2011-04-04

Happy Birthday! のんち。

月曜日の夜。
昨日の夜はベッドの中で、iPhoneで更新しようとしたら、
何度も途中で寝てしまって・・・。
なんだか、何を書いていたんだか・・・。


で、今日は雨だと思っていたのですが、
昼間は暖かくなって、晴れ間も出て、
過ごしやすい一日でした。


今夜はこれから雨。
明日も朝のうち雷雨となるでしょう。
夕方からはグンと冷えそうです。


日本ではもう5日なりましたが、
のんちの誕生日。
キリ番の誕生日だったので、
盛大なパーティーを・・・と思っていたら、
日本に行ってしまって、
もう、それどころではないようです。
さっき、塩釜に入って初めて電話で話をしたのですが、
昨日は新学期を迎えて、学校を開けるために、
避難所をいくつもまとめる日だったようで、
それも、それまでのリーダーが帰るということで、
年の功か、たくさんの新しい方々を迎える避難所のリーダーをまかされたそうで、
午後から大忙しだったみたいです。
ドクターも短い期間でどんどん入れ替わる。
寝たのは夜の2時・・・。
昨日の夜、今までなかった熱の出た子どもがいた。
感染症の広がりが、ちょっと心配・・・だとか。


おつかれさまです。


電話は朝の8時までか、夜の10時から、だそうですから、14時間くらい働いているわけね。今日も守られますように。今日はもう少し休める時間が与えられますように。


でも、塩釜はまだよい方で、石巻や女川、南三陸町、陸前高田、はずっとたいへんなわけですから、本当にこれからの皆さんの健康のために祈らされます。


ま、誕生日は、帰ってきてから、いろいろいっぺんに盛大にやりましょう。


さて、今日の聖書。
今日はマルコ10:32-45。


「みなのしもべになりなさい。」44節。

ま、そのままです。
先日の金曜日のレント集会でも学んだのですが、
主に満たされて、主に認められて、主に愛されて、
だから、人に仕えられる。
そのような歩みをさせていただきたいと思いました。

その道を究めたい、と思います。
しもべ道。

イエス様のように。

主よ、
しもべになること、教えてください。
しもべの喜びを経験させてください。
無理しているのではなく、自然なしもべとなれますように。

2011-04-03

ちから。

今日は午前中は、牧師の不在の教会のメッセージと聖餐式。午後は、NJの教会の礼拝と聖餐式。さすがに、ちょっと疲れを覚えたかな。

でも、そんな時こそ、神様の力を求めて出ることが大切。

のんちも日曜日の教会に行けたようだ。

すごい。

でも本当に命をいただかないと枯れちゃうからな。

2011-04-02

土曜日ですが。

土曜日ですが、夜も11時ですが、

ちょっとだけ更新。



今日の夜、以前教会の集まりに来られていて、

サンディエゴに引越された方からメールでご紹介いただいたのですが、

息子さんが、震災からの復興を祈って、

高校でビデオを撮って、ネットにアップするということがニュースになっていました。

NHKのニュースですよ〜

ホントに励まされます。






米高校生 激励のビデオ撮影




おお、イケメン。
そして、お母さんに似てる。
NBAのネッツにいたJ・キッドともどこかでつながっているという話。



すごい、行動力ですね。
そして15歳にして、高校全体をまとめてしまう力。
ぼくらも、次の世代に負けないようにしないとね。



ということで、15歳という数字の並び方をちょっと変えると、かな〜り近くなる、のんちの話。
東部時間の昨夜から現地に入っていると思うのですが、
今日の昼頃からちょくちょく携帯メールが届くようになってきました。


最後の通信は、日曜日は礼拝に行けるかどうか、聞いてみる・・・という内容。


んー、集団行動の邪魔にならないといいけど、と周りに流されやすい自分は思うのですが、そこは三交代制の駆け出し看護師時代から必死で礼拝を守ってきた筋金入りですから、気合いが違います。


でも、ホントに大切でしょうね。
神様から力をもらうこと、
環境が過酷であればあるほど。





どのような働きをしているかは、まだ何も詳しいことは情報が入っていませんが、どんな働きでも、いつもいつも神様から力をもらって歩んで行くこと、ホントに私達の生命線です。



さて、今日の聖書。


今日はマルコ10:13-22。







「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません」15節。






そう、ホントに単純に主を信頼する。


それが自分には必要だと思う。


安心して主を信頼して、そこに立って行く、


それがどれほど必要だろうか。






子どもを見本にして歩んで行こう。


子どものように、主を信頼して歩んで行こう。






やっぱり、自分の中に、もっとしっかりしないと、


神様に喜ばれないような気持ちがわいてくるんだろうな。






そうじゃなくて、


主のもとに休らう。


そこから、立ち上がって行く、


そのような歩みをさせていただきたい。






主よ、


子どものように、あなたを信頼させてください。


あなたに身を委ねます。


あなたが私を導き、


私はあなたの導きに従って行くことができますように。

2011-04-01

4月になった。

今日は全然雪積もりませんでしたね。ここらへん。
もっと北の方ではかなり積もったみたいですが
ここらへんはほとんど雨。
時々、みぞれが混じる、って感じ。


ま、助かります。


もう、ホントに春ですね。4月ですから。
明日と明後日は晴れ。
その後、またしばらくぐずつくみたいです。
本格的な春はもうちょっと先かな。


サキは明日が補習校の新学期。
お弁当の準備を考えておくのを忘れていました。
現地の学校のお弁当はディナーロールに、
ピーナッツバターでOKなんですが、
日本の学校にはやっぱり日本のお弁当を持って行きたいそうで。


夜10時過ぎに慌てて買い物に行きました。(笑)


こんな調子です。


のんちは今日から被災地です。
いきなり放射能の測定器を渡されて、
使えるようにしておいて、ということだそうで。
機械系めっぽう弱いので、ちょっと心配。
ああ、そばにいないのって、やっぱりなんだかね。
でも、そんなときだからこそ、皆さんのお祈りに感謝。


今日の聖書。
今日から新しい月だからでしょうか。
「日々のみことば」では、マルコによる福音書に戻ります。


「ふたりの者が一心同体になるのです。」8節。

結婚前は「そうなんだ〜」と思っていたのですが、
結婚してからは、「そうなの?」という感じですよね。(って誰に同意を求めている?)

でも、これも多分、自分の実感の問題じゃなくて、神様がどう見ておられるか、ということだよね。神様の目から見たら、もうふたりじゃない、一人なんだと。あなたがどう感じようとも、ふたりは一人なんだよ、と。
多分、たましいの深い部分でつながっているんだと思う。
だから、実感の問題じゃなくて・・・。(そこばっかり強調するとまた変に勘ぐる方がおられるので心配ですが・・・「先生たち大丈夫?」って心配されたりする。心配してないで、祈ってください。笑)

自分は気がつかなくても、
ふたりは一人になっているんだと思う。
そのことを認めて、共に歩んで行く、
そこに招かれているんだろうな。

神様、
私達も一つにしてくださってありがとうございます。
そのことを真剣に受け止めて、それを実体化して行くプロセスをお導きください。
今日からののんちの現地での歩みを守ってください。
教会のこれからの歩みも導いてください。

2011-03-31

またまた出会い。

今夜は雪の予報出ているのですが、
今は降っていませんねえ。
レーダーを見ると、西と東に雨雲が分かれています。
気温も3.3度と微妙。
何にもないかもしれませんね。


お祈りいただいているのんちの日本での歩みですが、
4/2から1週間、看護師ボランティアとして、
塩釜に行くことになりました。
道が開かれたことに感謝。
健康が守られるように、
心も守られるようにお祈りください。


そして、この4月からも日本のホーリネス教団から、
単立のNJ日本語キリスト教会にへの派遣の任命。
感謝します。


こちらは先日から伺っている日本人シニアグループでの聖書の話。
一人のわたしの父の年代の紳士と初めてお会いして、
とてもいいお話をすることができました。
なんだか、すごくうれしい出会いでした。
もっともっと、この地において、出会いを神様に与えていただけますように。


