2013-03-27

来た来た来た!

はい、いよいよ春ですよ〜。
って、まだまだ薄着はできないですけどね、
肩をすぼめて歩かなくても大丈夫になりました。

そして、今年も咲きました。

でも、今年はあまりにも春が来るのが遅かったので、飢えたウサギかリスか、鹿かわかりませんが、つぼみが食われまくって、2つと上半分を食いちぎられた下半分1つしか咲いていません。クロッカス。


でも、ホントこれが咲くと、「お、春かな」となります。

これから一気にいろんな花が咲きそうです。

さて、月曜日25日の「日々のみことば」。
月曜日はヨシュア記の4章でした。

「これはあなたがたのうちに、しるしとなるであろう。」6節。

過去のことは過去のこと。
でも、過去に神様がされたことは、今もなさることができる、と信じて歩むことができる。
それは踏み出した時に水がひいたということ。
そのことをなさった神様を子孫にまで伝えていきなさい、と神はイスラエルの民に伝えた。ちょうど、今、ユダヤ人の方々はPassoverを過ごしている。
神様が先祖になさったことを今も、子孫に伝えようとしている。

わたしたちはどうだろうか?
神様がわたしたちの人生にしてくださったこと、わたしたちの歩みの中にしてくださったことを次の世代の人々に伝えようとしているだろうか?

まず、聞くことだ。
先輩たちに聞くこと。
神様がどんなことをしてくださったのか。
そして、わたしたちの経験も合わせて次の世代に伝えていくこと。
今、時代はちょっと前のものは「もう古い」と言うかのような勢いで新しいものを求めている。
でも、もっともっと、歴史の中で、神様がどんなことをしてくださったのか、わたしたちの先輩の世代に、わたしたちの世代にどんなことをしてくださったのか、ちゃんと学んで伝えていきたい、そんなことを思わされた。

神様、
あなたがわたしたちの歴史の中にどんなことをしてくださったのか、
それをしっかり学んで、自分たちの世代にどんなことをしてくださったのか、しっかり消化して、次の世代に伝えていくことができますように。どうか、知恵と実行力を与えてください。

2013-03-26

はい、もう冬は終わりました。

昨日雪が降らなかった段階で、
もう冬のような気持ちにはならなくていいと思いました。

寒い日もあるかもしれません。
冷えこんで-3度とかになる日もあるかもしれません。
薄着で外に出られる日はまだ先でしょう。
でも、日も高くなって来て、昼間の時間も長くなって来て、
冬のような気持ちになることはもうないと思います。

どんどん春らしい場面が出てくると思います。

今は夜の11時半で1.7度。
早速明日の朝は氷点下だと思いますが、
日中は10度くらいまで上がりそうです。

土曜日はJOY JOYイースターでした。
寒い日でしたが、たくさんのみんなが集まってくれました。

教会のHPのアルバムから1枚。


ホントに寒かったんですが、
子供たちはやっぱり外でエッグハントをするのが大好き。
大人は「寒い寒い」と凍えていましたが、
子供たちは元気いっぱいでした。

イエスさまが復活されたことをお祝いするのがイースター。
今年は今度の日曜日、31日です。

教会では、心からイエスの復活をお祝いします。
お近くの方、ぜひお出かけ下さい。

さて、まだなかなか追いつけませんが、
日曜日(24日)の「日々のみことば」。
日曜日はヨシュア記の3章。

「箱をかく者がヨルダンにきて、箱をかく祭司たちの足が水ぎわにひたると同時に、-ヨルダンは刈入れの間中、岸一面にあふれるのであるが、- 上から流れくだる水はとどまって、はるか遠くのザレタンのかたわらにある町アダムのあたりで、うず高く立ち、アラバの海すなわち塩の海の方に流れくだる水は全くせきとめられた」15−16節。

紅海を渡るとき、紅海はモーセが杖を差し伸べると二つに分かれて、
その間を民は進んでいくことができました。

でも、ヨルダン川を渡る時には、
祭司たちはまだ水が流れていた川に踏み出す必要がありました。
川に足を踏み入れるまで、水は止まりませんでした。

わたしたちが歩んでいく時にも、
神様はしばしば、道を大きく開いて、「さあ行きなさい」と導かれます。
しかし、ある時には、まだ道は開かれていないのに、
「さあ行きなさい」と言われます。
そんなときは、まず、足を踏み出した時に、一歩踏み出した時に、
神様が道を開かれるのです。

信仰ですね。
信頼です。

道が開かれるのを待っていないで、
とにかく主が導かれるところへ一歩踏み出す。
その時に開かれていく世界。
それを知っている人は幸いです。

主よ、
一歩踏み出す時に、あなたが開かれる世界があります。
ずっと待っていたら、知ることのできないこと。
どうか、これからの歩みの中で、そのことをもっと経験させてください。

2013-03-25

降らなかったですね。

今日は午前中は雪も雨もほとんど降らず、
午後遅くなってから雨が降ってきました。

今も小雨が降っているようですが、全然大したことなく終わりそうです。

そして、この後はちょっと天気がよくて、
日に日に暖かくなりそうです。
来週までは、寒い日もあったりしそうですが、
4月2週目からは本格的な春になりそう!
やっと出口が見えてきました!

