、
先生のうちに感じました。
先生は昨日の牧師会を「励まし会」と書いておられますが、本当に励まされました!
そのように励まし手が自分にとってどれほど大切かと思います。
主よ、
あなたが私に励まし手を与えてくださっていることに感謝します。
信仰の目をしっかり主に向けて行くために、必要な助けを与えてくださっていることに感謝します。
これからも、助けてください。必要な支え手を与えてください。
私も誰かにとって、励ましとなる者となれますように。
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