今日の聖書。
今日は民数記15:32-41。


「主のすべての命令を思い起こし・・・自分の心と目に従って歩まないようにするため・・・」39節。

自分の考えではなくて、
主の命令に従う。
本当に大切なこと。
自分の思いのままではない。

でも、新約の時代になって、
私達の心に神の思いが与えられることも約束されている。
それを見極めることが難しい。

でも、神様を見つめているとわかると思う。
自己実現ではなくて、主のみこころを求めて行くこと。

やはり、どこまで行っても、
神様の願われることは何なのかを求めること。

神様
あなたの思いを求めることができますように。
あなたの願われることを知ることができますように。
私達一人一人が神様の与えてくださる使命に生きることができますように。



2011-03-30

出発。

今日はちょっと寒さも緩んで、朝も氷点下にならず、
昼間は10度を超えた。
でも、今夜から雨・・・で、そのあと明日の夜は雪。
20センチくらい積もる可能性もあるらしい。
ありえない・・・。もう4月になるというのに。


夜11時前で7.4度。
どんどん下がってきました。
明日の朝には1度くらいまで下がって、みぞれになるかも。


のんちは東京に移って、
いろいろ手続きをして、携帯を設定して、
携帯メールの挑戦して・・・と悪戦苦闘中。
焦らず、神様が道を開いてくださることを信頼して、祈りながら。
もうちょっとこっちのiPhoneの海外でのデータ通信が安ければ、
携帯メールじゃなくてiPhoneでGmailでいいのですが・・・。
(あ、のんちに連絡される方、Gmailのアドレスで大丈夫ですよ、携帯メールに自動転送されますから・・・)


この後、東部時間の夜の12時から日本ホーリネス教団の任命派遣式です。
Ustreamで中継するらしいので、Ustream出席したいのですが、
夜の12時から、未明の3時まで、というのがきついです。
翌日の普通の歩みに支障がない範囲でと思います。
でも、とにかく新しい年度の出発、新しい派遣です。
新しい気持ちで主に仕え、教会に仕え、人に仕えさせていただきたいと思います。


さて、今日の「日々のみことば」。
民数記15:17-31。
「初物の麦粉で作った輪型のパンを奉納物として供え・・・」20節。

新しい地に入って行って、
最初の作物、最初の産物から主に捧げものをする。
やはり、それは神様を第一とする姿勢だと思う。
やはり神様との関係が整えられることなのだと思う。

他のすべてにまさって、神様との関係を大切にする。
まず、自分がそのような歩みを確かにさせていただこう。

かみさま、
あなたとの関係をもっともっと太いものとすることができますように。
主が共にいてくださることを、味わいながら歩めますように。

2011-03-29

ひと。

のんちは、無事日本に着いて、
成田で、看護学校時代の友人たちに迎えられたそうだ。
卒業のあとずっと(30年くらい?)看護師として、
今や多くの友人が師長、副師長レベル。
いろいろ情報をもらったり、今や貴重品となった水のボトルを買ってもらったり、
たいやきをごちそうになったり、幸いな時を持ったらしい。

そして、日本時間の30日の朝には、
川崎の教会のクリニックの方々から、
「今日の午後から福島のいわき市に行きますが、ご一緒しますか?」と声をかけていただいたそうだ。まだ、日本について24時間も経っておらず、住民票も保険証もないので、残念ながらお断りしたそうだが、本当にありがたい話だ。

こちら、NJのかきごおり家は、夜にはお子さんの大学見学でNYに来られていた友人一家が訪問してくださった。
時間があっという間に過ぎる楽しい話と、最後には一緒に神様の前に出てお祈り。
本当に励まされた。
皆さんが自分の料理を「おいしい、おいしい」と召し上がってくださったことも、とてもうれしかった。ほめ上手!

神様は人を与えてくださっている。本当にそのことを感謝させられる一日だった。

大感謝。

2011-03-27

Callingかな。

寒いです。
今朝も-5度Cくらいまで下がりました。
今夜も、10時半過ぎで、もう氷点下。


明日の朝はまた-5度Cくらいみたいです。
昼間も5度くらいどまりかな。


急なことですが、
まあ、ちょっと前から祈って色々動いているのですが、
のんちが明日から2週間、いや、そうじゃなくて、2ヶ月間、日本に行きます。


どんな道が開かれるのかわかりませんが、
こちらにいても、なかなかわからないので、
とにかく帰って、またいろいろ動くようです。
最善の道が開かれるようにお祈りください。


1週間くらい前に被災地の某赤十字病院に電話をしたときに(のんちも赤十字出身)、(これ自体、脱帽というか無謀と言うか・・・「怒鳴られること覚悟で電話をした・・・」と言っていました)「ホントに来ていただいたらありがたい話。みんな寝る間もなく働いているし、家族の安否だって確認できない。寝るのは廊下。どれだけ助かるかわからない。でも、来ていただいても、身の安全も保証できない。だから、お受けできません・・・」と涙声だったそうだ。いや、もちろん組織の秩序もあるだろう。どこの馬の骨ともわからないオバハンが地球の裏側から電話くれても「じゃあ、来て!」と言われるとは思えない。


でもね、なんとか、一人のスタッフが一晩でも休めれば・・・との思い。


今日、イトイさんのところで紹介されていた
災害援助のナースの方の体験、
http://blog.goo.ne.jp/flower-wing
も読んで、想像できる範囲のもんじゃないんだな、と思います。
なんだか、何かを書くことにも怖れを感じます。


でも、というか、だからというか、一人一人が与えられているところがある、それに応えて行くことが大切。
のんちも神様に呼ばれて行くんだな、だったら、本当にふさわしい働き場が与えられるんだろうな、と思って祈っています。


でも、この手記の最後の方の、
「でもきっと本当の現実は被災地で都心は非現実社会なんだと思います。」

ちょっと考えちゃったな。「・・・かもな」と。
自分も非現実社会に生きているのかもな、と。


こっちは、いつもいつも、「大黒柱」さまに甘ったれているので、
父娘三人でちょっとは自立するようにと。


・・・ちょっと現実に向き合うことにします。


今日は、夕方から10時頃までのんちが買い物に出かけていたので、
その間に、ちょっと気合いが入って、料理などしてしまいました。


で、ちょっと前にサキがテレビで見て、作りたい!としきりに言っていた、シュークリームなどにもちょっと挑戦。




ま、初挑戦にしては、うまくいったでしょう。
おいしゅうございました。
一人4個ずつ、ペロッと食べてしまいました。


先が思いやられる・・・体重の面で・・・かな。


あと、「何でもサポートするから・・・」と口では言っているのですが、
実際、祈ってきたこの一週間余り、ちゃんとサポートしてきたかと言うと、
あんまり胸が張れません。
「日常が大切!日常ちゃんとやっていないと、いざというときに慌ててもダメ、いざというときに『何ができますか?』って聞いてもダメ」ってこと、ホントに自分に言い聞かせています。


でも、やっぱりつながっていたい、そう思います。
ホントに何かわかっているかと言われると、わかっていないんだと思います。
でも、だから、つながっていたい。わかったようなつもりになっちゃダメだから、つながっていたい、そう熱望します。
のんちの存在が、そのつながりのひとつの助けとなりますように。

2011-03-26

日曜日のために。

明日の礼拝に備えて、
今日は(も?)更新はお休みしますが、
一言だけ、Rick Warren師のtweetから。

Pastors:Your sermon must always FIRST be your offering to God,
Only after that can it become a presentation to others.