毎年、2月初めのグランドホッグデーにはペンシルバニア州のPunxsutawneyという私にはとっても読めない名前の村のフィル君というグランドホッグが春が2週間後に来るか6週間後に来るか、予言をするんですが、今年は春はすぐに来ると予言したグランドホッグのフィル君がオハイオ州の検事に起訴されてしまいました。先週の出来事。うーん、アメリカ!だね。

でも、今日になって、グランドホッグ語を英語に通訳したグランドホッグクラブの会長が、間違えたという証言が飛び出し、この起訴は取り下げられることになりそうです。

さて、遅れていますが、先週土曜日、23日の「日々のみことば」。
土曜日はヨシュア記の2章でした。

「あなたがたの神、主は上の天にも、下の地にも、神でいらせられるからです。」11節。

これは、エリコの町のラハブの言葉です。
元々神を信じていなかったというか、偶像礼拝をしていたエリコの町のラハブですが、彼女は家らエルの人々が信じている神が、彼らを荒野の旅の中で守って来られたこと、またヨルダン川がせき止められて渡ることができたこと、その中に、天も地もすべてを支配しておられる神を見たのです。

ならば、神を信じる者が、本気でそのように生きなければ・・・と思わされました。
信じているならば信じている者らしく、それにふさわしく生きなければ、と思いました。

言葉だけではなく、生活自体すべてで、神を神として、神の全能を信頼して、歩んでいこうと思います。

主よ、
あなたが天でも地でも神であられることを信じます。
信頼します。
信じているのならば信じている者らしい生き方をすることができますように。

2013-03-24

春の雪。

NJに住んでいると3月下旬に雪が降ろうと、何もびっくりすることはない。
4月に降ることだって別に珍しことではない。
ホワイトイースターだってある。
自分は5月の雪ってのは経験ないけど、昔からの方で「5月に降ったことがある」と言っていた方もおられた。

ま、5月はさすがにびっくり、ですが、
明日3月25日の雪はあり得るでしょう・・・

自分が大学生くらいの時、
東京でもそんなことあったし・・・と思って調べてみたら、
1986年の3月23日。ちなみに昭和61年。(昭和は西暦との換算が楽だった・・・)
日曜日でしたね。
自分は大学を卒業して聖書学院に入る直前。

教会は東京地区の合同礼拝で青山学院大学の講堂で礼拝を守っていて、
自分は深川の教会でお留守番。
深川は昼まで雨だったのですが、
テレビをつけたら原宿からの中継が雪。

深川に住んで国立(くにたち)の大学に行っていましたから、そりゃあ、ウチで雨でも三鷹あたりで雪に変わることはしょっちゅう経験していましたが、このときは原宿と深川で雨と雪がわかれるのにはさすがにびっくりしましたね。

そんなことしているうちに深川の雨も大きなぼたん雪に変わり、みるみる雪化粧。

この時、多摩地区では本当に大雪になって西武新宿線は追突事故起こしましたよね。

もう27年前(!)のことですが・・・。

ですから、明日の雪も油断はできません・・・。

さて、金曜日の「日々のみことば」。
金曜日はヨシュア記に飛んで第1章。

「わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない」9節。

これはもう励まされる言葉ですね。
いままでずっとリーダーとして民を導いて来たモーセが死んで、
新しいリーダーとして立てられたヨシュア。
神はヨシュアに「私はモーセと共にいたように、あなたとも共にいる」と語られたのです。

だから勇気を出して、強く、雄々しくあれと。

同じ主が、私たちと共にいてくださることに感謝。

神様、
あなたが共にいてくださることに感謝します。
あなたの励ましに感謝します。勇気をもって歩んでいきます。

うーん、まだまだがまん。

今日は、昼頃に教会に行く時には本当にいい天気。
ああ春なのかなあ・・・と思っていましたが、
また、夕方に帰る時にはどんより、冬の空に戻っていました。

そして、明日は雪の予報。
雪は降るんですが、それほどひどくはならなそうな感じです。
多くても10センチ・・・十分多いか。
でも、もしかしたら、ホントほとんど積もらないかもしれません。

そして、その後も、先週ほどではないですが、寒い日が続きそうです。
ああ、早く春にならないかなあ。
去年は3月中に25度くらいまで上がる日もあったのに・・・。
まだまだがまんのようです。

先週の木曜日はJOY JOYキッズクラブ。
今月はバードフィーダーを作りました。



なんだかよくわからない写真ですが、
松ぼっくりやプリッツェルにバードフィーダーとショートニングを混ぜたものを詰め込んだもの。

我が家の庭では、リスが喜んで食べていました・・・。

みんなのうちではどうだったかなあ。

さて、先週木曜日の「日々のみことば」
民数記の21章でした。

「すべてのかまれた者が仰いで、それを見るならば生きるであろう」8節。

何度も何度もつぶやく民たち。
本当に愚かだなあ、と客観的に見たら思いますが、
自分がそこにいたら、どうだっただろうか、ということも思わされます。

その罪を犯した民が蛇にかまれた時に、彼らを救うために青銅の蛇が上げられました。
そして、その蛇を仰いだ者たちが救われたのです。

そんなこと?と思われるかもしれません。
当時の人々も思ったかもしれません。

でも、それが神様の方法でした。
その青銅の蛇と同じように、イエスはご自身が十字架にかけられることを予言して言いました。

「そして、ちょうどモーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない。 それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである。」ヨハネ3:14-15

わたしたちも理屈は置いておいて、ん?もうちょっといい言い方がないかな、とにかくイエスが罪を負って下さったがゆえに、信じる者は救われる、と聖書は語っているのだから、理屈的にはよくわからなかったとしても、とにかく、イエスの十字架を仰ぐときに、永遠の命が与えられるのだというのだから、そうすればいい。ただ、仰ぐだけでいい。

本当に単純にイエスの言葉を信じて、信頼して歩んでいこう。

主よ、
あなたが十字架にかかってくださって、
わたしたち罪を負って下さってありがとうございます。
どうか、あなたの恵みを単純に信頼して歩む者とならせてください。

またかい?

はい、先週後半も、また数日更新できてません。
 
はい、この週末も、またタイムマネージメントが今ひとつ上手にできず、遅くまで教会で仕事中です。「しなければいけないこと」と「したいこと」との狭間で、いろいろ考えさせられます。

実は金曜日、教会の集まりのあと、テーブルをちょっと無理に動かそうと思って、壊してしまいました。(いえ、ガタが来ていたのは確かなんですが・・・。)土曜日の朝、それを会堂を貸してくださっている教会の方にお話ししたら、「誰か直すから大丈夫だよ」と言っておられたので、ホッとしたのですが、夜9時頃になって、教会に礼拝の準備のために来たら、そのテーブルが壊れたまま、日曜日を迎えるのが気になって仕方がなくなってしまい、ついつい、直してしまいました。「自分は今夜は明日の礼拝の準備することがプライオリティ」とわかっているのですが、気になってしまってとてもとても、準備どころではなかったので・・・ってな調子です。

はい、日曜日の礼拝がまた、楽しみです。
今週も、御言葉が一人一人の心にとどまりますように。
ひとりでも、心の目が開かれて、神様の愛がより深くわかる経験が与えられますように。
主が触れてくださいますように。

はい、次の月曜日も、また雪です。
どうなることやら。
ひょっとしたら、ヤバい雪になるかもです。

2013-03-21

これなんだ?