祈りつつ。
祈ってくださいね。

2011-03-24

足踏み。

昨日は朝雪が降っていましたが、
昼間は雨。


でも、夜の7時半頃でしょうか、
雷を伴って激しいsleetが降って、
あっという間に道路はシャーベット状態。



めちゃくちゃ歩きにくかったです。


そして、帰ってきたら、雪。


一度やんだのですが、今朝がたまた降ったみたいで、
車はしっかり雪に覆われていました。


ま、すぐに融けた春の淡雪でしたが。


でも、これから数日、
春は足踏みです。


今夜の最低気温は-6度くらい。
昼間も10度以下の日が続きそうです。


今、多くの情報はtwitterから入ってきます。
そんなにたくさんの方々をフォローしているわけではないのですが、
なんだか、必要十分みたいな。
何百人フォローしている方々もおられるのですが、
これ以上増えたら、どうやって情報を取捨選択するんだろう、って感じ。
もちろん玉石混淆、かなり怪しい情報も入ってくるので、
これはまた難しいのですが、
そんな中で、昨日、おお、と思ったのはこの情報。


心理学博士からの、震災から心を守るメッセージ(三羽理一郎)


カルフォルニアの先生だそうですから、
やはり物理的距離のある所にいながら、この震災を受け止め、
その距離故に思うことなどもある中で、
日本の方々や、こちらの方々にメッセージを送っておられます。

だから、よけい共感するのでしょうか。

特に以下のくだりは、ずっと私も感じてきたし、語ってきたことです。

ひとつぜひ持って欲しい考え方は、「自分は自分の出来ることをするのが大切である」です。
被災地で救助に当たっている人たちだけが、今ここで重要なのではないのです。
あなた方ひとりひとりが、自分とその周囲をケアし大切にすることで、日本全体の回復・復活に役立ちます。

神様が一人一人を必要な所に生かしてくださっている。
復活のイエスに「私に従ってきなさい」と言われたペテロが、
「この人はどうですか?」と目に入ったヨハネのことを聞いたのに、
イエスは「それが、あなたと何の関わりがある?あなたは私に従いなさい」と言われた。

あなたは神様にどんな使命を与えられているか、
そこに堅く立っていくことの大切さを思わされます。

あと、今度の震災の中で、「聖書学院で共に学んだあの方はどうしておられるかな」と思っていた方のお一人は、宮古の岩塚牧師。
1学年先輩で、とてもお世話になった方。
福島県の海沿いの教会、いわき市だったかな、結婚式にも出させていただきました。聖書学院で共に学んだ仲間の代表みたいな感じでお招きいただいた記憶があります。

今日、情報が出てきたみたいです。いや、しばらく前に情報はちらほら出ていたようですが、今日、こちらに情報が出ていました。
なかなか、安否が確認できなかったみたいですが、
ご無事なようです。

正直、ここ数年ご無沙汰しておりました。
この情報を目にした、というのも神様の導きと信じて、
これを機会に、また、ご連絡してみようと思います。

さて、昨日今日の聖書。
昨日から今日にかけて、民数記の13章を読んだ。

「わたしが・・・与えようとしている・・・地」2節。

12人の人たちがカナンの地を偵察に行ったのは、
神様の命令に従ったことだったのだ。

時々思う。

なんで偵察に行ったんだろうか?
行かなければ、人々は「ダメだ、勝てない、もうやめよう」と言わなかったのではないか、
モーセは失敗したんじゃないかなあと。

でも、そうじゃなかったんだ。
神様が人々を偵察に行かせたのだ。

そして、既に神様はその土地を、彼らに与えると、約束をしておられたのだ。

もう既に与えられている。
なのに、この人々は、状況を見て、恐れた。

「日々のみことば」誌には以下のようにある。

「あなたは、目標達成のために調べたことが、いつの間にか自分の弱さのために消えかかったことがないでしょうか。」

本当に主を信頼するテストを受けいているんだろうと思う。
主を信頼することは何もしないことではない、
主を信頼することは信頼して従うことだ。

さあ、歩み出そう。

主よ、
どうか、あなたの導かれるところに行かせてください。
その道が厳しいならば、そこから逃げるのではなくて、
そこを行くために何が必要なのか、知ることができますように。
あなたを信頼して従って行くことができますように。

2011-03-22

ふとした偶然で・・・。

昨日、はちこさんがFB上で紹介していた
KOKIAの「私にできること」を聞きながら、
「ふとした偶然で今交わった人生」のところで、
震災の1週間前にTwitter上で久しぶりにやり取りをした
KEN(http://twitter.com/KENGKONG213)のことを思い出していた。

ずいぶん前、こんなに有名になる前だけど、
KOKIAは友達のところに来たときに、
NJの家庭集会に一回来てくれたことがあった。
それから、ちょっと気になるアーティストだ。
いや、それがなくても、彼女の歌はいい。

この歌は中越沖地震のときに被災した柏崎のファンのために個人的に送った曲だという。
これはぜひご自分でyoutubeで検索してほしい。

あ、あの時も東電の原発では火災が起き、放射能漏れを起こしている。
3年半で、地震対策を万全にしろと言っても酷な話だろうけど、
何なんだろうなあ、と思う。
まあ、原発のことは本題から外れるから、置いておいて・・・

「遠く離れていても」
「私にも何かできることがあるかな」
などの言葉が、今の自分たちの状況にあまりにも重なって、
KENにメッセージを送らないではいられなかった。

彼は、利府という仙台の北隣の町に住んで、
牧師をしている兄を支えている。

3年くらい前だろうか、
NYに来たときに、ちょっと滞在してくれた。
子供たちのために働きをしたい、というゴツイ若者だった。
それからほとんど互いに連絡も取っていなかったんだけど、
Twitterでちょっと前にフォローしてくれて、
震災の1週間前にはメッセージを送ってくれた。

正直、自分は思い出すまでにはちょっと時間がかかったのだが、
のんちの方はほぼ、完璧に覚えていた。

「超人的に思える妻の記憶力に当惑しているあなたは、これは妻の女性という人格のなせるわざで、『忘れる』ことはできないのだと受け入れるしかありません」という「愛されたい妻と尊敬されたい夫」の一文を思い出さないではいられなかった。

あ、また横道にそれた。

利府の町自体はそれほど家屋の倒壊はなかったそうだ。でも、燃料不足、断水、食料不足が続いているらしい。

そして、何よりも、彼の車は津波で流されてしまったそうだ。
援助のために走り回りたいけど、車もなく、燃料もない。
だから、今は自分が今ある所で、光として輝きたいと。

今日は誕生日だったらしい。
そして、もうすぐ、ベビーも生まれるらしい。

こうやって海を越えて繋がることができたのは、
「ふとした偶然」とも思えるけど、
きっと偶然ではない。

もっともっとそのつながりを太くすることができれば・・・と思う。
祈っている。あのNJでの出会いも、震災の1週間前のtwitter上での再会も、神様の導きだと思うから。

今、夜11時で5.4度C。今夜は気温が下がって、これから雪。
みぞれになったり、雨になったり、しながら、
5センチくらい積もる予報が出ています。


今日の「日々のみことば」より。
民数記12:1-16。


「『主はただモーセとだけ話されたのでしょうか。私たちとも話されたのではないでしょうか。』主はこれを聞かれた。さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙虚であった。」2-3節。

「神はこう言われた」「私はこう示された」というときに、
よっぽど気をつけなければいけないと思う。

だって、神様が言われた、と言えば、わがままだって通せる。
自分の野望だって正当化できる。

だから、本当にこの「謙虚」って大切ですよね。
神様の前に砕かれて、いつでも神様に聞いて行く。
自分の思いではなくて、神様の思いが実現されることを求めて行く。

課題だ。

主よ、
私を謙遜な者とならせてください。
でも、大胆にあなたが語られたことを語ることができますように。

2011-03-20

次の世代のために。

今日は朝はちょっと氷点下。
で、昼間はずいぶん暖かくなりましたが、
夜になって、また冷えてきました。
今は夜の10時で、4.1度C。
これから明日は雨で、朝のうちは雪も混ざるようです。


今朝はまだ起きる前、ベッドの中でメールを見たら、若い男の子たちから、2つのメール。
一つは去年の元旦に信仰に導かれて、3日に洗礼を受けてロンドンに住んでいる子。
そこにはこんなビデオへのリンクが貼られていて、
今の日本のために、少しでも人々を元気づけることができるようにと、
教会の祈り会の様子かな、若い人たちの集まりの様子かな、
映像、という彼のできることで、正しいことをしたい、と思ったということでした。



彼に与えられているものが、神様のためにもっともっと用いられるようにと祈ります。


そして、もう一人は、今年の1月にウチに泊まりにきた、ハジの友達の大学生の子。
あのアトランタの雪のおかげで、飛行機がキャンセルになって、
「わおー、どうしよう・・・」とハジと二人でばたばたしたあの若者。
1月11日の日記。


その彼が、「ハジから聞いているかもしれませんが、バプテスマを受けることになりました」というメールでした。


そして、NJに来ておられたときに神様から背中を押された経験のことも。


ハジから何にも聞いてねえ。
でも、本当にうれしかったです。


次の世代のために・・・ということを切実に感じることの多い、今日この頃。
息子の世代の若者たちの中に起こっていることに本当に心が震える思いです。


大感謝!!!!


今日の週報のコラムにはこんなことを書かせていただきました。


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あの地震から9日がたちました。
今日もまた瓦礫の中から発見された方々がおられたそうです。今も救出を待っておられる方々のために、救出のために尽力されている方々のために、避難生活を送っておられる方々のために、大切な方をなくされ方々のために祈ります。
また、この9日間、不眠不休で福島の原子力発電所の制御のために命をかけて尽力されている方々のために祈ります。
緊急援助、復興援助のための働きが広がりを見せていることを感謝します。瞬発力が与えられている方々がおられます。神様はあなたを用いておられます。スタートダッシュは本当に大切です。あなたのおかげで多くの「何かしたいけど・・・」という人々が、その何かを見つけることができました。「瞬発力はないけど持久力が与えられている方、神様は、日本はあなたの存在をどれだけ必要としていることでしょうか。この先の道のりは本当に長いです。苦難が続きます。注目する人もどんどん減っていくでしょう。あのスマトラの大津波の後の地域のことを私たちのほとんどの者たちが忘れているように。でも、その中で力を発揮するのは持久力のあるあなたのような方々です。若い方々、皆さんの情熱に感謝します。あなたがたの力がなければ、日本の将来はありません。これからの復興の原動力は皆さんの力です。年長の皆さん、あなた方の叡智に感謝します。そのたくましさ、しなやかさ、それはあの戦争の中を通ってきたからでしょうか?戦後の復興を見てきたからでしょうか?あなたがたの知恵を私たちのために使ってください。
一人一人働きが違います。ある特別な人々がHeroとして注目されます。でも、みんな、一人一人役割を担っているのです。自分の与えられたところで与えられた役割を果たしていくこと、そして、日常のコミュニティーの中に生きていくことを大切にしていきましょう。

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本当に一人一人が自分に与えられた人生を生きることができますように!


今朝は、東電の原発のすぐそばにある福島第一聖書バプテスト教会の佐藤彰先生のメッセージを聞きました。今は避難されて、山形県の米沢に教会の50人くらいの方々とともに身を寄せておられます。教会の皆さん、先生ご自身、どんな所を通って来られたか想像できません。本当に暖かい、明るい先生で、私も5年前にお会いしたときに、たくさんアドバイスをいただいて、励まされたのですが、今回も「『福島第一』の名前は原発よりも教会が先だ!」とか、いくつもの笑いを交えながら、お話しされて、本当に励まされたのですが、その中の「私達が礼拝ができるのは当たり前じゃないことを思わされた」という言葉、心に留まりました。そうなんですね。私達が礼拝をできるのはあたりまえじゃない。本当に神様の守りと導きの中で起こること。そして、何よりもイエスの十字架故に与えられていること。


今日の礼拝を心から感謝しました。


さて、今日の聖書。
今日は民数記の11:16-25。


「主の手が短いというのか。」23節。

昨日の11章1節からのと、明日の今日の続きも一緒に読んだ方がいいと思うのですが、多くの人々の必要の前に、モーセは「自分で背負わなければいけない」という思いでつぶれそうになっていました。人々の愚痴をまともに受け取って、「自分にはできない!」とパニックを起こしていました。でも、そのモーセに向かって、神は、「あなたではない、私がするんだよ」と言われたのです。

主を信頼すること。
主がしなさい、と言われたら、「私は感知しない」ではなくて、どこまでも支えてくださること、主ご自身がなさることを、私達は信頼して、ついていけばいいのだということ。それを信じて従うことが大切なこと、思わされます。

主の御業を見せていただきたい、そう思います。

主よ、
あなたの若い男の子たちのうちになしてくださった大きなことの故に心から感謝します。どうか、これからも、次の世代の人々に大切なことを伝える働きをさせてください。あなたのみ手を信頼して歩ませてください。

2011-03-18

一週間。

あれから一週間。
今日も、日本のために、地震で大切な人を失った方々のために、
今も救出を待っておられる方のために(8日目に見つかった方もいた!)、
あの福島の原発で尽力されている方々のために、
祈らされた。

そういえば、「10時半に寝て、5時半に起きる」生活を目指して、
早く寝て、でも、やっぱり5時間で目が覚めて、4時にニュースを知ったんだな、と思い出していました。

あまりのことに信じられない思いで現実感のない所から始まった。
たくさんの方々が命を落としたことを知り、その一つ一つのいのちが、自分と同じいのちで、自分の家族のいのちと同じいのち、なのに、自分がここで生きていることの違和感を感じたり、だから、生かされていることの意味を考えたり。
原発のことがどうなるのか、祈りながら、過ごした一週間。

こちらで、何ができるか、自分を見失わないように、
また牧師として堅く立って行くようにと思いながら、
でも、その気持ちが強すぎて、こわれそうになった日もありました。

でも、その弱さを受け入れたときに、また内側から、神様から力が与えられて、今があります。

この間にいろんなことがありました。
その朝、予報通りのFlood。
近くの川はあふれていました。

でも、その後はいい天気が続いていて、
今日は25度まで上がりました。

そして、一週間の中では、



毎年恒例、玄関脇のクロッカスが花を咲かせたり(年々花が少なくなる?)、
裏に植えたふきに「ふきのとう」が出てきたのに、
リスに食い散らかされたり。

季節は確かに春に向かって動いています。
あさってからはアメリカの暦の上でも、「春」です。
でも、ここまで暖かいのも今日まで。
明日からは平年よりちょっと低め。
昼間の気温が12度くらいになりそうです。

さて、久しぶりに「日々のみことば」から。
おととい、水曜日の読んだところ。

民数記9:15-23。
「 二日でも、一月でも、あるいは一年でも、雲が幕屋の上にとどまって去らなければ、イスラエル人は宿営して旅立たなかった。ただ雲が上ったときだけ旅立った。彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。彼らはモーセを通して示された主の命令によって、主の戒めを守った。」22-23節。

すぐに動きたいこともあっただろう。
いつまでもとどまっていたい時もあっただろう。
でも、彼らは、ただ雲の動きを通して、神が示されたときに動いた。

とどまれと言われたらとどまり、
行けと言われたら行く。

そこに祝福があり、平安がある。
従うことはつらいことではない。

勇気はいるかもしれない。
でも、そこには平安と喜びがある。

神様、
あなたの導きを信頼します。
あなたが動かしたいように導いてください。
従う中で与えられる喜びを経験させてください。

2011-03-17

内側からの力。

たくさんのNPOが震災の被災者の方々のために動きを進めておられて、
少しずつ基盤が作られつつあるようですが、
私たちの教会で日常的に支援しているのは、
日本国際飢餓対策機構です。

聖書を土台とした援助団体で、
その理念も、会計の明瞭さも、事務費等の経費の少なさ(これは大切。何割も経費や団体の維持費にとられてしまって、現地に届くものが目減りするのは残念。もちろん、団体の維持費がある程度かかるのはわかるし、フルタイムのスタッフの方々の生活がちゃんと支えられることも大切だけど・・・)も、信頼できる働きなのでサポートしています。

ハジがウガンダに行ったのも、この団体のワークキャンプです。

「日頃の働きが大切」ということをこのグループの姿勢から学ばされます。

最新のニュースを見るとアメリカのFood for the Hungryだけではなくて、
Samaritan's Purseという団体からも支援を受けているということです。
働きが広げられて、多くの人々に、またきめ細かく届きますようにと祈ります。
どこかの段階で自分自身ももっと近く関わることができないか、と祈っています。

もしも、このページをご覧くださっているアメリカ在住の方で、
信頼できる窓口がわからなくて・・・というかたがおられたら、
私たちの教会も窓口になりますので、こちらまで。

送付先:
Japanese Christian Church of NJ
120 East Pleasant Ave.
Maywood, NJ 07607

チェックの宛先
Japanese Christian Church of NJ
メモ欄
Earthquake Relief(目的がわかれば表現が違っても大丈夫です)

100% 日本国際飢餓対策機構にお送りします。

もちろん、アメリカのそれぞれの団体に直接献金されても、いく所は同じだと思いますで、直接送った方がいいかな、という方ははぜひ、直接そちらの方へ。

(その他にもたくさん、信頼できる援助団体があります。もちろん、それぞれの判断で。)

昨日の集中祈祷の聖書箇所、本当に励まされた。
自分の中に川があるか?
周りの雰囲気に飲み込まれないで、
堅く立っていくための水の源があるか?