春を待つシリーズ、でこんな写真を撮って聞いてみた。

自分「これなーんだ?」


のんち「何だろう・・・あ、わかった、あれだよ。」
自分「ああ、わかっちゃったんだ。そうだよ、あれだよ。」
のんち「『あ』のつくもの」
自分「そう、なんだ、わかったか。」

のんち「アスパラガス!」

違うよ!

アスパラはまだ影も形もないです。

でも、ホント春が来てほしいですね。
花粉の飛ばない春。

さて、日付が変わってしまったので、昨日(20日)の聖書。
昨日は民数記の20章。

「われわれがあなたがたのためにこの岩から水を出さなければならないのであろうか」10節。

神様がなさることを自分でしたかのように言ったモーセを神様は厳しく諌められた。
そして、モーセは約束の地に入れない、と宣告された。

とっても、厳しいと思う。
でも、それくらい、神様の力を自分の力であるかのように振る舞うことは罪深いのだ。
それくらい神様はそのことを悲しまれるんだ。

すべての栄光を主にお返しすることができますように。

神様、
あなたのなさることを自分の力でしたかのように振る舞うことから守ってください。
あなたのなさったことを感謝して、賛美して歩ませてください。

2013-03-20

Happy First Day of Spring!

今日は日本では春分の日。
こちらではthe First Day of Spring。
春の始まる日です。

今朝は-2度まで下がりましたし、
冷たい風も吹いているのですが、
やっぱり3月の半ばですね。
なんてったって、夜よりも昼間の方が長いんですから。
朝、こんな感じで震えていたクロッカスですが、



午後には、周りの雪も融けて、つぼみも膨らんできました。



いよいよ明日にでも開花でしょうか。
去年は3月の初めに咲いたみたいなんですが。

さて、昨日の「日々のみことば」。
昨日は民数記の17章。

「その翌日、モーセが、あかしの幕屋にはいって見ると、レビの家のために出したアロンのつえは芽をふき、つぼみを出し、花が咲いて、あめんどうの実を結んでいた。」8節。

枯れた枝であるはずの杖が芽を出し、花を咲かせ、実を結んでいた。
そんな奇跡を神はなさった。神にはそれがおできになる。

この聖書の箇所は自分たちの結婚式の時に司式の先生が読んでくださったところ。

神様は今も、わたしたちの歩みの中にそのことをしてくださることを思い出させられました。

今日も、命のないものに命を与え、造りかえ、実を結ばせる神の御業を見させていただけると信じつつ。

神様、
あなたの命の奇跡を見せてください。
お約束どおり、私の生涯の中に、あなたの命があふれ、実を結ぶような働きをさせてください。

2013-03-18

まだまだ冬は終わらない・・・よ。

さて、今日の雪ですが、明日の朝には雨に変わっていると思います。
でも、これで今年の冬は終わりではありません。

水曜日には春分の日を迎え、アメリカでも「春」になるはずなんですが、
この後ずっと朝は氷点下、昼間も10度以下という日が続きそうです。
そして、悲鳴を上げそうなのが、来週の月曜日。
次回は最悪のケースでは30センチ級の湿った重い雪です。

来週いっぱいくらい寒くて、イースター明けの4月上旬からちょっと春らしくなってくるのでは・・・と期待しています。

で、今日の休日は、そんな寒い日だったので、おとなしく、夕方からクッキング。
今日は2年ぶりにこんなの作ってみました。


ちょっと固めだったけど、まあ上出来。
次回はもうちょっと一番外だけさっくり、中はふわふわ、しっとりを目指します。

あと夕食も、カスタードを作った残りの卵白でスープを作ったり、
ポルチーニのパスタを作ったり。ちょっと楽しんでしまいました。

でも、久しぶりに食べ過ぎたかも・・・。

さて、やっと追いつきました。
今日の「日々のみことば」。
今日は民数記の16章でした。

「レビの子たちよ、あなたがたこそ、分を越えている」7節。

つい最近も書いたけど、
神様は一人一人に「分」を与えておられる。
そして、その与えられたところで生きるようにと招いておられる。

やっぱり、そこで問われるのは神様の前に生きているか、
神様との関係に生きているか。
人との関係だけに生きていると、どうしても人と比べたり、人と争ったりする気持ちが生まれて来る。人のことがうらやましくなることもある。

でも、神様が与えてくださっている使命、神様が与えてくださっている「分」をちゃんとわかっていると、人のことはそれほど気にならない。

本当にもっともっと神様との関係を大切にしていこうと思います。

主よ、
あなたを見つめて歩めますように。
そして、あなたが与えてくださっていること、
あなたの任せてくださった働きに忠実に歩ませてください。

ホントに降りました。

今日は、「夕方のラッシュ時間に注意!」と出していたので、
4時まで雪も降り始めていなかったのには、ちょっと「あら〜外れた〜」と思っていたのですが、4時すぎに降り始めて、6時頃には本格的に。当たったことを喜んでいいのか、みなさん大変でしょうから、心配すべきなのか。
今は夜の9時半ですが、10センチ近く積もって、今も激しく降っています。