それが大切なんだと。

これから、本当にみんなが心を一つにした時期をすぎて、
いろいろな意見が駆け巡り、
ストレスから意見の相違が気まずい雰囲気を作る時もあるだろう。

それはもちろん避難生活を送っておられる方々が一番厳しいと思う。
でも、他の人たちや、私たちのように海外に歩む者たちには無縁なのか、
というと、決してそうではない。
感じた痛みの大きさや、援助活動の方向性、政治的な立場、など色々な違いで、人の言葉や態度に傷つくこともあるだろう。

だから、そんな中で、自分自身がいのちの川を持っている、神様にあって支えられている、そういう基盤が、どれほど大切かと思う。

使徒行伝27章には、パウロがカイザリヤからローマに囚人として移送される出来事が書かれている。そこに襲ってくる嵐の中で、いつの間にか、人々を支えるのが、船長でもなく、移送の責任者である部隊長ではなく、囚人のパウロになっていた。そのようなことが
この嵐の中でも、起こりますように。

2011-03-16

いのちの水の川。

今朝の6時、夜の9時、夜の11時(すべて米国東部時間・・・日本時間の16日夜7時、17日朝10時、正午)にニュージャージー日本語キリスト教会の集中祈祷を持っています。各自、それぞれの場所で祈りの時を持っています。ともに祈ってくださる方、時間を合わせてください。

今朝、6時から教会で祈ってきました。
詩篇の46篇を読みながら、讃美歌520番、聖歌397番を賛美しながら。

「一つの川がある。」4節。

自分の心に流れ込む川がある。
その川が生命線になって自分を支える。

それは神ご自身。

その柱を持って、軸を持って、
ここの状況に対処して行く。

そして、自分が他の誰かにとって、励ましとなり、支えとなり、慰めとなり、元気の源となりますように生きる。

そこに引き戻されるひとときでした。

今日のこちらの一日が、日本の夜が、守られ支えられますように。

2011-03-15

正しく伝える使命。

前の記事のニュースでの取り扱いですが、
確かにそれをご覧になって「なんとかしたい」という思いをされた方々がいるのですから、それはそれで感謝したいのですが、
NJのニュースの方では、私たちの思いがどこまで伝わっているかなと思います。
記者が来られたのが礼拝が始まってからだったので、
礼拝前に直接お話をすることもできず、
夕方のニュースに間に合わせるために、
礼拝が終わるまではおられず、ほんの短い取材の中で、
私たちの思いはあまり伝わっていないかもな、と思います。
そして、東京から南へ、国外へ避難している外国の方々の話が長くて。
(もちろん、それは無理もないことだとは思いますが・・・)

シカゴのテレビ局の方のポール鈴木宣教師の方が、
思いが伝わるような編集になっていますよね。
キャロルの「自分はこんなときに日本にいて、みんなと共に歩みたい気持ち」というのが、私たちのホントの思いだと思います。

世界の人が注目してくださっています。

そんなときだからこそ、そして、私たちがここに生かされているからこそ、ここに住む人々に私たちの思いを伝える責任があるんだと思わされます。

今朝、教会に行ったら、教会の留守番電話にいくつかのメディアからの電話が入っていました。今日もどこまで対応できるかわかりませんが、なんとか、私たちの思いを正しく伝えることができますように。

世界中の祈り。

昨夜はNYCで集まりがあったのですが、
真剣に皆で祈りました。

今、必死に原発の制御のために命をかけて働いている皆さんに感謝しつつ、祈っています。

昨日は会堂を貸してくださっている教会のパスターが私たちの礼拝においで下さり、愛をもって挨拶をしてくださり、次の日曜日の礼拝の中で日本のために特別献金をささげてくださることを約束してくださいました。

また、ローカルテレビも取材に来られました。
単なる「関心」ではなくて、多くの方々が祈って、力を貸してくださっています。



最後の方では、昨日の教会の礼拝の様子が放送されています。
教会の名前も違っていますし、もう少し長く、詳しく放送してほしかったですが。
でも、このようなニュースを見て、献金を申し出てくださる方がおられます。

こちらのシカゴのローカルニュースでは宣教師のポール鈴木さんご夫妻のことが紹介されています。

http://www.wgntv.com/search/wgntv-skokie-church-japan-relief-march13,0,773041.story

 

ポールは26日に中高生のために集会をしてくださり、
27日には礼拝のメッセージをしてくださいます。

嵐の中で、弟子たちのところに来られて、嵐を鎮められた主が、
エマオへの道を不安と失意の中でとぼとぼと歩んでいた弟子たちを
奮い立たせ、喜びに満たされた主が、
日本の厳しい状況の中にいる方々に慰めと力を与えてくださいますように。

2011-03-14

使命に堅く立つ。

西宮市議会議員の今村岳司さんの日記には考えさせられた。
http://xdl.jp/diary/
3/12, 3/13の記事。

危機の中で必要とされるのは命令式系統のしっかりした組織。
そして、従う気持ちと訓練を受けた人々。
自己実現の気持ちは邪魔。

などなど・・・。

「わたしもできることは・・・」という気持ちはだれでも持つだろうけれども、それを正しい方向に持って行くことがどれほど大切なことか。

今、自分たちにできることは、
与えられたところで、人々の中に生きること。
与えられている使命に生きること。

何か大きなことが起こって「わたしに何かできることはないですか?」と聞いても遅い。
何かが起こったときに、「あの人に相談しよう」「あの人に連絡しよう」「あの教会に行けばいい」という関係を築いているか?

昨日の教会の週報のコラムに書きました。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
日本の地震と津波のニュースには本当に心が痛みます。
救出を待っておられる方々のために、救出のために尽力されている方々のために、避難生活を送っておられる方々のために、大切な方をなくされ方々のために祈ります。
また、福島の原子力発電所の制御のために命をかけて尽力されている方々のために祈ります。
みなさん、遠く離れて「何ができるだろうか」を考えておられると思います。何もできないことに歯がゆさを感じておられるかもしれません。日本の方々も同じように感じておられるようです。
でも、阪神大震災や9-11のときにも経験したことではありますが、復興の歩みは長く続きます。短期間でどっと多くの人々が押し寄せることが助けにはなりません。混乱を招くことになります。9-11の時には献血のためにたくさんの人々がセンターに詰め掛けましたが、その場で集められる血液は限られています。連絡先を聞かれて帰されました。しかし、また今、献血センターはいつもいつも血液不足に悩まされています。長く長く関心を持ち続け、祈り続け、わたしたちはあなたのことを忘れていませんとメッセージを送り続けること、そして、必要とされたときに手を差し伸べることが大切なのだと思わされます。
教会はちょうどレント期間の飢餓献金を始めるところです。わたしたちのサポートしている日本国際飢餓対策機構のスタッフも現地に入って支援の準備を始めておられます。祈って支えていきましょう。
わたしたちが堅く立つことも大切なことです。また、その「何かできないだろうか」という思いを、今、自分の周りで助けや支えを必要としている方々に向けることです。家族を愛し、友人に声をかけることです。神がわたしたちに与えてくださっている愛を、表す機会とさせていただきましょう。続けてお祈りしていきましょう。

ーーーーーーーーーーーーーー

神は高い所にいる哲学者の神unmoved moverではありません。
私たちの現実の中に飛び込んで来られた方です。
スプランクニゾマイ(はらわたをいためる)の神です。
私たちが愛し合っている中にご自身の姿を現してくださる方です。
今日も、与えられた使命に歩みましょう。

2011-03-13

それはわたしの宝だから。

あなたの宝のある所には、心もあるからである。
マタイ6章21節。

実際、わたしの兄弟、肉による同族のためなら、わたしのこの身がのろわれて、キリストから離されてもいとわない。
ローマ9章4節。

主よ、日本の方々の13日の夜にも共にいて、光となってください。

日本の方々を誇りに思う。

闘いの中で、痛みの中で、冷静さを失わず、愛をもって
力を尽くしておられる皆さんを同胞として誇りに思います。

愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。
神を見た者は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。

ヨハネ第一の手紙4章10-11節

2011-03-11

続けて祈ります。

一日が終わろうとしています。
いろんなことを思いながら、祈りながら過ごしました。

多くの方々がいのちを落とされたようですが、
その一方で、懸命の救助で助けられた方々の様子も流れています。
今救助を待っておられる方々の為に、
また自分の身を危険にさらせながら、
懸命の救助をされている方々のために、
お祈りしております。

「彼らのすべての悩みのとき、主も悩まれて、そのみ前の使をもって彼らを救い、その愛とあわれみとによって彼らをあがない、いにしえの日、つねに彼らをもたげ、彼らを携えられた。」イザヤ書63:9

私たちのためにご自身、十字架まで行ってくださった主が、痛みの中にいる愛する日本の痛みをご自身の痛みとしてくださり、戦いの中でも共にいてくださいますように。

主よ、
愛する日本を癒し、
立ち上がらせてください。
これから続くであろう、闘いの日々を支えてくださいますように。
わたしにできることがあるならば、それを示してくださいますように。

また、あの9-11のときに学んだ、
「いざという時になって慌てて『何かできませんか?』と聞いても、おそい。日頃から、人々の中に入って、共に歩んでいることが大切。」ということをもう一度一歩目からやりなおさせてください。

日本の情報USTREAMで。

既に多くの方々がそうしておられると思いますが、
海外で今の日本の状況を知るのは、
USTREAMで各局が流しているニュースがCNNよりもいいと思います。

たとえば、
http://www.ustream.tv/channel/tbstv
http://www.ustream.tv/channel/jishinsokuhou

東北地方は寒い夜を迎えているようです。
被害に遭われた多くの方々のために、お祈りしております。
全力で救助、救出、治療のために働いておられる方々のために祈ります。
多くの方々が家族や友人の安否を求めて不安な一日を過ごしておられると思います。
お祈りしております。

また福島の原発の状況も本当に心配です。
今、全力を尽くして対応しておられる現場の方々の守りを祈り、大きな事故にならないようにと祈ります。

祈ります。

やはり4時頃に目が覚めて、
でも、やはり神様に起こされたのでしょう。
日本の地震のことを知って、あまりのことに驚いています。
祈っています。

2011-03-10

大雨だよ〜2。

大雨中。
夜になってからかなり降り始めました。
日曜日の夜にfloodになり、どの川も水位が高く、地面ももうたっぷり水を吸っているので、今度はちょっとした雨で、floodになる予報です。100mmの雨が降りそうで、場所によってはもっと。なので、注意が必要です。水たまりに車で入って行くのはキケン。途中でエンコするのも十分悲惨ですが、命の危険だってあります。くれぐれもご注意ください。


明日の夜から毎週金曜日の夜7時半からレント集会。
今年はイエスの十字架への道を「対決」をキーワードにたどっていきます。
また日曜日の説教計画も準備しました。
こちらは、イエスの十字架の意味を丁寧に見ていこうと思います。


でも、昨日もNYで4人の方に個人的にお会いして、
今日も何人かの方々と交わりの時が与えられて、
働きを始めているのですが、
そんな中でも、しっかりと自分の位置を、神様の導きを確認しながら歩むことの大切さを思わされています。


自分の動かされやすい弱さや、多くのことをしようとする欲張りなところ、忘れないで、気をつけて、また見張ってもらって、軸のずれない働きをさせていただきたいと思います。


早速明日は午前中と、夜と2回の集会があり、
日曜日の礼拝説教の原稿を仕上げなければいけません。
忙しさの中で、自分を見失ってしまうことがありませんように。
主が守ってくださいますように。


さて、昨日の聖書。
昨日は民数記5:11-31。


「ある人の妻が心迷い・・・」12節。(新共同訳)

不倫の話です。
聖書の中にはそういう話たくさん出てきます。
それは「心が迷うこと」なんですね。
本人にとっては「真実の愛」という感覚があるようですが、
神様の目から見たら、「心が迷っている」。

夫や妻との関係がぎくしゃくしているところに、
「なんでこんなにわかってくれる人がいるんだろう」なんて人に出会ったりする。
「ああ、この人こそが私の出会うべき人だった」と思う。
ソウルメートなんて言葉を利用して、
前世から繋がっていたとか、運命の人だったとか、
クリスチャンだったら「神様の導き」なんて言ったりする。

でも、神様は、それは「心が迷っているんだよ」と言われる。

そして、神様はそこに痛みを与えられると。
どんなに「私の妻が(夫が)わかってくれないところをわかってくれるこの人こそ、神様が与えてくださった人だ」と思っても、「この人とだったらうまくいく」と思っても、結婚を軽んじるような関係には神様は痛みを与えられる。

本当に心を守っていただきたいです。
主に心を守っていただきたいです。
教会の一人一人も守られますように。

主よ、
私たちの心は迷いやすいです。
どうか、守ってください。

大雨だよ〜。

ああ、書きたいことはたくさんあるのですが、
今夜はまた遅くなったので、もう休みます。
なんだか、「夜の更新はやめる」と言ったのですが、
いつも夜ですね。

今日からLent。
イースターまでの間、イエスの十字架を思いながら、過ごします。
私たちにとって、イエスの十字架こそ、力と喜びの源。
今年も、もっともっと深く十字架の意味を味わわせていただけますように。

明日は大雨の予報が出ています。
州知事は早くも非常事態を宣言。
洪水に備えます。
大きな被害が出ないように祈りつつ。

2011-03-07

イエスから目を離さない。

昨日の夜は12度あった気温が、
今朝起きたら、1度になっていた。
春ってそういうものだ。


東京も雪が降ったそうだけど、
前の日は16度くらいまで上がったという。
春ってそういうものだ。


今夜はまた冷えている。
夜の10時前で0.5度C。
明日の朝は-7度Cくらいまで下がる予報が出ています。
でも、明日の朝が底。その後は朝晩は冷えるとしても、
昼間は、そこそこ暖かくなりそうです。


2月の初めのGroundhog Day。
天気が悪くて「影を見ていないので春が早い」というGroundhogの予言を、「ありえない〜」とみんな笑っていましたが、これ、本格的な春も、意外と早く来そうですね。


昨日の礼拝後のキックオフ。
今までの自分の持っていた問題について、
これからどのように歩んで行くべきかについて、
自分の中ではずいぶん見えてきたように思う。
それが、これからの歩みにどのように反映して行くのか、
まだまだこれからなのだと思うけど、
この1ヶ月の歩みを通して見えてきたものを見失うことがないように、歩ませていただきたいと思う。
神様が与えてくださった決断、神様が与えてくださった時間、神様が与えてくださった思い、神様が与えてくださった幻、神様が与えてくださった使命、本当に感謝。JCCNJの牧師になって14年、50歳近くになって・・・あまりに遅いという感じもあるけど、これも神様のご計画だったんだろう。


続けて祈ろう。イエスから目を離さないように。
嵐や逆風の中でも、イエスから目を離さないように。


さて、今日の聖書。
民数記4:34-49。


「30歳以上50歳までの者を・・・」35, 39, 43, 47節。

「日々のみことば」誌の記述を読んで、
もう一度読み直したときに、この言葉が「あ、ほんとにそうなんだ」と目を惹いた。

他の部族から「戦いに出られるもの」の数を数えたときに、それは20歳からだった。
でも、このレビ族の奉仕者は30歳から上が数えられた。
礼拝のための奉仕をする者たちにはより厳しい基準が課せられた。
それでも、民数記を読んでいると、その奉仕者の中から、問題を起こす人々が起こってきた。モーセのリーダシップにチャレンジする人々が出てきた。

だから、本当に整えられなければならないことを思わされる。
神様の御用に用いられるためには、整えられなければならないのだと。

主よ、
あなたの守りを与えてください。
わたしのたましいを守り、教会を守ってください。
本当に一人一人が主の前にへりくだって歩むことができますように。

2011-03-06

口トロ弟子入り!