除雪も、町の方も甘く見ていたのでしょうか?それとも予算が厳しくなってきたのでしょうか、ほとんどされていません。

温度は少しずつ上がってきていますので、夜半には雨に変わるのでは・・・と思っています。明日の朝、どこまで路面がきれいになっているか・・・です。

さて、昨日の「日々のみことば」。
昨日17日日曜日は民数記14章。

「わたしたちはここにいる。さあ、主が約束された所へ上って行こう。わたしたちは罪を犯したのだから」40節。

神様に背いた人々が自分の罪に気づきながら、
「じゃあ・・・」と背いたことをやり直そうとした。
浅はかにも・・・。

でも、罪を犯した時に必要なのは、
神様に赦しを請うことであって、自分で、なんとかやり直すことではない。
ん?でも、世の中ではそう教えているのかな?
赦してもらおうなんて思わないで、自分でなんとかしなさい・・・とか。

でも、聖書の鉄則は、
過ちを犯した時には主に悔い改め、
主に何をすべきかを問うこと。

「主に従う」という意味でやり直すことが大切。
全面降伏してしまうことなんでしょうね。

神様、
わたしたちは自分の罪に気がついた時にも、
自分の力でなんとかしようとするものです。
どうか、あなたの導きを信頼し、あなたの導かれるところに安心して従っていけますように。

夕方ラッシュ時間の雪に注意!

日曜日の夜に、ちょっといろいろ天気のこと確認していたら、
月曜日の夕方のラッシュ時の天気がちょっと心配ですね。
はい、お天気オヤジがちゃんとこういう時に警告をだしておかないといけませんね。

明日の夕方、NJ北部は一時的な激しい雪に注意です。

あまり大騒ぎしていませんが、
今、どんどん気温が下がってきていて、1時間前に比べると1度下がっています。
今は夜の12時過ぎで、-2.7度C。
明日の朝には-5度以下に下がりそうです。

月曜日の午後からまた雪です。
でも、今回は土曜日と違って、かなり本降りになりそうです。
最終的には雨に変わるのですが、
そのタイミングはどう見ても、夜遅く。

ですから、月曜日の夕方のラッシュ時間は、もしかしたら、重い雪が激しく降るかもしれません。要注意です。

さて、土曜日、16日の「日々のみことば」。
土曜日は民数記の13章でした。
民の代表がカナンの地に偵察に行くところです。

「わたしたちには自分が、いなごのように思われ、また彼らにも、そう見えたに違いありません」。33節。

偵察に行った人々はそのカナンの地がどんなにすばらしい地であるかも見てきましたが、そこにある問題も目に入りました。そして、問題の方がずっと大きく見えました。でも、彼らには見えていなかったものがありました。それはその地のすばらしさではありませんでした。それはちゃんと見えていたのです。

彼らに見えていなかったのは、彼らを導き、ここでも共にいてくださった神様でした。

わたしたちも問題の大きさにたじろぐことがあります。
問題の大きさに途方に暮れることがあります。

でも、私たちと共にいてくださる方は、わたしたちの問題よりも大きな方です。
わたしたちの問題をも支配しておられる方です。

それを信頼して行こうと思います。

これからの歩みの中でも、神様が祈り応えて、御業をなしてくださること信じて生きたいと思います。

主よ、
わたしの前にある問題も簡単ではありません。
でも、あなたは大きな方です。私の問題よりも大きな方です。
あなたを信頼していきます。
どうか、あなたの勝利を見せてください。

2013-03-17

こいつも春を待っているかな?

冷えこんできた日曜日の夜2回目の更新。
去年の秋に買ったヒラタケの菌床、屋内栽培では胞子が飛んだり、ちょっと苦情も出て、屋外で育てています。と言っても、氷点下15度くらいまで下がる中、外に出しっぱなしになるわけにはいかないので、半透明のコンテナに入れて(まあ入れておいても-15度の夜は、-15度だったでしょうから、カチカチになっていましたが、それでダメになることはありませんでした・・・)、放っておきました。
そして、ちょっと10度を超える日があったりして、生えてくるかなあ、と思ったら、無事、ベビーが成長中。



傘の直径はまだ5ミリくらい。
お、でてきたでてきた、と思ったら、この冷え込みで、どうなることやら。
湿度を保つためにもよっぽどお湯の入った鍋でも入れておこうかなあ、と思ったりしています・・・。

でも、この衣装ケースみたいなコンテナで栽培するの、ちょっと良さげです。夏の暑さには一気に参ってしまいそうですがそんなときは床下にでも入れておくか、と思っています。ああ、早く春が来ないかなあ、です。

さて、金曜日15日の「日々のみことば」。
金曜日は民数記12章でした。
モーセの姉ミリアムと、モーセの兄アロンとが、そろって、弟モーセを非難します。

「主はただモーセによって語られるのか。われわれによっても語られるのではないのか」2節。

ここは神様の自由な選びによって、モーセが用いられていることに対して、兄や姉が文句を言っているところです。
私が思うのは神様は「平等」「みんな同じ」ということにそれほど感心をお持ちではないのではないかと思います。一人一人違うものとして造られて、違う使命を与えられた。違う課題を与えられた。他の人をうらやんで生きるのは自由だけれども、それはもったいないし、何よりも、その刈り取りは自分でしなければいけない。
神様から自分が与えられているものを正面から受け取って、そこに生きることを神様は求めておられると思う。

だから比べる必要もないし、比べていたらもったいない。同じであることを期待する方が間違っている。

神様から与えられた人生を引き受け、そこに与えられたものをもって、主に栄光を返していく、それを求められているのだと思う。

主よ、
あなたの与えてくださった使命にしっかり立たせてください。
他人と比べて他人のように生きるところから救ってください。

春まだ???