今日は暖かい雨でした。
ホントに暖かいなあ、という朝。
でも、教会から帰る頃には本当に本降り。
なぜか教会の暖房が切れていて、
みんなコートを着たまま礼拝を守っていましたが・・・。


今、夜の10時過ぎで、12度くらいでかなり激しく降っています。
洪水警報発令中です。


この雨、明け方まで続くと言うので、ちょっと心配です。


今日は、2月1ヶ月祈ってきたことを皆さんに分かち合ってキックオフをしました。
さて、これからが本番です。もっともっと真剣に祈って神様に道を教えていただきましょう。


今朝、先日、「口トロ」(ちなみにこれは「ろとろ」ではなくて「くちとろ」です。念のため。)を披露してくださった森繁さんから、メールを頂きました!
そして、なんと!そこには「口トロ」の吹き方が書かれているではありませんか。
でも、実際にやってみても、そんなに簡単なものではありません。


どんな感じか、ちょっと紹介。



1分15秒くらいのところから始まります。

何でも、努力なんですね。

ちなみに、そんなことを考えていたら、
iPhoneでもトロンボーンのソフトがあるに違いないと思って、
探して、アプリを落としました。なんと奮発して有料アプリ。



これもね、自分で試してみると、そんな簡単じゃない。
この動画の人のように軽やかにできるようになるためにはどれくらい練習するんだろう、と思いました。あ、もちろん、こんなのをホンモノのトロンボーンで吹けるようになるのにはどんだけ年数かがかかるかわからないから、iPhoneのアプリの方がずっと簡単ですよ。とりあえず。

さて、今日の聖書。
今日は民数記4:1-33。


「彼らが聖なるものに触れて死なないためである。」15節。

神様の聖さに触れるならば、本当は死ななければならない。
ひとたまりもない。
でも、その神様が、私たちを受け入れてくださる。
それはひとえにイエス・キリストの十字架による。
十字架によるのみなのだ。

本来は、ひとたまりもないものであることを、忘れないでいたい。
ただ、「いいよ、気にしないよ」と受け入れてくださったのではなくて、
どれほど大きな犠牲が払われているのかを、
どれほど大きな愛が注がれているのかを。

感謝。

主よ、
あなたの愛に感謝します。
あなたが与えてくださっている恵みに感謝します。
その恵みを忘れることがありませんように。

2011-03-05

Welcome Back!!!

・・・といっても、春休みの始まったハジが帰ってくるわけではありません。
でも、日本の春休みで帰ってきている大学生はいますし、
日本の大学に行って就職して、駐在で帰ってきている若者もいますね。
明日は、久しぶりの皆さんも多いかな?


でも、今日のWelcome Back!!!はこれ。


毎年恒例、クロッカスが芽を出しました。
11年前、引越してきた時から、毎年春一番に花を咲かせます。


そして、これも発芽。



こっちは3年目くらいに植えたチューリップ。
寒かった冬を耐えて、芽を出しましたねえ。
春ですねえ。


雪も、日陰や山になっていたところにちょっと残っているだけで、ほとんど融けました。
木々の芽も日に日に膨らんできています。


今日は20度近くまで上がりました。
明日は一日雨みたいです。
特に夜には本降りになります。


来週はちょっと気温は低めですが、
確実に春は進んでいます。


今日読み終わった、ヘンリー・クラウドの「神のシークレット」。
EC2010で、雪のため参加できなかった方にお土産で買って帰って、
でも、読んだ後に貸してもらって、読みました。


うーん、俺の目には狂いはなかった、と思ういい本でした。
今日読んだところにこんな意味のことが書かれていました。


「他愛のない雑談を楽しむ夫婦は、ほぼ確実に長続きする。神との関係もそうだ。特別な経験もするだろうが、それ以上に、日々の何でもない関わりがその土台である」


そうなんだ・・・。


なにか、おおきな、どかーんとくるような経験を僕らは求めていたりする。


でも、それよりももっと大切なのは、他愛のない話ができる関係。
「神様、ほら、またクロッカス、芽が出ました。ありがとう。神様。」
「なんだか、最近足が冷えるんですよねえ。あ、でも、今年は自分はほとんどパッチはいていない!これってすごいかも!」
「食べ過ぎたかなあ、おいしいからつい、食べ過ぎちゃうんですよね。以後気をつけます。よろしく!」


なんて、そんな何でもない話ができる関係、って大切なんでしょうね。
神様と、そんな雑談をたくさんたくさんする者でいたいです。


そして、教会のみなさんとも、そんな他愛のない話ができる関係、大切ですね。


「先生がいると、どうも優等生の答えをしてしまう・・・」みたいなのじゃなくて。(笑)


さて、今日の聖書。
今日は民数記の3:40-51。


「レビ人をイスラエルのうちのすべての初子の代わりに、またレビ人の家畜を彼らの家畜の代わりに取れ。レビ人はわたしのものでなければならない。わたしは主である。」45節。

私たちのすべては神様のもの。
献金をどのようにささげるか、
いくらささげるか、時々、いろんな議論がなされるけれども、
元々、私たちの持っているものすべては神様のもの。

その出発点がずれている議論もたくさん見かける。

神様のものだから、神様の願われるように用いる。
そこで本当に本気でそれを信じているかが問われているように思う。

わたしの時間もお金も、能力も、健康も、人間関係も、
すべて神様のものであって、私たちは管理を任されている。

consumerではなくて、stewardなのだ。

神様、
あなたの与えてくださっている、あなたの任せてくださっている、
時間を、エネルギーを、お金を、あなたの喜ばれることに用いさせてください。
いえ、元々あなたのものです。あなたの願われていることを教えてくださり、そのように歩む行動力を与えてください。


そういえば、ハジが今日からシカゴ西部にあるAustinという町でボランティア。
かなり荒れた地域だったけど、少しずつ立ち直りつつあるみたい。
その町で、子供の集会をするのか、若者のための働きをするのか、
または、壁のペンキ塗りをするのか・・・。


ま、NJに帰ってきたら、ゴロゴロしているんだろうから、これは、いい経験なんだと思う。安全と、神様の祝福を祈る。

2011-03-03

役割を果たす。

今朝、何度まで下がったんでしょうかね。
気がついたら-6度Cでしたが、
-10度近くまで下がったんでしょうね。
昼間は、ちょっとだけ、プラスに上がったみたいです。


そして、夜になってまた冷えてきています。
今10時半ですが、-4度。
明日も-7〜8度までは下がりそうです。


今、KGK(キリスト者学生会)のリーダー訓練会がもたれているんですね。
その総主事をされている方と、初めて会ったのが、
彼のブログにもある1984年の学生訓練会。27年前かあ。
スモールグループも一緒だった。と思う。確か。彼も「その時の一週間は、その後の私に大きな意味をもたらした。聖書(教理)の学び、人格的な深まり、信仰の友との真剣な会話、ひとつひとつが私にとって大切な経験だった。」と書いているが、自分にとってもそうだった。全く新しい経験だった。それまで一つの教団の一つのタイプのキャンプしか知らなかったから、衝撃だった。それまでの自分の「キャンプ」は、楽しく、明るく、にぎやかで、それでいて、いつも明確な悔い改めを迫られるような場所だった。
でも、この訓練会は、静かにゆっくり流れる時間の中で、自分と向き合い、御言葉と静かに向き合い、信仰の仲間と語り合い、本当に深いところまで探られる時だった。
一人の牧師の息子がいて、本当にいつも教条的な、お説教の様な発言ばかりしていた。彼にその問題をはっきりと語ることができたのも、そして、彼がそれに応えてくれたのも、とても貴重な経験だった。
スタッフの主事のことも思い出す。
若者たちの心の中にあるものを引き出す不思議な魅力のある主事だった。
その後、一緒に奉仕をしたたくさんの仲間たちがあそこで時を共有した30人ほどから生まれた。今も、世界各地でそれぞれの働きを担っている。