木、金、土と三連休してしまいましたが、
その間ずっと寒かったですよね。

暖かくなったら、いろんな花が開くところを連続撮影できないかなあ、と
ちょっと準備をして待っているのですが、毎日寒いです。
昨日の土曜日は雪も降りましたし。


ふきのとうも、こんなに開いてきたのがいくつか。
でも、ほとんどまだこれからです。
明日は一気に収穫して「ふきのとう味噌」です。

今、夜の11時過ぎですが、-2度Cまで下がってきました。
明日はまた雪が降りそうですし・・・
(先週言っていた「来週のstorm多分雨」というの、思いっきり外れましたね。

それほど積もることはないと思いますが・・・。(自信なさげ・・・)

でも、その後もずっと寒そうです。
今週は毎朝氷点下の予報。
ああ、春本番はちょっと先みたいですね。

さて、
土曜日は、朝10時から午後5時まで、
聖書を読んで思いめぐらして、そして、祈って、それを互いに分かち合って、という一日を過ごしました。

あ〜、こういう日が必要だったんだ〜っという一日でした。
そして、「毎週日曜日はこうあるべきだよなあ」と反省しました。
いつも直前まで何かやることが残っていて、
礼拝の後も、今ひとつ、落ち着けないで、みなさんともゆっくりお話しできないでいることが多いです。
だから、もう、絶対に日曜日には慌てないように、土曜日までにすべて準備万端にしておこう、と決心しました。

とにかく、生活の整理、必要です。

ということで、先週木曜日、14日の「日々のみことば」。
14日は民数記11章でした。

「われわれの目の前には、このマナのほか何もない」6節。

神様が与えてくださっているもの、
それを「こんなもの・・・」と言っていた民。
本当に愚かだと思わされます。

でも、こういうところを読むたびに、自分はどうだろうかと、突きつけられるように思います。神様から与えられているのに、それを感謝しないで、「こんなもの」と言っていることはどれだけあるだろうか?才能や性格、容姿や運動神経、音感や美術的センス、みんな、神様から与えられているのに、「こんなもの・・・」と言っていないだろうか?

そして、あっちがよかった、こっちがよかった、
なんで、自分はこれが与えられなかったんだ?と。

「私の目の前には、これしかない」

なんて失礼な言葉だろうかと思う。

他人の口にそれが上る時に、わたしたちはひどいな、と思うけれども、
自分が同じことを言っている時にはそれに気づかない。

本当に主の与えてくださっているものを感謝して歩もう。

主よ、
あなたが与えてくださっているすばらしいものに感謝します。
どうか、私に感謝する思いをもっともっと与えてください。

必ず戻りますから。

ちょっと最近、更新ができないでいますが、
必ず戻ってきます。

日付が変わりましたので、そろそろ帰ろうと思います。
今日の祈り会と礼拝の祝福を祈りつつ。

2013-03-13

荒野の旅。

今朝はまた冷えました。
ばっちり霜が降りておりました。

でも、今夜はもっと冷えています。
天気がいいので、本当に寒くなります。

帰り、夜の10時頃に「たまにはGeorge Washington Bridgeを歩いて渡って帰ろうかなあ・・・」と思いましたが、やっぱり寒そうなので、やめておきました。

時々、あの橋のNY側から「走って教会に来ました」とか「教会まで歩きました」という若者がいるので、いつかやってみたいな、と。どちらかと言うと夜、夜景を見ながら、でも寒いのは嫌だなあと。

で、明日の朝はまた氷点下に下がります。

で、来週のstormは・・・たぶん雨でしょう・・・。
でも、ちょっと気温が低めの日が続きそうです。

ということで、今日の「日々のみことば」。
今日は民数記の10章でした。

「第二年の二月二十日に、雲があかしの幕屋を離れてのぼったので、イスラエルの人々は、シナイの荒野を出て、その旅路に進んだが、パランの荒野に至って、雲はとどまった。」11-12節。

民が律法を受け取って幕屋を建てて、そこに雲がとどまって、
いよいよ進んでいこうとしたところが、やはり荒野だった。
わたしたちは一歩を踏み出した時に、エキサイティングなことが待っていると思う。
いいことがあると思う。

でも、民を待っていたのは荒野だった。

どんな気持ちがしただろうかと思う。
せっかく旅を始めたのに・・・。

でも、神はわたしたちにご自身を信頼することを学ばせるために、
訓練を与えるために、神様を信頼する訓練のために、
民を荒野に導かれた。

わたしたちもしばしば、荒野に導かれる。
信じて出て行くのだから、いいことが起こると思うのだけれども、
しばしばそこは荒野のときがある。

荒野を恐れない心を持ちたい。

主よ、
あなたが導かれるところが荒野であったとしても、
恐れない強さを与えてください。
そして、そこであなたをもっともっと信頼することができますように。
私の今の課題にも、あなたご自身の解決を与えてください。


2013-03-12

寒冷前線通過。

今日は朝から10度を超えていて、
一日雨でしたが、13度まで行きました。

でも、夜になって寒冷前線が通過して、
今は夜の10時半ですが、6.5度Cまで下がってきています。

明日の朝は0度前後に下がりそうです。
そして、今週の後半はほとんど毎朝氷点下となるでしょう。

一回暖かくなった後なので、この冷え込みはきつそうです。

来週のstormの予報ですが・・・・
うーん、ホントにまだわかりません。
まだ1週間以上先の話なので・・・。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日はどーんと飛んで、民数記9章。
なんとか、1年で、聖書全体が理解できるようにと、
これからはちょっと拾い読みをしていきます。

「幕屋の上に、日久しく雲のとどまる時は、イスラエルの人々は主の言いつけを守って、道に進まなかった。 また幕屋の上に、雲のとどまる日の少ない時もあったが、彼らは、ただ主の命にしたがって宿営し、主の命にしたがって、道に進んだ。」19-20節。

ここで、いつも神様が導かれている。
自分が決めて、歩いていって、「神様一緒にいてください」ではなくて、
神様が導かれるように歩いている。
決まりも何もなく、
ただ、主が導かれるままに。

規則というのはある意味楽だ。
その中でいればいいと思ってしまう。

でも、いつも神様の導きに従っていこう、とするならば、
いつも神様のなさること、神様の語られることに注意を払っていないといけない。

イスラエルの民の荒野の旅もそうだった。

1日何キロ歩こうとか、
一度宿営したら、何日そこに滞在しようとか、
全くなかった。

ただ、主の導きに従った。
だから、いつも雲がとどまるかのぼるか、そこに注意していなければならなかった。

私も油断しないで、神様の導きにいつも心を向けていよう。

主よ、
どうか、あなたの導きに耳を傾けていくことができますように。
あなたの導きに目を凝らしていくことができるように。

2013-03-11

神様との関係と人との関係。

今日は結構どんよりしていましたが、
気温は高めで13度くらい。
今は夜の12時前ですが、今も10度ほどあります。
この後、雨が降ってきて、明日は一日雨です。

昼頃ちょっと強く降る時間帯もあると思います。

そして週の後半にかけて、寒くなりそうです。
また、来週の半ば頃にまたストームかもです。

さて、今日の「日々のみことば」
今日は出エジプト記の20章「十戒」のところです。

「あなたは隣人の家をむさぼってはならない。隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない。」17節。

十戒の最後には「欲しがってはいけない」と書かれている。
他のものが「殺すな」「姦淫するな」「盗むな」と書かれていることとは次元が違うような気がする。他のものは社会的な結果が伴う。傷が残ることだ。

でも、この戒めは、心の中のことだけ。

それに依って相手に被害が生まれるわけではない。

でも、それが大切な10の戒めのうちの一つになっている。

それは、神様と自分との関係で、与えられているものを感謝して受け取り、
人のものを尊重する、ということんだろうと思う。

だから、ここでも神様との関係が、人間関係の土台になる。
神様との関係がしっかりしていれば、ねたみなどの罪からも守られていくんだろうね。

第一とすべきものを第一とすることの大切さを思わされました。

主よ、
どうか、あなたが与えてくださったものをもっともっと喜ばせてください。
あなたの与えてくださったものがどんなにすばらしいものなのか、見失うことがありませんように。

長く続かせるために。

日付が変わって、11日になりました。
2年前は10時頃に寝て、夜中に目が覚めて、
日本からのメールでニュースを知りました。

その頃日本のTVに入っていたので、
ずっと夜が開けるまで、何が起こっているか、情報を集めていました。

でも、その真中にいた方々は何が起こっているのか、何もわからなかったと言います。
とにかく寒い夜だったと。

このときを覚えて、10日の夜の10時半頃から11Kを走ろうと、ゆっくり、走ってきました。

Run311
http://www.run311.com

今現在8453Kの中の11Kだけ貢献。
今日も2回も鹿の群れに出会いました。
走りながら考えていました。

1Kを6分以内で走ろうと思っているときはいつも「あと何キロ・・・」とゴールを過ぎたら走るのをやめることばかり考えています。とにかく目標を達成したら休む・・・と。

でも、1Kを7分前後で走っていると、「もうちょっと走りたいな」という気持ちになります。(もちろん、限界はありますが・・・。)

人生なんでもそうなんでしょうね。

あのポイントを過ぎれば休める・・・と思って走っている時はちょっとペースを落とした方がいい。

そして、「もう少し走りたいな」というペースで走った方がいい。

そんなことを感じていました。

さて、日曜日3/10の「日々のみことば」。
出エジプト記の19章。

「あなたがたはわたしに対して祭司の国となり・・・」6節。

私たちは祭司の働きを任されている。
とりなしをする働き。
誰かのために、とりなしの祈りをする働き。

神様の前に出て、祈る働き。

今週もとりなしの祈り手にならせていただきたい。

主よ、
私をとりなし手として用いてください。
とりなしの祈りをする者でありますように。

日本の国を守り、支えてください。

傷ついたその国を癒してください。

2013-03-10

ただ…。


その時刻が刻々と近づいてくる中で、
2年前のことをひとつひとつ読んでいた。

一つの出会いが今にもつながっている。
http://njotenki.blogspot.com/2011/03/blog-post_22.html

そして、もちろん、この日のことも。
http://njotenki.blogspot.com/2011/03/calling.html

でも、本当に今痛みの中におられる方々のことを思うと、
今も、大切な方を失くされて、「あの時、こうしていれば・・・」という思いに捕われている方々のことを思うと、祈ることしかないです。どんな思いでこの時刻を迎えようとしておられるのでしょうか。

ちょっと走ってきます。

http://www.run311.com


週の後半の冷え込み。

追いつくために本日2回目の更新。

今日はいい天気でした。
朝は氷点下に下がったと思いますが、
昼間は10度近くまで行ったでしょうか。

でも、夜になってまた冷えてきて、今、夜の9時半で、4.4度C。
明日の朝はまた0度くらいまで下がりそうです。
でも、明日は南風が入って10度以上に気温が上がり、一気に春全開でしょう。

そして、明日の夜〜火曜日、雨が降って、寒冷前線が通過、
その後、来週の初めくらいまで、この時期にしてはかなり寒い日が続きそうです。

ほんと、「三寒四温」ですね。

さて、昨日、土曜日の「日々のみことば」。
昨日は出エジプト記18章。

「すべての民のうちから、有能な人で、神を恐れ、誠実で不義の利を憎む人を選び、それを民の上に立てて、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長としなさい」21節。

この言葉の中で、「神を恐れ」という言葉が心に留まりました。
有能なだけではない、神を恐れる人を立てなさい、という言葉。

神を恐れる思い、
神を恐れる言葉、
神を恐れる行動、

それに支配されている人を神様は求めておられる。

神様、
牧師として正しい判断をいつもいつもしていくことができますように。
神を恐れることを立てる勇気を与えてください。
私自身が誰よりもあなたを恐れ、人を恐れることがありませんように。

2年。

今日からDaylight Saving Timeスタート。
通称「夏時間」!
でも、先日の雪も、芝生の上は20センチくらいあったかな、と思ったのですが、
一気に融けるくらいの日差しです。
季節は着実に前に進んでいます。

今日の礼拝は、震災のことを覚えてメモリアル礼拝。
各地から寄せられたメッセージをご紹介して、
主からのチャレンジを受け取って、立ち上がるひと時となりました。

心を開いて、メッセージを送ってくださった方々に、
共に歩むことを許してくださったみなさんに心から感謝します。

やはり、その場にいないとわからない戦い、痛み、あると思います。
経験しないとわからない不安や恐れもあると思います。
発信したことが違った形で受け取られたり、
ただ、利用されただけだったり、
そんなことで傷つくこともあると思います。