ああ、神様が、私をあそこに導いてくださったんだなあと思う。




さて、今日の聖書。
今日は民数記3章1-13節


「彼らは油注がれて祭司の職に任じられた祭司であった。」3節。

新約の時代、この「祭司」は牧師のことではなくて、
すべてのクリスチャンのことをさしています。
いわゆる「万人祭司」。
これはうっかりするとリーダシップのことをさしているかのように誤解されることがあります。教会のすべての職制を否定する言葉として利用されることがあります。

でも、祭司は、リーダーではありません。
祭司はとりなす人です。
罪を犯した人々の側に立って神に対して取りなし、
神の赦しを告げる存在です。

ですから、私たちは互いのためにとりなしをして、
また互いの罪の悔い改めを聞き、
それに対して、イエスの十字架による赦しを宣言する責任があるのです。

・・・さて、ここまではこの聖書を読むための前提の話。

ところが、私は今朝、ここを読んだときに、
必ずしも、そういう教理的なことよりも、
自分の「JCCNJの牧師」という神の与えられた役割を、
果たすことの大切さを思わされたのです。

世界の何十億人と言う人々の中で私一人が与えられたこの使命。
そのことを果たす責任を思わされました。
「この教会を頼んだよ」と。

また、のんちの夫という役割も。
世界の何十億人という人々の中で私一人が与えられたこの使命。
「この人を頼んだよ」と。

与えられた使命をしっかり果たさせていただきたいです。

主よ、
あなたの与えられた使命、役割を感謝します。
どうか、あなたの与えられた働きに忠実な者とならせてください。

2011-03-02

明日は寒いぞ。

ちょっと今日は久しぶりの沈没、というかんじ。
今夜は冷えるみたいです。
今は10時半ですが、-3.6度。
明日の朝は-10度近くまで行くかな。

昼間も寒くて、真冬日かと思いますが、
明日一日で終わり。
その後、また温度は上がって行きそうです。

いろいろ「買え買え」攻撃は来ますが、
ま、必要に応じて、としておきましょう。

一人が蒔き、他の人が刈り取る。そして共に喜ぶ。

3月になりましたね。
日付は変わってしまいましたが、
本当に春になってきたな、という感じです。


今は夜の1時。外は-2度Cまで下がってきました。
明け方にはもうちょっと冷えそうですね。-4度くらい。
今日は昼間は暖かいですが、夜はぐっと冷えそうです。


日本である方が洗礼を受けられたとニュースが入ってきました。
昨年、1月に旅行中にNJの教会に来られて、
その後、日本でもお会いした方。


11月にもう一度NJに来られたときには、喜んで教会に通っておられることをお話をしてくださったのですが、先日の日曜日に日本の教会で洗礼を受けられたそうです。


神様のなさること、不思議な導きがあったことを思いますが、その導きの中に自分も入れてもらったことは、本当にうれしいことです。


そう、去年、その方が来られた日本での祈り会のことを思い出しいました。
去年の1月の終わりから2月の初めまでの日本訪問のことをもう一度自分のブログを読んで思い出していました。本当に神様は使命を与えて送り出してくださったんだなあと思わされます。


月曜日の森繁さんのコンサートの中で語られて、本当に厳粛な思いになったのですが、「私たちの存在には目的がある。そして、それは私たちを造られたお方が持っておられる」。そこに生かされる喜びを感じています。そして、そこにこだわって行くことの大切さを思わされます。


若き小沢征爾さんがあるコンクールで、指揮をしたら、オケのメンバーがあるところで間違えた。もう一度、とやり直してみるが、やっぱり間違える。「楽譜通り弾いてください」「ちゃんとやっています」。え?と思って楽譜を見ると本当だ。そのとき、彼は言った。「この楽譜は間違っている!」そこで、オケのメンバーと審査員からの拍手。そう、彼はテストされていたんですね。ここぞと言うところで、動かされないものを持っているか。そんな逸話をどこかの本で読みました。


そこまで確かだと言えるものを持たせていただきたい。もちろん、客観的に確認されなければいけない面もある。狂信的にならないために、独りよがりにならないために。でも、そのときにどんな声を聞くか?ある同労者が言っておられた。「その人は、あなたのためにどれほど祈っている人ですか?」と。


話が広がってしまったけれど、イエスが言われた通りだ。
「蒔く者も刈る者も共に喜ぶ。」


さて、昨日、3月1日の聖書。
昨日から民数記。
民数記の1章。


「すべて軍務につくことのできる者を・・・」3節。

私たちの信仰の歩みが「戦い」にたとえられているところが多い。
そういうところを毛嫌いする方々も時々ある。
だから、知恵も必要だと思う。
私も絶対平和主義者ではないが、
やはりできるならば、非暴力を貫きたい。
だから、こう言う表現には抵抗がないわけではない。
でも、やはり信仰の歩みは、「戦い」であろうと思う。

その戦いの準備はできているだろうか?
戦いの覚悟はできているだろうか?

主のもとで安らぎ、主のもとで守られ、
でも、それとともに、確かに闘いがある。

「負けるんです」「ダメなんです」

そうだ。

だから、私たちには神様が必要なんだ。
神様に全面降伏しなければならないのだ。

自分の力、自分のがんばりではなく、
聖霊様の力によって、
神様の力によって歩んでいく、
それこそが、「戦いの準備」だ。

主よ、
どうか、あなたの力によって武装し、
聖霊様によって力を頂いて、戦わせてください。
そして、勝利を与えてください。
あなたに従います。

2011-02-28

みこころをもとめる。

今日は朝から昼頃まで雨でしたが、
夕方にはすっかり上がって、
夜になって冷えてきました。


今は夜の11時半ですが、4.5度Cです。
明日の朝は氷点下に下がるでしょう。


でも天気がよくて、春の日差しになりそうです。


今夜はNYで森繁昇さんというクリスチャンのシンガーソングライターの方のコンサートがあって、行ってきました。とっても良かったです。


語りがたっぷりあって、その中にメッセージが込められていたのですが、特に心に留まった言葉は、


「あるものの存在目的はそれを作った人にしかわからない。」


だから、私たちの生きている、生かされている目的は、自分でわかるのではなくて、神さまにわからせていただくしかない。神様に教えてもらうしかない。


ホントにそうだよなあ、と納得させられる言葉がたくさんありました。


楽しい語りに、バラエティーにとんだ音楽。


自分は特にトロンボーンが気に入りました。
くちトロンボーン。
なんか、正式な名称もあるんでしょうか。
唇だけでトロンボーンっぽい音を出すんです。


弟子入りしたいです。


次に東海岸に来られるときには、ぜひ、JCCNJでも。


さて、今日の聖書。
今日はヨハネ第一の手紙の最後のところ、
5章13-21節です。


「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら・・・」14節。

この言葉が、今日は「私の思いを求めなさい」という呼びかけに聞こえました。
神のみこころを求めたい、と思いました。
そして、昼ごろ、車の修理に出して、代車に乗って、HackensackのCostcoにぶらっと行ったときに、明らかに「私を求めるのか、他のものによって満たしてもらおうと思うのか?」と問われるような思いが心に与えられて、主が悲しまれるものから手を切りたい、という決断をしていました。

神様のみ思いを、聖霊様のみ思いを教えていただいて、従っていきたいと思います。

神様、
今日も私の心をお守りくださってありがとうございます。
どうか、あなたのみ思いを慕って、
聖霊様の細い声に従って歩む者とならせてください。