だから、発信すること自体に恐れを感じる時もある、と思います。
思いを分かち合うこと自体に恐れを感じる時もある、と思います。

だから、メッセージを送ってくださったことに感謝。
共に祈りあう存在として受け入れてくださったことに感謝です。

もっともっと耳を傾け、聞くことの大切さを思わされます。

さて、一昨日、金曜日の「日々のみことば」。
出エジプト記の17章。

「モーセが手を上げているとイスラエルは勝ち、手を下げるとアマレクが勝った。 しかしモーセの手が重くなったので、アロンとホルが石を取って、モーセの足もとに置くと、彼はその上に座した。そしてひとりはこちらに、ひとりはあちらにいて、モーセの手をささえたので、彼の手は日没までさがらなかった。 」11-12節

やはり祈りの手を上げ続けることの大切さを思わされる。
私も一人一人の方々のためにもっともっと、心を注ぎ、時間を使って祈りの手を上げ続けようと思う。そんなことを思った時に、私のためにもこのように手を上げ続けてくださる存在がいるのだということを思わされた。そういう方がおられるから、そういう存在がおられるから、今の私が支えられているのだと思う。

教会のお一人一人の一週間の歩みが支えられますように、
戦いの中で、支えられますように。

主よ、
あなたに手を上げ続けさせてください。
私の手が下がりそうになった時に、それを支える方々を与えてください。
日々のあゆみの中で、教会の一人一人が神様の力にあって、愛を与える存在として用いられますように。

2013-03-09

天気予報大はずれの雪。

大したことない!連呼していた私ですが、
結構降りましたねえ。
朝、シャーベット上だったドライブウェーも、
午後、雪かきする時には10センチ以上重い雪が積もっていました。

こんな感じ。



ショベルが立つくらい。
湿った雪でどんどん融けるんですが、
積もり始めるとやっぱりそこそこ積もりますね。

これより数時間前、朝7時半過ぎに娘を学校に送っていく時のうちの前の通り。


木々の枝が真っ白にコーティングされて、白いトンネルができていました。
2ー3センチの湿った雪って、なかなかきれいです。

11時頃に走ってきた時は、ちょっと路面が凍りはじめていましたね。
朝はblack iceに注意!
土曜日、日曜日と、晴れて暖かくなりそうです。

さて、木曜日、3/7の「日々のみことば」。
木曜日は出エジプト記の16章。

「見よ、主はあなたがたに安息日を与えられた。ゆえに六日目には、ふつか分のパンをあなたがたに賜わるのである。」29節。

神様は安息日を守るように命じられるだけではなくて、
6日目には2日分のパンを準備された。
その神様の満たしを信頼できるかどうか、
それを信頼した生き方ができるかどうかが問われているんだと思わされた。

神様が求められることは、
決して、わたしたちにとっての無理難題ではない。
そこに信頼して従っていく時に、
従うことの祝福、喜びを感じさせていただくことができる、
それが神様の求められることだ。

大胆にしたがっていこう。

神様、
あなたが求められることに従わせてください。
従う者に与えられる祝福を経験させてください。

2013-03-08

春の淡雪、でもなかったですね。

お詫びも兼ねて、朝の更新。

雪はぼたん雪から、サラサラまではいかないですが、それなりの粉雪になり、そこそこ積もっています。道路もシャーベット。


電線とか木の枝とか、重そうになってきました。
場所によってはかなり積もっているようです。

改めて、天気予報の難しさ、奥の深さを思い知らされた朝でした。

今日は・・・たぶん、また気温が上がってきて融けながら降る雪になるでしょう。
でも、電線とか、枝とか、重くなってきているので、停電があるかも、です。
あと、ここよりも気温が低めのところは、もうちょっと積もるかもしれませんね。

さて、ちょっと追いついておこうと、おととい、水曜日の「日々のみことば」。
水曜日は出エジプト記15章。

「主はわたしの力また歌、わたしの救となられた、彼こそわたしの神、わたしは彼をたたえる」2節。

賛美は神様に向けられるもの。
神様がほめたたえられるべき方。
主に目が向けられるべきもの。

今日も、主をほめたたえながら歩みたいと思う。
主に心を向けさせてくれるミュージッシャンや、パフォーマーに感謝。
賛美は、神様に注目が向けられるべきだから、
人ばかりが注目されてしまってはいけない、ということはあるんだけれども、
でも、やはり、人に励まされて、賛美に導かれる時もある。

昨日一日何回このビデオを再生しただろうか。

日本語では「よき力にわれ囲まれて」

主が共にいて下ることとに感謝しつつ。




日本語のもありました。




かみさま、
今日も、一日私の唇に、私の心に、あなたの賛美があふれますように。

2013-03-07

春の淡雪でした・・・。

結局、サターン君はあちらこちらに大雪を降らせたようですが、
ここら辺は、春の淡雪でした。
まだ降っていて、明日の朝までにはもうちょっと積もる、と言っていますが、
どうなんでしょうか。真夜中の12時で気温は1度あります。

ぼたん雪がちょっと降っています。


舗装されたところには全く積もらないで、
芝生の上だけにちょっと積もり始めています。

明日の朝も大丈夫じゃないかと思います。

その後もずっと続いているコンニャク作り。
粉からですけどね。
こんなに続くとは思っていませんでした。

だから、とりあえず1袋でよしとしたのですが、
1ヶ月で粉一袋終わりそうです。

100個くらい作ったと思います。
で、今日2袋注文しました。
1袋でも2袋でも値段が同じなので。

今夜も青のり入りできました。


見た目よりも、食べた方が美味しいです。
ホントに柔らかくて、すっきりしていて、もうMITSUWAさん、ごめんなさい!です。

さて、火曜日3/5の「日々のみことば」。
火曜日は出エジプト記の14章でした。

「主があなたがたのために戦われるから・・・」14節。

神様が戦ってくださるから、安心して、従って、信頼して歩んでいける。
なのに、自分はどうしてこんなにも、自分でじたばたしてしまうんだろうか?
もっともっと神様と共に歩ませていただきたい。

勝利を見せていただきたい。

私たちが神様のために戦うのではなく、
神様が私たちのために戦ってくださるから、
そこに自分の身を置いていくんだと思う。

主よ、
どうか、あなたのもとに身を置くことを喜びとさせてください。
あなたが与えてくださる勝利を経験することができますように。

2013-03-06

予想の難しいサターン。

今日は一日どんよりで、時々にわか雨でした。
夜になって気温が下がってきて、でも、まだ3.5度あります。

ワシントンD.C.も、人々は雪だ!と盛り上がっていたようですが、
実際はほとんど積もらなかったようです。
ありますよね、こういうこと。
文句言わないでほしいですよね。
ホントに予報は難しい。

西の山の方はやはり場所によって50センチレベルの重い雪で、大変だったようですが。

風はやはり強かったです。

このストーム「サターン」、とても予報が難しくて、
今夜もうちょっと雪が降って、明日の夜にまたちょっと積もる予報が出ています。

そして、すっかり晴れるのは土曜日までお預けのようです。

さて、月曜日の「日々のみことば」。
出エジプト記13章。

「さて、パロが民を去らせた時、ペリシテびとの国の道は近かったが、神は彼らをそれに導かれなかった。」17節。

神様が導かれる道は、時にはわからない。
私たちの見ているところでは知り得ない。
本当に1年後に何が起こっているのか、
いや、半年後も、1ヶ月後も、いや、明日さえもわからない。
だから、すべてをご存知の神様の御手を信頼して、
その導きを信頼して、歩んでいくこと。

それは、普通だったら、「遠回り」と思えるかもしれない。

遠回りでもいい。
主に従って歩む者でありたい。

主よ、
私の一歩一歩を導いてください。
あなたの導かれるところに忠実にしたがっていけますように。

2013-03-05

春の淡雪か、大暴れか?

今度のWinter Stormはサターン。
メインはワシントンDCの西の山みたいです。
アトランタに行く時に通るシャナンドウバレー方面。
そっちには50センチ級、ワシントンDCのあたりでも、
20-30センチくらいの可能性があるみたいです。

でも、ここら辺はもしかしたら、ホントにちょっとかもしれないし、
やっぱり20センチ級くらいになるかもしれないし、
予報が分かれています。
それくらいわからない・・・ということ。

天気予報泣かせのサターン君です。

でもわかっているのは、風が強いこと、
そして、しばらく居座ること。
なので、ニュージャージーの海岸部はまた高潮の危険があります。
サンディーの時のようにハドソン川を水が上がってくることはないと思いますが。

今夜、ある方とお話をしながら、
本当に教会のみなさんがどれほど大きな戦いの中で、
礼拝を命綱のようにして、
集っておられることを改めて思わされました。

どれほど厳しい戦いの中におられることか。

だから、本当に祈る責任を感じますし、
礼拝にもっともっとすべてをかけることが必要であることを感じさせられます。

さて、日曜日の「日々のみことば」。
日曜日は出エジプト記の12章でした。

「これは彼らをエジプトの国から導き出すために主が寝ずの番をされた夜であった。」42節。

もちろん、神様はいつも寝られることはないでしょうから、
擬人化された表現でしょうが、
でも、主がいつもいつも私たちのことを心に留め、
ここ一番という時に、特別に目を向けていてくださっている、

私の人生の危機、私の戦いの中で、
主はいつもにもまして、特別に心を向けてくださっていた。

そのことの恵みを感謝します。

主よ、
あなたが私に目を留めてくださっていることに感謝します。
これからの歩みの中にも神様の守りがありますように。

2013-03-04

祈り続ける。

今日は寒かったです。
朝も冷えこんで-4度くらい?
昼間も5度くらい?
晴れたんですが、冬の一日でした。

で、今、夜9時すぎですが、ちょうど0度くらいまで下がっています。

今週の水曜日、サターンという名前のstormが来る、かもです。

この週末、更新することができませんでしたが、
昨日の日曜日、東日本大震災の被災地のことを覚え、チャリティーコンサートをもちました。子供を入れて150人くらいの方々が集まり、心を今も痛みの中におられる方々に向けて、ひと時をもちました。

音楽もすばらしかったし、全体の流れもすばらしかったし、たくさんの方々が来られたし、日本からのメッセージも心に触れるものでした。

いつも教会の集まりは、「たくさんの人が来られる」ことはそれはうれしいですが、それよりも大切なものがある、と思ってきました。でも、昨日の集まりは本当にたくさんの方々が来られることこそがポイントだと思っていました。それは、たくさんの人々が集まること自体が「私たちは今も忘れていはいない、今も祈り続け、心を寄せ続けている。何かできないことはないかと思い続けている。こんなにたくさんの仲間がいる」というメッセージになると思っていたからです。

だから、本当にうれしかったです。

そして、これからも続けて、心を寄せ続けていければと思います。

さて、土曜日(3/2)の「日々のみことば」。
土曜日は出エジプト記の11章でした。

「エジプトの国のうちのういごは、位に座するパロのういごをはじめ、ひきうすの後にいる、はしためのういごに至るまで、みな死に、また家畜のういごもみな死ぬであろう。 」5節。

この「ういご」というのは「権威」を受け継ぐ者なので、
私たちの「権威」も神様の支配の下にあることを示しています。

エジプトの民はイスラエルの民を奴隷として使っていました。
そして、パロは王として権威をもっていました。

でも、それも神様の支配の下にあることなんだ、ということです。

私たちが神様の権威のもとに置かれている。
すべての権威は神様の支配の下にある。

だから、主のもとに謙虚に歩むこと、
その大切さを思わされます。
「権威」=「責任」を負った時にはなおさら、ですね。
祈らされます。

主よ、
すべての権威があなたの下にあることを忘れることがありませんように。
そして、あなたのもとに謙遜に歩んでいくことができますように。

さ、走って来よう。